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philology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2021-12-08 15:53

2015-11-04 Wed

#2382. 英語地名学の難しさ [onomastics][toponymy][philology][etymology]

 固有名詞学 (onomastics) の一部をなす地名学 (toponymy) は,英語の世界でよく研究されてきた.英語地名学は当然ながら英語語源学とも関連が深いが,英語が歴史上様々な言語と接触してきた事実により,英語語源学が複雑であるのと同様に,英語地名学も難解である.同じ場所を指示する名称のはずだが,時代によって異なる言語の音韻形態的特徴を反映するなどし,通時的な同一性を確認する文献学的な作業が厄介なのである.英語のみならず関係する諸言語の語源学,音韻形態論,綴字習慣など,多くの学際的な知識を総動員して初めて同一性が可能となる.
 この英語地名学の難しさについて,Coates (338--39) は次のように表現している.

[E]xplaining many English names is a delicate exercise in philology, as the elements which make them up have to be identified in one of a number of languages. The tradition of writing in England stretches back more than 1,300 years, and phonetic and orthographic evolution have not always been in step with each other. In addition, there is a radical discontinuity in the written record. Before 1066, the record contains many place-names formulated in interpretable OE, the native language of most of those engaged in writing, though Latin was also a language of record. After 1066, a bureaucracy was installed where, irrespective of the writers' native language, Latin and French were the languages of record; the scribal practices adopted were in part those used for Latin, but otherwise those originally applied in the writing of French late in the first millennium. These did not sit easily with the phonology of English, and there was a period where the recorded names may be hard to interpret, i.e. to assign to known places. By the thirteenth century, those who applied the conventions were again producing passable renderings of the phonology of English names, and they often begin to show affinity with the forms current now. Until the fifteenth century, they are often still in French or Latin texts and influenced to some degree by that context, e.g. by being formed and spelt in a way suitable for declension in Latin (normally first-declension feminine --- Exonia for Exeter, for instance, or more mechanically the twelfth-century Stouenesbia for Stonesby (Lei)); administrative writing in English belongs only to the period since Henry V set the tone for the use of English in chancery.


 このような事情で,例えば古英語のある地名が,中英語で大きく異なる綴字で現われているようなケースで,果たしてこれを同一視してよいのか,その確認のために文献学的な作業が必要となる.具体例を挙げれば,早くも695年に記録されている Gislheresuuyrth は,現在の Isleworth (Mx) と同一指示対象と考えられているが,この同一視は一目瞭然というわけではない.
 また,あるアングロサクソン地名が,ほぼ間違いなく古英語期に使用されていたと考えてよいにもかかわらず,文献上は Domesday Book で初めて記録に現われるというケースもある.一般に歴史言語学の宿命ではあるが,地名として実在していた時期と文献上に現われる時期とがおおいに異なっているという事態は,とりわけ地名学の場合には日常茶飯事だろう.ここから,地名学は独自のアプローチをもたざるを得ず,独立した1つの学問分野を形成することになる.

 ・ Coates, Richard. "Names." Chapter 6 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 312--51.

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2014-10-18 Sat

#2000. 歴史語用論の分類と課題 [historical_pragmatics][pragmatics][history_of_linguistics][philology]

 「#545. 歴史語用論」 ([2010-10-24-1]),「#1991. 歴史語用論の発展の背景にある言語学の "paradigm shift"」 ([2014-10-09-1]) で,近年の歴史語用論 (historical_pragmatics) の発展を話題にした.今回は,芽生え始めている歴史語用論の枠組みについて Jucker に拠りながら略述する.まずは,Jucker (110) による歴史語用論の定義から([2010-10-24-1]に挙げた Taavitsainen and Fitzmaurice による定義も参照).

Historical pragmatics (HP) is a field of study that investigates pragmatic aspects in the history of specific languages. It studies various aspects of language use at earlier stages in the development of a language; it studies the diachronic development of language use; and it studies the pragmatic motivations for language change.


 一見すると雑多な話題,従来の主流派言語学からは「ゴミ」とすら見られてきたような話題を,歴史的に扱う分野ということになる.歴史言語学は,研究者の関心や力点の置き方にしたがって,方向性が大きく2つに分かれるとされる (Jucker 110--11) .Jacobs and Jucker の分類によれば,次の通り.

 (1) pragmaphilology
 (2) diachronic pragmatics
   a) diachronic form-to-function mapping
   b) diachronic function-to-form mapping

 まず,歴史語用論の「歴史」のとらえ方により,過去のある時代を共時的にみるか (pragmaphilology) ,あるいは時間軸に沿った発達を,つまり通時的な発展をみるか (diachronic pragmatics) に分けられる.後者はさらに,ある形態を固定してその機能の通時的な変化をみるか (diachronic form-to-function mapping),逆に機能を固定して対応する形態の通時的な変化をみるか (diachronic function-to-form mapping) に分けられる(記号論的には semasiology と onomasiology の対立に相当する).
 上記の Jacobs and Jucker の分類と名付けは,Huang が "European Continental view" あるいは "perspective view" と呼ぶ語用論のとらえ方を反映している.そこでは,語用論は,言語能力を構成する部門の1つとしてではなく,言語行動のあらゆる側面に関与するコミュニケーション機能として広く解されている.この流れを汲む歴史語用論は,文献学的な色彩が強い.
 一方,Huang が "Anglo-American view" あるいは "component view" と呼ぶ語用論のとらえ方がある.そこでは,語用論は,音声学,音韻論,形態論,統語論,意味論と同等の資格で言語能力を構成する1部門であると狭い意味に解される.この語用論の見方に基づいた歴史語用論の下位分類として,Brinton のものを挙げよう.ここでは,歴史語用論は,言語学的な色彩が強い.

 (1) historical discourse analysis proper
 (2) diachronically oriented discourse analysis
 (3) discourse oriented historical linguistics

 (1) は,過去のある時代における共時的な談話分析で,Jacobs and Jucker の pragmaphilology に近似する.(2) は,談話の経時的変化を観察する通時談話分析である.(3) は,談話という観点から意味変化や統語変化などの言語変化を説明しようとする立場である.
 上に述べてきたように,歴史語用論にも種々のレベルでスタンスの違いはあるが,全体としては統一感をもった学問分野として成長してきているようだ.逆にいえば,歴史語用論は学際的な色彩が強く,多かれ少なかれ他領域との連携が前提とされている分野ともいえる.特に European Continental view によれば,歴史語用論は伝統的な文献学とも親和性が高く,従来蓄積されてきた知見を生かしながら発展していくことができる点で魅力がある.
 しかし,発展途上の分野であるだけに,課題も少なくない.Jucker (18) は,いくつかを指摘している.

 ・ 学問分野としてまだ若く,従来の分野の方法論と競合するレベルに至っていない
 ・ 欧米の主要言語や日本語を除けば,他の言語への応用がひろがっていない
 ・ 研究の基礎となる,ある言語の歴史的な speech_act の一覧や discourse types/genres の一覧などがまだ準備されていない
 ・ 研究の基礎となる,"the larger communicative situation of earlier periods" が依然として不明であることが多い

 歴史語用論は,有望ではあるが,まだ緒に就いたばかりの分野である.
 語用論に関する European Continental view と Anglo-American view の対立については,「#377. 英語史で話題となりうる分野」 ([2010-05-09-1]),「#378. 語用論は言語理論の基本構成部門か否か」 ([2010-05-10-1]) も参照.

 ・ Jucker, Andreas H. "Historical Pragmatics." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 110--22.
 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

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2012-06-07 Thu

#1137. prophet の原義と文献学 [etymology][greek][philology]

 prophet には,「預言者」および「予言者」の両方の意味がある.その語源は,ギリシア語 prophḗtēs に遡り,pro- "before, forth" + -phḗtēs "sayer" という語形成である.後半要素は,動詞 phēmí "I say" に基づく派生名詞であり,つまるところ prophet の原義は "one who speaks before/forth" 辺りであると想像される.
 だが,pro- に割り当てられた2つの現代英語訳語 "before" と "forth" とでは,全体の解釈が異なってくる."before" をとれば「前もって言い当てる人」となり,「予言者」に等しい,"forth" をとれば「公言(公表)する人」となり,むしろ「預言者」に近い.預言はたいてい予言でもあるので,両者の語義は近く,原義がいずれであったかを定めること難しい問題である.ところが,ギリシア語には動詞 prophēmi があり,そこでの意味は「予言する」である.とすると,prophḗtēs は,この動詞から派生した名詞であると考えるのが妥当であり,その原義は対応する「予言」に違いない,と考えられる.
 しかし,ここからが文献学の出番である.Fortson (7) によれば,テキストからの証拠に従うと,名詞 prophḗtēs は動詞 prophēmi よりも700年も前に現われるのである.また,pro- をもつ他の語を調べると,この接頭辞の原義は "before" ではなく,"before" の語義の発達は prophḗtēs の出現の後の出来事らしいことがわかってくる.このように見ると,本来 prophḗtēs とは "one who speaks forth or announces the will of the gods" の意であり,"one who foretells the future" の意は後世の発達であると結論づけることができる.語の原義や意味の発達を正確に跡づけるために,文献学的な様々の証拠を援用する必要があることを教えてくれる好例だろう.
 なお,接頭辞 pro- については,[2011-03-23-1]の記事「#695. 語根 fer」を参照.

 ・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.

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2011-01-25 Tue

#638. 国家的事業としての OED 編纂 [oed][philology]

 [2010-02-25-1]の記事で OED 制作プロジェクトについて触れた.そこでは,1857年の時点で英語世界に存在した英語辞書のもつ数々の問題点が,新しい本格辞書の編纂の動機づけとなったことを述べた.しかし,当時の大陸ヨーロッパ,特にドイツとフランスにおける文献学のめざましい業績を考慮に入れると,イギリスにおける OED 編纂の背景には,イギリス文献学界の焦燥感,もっと言えば文献学の名を借りた愛国主義があったのである.
 19世紀にヨーロッパで隆盛した比較言語学を支えていたのは主にドイツ人だった.その最新の比較言語学の成果を反映して,グリム兄弟 ( Jacob and Wilhelm Grimm ) は1838年,後に高評を得ることになるドイツ語辞典 Deutches Wörterbuch の編纂を開始していた(第1巻は1852年に出版され,全32巻の完成はなんと1961年のこと).フランスでも,Paul-Émile Littré が1844年にフランス語辞典 Dictionnaire de la langue française を開始していた(1863--1873年にかけて4巻が出版された).大陸ヨーロッパにおけるこの2つの偉業を目の当たりにして,イギリス文献学の関係者は完全に焦っていた.例えば,The Philological Society の会長だった Richard Morris は1875年の会長講演で,この60年間イギリスは独立した研究によって比較言語学の進展にほとんど貢献することができなかったと嘆いている.その次期会長を務めた Henry Sweet も1877年に同様の趣旨でイギリス文献学の出遅れを憂慮した.
 OED の編集主幹 James Murray もそのようなイギリス文献学の焦燥感を共有していたが,新しい辞書を作るのに拙速は慎むべきだとの強い意見をもっていた.ドイツとフランスの偉業を見て,イギリスの新辞書はより完璧でなければならないと,野心的なライバル意識を燃やしていた.大陸のライバルに単に追いつこうとするのではなく,追い越そうと遠望していたのである.実際,イギリス内でもそのような期待が抱かれていた.オックスフォード大学の Max Müller (比較言語学をイギリスに根付かせることに貢献したドイツ人学者)は,1878年に OED の編纂に対して熱い期待を寄せた.

In an undertaking of such magnitude, in which one might almost say that the national honour of England is engaged, no effort should be spared to make the work as perfect as possible, and at all events no unworthy rival of the French Dictionary lately published by Littré, or the German Dictionary undertaken by the Brothers Grimm. (qtd in Mugglestone, p. 5)


 OED の編纂に直接イギリスという国が国家的に参与したということはない.しかし,少なくとも文献学者にとっては OED 編纂は国の威信をかけた大事業だったのである.OED のページを繰るたびに,編纂者の勤勉さ,いや狂気ともいうべき凄みを感じる.そこには単なる学問的な関心以上の何かがあると考えざるを得ない.それが愛国心なのだろうと思うと,すえ恐ろしい気もする.

 ・ Mugglestone, Linda. "'Pioneers in the Untrodden Forest': The New English Dictionary." Lexicography and the OED: Pioneers in the Untrodden Forest. Ed. Lynda Mugglestone. Oxford: OUP, 2000. 1--21.

Referrer (Inside): [2020-10-24-1] [2011-01-31-1]

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2010-10-21 Thu

#542. 文学,言語学,文献学 [philology][pragmatics][linguistics][literature]

 文学 ( literature ) と言語学 ( linguistics ) のあいだの距離が開いてきたということは,すでに言われるようになって久しい.また,文献学 ( philology ) が20世紀後半より衰退してきていることも,随所で聞かれる.この2点は,広く世界的にも英語の領域に限っても等しく認められるのではないか.もちろん両者は互いに深く関係している.
 Fitzmaurice (267--70) がこの状況を簡潔に記しているので,まとめておきたい.

(1) 20世紀後半より,言語学は文学テクストを不自然な言葉として避けるようになった.
(2) 一方で文学は理論的な方法論を追究し,言葉そのものへの関心からは離れる傾向にあった.例えば現在の英文学の主流に新歴史主義 ( new historicism ) があるが,その基礎は英語史の知見にあるというよりは人類学の発展にある.
(3) 言語学は,逸話よりも数値を重視する方向で進んできた.
(4) 一方で文学は,数値よりも逸話を重視する方向で進んできた.

 このように文学と言語学が両極化の道を歩んできたことは,当然その間に位置づけられる文献学の衰退にもつながってくる.文学と言語学の方法論をバランスよく取り入れた文献学的な研究というものが一つの目指すべき理想なのだろうが,それが難しくなってきている.もっとも,この10年くらいは上記の認識が各所で危惧をもって表明されるようになり,文学と言語学を近づけ,文献学に新たな息を吹き込むような新たな試みが出始めてきている.近年の歴史語用論 ( historical pragmatics ) の盛り上がりも,その新たな試みの一つの現われと考えられるだろう.

 ・ Fitzmaurice, James. "Historical Linguistics, Literary Interpretation, and the Romances of Margaret Cavendish." Methods in Historical Pragmatics. Ed. Susan Fitzmaurice and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 2007. 267--84.

Referrer (Inside): [2019-08-22-1]

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