「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]) でみたように,17世紀中に3単現の屈折語尾が -th から -s へと置き換わっていった.今回は,その前の時代から進行していた置換の経緯を少し紹介しよう.
古英語後期より北部方言で行なわれていた3単現の -s を別にすれば,中英語の南部で -s が初めて現われたのは14世紀のロンドンのテキストにおいてである.しかし,当時はまだ稀だった.15世紀中に徐々に頻度を増したが,爆発的に増えたのは16--17世紀にかけてである.とりわけ口語を反映しているようなテキストにおいて,生起頻度が高まっていったようだ.-s は,およそ1600年までに標準となっていたと思われるが,16世紀のテキストには相当の揺れがみられるのも事実である.古い -th は母音を伴って -eth として音節を構成したが,-s は音節を構成しなかったため,両者は韻律上の目的で使い分けられた形跡がある (ex. that hateth thee and hates us all) .例えば,Shakespeare では散文ではほとんど -s が用いられているが,韻文では -th も生起する.とはいえ,両形の相対頻度は,韻律的要因や文体的要因以上に個人または作品の性格に依存することも多く,一概に論じることはできない.ただし,doth や hath など頻度の非常に高い語について,古形がしばらく優勢であり続け,-s 化が大幅に遅れたということは,全体的な特徴の1つとして銘記したい.
Lass (162--65) は,置換のスケジュールについて次のように要約している.
In the earlier sixteenth century {-s} was probably informal, and {-th} neutral and/or elevated; by the 1580s {-s} was most likely the spoken norm, with {-eth} a metrical variant.
宇賀治 (217--18) により作家や作品別に見てみると,The Authorised Version (1611) や Bacon の The New Atlantis (1627) には -s が見当たらないが,反対に Milton (1608--74) では doth と hath を別にすれば -th が見当たらない.Shakespeare では,Julius Caesar (1599) の分布に限ってみると,-s の生起比率が do と have ではそれぞれ 11.76%, 8.11% だが,それ以外の一般の動詞では 95.65% と圧倒している.
とりわけ16--17世紀の証拠に基づいた議論において注意すべきは,「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]) で見たように,表記上 -th とあったとしても,それがすでに [s] と発音されていた可能性があるということである.
置換のスケジュールについては,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]) も参照されたい.
・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.
・ 宇賀治 正朋 『英語史』 開拓社,2000年.
英語の姓に Wright さんは普通にみられるが,これは「職人」の意味である.普通名詞として単体で wright (職人)として用いられることは今はほとんどないが,様々な種類の職人を表すのに複合語の一部として用いられることはある.比較的よくみるのは playwright (劇作家)である.これは戯曲を書く (write) 人ではなく,職人的に作り出す人 (wright) である.もし write (書く)に関係しているのであれば,行為者を表す接尾辞 (agentive suffix) をつけて writer (書き手)となるはずだろう.ほかにも arkwright, boatwright, cartwright, comedywright, housewright, millwright, novelwright, ploughwright, shipwright, timberwright, waggonwright, wainwright, wheelwright, woodwright などがある.
この wright は起源を遡ると,動詞 work に関係する.この動詞の古英語形 wyrcan は「行う;作る;生み出す」など広い意味で用いられ,その語幹に語尾が付加された wyrhta (< wyrcta) が「職人」として使われた.この語形成は他のゲルマン諸語にも見られ,起源は相応して古いものと思われる.wyrhta からは,第1母音と r とが音位転換 (metathesis) した wryhta が異形として生まれ,後に <a> で表される語末母音が水平化・消失するに及んで,現代につらなる wright の母型ができあがった.音位転換は,work の古い過去・過去分詞形 wrought にも見られる.
MED の wrigt(e (n.(1)) によると,中英語で,この語が以下のようなあまたの綴字(そしておそらくは発音)で実現されていたことがうかがえる.
wright(e (n.(1)) Also wrigt(e, wrigth(e, wrigh, wriȝt(e, wriȝth(e, wriht(e, writ(e, writh(e, writht, wreth(e, (N) wreght, (SWM) wrouhte, whrouhte & (chiefly early) wricht(e, (early) wirhte, (chiefly SW or SWM) wruhte, wruchte, wurhte, wurhta, wurhtæ, wuruhte & (in names) wrightte, wrighthe, wrig, wri(h)tte, wrihgte, wrichgte, wrich(e, wrict(e, wricth(e, wrick, wristh, wrieth, wreghte, wreȝte, wrehte, wrechte, wrecthe, wreit, wreitche, wreut(t)e, wroghte, wrozte, wrouȝte, wrughte, wrushte, wrh(i)te, wirgh, wirchte, wiche, wergh(t)e, werhte, wereste, worght(t)e, worichte, worithte, wort, worth, whrighte, whrit, whreihte, whergte, right, rith; pl. wrightes, etc. & wriȝttis, writtis, (NEM) whrightes & (early) wrihten, wirhten, (SWM) wrohtes, wurhten, (early gen.) wurhtena, (early dat.) wurhtan & (gen. in place names) wrightin(g)-, wri(c)tin-, wrichting-, wrstinc-, uritting-.
また,中英語では castlewright, feltwright, glasswright などに相当する現代には見られない職人名や,battlewright (戦士),Latinwright (ラテン語学者)などに相当する変わり種も見られた.複合語の人名も,現代まで伝わっているものもいくつかあるが, Basketwricte, Bordwricht, Bowwrighth, Briggwricht, Cartewrychgte, Chesewricte, Waynwryche, Wycchewrichte など幅広く存在した.
中英語までは wright は複合語要素として生産性を保っていたようだが,その後は次第に衰えていき,現在では数えるほどしか残っていない.この衰退の原因として,中英語以降にフランス語やラテン語から新たな職業・職人名詞が流入してきたこと,-er や -ist を含む種々の行為者接尾辞による語形成が活発化してきたことが疑われるが,未調査である.
抽象名詞を作る接尾辞 -th については「#14. 抽象名詞の接尾辞-th」 ([2009-05-12-1]),「#16. 接尾辞-th をもつ抽象名詞のもとになった動詞・形容詞は?」 ([2009-05-14-1]),「#595. death and dead」 ([2010-12-13-1]),「#1787. coolth」 ([2014-03-19-1]) で取り上げてきた.音韻変化や類推などの複雑な経緯により,基体と -th を付した派生語との関係が発音や綴字の上では見えにくくなっているものも多いが,そのような例の1つに young -- youth のペアがある.long -- length, strong -- strength では,語幹末の ng が保たれているのに,young の名詞形では鼻音が落ちて youth となるのは何故か.
古英語では基体となる形容詞は geong,派生名詞は geoguþ であり,後者ではすでに鼻音が脱落している.ゲルマン諸語での同根語をみてみると,Old Saxon juguð, Dutch jeugd, Old High German jugund, German jugend と鼻音の有無で揺れているが,低地ゲルマン諸語で名詞形の鼻音が落ちているようだ.西ゲルマン祖語では *jugunþi と n が再建されている(ラテン語 juvenis (adj.), juventa (n.) も参照).Partridge によると,"OE geong has derivative geoguth or geogoth---a collective n---prob an easing of *geonth" とあり,発音の便のために問題の鼻音が落ちたということらしい.詳しくは未調査だが,印欧祖語の段階より young の語幹末の振る舞いは long や strong のそれとは異なるものだったようだ.なお,14世紀初頭には形容詞 young からの素直な類推による youngth に相当する形態も行われている.
ちなみに OED によると,古英語 geoguþ は,動詞 dugan (to be good or worth) の名詞形 duguþ (worth, virtue, excellence, nobility, manhood, force, a force, an army, people) とゲルマン語の段階で類推関係にあった可能性があるという.古英語 duguþ は中英語へは douth として伝わったが,1400年頃を最終例として廃用となった.
・ Partridge, Eric Honeywood. Origins: A Short Etymological Dictionary of Modern English. 4th ed. London: Routledge and Kegan Paul, 1966. 1st ed. London: Routledge and Kegan Paul; New York: Macmillan, 1958.
フランス語を学習中の学生から,こんな質問を受けた.フランス語では actif, effectif など語尾に -if をもつ語(本来的に形容詞)が数多くあり,男性形では見出し語のとおり -if を示すが,女性形では -ive を示す.しかし,これらの語をフランス語から借用した英語では -ive が原則である.なぜ英語はフランス語からこれらの語を女性形で借用したのだろうか.
結論からいえば,この -ive はフランス語の対応する女性形語尾 -ive を直接に反映したものではない.英語は主として中英語期にフランス語からあくまで見出し語形(男性形)の -if の形で借用したのであり,後に英語内部での音声変化により無声の [f] が [v] へ有声化し,その発音に合わせて -<ive> という綴字が一般化したということである.
中英語ではこれらのフランス借用語に対する優勢な綴字は -<if> である.すでに有声化した -<ive> も決して少なくなく,個々の単語によって両者の間での揺れ方も異なると思われるが,基本的には -<if> が主流であると考えられる.試しに「#1178. MED Spelling Search」 ([2012-07-18-1]) で,"if\b.*adj\." そして "ive\b.*adj\." などと見出し語検索をかけてみると,数としては -<if> が勝っている.現代英語で頻度の高い effective, positive, active, extensive, attractive, relative, massive, negative, alternative, conservative で調べてみると,MED では -<if> が見出し語として最初に挙がっている.
しかし,すでに後期中英語にはこの綴字で表わされる接尾辞の発音 [ɪf] において,子音 [f] は [v] へ有声化しつつあった.ここには強勢位置の問題が関与する.まずフランス語では問題の接尾辞そのもに強勢が落ちており,英語でも借用当初は同様に接尾辞に強勢があった.ところが,英語では強勢位置が語幹へ移動する傾向があった (cf. 「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]),「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1]),「#861. 現代英語の語強勢の位置に関する3種類の類推基盤」 ([2011-09-05-1]),「#1473. Germanic Stress Rule」 ([2013-05-09-1])) .接尾辞に強勢が落ちなくなると,末尾の [f] は Verner's Law (の一般化ヴァージョン)に従い,有声化して [v] となった.verners_law と子音の有声化については,特に「#104. hundred とヴェルネルの法則」 ([2009-08-09-1]) と「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1]) を参照されたい.
上記の音韻環境において [f] を含む摩擦音に有声化が生じたのは,中尾 (378) によれば,「14世紀後半から(Nではこれよりやや早く)」とある.およそ同時期に,[s] > [z], [θ] > [ð] の有声化も起こった (ex. is, was, has, washes; with) .
上に述べた経緯で,フランス借用語の -if は後に軒並み -ive へと変化したのだが,一部例外的に -if にとどまったものがある.bailiff (執行吏), caitiff (卑怯者), mastiff (マスチフ), plaintiff (原告)などだ.これらは,古くは [f] と [v] の間で揺れを示していたが,最終的に [f] の音形で標準化した少数の例である.
以上を,Jespersen (200--01) に要約してもらおう.
The F ending -if was in ME -if, but is in Mod -ive: active, captive, etc. Caxton still has pensyf, etc. The sound-change was here aided by the F fem. in -ive and by the Latin form, but these could not prevail after a strong vowel: brief. The law-term plaintiff has kept /f/, while the ordinary adj. has become plaintive. The earlier forms in -ive of bailiff, caitif, and mastiff, have now disappeared.
冒頭の質問に改めて答えれば,英語 -ive は直接フランス語の(あるいはラテン語に由来する)女性形接尾辞 -ive を借りたものではなく,フランス語から借用した男性形接尾辞 -if の子音が英語内部の音韻変化により有声化したものを表わす.当時の英語話者がフランス語の女性形接尾辞 -ive にある程度見慣れていたことの影響も幾分かはあるかもしれないが,あくまでその関与は間接的とみなしておくのが妥当だろう.
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.
「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]) で触れたが,Stern は様々な種類の意味を区別している.いずれも2項対立でわかりやすく,後の意味論に基礎的な視点を提供したものとして評価できる.そのなかでも論理的な基準によるとされる種々の意味の区別を下に要約しよう (Stern 68--87) .
(1) actual vs lexical meaning. 前者は実際の発話のなかに生じる語の意味を,後者は語(や句)が文脈から独立した状態で単体としてもつ意味をさす.後者は辞書的な意味ともいえるだろう.文法書に例文としてあげられる文の意味も,文脈から独立しているという点で,lexical meaning に類する.通常,意味は実際の発話のなかにおいて現われるものであり,単体で現われるのは上記のように辞書や文法書など語学に関する場面をおいてほかにない.actual meaning は定性 (definiteness) をもつが,lexical meaning は不定 (indefinite) である.
(2) general vs particular meaning. 例えば The dog is a domestic animal. の主語は集合的・総称的な意味をもつが,That dog is mad. の主語は個別の意味をもつ.すべての名前は,このように種を表わす総称的な用法と個体を表わす個別的な用法をもつ.名詞とは若干性質は異なるが,形容詞や動詞にも同種の区別がある.
(3) specialised vs referential meaning. ある語の指示対象がいくつかの性質を有するとき,話者はそれらの性質の1つあるいはいくつかに焦点を当てながらその語を用いることがある.例えば He was a man, take him for all in all. という文において man は,ある種の道徳的な性質をもっているものとして理解されている.このような指示の仕方がなされるとき,用いられている語は specialised meaning を有しているとみなされる.一方,He had an army of ten thousand men. というときの men は,各々の個性がかき消されており,あくまで指示的な意味 (referential meaning) を有するにすぎない.厳密には,referential meaning は specialised meaning と対立するというよりは,その特殊な現われ方の1つととらえるべきだろう.前項の particular meaning と 本項の specialised meaning は混同しやすいが,particular meaning は語の指示対象の範囲の限定として,specialised meaning は語の意味範囲の限定としてとらえることができる.
(4) tied vs contingent meaning. 前者は語と言語的文脈により指示対象が決定する場合の意味であり,後者はそれだけでは指示対象が決定せず話者やその他の状況をも考慮に入れなければならない場合の意味である.前者は意味論的な意味,後者は語用論的な意味といってもよい.
(5) basic vs relational meaning. 語が「語幹+接尾辞」から成っている場合,語幹の意味は basic,接尾辞の意味は relational といわれる.例えば,ラテン語 lupi は,狼という基本的意味を有する語幹 lup- と単数属格という統語関係的意味 (syntactical relational meaning) を有する接尾辞 -i からなる.統語関係的意味は接尾辞によって表わされるとは限らず,語幹の母音交替 ( Ablaut or gradation ) によって表わされたり (ex. ring -- rang -- rung) ,語順によって表わされたり (ex. Jack beats Jill. vs Jill beats Jack.) もすれば,何によっても表わされないこともある.一方,派生関係的意味 (derivational relational meaning) は,例えば like -- liken -- likeness のシリーズにみられるような -en や -ness 接尾辞によって表わされている.大雑把にいって,統語関係的意味と派生関係的意味は,それぞれ屈折接辞と派生接辞に対応すると考えることができる.
(6) word- vs phrase-meaning. あらゆる種類の慣用句 (idiom) や慣用的な文 (ex. How do you do?) を思い浮かべればわかるように,句の意味は,しばしばそれを構成する複数の単語の意味の和にはならない.
(7) autosemantic vs synsemantic meaning. 聞き手にイメージを喚起させる意図で発せられる表現(典型的には文や名前)は,autosemantic meaning をもつといわれる.一方,前置詞,接続詞,形容詞,ある種の動詞の形態 (ex. goes, stands, be, doing) ,従属節,斜格の名詞,複合語の各要素は synsemantic meaning をもつといわれる.
・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.
昨日の記事「#1982. -ick or -ic (2)」 ([2014-09-30-1]) に引き続き,初期近代英語での -ic(k) 語の異綴りの分布(推移)を調査する.使用するコーパスは市販のものではなく,個人的に EEBO (Early English Books Online) からダウンロードして蓄積した巨大テキスト集である.まだコーパス風に整備しておらず,代表性も均衡も保たれていない単なるテキストの集合という体なので,調査結果は仮のものとして解釈しておきたい.時代区分は16世紀と17世紀に大雑把に分け,それぞれコーパスサイズは923,115語,9,637,954語である(コーパスサイズに10倍以上の開きがある不均衡な実態に注意).以下では,100万語当たりの頻度 (wpm) で示してある.
Spelling pair | Period 1 (1501--1600) (in wpm) | Period 2 (1601--1700) (in wpm) |
---|---|---|
angelick / angelic | 0.00 / 0.00 | 1.45 / 0.21 |
antick / antic | 0.00 / 0.00 | 2.49 / 0.10 |
apoplectick / apoplectic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
aquatick / aquatic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.00 |
arabick / arabic | 0.00 / 0.00 | 0.52 / 0.10 |
archbishoprick / archbishopric | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.00 |
arctick / arctic | 0.00 / 0.00 | 0.42 / 0.00 |
arithmetick / arithmetic | 0.00 / 0.00 | 3.22 / 0.31 |
aromatick / aromatic | 0.00 / 0.00 | 0.83 / 0.10 |
asiatick / asiatic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.00 |
attick / attic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.21 |
authentick / authentic | 0.00 / 0.00 | 3.94 / 0.42 |
balsamick / balsamic | 0.00 / 0.00 | 0.73 / 0.10 |
baltick / baltic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
bishoprick / bishopric | 1.08 / 0.00 | 4.25 / 0.00 |
bombastick / bombastic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.00 |
catholick / catholic | 5.42 / 0.00 | 38.39 / 1.97 |
caustick / caustic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
characteristick / characteristic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.10 |
cholick / cholic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
comick / comic | 1.08 / 0.00 | 1.45 / 0.10 |
critick / critic | 0.00 / 0.00 | 1.76 / 1.87 |
despotick / despotic | 0.00 / 0.00 | 0.62 / 0.21 |
domestick / domestic | 0.00 / 0.00 | 8.09 / 0.21 |
dominick / dominic | 1.08 / 0.00 | 0.62 / 0.42 |
dramatick / dramatic | 0.00 / 0.00 | 0.83 / 0.10 |
emetick / emetic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.00 |
epick / epic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.10 |
ethick / ethic | 0.00 / 0.00 | 0.00 / 0.10 |
exotick / exotic | 0.00 / 0.00 | 0.73 / 0.10 |
fabrick / fabric | 0.00 / 0.00 | 8.72 / 0.31 |
fantastick / fantastic | 1.08 / 0.00 | 3.42 / 0.10 |
frantick / frantic | 1.08 / 0.00 | 3.94 / 0.00 |
frolick / frolic | 1.08 / 0.00 | 3.32 / 0.00 |
gallick / gallic | 0.00 / 0.00 | 3.32 / 0.52 |
garlick / garlic | 0.00 / 0.00 | 2.28 / 0.00 |
heretick / heretic | 2.17 / 0.00 | 6.02 / 0.00 |
heroick / heroic | 0.00 / 0.00 | 16.91 / 1.35 |
hieroglyphick / hieroglyphic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.00 |
lethargick / lethargic | 0.00 / 0.00 | 0.52 / 0.10 |
logick / logic | 0.00 / 0.00 | 7.06 / 1.04 |
lunatick / lunatic | 0.00 / 0.00 | 1.66 / 0.00 |
lyrick / lyric | 0.00 / 0.00 | 0.42 / 0.10 |
magick / magic | 2.17 / 0.00 | 3.32 / 0.10 |
majestick / majestic | 0.00 / 0.00 | 4.88 / 0.42 |
mechanick / mechanic | 0.00 / 0.00 | 4.15 / 0.00 |
metallick / metallic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
metaphysick / metaphysic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.21 |
mimick / mimic | 0.00 / 0.00 | 0.42 / 0.00 |
musick / music | 7.58 / 627.22 | 40.98 / 251.40 |
mystick / mystic | 0.00 / 0.00 | 1.45 / 0.10 |
panegyrick / panegyric | 0.00 / 0.00 | 4.46 / 0.10 |
panick / panic | 0.00 / 0.00 | 1.35 / 0.10 |
paralytick / paralytic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.00 |
pedantick / pedantic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
philosophick / philosophic | 0.00 / 0.00 | 0.00 / 0.21 |
physick / physic | 1.08 / 0.00 | 27.39 / 1.56 |
plastick / plastic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
platonick / platonic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
politick / politic | 0.00 / 0.00 | 15.98 / 1.14 |
prognostick / prognostic | 0.00 / 0.00 | 0.52 / 0.00 |
publick / public | 5.42 / 3.25 | 237.39 / 5.71 |
relick / relic | 0.00 / 0.00 | 0.52 / 0.00 |
republick / republic | 0.00 / 0.00 | 3.01 / 0.31 |
rhetorick / rhetoric | 0.00 / 0.00 | 5.71 / 0.21 |
rheumatick / rheumatic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
romantick / romantic | 0.00 / 0.00 | 0.83 / 0.00 |
rustick / rustic | 0.00 / 0.00 | 1.66 / 0.00 |
sceptick / sceptic | 0.00 / 0.00 | 0.10 / 0.10 |
scholastick / scholastic | 0.00 / 0.00 | 0.31 / 0.42 |
stoick / stoic | 0.00 / 0.00 | 0.93 / 0.00 |
sympathetick / sympathetic | 0.00 / 0.00 | 0.21 / 0.00 |
topick / topic | 0.00 / 0.00 | 1.45 / 0.00 |
traffick / traffic | 3.25 / 0.00 | 8.61 / 0.42 |
tragick / tragic | 3.25 / 0.00 | 2.91 / 0.00 |
tropick / tropic | 0.00 / 0.00 | 1.04 / 0.00 |
「#872. -ick or -ic」 ([2011-09-16-1]) の記事で,<public> と <publick> の綴字の分布の通時的変化について,Google Books Ngram Viewer と Google Books: American English を用いて簡易調査した.-ic と -ick の歴史上の変異については,Johnson の A Dictionary of the English Language (1755) では前者が好まれていたが,Webster の The American Dictionary of the English Language (1828) では後者へと舵を切っていたと一般論を述べた.しかし,この一般論は少々訂正が必要のようだ.
「#1637. CLMET3.0 で between と betwixt の分布を調査」 ([2013-10-20-1]) で紹介した CLMET3.0 を用いて,後期近代英語の主たる -ic(k) 語の綴字を調査してみた.1710--1920年の期間を3期に分けて,それぞれの綴字で頻度をとっただけだが,結果を以下に掲げよう.
Spelling pair | Period 1 (1710--1780) | Period 2 (1780--1850) | Period 3 (1850--1920) |
---|---|---|---|
angelick / angelic | 6 / 50 | 0 / 68 | 0 / 50 |
antick / antic | 4 / 10 | 1 / 6 | 0 / 3 |
apoplectick / apoplectic | 0 / 10 | 1 / 19 | 0 / 14 |
aquatick / aquatic | 1 / 2 | 0 / 35 | 0 / 56 |
arabick / arabic | 2 / 101 | 0 / 45 | 0 / 115 |
archbishoprick / archbishopric | 4 / 7 | 2 / 2 | 0 / 8 |
arctick / arctic | 1 / 5 | 0 / 20 | 0 / 93 |
arithmetick / arithmetic | 9 / 32 | 0 / 77 | 0 / 98 |
aromatick / aromatic | 4 / 14 | 0 / 29 | 0 / 36 |
asiatick / asiatic | 1 / 101 | 0 / 48 | 0 / 76 |
attick / attic | 1 / 32 | 0 / 34 | 0 / 71 |
authentick / authentic | 4 / 160 | 0 / 79 | 0 / 68 |
balsamick / balsamic | 1 / 1 | 0 / 5 | 0 / 1 |
baltick / baltic | 4 / 50 | 0 / 33 | 0 / 43 |
bishoprick / bishopric | 3 / 28 | 2 / 9 | 0 / 19 |
bombastick / bombastic | 1 / 2 | 0 / 3 | 0 / 4 |
cathartick / cathartic | 0 / 1 | 1 / 0 | 0 / 0 |
catholick / catholic | 7 / 291 | 0 / 342 | 0 / 296 |
caustick / caustic | 1 / 2 | 0 / 11 | 0 / 20 |
characteristick / characteristic | 8 / 92 | 0 / 354 | 0 / 687 |
cholick / cholic | 1 / 13 | 0 / 2 | 0 / 1 |
comick / comic | 1 / 68 | 0 / 67 | 0 / 165 |
coptick / coptic | 1 / 11 | 0 / 3 | 0 / 35 |
critick / critic | 12 / 153 | 0 / 168 | 0 / 155 |
despotick / despotic | 9 / 66 | 0 / 51 | 0 / 65 |
dialectick / dialectic | 1 / 0 | 0 / 0 | 0 / 6 |
didactick / didactic | 0 / 10 | 1 / 20 | 0 / 23 |
domestick / domestic | 46 / 733 | 0 / 736 | 0 / 488 |
dominick / dominic | 4 / 11 | 0 / 14 | 1 / 3 |
dramatick / dramatic | 8 / 214 | 0 / 206 | 0 / 216 |
elliptick / elliptic | 1 / 1 | 0 / 8 | 0 / 2 |
emetick / emetic | 4 / 5 | 0 / 7 | 0 / 5 |
epick / epic | 1 / 68 | 0 / 83 | 1 / 38 |
ethick / ethic | 1 / 6 | 0 / 0 | 0 / 3 |
exotick / exotic | 2 / 7 | 0 / 20 | 0 / 38 |
fabrick / fabric | 15 / 116 | 1 / 84 | 0 / 111 |
fantastick / fantastic | 9 / 45 | 0 / 157 | 0 / 198 |
frantick / frantic | 5 / 88 | 2 / 163 | 0 / 124 |
frolick / frolic | 19 / 44 | 0 / 46 | 0 / 32 |
gaelick / gaelic | 1 / 1 | 0 / 30 | 0 / 64 |
gallick / gallic | 1 / 75 | 0 / 11 | 0 / 10 |
gothick / gothic | 2 / 498 | 0 / 131 | 0 / 66 |
heretick / heretic | 2 / 31 | 0 / 37 | 0 / 24 |
heroick / heroic | 17 / 201 | 2 / 224 | 0 / 211 |
hieroglyphick / hieroglyphic | 2 / 4 | 0 / 7 | 0 / 8 |
hysterick / hysteric | 1 / 9 | 0 / 10 | 0 / 6 |
laconick / laconic | 2 / 13 | 0 / 14 | 0 / 7 |
lethargick / lethargic | 1 / 12 | 0 / 8 | 0 / 14 |
logick / logic | 4 / 62 | 0 / 361 | 0 / 367 |
lunatick / lunatic | 2 / 32 | 0 / 34 | 0 / 77 |
lyrick / lyric | 3 / 15 | 0 / 26 | 0 / 37 |
magick / magic | 9 / 110 | 0 / 296 | 0 / 292 |
majestick / majestic | 4 / 73 | 0 / 149 | 1 / 115 |
mechanick / mechanic | 6 / 79 | 0 / 47 | 0 / 58 |
metallick / metallic | 1 / 9 | 0 / 79 | 0 / 137 |
metaphysick / metaphysic | 1 / 2 | 0 / 11 | 0 / 9 |
mimick / mimic | 2 / 25 | 1 / 46 | 0 / 23 |
musick / music | 87 / 549 | 3 / 1220 | 3 / 1684 |
mystick / mystic | 1 / 39 | 0 / 92 | 0 / 167 |
obstetrick / obstetric | 1 / 2 | 0 / 1 | 0 / 0 |
panegyrick / panegyric | 19 / 121 | 0 / 43 | 0 / 16 |
panick / panic | 14 / 58 | 1 / 90 | 0 / 314 |
paralytick / paralytic | 1 / 15 | 0 / 41 | 0 / 14 |
pedantick / pedantic | 3 / 31 | 0 / 28 | 0 / 29 |
philippick / philippic | 2 / 2 | 0 / 3 | 0 / 2 |
philosophick / philosophic | 1 / 140 | 0 / 80 | 0 / 155 |
physick / physic | 35 / 157 | 4 / 51 | 3 / 38 |
plastick / plastic | 1 / 4 | 0 / 19 | 0 / 32 |
platonick / platonic | 5 / 48 | 0 / 30 | 0 / 22 |
politick / politic | 8 / 40 | 2 / 37 | 0 / 51 |
prognostick / prognostic | 2 / 18 | 0 / 5 | 0 / 1 |
publick / public | 767 / 3350 | 1 / 3171 | 2 / 2606 |
relick / relic | 1 / 26 | 4 / 56 | 0 / 65 |
republick / republic | 12 / 515 | 0 / 185 | 0 / 171 |
rhetorick / rhetoric | 26 / 109 | 2 / 40 | 0 / 65 |
rheumatick / rheumatic | 1 / 7 | 0 / 33 | 0 / 30 |
romantick / romantic | 32 / 191 | 0 / 346 | 0 / 322 |
rustick / rustic | 3 / 102 | 0 / 157 | 0 / 80 |
sarcastick / sarcastic | 1 / 37 | 0 / 66 | 0 / 60 |
sceptick / sceptic | 3 / 26 | 0 / 19 | 0 / 26 |
scholastick / scholastic | 2 / 24 | 0 / 42 | 0 / 46 |
sciatick / sciatic | 1 / 1 | 0 / 1 | 0 / 3 |
scientifick / scientific | 2 / 16 | 0 / 451 | 0 / 814 |
stoick / stoic | 5 / 34 | 1 / 15 | 0 / 26 |
sympathetick / sympathetic | 3 / 26 | 0 / 70 | 0 / 248 |
systematick / systematic | 1 / 13 | 0 / 64 | 0 / 104 |
topick / topic | 12 / 128 | 0 / 177 | 0 / 176 |
traffick / traffic | 80 / 67 | 1 / 164 | 0 / 203 |
tragick / tragic | 4 / 65 | 0 / 65 | 0 / 209 |
tropick / tropic | 12 / 37 | 0 / 7 | 0 / 23 |
愛称 (pet name) や新愛語 (term of endearment) は,専門的には hypocorism と呼ばれる.ギリシア語 hupo- "hypo-" + kórisma (cf. kóros (child))) から来ており,子供をあやす表現,小児語ということである.英語の hypocorism の作り方にはいくつかあるが,典型的なものは Robert → Rob のように語形を短くするものである.昨日の記事「#1950. なぜ Bill が William の愛称になるのか?」 ([2014-08-29-1]) でみたように,語頭に音の変異を伴うものもあり,Edward → Ned (cf. mine Ed), Edward → Ted (cf. that Ed?), Ann → Nan (cf. mine Ann) のように前接要素との異分析として説明されることがある.
ほかに,愛称接尾辞 (hypocoristic suffix) -y や -ie を付加する Georgie, Charlie, Johnnie などの例があり,とりわけ女性名に好まれる.また,短縮し,かつ接尾辞をつける Elizabeth → Betty, William → Billy, Richard → Ritchie なども数多い.接尾辞の異形として -sy, -sie もあり,Elizabeth → Betsy/Bessy, Anne → Nancy, Patricia → Patsy などにみられる.
『新英語学辞典』 (542) によれば,歴史的には,接尾辞付加の慣習は15世紀中頃に Charlie などがスコットランドで始まり,それが16世紀以降に各地に広まったものとされる.また,『現代英文法辞典』 (670) によれば,本来は愛称であるから当初は正式名ではなかったが,18世紀から正式名としても公に認められるようになった.
OALD8 の巻末に "Common first names" という補遺があり,省略名や愛称があるものについては,それも掲載されている.以下,そこから取り出したものを一覧にした(括弧を付したものは,別の参考図書から補足したもの).
1. Female names
Abigail | Abbie |
Alexandra | Alex, Sandy |
Amanda | Mandy |
Catherine, Katherine, Katharine, Kathryn | Cathy, Kathy, Kate, Katie, Katy |
Christina | Chrissie, Tina |
Christine | Chris |
Deborah | Debbie, Deb |
Diana, Diane | Di |
(Dorothy) | (Dol) |
Eleanor | Ellie |
Eliza | Liza |
Elizabeth, Elizabeth | Beth, Betsy, Betty, Liz, Lizzie |
Ellen, Helen | Nell |
Frances | Fran |
Georgina | Georgie |
Gillian | Jill, Gill, Jilly |
Gwendoline | Gwen |
Jacqueline | Jackie |
Janet | Jan |
Janice, Janis | Jan |
Jennifer | Jenny, Jen |
Jessica | Jess |
Josephine | Jo, Josie |
Judith | Judy |
Kristen | Kirsty |
Margaret | Maggie, (Meg, Peg) |
(Mary) | (Moll, Poll) |
Nicola | Nicky |
Pamela | Pam |
Patricia | Pat, Patty |
Penelope | Penny |
Philippa | Pippa |
Rebecca | Becky |
Rosalind, Rosalyn | Ros |
Samantha | Sam |
Sandra | Sandy |
Susan | Sue, Susie, Suzy |
Susanna(h), Suzanne | Susie, Suzy |
Teresa, Theresa | Tessa, Tess |
Valerie | Val |
Victoria | Vicki, Vickie, Vicky, Vikki |
Winifred | Winnie |
Albert | Al, Bert |
Alexander | Alex, Sandy |
Alfred | Alfie |
Andrew | Andy |
(Anthony) | (Tony) |
Benjamin | Ben |
Bernard | Bernie |
(Boswell) | (Boz) |
Bradford | Brad |
Charles | Charlie, Chuck |
Christopher | Chris |
Clifford | Cliff |
Daniel | Dan, Danny |
David | Dave |
Douglas | Doug |
Edward | Ed, Eddie, Eddy, (Ned), Ted |
Eugene | Gene |
Francis | Frank |
Frederick | Fred, Freddie, Freddy |
Geoffrey, Jeffrey | Geoff, Jeff |
Gerald | Gerry, Jerry |
Gregory | Greg |
Henry | Hank, Harry |
Herbert | Bert, Herb |
Jacob | Jake |
James | Jim, Jimmy, Jamie |
Jeremy | Jerry |
John | |
Johnny | |
Jonathan | Jon |
Joseph | Joe |
Kenneth | Ken, Kenny |
Laurence, Lawrence | Larry, Laurie |
Leonard | Len, Lenny |
Leslie | Les |
Lewis | Lew |
Louis | Lou |
(Macaulay) | (Mac) |
Matthew | Matt |
Michael | Mike, Mick, Micky, Mickey |
Nathan | Nat |
Nathaniel | Nat |
Nicholas | Nick, Nicky |
Patrick | Pat, Paddy |
(Pendennis) | (Pen) |
Peter, Pete | |
Philip | Phil |
Randolph, Randolf | Randy |
Raymond | Ray |
Richard | Rick, Ricky, Ritchie, Dick |
Robert | Rob, Robbie, Bob, Bobby |
Ronald | Ron, Ronnie |
Samuel | Sam, Sammy |
Sebastian | Seb |
Sidney, Sydney | Sid |
Stanley | Stan |
Stephen, Steven | Steve |
Terence | Terry |
Theodore | Theo |
Thomas | Tom, Tommy |
Timothy | Tim |
Victor | Vic |
Vincent | Vince |
William | Bill, Billy, Will, Willy |
昨日の記事「#1880. 接尾辞 -ee の起源と発展 (1)」 ([2014-06-20-1]) に続き,当該接尾辞の現代英語にかけての質的な変化および量的な発展について,Isozaki に拠りながら考える.
Isozaki は,OED ほかの参考資料に当たり,現代英語から500を超える -ee 語を収集した.そして,これらを初出年代,統語・意味の種別,語幹の語源により分析し,後期近代英語から現代英語にかけての潮流を2点突き止めた.昨日の記事の終わりで述べた,(1) ロマンス系語幹ではなく本来語幹に接続する傾向が生じてきていること,および (2) standee のような動作主(主語)タイプが増えてきていること,の2つである.
(1) については,OED を用いた調査結果をグラフ化すると以下のようになる (Isozaki 7) .
フランス語幹に接続する傾向が一貫して強いことは明らかである.しかし,本来語幹に接続する語例が後期近代より現われてきたことは注目に値する.なお,19世紀の爆発期の後で20世紀が地味に見えるのは,OED の語彙収録の特徴によるところが大きいかもしれない.
次に (2) についてだが,同じく OED を用いて,統語(意味)的な観点から分類した結果は以下の通りである (Isozaki 6) .グラフのなかで,DO は動詞の直接目的語,IO は間接目的語,PO は前置詞目的語,S は主語,Anom. は動詞とは直接に関係しない変則的なものである.
従来型の DO タイプが常に優勢であり続けていることが顕著であり,S タイプの拡張は特に目立たないようにみえる.しかし,OED を離れて,1900--2005年の種々の本や参考図書での出現を考慮に入れると,DO が117例,IO が23例,PO が4例,S が32例,Anom. が18例と,S (主語タイプ)の伸張が示唆される (Isozaki 6) .
-ee 語は臨時語的な使われ方が多いと想像され,使用域の一般化も進んでいるように思われる.今後は語用論的な調査も必要となってくるかもしれない.接辞の生産性 (productivity) という観点からも,アンテナを張っておきたい話題である.
・ Isozaki, Satoko. "520 -ee Words in English." Lexicon 36 (2006): 3--23.
emplóyer (雇い主)に対して employée (雇われている人)というペアはよく知られている.appóinter/appointée, exáminer/examinée, páyer/payée, tráiner/trainée などのペアも同様で,それぞれの組で -er をもつ前者が能動的に動作主を,-ee をもつ後者が受動的に被動作主を表わす.
しかし,absentee (欠席者), escapee (脱走者), patentee (特許権所有者), refugee (避難民), standee (立見客)など,意味的に受け身とは解釈できない例も存在する.実際,standee と stander は同義ではないとしても,少なくとも類義ではある.-ee という接頭辞の働きはどのようなものだろうか.
-er は本来的な接尾辞(古英語 -ere)だが,-ee はフランス語から借用した接尾辞である.フランス語 -é(e) は動詞の過去分詞接尾辞であり,他動詞に接続すれば受け身の意味となった.これ自体はラテン語の第1活用の動詞の過去分詞接辞 -ātus に遡るので,communicatee, dedicatee, educatee, legatee, relocatee などでは同根の2つの接尾辞が付加されていることになる(-ate 接尾辞については,「#1242. -ate 動詞の強勢移行」 ([2012-09-20-1]) や「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]) を参照).
接尾辞 -ee の基本的な機能は,動詞語幹から人や有生物を表わす被動作主名詞を作ることである.他の特徴としては,接尾辞 -ee /ˈiː/ に強勢が落ちること,意志性の欠如という意味上の制約があること,法律用語として用いられる傾向が強いこと,などが挙げられる.法律という使用域 (register) についていえば,Anglo-Norman の法律用語 apelour/apelé から英語に入った appellor/appellee (上訴人/被上訴人)などのペアが嚆矢となり,後期中英語以降,基体の語源にかかわらず -or (or -er) と -ee による法律用語ペアが続々と生まれた.
被動作主とひとくくりにいっても,統語的には基体の動詞の直接目的語,間接目的語,前置詞目的語に相当するもの,さらに主語に相当するものや,動詞とは直接に関連しないものを含めて,様々な種類がある (Isozaki 5--6).examinee は "someone who one examines" で直接目的語に相当,payee は "someone to whom one pays something" で間接目的語に相当,laughee は "someone who one laughs at" で前置詞目的語に相当, standee と attendee は "someone who stands" と "someone who attends something" で主語に相当する.その他,変則的な種類として,amputee は "someone whose limb was amputated" と複雑な統語関係を示し,patentee, redundantee, biographee は名詞や形容詞を基体としてもつ.
この接尾辞について後期近代英語から現代英語へかけての通時的推移をみると,ロマンス系語幹ではなく本来語幹に接続する傾向が生じてきていること,standee のような動作主(主語)タイプが増えてきていることが指摘される.この潮流については,明日の記事で.
・ Isozaki, Satoko. "520 -ee Words in English." Lexicon 36 (2006): 3--23.
enlighten 「啓蒙する」という動詞では,基体の light に接頭辞の en- と接尾辞の -en が付加されている.名詞が動詞化している例だが,同じような機能の接辞が2つ付いているのが妙といえば妙である.いずれかのみでも良さそうなものだし,実際に接尾辞 -en のみを付加した lighten という動詞が存在する.これらの接辞はどのように使い分けられているのだろうか.
実は,接頭辞 en- と接尾辞 -en の語源はまったく異なっており,接点がない.接頭辞のほうは,ラテン語の接頭辞 in- に由来し,古フランス語を経由して英語に入った借用接辞である.英語の前置詞 in と究極的には同根で「中へ」を原義とし,「中へ入る」「中へ入れる」という運動が感じられるので,動詞を作る接頭辞として機能し始めたのだろう.名詞の基体につくのが基本だが,形容詞やすでに動詞である基体につくこともある (ex. encase, enchain, encradle, enthrone, enverdure; embus, emtram, enplane; engulf, enmesh; empower, encollar, encourage, enfranchise; embitter, enable, endear, englad, enrich, enslave; enfold, enkindle, enshroud, entame, entangle, entwine, enwrap) .基体が動詞の場合,先に話題にした通り接尾辞 -en をともなっているものがあり,embolden, enfasten, engladden, enlighten のような形態が生じている(廃語になったものとして,encolden, enlengthen, enlessen, enmilden, enquicken, enwiden, enwisen もあり).enclose/inclose, encumber/incumber, enquire/inquire, ensure/ensure など en- と in- の交替する例もあるが,語源的には前者はフランス語形,後者はラテン語形である.
一方,接尾辞 -en は,他動詞を作る古英語の接尾辞 -nian に遡る(例えば,古英語の形容詞 fæst (fast) に対する動詞 fæstnian (fasten)).現在の鼻音は,接尾辞 -nian の最後の -n ではなく最初の -n が残ったものである.末尾の形容詞や名詞の基体につき,「?にする」「?になる」の意を表わす.例として,darken, deepen, harden, sharpen, sicken, soften, sweeten; heighten, lengthen, strengthen; steepen など.接尾辞そのものは上記のように古英語に遡るが,上に挙げた派生語の多くは後期中英語や初期近代英語での類推に基づく語形成の結果である.
「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]) と続けて3単現の -th → -s の変化について取り上げてきた.この変化をもたらした要因については諸説が唱えられている.また,「#1413. 初期近代英語の3複現の -s」 ([2013-03-10-1]) で触れた通り,3複現においても平行的に -th → -s の変化が起こっていたらしい証拠があり,2つの問題は絡み合っているといえる.
北部方言では,古英語より直説法現在の人称語尾として -es が用いられており,中部・南部の -eþ とは一線を画していた.したがって,中英語以降,とりわけ初期近代英語での -th → -s の変化は北部方言からの影響だとする説が古くからある.一方で,いずれに方言においても確認された2単現の -es(t) の /s/ が3単現の語尾にも及んだのではないかとする,パラダイム内での類推説もある.その他,be 動詞の is の影響とする説,音韻変化説などもあるが,いずれも決定力を欠く.
諸説紛々とするなかで,Jespersen (17--18) は音韻論の観点から「効率」説を展開する.音素配列における「最小努力の法則」 ('law of least effort') の説と言い換えてもよいだろう.
In my view we have here an instance of 'Efficiency': s was in these frequent forms substituted for þ because it was more easily articulated in all kinds of combinations. If we look through the consonants found as the most important elements of flexions in a great many languages we shall see that t, d, n, s, r occur much more frequently than any other consonant: they have been instinctively preferred for that use on account of the ease with which they are joined to other sounds; now, as a matter of fact, þ represents, even to those familiar with the sound from their childhood, greater difficulty in immediate close connexion with other consonants than s. In ON, too, þ was discarded in the personal endings of the verb. If this is the reason we understand how s came to be in these forms substituted for th more or less sporadically and spontaneously in various parts of England in the ME period; it must have originated in colloquial speech, whence it was used here and there by some poets, while other writers in their style stuck to the traditional th (-eth, -ith, -yth), thus Caxton and prose writers until the 16th century.
言語の "Efficiency" とは言語の進歩 (progress) にも通じる.(妙な言い方だが)Jespersen だけに,実に Jespersen 的な説と言えるだろう.Jespersen 的とは何かについては,「#1728. Jespersen の言語進歩観」 ([2014-01-19-1]) を参照されたい.[s] と [θ] については,「#842. th-sound はまれな発音か」 ([2011-08-17-1]) と「#1248. s と th の調音・音響の差」 ([2012-09-26-1]) もどうぞ.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.
昨日の記事「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]) で参照した Kytö (115) は,17世紀当時の評者を直接引用しながら,17世紀前半には -eth と綴られた屈折語尾がすでに -s として発音されていたと述べている.
Contemporary commentators' statements, and verse rhymes, indicate that the -S and -TH endings were pronounced identically from the early 17th century on. Richard Hodges (1643) listed different spellings given for the same pronunciation: for example, clause, claweth, claws; Hodges also pointed out in 1649 that "howesoever wee write them thus, leadeth it, maketh it, noteth it, we say lead's it, make's it, note's it" (cited in Jespersen, 1942: 19--20).
Kytö (132 fn. 10) では,Hodges の後の版での発言も紹介されている.
In the third (and final) edition of his guide (1653: 63--64), Hodges elaborated on his statement: "howsoever wee write many words as if they were two syllables, yet wee doo commonly pronounce them as if they were but one, as for example, these three words, leadeth, noteth, taketh, we doo commonly pronounce them thus, leads, notes, takes, and so all other words of this kind."
17世紀には一般的に <-eth> が /-s/ として発音されていたという状況は,/θ/ と /s/ とは異なる音素であるとしつこく教え込まれている私たちにとっては,一見奇異に思われるかもしれない.しかし,これは,話し言葉での変化が先行し,書き言葉での変化がそれに追いついていかないという,言語変化のありふれた例の1つにすぎない.後に書き言葉も話し言葉に合わせて <-s> と綴られるようになったが,綴字が発音に追いつくには多少なりとも時間差があったということである.日本語表記が旧かなづかいから現代かなづかいへと改訂されるまでの道のりに比べれば,<-eth> から <-s> への綴字の変化はむしろ迅速だったと言えるほどである.
なお,Jespersen (20) によると,超高頻度の動詞 hath, doth, saith については,<-th> 形が18世紀半ばまで普通に見られたという.
表音文字と発音との乖離については spelling_pronunciation_gap の多くの記事で取り上げてきたが,とりわけ「#15. Bernard Shaw が言ったかどうかは "ghotiy" ?」 ([2009-05-13-1]) と「#62. なぜ綴りと発音は乖離してゆくのか」 ([2009-06-28-2]) の記事を参照されたい.
・ Kytö, Merja. "Third-Person Present Singular Verb Inflection in Early British and American English." Language Variation and Change 5 (1993): 113--39.
・ Hodges, Richard. A Special Help to Orthographie; Or, the True Writing of English. London: Printed for Richard Cotes, 1643.
・ Hodges, Richard. The Plainest Directions for the True-Writing of English, That Ever was Hitherto Publisht. London: Printed by Wm. Du-gard, 1649.
・ Hodges, Richard. Most Plain Directions for True-Writing: In Particular for Such English Words as are Alike in Sound, and Unlike Both in Their Signification and Writing. London: Printed by W. D. for Rich. Hodges., 1653. (Reprinted in R. C. Alston, ed. English Linguistics 1500--1800. nr 118. Menston: Scholar Press, 1968; Microfiche ed. 1991)
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.
動詞の3複現語尾について「#1413. 初期近代英語の3複現の -s」 ([2013-03-10-1]),「#1423. 初期近代英語の3複現の -s (2)」 ([2013-03-20-1]),「#1576. 初期近代英語の3複現の -s (3)」 ([2013-08-20-1]),「#1687. 初期近代英語の3複現の -s (4)」 ([2013-12-09-1]),「#1850. AAVE における動詞現在形の -s」 ([2014-05-21-1]) で扱ってきたが,3単現語尾の歴史についてはあまり取り上げてこなかった.予想されるように,3単現語尾のほうが研究も進んでおり,とりわけイングランドの北部を除く方言で古英語以来 -th を示したものが,初期近代英語期に -s を取るようになった経緯については,数多くの論著が出されている.
初期近代英語の状況を説明するのにしばしば引き合いに出されるのは,1611年の The Authorised Version (The King James Version [KJV])では伝統的な -th が完璧に保たれているが,同時代の Shakespeare では -th と -s が混在しているということだ.このことは,17世紀までに口語ではすでに -th → -s への変化が相当程度進んでいたが,保守的な聖書の書き言葉にはそれが一切反映されなかったものと解釈されている.
さて,ちょうど同じ時代に英語が新大陸へ移植され始めていた.では,その時すでに始まっていた -th → -s の変化のその後のスケジュールは,イギリス英語とアメリカ英語とで異なった点はあったのだろうか.Kytö は,16--17世紀のイギリス英語コーパスと,17世紀のアメリカ英語コーパスを用いて,この問いへの答えを求めた.様々な言語学的・社会言語学的なパラメータを設定して比較しているが,全体的には1つの傾向が確認された.17世紀中の状況をみる限り,-s への変化はアメリカ英語のほうがイギリス英語よりも迅速に進んでいたのである.Kytö (120) による頻度表を示そう.
British English | American English | ||||||
-S | -TH | Total | -S | -TH | Total | ||
1500--1570 | 15 (3%) | 446 | 461 | - | |||
1570--1640 | 101 (18%) | 459 | 560 | 1620--1670 | 339 (51%) | 322 | 661 |
1640--1710 | 445 (76%) | 140 | 585 | 1670--1720 | 642 (82%) | 138 | 780 |
Contrary to what has usually been attributed to the phenomenon of colonial lag, the subsequent rate of change was more rapid in the colonies. By and large, the colonists' writings seem to reflect the spoken language of the period more faithfully than do the writings of their contemporaries in Britain. In this respect, speaker innovation, rather than conservative tendencies, guided the development.
過去に書いた colonial_lag の各記事でも論じたように,言語項目によってアメリカ英語がイギリス英語よりも進んでいることもあれば遅れていることもある.いずれの変種もある意味では保守的であり,ある意味では革新的である.その点で Kytö の結論は驚くべきものではないが,イギリス本国において口語上すでに始まっていた言語変化が,アメリカへ渡った後にどのように進行したかを示唆する1つの事例として意義がある.
・ Kytö, Merja. "Third-Person Present Singular Verb Inflection in Early British and American English." Language Variation and Change 5 (1993): 113--39.
標題は「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]) でも簡単に触れた話題だが,今回はもう少し詳しく取り上げたい.注目するのは,直説法の3人称単数現在の語尾と(人称を問わない)複数現在の語尾である.
中英語の一般的な方言区分については「#130. 中英語の方言区分」 ([2009-09-04-1]) や「#1812. 6単語の変異で見る中英語方言」 ([2014-04-13-1]) を参照されたいが,直説法現在形動詞の語尾という観点からは,中英語の方言は大きく3分することができる.いわゆる "the Chester-Wash line" の北側の北部方言 (North),複数の -eth を特徴とする南部方言 (South),その間に位置する中部方言 (Midland) である.中部と南部の当該の語尾についてはそれぞれ1つのパラダイムとしてまとめることができるが,北部では「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]) で話題にしたように,主語と問題の動詞との統語的な関係に応じて2つのパラダイムが区別される.この統語規則は "Northern Personal Pronoun Rule" あるいは "Northern Present Tense Rule" (以下 NPTR と略)として知られており,McIntosh (237) によれば,次のように定式化される.
Expressed in somewhat simplified fashion, the rule operating north of the Chester-Wash line is that a plural form -es is required unless the verb has a personal pronoun subject immediately preceding or following it. When the verb has such a subject, the ending required is the reduced -e or zero (-ø) form.
McIntosh (238) にしたがい,NPTR に留意して中英語3方言のパラダイムを示すと以下のようになる.
(1) North (north of the Chester-Wash line)
i) subject not a personal pronoun in contact with verb
North: i) | sg. | pl. |
---|---|---|
1st person | -es | |
2nd person | ||
3rd person | -es |
North: ii) | sg. | pl. |
---|---|---|
1st person | -e, -ø (-en) | |
2nd person | ||
3rd person | -es |
Midland | sg. | pl. |
---|---|---|
1st person | -en, -e (-ø) | |
2nd person | ||
3rd person | -eth |
South | sg. | pl. |
---|---|---|
1st person | -eth | |
2nd person | ||
3rd person | -eth |
North/Midland: i) | sg. | pl. |
---|---|---|
1st person | -eth | |
2nd person | ||
3rd person | -eth |
North/Midland: ii) | sg. | pl. |
---|---|---|
1st person | -en (-e, -ø) | |
2nd person | ||
3rd person | -eth |
動詞や形容詞から名詞を派生させる接尾辞 -th について,「#14. 抽象名詞の接尾辞-th」 ([2009-05-12-1]),「#16. 接尾辞-th をもつ抽象名詞のもとになった動詞・形容詞は?」 ([2009-05-14-1]),「#595. death and dead」 ([2010-12-13-1]) で話題にした.この接尾辞は現代英語では生産的ではないが,それをもつ名詞は少なからず存在するわけであり,話者は -th の名詞化接尾辞としての機能には気づいていると考えられる.したがって,何らかのきっかけで -th をもつ新しい名詞が臨時的に現れたとしても,それほど驚きはしないだろう.
辞書で coolth なる名詞をみつけた.通常は形容詞 cool に対する名詞は coolness だろうが,coolth も OED によれば1547年に初出して以来,一応のところ現在にまで続いている.ただし,レーベルとして "Now chiefly literary, arch., or humorous" となっており,予想通り普通の使い方ではないようだ.cool の「涼しい」の語義ではなく,口語的な「かっこいい」の語義に相当する名詞としての coolth も1966年に初出している.冗談めいた,あるいは臨時語的な語感は,次の現代英語からの例文に現れている.
・ The walls of the house alone have 230,000 lb of adobe mass that can store heat and coolth (yes, this is a word).
・ Of course, just saying 'hippest' gives away my age and my utter lack of coolness or coolth or whatever term those people are using these days.
・ How soothing it is, forsooth, to desire coolth and vanquish inadequate Brit warmth.
コーパスからいくつか例が挙がるので,典型的な臨時語 (nonce-word) とはいえない.一方で,語彙化しているというほどの安定感はない.接尾辞いじりのような言葉遊びにも近い.しかし,潜在的に生産性が復活しうるという点で,「#732. -dom は生産的な接尾辞か」 ([2011-04-29-1]) で取り上げた -dom の立場に近接する.coolth は,-th の中途半端な性質がよく現れている例と言えそうだ.
非生産的な接尾辞による臨時語といえば,「#1761. 屈折形態論と派生形態論の枠を取っ払う「高さ」と「高み」」 ([2014-02-21-1]) の関連して,個人的な事例がある.先日,風邪をひいて,だるい感じにつきまとわれた.それが解消したときに「あのだるみが取れただけで楽になったなぁ」と口から出た.日本語の語として「だるさ」はあっても「だるみ」は普通ではないと気づいて苦笑したのだが,ただの「だるさ」ではなく,自分のみが知っているあの独特の不快感を伴う「だるさ」,自分にとっては十分に具体的な内容をもち,臨時に語彙化されてしかるべき「だるさ」を表わすために,本来であれば非生産的な接尾辞「み」を引き出す機構が特別に発動し,「だるみ」が産出されたのだろうと内省した.
なお,接辞や語の生産性,臨時性,創造性という概念は互いに関係が深く,上で示唆したように,単純に対立するというようなものではない.この問題については,「#938. 語形成の生産性 (4)」 ([2011-11-21-1]) や「#940. 語形成の生産性と創造性」 ([2011-11-23-1]) を参照.今気づいたが,後者の記事で,まさに coolth (*付き!)の例を挙げていた.
英語の (-ing) 語尾の2つの変異形について,「#1370. Norwich における -in(g) の文体的変異の調査」 ([2013-01-26-1]) および「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1]) で扱った.語頭の (h) の変異と合わせて,英語において伝統的に最もよく知られた社会的変異といえるだろう.現在では,[ɪŋ] の発音が標準的で,[ɪn] の発音が非標準的である.しかし,前の記事 ([2013-06-13-1]) でも触れたとおり,1世紀ほど前には両変異形の社会的な価値は逆であった.[ɪn] こそが威信のある発音であり,[ɪŋ] は非標準的だったのである.この評価について詳しい典拠を探しているのだが,Crystal (309--10) が言語学の概説書で言及しているのを見つけたので,とりあえずそれを引用する.
Everyone has developed a sense of values that make some accents seem 'posh' and others 'low', some features of vocabulary and grammar 'refined' and others 'uneducated'. The distinctive features have been a long-standing source of comment, as this conversation illustrates. It is between Clare and Dinny Cherrel, in John Galsworthy's Maid in Waiting (1931, Ch. 31), and it illustrates a famous linguistic signal of social class in Britain --- the two pronunciations of final ng in such words as running, [n] and [ŋ].
'Where on earth did Aunt Em learn to drop her g's?'
'Father told me once that she was at a school where an undropped "g" was worse than a dropped "h". They were bringin' in a country fashion then, huntin' people, you know.'
This example illustrates very well the arbitrary way in which linguistic class markers work. The [n] variant is typical of much working-class speech today, but a century ago this pronunciation was a desirable feature of speech in the upper middle class and above --- and may still occasionally be heard there. The change to [ŋ] came about under the influence of the written form: there was a g in the spelling, and it was felt (in the late 19th century) that it was more 'correct' to pronounce it. As a result, 'dropping the g' in due course became stigmatized.
(-ing) を巡るこの歴史は,その変異形の発音そのものに優劣といった価値が付随しているわけではないことを明らかにしている.「#1535. non-prevocalic /r/ の社会的な価値」 ([2013-07-10-1]) でも論じたように,ある言語項目の複数の変異形の間に,価値の優劣があるように見えたとしても,その価値は社会的なステレオタイプにすぎず,共同体や時代に応じて変異する流動的な価値にすぎないということである.
日本語で変化が進行中の「ら抜きことば」や「さ入れことば」の社会的価値なども参照してみるとおもしろいだろう.
・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.
日本語の名詞形成接尾辞「さ」と「み」について,Hagiwara et al. の論文を読んだ.いずれも形容詞の語幹に接続して名詞化する機能をもっているが,「さ」は著しく生産的である一方で,「み」は基体を選ぶということが知られている.「温かい」「甘い」「明るい」「痛い」「重い」「高い」「強い」「苦い」「深い」「丸い」「柔らかい」などはいずれの接尾辞も取ることができるが,「冷たい」「固い」「安い」などは「み」を排除するし,複合形容詞「子供らしい」「奥深い」なども同様だ.実際,「み」の接続できるものは30語ほどに限られ,生産性が極めて限定されている.意味上も,「さ」名詞は無標で予測可能性が高いが,「み」名詞は有標で予測可能性が低い.例えば,「高さ」は抽象的な性質名詞だが,「高み」は「高いところ」ほどのより具体的な意味をもつ名詞である.
この「さ」と「み」の形態的・意味的な性質の違いは,英語の -ness と -ity の違いとおよそ平行している.英語の2つの名詞形成接尾辞については「#935. 語形成の生産性 (1)」 ([2011-11-18-1]) で取り上げたので,そちらを参照していただきたいが,日本語と英語のケースとでの差異は,英語の非生産的な接尾辞 -ity は基体の音韻形態を変化させ得る (ex. válid vs valídity) のに対して,日本語の非生産的な接尾辞「み」は基体の音韻形態を保つということだ.しかし,全体としては,日英語4接尾辞のあいだの平行性には注目すべきだろう.
Hagiwara et al. の議論の要点はこうである.英語の規則動詞の活用形は規則により生成されるが,不規則動詞の活用形は記憶から直接引き出される.それと同じように,日本語の「さ」名詞は規則により生成されるが,「み」名詞は記憶から直接引き出されているのではないか.この際に,英語の動詞の例は屈折形態論 (inflectional morphology) に属する話題であり,日本語の「さ」「み」の例は派生形態論 (derivational morphology) に属する話題ではあるが,これは同じ原理が両形態論をまたいで働いている証拠ではないか,と.従来,屈折形態論と派生形態論は峻別すべき2つの部門と考えられてきたが,生産性の極めて高い派生の過程は,むしろ屈折に近い振る舞いをすると考えられるのではないか,というのが Hagiwara et al. の提案である.以上の議論が,失語症患者のテストや神経言語学 (neurolinguistics) の観点からなされている.結論部を引用しよう.
Our investigation of the Japanese nominal suffixes -sa annd -mi led us to the conclusion that the affixation of these two suffixes involves two different mental mechanisms, and that the two mechanisms are supported by different neurological substrates. The results of our study constitute a new piece of evidence for the dual-mechanism model of morphology, where default rule application and associative memory are supposed to operate as mutually independent mechanisms. Furthermore, we have demonstrated that the dual-mechanism model is valid for morphological processes in general, and is not limited to inflectional ones. This, in turn, shows that some derivational processes can involve default rules or computation, much like those in inflection or syntactic operations. From the neurolinguistic point of view, our study has contributed to the clarification of the localization of linguistic functions, namely, the Broca's area functions as the rule-governed grammatical computational system whereas the left-middle and inferior temporal areas subserve the unproductive/semiproductive memory-based lexical-semantic processing system. (758)
屈折形態論と派生形態論の枠を部分的に取っ払うというという,この神経言語学上の提案は,例えば「#456. 比較の -er, -est は屈折か否か」 ([2010-07-27-1]) のような問題にも新たな光を投げかけることになるかもしれない.
・ Hagiwara, Hiroko, Yoko Sugioka, Takane Ito, Mitsuru Kawamura, and Jun ichi Shiota. "Neurolinguistic Evidence for Rule-Based Nominal Suffixation." Language 75 (1999): 739--63.
「#1740. interpretor → interpreter」 ([2014-01-31-1]) 及び昨日の記事「#1752. interpretor → interpreter (2)」 ([2014-02-12-1]) に引き続いての話題.
Marchand (221--22) によると,中英語から近代英語にかけての状況を指すものと思われるが,-er, -or, -ar などの種々の動作主接尾辞が -er へ一本化する大きな流れと,それに対して -or, -ar などへと向かう小さな逆流がともに存在したという.
Variants in -or are sailor 1642, orig. sailer LME, vendor 1594 (AE also vender), editor (cp. to edit), conqueror (cp. conquer), visitor (formerly -er, cp. visit), operator(cp. operate), survivor (coined as a legal term 1503; in law terms the spelling -or with pronunciation [ɔ(r)] is usual), director (cp. direct) and many others. / . . . . Original loans from French (ending in -ier, -our, -oir) which had a verb or a suffixless noun to go with, naturally came to be felt as derivatives. Examples are: farmer, jeweller, gardener / miner, commander / dresser, counter. On the other hand, classical influence produced a certain counter-action in the 16th and 17th c. insofar as -er words received a Latinizing spelling in -ar or -or . . . . There are thus two opposite currents: one is to assimilate foreign elements to the native -er, and the other to introduce a learned or pseudo-learned element. The latter is responsible for the frequent AE pronunciation [ɔ(r)] in creator, actor a.o. / Latin-coined words in -ator also contain the sf -er for the present-day linguistic feeling. Their stress is dictated by that of the underlying verb in -ate: génerate/génerator, oríginate/oríginator. Between 1550 and 1750 the stress was often on the penult, after the Latin accentuation (see B. Danielsson 137--142).
Marchand の言う通りだとすると,interpreter は,-or から -er へのより一般的な潮流に乗った語例の1つということになる.どの語がどちらの潮流に乗ることになったのかという問題に対して,歴史的に,言語学的にどこまで切り込めるかはわからず,これ以上踏み込むのはためらわれるが,今後,諸例に遭遇する際には注意しておきたいと思う.
・ Marchand, Hans. The Categories and Types of Present-Day English Word-Formation: A Synchronic-Diachronic Approach. 2nd. ed. München: Beck, 1969.
標記の件については「#1740. interpretor → interpreter」 ([2014-01-31-1]) と「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]) で触れてきたが,問題の出発点である,16世紀に interpretor が interpreter へ置換されたという言及について,事実かどうかを確認しておく必要がある.この言及は『英語語源辞典』でなされており,おそらく OED の "In 16th cent. conformed to agent-nouns in -er, like speak-er" に依拠しているものと思われるが,手近にある16世紀前後の時代のいくつかのコーパスを検索し,詳細を調べてみた.
まずは,MED で中英語の綴字事情をのぞいてみよう.初例の Wycliffite Bible, Early Version (a1382) を含め,33例までが -our あるいは -or を含み,-er を示すものは Reginald Pecock による Book of Faith (c1456) より2例のみである.初出以来,中英語期中の一般的な綴字は,-o(u)r だったといっていいだろう.
同じ中英語の状況を,PPCME2 でみてみると,Period M4 (1420--1500) から Interpretours が1例のみ挙った.
次に,初期近代英語期 (1418--1680) の約45万語からなる書簡コーパスのサンプル CEECS (The Corpus of Early English Correspondence でも検索してみたが,2期に区分されたコーパスの第2期分 (1580--1680) から interpreter と interpretor がそれぞれ1例ずつあがったにすぎない.
続いて,MEMEM (Michigan Early Modern English Materials) を試す.このオンラインコーパスは,こちらのページに説明のあるとおり,初期近代英語辞書の編纂のために集められた,主として法助動詞のための例文データベースだが,簡便なコーパスとして利用できる.いくつかの綴字で検索したところ,interpretour が2例,いずれも1535?の Thomas Elyot による The Education or Bringing up of Children より得られた.一方,現代的な interpreter(s) の綴字は,9の異なるテキスト(3つは16世紀,6つは17世紀)から計16例確認された.確かに,16世紀からじわじわと -er 形が伸びてきているようだ.
LC (The Lampeter Corpus of Early Modern English Tracts) は,1640--1740年の大衆向け出版物から成る約119万語のコーパスだが,得られた7例はいずれも -er の綴字だった.
同様の結果が,約330万語の近現代英語コーパス ARCHER 3.2 (A Representative Corpus of Historical English Registers) (1600--1999) でも認められた.1672年の例を最初として,13例がいずれも -er である.
最後に,中英語から近代英語にかけて通時的にみてみよう.HC (Helsinki Corpus) によると,E1 (1500--70) の Henry Machyn's Diary より,"he becam an interpretour betwen the constable and certein English pioners;" が1例のみ見られた.HC を拡大させた PPCEME によると,上記の例を含む計17例の時代別分布は以下の通り.
-o(u)r | -er(s) | |
---|---|---|
E1 (1500--1569) | 2 | 1 |
E2 (1570--1639) | 3 | 5 |
E3 (1640--1710) | 0 | 6 |
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