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polysemy - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-22 17:50

2013-11-30 Sat

#1678. 動詞 spare は contronym? [antonymy][polysemy][syntax][contryonym]

 一見すると信じがたいが,1つの語が相反する2つの語義をもつ場合がある.このような語は contronym と呼ばれ,その例は「#566. contronym」 ([2010-11-14-1]) ,「#755. contronym としての literally」 ([2011-05-22-1]) ,「#1308. learn の「教える」の語義」 ([2012-11-25-1]) で挙げた.もう1つの例として,動詞 spare も候補となるかもしれない.先日,英文講読の授業で,次のような文に出くわした.

But she does not spare us the information that it was drafted by a 'Marxist', even though there is nothing Marxist in the reasoning of the letter.


 前後の文脈を参照すると「彼女はそれがマルクス主義者によって書かれたという情報を我々に隠さない」と解釈すべきことがわかり,したがってここでの spare は「与えないでおく」の語義だとわかるのだが,ある学生が,辞書によると spare には「与える」の語義もあるからわかりにくいと指摘した.なるほど,動詞 spare を英和辞典で引くと,ある語義に「与える,取っておく,割く」とあったかと思うと,別の語義では「与えないでおく,…をのがれさせる」とある.さらに,両語義ともに今回の例のように SVOO 構文が可能であり,一見したところ統語的に両語義を見分ける手段はない.
 このような場合には,日本語で考えずに,英英辞典を利用して英語による語義説明を丹念に読み解くのがよい.例えば OALD8 によると,日本語「与える」に相当するのは以下の語義である.

TIME/MONEY/ROOM/THOUGHT, ETC.
1 to make sth such as time or money available to sb or for sth, especially when it requires an effort for you to do this
. . . .
・ ? sb sth Surely you can spare me a few minutes?


 この語義では,直接目的語となる名詞句が意味的に限定されていることに注意したい.時間,お金,スペースなどの資源である.間接目的語で表わされる人物にとって,これを「確保」することがメリットとなる.次に,「与えないでおく」に相当する語義をみよう.

SAVE SB PAIN/TROUBLE
2 to save sb/yourself from having to go through an unpleasant experience
・ ? sb/yourself sth He wanted to spare his mother any anxiety.
Please spare me (= do not tell me) the gruesome details.
You could have spared yourself an unnecessary trip by phoning in advance.


 この語義では,直接目的語となる名詞句は「不快な経験」を表わす何かである.間接目的語で表わされる人物にとって,これを「回避」することがメリットとなる.
 2つの語義を考え合わせると,spare の中心的な意味は「(間接目的語で表わされる)人物にとってメリットとなるように,(直接目的語で表される)物事を処理する」ということになる.具体的な処理は,その人物にその物事を「与える」(確保)ということかもしれないし,「与えないでおく」(回避)ということかもしれない.そのいずれかは,直接目的語で表わされる物事の性質次第ということになる.
 前置詞を用いた代替構文の例を見てみると,She was spared from the ordeal of appearing in court. などで,from によって「与えないでおく」(回避)の語義が示され,両語義の区別が顕在化している,一方,2重目的語構文ではその区別が統語的に中和されてしまうということだろう.
 日本語の訳語を介すると spare が contronym であるかのように見えるが,英語としては一貫した語義が認められるのである.なお,派生形容詞 sparing の「質素な,控えめな」と「寛大な,心の広い」の語義も参照.

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2012-11-25 Sun

#1308. learn の「教える」の語義 [antonymy][polysemy][etymology][sir_orfeo][ormulum][contronym]

 learn には,《古・非標準的》という限定された使用域ながらも「教える,わからせる」の語義がある.He learned me how to skate.I'll learn you. (思い知らせてやるぞ)などの例文が挙げられる.[2011-09-12-1]の記事で紹介した EDD Onlinebeta-version によれば,learn の語義4として "To teach, instruct; freq. used ironically as a threat of punishment." とあり,他の語義よりも豊富に例文が挙がっている.
 「学ぶ」と「教える」は視点が180度異なり,一種の反意ともみなせるが,それが learn という語のなかに共存している.[2010-11-14-1]の記事で紹介した「#566. contronym」のもう一つの例だろう.興味深いことに,両語義を合わせもつ語は,オランダ語 leren やフランス語 apprendre にもみられる.
 語源をたどると,印欧語幹は *leis- "track, furrow" に遡る.語形成を経て *laisjan から,Gmc *liznōjan に至り,ここから OE leornian "to learn" が発展した.Gmc *liznōjan とは OE (ġe)lǣran "to teach" も別に関係しており,lore (教え,指導,知識)もその派生語である."track, furrow" が語幹の原義であるということは,learn の意味の根源は「歩む道を導く」辺りにありそうだ.
 古英語では,leornian "learn" と (ġe)lǣran "to teach" が区別されていた.しかし,中英語になり,lernen が "teach" の語義も帯びるようになった.OED および MED によると,初例は,1200年くらいの Ormulum である.

Uss birþþ itt [the Gospel] þurth sekenn, To lokenn watt itt lernet uss Off sawle nede. (19613)


 「教える」の語義で再帰代名詞とともに用いれば,現代英語の teach oneself と同様に,「学ぶ,自学する」の意味となる.Sir Orfeo (Bliss版,Auchinleck MS, ll. 30--33)の l. 31 の例では,再帰代名詞は強意ではなく文字通り再帰だろう.一方,l. 33 の lerned は「学ぶ」である.

Him-self he lerned for-to harp,
& leyd þer-on his wittes scharp;
He lerned so, þer no-þing was
A better harpour in no plas.


 関連して,形容詞 learned (学識のある,博学な)は1300年くらいが初出だが,その本来の意味は「教わった,教育を受けた」であり,learn の「教える」の語義の過去分詞である.12世紀以来用いられている lered およびドイツ語 gelehrt も同義である.

 ・ Bliss, A. J., ed. Sir Orfeo. 2nd ed. Oxford: Clarendon, 1966.

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2012-10-18 Thu

#1270. 類義語ネットワークの可視化ツールと類義語辞書 [web_service][thesaurus][link][synonym][dictionary][polysemy]

 [2010-08-11-1]の記事「#471. toilet の豊富な婉曲表現を WordNet と Visuwords でみる」で,オンラインで利用できる類義語ネットワークの可視化ツールを2点紹介したが,同趣旨のツールとして WordNet のデータベースに基づいた Graph Words を追加したい.以下に,関連するツールのリンクを挙げておく.

 ・ Graph Words: フリー.出力がシンプル.
 ・ Visuwords: フリー.出力が凝っている.
 ・ Visual Thesaurus: 有料だがトライアルあり.出力が凝っている.

 あわせて,今では通常の類義語辞典もオンラインで豊富にアクセスできるが,いくつか挙げておこう.
 
 ・ Merriam-Webster Thesaurus: 語義ごとに豊富な類義語群が得られる.
 ・ The Free Online Dictionary, Thesaurus and Encyclopedia: 語義もついており,単語学習によい.
 ・ Thesaurus.com: 手早く類義語リストを得られる.
 ・ HyperDictionary.com: 上に同じ.

 類義語リストを簡便に得られるスタンドアロンの辞書ソフトウェアとしては,以下のものを利用することがある.

 ・ WordWeb:英語辞書ソフトウェアとして人気がある.
 ・ TheSage's English Dictionary and Thesaurus:インターフェースがきれい.
 
 歴史英語類義語辞典は,以下の二つ.

 ・ HTOED (Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary)
 ・ TOE (A Thesaurus of Old English)

 類義語ネットワークの可視化ツールをいじっているうちに,単にキーワードに関連する語彙のネットワークを示すものとしてだけでなく,キーワードの語義の広がりを示すものとして利用することができることを発見した.例えば,Graph Words で多義語 "star" のネットワークを覗いてみると,およそ区別される語義ごとに枝のグループができていることがわかる.各語義が,単語置換による示唆というかたちではあるが,荒っぽく「定義」されているといえる(以下,拡大は画像をクリック).

Graph Words for "star"

 "star" のような多義語については,類義語可視化ツールは語義の広がりを見せてくれる,辞書代わりのツールとしても有効なのではないか.

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2012-04-06 Fri

#1075. 記号と掛詞 [sign][function_of_language][semantics][semiotics][homonymy][polysemy]

 フランスの記号学者 Rolan Barthes (1915--80) は,記号 (sign) の2次利用のもたらす作用に注目し,connotation (含蓄的意味,共示)と meta language (メタ言語)という,一見すると関係のなさそうな言語の作用と機能の関係を鮮やかに示した.加賀野井 (165) の図から再現しよう.

Barthes' connotation and meta language

 これは,昨日の記事「#1074. Hjelmslev の言理学」 ([2012-04-05-1]) で紹介した言理学の創始者 Hjelmslev から着想を得たものといわれる.SA は signifiant を,SE は signifié をそれぞれ表わす.
 (1) に示した connotation (含蓄的意味,共示)とは,denotation (明示的意味,外示)に対する概念であり,日常的に表現すれば「言外の意味」である.[2012-03-09-1]の記事「#1047. nice の意味変化」で触れたが,You're a nice fellow. の文字通りの意味 (denotation) は「あなたは親切な人ですね」だが,言外に皮肉を含めれば (connotation) 「おまえはなんて不親切な奴なんだ」の意味ともなりうる.この場合,「あなたは親切な人ですね」という signifiant と signifié の結びついた記号の全体が signifiant へと昇格し,新たに対応する signifié,皮肉のこもった意味「おまえはなんて不親切な奴なんだ」と結合している.connotation とは,このような2段構えの記号作用の結果としてとらえることができる.
 次に,図 (2) は,図 (1) の下部を移動しただけのようにみえるが,記号のあり方は大きく異なる.これは meta language (メタ言語)の構造を示したものだ.meta language とは,「#523. 言語の機能と言語の変化」 ([2010-10-02-1]) や「#1071. Jakobson による言語の6つの機能」 ([2012-04-02-1]) で触れたように,言語について語るという言語の機能のことである.例えば,「connotation って何のこと?」という文では "connotation" という術語の意味を問うており,言語についての疑問を言語を用いて表現しているので,メタ言語機能を利用していることになる."connotation" という語はそれ自体が /ˌkɑnəˈteɪʃən/ という音形と「含蓄的意味」という意味を備えた1つの記号だが,この記号全体が signifié となって,意味が空っぽである対応する音形 /ˌkɑnəˈteɪʃən/ と結びつき,図 (2) 全体で表わされる2次的な記号の構造を得る.
 connotation と meta language という一見すると関係のなさそうな言語の作用と機能が,2段構えの記号の構造として関連づけられるというのはおもしろい.では,図 (1) と図 (2) をもじって,図 (3) を作ってみると,これはどのような言語作用・機能を表わしていると考えられるだろうか.ある独立した記号それ自体が signifiant となり外部の signifié と結びつくという点では図 (1) の connotation と似ているが,ここでは新たに結びついた signifié それ自体が,内部に signifiant と signifié を有する別の記号でもあるという点が異なっている.
 あれこれ考えを巡らせてみたが,掛詞 (paronomasia) のような言葉遊びが相当するのではないかと思い当たった.掛詞が慣習化されている和歌を考えてみよう.百人一首より,在原行平の「立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む」では,「往なば」と「因幡」,「待つ」と「松」が掛詞となっている.特に後者は,和歌において完全に慣習化された関係である.「待つ」と「松」は同じ音形をもっているからこそ掛詞と言われるのだが,それ以上に重要なのは「松」と聞けば待つ行為や感情がすぐに想起されるし,「待つ」と聞けば松の映像がすぐに喚起されるという記号と記号の関係が確立していることである.
 これらの図は,homonymy や polysemy の問題とも関わってきそうだ.また,メタ言語,想像的創造,詩的言語などのキーワードが想起されることから,言語の機能とも深い関係にあるのではないか([2010-10-02-1]の記事「#523. 言語の機能と言語の変化」を参照).

 ・ 加賀野井 秀一 『20世紀言語学入門』 講談社〈講談社現代新書〉,1995年.

Referrer (Inside): [2012-11-17-1]

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2012-03-20 Tue

#1058. 中英語における choose の多義 [sggk][semantic_change][etymology][polysemy]

 現代英語の基本動詞の1つ choose は,語源辞典などを引くと非常に複雑な形態の歴史をもっていると知られるが,中英語での語義の展開のおもしろさについて言及されることは,あまりない.Sir Gawain and the Green Knight をグロッサリーを引き引き読んでいたら,choose が立て続けに予想外の語義で使われている箇所に出くわした(Andrew and Waldron 版より).

778: And he ful chauncely hatz chosen to þe chef gate,
. . . .
798: Chalk-whyt chymnées þer ches he innoȝe,


 MED "chesen (v)" の語義でいうと 8 と 9 に相当する意味である.

 8. To choose or take one's way; ~ wei (gate); proceed or go (to or from a place); refl. betake oneself; ~ fast, to hurry.
 9. (a) To perceive (sth., sb.); also, recognize; (b) to distinguish (one thing from another).


 前者は「(自らの道を)選ぶ,行く」,後者は「選別(判別,識別,弁別)する」ということになろうか.前者については,古高地ドイツ語やフランス語の対応語にも類似した語義があるという.後者については,現代英語に There is nothing to chose between A and B. (AとBの間に優劣はまったくない)という言い回しがあり,この表現での choose が 9. (b) の "distinguish (between A and B)" に近く,9. (a) の "perceive; recognize" にも通じることがわかる.ついでに,日本語を考えてみると,「子供のすることと選ぶ所がない」のように先の英語表現と近い表現がある.なお,OED では,B. 8, B. 7 の語義が上の2つの語義にそれぞれ対応しているが,いずれも近代までには廃用となっている.
 さて,choose をゲルマン祖語や印欧祖語へと遡ると,どうやら "test by tasting" (味わう,味見する)の原義にたどりつく.「味」を表わす gusto, gust などとも語源的に遠く関連している.「味の違いがわかる」=「選ぶ」と考えると,選ぶということは,生存のために必須の能力であるとともに,文化の香りすらする高尚な行為であると解釈できる.付け加えれば,elegant (上品な,優雅な)も,英語 elect (選ぶ)の源であるラテン語 ēligere (選ぶ)の現在分詞に由来し,「選択眼のある」が原義である.もっとも,選択や好みがうるさすぎると choosy となり,語感は一気に落ちる.
 現在では choose の上の2つの語義は廃れてしまったとはいえ,基本動詞の意味展開には興味深いものがある.

 ・ Andrew, Malcolm and Ronald Waldron, eds. The Poems of the Pearl Manuscript. 3rd ed. Exeter: U of Exeter P, 2002.

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2011-11-06 Sun

#923. 意味範疇による接辞の分類 [affix][word_formation][morphology][polysemy]

 接辞 (affix) には様々な種類がある.品詞を変える transpositional affix (or category-changing affix) もあれば,意味を変える meaning-changing affix もある.後者について意味範疇によって接辞を分類すると,主要なものは以下のようになる (Lieber 40) .

 (1) personal affixes: 典型的に動作主 (agent) を表わす -er (ex. lover, philosopher) や,典型的に受動者 (patient) を表わす -ee (ex. employee, interviewee) など.
 (2) negative and privative affixes: 否定を表わす un-, in-, non- (ex. unable, infinite, non-smoker のほか,欠性を表わす -less, de- (ex. hopeless, debug) など.
 (3) prepositional and relational affixes: 空間や時間の意味を表わす over-, out- (ex. overfill, outrun) など.
 (4) quantitative affixes: 量に関わる意味を表わす -ful, multi-, re- (ex. handful, multifaceted, reread) など.
 (5) evaluative affixes: 指小辞 (diminutive) として -let (ex. booklet) ,増大辞 (augmentative) として mega- (ex. megastore) など.前者は愛情を含意し,後者は軽蔑を含意する傾向がある.

 以上のうちのいくつかは,意味を変えるだけでなく統語範疇をも変える機能を持っていることに注意されたい( -er は動詞から名詞を,de- は名詞から動詞を派生させることができる).
 意味範疇による接辞の分類は,より詳細にもなしうる.例えば,上では動作主を表わす -er を personal affix と呼んだが,printer (印刷機), freighter (貨物船)における同接尾辞は「道具」と呼ぶのがふさわしいだろう.loaner (賃貸人), fryer (フライ用若鶏)は「受動者」,diner (食堂車)は「場所」と呼べるだろう.同じ -er という接尾辞でも実に多義的 (affixal polysemy) であり,はたしてこれを1つの範疇にくくることができるのか,基体の動詞の統語的な項構造と多義性は対応するのか,などの理論的な問題が生じている (Lieber 193--95) .

 ・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.

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2011-07-21 Thu

#815. polysemic clash? [homonymy][polysemy][homonymic_clash]

 同音異義衝突 ( homonymic clash ) について関心があり,homonymic_clash の各記事で話題にしてきたが,"homonymic clash" という術語の陥穽に言及したい.
 [2010-02-07-1]の記事「homonymy, homophony, homography, polysemy」で触れたように,homonymypolysemy を区別する境界線はしばしば不明確である.light (軽い)と light (色が薄い)は語源学者にとっては別々の語であり homonyms の話題だが,話者が意味のつながりを感じるのであれば,その話者にとっては polysemes である.反対に,flowerflour は語源学者にとっては同一語根の2つの綴字上の現われであり polysemes にすぎないという議論が可能かもしれないが,一般の話者にとっては別々の語であり homophones とみなされている.仮に学術的に両者の間に境界線を引き得たとしても,意味変化を含む言語変化の担い手はあくまで一般の話者であり,言語変化においては,かれらの言語感覚こそが決定的である.
 homonymy と polysemy の区別が曖昧であるということは,homonymic clash と polysemic clash の区別も曖昧だということである.「軽い」の意味で light を使うのに躊躇する話者は,誤解を避けるために代わりに light weight を用いるかもしれないが,ここで起こっていることは homonymic clash 回避の行動なのか,polysemic clash 回避の行動なのか線引きが難しい.
 あまりに多義的な語は,負担過多を解消するかのように語義のいくつかを消失させたり,場合によっては語そのものを廃用にすることがある.例えば,Holthausen は古英語の ār は "honor, dignity, glory, reverence, mercy, favor, benefit, prosperity, revenue" などの互いに関連するが異なる語義を担っていたが,この機能過多が原因で廃用になったのではないかと示唆している (Menner 243) .もし事実であれば,これは polysemic clash による結果の語の消失ということになるだろう.
 homonymy と polysemy の用語上の区別にこだわらずに衝突の現象を捉えなおせば,衝突の問題が単発の「おもしろい」事例なのではなく,語の意味変化の原理にかかわる重要な論題であることがわかる.Menner (243--44) の同趣旨の言及が的を射ている.

From the point of view of the speaker ignorant of origins, the embarrassment and confusion which is caused by multiplicity of meanings is likely to be as great when a form represents two or more etymologically distinct words as when it represents one. Most students of homonyms and most semanticists pay little attention to this fact, but Jespersen pertinently remarks that 'the psychological effect of those cases of polysemy, where "one and the same word" has many meanings, is exactly the same as that of cases where two or three words of different origin have accidentally become homophones'. Because of this relationship, the conflict of homonyms should not be considered a merely curious and abnormal phenomenon, differing from other linguistic processes. The study of homonymic interference involves the whole problem of the word as an entity and illustrates some fundamental principles of semantics.


 ・ Menner, Robert J. "The Conflict of Homonyms in English." Language 12 (1936): 229--44.

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2011-05-22 Sun

#755. contronym としての literally [antonymy][polysemy][writing][semantic_change][contronym]

 contronym について[2010-11-14-1]の記事で話題にしたが,その例の1つに literally がある.英語の四方山話しサイト The Web of Languageこちらの記事に "A literal paradox" としておもしろく紹介されている.literally という語はたいてい "figuratively" に用いられるという皮肉だ.
 なるほど,確かに次のような例文では,体が物理的に爆発したと解釈する「文字通り」の読みは普通あり得ず,比喩的に「激昂する」の読みしかあり得ない.

When I told him the news he literally exploded.


 多くの辞書では,このような比喩的な意味での literally の用法は誤用か,少なくとも非標準的な用法とされている.例えば OED では,literally の 3b の語義に次のようにある.

b. Used to indicate that the following word or phrase must be taken in its literal sense.
  Now often improperly used to indicate that some conventional metaphorical or hyperbolical phrase is to be taken in the strongest admissible sense.


 学習者用英英辞書では規範的な態度の強度はまちまちのようで,老舗の Oxford や Longman ではこの用法は後のほうの語義で触れられており比較的周辺的な取り扱いだが,比較的新興の Cobuild, Cambridge, Macmillan では第1語義として大々的に(?)取り上げられている.
 literally のこの用法は規範的には難ありとされるが,遅くとも19世紀前半から確認されており,現在の口語では広く用いられている.他に例を挙げてみよう.

- It literally rained cats and dogs.
- I literally jumped out of my skin.
- The views are literally breath-taking.
- I was literally bowled over by the news.
- Steam was literally coming out of his ears.


 上の例文のいずれにおいても「文字通りに」と和訳できることから分かるように,日本語の「文字通りに」も literally と同様の意味の曖昧さを示す.「文字通りに」も文字通りに用いられることはあまりなく,比喩的に用いられることが多いのである.
 英語の literally でも日本語の「文字通りに」でも,この表現が letter (ラテン語 littera に由来)「文字」と結びついているのがおもしろい.話し言葉に基づく「発言通りに」や「口にした通りに」ではなく,書き言葉に基づく「文字通りに」という表現となっているのは偶然の一致だろうか.
 いや,これは偶然ではあるまい.一般に文字をもつ社会では,書き言葉が話し言葉よりも「えらい」ものと見なされている([2011-05-15-1]の記事「話し言葉書き言葉」を参照).その理由の1つは,文字に付されたものは永続性があり不変性があると感じられるからだろう.文字のこの不変性により,文字に付された語句には本来性,無謬性,由緒正しさといったオーラがまとわりつく.話者はある表現を「文字通りに」という副詞で限定することによって,その表現のもつ意味の純粋さ,正真正銘さをアピールしているのではないか.ここで「発言した通りに」と限定しても,それほどの説得力をもたないのではないか.
 literally がこのような経緯で発展してきた語であるのならば,当の literally の意味が文字通りの意味でなくなってきているというのは,何とも皮肉な意味変化である.

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2010-11-15 Mon

#567. set --- the most polysemic word in English [oed][polysemy]

 書籍版 OED を読んでいると字が細かいので目がちかちかしてくるが,特に重要な多義語では記述が数ページにわたるので,それこそ目が悪くなりそうだ.割かれているページ数が多義性の目安だとすると,英語で動詞 set ほどの多義語は存在しない.OEDDictionary facts によると:

Longest entry in Dictionary: the verb 'set' with over 430 senses consisting of approximately 60,000 words or 326,000 characters


 6万語の記述というと短い小説ほどの長さである.記述の長さで最高ということは,およそ語義の多さでも最高と考えて差し支えないだろう.みかけは "a wholly unassuming monosyllable, the verbal equivalent of the single-celled organism" ( Bryson, p. 63 ) だが,実は中身の濃い polysemic word だということになる.CD-ROM版では set のエントリーの全体が表示されるまでに私のPCで32秒かかった.
 他の上級学習者用英英辞書(いずれも最新版)で動詞 set の登録語義数を調べてみた.

dictionarynumber of senses
OALD816
LDOCE525
Cobuild14
CALD18
Macmillan15
Merriam-Webster's17


 もとより意味という連続体を語義に分解するには恣意的な判断が働くものであり,辞書によって取り上げる語義の範囲やその切り方がある程度異なるのが普通だが,それにしても polysemic だなと実感.
 OED のエントリーをここに再掲するわけにはいかないので,代わりに LDOCE のエントリーを参照されたい.これをじっくり読むと set の使い方はもちろんのこと,一般の英語の語法というものに詳しくなれるのではないかと思えるほどに多義的,多機能だ.

 ・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990.

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2010-11-14 Sun

#566. contronym [antonymy][polysemy][contronym]

 [2010-10-18-1], [2010-11-07-1]で話題にした同音異義衝突 ( homonymic clash ) と関連するが,ある語が相反する2の意味を同時に有することがある.このような語を contronym あるいは Janus-faced word と呼ぶ.
 英語の卑近な例として,out がある."Stars are out tonight." では「現われている」の意味を,"The lights are all out." では「消えている」をそれぞれ表わす.別の典型的な contronym に sanction がある.この語は「認可,許可」の語義 ( ex. "without the sanction of Parliament" ) と並んで「制裁,処罰」 ( ex. "US sanctions against Cuba" ) の語義をもつ.副詞 fast には「しっかりと」固定する意味 ( ex. "make a boat fast" ) と「素早く」走る意味 ( ex. "run fast" ) とが混在している.quinquennial には「5年間続く」と「5年に1度」の語義がある ( Bryson, pp. 63--64 ) .
 近年,誤用として問題にされる "infer" も一種の contronym と考えられるだろう.infer は本来「推測する」を意味するが,略式には imply 「暗示する」と同義にも用いられる.話し手Aが暗示するものを聞き手Bが推測するという因果関係なので両語義は結びつくが,心理作用の方向としては反対である.OALD8 の語法解説では,以下のように述べられている.

infer / imply
Infer and imply have opposite meanings. The two words can describe the same event, but from different points of view. If a speaker or writer implies something, they suggest it without saying it directly: The article implied that the pilot was responsible for the accident. If you infer something from what a speaker or writer says, you come to the conclusion that this is what he or she means: I inferred from the article that the pilot was responsible for the accident.
??? Infer is now often used with the same meaning as imply. However, many people consider that a sentence such as Are you inferring that I???m a liar? is incorrect, although it is fairly common in speech.


 しかし,Trudgill (5--6) が infer について力説している通り,語用的な文脈や統語的な環境(共起する前置詞が tofrom かなど)でいずれの意味で用いられているかが判別できる場合がほとんどで,それほど混同は起こらない.とはいっても,contronym には潜在的に誤解の恐れがあるのは確かであり,infer のような誤用論争の有無を別にしても,いずれかの意味が淘汰されてゆく動機づけや圧力は,contronym でない語に比べれば大きいと考えてよいのではないだろうか.

 ・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990.
 ・ Trudgill, Peter. "The Meaning of Words Should Not be Allowed to Vary or Change." Language Myths. Ed. Laurie Bauer and Peter Trudgill. London: Penguin, 1998. 1--8.

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2010-02-08 Mon

#287. 外国語の polysemy は発想の源泉 [etymology][polysemy][grimms_law]

 突然だが,質問.銭湯や温泉でよくみかける下の写真のような蛇口を何というだろうか.
kraan
答えは カラン (←クリック).
 最近はあまり見かけないように思うが,子供の頃によく銭湯に通っていた頃には,蛇口にカタカナで書かれていたように記憶している.なんでそんな名前がついているのかなと当時から不思議だったが,天井の高い銭湯の空間に洗面器の音がカラーンと鳴り響くからかなとか,写真にもある洗面器の代名詞ともいうべき「ケロリン」と関係があるのかななどと思っていた.
 あるとき,これがオランダ語 kraan から来たものだと知った.西ゲルマン諸語の一つとしてオランダ語と類縁関係にある英語では,これに対応する語 ( cognate ) は crane 「鶴」である.鶴の曲がった首のイメージである.昨日の記事[2010-02-07-1]で触れたとおり,crane は「鶴」「起重機」などを意味する多義語 ( polysemic word ) だが,予想通り英語でも「蛇口」の語義があった.OED によると,「鶴」は古英語から存在し,「起重機」「蛇口」は1375年(『英語語源辞典』では1349年),1634年がそれぞれ初出である.
 この語源を知ることのおもしろさは二点ある.一つは,日本語で「鶴」「クレーン」「カラン」というとき,実は語源としては三つの言語が関わっているというということである.もう一つは,英語(とオランダ語)では三つの語義が crane の一語のみでまかなわれていることである.日本語だけでは,鶴とクレーンと蛇口を結びつけるという発想はまず出てこないだろう.だが,英語かオランダ語を修めていれば,いやそこまで行かなくとも語源を調べるだけの力があれば,この発想の井戸に容易にたどり着くことができるのである.この考え方を押し広げると,外国語の多義語はたいてい発想の源泉になり得るということだろう.
 ついでに,cranberry 「ツルコケモモ(の実),クランベリー」は,おしべが鶴のくちばしの形に似ていることからそう呼ばれるという.また,pedigree 「家系(図),血統」はフランス語の pied de grue "foot of crane" が中英語に入ったものであり,家系図を鶴の足になぞらえた奇抜な発想に基づく.フランス語 grue 「鶴」自体はラテン語 grūs 「鶴」に由来し,グリムの法則([2009-08-08-1])を介してゲルマン語形 cranekraan の語頭子音と対応することがわかるだろう.

Referrer (Inside): [2010-04-09-1]

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2010-02-07 Sun

#286. homonymy, homophony, homography, polysemy [homonymy][homophony][homography][polysemy]

 昨日の記事[2010-02-06-1]同音異綴 ( homophony ) に触れた.今日は,これとしばしば混同される三つの概念を導入し,比較対照しながらそれぞれの理解を深めたい.

homophony ( homohphones )
  同音異綴(語).発音は同じだが綴字が異なる語どうしの関係.ex. son, sun
homography ( homographs )
  同綴異音(語).綴字は同じだが発音が異なる語どうしの関係.ex. bow /bəʊ/ 「弓」, bow /baʊ/ 「お辞儀」
homonymy ( homonyms )
  同音同綴異義(語).発音も綴字も同じだが意味が異なる語どうしの関係.ex. last 「最後の」, last 「持続する」
polysemy ( polysemic words )
  多義(語).一つの語が,互いに関連する複数の意味をもっている状態.ex. crane 「鶴」「起重機」

 上の四つの概念は,綴字と発音と意味の三者の関係が複雑であり得ることを反映したものである.日本語では「綴字」に対応するものが少なくとも二種類(仮名と漢字)へ区別されるため,あり得る関係の組み合わせは余計に多くなる.
 polysemy は,定義をみると,他の三つと比べて異質に感じられるかもしれないが,一緒に掲げたのは homonymy との境目が曖昧なケースが多々あるからである.例に挙げた crane は,歴史的には「鶴」が先にあり,その形状が似ていることに基づく比喩 ( metaphor ) で「起重機」の意味が生じた.歴史的に意味の連続性があるという点で,crane という一形態素(語)に複数の意味が対応するようになった ( polysemy ) と考えるのが自然である.辞書でいえば,立てるべき見出しは crane 一つで済む.一方 last の二つの意味は,歴史的に関係がない.別語源の二つの形態素(語)が,偶然に同じ形態へと合流してしまっただけである.本来的に別の語と考えられるので,辞書では見出しを別々に立てるのが自然である.
 しかし,歴史的・語源的に考えた上で辞書の見出しの立て方を決めるのが自然という立場は,無条件に受け入れてよいものだろうか.歴史を知らないと仮定して,共時的な立場から,万人が「鶴」と「起重機」のあいだに関連性を見いだせるかは疑問だし,反対に「最後の」と「持続する」のあいだに意味のつながりを見いだす人がいたとしても不思議ではない.例えば,light weightlight blue における形容詞 light はどうだろうか.歴史的には二つの light は区別されるべきであり,homonymy と呼ぶべき関係である.しかし,共時的には「軽い,薄い,淡い」という意味上の共通点でまとめられるのではないかという主張も可能であり,この場合には polysemy の関係であると言える.
 homonymy と polysemy の区別を明確につけることはできないという点を考慮しつつ,以上四つの概念を次のように図示してみた.これは,Görlach の図 (51) をもとに改変を加えたものである

homonymy, homophony, homography, and polysemy

 ・Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.

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