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2013-09-08 Sun

#1595. 消えゆく満州語 [altaic][language_death][language_shift][map]

 一昨日,9月6日(金)の朝日新聞朝刊15面に「消えゆく満州語守れ」と題する記事があった.満州語 (Manchu) は,中国東北地方に住まう満州族(清朝建国より前には女真族と呼ばれた)の言語であり,17世紀から3世紀にわたって中国大陸を支配した清朝の公用語として栄えた言語である(以下の清朝の歴史地図を参照).現在,満州族の1千万人以上いる人口の半分は中国の遼寧省に集中しているが,中国語への言語交替 (language_shift) が著しく,満州語は2009年,UNESCO により消滅危機言語に指定された.EthnologueManchu を参照すると,言語状況は "Nearly extinct" と見積もられている. *

Map of Manchu

 満州語については「#1548. アルタイ語族」 ([2013-07-23-1]) の記事で少しだけ触れたにすぎないが,比較言語学的にはアルタイ語族ツングース語派の1言語と分類される.モンゴル文字を改良した文字体系をもち,アルタイ語族に特徴的な母音調和を示すほか,母音交替によって男性語と女性語を区別する一群の語彙をもつのが特異である.なお,互いに通じるほど近いシボ語 (Xibe or Sibo) は,地理的に孤立しており,新疆ウイグル自治区にていまだ3万人ほどの話者を擁している.
 さて,「消えゆく満州語守れ」の記事では,満州族文化の研究者が,民族文化の消失を防ぎ,継承するために,満州語教育制度を充実する必要があることを訴えている.とりわけ満州語を解読できる研究者の育成が急務であることが説かれている.清朝前期の公文書や民間史料は満州語で書かれているが,それを読みこなせる研究者は国内に10人ほどしかいない.また,清朝の発祥地とされる遼寧省撫順市の洞窟に多くの古文書が保管されているが,軍事的な理由でアクセスするのが容易でないことも頭の痛い問題だという.
 満州語の衰退には,政治史的な要因も関わっている.満州族は,1911年の辛亥革命による清朝崩壊後に排斥を受け,1949年の新中国成立後も他の少数民族とは異なり,自治が認められてこなかった.1980年代に自治が認められ始めたが,その頃にはすでに母語話者の高齢化と漢族への同化が進んでしまっていた.
 このような状況にある言語は世界中にごまんとある.UNESCO が消滅危機の警鐘を鳴らしたとしても,人々に復興の意思があるとしても,現実的には守り得る言語の数には限りがある.記事のなかで瀋陽師範大学の曹萌教授曹教授が力説しているとおり,危機にある言語の「継承も研究も,時間との勝負」である.

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2013-09-02 Mon

#1589. フィリピンの英語事情 [philippine_english][esl][new_englishes][map][austronesian]

 フィリピン (The Philippines) は,言語多様性の高い国である.日本の4/5ほどの面積に約8,800万人が住んでおり,EthnologuePhilippines の項によれば,181の言語が行なわれているという(フィリピンの現況を報告する一般の概説書によれば80程度ともされ,数え方により大きく異なる).「#401. 言語多様性の最も高い地域」 ([2010-06-02-1]) で取り上げた多様性指数 (diversity index) のランキングでいえば,0.855の値を示し,世界25位である.土着語のほとんどがオーストロネシア語族に属する言語であり,VSOの語順を示すなど,言語的には比較的類似している.母語話者人口の最も多いのは Cebuano (約1,200万人)だが,公用語としてはルソン島南部を中心に母語人口1,000万人を誇る Tagalog をもとにした Filipino が国語とされているほか,英語がもう1つの公用語として広く学ばれ,行われている(政府は1972年より Filipino と英語の2言語教育の方針を打ち出している).Crystal (64) の統計によれば,国民の半数近くが英語を話すとされ,東南アジアにおいて最も英語話者の多い国といえるだろう.(フィリピンの言語地図はこちらを参照). *
 フィリピンは,16世紀後半から続いた300年のスペインによる支配の後,1898年の米西戦争 (the Spanish-American War) を経て,アメリカの支配下に入った(「#255. 米西戦争と英語史」[2010-01-07-1]を参照).1942--45年の日本による占領時代を経て1946年に独立したが,独立後もアメリカとの関係は密であり,アメリカ英語の影響が色濃い.全般的にイギリス英語の色彩が圧倒的である東南アジアにあって,異色である(「#376. 世界における英語の広がりを地図でみる」[2010-05-08-1]を参照).
 上記のような経緯で Philippine English ("Taglish" とも呼ばれる)は,Singapore English と並んで東南アジアの数ある英語変種のなかでも目立った存在となっている.Jenkins (47) によると,東南アジア英語変種のなかでもとりわけ研究が進んでおり,例えば Tay, M. ("Southeast Asia and Hongkong." English around the World. Ed. J. Cheshire. Cambridge: CUP, 1991.) や World Englishes の2004年の Bautista et al. によるフィリピン英語特集などが挙げられている.フィリピン英語は1960年代後半から記録されており,独特な発音や文法が発達してきていることが知られている.また,新旧の世代差や formality による差など,フィリピン英語内での変種も多様化してきているようだ.
 英語が非母語として用いられている他の地域の英語事情については,「#273. 香港の英語事情」 ([2010-01-25-1]),「#404. Suriname の歴史と言語事情」 ([2010-06-05-1]),「#412. カメルーンの英語事情」 ([2010-06-13-1]),「#514. Nigeria における英語の位置づけ」 ([2010-09-23-1]),「#1536. 国語でありながら学校での使用が禁止されている Bislama」 ([2013-07-11-1]) などの記事を参照.

 ・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.
 ・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.

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2013-08-12 Mon

#1568. Norman, Normandy, Norse [norman_conquest][map][etymology][back_formation][suffix]

Map of Normandy in 1066

 ノルマン・コンクェスト (the Norman Conquest) は,フランス北西部の英仏海峡に面したノルマンディー (Normandy) に住み着いたノルマン人 (the Normans) の首領 William によるイングランド征服である(上の地図参照).1066年に起こったこの出来事は英国史上最大の事件といってよいが,ヨーロッパ史としては,8世紀より続いていたヴァイキングのヨーロッパ荒しの一幕である.ノルマン人が北欧出身のヴァイキングの一派であることは,Norman の語源からわかる.
 Norman という語は,上記のようにイングランド征服に従事した北欧ヴァイキングを指示する民族名で,1200年頃の作とされる Laȝamon's Brut に初出する.これは OF Normant (F Normand)の最終子音が脱落した形態の借用であり,OF Normant 自体は ON Norðmaðr (northman) からの借用である.最終子音の脱落は,OF の複数形 Normans, Normanz から単数形が逆成 (back-formation) された結果であるかもしれない.一方,語中子音 ð の消失は,Du. Noorman, G Normanne などゲルマン諸語の形態にも反映されている.
 後期中英語から初期近代英語にかけては,OF や AN のNormand に基づいた,語尾に d をもつ形態も用いられていたが,現在まで標準的に用いられているのは d なしの Norman である.ただし,地名として接尾辞を付加した Normandy では,OF で現われていた d が保持されている.MEDNormandī(e (n. & adj.) によると14世紀が初出だが,OED では11世紀に Normandig として例があるという.地名のほうが民族名よりも文証が早かったということになる.
 関連して,古代スカンディナヴィア人やその言語を表わす Norse という語は,16世紀末が初出である.こちらは,Du. noorsch (noord + -sch) からの借用であり,語形成としては north + -ish のような構造ということになる.参考までに,英語の接尾辞 -ish が原形をとどめていない例として French, Welsh などがある.この接尾辞については,「#1157. Welsh にみる音韻変化の豊富さ」 ([2012-06-27-1]) も「#133. 形容詞をつくる接尾辞 -ish の拡大の経路」 ([2009-09-07-1]) の記事を参照.

Referrer (Inside): [2013-09-07-1]

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2013-07-23 Tue

#1548. アルタイ語族 [altaic][family_tree][japanese][language_family][map]

 「#496. ウラル語族」 ([2010-09-05-1]) と合わせてウラル・アルタイ大語族の仮説を構成するアルタイ語族 (Altaic) について,バーナード・コムリー他 (46--47) より紹介する.アルタイ語族は,実証されてはいないものの朝鮮語や日本語が所属するとも提案されてきた重要な語族である.コムリーの与えているアルタイ語系統図を見てみよう.

Altaic Family Tree

 この語族の故地はアルタイ山脈付近(下図参照)にあるとされ,西のチュルク語派 (Turkic),中央のモンゴル語派 (Mongolian),東のツングース語派 (Tungus) が区分される.その後,担い手である遊牧民によって拡散し,現在ではトルコからシベリア北東部にいたる大草原地帯に広く分布する.

Map of the Altaic Mountains

 アルタイ諸語のあいだの系統関係は,語彙よりも文法上の類似に基づくものが多く,研究者間で必ずしも意見の一致を見ているわけではない.共通する特徴として指摘されるのは,語順が SOV であること,膠着語であること,母音調和をもっていることが挙げられるが,後者2点についてはウラル語族の特徴とも一致する.日本語の所属が提案されているのも,これらの特徴ゆえである.主流派の見解によれば,日本語はアルタイ語族とオーストロネシア語族の混成語とも言われるが,証明は難しい.
 満州語は,中国最後の皇帝の言語であり,清王朝 (1644--1911) のもとで優遇されたが,現在では大多数の話者が中国語へ言語交替したため,消滅の危機に瀕している.
 アルタイ語族の各言語の詳細については,Ethnologue report for Altaic を参照.

 ・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.

Referrer (Inside): [2018-03-21-1] [2013-09-08-1]

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2013-07-21 Sun

#1546. 言語の分布と宗教の分布 [religion][sociolinguistics][christianity][geolinguistics][map][buddhism][hebrew]

 言語と宗教の関係の深さについては,多くの説明を要さないだろう.古今東西,人間集団はしばしば言語と宗教とをひとまとめにして暮らしてきた.宗教がもたらす言語的影響が甚大であることは,英語史と日本語史からの1例だけをとっても,「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1]) で述べた如く明らかである.英語については,語彙という目につきやすいレベルにおいて,「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]) や「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) で示した通り,キリスト教の影響は濃厚である.
 言語の体系から言語の分布へと視点を移しても,宗教の関与は大きい.宗教を隔てる線がそのまま言語を隔てる線になっている例は少なくない.昨日の記事「#1545. "lexical cleansing"」 ([2013-07-20-1]) の最後で触れたように,Serbo-Croatian という方言連続体をなす言語が Serbian と Croatian の2言語へ分裂したのは,前者のギリシャ正教と後者のカトリック教との宗教的対立が言語的対立へと投影された結果として理解できる(さらに,事実上同じ言語でありながら,イスラム教徒による Bosnian も3つ目の「言語」として認知されつつある).インド北部とパキスタンでは,互いに理解可能な Hindustani 口語方言が,ヒンズー教とイスラム教の対立に基づき,Hindi と Urdu という異なる2言語へと分けられている.キプロス島では,ギリシア語話者集団とトルコ語話者集団が,それぞれギリシャ正教徒とイスラム教徒に対応している.
 地理的に離散して分布しているにもかかわらず,宗教を同じくするがゆえにそれと結びつけられる言語が保たれたり,あらたに採用されたりするケースもある.例えば,インドで最南端にまで存在するイスラム教徒の諸集団が,元来,非印欧語族系のタミール語などの環境におかれていたにもかかわらず,自発的かつ組織的に印欧語である Urdu へと言語を交替させた例がある(ブルトン,pp. 75--76).2000年ものあいだ離散していたユダヤの民が,イスラエル建国とともに,口語としては死語となっていたヘブライ語を蘇らせたが,その大きな原動力はユダヤ教の求心力だった.
 宗教の拡大とともにその担い手となる言語も拡大するということは,ヨーロッパにおけるキリスト教とラテン語,イスラム世界におけるアラビア語,東アジアにおける仏教と中国語など,多くの例がある.しかし,縮小した言語が宗教的な求心力により延命され,保持されるような例もある.分割以降のポーランドでカトリック教会がポーランド語を使用し続けたことは,ポーランド語の存在感を保つことに貢献したし,フランドル地方におけるオランダ語のフランス語に対する地位向上も,聖職者の活動によって可能となった.
 しかし,上記のように関連の深さを理解する一方で,言語と宗教とが必然的な関係ではないことも強調しておく必要がある.移住民の多い社会にあっては,祖先の宗教は保っているものの,祖先の言語は失い,移住先の優勢な言語へ乗り換えているケースが少なくない.例えば,米国のユダヤ教徒やイスラム教徒を思い浮かべればよい.
 言語と宗教は関連は深いが,その関連は必然的ではない.両者がどのように依存し,どのように独立しているのかという問題は,「#1543. 言語の地理学」 ([2013-07-18-1]) の取り組むべき課題の1つだろう. * 

 ・ ロラン・ブルトン 著,田辺 裕・中俣 均 訳 『言語の地理学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1988年.

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2013-07-11 Thu

#1536. 国語でありながら学校での使用が禁止されている Bislama [pidgin][map]

 Vanuatu 共和国は南西太平洋,メラネシアに浮かぶ島国である.国内には100以上のメラネシア系言語が話されているが,英語ベースで幾分のフランス語彙を含むピジン語 Bislama (or Beach-la-Mar) が国語として広く用いられている.また,公用語として英語とフランス語が行なわれている.

Map of Vanuatu

 Vanuatu は1774年にイギリスの Captain Cook が探査して,the New Hebrides と命名された.19世紀後半の英仏植民競争の激化を経て,1906年には世界でも珍しい英仏共同統治下に置かれ,英仏両言語が公用語とされた.1980年に共和国として独立し,現在に至っている.
 かつて南西太平洋を旅したときに Vanuatu にも訪れたことがあるが,海と島と太陽が忘れられない.現地で Bislama のポケット会話集のようなものを買ったようにも思うが,旅人としては英語で用を足すことができたので,Bislama を聴く機会はほとんどなかった.言語としては近隣のパプアニューギニアの Tok Pisin やソロモン諸島の Pijin と近く,部分的に相互に通じ合う.
 さて,Bislama が国語であることは,1980年の独立時に起案された憲法の 3. (1) でも以下のように明記されている.

3. (1) The national language of the Republic of Vanuatu is Bislama. The official languages are Bislama, English and French. The principal languages of education are English and French.


 この国の言語状況について奇妙なことがある.憲法にも明記されている正当な国語たる Bislama が,教育の媒介言語として公には許容されていないのである.教育の言語はあくまで英語とフランス語である.Romain (194) は,この状況を指して,Vanuatu は国語の使用を禁止している世界で唯一の国かもしれないと述べている.

Although Bislama is recognized by the constitution of Vanuatu as the national language of the country, paradoxically it is forbidden in the schools. Thus, Vanuatu may be the only country in the world which forbids the use of its national language! English and French, the languages of the former colonial powers, are still the official languages of education.


 実際には,学校における Bislama の使用が完全に禁止されているということではなく,小中学校ではくだけた文脈で補助言語として用いられることはあるようだ.また,2011年には "Proposed vernacular education" も提案されているというから,英仏語に対する土着の言語の社会言語学的な立場も徐々に上昇してきているのだろう.

 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.

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2013-07-06 Sat

#1531. pidgin と creole の地理分布 [pidgin][creole][map][geography][world_languages][tok_pisin][caribbean]

 数え方にもよるが,世界中で100以上のピジン語やクレオール語が日常的に用いられているといわれる.なかには200万人を超える話者を擁する Tok Pisin のような活発な言語もある.実際,Tok Pisin は南太平洋における最大の言語である.英語を lexifier とする「#463. 英語ベースのピジン語とクレオール語の一覧」 ([2010-08-03-1]) についてはすでに本ブログで言及したが,かつての大英帝国の影響力から予想される通り,英語ベースのものが最も多い.
 Romain (170--73) の地図を参照して lexifier 言語別にピジン語とクレオール語の個数を数え上げると,英語が35,フランス語が14,ポルトガル語が9,スペイン語が3,オランダ語が3,その他の言語が26となる. * *
 世界に散在する種々のピジン語とクレオール語を分類するのに,上記のように語彙を提供している言語,すなわち superstratum の言語を基準とする方法があるが,ほかに地域を基準とする分類もある.地理的な分布の観点からピジン語やクレオール語を大きく2分すると,大西洋系列と太平洋系列とに分かれる.Romain (174--75) を引用しよう.

Creolists recognize two major groups of languages, the Atlantic and the Pacific, according to historical, geographic, and linguistic factors. The Atlantic group was established primarily during the seventeenth and eighteenth centuries in the Caribbean and West Africa, while the Pacific group originated primarily in the nineteenth. The Atlantic creoles were largely products of the slave trade in West Africa which dispersed large numbers of West Africans to the Caribbean. Varieties of Caribbean creoles have also been transplanted to the United Kingdom by West Indian immigrants, as well as to the USA and Canada. The languages of the Atlantic share a West African common substrate and display many common features . . . . / In the Pacific different languages formed the substratum and socio-cultural conditions were somewhat different from those in the Atlantic. Although the plantation setting was crucial for the emergence of pidgins in both areas, in the Pacific laborers were recruited and indentured rather than slaves. Apart from Hawai'i, a history of more gradual creolization has distinguished the Pacific from the Atlantic (particularly Caribbean) creoles, whose transition has been more abrupt.


 このように地理的な分布による2分法は明快だが,両系列のあいだに複雑な関係があることを見えにくくしているきらいがあることには注意しておきたい.例えば,両系列に共有されている語彙 (savvy "to know" や picanniny "child, baby") の存在は,2つの海をまたいで活躍した船乗りの役割を考慮せずにうまく説明することはできないだろう.

 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.

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2013-06-11 Tue

#1506. The Rhenish fan [dialectology][german][geography][isogloss][wave_theory][map][consonant][neogrammarian][sgcs][germanic]

 昨日の記事「#1505. オランダ語方言における "mouse"-line と "house"-line」 ([2013-06-10-1]) で,同じ母音音素を含む2つの語について,それぞれの母音の等語線 (isogloss) が一致しない例を見た.今回は,同様の有名な例をもう1つ見てみよう.ドイツ・オランダを南から北へ流れるライン川 (the Rhine) を横切っていくつかの等語線が走っており,河岸の東40キロくらいの地点から河岸の西へ向けて扇を開いたように伸びているため,方言学では "The Rhenish fan" として知られている.Bloomfield (344) に掲載されている Behaghel からの方言地図を掲載する.

The Rhenish Fan

 ゲルマン語の方言学では,"make" に相当する語の第2子音を [x] と [k] に分ける等語線をもって,高地ドイツ語と低地ドイツ語を分けるのが伝統的である.この等語線の選択は突き詰めれば恣意的ということになるが,「#1317. 重要な等語線の選び方」 ([2012-12-04-1]) には適っている.この等語線は,東側では Berlin 北部と西部をかすめて東西に延びているが,西側では Benrath という町の北部でライン川を渡る.この西側の等語線は "Benrath line" と呼ばれている.この線は,古代における Berg (ライン川の東)と Jülich (ライン川の西)の領土を分ける境界線だった.
 同じ [x/k] の変異でも,1人称単数代名詞 I においては異なる等語線が確認される.Benrath から下流へしばらく行ったところにある Ürdingen という村の北部を通ってライン川を渡る [ix/ik] の等語線で,これを "Ürdingen line" と呼んでいる.Benrath line ではなく Ürdingen line を高低地ドイツ語の境界とみなす研究者もいる.この線は,ナポレオン時代以前の公爵領とケルン選帝侯領とを分ける境界線だった.
 Benrath line から南へ目を移すと,「村」を表わす語の語末子音に関して [dorf/dorp] 線が走っている.この線も歴史的にはトレーブ選帝侯領の境界線とおよそ一致する.さらに南には,"that" に相当する語で [das/dat] 線が南西に延びている.やはり歴史的な領土の境と概ね一致する.
 Benrath line と Ürdingen line における [x/k] 変異の不一致は,青年文法学派 (Neogrammarians) による音韻法則の一律の適用という原理がうまく当てはまらない例である.同じ音素を含むからといって,個々の語の等語線が一致するとは限らない.不一致の理由は,個々の等語線が個々の歴史的・社会的な境界線に対応しているからである.改めて chaque mot a son histoire "every word has its own history" ([2012-10-21-1]) を認識させられる.この金言の最後の語 "history" に形容詞 "social" を冠したいところだ.
 以上,Bloomfield (343--45) を参照して執筆した.

 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

Referrer (Inside): [2014-11-21-1] [2013-07-07-1]

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2013-06-10 Mon

#1505. オランダ語方言における "mouse"-line と "house"-line [dialectology][dutch][geography][isogloss][wave_theory][map][phonetics][vowel]

 現代標準英語の mousehouse には [əʊ] の2重母音が含まれている.この2重母音はゲルマン祖語では *[uː] だったが,現在のゲルマン諸語の多くでは,音価こそ多種多様だが,何らかの2重母音か長母音かが共通して両語に現われる.例えば,標準ドイツ語では [aʊ] であり,標準オランダ語では [øy] である.
 ところが,ベルギーとオランダにまたがる地域の方言地図(記事末尾を参照)を描いてみると,この2語の母音について興味深い分布が明らかになる.東部には古い [uː] が残っており,[muːs, huːs] が見られる.一方,西部には,飛び地としての分布ではあるが円唇化した長母音 [yː] を含む [myːs, hyːs] が行なわれている.また,最西端には [øː] を含む [møːs, høːs] が細々と分布している.そして,西部の大半には標準オランダ語の [øy] が広がっている.それぞれの地域で,音価こそ異なるものの,"mouse" と "house" の両語に同じ長母音か2重母音が現われていることが確認できる.
 ところが,[muːs, huːs] と [myːs, hyːs] に挟まれたところに,両語で母音の食い違った [muːs, hyːs] を示すエリアがあるのである.このことは,"mouse" と "house" の母音の変異を表わす等語線 (isogloss) が互いに一致していないことを物語っている.mouse のほうが "house" よりも広い地域において,古い2重母音を保っているということになる.簡略化した模式図を以下に示そう.



 この分布を説明するのに,次のようなシナリオが想定される.中世のあるとき,おそらく西部のフランドル地方で革新形 [yː] が生じた.文化的な優位ゆえに,この革新的な母音は波状に広がっていった.一方,東からは北ドイツのハンザ都市を中心とするもう1つの文化圏の影響により,古い [uː] も根強く分布していた.この東西文化圏からの波紋が問題のエリア周辺で複雑にぶつかりあい,等語線の妥協の産物ともいえる上記の分布が生じたのである.実際,現在でも西からの [yː] の東進はゆっくりと継続しているという.
 後の16--17世紀,おそらくアントワープ発で,次なる革新的な2重母音 [øy] が広がり出す.これが,その時までに優勢となっていた [yː] を置き換えてゆき,オランダ語に標準的な発音となっていった.
 [muːs, hyːs] を生み出した一致しない等語線は,[2012-10-21-1]の記事で触れた chaque mot a son histoire "every word has its own history" を明確に裏付けるものである.
 以上,Kloeke, G. G (De Hollandsche Expansie. Noorden Zuid-Nederlandsche Dialectbibliotheek 2. The Hague: 1927.) の調査を概説した Bloomfield (328--31) を参照して執筆した.以下の地図は,Bloomfield (328) より.

Kloeke's Map of

 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

Referrer (Inside): [2014-11-21-1] [2013-06-11-1]

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2013-06-05 Wed

#1500. 方言連続体 [dialect_continuum][dialect][geography][isogloss][map][terminology]

 方言どうしの境界線(あるいは時に言語どうしの境界線)は,必ずしも明確に引けるとは限らない.否,多くの場合,方言線は多かれ少なかれ恣意的である.「#1317. 重要な等語線の選び方」 ([2012-12-04-1]) で述べたように,等語線 isogloss が太い束をなすところに境界線が引かれるとするのが一般的ではあるが,絶対的な基準はないといってよい.
 ある旅行者が地理的に連続体をなすA村からZ村へと歩いてゆく旅を想像すると,A村の言語とB村の言語とは僅少な差しかなく,B村とC村,C村とD村も同様だろう.旅行者は,各々の言語的な差異にはほとんど気付かずに歩いて行き,ついにZ村に達する.ところが,客観的にA村とZ村の言語を比べると,明らかに大きな差異があるのである.村から村への言語差はデジタルではなくアナログであり,旅行者が体験したのは方言連続体 (dialect continuum) にほかならない.世界各地に方言連続体が存在するが,ヨーロッパだけを見ても複数の方言連続体が見られる.以下は,Romain (12) の図を参考にして作った方言連続体の地図である.

Map of Dialect Continua in Europe

 この地図は,例えばイタリア南端からフランス北部のカレーまで,あるいはアムステルダムからウィーンまで,方言連続体を旅することができるということを意味する.
 方言連続体を示す地域の限界は,波線で示された国境線と一致することもあれば一致していないこともある.これは,隣り合う2つの村が国境を挟んでいるからといって,必ずしも大きく異なる言語を用いているというわけではないということを示すと同時に,場合によっては同一国内の隣り合う2つの村でも言語の断絶があり得るということを示す.
 方言連続体に関しては,理論的な問題がある.A, B, C, . . . Zの村々が方言連続体を構成していると想定した場合,それぞれの村の内部では一様な言語が行なわれていると考えてよいのだろうか.あるいは,村の西端と中央と東端とではミクロな方言連続体が存在しているのだろうか.もしA村とB村がそれぞれ言語的に一様だと仮定するならば,A村は1つの方言地域 (dialect area) を構成し,B村はもう1つの方言地域を構成するということになり,A村の方言とB村の方言の間には連続体ではなく小さいながらも断絶が想定されるということにならないだろうか.方言連続体という概念と方言地域という概念はどのように関連しているのだろうか.この理論的問題は,Chambers and Trudgill の問題として,Heeringa and Nerbonne によって取り上げられている.

Chambers and Trudgill (1998) introduced an interesting puzzle, one that is related to whether dialects should be viewed as organized by areas or via a geographic continuum. They observed that a traveller walking in a straight line notices successive small changes from village to village, but seldom, if ever, observes large differences. This sounds like a justification of the continuum view . . . . (376)


 いかに方言連続体が生じるか,なぜ方言が存在するのかという問題については,「#1303. なぜ方言が存在するのか --- 波状モデルによる説明」 ([2012-11-20-1]) の記事も参照.

 ・ Romain, Suzanne. Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics. 2nd ed. Oxford: OUP, 2000.
 ・ Heeringa, Wilbert and John Nerbonne. "Dialect Areas and Dialect Continua." Language Variation and Change 13 (2001): 375--400.
 ・ Chambers, J. K. and Peter Trudgill. Dialectology. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1998.

Referrer (Inside): [2013-06-27-1] [2013-06-06-1]

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2013-06-04 Tue

#1499. スカンジナビアの "semicommunication" [bilingualism][dialect][old_norse][map][language_or_dialect]

 互いに通じるようで通じない,似ているようで似ていない言語あるいは方言の話者による相互コミュニケーションを,Haugen は "semicommunication" と名付けた.互いにある程度は通じるといわれるスカンジナビアの北ゲルマン諸語(以下の地図を参照)を念頭に置いての名付けである.Haugen は,ノルウェー,スウェーデン,デンマークの3カ国から互いの言語の理解度に関するアンケート調査を実施し,それぞれの言語に関する semicommunication の現状と問題点を明らかにした.1972年のやや古い調査なので,その結果が2013年現在どの程度あてはまるのか不明だが,言語と方言の区別が必ずしも話者の相互理解可能性に依存するわけではないという社会言語学の一般的見解を理解するうえで価値ある研究である.

Map of Scandinavia

 アンケートでは直接に言語に関わる質問項目ばかりではなく,個人に関する社会的な質問項目も多く含まれていた.詳細は割愛するが,Haugen (225) の図を改変し,3言語母語話者の互いの semicommunication の度合いを図示してみた.まずは,初めて相手の言語を聞いて理解が容易である(正確には「すべて理解できる」と「少数の語を除いてすべて理解できる」)と答えた人の割合から.

Semicommunication in Scandinavia (1)

 この図から様々なことがわかる.デンマーク語とスウェーデン語の間には大きな理解の困難がある.スウェーデン語とノルウェー語の間には相当程度の相互理解がある.ノルウェー語とデンマーク語の間の理解度は中間的だが,後者が前者を理解する程度のほうが逆よりも大きい.
 ノルウェーとデンマークは前者による政治的支配の歴史があり,互いの言語に語彙の共通項も多いが,発音が非常に異なるために,理解度は著しく高くはない.デンマーク人によるノルウェー語の理解度が相対的に高いのは,ノルウェー語のほうが綴字と発音の関係が緊密であるために,デンマーク人は綴字を経由して自言語へ翻訳しやすいのではないかとも考えられる.
 次は,互いの言語を理解できるかという質問に対して "yes", "no", "fairly well" の3択で答えてもらった結果,"yes" と答えた人の割合である.こちらの図では,3言語の間の理解度がより安定したものとして示されている.

Semicommunication in Scandinavia (2)

 個人の理解度には出身地,受けてきた教育の程度,互いの国への訪問の頻度などが複雑に関与しているので,一般化は難しいものの,およその傾向はつかめるだろう.北欧3国で最もコミュニケーション上の問題を抱えているのは,デンマーク人であることがわかる.
 Haugen は,発音の相違がコミュニケーションを阻害する主要因であることを認めながらも,互いの言語に対する態度 (linguistic attitude) の役割も見逃すことはできないと明言している.

Even though mutual comprehension is basically a matter of language distance, we cannot entirely discount the effect of mutual social attitudes in reducing or enhancing the will to understand. (227)


 互いの言語に対する好悪をアンケート (228) で確かめると,デンマーク語を好むと答えたスウェーデン人は0%,ノルウェー人は2%にとどまっている.また,デンマーク人の41%がノルウェー語,42%がスウェーデン語を好ましく思うと答えている.デンマーク語は自他ともに,北欧3言語のなかで相対的に低く見られているといえよう.一方,数値で見る限り,ノルウェー語とスウェーデン語は互いに好ましく思っている.このような言語態度には,デンマークの政治的地位の相対的な低さが反映されている可能性がある.
 semicommunication には,言語的な差異が作用しているのはもちろんだが,社会言語学的な要因である言語態度の温度差も効いているとする Haugen の見解は正しいだろう.これらが互いに異なる方言ではなく異なる言語と呼ばれるのには,言語態度の温度差も関わっているのである.逆に,言語態度に温度差が少なければ,中国語の諸変種がそうであるように,話し言葉では互いに通じないにもかかわらず,方言と呼ばれ得るのかもしれない."what" に相当するおよそ同じ発音の語がノルウェー語では hva, スウェーデン語では vad, デンマーク語では hvad と綴られる(1906年以前はいずれも hvad だった)のに対し,中国語諸方言では発音が著しく異なっていても同じ漢字で書き表わされるという事実は,実に対照的である.
 ゲルマン諸方言の間の semicommunication といえば,古英語話者と古ノルド語話者がどのくらい理解し合えたのかという問題は,英語史の重要な関心事である.そこでも言語的差異だけでなく,互いにどのような言語態度をもっていたかという点が関与してくるだろう.

 ・ Haugen, Einar. "Semicommunication: The Language Gap in Scandinavia." The Ecology of Language: Essays by Einar Haugen. Stanford, CA: Stanford UP, 1972. 215--36.

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2013-06-03 Mon

#1498. taboo が言語学的な話題となる理由 (3) [taboo][sociolinguistics][euphemism][map][synonym][semantic_change]

 [2013-05-19-1], [2013-06-02-1]の記事に引き続き,taboo について.今回は,taboo 語と同義語 (synonym) の関係に焦点を当て,その言語学的な意義を考える.
 一般に言語には完全同義語は存在しない,あるいは非常に稀であるとされる.完全同義語とは1つの signifiant に対して2つ(以上)の singifié が結びつけられている記号のあり方を指す.学術用語や技術用語などに見られることはあるが,日常語彙では非常に珍しい.完全同義語は習得に余計な負担がかかると考えられるから,ほとんど存在しないことは理に適っている.
 しかし,語彙交替が比較的頻繁である言語において,新形と旧形のペア,あるいは2つの新形のペアが,同一指示対象を指しながら共存し続けるという例がないわけではない.言語において語彙交替が頻繁な状況というのは,多数の言語との濃密な混交によるものなどが考えられるが,もう1つ考えられるのは,昨日の記事「#1497. taboo が言語学的な話題となる理由 (2)」 ([2013-06-02-1]) で取り上げた Twana 語にみられるような taboo の習慣と関係するものである.
 Suarez は,アルゼンチンの Santa Cruz 州で話されている Chon 語族の Tehuelche 語に,異常なほど多くの完全同義語が存在するという事実を報告している(Ethnologueによると,同語族の Mapdungun と言語的に同化しているという.こちらの言語地図を参照 *)."head", "hair", "spoon", "kind of vulture", "gull", "knife", "horse", "dog" などの日常語に,2つ以上の完全同義語が存在するという.完全同義語であることを示すには,生起環境,denotation (明示的意味),connotation (含蓄的意味),register (使用域)などを詳細に検討する必要があるが,この点で Suarez (193) は説得力のある数点の議論を展開しており,これらが完全同義語であることは受け入れてよさそうだ.では,なぜ Tehuelche には,通言語的に稀とされる現象が観察されるのだろうか.
 背景には,あだ名の習慣と死者の名前に関する taboo の習慣がある.Tehuelche では個人にあだ名をつける習慣が広く行なわれており,例えば太った女性を「大瓶」と呼ぶ如くである.ある人が死ぬと,1年間の服喪のあいだ,本名とともにあだ名も taboo の対象となる.本名は共時的に意味が空疎だが,あだ名は一般の語を基体にもつ派生的な表現として有意味であるから,後者の派生元の語を一般的に用いることができなくなるいうのは不便である.そこで代替語が生み出されることになる.例えば,「犬」をあだ名にもつ人が亡くなると,「犬」の語は使用禁止となり,代わりに「嗅ぐもの」などの表現が用いられることになる.
 だが,服喪が終わっても,新表現「嗅ぐもの」が犬を意味する語として引き続き使われてゆくということもあるだろう.やがて「嗅ぐもの」が犬を意味する語として一般的に用いられるようになると,もはや語内の形態分析,意味分析がなされなくなり,直接的に犬を指示する語として定着するだろう.つまり,ここでは意味変化が生じたことになる.
 このように taboo の習慣に動機づけられた語彙交替と意味変化が何度となく生じ,「犬」を表わす数々の表現が盛衰する.そのなかで,いくつかのものは長く生き残り,完全同義語として並存するという状況が生じる.通常,2つの完全同義語が現われると,一方が消えるなり,双方が connotation を違えるなりして完全同義語状態が解消されるものだが,文化的な要因により語彙の盛衰がとりわけ激しい Tehuelche にあっては,事情は異なるようだ.
 語彙交替,意味変化,完全同義語の形成と継続 --- これらの語彙的,意味的な変化を促す文化装置として,Tehuelche の taboo はすぐれて言語学的な話題を提供している.

 ・ Suarez, J. A. "A Case of Absolute Synonyms." International Journal of American Linguistics 37 (1971): 192--95.

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2013-06-02 Sun

#1497. taboo が言語学的な話題となる理由 (2) [taboo][sociolinguistics][euphemism][map][glottochronology]

 「#1483. taboo が言語学的な話題となる理由」 ([2013-05-19-1]) に引き続いての話題.北米の西海岸,California から Alaska にかけての地域では,先住民による Salish 諸語が話されている(Ethnologueによる言語地図を参照 *).そのなかに,ワシントン州西部の the Hood Canal 地域で話されている Twana 語という言語がある.この言語(および少ない証拠が示すところによれば近隣の海岸部の他の Salish 系言語)では,世界の諸文化にしばしば見られるように,死者の名前に関しての taboo がある.Twana の人名には,幼名・あだ名と成人名が区別されるが,taboo が適用されるのは成人名のみである.成人名は持ち主が死ぬと taboo となり,親族の別の一員がその成人名を採用するまで効力が持続する.
 ところが,Twana には死者の成人名の taboo と関連して,もう1つの2次的な taboo が生じうる.とりわけ死者が身分の高い家系の者であるとき,遺族は,その成人名と音声的に類似する別の語の使用を禁忌することを公言する機会をもつのだ.それは,葬式の後しばらくたった後に,村人たちを招いての宴会儀式の形を取る.その儀式では,贈り物を渡すなどしたあと,taboo となるべき語が発表され,その代替語が提案されるのである.
 この2次的な taboo は,儀式に招かれた客の全員に適用されるほか,死者や遺族の社会的な地位に応じて,さらに広い共同体へ広がる可能性がある.海岸部の Salish 諸語は言語的に互いに不均質であり,細切れした様相を帯びているといわれるが,これは taboo に基づく語彙交替が毎回異なる範囲で適用されるからではないかとも考えられている.
 具体例を1つ挙げると,1860年代に生まれた Twana 話者によれば,xa'twas という名の男性が死んだ後,儀式が開かれて xa'txat (mallard duck) が taboo となり,代替語として hɔ'hɔbšəd (red foot) が用いられるようになったという.この語彙交替はほぼ完全であり,1940年にはもともとの xa'txat はほとんどの話者に忘れ去られていたという(この点で,[2012-12-25-1]の記事「#1338. タブーの逆説」で例示した頑迷な taboo とは異なる).代替語は上述の "red foot" のように派生や複合による記述的な表現となることが多く,Twana には一般名詞で複数の要素に分析できるものが少なくないことから,これらの名詞も taboo とそれに伴う言い換えにより定着したものである可能性が高い.
 この Twana の taboo のもつ言語学的な意義は,[2013-05-19-1]でも述べたように,語彙交替を伴うという点だ.新しい語が導入され,古い語は忘れ去られる.このことは,Swadesh の提案した「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1]) の手法の正当性に大きな疑問を投げかける.Swadesh は,長い期間で見ると語彙交替は一定の速度で起こるということを計算の前提としているが,Twana のように語彙交替が文化の装置として機能している場合には,その前提は成り立たないはずである.実際,Swadesh は細切れな Salish 諸語の語彙を言語年代学の手法で分析したが,そこで出された諸言語間の分岐年代は不当に時間を遡りすぎている可能性が高い.Twana のような独特な taboo 文化は確かに稀だろうが,言語における一定速度の語彙交替という前提を真剣に疑うべき理由にはなる.
 以上,Elmendorf を参照して執筆した.

 ・ Elmendorf, W. W. "Word Taboo and Lexical Change in Coast Salish." International Journal of American Linguistics 17 (1951): 205--08.

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2013-05-31 Fri

#1495. 驚くべき北西アマゾン文化圏の multilingualism [bilingualism][lingua_franca][map]

 昨日の記事「#1494. multilingualism は世界の常態である」 ([2013-05-30-1]) の趣旨を具体例で補うために,驚くべき multilingualism の実例を紹介しよう.Sorensen が詳細に調査した北西アマゾン文化圏の例である.
 ブラジルとコロンビアの国境にまたがる北西アマゾンの地域に,人口1万人ほどからなる文化圏がある.ここでは異なる部族によって25以上の言語群が行なわれている(したがって「1文化=1言語」の明らかな反例である).地域にはいくつかのリンガ・フランカが存在するが,最も広く通用する言語は Tukano である.Tukano の通用する範囲とこの文化圏とは地理的にほぼ一致している.
 さて,この文化圏に属するほとんどの個人は,3言語以上を自由に操ることができる.ここでは個人的 polylingualism 及び社会的 multilingualism が例外ではなく規準であり,話者は当たり前すぎてこの状況を普段から強く意識することはない.例えば,フィールドワーカーの言語学者が個人にいくつの言語を知っているかと問うても,明確な答えが返ってこない.言語名のリストを示されて初めて,あれこれの言語を知っていると答えられるという.また,会話の中で複数の言語が混合される code-mixing も日常的にみられるが,話者本人はほぼ無意識にそれを行なっている.multilingualism が自然で日常の風景なのである.
 この multilingualism の背景には,異族結婚 (exogamy) の慣習が関わっている.男は自分が属する部族・言語とは異なる部族・言語から嫁を迎えなければならない.これを犯すことは一種の近親相姦としてタブーとされる.これにより夫と妻は常に異なる母語をもつことになる.だが,ここにコミュニケーションの問題は生じない.夫は嫁探しの過程で将来妻となる人の属する部族の言語を学び始める機会をもつし,その女性も嫁入りすれば夫の部族の言語を習得することになる.あるいは,互いにそれまでの人生で,第3の言語を共通の言語として習得している可能性がある.リンガ・フランカとしての Tukano も両者に理解されるかもしれない.
 結婚すると妻は夫の部族の "longhouse" (共同長屋)に属することになるが,longhouse 自体が multilingual な空間である.longhouse では夫の部族の言語が主たる言語として用いられるため,妻は生まれた子供の養育をその言語で行なうことになる.ところが,同じ長屋には,夫の兄弟の妻などとして,自分と同じあるいは異なる部族出身の女性が複数いるのが普通である.妻は,もしその女性たちが同じ部族出身であれば自分の母語で会話するだろうし,異なる部族出身であれば互いの母語を日常生活の中で習得してゆくことになるだろう.それらの言語を日常的に耳にしている longhouse の他の住人,とりわけ子供たちは,これらのすべての言語に聞き慣れることになる.そして,問題の夫と妻もこのような longhouse で生まれ育ってきたわけなので,子供時代から multilingualism には慣れっこになっているのである.交易などによる部族間の訪問が頻繁であることも multilingualism の保存に貢献している.文化圏内のどこへ行っても,自分の話せる言語のいずれかを理解してくれる人は必ずいるし,自分が相手の話せる言語のいずれかを理解できる可能性も高いのである.
 longhouse ごとに使いこなせる言語のレパートリーはおよそ決まっており,そこに属する個人の言語のレパートリーもそれに準ずることが多い.村から村へと移動してゆくと,このレパートリーが徐々に変化してゆくというから,方言連続体 (dialect continuum) と似た言語レパートリー連続体なるものが存在することになる.言語項目の変異形の組み合わせがある変種を特徴づけるのと同様に,使いこなせる言語の組み合わせが longhouse なり部族なりを特徴づけるという点が,社会言語学的にはきわめて興味深い.
 このように北西アマゾン文化圏は,multilingualism の共有によって機能しているのである.
 Ethnologue より,Northwestern Brazil の言語地図はこちらで閲覧できる.  *

 ・ Sorensen, A. P. "Multilingualism in the Northwest Amazon." American Anthropologist 69 (1967): 670--84.

Referrer (Inside): [2013-07-12-1]

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2013-05-17 Fri

#1481. カンナダ語にみる社会方言差と地域方言差の逆ピラミッド [sociolinguistics][variation][dialect][map]

 [2013-01-15-1]の記事「#1359. 地域変異と社会変異」で触れたが,インド南部 Karnataka 州を中心に用いられる Dravida 語派に属する Kannada 語には,社会方言差と地域方言差に関して主要な英語社会に見られるのとは逆のパターンが観察される (Trudgill 25--26) .
 まず Kannada 語について概説しておくと,Karnataka 州の公用語であり,EthnologueKannada の情報によれば3700万人ほどの話者人口を誇る大言語である.母語話者人口でいえば,世界29位という位置づけだ(ランキング表は,[2010-05-29-1]の記事「#397. 母語話者数による世界トップ25言語」のソースHTMLを参照).Kanarese (カナラ語)とも呼ばれる.インドの言語地図については,Linguistic Map of India を参照.以下で話題となる,Karnataka 州内で互いに約400キロ離れた Bangalore と Dharwar の地理的な関係は以下の通り.

Map of Karnataka

 さて,カースト間の社会的な区別が明確であるインドにあっては,カースト間の言語的な区別も予想されるとおりに著しい.これはカーストに基づく社会方言 (social dialect) が発達しているということだが,一方で地域方言 (regional dialect) も存在する.そこで,Trudgill (26) は,カースト最高位であるバラモン (Brahmin) の変種と非バラモン (non-Brahmin) の変種という社会的な変異を考慮しつつ,Bangalore と Dharwar の2都市の地域的な変異をも考慮に入れて,いくつかの言語項目について形態の異同を整理した.

Brahminnon-Brahmin
DharwarBangaloreDharwarBangalore
(1)'it is'ədəideaytiayti
(2)'inside'-olage-alli-āga-āga
(3)infinitive affix-likke-ōk-āk-āk
(4)participle affix
(5)'sit'kūt-kūt-kunt-kunt-
(6)reflexivekont-kont-


 (4)--(6) については,両都市ともに Brahmin と non-Brahmin の社会的な区別が明確である.ここでは,地域方言差はなく,もっぱら社会方言差が示されている.ところが,(1)--(3) については,non-Brahmin では地域差はないが,Brahmin では地域差が確認される.つまり,ここでは地域的な要因のほうが社会的な要因よりも強く言語的変異をもたらしているということになる.
 (1)--(3) にみられるこの状況は,英語や日本語に見られる地域方言と社会方言の関係とは異なっており,やや奇異に映るかもしれない.主要な英語社会において,あるいは日本において,標準語や共通語として言及される社会的に威信のある変種はかぶさり方言 (superposed dialect) とも呼ばれるように,広い地域に覆い被さるようにして行なわれている.つまり,地域に依存しない,社会的に上位の変種である.これを上述の Kannada にあてはめれば,上位カーストの Brahmin の用いる変種こそが地域に依存せずに安定的な形態を示し,下位の non-Brahmin の変種こそが地域によって変異を示すはずではないかと予想される.ところが,現実はむしろ逆である.ayti, -āga, -āk などは,上からではなく下からかぶさってくる「逆かぶさり方言」の形態とでも呼びたくなるものである.
 言語共同体によっては,社会方言差と地域方言差の関係にも様々なパターンが見られるという好例だろう.

 ・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.

Referrer (Inside): [2013-06-09-1]

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2013-05-11 Sat

#1475. 英語と言語に関する地図のサイト [internet][link][timeline][hel_education][map][global_language][elf][vexillology]

 Map of the World という,様々な地図を提供する良サイトを見つけた.探してみると,英語やその他の言語に関する地図やヴィジュアル資料による説明も豊富で,本ブログとして紹介する価値があると思ったので,以下にリンクを張っておきたい.地図の一般的な用途にも便利に使える.

 ・ English Language --- Facts & Infographic: 英語の特徴や英語の歴史を大雑把に解説.そのなかの English Speaking Countries の地図は有用.
 ・ Should English Be The Official Language Of The World --- Facts & Infographic: 世界語としての現代英語の地位を客観的に記述.データの典拠はわからないが The Web of Words では,ウェブ上のコンテンツの英語比率は56%(圧倒的首位),ウェブ上のコミュニケーションの英語比率は26.8%(中国語について2位)となっている.英語が公用語となっている56カ国の国旗が示されている.アルファベット順に挙げると,Antigua and Barbuda, Bahamas, Barbados, Belize, Botswana, Cameroon, Canada, Dominica, Eritrea, Ethiopia, Federated States of Micronesia, Fiji, Gambia, Ghana, Grenada, Guyana, India, Ireland, Jamaica, Kenya, Kiribati, Lesotho, Liberia, Malawi, Malta, Marshall Islands, Mauritius, Namibia, Nauru, New Zealand, Nigeria, Pakistan, Palau, Papua New Guinea, Philippines, Rwanda, Saint Kitts and Nevis, Saint Lucia, Saint Vincent and the Grenadines, Samoa, Seychelles, Sierra Leone, Singapore, Solomon Islands, South Africa, South Sudan, Sudan, Swaziland, Tanzania, Tonga, Trinidad and Tobago, Tuvalu, Uganda, Vanuatu, Zambia, Zimbabwe.関連して,「#177. ENL, ESL, EFL の地域のリスト」 ([2009-10-21-1]) や「#376. 世界における英語の広がりを地図でみる」 ([2010-05-08-1]) も参照.
 ・ Top Ten English Speaking Countries: 地図で英語話者(母語話者とは限らない)人口の世界トップ10の国が示されている.データソースと凡例に不明な点があるが,アルファベット順に挙げると,Australia, Canada, France, Germany, India, Italy, Nigeria, Philippines, United Kingdom, United States.本当だろうか・・・.
 ・ Top Ten Daily Newspapers in English: これも地図で示されるが,英米とインドのみ.1日の平均発行部数順に,The Sun (UK), USA Today (USA), The Daily Mail (UK), The Mirror (UK), Times of India (India), Wall Street Journal (USA), New York Times (USA), The Daily Telegraph (UK), Daily Express (UK), Los Angeles Times (USA) .

 ・ Language Map of the World: 25言語とその他というくくりで色分けの地図がある.

 ・ UK Map --- United Kingdom: イギリスの地図をざっと示すときに使える.Physical Map はこちら.  *  
 ・ USA Map: アメリカ地図をざっと示すときに使える.Physical Map はこちら.  *  
 ・ Europe Map: ヨーロッパ地図をざっと示すときに使える.Physical Map はこちら.  *  
 ・ Map of the World: 世界地図をざっと示すときに使える.  *  *  *

 ほかにオンラインの言語地図としては,「#715. Britannica Online で参照できる言語地図」 ([2011-04-12-1]) で張ったリンクや,EthnologueBrowse by Map Title を参照.

Referrer (Inside): [2014-02-07-1]

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2013-05-05 Sun

#1469. バルト=スラブ語派(印欧語族) [indo-european][family_tree][balto-slavic][slavic][indo-european_sub-family][map]

 印欧語族の語派解説シリーズ (see indo-european_sub-family) の第6弾で,Baugh and Cable (30--32) により,バルト=スラブ語派 (Balto-Slavic or Balto-Slavonic) について解説する.
 この語派は,ヨーロッパ東部の大域を覆う語派である.その名の示すとおりバルト語群 (the Baltic subfamily) とスラブ語群 (the Slavic subfamily) に大別されるが,互いに多くの共通の特徴を有しており,他の語派に比べて内部の近親性は高い.
 バルト語群には,Old Prussian, Latvian, Lithuanian の3言語が属する.Old Prussian は17世紀にドイツ語によって置換され,現在では死語となっている.一方,Latvia はラトビア共和国の約200万人の言語,Lithuanian はリトアニア共和国の約300万人の言語として健在である.やや誇張して言われることだが,とりわけ Lithuanian は古い語法をよく保っており,リトアニアの農夫は単純な Sanskrit の語句を理解することすらできるという.
 次に,スラブ語群に移ろう.スラブ語群の諸言語は7--8世紀まではおよそ一様だったと想定されている.スラブ語群に関する最も古い文献は,9世紀に兄弟宣教師 Cyril (827--69) と Methodius (825?--84) によって翻訳された聖書の一部と祈祷文に残されている.この言語は南スラブ語群に属し,Old Church Slavonic や Old Bulgarian として言及されるが,スラブ語群の共通の祖語にかなり近いとされる.中世から近代に至るまで正教会の言語として権威を保っていた.
 スラブ語群は大きく East Slavic, West Slavic, South Slavic に3区分される.East Slavic に属する主要な言語は,Russian, Belorussian, Ukrainian である.Russian は約1億7500万人に話されている大言語で,ロシアの公用語,文学語である.Belorussian はベラルーシや隣接するポーランドの地域で約900万人よって話される言語である.Ukrainian はウクライナで約5000万人によって話されている大言語だが,国内では歴史的に威信のあるロシア語と競合しており,民族主義的な運動によりロシア語からの区別化が目指されている.
 West Slavic には,4つの主要な言語が属する.Polish は語群内で最大の話者を有している.話者はポーランド国内の約3600万人にとどまらず,米国その他へ移民した約500万人以上をも含む.次に,Czech と Slovak はそれぞれ100万人,500万人ほどの話者を有し,互いに理解可能である.最後に,Sorbian はドイツの Dresden の北東部という限られた地方で10万人ほどによって話されている小さい言語である.
 East Slavic と West Slavic は地理的に連続して分布しているが,South Slavic の地域はイタリック語派の Romanian や非印欧語族の Hungarian によって他のスラブ語派から分断されている.また,South Slavic は旧ユーゴスラビアの諸言語として,その分裂以降,相互に複雑な社会言語学的状況を呈している.South Slavic に属する主要な言語は Bulgarian, Serbian, Croatian, Slovene, Macedonian (古代マケドニア語と系統的に区別される現代マケドニア語)である.Bulgarian は歴史的にはバルカン半島の東部で話されていた言語で,その地が他民族に征服された後にもかえって征服者の言語を逆征服して生き残った言語である.日常語としての現代ブルガリア語はトルコ語からの多くの借用語を含んでいるが,文学語としての変種はロシア語に近い.Serbian と Croatian は互いに文字体系は異なっているものの言語的には同一であり,政治的分裂以前には Serbo-Croatian と一括して呼称されていた.さらに,政治・宗教・民族的な対立により,やはり言語的にはほぼ同一の Bosnian も区別されるようになってきた.Slovenia は,スロベニアの約150万人によって話されている.
 スラブ語群の分布図は,Distribution of the Slavic languages in Europe を参照.  *

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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2013-05-03 Fri

#1467. イタリック語派(印欧語族) [indo-european][family_tree][italic][latin][indo-european_sub-family][map]

 印欧語族の語派解説シリーズ (see indo-european_sub-family) の第5弾として,Baugh and Cable (28--30) と Fennell (28--29) により,広大なイタリック語派 (Italic Albanian) を取り上げる.
 この語派で歴史上もっとも重要な言語は,いうまでもなくラテン語 (Latin) だが,ラテン語が歴史上に台頭してくる以前のイタリアにおける言語分布をさらっておこう.紀元前600年までは,西に非印欧語族の Etruscan,北西に不詳の Ligurian なる言語が行なわれていた.北東では Venetic,最南東では Messapian が話されており,これらは「#1457. アルバニア語派(印欧語族)」 ([2013-04-23-1]) で触れた Illyrian の親戚ともいわれる.南部とシチリアはギリシャ植民地でギリシャ語が話されていた.このような印欧語・非印欧語ののるつぼのなかで,Latium においてラテン語が勢力を伸ばしてきた.
 ラテン語は厳密には Latin-Feliscan 語群の分派である.この語群と姉妹関係にあるのが,Oscan-Umbrian 語群で,前者は中南部の Samnium や南の半島部で,後者は Latium の北東部の限られた地域で行なわれていた.しかし,ラテン語の伸張により,これらの親戚諸言語は影を潜め,やがて置き換えられていった.ローマ帝国の拡大とともにラテン語はイタリア半島にとどまらず,Corsica と Sardinia の島を紀元前231年に,Spain を紀元前197年に,Provence を紀元前121年に,Dacia を紀元107年に植民地とし,ラテン語を広めた.そして,ブリテン島へラテン語が同様にして伝わったのも紀元1世紀のことだった.
 ヨーロッパ各地へ拡散したラテン語は,異なる時代の異なる変種として持ち込まれたことに加え,現地の基層言語の影響もあって,独自の言語的発達を遂げることとなった.これらのラテン語から派生した言語群を Romance 諸語と呼んでいる.ガリアに根付いて発展したフランス語 (French) は,中世には Norman, Picard, Burgundian, Ile-de-France (Paris) 方言に分かれていたが,カぺー朝 (987--1328) の確立により,Ile-de-France (Paris) 方言が公用語,文学語として優勢となり,13世紀以降はこの方言が標準フランス語と同義になった.一方,フランス南部では langue d'oïl のフランス語とは一線を画す langue d'oc の Provançal が話されている.Provançal は,11世紀より文証されるが,とりわけ12--13世紀にトルバドゥールの言語として栄えた.しかし,以降,Provançal は北のフランス語に押され,現在では方言の地位に甘んじている.
 イベリア半島では,スペイン語 (Spanish) とポルトガル語 (Portuguese) が比較的近い関係を保ちながら現在まで行なわれている.この2言語は後に南アメリカへ進出し,現代世界において非常に大きな役割を果たしている.特にスペイン語は,11世紀より文証されているが,現在,英語をしのいで世界第2位の母語話者人口を有する超大言語である([2010-05-29-1]の記事「#397. 母語話者数による世界トップ25言語」を参照).イタリア半島で行なわれてきたイタリア語 (Italian) は,話し言葉としてのラテン語が直接に受け継がれているとだけあって,他のロマンス語よりも長い歴史を保っている.イタリア語は10世紀から文証され,標準変種となった Florentine Italian により Dante (1265--1321), Petrarch (1304--74), Boccaccio (1313--75) が文学を著わし,ルネサンス期にはヨーロッパ中に威信を誇った.ルーマニア語 (Romanian) はロマンス諸語のなかでは最も東に位置するが,ローマ軍の駐屯地として長い間,ローマと関係を保った.最古の文献は16世紀と新しい.
 上の2段落で述べたロマンス系主要6言語のほかにも,注記すべき言語・方言が存在する.イベリア北東部や Corsica にも分布する Catalan は多くの伝統文学をもつ.その他は,イベリア北西部の Galician,スイス南東部や Tyrol に行なわれる Rhaeto-Romanic 語群の Romansch,ベルギー南部で話される Walloon などを挙げておこう.
 なお,上に挙げたロマンス諸語は,Cicero (106--43 B. C.) や Virgil (70--19 B. C.) の表わした Classical Latin からではなく,民衆の口語変種 Vulgar Latin から派生したものである.
 イタリック語派の分布図は,Distribution of Romance languages in Europe を参照.  *

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.

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2013-04-23 Tue

#1457. アルバニア語派(印欧語族) [indo-european][family_tree][albanian][map][indo-european_sub-family][contact][borrowing]

 印欧語族の語派解説シリーズ (see indo-european_sub-family) の第4弾.今回は,Baugh and Cable (27--28) と Fennell (26) により,アルバニア語派 (Albanian) の解説をする.
 アルバニア (Albania) はバルカン半島の西岸,ギリシャの北西に隣接する国である.アルバニア語はこの語派の唯一の構成員であり,主としてアルバニア国民300万人のほとんどに話されているが,他にもコソボ,マケドニア,ギリシャ,南イタリア,シチリア,トルコ,米国にも話者をもち,言語人口は総計750万人ほどと推計される.アルバニア語の方言は,首都 Tirana 付近を境に北部の Gheg と南部の Tosk(公用語)に大別されるが,近年は方言差は縮まってきているという.Ethnologue より,Albanian を参照.
 この言語(語派)の歴史については,かつてギリシャ語派に誤って分類されていたほどであり,知られていることは多くない.というのは,最古のテキストが15世紀の聖書翻訳に遡るにすぎず,なおかつその時点ですでにラテン語,ギリシャ語,トルコ語,スラヴ諸語の語彙要素が多分に入り交じっているからだ.とりわけラテン語(やロマンス諸語)からの借用は語彙の過半数を占め,現代英語に比較されるほど,その混合の度合いは甚だしい.「#934. 借用の多い言語と少ない言語 (2)」 ([2011-11-17-1]) で話題にした通り,アルバニア語と英語は「借用に積極的な言語 "Mischsprachen" (混合語)」としての共通項がある.
 古代にこの地域で話されていたイリュリア語 ( Illyrian) の後裔とする説もあるが,根拠には乏しい.
 以上の通りアルバニア語(派)については多くの記述が見つからないのだが,本ブログでは言語接触等の観点からアルバニア語に何度か言及してきたので,そちらへの参照を示そう.「#934. 借用の多い言語と少ない言語 (2)」 ([2011-11-17-1]),「#1150. centumsatem」 ([2012-06-20-1]),「#1314. 言語圏」 ([2012-12-01-1]).

Map of Albania

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.

Referrer (Inside): [2013-05-03-1]

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2013-04-20 Sat

#1454. ギリシャ語派(印欧語族) [indo-european][family_tree][hellenic][greek][map][indo-european_sub-family][diglossia][koine]

 「#1447. インド語派(印欧語族)」 ([2013-04-13-1]) と「#1452. イラン語派(印欧語族)」 ([2013-04-18-1]) に続き,印欧語族の語派を紹介するシリーズの第3弾.今回は Baugh and Cable (26--27) を参照して,ギリシャ語派(Hellenic)を紹介する.
 ギリシャ語派は,たいていの印欧語系統図では語派レベルの Hellenic 以下に Greek とあるのみで,より細かくは分岐していないことから,比較的孤立した語派であるといえる.歴史時代の曙より,エーゲ海地方は人種と言語のるつぼだった.レムノス島,キプロス島,クレタ島,ギリシャ本土,小アジアからは,印欧語族の碑文や非印欧語族の碑文が混在して見つかっており,複雑な多民族,多言語社会を形作っていたようだ.
 紀元前2000年を過ぎた辺りから,このるつぼの中へ,ギリシャ語派の言語の担い手が北から侵入した.この侵入は何度かの波によって徐々に進み,各段階で異なる方言がもたらされたために,ギリシャ本土,エーゲ海の島々,小アジアの沿岸などで諸方言が細かく分布する結果となった.最古の文学上の傑作は,盲目詩人 Homer による紀元前8世紀頃と推定される IlliadOdyssey である.ギリシャ語には5つの主要方言群が区別される.(1) Ionic 方言は,重要な下位方言である Attic を含むほか,小アジアやエーゲ海の島々に分布した.(2) Aeolic 方言は,北部と北東部に分布,(3) Arcadian-Cyprian 方言は,ペロポネソスとキプロス島に分布した.(4) Doric 方言は,後にペロポネソスの Arcadian を置き換えた.(5) Northwest 方言は,北中部と北西部に分布した.
 このうちとりわけ重要なのは Attic 方言である.Attic はアテネの方言として栄え,建築,彫刻,科学,哲学,文学の言語として Pericles (495--29 B.C.) に用いられたほか,Æschulus, Euripides, Sophocles といった悲劇作家,喜劇作家 Aristophanes,歴史家 Herodotus, Thucydides, 雄弁家 Demosthenes,哲学者 Plato, Aristotle によっても用いられた.この威信ある Attic は,4世紀以降,ギリシャ語諸方言の上に君臨する koiné として隆盛を極め,Alexander 大王 (336--23 B.C.) の征服により同方言は小アジア,シリア,メソポタミア,エジプトにおいても国際共通語として根付いた(koiné については,[2013-02-16-1]の記事「#1391. lingua franca (4)」を参照).新約聖書の言語として,また東ローマ帝国のビザンチン文学の言語としても重要である.
 現代のギリシャ語諸方言は,上記 koiné の方言化したものである.現在,ギリシャ語は,自然発達した通俗体 (demotic or Romaic) と古代ギリシャ語に範を取った文語体 (Katharevusa) のどちらを公用とするかを巡る社会言語学的な問題を抱えている.
 古代ギリシャ語は,英語にも直接,間接に多くの借用語を提供してきた言語であり,現在でも neo-classical compounds (とりわけ科学の分野)や接頭辞,接尾辞を供給し続けている重要な言語である.greek の各記事を参照.

Map of Greece

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.

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