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elf - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-12-15 08:44

2013-01-15 Tue

#1359. 地域変異と社会変異 [sociolinguistics][variation][variety][rp][elf]

 社会的な言語変異 (linguistic variation) のパラメータには様々な種類のものがある.英語に関しては「#227. 英語変種のモデル」 ([2009-12-10-1]) ,「#228. 英語変種のモデル (2)」 ([2009-12-11-1]) などでいくつかのパラメータを見たが,一般的にいえば,言語変異の主要なパラメータとして,階級,民族,性,場面,国家,地理などが挙げられる.従来,社会言語学でとりわけ広く話題にされてきたのは,地域変異と階級(社会)変異だろう.
 地域変異と社会変異の関係は入り組んでいるが,主要な英語社会においては一般的に次のようなモデルとして表現される(トラッドギル,p. 37 の図をもとに作成).

Trudgill's Variation Pyramid

 この図は,社会的に高い立場にいる話者どうしの間には地域的な差が少ないが,低い立場にいる話者どうしの間には地域的な差が大きいことを示している.イギリスにおける英語使用に当てはめてると,伝統的に威信のある RP (Received Pronunciation) をもつ話者は,イギリスのどこで生まれ育ったとしてもおよそ同じ RP を話すが,非標準とされる変種を話す話者は,地域によって互いに大きく異なった言語を用いる.このモデルは,RP のような発音のみならず,語彙や文法にも有効である.例えば,「かかし」を表わす語は,ピラミッドの頂点にある標準英語では scarecrow しかないが,ピラミッドの底辺になる非標準英語では,地域によって bogle, flay-crow, mawpin, mawkin, bird-scarer, moggy, shay, guy, bogeyman, shuft, rook-scarer などと交替する.文法では,標準的な He's a man who/that likes his beer に対して,非標準変種では地域によって関係代名詞の部分が,who, that, at, as, what, he, ゼロのように交替する(トラッドギル,p. 38).
 ELF (English as a Lingua Franca) の観点から,このモデルは Svartvik and Leech による「#426. 英語変種のピラミッドモデル」 ([2010-06-27-1]) と類似していることに注意したい.
 ただし,一つ付け加えておくべきは,世界には,地域変異と社会変異の関係がむしろ逆ピラミッドとなる例もあるということだ.トラッドギル (31--32) によれば,南インドのドラヴィダ語族に属するカンナダ語について,語彙や文法について地域差とカースト差の関係を調査してみると,上位カースト(ブラフマン)では地域によって変異が多く見られるのに対して,下位カースト(非ブラフマン)では地域をまたいで互いに近似性が見られるという.
 ピラミッドの向きは異なるが,いずれにせよ,地域変異と社会変異の間には,しばしば,ある種の相関関係が見られるということはいえるだろう.

・ P. トラッドギル 著,土田 滋 訳 『言語と社会』 岩波書店,1975年.

Referrer (Inside): [2013-06-09-1] [2013-05-17-1]

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2012-07-17 Tue

#1177. EU 仏語の退潮 [french][global_language][elf][statistics]

 7月15日(日)の読売新聞朝刊6面の「ワールドビュー」に標題の記事があった.EU は英仏独の3言語を作業言語に指定しているが,報告書はまず最初に英語で出版されるのが常態となっている.
 第2次世界大戦後の統合欧州の歴史を振り返れば,当初は,英語圏抜きで歩み始めたために,仏語の支配的地位は盤石だった.しかし,英語の急速な世界化に伴い,仏語の相対的な地位は,世紀後半に向けて落ちていった.特に2004年のEU東方拡大では,仏語よりも英語の得意な中東欧諸国など10カ国が一気に加盟したことにより,仏語の退潮に拍車がかかった.欧州委員会翻訳総局によると,1997年に起草された文書のうち,原文が仏語だったものは40.5%であり,英語は45%だった.ところが,2010年には,その比は7%対77%となり,英語の圧倒的優勢が示された.
 最近の欧州財政・金融危機を巡る報道でも,英語メディアの優勢が目立っている.市場への影響力の大きさを考慮したEU官僚が英語メディアに情報を流しているというのが理由のようだ.
 ある言語が世界化すればするほど,周囲の環境がその世界化を後押しするために,スパイラル状に世界化が進行する.上で見た例でいえば,2004年のEU東方拡大や現在のEU財政情勢の報道が,部分的に英語の世界化を後押しする社会的要因となっている.
 ほかに ELF (English as a Lingua Franca) の統計に関しては,statistics elf の各記事を参照.

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2012-05-12 Sat

#1111. Graddol による熟達度を重視した英語話者モデル [elf][model_of_englishes][language_shift][native_speaker_problem]

 1985年に Kachru によって提案された「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]) は,現代における英語使用を理解するためのモデルとして,広く受け入れられてきた.しかし,とりわけ21世紀が近づくにつれて,様々な批判が湧き出てきた.異論や代案は model_of_englishes の各記事で紹介してきたが,最近では Modiano による別の同心円モデルを示した ([2012-04-27-1], [2012-05-07-1]) .今回は,Kachru モデルを再解釈した Graddol の見解を紹介しよう.
 Graddol (English Next 110) は,Kachru の歴史地理的な観点に基づく階層よりも,英語の熟達度に基づくモデルのほうが20世紀の英語使用の現状をよく反映していると考え,それに対応する図式を描いた(下図参照).また,熟達度の各階層は明確に区別されるというよりは,グラデーションを描く連続体だろうと考えた.Inner という用語こそ残したが,新しくここに含まれるのは「最も熟達度の高い階層」を構成する5億人ほどの英語話者ということになる.

Graddol's Proficiency-Based Model of English

 Kachru の名誉のために述べれば,彼自身も近年は Graddol のような熟達度に依拠するモデルを念頭においているようだ (Graddol, English Next 110) .
 このモデルは,英語の熟達度を重視する点で Modiano の同心円モデル([2012-04-27-1]) とも比較されるが,後者はとりわけ "international English" の熟達度を問題にしている.Graddol には,"international English" に相当するものへの言及はない.また,Graddol モデルは,話者の "bilingual status" (English Next 110) という観点を,熟達度ほど重視していないが,Jenkins モデル ([2010-01-24-1]) では "bilingual status" の有無こそが肝要である.Jenkins モデルは,"the native speaker problem" を指摘しやすいモデルともいえる.
 提案されてきた現代の英語使用のモデルは,それぞれ力点の置き方に差がある.そこには,英語使用の現状という以上に,提案者の英語史観や将来の英語使用への期待と希望が反映されている.したがって,私は,これらを広い意味での英語史記述であると考えている.だからこそ,様々なモデルに関心がある.
 さて,Graddol といえば,前著 The Future of English? で,言語交替 (language shift) を考慮に入れた動的なモデルも提案している.そちらについては,[2010-06-15-1]の記事「#414. language shift を考慮に入れた英語話者モデル」で取り上げたので,要参照.

 ・ Graddol, David. English Next. British Council, 2006. Digital version available at https://www.teachingenglish.org.uk/article/english-next .
 ・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at https://www.teachingenglish.org.uk/article/future-english .

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2012-05-07 Mon

#1106. Modiano の同心円モデル (2) [elf][model_of_englishes][wsse][linguistic_imperialism][variety]

 [2012-04-27-1]の記事「#1096. Modiano の同心円モデル」で,Modiano の論文 "International English in the Global Village" に示された実用主義的英語使用のモデルを紹介した.Modiano は,批評家たちの反応を受けて,数ヶ月後に,別の論文 "Standard English(es) and Educational Practices for the World's Lingua Franca." を発表した.そこでは,改訂版モデルが示されている(以下,同論文 p. 10 の図をもとに作成).

Modiano's Centripetal Circles of International English, Revised Version

 改訂版では,具体的な英語変種が周囲に配されており,それぞれが異なった比率ではあるが "The Common Core" に属する特徴とそこから逸脱した特徴を合わせもっていることが強調されている.この点では,British English や American English のような伝統的な主要変種と,EFL変種を含めたそれ以外の変種との間に差はなく,いずれも周縁部にフラットに位置づけられている.中央の The Common Core の外側を取り巻く狭い白の領域は,今後 The Common Core に入り込んでくる可能性のある特徴や今後 The Common Core から外れる可能性のある特徴の束を表わし,The Common Core が流動性をもった中心部であることを示唆する.そして,EIL (English as an International English) は,この The Common Core をもとに定義される変種として描かれている.このモデルは,Svartvik and Leech による「#426. 英語変種のピラミッドモデル」 ([2010-06-27-1]) と比較されるが,The Common Core の流動性をより適格に表現している点では評価できる.
 以上はモデルを図示したものだが,これを文章として表現するのは難しい.Modiano の前の論文に対する批判の1つに,EIL (English as an International Language) がどのような変種を指すのかわからないというものがあった.その批判に応えて,Modiano はその基盤は "standard English" にあるとした上で,次のように表現している.

. . . the designation "standard English" includes those features of English which are both used and easily recognized by the majority of people who speak the language (what is operative in a lingua franca context). (11)


Standard English should be a composite of those features of English which are comprehensible to a majority of native and competent non-native speakers of the language . . . . (12)


 前の論文よりも定義が進歩しているわけではない.EIL なり "standard English" なり "the common core" (11) なりの用語を定義することの難しさが改めて知られる.だが,この理想化された英語変種の特徴は,まさに,とらえどころがないという点にある.それは,伸縮自在のゴムのようなものである.このゴムに明確な形を与えようとすれば,外から prescription を投与するしか方法がない.なるべく独断的にならないように prescription を用意するためには,精密な description に基づいていなければならない.だが,輪郭の不定なものを describe するのは骨が折れる.description と prescription を繰り返して螺旋状に上って行き,広く合意が得られる状態に達するというのが現実的な目標となるのではないか.あるいは,その合意が自然に形成されるのを待つという方法もあるだろう.その場合には,EIL や "standard English" という概念は密かに暖めているにとどめておくのが得策ということになるかもしれない.
 Modiano の後の論文は,全体として前の論文から大きく発展しているわけではないが,実用主義に反するところの伝統的な英米主体の英語観に対する舌鋒は,鋭く激しくなっている.例えば,次の如くである.

A linguistic chauvinism, or if you will, ethnocentricity, is so deeply rooted, not only in British culture, but also in the minds and hearts of a large number of language teachers working abroad, that many of the people who embrace such bias find it difficult to accept that other varieties of English, for some learners, are better choices for the educational model in the teaching of English as a foreign or second language. (6)


A great many people in the UK do not speak "standard English" if by standard English we mean forms of the language which are comprehensible in the international context. (7--8)


 Modiano の英語モデルに賛否両論が出されるのは,現状を表わすモデルであるという以上に,近未来の英語使用を先取りしようとするモデルであり,理想の含まれたモデルだからだ.モデルとは,いつでもその観点こそが注目される.Jenkins (22--23) の批評も要参照.

 ・ Modiano, Marko. "International English in the Global Village." English Today 15.2 (1999): 22--28.
 ・ Modiano, Marko. "Standard English(es) and Educational Practices for the World's Lingua Franca." English Today 15.4 (1999): 3--13.
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.

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2012-04-27 Fri

#1096. Modiano の同心円モデル [elf][model_of_englishes][wsse]

 [2009-11-30-1]の記事「#217. 英語話者の同心円モデル」で示した Kachru の同心円モデルは,20世紀後半の世界における英語使用を表わす図式として広く受け入れられてきたが,同時に様々な批判にもさらされてきた.例えば,21世紀を目前にした1999年の論文で,Modiano (24) は次のような点を指摘しながら,Kachru モデルを乗り越える必要性を訴えた.

 ・ 同心円モデルは,イギリスを中心として世界の外側へ英語が拡がっていったという,地理的な位置を基礎としたモデルである.しかし,英語使用が世界の特定の地域に限定されているわけでもない21世紀の現在,地理を基礎としたモデルは有効ではない.
 ・ このような地理的基準を据えてしまうと,Inner Circle の変種の話者ではあるが,Inner Circle の示す地域内に住んでいない話者を適切に位置づけることができなくなる.しかし,例えば英語を母語とする英米人が英米国以外に在住し,仕事をしている例など日常茶飯事なのだから,このモデルは現実に則したモデルとはいえない.
 ・ 同様に,Inner Circle の示す地域内に住んでいるが,Inner Circle の含意する特権的な変種を話しているわけではない人々(例えば,イギリス英語の方言話者)もたくさんいる.このような話者も,このモデルではうまく位置づけられない.
 ・ 同心円モデルは,英語が英米的価値観,キリスト教的価値観と強く結びついているという考え方を支持している.

 Modiano の主張を要約すれば,「通時的には英語がイギリスという地を基盤として世界の各国へ拡がっていたことは否定しえないが,共時的には英語使用は特定の地域に限定されているわけでもなく,特定の地域が優遇されるべき根拠はない」ということになろう.Kachru モデルは,英語拡大の歴史と地理の側面を強調しすぎるきらいがあり,英語使用の現状を適切に表わす図式ではない,という評価である.
 その Modiano が代案として提出したのは,国際的に広く理解される英語変種を流暢に話すことのできる能力を重視した共時的な実用主義のモデルだ.Kachru と同じ同心円の図だが,Modiano は "The centripetal circles of international English" と呼んでいる.

Modiano's Centripetal Circles of International English

 英語の価値は国際的な通用度の高さにあるという徹底的なプラグマティズムに基づいたモデルであり,歴史や文化を捨象した思い切りの良さが切り開いた図式だろう.ただし,本質的な問題として,EIL (English as an International Language) がどのような変種を指すのか,具体的な変種として存在するのかといった疑問が生じる.
 Modiano の論文のすぐ後には,6名の批評家による即座の反応が掲載されており (28--34) ,合わせて読むと理解が深まる.そこでは賛否両論のコメントが寄せられており,EIL の定義の問題についても的確な指摘があった.例えば,Kaye (32) は "It is much easier, I think, to say what IE is not than what it is." として,international English の指示対象のとらえどころのなさを指摘しており,さらに Modiano の "a general term which includes all of the varieties which function well in cross-cultural communication" という定義に対して,"But what is meant by 'function well'?" と疑問を呈している.Crystal の WSSE (World Standard Spoken English) におよそ相当する変種を指すと思われるが,それが何なのかを限定することは難しい.Jenkins (21--22) にも Modiano モデルの批評がある.

 ・ Modiano, Marko. "International English in the Global Village." English Today 15.2 (1999): 22--28.
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.

Referrer (Inside): [2012-05-12-1] [2012-05-07-1]

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2012-04-19 Thu

#1088. lingua franca (3) [elf][model_of_englishes][global_language][bnc]

 この2日間の記事[2012-04-17-1], [2012-04-18-1]に引き続き,lingua franca という語の意味と用法についての話題.昨日は主に辞書の定義を参考にしたが,今日はコーパスに現われる用例から lingua franca の現行の意味に迫りたい.
 BNCWeb で "lingua franca" を単純検索すると,34例がヒットした.KWIC出力を眺めてみると,英語が主題となっている例文は予想されるほど多くない.ピジン英語などを含めると英語のシェアが相対的に高いことは認めるにせよ,ラテン語,ギリシア語,フランス語,スワヒリ語などの諸言語に関する例文も決して少なくない.昨日は学習者用英英辞書が,lingua franca の例文において英語びいきであることを見たが,現行の lingua franca の使用では,そのような英語へのバイアスは特にないことが,コーパスの例から明らかだろう.また,lingua franca に対して「世界語」という訳をつけることが不適切であることも,改めて理解できるだろう.
 コーパス検索からは,次のように比喩的で広義の「意思伝達の役割を果たすもの」の用例も見られた.

 ・ Mr Tsurumaki was successful at 315 million francs, generally translated into lingua franca dollars at $51.4 million.
 ・ . . . the user has to resort to good old ASCII, the lingua franca of all computer systems . . . .


 このように専門語から一般語への転身も着実に進んでいるようである.語の意味が広く一般的になるということは,それが本来もっていた意味上の区別を失うということである.この種の意味変化は日常茶飯事であり,言語学的には非難の対象とも推奨の対象ともならない.しかし,専門用語としての lingua franca のもつ繊細な含蓄は保つ価値があるように思う.それは,昨日も指摘した,lingua franca の「母語話者のイメージを喚起しない」性質である.ELF (English as a Lingua Franca) に,母語話者は関わってこない.一方で,母語話者の参加の有無にかわかわらず国際的に用いられる共通語としての英語を話題にするには EIL (English as an International Language) という用語がより適切だろうし,これらすべてを超越する用語として (English as a) Global Language という用語も頻繁に聞かれるようになってきた.
 厳密さを要しない一般的な文脈で現在の英語の地位に言及する場合には,lingua franca も global language も大差なく使われているように思われるが,上記のように,両者の区別はつけておくのがよいと考える.母語話者の不関与を押し出す lingua franca と,母語話者の関与・不関与を超越する global language ―――この対立には,単なる定義上の区別のみならず,背景にある英語観の違い,英語の役割のどの側面に力点を置くかの違いが反映されているように思われる.

Referrer (Inside): [2013-02-16-1]

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2012-04-18 Wed

#1087. lingua franca (2) [elf][model_of_englishes][global_language][koine]

 昨日の記事[2012-04-17-1]を受けて,lingua franca という用語について詳しく調べてゆくことにする.まずは,学習要英英辞書の定義と例文を眺めてみよう.

 ・ OALD8: a shared language of communication used between people whose main languages are different: English has become a lingua franca in many parts of the world.
 ・ LDOCE5: a language used between people whose main languages are different: English is the lingua franca in many countries.
 ・ LAAD2: a language used between people whose main languages are different: Swahili is the lingua franca of East Africa.
 ・ COBUILD English Dictionary: A lingua franca is a language or way of communicating which is used between people who do not speak one another's native language: English is rapidly becoming the lingua franca of Asia.
 ・ CALD3: a language which is used for communication between groups of people who speak different languages but which is not used between members of the same group: The international business community sees English as a lingua franca.
 ・ MED2: a language that people use to communicate when they have different first languages: German is a useful lingua franca for tourists in the Czech Republic.
 ・ MWALED: a language that is used among people who speak various different languages: English is used as a lingua franca among many airline pilots.


 いずれも似たり寄ったりで「母語や主要言語が互いに異なる者どうしの間でコミュニケーション手段として用いられる言語」ほどの意味である.学習者英英辞書だけに,例文では圧倒的に英語を主題とするものが多いが,LAAD2MED2 では Swahili や German が主語である.英語だけを念頭に置いてしまうと,場合によっては lingua franca を汎用国際語といったイメージで捉えてしまいがちだが,このように英語以外の言語が主題とされている例文を見ると,その語義を理解する上でバランスがとれる.次に,一般の英英辞書等の記述を見てみよう.

 ・ OED2: 2b. lingua franca [It., = 'Frankish tongue']: a mixed language or jargon used in the Levant, consisting largely of Italian words deprived of their inflexions. Also transf. any mixed jargon formed as a medium of intercourse between people speaking different languages.
 ・ Web3: 2. any of various hybrid or other languages that are used over a wide area as common or commercial tongues among peoples of diverse speech (as Hindustani, Swahili).
 ・ AHD4: 1. A medium of communication between peoples of different languages.
 ・ WordNet 2.0: a common language used by speakers of different languages: Koine is a dialect of ancient Greek that was the lingua franca of the empire of Alexander the Great and was widely spoken throughout the eastern Mediterranean area in Roman times.


 ここでは,必ずしも英語びいきではなく,言語学的に精密な定義が目立つ.しかし,OED の定義の後半で一般的に転用された語義として "any mixed jargon . . ." と与えているのは,現行の用法を反映していない古い記述というべきだろう.Web3 の趣旨に添って,"any language or (mixed) jargon . . ." 辺りが適当のように思われる.
 さて,lingua franca の意味が少しずつ浮き彫りになってきた.最も重要な点は,lingua franca の話者には,それを母語とする話者が含まれていないということである.つまり,英語がリンガフランカとして言及される文脈では,英語母語話者のイメージが喚起されない.この意味では,ELF (English as a Lingua Franca) とは ENL (English as a Native Language) に対する用語となる.そして,現代の英語使用を ELF の観点から見ると,lingua franca は「英語母語話者外し」という様相すら帯びることになる.私が適切と評価した「仲介語」や「補助言語」という訳語は響きこそ穏やかだが,lingua franca は,辞書の定義を丁寧に追って行くと,このような強い主張にもつながりうる.英語母語話者外しの潮流については,[2009-10-07-1]の記事「#163. インドの英語のっとり構想!?」や[2010-01-24-1]の記事「#272. 国際語としての英語の話者を区分する新しいモデル」を参照されたい.

Referrer (Inside): [2013-02-16-1] [2012-04-19-1]

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2012-04-17 Tue

#1086. lingua franca (1) [elf][etymology][model_of_englishes]

 英語が lingua franca (リンガ・フランカ)であるとして ELF (English as a Lingua Franca) という表現が頻繁に聞かれるようになったのは,[2011-09-11-1]の記事「#867. Barber 版,現代英語の言語変化にみられる傾向」で触れたように,1990年代の半ば以降のことである(その他,elf の各記事や lingua franca を含む各記事を参照).EIL (English as an International Language) という表現も聞かれることがあったが,最近ではあまり聞かない."international language" であるという側面よりも,"lingua franca" であるという側面が強調されてきたからだろう.そして,最近ではより野心的な "global language" の使用も増えてきている.
 世界における現代英語の役割を考える上で,lingua franca という用語は不可欠だが,これには適切な和訳がない.拙著『英語史で解きほぐす英語の誤解』では,p. 12 で lingua franca を説明するのに「混成語」や「共通語」という訳語を使っている.

lingua franca は17世紀にイタリア語を借用した英語表現で,本来は「フランク族の言語」の意である。この言語はイタリア語,フランス語,ギリシア語,スペイン語,アラビア語からなる混成語で,かつて地中海沿岸地域の共通語として機能したために「リンガフランカ」は後に一般的に共通語を指す呼称となった。リンガフランカはそれを母語としない者どうしが交易などの実用的な目的に使用することが多いが,現在,英語は世界各地でまさにそのような目的出用いられているのであり,現代世界で最も影響力のあるリンガフランカと呼んで差し支えないだろう。


 他書でも「リンガ・フランカ」「リングア・フランカ」「リングワ・フランカ」などとカタカナ語で訳出されることが多いが,英和辞書から漢熟語を取り出すと「共通語」「世界語」「(混成)通商語」「混成語」「仲介語」「混成国際語」「補助言語」などと訳語は濫立している.私は,あえて単独で訳すのであれば「仲介語」「補助言語」辺りが適切な訳ではないかと考えているが,現在 ELF が広く論じられている文脈では「共通語」あるいは場合によっては「世界語」とほぼ同義に解釈されているのではないだろうか.「共通語」は必ずしも不適切ではないが,日本語では諸方言を代表する「日本語の共通語」という用語および概念が定着していることや,lingua franca には「共通語」が必ずしももっていない含みがあるということから,最善ではない.また,「世界語」はあくまで "global language" や "world language" の訳語と捉えるべきだろう.
 なお,lingua franca の語源である「フランク族の言語」について一言.19世紀まで地中海沿岸地域で話されていた Lingua Franca なる仲介語はイタリア語などヨーロッパの言語を基礎としていたため,アラビア人などにとってはヨーロッパ的な言語にほかならなかった.おそらく,彼らにとっては,この franca という語はゲルマン民族の一派としてのフランク族を狭く指す語ではなく,ヨーロッパ諸語を話す民族を広く指す語だったのではないか.
 明日の記事では,lingua franca の意味と用例を探り,この用語の理解を深めてゆく.

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2012-04-16 Mon

#1085. 日本語の国際的重要性の低さについての Baugh and Cable の見解 [elf][history_of_japanese]

 Baugh and Cable は,古典的名著である英語史(第5版)の第1章で,英語の国際的拡大とその "econo-technical superiority" の密接な関係を説いている.英語が国際語となった背景についての著者たちの考え方は,ひとえに言語外の社会的要因ゆえであるとしており,この点では[2012-04-13-1]の記事「#1082. なぜ英語は世界語となったか (1)」で解説した Crystal 等の解釈と一致している (Baugh and Cable, pp. 3, 11) .ただし,Baugh and Cable は,"econo-technical superiority" のみがその言語を国際語へと至らしめる決定的な要因であるわけではなく,ある程度の長期にわたる下積みの歴史も重要な要素だとしている.ここで英語と対比されているのは "econo-technical superiority" をもつとされる日本語である.

If "econo-technical superiority" is what counts, we might wonder about the relative status of English and Japanese. Although spoken by 125 million people in Japan, a country that has risen to economic and technical dominance since World War II, the Japanese language has yet few of the roles in international affairs that are played by English or French. The reasons are rooted in the histories of these languages. Natural languages are not like programming languages such as Fortran or LISP, which have gained or lost international currency over a period of a decade or two. Japan went through a two-century period of isolation from the West (between 1640 and 1854) during which time several European languages were establishing the base of their subsequent expansion. (5)


 国際語として根付くためには,ある程度の長期にわたって世界の諸地域に影響力を行使し,保持し,発展させてゆく必要があるという議論は,確かにその通りだと思う.コンピュータ言語の覇権の盛衰が短期間で起こるのに対して,人間の言語の覇権がもっとゆっくりしたものであるという指摘も興味深い.人間の言語は,コンピュータ言語のように,実用的なプログラムの作成という1つの目的に特化しているわけではなく,多種多様な機能をもっているし([2012-04-02-1]及び function_of_language の諸記事を参照),話者共同体の社会的特性や歴史をも色濃く反映している.そのような人間の言語は,たとえ国際コミュニケーションという実用的な目的のために用いられるとしても,短期間でくるくると取り替えることは難しい.もし国際関係の流れが現在よりももっと激しくなり,主導権がめまぐるしく展開するような社会状況になれば,発展著しいコンピュータとその言語のように,人間の言語の国際的な覇権も,短期間でくるくると交替する可能性はある.しかし,常識的には,人間の言語が国際的に根付いてゆくためには,基盤作りの時間と受容の時間が必要であることは認めてよい.
 しかし,Baugh and Cable の上の議論は,いくつかの点で疑問がある.日本(語)が戦後に econo-technical superiority を獲得したことを前提として,それと英語の国際的拡大とを比較しているのにもかかわらず,日本語がそれを獲得する以前の鎖国時代までに話しを遡らせている理由がわからない.英語や西洋の主要言語が数世紀もの時間をかけて国際的に展開を経てきたのに対して,日本語は戦後のたかだか約60年しか時間がなかった,というのであれば,下積みの歴史の長さという観点から議論が一貫しているといえるだろう.しかし,ここでは著者たちは17世紀における西洋諸言語の国際的立場と日本語の架空の国際的立場と比較してしまっている.
 また,Baugh and Cable は日本の "a two-century period of isolation from the West" が日本語の国際化にとって負の要因だったと考えているようだが,西洋との関係を断絶したことがすなわち日本語の国際化の道を閉ざしたのだという論理は必ずしも受け入れられない.いや,一面ではその通りかもしれない.鎖国前後の時代に世界史の主導権を担っていたのは確かに西洋諸国であり,彼らと何らかの関係を結ばないかぎり世界展開は不可能だったように思える.世界展開を文字通りに捉えるのであれば西洋との関係は必須だったにちがいないが,ここで問題になっているのは国際的な通用度であり,必ずしも全世界を対象としているわけではない(現代の英語ですら全世界を覆いつくしているとは決して言えない).東アジア圏という狭い世界に限れば,鎖国直前の時代,明を中心とした交易通商秩序が崩壊するなかで,日本はむしろ地域の交易の主導権を握ろうと画策しており,東アジア圏での国際化は視野に入れていたのである.鎖国時代に入ってからも,西洋の通商の国としてはオランダに限ったものの,中国とは交易し続けたし,韓国や琉球とも通信していた.それでも鎖国時代には全体として限定された通商であったことは,もちろん,否定しようもない.しかし,西洋との関係の断絶がすなわち日本語の国際化の道を閉ざしたかのような議論は,西洋中心主義的な見方である.
 もう1点.Baugh and Cable は鎖国時代を1640--1854年としているが,鎖国の完成は,オランダ商館が平戸から出島に強制移転され,すべての外国船貿易が長崎に集中された1641年とするのが,日本史の定説である.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2012-04-15 Sun

#1084. 英語の重要性を示す項目の一覧 [elf][statistics][internet][airspeak]

 現代世界における英語の重要性を示す事実や統計については,elf の各記事や,とりわけ statistics elf の各記事で取り上げてきた.英語の世界化は現在進行中であり,英語に関する事実と統計も常に変化の最中にあるために,最新の情報を正確に捉えることは難しい.いきおい数年遅れ,場合によっては数十年遅れの情報をもとに現状を推し量るということになりがちである.また,多くの研究者や機関が事実や統計を調査しているものの,個別の情報を個別に公表するにとどまることが多く,全体像を得ることが難しい.
 以下の一覧は,2006年に出版された Schmitt and Marsden (2--3) に挙げられている英語の重要性を示す事実と統計の諸項目だが,著者もいうように "In many cases, the most current information available dates from the 1990s, or even the 1980s." (2) である.あくまで参考資料だが,このように一覧されていると便利ではある.なお,原文では,各項目に典拠が注記されており,必要に応じて参照することができる.

 ・ English is the principal language of intercontinental telephone communication.
 ・ Perhaps as much as 75 percent of mail around the world is written in English.
 ・ About half of the world's newspapers are published in English.
 ・ Twenty-eight percent of the books published annually are in English.
 ・ The majority of academic journals with international readership are in English.
 ・ The majority, and perhaps even more than two-thirds, of international scientists write in English. For example, nearly two-thirds of the publications produced by French scientists were in English in the early 1980s. Likewise, English was the major working language for German academics surveyed in the early 1990s. In 13 out of 20 disciplines, at least 40 percent claimed to work in English, and for psychology, biology, chemistry, and physics, the figures ranged from 81 to 98 percent. One can only suspect that these figures are even higher today.
 ・ Ninety percent of Internet hosts were based in English-speaking countries in the mid-1998s.
 ・ Close to 80 percent of the world's computer data available on the Internet was stored in English in the 1990s, which is not surprising considering that English-speaking countries took the lead in developing the Internet. However, as other countries rapidly increase their use of the Internet, the use of non-English languages is rising. Still, English sites on the Internet continue to attract a disproportionately high percentage of hits.
 ・ Forty percent of the people online on the Internet speak English (228 million people), though this may eventually drop to around 30 percent. The next highest language is Chinese at 9.8 percent (55.5 million people).
 ・ The most influential software company, Microsoft, is based in an English-speaking country: the United States.
 ・ Most of the largest advertising agencies are based in the United States.
 ・ Eighty-five percent of world institutions use English as their language, or as one of their languages; for example, it is the official language of the Olympics and the World Council of Churches.
 ・ The official international language for both aviation and maritime use is English.
 ・ English is the dominant language of international trade, with about 40 percent of the business deals made in English.
 ・ The most influential movies and modern music come from English-speaking countries.
 ・ In 1994, 80 percent of all feature films that were shown in cinemas worldwide were in English.
 ・ About 85 percent of the global movie market was controlled by the United States in 1995.
 ・ The fact that large numbers of people are learning English as a second language is reflected by the large number of people taking the TOEFL® Test (about 689,000 people in 215 countries) and University of Cambridge Local Examinations Syndicate (UCLES) tests (more than 1 million people in more than 130 countries) every year.


 1997年に出版の Graddol や2003年に出版の Crystal も(いずれもやはり古いが)この種の統計情報に満ちている.関連して,「#48. 国際的に英語が使用される主要な分野」 ([2009-06-15-1]) や「#716. 英語史のイントロクイズ(2011年度版)とその解答」 ([2011-04-13-1]) も参照.
 本当は個別に情報をアップデートできればよいのだが,日に日に状況が変わるので,情報更新だけでもフルタイム専任の仕事になってしまう.このような項目一覧は,古いことを認めつつ,便利に使ってゆくのがよい.

 ・ Schmitt, Norbert, and Richard Marsden. Why Is English Like That? Ann Arbor, Mich.: U of Michigan P, 2006.
 ・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm
 ・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

Referrer (Inside): [2013-01-31-1]

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2012-02-01 Wed

#1010. 英語の英米差について Martinet からの一言 [elf][elt][ame_bre][wsse][americanisation]

 言語学の基本的な項目に関連して本ブログでも何度も取り上げてきたフランスの構造主義言語学者 André Martinet (1908--99) が,英語の英米差について論考した1995年の論文を発見したので読んでみた (see André Martinet) .
 ヨーロッパでは伝統的に英語の学習といえばイギリス変種が主でありアメリカ英語は副とされてきた.地理的,歴史的,文化的により緊密であるイギリスへ指向するのは自然といえば自然である.英語に限らず,ヨーロッパに起源をもちアメリカ大陸へも拡大したヨーロッパの主要言語についても同じ傾向が認められる.ヨーロッパ人にとって,スペイン語といえば南米変種ではなくスペイン変種だし,ポルトガル語といえばブラジル変種ではなくポルトガル変種だし,フランス語といえばケベック変種ではなくフランス変種だ.
 しかし,英語ほど lingua franca としての役割が大きくなってくると,英米変種の差がもたらす問題点も大きくなってくる.書きことばについては,事実上,差がないといってよいが,話しことばについては発音の相違は時に理解の妨げになる.Martinet は,自身の経験として,アメリカで出身地を聞かれたときに France [frɑːns] とイギリス発音で答えたところ,Florence と聞き間違えられたので,以降は [fræns] と発音するよう心がけたというエピソードを述べている (124) .
 しかし,Martinet は,彼らしく,この問題について楽観的である.言語使用に関して作用している調整機能が自然と解決してくれるだろうという考えだ.相互のコミュニケーションが日増しに密になってきている現在,異なる語法に対する寛容とその収束 (convergence) が確実に進行しており,遠からず適切な解決をみるだろう,と.

Comme toutes les langues évoluent à chaque instant pour satisfaire aux besoins changeants de ceux qui les emploient, nous sommes tous, sans nous en douter, dressés à comprendre et à accepter des formes et des valeurs que nous ne pratiquons plus ou que nous n'avons jamais pratiquées, mais que nous avons entendues et identifiées depuis notre enfance. (126)

すべての言語は,その使用者の変わりゆく要求に応じるべく常に進化してゆくのだから,私たちはみな,それに気付かずとも,もはや実践しなかったり,一度も実践したことのない形態や価値ではなく,子供の頃から聞いてそれと認めてきた形態や価値を理解し,受け入れる準備ができている.


 Crystal の予見する WSSE (World Standard Spoken English) は,アメリカ英語の話しことばが下敷きとなって,世界中の英語話者がそれに調整を加えてゆくことで発展してゆくのではないかと考えられているが,上の Martinet の引用はその理論的な支柱を与えているといえるかもしれない (see wsse ) .
 言語変種の convergence あるいは conversion については,[2010-10-09-1]の記事「#530. アメリカ英語と conversion / diversion」を参照.

 ・ Martinet, André. "Quelle sorte d'anglais pour les plurilingues à venir?" International Journal of the Sociology of Language 109 (1994): 121--27.

Referrer (Inside): [2016-12-26-1] [2015-04-22-1]

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2011-12-13 Tue

#960. Basic English [artificial_language][basic_english][elf][lexicography][elt]

 昨日の記事「#958. 理想的な国際人工言語が備えるべき条件」 ([2011-12-12-1]) の最後に触れた,Charles Kay Ogden (1889--1857) による Basic English について取り上げる.
 19世紀後半から始まった国際人工言語への熱 ([2011-12-11-1]) は,様々な現実によるその理想の頓挫とともに,20世紀が進むにつれて冷めてきた.一方,国際コミュニケーションの需要は激増しており,国際共通語の必要も爆発的に高まってきた.人工言語の創案に取って代わるべきアイディアは,広く行なわれている既存の自然言語を単純化するというものだった.主要な西欧の言語はすべて,このように簡略化された "modified natural language" の提案を試みた.そのなかで最も有名な試みが,"British American Scientific International Commercial" の acronym (頭字語)をとった Basic English である.
 英国の作家・言語学者 Ogden によって1926--30年にかけて考案されたこの簡略版の英語は,850の語彙(600の名詞,150の形容詞,100の操作詞)から成っている.動詞は18個しかないが,他の語との結びつきにより,標準英語の約4,000の動詞の代わりとなることができる.assemble に代えて put together, invent に代えて make up, photograph に代えて take pictures の如くである.
 1940年代には,Churchill や Roosevelt などという著名人によっても支持されたが,語彙が少ない分,複雑な統語構造で補われなければならなかったこと,イディオムが増えざるを得なかったことなどの理由もあり,やがて衰退した.たとえ語彙を極度に単純化したとしても,そのためにかえって統語や意味の点で不便が生じ,言語体系全体としてはむしろ不経済となり得ることが,現実に感じられたのだろう(関連して,[2010-02-14-1]の記事「#293. 言語の難易度は測れるか」を参照).
 Basic English は現在では歴史的な意義をもつのみとなっているが,その精神は世界の英語教育のなかに反映されている.限られた数の知っている語の組み合わせにより複雑な概念を表現する能力や,基本語で平易に表現する技量を身につけることは,外国語教育においては重要な課題である.近年の学習者用英英辞典学習において採用されている "defining vocabulary" の考え方も,Basic English の思想の延長線上にあるといえる.ELF (English as a Lingua Franca) や世界標準英語という呼称が聞かれるようになってきた昨今,Basic English という試みそのものではないにせよ,その考え方は,改めて有効となってくるのではないだろうか.
 以上の記事は,Crystal (358) および Basic-English Institute の記述を参考にして執筆した.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997. 199--205.

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2011-09-11 Sun

#867. Barber 版,現代英語の言語変化にみられる傾向 [pde][language_change][pde_language_change][elf][wsse]

 最近,現代英語の言語変化の傾向について調べる機会をもった.関連する話題は,これまでにも以下のような記事(とそこから張られているリンク先の記事)で扱ってきた.

 ・ 「#860. 現代英語の変化と変異の一覧」 ([2011-09-04-1])
 ・ 「#795. インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代」 ([2011-07-01-1])
 ・ 「#625. 現代英語の文法変化に見られる傾向」 ([2011-01-12-1])
 ・ 「#622. 現代英語の文法変化は統計的・文体的な問題」 ([2011-01-09-1])
 ・ 「#339. 英語史が近代英語期で止まってしまったかのように見える理由」 ([2010-04-01-1])
 ・ 「#386. 現代英語に起こっている変化は大きいか小さいか」 ([2010-05-18-1])
 (以上を一括した,##860,795,625,622,339,386 もどうぞ.)

 一般的な定義に従って現代英語を20世紀以降とすると,その前半と後半とでは英語を取り巻く環境は激変している.また,1990年代半ば以降には,ELF (English as a Lingua Franca) という表現も聞かれるようになり,世界の中での英語の位置づけは,21世紀中も安定することはなく,ますます変化してゆくものと思われる.英語の社会言語学的な立場が変化するにつれて,英語が言語的にも変容してゆくだろうということは容易に想像されよう.
 Barber は,20世紀半ばの時点での英語(主として彼が "Received Standard" と呼ぶイギリス標準英語)の言語変化について考察しているが,そこには2つの潮流が認められると述べている.

On the one hand, there has been a trend towards greater uniformity, a levelling out of differences; on the other hand, there has been an increased reluctance to accept as a norm what has hitherto been considered the standard form of the spoken language. In sum the effect has been to make the language more mixed. (16)


 非標準変種を含めた様々なイギリス英語内の変種に特徴的だった言語項目が標準変種へと忍び込んできているという潮流と,標準変種の地位そのものが低下してきているという潮流である.これは,標準と非標準が混合しながらも,足して2で割ったような同質的な変種が生まれつつあるという洞察と読めるだろう.この洞察から推測できることは,標準英語に生じている言語変化(の一部)は,標準英語に限定された視点からすれば新しい言語変化とみなすことができるかもしれないが,視野を広げて見れば,単に非標準変種にすでに存在していた言語項目が標準変種へ移入してきただけということもありそうだ,ということである.これは,方言借用 (dialectal borrowing) という過程に近い.Barber 自身の表現で言えば,次の引用で赤字で示したように "changes in acceptance" (受容の変化)ということになる.

Because of the change which is going on in the concept of standard English, and because of the social changes of the post-war period, some of the linguistic changes which we shall note will be changes in acceptance, rather than changes in actual usage. Usages which are not new, but which have previously been considered non-standard, are now coming to be accepted as standard by increasing numbers of educated speakers (though not always by the speaker of R. S. [Received Standard] proper). (28--29)


 Barber の説く現代イギリス標準英語の言語変化の潮流は,一言でいえば "dialectal mixing" の傾向と要約できるが,彼の達識は,20世紀半ばという比較的早い段階で,同じ潮流がイギリス標準英語だけでなく世界英語にも観察されることを指摘した点に見いだされる.(アメリカ英語を強力な基盤としながらも)世界中の英語変種が混ざり合い,緩やかに均一化しているのではないかという観察である.

[W]ith the great increase in world-wide communications, it is probable that the various forms of English spoken in the world are now influencing one another more than formerly, and that the trend to greater dialectal mixing is therefore taking place in English on a world scale. (21)


 これは,Crystal の提起する WSSE (World Standard Spoken English) に近い考え方である.[2010-10-09-1]の記事「アメリカ英語と conversion / diversion」で触れたように,相反する傾向,世界中の英語がちりぢりになって行く diversion の傾向を無視するわけにはいかないが,ELF が暗黙に目指している世界標準英語の確立という観点からは,Barber の1964年の観察と直感は評価に値すると考える.

 ・ Barber, Charles. Linguistic Change in Present-Day English. Alabama: U of Alabama P, 1964.

Referrer (Inside): [2012-04-17-1]

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2011-08-15 Mon

#840. 植物の新種報告が英語でも可に [scientific_name][elf]

 8月2日付けの asahi.dom で,次の記事を見つけた.

植物の新種報告、英語でも可 ラテン語の壁崩し規約改訂
 76年間、ラテン語に限られていた植物の新種の発見報告が英語でもできるようになった。オーストラリア・メルボルンで開かれた国際植物学会議が30日、規約を改訂した。また、報告は紙媒体だけでなく、電子出版の論文も認めることにした。
 植物学では1935年に国際ルールができ、新種の報告は「ラテン語のみ」で、紙媒体に掲載されたものに限ってきた。今回の改訂で論文の発表が加速され、検索も容易になると期待される。
 命名規約委員会委員長のサンドラ・ナップ博士(英国自然史博物館)は「植物科学にとって大きな一歩。大量絶滅に直面している今、新種がいち早く登録され、探しやすくなるのは保全活動に大いに役立つはずだ」と談話を発表した。


 2005年のウィーン会議で改正された国際植物命名規約 (ICBN) の第36条によれば,非化石植物の新分類群の命名にはラテン語による記載が義務づけられていた.ICBN の改正案は6年に一度開催される国際植物会議で議決されるが,今回のメルボルン会議(2011年7月23日〜30日)では,過去に幾度も提案されては否決されてきた「ラテン語義務の撤廃」がついに議決された.XVIII International Botanical Congress に掲載されている Congress Resolutions で,正式な報告がなされている.以下,関連する部分を転載(赤字は引用者).

Resolution 5
   The XVIII International Botanical Congress, in Melbourne, Australia, resolves that the decisions of its Nomenclature Section with respect to the International Code of Botanical Nomenclature (now to be the International Code of Nomenclature for algae, fungi, and plants), noting with interest that specified types of electronic publication are now effective for nomenclatural purposes, that descriptions of new taxa may now appear in English or Latin, that, for valid publication, new names of fungi must include citation of an identifier issued by a recognized repository that will register the name, and that the Code will henceforth provide for a single name for all fungi and for all fossils falling under its provisions, as well as the appointment of officers and members of the nomenclature committees, made by that section during its meetings on 18-22 July, be accepted.


 門外漢なので植物学と分類群の命名の慣例については詳しく知らないが,今回の議決は,現代世界におけるラテン語の役割の大幅な衰退を明示する事例だろう.ラテン語擁護派は,植物学の古典がラテン語で書かれていること,ラテン語の厳格なフォーマットゆえに安直な新分類群記載が避けられること,ラテン語が安定的な言語であること,などを理由に挙げているが,これらの理由では押し切れないほどにラテン語の役割が減じてきたということだろう.また,この議決は英語がかつてのラテン語と同等の機能を担うようになってきている証拠でもある.
 ラテン語にしても英語にしても,恒久的に安定的な言語というものが存在し得るのかどうかは疑わしい.たとえある言語に厳格な規範が定められたとしても,規範自体が時とともに変化することはあり得る.また,その言語が威信を保ち続けられるかどうかは社会の要求に依存するが,社会の要求とは時代とともに変わるものである.社会的機能において英語がかつてのラテン語に取って代わってきているということは間違いないだろうが,英語が今後,かつてのラテン語を超えて恒久的に安定的な言語となるだろうという予測は議論の余地があろう.
 関連して,学名 (scientific name) について,[2010-09-21-1]の記事「学名」を参照.

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2011-05-26 Thu

#759. 21世紀の世界人口の国連予測 [demography][statistics][elf]

 2011年5月3日付けで国連の World Population Prospects: The 2010 Revision が公表された.プレスリリースのPDFはこちら
 これによると,世界人口は今年10月末までに70億人に達し,2050年には93億人,2100年には101億人に達するとされる.人口を押し上げる主因は高い出生率を示す国々で,これにはアフリカの39カ国,アジアの9カ国,オセアニアの6カ国,ラテンアメリカの4カ国が含まれるという.
 主な国の数値を示すと,日本の人口は2010年の1億2600万人から2100年には約9130万人へ減少.中国の人口は1925年の約13億9500万人をピークに,2100年には約9億4100万人へ減少.インドの人口は,1925年に中国を追い抜き,1960年には17億1796万人に達し,2100年には約15億5000万人へ減少.
 大規模な人口統計予測には多くの前提が含まれている.例えば,プレスリリースの標題にもあるように "if Fertility in all Countries Converges to Replacement Level" という前提がある.したがって解釈には注意を要するが,英語話者人口を推計する上でも,このような統計値は最重要である.[2010-05-07-1]の記事「主要 ENL,ESL 国の人口増加率」で取り上げた主要ENL国(7カ国;参考として日本を追加)とESL国(13カ国)について,2100年までの人口推移( medium variant に基づく)をグラフ化してみた.

Population Shift in ENL Countries and Japan
Population Shift in ESL Countries


 ENL国はアメリカを除いて今世紀は低迷の予測だ.一方,ESL国は今世紀半ばにかけて伸長著しく,後半も衰えにくい.インドは突き抜けており,ナイジェリア,パキスタン,タンザニアの勢いも目を見張るものがある.
 国別の人口予測をもとに未来の英語話者の人口予測をすることは単純な作業ではないが,少なくともESL国の人口爆発力が具体的な予測に基づいて視覚的に確認されたとはいえるだろう.
 英語話者人口については,[2010-06-28-1], [2010-06-15-1], [2010-05-29-1]の記事も参照.

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2011-04-25 Mon

#728. 世界語が世界に与える影響 [global_language][elf]

 いうまでもなく,英語は世界語 (a global language or world language) あるいはリンガ・フランカ (a lingua franca) と称される一級の言語の1つである.人類史上,これほど多くの場所でこれほど多くの人に話されている言語はなかった.現代世界でもっとも通用度の高い言語であり,事実上 "the global language" と定冠詞をつけて呼ばれたとしても,多くの日本人にとって違和感がないだろう.しかし,世界語としての現代英語を論じる際には,不定冠詞で "a global language" あるいは複数形の環境で "one of the global languages" として用いるのが適切である.
 多くの言語学者が英語を「世界語の1つ」と控えめに表現しているが,1つには勝利主義的な英語観の含意を避けるという目的がある.もっと具体的にいえば,反英語論者を意識して中立的な言葉遣いを選んでいるとも考えられる.言語(特に世界語としての英語)を語る際には必然的になにがしかの政治的スタンスを伴わざるを得ないが,その政治的含意をなるべく少なくするための(それ自体がある意味で政治的な)レトリックの1つとみなすことができる.
 しかし,それ以上に「世界語の1つ」という表現には学問的な謙虚さが感じられる.過去にも現在にも,程度の差はあれ「世界語」と呼びうる言語は複数あった.将来も,同じように複数の世界語の存在する可能性がある.世界語としての英語の性質を理解するためには,他の世界語の性質と比較対照し,異同を取ることが必要である.世界語としての英語の研究は,是非とも "global languages" という pluralist な文脈でなされなければならない.
 英語ならずとも世界語の立場にある言語は,およそ似たような影響を世界に及ぼすだろうと仮定できる.Crystal, The English Language 10--11 を参考に,現在,世界語としての英語が世界に及ぼしている影響のいくつかを指摘したい.

 (1) 世界語は未曾有の詳細さをもって学習され,研究される.その結果として,規範的な文法書や辞書が書かれ,語学教育や語学施設が充実し,言語研究が発展する.
 (2) 世界語(やその他の言語)に対する人々の意識が高まり,言語に関する書籍や雑誌,ラジオ番組やテレビ番組を通じて,世界が言語的に啓発される.
 (3) 世界語(やその他の言語)に対する意識が高まり,言語的に啓発される一方で,人々は逆に言語の問題について批判的で心配性になる.言語変化を言語の堕落とみなして不安を覚えたり,他の言語や変種に対して排他的で不寛容な態度が生じることもある.

 世界語の潜在的な影響は,他にもいくつか指摘できる.

 ・ 当然のことながら,世界語は世界のコミュニケーションを容易にし,活発にする
 ・ 世界語の学習に取り残された者が "linguistic divide" の社会的不利や差別に苦しむということも生じるかもしれない
 ・ 世界語の圧力により,少数言語の消滅する傾向が加速される(ただし,これには異論もある.例えば Crystal, English as a Global Language 20--25 を参照.)
 ・ 世界語の変種(ピジン語やクレオール語も含む)が各地に生まれ,次第に互いに理解不能の言語へと分かれてゆく

 上記の項目の多くが,かつての世界語の1つであるラテン語にも当てはまるだろう.「世界」の規模は,現代の世界語である英語と異なるが,世界語の立場にある言語がもつ影響力には,共通の特徴があることが分かる.しかし,現代における重要な問題は,英語に特有の特徴が何か,である.その答えを知るためには,過去そして現在の他の世界語(の候補)との比較対照が欠かせない.
 ELF (English as a Lingua Franca) については,elf の各記事で取り上げてきたが,特に以下の記事を参照.

 ・ #177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト: [2009-10-21-1]
 ・ #272. 国際語としての英語の話者を区分する新しいモデル: [2010-01-24-1]
 ・ #372. 国際語としての英語の趨勢についての気になる事実(2005年版): [2010-05-04-1]
 ・ #376. 世界における英語の広がりを地図でみる: [2010-05-08-1]

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
 ・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

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2010-09-06 Mon

#497. 5分で分かる英語の歴史と統計 [link][statistics][reestablishment_of_english][dictionary][elf]

 こんな英語学習サイトを見つけた.English Language: All about the English language.この手のサイトは多数あるが,トップに英語史と英語の統計情報が簡単にまとまっているので目を引いた.

 ・ English language History
 ・ English language Statistics

 前者の英語史の解説文の "Middle English" の節で,中英語期の英語の復権 ( see reestablishment_of_english ) がノルマン・コンクェスト後の50年くらいで早々と始まっていたという記述があった.

Various contemporary sources suggest that within fifty years most of the Normans outside the royal court had switched to English, with French remaining the prestige language largely out of social inertia. For example, Orderic Vitalis, a historian born in 1075 and the son of a Norman knight, said that he only learned French as a second language.


 英語の復権を話題にするときには話し言葉か書き言葉か,庶民レベルか貴族レベルか,言語使用の状況が私的か公的かなど,視点によって復権の時期や程度が変わってくるのだが,従来の英語史ではフランス語のくびきの時代が中世のあいだに比較的長く続いたと記述されることが多かったように思う.しかし,事実としては上の解説文にあるとおり,中世イングランドでは庶民の実用上,英語は圧倒的な言語だったのであり,この事実を強調しておくことは重要だと思う.
 英語の統計については本ブログでも statistics の各記事で取り上げてきたが,以下のものは驚きこそしないが,私にとって初耳だった.

 ・ English is the language of navigation, aviation and of Christianity; it is the ecumenical language of the World Council of Churches
 ・ Five of the largest broadcasting companies in the world (CBS, NBC, ABC, BBC and CBC) transmit in English, reaching millions and millions of people all over the world
 ・ Of the 163 member nations of the U.N., more use English as their official language than any other. . . . After English, 26 nations in the U.N. cite French as their official tongue, 21 Spanish and 17 Arabic.
 ・ People who count English as their mother tongue make up less than 10% of the world's population, but possess over 30% of the world's economic power


 ただし,全体的に典拠は示されていない.また,2010年現在の国連加盟国は192カ国であり,上記の3点目の163カ国に基づく統計は1990年くらいの時点での数値かもしれない( see United Nations member States - Growth in United Nations membership, 1945-present ) .

 このサイトには他にも English DictionariesEnglish Literature などのページがある.

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2010-06-28 Mon

#427. 英語話者の泡ぶくモデル [elf][model_of_englishes][variety][demography]

 英語話者の分類については,いろいろな形で記事にしてきた ( see [2009-10-17-1], [2009-11-30-1], [2009-12-05-1], [2010-01-24-1], [2010-03-12-1], [2010-06-15-1] ) .もっとも基本的なモデルは[2009-11-30-1]の記事でみた Kachru による同心円モデルだが,Kachru はその後もこれに基づく応用モデルをいくつか公開してきた.今回は,そのうちの一つ,私が「泡ぶくモデル」と呼んでいるものを紹介する.下図は,各種のモデルを批評している McArthur の論文に掲載されていた図をもとに,私が改変を加えたものである.

Bubble Model of English Speakers by Kachru

 これが同心円モデルの発展版であることは,国名の掲載されている楕円のうち,一番下が Inner Circle,真ん中が Outer Circle,一番上が Expanding Circle に対応することからも分かる.しかし,泡ぶくモデルが特徴的なのは以下の点においてである.

 ・ 太古の昔が下方,現在から未来にかけてが上方に位置づけられており,英語の拡大の歴史が「湧き上がるあぶく」としてより動的に表現されている
 ・ 英語の拡大が具体的な人口統計の情報とともに示されている.[2010-03-12-1]で示した銀杏の葉モデルも人口を示している点で類似するが,泡ぶくモデルでは主要な国について具体的な数値が挙げられている.なお,上記の人口統計は,[2010-05-07-1]で挙げた情報源を参照して,最新の2010年における数値を私が書き入れたものである.挙げた国名については網羅はできないので,[2009-10-21-1]のリストを参照しながら,特に人口の多い国をピックアップした.
 ・ 英語話者の中核を占めるのは Inner Circle ではなく,むしろ Outer Circle や Expanding Circle であるという解釈を誘う

 ・ McArthur, Tom. "Models of English." English Today 32 (October 1992). 12--21.

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2010-06-27 Sun

#426. 英語変種のピラミッドモデル [elf][model_of_englishes][variety][function_of_language]

 これまでも英語変種のモデルをいくつか紹介してきた ( see model_of_englishes ) .今日は,最新のモデルの一つとして Svartvik and Leech (225--27) のピラミッドモデルを紹介したい.基本となっているのは,本ブログでは未紹介の Kachru の平面同心円図だが,それを立体化して円錐形に発展させたのがこのモデルである.Svartvik and Leech (226) の図を改変したものを示す.

Pyramid Model of English Varieties

 ピラミッドの最上部には抽象的な変種である WSE ( World Standard English ) が置かれる.抽象的というのは,これを母語として用いる者はいず,あくまで英語を用いる皆が国際コミュニケーションの目的で学習・使用するターゲットとしての変種であり,現在も発展途中であるからだ.WSE は国際的な権威も付与され,教育上の目標となり,言語的にもおよそ一様の変種であると思われるので,他よりも「高い」変種 ( acrolect ) として最上部に据えられている.占める部分が下部よりも狭いのは,言語的に一様であることに対応している.
 抽象的な WSE 変種の下には,より具体的な地域変種が広がっている.中層上部には,広域変種として North American English や South Asian English などの変種が横並びに分布している.その下の中層下部には,より狭い地域(典型的には国や地方)レベルでの変種が広がる.この階層 ( mesolect ) では,変種の種類が豊富で,各変種の独自性も目立つので,区分けが細かくなってくる.American English, British English, South African English, Hong Kong English などがここに属する.
 最下層 ( basilect ) は,州や村といったレベルでの区分けで,さらに多数の変種がひしめく.この階層では,各変種は言語的に一様どころかバラバラであり,社会的な権威は一般に低い.各地の方言,クレオール英語,ピジン英語などがここに属する.
 ピラミッドの頂点に近い変種ほど,より広いコミュニケーションのために,すなわち mutual intelligibility のために用いられることが多い.逆にピラミッドの底辺に近い変種ほど,所属している共同体の絆として,すなわち cultural identity のために用いられることが多いといえる.
 このモデルの特徴は,AmE や BrE の標準変種が他の国の標準変種とならんで中層に位置づけられていることである.WSE の基盤には多分に AmE の特徴が入り込んでいるはずだが,だからといって AmE を特別視しないところが従来の英語観とは異なる点だろう.
 acrolect, mesolect, basilect は,creole を論じるときによく使用される術語だが ( see [2010-05-17-1] ),そのまま変種の議論にも当てはめられるそうである.

 ・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.

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2010-06-20 Sun

#419. A Mid-Atlantic variety of English [variety][ame_bre][elf][rhotic]

 他の様々な英語変種が伸張しているとはいえ,英語の二大変種としてアメリカ英語 ( AmE ) とイギリス英語 ( BrE ) があり,いまだ世界の英語使用や英語教育に大きな影響力を及ぼしていることは周知のとおりである.ところが,英米が取り囲んでいる大西洋の真ん中に「間大西洋変種の英語」 ( a Mid-Atlantic variety of English ) というものがある.
 大西洋の真ん中に浮かぶ小島で話されている英語というわけではない.AmE とも BrE ともつかない英米の中間的な英語という意味で,言葉遊びを混じえた表現である.ヨーロッパの英語非母語話者によって用いられることが多く,その特徴は発音によく反映されている.例えば,Mid-Atlantic variety では語尾の r が,AmE ほど rhotic でなく BrE ほど non-rhotic でもない弱い /r/ で実現されるという.同様に,lastpast などの母音が,AmE 的な /æ/ と BrE 的な /ɑ:/ との間で交替すると言われる ( see [2010-03-08-1] ).
 Mid-Atlantic variety の発生にはいくつかの背景が関わっている.従来ヨーロッパでは,英語を学習したり使用したりする際に AmE か BrE のどちらかを意識的に選ぶということが行われてきた.しかし,lingua franca としての英語 ( ELF ) の役割が重要性を帯びてくると,ある特定の変種を絶対とする感覚は薄れてくる.AmE か BrE のどちらかにこだわるという態度が古いものとなってくると,明確にどちらともつかない Mid-Atlantic variety が生じてくるのは自然の成り行きだろう.
 また,政治的な要因もあるだろう.EU など複数の公用語を設けている国際機関では,実質上の共通語として英語がもっとも幅を利かせていることは疑いようがないが,その上でピンポイントに BrE か AmE を選んでしまうと,言語的にイギリスかアメリカを優遇する形になり,それが政治的な優遇に結びつくという懸念があるようである.
 ヨーロッパ人ではなくとも,英米変種の中間的な発音や表現を用いたり,交替させたりすることは頻繁に起こりうるのではないか.私自身,AmE を中心に英語を学習してきた経緯があるが,イギリスに留学するに及んで BrE にも慣れ親しんだ.結果として,英米ちゃんぽんの Mid-Atlantic Japanese variety なる何ともいえない英語変種を話していることに自分で気づくときがある.書き言葉でこそ英米変種のどちらかに統一するのがよいだろうという感覚は根強く残っているが,話し言葉ではしつこくどちらかを追求することはあまりない.区別を知っているに越したことはないが,実際的な使用ではこだわる必要がないのではないか.一英語学習者として Mid-Atlantic (Japanese?) variety の今後の発展に期待したい.

 ・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 233.

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