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grammatology - hellog〜英語史ブログ

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2016-03-02 Wed

#2501. 粘土証票の文字発生説 (3) [grammatology][writing][archaeology]

 [2016-02-29-1], [2016-03-01-1]に引き続き,Schmandt-Besserat による,証票として粘土のコマこそが文字の前段階だったのではないかという仮説について考える.紀元前4千年紀の終わりに,粘土のコマと,それを入れる粘土の容器 (bulla) を組み合わせた会計処理システムが発達したと考えられている.その bulla の表面には,中に入っている3次元の粘土のコマの種類と数をそのまま2次元的に反映した記号が刻まれている.これは一体何を意味するのだろうか.
 当時の中東の織物取り引きの現場を想像してみよう.田舎の織物職人が,運搬業者を通じて,町の客へ織物を売ろうとしている.職人は,売りに出す織物とともに,その種類と数を記述する複数の粘土コマを封印した bulla を,運搬業者に持たせる.その際,職人は bulla の表面に本人証明の個人印も押しておく.町で待っている客は,運搬業者から商品の織物一式と bulla を受け取り,それが確かに当該の職人の手によって売られたものであることを印により確認するとともに,bulla を割って中のコマを数えることで,発送された織物の種類と数が合っているか,運搬途中で盗まれるなどしていないかを確認することができる.しかし,それほど疑わしくない場合には,わざわざ bulla を割って確かめる必要はなかったし,本人印を無傷で保存するためにはなるべく割らないほうがよい.そこで,後に,中に入っているコマの種類と数を2次元的に再現する方法,bulla の表面にコマを表わす記号を刻む方法が編み出された.そして,これこそが,物や数を表わす「文字」の発生だったのではないか,という.
 やがて,中空の粘土容器 bulla そのものは必要でなくなった.表面に文字を刻めさえすればよかったので,より単純な粘土板という形態に落ち着いた.だが,粘土板とはいっても,実際には完全に平たいわけではなく,凸型のものが普通である.これは,かつての卵形の容器を思わせるものであり,形態的な連続性があるのかもしれない.
 もしこの仮説を採用するならば,文字は意図的に発明されたのではなく,むしろ偶然に発明されたということになろう.3次元のコマを用いた行為をあくまで便宜のために2次元の印に置き換えただけであり,その行為が結果として書記という行為でもあったということである.

 ・ Schmandt-Besserat, Denise. "The Earliest Precursor of Writing." Scientific American 238 (1978): 50--59.

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2016-03-01 Tue

#2500. 粘土証票の文字発生説 (2) [grammatology][writing][archaeology]

 昨日の記事 ([2016-02-29-1]) で紹介した標記の説は Schmandt-Besserat が初めて唱えたものである.彼女の1978年の論文の要旨を記したい.
 従来,文字の起源と発展については,絵文字 (pictogram) から始まり,より抽象度の高い文字記号へと進んだということが前提とされていた.それ自体は誤りではないかもしれないが,ドイツ考古学チームが1929年に Uruk で発掘した大量の粘土板の文書には,史上最古級の文字とされながらも,すでに抽象度の高い記号文字が用いられていた.このことは,さらに遡った時代に文字が存在していたことを強く示唆し,文字の発生についての新たな洞察を促すことになった.Schmandt-Besserat (50) 曰く,

The fact that the Uruk texts contradict the hypothesis that the earliest form of writing would be pictographic has inclined many epigraphers to the view that the tablets, even though they bear the earliest-known writing, must represent a stage in the evolution of the art that is already advanced. The pictographic hypothesis has been revived anew. The fact that no writing of this kind has yet appeared at sites of the fourth millennium B.C. and even earlier is explained away by postulating that the writing of earlier millenniums was recorded exclusively on perishable mediums that vanished long ago, such as parchment, papyrus or wood.


 さて,Schmandt-Besserat は,中東各地の遺跡の発掘を通じて,粘土のコマや粘土でできた卵形の中空の容器 (bulla) の存在に関心を抱いていた.これについては,すでに1958年に A. Leo Oppenheim という学者により,2重の記録体系のための道具ではないかという説が唱えられていた.Oppenheim の見つけたある bulla には,表面に48個の動物を表わす記号が刻まれており,容器のなかでカラカラと音がしたので割ってみると,それぞれの動物をかたどったコマがぴったり48個入っていたのである.これらはおそらく交易上の記録に用いられたのではないかと推測され,数字や文字の記号の前段階に相当するものと解釈された.これらの道具の年代は紀元前1500年ほどとされたが,後の発掘で類似のコマがもっとずっと古い層から発掘されたことから,人類の文字史(及びその前段階を含めた歴史)は数千年という規模で押し上げられることとなった.
 Schmandt-Besserat の調査では,このような粘土のコマが,紀元前9千年紀から紀元前2千年紀に及ぶ長い期間にわたって連続的に,広く中東全域から出土することを確かめ(ただし,bulla は紀元前4千年紀より前には現われない),この記録法がきわめて安定した体系として受け入れられ,実践されていたことを証明した.Schmandt-Besserat (56--57) はまた,なぜ紀元前9千年ほどの時期にこの体系が生み出されたのかというタイミングの問題について,農業経済の出現という人間社会の大変化に起因するのではないかと考えている.

It cannot be a coincidence that the first tokens appear early in the Neolithic period, a time of profound change in human society. It was then that an earlier subsistence pattern, based on hunting and gathering, was transformed by the impact of plant and animal domestication and the development of a farming way of life. The new agricultural economy, although it undoubtedly increased the production of food, would have been accompanied by new problems. / Perhaps the most crucial would have been food storage. Some portion of each annual yield had to be allocated for the farm family's own subsistence and some portion had to be set aside as seed for the next year's crop. Still another portion could have been reserved for barter with those who were ready to provide exotic products and raw materials in exchange for foodstuffs. It seems possible that the need to keep track of such allocations and transactions was enough to stimulate development of a recording system. / . . . The Neolithic period and the succeeding Chalcolithic period, or Copper Age, in western Asia lasted about 5,000 years. Over this substantial span one finds surprisingly few changes in the tokens, a fact that may indicate how well suited to the needs of an early agricultural economy this recording system was.


 農業経済の出現により複雑な会計処理が必要となり,その解決法の1つとして粘土のコマの使用が考案され,後の文字の発生にも貢献したというシナリオだ.Schmandt-Besserat (59) の結論部を引用する.

To summarize, the earliest examples of writing in Mesopotamia may not, as many have assumed, be the result of pure invention. Instead they appear to be a novel application late in the fourth millennium B.C. of a recording system that was indigenous to western Asia from early Neolithic times onward. In this view the appearance of writing in Mesopotamia represents a logical step in the evolution of a system of record keeping that originated some 11,000 years ago.
   On this hypothesis the fact that the system was used without significant modification until late in the fourth millennium B.C. seems attributable to the comparatively simple record-keeping requirements of the preceding 5,000 years. With the rise of cities and the development of large-scale trade the system was pushed onto a new track. Images of the tokens soon supplanted the tokens themselves, and the evolution of symbolic objects into ideographs led to the rapid adoption of writing all across western Asia.


 ところで,残る問題は,粘土のコマと,それを入れ,その記号を表面に刻みつける容器としての bulla を組み合わせたものが,なぜ会計の道具となるのか,である.粘土証票のシステムについては,明日の記事で考える.

 ・ Schmandt-Besserat, Denise. "The Earliest Precursor of Writing." Scientific American 238 (1978): 50--59.

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2016-02-29 Mon

#2499. 粘土証票の文字発生説 (1) [grammatology][writing][archaeology][map]

 文字の発生に関する仮説はいくつかあるが,現存する最古の文字を提供しているメソポタミアの地から出土した一群の粘土形が,文字の起源ではないかという説がある.メソポタミア文明の黎明期における「証票」の役割を果たしたとおぼしき粘土のコマこそが文字の元祖ではないかという.『文字の世界史』を著わしたカルヴェ (41--42) も,この仮説を受け入れているようである.

 全第4千年紀(前3000年代),メソポタミア(ギリシア語で mesos 「真ん中に」,potamos 「川」)という命名のもととなった二つの川,チグリス川とユーフラテス川とにはさまれた輝かしい文化,シュメール文化が登場する.この文化が世界に画期的発明を残した.現代のわれわれもその影響を受けている文字の発明である.文字の出現は少なくとも性質の大変異なる二つの因子に結びつけられる.第一は都会的因子,第二は,経理上の因子である.ともかくも通信体系(コード)があるということは,その通信体系を共有するグループや共同体の存在と結び付くし,また通信体系によって満たされる諸機能の存在ともつながる.この文字を生み出した共同体は,正確にいうと,1928年以降に発掘され史跡となっているユーフラテス川の左岸の低地メソポタミアに位置するウルク(今日ではワルカ)という名の町のシュメール語を話す住民たちであった.この文字の機能は,その原始の形態,つまり掘り出されたまたは時折土中のすき間に閉じ込められているおびただしい「証票」,〔中略〕様々大きさの円錐,ボール玉,飴玉,から答えが引き出されよう.これらの証票は例えば約束の際の保証の意味を表わすしるしといった用いられ方をしていた.ある頭数の羊を引き渡すのに合意した場合,その頭数に相当する数の証票,もしくはその頭数を形で象徴的に表わす複数の証票を,粘土の球体に埋め込んだのである.
 それからこの粘土玉を包む袋自体に内容について記載することを思いついたようだが,それが埋められた粘土玉の数を数えてみれば分かることを記載したということで,無駄なことをしたとはおそらく理解しなかったようだ.文字の根源はこうしてできあがった.つまり集団(例えば群れの羊の数)に相当する証票の数をそろえる代わりに,この数をシンボライズして記したということである.


 この粘土証票の文字発生説は,考古学者 Schmandt-Besserat が初めて唱えたものであり,文字の起源に関する従来の議論に一石を投じたものとして,現在でもきわめて重要な論文となっている.これについては,明日の記事で取り上げる.
 以下に,メソポタミアを中心とする古代中東の地図を Comrie et al. (164) より再現しておこう.

Map of the Near East

 ・ ルイ=ジャン・カルヴェ 著,矢島 文夫 監訳,会津 洋・前島 和也 訳 『文字の世界史』 河出書房,1998年.
 ・ Schmandt-Besserat, Denise. "The Earliest Precursor of Writing." Scientific American 238 (1978): 50--59.
 ・ Comrie, Bernard, Stephen Matthews, and Maria Polinsky, eds. The Atlas of Languages. Rev. ed. New York: Facts on File, 2003.

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2016-02-28 Sun

#2498. yogh の文字 [grammatology][grapheme][alphabet][consonant][g][yogh][terminology][paleography]

 中英語で yogh /joʊk, jɔux/ と呼ばれる <ȝ> の文字が用いられていたことについては,「#1914. <g> の仲間たち」 ([2014-07-24-1]) で取り上げた.現代英語の <g> の文字の周辺に関わる事情は歴史的には複雑だが,今回は yogh の文字に的を絞って考えてみたい.
 まず重要なことは,<ȝ> は基本的には中英語において用いられた文字素 (grapheme) に対する呼称であるということだ.古英語でも,字形としてはさして変わらない文字が用いられていたのだが,それを指して yogh と称することはない.古英語のそれは,あくまで <g> (精確にいえば flat-headed g)と呼ぶべきである.
 この事情をもう少し説明しよう.現代英語の <g> に相当する古英語の文字は,half-uncial 書体からアイルランド書体を経由して伝わった <<Ӡ>> の字形 (flat-headed g) をもっており,対応する音素は [g, j, ɣ] であった.ノルマン征服を経て中英語期に入ると,Anglo-French の綴字習慣の影響のもとで,<g> がさらに /ʤ/ の音価にも対応するようになり,文字素 <g> の機能負荷は高まった.一方,現代英語につらなる round-headed g は,ローマ草書体に由来し,それを受けたカロリンガ書体がノルマン征服後に輸入されることにより,英語の書記においても定着していた.そこで,<g> の機能過多を解消するという動機づけもあったのだろう,本来異なる書体に属する新参の round-headed g (<<g>>) と古参の flat-headed g (<<Ӡ>>) が,機能分化することになったのである.前者はフランス語にならって [g, ʤ] の音価に対応し,後者は古英語由来の摩擦音 [j, x, ɣ] を表わすようになった.ところで,後者は前述のように元来は flat-headed であったが,これも頭が丸い字形へ進化し,中英語までには「3」に似た <<ȝ>> になっていた.起源としては古英語に遡る,この頭の丸まった中英語の文字を指して yogh と呼ぶのである.このようにして,<g> と <ȝ> とは,中英語期の間,役割の異なる2つの文字素として,それぞれの務めを果たした.
 しかし,やがて <ȝ> は,それが表わしていた音化 [j], [x], [ɣ] が各々 <y>, <gh>, <w> で綴られるようになるに及び,衰退していった.現代英語の文字素 <g> の周辺をまとめれば,古英語で1種類だったものが,中英語で2種類に分化したが,その後再び1種類に戻って,今に至るということである.
 以上,田中 (128--30) を参照して執筆した.この話題に関連して「#447. Dalziel, MacKenzie, Menzies の <z>」 ([2010-07-18-1]),「#1651. jg」 ([2013-11-03-1]),「#1824. <C> と <G> の分化」 ([2014-04-25-1]) も参照.

 ・ 田中 美輝夫 『英語アルファベット発達史 ―文字と音価―』 開文社,1970年.

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2016-02-25 Thu

#2495. 印刷術が中国で発明された文字論的背景 [history][writing][grammatology][kanji][printing]

 紙とともに印刷術が中国で発明されたことは,単なる歴史の偶然だったろうか.技術上の革新として,背景には種々の要因,すなわちある種の必然性があるには違いないが,それらの要因が特定の場所,特定の時代に発現したということはおよそ偶然と考えられそうだ.しかし,矢島 (142) は「印刷術と文字」 (pp. 129--47) のなかで,意義ある要因の1つとして漢字のもつ文字論的な特性があるのではないかと述べている.その妥当性については慎重に検討する余地があるが,矢島の議論がおもしろいので,以下に再現してみる.

単音節を表わす切り離された文字記号から成る中国文字こそ,活字という考えと最も結びつき易いものであったろうし,また古代からあった印章や拓本をとるための石碑などから,活字印刷は自然に思いつかれたのではなかろうかとも考えられる。〔中略〕複雑な画をもつ文字であるからこそ,簡を求めて印刷に頼るという考えが生ずるのではあるまいかということと,アルファベット文字は当初は石面や陶片上に刻むためにばらばらの文字記号として使われていたのに対して,パピルス・皮・紙などに書かれるようになると,つづけ字や連字が生じていたということが考えられる〔後略〕。


 これは,漢字の活字は多くの種類が必要なために,活字を作るのも,それを配置するのも手間がかかる,したがって,印刷には適さないのではないか,という議論を逆手にとった反論である.準備は大変だが,いったん準備が済んでしまえば,むしろ繰り返し使えることのメリットは計り知れないともいえる.木版印刷にしても,事情は異ならない.
 このように考えると,漢字と印刷の相性は,一般に言われているよりも良いものかもしれない.矢島 (187) は,別の文章「文字の美学」 (pp. 165--87) のなかで,印鑑が個人特定の手段に用いられてきた日本の印鑑文化に触れつつ,そのような用途での印字・印刷を,美的な鑑賞対象としての書画に対置させる斬新な見方を提示している.印鑑文化については,「#2408. エジプト聖刻文字にみられる字形の変異と字体の不変化」 ([2015-11-30-1]),「#2412. 文字の魔力,印の魔力」 ([2015-12-04-1]) も参照されたい.

 ・ 矢島 文夫 『文字学のたのしみ』 大修館,1977年.

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2016-02-24 Wed

#2494. 漢字とオリエント文字のつながりはあるか? [writing][grammatology][contact][origin_of_language]

 文字の歴史に関する各記事で示唆したように,現代の多くの文字論者は,漢字とオリエント文字(エジプト聖刻文字,楔形文字,アルファベット)の間に直接のつながりはないとみている (cf. 「#1822. 文字の系統」 ([2014-04-23-1]),「#1853. 文字の系統 (2)」 ([2014-05-24-1]),「#2398. 文字の系統 (3)」 ([2015-11-20-1])) .言語の発生についてはいまだ諸説紛々としているが,文字の起源については多元発生説 (polygenesis) が前提とされているといってよい.しかし,これは漢字とオリエント文字が「間接的に」関係する可能性までを排除しているものではないと解釈することもできる.このように希釈された関係ということでいえば,両者の接点を探ろうとする論者はいまでも少なからずいるかもしれない.実際,矢島 (58--59) は「漢字とオリエント文字」と題する章 (49--62) で,この議論に乗り気である.

筆者としては人類文化史のある時期に,文字への意志という何らかの知的努力が互いに多少の関連性のもとに現われたであろうという考えを否定するつもりはない.こうした考えは現代の文字学者I・J・ゲルプによって表明されているものである.〔中略〕ゲルプは,中国文字の創出には,「文化接触に基づく刺激 (stimulus)」があったのではないかと考える.つまり文字そのものというよりももっと高い次元での伝播があったのであろうとする.ゲルプはこれは人類学者A・L・クローバー (Kroeber) の「刺激伝播 (Stimulus Diffusion)」という考え方にあたるものであり,彼自身の考えも間接ながらクローバーの考えに負っていることを認めている./筆者としては,もし中国文字とオリエント系文字に何らかのつながりがるとすれば,他の文化のうちにつながりのあるものを発見できるであろうし,また逆に他の文化のうちにつながりが確認できれば,文字の点でのつながりもありうることとして検証に値いすることと考える.


 「文字への意志」という表現が印象的である.時間に幅はあるが,紀元前四千年紀から二千年紀にかけて,洋の東西に共通して(おそらく連絡して)「文字への意志」が芽生えていたというのは,ロマンチックな響きはあるが,にべもなく破棄すべき仮説ではないように思われる.
 では,文字への意志とは何か.それは,文字を編みだし,使ってみるべき必要性に駆られたということだろう.世界各地で文明が芽生え,栄えたおよそ同じ時期に,同じ政治的,経済的,技術的な状況下において,類似した要求が生じたとしてもまったく不思議はない.諸文明の互いの交流のなかで文字の発明につながるインスピレーションが生まれ育ったということは,十分にあり得る.

 ・ 矢島 文夫 『文字学のたのしみ』 大修館,1977年.

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2016-02-19 Fri

#2489. オガム文字 [ogham][runic][alphabet][writing][grammatology][direction_of_writing][celtic][irish][pidtish]

 オガム文字 (ogham) は,アイルランド全域,ウェールズ,コーンウォール,マン島,そしてスコットランドの一部で4世紀以降中世に至るまで用いられた20文字からなるアルファベット文字体系の1種である.エトルリア文字(あるいはローマン・アルファベット)がガリア人の手を経由してこの地のケルト語話者に伝わって変形したものらしい.アイルランドへキリスト教が伝播し,独自のケルト・キリスト教が発達するあいだにも用い続けられた.系統的にはルーン文字 (runic) とも何らかの関係があるといわれている(「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1]) などを参照されたい).オガム文字という名前は,ルーン文字を作ったといわれるゲルマン神オーディン (Odin) に相当するアイルランド神オグマ (Ogma) に由来し,この詩と雄弁の神こそが考案者であると伝承されている.オガム文字で書き表されている言語はケルト語のほかピクト語 (Pictish) もあるようだが,現在知られている375点以上の碑銘のうち300点ほどはアイルランドの地で見つかっている.
 オガム文字の字形は石(そして現存していないがおそらく木材)の角に刻みつけられた単純な幾何学的な斜線や点である.短い文章を刻むにも書写材料に長さが必要となるため,長文は書かれていない.字形の単純さは著しく,矢島はこの文字を「地球上でこれまで使われてきた文字のなかで,もっとも奇妙なもの」 (207) と評し,「この文字は,近代になってつくられたモールス信号とか,ある種の暗号の先駆者だったといってもよいように思われる」 (209) と述べている (cf. 「#1805. Morse code」 ([2014-04-06-1])) .
 オガム文字の書字方向については縦に横に様々あるが,Encylopædia Britannica 1997 では "In many cases the ogham inscriptions run upward." とも言及されており,「#2483. 書字方向 (4)」 ([2016-02-13-1]) の話題と関連して興味深い.
 Comrie et al. (188) より,字形のサンプルを示そう.

Ogham in Comrie et al.

 Comrie et al. (189) には,オガム文字の起源論について以下のように説明があった.

The origin of the script is uncertain. Some scholars have speculated that Ogham is based upon a secret finger-language of the Druidic priests, citing a medieval Irish manuscript in which such a finger-code is described. It has also been proposed that the script developed under the influence of the Latin or Greek alphabets and the Germanic runes .


 ほかにオガム文字のサンプルや説明は,Omniglot: Writing Systems & Language of the World より Ogham alphabet にも詳しいので要参照.

 ・ 矢島 文夫 『解読 古代文字』 筑摩書房,1999.
 ・ Comrie, Bernard, Stephen Matthews, and Maria Polinsky, eds. The Atlas of Languages. Rev. ed. New York: Facts on File, 2003.

Referrer (Inside): [2019-08-13-1]

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2016-02-16 Tue

#2486. 文字解読の歴史 [review][toc][writing][medium][history_of_linguistics][grammatology]

 「#2427. 未解読文字」 ([2015-12-19-1]) の記事で触れたように,未解読文字の解読にはロマンがある.解読成功者の解読プロセスを紹介する書は一級のミステリー小説といってよく,実際に数多く出版されている.多くの文字体系を扱っており読みやすいという点では,矢島(著)がおすすめである.その目次を挙げると,雰囲気をつかめるだろう.

 ・ ロゼッタ石を読む
 ・ 古代ペルシアの楔形文字
 ・ ベヒストゥン岩壁の刻文
 ・ 楔形文字で書かれた「ノアの方舟」
 ・ シュメール文明の再発見
 ・ 古代の大帝国ヒッタイトの文字
 ・ シナイ文字とアルファベットの起源
 ・ エトルリア語の謎
 ・ 東地中海の古代文字
 ・ クレタ=ミケーネ文字の発見
 ・ 線文字Bと建築家ヴェントリス
 ・ シベリアで見つかった古代トルコ文字
 ・ 甲骨文字と殷文明
 ・ カラホト遺跡の西夏文字
 ・ 古代インディオの諸文字
 ・ インダス文字とイースター文字
 ・ ファイストスの円盤と線文字A
 ・ ルーン文字とオガム文字
 ・ 梵字の起源とパスパ文字
 ・ 最古の文字はどこまでたどれるか
 ・ 古代文字はいかに解読されるか

 矢島 (234) は,最終章「古代文字はいかに解読されるか」で,現在までの世界の文字解読の歴史を4段階に分けている.

 (1) 手さぐりの時代(一八世紀以前)
 (2) ロマン主義の時代(一九世紀)
 (3) 宝さがしの時代(二〇世紀前半)
 (4) 科学的探究の時代(二〇世紀後半)


 よく特徴をとらえた時代区分である.文字解読がロマンを誘うのは,それが否応なく異国情緒と重なるからだろうが,(2) の「ロマン主義の時代」の背景には,「ヨーロッパ大国の東方への視線,端的にいえば植民地主義競争」 (239) があったことは疑いない.Jean-François Champollion (1790--1832) のロゼッタ石 (Rosetta stone) の解読には仏英の争いが関わっているし,楔形文字解読に貢献した Sir Henry Creswicke Rawlinson (1810--95) も大英帝国の花形軍人だった.
 (3) の時代は,世界的に考古学的な大発見が相次いだことと関係する.クレタ島,ヒッタイト,バビロニア,エジプト,中央アジア,西夏,殷墟の発掘により,続々と新しい文字が発見されては解読の試みに付されていった.
 現代に続く (4) の時代は,前の時代のように個人の学者が我一番と解読に挑むというよりは,研究者集団が,統計技術やコンピュータを駆使して暗号を解くかのようにして未解読文字に向かう時代である.言語学,統計学,暗号解読の手法を用いながら調査・研究を進めていく世の中になった.もはや文字解読の「ロマン主義」の時代とは言えずとも,依然としてロマンそのものは残っているのである.

 ・ 矢島 文夫 『解読 古代文字』 筑摩書房,1999.

Referrer (Inside): [2018-11-26-1] [2016-09-16-1]

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2016-02-13 Sat

#2483. 書字方向 (4) [writing][grammatology][medium][direction_of_writing][linearity]

 [2016-01-09-1], [2016-01-10-1], [2016-02-12-1] と書字方向の問題を扱ってきたが,「#2448. 書字方向 (1)」 ([2016-01-09-1]) で,異例中の異例として下から上への書字方向の例に言及した.これについて,昨日も引用した矢島 (199--200) が,もう1つの興味深い例と合わせて解説しているので,全体を引用しよう.

 本文で書字方向として縦書き(上から下),横書き(左書きおよび右書き),それに特殊な例として渦巻き方向があることを述べたが,まさか下から上という縦書き方式があろう思っていなかったところ,そのような例を二つ発見したので,ここにつけ加えることにした。
 その一つはいわゆる古代トルコ文字に関するもので,その解読のプロセスはドーブルホーファー著『失われた文字の解読』III(山本書店)七五?一〇九ページに詳しい。ここにはトムセンによる天才的な解読の出発点である,この文字体系の書字方向(右書き)の発見は述べられているが,実際にはこれが下から上へ刻まれている例があることは書かれていなかった。このことを知ったのは藤枝晃氏の『文字の文化史』(岩波書店)中の次の記述によってだった。
 「十九世紀の末にロシアのトルコ語学者ラードロフが外蒙古を探検して この文字の石碑をいくつか発見したが 誰も読むことはできなかった。その内の最大の石碑は宰相キュル・テギンの墓碑で,片側に漢文,その裏にこの文字の文が刻ってあった。ラードロフの報告書を見て,デンマークの言語学者V・トムゼンが最初にこれを解読した。そこで判ったことは,この文字は右横書きなのだが,漢字と調子をそろえるために,右端から縦向きに刻ってあるので,一々の行は右の下端から上に向かって読まねばならない」(同書二〇二ページ)。
 横書きを縦書きに合わせるのならば,左上から下に(つまり字形を逆にして)書いてもよさそうなものだが,そしてじじつ有名な『大秦景教流行中国碑』(八世紀末頃)のシリア文字は上から下への縦書きに書かれているが,ここでの下から上へというのは奇妙な書き方をしたものである。
 ところが,もう一つ,ごくふつうに下から上へ文字を書いている例が見つかった。北アフリカのベルベル人の一部が用いているティフナグ文字がそれで,古代のヌミディア文字の系譜を受けついでいる(この文字については筆者の「アフリカの文字――セム文明の投影」(月刊・「言語」別冊『アフリカの文化と言語』所収,大修館刊,を参照されたい)。この文字が今日でも僅かながら使われていることは,森本哲郎著『タッシリ・ナジェール――遺跡との対話・2』(平凡社カラー新書)中にも書かれているが,このなかに岩壁に書かれたこの文字の写真が含まれている。これらを眺め,また他の文献をあたっているうちに,これらが下から上へ書かれていることに気づいたが,これは書き手が下方から,手のとどくだけ上方に書き,次にまた下方から書くことを示している。書き手によって身長は違うから,出発点を下端にしているわけで,半遊牧民のベルベル人の生活風景を連想させ,興味深い例であると言わねばならない。


 下から上への書字方向が実用的に確立している例は,まずなさそうだが,上記の古代トルコ文字やティフナグ文字のような特殊な状況での事例はあるということになる.もしかすると曼荼羅などにも見られそうだが,たとえあったとしても特殊事情には違いない.原則として,言語に時間軸に沿った線状性 (linearity) があるのと同様に,書字方向には重力に依存する上から下という方向性があるといえるのではないか.

 ・ 矢島 文夫 『文字学のたのしみ』 大修館,1977年.
 ・ 藤枝 晃 『文字の文化史』 岩波書店,1971年.1991年.

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2016-02-12 Fri

#2482. 書字方向 (3) [writing][grammatology][medium][alphabet][direction_of_writing][hieroglyph][hebrew][aramaic]

 「#2448. 書字方向 (1)」 ([2016-01-09-1]),「#2449. 書字方向 (2)」 ([2016-01-10-1]) に引き続いての話題.矢島(著)『文字学のたのしみ』の第11章「アルファベット文字体系と書字方向」 (pp. 189--200) を読んだ.今回はアルファベットに限定するが,その書字方向の変遷を簡単に追ってみたい.
 アルファベット文字体系の起源については,「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1]),「#490. アルファベットの起源は North Semitic よりも前に遡る?」 ([2010-08-30-1]),「#1822. 文字の系統」 ([2014-04-23-1]),「#1834. 文字史年表」 ([2014-05-05-1]),「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1]),「#1853. 文字の系統 (2)」 ([2014-05-24-1]),「#2398. 文字の系統 (3)」 ([2015-11-20-1]) などで見てきたが,今なお謎が多い.しかし,エジプト聖刻文字 (hieroglyph) が直接・間接の刺激を与えたらしいことは多くの論者の間で一致している.
 エジプト聖刻文字の書字方向は,右書きあり,左書きあり,縦書きありと必ずしも一定していなかったが,普通には右書きが圧倒的に多かったことは事実である.左書きでは,右書きの際の文字が鏡写しのように左右逆転しており,対称性の美しさを狙ったものと考えられる.聖刻文字の右書きについて,矢島 (193) は「なぜ右書きが優勢であったかについては容易に答えられないが,一般的に言えば,右ききが多いこの世で,右手に持った筆記具で右から左へ記号をしるすことはきわめて自然な行為ではなかったかと思える.メソポタミアの楔形文字体系で左書きが行なわれたのは,はじめ縦書きだった書字方向が左に九十度回転した形で書かれるようになったためであり,はじめから左書きが生じたのではない」と述べている.ただし,人間の右利き優勢の事実は,左書きを支持する要因として持ち出す論者もいることから,どこまで説得力を持ちうるかはわからない.
 さて,このエジプト聖刻文字と後のアルファベットを結びつける鍵となるかもしれない文字体系として,ビブロス文字がある.これは音節文字であり,書字方向は右書きだった.一方,アルファベットの元祖の1つではないかと目される原シナイ文字は,縦書きか左書きが多い,ななめ書きなどもあり,全般として書字方向は一定していない.
 これらの後に続いたフェニキア文字では,エジプト聖刻文字やビブロス文字と同様に,右書きが実践された.これがギリシア人の手に渡り,そこで母音文字が付け加えられ,ギリシア文字が生じた.したがって,初期ギリシア語でも右書きが行われたが,その後どうやらヒッタイト象形文字に見られるような牛耕式 (boustrophedon) の段階を経て,左書きへ移行したらしい.この左右転換の契機について,矢島 (195--96) は次のように推測している.

フェニキア文字がギリシア語の表記のために借用された時期(前九世紀頃?)には,このギリシア文字の書字方向は多くは右書きであり,時にはブストロフェドンのような中間的な形式もあったが,その後の数世紀のあゆみのうちに左書きに定着した。その理由ははっきりしないが,フェニキア文字では母音を記さない方式であったから一単語の字数が少なく(平均三?四文字),左右どちらから書いても判読にあまり困難がなかったと考えられるのに対し,ギリシア文字では母音を表記するようになった単語の字数がずっと増えているので,ブストロフェドン方式をやめて左書き方式になったと言えるのではなかろうか。


 ギリシア文字からアルファベットを受け取って改良したエトルリア人も,右書きを標準としながらも,例外的に牛耕式や左書きも見られることから,ギリシア人の混乱を受け継いだように思われる.さらに,ローマン・アルファベットでも多少の混乱が見られたが,紀元前5世紀以降は,ギリシアでもローマでも左書きが定着した.その後,ヨーロッパの種々の文字体系が,この書字方向を維持してきたことは周知の通りである.
 一方,フェニキア文字までの西セム系文字の「由緒正しい」右書きは,その後もヘブライ語,アラビア語,アラム=シリア語などへ継承され,現代に至る.アラム文字経由で中央アジアへ展開したウイグル文字,モンゴル文字,満州文字も,右書きの系統を受け継いだ.ただし,南や東方面へ展開したエチオピア文字,インド系諸文字,カフカス諸文字(アルメニア文字,グルジア文字)など多くは左書きで定着した.
 これまで触れてこなかった変わった書字方向として,「ファイストスの円盤」に認められる「渦巻き方向」もあることを触れておこう.この未解読の文字は,どうやら渦巻きの外から内へ読まれたらしい.具象詩などにも,渦巻き方向の例がありそうだ.ほかに,日本語の色紙や短冊のうえの「散らし書き」も例外的な書字方向といえるだろう.もっとも,このような妙な書字方向は,実用性というよりは美的効果を狙ったものと思われる.

 ・ 矢島 文夫 『文字学のたのしみ』 大修館,1977年.

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2016-01-15 Fri

#2454. 文字体系と表記体系 [grammatology][writing][japanese][orthography][terminology]

 「文字体系」「書記体系(書記法)」「表記体系(表記法)」という用語は,論者によって使い方が異なるが,私は以下のように考えたい.現代の日本語表記でいえば,そこでは平仮名,片仮名,漢字,ローマ字という独立した「文字体系」が区別される.それぞれの文字体系に関しては独自の「書記法」があり,例えば仮名では仮名遣いが,漢字では常用漢字の使用や熟字訓に関する規範がある.また,文字体系の使い分けや送り仮名の規則など,複数の文字体系の混用に関する標準的な決まりごとがあり,それは日本語の「表記体系」と呼びたい.
 この辺りの問題,特に「文字体系」と「表記法」という用語の問題について,河野・西田 (pp. 179--82) が対談している.以下は,西田の発言である.

 日本語の文字体系という問題に入りますけれども,まず,文字体系と表記法というのは別の問題だと思うのですね。表記法というのは,どういうふうに日本語を書き表わしているかということです。一方,文字体系というのは,たとえば仮名は仮名で一つの文字体系をもっている。漢字は漢字で一つの文字体系をなしている。ローマ字はローマ字で別の一つの文字体系をもってる。ですから,日本の場合だと,そういう文字体系を混用しているところに特徴があるわけですね。その混用していることをどう考えるかという問題だと思います。
 表記法の問題であれば,たとえば今の仮名遣いがそれでいいのか,どういうふうに改良したらいいのかという問題になってきて,これは面倒なことになりますから,あまり個人的な意見をいうのはちょっとむずかしいと思いますので,文字体系が混用されていることをどう考えるかという問題として取り上げたいと思います。
 そうすると,日本語の表記には少なくとも三つの文字体系を覚えなければいけない。三つというのは,漢字と仮名――片仮名・平仮名ですね――それからそれに付随してローマ字です。三つの文字体系を覚えなければいけないというのは,記憶に対して非常に負担になるということは一応あるわけですが,それを除いて,三つでも四つでも誰でも記憶できるのだということで考えた場合には,非常に便利ではないかと思うのですね。
 文字体系の混用といっても,どの場面にどの文字を使うかが,習慣的にかなりの程度に決まっている。たとえば漢語からきたものは漢字で書く。それから日本的な文法的要素は仮名で書く,欧米からきた借用語は片仮名で書く。そういう,だいたいの配分のようなものが決まっていて,その上で混用されているということになると思います。
 たとえば漢字がわからなければ仮名で書いておけばいいわけで,これは非常に便利なことだろうと思います。ほかの言語では,おそらくこのように混用している言語というのは非常に少ない,あるいはほとんどないのではないか。必ずしもそうとはいえないかもしれませんが,そのことはあとでまたちょっと触れたいと思います。
 文字の混用はどういう意味があるかといいますと,日本語を書くときに,漢字を使うか,仮名を使うかという選択があった場合に,どちらの文字を使えばより効果的かの一つの判断に立って使っているわけだと思います。漢字の中でも,どの漢字を使うか,たとえばヨロコブには「喜」を使うか,あるいは「慶」を使うか,はたまた「悦」を使うか,これは一つの判断によって決めているわけなんで,そういう文字の選び方は,その文字がもっている本来の価値と付加価値というんですか,その言葉を表記するためにいろいろな人が使っているうちに,自然に付加された価値によっている。それは単に言葉を表記している,意味を表記しているとか,発音を表記しているとか,そういうものだけじゃなくて,歴史の流れの中でそれにプラスされてきた別な価値が生きてくる。その付加価値をどう判断しているかということになると思うのですね。
 ですから,字形のもつ価値以外のものは,別に研究していく必要があると思います。
 また片仮名を挿入することがどういう意味をもつかということですね。付加価値についての調査はあまりされていないと思うのです。それから複数の文字体系の使用の問題ですが,例えば中国の場合,普通みな漢字だけを使っていると思うわけですけれども,実はそうじゃなくて,拼音文字といわれるローマ字表記が併用されている。もう少し遡った段階では,注音符号という文字が使われていた。ですから,必ずしも文字体系がすべて漢字だけであるとはいえないと思いますね。


 このように,とりわけ日本語の表記法の特徴は,ことばを書き記す際に,使用する文字体系やその混用の様式を,書き手がある程度主体的に決められるという点にある.
 関連して「#2391. 表記行動」 ([2015-11-13-1]),「#2392. 厳しい正書法の英語と緩い正書法の日本語」 ([2015-11-14-1]),「#2409. 漢字平仮名交じり文の自由さと複雑さ」 ([2015-12-01-1]) を参照されたい.

 ・ 河野 六郎・西田 龍雄 『文字贔屓』 三省堂,1995年.

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2016-01-10 Sun

#2449. 書字方向 (2) [writing][grammatology][medium][typology][direction_of_writing]

 昨日の記事 ([2016-01-09-1]) に引き続いて,書字方向について.世界の主たる書字方向を整理すると,次のようになる.これは西田 (242) の図を参照したものであり,書字方向の各タイプについては私が便宜上適当な呼称をあてがった.

                   I. 横書き型                                          II. 縦書き型
                         │                                                   │
     ┌─────┬───┴───┬──────┐                   ┌────┴────┐
     │          │              │            │                   │                  │

    (a)          (b)            (c)            (d)                  (a)                 (b)
  左横書き     右横書き      右左横書き     左右横書き            右縦書き            左縦書き
                             (牛耕式)     (牛耕式)
                                                                 4  3  2  1          1  2  3  4
1 ───→    ←─── 1     ←─── 1    1 ───→            │ │ │ │         │ │ │ │
2 ───→    ←─── 2    2 ───→      ←─── 2           │ │ │ │         │ │ │ │
3 ───→    ←─── 3     ←─── 3    3 ───→            │ │ │ │         │ │ │ │
4 ───→    ←─── 4    4 ───→      ←─── 4           ↓ ↓ ↓ ↓         ↓ ↓ ↓ ↓

 以下,西田 (242) に従って,各々の型の代表的な文字を列挙する.

 ・ I(a) の左横書きは,英語をはじめとするローマン・アルファベット系の文字やインド系の文字(ナーガリー文字,チベット文字)が含まれる.
 ・ I(b) の右横書きは,シリア・アラビア系の文字(アラビア文字,ヘブライ文字,ソグド文字)や突厥文字に採用されている.
 ・ I(c) の右左横書き(牛耕式)には,紀元前2500年頃の未解読のインダス文字や初期のシリア・アラビア系文字などが属する.
 ・ I(d) の左右横書き(牛耕式)は,紀元前1500年頃のヒッタイト象形文字がこの統字法をもっていたと考えられている.
 ・ II(a) の右縦書きは,漢字系文字(漢字,西夏文字,女真文字)や日本語の文字において行なわれている.
 ・ II(b) の左縦書きは,ウイグル系文字(蒙古文字,満州文字)やパスパ文字が代表でなる.

 先の記事で触れたように,複数の型をとることが可能な文字は,古今東西,珍しい.エジプト聖刻文字は縦横両方が可能だったが,日本語は現行の I(a) と II(a) のほか,歴史的には I(b) や II(b) もあった,世界の文字のなかでは特異である.日本語の書字方向の歴史については,屋名池による新書がすこぶる有益であるので,お薦めしたい.

 ・ 西田 龍雄(編) 『言語学を学ぶ人のために』 世界思想社,1986年.
 ・ 屋名池 誠 『横書き登場―日本語表記の近代』 岩波書店〈岩波新書〉,2003年.

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2016-01-09 Sat

#2448. 書字方向 (1) [writing][grammatology][medium][japanese][direction_of_writing][hebrew]

 書字方向とは,文字を書き進めてゆく向きである.英語では,左から右へと横書きで書き進めて行き,行末に来たら下に行移りして,再び左から右へと書き進める(=左横書き).日本語は英語と同様に横書きもできるが,伝統的には縦書きであり,その場合には上から下へと文字を書き連ね,行移りは右から左へと展開する(=右縦書き).このように普段使い慣れている文字体系については,その書字方向がいかにも自然なもの,必然的なものに感じられるが,これらは伝統的な習慣にすぎない.特定の書字方向が直感されるほど普遍的でないことは,古今東西の様々な例をみれば分かる.
 横書きから見てみよう.現在でもアラビア語,ヘブライ語,シリア語などは右から左へと書字を進める右横書きを採用している.ヨーロッパでも,古くは初期ギリシア語や初期ラテン語の碑文などに見られるように,右横書きが行われていた.おもしろいのは牛耕式 (boustrophedon) と呼ばれる書字方向で,これはある行を右から左へ書いたら,次行は左から右へというように交互に逆方向に書き進める方式だった.牛耕式はエジプト聖刻文字,初期ギリシア語,古代小アジアの象形文字などに見られ,鳥などをかたどった象形文字の字形は,典型的に行の向きに応じて左右反転するという特徴があった.ギリシア語やラテン語における右横書きから左横書きへの転換の背景には,より古い段階の牛耕式において,いずれの方向も可能であったという事実が関係していたと思われる.
 次に,縦書きについて.縦書き文字の代表選手は,いうまでもなく漢字である.日本,韓国,モンゴル,ベトナムなど漢字に影響を受けた東アジアの文化圏でも,伝統的に縦書きの慣習が採用されてきた.殷墟から発見された漢字の祖型といえる3千数百年前の甲骨文字でも,すでに縦書きが採用されていたが,行移りに関しては,1枚の骨の上ですら,左方向と右方向の両者が確認される.なぜこのように異なる方向の行移りが行われていたのかは詳しく分かっていないが,阿辻 (34)によれば「ただ総じていえば,甲骨文字では骨や甲羅などの記録媒体の周辺部に書かれる文章は外側から内側に行が進み,逆に中心部に書かれる文章では行が内側から外側に進んでいく傾向があるようだ」.しかし,甲骨文字とほぼ同時代の金文では右縦書きが採用されており,これ以降,現在に至るまで漢字文献は右縦書きが基本となっている.この書字方向の定着について,阿辻 (36) は次のように解説している.

行が右から左に進むようになったのは,おそらく竹簡(ちっかん)や木簡(もっかん)のような幅の狭い素材に文字を書き,それを何本も並べて紐で綴じた原始的な書籍の形態に由来するのだろう。何枚もの札をならべて紐で綴じる場合,右利きの人間なら当然,最初の札が一番右端にくるように綴じるはずだ。木簡・竹簡からやがて紙の巻き物に変わっても,紙を右方向に繰り出すのだから,文字を書いた行も右から左に進むこととなった。


 とはいっても,漢字の影響を受けたウイグル文字,モンゴル文字,満州文字で,漢字とは逆の左縦書きが採用されている例があるし,屋名池 (49) によれば,幕末から明治にかけての左綴じ洋学書の序文や凡例では日本語でも左縦書きが実践された.
 縦書きについて,非常に珍しい事例として,下から上へ書かれる文字がある(阿辻,pp. 37--38).北アフリカで半遊牧生活を送るベルベル人の一部が用いるティフナグ文字というもので,今でも岩壁の碑文などにわずかに残っているという.書き手が下から上へ手を伸ばして刻んでいったものであり,届かない高さになると,行を変えて再び下から書き上げていくということらしい.書き手の背の高さまでおよそ計測できるのがおもしろい.上から下という方向性は重力の影響下に生きる人類にとってほぼ普遍的かと思われたが,それすらも反例があったということである.世界は広い.
 最後に,縦書きと横書きを併用できる日本語,中国語,ハングルなどは,古今東西,非常に珍しい文字体系であることに触れておきたい.ほかにもエジプト聖刻文字,梵字,彝文字では縦横両方の書字方向が可能だったが,現代世界で常用されているという点では,日本語のような書字方向の慣習は,きわめて珍しいと言わざるをえない.
 書字方向は,当然のことながら,時間軸に沿って1次元的にしか進み得ない線状性 (linearity) に縛られた口頭言語にとっては無縁の話題であり,空間上に展開される書記言語だからこそ論じられる問題である.書字方向は,文字論における「統字論」における重要なトピックであることを言い添えておきたい.関連して,「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1]) の記事において触れた,エスカルピの指摘する書記言語の図像的機能も参照.

 ・ 阿辻 哲次 『一語の辞典 文字』 三省堂,1998年.
 ・ 屋名池 誠 『横書き登場―日本語表記の近代』 岩波書店〈岩波新書〉,2003年.

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2016-01-08 Fri

#2447. 言語の数と文字体系の数 [statistics][world_languages][grammatology][writing][medium]

 世界における言語の数について,あるいは言語の数を数えるという問題について,「#270. 世界の言語の数はなぜ正確に把握できないか」 ([2010-01-22-1]),「#274. 言語数と話者数」 ([2010-01-26-1]),「#1060. 世界の言語の数を数えるということ」 ([2012-03-22-1]),「#1949. 語族ごとの言語数と話者数」 ([2014-08-28-1]) で話題にしてきた.言語の数というときには,普通,口頭言語が念頭に置かれているが,書記言語ということでいえばどうだろうか.つまり,文字体系の種類は世界にいくつあるのだろうか.関連する話題は「#1277. 文字をもたない言語の数は?」 ([2012-10-25-1]) で扱ったが,今回,改めてこの問題について考えてみたい.
 明らかなことは,文字体系の数は(口頭)言語の数よりも圧倒的に少ないということである.具体的な言語の数については諸説あるが,現代世界で行われている言語に限って,とりあえず約7000あると想定しよう.文字体系の数についても,参考資料によって多少のばらつきはあるが,阿辻 (7--8) によれば,400種類くらいが認められるとされる.ただし,この数は,現代世界に行われている文字体系の種類というよりも,文字の発生から現在に至るまでの古今東西に行われてきた文字体系の総数と解釈すべきである.つまり,この数には,すでに廃用となったエジプト聖刻文字や楔形文字なども含まれるし,種々の未解読文字 (「#2427. 未解読文字」 ([2015-12-19-1])) も含まれる.
 では,なぜ文字体系の種類は口頭言語の種類よりも圧倒的に少ないのだろうか.最も簡単に答えるならば,すべての口頭言語が対応する書記言語をもっているわけではないから,ということになる.「#41. 言語と文字の歴史は浅い」 ([2009-06-08-1]),「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1]) などで示したように,書記言語の発生は口頭言語の発生よりもずっと遅れている.歴史上,口頭言語を欠く人類社会はなかったが,書記言語を欠く社会は多く存在してきた.
 実際,比較的高度な文化をもっていながら,文字をもたなかった社会もある.南アメリカ大陸に栄えたインカは高度な文化を展開したが,少なくとも今のところは文字と呼べるような媒体は発見されていない.また,アイヌの人々も,長期にわたる素朴ながらも力強い文化を享受し,ユーカラのような長編叙事詩を育みながらも,それを表記する文字をもたなかった(阿辻,p. 8).
 ただし,対応する文字体系を欠く口頭言語の母語話者集団からなる社会が,必ずしも無文字社会とは限らないという点に注意したい.もしその社会が多言語社会であり,第2言語として文字体系をもつ言語を使いこなし,その言語による読み書き教育を受けていれば,それは明らかに有文字社会である (cf. 「#1494. multilingualism は世界の常態である」 ([2013-05-30-1]),「#1608. multilingualism は世界の常態である (2)」 ([2013-09-21-1])) .
 もう1つの理由は,書記言語は,言語の境界を越えて,さらに時空を越えて,拡散しやすいということがある.楔形文字,ローマン・アルファベット,キリル文字,漢字などの歴史的な拡散や分布を考えてみれば分かるとおり,それらの主要な文字体系は,たやすく異なる言語へ応用され,超域的に用いられてきた.つまり,1つの文字が複数の言語を表記するのに用いられるのが普通なのである.口頭言語も文化ではあるが,書記言語は一層のこと文化的な人類の発明であり,それほど重要な価値を帯びたものが,周辺地域へ広く伝播しないはずもない.
 本ブログでは,話し言葉と書き言葉の各々の特性について,「#2339. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (1)」 ([2015-09-22-1]) の下に張ったリンク先の記事などで,様々に議論してきた.書き言葉あるいは書記言語のもう1つの特徴として,その媒体たる文字体系が口頭言語の境界を越えて伝播しやすく,コピーされやすいという性質があることを,ここで指摘しておきたい.

 ・ 阿辻 哲次 『一語の辞典 文字』 三省堂,1998年.

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2015-12-24 Thu

#2432. Bolinger の視覚的形態素 [writing][morpheme][grapheme][grammatology][homophony][polysemy][spelling][orthography][phonaesthesia][suffix][punctuation][agentive_suffix]

 昨日の記事「#2431. 書き言葉の自立性に関する Bolinger の議論」 ([2015-12-23-1]) で,Bolinger の視覚的形態素 (visual morpheme) という用語を出した.それによると,書記言語の一部には,音声言語を媒介しない直接的な表形態素性を示す事例があるという.Bolinger (335--38) は現代英語の正書法の綴字を題材として,いくつかの種類に分けて事例を紹介している.説明や例を,他からも補いながら解説しよう.

 (1) 同音異綴語 (homonyms) .例えば,"Sea is an ocean and si is a tone, as you can readily see." という言葉遊びに見られるような例だ.ここでは文脈のヒントが与えられているが,3語が単体で発音されれば区別がつかない.しかし,書記言語においては3者は明確に区別される.したがって,これらは目に見える形で区別される形態素と呼んでよい.おもしろいところでは,"The big clock tolled (told) the hour." や "The danger is safely passed (past)." のように,単語対の使い分けがほとんど意味の違いに結びつかないような例もある.

 (2) 綴字の意味発達 (semantic evolution of spellings) .本来的には同一の単語だが,綴字を異ならせることにより,意味・機能を若干違えるケースがある.let uslet'sgood andgood などがその例である.graygrey では,前者が She has lovely gray eyes. などのように肯定的に用いられる傾向があるのに対して,後者は It was a grey, gloomy day. などのように否定的に用いられるとも言われる.check/cheque, controller/comptroller, compliment/complement なども類例ととらえられるかもしれない.なお,Hall (17) は,この (2) の種類を綴字の "semantic representation" と呼んでおり,文学ジャンルとしての fantasy と幻想としての phantasy の違いや,Ye Olde Gifte Shoppe などにおける余剰的な final_e の効果に注目している (cf. 「#13. 英国のパブから ye が消えていくゆゆしき問題」 ([2009-05-11-2]),「#1428. ye = the」 ([2013-03-25-1])) .(1) と (2) の違いは,前者が homonymy で,後者が polysemy に対応すると考えればよいだろうか.

 (3) 群集 (constellations) .ある一定の綴字をもつ語群が,偶然に共有する意味をもつとき,その綴字と意味が結びつけられるような場合に生じる.例えば,行為者接尾辞 (agentive suffix, subject suffix) の -or は,adjustor, auditor, chancellor, editor, mortgagor, sailor, settlor, tailor などに示唆されるように,-er に比べて専門性や威信の高さを含意するようである (see 「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1])) .また,接尾辞 -y と -ie では,後者のほうが指小辞 (diminutive) としての性格が強いように感じられる.このような事例から,音声言語における phonaesthesia の書記言語版として "graphaesthesia" なる術語を作ってもよいのではないか.

 (4) 視覚的な掛詞 (visual paronomasia) .視覚的な地口として,収税吏に宛てた手紙で City Haul であるとか,意図的な誤綴字として古めかしさを醸す The Compleat Military Expert など.「海賊複数の <z>」 ([2011-07-05-1]) や「#825. "pronunciation spelling"」 ([2011-07-31-1]) の例も参照.

 (5) 綴字ではなく句読点 (punctuation) を利用するものもある.the dog's mastersthe dogs' masters は互いに異なる意味を表わすし,the longest undiscovered veinthe longest-undiscovered vein も異なる.「#1772. greengrocer's apostrophe」 ([2014-03-04-1]) も,この種類に数えられるだろう.

 以上の "visual morpheme" は,いずれも書記言語にのみ与えられている機能である.

 ・ Bolinger. "Visual Morphemes." Language 22 (1946): 333--40.
 ・ Hall, Robert A., Jr. "A Theory of Graphemics." Acta Linguistica 8 (1960): 13--20.

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2015-12-23 Wed

#2431. 書き言葉の自立性に関する Bolinger の議論 [writing][medium][grammatology][morpheme][history_of_linguistics]

 書き言葉の自立性について,直接的には「#2339. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (1)」 ([2015-09-22-1]) とそこに張ったリンク先の記事や「#2340. 書き言葉の自立性に関する Vachek の議論 (2)」 ([2015-09-23-1]) で取り上げてきた.今回は,書き言葉が話し言葉という媒体 (medium) から十分に独立しているということについて,Bolinger (333) の視覚的形態素 (visual morpheme) に関する論文からの引用を通じて,主張したい.

The fact that most writing is the graphic representation of vocal-auditory processes tends to obscure the fact that writing can exist as a series of morphemes at its own level, independent of or interacting with the more fundamental (or at least more primitive) vocal-auditory morphemes. Recognition of visual morphemes is also hampered by the controversy, not yet subsided, over the primacy of the spoken versus the written; the victory of those who sensibly insist upon language as fundamentally a vocal-auditory process has been so hard won that any concession to writing savors of retreat. Yet, so long as a point-to-point correspondence is maintained, it is theoretically possible to transform any series of morphemes from any sensory field into any other sensory field, and keep them comprehensible; the only condition is that contact with the nervous system be maintained at some point. More than theoretically: it is actually done for the congenitally deaf-and-dumb reader of Braille, who 'reads' and 'comprehends' with his finger-tips. Just as here is a system of tactile morphemes existing with no connexion (other than historical) with the vocal-auditory field, so there is nothing unscientific in the assumption that a similarly independent visual series may be found.


 とりわけ "the victory of those who sensibly insist upon language as fundamentally a vocal-auditory process has been so hard won that any concession to writing savors of retreat" と述べているところは,何ともうまい言い回しだ.世間一般では,書き言葉は,その威信や信頼ゆえに,話し言葉よりも上位に位置づけられることが多い.一方,近代言語学では,その一般の見方に対して,むしろ言語の基本は音声であるという主張が辛抱強くなされてきたのであり,その結果,言語学者にとっては悲願だった話し言葉の優位性の言説が,アカデミックな世界では確立されてきた.ところが,世間一般と言語学者の考え方がこのように鋭く対立しているところに,まさに言語学者サークルの限られた一部からではあるが,書き言葉の自立性という,ある意味では世間一般の通念に歩み寄るかのような見解が提示されているというのだから,話しは厄介だ.
 すべからく,話し言葉と書き言葉の役割を,過不足なく,どちらにとっても不利のないように,ありのままに評価し,それを言語学者にも非言語学者にも提示すべきだと考える.学界の現状としては,いまだ書き言葉の扱いは不当である.
 Bolinger の論文の結論は以下の通りである (340) .熟読玩味したい.

   1. Visual morphemes exist at their own level, independently of vocal-auditory morphemes. Even a perfect phonemic transcription would, if used for communication, immediately become a system of visual morphemes. In modern English, education has made the visual system part of the public domain, so that it exhibits some evolutionary tendencies unsecured to vocal-auditory morphemes.
   2. In the implicit reactions of literate people, eye movements combine with other implicit movements. There is as good reason to posit eye movements as the physiological correlate of 'thinking' and 'understanding' as there is to posit laryngeal movements as such a correlate.
   3. In view of the close integration of the 'language organization', it is probably necessary to revise the dictum that 'language must always be studied without reference to writing'. This in no way detracts from the value of that dictum as applied to all languages at some stage of their development and to largely literate speech communities today; it is merely a recognition of a shift that has taken place in the communicative behavior of some highly literate societies.
   4. If it is true that the residue of language after the vocal-auditory is subtracted has provided a redoubt from which attacks could be made on linguistic science, then an appreciation of visual morphemes by both parties to the controversy may prove a step in the direction of reconciliation.


 ・ Bolinger, Dwight L. "Visual Morphemes." Language 22 (1946): 333--40.

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2015-12-22 Tue

#2430. 日本語の表記体系の保守性 [writing][grammatology][japanese][alphabet][romaji]

 「#2408. エジプト聖刻文字にみられる字形の変異と字体の不変化」 ([2015-11-30-1]),「#2412. 文字の魔力,印の魔力」 ([2015-12-04-1]),「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1]) の記事で,文字体系の保守性について議論した.しかし,身近なところで考えてみれば,日本語の表記体系こそ保守的ではないだろうか.確かに,「#2386. 日本語の文字史(古代編)」 ([2015-11-08-1]) や「#2387. 日本語の文字史(近代編)」 ([2015-11-09-1]) で歴史を振り返ったように,日本語の表記体系は様々な変化を経てきたことは事実であり,その意味では「保守的」といえないかもしれない.しかし,やや特殊な位置づけにあるローマ字は別としても,漢字,平仮名,片仮名という3つの文字体系を混合させた表記体系の歴史は,その費用対効果の悪さにもかかわらず,約千年間続いている (cf. "[The writing system of Japanese is] too expensive a cultural luxury for any people in the present age" (qtd. Gardner 349 from Boodberg 20)) .明治以降,ローマ字化 (romanisation) の機運も生じたが,結果的に改革はなされずに混合的な表記体系のまま現在に至っているのである.
 この日本語表記体系の保守性は,特にアルファベット文化圏の目線から眺めると異様に映るのかもしれない.日本語(の漢語)のローマ字による翻字 (transliteration) 方法を提案した書籍に対する書評を読んでみた.著者も評者もアルファベット文化圏で育った人物のようであり,その目線からの日本語表記体系の評価は,それを常用し当然視している者にとっては,むしろ新鮮である.
 例えば,評者 Gardner は明治期にローマ字化の改革が失敗したことを,英語における綴字改革の成功した試しがないことと比較している.これは,文字体系の保守性という一般的な議論に通じるだろう.". . . societies formed to advocate the use of romanization for Japanese . . . fared little better than societies for the reformation of English spelling" (349).
 しかし,とりわけ日本語ローマ字化の失敗の理由を挙げているくだりがおもしろい.Gardner は,(1) 漢字を芸術の対象とみる傾向,(2) 漢字を使いこなす能力を規律,勤勉,権威の象徴とみる傾向,(3) 漢字の表語性の価値を認める傾向,(4) 大量の同音異義語の弁別手段としての漢字の利用,を理由として挙げている.(1) と (2) は文字をめぐる社会文化的な要因,(3) と (4) は言語学的・文字論的な要因といえるだろう.それぞれを説明している部分を Gardner (349) より引用したい.

The passive resistance to romanization draws much of its strength from the high regard for writing as an art. The point is difficult for a westerner to grasp, but good calligraphy is considered as much an index to a man's character as his appearance.

The acquisition of reading and calligraphy represents an investment of long hours of exacting discipline and endless memory work. Why should a statesman, a businessman, or an ordinary citizen---much less a scholar---accept easily the idea of throwing away this proud achievement in order to learn a foreign system that he will read haltingly at first and in which his handwriting will scarcely be distinguishable from a schoolboy's?

[The pronouncement is frequently heard] that the character cannot be separated from the word, or even that the character is the word. The Japanese feel that the understanding of a literary passage would somehow be impaired if the complex reaction to the characters were not brought into play.

Strongest of all is the firm conviction on the part of many Japanese that because of the enormous number of homonyms that exist in the technical and semi-learned language, this would be confusing or unintelligible if reduced to romanization.


 日本語の表記体系を外側から,とりわけアルファベットに慣れ親しんでいる者の視点から眺めると,その非常な保守性に気づくことができる.

 ・ Gardner, Elizabeth F. "Review of UCJ: An Orthographic System of Notation and Transcription for Sino-Japanese. By Peter A. Boodberg. (University of California Publications in East Asiatic Philology, Vol. 1, No. 2, pp. 17--102.) Pp. iii, [86]. Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 1947." Language 26 (1950): 346--55.

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2015-12-21 Mon

#2429. アルファベットの卓越性という言説 [language_myth][writing][alphabet][grammatology][sociolinguistics][linguistic_imperialism][grapheme]

 アルファベット (alphabet) あるいは単音文字の文字体系としての卓越性について,多くの言説がなされてきた.数十年前まで,特に西洋ではアルファベットは文字の発展の頂点にあるという認識が一般的だったし,現在でもそのように信じている者は少なくないだろう (cf. 「#1838. 文字帝国主義」 ([2014-05-09-1])) .
 合理性,経済性,分析性という観点からいえば,アルファベットは確かに音節文字よりも,表語文字よりもすぐれているとはいえるだろう.しかし,そのような性質が文字の果たす機能のすべてであるわけではない.むしろ,「#2344. 表意文字,表語文字,表音文字」 ([2015-09-27-1]),「#2389. 文字体系の起源と発達 (1)」 ([2015-11-11-1]),「#2401. 音素と文字素」 ([2015-11-23-1]) の記事などで繰り返してきたように,私は,文字の本質は表語機能 (logographic function) にあると考えている.それでも,アルファベット卓越論は根強い.
 文字体系としてのアルファベット卓越論は,優位に西洋文化優勢論に発展しうる.西洋社会は,アルファベットを採用し推進したがゆえに,民主主義や科学をも発展させることができたのだ,という言説だ.しかし,これは神話であるにすぎない.この問題について,ロビンソン (226--27) は次のように議論している.

 アルファベットは民主主義の発展に不可欠だったとよくいわれる。識字率を大いに高めたからだと。また、現代社会に於ける西洋の勝利、とくに科学分野での成功は、いわゆる「アルファベット効果」に負うところが大きいともいわれる。なぜなら西洋と中国を比較すると、科学はどちらでも発達したが、西洋では分析的な思考が発達し、例えばニュートンやアインシュタインのような人物が輩出して中国をはるかに引き離す結果となった。そういう分析的な思考は、単語が1字1字に分解されるアルファベットの原理によって育まれたというのだ。簡単にいえば、アルファベットは還元主義的な思考を育て、漢字は全体論的な思考を育てるということになる。
 初めに述べた民主主義とアルファベットについての意見には、一片の真実がありそうだ。だがアルファベットが民主主義の発展を助けたのだろうか、それとも、人々に芽生えた民主主義を求める気持ちがアルファベットを誕生させたのだろうか?〔中略〕古代エジプト人は早くも紀元前第3千年紀、母音記号のないアルファベットを知っていた。しかしそれを使おうとはせずに、たくさんの記号を使ってヒエログリフを書くことを選んだ。これは彼らが自分たちの政治体制に、民主主義の必要性を感じていなかったということなのか?
 科学の発展をめぐる二つめの意見は、おもしろいが誤りだ。中国の文字がそのあまりの複雑さのために、読み書き普及の妨げになったというなら話はわかる。しかし分析的な思考が得意かどうかといった深い文化的傾向を、漢字が表語的な文字だということに結びつけるのはばかげている。インド?ヨーロッパ語族の人々が叙事詩を書くということと、牛乳を飲むという事実を結びつけるようなものだろう。中国人は牛乳を飲まないから叙事詩を書かないのだと。ある優れた中国研究者は、皮肉をこめてこれを「牛乳食効果」と読んでいる。文化的な深い違いを論じるには、その文化全体を見なければならない。それがどんなに重要そうでも、文字がどうかといったほんの一面だけを見ても仕方がない。結局のところ重力や相対性理論を理解したニュートンやアインシュタインなら、たとえ漢字で教育を受けていても、いやエジプトのヒエログリフやバビロニアの楔形文字であったとしても、学ぶべきものは学んだに違いないのである。


 また,ロビンソンは別の箇所 (265)で民主主義の問題について次のようにも述べている.

アルファベットと識字能力と民主主義の同時代的な関係も、一見もっともらしいけれど、評価するのは難しい。確かに文字が覚えやすければ、多くの人が習得でき、その人々が社会的な問題に明るくなれば、それに関与したり、何らかの役割を求めるようになるかもしれない。だから確かに今日の民主主義国家の教育政策は、読み書きの能力向上に重点をおき、非識字は進歩の遅れだというのが常識になっている。とはいえ識字の問題には、読み書きのたやすさ以外にも、ひじょうに多くのことが関係している。経済、政治、社会や文化の状況なども、識字能力と民主主義が根付き成長していくには、それに好都合でなければならない。古代エジプトに根本的な社会構造の変化が起きなかったこと、あるいは古代ギリシアにそれが起きたことを、たんにヒエログリフとアルファベットの違いから説明することはできないだろう。それは今日の日本の識字率の高さを、その世界一複雑な文字のせいにはできないのと同じくらい明白なことである。


 文字論という分野がもっと認知され,理解されない限り,標題の言説は今後も繰り返されるのかもしれない.

 ・ ロビンソン,アンドルー(著),片山 陽子(訳) 『文字の起源と歴史 ヒエログリフ,アルファベット,漢字』 創元社,2006年.

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2015-12-20 Sun

#2428. チェロキー音節文字とクリー音節文字 [writing][grammatology][syllabary]

 19世紀前半にローマ字を参考に作られた2種類の表音文字がある.いずれもアメリカ先住民の言語を表記するのに考案された音節文字だ.
 1つめは,チェロキー・アルファベットと呼ばれる文字である.これは,チェロキー族 (Cherokee) のセコイヤ (Sequoyah; 1760--1843) が,母語であるイロクォイ語 (Iroquoian) を表記するために1821年に考案したもので,「アルファベット」と呼ばれこそするが,実際には音節文字 (syllabary) である.85の記号により,6つの母音,22の子音,200ほどの音素群や音節を表わす.セコイヤは英語を知らなかったが,英語話者の開拓者と接触するなかで,母語を表記する文字体系を作ろうと思い立った.当初は表語文字の考案を目指していたが,数千の記号が必要となることを知って諦めざるをえず,音節文字の考案へと転向した.はじめ文字の種類は200近くあったが,最終的には85文字へ絞った.字形はギリシア文字やヘブライ文字の影響も受けつつラテン文字を基礎としているが,与えられている音価はラテン語や英語などとはまったく異なる.
 チェロキー文字が提案されると,それは数年のうちに多くのチェロキー族の人々によって習得された.まずは発祥地 North Carolina で,さらに1830年以降はチェロキー族の多くが移住した Oklahoma でも用いられることになった.1827年には,チェロキー文字はボストンでデザインされた活字により印刷・出版されもした.やがてチェロキー族の90%がこの文字を読めるようになったというから,民族の識字率向上に相当の効果があったことになる.チェロキー文字は後に衰退したが,私信,聖書翻訳,インディアンの医学的記述などには残ったものがある.また,近年,復活の試みもなされているようだ.以下にその文字表を示そう(Comrie et al. 206; ロビンソン 224--25 も参照).

Cherokee Syllabary

 一方,19世紀半ばに James Evans なる宣教師が,カナダ西部で行われていたアルゴンキン語群 (Algonquin) に属するクリー語 (Cree) を表記する文字を考案した.基本的には12組の音節文字だが,語尾に現われる短子音を綴ることもできた.1833年までに,この言語と文字により聖書翻訳がなされた.また,同じ文字は Choctaw, Chippewa, Slave などのアメリカ先住民の言語を表記するのにも用いられた.クリー文字もチェロキー文字と同様に,民族の識字率の向上に訳だったようだ.以下に,Comrie et al. (205, 207) より文字表を示そう.

Cree Syllabary

 両文字体系については,Omniglot: Writing Systems & Language of the World より Cherokee language, writing system and pronunciation および Cree syllabary, pronunciation and language も要参照.

 ・ ロビンソン,アンドルー(著),片山 陽子(訳) 『文字の起源と歴史 ヒエログリフ,アルファベット,漢字』 創元社,2006年.
 ・ Comrie, Bernard, Stephen Matthews, and Maria Polinsky, eds. The Atlas of Languages. Rev. ed. New York: Facts on File, 2003.

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2015-12-19 Sat

#2427. 未解読文字 [grammatology][hieroglyph][timeline]

 未解読文字の解読への夢は,人々のロマンを誘わずにいられない.Jean-François Champollion (1790--1832) によるロゼッタ石 (Rosetta stone) に記されたエジプト聖刻文字(ヒエログリフ)の解読,Sir Henry Creswicke Rawlinson (1810--95) による楔形文字の解読,Michael George Francis Ventris によるクレタ島の線文字Bの解読,西田龍雄による西夏文字の解読の過程などを読むと,一級のミステリー小説よりもなおワクワクする.現在解読作業が進んでおり,本格的な解読が時間の問題と目されているものに,マヤ文字がある.こちらの謎解きの経過にも目が離せない.
 世界中の遺跡などから発掘される遺物に記されている文字(体系)は,それが既知の文字でない限り,発見当初はすべて未解読文字として扱われる.後に,天才の出現や時の運により首尾よく解読が進んでゆくものもあれば,まったく手の出ないものもある.だが,エジプト聖刻文字や線文字Bのように「解読に成功した」文字と呼ばれてはいても,すべてが解読されているわけではなく,未解読の部分が残っているというのが普通である.未解読と既解読は,あくまで程度の問題ととらえる必要があろう.
 上記の但し書きを加えた上でも,完全に,あるいはほぼ未解読といってよい文字体系が,今なお多く存在する.ロビンソン (175) にまとめられている未解読文字一覧を再現しよう.表中の「*」の印は,学者の間で意見が一致していないことを示す.

文字の呼び名発見された場所最古とされるものの年代文字:既知/未知言語:既知/未知
原エラム文字イラン/イラク紀元前3000年頃未知未知
インダス文字パキスタン/北西インド紀元前2500年頃未知*
「疑似ヒエログリフ」ビブロス(レバノン)紀元前第2千年紀未知未知
線文字Aクレタ島紀元前18世紀一部は既知未知
ファイストスの円盤ファイストス(クレタ島)紀元前18世紀未知未知
エトルリア文字北イタリア紀元前8世紀既知一部は既知
メロエ文字メロエ(スーダン)紀元前200年頃既知一部は既知
ラモハーラ文字中央アメリカ紀元150年頃**
ロンゴロンゴイースター島紀元19世紀以前未知未知


 未解読文字には,大きく分けて (1) 言語は既知だが文字は未知(マヤ文字など),(2) 言語は未知だが文字は既知(エトルリア文字など),(3) 言語も文字も未知(インダス文字,ロンゴロンゴなど)に分けられる.いずれにせよ,最終的に記されている言語が何語であるのかが判らなければ,解読は不可能ということになる.新たな謎解きミステリーを読んでみたいが,マヤ文字を除けば,その時は簡単には訪れないだろう.

 ・ ロビンソン,アンドルー(著),片山 陽子(訳) 『文字の起源と歴史 ヒエログリフ,アルファベット,漢字』 創元社,2006年.

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