hellog〜英語史ブログ

#1746. 看板表記のローマ字[language_planning][japanese][writing][grammatology][linguistic_landscape]

2014-02-06

 社会言語学の概念で,言語環境あるいは言語景観というものがある.「#1612. 道路案内標識,ローマ字から英語表記へ」 ([2013-09-25-1]) および「#1613. 道路案内標識の英語表記化と「言語環境」」 ([2013-09-26-1]) で話題にしたように,街にある標識や看板などの文字の使い方は,街の印象を決定すると同時に,諸々の言語の重要性やその象徴的な威信を反映していると考えられる.このような観点から,日本でも街の看板表記のフィールドワークが行われるようになってきた.
 2001--02年にかけて染谷が小田急線沿線の駅周辺で行った店名看板調査も,そのような試みの1つである.日常生活の匂いがする商店街をターゲットに,計千件の看板の文字種を調査した.漢字・ひらがな・カタカナ・ローマ字のうち,どの文字種(の組み合わせ)が看板に用いられているかを示したのが以下の表である(染谷,p. 224 より).

組み合わせ看板数(件)
漢字197
ひらがな21
カタカナ49
ローマ字109
1種合計376
漢字+ひらがな220
漢字+カタカナ130
漢字+ローマ字30
ひらがな+カタカナ10
ひらがな+ローマ字10
カタカナ+ローマ字42
2種合計442
漢+ひら+カタ77
漢+ひら+ロマ27
漢+カタ+ロマ44
ひら+カタ+ロマ9
3種合計157
漢+ひら+カタ+ロマ24
4種合計24


 概ね直感と合う結果と思われる,漢字のみ,あるいは漢字+ひらがなで表記される看板が最も多い.現代日本語の最も一般的な表記の状況を反映しているといってよいだろう.しかし,思いのほか多かったのがローマ字単独表記である.他の文字種との組み合わせも足し合わせると,ローマ字の存在感は決して小さくない.BAR, CAFE, CLEANING, COSMETIC, HAIRCUT, PUB など店の業種や扱っている商品によってローマ字使用が多いケースがあることは容易に理解できるが,WADAYA, LaLaLa, ASTORIA, Sis., FRAIS, Pappa Duduu など業種が想像できないようなものも多かったという.
 染谷 (239) は,看板におけるローマ字表記について次のような可能性を指摘している.

むしろ最近気になるのは、ローマ字表記の縦書き看板である。たとえば、JRの駅の柱には駅名が「Shinjuku」のように横書きで九〇度回転した状態で表示してある。日常こういう表記に慣れていたが、今回の最終で「HOTEL」、「英会話NOVA」、「ZOO」(店名)のようなローマ字の縦書き看板は多くはないが確実に見られる。首を横にしないで見られるローマ字の縦書き看板は今後増える可能性があるかもしれない。とすれば、一般の表記にも影響する可能性がある。縦書きの文章に縦書きのローマ字表記が出てくる時代がくるのだろうか。


 染谷 (243) は続けて,危惧をも表明している.

外国語表記を主体としたローマ字だけの店名看板も少なからず見え、日常と関わりの深いところでこのような表記を目にしていると、自ずから日本人の文字生活にも影響を与えるのではないかという危惧がある。特に、一部に見える縦書きローマ字が進出してくれば、綴り字が複雑でない英単語などが漢字仮名交じり文に入り込む可能性も十分考えられ得るのではないか。


 通常,言語環境は一般の言語使用の影響を受けていると考えられるが,逆に言語環境が一般の言語使用に影響を及ぼすという方向も十分にありうると思われる.言語環境は,言語使用を反映すると同時に,それに影響を及ぼしもするのだ.2020年の東京オリンピックをにらんで,東京(そして日本全国)にローマ字の標識や看板の増えてくる可能性が高いが,そのような言語環境の変化は,徐々に一般の日本語使用にも影響を及ぼさずにはおかないだろう

 ・ 染谷 裕子 「看板の文字表記」『現代日本語講座 第6巻 文字・表記』(飛田 良文,佐藤 武義(編)) 明治書院,2002年,221--43頁.

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