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suffix - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-12 07:24

2021-08-17 Tue

#4495. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第6回「なぜ形容詞の比較級には -er と more があるの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][comparison][adjective][adverb][suffix][periphrasis][link]

 NHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」の9月号のテキストが発売となりました.連載している「英語のソボクな疑問」も第6回となりましたが,今回の話題は「なぜ形容詞の比較級には -er と more があるの?」です.

『中高生の基礎英語 in English』2021年9月号



 これは素朴な疑問の定番といってよい話題ですね.短い形容詞なら -er,長い形容詞なら more というように覚えている方が多いと思いますが,何をもって短い,長いというのかが問題です.原則として1音節語であれば -er,3音節語であれば more でよいとして,2音節語はどうなのか,と聞かれるとなかなか難しいですね.同じ2音節語でも early, happy は -er ですが,afraid, famousmore を取ります.今回の連載記事では,この辺りの複雑な事情も含めて,なるべく易しく歴史的に謎解きしてみました.どうぞご一読を.
 定番の話題ということで,本ブログでも様々な形で取り上げてきました.連載記事よりも専門的な内容も含まれますが,こちらもどうぞ.

 ・ 「#4234. なぜ比較級には -er をつけるものと more をつけるものとがあるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-11-29-1])
 ・ 「#3617. -er/-estmore/most か? --- 比較級・最上級の作り方」 ([2019-03-23-1])
 ・ 「#4442. 2音節の形容詞の比較級は -ermore か」 ([2021-06-25-1])
 ・ 「#3032. 屈折比較と句比較の競合の略史」 ([2017-08-15-1])
 ・ 「#2346. more, most を用いた句比較の発達」 ([2015-09-29-1])
 ・ 「#403. 流れに逆らっている比較級形成の歴史」 ([2010-06-04-1])
 ・ 「#2347. 句比較の発達におけるフランス語,ラテン語の影響について」 ([2015-09-30-1])
 ・ 「#3349. 後期近代英語期における形容詞比較の屈折形 vs 迂言形の決定要因」 ([2018-06-28-1])
 ・ 「#3619. Lowth がダメ出しした2重比較級と過剰最上級」 ([2019-03-25-1])
 ・ 「#3618. Johnson による比較級・最上級の作り方の規則」 ([2019-03-24-1])
 ・ 「#3615. 初期近代英語の2重比較級・最上級は大言壮語にすぎない?」 ([2019-03-21-1])
 ・ 「#456. 比較の -er, -est は屈折か否か」 ([2010-07-27-1])

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2021-06-25 Fri

#4442. 2音節の形容詞の比較級は -ermore [comparison][sobokunagimon][adjective][adverb][suffix][periphrasis][-ly]

 形容詞・副詞の比較 (comparison) の話題は,本ブログでも様々に扱ってきた.現代英語でも明確に決着のついていない,比較級が -er (屈折比較)か more (句比較)かという問題の歴史的背景については,「#2346. more, most を用いた句比較の発達」 ([2015-09-29-1]),「#2347. 句比較の発達におけるフランス語,ラテン語の影響について」 ([2015-09-30-1]),「#3032. 屈折比較と句比較の競合の略史」 ([2017-08-15-1]),「#3617. -er/-estmore/most か? --- 比較級・最上級の作り方」 ([2019-03-23-1]),「#3703.『英語教育』の連載第4回「なぜ比較級の作り方に -ermore の2種類があるのか」」 ([2019-06-17-1]),「#4234. なぜ比較級には -er をつけるものと more をつけるものとがあるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-11-29-1]) などで取り上げてきた.
 短い語には -er 語尾をつけ,長い語には more を前置きするというのが原則である.しかし,短くもあり長くもある2音節語については,揺れが激しくてきれいに定式化できない.実際,辞書や文法書をいろいろ繰ってみると,単語ごとにどちらの比較級の形式を取るのか普通なのかについて記述が微妙に異なるのである.今回は,ひとまず LGSWE の §7.7.2 を参照して,2音節の形容詞について考えてみたい.
 2音節の形容詞がいずれの比較級の形式を採用するかは,その音韻形態的構成に大きく依存することが知られている.-y で終わるものについては,-er が普通のようだ.例を挙げると,

angry, bloody, busy, crazy, dirty, easy, empty, funny, gloomy, happy, healthy, heavy, hungry, lengthy, lucky, nasty, pretty, ready, sexy, silly, tidy, tiny


 -y で終わる形容詞ということでいえば,何らかの接頭辞がついて3音節になっても,比較級に -er をとる傾向がある (ex. unhappier) .英語史の観点からは,250年ほど前には状況が異なっていたらしいことが注目に値する (cf. 「#3618. Johnson による比較級・最上級の作り方の規則」 ([2019-03-24-1])) .
 一方 -ly で終わる形容詞は揺れが激しいようで,例えば early の比較級は earlier が普通だが,likely については more likely のほうが普通である.ほかに揺れを示す例としては,

costly, deadly, friendly, lively, lonely, lovely, lowly, ugly


などが挙げられる.同じく揺れを示し得るものとして,以下のように弱音節で終わる2音節の形容詞も挙げておこう.

mellow, narrow, shallow, yellow; bitter, clever, slender, tender; able, cruel, feeble, gentle, humble, little, noble, simple, subtle; sever, sincere; secure, obscure


 両方の形式で揺れを示しているということは,一方から他方へと乗り換えが進んでいるということ,つまり変化の最中であることを(確証するわけではないが,少なくとも)示唆する.両形式の競合・併存はかれこれ1000年ほど続いているわけだが,いまだに結論が見えない.

 ・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.

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2021-06-12 Sat

#4429. 序数詞 thirddfourthth の関係 [indo-european][germanic][numeral][grimms_law][verners_law][suffix][metathesis]

 6月2日より,音声配信プラットフォーム Voicy にて「英語の語源が身につくラジオ」と題するチャンネルをオープンしています.日々10分弱の英語史の話題を配信していますが,昨日は「third は three + the の変形なので準規則的」という話題を取り上げました(cf. 「#92. third の音位転換はいつ起こったか」 ([2009-07-28-1]),「#93. third の音位転換はいつ起こったか (2)」 ([2009-07-29-1]),「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1])).この話題について専門的な補足を加えたいと思います.



 third の末尾の -dfourth など4以上の序数詞の末尾に現われる -th と起源的に同一物であり,それが変形したものであるという趣旨で話しました.大雑把にいえば上記の通りに理解しておいてよいのですが,厳密に議論すればそれなりに込み入った事情があります.
 印欧語族の序数詞の語尾にはいくつかの種類があり,英語の -th に連なる語尾が唯一のものではありませんでした.3の序数詞についていえば,再建された形態としては,-th に連なる語尾を含む *tri-to- もあれば,別に *triy-o という形態もありましたし,さらにこれらの複雑な混成形と考えられる *t(e)r(e)tiyo- もありました.この最後のものが,現代英語の third (< OE þridda) を出力することになります.したがって,thirdd は -th の起源である *-to- と直系の関係にはなく,あくまで「混成」を経由しての間接的な関係というのが正確なところです.典拠として,Mallory and Adams (311) を引用しておきます.

The number 'three', *tréyes (neuter: triha), is also marked by different forms for the different genders and was declined as an -i-stem plural (e.g. OIr trī, Lat trēs, NE three, Lith trỹs, OCS trije [m.], tri [f./nt.], Alb tre [m.], tri [f.], Grk treîs, Arm erek ̔, Hit tēri-, Av θrayō [m./f.], θri [nt.], Skr tráyas [m./f.], trī [nt.], Toch B trai [m.], tarya ([f.]). In some languages we have reflections of a very unusual feminine form, *t(r)is(o)res, i.e. OIr teōir, Av tišrō, Skt tisrás. The underlying derivation of *tréyes is generally sought in either *ter 'further', i.e. the number beyond 'two', or from a *ter- 'middle, top, protruding', i.e. the middle finger, assuming one counted on one's fingers in Proto-Indo-European. Again, the probability that either suggestion is correct is very low. The ordinal number is indicated by a variety of forms similar to *triy-o (e.g. Arm eri 'third', Hit teriyan 'third', tariyanalli- '賊 third officer'), or *tri-to- (e.g. Alb tretê, Grk trítos, Skt tritá-, Toch B trite), or finally *t(e)r(e)tiyo- (e.g. NWels tryddyd, Lat teritius, NE third, Lith trẽčias, Rus trétij, Av θritiya-, Skt tr̥tíya-) which is presumably a conflation of sorts, in various ways, of the previous two while *tris supplies the multiplicative (e.g. Lat ter, Grk trís, Av θriš, Skt tríṣ; despite its apparent phonetic similarity, NE thrice is of a different origin.


 上記の通り,現代英語 third そして古英語 tridda の祖形は *t(e)r(e)tiyo- にあったと想定され,問題の語尾の子音は t だったことになります.この子音は順当に発達すればグリムの法則 (grimms_law) により θ に発達していたはずと想定されますが,強勢が後続していたために同発達がブロックされ,ヴェルネルの法則 (verners_law) に従って有声化して ð となり,これが後に脱摩擦音化して d となりました.この一連の流れは,古英語 fæder (> PDE father) に d が確認されるのとまったく同じ流れです(cf. 「#480. father とヴェルネルの法則」 ([2010-08-20-1])).この点については Lass (214) より引用しておきましょう.

3rd. Go þridja, OE þridda, OIc þriþe. This is not entirely suppletive, as it still obviously contains the root for '3'. But the formation is different from that of the other ordinals, involving a suffix */-tjo:-/ (cf. L ter-ti-us). The E, WGmc forms must go back to a variant with an accented suffix, hence the voiced dental from Verner's Law. ModE third is metathesized from þridda (cf. bird < OE bridd, dirt < Osc drit).


 なお,印欧祖語レベルでは,英語の -th 語尾に連なる */-to-/ は4,5,6の序数詞のみに当てはまり,ゲルマン語において7以上の序数詞にも付されるようになったのは,後の類推 (analogy) によるものです (Lass 215) .現代英語では4以上の序数詞は -th できれいに揃っているように見えますが,もともとはそうではなかったことになります.

 ・ Mallory, J. P. and D. Q. Adams. The Oxford Introduction to Proto-Indo-European and the Proto-Indo-European World. Oxford: OUP, 2006.
 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2021-06-03 Thu

#4420. 統語借用というよりも語彙語用的なぞり? [borrowing][contact][suffix][french][loan_translation][false_friend]

 言語接触 (contact) の概説書を書いている Winford は,文法項目の借用可能性を否定はしていないものの,従来指摘されてきた文法借用の事例の多くは,通常の語彙借用をベースとしたものであり,その発展版という程度のものではないかという考え方を示している.
 例えば,一般に中英語期にはフランス語から多くの派生接辞が借用されたといわれる.接尾辞 (suffix) に限っても -acioun, -age, -aunce, -erie, -ment, -ite; -ant, -ard, -esse, -our; -able, -al, -iv, -ous, -ate, -ify, -ize などが挙げられる (Winford 57) .しかし,英語話者は,これらの接尾辞をフランス語語彙からピンポイントで切り取って受容したわけではない.あくまでこれらの接尾辞をもつ単語を大量に受容し,その後に接尾辞を切り出して,英語内部の語形成に適用したのだろう.結果的にフランス語から派生接辞を借用したかのように見えるが,実際のプロセスは,語彙借用の後に接辞を切り出し適用したということなのだろう.
 同様に,一見すると統語的な借用に見える事例も,問題の統語構造を構成する語彙項目の借用がまず生じ,それと連動する形で結果的に統語構造そのものもコピーされた結果とみなすことができるかもしれない.
 例えば,Winford (66) は Silva-Corvalán の1994年の研究を参照して,標準スペイン語と,英語と濃厚接触しているロサンゼルス・スペイン語の構文を比較している.英語でいえば they broke my jaw に相当する統語構造が,前者では与格 me を伴う y me quebraron la mandibula となるものの,後者では英語風に属格 mi を伴う y quebraron mi, mi jaw となるという.ロサンゼルス・スペイン語の構文において英語からの統語借用が生じているようにみえるが,厳密にいえば「借用」というよりは,英語の統語構造を参照した上でのロサンゼルス・スペイン語としての統語用法の拡張というべきかもしれない.というのは,標準スペイン語でも,後者の構造は不自然ではあるが,影響を受ける対象が「あご」のような身体の部位ではなく,身体から切り離せる一般の所有物の場合には,普通に用いられるからだ.つまり,もともとのスペイン語にあった語用・統語的な制限が,対応する英語構造に触発されて,緩まっただけのように思われる.これを「借用」と呼ぶことができるのか,と.この問題に対する Winford の結論を引こう (68) .

Silva-Corvalán (1998) discusses several other examples like these, and argues that the changes involved are not the outcome of direct borrowing of a syntactic structures or rules from one language into another (1998: 225). Rather, what is involved is a kind of "lexico-syntactic calquing" (ibid.) triggered by partial congruence between Spanish and English words. This results in Spanish words assuming the semantic and/or subcategorization properties of the apparent English equivalents (faux amis). Her findings lead her to the conclusion that "what is borrowed across languages is not syntax, but lexicon and pragmatics" (1998: 226) This claim certainly seems to hold for cases of language maintenance with bilingualism such as that in LA.


 「統語借用」を "lexico-syntactic calquing" (cf. loan_translation) として,あるいは統語的 "faux amis" (cf. false_friend) としてとらえる視点はこれまでになかった.目が開かれた.

 ・ Winford, Donald. An Introduction to Contact Linguistics. Malden, MA: Blackwell, 2003.
 ・ Silva-Corvalán, Carmen. Language Contact and Change: Spanish in Los Angeles. Oxford: Clarendon, 1994.
 ・ Silva-Corvalán, Carmen. "On Borrowing as a Mechanism of Syntactic Change." Romance Linguistics: Theoretical Perspectives. Ed. Shwegler, Armin, Bernard Tranel, and Myriam Uribe-Etxebarria. Amsterdam: Benjamins, 1998. 225--46.

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2021-05-28 Fri

#4414. なぜ複数形語尾に -es を取る名詞があるのですか? [plural][number][suffix][khelf_hel_intro_2021][sobokunagimon][noun][consonant][assimilation]

 英語の名詞複数形に関する素朴な疑問といえば,foot -- feet, child -- children など不規則な複数形にまつわる話題がまず最初に思い浮かびます.foot -- feet についていえば,私自身も本ブログ内でこれでもかというほど繰り返し取り上げてきました(こちらの記事セットを参照).
 ところが,中学1年生に英語を教える教育現場より意外な情報が入ってきました.複数形に関する生徒からの質問で最も多かったのは「なぜ -o, -s, -z, -x, -ch, -sh で終わるとき,語尾に -es をつけるのか?」だったというのです.なぜ -s ではなくて -es なのか,という疑問ですね.この情報を寄せてくれたのは英語教員をしている私のゼミ卒業生なのですが,今回の「英語史導入企画2021」のために「複数形は全部 -s をつけるだけなら良いのに!」を作成してくれました.生の教育現場からの問題意識と英語史・英語学研究のコラボといってよいコンテンツです.
 名詞の語末音が歯擦音 (sibilant) の場合,具体的には [s, z, ʃ, ʒ, ʧ, ʤ] である場合には,複数形の語尾として -es [-ɪz] を付けるのが原則です.歴史的背景は上記コンテンツで説明されている通りです.もともとの複数形語尾は -s ではなく -es だったのです.したがって「なぜ名詞の語末音が非歯擦音の場合には,もともとの -es が -s になってしまったのか?」という問いを立てるほうが適切ということになります.この新しい問いに対しては,ひとまず「そのような音変化が生じたから」と答えておきます.では,なぜそのような音変化が歯擦音の後位置では生じなかったのでしょうか.これに対して,コンテンツでは次のように回答が与えられています.

中学生への回答として考えられるのは,「発音しにくいから」というものである. -s,-x,-ch,-sh で終わる語の発音は [s], [z], [ʃ], [ʒ], [ʧ], [ʤ] であり,[s] や [z] と同じ摩擦音である.また,[s] や [z] は歯茎音である一方,[ʃ] や [ʒ] は後部歯茎音で,調音位置も非常に近い.これらのよく似た子音を連続して発音するよりも,母音を挟んだ方が発音しやすいため,綴りの e が残ったと考えられる.


 「発音の便」説ですね.私自身も基本的にはこれまでこのように答えてきました.確かに英語史を通じて音素配列上避けられてきた子音連鎖であり,説明として分かりやすいからです.ただ,今回改めてこの問題を考える機会を得たので,慎重に考察してみました.

 1. 歯擦音+ [s, z] の連鎖が「発音しにくい」といっても,同連鎖は音節をまたぐ環境であれば普通に存在します (ex. this style, these zoos, dish soap, garagesale, watchstrap, page zero) .したがって,調音的な観点から絶対的に「発音しにくい」ということは主張しにくいように思われます.音素配列上,同一音節内で同連鎖が避けられることは事実なので,ある環境において相対的に「発音しにくい」ということは,まだ主張できるかもしれません.ですが,それを言うのであれば,英語として「発音し慣れていない」と表現するほうが適切のように思われます.

 2. むしろ聞き手の立場に立ち,問題の子音連鎖が「聴解しにくい」と考えたらどうでしょうか.複数語尾は,英語史を通じて名詞の数 (number) に関する情報を担う重要な形態素でした.同じ名詞のカテゴリーのなかでも,性 (gender) や格 (case) は形態的に衰退しましたが,数に関しては現在まで頑強に生き延びてきました.英語において数は何らかの意味で「重要」のようです.
 話し手の立場からすれば,数がいくら重要だと意識していても,問題の子音連鎖は放っておけば調音の同化 (assimilation) の格好の舞台となり,[s, z] が先行する歯擦音に呑み込まれて消えていくのは自然の成り行きです.結果として,数カテゴリーも存続の危機に立たされるでしょう.しかし,聞き手の立場からすれば,複数性をマークする [s, z] に関してはしっかり聴解できるよう,話し手にはしっかり発音してもらいたいということになります.
 話し手が同化を指向するのに対して,聞き手は異化 (dissimilation) を指向する,そして言語体系や言語変化は両者の綱引きの上に成り立っている,ということです.この議論でいけば,今回のケースでは,聞き手の異化の効きのほうが歴史的に強かったということになります.昨今,聞き手の役割を重視した言語変化論が存在感を増していることも指摘しておきたいと思います.こちらの記事セットもご覧ください.

 さて,今回の「複数形語尾 -es の謎」のなかで,どうひっくり返っても「発音の便」説を適用できないのは,上記コンテンツでも詳しく扱われている通り,-o で終わる名詞のケースです.名詞に応じて -s を取ったり -es を取ったり,さらに両者の間で揺れを示したりと様々です.緩い傾向として,英語への同化度の観点から,同化が進んでいればいるほど -es を取る,という指摘がなされてはことは注目に値します.関連する話題は本ブログでも「#3588. -o で終わる名詞の複数形語尾 --- pianospotatoes か?」 ([2019-02-22-1]) にて扱っていますので,そちらもどうぞ.
 いずれにせよ,実に奥の深い問題ですね.恐るべし中一生.

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2021-05-12 Wed

#4398. -ing の英語史 [khelf_hel_intro_2021][etymology][suffix][gerund][participle][hellog_entry_set][seminar]

 昨日「英語史導入企画2021」のために学部生よりアップされたコンテンツは「Morning や evening には何故 ing がつくの?」です.日常的な単語で,あえて考えてみないと意識すらしない疑問かもしれませんが,考え出すと不思議ですね.実は今回のコンテンツだけでは説明し尽くしたとはいえず,様々な説があって語源学的には諸説ある問題です.本ブログでは「#2708. morn, morning, morrow, tomorrow」 ([2016-09-25-1]) でこの話題に少し触れていますので,そちらもどうぞ.
 目下,大学のゼミ授業でグループ研究を展開中です.あるグループは,ズバリ -ing 問題を扱っています.-ing といっても,現在分詞,動名詞,名詞語尾といろいろあって一筋縄ではいかないのですが,そのうちのどれを選んでどのように料理するかというのが研究の腕の見せ所です.同グループは進行形における現在分詞としての -ing に焦点を絞ったようです.
 それでも機能は異なれど,共時的にみれば形態上同じ -ing であることには違いありません.歴史的にみても,本来は各々異なるルーツ,異なる機能をもっていましたが,似た形態なので混同されてきたというのが実態なのです.-ing にとってみれば,なりたくてなったわけではないでしょうが,多機能になってしまったわけですね.ということで,どのみち -ing が厄介であることには変わりありません.
 -ing を巡る問題は英語史上の大きなテーマですが,本ブログで扱ってきた範囲内で -ing 絡みの記事を紹介しておきます.一遍に読みたい方はこちらの記事セットからどうぞ.

 ・ 「#4345. 古英語期までの現在分詞語尾の発達」 ([2021-03-20-1])
 ・ 「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1])
 ・ 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1])
 ・ 「#2422. 初期中英語における動名詞,現在分詞,不定詞の語尾の音韻形態的混同」 ([2015-12-14-1])

 ・ 「#1284. 短母音+子音の場合には子音字を重ねた上で -ing を付加するという綴字規則」 ([2012-11-01-1])
 ・ 「#3109. なぜ -(e)s の付け方と -ing の付け方が綴字において異なるのか?」 ([2017-10-31-1])
 ・ 「#4344. -in' は -ing の省略形ではない」 ([2021-03-19-1])
 ・ 「#1370. Norwich における -in(g) の文体的変異の調査」 ([2013-01-26-1])
 ・ 「#1764. -ing と -in' の社会的価値の逆転」 ([2014-02-24-1])
 ・ 「#4349. なぜ過去分詞には不規則なものが多いのに現在分詞は -ing で規則的なのか?」 ([2021-03-24-1])
 ・ 「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1])

 ・ 「#1610. Viking の語源」 ([2013-09-23-1])
 ・ 「#1673. 人名の多様性と人名学」 ([2013-11-25-1])
 ・ 「#3903. ゲルマン名の atheling, edelweiss, Heidi, Alice」 ([2020-01-03-1])

 ・ 「#3604. なぜ The house is building. で「家は建築中である」という意味になるのか?」 ([2019-03-10-1])
 ・ 「#3605. This needs explaining. --- 「need +動名詞」の構文」 ([2019-03-11-1])

 ・ 「#2512. 動詞の目的語として不定詞を取るか,動名詞を取るか (2)」 ([2016-03-13-1])
 ・ 「#2511. 動詞の目的語として不定詞を取るか,動名詞を取るか (1)」 ([2016-03-12-1])
 ・ 「#757. decline + 動名詞」 ([2011-05-24-1])
 ・ 「#4058. what with 構文」 ([2020-06-06-1])
 ・ 「#3923. 中英語の「?しながら来る」などの移動の様態を表わす不定詞構文」 ([2020-01-23-1])

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2021-05-07 Fri

#4393. いまや false friends? --- photogenic と「フォトジェニック」 [khelf_hel_intro_2021][japanese][loan_word][false_friend][suffix][worf_formation][semantic_change]

 昨日,「英語史導入企画2021」の一環として学部生よりコンテンツ「フォトジェニックなスイーツと photogenic なモデル」がアップされた.日常的な話題で,言語接触とその効果をリアルタイムで眺めているかのような読後感を得られる内容となっている.
 英単語 photogenic の意味や語形成については上記コンテンツに詳しいが,3つの学習者英英辞書の定義を示せば次のようになる.

 ・ OALD8: looking attractive in photographs
 ・ LDOCE5: always looking attractive in photographs
 ・ CALD3: having a face that looks attractive in photographs

 辞書では「被写体」の限定はなされていない.人でも物でもよいはずだ.しかし,挙げられている例文はすべて人(の容姿)を対象としている.コーパスで検索された多数の例文を眺めてみても,物(特に風景)を対象とした例はあるにはあるが,大多数の用例が写真うつりの良い「人」に関するものである.いくつか典型例を挙げよう.

 ・ She is very photogenic but fortunately she knows that being photogenic is not enough in this business.
 ・ There were many pictures of the family as well, they must be a photogenic kind of family because there was so many family shots of them all dressed up.
 ・ Sarah's eye for a photogenic face has made her fortune.

 ところが,昨今日本語に取り込まれてカタカナ語となっている「フォトジェニック」は,インスタグラムの「インスタ映え」の類義語であるかのように多用されている.その際の被写体は,今度は人に用いられることは稀で,圧倒的に物を対象としているのがおもしろい.
 photogenic と「フォトジェニック」は,(当たり前ながらも)語源および「写真映えする」という基本的語義を共有しているものの,形容詞として記述・描写の対象としているものが典型的に前者では人,後者では物であるという点で,用法の相違を生み出している.最新の英日語に関する "false friends" (Fr. "faux amis") の例,あるいは少なくともその兆しを見せてくれている例といえないだろうか.
 ところで,-genic を始め,ラテン語 gēns (clan, race) と同根であり,かつ英語に入ってきた単語は多いが,gentle, genteel, jauntry, ,そして今回の -genic など語義がポジティヴな(に転じた)ものが多いのは偶然だろうか.
 なお,「テレビ映りが良い」は
telegenic, 「ラジオ聞こえ(?)が良い」は radiogenic というようで,-genic'' がメディア名に後続する接尾辞 (suffix) として存在感を示し始めている様子が窺える.新語の語形成は目が離せない.

Referrer (Inside): [2021-07-24-1]

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2021-04-14 Wed

#4370. なぜ Japan には -ese をつけるのか? [sobokunagimon][suffix][onomastics][khelf_hel_intro_2021]

 「英語史導入企画2021」も少しずつ軌道に乗ってきて好コンテンツが上がってきているが,昨日公表された学部生による「日本人はなぜ Japanese?」も,多くの英語学習者に訴えかける素朴な疑問といってよいだろう.
 国名からその国民名,国語名,形容詞を作るのに,英語にはいろいろなやり方がある.特定の接尾辞 (suffix) を付けるのが一般的だが,その接尾辞にもいろいろある.AmericaAmericanKoreaKorean があるかと思えば,SpainSpanish, DenmarkDanish があるし,New ZealandNew ZealanderIcelandIcelander もある.日本はなぜか JapanJapanese となり,この点では ChinaChinese, VietnamVietnamese, PortugalPortuguese と同類だが,なぜ国名によってこれほどバラバラなのかがよく分からない.英語を学ぶ誰しもが,日本語の「?人」のように統一的な言い方にしてくれれば楽なのに,と思ったことがあるだろう.
 本ブログでも真正面からこの話題を取り上げたことはなかったが,それは簡単に答えられる類いの問題ではないと知っていたからだ.しかし,知りたい.なぜ英語では Japan には -ese が付されるのか.なぜ *Japanian や *Japanish ではないのか(cf. ドイツ語 Japanisch).
 「日本人はなぜ Japanese?」は,この素朴でありながら難解な問いに1年間かけて挑んだゼミ学生のコンテンツである.-ese を取る国名の一覧表,その分布を示した世界地図,簡潔で軽快な文章を通じて,非常にリーダブルなコンテンツとなっている.それでいて参考文献や脚注により学術性を担保しようという姿勢も感じられる.内容については,語誌的にも歴史学的にも綿密に検証する余地はあるが,好奇心を強く誘う仮説となっている.たいへん教育的で啓発的なコンテンツ.ぜひご一読を.
 このトピックに緩く関係する本ブログからの記事として,以下を参照.

 ・ 「#4027. 接尾辞 -ese の起源」 ([2020-05-06-1])
 ・ 「#4024. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (1)」 ([2020-05-03-1])
 ・ 「#4025. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (2)」 ([2020-05-04-1])
 ・ 「#4026. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (3)」 ([2020-05-05-1])
 ・ 「#3023. ニホンかニッポンか」 ([2017-08-06-1])
 ・ 「#1774. Japan の語源」 ([2014-03-06-1])
 ・ 「#2979. Chibanian はラテン語?」 ([2017-06-23-1])
 ・ 「#3918. Chibanian (チバニアン,千葉時代)の接尾辞 -ian (1)」 ([2020-01-18-1])
 ・ 「#3919. Chibanian (チバニアン,千葉時代)の接尾辞 -ian (2)」 ([2020-01-19-1])
 ・ 「#3920. Chibanian (チバニアン,千葉時代)の接尾辞 -ian の直前の n とは?」 ([2020-01-20-1])

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2021-03-24 Wed

#4349. なぜ過去分詞には不規則なものが多いのに現在分詞は -ing で規則的なのか? [sobokunagimon][participle][verb][infinitive][gerund][verb][conjugation][suffix]

 1年ほど前に,大学生より英語に関する素朴な疑問をたくさん提供してもらったことがある.そのなかの1つに,標題の趣旨の疑問があった(なお,疑問の原文は「なぜ現在分詞 -ing には過去分詞のような不規則動詞が存在しないのか」).つい最近この疑問について考え始めてみたのだが,まったくもって素朴ではない疑問であることに気づいた.おもしろいと思い,目下,院生・ゼミ生を総動員(?)して議論している最中である.
 この疑問の何がおもしろいかといえば,第1に,こんな疑問は思いつきもしなかったから.英語学習者は皆,動詞の活用に悩まされてきたはず.その割には,現在分詞(動名詞も同様だが)だけはなぜか -ing で一貫している.これは嬉しい事実ではあるが,ちょっと拍子抜け.どうしてそうなのだろうか.という一連の思考回路が見事なのだと思う.-ing にも綴字については若干の不規則はあるのだが,無視してよい程度の問題である(cf. 「#3069. 連載第9回「なぜ trytried となり,diedying となるのか?」」 ([2017-09-21-1])).
 このように素晴らしい発問だと感銘を受けて挑戦し始めたのはよいが,実は難問奇問.どうにも答えが出ない.そこで,なぜこの疑問が難しいのかをメタ的に考えてみた.2点ほどコメントしたい.

(1) お題は大学生から出された素朴な疑問.「なぜ A は不規則なのに B は規則的なのか?」という疑問形式となっているが,よく考えてみると,これは「素朴な」疑問から一歩も二歩も抜け出した,むしろかなり高度な問い方ではないか.英語初学者が発するような疑問は,たいてい「なぜ B は規則的なのに A は不規則なのか?」となるのが自然である.今回のケースでいえば「なぜ現在分詞は -ing で規則的なのに過去分詞には不規則なものが多いのか?」という発問のほうが普通ではないか.後者の疑問であれば,現在分詞の -ing が規則的であることは特に説明を要さず,過去分詞に不規則なものが多い理由を答えればよい.おそらく,こちらのほうが答えるにはより易しい質問となるだろう(ただし,これとて決して易しくはない).

(2) もともと現在分詞と過去分詞の2者を対比したところに発する疑問である.確かに両者とも名前に「分詞」 (participle) を含み,自然と比較対象になりやすいわけだが,比較対象をこの2種類に限定せず,より広く non-finite verb forms とすると,もう少し視界が開けてくるのではないか.具体的にいえば,現在分詞と過去分詞に加えて,動名詞と不定詞も考慮してみるのはどうだろうか.現在分詞と動名詞は形式上は常に一致しているので,実際上は新たに考慮に加えるべきは不定詞ということになる.不定詞というのは現代英語としては原形にほかならず,それが基点というべき存在なので,不規則も何もない(ただし be 動詞は別にしたほうがよさそうである).とすると,4種類ある non-finite verb forms のなかで,3種類までが規則的で,1種類のみ,つまり過去分詞のみが不規則ということになる.共時的にみる限り,上記 (1) で示唆したことと合わせて,「なぜ過去分詞形のみが不規則なのか?」と問い直すほうが,少なくとも回答のためには有益のように考える.

 ということで,当初の発問の切れ味に感じ入って,やや目がくらまされていたところがあるが,少なくとも考察にあたっては言い換えたほうの発問を基準とするのがよいと思っている.もちろんそれにしても難しい問題で,私自身もあるアイディアは持っているが,まったく心許ないので,もっと議論や調査を深めていきたいと思っている.本ブログの読者の皆さんにも1つの話題ということで提供した次第です.
 参考までに,現在分詞に関する過去の記事として,以下を挙げておきたい.

 ・ 「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1])
 ・ 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1])
 ・ 「#2422. 初期中英語における動名詞,現在分詞,不定詞の語尾の音韻形態的混同」 ([2015-12-14-1])
 ・ 「#4345. 古英語期までの現在分詞語尾の発達」 ([2021-03-20-1])
 ・ 「#4344. -in' は -ing の省略形ではない」 ([2021-03-19-1]

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2021-03-20 Sat

#4345. 古英語期までの現在分詞語尾の発達 [oe][germanic][indo-european][etymology][suffix][participle][i-mutaton][grimms_law][verners_law][verb][sound_change]

 昨日の記事「#4344. -in' は -ing の省略形ではない」 ([2021-03-19-1]) で現在分詞語尾の話題を取り上げた.そこで簡単に歴史を振り返ったが,あくまで古英語期より後の発達に触れた程度だった.今回は Lass (163) に依拠して,印欧祖語からゲルマン祖語を経て古英語に至るまでの形態音韻上の発達を紹介しよう.

The present participle is morphologically the same in both strong and weak verbs in OE: present stem (if different from the preterite) + -ende (ber-ende, luf-i-ende. etc.). All Gmc dialects have related forms: Go -and-s, OIc -andi, OHG -anti. The source is an IE o-stem verbal adjective, of the type seen in Gr phér-o-nt- 'bearing', with a following accented */-í/, probably an original feminine ending. This provides the environment for Verner's Law, hence the sequence */-o-nt-í/ > */-ɑ-nθ-í/ > */-ɑ-nð-í/, with accent shift and later hardening */-ɑ-nd-í/, then IU to /-æ-nd-i/, and finally /-e-nd-e/ with lowering. The /-i/ remains in the earliest OE forms, with are -ændi, -endi.


 様々な音変化 (sound_change) を経て古英語の -ende にたどりついたことが分かる.現在分詞語尾は,このように音形としては目まぐるしく変化してきたようだが,基体への付加の仕方や機能に関していえば,むしろ安定していたようにみえる.この安定性と,同根語が印欧諸語に広くみられることも連動しているように思われる.
 また,音形の変化にしても,確かに目まぐるしくはあるものの,おしなべて -nd- という子音連鎖を保持してきたことは注目に値する.これはもともと強勢をもつ */-í/ が後続したために,音声的摩耗を免れやすかったからではないかと睨んでいる.また,この語尾自体が語幹の音形に影響を与えることがなかった点にも注意したい.同じ分詞語尾でも,過去分詞語尾とはかなり事情が異なるのだ.
 古英語以降も中英語期に至るまで,この -nd- の子音連鎖は原則として保持された.やがて現在分詞語尾が -ing に置換されるようになったが,この新しい -ing とて,もともとは /ɪŋɡ/ のように子音連鎖をもっていたことは興味深い.しかし,/ŋɡ/ の子音連鎖も,後期中英語以降は /ŋ/ へと徐々に単純化していき,今では印欧祖語の音形にみられた子音連鎖は(連鎖の組み合わせ方がいかようであれ)標準的には保持されていない(cf. 「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1]),「#3482. 語頭・語末の子音連鎖が単純化してきた歴史」 ([2018-11-08-1])).

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2021-03-19 Fri

#4344. -in' は -ing の省略形ではない [consonant][phonetics][suffix][apostrophe][punctuation][participle][orthography][spelling][gerund][infinitive]

 洋楽の歌詞を含め英語の詩を読んでいると,現在分詞語尾 -ing の代わりに -in' を見かけることがある.口語的,俗語的な発音を表記する際にも,しばしば -in' に出会う.アポストロフィ (apostrophe) が用いられていることもあり,直感的にいえばインフォーマルな発音で -ing から g が脱落した一種の省略形のように思われるかもしれない.しかし,このとらえ方は2つの点で誤りである.
 第1に,発音上は脱落も省略も起こっていないからである.-ing の発音は /-ɪŋ/ で,-in' の発音は /-ɪn/ である.最後の子音を比べてみれば明らかなように,前者は有声軟口蓋鼻音 /ŋ/ で,後者は有声歯茎鼻音 /n/ である.両者は脱落や省略の関係ではなく,交代あるいは置換の関係であることがわかる.
 後者を表記する際にアポストロフィの用いられるのが勘違いのもとなわけだが,ここには正書法上やむを得ない事情がある.有声軟口蓋鼻音 /ŋ/ は1音でありながらも典型的に <ng> と2文字で綴られる一方,有声歯茎鼻音 /n/ は単純に <n> 1文字で綴られるのが通例だからだ.両綴字を比べれば,-ing から <g> が脱落・省略して -in' が生じたようにみえる.「堕落」した発音では語形の一部の「脱落」が起こりやすいという直感も働き,-in' が省略形として解釈されやすいのだろう.表記上は確かに脱落や省略が起こっているようにみえるが,発音上はそのようなことは起こっていない.
 第2に,歴史的にいっても -in' は -ing から派生したというよりは,おそらく現在分詞の異形態である -inde の語尾が弱まって成立したと考えるほうが自然である.もっとも,この辺りの音声的類似の問題は込み入っており,簡単に結論づけられないことは記しておく.
 現在分詞語尾 -ing の歴史は実に複雑である.古英語から中英語を通じて,現在分詞語尾は本来的に -inde, -ende, -ande などの形態をとっていた.これらの異形態の分布は「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]) で示したとおり,およそ方言区分と連動していた.一方,中英語期に,純粋な名詞語尾から動名詞語尾へと発達していた -ing が,音韻上の類似から -inde などの現在分詞語尾とも結びつけられるようになった(cf. 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1])).さらに,これらと不定詞語尾 -en も音韻上類似していたために三つ巴の混同が生じ,事態は複雑化した(cf. 「#2422. 初期中英語における動名詞,現在分詞,不定詞の語尾の音韻形態的混同」 ([2015-12-14-1])).
 いずれにせよ,「-in' は -inde の省略形である」という言い方は歴史的に許容されるかもしれないが,「-in' は -ing の省略形である」とは言いにくい.
 関連して,「#1764. -ing と -in' の社会的価値の逆転」 ([2014-02-24-1]) も参照されたい.

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2021-03-18 Thu

#4343. 接辞の補充法 [suppletion][prefix][suffix][plural]

 英語における補充法 (suppletion) の話題については,様々な記事で扱ってきた.go -- went, good -- better -- best, am -- was -- be, I -- my -- me など,系列変化において語幹の異なる成員がみられるケースである.
 通常,補充法といえば上記のように単語の語形全体に関していわれるものと理解していたが,いくつかの英語学辞典に当たってみると,語の一部を構成する接辞 (affix) に関していわれる例が挙げられていた.
 例えば,ox -- oxen という「不規則複数」について考えてみよう.規則的な複数形成であれば -es という接尾辞を付して *oxes となるはずである.ところが,実際にはこの一般的で規則的な -es は採用されず,異なる起源と形式をもつ -en が採用されている.つまり,単数接辞と複数接辞からなる名詞の数に関する規則的な系列変化を -ø -- -(e)s とすると,名詞 ox について対応する系列変化は -ø -- -en となり,規則的な系列変化から逸脱していることになる.このようなケースを指して,接辞の補充法とみることが可能だというわけだ.child -- children, datum -- data などの不規則複数も同様に考えられる.
 英語に様々に存在する「不規則形」について,その語形自体が不規則であるという見方が一般的だが,なるほど,接辞における補充法ととらえる見方もあるということに気づかされた.

 ・ 寺澤 芳雄(編) 『英語学要語辞典』 研究社,2002年.
 ・ 石橋 幸太郎(編) 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.

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2021-02-05 Fri

#4302. 行為者接尾辞 -ar [suffix][agentive_suffix][etymology][back_formation]

 行為者接尾辞については,「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]) をはじめとして agentive_suffix のいくつかの記事で取り上げてきた.しかし,-ar についてはあまり注目してこなかったので,一昨日の記事「#4300. サッポロ LAGAR が発売されました」 ([2021-02-03-1]) とも関連して,ここで触れておきたい.
 英語の行為者接尾辞 -ar は,-or (< L -ōrem, -or) と比較されるように,ラテン語の行為者接尾辞 -ārius, -āris にさかのぼる.しかし,-āris はラテン語では形容詞を作る接尾辞でもあり,少々ややこしい事情がある.
 形容詞を作る接尾辞としての -āris は,「#3940. 形容詞を作る接尾辞 -al と -ar」 ([2020-02-09-1]) でみたように,基体に l が含まれる場合に,異化 (dissimilation) のため -ālis に代わって用いられたものである.scholar もその例となるが,もともとこの語は,名詞 sc(h)ola (学校)に当該の接尾辞 -āris を加えたものであり,「学校に属する」ほどの意だった.この形容詞が「学校に属する者」ほどの意味で名詞化したものが,scholar として現代まで伝わっているというわけだ.この由来を知らない後世の人々が,scholar の末尾にみえる -ar を,何らかの人・ものを表わす接尾辞として再解釈したのだろう.
 英語では -er や -or が行為者接尾辞として併存してきたので,なおのこと -ar もその1変種にすぎないという理解が広まったようだ.そこから,数は多くないものの beggar, burglar, liar, pedlar のように自由に行為者名詞が作られることとなった.名詞 burglar から動詞 burgle が逆成 (back_formation) されたというのは英語史上よく知られた話題だが,これも -ar が行為者接尾辞として意識されているからこそ可能となった語形成である(cf. 「#107. 逆成と接辞変形」 ([2009-08-12-1])).
 これらの -ar 行為者名詞の語幹に l が含まれているものが多いことは,上述のラテン語の異化と平行的であり興味深い.意味的にも「よからぬ行ないをする者」というネガティヴな含蓄をもっているものが多く,語形成あるいは綴字選択にあたっての相互作用を疑いたくなる.もっとも scholar, vicar, pillar にそのような含蓄はなく,あったとしても緩い傾向にすぎないと思われるが.

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2021-02-04 Thu

#4301. 寝かせて熟成させた貯蔵ビール lager [german][suffix][agentive_suffix][etymology]

 昨日の記事「#4300. サッポロ LAGAR が発売されました」 ([2021-02-03-1]) で話題にした(lagar ならぬ)lager について.ラガー(ビール)は,醸造後にたいてい加熱殺菌し貯蔵タンクで熟成させたビールを指す.生ではなく「寝かせた」ビールというのがポイントである.
 語中の /ɡ/ の発音から示唆されるとおり,この語は本来の英単語ではなくドイツ語 Lager(bier) からの借用語である.OED によると,英語での初出は,複合語 lager beer としては1853年,単体の lager としては1855年となっている.
 ドイツ語 Lager は「貯蔵所」を意味する.これと語源的に関連するのは,英語本来語である lair (ねぐら,巣)である.古英語では leġer (寝場所,ベッド)の形態で文証される.
 すでに気づいたかもしれないが,これらの語根の意味は「寝る,横になる」である.現代英語でいえば lie (横たわる)に相当する.lie -- lay -- lain と唱えて覚えた方も多いと想像される,あの自動詞 lie である.ちなみに,対応する他動詞の活用は lay -- laid -- laid だった(cf. 「#3682. 自動詞 lie と他動詞 lay を混同したらダメ (1)」 ([2019-05-27-1]),「#3683. 自動詞 lie と他動詞 lay を混同したらダメ (2)」 ([2019-05-28-1])).
 というわけで,語源的にいえば lager beer はまさに「ねぐらで寝かせておいたビール」ということになる.
 ついでに,動詞 lie には「横たわる」と並んで,同形ながら別語源の「嘘をつく」もある.行為者接尾辞をつけると,前者は lier (横たわる人)で,後者は liar (嘘つき)となるのが,lager と *lagar の関係に似ていておもしろい.サッポロ LAGAR は「嘘から出た誠」のラガービール?

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2021-01-16 Sat

#4282. -ly が2つ続く副詞 -lily の事例を ICAMET で検索 [corpus][icamet][adverb][suffix][-ly]

 標記の -lily 副詞の話題について,最近の記事「#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である」 ([2021-01-02-1]),「#4270. 後期近代英語には -ly が2つ続く副詞 -lily がもっとあった」 ([2021-01-04-1]),「#4271. -ly が2つ続く副詞 -lily の事例を Helsinki Corpus で検索」 ([2021-01-05-1]) で取り上げてきた.今回は,昨日の記事「#4281. ICAMET --- 中英語散文コーパス」 ([2021-01-15-1]) で紹介した ICAMET から例を集めてみる.
 Perl 対応の正規表現として "\b\S+(?<!s)l[iy]l[yi](ch?)?(e(r|st)?)?\b" を検索式として与え,結果を取り出してみると111の例が挙がってきた.異綴字としてまとめると,以下の41種類である.

folily, folyly, holily, holyly, holyliche, seliliche, holili, hallyly, semlyly, lawlyly, iolily, hoolily, holylye, holylyche, fullyly, worldlyly, worldlily, wilyly, willyly, wilili, vnwortlily, vnreulili, semelily, selyly, selily, selili, sclyly, reulily, reulili, priuelyliche, li3tlyliche, iolyly, hoolyly, holilie, holiliche, hallily, folyliche, folyli, foliliche, folilich, folili


 語彙項目としてまとめると,folily (40), fullyly (2), holily (41), iolily (3), lawlyly (2), li3tlyliche (1), priuelyliche (1), reulily (2), sclyly (1), seliliche (8), semlyly (3), vnreulili (1), vnwortlily (1), worldlily (2), wilili (3) となる.これまで集めてきたよりも多くの種類が出てきてくれたので,まずは今回の ICAMET の使用は成功としておきたい.
 コンコーダンスラインを眺めると,近くに別の -ly 副詞(-lily ではないもの)が現われるケースが散見された.散文テキストということもあり脚韻というほどではないにせよ,一種の統語的な語呂といった要因が作用している可能性がある.いくつか例を挙げておこう(括弧内は ICAMET のファイル名).

 ・ And with þis wurd þis knyght was confusid, & holilie and stronglie he tuke þe ordur and vttirly forsuke all þis werld. (Alpha2)
 ・ lyghtly and folyly to curse another. (Caxtdoc)
 ・ how after that they leued chastely, clenly, and holyly in thaire manere (Caxtkni)
 ・ pacyently and holyly without grudchyng (Caxtpro1)
 ・ Spoushod is a stat þet me ssel wel klenliche / and wel holylyche loki uor manie skeles (Danayen)
 ・ firste for to lyue holili, and after to preche trueli (Lollard)
 ・ Alle þat wolen lyue piteousli or holili in Crist schul suffre persecucyon. (Lollard)
 ・ Iff any man holily lyue & ri3twysly, Alsso warst synnars despise he nott. (Misfire)
 ・ whanne þei ben vnmesurably and vnreulili a3ens doom of resoun, (Pecdon1)
 ・ frely forgife vnto þe þinge þat þou has anese hym mysdone, folily & vnkyndely. (Rollebok)
 ・ þis wondyrful oned may nou3t be fulfilled parfitely, contynuelly, holyly in þis lyfe, (Rollhor1)
 ・ þat þay say to þame na wordes of myssawe ne vnhoneste ne of displesance vnauyssedly, / bot serue þame mekely and gladly and lawlyly; (Rollhor1)
 ・ and ther-for the preste muste go to that body holily and deuoutly with grete reuerence and drede, as mych as he may, (Specchri)
 ・ not to lyue worldlyly ne lustly ne proudely, but to lyue in bisy trauel to kepe þer sheep & wynne hem heuene; (Wyclif2)

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2021-01-05 Tue

#4271. -ly が2つ続く副詞 -lily の事例を Helsinki Corpus で検索 [corpus][hc][adverb][suffix][-ly][haplology]

 「#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である」 ([2021-01-02-1]),「#4270. 後期近代英語には -ly が2つ続く副詞 -lily がもっとあった」 ([2021-01-04-1]) で取り上げてきた話題の続き.今回は Helsinki Corpus を利用して,通時的に -lily 副詞の用例を集めた.
 問題の接尾辞は,古い英語では現代的な -ly のみならず,-li, -lic, -lich, -liche など様々な綴字で現われていた(cf. 「#1773. ich, everich, -lich から語尾の ch が消えた時期」 ([2014-03-05-1]),「#1810. 変異のエントロピー」 ([2014-04-11-1]),「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1])).そこで,歴史的な異綴字を広くカバーする Perl 対応の正規表現として "\B(?<!s)l[iy]l[yi](ch?)?(e(r|st)?)?\b" を設定した.これで Helsinki Corpus に検索をかけたところ,古英語からは該当例が1つも挙がってこなかったが,中英語以降からいくつかの用例が得られた.

[ M1 (1150--1250) ]

 ・ CMSAWLES(14658): ter hire; turne+d <P 178> ham treowliliche to wit hare lauerd. & to +teos fowr sus

[ M2 (1250--1350) ]

 ・ CMAYENBI(7376): te+t +tet we loki ine oure herte holylyche +tane holy gost +tet is oure wytnesse.

[ M3 (1350--1420) ]

 ・ CMBOETH(11516): , "see now how thou mayst proeven holily and withoute corrupcioun this that I ha
 ・ CMBOETH(49069): is, or elles thei scholden fleten folyly. "For whiche it es that alle thingis se
 ・ CMCLOUD(50919): peke +tus childly, & # as it were folily and lackyng kyndly discrecion; for I do
 ・ CMCTPROS(21119): surably, <P 234.C1> for they that folily wasten and despenden the goodes that th
 ・ CMCTVERS(35881): at moste I thynke. I have my body folily despended; Blessed be God that it shal
 ・ CMWYCSER(2866): eth herynne +tat God may not iuge folily ony man; and so, as oure wille ha+t ned
 ・ CMWYCSER(45437): kyng, he wolde not +tus reigne worldlily, ne # hym was owed no sych rewme, si+t

[ M4 (1420--1500) ]

 ・ CMGAYTRY(5492): +tat Haly Kirke, oure modire, es hallyly ane thorow-owte +te werlde, that es, #
 ・ CMGAYTRY(8961): +te thre +tat ere firste, awe vs hallyly to halde anence oure Godd, and +te Seue
 ・ CMROLLPS(48489): . bot be ware that +ge deme # not folily him that is goed, wenand that he be ill
 ・ CMROLLTR(3701): erue +tam mekely, and gladly and lawlyly, +tat +tay may wyn +tat Godde hyghte to

[ E1 (1500--1569) ]

 ・ CEFICT1A(24697): that some curatys that loke full holyly be but desemblers & ypocrytis. <S SAMPL

[ E2 (1570--1639) ]

 ・ CEBOETH2(7618): Looke how proonest thou that most holyly & without spot, that we say God is the

[ E3 (1640--1710) ]

   用例なし

 以上のように,Helsinki Corpus で確認する限り,歴史的にも -lily 副詞は低頻度だったようにみえるが,この段階で一般的なことを結論づけるのは控えておきたい.各時代に注目したもっと大規模なコーパスを利用し,頻度をとった上で結論づける必要があるだろう.
 これまで数回にわたって「-ly が2つ続く副詞 -lily」問題について考えてきたが,語源・語形成の観点から1つ留意しておくべき点がある.今回あるいはこれまでの記事で例示してきた副詞のうち follily, holily, jollily, melancholily, oilily, sillily 等については,外側の -ly を取り除いた後に基体形容詞の末尾に残る -ly は,実は形容詞を作る接尾辞 -ly そのものではなく,語幹の一部だったり,あるいはそれに別の接尾辞 -y が付随したものだったりする.このような語源的組成も -lily 副詞の許容可能性に影響してくるものと疑われるが,どうだろうか.今後も考え続けていきたい.

Referrer (Inside): [2021-01-16-1]

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2021-01-04 Mon

#4270. 後期近代英語には -ly が2つ続く副詞 -lily がもっとあった [corpus][clmet][lmode][adverb][suffix][-ly][haplology]

 「#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である」 ([2021-01-02-1]) の記事で,接尾辞 -ly が2つついて -lily の形態を示す副詞が,現代英語においては稀であることを確認した.調音上の都合による haplology (重音脱落)の効果とみてよいだろう.
 しかし,古い英語においても同じ「調音上の都合」が効いていたかどうかは別途調べなければならない.というのは,中英語テキストを読んでいると,-lily のような副詞に出会うことがままあるからだ.歴史の過程で haplology を経た形態が一般的になってきたのではないかと,私は疑っている.
 まずは,現代の直近の時代である後期近代英語について調べてみたい.同時期のコーパス CLMET3.0 に登場してもらおう.このコーパスに対して,(いろいろ試行錯誤した挙げ句にたどりついた)"\B(?<!s)l[iy]l[yi](ch?)?(e(r|st)?)?\b" という Perl 対応の正規表現にて検索をかけてみた.その結果を,3つの時期ごとに整理したのが以下である.

 ・ 第1期(1710--1780年): surlily (11 times), livelily (3), sillily (2), immortalily (1), jollily (1) --- total 18 examples
 ・ 第2期(1780--1850年): surlily (13), holily (3), jollily (2), sillily (2), lovelily (1) --- total 21 examples
 ・ 第3期(1850--1920年): sillily (2), surlily (2), jollily (1), melancholily (1), lovelily (1), oilily (1), statelily (1) --- total 9 examples

 前回の記事 ([2021-01-02-1]) で示した現代英語の BNCweb から取り出した事例と比べてみると分かるように,後期近代英語期にも -lily として現われる副詞の種類には緩い傾向がありそうだ.jollily, sillily, surlily などは低頻度ながらも,どの時期にも現われている.
 約1億語からなる BNCweb から取り出せたのは実質的に15例,約3,400万語からなる CLMET から取り出せたのは48例.この単純な調査と比較だけで一般的に結論づけることはできないが,後期近代英語期では現代英語期よりも -lily 副詞が現われていた(許容されていた?)ようにみえる.

Referrer (Inside): [2021-01-16-1] [2021-01-05-1]

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2021-01-02 Sat

#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である [bnc][adverb][suffix][adjective][productivity][-ly][haplology]

  接尾辞 -ly の周辺については -ly の多くの記事で扱ってきた.歴史的にみても話題が豊富な接尾辞で,「#1032. -e の衰退と -ly の発達」 ([2012-02-23-1]) や「#1189. 初期近代英語における -ly 副詞の規則化の背景」 ([2012-07-29-1]) などで,そのおもしろさを紹介してきた.
 「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1]) で解説してきたように,現在では生産的な副詞語尾と考えられている接尾辞 -ly は,もともとは形容詞を作る接尾辞だった.その証拠に friendly, scholarlywomanly, daily, weekly, yearly などは主に形容詞として用いられる.しかし,これらの -ly 形容詞から対応する副詞を作るにはどうすればよいかと問われたら,答えられるだろうか.副詞語尾としての -ly をさらに加えて,friendlily などとするのだろうか.
 きわめて生産的な副詞を作る接尾辞 -ly のことである,理屈上は確かに friendlily 等の形はあり得るし,事実,辞書に登録されているものもある.しかし,実際上は滅多にお目にかからない稀な語形である.形容詞と同形の friendly で代用したり,in a friendly manner などと迂言的に表現するのが普通だ./-lɪli/ と類似音が続くと調音的に語呂が悪い (cacophony) のが理由と思われる.結果として,haplology (重音脱落)が生じ,1つの -ly にまとめられてしまうのだろう(cf. 「#2362. haplology」 ([2015-10-15-1])).
 -lily が稀であることは現代英語コーパスでも簡単に確認できる.例えば,BNCweb で "*l[i,y]ly_{ADV}" として単純検索してみると,106件が挙がってくる.各語形と頻度を列挙すると,slyly (90), jollily (4), sillily (4), surlily (2), beastlily (1), ghostlily (1), oilily (1), possiblily (1), seemlily (1), uglily (1) となる.最も頻度の高い slily の基体となる形容詞は sly /slaɪ/ であり,その ly はあくまで語幹の一部にすぎないため,今回の関心の対象から外してよい.2位タイの jollily, sillily についても,基体の形容詞 jolly, silly に含まれる -ly は,共時的にはおそらく接尾辞と感じられていないのではないか(語源的にいえば silly の -ly は確かに目下注目している接尾辞に由来するのだが).possiblily については,文脈を確認すると名詞 possibility のミススペリングであることが分かり,これも考慮から外してよい.結果として,-lily 副詞はきわめて稀であることがわかるだろう.

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2020-12-06 Sun

#4241. なぜ語頭や語末に en をつけると動詞になるのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][suffix][prefix][verb][latin][loan_word]

 英語の動詞には接頭辞 en- をもつものが多くあります.encourage, enable, enrich, empower, entangle などです.一方,接尾辞 -en をもつ動詞も少なくありません.strengthen, deepen, soften, harden, fasten などです.さらに,語頭と語末の両方に en の付いた enlighten, embolden, engladden のような動詞すらあります.接頭辞にも接尾辞にもなる,この en とはいったい何者なのでしょうか.では,音声の解説をどうぞ.



 意外や意外,接頭辞 en- と接尾辞 -en はまったく別語源なのですね.接頭辞 en- は,ラテン語の接頭辞 in- に由来し,フランス語を経由して少しだけ変形しつつ,英語に入ってきたものです.究極的には英語の前置詞 in と同語源で,意味は「中へ」です.この接頭辞を付けると「中へ入る」「中へ入れる」という運動が感じられるので,動詞を形成する能力を得たのでしょう.名詞や形容詞,すでに動詞である基体に付いて,数々の新たな動詞を生み出してきました.
 一方,接尾辞 -en はラテン語由来ではなく本来の英語的要素です.古英語で他動詞を作る接尾辞として -nian がありましたが,その最初の n の部分が現代の接尾辞 -en の起源です.形容詞や名詞の基体に付いて新たな動詞を作りました.
 このように接頭辞 en- と接尾辞 -en は語源的には無関係なのですが,形式の点でも,動詞を作る機能の点でも,明らかに類似しており,関係づけたくなるのが人情です.比較的珍しいものの,enlighten のように頭とお尻の両方に en の付く動詞があるのも分かるような気がします.
 英語史や英単語の語源を学習していると,一見関係するようにみえる2つのものが,実はまったくの別物だったと分かり目から鱗が落ちる経験をすることが多々あります.今回の話題は,その典型例ですね.
 今回取り上げた接頭辞 en- と接尾辞 -en について,詳しくは##1877,3510の記事セットをご覧ください.

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2020-11-17 Tue

#4222. 行為者接尾辞 -eer [suffix][agentive_suffix][loan_word][french][latin][register][stress][conversion]

 ゼミ生からのインスピレーションで,標記の行為者接尾辞 (agentive_suffix) に関心を抱いた.この接尾辞をもつ語はフランス語由来のものがほとんどであり,その来歴を反映して,語末音節を構成する接尾辞自身に強勢が落ちるという特徴がみられる.つまり語末の発音は /ˈɪə(r)/ となる.engineer, pioneer, volunteer をはじめとして,auctioneer, electioneer, gazetteer, mountaineer, profiteer などが挙がる.語源的には -ier もその兄弟というべきであり,cachier, cavalier, chevalier, cuirassier, financier, gondolier なども -eer 語と同じ特徴を有する.いずれもフランス語らしい振る舞いを示し,なぜ英語においてこのフランス語風の形式(発音と綴字)が定着したのだろうかという点で興味深い(cf. 「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]),「#1291. フランス借用語の借用時期の差」 ([2012-11-08-1])).
 Jespersen (§15.51; 243) より,-eer, -ier に関する解説を引用する.

   15.51 Words in -eer, -ier (stressed) -[ˈɪə] are mostly originally F words in -ier (generally from L -arius). Most of the OF words in -ier were adopted in ME with -er, and the stress was shifted to the first syllable . . . , as also in a few in which the i was kept . . . .
   A few words borrowed in ME times kept the final stress, and so did nearly all the later loans (many from the 16th and 17th c.). The established spelling of most of these, and of nearly all words coined on English soil, is -eer, as in auctioneer, cannoneer, charioteer (Keats 46), gazetteer, jargoneer (NED from 1913), mountaineer, muffineer, 'small castor for sprinkling salt or sugar on muffins' (NED 1806), muleteer [mjuˑliˈtiə], musketeer, pioneer, pistoleer (Carlyle Essays 251), routineer (Shaw D 54), and volunteer, but many of them preserved the F spelling, e.g. cavalier and chevalier, cuirassier, and finanicier.
   The recent motorneer, is coined on the pattern of engineer.
   Sh in some cases has initial-stressed -er-forms instead of -eer, e.g. ˈenginer, ˈmutiner (Cor I. 1.244), and ˈpioner.


 この解説に従えば,-eer は私たちもよく知る行為者接尾辞 -er の一風変わった兄弟としてとらえてよさそうだ.
 しかし, -eer には意味論的,語形成的に注目すべき点がある.まず,形成された行為者名詞は,軽蔑的な意味を帯びることが多いという事実がある.crotcheteer, garreteer, pamphleteer, patrioteer, privateer, profiteer, pulpiteer, racketeer, sonneteer などである.
 もう1つは,行為者名詞がそのまま動詞へ品詞転換 (conversion) する例がみられることだ.electioneer, engineer, pamphleteer, profiteer, pioneer, volunteer などである.これは上記の軽蔑的な語義とも密接に関係してくるかもしれない.なお,commandeer は,動詞としてしか用いられないという妙な -eer 語である.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.

Referrer (Inside): [2022-05-10-1]

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