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analogy - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-05-01 16:50

2011-03-22 Tue

#694. 高頻度語と不規則複数 [plural][analogy][kyng_alisaunder][frequency]

 英語に限らず言語において頻度の高い語は妙な振る舞いをする ([2009-09-20-1]) .現代英語では,動詞の過去・過去分詞,名詞の複数,形容詞・副詞の比較級・最上級で不規則な振る舞いをするものには,高頻度語が確かに多い.名詞の複数形に話を絞ると,借用語は別にして本来語で考えると men, children, feet, teeth などがすぐに思い浮かぶ.しかし,geese, mice, oxen, sheep などははたしてそれほど高頻度語といえるだろうか.[2010-03-01-1]で紹介した高頻度語リストから BNC lemma を眺めた限り,gooseox などは上位6318語に入っていない.( oxen については[2010-08-22-1]を参照.)
 しかし,geeseoxen もかつては現代よりも身近な動物であり,使用頻度も高かったと思われる.それが,身近でなくなってからも一種の惰性により不規則形を保持してきたものと考えられるだろう.もちろん,現代あるいは過去における高頻度だけを根拠に,不規則な現象を体系的に説明することはできない.しかし,頻度と規則性の関係が無視しえないことは確かである.関連する議論を McMahon (73) より引用する.

It has been suggested that residual words are often the most frequently occurring, which will be heard and learned earliest by the child and which are furthermore most susceptible to correction if the child does produce a regularised form like **foots. Some objections can be raised; for instance, ox is not a particularly common noun in modern English - although it probably occurred rather frequently in Middle English. Ox might have been expected to regularise as it became less common, but this decrease in frequency probably overlapped with the rise of literacy, which tends to slow down analogical change. In general, the connection of resistance to analogy with frequency seems to hold.


 名詞複数形の研究をしていると,古い英語(特に中英語)のテキストに現われる動物名詞の羅列に敏感に反応してしまう.先日も Kyng Alisaunder を読んでいて,次のような文章に出くわした.マケドニア王が,Alisaunder と Philippe のうち荒馬 Bulcifal を操れる者を世継ぎとすることを決め,その競技の前に神に捧げ物をするという場面である.昨日の記事[2011-03-21-1]と同様,Smithers 版から B (MS. Laud Misc. 622 of the Bodleian Library, Oxford) と L (MS. 150 of the Library of Lincoln's Inn, London) の2バージョンを比較しながら引用する(動物複数名詞を赤字とした).

Oxen, sheep, and ek ken,
many on he dude slen,
And after he bad his goddes feyre
He most wyte of his eyre,
Of Alisaunder and Philippoun,
Who shulde haue þe regioun. (B 759--64)

Oxen schep and eke kuyn
Monyon he dude slen
And after he bad his godus faire
He moste y witen of his aire
Of Alisaundre or of Philipoun
Whiche schold haue þe regioun (L 756--61)


 もう1つは,Alexander 軍が Darius 軍と戦うために準備をしている場面.

Hij charged many a selcouþe beeste
Of olifauntz, and ek camayles,
Wiþ armure and ek vitayles,
Longe cartes wiþ pauylounes,
Hors and oxen wiþ venisounes,
Assen and mulen wiþ her stouers; (B 1860--65)

Y chargid mony a selcouþ beste
Olifauns and eke camailes
Wiþ armure and eke vitailes
Long cartes wiþ pauelouns
Hors and oxen wiþ vensounes
Assen and muylyn wiþ heore stoueris (L 1854--59)


 さらにもう1つ,Darius 軍の進軍の場面より.

Ycharged olifauntz and camaile,
Dromedarien, and ek oxen,
Mo þan ȝe connen asken. (B 3402--04)

And charged olifans and camailes
Dromedaries assen and oxen
Mo þan ȝe can askyn (L 3385--87)


 このように動物名詞が列挙されると,中英語期にはこうした動物が(少なくとも物語の設定において)いかに身近であったかを確認できるとともに,当時の規則複数化の攻勢と不規則複数保持の守勢を具体的に把握することができる.

 ・ McMahon, April M. S. Understanding Language Change. Cambridge: CUP, 1994.
 ・ Smithers, G. V. ed. Kyng Alisaunder. 2 vols. EETS os 227 and 237. 1952--57.

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2010-11-03 Wed

#555. 2種類の analogy [analogy][morphology][plural]

 類推 ( analogy ) は恐ろしく適用範囲の広い言語過程である.「音韻法則に例外なし」と宣言した19世紀の比較言語学者たちは例外ぽくみえる例はすべて借用 ( borrowing ) か類推 ( analogy ) かに帰せられるとし,以降,類推は何でも説明してしまう魔法の箱,悪くいえば言語変化のゴミ箱とすら考えられるようになってしまった節がある.あまりに多くの言語変化が類推という一言で説明づけられるために,かえって論じるのが難しい言語過程となってしまったように思われるが,その重要性を無視することはできない.まずは,Crystal より analogy の定義を示そう.

A term used in HISTORICAL and COMPARATIVE LINGUISTICS, and in LANGUAGE ACQUISITION, referring to a process of regularization which affects the exceptional forms in the GRAMMAR of a language. The influence of the REGULAR pattern of plural formation in English, for example, can be heard in the treatment of irregular forms in the early UTTERANCES of children, e.g. mens, mans, mouses: the children are producing these forms 'on analogy with' the regular pattern. (24)


 引用中にもあるように,英語形態論からの analogy の代表例として名詞の複数形の形成が挙げられることが多い.現代英語の不規則複数の代表格は,foot (sg.) / feet (pl.) に見られるように歴史的に i-mutation が関与している例である ( see [2009-10-01-1] ) .i-mutation の効果は,古英語では bōc "book" にも現われており,その複数主格・複数対格(及び単数属格・単数与格)の形態は bēc "books" であった.現在この語の複数形は,大多数の名詞にならって books と -s 語尾を用いて規則的に形成されるので,歴史的には analogy が働いたと考えられる.
 この典型的な analogy には,実際には2種類の sub-analogy ともいえる過程が起こっている.この2種類の sub-analogy は extension 「拡張」と levelling 「水平化」と呼ばれ,一般的には分けて捉えられていないことが多いが,形態過程としては区別して考えられるべきである.extension は,古英語の主格単数形 bōc が優勢な屈折パラダイム(具体的には a-stem strong masculine declension )を参照して,その複数主格(及び複数対格)を標示する語尾である -as を自身に適用し,bōces などを作り出した過程を指す.extension は "the application of a process outside its original domain" ( Lass, p. 96 ) と定義づけられるだろう.
 ここで注意したいのは,上記の記述はあくまで主格単数と主格複数の形態の関係に限定した説明である.実際には,古英語では下の屈折表に見られるように単数系列でも複数系列でも格に応じて形態が変化した.i-mutation は単数属格・単数与格でも作用していたのであり,複数系列だけに作用していたわけではない.否,複数系列でも属格と与格には作用していなかった.単数形が book,複数形が books という現在の単純な分布に行き着くまでには,単数系列,複数系列のなかでも優勢な形態(通常は主格形態)への一元化あるいは水平化 ( levelling ) という過程が必要だったのである.結果として,単数系列が水平化されて book が,複数系列が水平化されて books が生じた.それぞれの主格形態をモデルとして生じたこの analogy が,levelling ということになる.Lass の定義によれば,levelling とは "the ironing out of allomorphy within the paradigm" (96) である.

book in OE Declension


 屈折パラダイム自体が他の優勢な屈折パラダイムから影響を受けて生じる analogy ( = extension ) と,屈折パラダイム内部で生じる analogy ( = levelling ) とは,このように区別して考えておく必要があるだろう.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 23--154.

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2010-10-17 Sun

#538. monokinitrikini [etymology][folk_etymology][metanalysis][analogy][prefix]

 昨日の記事[2010-10-16-1]bikini の語源について調べたが,語形成上おもしろい関連語がある.monokinitrikini だ.
 詳しい解説は野暮だが,一応,簡単に説明を.まず,bikinibi をラテン語で「2」を意味する接頭辞と分析し「2ピースの水着」と解釈する.これに引っかけて「1ピースの水着」を表現するのにギリシア語の「1」を意味する接頭辞 mono- を用いたということである.同様に「3ピースの水着」にはラテン語・ギリシア語の「3」を意味する接頭辞 tri- を当てた.
 それぞれの水着のサンプル画像(モデル付き)をぜひ見たいという方は以下を参照.

 ・ monokini
 ・ bikini
 ・ trikini

 昨日の記事でみたように,bikini は本来はマーシャル諸島の現地語の固有名詞に由来するので,語源的にラテン語やギリシア語接頭辞とは関係ない.したがって,monokinitrikini も一種の遊びによる造語である.おもしろいのは,この語形成に対する各辞書の説明・解釈の相違だ.例えば monokini について,研究社『新英和辞典第6版』は「戯言的造語」と説明しているが,老舗の OALD8 は "the first syllable misinterpreted as bi- 'two'" としている.後者のお堅さが伝わってくる.これはお遊びでしょう,と言いたい.
 詳しい解説は野暮とはいったものの,OALD8 の路線でお堅く語形成を解説するとどうなるだろうか.改めて順を追って解説する.

 (1) bikinibi + kini異分析 ( metanalysis ) する
 (2) bi- を「2」を意味するラテン語接頭辞として,kini を "piece(s)" くらいの意味に解釈し,ここに民間語源 ( folk etymology ) が誕生する
 (3) bi-, mono-, tri- という古典語に基づく数接頭辞の体系を類推 ( analogy ) 的に応用し,新派生語 monokinitrikini が生まれる

 この語形成がお遊びであれ勘違いであれ,結果として3語に含まれることになった kini は英語において一人前の形態素として独立したといってもいいかもしれない.

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2010-08-07 Sat

#467. 人称代名詞 it の語頭に /h/ があったか否か [personal_pronoun][h][analogy][germanic]

 現代英語の3人称代名詞 it は,古英語では語頭に <h> の付された <hit> という綴字で用いられていた.[2009-09-29-1]に掲げた古英語の人称代名詞体系を見れば分かるとおり,すべての屈折形が <h> で始まっており,非常にきれいな体系をなしている.このなかで特に中性単数主格の <hit> は「軽い」参照機能を果たすときに語頭が弱まり,it へ変化して定着したと考えられている.古英語後期ですでに it の形態が確認されており,1200年頃からは強勢が置かれる環境ですら it が用いられるようになってくる.一方 hit は中英語期に衰退し,1500年頃まで細々と続いていたが,現在では北部方言で強調表現として使われる het, hit などを除いては廃用となっている.これが,古英語 hit が徐々に it に置換された歴史として一般的に語られる記述である.
 しかし,その前史として興味深い説がある ( Scragg, p. 42fn ) .古英語の hit はより古い段階ではやはり <h> のない <it> であり,後に他の人称代名詞の屈折に合わせようとする類推作用 ( analogy ) によって <h> が加えられたのではないかという.つまり,[2009-09-29-1]に掲げた「すべてが <h> で始まるきれいな体系」は「きれいにされた」ものではないかという.これによると,it の歴史は,<h> のない形態から開始して,古英語期に類推によって <h> をとるようになったが,後に再び語頭音の弱化で <h> のない形態に回帰したということになる.
 他のゲルマン語の同根語 ( cognate ) には,Old Saxon や Middle Low German の it,Low German の et,Gothic の ita,Old High German の ëz, Old Icelandic es があり,いずれも <h> をもっていない.しかし,Old Frisian や Middle Dutch には hit があるので,上記の説を正当化するならば,この2言語でも古英語と同様に類推が起こったと考えなければならないのだろう.
 仮にこの説を受け入れるとして,ithitit と回帰した現代英語で将来的に再び hit になる可能性はあるだろうか.恐らくないだろう.現代英語の人称代名詞では,<h> を語頭にもつのは男性単数の he の屈折だけになってしまったので,古英語のときに働いた(とされる)「体系の要請する語頭音揃えの圧力」はすでに弱いのだから.

 ・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.

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2010-05-12 Wed

#380. often の <t> ではなく <n> こそがおもしろい [spelling_pronunciation][euphony][analogy]

 昨日の記事[2010-05-11-1]often の綴り字発音 ( spelling pronunciation ) を取りあげた.often の例は英語史の観点からみてかなりおもしろいと述べたが,それは昨日話したほかにも理由がある.<t> の発音が話題に取りあげられることの多いのは今日的な問題として当然のことだろうが,英語史的にみるとこの問題は語尾の <n> の起源の問題に行き着くと考えている.そして,この <n> の起源というのが,判然とはしないのだがおもしろい.
 "often" の意味の副詞は,古英語では oft という語で表されていた.-en はまだついていない.この語はゲルマン諸語にも対応語の見られる非常に古い語である.中英語には( oft ですでに副詞ではあるが)副詞語尾 -e を付加した ofte も現れ,16世紀後半まで異綴りとして残ったが,現代にまで続いた形は本来の oft である.現代では oft は古語・詩語として用いられるほか,ofttimesoft-told, oft-quoted などの複合語の要素として用いられる.
 often, oftin などの形で語尾の -n が現れだすのは13世紀のことである(一般的になるのは16世紀以降).不定冠詞 ana の使い分けと同様に,母音で始まる語の前で often が,子音で始まる語の前で ofte が区別して使われていた形跡が Chaucer などにあるが,北部方言ではより早い段階で次の語頭音にかかわらず oftin が使われており,先の euphony による説明の妥当性が問題となる.
 そこで考えられたのが,selden "seldom" からの類推 ( analogy ) という説である.頻度を表す副詞という同じ語類に属するので,十分に類推のターゲットになりうると考えられ,説得力は高い.( selden 自体は,hwīlum "whilom" などの複数与格形に由来する語尾からの類推で,古英語後期から -m をもつ変異形でも現れ出す [ see [2009-06-06-1] ].)この seldom 類推説を採用するとなると,以下のような理屈が成り立つのではないか.
 現代の <t> を読むか読まないかという問題は,そもそも <t> を読まないという選択肢があり得るところに存する.<t> を読まない発音が現れたのは,近代英語期に三子音の中音が脱落するという英語の音声変化が生じたからである.三子音という環境が整っていたのは,三音目の <n> が中英語で挿入されていたからである.<n> が挿入されたのは,おそらく selden "seldom" からの類推である.とすると,今日の often の発音が [ˈɒfən] か [ˈɒftən] かという議論を引き起こした元凶は,seldom であるということになるのではないか.
 こんなところに,英語史の観点から現代英語の問題をみるおもしろさがあるのではないか.

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2010-02-20 Sat

#299. explain になぜ <i> があるのか [etymology][spelling][loan_word][latin][french][analogy][sobokunagimon]

 この春休みにニュージーランドに語学留学中のゼミ学生から,メールで次のような質問があった(話題提供をありがとう!).

先日授業で名詞から動詞へと品詞を変える練習をしたときに,explanation → explain というものが出てきました.学生が皆どうして "i" という文字が出てくるのか,この違いは何なのかと質問したところ,ネイティブでも分からないという返事しか返ってきませんでした.


 確かに不思議である.名詞が explanation であれば,対応する動詞は *explanate とか *explane であったほうが自然ではないかと考えたくなる.例えば,profanation 「冒涜」に対して profanateprofane 「冒涜する」の如くである.
 早速,語源辞書を調べてみると答えは即座に見つかった.plain 「平易な」の綴字からの類推 ( analogy ) だという.explain はラテン語の explānāre にさかのぼる.これは ex- + plānāre と分解され,語幹部分は plānus 「平らな」に通じるので,もともと plain とは語源的なつながりがある.意味的には「平らかにする」→「平明に示す」→「説明する」という連鎖が認められる.英語には1425年頃にラテン語から入った.
 「plain の綴字からの類推」という答えが含意するのは,もともとは explain ではなく explane などの綴字が行われていたということである.OED で調べると,実際に15世紀から16世紀には explane という綴字も確認される.現在の綴字は17世紀以降におよそ確立したものである.
 しかし,ここで一つ疑問が生じる.explain の <i> を説明する類推のモデルとなった plain もラテン語の plānus に由来するのであるならば,plain 自体の <i> は何に由来するのか.ラテン語 plānus はなぜ *plane として英語に入ってこなかったのか.この疑問を解く鍵は,借用経路の違いである.explain ないし explane は直接ラテン語から英語に入ったのに対し,plain はラテン語からフランス語を経由して英語に入ったのである.フランス語を経由する段階で,形が plānus から plain へと崩れ,このフランス語化した綴字が英語へ入ったことになる.plain の英語への借用は13世紀と早いので,借用時期の違いが借用経路の違いにも反映されているものと考えられる.類例としては,ラテン語 vānus がフランス語を経由して vain とした例が挙げられよう.こちらも,早くも12世紀に英語に入っていた.
 まとめると次のようになる.explain の <i> は,plain の <i> からの類推である.そして,plain の <i> がなぜここにあるかといえば,その語源であるラテン語 plānus がフランス語化した綴字で英語に入ってきたからである.結果として,英語は plainexplain の両語においてフランス語形を採用したことになる.

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2009-10-22 Thu

#178. 動詞の規則活用化の略歴 [verb][conjugation][analogy][oe][statistics][sobokunagimon]

 現代英語の動詞は,規則動詞 ( regular verb ) と不規則動詞 ( irregular verb ) に大別される.
 規則動詞は原則として動詞の原形に -ed という語尾を付加して過去形・過去分詞形を作る.発音は語幹末の音にしたがって /d/, /ɪd/, /t/ のいずれかとなるが,いずれも歯音接尾辞 ( dental suffix ) を含んでいる( ex. played, wanted, looked ).これはゲルマン諸語に共通する過去形・過去分詞形の形成である.
 一方,不規則動詞 はいろいろと下位区分ができるが,多くは母音交替 ( ablaut or gradation ) によって過去形・過去分詞形を作る.swim -- swam -- swum, give -- gave -- given, come -- came -- come の類である.
 不規則動詞には基本動詞が多いために,相当数の不規則動詞があるかのように錯覚しがちだが,実際には70個ほどしかない.それ以外の無数の動詞は -ed で過去形・過去分詞形を作る規則動詞である.
 だが,昔からこのような分布だったわけではない.古英語では,およそ規則動詞に相当するものを弱変化動詞 ( weak verb ) と呼び,およそ不規則動詞に相当するものを強変化動詞 ( strong verb ) と呼んだが,後者は270語ほど存在したのである.だが,以降1000年の間に不規則動詞は激減した.この約270語がたどったパターンは以下のいずれかである.

 (1) 不規則動詞(強変化動詞)としてとどまった
 (2) 不規則動詞(強変化動詞)と規則動詞(弱変化動詞)の間で現在も揺れている
 (3) 規則動詞化(弱変化動詞化)した
 (4) 廃語として英語から消えた

 それぞれの内訳は以下の通りである.おおまかにいって,古英語の強変化動詞の1/3は廃れ,1/3は規則動詞化し,1/3は不規則動詞にとどまったといえる.

PDE Reflexes of OE Strong Verbs

 以下に簡単に具体例を挙げるが,定義上,(1) は現代英語に残っている不規則動詞であり,(4) は現代英語に残っていない語なので省略する.
 (3) のパターンには,help がある.この動詞は古英語では helpan -- healp / hulpon -- holpen母音交替によって活用していたが,現代英語では規則動詞となっている.その他,shave, step, yield などもかつては不規則動詞だった.
 (2) のパターンには,mow -- mowed -- mowed / mown, show -- showed -- showed / shown, prove -- proved -- proved / proven などがある.傾向としては,-ed の付いた規則形が優勢である.このパターンに属する動詞では,不規則形が廃れていくのも時間の問題かもしれない.

 ・Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997. 69--75.

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2009-10-09 Fri

#165. 民族形容詞と i-mutation [i-mutation][suffix][analogy]

 [2009-10-01-1]の記事で i-mutation について解説した.いろいろと具体例を挙げたが,挙げ忘れていた語類として民族形容詞がある.民族名や言語名を表す語には,-ish の語尾をもつものがあるが,この接尾辞中の /i/ 音が引き金となって,基体の母音が前寄りか上寄りになっている.いくつか代表的なものを挙げてみよう.

古英語名詞古英語形容詞現代英語形容詞
Angle (pl.)Englisc"English"
FrancaFrencisc"French"
wealhwīelisc"Welsh"
Scottas (pl.)Scyttisc"Scottish"


 このように,古英語では名詞の語幹母音と派生形容詞の語幹母音が i-mutation の影響で異なっていた.
 だが,最後の形容詞については,現代英語では i-mutation が起こらなかったかのような母音に「逆戻り」している.これは,この語に,12世紀くらいの時期に,言語の宿命ともいうべき analogy類推」が働いたためである.元の名詞が Scot ならば,派生形容詞だってわざわざ母音を変化させずにストレートに Scottish とすればいいではないか,という理屈である.これによって名詞と形容詞の関係がより透明になるばかりでなく,話者の脳ミソへの負担も軽減する,というわけだ.
 i-mutation などの音声変化は,たいてい体系や規則を乱す方向に作用する.一方,analogy は体系や規則を回復する方向に作用する.単純化していえば,言語変化とは,この相反する二つの力の永遠の綱引きである.どちらかが完全に勝利することはあり得ない.だからこそ言語変化は永遠に繰り返されるのだろう.

Referrer (Inside): [2020-05-05-1] [2012-06-27-1]

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2009-09-20 Sun

#146. child の複数形が children なわけ [plural][oe][double_plural][analogy][homorganic_lengthening]

 昨日[2009-09-19-1]に引き続き,children の話題.children は,英語学習の初期に出会う超不規則複数の代表選手だが,なぜこのような形態を取っているのだろうか.-ren を付加して複数形を形成する例は,英語の語彙広しといえど,この語だけである.
 [2009-05-11-1]で関連事項に触れたが,現代英語の不規則複数の起源は古英語にさかのぼる.現代英語で規則複数を作る -s 語尾は確かに古英語でも圧倒的に優勢ではあったが,他にも -en,ゼロ語尾(無変化),i-mutation などによる複数形成が普通に見られた.現在では影の薄いこれらの複数形成も,古英語では十分に「規則的」と呼びうる形態論的な役割を担っていた.
 さて,そんな古英語においてすら影の薄い複数形成語尾として -ru という語尾が存在した.これは,印欧語比較言語学でs音幹と呼ばれる一部の中性名詞においては規則的な屈折語尾だった.そして cild "child" はまさにこの語類に属していたのである.その他の例としては,ǣg "egg", cealf "calf", lamb "lamb" などがあり,いずれも -ru を付加して複数形を作ったが,後に,圧倒的な -s 語尾による規則複数への類推作用 ( analogy ) の圧力に屈して,現在では方言形を除いて規則複数化してしまった.名詞の複数形に限らず,高頻度語は不規則性を貫く傾向があるように,cildru のみが古英語の面影を残すものとして現代に残っている.
 ちなみに,同じゲルマン語の仲間であるドイツ語では,s音幹の中性名詞に付く -r は中期高地ドイツ語の時代より異常な発達を遂げた ( Prokosch 183 ).本来はs音幹に属していなかった中性名詞に広がったばかりか,一部の男性名詞にまで入り込み,現在では100以上の名詞に付加される,主要な複数語尾の一つとなっている.children にしか残らなかった英語とはずいぶん異なった歴史を歩んだものである.
 だが,話しはまだ終わらない.古英語の複数形 cildru は,順当に現代英語に伝わっていれば,*childre や *childer という形態になっていそうなものだが,実際には children と -n 語尾が付加されている.これは,古英語から中英語にかけて -s 語尾複数に次ぐ勢力を有した -n 語尾複数が付加したためである.本来は -r(u) だけで複数を標示できたわけであり,その上にさらに複数語尾の -n を付加するのは理屈からすると余計だが,結果としてこのような二重複数 ( double plural ) の形態が定着してしまった.-r(u) 語尾の複数標示機能は,中英語期にはすでに影が薄くなっていたからだろうと考えられる.
 おもしろいことに,日本語の「子供たち」も二重複数である.複数の「子」が集まって「子供」となったはずだが,さらに「子供たち」という表現が生まれている.
 普段は深く考えずに使っている childchildren という語にも,Homorganic Lengthening やら double plural やら,種々の言語変化がつまっている.英語史は,ここがおもしろい.

 ・Prokosch, E. The Sounds and History of the German Language. New York: Holt, 1916.

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2009-09-09 Wed

#135. 中東・アジアの民族名称の接尾辞 -i [suffix][lexicology][analogy][productivity]

 英語の語形成では,民族名の基体からその人々や言語を表す名詞や形容詞を派生させるということは普通に行われてきた.American, English, Japanese など,事実上,国・地域の数だけ存在するといってもよい.その派生語尾には様々あり,民族名ごとにどれが付くかは決まっているが,一般に明確なルールはない.基体の音韻形態によって予想が付く場合も少なくないが,ルールとしてまとめることはできない.
 そんな民族名称接尾辞の一つに -i がある.この接尾辞は比較的最近のもので,中東やアジアの国・地域の名称に付加されて派生語を作るのが特徴である.OED では次のように定義が与えられている.

a termination used in the names of certain Near-Eastern and Eastern peoples, as Iraqi, Israeli, Pakistani.


他に例を挙げると,以下のようなものがある.

Adeni, Afghanistani, Bahraini, Bangladeshi, Bengali, Bhutani, Bihari, Iraqi, Israeli, Kashmiri, Kuwaiti, Pakistani, Punjabi, Yemeni, Zanzibari


 ところが,語彙論上この接尾辞の扱いは難しい.そもそも OED では語源が与えられていない.他の辞書によると -i はアラビア語などセム諸語の形容詞語尾とあり,基体とともに借用語として英語に入ってきたという.だが,すべての例がこのように -i 付きで借用されたわけではなく,例えば Kashmiri などは OED では,Kashmir という基体に対して英語が主体的に -i を付加した語であるとしている.とすると,英語は,すでに -i 語尾のついた形で借用された語から -i を改めて英語の接尾辞として切り出し,それを生産的に用いるようになったことになる.
 だが,本当に英語の接尾辞として生産的に活動を開始したと考えてよいのだろうか.そうではなく,いくつかある借用語の例をモデルとした,単純な類推 ( analogy ) が働いただけだと考えることはできないだろうか.別の言い方をすれば,-i は接尾辞として英語化したとは言い切れないのではないか.この問題が生じるのは,-i を含む語の例がいくらもなく,英語の接尾辞としてどれだけ生産性があるのかを計ることができないためである.
 今後 -i の派生語が増えてゆく過程を観察してゆけばこの問題は解決されるかもしれないが,そのような機会はそれほど期待できない.既存の国・地域にはすでに名称が与えられているので ( ex. Egyptian, Iranian, Lebanese ) ,新しい -i 語を見るには,新しい国・地域が生じなければならないが,近い将来,中東やアジアに絞るとしても,それほど多くの機会があるとは考えにくい.
 -i の英語接尾辞としての生産性は,潜在的にはあるかもしれない.しかし,それが試される機会がないということは,事実上,生産性がないのと同じことである.生産性がないのであれば,英語の語彙項目として立てる必要はなく,辞書にも載せる必要がない.
 以上の理由で,-i は英語語彙論上,扱いが難しい項目なのである.

 ・ Bauer, Laurie. English Word-Formation. Cambridge: CUP, 1983. 253--55.

Referrer (Inside): [2009-09-10-1]

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2009-05-11 Mon

#12. How many carp! [plural][analogy][number]

 時期は過ぎてしまったが,鯉のぼりの話題.先日,墨田区にある都立東白鬚公園のすみだ鯉のぼりフェアに行ってきた.大小約350匹の鯉が泳いでいて壮観.

carp streamers

 もし英語話者がこの鯉のぼり群を見たらなんと叫ぶだろうか. How many carp! と感嘆するかもしれない."carps"ではない"carp"とs無しである. carpsheep などと同様,単複同形の単語なのである.「読売ジャイアンツ」,「阪神タイガース」,しかし「広島東洋カープ」である.
 英語で名詞の複数形といえば s語尾がつくのが原則である.しかし,少数の例外があることは,よく知られている.例外にもいくつかタイプがあり,大雑把にいうと次の通りだ.

 (1) -en語尾: ox / oxen , child / children
 (2) 無変化: carp / carp , sheep / sheep , fish / fish , hundred / hundred
 (3) i-mutation: man / men , foot / feet
 (4) 借用語: phenomenon / phenomena , alumnus / alumni

 このうち(2)の無変化(単複同形)が今回の話題だが,背後には長い歴史がある.古英語では,長音節を持つ中性名詞は原則としてすべて単複同形だった.例えば,今でこそs複数になっているが, horse , house , land , thing , wife はすべてs無しの複数形を作ったのである.これらがすべて後にs複数になったのは,簡単にいえば,他の多くのs複数からの圧力による「 類推作用 」の結果である.実際の歴史はもっと複雑なので詳しく知りたい方は,拙著 The Development of the Nomiral Plurals in Early Middle English をご一読ください.
 現代英語でも単複同形として残っている語のうち, sheephundred は古英語では実際に中性名詞だった.これらについては,古英語からの生き残りと考えていいだろう.だが, fish は男性名詞だったし,問題の carp については中英語期にフランス語から入った借用語なので英語として性が付与されたことはない.どういった経緯だろうか.
 中英語では,古英語の性にかかわらず,「単位」や「狩猟対象」を表す名詞が単複同形となる傾向があった.これらは意味的に複数として用いられるのが通常であり,さらに多くの場合に数詞を伴うために,語尾変化がなくとも複数であることが当然と意識されたからだという.
 Mustanoja によれば:

The unchanged plural after an expression of number or quantity is in fact a linguistic phenomenon of universal occurrence. It has primarily a psychological background if the idea of plurality is obvious from the attributive numeral or adjective, no plural ending or other sign is needed to indicate the number of the governing noun. (58)

 中英語からの例を挙げれば,以下の語が単複同形だった.「単位」としては, couplescorehundredthousandyearwintermonthnightfootfathommilepound .「狩猟対象物」としては, carpeelfishfowlgoat
 鯉は,現在の日本では主として観賞魚とみなされるが,アジアやヨーロッパでは広く食用魚とされる.普通は池で飼われるとはいえ「狩猟対象」には違いない.
 最後に一言. carp については,少なくとも18世紀までは,単複同形とともに,予想されるs複数形も併存していたことを付け加えておく.歴史の一時期,一つの語に二つ以上の異なった複数形が存在するということは,英語史的にはごくごく普通の現象なのである.

 ・Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.

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