1年ほど前に,大学生より英語に関する素朴な疑問をたくさん提供してもらったことがある.そのなかの1つに,標題の趣旨の疑問があった(なお,疑問の原文は「なぜ現在分詞 -ing には過去分詞のような不規則動詞が存在しないのか」).つい最近この疑問について考え始めてみたのだが,まったくもって素朴ではない疑問であることに気づいた.おもしろいと思い,目下,院生・ゼミ生を総動員(?)して議論している最中である.
この疑問の何がおもしろいかといえば,第1に,こんな疑問は思いつきもしなかったから.英語学習者は皆,動詞の活用に悩まされてきたはず.その割には,現在分詞(動名詞も同様だが)だけはなぜか -ing で一貫している.これは嬉しい事実ではあるが,ちょっと拍子抜け.どうしてそうなのだろうか.という一連の思考回路が見事なのだと思う.-ing にも綴字については若干の不規則はあるのだが,無視してよい程度の問題である(cf. 「#3069. 連載第9回「なぜ try が tried となり,die が dying となるのか?」」 ([2017-09-21-1])).
このように素晴らしい発問だと感銘を受けて挑戦し始めたのはよいが,実は難問奇問.どうにも答えが出ない.そこで,なぜこの疑問が難しいのかをメタ的に考えてみた.2点ほどコメントしたい.
(1) お題は大学生から出された素朴な疑問.「なぜ A は不規則なのに B は規則的なのか?」という疑問形式となっているが,よく考えてみると,これは「素朴な」疑問から一歩も二歩も抜け出した,むしろかなり高度な問い方ではないか.英語初学者が発するような疑問は,たいてい「なぜ B は規則的なのに A は不規則なのか?」となるのが自然である.今回のケースでいえば「なぜ現在分詞は -ing で規則的なのに過去分詞には不規則なものが多いのか?」という発問のほうが普通ではないか.後者の疑問であれば,現在分詞の -ing が規則的であることは特に説明を要さず,過去分詞に不規則なものが多い理由を答えればよい.おそらく,こちらのほうが答えるにはより易しい質問となるだろう(ただし,これとて決して易しくはない).
(2) もともと現在分詞と過去分詞の2者を対比したところに発する疑問である.確かに両者とも名前に「分詞」 (participle) を含み,自然と比較対象になりやすいわけだが,比較対象をこの2種類に限定せず,より広く non-finite verb forms とすると,もう少し視界が開けてくるのではないか.具体的にいえば,現在分詞と過去分詞に加えて,動名詞と不定詞も考慮してみるのはどうだろうか.現在分詞と動名詞は形式上は常に一致しているので,実際上は新たに考慮に加えるべきは不定詞ということになる.不定詞というのは現代英語としては原形にほかならず,それが基点というべき存在なので,不規則も何もない(ただし be 動詞は別にしたほうがよさそうである).とすると,4種類ある non-finite verb forms のなかで,3種類までが規則的で,1種類のみ,つまり過去分詞のみが不規則ということになる.共時的にみる限り,上記 (1) で示唆したことと合わせて,「なぜ過去分詞形のみが不規則なのか?」と問い直すほうが,少なくとも回答のためには有益のように考える.
ということで,当初の発問の切れ味に感じ入って,やや目がくらまされていたところがあるが,少なくとも考察にあたっては言い換えたほうの発問を基準とするのがよいと思っている.もちろんそれにしても難しい問題で,私自身もあるアイディアは持っているが,まったく心許ないので,もっと議論や調査を深めていきたいと思っている.本ブログの読者の皆さんにも1つの話題ということで提供した次第です.
参考までに,現在分詞に関する過去の記事として,以下を挙げておきたい.
・ 「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1])
・ 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1])
・ 「#2422. 初期中英語における動名詞,現在分詞,不定詞の語尾の音韻形態的混同」 ([2015-12-14-1])
・ 「#4345. 古英語期までの現在分詞語尾の発達」 ([2021-03-20-1])
・ 「#4344. -in' は -ing の省略形ではない」 ([2021-03-19-1]
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow