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elf - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-06-15 08:19

2010-06-10 Thu

#409. 植民地化の様式でみる World Englishes の分類 [history][variety][elf][model_of_englishes][caribbean]

 現代世界で使用されている英語の変種をどのようにとらえ,どのように分類するかについては,これまでにも種々のモデルを紹介して考えてきた ( see model_of_englishes ).
 今回は,ENL と ESL についてのみだが,イギリスによってどのように植民されたか,特にどのような人口構成で植民が行われたかに注目して英語変種の行われている地域を分類する方法を紹介する.Leith によると,イギリスによる植民地化には次の三つのタイプがあるという.

In the first type, exemplified by America and Australia, substantial settlement by first-language speakers of English displaced the precolonial population. In the second, typified by Nigeria, sparser colonial settlements maintained the precolonial population in subjection and allowed a proportion of them access to learning English as a second or additional language. There is yet a third type, exemplified by the Caribbean islands of Barbados and Jamaica. Here, a precolonial population was replaced by new labour from elsewhere, principally West Africa. (181--82)



 この三分類は,イギリス出身植民者と先住民との関係という観点からの分け方で,理解しやすい.タイプ1は植民者がほぼ先住民を置き換えたという意味で displacement タイプと呼ぼう.タイプ2は,植民者は先住民を置き換えたのではなく,政治的に支配化におき,政治や教育などの制度 ( establishment ) を通じて英語を普及させたというタイプで,establishment タイプとでも呼べそうである.タイプ3は,植民者が西アフリカなどよその地域から労働力として奴隷を供給し,その奴隷たちが英語変種 ( pidgin や creole ) を習得して先住民とその言語を置き換えていったというタイプで,replacement タイプと呼べるかもしれない.
 [2009-10-21-1]の (1a) のようにカリブ地域の英語国を指してアメリカやオーストラリアと同列に ENL 地域とみなす場合があるが,英語が根付くことになった歴史的経緯や人種の多様性を考慮したい文脈では,同列に並べるには違和感がある.このような場合に,イギリスによる植民地の設立と運営という観点からみた上記の三分類は役に立ちそうだ.

 ・ Leith, Dick. "English---Colonial to Post Colonial." Chapter 5 of English: History, Diversity and Change. Ed. David Graddol, Dick Leith and Joan Swann. London and New York: Routledge, 1996. 180--221.

Referrer (Inside): [2014-07-29-1]

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2010-05-14 Fri

#382. チャールズ皇太子の英語観 [bre][elf][americanisation]

 World Englishes の議論でイギリス英語 ( BrE ) の権威が話題になるときに,チャールズ皇太子の英語観がたびたび引用されるのを目にする.以下は,The Times の1995年3月24日(金)の記事 "Prince says Americans are ruining the language" から,興味深い箇所をいくつか抜き出したものである.

He [The Prince of Wales] described American English as "very corrupting" and emphasised the need to maintain the quality of language . . . .

 . . . increasing competition from America and Australia is threatening Britain's leading position in the lucrative language-teaching market.

 The Prince said: "We must act now to ensure that English, and that to my way of thinking means English English, maintains its position as the world language well into the next century."

"Speaking after the launch [of the British Council's English 2000 project], Prince Charles elaborated on his view of the American influence. "People tend to invent all sorts of nouns and verbs, and make words that shouldn't be. I think we have to be a bit careful, otherwise the whole thing can get rather a mess."

In the long term, the British Council fears that instantaneous translation could see English replaced as the main international language by Chinese within three generations.

Other areas of increasing competition between British and American English include India, Eastern Europe and parts of Latin America. More than 30,000 Indian students now study in American colleges and universities, compared with 2,000 in Britain.


 チャールズ皇太子の英語観がイギリス人,より正確には English English speakers の一般的な考え方をどのくらい代表しているかを客観的に示すことはできないが,私見では AmE を "corrupting" とみなし,EngE こそが正統であるとするメンタリティは EngE speakers に比較的広く行き渡っていると見ている.AmE speakers のなかにも EngE が正統とみなす人も少なくないと思われ,ブランドとしての EngE はいまだに存在しているといっていい.しかし,[2010-04-21-1]でみたように実力としては AmE が Americanization によって世界中の英語を席巻しつつあることは明らかである.上の引用の一つにあるように,近年は Australian English の活躍も甚だしい.また,英語内部の変種との競合とは別に,中国語などの外国語との競合も控えており,EngE の守護者としての Prince Charles と British Council の焦りが感じられる.
 イギリスにとっては,EngE あるいは BrE の伝統ブランドの価値をいかに保ち,広めていくかは国家的な問題だろう.単に国の威信がかかっているだけだけでなく,国内の英語ビジネスが稼ぐ5億ポンドの経済(記事当時)もかかっているのだから.

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2010-05-08 Sat

#376. 世界における英語の広がりを地図でみる [elf][variety][americanisation][map][world_englishes]

 ELF ( English as a Lingua Franca ) を扱っている本にはよく掲載されているが,現代世界における英語の広がりを示す世界地図がある.最初は Strevens によって作成されたが,後に改変されたものが Crystal (70) に現れた.Crystal 版のタイトルは "A family tree representation (based on a model by Peter Strevens) of the way English has spread around the world, showing the influence of the two main branches of American and British English".
 Crystal の地図をそのままブログに掲載することはできないので,今回はそれをもとに作成した「ちょっと改訂版」を掲げる.ELF という文脈なので,英米ではなくあえて日本を中心にした世界地図の上に英米二大変種の展開を描いてみた.

Spread of English in the World

 この地図は,現代世界でおこなわれている主な英語の地域変種の祖をイギリス変種とアメリカ変種のいずれかに遡らせており,結果として歴史的展開と地理的展開を同時に表現することに成功している.英米二大変種の影響力が一目瞭然であり,概念図としては非常によくできていると思う.
 一つの English が諸方言へ次々と枝分かれしていく様はちょうど印欧語族の系統図 ( see [2009-06-17-1] ) を想起させるが,[2010-05-03-1]の記事で話題にした「系統と影響は必ずしも峻別できない」という議論も同時に想起させられる.というのは,青とピンクに色分けされた二本の大枝は歴史的な「系統」を示すものの,現代では両者間の「影響」,特にアメリカ変種からの「影響」が著しく,現実的には青とピンクが混交しているからである.[2010-04-21-1]の記事で触れた英語の Americanization は,この地図でいえばさしずめピンク化ということになろう.

 ・ Strevens, P. "English as an International Language." The Other Tongue: English across Cultures. Ed. B. B. Kachru. Urbana: U of Illinois P, 1992.
 ・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

(後記 2010/05/23(Sun):Strevens のオリジナルとして挙げた Strevens の書誌情報は誤っていました.正しくは,以下のものです.また,いろいろな場所で再掲されているようです.
 ・ Strevens, Peter. Teaching English as an International Language. Oxford: Pergamon P, 1980.
 ・ Strevens, Peter. "English as an International Language: Directions in the 1990s." The Other Tongue: English across Cultures. 2nd ed. Ed. B. B. Kachru. Urbana: U of Illinois P, 1992.
 ・ McArthur, Tom. "Models of English." English Today 32 (October 1992). 12--21.
 ・ McArthur, Tom. The English Languages. Cambridge: CUP, 1998. 94.
 )

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2010-05-07 Fri

#375. 主要 ENL,ESL 国の人口増加率 [statistics][demography][elf]

 ELF ( English as a Lingua Franca ) あるいは EIL ( English as an International Language ) としての英語の現状と未来を考えるうえで,人口統計は重要な示唆を与えてくれる.Crystal (71) では,2001年における人口統計により主要な ENL 国と ESL 国の人口および直近5年間の人口増加率が示され,前者が減少し後者が増加するという構図が鮮明に浮かび上がった.単純化していえば,英語母語話者の人口が減る一方で英語非母語話者の人口が増えているということであり,今後もこの傾向が続いてゆくとなると,[2009-10-17-1]で示した英語話者の分布において ENL 比率(円グラフの黄色部分)がますます圧迫されてゆくということになる.従来より規範的な変種として認められてきた British English や American English のブランドが,はたしてこの数的な圧迫のもとで今後も維持されてゆくのかどうか.英語の未来にかかわるエキサイティングな問題である.
 Crystal の示した統計はすでに古くなったので,今回は最新版の統計を用いて Crystal と同様の表を作成してみた.ENS 国,ESL 国の詳しいリストは[2009-10-21-1]に掲げたとおりだが,今回は主要国に限った.ENS 国については7カ国(参考までに日本も加えた),ESL 国については原則として2010年年央時において人口2000万人を超える国を対象とした.統計値の典拠は UN, World Population Prospects: The 2008 Revision Population Database だが,これに基づいて作成された便利な表が国立社会保障・人口問題研究所のページから入手できたので,主にこれを利用した.人口の単位は1000人.人口増加率の読み方は,一年間に人口が1%ずつ増加する国は70年後には人口がほぼ2倍になる.

ENL countriespopulation (2010)population growth rate (2005-2010) (%)
USA317,6410.96
UK61,8990.54
South Africa50,4920.98
Canada33,8900.96
Australia21,5121.07
Ireland4,5891.83
New Zealand4,3030.92
Japan (for reference)126,995-0.07

ESL countriespopulation (2010)population growth rate (2005-2010) (%)
India1,214,4641.43
Pakistan184,7532.16
Bangladesh164,4251.42
Nigeria158,2592.33
the Philippines93,6171.82
Egypt84,4741.81
Tanzania45,0402.88
Kenya40,8632.64
Uganda33,7963.27
Nepal29,8531.85
Malaysia27,9141.71
Ghana24,3332.09
Sri Lanka20,4100.88


 ENL 国はいわゆる先進国なので,今後,人口は伸び悩む.一方,ESL 国には開発途上国が多いので,2%を超える増加率も珍しくない.とりわけインド亜大陸の爆発力がものすごいことは,今後の英語の行方に影響を与える可能性が高い ( see [2009-10-07-1] ).

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2010-05-04 Tue

#372. 国際語としての英語の趨勢についての気になる事実(2005年版) [statistics][elf]

 [2010-01-24-1]の記事でみたように,国際語としての英語という話題では,ELF ( English as a Lingua Franca ) や EIL ( English as an International Language ) という呼称がよく聞かれるようになってきた.英語話者数を始めとする国際語としての英語に関する最新の数値については,Crystal や Graddol がよく引き合いに出される.この種の統計値は最新のものが手に入りにくく,出版されるものは常に数年前のデータというのが普通である.
 今回は,2005年時点でNewsweek が関連記事を掲載しているのをみつけたので,そこから世界英語の趨勢についての気になる事実・統計をいくつか抜き出してみたい.5年後の現在,すでに古くなっている情報もあるかもしれないのであしからず.

 ・ インド国内で英語学習産業は年間1億ドルのビジネスである
 ・ the British Council によると,10年以内に英語学習者数は20億人に達し,英語話者は30億人に達すると見込まれる
 ・ アジアの英語使用数は3億5千万人に達する(←アメリカ,イギリス,カナダの人口の和に相当する数)
 ・ 中国の1億人の子供たちが英語を学んでいる
 ・ インドは英語教師を中国や中東へ輸出し始めている(← [2009-10-07-1]
 ・ 反英語主義と結びつけられることの多いフランスでも,教育大臣が英語必修化に反対したものの,選択必修として96%の生徒がすでに英語を履修している(←事実上の必修科目)
 ・ 世界の電子情報の80%が英語で蓄積されている(← [2010-04-13-1] のイントロクイズで採用した問題.しかし,電子情報における英語の相対頻度は年々減ってきている.いつのデータかは本文内だけでは不明.)
 ・ the British Council によると,世界中の科学者の66%が英語を読む
 ・ 中国は,一部 China English を Standard English に取り込む方向で英語のカリキュラムを検討しつつある

 このような記事だけを読んでいると英語の勢いは止まらないという一方的な印象を受ける.しかし,実際には諸事情で英語の近未来像を明確に想像することは難しい.その諸事情については,Jenkins の著書がよくまとまっている.

 ・ "Not the Queen's English". Newsweek 145. 10. March 7, 2005, 41--45.
 ・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
 ・ Graddol, David. English Next. British Council, 2006. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-englishnext.htm.44--45.
 ・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.

Referrer (Inside): [2011-04-25-1]

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2010-04-05 Mon

#343. 南アフリカ共和国の英語使用 [south_africa][elf]

 母語としての英語 ( ENL ) を代表する地域として挙げられるのは普通,以下の国々ではないだろうか.アメリカ合衆国,イギリス,カナダ,オーストラリア,ニュージーランド,アイルランド.いわば英語語学留学に行ける国と考えるとイメージしやすい.( see [2009-10-17-1], [2009-10-21-1], [2009-11-28-1] )
 では,南アフリカ共和国 ( Republic of South Africa ) はどうだろう.南アは英語国として言及されることがあり,世界英語 ( World Englishes ) の話題でよく取り上げられる国である.しかし,上の5カ国と同グループに入れるのには違和感があるのではないか.世界の英語使用について ENL と ESL という区分を認めるとすると,南アフリカ共和国は,確かに両者の性質を合わせもった微妙な位置取りをしているのである.
 典型的な ENL 国では,国民の大多数が「アングロサクソン系」 の白人であり,イギリス英語の伝統を多かれ少なかれ受け継ぎつつ,公私の場で英語を母語として使用している.一方,典型的な ESL 国では,母語として英語を話す人口は存在するとしてもごく僅かであり,英語はあくまで第2言語として習得され,歴史的・政治的・文化的な機能を担う言語として存在している.
 上の典型の記述からわかるとおり,ENL と ESL が水を漏らさぬ相補的な関係であるわけではない.その隙間をつくような地域が存在するのも無理からぬことである.南アには「アングロサクソン系」の白人で英語を母語としている人口が存在する.しかし,典型的な ENL 国とは異なり,かれらが国民の大多数を構成しているわけではない.英語母語話者は10%ほどである.この10%という ENL 人口は多くもないが少なくもない.この中途半端な人口比こそが,南アの微妙な位置取りの主たる原因である.国内での英語使用をみてみると,政治的・文化的な機能が強く,この点では明らかに ESL 的である.
 ENS と ESL という伝統的な区分のもとで,南アはいずれの側からも周辺的な存在とみなされる不遇(?)をかこってきたように思う.近年の議論では伝統的な英語話者の区分の妥当性が問われるようになってきており,南アはそのような議論に独自の例を提供できる立場にあるのではないか.

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2010-03-13 Sat

#320. The Untrue-Born English Language [contact][elf]

 Robinson Crusoe の著者 Daniel Defoe (1660-1731) が,その出版よりずっと前の1701年に The True-Born Englishman という風刺詩を書いている.当時,イギリスは James II を廃して(名誉革命),オランダからやってきた William of Orange が William III として,Mary II との共同統治という形で王位についていた.政治パンフレット作家で William III の支持派であった Defoe は,外国人が我が国を治めているということに不満を抱く人々に対抗する目的で,本書を世に出した.要するに,生粋のイングランド人などというものはありえない.歴史を見れば分かるとおりイングランド人は雑種なのだから,外国人の王を黙って受け入れよ,というメッセージである.当時これは飛ぶように売れ,現在でも人種・国籍差別廃止の観点からその内容は色あせていないと評価されている.
 イングランド人が雑種であることと英語が雑種であることは,ぴたりと符合している.かつての征服や移住などによる多民族との接触の結果として,イングランドが今ある姿になり,英語が今ある姿になった (see [2009-06-04-1]).イングランドの多民族性,英語の雑種性を説明するには,当の Defoe の言葉をして語らしめるのが一番よさそうだ.少し長いが 1703年版に基づくオンラインの Luminarium Edition から引用する.

  The Romans first with Julius Cæsar came,
Including all the nations of that name,
Gauls, Greeks, and Lombards, and, by computation,
Auxiliaries or slaves of every nation.
With Hengist, Saxons; Danes with Sueno came,
In search of plunder, not in search of fame.
Scots, Picts, and Irish from the Hibernian shore,
And conquering William brought the Normans o'er.
  All these their barbarous offspring left behind,
The dregs of armies, they of all mankind;
Blended with Britons, who before were here,
Of whom the Welsh ha' blessed the character.
  From this amphibious ill-born mob began
That vain ill-natured thing, an Englishman.
The customs, surnames, languages, and manners
Of all these nations are their own explainers:
Whose relics are so lasting and so strong,
They ha' left a shibboleth upon our tongue,
By which with easy search you may distinguish
Your Roman-Saxon-Danish-Norman English.


 さしずめ英語は,"this amphibious ill-born language" ということになろうか.あるいは,"The Untrue-Born English Language" と呼んでもよい.
 今後,非母語話者からの強力な圧力により英語が変容してゆく可能性があるが ( see [2009-10-07-1] ),新たに現われてくる雑種的な英語に対して母語話者(や伝統文法を重んじる世界中の英語教師)はどのような反応を示してゆくことになるだろうか.

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2010-03-12 Fri

#319. 英語話者人口の銀杏の葉モデル [elf][model_of_englishes][statistics][demography]

 近代以降,特に19世紀から20世紀にかけて英語の話者人口が爆発的に増えてきたことは,本ブログでもたびたび話題に取りあげている.例えば,英語話者人口の様々な分類の仕方と問題点は[2009-10-17-1], [2009-11-30-1], [2009-12-05-1], [2010-01-24-1]で扱った.英語話者の分類はともかくとして話者人口そのものが増えてきた点に焦点をあてたとき,よく引き合いに出されるのがマッシュルームモデルである.最近では,Svartvik and Leech (8) でも掲載されたモデルである.
 子供に図を見せて何に見えるかと尋ねたら,マッシュルームではなくイチョウの葉だというので,ここでは名称を改め「銀杏の葉モデル」と呼んでおきたい.これの意味するところは図を見れば一目瞭然だろう.

Ginkgo of English

 図中の数値は ENS, ESL, EFL を含めた概数だが,過去2世紀の間に約40倍も増えているのだから驚きだ.この図を見て思うところが3点あるので,コメントしておきたい.

(1) 話者人口数を表すこの銀杏の葉モデルを側面図ととらえて,立体的に真上からのぞき込むと,話者人口の分類を表す同心円モデル([2009-11-30-1])に近くなるのではないか.透明の円錐をとがった方を下にして,上からのぞき込んだ感じである.話者人口増加にもっとも貢献しているのは,Outer Circle 及び Expanding Circle に所属する人々である.

(2) 銀杏の葉の上端にある筋状の葉脈の一つひとつが,英語の変種 ( variety ) に相当すると見ることができるのではないか.上端に近いほど筋は互いに離れていくが,実際には葉っぱ本体に埋め込まれている筋なので,つながっている.現代の英語の変種間に働く遠心力と求心力を思い起こさせる.

(3) 近代以前と以降とで英語史が二分されるというイメージ.近年,英語史研究の世界では,特に近代英語期以降に関する研究において,話者と言語との関係を意識した社会言語学なアプローチが活気づいている.また,変種間の微妙な違いに留意する研究も増えてきている.話者が増え,その分だけ変種も増え,現在に近いだけに言語現象の背後にある社会言語学的な情報にもアクセスできる,ということが関与していると思われる.
 それに対して,中英語期の研究は,確かに社会言語学的な視点からのアプローチが増えてきているとはいえ,アクセスできる情報には限りがある.変種も地域変種(方言)の研究は盛んだが,地理的な広がりといえばイングランド(とせいぜいその周辺)に限られ,近代以降の世界中に展開する複雑きわまれる変種の分布とは規模が異なる.
 だが,英語史をこのように二分する考え方が必ずしもいいとは思っていない.変種の規模や広がりこそ大きく異なるが,変種のあり方については近代も中世も古代もそれほど変わらない点があるのではないか.

 あれやこれやと,この図から想像してみた.

 ・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006.

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2010-02-24 Wed

#303. 世界で話される英語の発音のサンプル音源 [elf][link]

 このブログでもたまに EIL ( English as an International Language ) を話題に取り上げるが ( see elf ),○○英語の発音を聞いてみたいというときにすぐにサンプル音源を手に入れられると便利だと思い,Web上のリソースを探してみた.もっと探せば良質のものがもっとあると思うが,とりあえず数点のみを.

 ・ The International Dialects of English Archive: IDEA 提供.右メニューの「Dialects & Accent」から世界中の英語のサンプル音源へ.transcript つきで便利.
 ・ the speech accent archive: 英米内の地域変種が中心だが,それ以外も多少あり.同じテキストが読み上げられており,比較に便利.
 ・ Listen to English around the World: 世界の英語ラジオ放送網へのリンク.ENL と ESL の国がメイン.
 ・ Sample Sound Files from International Corpus of English: ICE 提供のサンプル.Australia, East Africa (Kenya & Tanzania), Great Britain, Hong Kong, India, Jamaica, The Philippines で話される英語のサンプル音源があるが,いずれも短い.

Referrer (Inside): [2012-11-18-1]

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2010-01-25 Mon

#273. 香港の英語事情 [hong_kong_english][elf]

 1月21日(木)の読売新聞の朝刊の記事より.

 香港政府は昨年、約400校ある中学の教育改革案を公表、来年度から英語教育を強化する方針を打ち出した。これにより、英語で授業を行う学校が増加、同校[景嶺書院中学]もその一つとなる。
 英国の植民地だった香港は1997年の中国変返還時、「中学の授業は原則、母語の中国語で行う」という方針を決めた。多くの中学の使用言語が英語から中国語に切り替わり、英語で授業を行う中学は100校ほどに限られた。
 しかし、保護者の反発は大きかった。英語力は入試だけでなく、就職や留学の正否に直結。また、香港の大学は通常、英語で授業が行われ、市民は英語力を社会的成功への必須能力と考えているからだ。


 香港は1842年から1997年の返還時まで英国植民地だった.第一次世界大戦までは英語は植民地支配のための言語であり,その使用は政治,法律,専門職,教育の分野に限られていた.第二次世界大戦までには,西洋で教育を受けた中国人エリートの間では商業や専門職の分野で英語使用が広がった.そして,大戦後には,英語は広く地域のコミュニケーションのための言語へと成長した.もちろん,これは香港が商業・金融センターとして世界的に発展してきたことと密接に関連している.
 返還直前の統計だが,香港の600万余の人口のうち約3分の1(200万人ほど)が主に第二言語として英語を話すとされる.返還後どのように英語話者の分布が変わったか,あるいは変わっていないかについて確認する必要があるが,上の記事にあるように,教育の現場での英語の揺り戻しが起きていることは明確なようだ.独立後の英語教育の揺り戻しは Malaysia にも例があるが,EIL ( English as an International Language ) の観点からは,Hong Kong English や Malaysian English などの地域変種の出現・確立といった話題にアンテナを張っておきたい.
 現在,Hong Kong English は,英語の一変種として国際的に広く認知されているわけではない.しかし特有の発音や語彙があることは間違いなく,今後,どのように発展し,どのように認知されてゆくか見守ってゆきたい.

Referrer (Inside): [2016-01-30-1] [2013-09-02-1]

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2010-01-24 Sun

#272. 国際語としての英語の話者を区分する新しいモデル [elf][model_of_englishes][native_speaker_problem]

 [2009-10-17-1], [2009-11-30-1], [2009-11-30-1], [2009-12-05-1]の記事で,現代世界における英語の話者を区分する伝統的なモデルを見てきた.現代世界における英語を話題にするとき,国際語としての英語という意味で EIL ( English as an International Language ) という呼称を用いることが多い.最近では国際共通語としての側面を強調する ELF ( English as a Lingua Franca ) という呼称も聞かれるようになってきた.
 過去の記事で見てきた伝統的なモデルでは,いずれも多かれ少なかれ英語母語話者が主要な役割を担っていることが前提とされていた.しかし,ここ数年の EIL を取り巻く議論では,今後は非英語母語話者こそが EIL の行方をコントロールすることになるだろうという論調が優勢である.この潮流を反映して,伝統モデルからの脱却を目指す,発想の転換ともいえる英語話者区分モデルが現れてきている.その一つに,Jenkins の三区分がある (83).

(1) MES = Monolingual English Speaker
 英語以外の言語を話さない話者.

(2) BES = Bilingual English Speaker
 英語を含め二つ以上の言語について母語なみに堪能な話者.言語間の習得の順序は問わない.

(3) NBES = Non-Bilingual English Speaker
 母語ほど堪能ではないが英語を話す話者.

 単純に考えれば,MES, BES, NBES は,それぞれ伝統的なモデルでいう ENL, ESL, EFL に対応するが,新しい呼称に発想の転換が見いだせる.伝統モデルの呼称では英語習得の順序や英語への距離感が含意されるが,新モデルの呼称では英語とそれ以外に習得している言語との関係が強調されている.EIL の話しをしている以上あくまで英語は中心に置かれるが,その他に習得している言語があるかどうかという点がフォーカスされている.
 この観点からすると,MES は「英語以外の言語を話さない話者」あるいはもっと露骨にいえば「英語しか話せない話者」を含意する呼称となり,この範疇に属する多くの英語母語話者が相対的に劣勢に立たされることになる.それに対して BES や NBES は「他言語も話せる英語話者」というポジティブな立場を付与される.特に BES は,国際語としての英語にも堪能な多言語話者として,比較優位に立つ.
 Jenkins 自身も認めているように,この区分には問題点もある(例えば,BES と NBES を分ける堪能の度合いは誰がどう決めるのか).しかし,伝統モデルからの脱却の試みとしてはおもしろい.グローバル化した現代社会では英語に限らずmonolingual であることは不利であること,monolingualism がそもそも世界の規準ではないことを反映している点でも,注目すべきモデルである.

 ・Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. Abingdon: Routledge, 2003.

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2010-01-19 Tue

#267. 人々が英語を学ぶ理由 [elf][hel_education]

 英語を学ぶ理由というは一見すると自明のように思えるかもしれない.多くの日本人の英語学習者からは,広く国際コミュニケーションのためという答えが返ってきそうである.しかし,世界は広い.人々が英語を学ぶ理由は,多岐にわたる.Jenkins (35--36) は,Crystal が提案したものとして6点を挙げ,自らもう一つを加えて計7点の「英語を学ぶ理由」を以下のごとく列挙した.

 1. Historical reasons: 英米帝国主義の遺産として.The Outer Circle の諸地域で特に強い.see [2009-11-30-1]
 2. Internal political reasons: 多民族国家における中立的な(特にメディア上の)言語として.
 3. External economic reasons: 国際市場の獲得を目指して.
 4. Practical reasons: 国際的な交通,会議,観光などのため.
 5. Intellectual reasons: 学術・技術の情報にアクセスするため.
 6. Entertainment reasons: 音楽をはじめとする大衆文化に接するため.
 7. Personal advantage/prestige reasons: 習得することによって社会的な地位を得られるため.

 地域によって,個人によって,英語を学ぶ理由は異なるだろうし,複数の理由が共存しているのが通常だろう.だが,日本に生活する一般の日本語母語話者にとって,1 や 2 の理由は縁遠いだろう.世界には 1 や 2 の理由を無視することのできない地域や個人が少なからず存在するということは,英語を学ぶ者みながよくよく知っておく必要がある.

 ・Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. Abingdon: Routledge, 2003.
 ・Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

Referrer (Inside): [2010-09-23-1] [2010-06-13-1]

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2009-12-11 Fri

#228. 英語変種のモデル (2) [variety][idiolect][elf][model_of_englishes]

 昨日の記事[2009-12-10-1]に引き続き,英語変種のモデルを掘り下げる.
 [2009-12-10-1]で示したモデルによれば,英語話者がある状況において用いる変種 ( variety ) は,"the common core" と六つのパラメータの値で記述できる.逆にいえば,"the common core of English" に六つのパラメータの値を掛け合わせると,ある一つの変種が定まる.
 だが,このように定まった変種の内部においても,まだ変種は現れうる.例えば,同じ話者が同じ環境・文脈で,意味的・語用的な差を含めずに,二つ以上の表現を選択肢としてもつ場合がある.Quirk et al. (30) は次のような例を挙げている.

He stayed a week or He stayed for a week
Two fishes or two fish
Had I know or If I had known


一方が他方よりも形式的である,などということが統計的にはあり得るかもしれないが,それほど明確な差ではない.この場合,六つのパラメータによって定められた変種の内部に,ミクロなレベルでの変種が潜んでいること ( varieties within a variety ) を示唆する.このミクロな変種内の構造は,以下のようにモデル化されている.

Varieties within a Variety

 ある一つの変種,例えば,イギリスの標準英語で,英語史の講義を口頭で比較的インフォーマルな言葉遣いおこなっている場合の英語変種を想定しよう.英語史の専門用語を用いる場合には,およそ固定化している用語が多いので,"relatively uniform" なミクロ変種を用いていることになる.しかし,講義は専門用語だけで進めるわけではなく,特にインフォーマルな言葉遣いで進めている場合には,くだけた話しを含めることもあるだろう.強調語を使う必要が生じたときに,very, indeed, not a little, really などの比較的多様な ( "relatively diverse" ) 表現が選択肢として考えられるが,これは講義者個人のもっている選択肢というよりは,講義者を含めた言語共同体で広く共有されている選択肢 ( "variation in community's usage" ) と考えるべきだろう.だが,講義者個人の口癖として very, very, very, very, veryto a gigantic extent といった変わり種の強調語を選択肢としてもっている場合 ( "variation in individual's usage" ) ,このいずれを用いるかは完全に個人的な選択の問題である.
 variety の所在を突き詰めると,結局,個人語 ( idiolect ) に行き着いてしまうようだ.

 ・Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Grammar of Contemporary English. London: Longman, 1972. 30--32.

Referrer (Inside): [2013-01-15-1] [2010-06-16-1]

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2009-12-10 Thu

#227. 英語変種のモデル [variety][register][elf][model_of_englishes]

 Quirk et al. は,現代世界で用いられている英語の数々の変種 ( varieties ) に最大公約数的な "the common core" があると考えている.そして,個々の英語話者が言語使用の現場で用いている変種は,この抽象化された "the common core" を基礎として,各種の変更や追加が施されたものであるとする.変種 ( varieties ) を分類する際のパラメータとしては,以下の図の通り,六つの variety classes が認められている.

Variety Classes of English

 (1) Region は地域変種を指し, American English, British English, South African English, Australian English, Indian English, Jamaican English など,一般に方言 ( dialect ) と呼ばれる概念と重なる.
 (2) Education and social setting は教育水準による変種,特に社会的な権威があると広く認められている標準英語 ( Standard English ) と呼ばれる変種に関わる.大きく standard と substandard の変種に分けられる.
 (3) Subject matter は主題による変種である.register と呼ばれることもある.例えば,法律に関する英語は専門的な語彙や表現を多く含む変種であるし,料理のレシピの英語は命令文を多用する独特の変種と考えられる.科学論文の英語は受動態が多く,宗教の英語は古風な語彙や文法が好まれるというように,特徴をもった変種が無数に存在する.
 (4) Medium は言語行動の媒体による変種を指し,事実上,話し言葉か書き言葉の区別となる.
 (5) Attitude は話者の相手に対する態度やコミュニケーションの目的に応じて決まる変種である.style と呼ばれることもある.丁寧さや形式ばっている度合い,口語性や俗語性,冷淡さやよそよそしさなど,各種の心理状態に対応する変種がある.大雑把に,rigid -- formal -- normal -- informal -- familiar の連続体として表現できる変種である.
 (6) Interference は,主に外国語として英語を習得した者が,母語の言語的特徴により「干渉」された英語を用いる場合に関係する変種である.例えば,日本語母語話者の話す英語は,発音や文法などの点で互いに似通っていることが多く,この場合,日本語の干渉を受けた英語の変種を問題にしていることになる.

 上の図で,(1) から (5) の順で並んでいるのには絶対的な意味はない.各 variety class は他の variety class といかようにも連係できる.(1) アメリカ英語の,(2) 非標準変種で,(3) スポーツの話題について,(4) 話し言葉で,(5) 比較的丁寧に,語るということは可能だし,(1) スコットランド英語の,(2) 教養ある英語で,(3) 子供向けの絵本を,(4) 書き,(5) 親しみある文体で,表現するということは可能である.
 一方で,(1) から (5) の順で並んでいるのは完全に無意味なわけではない.上位にある variety class が下位にある variety class の前提となっているケースがあるからである.例えば,(2) の Standard English という変種は,(1) の地域変種によって限定される.世界で広く認められている Standard English は現時点では存在せず,あくまでアメリカ英語の Standard English とかイギリス英語の Standard English とかいうように,地域変種を前提としている.通常,(1) と (2) の変種は個人レベルで固定している
 また,(3) で例に挙げた法律英語は,法律英語として習得する以前に,(2) の教養ある英語や標準英語を身につけていないと始まらない.(4) の書き言葉も,(2) の教養ある英語や標準英語が土台となっている.葬式の場面で用いられる英語は,(5) に関連して形式ばっていることが期待されるが,それ以前に (4) の主題による変種の特徴とみなされるべきかもしれない.(3), (4), (5) は個人のなかでも状況によって揺れ動く変種である.
 (6) は,外国語からの英語に対する言語的干渉という話題で,いわば英語の世界の外側から加えられる力であり,他の variety classes とは異質であるため,図では点線の外に位置づけられている.

 無限の広がりがあると考えられる英語に,そもそも the common core を想定することができるのかという反論もあるが,現代英語の変種のモデルとして参考になるモデルである.

 ・Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Grammar of Contemporary English. London: Longman, 1972. 13--30.

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2009-12-09 Wed

#226. 英語は "apolitical" な言語か? [politics][sociolinguistics][elf]

 社会言語学では,言語が社会的な存在であり,しばしば政治的な存在でもあることが前提とされている.特に,世界語としての英語が議論されるとき,議論のなかに政治的な要素がまったく入り込まないということはあり得ないのではないかとすら思われる.例えば,[2009-11-30-1], [2009-12-05-1]でみた英語話者の同心円モデルでいえば,Inner Circle に属するものが「規範」 ( norma ) の中心におり,外側の Circles に属する人々の用いる英語に影響を与えるという見方は,それ自体が政治的 ( political ) 含みをもっている.
 社会言語学でおなじみの「言語」と「方言」の区別に関する議論も,言語が政治的な存在であることを示している.日本で関西地方が政治的に独立して独立国家を形成すれば,その新国民は自分たちの言語を「日本語の関西方言」ではなく「関西語」と称するかもしれない.独立以前と以後で言語的には何ら変化していないにもかかわらずである.
 また,インドなどの多言語社会においては,他の言語に比べて政治的に中立の立場にあるからという理由で,英語が国内コミュニケーションの目的で用いられている.この場合,英語は政治的に中立と見なされているのだから,非政治的 ( unpolitical ) な役割を果たしているとも言えそうであるが,そもそも複雑な言語事情の政治的解決策として英語が持ち出されてきたわけであり,この事態が政治と関係がないとは言えない."political" 「政治的」にせよ "unpolitical" 「非政治的」にせよ,いずれも politics 「政治」の含みがあることを前提とした形容詞である.
 このように,社会言語学では,言語が本質的に政治から自由ではないことを示す事例が多く挙げられる.私だけではないと思うが,社会言語学を学習した者は「言語=政治的」というテーゼをたたき込まれるわけである.ところが,Kachru の次の文章に出くわして驚いた.世界語としての英語に関する議論,すなわち社会言語学の通念からは政治的でないはずのない議論のさなかに,"apolitical" という形容詞が出てくるのだ.そして,その主語は「英語」なのである.やや長いが,引用する.

As an aside, one might add here that all the countries where English is a primary language are functional democracies. The outer circle and the expanding circle do not show any such political preferences. The present diffusion of English seems to tolerate any political system, and the language itself has become rather apolitical. In South Asia, for example, it is used as a tool for propaganda by politically diverse groups: the Marxist Communists, the China-oriented Communists, and what are labelled as the Muslim fundamentalists and the Hindu rightists as well as various factions of the Congress party. Such varied groups seem to oppose the Western systems of education and Western values. In the present world, the use of English certainly has fewer political, cultural, and religious connotations than does the use of any other language of wider communication. (14)


 "unpolitical" 「非政治的」ではなく "apolitical" 「無政治的,政治とは無関係の」であるところがポイントとなる."unpolitical" はマイナス方向に "political" 「政治的」であるという意味で,結局のところ "political" と同じ土俵の上にある用語である.政治を意識しているからこそ,"political" か "unpolitical" かという区別が重要なのである.ところが,"apolitical" は,そもそも政治という土俵の外にあり,政治に対して無関係・無関心であることを表す用語である.なるほど,英語が世界へ拡大してゆく過程においては,各国・地域の政体がどうであるかとかアメリカとの国際関係がどうであるかなどということは,ゼロとは言わないまでもそれほど関与的ではない.
 「言語=政治的」という社会言語学の洗脳を受けた頭には,世界語としての英語が "apolitical" でありうるという発想は新鮮だった.

 ・Kachru, B. B. "Standards, Codification and Sociolinguistic Realism: The English Language in the Outer Circle." English in the World. Ed. R. Quirk and H. G. Widdowson. Cambridge: CUP, 1985. 11--30.

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2009-12-05 Sat

#222. 英語話者の同心円モデル (2) [elf][model_of_englishes]

 [2009-11-30-1]の記事で,英語話者層を Inner Circle, Outer Circle (Expanded Circle), Expanding Circle へと三区分する見方を紹介した.この呼称を提唱した Kachru は,世界英語の規範 ( norm ) という観点から,同じ同心円モデルを説明するもう一組の呼称を与えている.それぞれ,norm-providing, norm-developing, norm-dependent である.

Circle Model of English Speakers from a Normative Viewpoint

 これは Kachru の1985年の論文に基づくが,2009年の現在にもおよそ通用する世界英語のモデルだろう.以下に,現在の視点からのコメントを加えつつ,各区分を概説する.

 (1) norm-providing は Inner Circle に対応し,世界英語へ規範を提供していると伝統的にみなされてきた変種を母語としてもつ集団である.しかし,ここに属する各変種の規範としての容認度はまちまちである.例えば,イギリス英語とアメリカ英語は多くの英語話者が認める代表的な規範変種だが,オーストラリア英語やニュージーランド英語はどの程度,内外から規範として容認されているだろうか.
 (2) norm-developing は Outer Circle に対応する.Inner Circle が提供する規範を遵守しようとする側面と,そこから逸脱しようとする側面を持ち合わせる.この区分に該当する代表地域としてインドやシンガポールが挙げられるが,今後,周辺地域の新しい規範を提供する主体になる可能性がある([2009-10-07-1]).
 (3) norm-dependent は Expanding Circle に対応する.Inner Circle が提供する規範にもっぱら従う話者層である.例えば,この区分に属する日本における英語教育を考えれば,主にアメリカ英語(あるいはイギリス英語)を規範としていることは明らかである.日本には自ら Japanese English という規範を作り出し,それを隣国へ輸出しようという意図はない.

 英語の未来を考えるとき,(2) の ambiguous な立ち位置が意味深長である.伝統的に円の中心から発せられてきた「規範光線」を一方で受け入れつつも,一方では自ら新たな「規範光線」を外側の円に向けて発しているのだから.

 ・ Kachru, B. B. "Standards, Codification and Sociolinguistic Realism: The English Language in the Outer Circle." English in the World. Ed. R. Quirk and H. G. Widdowson. Cambridge: CUP, 1985. 11--30.

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2009-11-30 Mon

#217. 英語話者の同心円モデル [elf][model_of_englishes]

 [2009-10-17-1]で,現代世界における英語話者を,英語の習得様式に応じて ENL, ESL, EFL と三区分した.結果的にこの区分とほぼ重なるが,英語の拡大の歴史的な過程を考慮した別の三区分法がある.

 (1) 英語を母語としている国・地域
 (2) 英米の旧植民地に代表される,英語に(準)公用語としての特別な地位を与えている国・地域
 (3) 英語国との歴史文化的なつながりは強くないが,英語を教育上の主要な外国語として位置づけている国・地域

 この区分では,英語国を宗主国として,過去に植民地支配を被ってきたかどうかという歴史的な観点が強調される.(1) という源から (2) が派生し,さらにその外郭として (3) が出現してきたという歴史的過程を説明するのに都合のよい区分である.中心から外郭へと英語が拡大してきたとする発想は,Kachru の提案した,英語話者の同心円モデルに明確に見て取れる.以下は,各部分の面積を ENL, ESL, EFL の人口([2009-10-17-1])の比に対応させて作った同心円モデルの図である.

Circle Model of English Speakers

 この同心円モデルでは,(1) が Inner Circle, (2) が Outer Circle または Expanded Circle, (3) が Expanding Circle と呼ばれている.このモデルの長所は,宇宙のビッグバンのように,中央の英語母語国から始まった英語の歴史的拡張が現在も続いており,これからも続いてゆくことを暗示していることである.また,これから特に膨張してゆくのが Expanding Circle であることも暗示している,
 しかし,短所もある.Graddol (10) が指摘しているように,この同心円モデルでは,英語母語国が中央の Inner Circle に配されており,あたかも英語世界の王座に居座っているかのようである.もっといえば,周辺の Outer CircleExpanding Circle の部分には権威がないかのような印象を与える.しかし,21世紀の人口増加率を考える限り,英語の進む方向に決定的な影響力をもつのは,ほかならぬ Outer CircleExpanding Circle に属する国・地域であるはずである([2009-10-07-1]).同心円モデルでは,「英語の未来についての読みが甘い」ということになる.
 とはいえ,直感的なモデルとして確かに有用である.

 ・Kachru, B. B. "Standards, Codification and Sociolinguistic Realism: The English Language in the Outer Circle." English in the World. Ed. R. Quirk and H. G. Widdowson. Cambridge: CUP, 1985. 11--30.
 ・Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm

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2009-11-28 Sat

#215. ENS, ESL 地域の英語化した年代 [elf]

 [2009-10-17-1], [2009-10-21-1]ENS, ESL, EFL という英語話者の三区分と,世界におけるそれぞれの分布を話題にした.歴史的な観点からは,現在 ENSESL である国・地域について,いつ英語が根付いたのかというが気にかかる.この点について McArthur が便利な一覧を作成しているので,再利用が可能なように本記事に掲載しておく.各国・地域において英語が最初に使われた年代,あるいは各国・地域が形成・植民された年代に基づいて,5期に分けて示す.アメリカとカナダについては州レベルで示す.

(1) 5 -- 16世紀

What later became England (c. AD 450 onward); what later became Scotland (c. 600 onward); Ireland (1171 onward, especially during the Plantations in 1560-1620); Wales (1282 onward, especially on union with England in 1536/1542); Newfoundland (settlement of St John's, 1504, formalized as England's first North American colony, 1583).


(2) 17世紀

Jamestown, Virginia (1607); Bermuda (1612); Surat (1612: first trading station in India); Plymouth Plantation, Massachusetts (1620); Barbados (1627); Madras (1640); the Bahamas (1647); Jamaica (1655); Saint Helena (1659); Hudson's Bay (1670); Bombay, from Portugal (1674); Calcutta (1690)


(3) 18世紀

Quebec (1759); the East India Company uniting its territories under Calcutta (1774); Declaration of Independence of the American colonies (1776); Botany Bay penal colony, Australia (1786); Upper and Lower Canada (1791: now Ontario and Quebec); New Zealand (1792).


(4) 19世紀

Ceylon, Trinidad (1802); Lousiana Purchase (1803); Cape Colony, South Africa (1806, 1814); Sierra Leone (1808); Malta, Mauritius, Saint Lucia, Tobago (1814); Gambia (1816); Singapore (1819); US purchase of Florida from Spain (1819); US settlers in Mexican territory of Texas (1821: independence 1836, US state 1845); Australia at large (1829); British Guiana (1831: now Guyana); Hong Kong (1842: returned to China, 1997); Natal, South Africa (1846); Mexico cedes California, etc., to the US (1848); Bay Islands (1850: ceded to Honduras, 1858); Lagos (1861: now Nigeria); British Honduras (1862: now Belize); British North America officially named Canada, Alaska purchased from Russia by US (1867); Basutoland (1869: now Lesotho); the Gold Coast (1874: now Ghana); South East New Guinea (1884: now Papua); Bechuanaland (1885: now Botswana); Burma (1886); Kenya, Uganda, Zanzibar (1888-94); US annexes Hawaii, Spain cedes Philippines and Puerto Rico to US (1898); Sudan becomes a condominium of Britain and Egypt (1899).


(5) 20世紀

South Africa (1910); Britain and France invade German colony of Kamerun (1914: formally ceded in 1919, now Cameroon); Germans cede Tanganyika and New Guinea (1919); Germans cede German West Africa, administered for the UN by South Africa as South West Africa (1920: now Namibia); British India is partitioned into India and Pakistan (1947); Bangladesh secedes from Pakistan (1971).


 ・McArthur, Tom. The English Languages. Cambridge: CUP, 1998. 54--55.

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2009-10-21 Wed

#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト [elf][esl][enl]

 [2009-10-17-1]で,英語話者人口の内訳を ENL, ESL, EFL の三区分で見た.今日は,各区分の話者人口ではなく,各区分を体現する世界の地域の数に注目してみたい.
 以下の地域名リストは,主に ENL 人口を擁する地域を (1),主に ESL 人口を擁する地域を (2),主に EFL 人口を擁する地域を (3) として分類したものである.(1) については,事実上ライバル言語のない地域を (1a),主要なライバル言語が一つあるいは二つ以上存在する地域を (2a) としてある.また,(3) については,英語を教育のなかで外国語として習得されているものの,社会における英語の使われ方が広まってきており,事実上 ESL 地域とみなしてもよい地域を (3a) として,それ以外の通常の EFL 地域を (3b) としてある.いずれも1998年出版の McArthur のリストに拠っているため,必ずしも最新の情報ではないことを断っておく.リストをこうして電子化しておけば再利用が可能かと思っての掲載.

(1a) The ENL territories without major competition (30 territories)

Anguilla, Antigua and Barbuda, Ascension (Island), Australia, Bahamas, Barbados, Bermuda, British Indian Ocean Territory (BIOT), the Cayman Islands, Dominica, England (UK), the Falkland Islands, Grenada, Guyana, Hawaii, Liberia, Jamaica, the Irish Republic, the Isle of Man, Montserrat, New Zealand, Northern Ireland (UK), Saint Christopher and Nevis, Saint Helena, Saint Lucia, Saint Vincent and the Grenadines, Scotland (UK), the Turks and Caicos Islands, Trinidad and Tobago, Tristan da Cunha, the United States, the Virgin Islands (US), the Virgin Islands (British)


(1b) The ENL territories with one or more other major languages (6 territories)

Belize (also Spanish), Canada (also French), the Channel Islands (also French), Gibraltar (also Spanish), South Africa (also Afrikaans, Xhosa, Zulu, and other major local languages), Wales (UK: also Welsh)


(2) The ESL territories (57 territories)

Bahrain, Bangladesh, Belau, Bhutan, Botswana, Brunei, Cameroon, the Cook Islands, Costa Rica, Egypt, the Federated States of Micronesia (FSM), Fiji, Gambia, Ghana, Hong Kong, India, Israel, Jordan, Kenya, Kiribati, Lebanon, Lesotho, Malaysia, Malawi, the Maldives, Malta, the Marshall Islands, Mauritius, Namibia, Nauru, Nepal, Nigeria, the Northern Marianas, Oman, Panama, Puerto Rico, Pakistan, Papua New Guinea, the Philippines, Qatar, Rwanda, Seychelles, Sierra Leone, Singapore, the Solomon Islands, Sri Lanka, Surinam, Swaziland, Tanzania, Tonga, Tuvalu, Uganda, Vanuatu, American Samoa, Western Samoa, Zambia, Zimbabwe


(3a) The EFL territories with English a virtual second language (17 territories)

Argentina, Belgium, Burma/Myanmar, Denmark, Ethiopia, the Faeroe Islands, Honduras, Kuwait, the Netherlands, the Netherlands Antilles, Nicaragua, Norway, Somalia, Sudan, Sweden, Switzerland, the United Arab Emirates


(3b) The EFL territories with English learned as the global lingua franca (the rest of the world) (122 territories)

Afghanistan, Albania, Algeria, Andorra, Angola, Armenia, Aruba, Austria, Azerbaijan, the Azores, the Balearic Islands, Belarus, Benin, Bolivia, Bosnia-Herzegovina, Brazil, Bulgaria, Burkina Faso, Burundi, Cambodia, the Canary Islands, Cape Verde, Central African Republic, Chad, Chile, China, Colombia, the Comoros Islands, Congo, Croatia, Cuba, Cyprus, the Czech Republic, Djibouti, the Dominican Republic, Ecuador, El Salvador, Equatorial Guinea, Estonia, Finland, France, French Guiana, French Polynesia, Gabon, Georgia, Germany, Goa, Greece, Greenland, Guadeloupe, Guatemala, Guinea, Guinea-Bissau, Haiti, Hungary, Iceland, Indonesia, Iran, Iraq, Italy, the Ivory Coast, Japan, Kazakhstan, Kirghizia, Korea (North), Korea (South), Laos, Latvia, Libya, Liechtenstein, Lithuania, Luxembourg, Macau, Macedonia, Madagascar, Madeira, Mali, Martinique, Mauritania, Mexico, Moldavia, Monaco, Mongolia, Morocco, Mozambique, New Caledonia, Niger, Paraguay, Peru, Poland, Pondicherry, Portugal, Réunion, Romania, Russia, Saint Pierre et Miquelon, San Marino, Sao Tomé and Principé, Saudi Arabia, Senegal, Slovakia, Slovenia, Spain, Syria, Taiwan, Tajikistan, Thailand, Timor, Togo, Tunisia, Turkey, Turkmenistan, Ukraine, Uruguay, Uzbekistan, the Vatican City, Venezuela, Vietnam, the Wallis and Futuna Islands, Yemen, Yugoslavia, Zaire


 以上,合計232地域.

 ・McArthur, Tom. The English Languages. Cambridge: CUP, 1998. 53--54.

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2009-10-17 Sat

#173. ENL, ESL, EFL の話者人口 [demography][elf][model_of_englishes]

 世界語として最有力候補となった英語は,年々その話者を増やし続けている.英語の話者人口のモデル化はいくつか提案されているが,もっとも古典的なモデルは,話者層を三区分する方法である.

 ・ENL ( English as a Native Language )
 ・ESL ( English as a Second Language )
 ・EFL ( English as a Foreign Language )

 ENL は英語を母語とする話者で,人口としては米国や英国がその筆頭に挙がるが,国・地域数でいうと30は優に越える.ある意味では英語留学できる国・地域ということになるが,いくつ挙げられるだろうか?
 ESL は第二言語 ( second language ) として英語を話す人を指す.second language を厳密に定義することは難しいが,歴史的・政治的な背景で,事実上,英語が公用語(の一つ)として機能しているような地域で,母語の次に習得する言語としておきたい.単純に母語の次の2番目に習得する言語という意味での second language ではなく,上記のような歴史的・政治的な背景を有する場合に習得した,母語以外の言語ということで理解しておきたい.まとまった ESL 人口を擁する典型的な国・地域として,インド,ナイジェリア,デンマーク[2009-06-23-1],サモアなどが挙がる.
 EFL は,主に教育機関を通じて外国語として英語を学ぶ人を指し,国・地域でいえば,日本,中国,フランス,ロシアなど世界の大部分がここに属する.
 実際には区分間の境目が明確でない事例もあるが,何しろわかりやすいモデルなので広く受け入れられている.以下の人口統計は数年前の情報であり,現在の総計と分布は少なからず異なっている可能性はあるが,約15億人の英語話者人口の内訳はこの pie chart により容易に頭に入るだろう.see [2009-09-21-1]

ENS, ESL, and EFL populations

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