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latin - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-19 09:34

2018-05-06 Sun

#3296. stateestate (2) [french][latin][phonetics][euphony][loan_word][doublet]

 かつての記事「#1571. stateestate」 ([2013-08-15-1]) に補足.昨日の記事「#3295. study の <u> が短母音のわけ」 ([2018-05-05-1]) で取り上げた study は,ラテン語の studiāre に端を発し,古フランス語の estudie を経て英語に借用された語である(cf. 現代フランス語 étudier) .今回は,Upward and Davidson (114--15) に依拠し,古フランス語形に見られる類の e- に注目したい.
 ラテン語において sc-, sp-, st- で始まる語は,そのままの形態で英語に借用された場合もあるが,多くはフランス語やスペイン語などを経由して esc-, esp-, est- の形態で英語に入ってきた.フランス語やスペイン語では,ラテン語の問題の2重子音の前に音便 (euphony) として e 音が挿入されるのが常だった(典型的な語頭音添加 (prosthesis) の例;「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) を参照).
 ついでに,ラテン語の exc-, exp-, ext- もそれぞれ esc-, esp-, est- へと簡略化されたため,後にはもともとの sc-, sp-, st- と同じ末路をたどることになった(以下では,exc-, exp-, ext- に由来するものに + 記号を付した).
 語頭にこのような形態をもつ語群が少なからず英語に借用され,結果として英語では次の3つのケースが認められる.

 (1) まれなケースではあるが,語頭に e- をもつ語のみが伝わった (ex. eschew, +escord, esplanade)
 (2) しばしば,語頭に e- を持つ語と持たない語が2重語 (doublet) として共存している (ex. +escape/scapegoad, escalope/scallop, escarpment/scarp, especial/special, espy/spy, espouse/spouse, estate/state, +estranged/strange)
 (3) 最も多いのは,語頭に e- を示さない語例である (ex. +scaffold (< OFr eschafalt), +scald (< OFr eschalder), spine (< OFr espine), stage (< OFr estage), stew (< OFr estuve), study (< OFr estudie))

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2018-04-05 Thu

#3265. 中世から初期近代まで行政の書き言葉標準はずっとラテン語だった [latin][french][standardisation][chancery_standard][reestablishment_of_english][statute_of_pleading]

 15世紀前半に Chancery Standard という書き言葉英語の変種が芽生えたことについて,「#3214. 1410年代から30年代にかけての Chancery English の萌芽」 ([2018-02-13-1]) をはじめとする chancery_standard の記事で述べてきた.これは行政上の文書を記すために用いられた英語変種を指すが,行政の書き言葉標準ということでいえば,イングランド(及びその後の英国)におけるそれは18世紀前半に至るまでラテン語であり続けたという事実は押さえておく必要がある.つまり,真の "Chancery Standard" とは,英語の1変種のことなどではなく,ラテン語のことなのである.Schaefer (214) が次のように書いている.

English was not the language of the administration, but rather the minor partner of French and Latin. As Benskin (2004: 38) unmistakably states: "Chancery Standard was Latin, and save for nine years during the Commonwealth, it remained so until 1731, when for official purposes it was abolished altogether by Act of Parliament.


 英語の書き言葉標準の元祖といわれる Chancery Standard は,"Standard" と呼ばれこそすれ,実際にはより威信の高いラテン語やフランス語の書き言葉に比べれば,マイナーな位置づけにすぎなかったという指摘がおもしろい.
 このように中世から初期近代にかけてのイングランドの公的な書き言葉を巡る状況を俯瞰的に眺めると,しばしば英語の復権 (reestablishment_of_english) を象徴するとみなされている1362年の "Statute of Pleading" (裁判所における訴訟手続の英語化を定めた法律)も,所詮はラテン語とフランス語の盤石な権威に対する小さな抵抗にすぎないとも見えてくる(cf. 「#324. 議会と法廷で英語使用が公認された年」 ([2010-03-17-1])).Schaefer (217) より,関連する言及を引く.

The so-called "Statute of Pleading" of 1362 --- which is so often judged as having considerably raised the status of English --- indeed mandates that English be the (spoken) language of pleading at court. Yet it does so in French --- and in the complicated left-branching syntax of "courtly style" --- because, at the time, French was the language in which royal statutes where (sic) published; and it also regulates that the pleas be "entered and enrolled" in Latin, because this was the language of permanent record.


 ・ Schaefer, Ursula. "Standardization." Chapter 11 of The History of English. Vol. 3. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin/Boston: De Gruyter, 2017. 205--23.
 ・ Benskin, Michael. "Chancery Standard." New Perspectives on English Historical Linguistics. Selected Papers from 12 ICEHL, Glasgow, 21--26 August 2002. Vol. 2. Lexis and Transmission. Ed. Christian Kay, Carole Hough, and Irené Wotherspoon. Amsterdam/Philadelphia: John Benjamins, 2004. 1--40.

Referrer (Inside): [2018-09-21-1]

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2018-04-02 Mon

#3262. 後期中英語の標準化における "intensive elaboration" [lme][standardisation][latin][french][register][terminology][lexicology][loan_word][lexical_stratification]

 「#2742. Haugen の言語標準化の4段階」 ([2016-10-29-1]) や「#2745. Haugen の言語標準化の4段階 (2)」 ([2016-11-01-1]) で紹介した Haugen の言語標準化 (standardisation) のモデルでは,形式 (form) と機能 (function) の対置において標準化がとらえられている.それによると,標準化とは "maximal variation in function" かつ "minimal variation in form" に特徴づけられる現象である.前者は codification (of form),後者は elaboration (of function) に対応すると考えられる.
 しかし,"elaboration" という用語は注意が必要である.Haugen が標準化の議論で意図しているのは,様々な使用域 (register) で広く用いることができるという意味での "elaboration of function" のことだが,一方 "elaboration of form" という別の過程も,後期中英語における標準化と深く関連するからだ.混乱を避けるために,Haugen が使った意味での "elaboration of function" を "extensive elaboration" と呼び,"elaboration of form" のほうを "intensive elaboration" と呼んでもいいだろう (Schaefer 209) .
 では,"intensive elaboration" あるいは "elaboration of form" とは何を指すのか.Schaefer (209) によれば,この過程においては "the range of the native linguistic inventory is increased by new forms adding further 'variability and expressiveness'" だという.中英語の後半までは,書き言葉の標準語といえば,英語の何らかの方言ではなく,むしろラテン語やフランス語という外国語だった.後期にかけて英語が復権してくると,英語がそれらの外国語に代わって標準語の地位に就くことになったが,その際に先輩標準語たるラテン語やフランス語から大量の語彙を受け継いだ.英語は本来語彙も多く保ったままに,そこに上乗せして,フランス語の語彙とラテン語の語彙を取り入れ,全体として序列をなす三層構造の語彙を獲得するに至った(この事情については,「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) や「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) の記事を参照).借用語彙が大量に入り込み,書き言葉上,英語の語彙が序列化され再編成されたとなれば,これは言語標準化を特徴づける "minimal variation in form" というよりは,むしろ "maximal variation in form" へ向かっているような印象すら与える.この種の variation あるいは variability の増加を指して,"intensive elaboration" あるいは "elaboration of form" と呼ぶのである.
 つまり,言語標準化には形式上の変異が小さくなる側面もあれば,異なる次元で,形式上の変異が大きくなる側面もありうるということである.この一見矛盾するような標準化のあり方を,Schaefer (220) は次のようにまとめている.

While such standardizing developments reduced variation, the extensive elaboration to achieve a "maximal variation in function" demanded increased variation, or rather variability. This type of standardization, and hence norm-compliance, aimed at the discourse-traditional norms already available in the literary languages French and Latin. Late Middle English was thus re-established in writing with the help of both Latin and French norms rather than merely substituting for these literary languages.


 ・ Schaefer Ursula. "Standardization." Chapter 11 of The History of English. Vol. 3. Ed. Laurel J. Brinton and Alexander Bergs. Berlin/Boston: De Gruyter, 2017. 205--23.

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2018-02-28 Wed

#3229. 2月,February,如月 [calendar][etymology][mythology][latin][dissimilation]

 末日になってしまったが,月名シリーズの締めくくりとして「2月」をお届けする.
 英語 February の究極の語源は不詳だが,ラテン語で「清めの祭り」を指した februa (pl.) に由来するとされる.この祭りの起源はイタリア半島を縦走するアペニン山脈地方の原住民サビニ人にあるとされ,祭りは2月15日に行なわれたという.この februa に接尾辞を付加して februārius (mēnsis) と月名を作り,それが俗ラテン語形 *fabrāriu(m) を経由して,ロマンス諸語へと伝わった.古フランス語では feverier (現代フランス語 février)となり,これが中英語期に fever(y)er, feverel などの形で入ってきた.英語での初例は1200年頃とされる.
 fever(y)er には第2子音に b ではなくフランス語形にならった v がみられるが,これは15世紀まで用いられた.なお,feverel の語末の l は異化 (dissimilation) によるものである(cf. laurel, marble, purple; 「#72. /r/ と /l/ は間違えて当然!?」 ([2009-07-09-1]) も参照) .現在のラテン語的な b をもつ形は,英語では februarie などの綴字で14世紀末から見られ,近代にかけて v を示す綴字を置き換えていった.ただし,ラテン語形そのもの形 februārius は,実は後期古英語に取り込まれていたことを付言しておく.
 現代の February の発音については,揺れのあることが知られている.規範的には /ˈfɛbruəri/ と発音されるが, 最初の r が消えた /ˈfɛbjuəri/ もよく聞かれる.LDP3 の Preference Poll によると,若い世代のアメリカ英語では後者の発音がすでに64%に達している.イギリス英語での対応する数値は39%だが,これも決して低くない.高い世代では英米いずれでも相対的に低い値となっており,まさにこの単語における発音変化が着々と進行しているものとみてよいだろう.
 古英語本来語では solmōnaþ "mud-month" 「ぬかるみの月」と表現していた.また,日本語で陰暦2月の異称「如月(きさらぎ)」は,寒いので更に上着を着る月とも,草木の更生する「生更ぎ」の月の意ともいう.
 さて,これで月名シリーズが完成したので,以下にシリーズの各記事へのリンクを張っておこう.

 ・ 「#2910. 月名の由来」 ([2017-04-15-1])
 ・ 「#3187. 1月,January,睦月」 ([2018-01-17-1])
 ・ 「#3229. 2月,February,如月 ([2018-02-28-1])
 ・ 「#2890. 3月,March,弥生」 ([2017-03-26-1])
 ・ 「#2896. 4月,April,卯月」 ([2017-04-01-1])
 ・ 「#2939. 5月,May,皐月」 ([2017-05-14-1])
 ・ 「#2983. 6月,June,水無月」 ([2017-06-27-1])
 ・ 「#3000. 7月,July,文月」 ([2017-07-14-1])
 ・ 「#3046. 8月,August,葉月」 ([2017-08-29-1])
 ・ 「#3073. 9月,September,長月」 ([2017-09-25-1])
 ・ 「#3103. 10月,October,神無月」 ([2017-10-25-1])
 ・ 「#3167. 11月,November,霜月」 ([2017-12-28-1])
 ・ 「#3168. 12月,December,師走」 ([2017-12-29-1])

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2018-01-17 Wed

#3187. 1譛茨シ繰anuary?シ檎擱譛? [calendar][etymology][mythology][latin]

 月名シリーズとして,1月 = January = 睦月に関する話題を.英語の January は,ローマの門の守護神 Jānus (ヤヌス)に由来する.ヤヌスには2つの顔があり,1つは前を,1つは後ろを向いていた.時間でいえば行く年と来る年の両方に見通しの利く門番だったことになる.Janus 自体は janua (扉)に由来し,扉の番人を表わす英語の janitor も関連語である.これらは究極的には印欧語根の *ei- (行く)の拡大形 *ya- に遡る.JānusDiānus の転じたものともされ,その場合には Diāna とも関係するだろう.
 ラテン語形 Jānuārius (mensis) が古英語期に入り,Januarius として用いられた例があるが,通常,古英語期には本来語で se æfterra ġēola (the later Yule) と呼ばれた(12月を表わした se ǣrra ġeōla (the earlier Yule) とも要比較).ほかに wulfmōnaþ (wolf-month) とも称されたが,これは空腹な狼が人を襲うこともあり得る危険な月だったことに由来すると考えられる.ラテン単語は中英語期の1300年頃にアングロ・フレンチ語形 jenvier を経由して Jenever などの形で改めて導入されたが,14世紀末に現在風の語形へと再形成された(再形成前の古い語形は方言形として今なお残っている).
 日本語で陰暦正月を表わす「睦月」は,人々が往来してなかむつまじくすることからとも,稲の実を水に浸す「実月」の転ともされる.
 月名シリーズとして,「#2910. 月名の由来」 ([2017-04-15-1]),「#2890. 3月,March,弥生」 ([2017-03-26-1]),「#2896. 4月,April,卯月」 ([2017-04-01-1]),「#2939. 5月,May,皐月」 ([2017-05-14-1]),「#2983. 6月,June,水無月」 ([2017-06-27-1]),「#3000. 7月,July,文月」 ([2017-07-14-1]),「#3046. 8月,August,葉月」 ([2017-08-29-1]),「#3073. 9月,September,長月」 ([2017-09-25-1]),「#3103. 10月,October,神無月」 ([2017-10-25-1]),「#3167. 11月,November,霜月」 ([2017-12-28-1]),「#3168. 12月,December,師走」 ([2017-12-29-1]) も参照.

Referrer (Inside): [2018-02-28-1]

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2018-01-10 Wed

#3180. 徐々に高頻度語の仲間入りを果たしてきたフランス・ラテン借用語 [french][latin][loan_word][borrowing][frequency][statistics][lexicology][hc][bnc]

 英語史では,中英語から初期近代英語にかけて,フランス語とラテン語から大量の語彙借用がなされた.それらのうち現在常用されるものについては,おそらく借用時点からスタートして時間とともに使用頻度が増してきたものと想像される.というのは,借用された当初から高頻度で用いられたとは考えにくく,徐々に英語に同化し,日常化してきたととらえるのが自然だからだ.
 この仮説を実証するのにいくつかの方法がありそうだが,Durkin があるやり方で調査を行なっている.中英語,初期近代英語,現代英語のそれぞれにおいてコーパスに基づく最高頻度語リストを作り,そのなかにフランス・ラテン借用語がどのくらいの割合で含まれているかを調べ,その割合の通時的推移を比較するという手法だ.古い時代のコーパスでは綴字の変異という問題が関わるため,厳密に調査しようとすれば単純にはいかないが,Durkin はとりあえずの便法として,中英語と初期近代英語については Helsinki Corpus の 1150--1500年と1500--1710年のセクションを用いて,現代英語については BNC を用いて異綴字ベースで調査した.それぞれ頻度ランキングにして900--1000位ほどまでの単語(綴字)リストを作り,そのなかでフランス・ラテン語借用語が占める割合をはじき出した.
 結果は,中英語セクションでは7%ほどだったものが,初期近代英語セクションでは19%まで上昇し,さらに現代英語セクションでは38%までに至っている.粗い調査であることは認めつつも,フランス・ラテン借用語で現在頻用されているものの多くについては,歴史のなかで徐々に頻度を上げてきた結果として,現在の日常的な性格を示すことがよくわかった.
 さらにおもしろいことに,初期近代英語のセクション(1500--1710年)に関する数値について,高頻度語リストに含まれるフランス・ラテン借用語のすべてが1500年より前に借用されたものであり,しかもその2/3ほどは確実にフランス借用語であるという事実が確認される (Durkin 338--39) .
 また,中英語と初期近代英語の高頻度語リストに含まれるフランス・ラテン借用語の多くが,現代英語の高頻度語リストにも再現されている事実にも触れておこう.古い2期には現われるが現代期からは漏れている語群を眺めると,なんとも時代の変化を感じさせてくれる.例えば,honour, justice, manner, noble, parliament, pray, prince, realm, religion, supper, treason, usury, virtue である (Durkin 340) .
 時代によって最頻語リストやキーワードが異なることは当然といえば当然だが,歴史英語コーパスを用いて様々な時代を比較してみるとおもしろそうだ.例えば,初期近代英語コーパスに基づくキーワード・リストについて「#2332. EEBO のキーワードを抽出」 ([2015-09-15-1]) を参照.また,頻度と歴史の問題については「#1243. 語の頻度を考慮する通時的研究のために」 ([2012-09-21-1]) も参照されたい.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

Referrer (Inside): [2022-06-05-1] [2020-08-25-1]

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2018-01-09 Tue

#3179. 「新古典主義的複合語」か「英製羅語」か [neo-latin][latin][greek][word_formation][lexicology][loan_word][compounding][derivation][lmode][scientific_english][scientific_name][neologism][waseieigo][terminology][register]

 新古典主義的複合語 (neoclassical compounds) とは,aerobiosis, biomorphism, cryogen, nematocide, ophthalmopathy, plasmocyte, proctoscope, rheophyte, technocracy のような語(しばしば科学用語)を指す.Durkin (346--37) によれば,この類いの語彙は早くは1600年前後から確認され,例えば polycracy (1581), pantometer (1597), multinomial (1608) がみられる.しかし,爆発的に量産されるようになったのは,科学が急速に発展した後期近代英語期,とりわけ19世紀になってからのことである(「#616. 近代英語期の科学語彙の爆発」 ([2011-01-03-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]),「#3014. 英語史におけるギリシア語の真の存在感は19世紀から」 ([2017-07-28-1]),「#3166. 英製希羅語としての科学用語」 ([2017-12-27-1]) を参照).
 新古典主義的複合語について強調しておくべきは,それが借用語ではなく,あくまで英語(を始めとするヨーロッパの諸言語)において形成された語であるという点だ.確かにラテン語やギリシア語などの古典語をモデルとしてはいるが,決してそこから借用されたわけではない.その意味では英単語ぽい体裁をしていながらも英単語ではない「和製英語」と比較することができる.新古典主義的複合語の舞台は英語であるから,つまり「英製羅語」といってよい.しかし,英製羅語と和製英語とのきわだった相違点は,前者が主として国際的で科学的な文脈で用いられるが,後者はそうではないという事実にある.すなわち,両者のあいだには使用域において著しい偏向がみられる.Durkin は,新古典主義的複合語について次のように述べている.

. . . these formations typically belong to the international language of science and move freely, often with little or no morphological adaptation, between English, French, German, and other languages of scientific discourse. They are often treated in very different ways in different traditions of lexicography and lexicology; however, those terms that are coined in modern vernacular languages are certainly not loanwords from Latin or Greek, even though they may be formed from elements that originated in such loanwords. (347)


. . . Latin words and word elements have become ubiquitous in modern technical discourse, but frequently in new compound or derivative formations or with new meanings that have seldom if ever been employed in contextual use in actual Latin sentences. (349)


 これらの造語を指して「新古典主義的複合語」と呼ぶか「英製羅語」と呼ぶかは,たいした問題ではない.しかし,和製英語の場合には「英語主義的複合語」と呼ばないのはなぜだろうか.この違いは何に起因するのだろうか.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2017-12-27 Wed

#3166. 英製希羅語としての科学用語 [waseieigo][latin][greek][scientific_name][compounding][compound][lmode][neo-latin][combining_form][neologism][lexicology][word_formation]

 昨日の記事「#3165. 英製羅語としての conspicuousexternal」 ([2017-12-26-1]) と関連して,再び「英製羅語」の周辺の話題.後期近代英語期には,科学の発展に伴いおびただしい科学用語が生まれたが,そのほとんどがギリシア語やラテン語に由来する要素 (combining_form) を利用した合成 (compounding) による造語である(「#552. combining form」 ([2010-10-31-1]),「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1]),「#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語」 ([2017-07-27-1]) を参照).
 Kay and Allan (20--21) が,次のようにコメントしている.

While borrowing continues to reflect contact with other cultures, many scientific words are not strictly speaking loanwords. Rather, they are constructed from roots adopted from the classical languages. This has the advantage of a degree of semantic transparency: if you know that tele, graph and phone come from Greek roots meaning respectively 'afar', 'writing' and 'sound', and vision from a Latin root meaning 'see, look', you can begin to understand telegraph, telephone and television. You can also coin other words using similar patterns, and possibly elements from other sources, as in telebanking.


 "neo-Hellenic compounds" や "neo-Latin compounds" とも呼ばれる上記のような語彙は,ある意味ではラテン語やギリシア語からの借用語ともみなしうるかもしれないが,より適切に「英製希語」あるいは「英製羅語」とみなすのがよいのではないか.ただし,いくつかの単語が単発で造語されたわけではなく,造語に体系的に利用された方法であるから「パターン化された英製希羅語」と呼ぶのがさらに適切かもしれない.

 ・ Kay, Christian and Kathryn Allan. English Historical Semantics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.

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2017-12-26 Tue

#3165. 英製羅語としての conspicuousexternal [waseieigo][latin][borrowing][loan_word][derivation][etymology][suffix][adjective][emode][neologism][lexicology][word_formation][shakespeare]

 標題と関連する話題は,「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1]),「#1927. 英製仏語」 ([2014-08-06-1]),「#2979. Chibanian はラテン語?」 ([2017-06-23-1]) や,waseieigo の各記事で取り上げてきた.
 Baugh and Cable (222) で,初期近代期に英語がラテン単語を取り込む際に施した適応 (adaptation) が論じられているが,次のような1文があった.

. . . the Latin ending -us in adjectives was changed to -ous (conspicu-us > conspicuous) or was replaced by -al as in external (L. externus).


 これらの英単語は,ある意味では借用された語ともいえるが,ある意味では英語が自ら形成した語ともいえる.「英製羅語」と呼ぶのがふさわしい例ではないだろうか.
 OED によれば,conspicuous は,ラテン語 conspicuus に基づき,英語側でやはりラテン語由来の形容詞を作る接尾辞 -ous を付すことによって新たに形成した語である.16世紀半ばに初出している.

1545 T. Raynald tr. E. Roesslin Byrth of Mankynde Hh vij These vaynes doo appeare more conspicuous and notable to the eyes.


 実はこの接尾辞を基体(主としてラテン語由来だが,その他の言語の場合もある)に付加して自由に新たな形容詞を作るパターンはロマンス諸語に広く見られたもので,フランス語で -eus を付したものが,14--15世紀を中心として英語にも -ous の形で大量に入ってきた.つまり,まずもって仏製羅語というべきものが作られ,それが英語にも流れ込んできたというわけだ.例として,dangerous, orgulous, adventurous, courageous, grievous, hideous, joyous, riotous, melodious, pompous, rageous, advantageous, gelatinous などが挙げられる(OED の -ous, suffix より).
 また,英語でもフランス語に習う形でこのパターンを積極的に利用し,自前で conspicuous のような英製羅語を作るようになってきた.同種の例として,guilous, noyous, beauteous, slumberous, timeous, tyrannous, blusterous, burdenous, murderous, poisonous, thunderous, adiaphorous, leguminous, delirious, felicitous, complicitous, glamorous, pulchritudinous, serendipitous などがある(OED の -ous, suffix より).
 標題のもう1つの単語 externalconspicuous とよく似たパターンを示す.この単語は,ラテン語 externus に基づき,英語側でラテン語由来の形容詞を作る接尾辞 -al を付すことによって形成した英製羅語である.初出は Shakespeare.

a1616 Shakespeare Henry VI, Pt. 1 (1623) v. vii. 3 Her vertues graced with externall gifts.
a1616 Shakespeare Antony & Cleopatra (1623) v. ii. 340 If they had swallow'd poyson, 'twould appeare By externall swelling.


 反意語の internal も同様の事情かと思いきや,こちらは一応のところ post-classical Latin として internalis が確認されるという.しかし,この語のラテン語としての使用も "14th cent. in a British source" ということなので,やはり英製の匂いはぷんぷんする.英語での初例は,15世紀の Polychronicon

?a1475 (?a1425) tr. R. Higden Polychron. (Harl. 2261) (1865) I. 53 The begynnenge of the grete see is..at the pyllers of Hercules..; after that hit is diffusede in to sees internalle [a1387 J. Trevisa tr. þe ynnere sees; L. maria interna].


 「○製△語」は決して珍しくない.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2017-11-12 Sun

#3121. 「印刷術の発明と英語」のまとめ [slide][printing][history][link][hel_education][emode][reformation][caxton][latin][standardisation][spelling][orthography][asacul]

 英語史における印刷術の発明の意義について,スライド (HTML) にまとめてみました.こちらからどうぞ.結論は以下の通りです.

 1. グーテンベルクによる印刷術の「改良」(「発明」ではなく)
 2. 印刷術は,宗教改革と二人三脚で近代国語としての英語の台頭を後押しした
 3. 印刷術は,綴字標準化にも一定の影響を与えた

 詳細は各々のページをご覧ください.本ブログの記事や各種画像へのリンクも豊富に張っています.

 1. 印刷術の発明と英語
 2. 要点
 3. (1) 印刷術の「発明」
 4. 印刷術(と製紙法)の前史
 5. 関連年表
 6. Johannes Gutenberg (1400?--68)
 7. William Caxton (1422?--91)
 8. (2) 近代国語としての英語の誕生
 9. 宗教改革と印刷術の二人三脚
 10. 近代国語意識の芽生え
 11. (3) 綴字標準化への貢献
 12. 「印刷術の導入が綴字標準化を推進した」説への疑義
 13. 綴字標準化はあくまで緩慢に進行した
 14. まとめ
 15. 参考文献
 16. 補遺: Prologue to Eneydos (#337)

 他の「まとめスライド」として,「#3058. 「英語史における黒死病の意義」のまとめスライド」 ([2017-09-10-1]),「#3068. 「宗教改革と英語史」のまとめスライド」 ([2017-09-20-1]),「#3089. 「アメリカ独立戦争と英語」のまとめスライド」 ([2017-10-11-1]),「#3102. 「キリスト教伝来と英語」のまとめスライド」 ([2017-10-24-1]),「#3107. 「ノルマン征服と英語」のまとめスライド」 ([2017-10-29-1]) もどうぞ.

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2017-10-25 Wed

#3103. 10月,October,神無月 [calendar][month][latin][numeral][analogy]

 月名シリーズ (month) の「10月」をお届けする.古英語では10月は,winterfylleð "winter fill" (冬の満ちた月)と呼んでいた.他の月名と同様に,後期古英語にはラテン語から October が入ってきている.古典期以降のラテン語では,September, November, December からの類推を経た Octembre という形態も用いられ,これが古英語で用いられた例もみつかる.OED の挙げている例では,類推ラテン語形と本来語形が並置されている.

OE Old Eng. Martyrol. (Julius) Oct. 225 On ðam teoðan monðe on geare bið xxxi daga; þone mon nemneð on Leden Octember, ond on ure geðeode Winterfylleð.


 October の語幹の octo- は,ラテン語 octō- あるいはギリシア語 oktō- に由来し,「8」を意味する.これは,英語の eight と同根である.8番目の月が10月を表わしているのは,古代ローマ暦では年始を1月ではなく3月に定めていたからだ.oct(a)- として英語に入り込んでいる語も,次のようにいくつかある.

octaacetate, octachord, octad, octagon, octahedral, octahedron, octameter, octan, octane, octant, octave, octavo, octet(te), octocentenary, octogenarian, octonary, octoploid, octopod, octopus, octoroon, octose, octosyllabic, octuple


 October の -ber 語尾については,「#3073. 9月,September,長月」 ([2017-09-25-1]) で触れた通り語源不詳だが,少なくとも October の場合に関しては音韻過程の結果とは考えられないので,September など他の月名の語尾からの類推だろう.
 日本語で陰暦10月を表わす「神無月」は「神の月」の意ともされるが,一方で八百万の神々が出雲大社に集結する月であるため,他の国から神がいなくなるという意味であるとも俗に言われる.出雲では,したがって,むしろ「神在月」(かみありづき)と称されるのだと.ほかには,新穀で酒を醸す月を表わす「醸成(かもな)し月」からとも,雷のない月からとも言われ,諸説がある.

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2017-10-24 Tue

#3102. 「キリスト教伝来と英語」のまとめスライド [slide][christianity][history][bible][runic][alphabet][latin][loan_word][link][hel_education][asacul]

 英語史におけるキリスト教伝来の意義について,まとめスライド (HTML) を作ったので公開する.こちらからどうぞ.大きな話題ですが,キリスト教伝来は英語に (1) ローマン・アルファベットによる本格的な文字文化を導入し,(2) ラテン語からの借用語を多くもたらし,(3) 聖書翻訳の伝統を開始した,という3つの点において,英語史上に計り知れない意義をもつと結論づけました.

 1. キリスト教伝来と英語
 2. 要点
 3. ブリテン諸島へのキリスト教伝来 (#2871)
 4. 1. ローマン・アルファベットの導入
 5. ルーン文字とは?
 6. 現存する最古の英文はルーン文字で書かれていた
 7. 古英語アルファベット
 8. 古英語の文学 (#2526)
 9. 2. ラテン語の英語語彙への影響
 10. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響の比較 (#206)
 11. 3. 聖書翻訳の伝統の開始
 12. 多数の慣用表現
 13. まとめ
 14. 参考文献
 15. 補遺1: Beowulf の冒頭の11行 (#2893)
 16. 補遺2:「主の祈り」の各時代のヴァージョン (#1803)

 他の「まとめスライド」として,「#3058. 「英語史における黒死病の意義」のまとめスライド」 ([2017-09-10-1]),「#3068. 「宗教改革と英語史」のまとめスライド」 ([2017-09-20-1]),「#3089. 「アメリカ独立戦争と英語」のまとめスライド」 ([2017-10-11-1]) もご覧ください.

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2017-09-25 Mon

#3073. 9譛茨シ郡eptember?シ碁聞譛? [calendar][month][latin][verners_law][etymology][numeral][analogy]

 月名シリーズ (month) の「9月」をお届けする.「9月」を表わす語は,古英語では hærfest-mōnaþ "harvest month" (収穫の月)だった.しかし,古英語後期にはラテン語 September (mēnsis) が借用されている.中英語ではフランス語形 Septembre が普通だったが,近代英語になると再びラテン語形 September が採用された.ラテン語 septem は "seven" の意であるから,本来は「7番目の月」を表わしていた.現在の感覚からすると2月分ずれているように見えるが,これは古代ローマ暦では1月ではなく3月を年始としていたことに由来する.
 「7」を表わす印欧祖語の再建形は *septm̥ であり,ラテン語形 septem から遠くない.なお,ギリシア語では印欧祖語の sh に対応するため,「7」は heptá となる (cf. Heptarchy (七王国),s (七書);「#350. hypermarketsupermarket」 ([2010-04-12-1]) と「#352. ラテン語 /s/ とギリシャ語 /h/ の対応」 ([2010-04-14-1]) も参照) .印欧祖語形 *septm̥ の子音 *p は,ゲルマン祖語においては Verner's Law を経て有声摩擦唇音の *ƀ となる一方で,もう1つの子音 *t は,おそらく歯音接辞を付す序数詞形において4子音連続が生じてしまうために消失したことからの類推で落ちたものと考えられる (cf. Gmc *sebunða-) .結果として Gmc 古英語 *seƀun から,古英語 seofon,オランダ語 zeven,ドイツ語 sieben などが発達した.Verner's Law については,「#104. hundredヴェルネルの法則」 ([2009-08-09-1]),「#480. fatherヴェルネルの法則」 ([2010-08-20-1]),「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1]) を参照されたい.
 なお,October, November, December にもみられる -ber 語尾については,ラテン語 mēnsis に基づく形容詞形 *mēns-ris において,隣接する子音群の同化により -br- が現われたのではないかと推測されているが,詳細は不明である.
 日本語で陰暦9月を表わす「長月」は,夜長月(ヨナガツキ)の略(あるいは稲刈月(イナカリツキ)の略)と言われるが,これは中古以来の民間語源説にすぎないという見解もある.折口信夫によれば,9月が長雨(ナガメ)の時季でもあることと関連して名付けられたのだろうとされる.

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2017-08-29 Tue

#3046. 8譛茨シ窟ugust?シ瑚痩譛? [calendar][etymology][latin][personal_name][month]

 いつの間にか蝉の鳴く声が弱まり,代わって夕べに虫の音が聞こえる処暑となった.8月も終わりに近づいている.終わらないうちに,月名シリーズ (month) の「8月」をお届けしよう.
 英語の August (BC 63--14 AD) は,初代ローマ皇帝 Augustus Caesar にちなむ.8世紀に,元老院が Augustus に敬意を表し,もともとのラテン語の Sextīlis mēnsis (第6の月)に代えて新しく用いだしたものである.もとの名が示すとおり,春分の月(現在の3月)を年始めとする古いローマ暦の第6の月(現在の8月)を指した.Augustus 帝にとってもこの月は縁起のいい月だったとされ,この月に31日あるのは養父カエサル (Julius Caesar) の7月よりも日数が少ないのを嫌って,2月から1日奪い取ったためとも言われる.
 古英語では wēod-mōnaþ (weed month) と呼ばれていたが,後期になるとラテン語から August が入ってきた.中英語では August のほか,フランス語から借用された aust, aoust も用いられた.
 日本語で陰暦8月を指す「葉月」は,稲が穂を張る月「穂発月」からとも,木の葉が落ちる月「葉落月」からとも言われる.本来は「はつき」と清音で発音された.

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2017-08-22 Tue

#3039. 連載第8回「なぜ「グリムの法則」が英語史上重要なのか」 [grimms_law][consonant][loan_word][sound_change][phonetics][french][latin][indo-european][etymology][cognate][germanic][romance][verners_law][sgcs][link][rensai]

 昨日付けで,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第8回の記事「なぜ「グリムの法則」が英語史上重要なのか」が公開されました.グリムの法則 (grimms_law) について,本ブログでも繰り返し取り上げてきましたが,今回の連載記事では初心者にもなるべくわかりやすくグリムの法則の音変化を説明し,その知識がいかに英語学習に役立つかを解説しました.
 連載記事を読んだ後に,「#103. グリムの法則とは何か」 ([2009-08-08-1]) および「#102. hundredグリムの法則」 ([2009-08-07-1]) を読んでいただくと,復習になると思います.
 連載記事では,グリムの法則の「なぜ」については,専門性が高いため触れていませんが,関心がある方は音声学や歴史言語学の観点から論じた「#650. アルメニア語とグリムの法則」 ([2011-02-06-1]) ,「#794. グリムの法則と歯の隙間」 ([2011-06-30-1]),「#1121. Grimm's Law はなぜ生じたか?」 ([2012-05-22-1]) をご参照ください.
 グリムの法則を補完するヴェルネルの法則 (verners_law) については,「#104. hundredヴェルネルの法則」 ([2009-08-09-1]),「#480. fatherヴェルネルの法則」 ([2010-08-20-1]),「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1]) をご覧ください.また,両法則を合わせて「第1次ゲルマン子音推移」 (First Germanic Consonant Shift) と呼ぶことは連載記事で触れましたが,では「第2次ゲルマン子音推移」があるのだろうかと気になる方は「#405. Second Germanic Consonant Shift」 ([2010-06-06-1]) と「#416. Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」 ([2010-06-17-1]) のをお読みください.英語とドイツ語の子音対応について洞察を得ることができます.

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2017-07-31 Mon

#3017. industry の2つの語義,「産業」と「勤勉」 (1) [semantic_change][polysemy][etymology][latin][french][industrial_revolution]

 多くの辞書で industry という語の第1語義は「産業;工業」である.heavy industry (重工業),the steel industry (鉄鋼業)の如くだ.そして,第2語義として「勤勉」がくる.a man of great industry (非常な勤勉家)という表現や,Poverty is a stranger to industry. 「稼ぐに追い付く貧乏なし」という諺もある.2つの語義は「勤労,労働」という概念で結びつけられそうだということはわかるが,明らかに独立した語義であり,industry は典型的な多義語ということになる.実際,形容詞は分かれており,「産業の」は industrial,「勤勉な」は industrious である.
 語源を遡ると,ラテン語 industria (勤勉)に行き着く.これは indu- (in) + struere (to build) という語形成であり,「内部で造る」こと,すなわち個人的な自己研鑽や知識・技能の修養という意味合いがあった.原義は職人に求められる「器用さ」や「腕の達者」だったのである.この単語がこの原義を携えて,フランス語経由で15世紀後半の英語に入ってきた.そして,すでに15世紀末までには,原義から「勤勉」の語義も発達していた.
 16世紀になると,これまでの個人的な職業と結びつけられていた語義が,より集合的な含意を得て「産業」の新語義が生じる.しかし,この新語義が本格的に用いられるようになったのは18世紀後期のことである.1771年にフランス語 industrie がこの語義で用いられたのに倣って,英語での使用が促進されたという.この年代は,後に Industrial Revolution (産業革命)と命名された社会の一大潮流の開始時期とおよそ符合する.
 対応する形容詞の歴史を追っていくと,原義に近い「達者な,器用な」「勤勉な」の意味で industrious がすでに15世紀後期に現われている.実は「産業の」を意味する industrial も同じ15世紀後期には現われており,その点ではさして時間差はない.しかし,industrial (産業の)が本格的に用いられるようになったのは,18世紀に対応するフランス語 industriel の影響を受けてからであり,主として19世紀以降である.
 名詞形も形容詞形も,18世紀後期が用法の点でのターニングポイントとなっているが,これは上でも触れたとおり Industrial Revolution の社会的・言語的な影響力に負っている.なお,Industrial Revolution という用語は,1840年に初出するが,1848年に John Stuart Mill (1806--73) によって導入されたといってよく,それが歴史学者 Arnold Toynbee (1852--83) によって広められたという経緯をもつ.

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2017-07-27 Thu

#3013. 19世紀に非難された新古典主義的複合語 [compounding][greek][latin][neo-latin][inkhorn_term][lexicology][combining_form][scientific_name][lmode][word_formation][neologism]

 英語の豊かな語彙史について「#756. 世界からの借用語」 ([2011-05-23-1]), 「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1]),「#2966. 英語語彙の世界性 (2)」 ([2017-06-10-1]),「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) などで取り上げてきた.しかし,豊かであるがゆえに,歴史上,むやみに借りすぎだ,作りすぎだという批判が繰り返されてきた.
 最も有名なのは16世紀後半の「インク壺語」 (inkhorn_term) 論争であり,「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1]) などで紹介してきた.しかし,ほかにも「#2147. 中英語期のフランス借用語批判」 ([2015-03-14-1]),「#2813. Bokenham の純粋主義」 ([2017-01-08-1]),「#1411. 初期近代英語に入った "oversea language"」 ([2013-03-08-1]) のように,あまり目立たないところで語彙批判は繰り返されてきた.
 もう1つ付け加えるべきは,後期近代英語期の造語法の特徴ともいえる新古典主義的複合語 (neo-classical compounds) に向けられた批判である.主にラテン語やギリシア語の連結形 (combining_form) を用いて造語するもので,neo-Latin compounds や neo-Hellenic compounds とも呼ばれる.この造語法は,19世紀に科学用語などの専門用語が大量に必要となった際に利用された方法である (cf. 「#1694. 科学語彙においてギリシア語要素が繁栄した理由」 ([2013-12-16-1])) .
 Beal (22--23) は19世紀の新古典主義的複合語への批判と,かつての「インク壺語」の論争がよく似ている点を指摘している.

   If we look at comments on language in the nineteenth century, we find a range of opinions remarkably similar to those expressed during the 'inkhorn' controversy of the late sixteenth/early seventeenth centuries. On the one hand, there were complaints about the number of new words coined from Latin and Greek. Richard Grant White writes:
   
   
In no way is our language more wronged than by a weak readiness with which many of those who, having neither a hearty love nor a ready mastery of it, or lacking both, fly readily to the Latin tongue or to the Greek for help in naming a new thought or thing, or the partial concealment of an old one . . . By doing so they help to deface the characteristic traits of our mother tongue, and to mar and stunt its kindly growth (1872; 22, cited in Bailey, 1996: 141--2 [= Bailey, R. W. Nineteenth-Century English. Ann Arbor: U of Michigan P, 1996]).

   
   Others objected to the profusion of technical and scientific vocabulary, again mainly from Greek and Latin sources. R. Chenevix Trench wrote (1860: 57--8) that these were 'not, for the most part, except by an abuse of language, words at all, but signs: having been deliberately invented as the nomenclature and, so to speak, the algebraic notation of some special art or science'.


 新古典主義的複合語は,数と質の両方の点において(少なくとも一部の論者にとって)批判の対象となっていたことがわかる.
 ついでながら,日本語の明治期における「チンプン漢語」批判や現在の「カタカナ語」の氾濫問題も,英語史からの上記のケースとよく似ている.これについては,「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1]),「#1999. Chuo Online の記事「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」」 ([2014-10-17-1]),「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) で解説・論評しているので是非ご参照を.

 ・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.

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2017-07-14 Fri

#3000. 7譛茨シ繰uly?シ梧枚譛? [calendar][etymology][latin][personal_name][dissimilation][month]

 古ローマ暦では春分を年の始まりとしたため,現在の暦よりも2ヶ月ずれていた.したがって,現在の7月はかつての5月に対応し,これはラテン語で Quinctilis (第5の月)と称されていた.しかし,Marcus Antonius (83?--30 B.C.) が,帝政開始前の最後の支配者であり友人でもあった Julius Caesar (100--44 B.C.) の死後,神格化すべく,その出生月にちなんで,この月の名前を Jūlius (mēnsis) へと変更した.これが後に古フランス語 jule や古ノルマン・フランス語 julie を経由して,初期中英語期に juil, iulie 等の綴字で借用された.なお,Julius は *Jovilios の短縮形であり,JoveJupiter と語根を共有する.Julius Caesar は,したがって,Jupiter の血を引く正統な家系に属するとみなされた.
 古英語末期には直接ラテン語形が用いられたが,7月を表わす本来的な表現としては,līþa se æfterra (the later līþa) と呼ばれた.これについては,「#2983. 6月,June,水無月」 ([2017-06-27-1]) の記事も参照.
 July の標準的な発音は /ʤʊˈlaɪ/ だが,18世紀には第1音節に強勢が置かれる /ˈʤuːli/ という発音が行なわれており,現在でも米国南部で聞かれる.標準発音は,おそらく June との混同を避けるための異化 (dissimilation) によるものと考えられる(cf. 「いちがつ」と区別するための「なながつ」(7月)という読み方).
 日本語の7月の別称「文月」は,稲の穂のフフミヅキ(含月)に由来するとも,七夕に詩歌の文を添えることに由来するとも言われる.
 月名シリーズの記事として「#2910. 月名の由来」 ([2017-04-15-1]),「#2890. 3月,March,弥生」 ([2017-03-26-1]),「#2896. 4月,April,卯月」 ([2017-04-01-1]),「#2939. 5月,May,皐月」 ([2017-05-14-1]),「#2983. 6月,June,水無月」 ([2017-06-27-1]) を参照.

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2017-07-09 Sun

#2995. Augustan Age の語彙的保守性 [lexicology][emode][inkhorn_term][purism][loan_word][latin][greek]

 17世紀後半から18世紀にかけて語彙の増加が比較的低迷した時期がある.この事実は「#203. 1500--1900年における英語語彙の増加」 ([2009-11-16-1]),「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) のグラフより,一目瞭然だろう.英国史では,一般に1700年に前後する時代は保守的で渋好みの新古典主義時代(Augustan Age) と称されており,その傾向が言語上に新語彙導入の低迷というかたちで反映していると解釈することができる(関連して,「#2650. 17世紀末の質素好みから18世紀半ばの華美好みへ」 ([2016-07-29-1]),「#2782. 18世紀のフランス借用語への「反感」」 ([2016-12-08-1]) を参照).
 この時代の語彙的保守性には歴史的背景がある.1つは,先立つ時代,特に16世紀後半から17世紀前半に,ラテン語やギリシア語といった古典語から大量の語彙が流入したという事実がある.「インク壺用語」 (inkhorn_term) と揶揄されるほどの,鼻につくような外国語の洪水に特徴づけられた時代である.このような大量借用は,確かに部分的には必要だった.科学,宗教,医学,哲学などの媒介言語がラテン語から英語へと急激に切り替わる時代にあって,英語は多くの語彙を確かに必要とした.しかし,短期集中で語彙を借用した結果,早々と英語の「語彙の必要」は満たされ,続く時代にはそれ以上借用するものがなくなってきた.Augustan Age で相対的に語彙借用が減ったのは,先立つ時代の「借用しすぎ」によるところも大きかったと思われる.語彙史も,ピークばかりでは疲れてしまうということか.
 もう1つの歴史的背景としては,Augustan Age は,前時代の「借用しすぎ」を差し引いても,やはり保守的な言語観に支配されていた時代だったという事実がある.例えば,Jonathan Swift (1667--1745) や Joseph Addison (1672--1719) は当時を代表する保守派の論客であり,英語の堕落を嘆き,その改善・洗練・固定化を目指すために活発な執筆活動を行なっていた.「#1947. Swift の clipping 批判」([2014-08-26-1]) や「#1948. Addison の clipping 批判」 ([2014-08-27-1]),「#2741. ascertaining, refining, fixing」 ([2016-10-28-1]) に見られるように,時代の雰囲気は,華美を避け,質実剛健を求める保守主義だったのである.
 Augustan Age の全体的な言語的傾向としては上記の通りだが,個々の年でいえば,例外的に新語彙導入の目立つ年もあった.例えば,1740年代から50年代にかけては,全体として語彙増加が最も低調な時代ではあるが,1753年には Chambers' Cyclopaedia が出版されており,そこに多くの科学用語が含まれていたために,例外的に語彙の生産力が高まった年として記録されている (Beal 21) .具体例を挙げれば,ラテン語およびギリシア語から adarticulation, aeronautics, azalea, ballistics, hydrangea, primula, sphagnum, trifoliate; anthropomorphism, eczema, mnemonic, urology 等が,この年に記録されている.

 ・ Beal, Joan C. English in Modern Times: 1700--1945. Arnold: OUP, 2004.

Referrer (Inside): [2020-08-17-1] [2020-06-18-1]

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2017-06-27 Tue

#2983. 6月,June,水無月 [calendar][etymology][latin][personal_name][month]

 June といえば,イギリスでは最も快適で,社交界が華やぐ月である.夏至やバラとも連想され,すべてが明るい月である.語源的にはローマの女神 Juno に由来し,女神を祀る者を意味する Junonius から異形として発展した Junius (mensis) (おそらく氏族名として用いられていた)が,古フランス語で juin と変化したものが13世紀に英語に借用された.Caesar 暗殺に加わった Marcus Junius Brutus とも連想されたという.
 古英語では,6月と7月を合わせた名称 līþa の「早いほう」 (ǣrra "the earlier") を指すものとして līþa ǣrra と呼ばれた.しかし,後期古英語でも,ラテン語 Junius から直接借用された iunius の語形が文証されていることを付け加えておきたい.
 日本語「水無月」は,漢字でこそ「水の無い月」と書くが,「な」は助詞「の」であり,実は「水の月」である.梅雨の時期で水が豊富な月であり,水を田に引く月であることから名付けられた.
 月名シリーズとして「#2910. 月名の由来」 ([2017-04-15-1]),「#2890. 3月,March,弥生」 ([2017-03-26-1]),「#2896. 4月,April,卯月」 ([2017-04-01-1]),「#2939. 5月,May,皐月」 ([2017-05-14-1]) もどうぞ.

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