現代英語において,語強勢を決定づける一般的な規則を得ることは難しい.語強勢の位置を巡る問題の難しさは,英語の歴史に負っている.語強勢の位置は,古英語以前には Germanic Stress Rule (gsr) によって単純明解に決定されていたが,後期中英語以降にラテン・フランス借用語とともにもたらされた Romance Stress Rule (rsr) が定着するに及び,状況が複雑化した (cf. 「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]),「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1])) .そのほか,関連する語どうしの類推作用が働いたり,名前動後 (diatone) などの新しい強勢パターンも生まれた (cf. 「#861. 現代英語の語強勢の位置に関する3種類の類推基盤」 ([2011-09-05-1])) .このようにして,多様な原理に基づいた見かけ上の「例外」が蓄積し,共時的に強勢位置を決定する規則を立てることが難しくなった.
それでも,完璧は求めるべくもないが,なるべく例外を少なく保つようにして,いくつかの「一般原則」を立てる試みは続けられてきた.Carr (74--75) は,4つの一般原則を示している.
Principle 1: The End-Based Principle
第1強勢は,後ろから数えて,ultimate (ex. bóx), penultimate (ex. spíder, depárture), antepenultimate (ex. cínema, América) のいずれかに落ちる傾向がある.このことは,語強勢パターンが trochaic であることとも関係する.trochee とは,強勢音節の後にゼロ個以上の非強勢音節が続くパターンのことである.このような trochee の韻脚が,リズミカルに繰り返されるのが英語の韻律的特徴である.
Principle 2: The Rhythmic Principle
単語の末尾には最多で4つの非強勢音節が現われる可能性があるものの (ex. ungéntlemanliness), 単語の先頭に2つ以上の非強勢音節が現われることはない.それを避けるべく,先頭のいずれかの音節には強勢が落ちる (ex. Jàpanése, not *Japanése) .
Principle 3: The Derivational Principle
派生語においては,基体で主強勢のあった音節に副強勢が落ちる傾向がある.例えば chàracterizátion の第1音節に副強勢があるのは,基体の cháracterize (それ自体も cháracter からの派生)において第1音節に主強勢が落ちるからである.
Principle 4: The Stress Clash Avoidance Principle
隣り合う2つの音節の両方に強勢が落ちることは避けられる傾向がある.例えば,Principle 3 によれば *Japànése となるはずのところだが,これだと強勢音節が2つ続いてしまう.ここでは Principle 4 の原則が勝り,強勢音節を連続させない Jàpanése が得られることになる.
もとよりこれらの原則には少なからぬ例外がつきものである.また,原則間で衝突を起こすケースも少なくない.それぞれの原則は,下位規則を設けることにより,精度を高めていく必要があろう.しかし,この一般原則により,英語語彙の大多数の語強勢が説明されることも事実である.少なくとも英語の語強勢が無法であるとか,ランダムであるという極端な評価が不当であることは間違いない.
・ Carr, Philip. English Phonetics and Phonology: An Introduction. 2nd ed. Malden MA: Wiley-Blackwell, 2013.
「#1045. 柳田国男の方言周圏論」 ([2012-03-07-1]),「#1000. 古語は辺境に残る」 ([2012-01-22-1]),方言周圏論を含む他の記事で,言語革新の典型的な伝播経路とその歴史的な側面に言及してきた.中心的な地域はしばしば革新的な地域でもあり,そこで生じた言語革新が周囲に波状に伝播していくが,徐々に波の勢いが弱まるため周辺部には伝わりにくい.その結果,中心は新しく周辺は古いという分布を示すに至る.互いに遠く離れた周辺部が類似した形態をもつという現象は,一見すると不思議だが,方言周圏論によりきれいに説明がつく.
以上が典型的な方言周圏論だが,むしろまったく逆に中心が古く周辺が新しいという分布を示唆する例がある.日本語のアクセント分布だ.日本の方言では様々なアクセントが行われており,京阪式アクセント,東京式アクセント,特殊アクセント,一型アクセント,無アクセントが区別される.興味深いことに,これらのアクセントの複雑さと地理分布はおよそ相関していることが知られている.例えば2音節名詞で4つの型が区別される最も複雑な京阪式アクセントは,その名が示すとおり,京阪を中心として近畿周縁,さらに波状に北陸や四国にまで分布している.その外側には2音節名詞で3つの型が区別される次に複雑な東京式アクセントが分布する.東京を含む関東一円から,東は(後で述べる無アクセント地域は除き)東北や北海道まで拡がっており,西は近畿を飛び越えて中国地方と九州北部にまで分布している.つまり,東京式アクセントは,近畿に分断されている部分を除き,広く本州に分布している.
続いて2音節名詞で2つの型を区別する特殊アクセントは,埼玉東部や九州南西部に飛び地としてわずかに分布するにとどまる.1つの型しかもたない一型アクセントは,全国で鹿児島県都城にのみ認められる.最後に型を区別しない無アクセントは,茨城県,栃木県,福島県,そして九州中央部の広い地域に分布している.このように互いに遠く離れた周辺部に類似したアクセントがみられることは,方言周圏論を想起させる.
しかし,ここで典型的な方言周圏論と著しく異なるのは,歴史的にはより古い京阪アクセントが本州中央部に残っており,より新しい東京アクセントその他が周辺部に展開していることだ.また,平安時代の京都方言では2音節名詞は5つの型を区別していたことが知られている.すると,平安時代の京都方言のアクセントのもつ複雑さを現代において最もよく保っているのが京阪式アクセントで,そこから順次単純化されたアクセントが波状に分布していると解釈できる.中心が複雑で古く,周辺が単純で新しいという図式に整理できるが,これは方言周圏論の主張とはむしろ逆である.日本の方言を分かりやすく紹介した彦坂 (77) は,次のように述べている.
内輪にあたる中央の文化的な地方では,教育や伝統がよく伝えられ,ことばもふるい型がたもたれやすかったのです.その外側の中輪の地方になるとこれが弱まり,さらに外輪の地方ではもっと弱まります.近畿を中心に円をえがくようにして,中心がアクセントの型をたもち外側がくずれているのは,そのためです.これは,方言の歴史的な変化のようすを語るものです.
――きみはこれを聞いて,前に話した「方言周圏論」=“文化が活発な中央で新しい語が生まれてひろがり,地方にはふるい語がのこる”というのと反対だと,思うかもしれません.この考え方は方言単語のひろがり方によく当てはまります.
でも,アクセントを中心にして考えられたこうした解しゃくは,「アクセントなどのふくざつな型をもつものは地方のほうが変化を起こしやすい」という,ことばのもうひとつの変化の仕方を語っています.
構造的に比較的単純な語と複雑なアクセントは,変化や伝播の仕方に関して,別に扱う必要があるということだろうか.構造的複雑さと変化速度との間に何らかの関連があるかもしれないことを示唆する興味深い現象かもしれない.と同時に,上の引用にもあるように,規範や教育という社会的な力が作用しているとも考えられる.
なお,最も周縁部に分布する無アクセントが最新ということであれば,それは今後の日本語アクセントの姿を予言するものであるとも解釈できる.事実,彦坂 (75) は,「将来の日本語はこういうアクセントになるかもしれません.いゃ,なるでしょう.」と確信的である. *
・ 彦坂 佳宣 『方言はまほうのことば!』 アリス館,1997年.
フランス語を学習中の学生から,こんな質問を受けた.フランス語では actif, effectif など語尾に -if をもつ語(本来的に形容詞)が数多くあり,男性形では見出し語のとおり -if を示すが,女性形では -ive を示す.しかし,これらの語をフランス語から借用した英語では -ive が原則である.なぜ英語はフランス語からこれらの語を女性形で借用したのだろうか.
結論からいえば,この -ive はフランス語の対応する女性形語尾 -ive を直接に反映したものではない.英語は主として中英語期にフランス語からあくまで見出し語形(男性形)の -if の形で借用したのであり,後に英語内部での音声変化により無声の [f] が [v] へ有声化し,その発音に合わせて -<ive> という綴字が一般化したということである.
中英語ではこれらのフランス借用語に対する優勢な綴字は -<if> である.すでに有声化した -<ive> も決して少なくなく,個々の単語によって両者の間での揺れ方も異なると思われるが,基本的には -<if> が主流であると考えられる.試しに「#1178. MED Spelling Search」 ([2012-07-18-1]) で,"if\b.*adj\." そして "ive\b.*adj\." などと見出し語検索をかけてみると,数としては -<if> が勝っている.現代英語で頻度の高い effective, positive, active, extensive, attractive, relative, massive, negative, alternative, conservative で調べてみると,MED では -<if> が見出し語として最初に挙がっている.
しかし,すでに後期中英語にはこの綴字で表わされる接尾辞の発音 [ɪf] において,子音 [f] は [v] へ有声化しつつあった.ここには強勢位置の問題が関与する.まずフランス語では問題の接尾辞そのもに強勢が落ちており,英語でも借用当初は同様に接尾辞に強勢があった.ところが,英語では強勢位置が語幹へ移動する傾向があった (cf. 「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]),「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1]),「#861. 現代英語の語強勢の位置に関する3種類の類推基盤」 ([2011-09-05-1]),「#1473. Germanic Stress Rule」 ([2013-05-09-1])) .接尾辞に強勢が落ちなくなると,末尾の [f] は Verner's Law (の一般化ヴァージョン)に従い,有声化して [v] となった.verners_law と子音の有声化については,特に「#104. hundred とヴェルネルの法則」 ([2009-08-09-1]) と「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1]) を参照されたい.
上記の音韻環境において [f] を含む摩擦音に有声化が生じたのは,中尾 (378) によれば,「14世紀後半から(Nではこれよりやや早く)」とある.およそ同時期に,[s] > [z], [θ] > [ð] の有声化も起こった (ex. is, was, has, washes; with) .
上に述べた経緯で,フランス借用語の -if は後に軒並み -ive へと変化したのだが,一部例外的に -if にとどまったものがある.bailiff (執行吏), caitiff (卑怯者), mastiff (マスチフ), plaintiff (原告)などだ.これらは,古くは [f] と [v] の間で揺れを示していたが,最終的に [f] の音形で標準化した少数の例である.
以上を,Jespersen (200--01) に要約してもらおう.
The F ending -if was in ME -if, but is in Mod -ive: active, captive, etc. Caxton still has pensyf, etc. The sound-change was here aided by the F fem. in -ive and by the Latin form, but these could not prevail after a strong vowel: brief. The law-term plaintiff has kept /f/, while the ordinary adj. has become plaintive. The earlier forms in -ive of bailiff, caitif, and mastiff, have now disappeared.
冒頭の質問に改めて答えれば,英語 -ive は直接フランス語の(あるいはラテン語に由来する)女性形接尾辞 -ive を借りたものではなく,フランス語から借用した男性形接尾辞 -if の子音が英語内部の音韻変化により有声化したものを表わす.当時の英語話者がフランス語の女性形接尾辞 -ive にある程度見慣れていたことの影響も幾分かはあるかもしれないが,あくまでその関与は間接的とみなしておくのが妥当だろう.
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.
言語学において韻律 (prosody) とは,超分節的 (suprasegmental) な種々の音声特徴のことを指す.以下に,6種類を列挙しよう (Crystal 73--74) .
(1) pitch, tone, intonation などの音の高低は,以下に詳しく見るように,広く言語的な目的に利用されている.
(2) stress, loudness, accent などの音の強弱は,英語では語の強勢などに現れる.accent はしばしば stress と同一視されるが,厳密には高低 (pitch) と強弱 (stress) とを組み合わせた韻律的特徴である.
(3) tempo などの音の速度は,速くすれば緊急や苛立ち,遅くすれば思慮深さや強調などが含意される.
(4) rhythm や beat は,pitch, stress, tempo を組み合わせた韻律的特徴で,言語間の変異が著しい.英語のように強勢が等間隔で現れる stress-timed rhythm,日本語のように音節が等間隔で現れる syllable-timed rhythm などの区別がある.
(5) pause, silence などの休止もある種の意図や感情を表わすのに用いられる.
(6) timbre(音色・声色)は感情表現には資するものの,言語を言語たらしめる慣習的な性質や対立的な性質が認められないので,言語的というよりはパラ言語的 (paralinguistic) な特徴というべきである.
このうち,言語においてとりわけ差異的・関与的である (1)--(4) をまとめて,韻律的特徴 (prosodic features) と呼んでいる.では,これらの韻律的特徴の機能は何か.様々な機能があるが,8つを挙げよう (Crystal 76--78) .
(i) 感情を表わす.興奮,退屈,驚き,友好,慎みなど多くの感情を伝える.
(ii) 文法構造を標示する.音の高低や休止などにより,文法的な差異を作り出す.例えば,英語や日本語など,多くの言語で平叙文と疑問文とを区別するのに,それぞれ下がり調子と上がり調子の intonation をもってする.関連して,「#976. syntagma marking」 ([2011-12-29-1]) を参照.
(iii) 語に形を与える.語の強勢位置に関する規則をもつ言語では,語の同定に関与する.そのような規則をもたない英語のような言語でも,「#926. 強勢の本来的機能」 ([2011-11-09-1]) でみたように,言語的な機能を果たす.
(iv) 語の意味を区別する.世界の言語の半数以上を占める声調言語 (tone language) では,音調が語(の意味)を区別する役割を果たしている.日本語の「箸」「橋」「端」の差異を参照.また,日本語を含め多くの言語が声調を利用している.
(v) 意味に注意を引く.文中のある語句に韻律的な卓越を与えることによって,情報の新旧を示す談話的な機能を果たす.
(vi) 談話を特徴づける.ニュース報道,実況放送,説教,講義などはそれぞれ特有の韻律を示す.
(vii) 学習を助ける.リズム感のよい語呂などを利用すると,暗記や学習が容易になる.したがって,韻律的特徴は,言語習得においても重要な役割を果たす.
(viii) 個人を同定する.韻律は,話者の社会言語学的な所属や話者の用いる使用域 (register) を指示する (indexical) 機能をもつ.
言語における韻律はしばしば旋律や音楽と比較されるが,両者は2つの点で決定的に異なる.第1に,音楽は繰り返されることを前提として作られるが,言語については通常そのような前提はない.第2に,音楽は固定周波(絶対的な音調)に基づいて演奏されるが,言語の韻律は相対的なものである.
・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.
英語には,[2010-08-28-1]や[2011-06-05-1]で一覧したように,発音の揺れを示す語が多い.同様に強勢位置の揺れも頻繁で,「#321. controversy over controversy」 ([2010-03-14-1]) や「#366. Caribbean の綴字と発音」 ([2010-04-28-1]) などに見られるように,どちらが正しい発音かを巡って議論に発展することすらある.今日は,かつてオーストラリアで政治問題にまで発展し,議会に持ち込まれた kilometer の強勢位置を巡る論争を紹介する.
1972年,オーストラリアでは23年ぶりに労働党が自由党保守政権に代わって政治の主導権を握った.政権運営に慣れていない労働党は,内部での指導権争いを許したが,とりわけホイットラム総理大臣とカメロン科学技術大臣との間に生じた確執の原因が何ともおもしろい.科学技術(用語)の守護者を辞任するカメロンが,総理大臣の kilómetre との発音が間違っているとして,公開で論争を仕掛けたのである.カメロン曰く,「オーストラリアはメートル法を早々と採用した先進国であり,総理大臣が誤った kilómetre などという発音を続けているというのは恥ずかしいことである.私は,教育大臣に対しても正しい kílometre を徹底するように要請するつもりだし,郵便大臣に対してもラジオやテレビを通して国民に正しい発音を教えることを求めるつもりだ.」
ここまで非難されては,ホイットラム総理大臣も黙ってはいない.何しろ,彼はかつてギリシア語学・哲学を教えていた学者である.徹底的に文献を調査して反論した.英語の metre はギリシア語 metron に遡るという語源の云々かんぬん,それが後にフランス語の影響を受けることになったという語史的背景,強勢の位置は penult に含まれる母音が長母音か短母音かによって決まるという規則,その後世界で最初にメートル法を採用したペルシャのゲリラ兵は metre のつく語にはきまって antepenult に強勢を置いたこと等々を主張した.もちろん,論争の発端もホイットラムの応戦の内容も,多分に政治的な色彩を含んだものであり,言語学的な観点からはそれほど有意味とは思えない.アクセント問題が政争に利用されたと解釈すべきだろう.ホイットラムは,一見すると言語学的なこれらの主張のかたわら,さすがは文化多元主義を積極的に推し進めた首相とだけあって,政治的な主張も忘れていない.「オーストラリアの将来を担う子供たちといっても出身母国はさまざまである.たとえばイタリア人,ギリシャ人,チモール人などはいずれも母国語でメーターとつくことばには,うしろから三番目の母音にアクセントを置いている」 (堀,p. 89).
さて,この問題は,Australian Broadcasting Corporation (ABC) と,さらにはイギリスの BBC を巻き込んだ論争に発展した.放送局は,総理大臣のような kilómetre も一部に出てきているが,正式には科学技術大臣の kílometre が正しいという判断に至った.なお,カメロンは強勢位置の論争には勝ったわけが,後にスキャンダルに巻き込まれ政争には負けることになった.人々は,母音の長短に引っかけて "Short or long---it is still a kilometre." と嘲ったとのことである.
では,実際のところ,kilometre の強勢の現状はどうなのだろうか.LPD によると,次のような記述と Preference polls の結果が示されている.
On the analogy of ˈcentiˌmetre, ˈmilliˌmetre, it is clear that the stressing ˈkiloˌmetre is logical and might be expected to predominate. Nevertheless, it does not. Preference polls, British English: -ˈlɒm- 63%, ˈkɪl- 37%; American English: -ˈlɑːm- 84%, ˈkɪl- 16% -ˈlɒm- 57%.
いまだに kílometre を正当とする保守的な論者もいるが,英米ともにホイットラム総理大臣型の kilómetre のほうが優勢ということになる.この発音は barómetre, speedóometre, thermómetre などからの類推だろうと考えられる.語の初出は1810年だが,AmE ではそのすぐ後から kilómetre が記録されており,いまや歴史の長い発音といってもよい.
・ 堀 武昭 『オーストラリア A to Z』 丸善〈丸善ライブラリー〉,1993年.
・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.
韻律音韻論 (metrical phonology) によると,英語には Consonant Extrametricality (CE) という韻律規則がある.端的にいえば,語末の子音は,語の韻律を考慮するうえで勘定に入れないとする規則である."[+cons] ──→ [+ex] / ─── ] word" と公式化される.
語末子音を勘定に入れずに,最終音節の rhyme 以下が2モーラ以上となる(つまり分岐する)場合には,原則としてそこに強勢が置かれる.Hogg and McCully (109--10) より例を引こう.
(a) | (b) | (c) |
obey /obée/ | torment /tɔrmén | astonish /astɔ'nɪ |
polite /polái | perhaps /perháp | decrepit /dikrépi |
humane /hjuuméy | august /ɔɔgús | normal /nɔ'rma |
petite /petíi | divert /daivér | consider /kɔnsíde |
. . . with regard to the disyllabic noun stress rule, only the nucleus of the second syllable is projected. The noun stress rule only 'sees' the syllable nucleus: if the nucleus branches (i.e. contains a long vowel or diphthong), stress is on the final syllable. Otherwise, stress is on the initial syllable.
これは,名詞の場合には最終音節の最終子音1つだけでなく最終子音群のすべてを韻律外とみなせ,という規則だ.そして,その子音群を除外した上でもまだ rhyme 以下が分岐する(つまり長母音や2重母音を含む)場合にのみ,その最終音節に強勢が落ちるとする.この条件に合わなければ,強勢は先行音節へと移動してゆく.これにより,名詞 torment と名詞 August は,それぞれ /tɔ'rment/, /ɔ'ɔgust/ と正しく分析されることになる.
この韻律音韻論の分析に従えば,いわゆる名前動後 (diatone) を構成する多くの語の強勢パターンは,Consonant Extrametricality と品詞(非名詞か名詞か)の2点を参照して記述できることになる ([2011-07-10-1]) .しかし,名前動後には強勢位置の変異や変化を示す語はあるし (ex. control (n.), retard (n.); [2012-04-23-1]) ,予想に当てはまらない語も少なくない (ex. discount, exploit, increase) .この分析が完全な説明能力をもたないことを示すのは簡単だが,共時的のみならず通時的な傾向を示唆するものと理解するのであれば,名前動後の語彙拡散を記述する上で,ある程度有効な分析となるかもしれない.
・ Hogg, Richard and C. B. McCully. Metrical Phonology: A Coursebook. Cambridge: CUP, 1987.
・ Katamba, Francis. An Introduction to Phonology. New York: Longman, 1989.
昨日の記事「#1473. Germanic Stress Rule」 ([2013-05-09-1]) に引き続き,今回は Romance Stress Rule (RSR) を紹介する.Lass (Vol. 3, p. 57) によれば,中英語にかけてロマンス系借用語とともにもたらされて発展した RSR は次のように定式化される.
Beginning at the right-hand edge of the word, select as word-head the syllable specified as follows:
A (i) If the final syllable is (a) heavy, or (b) the only syllable, assign S and construct a foot:
S S S S σ̆ σ̄ σ̄σ̆σ̄ σ̄ σ̆ deface vndertake twelfth twig
(ii) If the final syllable is light, go back to the penult.
B (i) If the penult is (a) heavy, or (b) the only other syllable, assign S and construct a foot:
S W S W S W σ̆ σ̄ σ̆ σ̆σ̆σ̄σ̆ σ̆σ̆ vnable occidental shouel
(ii) I the penult is light, go back to the antepenult.
C Assign S to the antepenult regardless of weight, and construct a foot:
S W W S W W σ̄σ̆σ̆σ̆σ̆σ̆ σ̆σ̄σ̆σ̆ histori ographer industri ouse
RSR の特徴を3点で示せば,単語の右から数え始め(右利き),形態的に鈍感で,音節の重さにこだわる(音節構造に敏感)ということである.GSR の正反対ということがわかるだろう.中英語以降の英語の強勢規則は,(1) 左利きか右利きか,(2) 形態構造と音節構造のどちらを重視するか,という2点を巡って,不安定な様相を呈する.結果としてみれば,近代英語にかけて RSR が勢力を強めていったのだが,RSR が GSR を置き換えたと言い切るのは必ずしも正しくない.RSR が GSR を包み込んだといおうか,包摂したといおうか,奇妙なかたちで両者の大部分が合一することになったのである.
両強勢規則は性質を比べると確かに正反対なのだが,実際の語に適用された結果だけ見比べると,多くの場合,効果は同じである.単音節の writ, write などはどちらの強勢規則に照らしても強勢位置はその音節に落ちるより仕方がないし,2音節の wríter, wrítten, belíeve にしても同様だ.3音節の cráftily, sórrier にしても結果としては同じ音節に強勢が落ちる.つまり,GSR と RSR は,かなりの程度,同じ効果を引き起こすのである.
もちろん,両者が競合するケースは残る.例えば接頭辞の付加された軽い2音節語は,GSR では強勢が第2音節に落ちることになるが,RSR では第1音節に強勢が落ちることになる (ex. begín but not *bégin) .また,/-VCC/ の重い接尾辞をもつ語は,GSR では強勢は接尾辞に落ち得ないが,RSR ではそこに強勢が落ちることになる (ex. sínging but not *singíng) .このようなケースでは,両強勢規則の競合の結果として,不安定な variation が存在することになった.さらにこの不安定な variation は様々なマイナー強勢規則を生み出す契機となり,英語の強勢を巡る状況は現在に至るまで複雑さを増し続けているのである.
GSR と RSR の競合の歴史については,Lass (Vol. 2, pp. 85--90) と Lass (Vol. 3, pp. 125--28) が参照に便利である.
・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 23--154.
・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.
現代英語にまで続いていると考えられる強勢規則の1つ Germanic Stress Rule (GSR) については,相反するもう1つの強勢規則 Romance Stress Rule (RSR) との対比で,「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]) ,「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1]) ,「#861. 現代英語の語強勢の位置に関する3種類の類推基盤」 ([2011-09-05-1]) で取り上げてきた.今回は,もう少し詳しく GSR について見てみよう.
GSR はゲルマン語を特徴づける強勢規則で,端的にいうと「語幹の第1音節に強勢がおかれる」という原則である (##182,857,187) .古英語ではこの規則はほぼ完全に機能しており,かつ唯一のものだったが,中英語あるいは初期近代英語以降は,台頭してきた RSR と競合し,脅かされながら現在に至っている.GSR を Lass (126) に従って定式化すると次の通り.
(i) Starting at the left-hand word-edge, ignore any prefixes (except those specified as stressable), and assign stress to the first syllable of the lexical root, regardless of weight.
(ii) Construct a (maximally trisyllabic) foot to the right:
S S W rætt 'rat' wrīt-an 'to write' S W S W W ge-writen 'written' bæcere 'baker'
GSR の特徴を3点で示せば,単語の左から数え始め(左利き),接頭辞と語根の区別にうるさい(形態的に敏感)が,音節の重さにはこだわらない(音節構造に鈍感)ということである.印欧祖語の時代には語の強勢位置は自由だったが,ゲルマン語派へ分化してゆく際にこの強勢規則が加えられたと考えられる.結果として,古英語の強勢も少々の例外を除いてこの単純な強勢規則に支配されることになった.
ところが,中英語にかけて多くのフランス語やラテン語からの借用語が英語語彙へ流入してくるに及び,長らく盤石だった GSR が動揺し始める.ロマンス系の言語に特有の Romance Stress Rule (RSR) が,GSR に覆い被さり,呑み込もうとしたのである.中英語から近代英語にかけて,徐々に着実に,RSR が成長してゆくことになった.RSR については,明日の記事で.
・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.
英語の英米差については ame_bre ほか,多くの記事で触れてきた.文法と綴字については「#312. 文法の英米差」 ([2010-03-05-1]) と「#244. 綴字の英米差のリスト」 ([2009-12-27-1]) で少しくまとめたが,今回は主として発音と語彙における変異について,Schmitt and Marsden (185--92) に従って一覧したい.言うまでもなく,英米差というときには,標準アメリカ英語と標準イギリス英語の変異を念頭に置いている.
1. Pronunciation
・ Words spelled with the vowel a: /æ/ for AmE and /ɑː/ for BrE as in bath, class, last, mask, past, rather.
・ Words spelled with -er: /əː/ for AmE and /ɑː/ for BrE as in clerk, Derby (see 「#211. spelling pronunciation」 ([2009-11-24-1]))
・ Words ending with -ile: /(ə)l/ for AmE and /aɪl/ for BrE as in agile, docile, fertile, missile
・ Words spelled alike but typically pronounced differently (z については「#964. z の文字の発音 (1)」 ([2011-12-17-1]) および「#965. z の文字の発音 (2)」 ([2011-12-18-1]) を参照)
Word | AmE | BrE |
---|---|---|
asthma | /ˈæzma/ | /ˈæsma/ |
clique | /klɪk/ | /kliːk/ |
vase | /veɪs/ | /vɑːz/ |
schedule | /ˈskɛʤəl/ | /ˈʃɛdjuːl/ |
leisure | /ˈliːʒəː/ | /ˈlɛʒəː/ |
lieutenant | /luːˈtɛnənt/ | /lɛfˈtɛnənt/ |
z (the letter) | /ziː/ | /zɛd/ |
tomato | /tʌˈmeɪtəʊ/ | /tʌˈmɑːtəʊ/ |
AmE | BrE |
---|---|
balLET | BALlet |
blaSÉ | BLAse |
bufFET | BUFfet |
garAGE | GARage |
perFUME | PERfume |
debuTANTE | DEButante |
vaLET | VAlet |
AmE | BrE |
---|---|
comPOSite | COMposite |
subALtern | SUBaltern |
arIStocrat | ARistocrat |
priMARily | PRImarily |
Word | AmE | BrE |
---|---|---|
military | /ˈmɪləˌtɛri/ | /ˈmɪlɪtri/ |
arbitrary | /ˈərbəˌtrɛri/ | /ˈɑːbɪtri/ |
cemetery | /ˈsɛməˌtɛri/ | /ˈsɛmətri/ |
monastery | /ˈmɒnəsˌtɛri/ | /ˈmɒnəstri/ |
mandatory | /ˈmændəˌtɔri/ | /ˈmændətri/ |
category | /ˈkætəˌgɔri/ | /ˈkætəgri/ |
testimony | /ˈtɛstəˌməʊni/ | /ˈtɛstəməni/ |
matrimony | /ˈmætrəˌməʊni/ | /ˈmætrɪməni/ |
Word | AmE | BrE |
---|---|---|
Sunday | /ˈsʌndɛɪ/ | /ˈsʌndi/ |
Monday | /ˈmʌndɛɪ/ | /ˈmʌndi/ |
Tuesday | /ˈˈtuːzdɛɪ/ | /ˈtjuːzdi/ |
Thursday | /ˈθəːzdɛɪ/ | /ˈθəːzdi/ |
Friday | /ˈfraɪdɛɪ/ | /ˈfraɪdi/ |
Saturday | /ˈsætəːdɛɪ/ | /ˈsætəːdi/ |
Name | AmE | BrE |
---|---|---|
Lancaster | /ˈlæŋˌkæstər/ | /ˈlæŋkəstə/ |
Rochester | /ˈrɒʧɛstər/ | /ˈrɒʧəstə/ |
Worcester | /ˈwʊəsɛstər/ | /ˈwʊstə/ |
Nottingham | /ˈnɒtɪŋˌhæm/ | /ˈnɒtɪŋəm/ |
Birmingham | /ˈbəːmɪŋˌhæm/ | /ˈbəːmɪŋəm/ |
AmE | BrE |
---|---|
DICtate | dicTATE |
FIXate | fixATE |
ROtate | roTATE |
VIbrate | vibRATE |
Word | AmE | BrE |
---|---|---|
advertisement | /ˈædvəːˌtaɪzmənt/ | /ædˈvəːtəzmənt/ |
controversy | /ˈkɒntrəˌvəːsi/ | /kɒnˈtrɒvəsi/ |
corollary | /ˈkʊrəˌlɛri/ | /kɒˈrɒləri/ |
inquiry | /ˈɪnkwəri/ | /ɪnˈkwaɪri/ |
laboratory | /ˈlæbrəˌtʊəri/ | /ləˈbɒrətri/ |
AmE | BrE |
---|---|
railroad | railway |
engineer | driver |
conductor | guard |
baggage | luggage |
truck | lorry |
hood (car) | bonnet |
trunk (car) | boot |
fender (car) | bumper |
gasoline | petrol |
subway | underground |
counterclockwise | anticlockwise |
thumbtack | drawing pin |
flashlight | torch |
elevator | lift |
apartment | flat |
post | |
vacation | holiday |
garbage can | dustbin |
bar | pub |
druggist | chemist |
French fries | chips |
potato chips | crisps |
cookie | biscuit |
trailer | caravan |
round-trip ticket | return ticket |
one-way ticket | single ticket |
AmE | BrE |
---|---|
underwear | pants |
pants | trousers |
vest | waistcoat |
diaper | nappy |
first floor | ground floor |
second floor | first floor |
sidewalk | pavement |
pavement | road |
AmE | BrE |
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a home away from home | a home from home |
leave well enough alone | leave well alone |
sweep under the rug | sweep under the carpet |
AmE | BrE |
---|---|
on a street | in a street |
fill out a form | fill in a form |
check out something | chuck up on something |
on the weekend | at the weekend |
of two minds | in two minds |
to all tastes | for all tastes |
AmE | BrE |
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in the hospital | in hospital |
in the future | in future |
go to the university | go to university |
フランス借用語については,french loan_word の多くの記事で取り上げてきた.標題に関連する話題としては,「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]) ,「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]) ,Norman French と Central French のそれぞれから借用された2重語 (norman_french doublet) などについて述べた.今回は,標題と関係するがこれまでに触れる機会のなかった例や話題を,Schmitt and Marsden (135--36) より,3点ほど取り上げる.
まずは,Norman French と Central French からの2重語を1対追加.スコットランド英語で聞かれる leal /liːl/ "faithful, loyal, true" は13世紀に Anglo-Norman French より入った.一方,Central French より,同根語 loyal が16世紀に入った.
同じフランス語でも時代を違えて Old French と French からの2重語としては,feast (C13) と fete (C18) ,hostel (C13) と hotel (C17) がある.それぞれの後者の語には,/st/ という音韻環境において /s/ が脱落するというフランス語での音韻変化が反映されている.
hostel と hotel に関連してもう1つ興味深い点は,早くに借用された前者では,強勢位置が第1音節へと英語化しているが,遅くに借用された後者では,強勢はいまだに原語通りに第2音節に置かれていることだ.これは,適用されている強勢規則が Germanic Stress Rule (GSR) か Romans Stress Rule (RSR) かの違いであると説明できる.GSR と RSR については,「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]) や「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1]) で論じたように,理論的に難しい問題が含まれているが,フランス借用語について大雑把にいえば,中世以前に入った語は GSR に従い,近代以降に入った語は RSR に従う傾向が強い([2010-12-12-1]の記事「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」を参照).以下に例を示す.
Earlier borrowings (--C14) | Later borrowings (C15--) |
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mústard | duét |
léttuce | panáche |
cárriage | brunétte |
cólor | elíte |
cóurage | ensémble |
lánguage | prestíge |
sávage | rappórt |
víllage | velóur |
fígure | vignétte |
[2012-09-17-1]の記事「#1239. Frequency Actuation Hypothesis」で,接尾辞 -ate をもつ動詞の強勢が移動してきているという言語変化に触れた.名前動後 (diatone と同様に現在も進行中の強勢移行であり,語彙拡散 (lexical_diffusion) の例としても注目に値する.
この移行については Phillips が語彙拡散の観点から研究しているが,OED の "contemplate, v" にまとまった解説があるので,それを紹介しよう.Danielsson (271--72) でも,OED のこの箇所が触れられている.
In a few rare cases (Shakes., Hudibras) stressed 'contemplate in 16--7th c.; also by Kenrick 1773, Webster 1828, among writers on pronunciation. Byron, Shelley, and Tennyson have both modes, but the orthoepists generally have con'template down to third quarter of 19th c.; since that time 'contemplate has more and more prevailed, and con'template begins to have a flavour of age. This is the common tendency with all verbs in -ate. Of these, the antepenult stress is historical in all words in which the penult represents a short Latin syllable, as ac'celerate, 'animate, 'fascinate, 'machinate, 'militate, or one prosodically short or long, as in 'celebrate, 'consecrate, 'emigrate; regularly also when the penult has a vowel long in Latin, as 'alienate, 'aspirate, con'catenate, 'denudate, e'laborate, 'indurate, 'personate, 'ruinate (L. aliēno, aspīro, etc.). But where the penult has two or three consonants giving positional length, the stress has historically been on the penult, and its shift to the antepenult is recent or still in progress, as in acervate, adumbrate, alternate, compensate, concentrate, condensate, confiscate, conquassate, constellate, demonstrate, decussate, desiccate, enervate, exacerbate, exculpate, illustrate, inculcate, objurgate, etc., all familiar with penult stress to middle-aged men. The influence of the noun of action in -ation is a factor in the change; thus the analogy of ,conse'cration, 'consecrate, etc., suggests ,demon'stration, 'demonstrate. But there being no remonstration in use, re'monstrate, supported by re'monstrance, keeps the earlier stress.
つまり,3音節以上の語においては,歴史的には penult の構成に応じて強勢が penult か antepenult に落ちた.具体的には,penult に子音群が現われる場合には,歴史的にはその音節に強勢が落ちた.ところが,近現代英語において,対応する名詞形 -ation の強勢パターンにもとづく類推が働くためか,該当する語の強勢がさらに一つ左へ,antepenult へと移行してきているというのである.
Danielsson や OED には3音節以上の語についての言及しかないが,Phillips は2音節語についても調査した.興味深いことに,2音節語の -ate 動詞(ただし penult が閉音節のもの)では,正反対の方向の強勢移行が起こっているという.frustrate, dictate, prostrate, pulsate, stagnate, truncate などの語では,歴史的には penult に強勢が落ちたが,現代英語にかけて ultima に強勢が落ちる異形が現われてきている(最初の3語については定着した).そして,いずれの方向の強勢移行についても,Phillips は頻度の高いものから順に変化してきているという事実を突き止めた (226--28) .
これは頻度の低いものから順に変化してきたと Phillips の主張する名前動後の例と,対立する結果である.頻度と語彙拡散の進行順序との問題に,新たな一石が投じられている.
・ Phillips, Betty S. "Word Frequency and Lexical Diffusion in English Stress Shifts." Germanic Linguistics. Ed. Richard Hogg and Linda van Bergen. Amsterdam: John Benjamins, 1998. 223--32.
・ Danielsson, Bror. Studies on the Accentuation of Polysyllabic Latin, Greek, and Romance Loan-Words in English. Stockholm: Almqvist & Wiksell, 1948.
語彙拡散 (lexical diffusion) として進行する音韻変化の道筋や順序が語の頻度と相関しているらしいことは,古くは19世紀末から指摘されてきた.実際に,Phillips (1984: 321) に挙げられているように,頻度の高い語から順に変化を遂げるという音韻変化は数々例証されてきた.一方で,頻度の低い語から順に変化を遂げる例も確認されており,頻度と語彙拡散の順序の関係については,いまだに疑問が多い.この問題について,Phillips は,南部アメリカ英語における glide deletion ,中英語の unrounding ,近代英語の名前動後(diatonic stress shift; diatone の記事を参照)という,頻度の低い順に進行するとされる3つの音韻変化を取り上げて,"Frequency Actuation Hypothesis" を提唱した.これは,"physiologically motivated sound changes affect the most frequent words first; other sound changes affect the least frequent words first" (1984: 336) というものである(前者は surface phonetic form に働きかける変化,後者は underlying phonetic form に働きかける変化を指す).
しかし,Phillips は1998年の -ate で終わる動詞の強勢位置の移動に関する研究において,この生理的に動機づけられていない音韻変化が,予想されるように頻度の低い順には進まず,むしろ頻度の高い順に進んでいることを明らかにした.そこで,改訂版 Frequency Actuation Hypothesis を唱えた.
[F]or segmental changes, physiologically motivated sound changes affect the most frequent words first; other sound changes affect the least frequent words first. For suprasegmental changes, changes which require analysis (e.g., by part of speech or by morphemic element) affect the least frequent words first, whereas changes which eliminate or ignore grammatical information affect the most frequent words first. (1998: 231)
つまり,強勢の移動のような超分節の音韻変化に関しては,話者による分析が入るか入らないかで,頻度と順序の関係が逆転するというわけである.なぜそうなるのかについて,Phillips は Bybee (117--19) の "lexical strength" という考え方を持ち出している.
私は必ずしもこの議論に納得していない.また,Phillips の主張とは異なり,名前動後が頻度の高い順に進行したことを示すデータも独自に得ている.頻度と変化の順序についての研究は緒に就いたばかりであり,研究の余地は多分に残されている.
・ Phillips, Betty S. "Word Frequency and the Actuation of Sound Change." Language 60 (1984): 320--42.
・ Phillips, Betty S. "Word Frequency and Lexical Diffusion in English Stress Shifts." Germanic Linguistics. Ed. Richard Hogg and Linda van Bergen. Amsterdam: John Benjamins, 1998. 223--32.
・ Bybee, Joan L. Morphology: A Study of the Relation between Meaning and Form. Amsterdam: John Benjamins, 1985.
フランス語が英語に与えた言語的影響といえば,語彙が最たるものである.その他,慣用表現や綴字にも少なからず影響を及ぼしたが,音韻や統語にかかわる議論は多くない.だが,音韻に関しては,しばしばフランス語からの借用として言及される音素がある.Görlach (337--38) によると,これには5種類が認められる.
(1) /v/ の音素化 (phonemicisation) .古英語では [v] は音素 /f/ の異音にすぎず,いまだ独立した音素ではなかった.ところが,(a) very のような [v] をもつフランス借用語の流入,(b) vixen のような [v] をもつ方言形の借用,(c) over : offer に見られる単子音と重子音の対立の消失,(d) of に見られる無強勢における摩擦音の有声化,といった革新的な要因により,/v/ が音素として独立した.同じことが [z] についても言える.(a) の要因に関していえばフランス語の影響を論じることができるが,/v/ も /z/ も異音としては古英語より存在していたし,閉鎖音系列に機能していた有声と無声の対立が摩擦音系列へも拡大したととらえれば,体系的調整 (systemic regulation) の例と考えることもできる.ここでは,Görlach は,英語体系内の要因をより重要視している([2010-07-14-1]の記事「#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?」を参照).
(2) /ʒ/ の音素化.この音も古英語では独立した音素ではなく,Anglo-Norman 借用語 joy や gentle の語頭音も /ʤ/ として実現されたので,中英語ですら稀な音だった./ʒ/ の音素化は,measure などの語での [-zj-] の融合に負うところが大きい.この音素化により,音韻体系に /ʤ : ʒ ? ʧ : ʃ/ の対照関係が生じた.やはり,ここでもフランス語の影響は副次的でしかない.
(3) フランス借用語に含まれる母音の影響で,新しい二重母音 /ɔɪ, ʊɪ/ が英語で音素化した.この2つが加わることで,英語の二重母音体系はより均整の取れたものとなった.
-- | ɛɪ | aɪ | ɔɪ | ʊɪ |
ɪʊ | ɛʊ | aʊ | ɔʊ | -- |
. . . it is significant that phonemes said to be derived from French survive only where they fill obvious gaps in the English system --- and some of these were stabilized by loans from English dialect . . . . (337)
受け入れ側の態勢が重要なのか,外圧の強さが重要なのか.[2010-07-14-1]の記事「#443. 言語内的な要因と言語外的な要因はどちらが重要か?」の議論を思い起こさせる.
・ Görlach, Manfred. "Middle English --- a Creole?" Linguistics across Historical and Geographical Boundaries. Ed. D. Kastovsky and A. Szwedek. Berlin: Gruyter, 1986. 329--44.
同じ形態類の2語から成る表現を (2項イディオム)と呼ぶ.##953,954,955 の記事では,押韻に着目して数々の binomial を紹介した.binomial は "A and B" のように典型的に等位接続詞で結ばれるが,構成要素の順序はたいてい固定している.必ずしもイディオムとして固定していない場合にも,傾向として好まれる順序というものがある.なぜある場合には "A and B" が好まれ,別の場合には "D and C" が好まれるのだろうか.音節数や音価など,特に音声的な条件というものがあるのだろうか.
Bolinger は,現代英語の傾向として「短い語 and 長い語」の順序が好まれることを指摘している.この長短の差は,典型的に音節数の違いとして現われる.その典型は「1音節語 and 第1音節に強勢のある2音節語」である.名詞を修飾する形容詞の例をいくつか挙げれば,a bows-and-arrows project, cold and obvious fact, drum-and-bugle corps, floor-to-ceiling window, fresh and frisky pups, furred and feathered creatures, a red and yellow river, strong and bitter political factor, up-and-coming writer などがある (Bolinger 36) .他にも例はたくさんある.
black and sooty, blue and silver, bright and rosy, bright and shiny, bruised and battered, cheap and nasty, cloak and dagger, drawn and quartered, fast and furious, fat and fulsome, fat and sassy, fine and dandy, fine and fancy, free and easy, full and equal, gay and laughing, grim and weary, hale and hearty, high and handsome, high and mighty, hot and bothered, hot and healthy, hot and heavy, hot and spicy, lean and lanky, long and lazy, low and lonely, married or widowed, plain and fancy, poor but honest, pure and simple, rough and ready, rough and tumble, slick and slimy, slow and steady, straight and narrow, strong and stormy, tried and tested, true and trusty, warm and winning, wild and woolly
一覧してすぐにわかるが,いずれの binomial も強弱強弱の心地よいリズムとなる.もちろん tattered and torn, peaches and cream, merry and wise, open and shut, early and later などのように,強弱弱強となる binomial もあるにはあるが,例外的と考えてよさそうだ.
この「1音節語 and 第1音節に強勢のある2音節語」という順序の傾向について,Bolinger (36--40) は母語話者の実験によっても確認をとっている.イディオムというほどまでには固定されていない2項について,"A and B" と "B and A" の並びを両方示して,どちらがより自然かを母語話者に選ばせるという実験である.いくつかの条件で実験を施したが,傾向は明らかだった.binomial において,prosody の果たしている役割は大きい.
・ Bolinger, D. L. "Binomials and Pitch Accent." Lingua (11): 34--44.
「名前動後」の現象について,diatone の各記事で触れてきた.Kelly and Bock の研究によれば,2音節語における名前動後の強勢パターンは,一般的な強勢位置の傾向を反映しているという.すなわち,2音節の名詞では第1音節に強勢のおちる強弱型 (trochaic) ,2音節の動詞では第2音節に強勢の落ちる弱強型 (iambic) が普通とされる.この傾向は stress typicality と呼ばれるが,率でいえばどの程度の傾向を示すのだろうか.
Amano は,Kelly and Bock や Sereno の調査結果を参照しながら,MRC Psycholinguistic Database を用いた独自の調査をおこなった.調査間の比較が可能となるように,純粋な名詞(他の品詞機能をもたないもの)と純粋な動詞に限定しての数え上げだが,次のような結果となった.他の調査と合わせて,Amano (86) の調査の統計を挙げよう.
researcher | category | result |
Sereno (1986) | noun | out of 1425 nouns, 93% are trochaic |
verb | out of 523 verbs, 76% are iambic | |
Kelly & Bock (1988) | noun | out of 3202 nouns, 94% are trochaic |
verb | out of 1021 verbs, 69% are iambic | |
Amano (2009) | noun | out of 5766 nouns, 92.92% are trochaic |
verb | out of 1184 verbs, 72.65% are iambic |
橋本萬太郎による syntagma marking という考え方を知った.
[2011-06-02-1]の記事「#766. 言語の線状性」で触れたように,言語(特に音声言語)は線状性 (linearity) の原則に従わざるを得ない.音韻論,形態論,そして特に統語論においてよく知られているように,言語能力は階層 (hierarchy) により2次元で構成されているが,その物理的実現としての音声は時間に沿って1次元で配されるほかない.そこで,話者は,実現としては1次元とならざるを得ない音声連続のなかに,その背後にある2次元的な階層を匂わせるヒントを様々な形でちりばめる.そして,聴者はそれを鍵として2次元的な階層を復元する.このヒントの役割,背景にある2次元の統語単位の範囲を標示する機能を,橋本は syntagma marking と呼んでいる.
ヒントの種類は多岐にわたる.母音調和などの音韻的手段,性,数,格などを表わす屈折接辞や統語的一致を示す屈折接辞という形態的な手段,強勢,音調,イントネーション,休止などの超分節音的な手段にいたるまで様々だ.例えば,[2011-11-09-1]の記事「#926. 強勢の本来的機能」で述べた強勢の contrastive あるいは culminative な役割とは,換言すれば,語という統語単位の範囲を示す syntagma marking のことである.橋本の言を借りて説明を補おう (159) .
つまり,言語によっては,
出てこられる母音の種類の制約(アルタイ諸語)
アクセントの縮約(日本語,朝鮮語など)
音節音調のサンディー(閩語,客家語)
音域の制約(南東諸島,南アジア諸語)
屈折語尾(主なインド・ヨーロッパ語)
語末分節音(子音・母音)のサンディー(サンスクリット)
のように,物理的事件としては,さまざまであるが,言語事象としては,これを一歩抽象化すれば,これらにすべて,それぞれの言語におけるシンタグマのマーカーとしての,普遍的な役割のあることが,わかってくるのである.
さらに,橋本は言語の一般原理としての syntagma marking について次のようにも述べている (394--95) .
シンタグマ・マーキングには,このほかにも,言語によって,休止(ポーズ)をつかったり,シンタグマとシンタグマのさかいめの母音をかえたりするというような,いろいろなやりかたがある.その多様性こそ,まさしく,無限であるかもしれないが,記号体系の形式上の特徴として,一歩抽象化すれば,すべて,シンタグマ・マーカーとして,一般的にとらえることができるのである.その表記そのもの,マークそのものは,「あまりにも抽象的」で,発音もできないかもしれない.しかし,そのマーキングに相当するところの,個々の言語の物理的「事件」は,その言語をしっているひとなら,だれでも,容易に音声の段階に,その言語なりのかたちに再現できる.その意味では,みぎにことわったとおり,それは,「音素」や「音韻」にくらべても,まさるともおとらぬ,現実性をもった理論構成物なのである.
英語史の観点からとりわけ興味深いのは,現代英語では syntagma marker としての屈折体系は衰退しているが,代わりに強勢体系がそれを補っているのではないかという橋本の言及である (160--61) .前者の衰退が先か,後者の発達が先かは,ニワトリとタマゴの関係であると述べていながらも,相互に関係が深いだろうということは示唆している.
屈折の衰退という英語史上(そしてゲルマン語史上)の大きな問題を考えるにあたって,新たな視点を見つけた思いがする.
・ 橋本 萬太郎 『現代博言学』 大修館,1981年.
言語において強勢の機能は何か.Martinet (105--06) によれば,それは複数あるが,最も基本的な機能は "contrastive" あるいはより正確に "culminative" であるという.拙訳とともに,関連箇所を引用する.
La fonction de l'accent est essentiellement contrastive, c'est-à-dire qu'il contribue à individualiser le mot ou l'unité qu'il caractérise par rapport aux autres unités du même énoncé; une langue a un accent; et non des accents. Lorsque, dans une langue donnée, l'accent se trouve toujours sur la première ou la dernière syllabe du mot, cette individualisation est parfaite puisque le mot est ansi bien distingué de ce qui précède ou ce qui suit. Lá où la place de l'accent est imprévisible, doit être apprise pour chaque mot et ne marque pas la fin et le début de l'unité accentuelle, l'accent a une fonction dite culminative: il sert à noter la présence dans l'énoncé d'un certain nombre d'articulations importante; il facilite ainsi l'analyse du message. Que sa place soit prévisible ou non, l'accent permet, en faisant varier l'importance respective des mises en valeur successives, de préciser ce message.
強勢の機能は本質的に対比の機能である.すなわち,強勢は,それに特徴づけられている語や単位を,同じ発話内の他の単位との対比により個別化することに貢献する.したがって,言語は1つの強勢をもつのであり,複数の強勢をもつものではない.所与の言語において,強勢が常に語の最初あるいは最終の音節に落ちるとき,語は先行するものや後続するものから明確に区別されるのであるから,この個別化の機能は完全となる.強勢の位置が予測不能であり,単語ごとに学習されねばならず,強勢を受ける単位の最後と最初を明示しない場合には,強勢は頂点表示と呼ばれる機能をもつ.つまり,強勢は,発話の中にいくつかの重要な調音が存在するということを気づかせる働きをしているのであり,それによってメッセージの分析を容易にしているのである.強勢の位置が予測可能であれ不可能であれ,強勢は,連続する音価それぞれの重要性を違えさせながら,このメッセージを明確にしてくれる.
しかし,Martinet (106) は,英語などの言語では強勢の位置によって語を区別する (distinctive) 例があり,これは強勢の副次的な機能を示すものであるとも述べている.強勢の位置によって品詞の変わる increase, permit の類 (diatone) がその典型だ.しかし,強勢を示すすべての言語に共通する特徴として考えるのであれば,強勢の主たる機能は "contrastive" あるいは "culminative" といってしかるべきだろう.このような言語一般の大局観を通じて,英語における強勢の特徴が浮き彫りになるように思われる.
・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.
英単語の強勢にまつわる歴史は非常に込み入っている.[2009-11-13-1]の記事「アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」や[2011-04-15-1]の記事「英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」で言及にしたように,中英語以降,Germanic Stress Rule と Romance Stress Rule の関係が複雑化してきたことが背景にある.しかし,語強勢の話題が複雑なのは,通時的な観点からだけではない.現代英語を共時的に見た場合でも,多様な analogy による強勢位置の変化と変異が入り乱れており,強勢の位置に統一的な説明を与えるのが難しい.そして,現代英語の語強勢に関する盤石な理論はいまだ存在しないのである.
では,韻律論の理論化を妨げているとされる多様な analogy には,どのようなものがあるのだろうか.Strang (55--56) によれば,主要なものは3種類ある.
(1) GSR に基づく,強勢の前寄り化の一般的な傾向.
"a tendency to move the stress toward the beginning of a word, as in; /ˈædʌlt/ beside /əˈdʌlt/, /ˈækjʊmɪn/ beside /əˈkjuːmɪn/, /ˈsɒnərəs/ beside /səˈnɔːrəs/" (55).
(2) 名前動後の語群に基づく機能分化的な傾向(diatone の各記事を参照).
"Variable stress-placement is exploited for grammatical purposes, in a series of items with root stress in nominals (usually nouns and substantival modifiers) and second-syllable stress in verbs, e.g., absent, concert, desert, perfect, record, subject . . ." (55).
(3) word-family の構成要素間に生じる強勢位置の吸引力.
". . . [analogical pull] of the word family an item belongs to. . . Word-analogy is responsible for variations such as applicable, subsidence (first-syllable stress, or a variant with a second-syllable stress on the model of apply, subside. Secret, borrowed in ME with second-syllable stress, has shifted to first syllable stress; its derivative secretive (a 15c formation), kept the older stress as late as OED, but is now tending to follow the example of the commoner secret, with first-syllable stress" (56).
3種類の類推は互いに排他的ではなく,むしろ干渉しあうことがある.例えば,名詞と動詞の機能をもつ romance は現代英語では双方ともに第2音節に強勢の落ちるのが主流だったが,アメリカ英語では名前動語化の流れがある.そのように聞くと (2) の影響が作用していると言えそうだが,動詞も合わせて強勢が前化している証拠も部分的にある.とすると,(1) の類推が作用している言えなくもない.(3) の観点からは,romance の強勢前化傾向が引き金となって,romancer, romancist, romantic, romanticism などの強勢が前へ引きつけられるという可能性が,今後生じてくるということだろうか.個々の単語(ファミリー)の問題だとすると,確かに強勢位置のルール化は難しそうだ.
・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
ゲルマン諸語の文法変化を支配してきた重要な2つの要因について,[2011-02-11-1]の記事「屈折の衰退=語根の焦点化」で Meillet を引用した.1つは「語頭の強勢が語根に新たな重要性を与えた」ことであり,もう1つは「語尾の衰退が屈折を崩壊させがち」であることだ.この2つの要因は,さらに抽象化すれば1つの根源的な特徴へと還元される.強勢(強さアクセント)が第1音節に落ちるという特徴である.
「語幹の第1音節に強勢がおかれる」というゲルマン諸語の特徴については「ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]), 「第1音節にアクセントのない古英語の単語」 ([2009-10-31-1]) などで触れてきたことだが,Meillet は,ゲルマン諸語の特徴と称されるいくつかの点のなかでも最も重要な特徴であると断言する.そして,この特徴が印欧祖語には見られなかったことから,ゲルマン語族におけるその発現は革命的だったと力説するのである.拙訳つきで引用する.
L'introduction de l'accent d'intensité à une place fixe, l'initiale, a été une révolution, et rien ne caractérise davantage le germanique. (72)
語頭という固定した位置への強さアクセントの導入は革命だったのであり,それ以上にゲルマン語を特徴づけるものはない.
もちろん,強さアクセントをもつ言語は印欧語族内外にも存在する.印欧語族内では,例えばロシア語やアイルランド語などがある.しかし,語族全体としてこの特徴を有するのはゲルマン語族のみであり,この点が顕著なのだと Meillet はいう.
En germanique,... l'accent sur l'initiale est une propriété du groupe tout entier, et il a une force singulière qui a manifesté ses effets durant tout le développement historique de ce groupe. (73)
ゲルマン語においては,語頭アクセントは語族全体としての特徴であり,語族の全歴史的発達を通じて効果を現わしてきた特異な力をもっているのである.
では,この革命的な特徴はどのようにゲルマン語族にもたらされたのか.Meillet は基層言語影響説 ( substratum theory ) を唱えている (75) .後にゲルマン語となる方言を習得した先住民の言語特徴だろうという.この学説については[2010-06-17-1]の記事「Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」や[2011-02-06-1]の記事「アルメニア語とグリムの法則」でも触れたが,反証不能だからこそ魅力的な説に響く.ゲルマン語族を支配する最大の特徴ということは,英語史全体を支配してきた最大の特徴とも言い得るわけであり,さらには英語の未来をも支配し得る最大の特徴ということにもなるのだろうか!!!
・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.
同綴りで品詞によって強勢位置の交替する語 (diatone) の典型例である「名前動後」については,[2009-11-01-1], [2009-11-02-1], [2011-07-07-1], [2011-07-08-1], [2011-07-10-1], [2011-07-11-1]の一連の記事で論及してきた.主に名詞と動詞の差異を強調してきたが,形容詞もこの議論に関わってくる([2011-07-07-1]の記事では関連する話題に言及した).強勢位置について,形容詞は原則として名詞と同じ振る舞いを示し,動詞と対置される.いわば「形前動後」である.
形前動後の事実は,まず統計的に支持される.Bolinger (156--57) によれば,3万語の教育用語彙集からのサンプル調査によると,多音節語について,形容詞の91%が non-oxytonic (最終音節以外に強勢がある)だが,動詞の63%が oxytonic (最終音節に強勢がある)であるという.単音節語については,強勢の位置が前か後ろかを論じることはできないしその意味もないが,単純に動詞と形容詞の個数の比率を取ると動詞が60.7%を占める.単音節語の強勢は通常 oxytonic と解釈されるので,この比率は形容詞に比して動詞の oxytonic な傾向を支持する数値といえよう.
形前動後という強勢位置の分布に関連して,Bolinger は両品詞の語形成上の差異に言及している.形容詞は接尾辞によって派生されるものが多いが (ex. -ant, -ent, -ean, -ial, -al, -ate, -ary, -ory, -ous, -ive, -able, -ible, -ic, -ical, -ish, -ful) ,動詞は接頭辞による派生が多い (ex. re-, un-, de-, dis-, mis-, pre-) .例外的にそれ自身に強勢の落ちる -ose のような形容詞接尾辞もあるが,例外的であることによってかえって際立ち,音感覚性 (phonaesthesia) に訴えかける 増大辞 ( augmentative ) としての機能を合わせもつことになっている(増大辞については[2009-08-30-1]の記事「投票と風船」も参照).bellicose, grandiose, jocose, otiose, verbose などの如くである.
当然のことながら,強勢のない接尾辞により派生された多くの形容詞は必ず non-oxytonic となるし,強勢のない接頭辞により派生された多くの動詞は強勢が2音節目以降に置かれることになり oxytonic となる可能性も高い.この議論を発展させるには,各接辞の生産性や派生語の実例数を考慮する必要があるが,接辞による派生パターンの相違が形前動後の出現に貢献したということであれば大いに興味深い.また,名詞の派生も,形容詞の派生と同様に,接頭辞ではなく接尾辞を多用することを考えれば,名前動後の説明にも同じ議論が成り立つのではないだろうか.
・ Bolinger, Dwight L. "Pitch Accent and Sentence Rhythm." Forms of English: Accent, Morpheme, Order. Ed. Isamu Abe and Tetsuya Kanekiyo. Tokyo: Hakuou, 1965. 139--80.
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