昨日の記事「#1355. 20世紀イギリス英語で集合名詞の単数一致は増加したか?」 ([2013-01-11-1]) で取り上げた,Bauer の集合名詞の数の一致に関する調査について,紹介を続ける.The Times の社説のコーパスによる通時的な調査を通じて,Bauer は群を抜いて最頻の集合名詞である government が,20世紀の間に,数の一致に関して興味深い分布を示すことを発見した (Bauer 64--65) .
20世紀の前期には,government は複数一致が多いものの,従来から指摘されているとおり,とらえ方に応じて単複のあいだで変異を示していた.ところが,中期になると,単複一致の違いが指示対象の違いに対応するようになった.複数として用いられるときには英国政府を指し,単数として用いられるときには他国政府を指すという傾向が現われてくるというのだ.文法の問題というよりも,意味(指示対象)の問題へと移行したかのようだ.以下に,Bauer (64) の "Concord with government by meaning from The Times corpus, 1930--65" のデータを再掲しよう.
Year | British government | Non-British government | ||
---|---|---|---|---|
Singular | Plural | Singular | Plural | |
1930 | 3 | 15 | 12 | 3 |
1935 | 2 | 13 | 1 | 12 |
1940 | 2 | 14 | 4 | 2 |
1945 | 2 | 7 | 2 | 2 |
1950 | 1 | 26 | 26 | 0 |
1955 | 2 | 2 | 8 | 0 |
1960 | 0 | 23 | 8 | 0 |
1965 | 1 | 13 | 4 | 1 |
Total | 13 | 113 | 65 | 18 |
主語と動詞の数の一致については,「#930. a large number of people の数の一致」 ([2011-11-13-1]) ,「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1]) ,「#1334. 中英語における名詞と動詞の数の不一致」 ([2012-12-21-1]) の記事で扱ってきた.一般に,現代英語において government や team などの集合名詞の数の一致は,アメリカ英語ではもっぱら単数で一致するが,イギリス英語ではとらえ方に応じて単数でも複数でも一致するとされる.この一般化は概して有効だが,数の一致に関して変異を示すイギリス英語についてみると,20世紀を通じて単数一致の傾向が強まってきているのではないかという指摘がある.Bauer (61--66) の The Times の社説を対象としたコーパス研究を紹介しよう.
Bauer は,1900--1985年の The Times corpus の社説からなるコーパスを対象に,集合名詞が単数で一致する比率を求めた.Bauer は,本調査は The Times 紙の社説という非常に形式張った文体における調査であり,これが必ずしもイギリス英語全体を代表しているとはいえないと断わった上で,興味深いグラフを与えている.以下は,Bauer (63) のグラフから目検討で数値を読み出し,再作成したものである.
回帰直線としてならせば,毎年0.3178%の割合での微増となっている.数値が安定しないことやコーパスの偏りなどの理由によりこの結果がどこまで信頼できるのかが問題となるが,Bauer は細かい情報を与えておらず,判断できないのが現状である.
Bauer はさらに,コーパス内で最も頻度の高い集合名詞 government が特殊な振る舞いをすることに注目し,この語を除いた集合名詞について,単数一致の割合を再計算した.上のグラフと同じ要領で,Bauer (66) のグラフに基づいて下のグラフを再作成した.ならすと毎年0.1877%の割合での微増である.
この結果は多くの点で仮の結果にとどまらざるを得ないように思われるが,少なくともさらに調査を進めてゆくためのスタート地点にはなるだろう.
なお,Bauer は1930年代にこの傾向に拍車がかかったという事実を根拠に,アメリカ英語が影響を与えたと考えることはできないだろうとしている([2011-08-26-1]の記事「#851. イギリス英語に対するアメリカ英語の影響は第2次世界大戦から」を参照).
government の数の一致に関するおもしろい振る舞いについては,明日の記事で紹介する.
・ Bauer, Laurie. Watching English Change: An Introduction to the Study of Linguistic Change in Standard Englishes in the Twentieth Century. Harlow: Longman, 1994.
現代英語には,名詞と動詞のあいだの数の不一致という問題がある.「#312. 文法の英米差」 ([2010-03-05-1]) の (3) で示した通り,イギリス英語では team, audience, board, committee, government, the public のような集合名詞は,話者が一体として単数とみなせば対応する動詞も単数形で一致し,複数とみなせばで複数形で一致する.一方,アメリカ英語では名詞の形態のみに依存するといわれ,動詞は単数形で一致する.
現代英語の数の不一致の用例には,ほかにも,someone や everyone などの不定代名詞が複数で動詞に一致する例,配分単数の例,数が直近の語に影響される「牽引」の現象,There's 構文など,様々な種類ものが見られる.これらの一部については,武藤に拠って「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1]) で概説した.
では,この数の不一致の問題の起源はどこにあるのか.少々,歴史を遡ってみたい.今回は,中英語における folk, people, host などの集合名詞の振る舞いを中心に見てみよう.Mustanoja (62--63) を要約すると以下のようになる.
古英語では,folk のような集合名詞は,従属節では複数動詞と一致するのが優勢だったが,独立節では単数動詞と一致するのが規則だった.後者に複数での一致が見られるようになるのは,11世紀以降である.中英語期に入ると,徐々に両用法が入り乱れてくるものの,一般的にいえば,初期は独立節ではいまだ単数での一致が多いが,後期中英語にかけていずれの種類の節でも複数での一致が規則となってゆく.folk, people などの本来的に指示対象が複数である集合名詞に比べれば,country, court などの比喩的に複数を表わす集合名詞は,この流れに乗るのが遅かった.
Mustanoja の概説は一般論であり,個々には例外もある.例えば,最近見つけた例では,Chaucer, CT. Pri. l. 626 で peple が単数形 was と一致している.
Unnethe myghte the peple that was theere
This newe Rachel brynge fro his beere.
冒頭で述べたように,名詞と動詞の数の不一致の問題には様々な種類があり,集合名詞に限っても people タイプと country タイプとを区別する必要がありそうだ.節の種類による場合分けも必須だろう.数の不一致の歴史的発展を追うといっても,一筋縄ではいかないようだ.
・ 武藤 光太 「英語の単数形対複数形について」『プール学院短期大学研究紀要』33,1993年,69--88頁.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
昨日の記事[2009-05-23-1]で,古英語の名詞屈折における性・数・格の三点を概説した.今回の記事では,昨日の最後に触れた第四のポイント「屈折タイプ」について概説する.
各名詞が特定の性に属しているのと同じように,各名詞は特定の屈折タイプに属している.ある名詞がどの屈折タイプに属するかは,名詞の基本形を見ただけでは判断がつかないことが多い.つまり,原則として一つひとつ覚えていく必要がある.この点は,性の場合と同じである.性は男性,女性,中性と三種類あったが,屈折タイプはいったい何種類あるのだろうか.以下の図は屈折タイプの概略図である(実際にはさらに細かく枝分かれする).
各性ともに,大きく強変化タイプと弱変化タイプに分かれる.強変化は屈折変化が比較的激しいタイプで,弱変化は屈折変化が比較的少ないタイプである.強変化はさらに細分化される.
古英語の初級文法では,この複雑なタイプのすべてを覚えるのは困難なため,男性・女性・中性それぞれの代表的な強変化タイプの一つと,三性の間でほぼ共通の屈折変化を示す弱変化タイプ,計四つを最初に覚えることが重要である.図中に番号を振った(1)?(4)の四つである.
(1) 男性強変化屈折 (a-stem) : stān "stone" に代表される,古英語の名詞の中で最も頻度の高い屈折タイプ.古英語名詞全体の36%を占める.屈折表はこちら.
(2) 女性強変化屈折 (ō-stem) : lār "teaching" に代表される,女性名詞の中で最も頻度の高い屈折タイプ.古英語名詞全体の25%を占める.屈折表はこちら.
(3) 中性強変化屈折 (a-stem) : scip "ship" に代表される,中性名詞の中で最も頻度の高い屈折タイプ.古英語名詞全体の25%を占める.屈折表はこちら.
(4) 弱変化屈折 (n-stem) : nama "name" に代表される屈折タイプ.三性でほぼ同じ屈折を示す.三性まとめて古英語名詞全体の10%ほどを占める.屈折表はこちら.
この基本4つの屈折タイプを覚えれば,古英語名詞のほとんどがカバーされることがわかるだろう.その他の屈折タイプは,基本4タイプのマイナーヴァリエーションと捉えておけばよい.(以上のパーセンテージの出典: Quirk, Randolph. and C. L. Wrenn. An Old English Grammar. 2nd ed. London: Methuen, 1957. 20.)
古英語の名詞の屈折について解説する.現代英語に比べ,古英語は屈折が複雑である.名詞一つを取り上げても,正しく屈折させるためには,その名詞に付与されている「性」,単数か複数かの「数」の区別,文中の他の語との文法関係を示す「格」がすべて分かっていなければならない.名詞屈折の全容を一度に解説するのは不可能なので,今回は,性・数・格の概要のみを扱う.
1. 性 ( gender )
性は,古英語には男性 ( masculine ),女性 ( feminine ),中性 ( neuter ) の三性が区別された.どの名詞がどの性を付与されるかはほとんどランダムとも言えるほどだが,「性」という名称が示すとおり,男性を表す名詞は男性名詞,女性を表す名詞は女性名詞,モノを表す名詞は中性名詞という傾向はある.だが,wīf ( > PDE "wife" ) 「女性」は中性名詞だし,wīfmann ( > PDE "woman" ) 「女性」は男性名詞だし,多くの抽象名詞が女性名詞であるなど,理解を超える例は多い.性の見分け方はまったくないわけではないが,原則としてランダムに決まっていると理解しておくのがいいだろう.
2. 数 ( number )
数は,現代英語にも残っているので理解しやすい.現代英語では,およそ-s語尾があるかないかで複数と単数を区別するが,sheep -- sheep (see [2009-05-11-1]), ox -- oxen, child -- children, man -- men など不規則なペアも存在する.不規則なものも含め,多くの名詞の複数形の屈折は古英語に遡る.
3. 格 ( case )
格は,現代英語では主格,所有格,目的格の三格が区別されている.一人称代名詞でいえば,それぞれ I -- my -- me のことである.一方,古英語では,主格 ( nominative ),対格 ( accusative ),属格 ( genitive ),与格 ( dative ) の四格が区別された.現代英語の所有格は古英語の属格に,現代英語の目的格は古英語の対格と与格にそれぞれ対応する.だが,古英語の格には,現代英語の対応する格の果たした機能よりも多くの機能があり,注意を要する.
・主格は,現代英語と同様に,名詞が主語の働きをする場合に置かれる格である:「?が」「?は」
・対格は,名詞が現代英語でいう動詞の直接目的語の働きをする場合に置かれる格である:「?を」
ただし,動詞だけでなく一部の前置詞の後位置においても対格に置かれる.
・属格は,名詞が現代英語でいう所有の意味を表す場合に置かれる格である:「?の」
ただし,一部の前置詞の後位置においても対格に置かれる.
・与格は,名詞が現代英語でいう動詞の間接目的語の働きをする場合に,あるいは多くの前置詞の後位置において,置かれる格である.:「?に」
古英語の名詞の語形は,以上の三点が分かって初めて確定する.だが,実際にはもう一つ重要なポイントがある.それは「屈折タイプ」と呼ぶべきものである.各名詞に最初から性が付与されているのと同様に,各名詞にはどの「屈折タイプ」で屈折するかが最初から決まっている.男性名詞ならこの屈折表を覚えればよく,女性名詞ならあの屈折表を覚えればよいという単純な話ではなく,男性名詞の中でも,このタイプの屈折,あのタイプの屈折と幾種類かの屈折タイプがある.したがって,名詞を正しく使いこなすには,個々の名詞がどの屈折タイプに属するかを知っている必要がある.そして,屈折タイプも性の場合と同様に,原則として一発で見分ける方法はないと考えてよい.この四つ目のポイントである「屈折タイプ」については,後に改めて解説する.
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