hellog〜英語史ブログ

#2483. 書字方向 (4)[writing][grammatology][medium][direction_of_writing][linearity]

2016-02-13

 [2016-01-09-1], [2016-01-10-1], [2016-02-12-1] と書字方向の問題を扱ってきたが,「#2448. 書字方向 (1)」 ([2016-01-09-1]) で,異例中の異例として下から上への書字方向の例に言及した.これについて,昨日も引用した矢島 (199--200) が,もう1つの興味深い例と合わせて解説しているので,全体を引用しよう.

 本文で書字方向として縦書き(上から下)、横書き(左書きおよび右書き)、それに特殊な例として渦巻き方向があることを述べたが、まさか下から上という縦書き方式があろう思っていなかったところ、そのような例を二つ発見したので、ここにつけ加えることにした。
 その一つはいわゆる古代トルコ文字に関するもので、その解読のプロセスはドーブルホーファー著『失われた文字の解読』III(山本書店)七五〜一〇九ページに詳しい。ここにはトムセンによる天才的な解読の出発点である、この文字体系の書字方向(右書き)の発見は述べられているが、実際にはこれが下から上へ刻まれている例があることは書かれていなかった。このことを知ったのは藤枝晃氏の『文字の文化史』(岩波書店)中の次の記述によってだった。
 「十九世紀の末にロシアのトルコ語学者ラードロフが外蒙古を探検して この文字の石碑をいくつか発見したが 誰も読むことはできなかった。その内の最大の石碑は宰相キュル・テギンの墓碑で、片側に漢文、その裏にこの文字の文が刻ってあった。ラードロフの報告書を見て、デンマークの言語学者V・トムゼンが最初にこれを解読した。そこで判ったことは、この文字は右横書きなのだが、漢字と調子をそろえるために、右端から縦向きに刻ってあるので、一々の行は右の下端から上に向かって読まねばならない」(同書二〇二ページ)。
 横書きを縦書きに合わせるのならば、左上から下に(つまり字形を逆にして)書いてもよさそうなものだが、そしてじじつ有名な『大秦景教流行中国碑』(八世紀末頃)のシリア文字は上から下への縦書きに書かれているが、ここでの下から上へというのは奇妙な書き方をしたものである。
 ところが、もう一つ、ごくふつうに下から上へ文字を書いている例が見つかった。北アフリカのベルベル人の一部が用いているティフナグ文字がそれで、古代のヌミディア文字の系譜を受けついでいる(この文字については筆者の「アフリカの文字――セム文明の投影」(月刊・「言語」別冊『アフリカの文化と言語』所収、大修館刊、を参照されたい)。この文字が今日でも僅かながら使われていることは、森本哲郎著『タッシリ・ナジェール――遺跡との対話・2』(平凡社カラー新書)中にも書かれているが、このなかに岩壁に書かれたこの文字の写真が含まれている。これらを眺め、また他の文献をあたっているうちに、これらが下から上へ書かれていることに気づいたが、これは書き手が下方から、手のとどくだけ上方に書き、次にまた下方から書くことを示している。書き手によって身長は違うから、出発点を下端にしているわけで、半遊牧民のベルベル人の生活風景を連想させ、興味深い例であると言わねばならない。


 下から上への書字方向が実用的に確立している例は,まずなさそうだが,上記の古代トルコ文字やティフナグ文字のような特殊な状況での事例はあるということになる.もしかすると曼荼羅などにも見られそうだが,たとえあったとしても特殊事情には違いない.原則として,言語に時間軸に沿った線状性 (linearity) があるのと同様に,書字方向には重力に依存する上から下という方向性があるといえるのではないか.

 ・ 矢島 文夫 『文字学のたのしみ』 大修館,1977年.
 ・ 藤枝 晃 『文字の文化史』 岩波書店,1971年.1991年.

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