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grammatology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2020-06-05 08:55

2013-11-02 Sat

#1650. 文字素としての j の独立 [alphabet][grapheme][grammatology][spelling][pronunciation][punctuation][johnson][j]

 現代英語でアルファベットの第10番目の文字 <j> は,生起頻度としては「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1]) でみたとおり,<z>, <q> に続いて最低である.それほどまでに目立たない文字だが,それもそのはず,独り立ちししてから長めに数えても400年と経っていないのだ.
 <j> は <i> を下にのばし鉤をつけてできた文字である.歴史的には <j> はローマ時代から存在したが,機能としては <i> と重複しており,文字素 <i> の変異形にすぎなかった.つまり,<j> は独立した文字素としてはみなされていなかったのである.中世英語を通じて,<j> は典型的にはローマ数字におけるように,<i> が連続する際の最後の <i> の代わりに用いられた (ex. iiij) .
 ところが,1630--40年に,<i> を母音字として,<j> を /ʤ/ に対応する子音字として用いる現代風の慣習が始まりだす.だが,慣習が始まりだしただけで,すぐに <j> が <i> と区別される独立した地位を獲得したわけではない.それにはさらに時間がかかった.例えば,1755年の Johnson の辞書でも,"I is in English considered both as a vowel and consonant; though, since the vowel and consonant differ in their form as well as sound, they may be more properly accounted two letters" と区別が示唆されてはいるが,実際には <i> で始まる語と <j> で始まる語が同じ見出しのもとに配列されている.つまり,jar, jaw, jay, ice, idol, jealous, jerk, ill などがこの順序で見出しとして現われるのである (Upward and Davidson 184--85) .大文字 <J> と <I> の区別はさらに遅れ,混用は19世初期まで続いた (Crystal 260) .なお,1828年の Webster の辞書では,両文字は完全に区別されている.
 <j> が /ʤ/ に対応する子音字として用いられるようになったのは,古フランス語においてその対応があったからである.ラテン語 iacere, iunctus iuvenis などの語頭の <i> は半子音 /j/ を表わしたが,古フランスに至る過程でこの /j/ は音韻過程を経て,最終的に破擦音 /ʤ/ となった.こうして成立した <i/j> = /ʤ/ の対応関係が中英語にも移植され,17世紀前半に,ある程度安定的に現代風の分布で用いられるようになった (Upward and Davidson 133--34) .また,15世紀のスペイン語における母音字 <i> と子音字 <j> の使い分けの慣習も,英語における両文字の分化に関わっている.これについては,<i>, <j> の上の点 (dot) とも関連して,「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1]) を参照.さらに詳しくは,OED の "J, n. の項を参照されたい.

 ・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2013-02-11 Mon

#1386. 近代英語以降に確立してきた標準綴字体系の特徴 [spelling][grammatology][orthography][etymological_respelling][standardisation][loan_word][latin][greek]

 「#1332. 中英語と近代英語の綴字体系の本質的な差」 ([2012-12-19-1]) で略述したように,近代英語の綴字体系の大きな特徴は,より logographic だということだ.語や形態素を一定の綴字で表わすことを目指しており,その内部における表音性は多かれ少なかれ犠牲にしている.これは特徴というよりは緩やかな傾向と呼ぶべきものかもしれないが,的確な記述である.Brengelman (346) は,この特徴なり傾向なりを,さらに的確に表現している.

The specific characteristics of the theory of English spelling which finally emerged were the following: Each morpheme ought to have a consistent, preferably etymological spelling. Each morpheme ought to be spelled phonemically according to its most fully stressed and fully articulated pronunciation (thus n in autumn and damn, d in advance and adventure), and the etymology ought to be indicated in conventional ways (by ch, ps, ph, etc. in Greek words; by writing complexion---not complection---because the word comes from Latin complexus).


 要するに,形態素レベルでは主として語源形を参照して一貫した表記を目指し,音素レベルでは (1) 明瞭な発音に対応させるという方針と,(2) 語源を明らかにするための慣習に従うという方針,に沿った表記を目指す,ということである.近現代の綴字体系の特徴をよくとらえた要約ではないだろうか.
 興味深いことに,上の方針が最もよく反映されているのは,長くて堅苦しい借用語である.逆にいえば,初期近代英語期にラテン語やギリシア語からの借用語が増加したという背景があったからこそ,上の特徴が発生してきたということかもしれない.この点に関連して,Brengelman の2つの記述を読んでみよう.

Of all the improvements on English spelling made by the seventeenth-century orthographers, none was more important than their decision to spell the English words of Latin origin in a consistent way. Schoolmasters explained the process as showing the historical derivation of the words, but it did more than this: it showed their morphology. It is this development which makes possible a curious fact about English spelling: the longer and more bookish a word is, the easier it is to spell. No rules would lead a foreigner to spellings such as build or one, but he should easily spell verification or multiplicity. (350)


[E]nglish spelling began to be increasingly ideographic as early as the fourteenth century, and by the sixteenth, when the majority of readers and writers knew Latin, understanding was actually enhanced by Latinate spellings . . . . (351)


 歴史的にラテン語は英語に多種多様な影響を与えてきたが,また1つ,初期近代英語期の綴字標準化の過程においても大きな影響を与えてきたということがわかるだろう.

 ・ Brengelman, F. H. "Orthoepists, Printers, and the Rationalization of English Spelling." JEGP 79 (1980): 332--54.

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2012-12-19 Wed

#1332. 中英語と近代英語の綴字体系の本質的な差 [spelling][grammatology][spelling_pronunciation_gap][orthography]

 英語における綴字と発音の乖離については spelling_pronunciation_gap の記事を中心に多くの記事で触れてきたが,今まで木を見て森を見ずに論じてきたかもしれない.Jespersen (3) を読んでいて,はっとさせられた.

In the Middle Ages the general tendency was towards representing the same sound in the same way, wherever it was found, while the same word was not always spelt in the same manner. Nowadays greater importance is attached to representing the same word always in the same manner, while the same sound may be differently written in different words.


 やや乱暴だが,この引用を一言でまとめれば,「中英語の綴字体系の拠り所と近代英語のそれとの間の本質的な差は,前者がより表音的 (phonographic) であるのに対して,後者はより表語的 (logographic) である」ということになる.現代英語に同音異綴 (homophony) が多い事実を根拠に,現代英語の綴字体系はアルファベットを使用していながらも実は logographic であるという主張はしばしば聞かれるが,文字論の観点と通時的な視点を組み合わせれば,英語の綴字体系の変化は,確かにこのようにまとめられるように思われる.Jespersen も "tendency" と穏やかな言葉遣いをしているとおり,あくまで各時代の英語の綴字体系が向いている方向が指摘されているにすぎないが,言い得て妙だろう.
 中英語の綴字体系は,音を表わすのだと主張してうるさいが,実現された語形は多種多様で大雑把である.近代英語の綴字体系は,音は適当に表わせればよいと鷹揚だが,実現される語形は厳格に定まっている.一般に文字の発展の歴史において表意や表語から表音へ向かう流れが認められるが,英語史においてはその逆ともいえる表音から表語への流れが観察されるというのは興味深い.
 関連して,「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1]) も参照.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.

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2012-08-06 Mon

#1197. 英語の送り仮名 [grammatology][japanese][hiragana][katakana][kanji][writing][punctuation]

 日本語の漢字表記には,送り仮名という慣習がある.送り仮名の重要な役割の1つは,原則として直前の漢字が訓読みであることを示すことである.もう1つの重要な役割は,用言の場合に,活用形を示すことである.例えば「語る」の送り仮名「る」は,この漢字が音読みで「ご」ではなく訓読みで「かた」と読まれるべきこと,およびこの動詞が終止・連用形として機能していることを明示している.1つ目の役割は用言以外にも認められ,とりわけ肝要である.「二」であれば「に」と読むが,「二つ」であれば「ふたつ」と読む必要がある.送り仮名は,音訓の問題 ([2012-03-04-1])や分かち書きの問題 ([2012-05-13-1], [2012-05-14-1]) とも関わっており,特異な書記慣習といってよいだろう.
 しかし,特異とはいっても,古今東西に唯一の慣習ではない.例えば,シュメール人 (Sumerian) によって紀元前4千年紀の終わりに発明されたとされるメソポタミアの楔形文字 (cuneiform) を紀元前2400年頃に継承したアッカド人 (Akkadian) は,シュメール語に基づく表意文字に,アッカド語の屈折語尾に対応する「送り仮名」を送り,アッカド語として読み下していた.この「送り仮名」は phonetic complement と呼ばれている.紀元前1600年までには,アッカド語を記した楔形文字の一種がヒッタイト語 (Hittite) へも継承され,そこでも似たような phonetic complement が付された (Fortson 160) .
 とはいっても,"phonetic complement" あるいは「送り仮名」は,やはり珍しい.そもそも音訓の区別がごく周辺的にしか存在しない英語にあっては([2012-03-04-1]の記事「#1042. 英語におけるの音読みと訓読み」を参照),送り仮名に相当するものなどあるわけがないと思われるが,実は,さらに周辺的なところに類似した現象が見られるのである.一種の略記として広く行なわれている 1st, 2nd, 3rd などの例だ.「二」であれば「に」と読んでください,「二つ」であれば「ふたつ」と読んでください,という日本語の慣習と同じように,1 であれば "one" と読んでください,1st であれば "first" と読んでください,という慣習である.同じ「二」なり 1 なりという(表意)文字を用いているが,送り仮名の「つ」や st の有無によって,発音が予想もつかないほどに大きく異なる.st, nd, rd は,それぞれ,直前の表意文字を「訓読み」してくださいというマーカーとして機能している.
 時々,1st, 2nd, 3rd と「送り仮名」部分が上付きで書かれるのを見ることがある.これは,ちょうど漢文で送り仮名をカタカナで小書きするのに似ていておもしろい.メインは表意文字であり,送り仮名はあくまでサブであるという点が共通している.また,この観点から "(phonetic) complement" という用語の意味を考えると味わい深い.OALD8 によると,complement とは "a thing that adds new qualities to sth in a way that improves it or makes it more attractive" である.送り仮名は,チビだが良い奴ということだろうか.
 だが,日本語の漢字書きで話題になる送り仮名の揺れの問題(「行なう」あるいは「行う」?)は,さすがに英語にはなさそうだ.1t とか 1rst は見たことがない.

 ・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.

Referrer (Inside): [2015-09-24-1]

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2012-05-15 Tue

#1114. 草仮名の連綿と墨継ぎ [punctuation][grammatology][japanese][hiragana][katakana][writing][manuscript][syntagma_marking][distinctiones]

 [2012-05-13-1], [2012-05-14-1]の記事で,分かち書きについて考えた.英語など,アルファベットのみを利用する言語だけでなく,日本語でも仮名やローマ字のみで表記する場合には,句読法 (punctuation) の一種として分かち書きするのが普通である.これは,表音文字による表記の特徴から必然的に生じる要求だろう.おもしろいことに,日本語において漢字をもとに仮名が発達していた時代にも,分かち書きに緩やかに相当するものがあった.
 例えば,天平宝字6年(762年)ごろの正倉院仮名文書の甲文書では,先駆的な真仮名の使用例が見られる(佐藤,pp. 54--55).そこでは,墨継ぎ,改行,箇条書き形式,字間の区切りなど,仮名文を読みやすくする工夫が多く含まれているという.一方,真仮名(漢字)を草書化した草仮名の最初期の例は9世紀後半より見られるようになる.当初は字間の区切りの傾向が見られたが,時代と共に語句のまとまりを意識した「連綿」と呼ばれる続け書きへと移行していった.これは,統語的な単位を意識した書き方であり,syntagma marking を標示する手段だったと考えてよい.また,仮名文とはいっても,平仮名のみで書かれたものはほとんどなく,少数の漢字を交ぜて書くのが現実であり,現在と同じように読みにくさを回避する策が練られていたことにも注意したい.
 連綿と関連して発達したもう1つの syntagma marker に「墨継ぎ」がある.佐藤 (59) を参照しよう.

墨継ぎでは、筆のつけはじめは墨が濃く、次第に枯れて細く薄くなり、また墨をつけて書くと濃いところと薄いところが生じる。その濃淡の配置は大体において文節あるいは文に対応しているのである。連綿もあるまとまりをつけるものであるが、やはり、語あるいは文節に対応していることが多い。これらはある種の分かち書きの機能を果たしていると考えられる。


 ところで,字と字をつなげて書く習慣や連綿は,もっぱら平仮名書きに見られることに注目したい.一方で,片仮名と続け書きとは,現在でも相性が悪い.これは,片仮名が基本的には漢字とともに用いられる環境から発達してきたからである.片仮名は,発生当初から,現在のような漢字仮名交じり文として用いられており,昨日の記事[2012-05-14-1]で説明したように,字種の配列パターンにより文節区切りが容易に推知できた.したがって,syntagma marking のために連綿という手段に訴える必要が特になかったものと考えられる(佐藤, pp. 60--61).

 ・ 佐藤 武義 編著 『概説 日本語の歴史』 朝倉書店,1995年.

Referrer (Inside): [2014-07-13-1]

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2012-05-14 Mon

#1113. 分かち書き (2) [punctuation][grammatology][japanese][kanji][hiragana][writing][syntagma_marking][distinctiones]

 昨日の記事[2012-05-13-1]に引き続き,分かち書きの話し.日本語の通常の書き表わし方である漢字仮名交じり文では,普通,分かち書きは行なわない.昨日,べた書きは世界の文字をもつ言語のなかでは非常に稀だと述べたが,これは,漢字仮名交じり文について,分かち書きしない積極的な理由があるというよりは,分かち書きする必要がないという消極的な理由があるからである.
 1つは,漢字仮名交じり文を構成する要素の1つである漢字は,本質的に表音文字ではなく表語文字である.仮名から視覚的に明確に区別される漢字1字あるいは連続した漢字列は,概ね語という統語単位を表わす.昨日述べた通り,語単位での区別は,書き言葉において是非とも確保したい syntagma marking であるが,漢字(列)は,その字形が仮名と明確に異なるという事実によって,すでに語単位での区別を可能にしている.あえて分かち書きという手段に訴える必要がないのである.漢字の表語効果は,表音文字である仮名と交じって書かれることによって一層ひきたてられているといえる.
 もう1つは,日本語の統語的特徴として「自立語+付属語」が文節という単位を形成しているということがある(橋本文法に基づく文節という統語単位は,理論的な問題を含んでいるとはいえ,学校文法に取り入れられて広く知られており,日本語母語話者の直感に合うものである).そして,次の点が重要なのだが,自立語は概ね漢字(列)で表記され,付属語は概ね仮名で表記されるのが普通である.通常,文は複数の文節からなっているので,日本語の文を表記すれば,たいてい「漢字列+仮名列+漢字列+仮名列+漢字列+仮名列+漢字列+仮名列……。」となる.漢字仮名交じり文においては,仮名と漢字の字形が明確に異なっているという特徴を利用して,文節という統語的な区切りが瞬時に判別できるようになっているのだ.漢字仮名交じり文のこの特徴は,より親切に読み手に統語的区切りを示すために分かち書きする可能性を拒むものではないが,スペースを無駄遣いしてまで分かち書きすることを強制しない.
 日本語の漢字仮名交じり文とべた書きとの間に,密接な関係のあることがわかるだろう.このことは,漢字使用の慣習が変化すれば,べた書きか分かち書きかという選択の問題が生じうることを含意する.戦後,漢字仮名交じり文において漢字使用が減り,仮名で書き表わされる割合が増えてきている.特に自立語に漢字が用いられる割合が少なくなれば,上述のような文節の区切りが自明でなくなり,べた書きのままでは syntagma marking 機能が確保されない状態に陥るかもしれない.そうなれば,分かち書き化の議論が生じる可能性も否定できない.例えば,29年ぶりに見直された2010年11月30日告示の改訂常用漢字表にしたがえば,「文書が改竄され捏造された」ではなく「文書が改ざんされねつ造された」と表記することが推奨される.しかし,後者は実に読みにくい.読点を入れ「文書が改ざんされ,ねつ造された」としたり,傍点を振るなどすれば読みやすくなるが,別の方法として「文書が 改ざんされ ねつ造された」と分かち書きする案もありうる.いずれにせよ,日本語の書き言葉は,syntagma marking を句読点に頼らざるを得ない状況へと徐々に移行しているようである.分かち書きは,純粋に文字論や表記体系の問題であるばかりではなく,読み書き能力や教育の問題とも関与しているのである.
 なお,日本語表記に分かち書きが体系的に導入されたのは室町時代末のキリシタンのローマ字文献においてだが,後代には伝わらなかった.仮名の分かち書きの議論が盛んになったのは,明治期からである.現代では,かな文字文,ローマ字文において,それぞれ文節単位,語単位での分かち書きが提案されているが,正書法としては確立しているとはいえない.日本語の表記体系は,今なお,揺れ動いている.

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2012-05-13 Sun

#1112. 分かち書き (1) [punctuation][grammatology][alphabet][japanese][kanji][hiragana][writing][syntagma_marking][distinctiones]

 分かち書きとは,読みやすさを考慮して,その言語の特定の統語形態的な単位(典型的には語や文節)で区切り,空白を置きながら書くことである.「分け書き」「分別書き」「付け離し」とも呼ばれ,世界のほとんどすべての言語の正書法に採用されている.対する「べた書き」は日本語や韓国語に見られ,日本語母語話者には当然のように思われているが,世界ではきわめて稀である.
 では,日本語ではなぜ分かち書きをしないのだろうか.そして,例えば,英語ではなぜ分かち書きをするのだろうか.それは,表記に用いる文字の種類および性質の違いによる([2010-06-23-1]の記事「#422. 文字の種類」を参照).日本語では,表音文字(音節文字)である仮名と表語文字である漢字とを混在させた漢字仮名交じり文が普通に用いられるのに対して,英語は原則としてアルファベットという表音文字(音素文字)のみで表記される.この違いが決定的である.
 説明を続ける前に,書き言葉の性質を確認しておこう.書き言葉の本質的な役割は話し言葉を写し取ることだが,写し取る過程で,話し言葉においては強勢,抑揚,休止などによって標示されていたような多くの言語機能が捨象される.話し言葉におけるこのような言語機能は,メッセージの受け手にとって,理解を助けてくれる大きなキューである.聞こえている音声の羅列に,形態的,統語的,意味的な秩序をもたらしてくれるキューである.別の言い方をすれば,話し言葉には,文の構造の理解にヒントを与えてくれる,様々な syntagma marker ([2011-12-29-1], [2011-12-30-1]) が含まれている.書き言葉は,話し言葉とは異なるメディアであり,寸分違わず写し取ることは不可能なので,話し言葉のもっている機能の多くを捨象せざるを得ない.どこまで再現し,どこから捨象するのかという程度は文字体系によって異なるが,最低限,特定の統語的単位の区切りは示すのが望ましい.それは,多くの場合,語という単位であり,ときには文節のような単位であることもあるが,いずれにせよ文字をもつほとんどの言語で,ある統語的単位の区切りが syntagma marking されている.
 さて,表音文字のみで表記される英語を考えてみよう.語の区切りがなく,アルファベットがひたすら続いていたら,さぞかし読みにくいだろう.書き手は頭の中にある統語構造を連続的に書き取っていけばよいだけなので楽だろうが,読み手は連続した文字列を自力で統語的単位に分解してゆく必要があるだろう.読み手を考慮すれば,特定の統語的単位(典型的には語)ごとに区切りをつけながら書いてゆくのが理に適っている.その方法はいくつか考えられる.各語を枠でくくるという方法もあるだろうし,(中世の英語写本にも実際に見られるように)語と語の間に縦線を入れるという方法もあるだろう.しかし,なんといっても簡便なのは,空白で区切ることである.これは話し言葉の休止にも相似し,直感的でもある.したがって,表音文字のみで表記される書き言葉では,分かち書きは syntagma marking を確保する最も普通のやり方なのである.
 同じことは,日本語の仮名書きについても言える.漢字を用いず,平仮名か片仮名のいずれかだけで書かれる文章を考えてみよう.小学校一年生の入学当初,国語の教科書の文章は平仮名書きである.ちょうど娘がその時期なので光村図書の教科書「こくご 一上」の最初のページを開いてみると次のようにある.

はる

はるの はな
さいた
あさの ひかり
きらきら

おはよう
おはよう
みんな ともだち
いちねんせい


 一種の詩だからということもあるが,空白と改行を組み合わせた,文節区切りの分かち書きが実践されている(初期の国定教科書では語単位の分かち書きだったが,以後,現在の検定教科書に至るまで文節主義が採用されている).これがなければ「はるのはなさいたあさのひかりきらきらおはようおはようみんなともだちいちねんせい」となり,ひどく読みにくい.そういえば,娘が初めて覚え立ての平仮名で文を書いたときに,分かち書きも句読点もなしに(すなわち読み手への考慮なしに),ひたすら頭の中にある話し言葉を平仮名に連続的に書き取っていたことを思い出す.ピリオド,カンマ,句点,読点などの句読法 (punctuation) の役割も,分かち書きと同じように,syntagma marking を確保することであることがわかる.
 日本語を音素文字であるローマ字で書く場合も,仮名の場合と同様である.海外から日本に電子メールを送るとき,PCが日本語対応でない場合にローマ字書きせざるを得ない状況は今でもある.その際には,語単位あるいは文節単位で日本語を区切りながら書かないと,読み手にとって相当に負担がかかる.いずれの単位で区切るかは方針の問題であり,日本語の正書法としては確立していない.
 それでは,日本語を書き表わす通常のやり方である漢字仮名交じり文では,どのように状況が異なるのか.明日の記事で.

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2012-03-11 Sun

#1049. 英語の多重語と漢字の異なる字音 [kanji][grammatology][doublet][buddhism]

 英語の語源について特に関心をもたれる話題として,2重語 (doublet) や3重語 (triplet) などの多重語がある.英語は,互いに親族関係にある複数の言語(例えばラテン語とフランス語)や方言(例えば中央フランス語とノルマン方言のフランス語)のそれぞれから,多少なりとも異なる時代に,同根語 (cognate) を借用していることが少なくない.多重語は,英語の言語接触の豊富さという観点からみても興味深いし,多重語それぞれの間の形態的,意味的な差をみるのもおもしろい.最近では[2012-02-18-1]の記事「#1027. コップとカップ」で例を取り上げたが,過去の doublet の諸記事でも多くの具体例を挙げてきた.
 日本語における多重語の例としては,[2012-02-18-1]の記事でコップとカップ,ゴムとガム,カルタとカードとカルテなどを挙げた.いずれも洋語からの例だが,実はもっと身近なところに多重語は無数に転がっている.通常,多重語という術語で呼ばれないので見落としているが,冒頭で示した「互いに親族関係にある複数の言語や方言のそれぞれから,多少なりとも異なる時代に,同根語を借用し」た各語を多重語と定義づけるのであれば,漢字の異なる字音はまさに多重語である.
 日本語における漢字の字音(音読み)は,中国語自体の音韻変化と日本語に入った時期により4種類が区別される.以下,佐藤 (63--64) により概説する.まず,古音(上古音・推古音)は推古朝 (592--628) の遺文などで,万葉仮名「意・奇・宜・移・止・里」をそれぞれ「オ・ガ・ガ・ヤ・ト・ロ」と読むもので,現代では用いられない.ついで,呉音は,中国の六朝時代 (229--589) の江南地方音に基づき,日本では古くは6世紀頃から用いられた.主として仏教社会で根付いたもので,現代にも仏教語に多く反映されている.次に,漢音は唐 (618--907) の洛陽あるいは長安の標準音に基づき,日本では7世紀末から平安時代にかけて漢籍の音読などに広く用いられ,朝廷でも正式として奨励された.現在まで最もよく残っている字音である.次に,平安時代末期から,禅宗の伝来や交易によりもたらされたのが唐音(宋音)である.宋 (960--1279) や元 (1271--1368) の南方音に由来するものと,明 (1368--1644) や清 (1616--1912) の南方音に由来するものがある.禅宗文化に関わる語に宋音が残っているが,数は多くない.それぞれの例を示そう.

 呉音漢音唐音
脚気(かっけ)脚本(きゃくほん)行脚(あんぎゃ)
行事(ぎょうじ)行軍(こうぐん)行灯(あんどん)
勧請(かんじょう)招請(しょうせい)普請(ふしん)
下界(げかい)下層(かそう)下火(あこ)
外典(げてん)外国(がいこく)外郎(ういろう)
頭脳(ずのう)頭部(とうぶ)塔頭(たっちゅう)
経文(きょうもん)経済(けいざい)看経(かんきん)


 呉音,漢音,唐音で表わされる音形に対応する語は起源を同じくし,その異なる発音は中国語内での方言的,歴史的な異形にすぎない.したがって,各行の同一漢字で表わされる3語は,読みこそ異なれ,同根語であり3重語である.
 ただし,異なる字音で表わされるこのような多重語が,英語の典型的な多重語,例えば rationreason ([2011-11-27-1]) のような2重語と決定的に異なる点がある.それは,日本語では「脚」なり「行」なりの漢字の字形,視覚に訴える表語文字が,字音の差異を目立たなくしているのに対して,英語では表音文字であるアルファベットを用いているがゆえに,語源に詳しくないかぎり,rationreason のあいだに明らかな関係を見いだすことができないということだ.音を犠牲にし,語を表わす機能を優先させるのが表語文字としての漢字であり,逆に語を犠牲にし,音を表わす機能を優先させるのが表音文字としてのアルファベットであることを考えれば,音声変化によって影響を受けにくいのは漢字のほうであることは明らかだろう.rationreason の発音(聴覚映像)の差異が,漢字では「理」なる一字(視覚映像)のもとへ統合されていると想像すればよいだろうか.
 日本語の漢字使用者は,「脚気」「脚本」「行脚」をそれぞれ正しく読むとき,それと気付かずに多重語の同根確認をしているのである.だが,あまりに慣れすぎているので多重語といわれてもあまり感心しない.それに引きかえ,英語の rationreason は,普段その関係に気付く可能性が低いので,同根だと学ぶとナルホド感が生じるのだろう.

 ・ 佐藤 武義(編著) 『展望 現代の日本語』 白帝社,1996年.

Referrer (Inside): [2014-06-09-1]

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2012-03-08 Thu

#1046. 子音字の重複による複数形の表語性と表意性 [iconicity][reduplication][plural][grapheme][grammatology]

 [2009-07-02-1]の記事「#65. 英語における reduplication」の最後で,pp. (= pages) のような子音字の重複 (reduplication) による特殊な複数形について触れた.書きことば限定の表現ということで,これを "graphemic reduplication" と呼んだが,他に探してみると,あまり知られていないものも含めて以下の9種が見つかった.

cc. = chapters
ff. = following pages, lines, etc.
ll. = lines
mm. = messieurs
pp. = pages
qq. = quartos or questions
ss. = sections
SS. = Saints
vv. = verbs, verses, violins, volumes


 例えば pp. 100--200 のもとにあるのは,"pages 100 to 200" あるいは "page 100 to page 200" であり,ページという概念を2度想起させるので,<p> の文字を2度重ねるという発想だろう.これは,書きことばに反映された iconicity図像性)の一種と考えられる([2009-08-18-1]の記事「#113. 言語は世界を写し出す --- iconicity」を参照).
 さて,上記の表記を読み下す場合には,chapters, lines, pages などと対応する単語の複数形で発音すればよいのだろうが,ff. などは "and (the) following (pages [lines])" などと発音するのだろうか.手元の辞書では,意味は示されているが,読みは示されていない.
 pp. などのようにもとの語句へ容易に展開できる場合には,その表記は略記 (abbreviation) であるとともに表語的 (logographic) であるとみなせる.しかし,ff. のようにもとの語句が必ずしも一意的に定まらない場合には,その表記は表語的というよりは表意的 (ideographic) と呼ぶほうが適切だろう.表意的な表記の特徴は,意味が最重要であり,音(読み)は付随的であるという点にあるから,対応する音(読み)は,言ってしまえばどうでもよい.文字を見て意味をとれれば,必ずしも音読する必要がないのである.[2012-03-04-1]の記事「#1042. 英語におけるの音読みと訓読み」で列挙した i.e. の類も,書きことば専用であり,読みはどうであれ意味がわかればそれでよいという点ではすぐれて表語的であった.
 アルファベットは表音文字の最たるものだが (see ##422,423) ,上記のように,省略という動機づけを得て,表語的に用いられる場合もあるし,さらに表意的に用いられる場合すらあることを見た.文字史では,表意文字→表語文字→表音文字と文字体系が発展してきたと説かれるが,典型的な表音文字にあっても,表語文字や表意文字のもつ機能や価値は部分的に保たれているのである.
 表語的あるいは表意的な文字体系である漢字に慣れている日本語母語話者にとって,英語の ff. のような用法は驚くに値しないだろう.「窪隆」なる漢熟語を見せられれば,「ワリュウ」とは読めなくとも,くぼんだ所ともりあがった所なのだろうなと意味は推測できるし,「堀室」を「コッシツ」と読めなくとも,地下に掘った部屋かなと想像がつく.

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2012-03-04 Sun

#1042. 英語における音読みと訓読み [japanese][kanji][grammatology][spelling_pronunciation_gap][french][acronym]

 日本語の漢字という文字体系がもつ,極めて特異な性質の1つに,音読みと訓読みの共存がある.多くの漢字が,音と訓というまったく異なる発音に対応しており,場合によっては音読みには呉音,漢音,唐宋音(例として,脚気,脚本,行脚)が区別され,訓読みにも熟字訓などを含め複数の読みが対応することがある.1つの文字に互いに関連しない複数の音形があてがわれているような文字体系は,世界広しといえども,現代では日本語の漢字くらいしかない.歴史を遡れば,シュメール語 (Sumerian) の楔形文字にも漢字の音と訓に相当する2種類の読みが認められたが,いずれにせよ非常に珍しい文字体系であることは間違いない.
 しかし,この漢字の特異性は,音と訓が体系的に備わっているという点にあるのであって,散発的にであれば英語にも似たような綴字と発音の関係がみられる.それは,ラテン語の語句をそのままの綴字あるいは省略された綴字で借用した場合で,(1) ラテン語として発音するか頭字語 (acronym) として発音する(概ね音読みに相当),あるいは (2) 英語へ読み下して(翻訳して)発音するか(訓読みに相当)で揺れが認められることがある.具体例を見るのが早い.以下,鈴木 (146--48) に補足して例を挙げる.

表記(綴字)ラテン語(音読み)英語読み下し(訓読み)
cf.confer, /siː ˈɛf/(compare)
e.g.exempli gratia, /iː ˈʤiː/for example
etc.et cetera, /ˌɛt ˈsɛtərə/and so on
i.e.id est, /ˌaɪ ˈiː/that is
viz.videlicet, /vɪz/namely
vs.versus, /ˈvɜːsəs/against

 同様に,フランス語にもいくつかの例がある.
表記(綴字)ラテン語(音読み)仏語読み下し(訓読み)
1oprimo /primo/premièrement
2osecundo /səgɔ̃do/deuxièmement
3otertio /tɛrsjo/troisièmement
id.idem /idɛm/la même
N.B.nota bene /nɔta bene/note bien
op. cit.opere citatoà l'ouvrage cité


 英語を解する日本語学習者に,日本語の漢字の特異な音訓2面性を理解してもらうためには,英語のこのような例を示せばよいことになる.英仏語の類似現象に対応させて漢字の音訓2面性の意義を改めて考えてみると,漢字を理解している日本語話者が,常日頃,非常に高度なことをしていることがわかる.漢字仮名交じり文を読んでいるとき,漢字の図像を通じて漢語(音)と和語(訓)を常にマッチングさせているのであり,一種の同時翻訳をしていることになる.これは,バイリンガルも同然だ.

 ・ 鈴木 孝夫 『日本語と外国語』 岩波書店,1990年.

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2011-09-14 Wed

#870. diacritical mark [punctuation][alphabet][grammatology][ipa][netspeak][diacritical_mark]

 書き言葉にローマ字を用いる諸言語のなかでも,英語の句読法の大きな特徴は,diacritical mark(発音区別符(号), 分音符号)をほとんど使用しないことである.よく知られているところでは,ドイツ語のウムラウト記号 (ex. ö, ü) ,フランス語のアクサン記号やセディーユ (ex. é, à, î, ç) ,スペイン語のティルダ (ñ),そして国際音標文字 (International Phonetic Alphabet; [2011-07-28-1]の記事「IPA の略史」を参照) があるが,英語には文字の周囲を飾る(ごちゃごちゃさせる)符号はほとんどない.これにより,英語はペンで書くにもキーボードでタイプするにも面倒がない.(自作の hel typist は,IPA に用いられるような diacritical mark をタイプする際の煩わしさを減じるためのツールである.)
 diacritical mark あるいは diacritic という術語は「分離的な,区別する」を意味する διακριτικóς に由来する.術語としての定義は,"[i]n alphabetic writing, a symbol that attaches to a letter so as to alter its value or provide some other information" (McArthur) である.
 現代英語では diacritical mark はほとんど使用されないと述べたが,かつては様々なものが存在したし,現代まで生きながらえたものも,わずかながら存在する.apostrophe, diaeresis, supraliteral dot の3つである.apostrophe ( ' )は,[2010-11-30-1]の記事「apostrophe」で触れたように,3種類の機能を担っている.isi's では発音の違いに関与していることに注意されたい.diaeresis ( ¨ ) は,ほとんど廃用となっているが,naïve, coöperate, zoölogy などの古風な綴字に見られ,連続する母音字が別々の母音として読まれることを示す.
 supraliteral dot ( ˙ ) は ij の上の点である.この点は文字の一部として組み込まれているので diacritical mark として意識されることはないだろうし,そのように呼ぶことが適切かどうかという問題もあるが,起源としては確かに別の文字と「区別する」符号だった.本来は i にも,そこから派生した j にも supraliteral dot は付されていなかったが,minim と呼ばれる縦棒1本きりで構成される文字は周囲の文字の縦棒のなかに埋没されやすかったので,点を付けることで独立した文字であることを明示したのである(関連して,[2009-07-27-1]の記事「なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか」を参照).ラテン語においても i の supraliteral dot は12世紀の新機軸であり,決してローマ字発生の当時から付されていたわけではない.ローマ字の i と対照的に,ギリシア文字の ι (iota) は点なしの原形をとどめていることに注意.なお,ij の文字としての分化は15世紀スペイン語における革新で,後に諸言語にも広がったものである(関連して,uv の文字の分化については[2010-05-05-1], [2010-05-06-1]の記事を参照).
 そのほか借用語の caféSchprachgefühl などにおいて,借用元言語の diacritical mark が保持されている例はあるが,これは英語の文字体系に同化しているとはみなせないだろう.
 [2011-09-04-1]の記事「現代英語の変化と変異の一覧」で挙げたが,現代英語の書き言葉の傾向として,句読点の使用が控えめになってきているという流れがある.diaeresis の不使用はもとより,apostrophe の省略も手書きでは頻繁であり,Netspeak などでも普通になってきている.当面,正書法としては保持されてゆくと思われるが,規範意識が変化してゆけば,それすらも確実ではないかもしれない.supraliteral dot に関しては,手書きでは脱落が日常茶飯事だが(特に筆記体を書いていると点を打ち忘れたり,別の文字の上に点を打ってしまうなどが多い),タイプでは点が最初から埋め込まれており脱落の可能性がないので,他の diacritical mark とは一線を画し,堅持されてゆくだろう.
 本記事の話題については,Potter (38fn) に以下のような記述があったので参考にした.

The apostrophe (now much diminished in use), the diaeresis (now obsolescent) and the supraliteral dot (over i and j) are, most fortunately, our only diacritics. The latter is a nuisance. How many writers place their dots precisely where they should be placed? In writing Greek you dot no iotas. No Latin manuscripts have supraliteral dots before the twelfth century when, for the first time, they were used to distinguish i more clearly since it was liable, especially in cursive script, to be taken as one of the strokes of an adjacent letter. An undotted j had begun as a mere final tailed i in Classical Latin in numerals like vıȷ and in words like fılıȷ 'of the son'. The letters i and j were first taken as two separate symbols in fifteenth-century Spanish. They did not become separate letters in English until the seventeeth [sic] century.


 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
 ・ Potter, Simon. Changing English. London: Deutsch, 1969.

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2011-08-25 Thu

#850. 書き言葉の発生と論理的思考の関係 [writing][medium][alphabet][grammatology][buddhism][literacy]

 昨日の記事「話し言葉書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1]) の項目 (3) で,典型的にいって,書き言葉は話し言葉より分析的で論理的であると説明した.日本語であれ英語であれ標準的な書き言葉を身につけている者にとって,これは常識的に受け入れられるだろう.書き言葉のほうが正しく権威があるという文字文明のにおける直感は,論理的な思考を体現するとされる書籍,新聞,論文,契約書,法文書などへの信頼によっても表わされている.
 文字の発明が人間の思考様式を変えたというのは結果としては事実だが,その因果関係,特に書き言葉の発展と論理的思考の発展の因果関係がどのくらい直接的であるかについては熱い議論が戦わされている.Kramsch (40--41) から引用する.

. . . as has been hotly debated in recent years, the cognitive skills associated with literacy are not intrinsic to the technology of writing. Although the written medium does have its own physical parameters, there is nothing in alphabet and script that would make them more suited, say, for logical and analytic thinking than the spoken medium. To understand why literacy has become associated with logic and analysis, one needs to understand the historical association of the invention of the Greek alphabet with Plato's philosophy, and the influence of Plato's dichotomy between ideas and language on the whole of Western thought. It is cultural and historical contingency, not technology per se, that determines the way we think, but technology serves to enhance and give power to one way of thinking over another. Technology is always linked to power, as power is linked to dominant cultures.


 確かに,書き言葉のおかげで論理的思考が可能になったというのは全面的に間違いだとはいわないが,直接の因果関係を示すものではなさそうだ.書き言葉と論理的思考は互いに相性がよいことは確かだろうが,一方が必然的に他方を生み出したという関係にはないように思われる.両者のあいだに歴史的偶然のステップが何段階か入ってくる.引用にあるギリシア・アルファベットとプラトンの例で考えると,以下のようなステップが想定される.

 (1) 紀元前1000年頃,ギリシア語に書き言葉(アルファベット)が伝えられた ([2010-06-24-1])
 (2) 論理を重視するプラトン (427?--347?BC) の哲学がギリシアに現われた
 (3) こうして偶然にギリシアで書き言葉と論理性が結びついた
 (4) 両者は一旦結びつきさえすれば相性はよいので,その後はあたかも必然的な関係であるかのように見えるようになった

 人類にとっての文字の発明 ([2009-06-08-1]) や,ある文化への書き言葉の導入は,歴史上常に革命的であると評価されてきた.例えば,[2010-02-17-1]の記事「外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」で取り上げたように,英語へはキリスト教伝来を背景にラテン語経由でローマン・アルファベットが,日本語へは仏教伝来を背景に中国語経由で漢字がそれぞれ導入され,両言語のその後の知的発展を方向づけた.しかし,文字の導入という技術移転そのものがその後の知的発展の直接の推進力だったわけではなく,アルファベットや漢字という文字が体現していた先行の知的文明を学び取ったことが直接の原動力だったはずである.文字はあくまで(しかし非常に強力な)媒体であり手段だったということだろう.「文字の導入はその後の知的発展にとって革命的だった」という謂いは,比喩として捉えておくのがよいのかもしれない.
 このように考えると,昨日の記事の対立項 (3) の内容は,あくまで傾向を示すものであり,特定の時代や文化に依存する相対的なものであると考えるべきなのだろうか.

 ・ Kramsch, Clair. Language and Culture. Oxford: OUP, 1998.

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2011-07-23 Sat

#817. Netspeak における省略表現 [writing][netspeak][grammatology][alphabet]

 私は英語でも日本語でも Netspeak を常用してはいないが,インターネットという技術革新に伴う言語の新変種の誕生と発展には関心がある.[2011-07-01-1]の記事「インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代」で論じたように,人類の言語変化の歴史は,今まさに新たな段階に入ったところである.Netspeak は現時点でその最先端を走っている変種であり,英語においても日々独自の表現が増殖している.
 チャット,電子メール,そしてとりわけケータイメール (texting) の書き言葉に見られる特徴として,各種の省略記法がある.多くは,句を構成する各単語の頭文字をつなぎ合わせる頭文字語 (initialism) であったり,"2" や "4" をそれぞれ "to" や "for" に対応させるような判じ絵 (rebus) であったりする.ここには遊び心も入っているだろうが,何よりもケータイのキーパッド上で打数を減らせるという実用的な効果がある.Crystal (142--43) より,主要なものを記事の末尾に挙げた.
 initialism 自体は英語では新しいことではないし,rebus もクイズでお馴染みだ.このような省略を広範に用いる英語の書き言葉変種が現われたということも,特に新しいことではない.例えば中世の写本も各種の省略符合に満ちている.省略の動機づけも,Netspeak と中世の写本の書き言葉のあいだに共通点がある.いずれも入力にかかる労力を減らしたいという欲求は同じであり,コスト削減(ネット上ではパケット料金,写本では高価な紙代)という動機づけも共通する.つまり,具体的な現われこそ省略符号か initialism かで互いに異なるが,動機づけは類似しており,書き言葉の歴史のなかで繰り返し例証されているものである.
 そもそも書き言葉は,表意文字を rebus 的に応用したり,ギリシア文字より前の alphabet では対応する話し言葉に当然含まれていた母音を標示しなかったりと,読み手にある程度の解読作業を要求するものとして出発し,発展してきた([2010-06-23-1]の記事「文字の種類」を参照).Netspeak の書き言葉の変種は,一見革新的に見えるが,文字の当初からの性質を多分に受け継いでいるという点で,意外と保守的と言えるのではないか.

abbreviationoriginal phrase
afaikas far as I know
afkaway from keyboard
asapas soon as possible
a/s/lage/sex/location
atwat the weekend
bbfnbye bye for now
bblbe back later
bcnube seeing you
b4before
bgbig grin
brbbe right back
btwby the way
cmcall me
cusee you
cul8rsee you later
cyasee you
dkdon't know
eodend of discussion
f?friends?
f2fface-to-face
fotclfalling off the chair laughing
fwiwfor what it's worth
fyafor your amusement
fyifor your information
ggrin
galget a life
gd&rgrinning ducking and running
gmtagreat minds think alike
gr8great
gsohgood sense of humour
hhokhaha only kidding
hthhope this helps
icwumI see what you mean
idkI don't know
iircif I remember correctly
imhoin my humble opinion
imiI mean it
imoin my opinion
iouI owe you
iowin other words
iriin real life
jamjust a minute
j4fjust for fun
jkjust kidding
kckeep cool
khufknow how you feel
l8rlater
lollaughing out loud
m8mate
ncno comment
npno problem
oicoh I see
otohon the other hand
pmjipardon my jumping in
ptmmplease tell me more
riprest in peace
rotflrolling on the floor laughing
ruokare you OK?
scstay cool
sosignificant other
solsooner or later
t+think positive
ta4nthat's all for now
thxthanks
tiathanks in advance
ttfnta-ta for now
ttttto tell the truth
t2ultalk to you later
ttyttto tell you the truth
tuvmthank you very much
txthanks
tyvmthank you very much
wadrwith all due respect
wbwelcome back
w4uwaiting for you
wrtwith respect to
wuwhat's up?
X!typical woman
Y!typical man
yiuyes I understand


 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

Referrer (Inside): [2016-12-15-1]

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2011-05-25 Wed

#758. いかにして古音を推定するか (2) [methodology][phonetics][grammatology][sobokunagimon]

 [2010-07-08-1]の記事「いかにして古音を推定するか」の補足.古英語の音読をする機会があると必ずなされる質問は,なぜ古英語の音がそれほどの確信をもって復元され得るのかという問題である.録音機器がなかった以上,確かな発音を推定するという作業は本質的に speculative である.しかし,文字資料が残っている以上,対応する音を想定しないということはあり得ない.古音を推定する際のもっとも基本的な属性である「文字の信頼」について考えてみたい.
 ある言語の古い段階に文字資料がある場合には,それは当時の発音を知るのにもっとも頼りになることは言うまでもない.特に文字がアルファベットや仮名のような表音文字であれば最高である.幸運なことに古くから英語はローマン・アルファベットによって記述されており,これが古語の音韻体系を推定するのにもっとも役立っている.
 以上は当然のことと思われるかもしれないが,実はそれほど自明ではない.例えば,<a> という字母が /a/ という音を表すということはどのように確かめられるのか.現代英語では,<a> は単独では /eɪ/ と読まれるし,単語内では /æ/, /ə/, /ʌ/, /ɑː/ など様々な音価に対応する.現代英語ではある文字がある音に一対一で対応するということは必ずしも信用できず,文字と音の関係には幾分かの「遊び」があるものである.そして,過去においてもこのような「遊び」がなかったとは言い切れない.文字と音の間に関係がないと疑うのは行きすぎだろうが,それでも100%ガチガチに対応があると想定するのは危険だろう.
 だが,上に述べた「遊び」の可能性を十分に考慮したうえであれば,やはり文字は音を想定する際に最大の助けになることは疑いをいれない.まずは文字を根拠にしておおざっぱに音韻組織を推定し,細部の「遊び」はそのつど解決してゆくという順序が,もっとも無理がない.「文字=音声」という仮説から始めない限り,そもそも古音推定は不可能だろう.

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2011-05-18 Wed

#751. 地球46億年のあゆみのなかでの人類と言語 [timeline][writing][homo_sapiens][anthropology][origin_of_language][grammatology]

 [2009-06-08-1]の記事「言語と文字の歴史は浅い」では,人類のあゆみにおいて言語の歴史がいかに浅いかを示した.今回は,タイムスパンを地質学的次元にまで引き延ばし,地球のあゆみ46億年における人類と言語の歴史の浅さを強調したい.直感でとらえられるように,46億年を1年間というスケールに縮めて表現してみた.
 1秒は約146年に相当する.大晦日は黄色表示にし,秒単位まで示した.人類の誕生は600万年前,ホモサピエンスの誕生は20万年前,言語の発生は10万年前とする説をもとに計算してある.より詳しい表はこのページのHTMLソースを参照.

月日(時分秒)出来事
01/01太陽と地球が生まれる
01/08月ができる
01/16海ができる
02/17 -- 03/04巨大ないん石が地球に落ちて海が蒸発,その後ふたたび海ができる
03/04最古の生命があらわれる
05/30光合成をする生物があらわれる
06/24 -- 07/09この間のどこかで,大規模な氷河時代
07/17真核生物(細胞の中の遺伝子が膜で包まれている生物)が登場
08/02ヌーナ超大陸ができる
09/27多細胞生物が発展
09/27 -- 10/29ロディニア超大陸の時代
10/30 -- 11/13この間のどこかで,大規模な氷河時代
11/14エディアカラ生物群が登場
11/19無せきつい動物の種類が爆発的に増える
11/25 -- 11/27植物の上陸
11/30昆虫が登場
12/11ペルム期末期の大量絶滅
12/15 -- 12/26恐竜の繁栄
12/26白亜紀末期の大量絶滅
12/31 12:34:26人類の誕生
12/31 23:37:08ホモサピエンスの誕生
12/31 23:48:34言語の発生
12/31 23:58:03ラスコーの壁画
12/31 23:59:18印欧祖語の時代
12/31 23:59:22インダス文字の起源
12/31 23:59:23エジプト文字の起源
12/31 23:59:25メソポタミア文字の起源
12/31 23:59:36漢字,ヒッタイト文字の起源
12/31 23:59:42マヤ文字,古代ペルシャ文字の起源
12/31 23:59:44古代インド文字の起源
12/31 23:59:48英語の起源
12/31 23:59:56近代英語の始まり


 言語の登場は,大晦日の夜11時48分34秒.英語が世界進出の兆しを示した近代英語期の幕開けは年越しの4秒前のことである.英語史や英語の未来を語るといっても,地球の歴史ではせいぜい数秒のことなのだなと実感.
 小学館の図鑑『地球』で「地球のあゆみをふりかえる」 (8--9) を眺めていて,この中に言語の歴史を入れたらどうなるかと戯れにこの年表を作ってみたにすぎないのだが,結果として考えさせられる教訓的な年表となった.

 ・ 丸山 茂徳 他(監修) 『地球』 小学館の図鑑 NEO 第10巻,小学館,2007年.

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2011-02-20 Sun

#664. littera, figura, potestas [spelling_pronunciation_gap][grammatology][graphemics]

 昨日の記事[2011-02-19-1]と関連して,中英語の綴字と発音の関係について.LAEME 編集者とその周辺では,4世紀のローマの文法家 Aelius Donatus による用語 littera, figura, potestas が,理論的な意味を付された書記素論の術語としてしばしば用いられてきた.Lass and Laing, p. 9 に引用されている原文および英訳を掲げよう.

Littera est pars minima vocis articulatae ... littera est vox, quae scribi potest individua ... accidunt cuique littera tria, nomen figura potestas, quaeritur enim, quid vocatur littera, qua figura sit, qua possit.

Littera is the smallest unit of articulated sound ... littera is (a) sound which is capable of being written alone ... littera has three properties: name, shape, power [= sound value]. For one must ask what the littera is called, what its shape is, and what its power is.


 littera書記素 ( grapheme ) ,figura は字形(=具体的な文字の現われ),potestas は音価にそれぞれ相当すると考えられる(書記素については[2010-12-02-1]の記事を参照).例えば,「`e' という littera は <e> という figura として書かれ,その potestas は [e] である」などと表現することができる.
 さて,中英語では littera と potestas の対応が理想的な1対1でなかったが,これは現代英語でも同じ状況なので驚くには当たらない.現代英語でも1対1どころか多対多の対応が常態であり,本ブログでも spelling_pronunciation_gap の各記事で取り上げてきた問題である.上記の中英語書記素論の概念と Litteral Substitution Set (LSS) や Potestatic Substitution Set (PSS) と呼ばれる記法を利用すると,次に示すように現代英語の綴字の問題にも言及できるようになる.
 [2010-11-13-1]の記事で触れた「 [ɪ] に対応する綴字」を取り上げよう.him, hymn, English, busy, spinach, been, sieve, build といった語例により,[ɪ] の LSS は以下のようになる(他にもあるかもしれない).

LSS of [ɪ]: { `i', `y', `e', `u', `a', `ee', `ie', `ui' }


 逆の方向で「`a' に対応する発音」を試してみると,apple, age, sofa, image, mirage, any などの語例から,`a' の PSS は以下のようになる(他にもあるかもしれない).

PSS of `a': { [æ], [eɪ], [ə], [ɪ], [ɑː], [ɛ] }


 上に示した LSS や PSS は標準現代英語における規範的な綴字とRPなどの準規範的な発音との対応にすぎないことに注意したい.各種の地理的方言や非標準変種を考慮すれば異なった LSS や PSS が見られるだろう.ましてや中英語(特に初期)に遡れば,規範が不在であるからテキスト ( scribal text ) ごとに個別の書記体系があると考えなければならない.中英語の書記体系の問題は想像以上に複雑であり,だからこそ Lass and Laing が提案しているように理論化を計る必要があるのだろう.

 ・ Lass, Roger and Margaret Laing. "Interpreting Middle English." Chapter 2 of "A Linguistic Atlas of Early Middle English: Introduction.'' Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/pdf/Introchap2.pdf .

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2011-02-19 Sat

#663. 中英語方言学における綴字と発音の関係 [lalme][laeme][me_dialect][spelling_pronunciation_gap][grammatology][graphemics][x]

 初期中英語の方言地図 LAEME の機能が向上してきた.その先輩でもあり生みの親でもある後期中英語の方言地図 LALME は,綴字と発音の関係を考察する上で重要な知見をもたらしてきた.中英語における綴字の地理的分布が,発音の地理的分布と同様に方言学的な価値をもっていることを明らかにした.それまでは,綴字は発音に従属する二次的な体系であり,綴字の地理的分布が本質的に重要な価値をもっているとはみなされていなかったが,LALME は綴字を独立して観察されるべき体系として位置づけたのである.綴字を発音から解放したとでも言おうか.
 中英語方言学は,1986年の LALME の登場によって意表を突かれながら,新たな段階に入ることになった.ここに一種の解放感ならぬ開放感があったことは確かである.文書でしか残されていない中英語の言語的実態,ことに発音の実態を蘇らせたいと思えば,綴字の問題に行き着いてしまう.綴字がどのくらい忠実に発音を表わしているのかは,まさに隔靴掻痒たる問題である.例えば,悪名高いものに現代英語の shall に対応する後期中英語 East Anglia 地方の綴字 xul, xal がある(この語の他の奇妙な綴字は MED を参照).この <x> の文字で表わされる音価は [ks] なのか [ʃ] なのか,あるいは別の音なのか.このような難問が立ちはだかるなかで,綴字と発音を一度切り離して考えてみよう,綴字の側だけでも独立して考察してみよう,という研究上の選択肢が与えられることとなった.
 しかし,発音の呪縛からの解放感は永久に続くわけではない.LALME の出版後,(時代としてはより古いが)その続編として LAEME のプロジェクトが始まったが,プロジェクトの後半から本格的に参加した歴史形態音韻論の理論家 Lass は,綴字と発音の関係を再考して次のように述べている.

The statement in LALME (vol. 1, 6) that the maps constitute 'a dialect atlas of written Middle English', and that texts are 'treated as examples of a system of written language in its own right' is often misinterpreted. The emphasis on the independent value of written evidence was particularly apposite two decades ago, given the post-Bloomfieldian view that was current then (and to a large extent still is) that writing is of no independent linguistic interest, but merely 'parasitic on' speech. But this must not be misunderstood and taken to imply that phonological interpretation is per se unnecessary. The LALME editors take no such line. They were fully aware of the potential phonological implications of their data. LALME is rich in phonological commentary, while the series of Dot Maps (vol. 1) crucially depends on acknowledging the relationship between sound and symbol. (Lass and Laing 11--12)


 これは,20年ほどの解放感の後で xul の音価は何かという悪夢のような問題に立ち返らなければならないという宣言だろうか.上の論文でなされている Lass and Laing の文字論,書記素論の考察は,初期中英語の綴字問題にとどまらず,現代英語の綴字と発音の関係にも光を与えるものであり,読み応えがある.

 ・ Lass, Roger and Margaret Laing. "Interpreting Middle English." Chapter 2 of "A Linguistic Atlas of Early Middle English: Introduction." Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/pdf/Introchap2.pdf .
 ・ McIntosh, Angus, M. L. Samuels, and M. Benskin. A Linguistic Atlas of Late Mediaeval English. 4 vols. Aberdeen: Aberdeen UP, 1986.

Referrer (Inside): [2015-07-25-1] [2011-02-20-1]

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2010-08-30 Mon

#490. アルファベットの起源は North Semitic よりも前に遡る? [grammatology][alphabet]

 [2010-06-24-1]でアルファベットの歴史の概略を記した.今回は,最近見つけたアルファベットの歴史に関する良質なブログ記事を紹介したい.The origins of abc は紀元前4千年紀にシュメール人が用いた楔形文字 ( cuneiform ) から話しを説き起こし,それから5千年後の英語の26文字のアルファベットの使用までの歴史を,写真や図を含めて興味深くまとめている.このサイトの運営者は graphic designer で,typography に夢中な日本在住のイギリス人.現代の <A, a> の1文字ができあがるまでに長い道のりを歩んできたことが要領よく解説されている.
 記事によると,アルファベットの究極の起源は,[2010-06-24-1]で述べた紀元前2千年紀前半にパレスチナやシリアで行われていた North Semitic ではなく,もう少し早い時期のエジプトの文字に遡るのではないかという.1999年にエジプトの Wadi el-Hol で 2片の碑文が発見され,そこに後の <A> の文字の起源となる牛の頭をかたどった 'aleph 「牛」の文字が刻まれていたという.(セム語で 'aleph は「牛」を意味し,「家」を表わす beta と合わせてそれぞれ第1文字,第2文字とされ,この文字体系は alphabet と呼ばれることになった.)紀元前19世紀頃にエジプトの地で発達したこの文字体系が,パレスチナやシリアに伝わり,従来アルファベットの起源とされてきた North Semitic に連なったのではないかということである.
 現代のローマ字の abc という並び順は古代セム語の順番を踏襲したものだが,その意味や解釈に定説はないようである(橋本,p. 52).ふだん英語史として扱っている時代範囲はせいぜい紀元後の話しである.だが,アルファベットの歴史,文字の歴史の世界に足を踏み入れると,紀元前○千年紀という目の眩む太古の世界に誘われることになり,どうも頭が追いついていかない.同僚にシュメール語の研究者がいるが,古英語や中英語の話しをしていると自分が赤ん坊のような気分になってくることがある.人類の文化の歴史は長い.

 ・ 橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年.

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2010-06-24 Thu

#423. アルファベットの歴史 [grammatology][alphabet][runic][etruscan][history]

 昨日の記事[2010-06-23-1]で文字の種類に触れた.文字数という観点からもっとも経済的なのは音素文字体系 ( alphabet ) であり,それが発明されたことは人類の文字史にとって画期的な出来事だった.さらに,古今東西のアルファベットの各変種が North Semitic と呼ばれる原初アルファベットに遡るという点,すなわち単一起源であるという点も,その発明の偉大さを物語っているように思われる.
 North Semitic と呼ばれる原初のアルファベットは,紀元前1700年頃にパレスチナやシリアで行われていた北部セム諸語 ( North Semitic languages ) の話し手によって発明されたとされる.かれらが何者だったかは分かっていないが,有力な説によるとフェニキア人 ( the Phoenicians ) だったのではないかといわれる.North Semitic のアルファベットは22個の子音字からなり,母音字は含まれていなかった.この文字を読む人は,子音字の連続のなかに文法的に適宜ふさわしい母音を挿入しながら読んでいたはずである.紀元前1000年頃,ここから発展したアルファベットの変種がギリシャに伝わり,そこで初めて母音字が加えられた.この画期的な母音字込みの新生アルファベットは,ローマ人の前身としてイタリア半島に分布して繁栄していた非印欧語族系のエトルリア人 ( the Etruscans ) によって改良を加えられ,紀元前7世紀くらいまでにエトルリア文字 ( the Etruscan alphabet ) へと発展していた.
 このエトルリア文字は,英語の文字史にとって二重の意味で重要である.一つは,エトルリア文字が紀元前7世紀中にローマに継承され,ローマ字 ( the Roman alphabet or the Latin alphabet ) が派生したからである.このローマ字が,ずっと後の6世紀にキリスト教の伝道の媒介としてブリテン島に持ち込まれたのである ( see [2010-02-17-1] ) .以降,現在に至るまで英語はローマ字文化圏のなかで高度な文字文化を享受し,育んできた.
 もう一つ英語史上で重要なのは,紀元前1世紀くらいに同じエトルリア文字からもう一つのアルファベット,ルーン文字 ( the runic alphabet ) が派生されたことである(ただし,起源については諸説ある).一説によるとゴート人 ( the Goths ) によって発展されたルーン文字は北西ゲルマン語派にもたらされ,後の5世紀に the Angles, Saxons, and Jutes とともにイングランドへ持ち込まれた.アングロサクソン人にとって,ローマ字が導入されるまではルーン文字が唯一の文字体系であったが,ローマ字導入後は <æ> と <ƿ> の二文字がローマ字に取り込まれたほかは衰退していった.
 英語の文字史における主要な二つのアルファベット ( the runic alphabet and the Roman alphabet ) がいずれもエトルリア文字に起源をもつとすると,エトルリア人の果たした文化史的な役割の大きさが感じられよう.ルーン文字については,the Runic alphabet in Omniglot を参照.

 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006. 50--52.

(後記 2010/06/28(Mon):専門家より指摘していただいたところによると,ルーン文字の生成は紀元前1世紀でなく紀元1世紀という説が多くの論者のあいだで有力とのことです.Tineke Looijenga というオランダ人学者の説によると,ルーン文字はローマン・アルファベットの影響化で生まれたとのことです.要勉強.)

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2010-06-23 Wed

#422. 文字の種類 [grammatology][alphabet][typology]

 文字体系を扱う分野を文字論 ( grammatology ) という.古今東西の文字体系を文字と発音との関係から大きく分類すると以下のようになる.

 ・ 文字が発音に対応していない文字体系 = 非表音文字 ( non-phonographic )

   ・ 絵文字 ( pictographic ) .絵が指し示すモノそのものに対応.鳥の輪郭であれば鳥を指すなど.もっとも原始的な形態で,世界各地で発見される.紀元前3000年頃のエジプトやメソポタミアの絵文字,紀元前1500年頃の中国の絵文字,現代の道路標識など.
   ・ 表意文字 ( ideographic ) .絵文字から発展した形態で,文字の輪郭はより幾何学的な形態へ移行.文字はモノそのものだけでなく慣習的に結びついた意味も表すようになる.例えば初期のシュメール文字では,星をかたどる幾何学的文字は,「夜」「暗い」「黒い」など星と慣習的に結びついた意味をも示すようになる.現代では,アイロンの絵に大きな×のついた「アイロンがけ不可」を意味する標示では,アイロンが絵文字的,×が表意文字的な役割を果たしている.純粋な表意文字体系というのは珍しく,たいてい絵文字体系などと組み合わさって存在する.
   ・ 表語文字 ( logographic ) .漢字が典型的な表語文字といわれる.中国の漢字は 50,000 ほどあるといわれるが,基本文字に限れば日本の漢字の場合と同様に,2,000 程度で済む.必ずしも語 ( word ) という単位でなく形態素 ( morpheme ) に対応していることもあり,厳密には表語文字と呼ぶのは適切でないかもしれない.

 ・ 文字が発音に対応している文字体系 = 表音文字 ( phonographic )

   ・ 音節文字 ( syllabic ) .日本語の仮名が典型的な音節文字といわれる.表語文字に比べて文字数はぐっと少なくなり,数十から数百の間に収まる.
   ・ 音素文字 ( alphabetic ) .文字と音素の対応が緊密な文字体系.非常に経済的な文字体系で,文字数は20〜30くらいに収まることが多い.Greek alphabet, Roman alphabet, runes, ogham など複数のアルファベットが存在するが,いずれも起源は North Semitic と呼ばれるパレスチナやシリアなどで紀元前1700年くらいに用いられた原初アルファベットに遡る.

 およそリストの上から下に向かって文字体系が進化していったことが分かる.文字は世界各地で独立して発生しているが,アルファベットについては単一起源であり,古今東西のアルファベット系文字体系の各変種はいずれもそれからの派生という点が特異である.アルファベットは人類にとってたいへん貴重な発明だったといえるだろう.
 文字の歴史が浅い点については,[2009-06-08-1]を参照.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997. 199--205.

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