hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 5 6 7 8 / page 8 (8)

grammatology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-12-07 08:53

2011-02-19 Sat

#663. 中英語方言学における綴字と発音の関係 [lalme][laeme][me_dialect][spelling_pronunciation_gap][grammatology][graphemics][x]

 初期中英語の方言地図 LAEME の機能が向上してきた.その先輩でもあり生みの親でもある後期中英語の方言地図 LALME は,綴字と発音の関係を考察する上で重要な知見をもたらしてきた.中英語における綴字の地理的分布が,発音の地理的分布と同様に方言学的な価値をもっていることを明らかにした.それまでは,綴字は発音に従属する二次的な体系であり,綴字の地理的分布が本質的に重要な価値をもっているとはみなされていなかったが,LALME は綴字を独立して観察されるべき体系として位置づけたのである.綴字を発音から解放したとでも言おうか.
 中英語方言学は,1986年の LALME の登場によって意表を突かれながら,新たな段階に入ることになった.ここに一種の解放感ならぬ開放感があったことは確かである.文書でしか残されていない中英語の言語的実態,ことに発音の実態を蘇らせたいと思えば,綴字の問題に行き着いてしまう.綴字がどのくらい忠実に発音を表わしているのかは,まさに隔靴掻痒たる問題である.例えば,悪名高いものに現代英語の shall に対応する後期中英語 East Anglia 地方の綴字 xul, xal がある(この語の他の奇妙な綴字は MED を参照).この <x> の文字で表わされる音価は [ks] なのか [ʃ] なのか,あるいは別の音なのか.このような難問が立ちはだかるなかで,綴字と発音を一度切り離して考えてみよう,綴字の側だけでも独立して考察してみよう,という研究上の選択肢が与えられることとなった.
 しかし,発音の呪縛からの解放感は永久に続くわけではない.LALME の出版後,(時代としてはより古いが)その続編として LAEME のプロジェクトが始まったが,プロジェクトの後半から本格的に参加した歴史形態音韻論の理論家 Lass は,綴字と発音の関係を再考して次のように述べている.

The statement in LALME (vol. 1, 6) that the maps constitute 'a dialect atlas of written Middle English', and that texts are 'treated as examples of a system of written language in its own right' is often misinterpreted. The emphasis on the independent value of written evidence was particularly apposite two decades ago, given the post-Bloomfieldian view that was current then (and to a large extent still is) that writing is of no independent linguistic interest, but merely 'parasitic on' speech. But this must not be misunderstood and taken to imply that phonological interpretation is per se unnecessary. The LALME editors take no such line. They were fully aware of the potential phonological implications of their data. LALME is rich in phonological commentary, while the series of Dot Maps (vol. 1) crucially depends on acknowledging the relationship between sound and symbol. (Lass and Laing 11--12)


 これは,20年ほどの解放感の後で xul の音価は何かという悪夢のような問題に立ち返らなければならないという宣言だろうか.上の論文でなされている Lass and Laing の文字論,書記素論の考察は,初期中英語の綴字問題にとどまらず,現代英語の綴字と発音の関係にも光を与えるものであり,読み応えがある.

 ・ Lass, Roger and Margaret Laing. "Interpreting Middle English." Chapter 2 of "A Linguistic Atlas of Early Middle English: Introduction." Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/pdf/Introchap2.pdf .
 ・ McIntosh, Angus, M. L. Samuels, and M. Benskin. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. 4 vols. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.

Referrer (Inside): [2015-07-25-1] [2011-02-20-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-08-30 Mon

#490. アルファベットの起源は North Semitic よりも前に遡る? [grammatology][alphabet]

 [2010-06-24-1]でアルファベットの歴史の概略を記した.今回は,最近見つけたアルファベットの歴史に関する良質なブログ記事を紹介したい.The origins of abc は紀元前4千年紀にシュメール人が用いた楔形文字 ( cuneiform ) から話しを説き起こし,それから5千年後の英語の26文字のアルファベットの使用までの歴史を,写真や図を含めて興味深くまとめている.このサイトの運営者は graphic designer で,typography に夢中な日本在住のイギリス人.現代の <A, a> の1文字ができあがるまでに長い道のりを歩んできたことが要領よく解説されている.
 記事によると,アルファベットの究極の起源は,[2010-06-24-1]で述べた紀元前2千年紀前半にパレスチナやシリアで行われていた North Semitic ではなく,もう少し早い時期のエジプトの文字に遡るのではないかという.1999年にエジプトの Wadi el-Hol で 2片の碑文が発見され,そこに後の <A> の文字の起源となる牛の頭をかたどった 'aleph 「牛」の文字が刻まれていたという.(セム語で 'aleph は「牛」を意味し,「家」を表わす beta と合わせてそれぞれ第1文字,第2文字とされ,この文字体系は alphabet と呼ばれることになった.)紀元前19世紀頃にエジプトの地で発達したこの文字体系が,パレスチナやシリアに伝わり,従来アルファベットの起源とされてきた North Semitic に連なったのではないかということである.
 現代のローマ字の abc という並び順は古代セム語の順番を踏襲したものだが,その意味や解釈に定説はないようである(橋本,p. 52).ふだん英語史として扱っている時代範囲はせいぜい紀元後の話しである.だが,アルファベットの歴史,文字の歴史の世界に足を踏み入れると,紀元前○千年紀という目の眩む太古の世界に誘われることになり,どうも頭が追いついていかない.同僚にシュメール語の研究者がいるが,古英語や中英語の話しをしていると自分が赤ん坊のような気分になってくることがある.人類の文化の歴史は長い.

 ・ 橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-06-24 Thu

#423. アルファベットの歴史 [grammatology][alphabet][runic][etruscan][history]

 昨日の記事[2010-06-23-1]で文字の種類に触れた.文字数という観点からもっとも経済的なのは音素文字体系 ( alphabet ) であり,それが発明されたことは人類の文字史にとって画期的な出来事だった.さらに,古今東西のアルファベットの各変種が North Semitic と呼ばれる原初アルファベットに遡るという点,すなわち単一起源であるという点も,その発明の偉大さを物語っているように思われる.
 North Semitic と呼ばれる原初のアルファベットは,紀元前1700年頃にパレスチナやシリアで行われていた北部セム諸語 ( North Semitic languages ) の話し手によって発明されたとされる.かれらが何者だったかは分かっていないが,有力な説によるとフェニキア人 ( the Phoenicians ) だったのではないかといわれる.North Semitic のアルファベットは22個の子音字からなり,母音字は含まれていなかった.この文字を読む人は,子音字の連続のなかに文法的に適宜ふさわしい母音を挿入しながら読んでいたはずである.紀元前1000年頃,ここから発展したアルファベットの変種がギリシャに伝わり,そこで初めて母音字が加えられた.この画期的な母音字込みの新生アルファベットは,ローマ人の前身としてイタリア半島に分布して繁栄していた非印欧語族系のエトルリア人 ( the Etruscans ) によって改良を加えられ,紀元前7世紀くらいまでにエトルリア文字 ( the Etruscan alphabet ) へと発展していた.
 このエトルリア文字は,英語の文字史にとって二重の意味で重要である.一つは,エトルリア文字が紀元前7世紀中にローマに継承され,ローマ字 ( the Roman alphabet or the Latin alphabet ) が派生したからである.このローマ字が,ずっと後の6世紀にキリスト教の伝道の媒介としてブリテン島に持ち込まれたのである ( see [2010-02-17-1] ) .以降,現在に至るまで英語はローマ字文化圏のなかで高度な文字文化を享受し,育んできた.
 もう一つ英語史上で重要なのは,紀元前1世紀くらいに同じエトルリア文字からもう一つのアルファベット,ルーン文字 ( the runic alphabet ) が派生されたことである(ただし,起源については諸説ある).一説によるとゴート人 ( the Goths ) によって発展されたルーン文字は北西ゲルマン語派にもたらされ,後の5世紀に the Angles, Saxons, and Jutes とともにイングランドへ持ち込まれた.アングロサクソン人にとって,ローマ字が導入されるまではルーン文字が唯一の文字体系であったが,ローマ字導入後は <æ> と <ƿ> の二文字がローマ字に取り込まれたほかは衰退していった.
 英語の文字史における主要な二つのアルファベット ( the runic alphabet and the Roman alphabet ) がいずれもエトルリア文字に起源をもつとすると,エトルリア人の果たした文化史的な役割の大きさが感じられよう.ルーン文字については,the Runic alphabet in Omniglot を参照.

 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006. 50--52.

(後記 2010/06/28(Mon):専門家より指摘していただいたところによると,ルーン文字の生成は紀元前1世紀でなく紀元1世紀という説が多くの論者のあいだで有力とのことです.Tineke Looijenga というオランダ人学者の説によると,ルーン文字はローマン・アルファベットの影響化で生まれたとのことです.要勉強.)

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-06-23 Wed

#422. 文字の種類 [grammatology][alphabet][typology]

 文字体系を扱う分野を文字論 ( grammatology ) という.古今東西の文字体系を文字と発音との関係から大きく分類すると以下のようになる.

 ・ 文字が発音に対応していない文字体系 = 非表音文字 ( non-phonographic )

   ・ 絵文字 ( pictographic ) .絵が指し示すモノそのものに対応.鳥の輪郭であれば鳥を指すなど.もっとも原始的な形態で,世界各地で発見される.紀元前3000年頃のエジプトやメソポタミアの絵文字,紀元前1500年頃の中国の絵文字,現代の道路標識など.
   ・ 表意文字 ( ideographic ) .絵文字から発展した形態で,文字の輪郭はより幾何学的な形態へ移行.文字はモノそのものだけでなく慣習的に結びついた意味も表すようになる.例えば初期のシュメール文字では,星をかたどる幾何学的文字は,「夜」「暗い」「黒い」など星と慣習的に結びついた意味をも示すようになる.現代では,アイロンの絵に大きな×のついた「アイロンがけ不可」を意味する標示では,アイロンが絵文字的,×が表意文字的な役割を果たしている.純粋な表意文字体系というのは珍しく,たいてい絵文字体系などと組み合わさって存在する.
   ・ 表語文字 ( logographic ) .漢字が典型的な表語文字といわれる.中国の漢字は 50,000 ほどあるといわれるが,基本文字に限れば日本の漢字の場合と同様に,2,000 程度で済む.必ずしも語 ( word ) という単位でなく形態素 ( morpheme ) に対応していることもあり,厳密には表語文字と呼ぶのは適切でないかもしれない.

 ・ 文字が発音に対応している文字体系 = 表音文字 ( phonographic )

   ・ 音節文字 ( syllabic ) .日本語の仮名が典型的な音節文字といわれる.表語文字に比べて文字数はぐっと少なくなり,数十から数百の間に収まる.
   ・ 音素文字 ( alphabetic ) .文字と音素の対応が緊密な文字体系.非常に経済的な文字体系で,文字数は20〜30くらいに収まることが多い.Greek alphabet, Roman alphabet, runes, ogham など複数のアルファベットが存在するが,いずれも起源は North Semitic と呼ばれるパレスチナやシリアなどで紀元前1700年くらいに用いられた原初アルファベットに遡る.

 およそリストの上から下に向かって文字体系が進化していったことが分かる.文字は世界各地で独立して発生しているが,アルファベットについては単一起源であり,古今東西のアルファベット系文字体系の各変種はいずれもそれからの派生という点が特異である.アルファベットは人類にとってたいへん貴重な発明だったといえるだろう.
 文字の歴史が浅い点については,[2009-06-08-1]を参照.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997. 199--205.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-02-06 Sat

#285. 英語の綴字と漢字の共通点 (2) [grammatology][alphabet][spelling_pronunciation_gap][kanji][homophone]

 昨日の記事[2010-02-05-1]の続編.英語の文字体系を漢字と同じ表語文字(正確には表形態素文字)ととらえれば,喧伝されている英語綴字の不条理について,不満が少しは静まるのではないかという話である.
 日本語の不便の一つに同音異綴 ( homophony ) がある.例えば「こうし」と仮名で書いた場合,『広辞苑』によればこれは44語に対応する.

子牛・犢,工師,公子,公司,公私,公使,公試,孔子,甲子,交子,交趾・交阯,光子,合志,好士,考試,行死,行使,孝子,孝志,更始,厚志,厚紙,後肢,後翅,後嗣,皇子,皇師,皇嗣,紅脂,紅紫,郊祀,香脂,格子,貢士,貢使,高士,高志,高師,黄紙,皓歯,構思,嚆矢,講師,恋し


 発音ではアクセントによって「子牛」と「講師」などは区別がつけられるが,大部分は区別不能である.文脈によって判別できるケースも多いだろうが,何よりも漢字で書けば一発で問題は解決する.これは,漢字の本質的な機能が,音を表すことではなく語(形態素)を表すことにあるからである.
 英語では,同音異義はこれほど著しくはないが,やはり存在する.so, sow, sew はいずれも /səʊ/ と発音されるが,語(形態素)としては別々である.通常は文脈によって判別できるだろうが,やはり綴字の違いがありがたい.これも,英語の綴字の機能の一部として,音でなく語(形態素)を表すという役割があるからこそである.ここにも,英語の綴字と漢字の共通点があった.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2010-02-05 Fri

#284. 英語の綴字と漢字の共通点 [grammatology][alphabet][spelling_pronunciation_gap][kanji]

 日本語の文字体系において,仮名は音(音節)を表し,漢字は主に語を表す.もちろん漢字にも音は付随しているが,通常,仮名のように一対一で音に対応しているわけではない.たとえば,<言>という漢字は /い(う)/, /こと/, /げん/, /ごん/ と複数の音読の仕方がある.日本語の非母語学習者が漢字を覚えるのはさぞかし大変だろうと思うが,非英語母語話者が英語を学習する場合にも,程度の差こそあれ同じような面倒を経験している.
 "alphabet" は表音文字と同義に用いられることもあるが,見方によれば,特に英語の alphabet の場合,phonetic どころか phonemic ですらない.これまでにもいくつかの記事で spelling_pronunciation_gap の話題を取り上げてきたように,英語ではある文字がただ一つの音素に対応するということはなく,文字体系は一見めちゃくちゃである.だが,英単語の約84%については綴字が対応規則により予想可能だといわれており (Pinker 187),世間で非難されるほどひどい文字体系ではないという意見もある.
 ここで発想を転換して,英語の文字体系は表音文字でなく(漢字と同じ)表語文字である,と考えてみよう.より正確にいえば,語 ( word ) というよりは形態素 ( morpheme ) を表す文字であると考える.たとえば,photograph, photographic, photography という一連の語のそれぞれについて <photograph> の部分を内部分割できない一つのまとまりとして,一文字の漢字であると想像してみよう.いまや <photograph> は「写真,画」を意味する一形態素 {photograph} を表す一漢字であるから,先の3語はそれぞれたとえば <画>, <画ic>, <画y> などと書けることになる.ちょうど漢字の <画> が /か(く)/, /かく/, /が/ など複数の音連鎖に対応しているように,<photograph> が上記3語において /ˈfəʊtəgrɑ:f/, /ˌfəʊtəˈgræf/, /fəˈtɒgrəf/ という複数の音連鎖に対応しており,このこと自体は不思議ではない.音でなく形態素に対応しているがゆえに,photograph, photographic, photography の派生関係や語源的つながりは一目瞭然であり,便利であるともいえる.
 このように英語の綴字と漢字には共通点があると考えると,漢字を使いこなす日本人にとって,英語の spelling-pronunciation gap などかわいいものではないだろうか.また,英語母語話者の綴り下手も,日本人の漢字力の衰えと比較すれば合点が行く.

 ・Pinker, Steven. The Language Instinct: How the Mind Creates Language. New York: W. Morrow, 1994. New York : HarperPerennial, 1995.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2009-06-08 Mon

#41. 言語と文字の歴史は浅い [timeline][writing][homo_sapiens][anthropology][origin_of_language][grammatology]

 数百万年に及ぶ人類の歴史の中では,言語の発生はかなり最近のことであるし,文字の発生はさらに最近である.
 約50万年前に Homo erectus から Homo sapiens が分かれたが,頭蓋骨の形状から,彼らは言語を話さなかったようだ.約10万年前から,頭蓋骨の形状が現代の我々のものに類似してきたようで,恐らく言語の発生もこのくらいだろうと考えられる.一方,文字の発生は,現在確認されている最も古いもので,ようやく5500年ほどを遡れるくらいである.
 上記の人類史の観点から,主だった古代文字の年代を時系列に整理してみよう.

出来事約〜年前
人類の発生5,000,000?
Homo erectus の発生2,000,000
Homo sapiens の発生500,000
言語の発生100,000
インダス文字の起源5,500
エジプト文字の起源5,300
メソポタミア文字の起源5,100
漢字の起源3,500
ヒッタイト文字の起源3,500
マヤ文字の起源2,500
古代ペルシャ文字の起源2,500
古代インド文字の起源2,250


以下の円グラフは,Homo sapiens の歴史50万年における言語と文字の歴史の長さの割合を示したものである.文字の歴史は何とも浅い.

Timeline of Human Language and Writing

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow