日本語の漢字という文字体系がもつ,極めて特異な性質の1つに,音読みと訓読みの共存がある.多くの漢字が,音と訓というまったく異なる発音に対応しており,場合によっては音読みには呉音,漢音,唐宋音(例として,脚気,脚本,行脚)が区別され,訓読みにも熟字訓などを含め複数の読みが対応することがある.1つの文字に互いに関連しない複数の音形があてがわれているような文字体系は,世界広しといえども,現代では日本語の漢字くらいしかない.歴史を遡れば,シュメール語 (Sumerian) の楔形文字にも漢字の音と訓に相当する2種類の読みが認められたが,いずれにせよ非常に珍しい文字体系であることは間違いない.
しかし,この漢字の特異性は,音と訓が体系的に備わっているという点にあるのであって,散発的にであれば英語にも似たような綴字と発音の関係がみられる.それは,ラテン語の語句をそのままの綴字あるいは省略された綴字で借用した場合で,(1) ラテン語として発音するか頭字語 (acronym) として発音する(概ね音読みに相当),あるいは (2) 英語へ読み下して(翻訳して)発音するか(訓読みに相当)で揺れが認められることがある.具体例を見るのが早い.以下,鈴木 (146--48) に補足して例を挙げる.
表記(綴字) | ラテン語(音読み) | 英語読み下し(訓読み) |
cf. | confer, /siː ˈɛf/ | (compare) |
e.g. | exempli gratia, /iː ˈʤiː/ | for example |
etc. | et cetera, /ˌɛt ˈsɛtərə/ | and so on |
i.e. | id est, /ˌaɪ ˈiː/ | that is |
viz. | videlicet, /vɪz/ | namely |
vs. | versus, /ˈvɜːsəs/ | against |
表記(綴字) | ラテン語(音読み) | 仏語読み下し(訓読み) |
1o | primo /primo/ | premièrement |
2o | secundo /səgɔ̃do/ | deuxièmement |
3o | tertio /tɛrsjo/ | troisièmement |
id. | idem /idɛm/ | la même |
N.B. | nota bene /nɔta bene/ | note bien |
op. cit. | opere citato | à l'ouvrage cité |
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow