hellog〜英語史ブログ

#2138. 日本の言語景観の推移[linguistic_landscape]

2015-03-05

 「#1612. 道路案内標識,ローマ字から英語表記へ」 ([2013-09-25-1]),「#1613. 道路案内標識の英語表記化と「言語環境」」 ([2013-09-26-1]),「#1746. 看板表記のローマ字」 ([2014-02-06-1]) で話題にしてきたように,言語景観 (linguistic_landscape) という概念が社会言語学で定着してきている.言語景観は「特定の領域あるいは地域の公共的・商業的表示における言語の可視性と顕著性」(庄司ほか,p. 9)と定義され,2000年代に入ってからは世界中で様々な研究が行われてきた.以下,庄司ほか (9--10) を参照して,日本の言語景観の推移の概略を示そう.
 日本の言語景観の歴史はそれよりもずっと古い.1962年には正井泰夫が「新宿の都市言語景観」を調査しており,そこでは店名看板の言語や文字種などが調べられている.正井の先駆的な調査以降,いくつかの調査が続き,国内の言語景観の通時的な全体像が明らかになってきた.
 大雑把に戦後の推移をみると,1980年以前は,日本人を対象とした装飾的な西欧語使用の拡大に特徴づけられ,日本の言語景観の「西欧化」と呼ぶことができる.
 1980年代以降は,国内で着々と増加してきた外国人のための多言語表示が顕著となってきた.国,自治体,交通機関などが「言語サービス」として英語やローマ字などで道路標識,街区表示板,地下鉄案内板,避難標識を設置するようになった.近年では,中国語,韓国・朝鮮語,点字も目に付くようになってきた.このような潮流は,日本の言語景観の「国際化」と呼べるだろう.
 もう1つの注目すべき潮流は,日本に在住する外国人が主にコミュニティ内の情報交換のために掲げる表示の増加である.東京の新大久保のコリアンタウン,大阪生野区の在日韓国・朝鮮人社会,日系人が多く住む関東や東海の産業都市などが考えられる.この発展は日本の言語景観の「多民族化」と言及することができる.
 2020年の東京オリンピック開催に向けて,向こう数年の間で日本の言語景観はさらに変化を遂げてゆくことになるだろう.この潮流はどのように呼ばれることになるのだろうか.まさに今,新しい日本の言語景観が生まれつつあるのだ.
 言語景観研究の奥行きと可能性を示すために,庄司ほかで取り上げられているトピックを挙げておこう.

 ・ 多言語化と言語景観――言語景観からなにがみえるか
 ・ 経済言語学からみた言語景観――過去と現在
 ・ 言語景観と公共圏の起源
 ・ 言語景観の中の看板表記とその地域差――小田急線沿線の実態調査報告
 ・ 地下鉄案内板にみるローマ字表記――東京における1999年の実態
 ・ 日本の言語景観の行政的背景――東京を事例として
 ・ 視聴覚障害者にとっての言語景観――東京山手線の展示調査から
 ・ 言語景観における移民言語のあらわれかた――コリアンコミュニティの言語変容を事例に

 ・ 庄司 博史・P・バックハウス・F・クルマス(編著) 『日本の言語景観』 三元社,2009年.

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