hellog〜英語史ブログ

#1086. lingua franca (1)[elf][etymology][model_of_englishes]

2012-04-17

 英語が lingua franca (リンガ・フランカ)であるとして ELF (English as a Lingua Franca) という表現が頻繁に聞かれるようになったのは,[2011-09-11-1]の記事「#867. Barber 版,現代英語の言語変化にみられる傾向」で触れたように,1990年代の半ば以降のことである(その他,elf の各記事や lingua franca を含む各記事を参照).EIL (English as an International Language) という表現も聞かれることがあったが,最近ではあまり聞かない."international language" であるという側面よりも,"lingua franca" であるという側面が強調されてきたからだろう.そして,最近ではより野心的な "global language" の使用も増えてきている.
 世界における現代英語の役割を考える上で,lingua franca という用語は不可欠だが,これには適切な和訳がない.拙著『英語史で解きほぐす英語の誤解』では,p. 12 で lingua franca を説明するのに「混成語」や「共通語」という訳語を使っている.

lingua franca は17世紀にイタリア語を借用した英語表現で,本来は「フランク族の言語」の意である。この言語はイタリア語,フランス語,ギリシア語,スペイン語,アラビア語からなる混成語で,かつて地中海沿岸地域の共通語として機能したために「リンガフランカ」は後に一般的に共通語を指す呼称となった。リンガフランカはそれを母語としない者どうしが交易などの実用的な目的に使用することが多いが,現在,英語は世界各地でまさにそのような目的で用いられているのであり,現代世界で最も影響力のあるリンガフランカと呼んで差し支えないだろう。


 他書でも「リンガ・フランカ」「リングア・フランカ」「リングワ・フランカ」などとカタカナ語で訳出されることが多いが,英和辞書から漢熟語を取り出すと「共通語」「世界語」「(混成)通商語」「混成語」「仲介語」「混成国際語」「補助言語」などと訳語は濫立している.私は,あえて単独で訳すのであれば「仲介語」「補助言語」辺りが適切な訳ではないかと考えているが,現在 ELF が広く論じられている文脈では「共通語」あるいは場合によっては「世界語」とほぼ同義に解釈されているのではないだろうか.「共通語」は必ずしも不適切ではないが,日本語では諸方言を代表する「日本語の共通語」という用語および概念が定着していることや,lingua franca には「共通語」が必ずしももっていない含みがあるということから,最善ではない.また,「世界語」はあくまで "global language" や "world language" の訳語と捉えるべきだろう.
 なお,lingua franca の語源である「フランク族の言語」について一言.19世紀まで地中海沿岸地域で話されていた Lingua Franca なる仲介語はイタリア語などヨーロッパの言語を基礎としていたため,アラビア人などにとってはヨーロッパ的な言語にほかならなかった.おそらく,彼らにとっては,この franca という語はゲルマン民族の一派としてのフランク族を狭く指す語ではなく,ヨーロッパ諸語を話す民族を広く指す語だったのではないか.
 明日の記事では lingua franca の意味と用例を探り,この用語の理解を深めてゆく.

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