3日前の6月22日(水)に,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 の第34弾が公開されました.「昔の英語は不規則動詞だらけ!」です.
-ed をつければ過去形になる,というのは単純で分かりやすいですね.大多数の動詞に適用される規則なので,このような動詞を「規則動詞」と呼んでいます.一方,日常的で高頻度の一握りの動詞はこの規則に沿わず,「不規則動詞」と呼ばれています.sing -- sang -- sung や come -- came -- come のような,暗記しなければならないアレですね.語幹母音を変化させるのが特徴です.
上記の YouTube で話したことは,歴史的には不規則動詞のほうが先に存在しており,規則動詞は歴史のかなり遅い段階に初めて現われた新参者である,ということです.規則動詞は新参者として現われた当初は,例外的なものとして白眼視されていた可能性が高いのです.しかし,その合理性が受け入れられたのでしょうか,瞬く間に多くの動詞を飲み込んでいき,古英語期が始まるまでにはすっかり「規則的」たる地位を確立していました.逆に,オリジナルの語幹母音を変化させるタイプは,当時すでに「不規則的」な雰囲気を醸すに至っていたというわけです.
このような動詞を巡る大変化は,ゲルマン語派に特有のものでした.つまり,この変化は英語,ドイツ語,アイスランド語などには生じましたが,フランス語,ロシア語,ギリシア語などには生じていないのです.すなわち,ゲルマン語派にのみ生じた印欧語形態論の大革命というべき事件でした.
YouTube により関心をもった方は,専門的な話しにはなりますが,この重大事件について,ぜひ次の記事を通じて深く学んでみてください.英語史のおもしろさにハマること間違いなしです.
・ 「#3345. 弱変化動詞の導入は類型論上の革命である」 ([2018-06-24-1])
・ 「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1])
・ 「#3135. -ed の起源」 ([2017-11-26-1])
・ 「#3339. 現代英語の基本的な不規則動詞一覧」 ([2018-06-18-1])
・ 「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1])
・ 「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1])
・ 「#3385. 中英語に弱強移行した動詞」 ([2018-08-03-1])
・ 「#3670.『英語教育』の連載第3回「なぜ不規則な動詞活用があるのか」」 ([2019-05-15-1]) と,そこに示されている記事群
6月12日(日)に,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 の第31弾が公開されました.「Do you know … の do って どぅーゆーものか do you know?」です.タイトルのセンスは井上氏によります(笑).
英語史では「do 迂言法」 (do-periphrasis) と呼ばれている統語構造で,初期近代英語期に発達し定着した構文であることが知られています.英語歴史統語論においては「花形」といってよい,伝統的に注目度の高い話題です.do 迂言法の発達については謎が多く,現在も熱い議論が続いています.
そのようなわけで hellog でも様々に取り上げてきました.ここに関連する記事を列挙しておきます.基本的な解説から高度な仮説まで様々なレベルの記事が混じっていますが,それほどまでに注目されるトピックなのだと理解してもらえればと思います.
[ do にまつわる歴史的事実と理論的仮説 ]
・ 「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1])
・ 「#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do」 ([2010-08-31-1])
・ 「#1596. 分極の仮説」 ([2013-09-09-1])
・ 「#1872. Constant Rate Hypothesis」 ([2014-06-12-1])
[ ケルト語からの影響により do 迂言法が発達したという近年の説 ]
・ 「#1254. 中英語の話し言葉の言語変化は書き言葉の伝統に掻き消されているか?」 ([2012-10-02-1])
・ 「#3754. ケルト語からの構造的借用,いわゆる「ケルト語仮説」について」 ([2019-08-07-1])
・ 「#3755. 「ケルト語仮説」の問題点と解決案」 ([2019-08-08-1])
[ 雑誌記事として比較的読みやすく書いたものが2つあります ]
・ 「#3765.『英語教育』の連載第6回「なぜ一般動詞の疑問文・否定文には do が現われるのか」」 ([2019-08-18-1])
・ 「#4432. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第4回「なぜ疑問文に do が現われるの?」」 ([2021-06-15-1])
どうして do 迂言法のような「面倒くさい」文法が生じてしまったのか,議論は尽きませんね.
6月8日(水)に,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 の第30弾が公開されました.「英語の語順は大昔は SOV だったのになぜ SVO に変わったかいろいろ考えてみた.祝!!30回!」です.過去数回と比べて多くの方に視聴していただいているようです.関心をもった方が多いと思われますので,今回はこの話題について情報を補足したいと思います.
基本語順で考えると,ゲルマン祖語では SOV,古英語では SOV + SVO,中英語以降は SVO というのが大雑把な流れです.基本語順の通時的変化の問題については,これまでも hellog その他で様々に扱ってきましたので,以下にリンクなどを張っておきます.上記 YouTube 動画と合わせてご参照ください.
[ 英語史における語順の変化・変異とその原因 ]
・ 「#3127. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移」 ([2017-11-18-1])
・ 「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」 ([2009-09-06-1])
・ 「#4597. 古英語の6つの異なる語順:SVO, SOV, OSV, OVS, VSO, VOS」 ([2021-11-27-1])
・ 「#4385. 英語が昔から SV の語順だったと思っていませんか?」 ([2021-04-29-1])
・ 「#2975. 屈折の衰退と語順の固定化の協力関係」 ([2017-06-19-1])
[ 基本語順の類型論 ]
・ 「#137. 世界の言語の基本語順」 ([2009-09-11-1])
・ 「#3124. 基本語順の類型論 (1)」 ([2017-11-15-1])
・ 「#3125. 基本語順の類型論 (2)」 ([2017-11-16-1])
・ 「#3128. 基本語順の類型論 (3)」 ([2017-11-19-1])
・ 「#3129. 基本語順の類型論 (4)」 ([2017-11-20-1])
・ 「#4316. 日本語型 SOV 言語は形態的格標示をもち,英語型 SVO 言語はもたない」 ([2021-02-19-1])
・ 「#3734. 島嶼ケルト語の VSO 語順の起源」 ([2019-07-18-1])
[ 過去の連載記事などの紹介 ]
・ 英語史連載企画(研究社)「現代英語を英語史の視点から考える」の第11回と第12回
- 「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら)
- 「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら)
・ 知識共有サービス「Mond」での回答:「日本語ならSOV型,英語ならSVO型,アラビア語ならVSO型,など言語によって語順が異なりますが,これはどのような原因から生じる違いなのでしょうか?」
・ 「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1])
・ 「#4583. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第9回「なぜ英語の語順は SVO なの?」」 ([2021-11-13-1])
・ 「#4527. 英語の語順の歴史が概観できる論考を紹介」 ([2021-09-18-1])
本日は直近の YouTube と Voicy で取り上げた話題をそれぞれ紹介します.
(1) 昨日,YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第29弾が公開されました.「英語と日本語とでは同音異義語ができるカラクリがちがう!」です.
英語にも日本語にも同音異義語 (homonymy) は多いですが,同音異義語が歴史的に生じてしまう経緯はおおよそ3パターンに分類される,という話題です.1つは,異なっていた語が音変化により発音上合一してしまったというパターン.もう1つは,同一語が意味変化により異なる語とみなされるようになったというパターン.さらにもう1つは,他言語から入ってきた借用語が既存の語と同形だったというパターンです.
英語の同音異義語の例をもっと知りたいという方は「#2945. 間違えやすい同音異綴語のペア」 ([2017-05-20-1]),「#4533. OALD10 が注意を促している同音異綴語の一覧」 ([2021-09-24-1]) の記事がお薦めです.第2パターンの例として挙げた flower と flour については Voicy 「#2. flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」をお聴きください.
また,対談内でも出てきた,故鈴木孝夫先生による「テレビ型言語」か「ラジオ型言語」かという著名な区別については「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1]),「#2919. 日本語の同音語の問題」 ([2017-04-24-1]),「#3023. ニホンかニッポンか」 ([2017-08-06-1]) でも触れています.
今回の話題に関心をもたれた方は,本チャンネルへのチャンネル登録もよろしくお願いします.
(2) 今朝,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて,リスナーさんからいただいた付加疑問 (tag_question) に関する質問に回答してみました.「#371. なぜ付加疑問では肯定・否定がひっくり返るのですか? --- リスナーさんからの質問」です.なかなかの難問で,当面の不完全な回答しかできていませんが,ぜひお聴きください.
どうやら主文の表わす命題の肯定・否定を巡る単純な論理の問題ではなく,話し手の命題に関する前提と,話し手が予想する聞き手の反応との組み合わせからなる複雑な語用論の問題となっているようです.あくまで前者がベースとなっていると考えられますが,歴史的にはそこから後者が派生してきたのではないかとみています.未解決ですので,今後も考え続けていきたいと思います.なお,放送で述べていませんでしたが,今回参考にしたのは主に Quirk et al. です.
上記の Voicy 放送はウェブ上でも聴取できますが,以下からダウンロードできるアプリ(無料)を使うとより快適に聴取できます.Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のフォローも合わせてよろしくお願いいたします! また,放送へのコメントや質問もお寄せください.
新しい一週間の始まりです.今週も楽しい英語史ライフを!
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
昨日「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第28弾が公開されました.「堀田隆一の新刊で語る,ことばの「標準化」【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 28 】」です.
私も編著者の一人として関わった近刊書『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』について YouTube 上で紹介させていただきました.hellog,および Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも,この数日間で紹介していますので,そちらへのリンクも張っておきます.
・ hellog 「#4776. 初の対照言語史の本が出版されました 『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』」 ([2022-05-25-1])
・ heldio 「#361. 『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』の読みどころ」
・ heldio 「#363. 『言語の標準化を考える』より英語標準化の2本の論考を紹介します」
本書の最大の特徴は,共同執筆者の各々が,それぞれの論考に対して脚注を利用してコメントを書き合っていることです.各執筆者が自らの論考を発表して終わりではなく,自らが専門とする言語の歴史の観点から,異なる言語の歴史に対して一言,二言を加えていくという趣旨です.カジュアルにいえば「執筆者間の多方向ツッコミ」ということです.この実験的な試みは,本書で提案している「対照言語史」 (contrastive_language_history) のアプローチを体現する企画といえます.上記 YouTube では「(脚注)でツッコミを入れるスタイル」としてテロップで紹介しています(笑).
具体的にはどのようなツッコミが行なわれているのか,本書から一部引用してみます.まず,田中牧郎氏による日本語標準化に関する論考「第5章 書きことばの変遷と言文一致」より,言文一致の定義ととらえられる「書きことばの文体が,文語体から口語体に交替する出来事」という箇所に対して,私が英語史の立場から次のようなツッコミを入れています (p. 82) .
【英語史・堀田】 17世紀後半のイングランドの事情と比較される.当時,真面目な文章の書かれる媒介が,ラテン語(日本語の文脈での文語体に比せられる)から英語(同じく口語体に比せられる)へと切り替わりつつあった.たとえば,アイザック・ニュートン (1647--1727) は,1687年に Philosophiae Naturalis Principia Mathematica 『プリンキピア』をラテン語で書いたが,1704年には Optiks 『光学』を英語で著した.この状況は当時の知識人に等しく当てはまり,日英語で比較可能な点である.もっとも日本の場合には同一言語の2変種の問題であるのに対して,イングランドの場合にはラテン語と英語という2言語の問題であり,直接比較することはできないように思われるかもしれないが,二つの言語変種が果たす社会的機能という観点からは十分に比較しうる.
一方,私自身の英語標準化に関する論考「第6章 英語史における『標準化サイクル』」における3つの標準化の波という概念に対して,ドイツ語史を専門とする高田博行氏が,次の非常に示唆的なツッコミを入れていてます (p 107) .
【ドイツ語史・高田】 ドイツ語史の場合も,同種の三つの標準化の波を想定することが可能ではある.第1は,騎士・宮廷文学(1170~1250年)を書き表した中高ドイツ語で,これにはある程度の超地域性があった.しかし,この詩人語がその後に受け継がれはせず,14世紀以降に都市生活において公的文書がドイツ語で書き留められ,さらにルターを経て18世紀後半にドイツ語文章語の標準化が完結する.これが第2波といえる.第3波といえる口語での標準化は,Siebs による『ドイツ舞台発音』 (1898) 以降,ラジオとテレビの発達とともに進行していった.
従来,○○語史研究者が△△語について論じている△△語史研究者の発言にもの申すということは,学術の世界では一般的ではありませんでしたし,今でもまだ稀です.しかし,あえてそのような垣根を越えて積極的に発言し,謹んで介入していこうというのが,今回の「対照言語史」の狙いです.いずれのツッコミも,謙虚でありながら専門的かつ啓発的なものです.本書を通じて,新しい形式の「学術的ツッコミ」を提案しています.ぜひこのノリをお楽しみください!
・ 高田 博行・田中 牧郎・堀田 隆一(編著) 『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』 大修館,2022年.
昨日18:00に YouTube 番組「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第23弾が公開されました.タイトルは「カタカナ語を利用して日本人の英語力+情報収集力を上げる!!【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 23 】」です.
ちなみに,先週の水曜日に公開された1つ前の第22弾は「ニッポンのカタカナ語を英語史から斬る!【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 22 】」でした.2回かけて「カタカナ語」についておしゃべりしてきたわけです.ぜひ2つ合わせてご覧ください.
本ブログでもカタカナ語について様々に取り上げてきました.こちらの記事セットをご覧いただければと思います.
第22弾で話題にした「和製英語」ならぬ「英製羅語」や「英製仏語」についても,本ブログで議論してきました.こちらについては「和製英語を含む○製△語」の記事セットをどうぞ.
井上逸兵氏も様々な媒体で「カタカナ語」の議論を展開しています.最近のものとしては以下がおもしろいです.
・ 2021年11月20日,ABEMA Prime での:【横文字】「カタカナ語の輸入は止められない」「日本語で表せない表現も」意識高い系うざい?共有言語でアグリー?賛成派と反対派が議論
・ 2022年4月21日,SBSラジオ「IPPO」での:コンプライアンス?アジェンダ?今さら聞けない!カタカナ語
日本語なり英語なりの「文法」というものは,その話者集団が歴史のなかで暗黙裏に作り上げ,互いに従ってきた一種の慣習です.その意味では,日本語なり英語なりに歴史の当初から「文法」があったということはいうまでもありません.人間集団が作ったという点では厳密にいって人工的な文法であるには違いありませんが,さほど意識的にこしらえた文法ではなく,何となく慣習的に文法らしいものができあがってきたという点を考慮すれば,あくまで自然発生的な文法といえます.
しかし,言語に対して意識が高まってきた西洋近代においては,文字通り人工的に文法をこしらえるという動きが出てきました.イギリスでは他国よりも若干遅れましたが,18世紀がまさにその時代でした.守るべき規範として意識的に作られた文法という意味で規範文法 (prescriptive_grammar) と呼ばれます.この時代にできあがった「規範英文法」は圧倒的に支持されることになり,現代に至るまで「英文法」といえば,デフォルトでこの時代にできあがって後に受け継がれた英文法を指すということになっています.日本の受験英文法も TOEIC の英文法もこれです.
このような歴史的な事情があったことを踏まえ,私はあえて標題のように「『英文法』は250年ほど前に規範的に作り上げられた!」と述べることにしています.私たちがデフォルトで理解している「英文法」というものは,約250年ほど前にイギリスの知識人が有志で「英文法書」を上梓し,人々に受け入れられた瞬間に,生まれたといっても過言ではありません.つまり「英文法」とは,彼らが「英文法書」を書き上げた瞬間にできあがった代物ということになります.それ以前には「英文法」はなかったのです.
昨晩公開された YouTube 番組「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第19弾は「英文法が苦手なみなさん!苦手にさせた犯人は18世紀の規範文法家たちです.【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 19 】」というタイトルです.前回からの流れで関係代名詞の歴史から始め,18世紀の規範文法の時代に話が及びます.
そして,この YouTube の内容を受けて,話し足りなかった部分を補足すべく,私の今朝の Voicy でも「18世紀半ばに英文法を作り上げた Robert Lowth とはいったい何者?」と題して,関連することをお話ししました.この規範文法の時代における最重要人物が Robert Lowth という人でした.
詳しくは「#2583. Robert Lowth, Short Introduction to English Grammar」 ([2016-05-23-1]) を始めとして lowth あるいは prescriptive_grammar の各記事をご覧ください.
4月27日(水)に公開された YouTube 番組「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」では「受験生のみなさーん!関係代名詞の文法問題を間違えた時の対処法ですよー【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル # 18 】」と題して関係代名詞の話題を取り上げました.なかなか多く視聴されているようで,ありがたい限りですが,実際に2人でおもしろいことをしゃべっています(笑).ぜひご覧ください.
標準英語で関係代名詞といえば which, who, whom, that, そしてゼロ(いわゆる関係代名詞の省略)辺りが挙げられますが,このいずれが用いられるかという選択には,複数のパラメータが複雑に関わってきます.関係代名詞節の内部での役割が主格なのか目的格なのかということはもちろん,制限/非制限用法の違い,先行詞が有性か無性かなどの統語意味論的パラメータが複雑に関与してきます.さらに,あまり注目されませんが,実は使用域 (register) という語用論的パラメータこそが,関係代名詞の選択にとても重要や役割を果たしているのです.
Longman Grammar of Spoken and Written English (608--21) には,コーパスを用いた関係代名詞選択に関する調査結果が詳細に示されています.今回はそちらを参照しながら,全体として最も使用頻度の高いとされる which と that に焦点を当て,両者の分布を比べてみましょう.
which と that は多くの場合入れ替え可能ですが,学校文法で教わるとおり,原則として which は先行詞が無性の場合に限られ,また制限用法のみならず非制限用法としても使えるという特徴がみられます.一方,that は先行詞を選びませんが,制限用法に限定されます.
しかし,which と that の分布の違いについておもしろいのは,そのような統語意味論的な要因と同じくらい使用域という要因も効いているということです.which は保守的で学術的な含みがあり,学術散文での非制限用法に限定すれば,70%を占め,that を圧倒しています.一方,that は口語的でくだけた含みがあり,例えばフィクションでの非制限用法に限定すると,75%を占めます.
また,アメリカ英語かイギリス英語かという違いも,which vs that に絡んできます.ニュースでの非制限用法に注目すると,アメリカ英語のほうが明らかに that を好み,イギリス英語では which を好みます.会話で比べると,ますますアメリカ英語では that が好まれ,イギリス英語の2倍の頻度で用いられます.
全体として,LGSWE (616) は which vs that 対決について次のように総括しています.
The AmE preference for that over which reflects a willingness to use a form with colloquial associations more widely in written contexts than BrE.
関係代名詞の選択の陰には使用域というファクターがひそんでいたのです.
ちなみに,今晩18:00に公開される YouTube #19 は関係代名詞の話題の続編となります.お楽しみに!
・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan, eds. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
新年度が始まり,大学(院)の英文科の専門科目などで「古英語」の授業が開講されたところもあるかと思います.「英語史」概説はまだしも,「古英語」入門の授業というのは日本の大学(院)でもかなり稀で,絶滅危惧種といってよい代物です.大学(院)の正規の授業ですらそのような状況ですので,せめて別メディアでの「古英語学習」のための情報を発信したいと思います.ということで,「古英語入門」の入門を提供する各種メディアへのリンクを紹介します.
・ 「まさにゃんチャンネル」の,シリーズ「毎日古英語」は,日本初の古英語系 YouTube チャンネルです.
・ まさにゃんには,私の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ」 (heldio) にも2度ほど出演してもらっています.以下より2本の放送をお聴きください.
- 「#149. 対談 「毎日古英語」のまさにゃんと,古英語ってどんな言語?」(2021年10月27日)
- 「#309. khelf 会長「まさにゃん」による「第一回古英語模試」」(2022年4月5日放送):世界初の試み.古英語模試そのものはこちらからどうぞ.
・ 堀田による Voicy の古英語関連としては,次の通りです.
- 「#148. 古英語期ってどんな時代?」(2021年10月26日)
- 「#321. 古英語をちょっとだけ音読 マタイ伝「岩の上に家を建てる」寓話より(2022年4月17日)
- 「#326. どうして古英語の発音がわかるのですか?」(2022年4月22日)(←後日付け足しました)
・ 古英語の屈折表のアンチョコ (PDF) はこちらからどうぞ.
・ Essentials of Old English: オンラインで古英語を勉強するならここ.古英語の歴史的背景や文法などが学べます.とりわけ A short grammar of Old English は手軽で必見.
・ Readings in Early English: 古英語,中英語,初期近代英語のテキストとそれを読み上げたオーディオファイルが入手できます.
・ Essentials of Early English のリソース集: 古英語の屈折表などがPDFで手に入ります.中世の写本へのリンクも張られています.本書はこちら
・ Peter S. Baker による YouTube での Old English Readings
・ 本ブログより oe のタグの付いた記事群も,もちろん有用なはずです.
・ Smith, Jeremy J. Essentials of Early English. 2nd ed. London: Routledge, 2005.
4月1日より「#4722. 新年度の「英語史スタートアップ」企画を開始!」 ([2022-04-01-1]) と題して英語史の学びを応援しています.hellog の姉妹版というべき Voicy 「英語の語源が身につくラジオ」 (heldio) でも,連日,新年度の勢いを借りて普段とは異なる風味の放送をお届けしています.具体的には英語史・英語学を専攻する方々を招いて対談を行ない,様々な角度から同分野の魅力を伝えてきました.この11日間続いてきた対談企画について,改めて振り返りつつ紹介します.
・ 「市川誠先生との対談 長万部はイングランドか!?」(4月2日放送):市川誠先生(東京理科大学)とのおしゃべりです.まさかの「長万部」からつながる地名の英語史.英語史との接点は,日常の身近なところにあります.
・ 「khelf 会長「まさにゃん」による『英語史新聞』の紹介」(4月3日放送):khelf として世界初(?)の『英語史新聞』第1号を発行しました.その編集委員長も務めた khelf 会長からのお話しです.
・ 「khelf 会長「まさにゃん」による「英語史コンテンツ50」の紹介」(4月4日放送):続いて,khelf のもう1つの新年度目玉企画「英語史コンテンツ50」の紹介です.毎日,1つ英語史の話題が上がってきます.同企画の会場はこちらです.
・ 「khelf 会長「まさにゃん」による「第一回古英語模試」」(4月5日放送):khelf 会長が研究・教育活動と趣味(?)の延長で,世界初となる古英語の模試を作成しました.添削サービスあり.
・ 「山本史歩子先生との対談 英語教員を目指す大学生への英語史のすすめ」(4月6日放送):山本史歩子先生(青山学院大学)と,英語教育と英語史の接点について熱く語りました.
・ 「矢冨弘先生との対談 グラスゴー大学話しを1つ」(4月7日放送):矢冨弘先生(熊本学園大学)との,英語史およびグラスゴー大学の話題で盛り上がりました.矢冨先生も私も同大学に留学し,同じ Jeremy J. Smith 先生に師事しました.
・ 「古田直肇先生との対談 標準英語幻想について語る」(4月8日放送):古田直肇先生(東洋大学)との標準英語にまつわる神話を巡る熱い対談です.この問題は,英語史の知恵が最も活かされるトピックだと思っています.
・ 「唐澤一友先生との対談 今なぜ世界英語への関心が高まっているのか?」(4月9日放送):唐澤一友先生(立教大学)との,人気が高まる World Englishes についての対談.なぜ今なのか,議論しました.
・ 「泉類尚貴先生との対談 手に取って欲しい原書の英語史概説書3冊」(4月10日放送):泉類尚貴先生(福島高専)による厳選3冊の紹介.新年度の学び始めに,たいへん役に立つ情報です.その3冊については『英語史新聞』新年度号外としても紹介しています.
・ 「和田忍先生との対談 Baugh and Cable の英語史概説書を語る」(4月11日放送):和田忍先生(駿河台大学)が,世界中の大学で最も広く読まれている英語史概説書といわれる Baugh and Cable について詳しく解説しています.こちらの関連記事もどうぞ.
・ 「井上逸兵先生との対談 YouTube を始めて1月半になりますが」(4月12日放送):井上逸兵先生(慶應義塾大学)と私が週2回公開している「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」について,これまで13回放送の振り返りと未来の展望を語ります.
連続対談はいったんここで終わりますが,今後も折をみて対談を行なっていきたいと思っています.よろしくどうぞ.
井上逸兵さんとの YouTube の第8弾が公開されました.英語の大人な謝り方---でも,日本人から見るとなんだかなー【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #8 】です.前回からの続きものとなります.
謝罪「ごめんなさい」→誓い・意志「二度としません」→意志を問う Will you . . . ? について→Will you . . . ? は本当に丁寧か,のようにアチコチに話しが飛んでいきました.まさに雑談という感じですので.肩の力を抜いて気軽にご視聴ください.
過去数回の動画で,発話行為 (speech_act) が話題の中心となっています.発話行為とは何なのでしょうか.
専門的な語用論 (pragmatics) の立場からいえば「話し手と聞き手のコミュニケーション上の振る舞いとの関連からみた発話の役割」ほどです.しかし,これではよく分かりませんね.
一般には,発話行為には3種類あるとされています.1つは,話し手による発話そのもの (locutionary act;狭い意味での「発話行為」) .2つめは,話し手の意図,あるいは話し手が発話によって行なっていること (illocutionary act;「発話内行為」) .3つめは,話し手が発話を通じて聞き手に及ぼす効果 (perlocutionary act;「発話媒介行為」) です.
いくつかの用語辞典で "speech act (theory)" を調べてみました.比較的わかりやすくて短めだった2点を引用しましょう.
speech act theory A theory associated with the work of the British philosopher J. L. Austen, in his 1962 book How to do things with words, which distinguishes between three facets of a speech act: the locutionary act, which has to do with the simple act of a speaker saying something; the illocutionary act, which has to do with the intention behind a speaker's saying something; and the perlocutionary act, which has to do with the actual effect produced by a speaker saying something. The illocutionary force of a speech act is the effect which a speech act is intended to have by the speaker. (Trudgill 125)
speech act A term derived from the work of the philosopher J. L. Austin (1911--60), and now used widely in linguistics, to refer to a theory which analyses the role of utterances in relation to the behaviour of speaker and hearer in interpersonal communication. It is not an 'act of speech' (in the sense of parole), but a communicative activity (a locutionary act), defined with reference to the intentions of speakers while speaking (the illocutionary force of their utterances) and the effects they achieve on listeners (the perlocutionary effect of their utterances). Several categories of speech act have been proposed, viz. directives (speakers try to get their listeners to do something, e.g. begging, commanding, requesting), commissives (speakers commit themselves to a future course of action, e.g. promising, guaranteeing), expressives (speakers express their feelings, e.g. apologizing, welcoming, sympathizing), declarations (the speaker's utterance brings about a new external situation, e.g. christening, marrying, resigning) and representatives (speakers convey their belief about the truth of a proposition, e.g. asserting, hypothesizing). The verbs which are used to indicate the speech act intended by the speaker are sometimes known as performative verbs. The criteria which have to be satisfied in order for a speech act to be a successful are known as felicity conditions. (Crystal 446)
関連して本ブログより以下の記事もご参照ください.
・ 「#2665. 発話行為の適切性条件」 ([2016-08-13-1])
・ 「#2674. 明示的遂行文の3つの特徴」 ([2016-08-22-1])
・ 「#2831. performative hypothesis」 ([2017-01-26-1])
・ 「#1646. 発話行為の比較文化」 ([2013-10-29-1])
・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
昨日,井上逸兵さんとの YouTube の第7弾が公開されました.昔の英語には謝罪表現がなかった!!--えっ?!謝んなかったってこと?!【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #7 】です.
どうやら古英語では「謝罪」という発話行為 (speech_act) がなかった,あるいはそれらしきものがあったとしても目立った社会慣習ではなかった,という話題です.「#3208. ポライトネスが稀薄だった古英語」 ([2018-02-07-1]) でもみたように,現代の英語社会において当然とされている言語文化上の慣習が,アングロサクソン社会にはなかったということは,これまでも報告されてきました.そのもう1つの例として,謝罪 (apology) が挙げられるということです.
この話題の典拠は,英語歴史語用論の分野で精力的に研究を進めている Kohnen の最新論文です.Kohnen (169) や他の先行研究によれば,謝罪の発話行為は古英語にはみられず,中英語になって初めて生じたとされています.謝罪は,神への罪の告白というキリスト教的な文脈に起源をもち,そこから世俗化して宮廷社会へ,さらには中流階級へと拡がり,一般的な社会的機能を獲得するに至ったという流れです.後期中英語までには,謝罪は mea culpa, I am ryght sory, me repenteth のような言語表現と結びつくようになっていました.
YouTube の対談中にも議論となりましたが,英語と日本の謝罪のあり方は,かなり異なりますね.これは,上記の通り英語における謝罪が宗教的な文脈に端を発しているという点が関わっているように思われます.毎回ほとんど打ち合わせもなしに井上さんとの対談を楽しんでいるわけですが,話している最中にどんどんアイディアが湧いてきますし,発見があります.こういう学び方があるのだなあと実感しています.
YouTube では時間の都合上,大幅にカットされている部分もありますので,それを補うつもりで今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で同様の話題を取り上げました.そちらもぜひお聴きください.
・ Kohnen, Thomas. "Speech Acts in the History of English: Gaps and Paths of Evolution." Chapter 9 of English Historical Linguistics: Historical English in Contact. Ed. Bettelou Los, Chris Cummins, Lisa Gotthard, Alpo Honkapohja, and Benjamin Molineaux. Amsterdam: Benjamins, 2022. 165--79.
昨晩18:00に YouTube の第6弾が公開されました.Would you...?などの間接的な依頼の仕方は英語特有--しかもわりと最近の英語の特徴【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #6 】です.今回は話題が英語のポライトネスから英語史へとダイナミックに切り替わっていきますので,知的興奮を覚える方もいらっしゃるのではないかと.
井上逸兵(著)『英語の思考法 ー 話すための文法・文化レッスン』(筑摩書房〈ちくま新書〉,2021年)では,英語の思考法の根幹には「独立」「つながり」「対等」の3本柱があると主張されています(「#4526. 井上逸兵(著)『英語の思考法 ー 話すための文法・文化レッスン』」 ([2021-09-17-1]) を参照).
その1つの現われとして,英語では,相手に何かを依頼・勧誘する際に,相手のプライバシーになるべく踏み込まないよう,法助動詞を用いた疑問文の形でポライトに表現するという傾向があります.動画でも取り上げられた Would you . . . ? が典型ですが,他にも Will you . . . ?, Could you . . . ?, Can you . . . ? などがありますし,Won't you . . . ? などの否定バージョンもあります.それぞれの丁寧度は異なりますし,イントネーションや文脈によっては,むしろ失礼となる場合もあるので,実はなかなか使いにくいところもあります.しかし,背景にある基本的な考え方は,相手に直接命令するのではなく,相手の意向・能力を問う疑問文の体裁をとっているということです.相手にイエスかノーかを答える自由を委ねている,相手の独立を尊重してあげている,という点に英語流のポライトネスがあるのだ,ということです.
ただし,英語史的にみると,このような英語的なポライトネス表現がどれだけ古くからあったのかを見極めることは,必ずしも簡単ではありません.近代以降の意外と新しい表現である可能性もあるのです.
今回は Will you . . . ? に対象を絞ってみます.それらしき例文は後期古英語から挙がってきますし,中英語でもチラホラとみられます.OED の will, v.1 の語義8bより抜粋しましょう.
b. Expressing a request in the second person, in the interrogative or in a subordinate clause after a verb such as beg.
Such a request is usually courteous, but when given emphasis, it is impatient.
This construction implies a first person response: 'I beg that you will excuse this' implies 'I will excuse it'.
. . . .
lOE St. Margaret (Corpus Cambr.) (1994) 166 Wilt þu me get geheran and to minum gode þe gebiddan?
?a1300 Fox & Wolf l. 186 in G. H. McKnight Middle Eng. Humorous Tales (1913) 33 Þou hauest ben ofte min I-fere, Woltou nou mi srift I-here?
c1390 Pistel of Swete Susan (Vernon) l. 135 Wolt þou, ladi, for loue, on vre lay lerne?
1485 Malory's Morte Darthur (Caxton) i. vi. sig. aiiiiv Sir said Ector vnto Arthur woll ye be my good & gracious lord when ye are kyng.
. . . .
MED の willen v.(1)の語義18aのもとにも,いくつかの例が挙げられています.
このように見てくると,依頼・勧誘の Will you . . . ? は古英語や中英語のような古い時期からあったと考えられそうですが,これらの例が現代と同等の依頼・勧誘の発話行為を表わしていたかどうかは,一つひとつ文脈に戻って慎重に確かめる必要があります.純粋に相手の意志を問う疑問文ではなく,話者による依頼・勧誘の発話行為を表わす文であることを,文脈を精査して認定する必要があるのです.そして,疑問か依頼・勧誘かは語用論的にグラデーションをなしているので,一方ではなく他方だと断言することは,イントネーションなどが復元できない文献資料ベースの研究にあっては,なかなか困難なことなのです.
このように慎重な姿勢を取るならば,現代的な依頼・勧誘の Will you . . . ? は,その種こそ中英語(あるいはさらに遡って古英語)に求められそうですが,本格的に用いられ出したのはもっと後のことであるという可能性が残ります.この問題については,すでに「#3632. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例」 ([2019-04-07-1]),「#3637. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例 (2)」 ([2019-04-12-1]) でも論じてきましたので,そちらも参照ください.
昨日18:00に井上逸兵さんとの YouTube の第5弾が公開されました.グラスゴー vs. エディンバラ・方言のイメージはどのようにできる?【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #5 】と題する,8分程度の緩いおしゃべりです.今回は脱線も豊富です.
今回は,動画内でも話題となっているスコットランド英語について私的な体験を少々お話ししたいと思います.私はスコットランドのグラスゴー大学に留学していたことがありますが,当初(だけではないですが)は聞き慣れないスコットランド英語 (Scottish English or Scots) に戸惑いました.イギリス国内でも,とりわけグラスゴー訛りの英語 (Glaswegian) はアクセントがきついというのは広く知られている評価で,実際なかなかの難物でした.
「○○方言」や「○○訛り」と一言でいっても,そのなかで「上」から「下」までの幅広いヴァリエーションがあるのが通例です.例えば,同じスコットランド英語といっても,(主にスコットランドの首都エディンバラの)知識人が用いる「標準スコットランド英語」は,私たちが一般的に標準イギリス英語として理解している発音とは一線を画しているものの,澄んでいて聞き取りやすい印象を受けます.エディンバラの発音は,イングランド(そしてイギリス全体)の首都であるロンドンとの政治的連携も意識され,「威信ある発音」とみなされています.逆にいえば,コテコテのスコットランド訛りで話す地方出身者からすると,気取った発音に聞こえるようです.
一方,エディンバラからバスでも鉄道でも1時間ほどしか離れていないグラスゴーの訛りは,かなりコテコテといわれています.グラスゴー訛りの話者は,エディンバラの発音とあえて距離を取ることで,自分たちこそが(イングランドに媚びを売らない)真のスコットランド人なのだというアイデンティティを表出しているところがあります.関連して,スコットランド人でもエリート志向はエディンバラ大学へ進学し,地元志向はグラスゴー大学へ進学するという傾向があると聞いたことがあります.
対象を「グラスゴー訛り」と狭く絞っても,やはりそのなかで上下の幅があります.私は主に大学の環境にいたので,ある程度コテコテ度の抑えられたグラスゴー訛りを聴く機会が多かったと思います.分からない素振りをすれば,"foreigner talk" のように多少は容赦してしゃべってくれるということもありました.しかし,滞在していたフラットで,(イギリス生活の風物詩ですが)シャワーが壊れたり,タイルが剥がれたりすると,職人さんが修理しに来てくれるわけですが,彼らの文字通りコテコテのグラスゴー訛りには,まったくお手上げでした.職人さん同士で話しているのを立ち聞きしていると,ここがイギリスだと知らなかったならば,そもそも英語として認識できなかったと思います.フラットメイトに地元学生が複数いたために,そこそこグラスゴー訛りの聞き取りスキルは鍛えられていただろうと思い込んでいたのですが,いやはやまったく太刀打ちできませんでした.
自らのグラスゴー訛りにコンプレックスを抱く学生もいました.地元志向であればそれほどでもないのでしょうが,「中央進出」を考えている学生にとっては,評価の低いグラスゴー訛りが足かせになるのではないかという不安があるようです.関連して「#2029. 日本の方言差別と方言コンプレックスの歴史」 ([2014-11-16-1]),「#2030. イギリスの方言差別と方言コンプレックスの歴史」 ([2014-11-17-1]) もご参照ください.
方言差別や方言コンプレックスというものはあってはならないとは思いますが,現実には多くの言語共同体において方言格差が厳然として存在します.これは社会言語学の一級の話題ですし,私自身も英語史の観点から関連する問題にアプローチしています.
この1年9ヶ月ほどの間,本ブログの趣旨である「英語史に関する話題を広く長く提供し続ける」を音声メディアに載せる試みを続けてきました.
まず,2020年6月23日から2021年2月7日までは,不定期ではありましたが「hellog ラジオ版 (hellog-radio)」と題して,1つ10分程度の音声コンテンツを計62本,本サイトのなかで独自にアップロードしてきました.ちなみに初回は「#4075. なぜ大文字と小文字があるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-06-23-1]) という話題でした(その他,hellog-radio の記事も参照).
その後,2021年6月2日より,音声コンテンツ配信用のプラットフォームとして Voicy に活動の場を移し,「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」と題するチャンネルにてコンテンツ配信を続けてきました.以後,本日に至るまで毎日10分程度の英語史の話題を配信してきました(計286本).
一貫して英語に関する素朴な疑問を中心とした内容にこだわってきましたが,上記のように途中からプラットフォームを変更したこともあり,音声コンテンツの在処が2カ所に分かれてしまっていました.これでは概観や検索に不便なので,このたび両プラットフォームからのコンテンツを一覧できるページを作りました.ブログ最上部のメニューにもありますが「音声コンテンツ一覧 (heldio & hellog-radio)」をクリックしてみてください.最新のものから順にコンテンツが整理されています.
この一覧ページは今後もなるべく頻繁に更新していきたいと思っていますが,再生回数などは常に変化しており,毎日更新というわけにもいきませんので,最新コンテンツについては「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でご確認ください.
さて,年明けの1月2日に「#4633. 2021年によく聴かれた「英語の語源が身につくラジオ」の放送」 ([2022-01-02-1]) で再生回数のランキングを覗いてみましたが,それから3ヶ月ほど経っていますし,今回一覧を整理するに当たって新しいランキングが得られましたので,よく聴かれている上位50コンテンツを挙げたいと思います.時間のあるときにでも気軽にお聴きください.
ちなみにトップは昨年9月17日の同僚の井上逸兵さんとの対談でした.実はこの収録のときに,音声コンテンツの対談もよいですが,いずれ YouTube 動画も一緒にどうでしょうかね,などというやりとりがあり,先日2月26日に YouTube で「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を開設してしまったという次第です.
昨日,井上逸兵さんとの YouTube の第4弾が公開されました.pleaseの使いすぎはキケン!?ーコミュニケーションの社会言語学【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #4 】と題するおしゃべりですが社会言語学 (sociolinguistics) という分野について概観してみました.
社会言語学は井上氏と私が関心を共有する分野です.そもそも英語史研究は伝統的に,扱う時代の社会的・文化的な背景を考慮するのが一般的です.言語と社会の関係を考察する社会言語学とは本質的に相性がよいのです.20世紀後半より社会言語学が理論的に成熟してくると,英語史研究もその成果を取り込み,新たな可能性が開かれてきました.とりわけ言語項の社会的な変異の存在を前提とする "variationist" な言語観は,社会言語学から生み出されたもので,昨今の英語史研究でも一般的に採用されています.
社会言語学の取り上げる話題は多岐にわたります.「#2545. Wardhaugh の社会言語学概説書の目次」 ([2016-04-15-1]) などを概観すると,カバーする範囲の広さが分かると思います.言語と方言,標準化,地域方言,社会方言,レジスター,リンガ・フランカ,ピジン語,クレオール語,ダイグロシア,2言語使用,多言語使用,コードスイッチング,アコモデーション,言語変化,サピア=ウォーフの仮説,プロトタイプ,タブー,婉曲表現,おしゃべり,呼称,ポライトネス,発話行為,協調の原理,ジェンダー,言語差別,言語権,言語計画など,キーワードを挙げ始めると止まりません.英語史でも,これらの各々を念頭において研究することが可能です.
今回の YouTube では,ミクロとマクロの社会言語学に触れました.ミクロな社会言語学では,例えば典型的に2人の間の相互行為 (interaction) に注目するようなアプローチが取られます.語用論にも接近することが多いです.一方,マクロな社会言語学では,2人にとどまらず言語共同体というより大きな単位で言語と社会の関係をとらえようとします.しかし,井上氏も私も,両者は地続きだという考え方をしています.
社会言語学のミクロとマクロについては,以下の記事も参照してください.
・ 「#1380. micro-sociolinguistics と macro-sociolinguistics」 ([2013-02-05-1])
・ 「#1623. セネガルの多言語市場 --- マクロとミクロの社会言語学」 ([2013-10-06-1])
・ 「#2005. 話者不在の言語(変化)論への警鐘」 ([2014-10-23-1])
・ 「#3204. 歴史社会言語学と歴史語用論の合流」 ([2018-02-03-1])
社会言語学に関心をもった方は,ぜひ「#1480. (英語)社会言語学概説書の書誌」 ([2013-05-16-1]) よりいずれかの概説書を手に取ってみてください.
昨日,井上逸兵さんとの YouTube の第3弾が公開されました.今回は井上編です.いかにして若き井上青年は言語に関心をもったのか? 必殺営業トークは言語学のネタになるのか?!・「英語学への入り口(井上編)」をご覧ください.
今回のおしゃべりのキーワードは「意味の復権」だと思っています.言語やコミュニケーションの要諦は,意味を伝え合うことのはずです.ところが,近代言語学においては意味の研究は避けられきたのです.発音や文字は耳に聞こえ目に見えるので調べようがあります.ところが,意味はどうにも捉えどころがないので,研究したいとしても方法がなく,後回しになってしまうのです.
言語学の歴史をひもとくと,やはり意味の扱いは常に弱かったことが分かります.しかし,言語にとって本質的である「意味」の議論がなくなったら,言語学もおしまいのはずです.ですので,低調ではあれ,やはり意味の議論は続いていました.「#1686. 言語学的意味論の略史」 ([2013-12-08-1]) を読んでいただきたいのですが,低調ながらも,形に対する意味の側からの主張は抵抗は,確かに存在し続けました.
その我慢の結果といってよいのでしょうか,アンチの台頭といってよいのでしょうか,ついに1970年代くらいから,形ではなく意味を本拠とする言語理論が次々と現われてきました.認知意味論 (cognitive_linguistics) や語用論 (pragmatics) といった,新しいタイプの意味論 (semantics) です.こうして,意味研究が復権してきました.
「意味論」は英語で semantics と言います.複数形の -s が語尾についています.私は常々思うのですが,19世紀以来,低調ながらも様々な「意味論s」が生まれてきたわけですが,古い意味論の上に新しい意味論が乗っかって累積してきたという形での発展というよりは,古い意味論と新しい意味論が横並びになって発展してきたように思うのです.文字通りの複数形の「意味論s」です.
こうして意味研究が言語学に(よくぞ)戻ってきたわけですが,私の趣味としては,様々な「意味論s」が併存していることが非常におもしろいなぁと思って眺めています.
2月27日に開設した「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第2弾が公開されました.「標準英語」がイギリスの○○方言だったら,日本人,楽だったのにー!!・英語学への入り口(堀田編)です.
堀田が英語学・英語史に関心を持ったきっかけが「英語の複数形とは何ぞや?」であったことから始まり,同じ -s つながりで動詞の3単現の話しに移り,3単現でも -s のつかないイギリス方言があるぞという話題に及びました.さらに,今度はアメリカ方言にまで飛び火し,最後には黒人英語の話題,とりわけ Ebonics 論争に到達しました.10分間の英語学のお散歩を楽しんでいただければ.
今回の話題と関連する本ブログからの記事を以下に紹介しておきます.一括して読みたい方はこちらからどうぞ.
・ 「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1])
・ 「#2112. なぜ3単現の -s がつくのか?」 ([2015-02-07-1])
・ 「#2310. 3単現のゼロ」 ([2015-08-24-1])
・ 「#2566. 「3単現の -s の問題とは何か」」 ([2016-05-06-1])
・ 「#4255. なぜ名詞の複数形も動詞の3単現も同じ s なのですか?」 ([2020-12-20-1])
・ 「#591. アメリカ英語が一様である理由」 ([2010-12-09-1])
・ 「#3653. Ebonics 論争」 ([2019-04-28-1])
・ 「#2672. イギリス英語は発音に,アメリカ英語は文法に社会言語学的な価値を置く?」 ([2016-08-20-1])
昨日の記事「#4689. YouTube で「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を開設しました」 ([2022-02-27-1]) で,井上逸兵先生と共同で YouTube チャンネルを開設した旨をアナウンスしました.初回の「英語学」ってなに?--むずかしい「英語」を「学」ぶわけではありません!!では,対談という形で「英語学」そのものに迫ってみました.
ところが,この質問は私にとってはそこそこ不意打ちの質問でして,ちょっと考えてしまいました.私の専門は「英語史」ですが広い意味で「英語学」の1分野ですし,これまでも「英語学」の講義を担当してきた経緯があります.その割には「英語学とは何か」を考えてきていなかったということに気づきました.もやもやとは答えをもっていましたが,自明すぎて本気で問うことをしてこなかったようです.
私の答えを端的にいえば「英語という言語を対象とする言語学である」ということでした.ここには私の専門の英語史や英語文献学も含まれます.英語のスキルを磨くための「規範」に基づく語学学習とは一線を画し,英語のありのままを「記述」するのが英語学であると.つまり,とりわけ英語という個別言語をターゲットに絞って研究する言語学が英語学であるという認識です.
一方,井上氏の認識は,端的にいって「英語学とは英米流の言語学である」ということでした.ターゲットというよりもアプローチを指す用語だというわけです.例えば,日本語を対象としていても英語学は成り立つという立場です.確かに,英語学のアプローチを用いながら実際のところは日本語を研究しているという事例は,日本の関連学会でも英文科の大学院でもしばしば見受けられることです.その観からいえば,井上流の「英語学」の解釈もうなずけます.
どうやら「英語学」の理解にもいろいろとありそうだということに,今更ながら気づきました.では,英語学辞典などでは「英語学」はどのように定義されているのだろうと何冊か引いてみると,なんと載っていないのです! 自明すぎて載せないという建前なのでしょうが,実は自明ではないというのが今回の私の発見です.
では英語学の教科書ではどうだろうかと,まず手元にあった『日英対照 英語学の基礎』を開いてみました.「まえがき」の p. ii に次のようにありました.
みなさんは,「英語学」と聞くと,これまで勉強している「英語」と何が違うのだろうと思うことでしょう.「英語学」というのは,英語という言葉がどのような仕組みになっているかを考える言語学の一領域です.つまり,英語の音や単語,文や会話などがどのような仕組みになっており,そこにどのような規則が潜んでいるかを明らかにしようとする研究分野です.
これは,だいたいのところ私が理解している「英語学」に近いと思います.ただ,英語史贔屓の私にとっては,これだけではちょっと物足りないという感じがしています.
英語学って何なのでしょうかね.捉え方は十人十色なのだろうと思います.この事実は意外とびっくりでした.皆さんの考えははいかがでしょうか?
なお,「英語史」も負けず劣らず難しいです.とりあえず「#225. 「英語史研究」とは?」 ([2009-12-08-1]) 辺りをご覧ください.
・ 三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著) 『日英対照 英語学の基礎』 くろしお出版,2013年.
昨日,標記の通り井上逸兵先生と共同で YouTube にて「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を開設しました.
初回動画「英語学」ってなに?--むずかしい「英語」を「学」ぶわけではありません!!のなかでも触れていますが「英語学・言語学って何なの?」という辺りから始めて,それぞれの専門分野(井上氏は社会言語学・認知言語学・語用論,堀田は英語史)の観点から,英語や言語一般に関する様々な話題を,定期的にお届けしていきます.初回は自己紹介的な雰囲気ですが,今後はどんどん濃くなっていくと思います.ぜひ視聴してみてください.チャンネル登録もよろしくどうぞ.
共演者である井上逸兵氏を紹介したいと思います.慶應義塾大学文学部英米文学専攻の教授で,社会言語学,認知言語学,語用論などの分野を専門とされています(←同僚としても日々お世話になっています).NPO法人地球ことば村・世界言語博物館の理事長でもあります.2018--19年度には,NHK教育テレビ「おもてなしの基礎英語」の講師を務められました.著書も多数ありますが,とりわけ昨年話題となったのが『英語の思考法 ー 話すための文法・文化レッスン』(筑摩書房〈ちくま新書〉,2021年)です.詳しい業績その他の詳細は,井上逸兵のページをご覧ください.人気の Twitter はこちらです.
井上氏には,すでに私の Voicy の「英語の語源が身につくラジオ」でも,2度ほど対談・出演していただいています.普段の私一人のしゃべりによる放送に比べて,ずっと多く聴かれているようです,さすがですね.
・ 「『英語の思考法』(ちくま新書)の著者,井上逸兵先生との対談」(2021年9月17日放送)
・ 「対談 井上逸兵先生と「英語新書ブーム」を語る」(2021年10月22日放送)
今回開設した YouTube チャンネルの趣旨は,2人の英語学研究者による肩のこらない緩いおしゃべり,といったところです.高校生から大学生にかけての視聴者を念頭に「英語学・言語学って何?」というところから始めますが,広く英語や言語一般に関心のある方々にも視聴してもらえるような内容を織り込んでいきたいと思っています.
同じお題でおしゃべりしても,異なる分野を専門とする2人が話せば,これだけ違う意見が出るのだなというところが見所かと思います.作り手もそれを楽しんでいるところがあります.
今後は本ブログ,Voicy の「英語の語源が身につくラジオ」と合わせて,「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」もよろしくお願いいたします.
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow