hellog〜英語史ブログ

#2391. 表記行動[grammatology][writing][orthography][spelling]

2015-11-13

 『日本語百科大事典』 (p. 310) に挙げられていた「表記行動の過程」と題する図に興味をひかれた.以下に,ほぼ忠実に再現しよう.

            ┌────┐      ┌────────┐
            │表記体系│      │文脈・場面・状況│
            └──┬─┘      └───┬────┘
                  │                  │
          ┌───┼─────────┼────────┐
          │      │                  ↓                │
          │      │            ┌────┐            │
          │      │          ┌┤表記主体├─┐        │
          │      │          │└──┬─┘  │        │
          │      │          ↓      │      ↓        │
          │      │    ┌────┐  │  ┌────┐  │
          │      │    │表記記号│  │  │表記手段│  │
          │      │    └──┬─┘  │  └─┬──┘  │
          │      │          │      │      │        │
          │      ↓          ↓      ↓      ↓        │
┌──┐  │    ┌─────────────────┐  │    ┌──┐
│表現├─┼─→│    表  記  の  決  定  過  程    ├─┼─→│表記│
└──┘  │    └──┬──────────────┘  │    └──┘
    ↑    │          │                                │
    └──┼─────┘                                │
          └──────────────────────┘

 表記するという行動,表記が生み出されてくる過程には,図のような様々な参与者や要因が関与する.この図は,表現(左下)が表記(右下)として出力されるまでの過程を示したものである.この過程の中心には,当然のことながら,書き手である表記主体がいる.表記主体の下にある表記記号は,文字体系を構成する文字や補助符号などの要素であり,表記主体はそれによって制限を受けることがある.例えば,常用漢字のみを用いるとか,アルファベットの小文字のみを用いるなどの条件である.同じように,表記主体は表記手段によっても影響を受ける.表記手段とは一般には筆記用具の類いを指すが,近年の電子的なタイピングなども含む.これによって,字形や書体の選択や,表記のありようなどが変わることがある.
 枠の外にある表記体系とは表記規則の集成であり,これによっても,当然,表記は影響を受ける.また,文脈・場面・状況も,表記主体がどの表記記号や表記手段を用いて表記を行うかに関与する.例えば,正式な手紙であれば楷書体で筆を用いて書くとか,くだけたメッセージであれば略記を多く含めた電子メールを書くなどの TPO の考慮のことだ.しかし,最終的に主導権を握っているのは,表記主体であることは間違いない.なお,「表記の決定過程」から「表現」へ矢印が戻っているのは,例えば,漢字や綴字が分からなくて,表現そのものを変えてしまおうというケースが相当する.
 表記体系や正書法がよく確立している現代英語のような言語においては,その分,表記主体に判断や選択の余地がないため,決定過程は比較的単純となる.一方,そのような標準的な規則が緩い現代日本語のような言語の表記においては,表記主体の主体的な決定が重要な位置を占める.日英語の表記の対照研究や,各言語の表記の歴史的研究において,「表記行動の過程」という視点を加えて考察するとおもしろそうだ.

 ・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.

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