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phoneme - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2022-08-20 08:23

2016-07-21 Thu

#2642. 言語変化の種類と仕組みの峻別 [terminology][language_change][causation][phonemicisation][phoneme][how_and_why]

 連日 Hockett の歴史言語学用語に関する論文を引用・参照しているが,今回も同じ論文から変化の種類 (kinds) と仕組み (mechanism) の区別について Hockett の見解を要約したい.
 具体的な言語変化の事例として,[f] と [v] の対立の音素化を取り上げよう.古英語では両音は1つの音素 /f/ の異音にすぎなかったが,中英語では語頭などに [v] をもつフランス単語の借用などを通じて /f/ と /v/ が音素としての対立を示すようになった.
 この変化について,どのように生じたかという具体的な過程には一切触れずに,その前後の事実を比べれば,これは「音韻の変化」であると表現できる.形態の変化でもなければ,統語の変化や語彙の変化でもなく,音韻の変化であるといえる.これは,変化の種類 (kind) についての言明といえるだろう.音韻,形態,統語,語彙などの部門を区別する1つの言語理論に基づいた種類分けであるから,この言明は理論に依存する営みといってよい.前提とする理論が変われば,それに応じて変化の種類分けも変わることになる.
 一方,言語変化の仕組み (mechanism) とは,[v] の音素化の例でいえば,具体的にどのような過程が生じて,異音 [v] が /f/ と対立する /v/ の音素の地位を得たのかという過程の詳細のことである.ノルマン征服が起こって,英語が [v] を語頭などにもつフランス単語と接触し,それを取り入れるに及んで,語頭に [f] をもつ語との最小対が成立し,[v] の音素化が成立した云々ということである(この音素化の実際の詳細については,「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1]),「#2219. vane, vat, vixen」 ([2015-05-25-1]) などの記事を参照).仕組みにも様々なものが区別されるが,例えば音変化 (sound change),類推 (analogy),借用 (borrowing) の3つの区別を設定するとき,今回のケースで主として関与している仕組みは,借用となるだろう.いくつの仕組みを設定するかについても理論的に多様な立場がありうるので,こちらも理論依存の営みではある.
 言語変化の種類と仕組みを区別すべきであるという Hockett の主張は,言語変化のビフォーとアフターの2端点の関係を種類へ分類することと,2端点の間で作用したメカニズムを明らかにすることとが,異なる営みであるということだ.各々の営みについて一組の概念や用語のセットが完備されているべきであり,2つのものを混同してはならない.Hockett (72) 曰く,

My last terminological recommendation, then, is that any individual scholar who has occasion to talk about historical linguistics, be it in an elementary class or textbook or in a more advanced class or book about some specific language, distinguish clearly between kinds and mechanisms. We must allow for differences of opinion as to how many kinds there are, and as to how many mechanisms there are---this is an issue which will work itself out in the future. But we can at least insist on the main point made here.


 関連して,Hockett (73) は,言語変化の仕組み (mechanism) と原因 (cause) という用語についても,注意を喚起している.

'Mechanism' and 'cause' should not be confused. The term 'cause' is perhaps best used of specific sequences of historical events; a mechanism is then, so to speak, a kind of cause. One might wish to say that the 'cause' of the phonologization of the voiced-voiceless opposition for English spirants was the Norman invasion, or the failure of the British to repel it, or the drives which led the Normans to invade, or the like. We can speak with some sureness about the mechanism called borrowing; discussion of causes is fraught with peril.


 Hockett の議論は,言語変化の what (= kind) と how (= mechanism) と why (= cause) の用語遣いについて改めて考えさせてくれる機会となった.

 ・ Hockett, Charles F. "The Terminology of Historical Linguistics." Studies in Linguistics 12.3--4 (1957): 57--73.

Referrer (Inside): [2018-06-09-1] [2018-01-05-1]

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2016-05-22 Sun

#2582. 2重母音の半自律性 [vowel][diphthong][phonetics][phonology][phoneme]

 2重母音 (diphthong) は,単母音 (monophthong) やその他の「母音」と名のつく単位とともに,1つの母音体系をなし,子音体系と対立するものと考えられるが,一方で,単母音とも子音とも異なる第3の体系をなすという考え方もあり得るようだ.Samuels (32) 曰く,

. . . it is uncertain whether diphthongs should be regarded as constituting a third system, distinct from those of vowels or consonants. They evidently perform the same function as vowels in structure, and in some systems it would be misleading to separate them since they patently complete a vowel-pattern that would otherwise be incomplete. At the same time, the degree of phonetic distinctiveness from neighbouring vowels that is achieved by the gliding property of diphthongs is often greater than might be expected, and they are therefore better regarded as a partly autonomous section of the vowel system as a whole; they possess an extra feature that enables them to remain close to, yet distinct from, vowels in the total vocalic space available, and their function can be important. It is probably for this reason that where, by simplificatory change, diphthongs merge with monophthongs (e.g. OE ēo > ME /e:/, ēa > /ɛ:/) a new series of diphthongs arises, as seen in ME dai, sauȝ . . .; or, conversely, where extra diphthongs are created, other diphthongs are monophthongised . . . .


 なるほど,限られた音韻空間 (phonological space) を最大限に活用するためには,単母音ではないが,それと同等の機能単位として2重母音なるものを作り出すことができれば有効だろう.このように考えると,単母音と2重母音は有限の音韻空間を使いこなすために協同しているかのように見えてくる.協同できるということは,互いに仲間ではあるが個としては独立しているということでもあり,言い換えれば半自律的ということにもなる.
 上の引用の最後で触れられているが,英語の音韻史をひもとくと,2重母音を欠いている時期はないではないが,そのような時期は長くは続かず,やがて新しい2重母音が生み出されて,単母音との協同が再開している (「#2052. 英語史における母音の主要な質的・量的変化」 ([2014-12-09-1]) の表における OE--ME および 12th c. の欄を参照) .2重母音の存在があたかも半ば義務であるかのように感じさせる音韻史である.
 私は音韻理論にはあまり詳しくないが,このような2重母音の見方は現在の音韻理論に反映されているのだろうか (cf. 「#1404. Optimality Theory からみる大母音推移」 ([2013-03-01-1]),「#2081. 依存音韻論による大母音推移の分析」 ([2015-01-07-1])) .関連して,長母音や3重母音などはどのように位置づけられているのだろうか.2重母音と同様に半自律的な体系なのか,あるいは単母音体系か2重母音体系の下位区分にすぎないのか.通時的な音韻変化の観点から理論的に迫ってみたい問題である.

 ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.

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2016-03-19 Sat

#2518. 子音字の黙字 [silent_letter][phoneme][grapheme][spelling_pronunciation_gap][spelling][consonant][phonology][orthography][digraph][statistics][haplology][spelling_pronunciation]

 磯部 (118) の調べによると,現代英語の正書法において子音字が黙字 (silent_letter) を含む語形は,派生語や屈折形を含めて420語あるという.子音字別に内訳を示すと以下の通り.<b> (24 words), <c> (11), <ch> (4), <d> (17), <f> (2), <g> (41), <gh> (41), <h> (57), <k> (11), <l> (67), <m> (1), <n> (14), <s> (22), <p> (31), <ph> (2), <r> (1), <t> (37), <th> (2), <w> (33), <x> (2) .磯部論文では,これらの具体例がひたすら挙げられており,壮観である.以下,読んでいておもしろかった点,意外だった例などを独断と偏見で抜き出し,紹介したい.

 (1) 語末の <mb> で <b> が黙字となる例は「#34. thumb の綴りと発音」 ([2009-06-01-1]), 「#724. thumb の綴りと発音 (2)」 ([2011-04-21-1]), 「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1]),「#1917. numb」 ([2014-07-27-1]) などで挙げてきたが,もう少し例を追加できる.古英語や中英語で <b> (= /b/) はなかったが,後に <b> が挿入されたものとして limb, crumb, numb, thumb がある.一方,かつては実現されていた <b> = /b/ が後に無音化した例として,climb, bomb, lamb, comb, dumb, plumb, succumb がある.<mb> の組み合わせでも,rhomb (菱形), zimb (アブの一種), iamb (弱強格)などの専門用語では <b> が発音されることもある.
 (2) 「#2362. haplology」 ([2015-10-15-1]) の他の例として,mineralogy < mineralology, pacifism < pacificism, stipend < stipi-pendium, tragicomedy < tragic comedy がある.
 (3) perhaps はくだけた発音では /præps/ となり,<h> は黙字となる.
 (4) iron において,アメリカ英語では <r> は発音されるが,イギリス英語では <r> が無音の /ˈaɪən/ となる.
 (5) kiln
 
は綴字発音 (spelling_pronunciation) の /kɪln/ が普通だが,中英語期に <n> が無音となった歴史的な発音 /kɪl/ もある.同様に Milne も /mɪln/ が普通だが,Jones の発音辞典 (1967) では /mɪl/ のみが認められていたというから,綴字発音はつい最近のことのようだ.
 (6) Christmas は注意深い発音では /ˈkrɪstməs/ となり <t> は黙字とならない.このような子音に挟まれた環境では,歴史的に <t> は無音となるのが通常だった (see 「#379. oftenspelling pronunciation」 ([2010-05-11-1])) .
 (7) 航海用語としての southeast, northeast では <th> は無音となる./saʊ ˈiːst/, /nɔːr ˈiːst/ .

 この論文を熟読すると,君も黙字のプロになれる!

 ・ 磯部 薫 「Silent Consonant Letter の分析―特に英語史の観点から見た場合を中心として―」『福岡大学人文論叢』第5巻第1号, 1973年.117--45頁.

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2016-03-17 Thu

#2516. 子音音素と子音文字素の対応表 [phoneme][grapheme][spelling_pronunciation_gap][spelling][consonant][phonology][orthography][digraph][statistics]

 昨日の記事「#2515. 母音音素と母音文字素の対応表」 ([2016-03-16-1]) に引き続き,磯部 (19--21) を参照して,子音(字)の対応表を掲げる.

 consonantal phonemeconsonantal grapheme の例種類
1/p/p, gh, pp, ph, pe5
2/b/b, bh, bb, pb, be5
3/t/t, th, pt, ct, ed, tt, bt7
4/d/d, bd, dh, dd, ed, ddh6
5/k/k, c, kh, ch, que, qu, cque, cqu, q, cch, cc, ck, che, ke, x, gh, cu17
6/q/g, gu, gh, gg, gue5
7/ʧ/ch, tch, t, c, cz, te, ti7
8/ʤ/j, g, dg, gi, ge, dj, g, di, d, dge, gg, ch12
9/f/f, ph, gh, ff, v, pph, u, fe8
10/v/v, f, ph, vv, v5
11/θ/th1
12/ð/th1
13/s/s, sci, c, sch, ce, ps, ss, sw, se9
14/z/z, se, x, ss, cz, zz, sc7
15/ʃ/sh, shi, sch, s, si, ss, ssi, ti, ch, ci, ce, sci, chsi, se, c, psh, t17
16/ʒ/s, z, si, zi, ti, ge6
17/h/h, wh, x3
18/m/m, mb, mn, mm, mpd, gm, me7
19/n/n, mn, ne, pn, kn, gn, nn, mpt, ln, dn10
20/ŋ/ng, n, ngue, nd, ngh5
21/l/l, ll, le3
22/r/r, rh, rrh, rr, wr5
23/j/y, j, i, ll4
24/w/w, o, ou, u4
 合計 159


 数で見ると,24種類の音素に対して計159種類の文字素(digraph 等を含む)が対応している.平均して1音素を表すのに6.625個の文字素が使用されうるということになる.
 昨日取り上げた母音と今日の子音とを合算すると,44種類の音素に対して計400個の文字素(digraph 等を含む)が認められることになり,平均して1音素を表すのに9.09個の文字素が使用されうるということになる.
 発音と綴字の組み合わせが多様化してきた歴史的要因については「#2405. 綴字と発音の乖離 --- 英語綴字の不規則性の種類と歴史的要因の整理」 ([2015-11-27-1]) で触れた通りだが,それにしてもよくここまで複雑化してきたものだ.

 ・ 磯部 薫 「現代英語の単語の spelling と sound のdiscrepancy について―特に英語史の観点から見た orthography と phonology の関係について―」『福岡大学人文論叢』第8巻第1号, 1976年.49--75頁.

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2016-03-16 Wed

#2515. 母音音素と母音文字素の対応表 [phoneme][grapheme][spelling_pronunciation_gap][spelling][vowel][phonology][orthography][digraph][statistics]

 現代英語の音素と文字素の対応について詳細に記述した磯部の論文を入手した.淡々と列挙される事例を眺めていると,いかに漏れのないよう細心の注意を払いつつ例を集め,網羅的に整理しようとしたかという,磯部の姿勢が伝わってくる.今回は,磯部 (18--19) に掲げられている母音に関する音素と文字素の対応表を再現したい.各々の対応を含む実際の語例については,直接論文に当たっていただきたい

 vocalic phonemevocalic grapheme の例種類
1/i/ee, ea, e, e...e, ei, ie. eo, i, ae, oe, ay, ey, eau, e, ui15
2/ɪ/i, ie, e, y, o, ui, ee, u, ay, ea, ei, ia, ai, a, ey, eight16
3/e/e, ea, ai, ay, eo, ie, ei, u, eh, ey, ae, egm, a, oe15
4/æ/a, ai2
5/ʌ/u, o, ou, oo, oe, ow6
6/ɑ/are, ah, al, ar, a, er, au, aa, ear, aar, ir11
7/ɐ/o, a, ow, ou, au, ach6
8/ɔ/aw, a, al, au, ough, oa, or, our, oo, ore, oar, as, o, augh15
9/ʊ/oo, o, ou, oul, oe, or7
10/uː/oo, o, o...e, u, wo, oe, ou, uh, ough, ow, ui, eux, ioux, eu, ew, ieu, ue, oeu18
11/ɜ/ur, urr, ear, ir, err, er, or, olo, our, eur, yr, yrrh12
12/ə/a, u, ar, o, e, ia, i, ough, gh, ou, er, o(u)r, or, ei, ure, eon, oi, or, oar19
13/eɪ/a...e, a, ea, ai, ei, ay, ao, eh, ey, eigh, ag, aig, e, alf, aa, au, ae, oi, e, et20
14/ɑɪ/i, i...e, eye, ay, ie, y, igh, uy, y...e, ign, ye, eigh, is, ui, oi, ey, ei, ais19
15/ɔɪ/oi, oy, eu, uoy4
16/əʊ/o...e, ol, ow, oh, owe, o, ou, oa, oe, eo, ew, ough, eau, au, ogn16
17/aʊ/ow, aou, ou, eo, au, ough, iaour7
18/ɪə/ear, eer, ia, ere, eir, ier, a, ea, eu, iu, e, eou, eor, iou, io, ir16
19/eə/are, air, ear, eir, ere, aire, ar, ayor8
20/ʊə/uo, oer, oor, ure, our, ua, ue, we, uou9
 合計 241


 この発音の分類では強勢・無強勢音節の区別が考慮されておらず,解釈に注意を要する点はあるが,これまでにみてきた類似の対応表のなかでも相当に網羅的な部類といっていいだろう.
 数でいえば,20種類の音素に対して計241種類の文字素(digraph 等を含む)が対応している.平均して1音素を表すのに12.05個の文字素が使用されうるということになる.

 ・ 磯部 薫 「現代英語の単語の spelling と sound のdiscrepancy について―特に英語史の観点から見た orthography と phonology の関係について―」『福岡大学人文論叢』第8巻第1号, 1976年.49--75頁.

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2015-12-17 Thu

#2425. 書き言葉における母音長短の区別の手段あれこれ [writing][digraph][grapheme][orthography][phoneme][ipa][katakana][hiragana][diacritical_mark][punctuation][final_e]

 昨日の記事「#2424. digraph の問題 (2)」 ([2015-12-16-1]) では,二重字 (digraph) あるいは複合文字素 (compound grapheme) としての <th> を題材として取り上げ,第2文字素 <h> が発音区別符(号) (diacritical mark; cf. 「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1]) として用いられているという見方を紹介した.また,それと対比的に,日本語の濁点やフランス語のアクサンを取り上げた.その上で,濁点やアクサンがあくまで見栄えも補助的であるのに対して,英語の <h> はそれ自体で単独文字素としても用いられるという差異を指摘した.もちろん,いずれかの方法を称揚しているわけでも非難しているわけでもない.書記言語によって,似たような発音区別機能を果たすべく,異なる手段が用意されているものだということを主張したかっただけである.
 この点について例を挙げながら改めて考えてみたい.短母音 /e/ と長母音 /eː/ を区別したい場合に,書記上どのような方法があるかを例に取ろう.まず,そもそも書記上の区別をしないという選択肢があり得る.ラテン語で短母音をもつ edo (I eat) と長母音をもつ edo (I give out) がその例である.初級ラテン語などでは,初学者に判りやすいように前者を edō,後者を ēdō と表記することはあるが,現実の古典ラテン語テキストにおいてはそのような長音記号 (macron) は現われない.母音の長短,そしていずれの単語であるかは,文脈で判断させるのがラテン語流だった.同様に,日本語の「衛門」(えもん)と「衛兵」(えいへい)における「衛」においても,問題の母音の長短は明示的に示されていない.
 次に,発音区別符号や補助記号を用いて,長音であることを示すという方法がある.上述のラテン語初学者用の長音記号がまさにその例だし,中英語などでも母音の上にアクサンを付すことで,長音を示すという慣習が一部行われていた.また,初期近代英語期の Richard Hodges による教育的綴字にもウムラウト記号が導入されていた (see 「#2002. Richard Hodges の綴字改革ならぬ綴字教育」 ([2014-10-20-1])) .これらと似たような例として,片仮名における「エ」に対する「エー」に見られる長音符(音引き)も挙げられる.しかし,「ー」は「エ」と同様にしっかり1文字分のスペースを取るという点で,少なくとも見栄えはラテン語長音記号やアクサンほど補助的ではない.この点では,IPA (International Phonetic Alphabet; 国際音標文字)の長音記号 /ː/ も「ー」に似ているといえる.ここで挙げた各種の符号は,それ単独では意味をなさず,必ず機能的にメインの文字に従属するかたちで用いられていることに注意したい.
 続いて,平仮名の「ええ」のように,同じ文字を繰り返すという方法がある.英語でも中英語では met /met/ に対して meet /meːt/ などと文字を繰り返すことは普通に見られた.
 また,「#2423. digraph の問題 (1)」 ([2015-12-15-1]) でも取り上げたような,不連続複合文字素 (discontinuous compound grapheme) の使用がある.中英語から初期近代英語にかけて行われたが,red /red/ と rede /reːd/ のような書記上の対立である.rede の2つ目の <e> が1つ目の <e> の長さを遠隔操作にて決定している.
 最後に,ギリシア語ではまったく異なる文字を用い,短母音を ε で,長母音を η で表わす.
 このように,書記言語によって手段こそ異なれ,ほぼ同じ機能が何らかの方法で実装されている(あるいは,いない)のである.

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2015-12-16 Wed

#2424. digraph の問題 (2) [alphabet][grammatology][writing][digraph][spelling][grapheme][orthography][phoneme][diacritical_mark][punctuation]

 昨日の記事 ([2015-12-15-1]) に引き続いての話題.現代英語の二重字 (digraph) あるいは複合文字素 (compound grapheme) のうち,<ch>, <gh>, <ph>, <sh>, <th>, <wh> のように2つめの文字素が <h> であるものは少なくない.すべてにあてはまるわけではないが,共時的にいって,この <h> の機能は,第1文字素が表わす典型的な子音音素のもつ何らかの弁別特徴 (distinctive feature) を変化させるというものだ.前舌化・破擦音化したり,摩擦音化したり,口蓋化したり,歯音化したり,無声化したり等々.その変化のさせかたは一定していないが,第1文字素に対応する音素を緩く「いじる」機能をもっているとみることができる.音素より下のレベルの弁別特徴に働きかける機能をもっているという意味においては,<h> は機能的には独立した文字というよりは発音区別符(号) (diacritical mark; cf. 「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1]) に近い.このように機能としては補助的でありながら,体裁としては独立した文字素 <h> を騙っているという点が,あなどれない.
 日本語の仮名に付す発音区別符号である濁点を考えよう.メインの文字素「か」の右肩に,さほど目立たないように濁点を加えると「が」となる.この濁点は,濁音性(有声性)という弁別特徴に働きかけており,機能としては上述の <h> と類似している.同様に,フランス語の正書法における <é>, <è>, <ê> などのアクサンも,メインとなる文字素 <e> に補助的に付加して,やや閉じた調音,やや開いた調音,やや長い調音などを標示することがある.つまり,メインの音価の質量にちょっとした改変を加えるという補助的な機能を果たしている.日本語の濁点やフランス語のアクサンは,このように,機能が補助的であるのと同様に,見栄えにおいてもあくまで補助的で,慎ましいのである.
 ところが,複合文字素 <th> における <h> は事情が異なる.<h> は,単独でも文字素として機能しうる.<h> はメインもサブも務められるのに対し,濁点やアクサンは単独でメインを務めることはできない.換言すれば,日本語やフランス語では,サブの役目に徹する発音区別符号というレベルの単位が存在するが,英語ではそれが存在せず,あくまで視覚的に卓立した <h> という1文字が機能的にはメインのみならずサブにも用いられるということである.昨日に引き続き改めて強調するが,このように英語の正書法では,機能的にレベルの異なるものが,形式上区別なしに用いられているという点が顕著なのである.
 なお,2つの異なるレベルを分ける方策として,合字 (ligature) がある.<ae>, <oe> は2つの単独文字素の並びだが,合字 <æ>, <œ> は1つの複合文字素に対応する.いや,この場合,合字はすでに複合文字素であることをやめて,新しい単独文字素になっていると見るべきだろう (see 「#2418. ギリシア・ラテン借用語における <oe>」 ([2015-12-10-1]),「#2419. ギリシア・ラテン借用語における <ae>」 ([2015-12-11-1])) .

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2015-12-15 Tue

#2423. digraph の問題 (1) [alphabet][grammatology][writing][digraph][spelling][grapheme][terminology][orthography][final_e][vowel][consonant][diphthong][phoneme][diacritical_mark][punctuation]

 現代英語には <ai>, <ea>, <ie>, <oo>, <ou>, <ch>, <gh>, <ph>, <qu>, <sh>, <th>, <wh> 等々,2文字素で1単位となって特定の音素を表わす二重字 (digraph) が存在する.「#2049. <sh> とその異綴字の歴史」 ([2014-12-06-1]),「#2418. ギリシア・ラテン借用語における <oe>」 ([2015-12-10-1]),「#2419. ギリシア・ラテン借用語における <ae>」 ([2015-12-11-1]) ほかの記事で取り上げてきたが,今回はこのような digraph の問題について論じたい.beautiful における <eau> などの三重字 (trigraph) やそれ以上の組み合わせもあり得るが,ここで述べる digraph の議論は trigraph などにも当てはまるはずである.
 そもそも,ラテン語のために,さらに遡ればギリシア語やセム系の言語のために発達してきた alphabet が,それらとは音韻的にも大きく異なる言語である英語に,そのままうまく適用されるということは,ありようもない.ローマン・アルファベットを初めて受け入れた古英語時代より,音素の数と文字の数は一致しなかったのである.音素のほうが多かったので,それを区別して文字で表記しようとすれば,どうしても複数文字を組み合わせて1つの音素に対応させるというような便法も必要となる.例えば /æːa/, /ʤ/, /ʃ/ は各々 <ea>, <cg>, <sc> と digraph で表記された (see 「#17. 注意すべき古英語の綴りと発音」 ([2009-05-15-1])) .つまり,英語がローマン・アルファベットで書き表されることになった最初の段階から,digraph のような文字の組み合わせが生じることは,半ば不可避だったと考えられる.英語アルファベットは,この当初からの問題を引き継ぎつつ,多様な改変を加えられながら中英語,近代英語,現代英語へと発展していった.
 次に "digraph" という用語についてである.この呼称はどちらかといえば文字素が2つ組み合わさったという形式的な側面に焦点が当てられているが,2つで1つの音素に対応するという機能的な側面を強調する場合,"compound grapheme" (Robert 14) という用語が適切だろう.Robert (14) の説明に耳を傾けよう.

We term ai in French faire or th in English thither, compound graphemes, because they function as units in representing single phonemes, but are further divisible into units (a, i, t, h) which are significant within their respective graphemic systems.


 compound grapheme (複合文字素)は連続した2文字である必要もなく,"[d]iscontinuous compound grapheme" (不連続複合文字素)もありうる.現代英語の「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1]) がその例であり,<name> や <site> において,<a .. e> と <i .. e> の不連続な組み合わせにより2重母音音素 /eɪ/ と /aɪ/ が表わされている.
 複合文字素の正書法上の問題は,次の点にある.Robert も上の引用で示唆しているように,<th> という複合文字素は,単一文字素 <t> と <h> の組み合わさった体裁をしていながら,単一文字素に相当する機能を果たしているという事実がある.<t> も <h> も単体で文字素として特定の1音素を表わす機能を有するが,それと同時に,合体した場合には,予想される2音素ではなく新しい別の1音素にも対応するのだ.この指摘は,複合文字素の問題というよりは,それの定義そのもののように聞こえるかもしれない.しかし,ここで強調したいのは,文字列が横一列にフラットに表記される現行の英語書記においては,<th> という文字列を見たときに,(1) 2つの単一文字素 <t>, <h> が個別の資格でこの順に並んだものなのか,あるいは (2) 1つの複合文字素 <th> が現われているのか,すぐに判断できないということだ.(1) と (2) は文字素論上のレベルが異なっており,何らかの書き分けがあってもよさそうなものだが,いずれもフラットに th と表記される.例えば,<catham> と <catholic> において,同じ見栄えの <th> でも前者は (1),後者は (2) として機能している.(*)<cat-ham>, *<ca(th)olic> などと,丁寧に区別する正書法があってもよさそうだが,一般的には行われていない.これを難なく読み分けられる読み手は,文字素論的な判断を下す前に,形態素の区切りがどこであるかという判断,あるいは語としての認知を先に済ませているのである.言い換えれば,英語式の複合文字素の使用は,部分的であれ,綴字に表形態素性が備わっていることの証左である.
 この「複合文字素の問題」はそれほど頻繁に生じるわけでもなく,現実的にはたいして大きな問題ではないかもしれない.しかし,体裁は同じ <th> に見えながらも,2つの異なるレベルで機能している可能性があるということは,文字素論上留意すべき点であることは認めなければならない.機能的にレベルの異なるものが,形式上区別なしにフラットに並べられ得るという点が重要である.

 ・ Hall, Robert A., Jr. "A Theory of Graphemics." Acta Linguistica 8 (1960): 13--20.

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2015-11-23 Mon

#2401. 音素と文字素 [phonology][phoneme][grammatology][grapheme][writing][double_articulation][sign][semiotics][terminology]

 ここしばらくの間,文字素 (grapheme) とは何かという問題を考えている.音韻論における音素 (phoneme) になぞらえて,文字論における文字素を想定するということは,ある程度の研究史がある.確かに両者には平行的に考えられる点も少なくないのだが,音声言語と書記言語は根本的に性質の異なるところがあり,比喩を進めていくと早い段階でつまずくのである.
 そのキモは,音声言語では2重分節 (double_articulation) が原則だが,書記言語では第1分節こそ常に認められるものの,第2分節は任意であるという点にあるだろうと考えている.第1分節でとどめれば表語文字(あるいは表形態素文字)となり,音声言語と平行的に第2分節まで進めば表音文字(単音文字)となる.
 この辺りの事情は今後じっくり考えていくとして,当面は音素と文字素について平行するところを整理してみたい.Pulgram が便利な一覧を作ってくれているので,それを再現したい.以下,P(honeme) と G(rapheme) の比較対照である.

P1The smallest distinctive audible units of a dialect are its phonemes.G1The smallest distinctive visual units of an alphabet are its graphemes.
P2A phoneme is a class of articulated speech sounds pertaining to one dialect.G2A grapheme is a class of written characters pertaining to one alphabet.
P3The hic et nunc spoken realization of a phoneme is an articulated speech sound or phone.G3The hic et nunc written realization of a grapheme is a written alphabet character or graph.
P4The number of phonemes in each dialect must be limited, the number of phones cannot be.G4The number of graphemes in each alphabet must be limited, the number graphs cannot be.
P5By definition, all phones identifiable as members of one phoneme are its allophones.G5By definition, all graphs identifiable as members of one grapheme are its allographs.
P6The phonetic shape of an allophone is dependent on its producer and on its phonetic surroundings.G6The graphic shape of an allograph is dependent on its producer and on its graphic surroundings.
P7Phones which are not immediately and correctly identifiable as belonging to a certain phoneme when occurring in isolation, may be identified through their meaning position in a context.G7Graphs which are not immediately and correctly identifiable as belonging to a certain grapheme when occurring in isolation, may be identified through their meaningful position in a context.
P8Dialects are subject to phonemic change and substitution.G8Alphabets are subject to graphemic change and substitution.
P9The number, kind, and distribution of phonemes varies from dialect to dialect.G9The number, kind, and distribution of graphemes varies from alphabet to alphabet.


 Pulgram の論文は音素と文字素の平行性を扱ったものである.私は,実はかえってその非平行性を示す点が明らかになるのではないかという期待をもって,この論文を読んでみたのだが,期待外れだった.唯一印象に残ったのは,p. 19 の次の1文のみである.

If today we distinguish between letter (or better grapheme) and speech sound (or better phoneme), the reason is that there has hardly ever existed in any language with some tradition of writing a strictly one to one ratio between the two.


 Pulgram は,音素と文字素の非平行性に気づいていながらも,それを真正面から扱うことを避けたのではないか,という気がしないでもない.

 ・ Pulgram, Ernst. "Phoneme and Grapheme: A Parallel." Word 7 (1951): 15--20.

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2015-07-26 Sun

#2281. 音変化とは? [phonetics][phonology][phoneme]

 英語史内外における発音の変化は,これまでの記事でも多数取り上げてきた.どちらかというと私の関心が形態素とか音素とか,比較的小さい単位にあるので,音という極小の単位の変化も積極的に話題にしてきたという経緯がある.しかし,発音の変化と一口に言っても,実は言語のどのレベルを問題にしているかが判然としないことが多い.それは,物理的な発音の問題なのか,それとも抽象的な音韻(音素)の問題なのか.場合によっては,1音素が形態論的な役割を帯びることもあり,その点では音韻形態論の問題としてとらえるべきケースもある.これらの区別をあえて曖昧にする言い方として「音変化」とか "sound change" という呼称を用いるときもあるし,曖昧なものを曖昧なままに「音の変化」とか「発音の変化」として逃げる場合も多々あった.実は,日本語として(も英語としても)どう呼べばよいのか決めかねることも多いのである.
 さしあたって英語史を話題にしているブログなので,英語の用語で考えよう.音の変化を扱うにあたって,"sound change" や "phonological change" というのが普通だろうか.Smith は,その著書の題名のなかで "sound change" という用語を全面に出し,それに定義を与えつつ著書全体を統括している.Smith (13) から定義を示そう.

A sound change has taken place when a variant form, mechanically produced, is imitated by a second person and that process of imitation causes the system of the imitating individual to change.


 これは Smith 風の独特な定義のようには聞こえる.だが,原則として音素の変化,音韻の変化を謳っている点では,構造主義的な,伝統的な定義なのかもしれない(ただし,そこに社会言語学的な次元を加えているのが,Smith の身上だろうと思う).Smith の定義の構造主義的な側面を重視するならば,それは「#2268. 「なまり」の異なり方に関する共時的な類型論」 ([2015-07-13-1]) の用語にしたがって "systemic" な変化のことを指すのだろう.しかし,著書を読んでいけば分かるように,異音レベルの変化と音素レベルの変化というのもまた,デジタルに区別されるわけではなく,あくまでアナログ的,連続的なものである.方言による,あるいは個人による共時的変異が仲立ちとなって通時的な変化へと移行するという点では,すべてが連続体なのである.したがって,Smith は,序論でこそ "sound change" にズバッとした定義を与えているが,本書のほとんどの部分で,このアナログ的連続体を認め,その上で英語史における音の変化を議論しているのだ.
 これを,共時的な問題として捉えなおせば,phonetics と phonology の境目はどこにあるのか,両者の関係をどうみなせばよいのかという究極の問いになるのだろう.
 私は,この問題の難しさを受け入れ,今後は区別を意図的に濁したい(というよりは濁さざるを得ない)場合には,日本語として「音変化」という用語で統一しようかと思っている.異音レベルの変化であることが明確であれば「音声変化」,音韻や音素レベルの変化であることが明確であれば「音韻変化」と言うのがよいと思うが,濁したいときには「音変化」と称したい.

 ・ Smith, Jeremy J. Sound Change and the History of English. Oxford: OUP, 2007.

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2015-07-20 Mon

#2275. 後期中英語の音素体系と The General Prologue [chaucer][pronunciation][phonology][phoneme][phonetics][lme][popular_passage]

 Chaucer に代表される後期中英語の音素体系を Cuttenden (65--66) に拠って示したい.音素体系というものは,現代語においてすら理論的に提案されるものであるから,複数の仮説がある.ましてや,音価レベルで詳細が分かっていないことも多い古語の音素体系というものは,なおさら仮説的というべきである.したがって,以下に示すものも,あくまで1つの仮説的な音素体系である.

[ Vowels ]

iː, ɪuː, ʊ
ɛː, ɛɔː, ɔ
aː, aɑː
ə in unaccented syllables


[ Diphthongs ]

ɛɪ, aɪ, ɔɪ, ɪʊ, ɛʊ, ɔʊ, ɑʊ


[ Consonants ]

p, b, t, d, k, g, ʧ, ʤ
m, n ([ŋ] before velars)
l, r (tapped or trilled)
f, v, θ, ð, s, z, ʃ, h ([x, ç])
j, w ([ʍ] after /h/)


 以下に,Chaucer の The General Prologue の冒頭の文章 (cf. 「#534. The General Prologue の冒頭の現在形と完了形」 ([2010-10-13-1])) を素材として,実践的に IPA で発音を記そう (Cuttenden 66) .

Whan that Aprill with his shoures soote
hʍan θat aːprɪl, wiθ hɪs ʃuːrəs soːtə

The droghte of March hath perced to the roote,
θə drʊxt ɔf marʧ haθ pɛrsəd toː ðe roːtə,

And bathed every veyne in swich licour
and baːðəd ɛːvrɪ vaɪn ɪn swɪʧ lɪkuːr

Of which vertu engendred is the flour;
ɔf hʍɪʧ vɛrtɪʊ ɛnʤɛndərd ɪs θə flurː,

Whan Zephirus eek with his sweete breeth
hʍan zɛfɪrʊs ɛːk wɪθ hɪs sweːtə brɛːθ

Inspired hath in every holt and heeth
ɪnspiːrəd haθ ɪn ɛːvrɪ hɔlt and hɛːθ

The tendre croppes, and the yonge sonne
θə tɛndər krɔppəs, and ðə jʊŋgə sʊnnə

Hath in the Ram his halve cours yronne,
haθ ɪn ðə ram hɪs halvə kʊrs ɪrʊnnə,

And smale foweles maken melodye,
and smɑːlə fuːləs maːkən mɛlɔdiːə

That slepen al the nyght with open ye
θat sleːpən ɑːl ðə nɪçt wiθ ɔːpən iːə

(So priketh hem nature in hir corages),
sɔː prɪkəθ hɛm naːtɪur ɪn hɪr kʊraːʤəs

Thanne longen folk to goon on pilgrimages,
θan lɔːŋgən fɔlk toː gɔːn ɔn pɪlgrɪmaːʤəs.


 ・ Cruttenden, Alan. Gimson's Pronunciation of English. 8th ed. Abingdon: Routledge, 2014.

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2015-07-13 Mon

#2268. 「なまり」の異なり方に関する共時的な類型論 [pronunciation][phonetics][phonology][phoneme][variation][ame_bre][rhotic][phonotactics][rp][merger]

 変種間の発音の異なりは,日本語で「なまり」,英語で "accents" と呼ばれる.2つの変種の発音を比較すると,異なり方にも様々な種類があることがわかる.例えば,「#1343. 英語の英米差を整理(主として発音と語彙)」 ([2012-12-30-1]) でみたように,イギリス英語とアメリカ英語の発音を比べるとき,bathclass の母音が英米間で変異するというときの異なり方と,starfour において語末の <r> が発音されるか否かという異なり方とは互いに異質のもののように感じられる.変種間には様々なタイプの発音の差異がありうると考えられ,その異なり方に関する共時的な類型論というものを考えることができそうである.
 Trubetzkoy は1931年という早い段階で "différences dialectales phonologiques, phonétiques et étymologiques" という3つの異なり方を提案している.Wells (73--80) はこの Trubetzkoy の分類に立脚し,さらに1つを加えて,4タイプからなる類型論を示した.Wells の用語でいうと,"systemic differences", "realizational differences", "lexical-incidental differences", そして "phonotactic (structural) differences" の4つである.順序は変わるが,以下に例とともに説明を加えよう.

(1) realizational differences. 2変種間で,共有する音素の音声的実現が異なるという場合.goat, nose などの発音において,RP (Received Pronunciation) では [əʊ] のところが,イングランド南東方言では [ʌʊ] と実現されたり,スコットランド方言では [oː] と実現されるなどの違いが,これに相当する.子音の例としては,RP の強勢音節の最初に現われる /p, t, k/ が [ph, th, kh] と帯気音として実現されるのに対して,スコットランド方言では [p, t, k] と無気音で実現されるなどが挙げられる.また,/l/ が RP では環境によっては dark l となるのに対し,アイルランド方言では常に clear l であるなどの違いもある.[r] の実現形の変異もよく知られている.

(2) phonotactic (structural) differences. ある音素が生じたり生じなかったりする音環境が異なるという場合.non-prevocalic /r/ の実現の有無が,この典型例の1つである.GA (General American) ではこの環境で /r/ が実現されるが,対応する RP では無音となる (cf. rhotic) .音声的実現よりも一歩抽象的なレベルにおける音素配列に関わる異なり方といえる.

(3) systemic differences. 音素体系が異なっているがゆえに,個々の音素の対応が食い違うような場合.RP でも GA でも /u/ と /uː/ は異なる2つの音素であるが,スコットランド方言では両者はの区別はなく /u/ という音素1つに統合されている.母音に関するもう1つの例を挙げれば,stockstalk とは RP では音素レベルで区別されるが,アメリカ英語やカナダ英語の方言のなかには音素として融合しているものもある (cf. 「#484. 最新のアメリカ英語の母音融合を反映した MWALED の発音表記」 ([2010-08-24-1]),「#2242. カナダ英語の音韻的特徴」 ([2015-06-17-1])) .子音でいえば,loch の語末子音について,RP では [k] と発音するが,スコットランド方言では [x] と発音する.これは,後者の変種では /k/ とは区別される音素として /x/ が存在するからである.

(4) lexical-incidental differences. 音素体系や音声的実現の方法それ自体は変異しないが,特定の語や形態素において,異なる音素・音形が選ばれる場合がある.変種間で異なる傾向があるという場合もあれば,話者個人によって異なるという場合もある.例えば,either の第1音節の母音音素は,変種によって,あるいは個人によって /iː/ か /aɪ/ として発音される.その変種や個人は,両方の母音音素を体系としてもっているが,either という語に対してそのいずれがを適用するかという選択が異なっているの.つまり,音韻レベル,音声レベルの違いではなく,語彙レベルの違いといってよいだろう.
 一般に,発音の規範にかかわる世間の言説で問題となるのは,このレベルでの違いである.例えば,accomplish という語の第2音節の強勢母音は strut の母音であるべきか,lot の母音であるべきか,Nazi の第2子音は /z/ か /ʦ/ 等々.

 ・ Wells, J. C. Accents of English. Vol. 1. An Introduction. Cambridge: CUP, 1982.

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2015-06-05 Fri

#2230. 英語の摩擦音の有声・無声と文字の問題 [spelling][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][consonant][phoneme][grapheme][degemination][x][phonemicisation]

 5月16日付の「素朴な疑問」に,<s> と <x> の綴字がときに無声子音 /s, ks/ で,ときに有声子音 /z, gz/ で発音される件について質問が寄せられた.語頭の <s> は必ず /s/ に対応する,強勢のある母音に先行されない <x> は /gz/ に対応する傾向があるなど,実用的に参考となる規則もあるにはあるが,最終的には単語ごとに決まっているケースも多く,絶対的なルールは設けられないのが現状である.このような問題には,歴史的に迫るよりほかない.
 英語史的には,/(k)s, (g)z/ にとどまらず,摩擦音系列がいかに綴られてきたかを比較検討する必要がある.というのは,伝統的に,古英語では摩擦音の声の対立はなかったと考えられているからである.古英語には摩擦音系列として /s/, /θ/, /f/ ほかの音素があったが,対応する有声摩擦音 [z], [ð], [v] は有声音に挟まれた環境における異音として現われたにすぎず,音素として独立していなかった (cf. 「#1365. 古英語における自鳴音にはさまれた無声摩擦音の有声化」 ([2013-01-21-1]),「#17. 注意すべき古英語の綴りと発音」 ([2009-05-15-1])).文字は音素単位で対応するのが通常であるから,相補分布をなす摩擦音の有声・無声の各ペアに対して1つの文字素が対応していれば十分であり,<s>, <þ> (or <ð>), <f> がある以上,<z> や <v> などの文字は不要だった.
 しかし,これらの有声摩擦音は,中英語にかけて音素化 (phonemicisation) した.その原因については諸説が提案されているが,主要なものを挙げると,声という弁別素性のより一般的な応用,脱重子音化 (degemination),南部方言における語頭摩擦音の有声化 (cf. 「#2219. vane, vat, vixen」 ([2015-05-25-1]),「#2226. 中英語の南部方言で語頭摩擦音有声化が起こった理由」 ([2015-06-01-1])),有声摩擦音をもつフランス語彙の借用などである(この問題に関する最新の論文として,Hickey を参照されたい).以下ではとりわけフランス語彙の借用という要因を念頭において議論を進める.
 有声摩擦音が音素の地位を獲得すると,対応する独立した文字素があれば都合がよい./v/ については,それを持ち込んだ一員とも考えられるフランス語が <v> の文字をもっていたために,英語へ <v> を導入することもたやすかった.しかも,フランス語では /f/ = <f>, /v/ = <v> (実際には <<v>> と並んで <<u>> も用いられたが)の関係が安定していたため,同じ安定感が英語にも移植され,早い段階で定着し,現在に至る.現代英語で /f/ = <f>, /v/ = <v> の例外がきわめて少ない理由である (cf. of) .
 /z/ については事情が異なっていた.古英語でも古フランス語でも <z> の文字はあったが,/s, z/ のいずれの音に対しても <s> が用いられるのが普通だった.フランス語ですら /s/ = <s>, /z/ = <z> の安定した関係は築かれていなかったのであり,中英語で /z/ が音素化した後でも,/z/ = <z> の関係を作りあげる動機づけは /v/ = <v> の場合よりも弱かったと思われる.結果として,<s> で有声音と無声音のいずれをも表わすという古英語からの習慣は中英語期にも改められず,その「不備」が現在にまで続いている.
 /ð/ については,さらに事情が異なる.古英語より <þ> と <ð> は交換可能で,いずれも音素 /θ/ の異音 [θ] と [ð] を表わすことができたが,中英語期に入り,有声音と無声音がそれぞれ独立した音素になってからも,それぞれに独立した文字素を与えようという機運は生じなかった.その理由の一部は,消極的ではあるが,フランス語にいずれの音も存在しなかったことがあるだろう.
 /v/, /z/, /θ/ が独立した文字素を与えられたかどうかという点で異なる振る舞いを示したのは,フランス語に対応する音素と文字素の関係があったかどうかよるところが大きいと論じてきたが,ほかには各々の音素化が互いに異なるタイミングで,異なる要因により引き起こされたらしいことも関与しているだろう.音素化の早さと,新音素と新文字素との関係の安定性とは連動しているようにも見える.現代英語における摩擦音系列の発音と綴字の関係を論じるにあたっては,歴史的に考察することが肝要だろう.

 ・ Hickey, Raymond. "Middle English Voiced Fricatives and the Argument from Borrowing." Approaches to Middle English: Variation, Contact and Change. Ed. Juan Camilo Conde-Silvestre and Javier Calle-Martín. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2015. 83--96.

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2015-04-17 Fri

#2181. 古英語の母音体系 [oe][vowel][diphthong][phonetics][phoneme]

 古英語の母音には,短母音 (short vowel),長母音 (long vowel),二重母音 (diphthong) の3種類が区別される.二重母音にも短いものと長いものがある.以下,左図が短・長母音を,右図が短・長の二重母音を表わす.

OE Vowels

 左図の短・長母音からみていくと,現代英語に比べれば,区別される母音分節音の種類(音素)は少ない (cf. 「#1601. 英語と日本語の母音の位置比較」 ([2013-09-14-1])).長母音は対応する短母音の量をそのまま増やしたものであり,音価の違いはないものと考えられている.前舌高母音には平唇の i(ː) と円唇の y(ː) が区別されるが,円唇 y(ː) は後期ウェストサクソン方言 (Late West-Saxon) では平唇化して i(ː) となった.
 次に右図の二重母音をみると,音量を別にすれば,3種類の二重母音があることがわかる.i(ː)e, e(ː)o, æ(ː)a は,いずれも上から下あるいは前から後ろという方向をもっており,第1要素が第2要素よりも強い下降二重母音 (falling diphthong) と考えられる.ただし,i(ː)e については,二重母音ではなく i と e の中間的な母音を表わしていたとする見解もある.Mitchell and Robinson (15) の注によると,

The original pronunciation of ie and īe is not known with any certainty. It is simplest and most convenient for our purposes to assume that they represented diphthongs as explained above. But by King Alfred's time ie was pronounced as a simple vowel (monophthong), probably a vowel somewhere between i and e; ie is often replaced by i or y, and unstressed i is often replaced by ie, as in hiene for hine. Probably īe had a similar sound.


 古英語期中の音変化も考慮するといくつかの但し書きは必要となるが,上の図に従えば,(7単音×短・長2系列)+(3二重母音×短・長2系列)ということで計20ほどの母音が区別されていたことになる.「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1]) でみたように,現代英語の標準変種でも20の母音音素が区別されているから,数の点からいえば古英語の母音体系もおよそ同規模だったことになる.

 ・ Mitchell, Bruce and Fred C. Robinson. A Guide to Old English. 8th ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.

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2015-01-06 Tue

#2080. /sp/, /st/, /sk/ 子音群の特異性 [phonetics][phoneme][phonology][alliteration][grimms_law][consonant][sonority][homorganic_lengthening]

 標記の /s/ + 無声破裂音の子音群は,英語史上,音韻論的に特異な振る舞いを示してきた.その特異性は英語音韻論の世界では広く知られており,様々な考察と分析がなされてきた.以下,池頭 (132--33, 136--38) に依拠して解説しよう.
 まず,グリムの法則 (grimms_law) は,この子音群の第2要素として現われる破裂音には適用されなかったことが知られている.「#641. ゲルマン語の子音性 (3)」 ([2011-01-28-1]) と「#662. sp-, st-, sk- が無気音になる理由」 ([2011-02-18-1]) でみたように,[s] の気息の影響で後続する破裂音の摩擦音化がブロックされたためである.
 次に,古英語や古ノルド語の頭韻詩で確認されるように,sp-, st-, sc- をもつ単語は,この組み合わせをもつ別の単語としか頭韻をなすことができなかった.つまり,音声学的には2つの分節音からなるにもかかわらず,あたかも1つの音のように振る舞うことがあるということだ.
 また,「#2063. 長母音に対する制限強化の歴史」 ([2014-12-20-1]) の (6) でみた「2子音前位置短化」 (shortening before two consonants) により,fīfta > fifta, sōhte > sohte, lǣssa > læssa などと短化が生じたが,prēstes では例外的に短化が起こらなかった.いずれの場合においても,/s/ とそれに続く破裂音との相互関係が密であり,合わせて1つの単位として振る舞っているかのようにみえる.
 加えて,/sp/, /st/, /sk/ は,Onset に起こる際に子音の生起順序が特異である.Onset の子音結合では,聞こえ度 (sonority) の低い子音に始まり,高い子音が続くという順序,つまり「低→高」が原則である.ところが,[s] は [t] よりも聞こえ度が高いので,sp- などでは「高→低」となり,原則に反する.
 最後に付け加えれば,言い間違いの研究からも,当該子音群に関わる言い間違いに特異性が認められるとされる.
 以上の課題に直面し,音韻論学者は問題の子音群を,(1) あくまで2子音として扱う,(2) 2子音ではあるが1つのまとまり (複合音素; composite phoneme)として扱う,(3) 1子音として扱う,などの諸説を提起してきた.新しい考え方として,池頭 (138) は,依存音韻論 (dependency phonology) の立場から,当該の子音結合は /s/ を導入部とし,破裂音を主要部とする "contour segment" であるとする分析を提案している."contour segment" の考え方は,初期中英語で起こったとされる同器性長化 (homorganic_lengthening) に関係する /mb/ などの子音結合にも応用できるようである.

 ・ 池頭(門田)順子 「"Consonant cluster" と音変化 その特異性と音節構造をめぐって」『生成言語研究の現在』(池内正幸・郷路拓也(編著)) ひつじ書房,2013年.127--43頁.

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2014-09-12 Fri

#1964. プロトタイプ [prototype][phonology][phoneme][phonetics][syllable][prosody][terminology][semantic_change][family_resemblance][philosophy_of_language]

 認知言語学では,プロトタイプ (prototype) の考え方が重視される.アリストテレス的なデジタルなカテゴリー観に疑問を呈した Wittgenstein (1889--1951) が,ファジーでアナログな家族的類似 (family resemblance) に基づいたカテゴリー観を示したのを1つの源流として,プロトタイプは認知言語学において重要なキーワードとして発展してきた.プロトタイプ理論によると,カテゴリーは素性 (feature) の有無の組み合わせによって表現されるものではなく,特性 (attribute) の程度の組み合わせによって表現されるものである.程度問題であるから,そのカテゴリーの中心に位置づけられるような最もふさわしい典型的な成員もあれば,周辺に位置づけられるあまり典型的でない成員もあると考える.例えば,「鳥」というカテゴリーにおいて,スズメやツバメは中心的(プロトタイプ的)な成員とみなせるが,ペンギンやダチョウは周辺的(非プロトタイプ的)な成員である.コウモリは科学的知識により哺乳動物と知られており,古典的なカテゴリー観によれば「鳥」ではないとされるが,プロトタイプ理論のカテゴリー観によれば,限りなく周辺的な「鳥」であるとみなすこともできる.このように,「○○らしさ」の程度が100%から0%までの連続体をなしており,どこからが○○であり,どこからが○○でないかの明確な線引きはできないとみる.
 考えてみれば,人間は日常的に事物をプロトタイプの観点からみている.赤でもなく黄色でもない色を目にしてどちらかと悩むのは,プロトタイプ的な赤と黄色を知っており,いずれからも遠い周辺的な色だからだ.逆に,赤いモノを挙げなさいと言われれば,日本語母語話者であれば,典型的に郵便ポスト,リンゴ,トマト,血などの答えが返される.同様に,「#1962. 概念階層」 ([2014-09-10-1]) で話題にした FURNITURE, FRUIT, VEHICLE, WEAPON, VEGETABLE, TOOL, BIRD, SPORT, TOY, CLOTHING それぞれの典型的な成員を挙げなさいといわれると,多くの英語話者の答えがおよそ一致する.
 英語の FURNITURE での実験例をみてみよう.E. Rosch は,約200人のアメリカ人学生に,60個の家具の名前を与え,それぞれがどのくらい「家具らしい」かを1から7までの7段階評価(1が最も家具らしい)で示させた.それを集計すると,家具の典型性の感覚が驚くほど共有されていることが明らかになった.Rosch ("Cognitive Representations of Semantic Categories." Journal of Experimental Psychology: General 104 (1975): 192--233. p. 229) の調査報告を要約した Taylor (46) の表を再現しよう.

MemberRankSpecific score
chair1.51.04
sofa1.51.04
couch3.51.10
table3.51.10
easy chair51.33
dresser6.51.37
rocking chair6.51.37
coffee table81.38
rocker91.42
love seat101.44
chest of drawers111.48
desk121.54
bed131.58
bureau141.59
davenport15.51.61
end table15.51.61
divan171.70
night table181.83
chest191.98
cedar chest202.11
vanity212.13
bookcase222.15
lounge232.17
chaise longue242.26
ottoman252.43
footstool262.45
cabinet272.49
china closet282.59
bench292.77
buffet302.89
lamp312.94
stool323.13
hassock333.43
drawers343.63
piano353.64
cushion363.70
magazine rack374.14
hi-fi384.25
cupboard394.27
stereo404.32
mirror414.39
television424.41
bar434.46
shelf444.52
rug455.00
pillow465.03
wastebasket475.34
radio485.37
sewing machine495.39
stove505.40
counter515.44
clock525.48
drapes535.67
refrigerator545.70
picture555.75
closet565.95
vase576.23
ashtray586.35
fan596.49
telephone606.68


 プロトタイプ理論は,言語変化の記述や説明にも効果を発揮する.例えば,ある種の語の意味変化は,かつて周辺的だった語義が今や中心的な語義として用いられるようになったものとして説明できる.この場合,語の意味のプロトタイプがAからBへ移ったと表現できるだろう.構文や音韻など他部門の変化についても同様にプロトタイプの観点から迫ることができる.
 また,プロトタイプは「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1]) と補完的な関係にあることも指摘しておこう.プロトタイプは,ある語が与えられたとき,対応する典型的な意味や指示対象を思い浮かべることのできる能力や作用に関係する.一方,基本レベル範疇は,ある意味や指示対象が与えられたとき,対応する典型的な語を思い浮かべることのできる能力や作用に関係する.前者は semasiological,後者は onomasiological な視点である.

 ・ Taylor, John R. Linguistic Categorization. 3rd ed. Oxford: OUP, 2003.

Referrer (Inside): [2015-07-23-1]

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2014-04-19 Sat

#1818. 日本語の /r/ [phonetics][consonant][japanese][phoneme][r][l]

 「#1618. 英語の /l/ と /r/」 ([2013-10-01-1]) および昨日の記事「#1817. 英語の /l/ と /r/ (2)」 ([2014-04-18-1]) に引き続き,/r/ の話題.今回は日本語の /r/ の音声的実現についてである.
 日本語のラ行の子音 /r/ は,典型的には,有声歯茎はじき音 [ɾ] として実現される.特に「あられ」のように,母音に挟まれた環境ではこれが普通である.この音は,BrE の merry や AmE の letter の第2子音として典型的に現れる音でもある.調音音声学的には,この音は有声歯茎閉鎖音 /d/ にかなり近いが,[ɾ] では舌尖と歯茎による閉鎖が弱く,その時間も短いという特徴がある.「ライオン」などの語頭や「アッラー」などの促音の後では接触が強くなり,/d/ にさらに近づくが,閉鎖の開放は弱めである.
 意外と知られてないことだが,日本語母語話者の個人によっては,有声側面接近音 [l] に近い子音がラ行子音として用いられている.語頭や撥音の後で現われることが多いが,母音間でも側音に近くなる人もいる.ぴったりの音声標記はないが,有声そり舌破裂音 [ɖ] や 有声歯茎側面はじき音 [ɺ] や(接触が長い場合の)舌尖による有声歯茎側面接近音 [l̺] にも近いので,これらで代用する方法もある.有声歯茎側面はじき音 [ɺ] は,いわば [l] をはじき音化したものだが,タンザニアのチャガ語などで聞かれる子音である.
 ほかにも「べらんめえ口調」に典型的とされる有声歯茎ふるえ音 [r] が,日本語 /r/ の自由異音として現れることがある.
 以上,斉藤 (91) と佐藤 (43) を参照した.

 ・ 斉藤 純男 『日本語音声学入門』改訂版 三省堂,2013年.
 ・ 佐藤 武義(編著) 『展望 現代の日本語』 白帝社,1996年.

Referrer (Inside): [2019-05-29-1] [2015-05-04-1]

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2014-04-18 Fri

#1817. 英語の /l/ と /r/ (2) [phonetics][consonant][rp][dialect][phoneme][r][l]

 英語の /l/ と /r/ については,「#72. /r/ と /l/ は間違えて当然!?」 ([2009-07-09-1]),「#1597. starstella」 ([2013-09-10-1]),「#1614. 英語 title に対してフランス語 titre であるのはなぜか?」 ([2013-09-27-1]) などで扱ってきた.とりわけ調音について「#1618. 英語の /l/ と /r/」 ([2013-10-01-1]) で概要を記したが,今回は一部重複するものの,それに補足する内容の記事を Crystal (245) に依拠して書く.
 前の記事でも見たように,英語の音素 /l/ は,様々な音声として実現される.[l] の基本的な調音は,舌先を歯茎に接し,舌の側面から呼気を抜けさせるものだが,舌のとる形に応じて大きく2種類が区別される.それぞれ "clear l" と "dark l" と呼ばれる.前者 [l] は,前舌が硬口蓋に向かって上がるもので,前母音の響きをもち,RP では母音や [j] の前位置で起こる (ex. leap) .後者 [ɫ] は,後舌が軟口蓋に向かって上がるもので,後母音の響きをもち,RP ではそれ以外の位置で起こる (ex. pool) .ただし,clear l と dark l の分布は,諸変種において様々であり,例えば,Irish の一部であらゆる位置で clear l が聞かれたり,Scots や AmE の多くであらゆる位置で dark l が聞かれる.また,please, sleep のような無声子音の後位置では無声化した [l] が用いられる.そのほか,bottle のように音節主音的な l では,先行する [t] の側面破裂を伴う.Cockney 方言や一部 RP ですら,peel などの dark l が母音化し,[piːo] などとなる.
 英語の音素 /r/ は,おそらく変種による差や個人差が最も多い子音だろう.最も普通には有声歯茎接近音 [ɹ] として実現される.d に後続する場合には,舌先が歯茎に限りなく接近し,摩擦音化が生じる (ex. drive) .母音に挟まれた位置やいくつかの子音の後位置で,日本語の典型的なラ行の子音と同じような有声歯茎はじき音 [ɾ] となる (ex. very, sorry, three) .気息を伴う [ph, th, kh] の後位置では無声摩擦音となる (ex. pry, try, cry) .
 変種による異音としては,最も有名なのが有声そり舌接近音の [ɻ] で,先行する母音の音色を帯びる.General American に典型的だが,ほかにもイングランド南西部や東南アジアの変種でも聞かれる.有声歯茎ふるえ音の [r] は,Scots や Welsh の一部で聞かれるが,その他の変種でも格調高い発音において現れることがある.そのほか,フランス語やドイツ語で一般的に聞かれる有声口蓋垂摩擦音 [ʁ] あるいは有声口蓋垂ふるえ音 [ʀ] が,イングランド北東方言や一部スコットランド方言でも聞かれ,"Northumbrian burr" と呼ばれることがある(「#1055. uvular r の言語境界を越える拡大」 ([2012-03-17-1]) を参照).最後に,19世紀前半のイングランドで,red を [wed] と発音するように /r/ を [w] で代用することがはやったことを付け加えておこう.
 なお,音素としては /r/ ではないが,AmE で mattert は有声歯茎はじき音 [ɾ] として実現されることが多く,partyt は有声そり舌はじき音 [ɽ] で発音される.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2013-08-02 Fri

#1558. ギネスブック公認,子音と母音の数の世界一 [phonology][phoneme][vowel][consonant][altaic][japanese][language_family][world_languages][austronesian]

 日本語のルーツについての有力な説の1つに,オーストロネシア系 (Austronesian) とアルタイ系 (Altaic) の言語が融合したとする説がある.オーストロネシア語族の音韻論的な特徴としては,開音節が多い,区別される音素が少ないというものがあり,確かに日本語の比較的単純な音素体系にも通じる.
 日本語の音素が比較的少ない点については「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1]) および「#1023. 日本語の拍の種類と数」 ([2012-02-14-1]) で触れたが,そこでは関連してハワイ語にも触れた.ハワイ語もオーストロネシア語族に属する言語で,8つの子音 /w, m, p, l, n, k, h, ʔ/ と5つの母音 /a, i, u, e, o/ を区別するにすぎない(コムリー,p. 95).ところが,世界にはもっと音素が少ない言語があるのである.
 地理的にオーストロネシア語族と隣接しているパプア諸語も,音韻体系は単純である.そのなかでも,東パプアニューギニアの Bougainville Province で4千人ほどの話者によって話されているロトカス語 (Rotokas) は,6つの子音 /b, g, k, p, r, t/ と5つの母音 /a, e, i, o, u/ の計11音素(と対応する11の文字)しかもたない(Ethnologue より,関連する言語地図はこちら).コムリー (106) によれば,これは世界最少の音素数であり,とりわけ子音の少なさについては1985年のギネスブック (199) に登録されているほどである.
 子音についていえば,最多を誇るのは「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1]) でも触れたウビフ語である.80--85個の子音をもつという.母音の最少は,コーカサス地方のアブハズ語で2母音しかもたない.母音音素の最多はベトナム中央部のセダン語で,明確に区別できる55の母音をもつという.世界は広い.
 同じギネスブック (198--201) では,言語についての興味深い「世界一」が,他にもいろいろと挙げられており,一見の価値がある.言語のびっくり統計は,Language statistics & facts も参考になる.

 ・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.
 ・ ノリス・マクワーター 編,青木 栄一・大出 健 訳 『ギネスブック』 講談社,1985年.

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2013-06-18 Tue

#1513. 聞こえ度 [phonetics][phoneme][sonority][syllable][terminology][phonotactics]

 音節 (syllable) には様々な定義が与えられうるが,広く受け入れられているものとして,分節音の音声的な聞こえ度 (sonority) に依存する定義がある.聞こえ度そのものは,"the overall loudness of a sound relative to others of the same pitch, stress and duration" (Crystal 442) のように定義される.各分節音が本来的にもつ聞こえやすさの程度と解釈できる.
 分節音の聞こえ度の測定は様々になされており,その値については実験ごとに詳細は異なるかもしれないが,おおまかな分類や順位については研究者のあいだで一致をみている.その1例として,Hogg and McCully (33) に挙げられている英語の分節音の sonority scale を示そう.

SoundsSonority valuesExamples
low vowels10/a, ɑ/
mid vowels9/e, o/
high vowels8/i, u/
flaps7/r/
laterals6/l/
nasals5/n, m, ŋ/
voiced fricatives4/v, ð, z/
voiceless fricatives3/f, θ, s/
voiced stops2/b, d, g/
voiceless stops1/p, t, k/


 一般に,子音よりも母音のほうが,無声よりも有声のほうが,口の開きが小さいよりも大きいほうが聞こえ度は高い.子音についていえば,子音の強度と聞こえ度は反比例の関係であり,強度の低い(=弱い=聞こえ度の高い)子音は,音声的な摩耗や消失を被りやすい.
 さて,聞こえ度が音節を定義するのに有効なのは,分節音の連続において聞こえ度が頂点 (peak) に達するところが音節の核 (syllabic nucleus) と一致するからである.語を分節音の連続に分け,各分節音に聞こえ度を割り振ると,1つ以上の聞こえ度の頂点が得られる.この頂点の数が,その語の音節数ということになる.ある音節と隣あう音節との境目がどこに落ちるかは理論的な問題を含んでいるが,少なくとも音節の核(頂点)は,このように聞こえ度を分析することで機械的に定まるので都合が良い.
 以下に,いくつかの語の聞こえ度分析を示そう.

WordPronunciationSonority valuesPeaks = Syllables
modest/modest/5-9-2-9-3-12
complain/compleːn/1-9-5-1-6-9-52
petty/peti/1-9-1-82
elastic/əlæstik/8-6-10-3-1-8-13
elasticity/iːlæstisiti/9-6-10-3-1-8-3-8-1-85
petrol/petrəl/1-9-1-7-9-62
button/bʌtn/2-9-1-52
bottle/botl/2-9-1-62


 最後の buttonbottle では最終音が子音だが,聞こえ度として頂点をなすので,音節の核として機能している.いわゆる音節主音的子音である.
 さらに興味深いのは,音節を構成する一連の分節音が聞こえ度に関するある法則を示すことである.これは "Sonority Sequencing Generalisation" (SSG) と呼ばれる原則で,次のように定式化される.

[I]n any syllable, there is a segment constituting a sonority peak that is preceded and/or followed by a sequence of segments with progressively decreasing sonority values. (Crystal 442)


 音節によって山の頂点の高さはまちまちだが,典型的に「谷山谷」のきれいな分布になるということを,SSG は示している.onset が s で始まる子音群 (ex. sp-, st-, sk-) の場合などではこの原則は規則的に破られることが知られているが,これを除けば SSG は英語において非常に安定した原則である.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Hogg, Richard and C. B. McCully. Metrical Phonology: A Coursebook. Cambridge: CUP, 1987.

Referrer (Inside): [2013-06-19-1]

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