英語の動詞 (verb) に関するカテゴリーの1つに定性 (finiteness) というものがある.動詞の定形 (finite form) とは,I go to school. She goes to school. He went to school. のような動詞 go の「定まった」現われを指す.一方,動詞の非定形 (nonfinite form) とは,I'm going to school. Going to school is fun. She wants to go to school. He made me go to school. のような動詞 go の「定まっていない」現われを指す.
「定性」という用語がややこしい.例えば,(to) go という不定詞は変わることのない一定の形なのだから,こちらこそ「定」ではないかと思われるかもしれないが,名実ともに「不定」と言われるのだ.一方,goes や went は動詞 go が変化(へんげ)したものとして,いかにも「非定」らしくみえるが,むしろこれらこそが「定」なのである.
この分かりにくさは finiteness を「定性」と訳したところにある.finite の原義は「定的」というよりも「明確に限定された」であり,nonfinite は「非定的」というよりも「明確に限定されていない」である.例えば He ( ) to school yesterday. という文において括弧に go の適切な形を入れる場合,文法と意味の観点から went の形にするのがふさわしい.ふさわしいというよりは,文脈によってそれ以外の形は許されないという点で「明確に限定された」現われなのである.
別の考え方としては,動詞にはまず GO や GOING のような抽象的,イデア的な形があり,それが実際の文脈においては go, goes, went などの具体的な形として顕現するのだ,ととらえてもよい.端的にいえば finite は「具体的」で,infinite は「抽象的」ということだ.
言語学的にもう少し丁寧にいえば,動詞の定性とは,動詞が数・時制・人称・法に応じて1つの特定の形に絞り込まれているか否かという基準のことである.Crystal (224) の説明を引用しよう.
The forms of the verb . . . , and the phrases they are part of, are usually classified into two broad types, based on the kind of contrast in meaning they express. The notion of finiteness is the traditional way of classifying the differences. This term suggests that verbs can be 'limited' in some way, and this is in fact what happens when different kinds of endings are used.
・ The finite forms are those which limit the verb to a particular number, tense, person, or mood. For example, when the -s form is used, the verb is limited to the third person singular of the present tense, as in goes and runs. If there is a series of verbs in the verb phrase, the finite verb is always the first, as in I was being asked.
・ The nonfinite forms do not limit the verb in this way. For example, when the -ing form is used, the verb can be referring to any number, tense, person, or mood:
I'm leaving (first person, singular, present)
They're leaving (third person, plural, present)
He was leaving (third person, singular, past)
We might be leaving tomorrow (first person, plural, future, tentative)
As these examples show, a nonfinite form of the verb stays the same in a clause, regardless of the grammatical variation taking place alongside it.
なお,英語には冠詞にも定・不定という区別があるし,古英語には形容詞にも定・不定の区別があった.これらのカテゴリーに付けられたラベルは "finiteness" ではなく "definiteness" である.この界隈の用語は誤解を招きやすいので要注意である.
・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.
昨日の記事「#4862. 動詞の「相」の3つの意味素性」 ([2022-08-19-1]) に引き続き,動詞 (verb) の意味について.小野 (135) によれば,動詞の意味を分析する際に3つの重要な観点がある.
1. 意味役割 (semantic_role)
2. 語彙概念構造 (lexical conceptual structure)
3. アスペクト (aspect)
1つめの意味役割とは,動詞の意味を成立させる各要素(=項 (argument))それぞれに割り振られた意味上の機能である.動作主 (Agent),対象 (Theme),場所 (Location),起点 (Source),着点 (Goal) などいくつかが設定されている.例えば Marvin traveled from Boston to San Francisco. という文において,動詞 traveled を中心として周囲に配される項の意味役割をみてみると,Marvin が動作主かつ(移動の)対象,from Boston が起点,to San Francisco が着点となる.このように意味の観点から諸項が作り出す構造を,統語構造とは区別して,項構造 (argument structure) と呼ぶ(小野,p. 137).
2つめの語彙概念構造とは,語彙的意味の成分分析 (componential analysis) の方法である.例えば ride, swim, run という動詞には,いずれも [GO+MANNER PATH] という意味成分が共有されていると考えることができる.この共通項のもとで,MANNER の詳細としてそれぞれ「乗り物に乗って」「泳いで」「走って」という独自の付加的意味が書き込まれるのだと考える(小野,p. 139).
3つめのアスペクトは昨日取り上げた通りである.
各動詞に個別の意味があることは確かだが,語彙意味論の立場からは,なるべく多くの動詞の意味を一般的に記述するために,なるべく少数のパラメータを設定するのが望ましい.上記3つの観点は,その試みの1つである.
・ 小野 尚久 「第5章 語彙意味論」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.
動詞 (verb) に関する範疇 (category) として,時制 (tense) とは別に相 (aspect) がある.「#4655. 動詞の「相」って何ですか?」 ([2022-01-24-1]) で解説した通りだが,もう1つ小野 (141--42) による説明を紹介したい.
アスペクトとは,動詞の表す状態や出来事が時間軸に沿ってどのように展開するかを異なる観点から見る見方である.これを理解するために,例えばビデオのコマ送りのようなものを想像してみるとよい.静止したものはコマ送りにしてもコマごとの場面変化はない.しかし,動くものや変化するもの,例えばコップが床に落ちて割れるシーンなどは,コマごとに違った場面が映るはずである.これと同様に,動詞の表す状態や出来事を時間軸に沿った場面展開に分解し,どのような展開をするかという観点から分類したものがアスペクトという見方である.
相の分類は様々になされ得るが,一般的には以下の3つの意味素性とその組み合わせによるものが知られている.まず3つの意味素性を示そう(小野,p. 142).
a. [±dynamic]:動的 (dynamic) / 静的 (static)
b. [±punctual]:瞬間的 (punctual) / 継続的 (durative)
c. [±telic]:完結的 (telic) / 非完結的 (atelic)
次に,これらの3つの意味素性を組み合わせ,動詞の相を4種類に分類してみる.小野 (142) の表に例文を加えたものを示そう.
dynamic punctual telic ex. a. 状態 (State) - - - Marvin resembled his mother. b. 活動 (Activity) + - - Marvin walked. c. 達成 (Accomplishment) + - + Marvin built a house. d. 到達 (Achievement) + + + Marvin arrived.
・ 小野 尚久 「第5章 語彙意味論」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.
動詞の -s 語尾について,hellog では歴史的な観点から様々に取り上げてきた.
標準英語では3単現 (3sp) にのみ -s が付くということになっているが,歴史的な英語変種や,現代でも種々の地域・社会変種において,3単現以外のスロットで -s が付くという事例は決して珍しくない.逆に,3単現であっても -s が付かない変種というのも,歴史的にも共時的にも特に珍しくない.動詞語尾の -s というのは,実は思われているよりも,なかなか厄介な問題なのである.
関連する記事や音声配信を挙げておこう.
・ 「#2857. 連載第2回「なぜ3単現に -s を付けるのか? ――変種という視点から」」 ([2017-02-21-1])
・ 「#3557. 世界英語における3単現語尾の変異」 ([2019-01-22-1])
・ 「#2566. 「3単現の -s の問題とは何か」」 ([2016-05-06-1])
・ 「#3542. 『CNN English Express』2月号に拙論の英語史特集が掲載されました」 ([2019-01-07-1])
・ 「#2310. 3単現のゼロ」 ([2015-08-24-1])
・ heldio 「#177. 3単現のゼロを示すイングランド東中部方言」
・ 「#4693. YouTube 第2弾,複数形→3単現→英方言→米方言→Ebonics」 ([2022-03-03-1])
人称にかかわらず直説法現在形で常に -s 語尾をとる方言としては,イングランド北部,南西ウェールズ,南ウェールズの諸方言が挙げられる.これらの方言では I likes it., We goes home., You throws it. などと -s 語尾が常用される.do という本動詞・助動詞についていえば,イングランド西部の方言では,本動詞としては常に dos /du:z/ が,助動詞としては常に do が使われるというように,用法が分かれているという (ex. He dos it every day, do he?) .ちなみに,この方言では本動詞としての過去形は done,助動詞としての過去形は did を用いるというから,なおさらおもしろい (ex. He done it last night, did he?) .
上記とは別に,スコットランドや北アイルランドの多くの方言では,1・2人称,および3人称複数において,過去の出来事を生き生きと述べる「歴史的現在」 (historic_present) の用法として,動詞語尾に -s が現われる (ex. I goes down this street and I sees this man hiding behind a tree.) .
以上,Hughes et al. (28--29) に依拠して記述した.
・ Hughes, Arthur, Peter Trudgill, and Dominic Watt. English Accents and Dialects: An Introduction to Social and Regional Varieties of English in the British Isles. 4th ed. London: Hodder Education, 2005.
『中高生の基礎英語 in English』の8月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」の第17回は「なぜ「時・条件を表す副詞節」では未来のことも現在形?」です.
If it is fine tomorrow, I will go shopping. のような文で,明らかに「明日」という未来のことなのに,*If it will be fine tomorrow, . . . . のように will は用いないことになっています.これは,学校文法のヘンテコな規則の最たるものの1つでしょう.英語は一般に現在・過去・未来と時制 (tense) にうるさい言語なのですが,その割には「時・条件を表す副詞節」だけが特別扱いされているようで理解に苦しみます.
しかし,この疑問は,英語史の観点から迫ると見方が変わります.古くは「時制」の問題というよりは「法」 (mood) の問題だったからです.近代英語までは上記の文は If it be fine tomorrow, . . . . のように「仮定法現在」を用いていました.その後,仮定法(現在)の衰退が進み,直説法(現在)で置き換えられた結果 If it is fine tomorrow, . . . . となっている,というのが歴史的経緯です.この経緯には,もともと時制の考慮が入ってくる余地はなかったということです.
この問題は以下の通り,著書,hellog, heldio などでも繰り返し取り上げてきましたが,今回の連載記事では初めて中高生にも理解しやすいよう易しく解説してみました.現代の文法問題に英語史の観点から迫るおもしろさを味わってもらえればと思います.
・ hellog 「#2764. 拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』が出版されました」 ([2016-11-20-1])
- 拙著の4.1.1節にて「時・条件の副詞節では未来のことでも will を用いない」という話題を取り上げています.
・ hellog 「#2189. 時・条件の副詞節における will の不使用」 ([2015-04-25-1])
・ hellog 「#4408. 未来のことなのに現在形で表わすケース」 ([2021-05-22-1])
・ heldio 「#33. 時・条件の副詞節では未来でも現在形を用いる?」(2021年7月04日放送)
YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を始めて4ヶ月が経ちました.一昨日,その第35弾が公開されました.「英語の不規則活用動詞のひきこもごも --- ヴァイキングも登場!」です.
標準的にはABC型の sing -- sang -- sung と教わりますが,実はABB型の sing -- sung -- sung も非標準的ながらも現役で用いられています.これは「誤用」ではなく,古英語から続く伝統です.古英語では不規則動詞(歴史的な「強変化動詞」)の過去形には主語の人称に応じて2つあり,それぞれ第1過去形,第2過去形と呼ばれていました.この2区分は,現代標準英語では超高頻度語である be 動詞のみに残っており,それぞれ was と were となります.古英語では,was -- were のような2区分が,他の不規則動詞にもおしなべて存在したというわけです.
sing の場合には第1過去が sang,第2過去が sungon でした.その後の歴史で,過去形は1つに集約されることになりましたが,個々の動詞に応じて,どちらの形態に集約させるかは異なっていました.ある動詞は第1過去形が一般化しましたが,別の動詞では第2過去形が一般化しました.しかし,両者の揺れは実に初期近代英語期(1500--1700年頃)まで続き,第1過去形と第2過去形の揺れは日常的でした.
後期近代英語期(1700--1900年頃)にようやく規範化が進み,いずれかが「正しい」と定められたのですが,その判断基準はアドホックで,必ずしも理由は明らかではありません.sing の場合には,古英語の第1過去形に基づく形態 sang がたまたま標準として定められましたが,方言や個人用法としては,その語も第2過去形に基づく sung も併用され続けたため,現在の英語母語話者にも sung を常用する人がいるのです.
これは,過去分詞 sung を過去形にも適用したという意味での共時的な「誤用」や類推 (analogy) とみることもできるかもしれませんが,歴史の継続性を重視するならば,古英語の第2過去形の残存とみるべき現象なのです.
この問題については,以下の hellog 記事でも取り上げてきましたのでご参照ください.
・ 「#492. 近代英語期の強変化動詞過去形の揺れ」 ([2010-09-01-1])
・ 「#860. 現代英語の変化と変異の一覧」 ([2011-09-04-1])
・ 「#2084. drink--drank--drunk と win--won--won」 ([2015-01-10-1])
・ 「#3343. drink--drank--drank の成立」 ([2018-06-22-1])
・ 「#3812. was と were の関係」 ([2019-10-04-1])
Voicy の heldio でも取り上げたことがありました.「#35. sing の過去形は sang か sung か?」を,ぜひお聴きください.
3日前の6月22日(水)に,YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」 の第34弾が公開されました.「昔の英語は不規則動詞だらけ!」です.
-ed をつければ過去形になる,というのは単純で分かりやすいですね.大多数の動詞に適用される規則なので,このような動詞を「規則動詞」と呼んでいます.一方,日常的で高頻度の一握りの動詞はこの規則に沿わず,「不規則動詞」と呼ばれています.sing -- sang -- sung や come -- came -- come のような,暗記しなければならないアレですね.語幹母音を変化させるのが特徴です.
上記の YouTube で話したことは,歴史的には不規則動詞のほうが先に存在しており,規則動詞は歴史のかなり遅い段階に初めて現われた新参者である,ということです.規則動詞は新参者として現われた当初は,例外的なものとして白眼視されていた可能性が高いのです.しかし,その合理性が受け入れられたのでしょうか,瞬く間に多くの動詞を飲み込んでいき,古英語期が始まるまでにはすっかり「規則的」たる地位を確立していました.逆に,オリジナルの語幹母音を変化させるタイプは,当時すでに「不規則的」な雰囲気を醸すに至っていたというわけです.
このような動詞を巡る大変化は,ゲルマン語派に特有のものでした.つまり,この変化は英語,ドイツ語,アイスランド語などには生じましたが,フランス語,ロシア語,ギリシア語などには生じていないのです.すなわち,ゲルマン語派にのみ生じた印欧語形態論の大革命というべき事件でした.
YouTube により関心をもった方は,専門的な話しにはなりますが,この重大事件について,ぜひ次の記事を通じて深く学んでみてください.英語史のおもしろさにハマること間違いなしです.
・ 「#3345. 弱変化動詞の導入は類型論上の革命である」 ([2018-06-24-1])
・ 「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1])
・ 「#3135. -ed の起源」 ([2017-11-26-1])
・ 「#3339. 現代英語の基本的な不規則動詞一覧」 ([2018-06-18-1])
・ 「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1])
・ 「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1])
・ 「#3385. 中英語に弱強移行した動詞」 ([2018-08-03-1])
・ 「#3670.『英語教育』の連載第3回「なぜ不規則な動詞活用があるのか」」 ([2019-05-15-1]) と,そこに示されている記事群
『中高生の基礎英語 in English』の7月号が発売となりました.連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」が続いています.今回の第16回は,英語学習者より頻繁に寄せられる質問「なぜ仮定法では if I were a bird となるの?」を取り上げます.
この素朴な疑問は,英語史関連の本などでも頻繁に取り上げられてきましたし,私自身も hellog やその他の媒体で繰り返し注目してきました.拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』(研究社,2016年)でも4.2節にて「なぜ If I were a bird となるのか?――仮定法の衰退と残存」として解説を加えています.
しかし,これまで明示的に「中高生」の読者層をターゲットに据えた解説にトライしたことはなかったので,何をどこまで述べるべきか,○○には触れないほうがよいのかなど,なかなか腐心しました.そんななか,今回は少し挑戦的に踏み込み,そもそも「仮定法」とは何ぞや,という本質に迫ってみました.はたしてうまくいっているでしょうか.皆様にご判断していただくよりほかありません.
以下は,これまで公表してきた if I were a bird 問題に関する hellog や音声・動画メディアでのコンテンツです.様々なレベルや視点で書いていますので,今回の連載記事と合わせてご覧ください(そろそろこの話題については出し尽くした感がありますね).
・ 「#2601. なぜ If I WERE a bird なのか?」 ([2016-06-10-1])
・ 「#3812. was と were の関係」 ([2019-10-04-1])
・ 「#3983. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (1)」 ([2020-03-23-1])
・ 「#3984. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (2)」 ([2020-03-24-1])
・ 「#3985. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (3)」 ([2020-03-25-1])
・ 「#3989. 古英語でも反事実的条件には仮定法過去が用いられた」 ([2020-03-29-1])
・ 「#3990. なぜ仮定法には人称変化がないのですか? (1)」 ([2020-03-30-1])
・ 「#3991. なぜ仮定法には人称変化がないのですか? (2)」 ([2020-03-31-1])
・ 「#4178. なぜ仮定法では If I WERE a bird のように WERE を使うのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-04-1])
・ 「#4718. 仮定法と直説法の were についてまとめ」 ([2022-03-28-1])
・ 「#30. なぜ仮定法では If I WERE a bird のように WERE を使うのですか?」(hellog-radio: 2020年10月4日放送)
・ 「#36. was と were --- 過去形を2つもつ唯一の動詞」(heldio: 2021年7月7日放送)
・ 「#301. was と were の関係について整理しておきましょう」(heldio: 2022年3月28日放送)
・ 「#102. なぜ as it were が「いわば」の意味になるの?」(heldio: 2021年9月11日放送)
・ 「I wish I were a bird. の were はあの were とは別もの!?--わーー笑【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #9 】(YouTube: 2022年3月27日公開)
昨日の記事「#4781. open と warn の -(e)n も動詞形成接尾辞」 ([2022-05-30-1]) で,古英語の動詞形成接尾辞 -(e)nian を取り上げた.古英語にはほかに -(e)sian という動詞形成接尾辞もあった.やはり弱変化動詞第2類が派生される.
昨日と同様に,Lass と Hogg and Fulk から引用する形で,-(e)sian についての解説と単語例を示したい.
(i) -s-ian. Many class II weak verbs have an /-s-/ formative: e.g. clǣn-s-ian 'cleanse' (clǣne 'clean', rīc-s-ian 'rule' (rīce 'kingdom'), milt-s-ian 'take pity on' (mild 'mild'). The source of the /-s-/ is not entirely clear, but it may well reflect the IE */-s-/ formative that appears in the s-aorist (L dic-ō 'I say', dīxī 'I said' = /di:k-s-i:/). Alternants with /-s-/ in a non-aspectual function do however appear in the ancient dialects (Skr bhā-s-ati 'it shines' ~ bhā-ti), and even within the same paradigm in the same category (GR aléks-ō 'I protect', infinitive all-alk-ein). (Lass 203)
(iii) verbs in -(e)sian, including blētsian 'bless', blīðsian, blissian 'rejoice', ġītsian 'covet', grimsian 'rage', behrēowsian 'reprent', WS mǣrsian 'glorify', miltsian 'pity', rīcsian, rīxian 'rule', unrōtsian 'worry', untrēowsian 'disbelieve', yrsian 'rage'. (Hogg and Fulk 289)
古英語としてはよく見かける動詞が多いのだが,残念ながら昨日の -(e)nian と同様に,現在まで残っている動詞は稀である.その1語が cleanse である.形容詞 clean /kliːn/ に対応する動詞 cleanse /klɛnz/ だ.母音が短くなったことについては「#3960. 子音群前位置短化の事例」 ([2020-02-29-1]) を参照.
昨日の記事「#4780. weaken に対して strengthen, shorten に対して lengthen」 ([2022-05-29-1]) で,動詞を形成する接尾辞 -en に触れた.この接尾辞 (suffix) については「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1]),「#3987. 古ノルド語の影響があり得る言語項目 (2)」 ([2020-03-27-1]) の記事などでも取り上げてきた.
この接尾辞は古英語の -(e)nian に由来し,さらにゲルマン語にもさかのぼる古い動詞形成要素である.古英語では,名詞あるいは形容詞から動詞を派生させるのに特に用いられ,その動詞は弱変化動詞第2類に属する.古英語からの例を Lass (203) より解説とともに引用する.
(iii) -n-. An /-n-/ formative, reflecting an extended suffix */-in-o:n/, appears in a number of class II weak verbs, especially denominal and deadjectival: fæst-n-ian 'fasten' (fæst), for-set-n-ian 'beset' (for-settan 'hedge in, obstruct'), lāc-n-ian 'heal, cure' (lǣce 'physician'). The type is widespread in Germanic: cf. Go lēki-n-ōn, OHG lāhhi-n-ōn, OS lāk-n-ōn.
同じく Hogg and Fulk (289) からも挙げておこう.
(ii) verbs in -(e)nian, including ġedafenian 'befit' (cf. ġedēfe 'fitting'), fæġ(e)-nian 'rejoice' (cf. fæġe 'popular'), fæstnian 'fasten' (cf. fæst 'firm'), hafenian 'hold' (cf. habban 'have'), lācnian 'heal' (cf. lǣċe 'doctor'), op(e)nian 'open' (cf. upp 'up'), war(e)nian 'warn' (cf. warian 'beware'), wilnian 'desire' (cf. willa 'desire'), wītnian 'punish' (cf. wīte 'punishment') . . . .
現在まで存続している動詞は多くないが,例えば open, warn の -(e)n にその痕跡を認めることができる.現在の多くの -en 動詞は,古英語にさかのぼるわけではなく,中英語期以降の新しい語形成である.
・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
多くの英語学習者にとって shoe は「靴」を意味する名詞として用いるのがほとんどで,「~に靴を履かせる;(馬)に蹄鉄を打つ」を意味する動詞として使ったり聞いたりする機会はめったにない.動詞用法はそのくらい稀なのだが,なんと不規則動詞なのである.より正確にいえば,規則形の shoe -- shoed -- shoed もあるにはあるのだが,不規則な shoe -- shod /ʃɑd/ -- shod(en) /ʃɑdn/ もある,ということだ.
過去分詞としての shod を用いた例文を示そう.
・ His feet were shod in slippers. (= He was shod in slippers.)
・ The children were well shod and happy.
・ She turned on her elegantly shod heel.
・ The horse was taken to be shod.
今回注目している動詞としての shoe の起源は古く,古英語でもすでに scōgan として現われている.弱変化動詞として過去形 scōd,過去分詞形 ġescōd のように長母音を保っていたが,中英語以降に短母音化した.この短母音化については OED でも "anomalous" と指摘されている通り,なぜそうなったのかは分かっていない.
The doubling of the d and the consequent shortening of the vowel in Middle English schodde past tense, schodd past participle (whence the modern shod past tense and participle) are anomalous. (An Old English example occurs in Wulfstan Homilies p. 173, Unsceoddum fotum.) Compare Middle Swedish skodde past tense, and Swedish skodd past participle. The case is parallel to that of fledde, fledd < FLEE v. (where Swedish also has the corresponding gemination).
過去分詞 shod が関わる形容詞として slipshod 「かかとのつぶれた(靴をはいた);だらしがない,ぞんざいな,ずさんな」を挙げておこう.「滑る;うっかりする」を意味する動詞 slip と組み合わさった複合語である.初出は初期近代英語の1580年と比較的新しい.slipshod shoes 「かかとのつぶれた靴」,a slipshod piece of work 「ぞんざいな作品」,slipshod management 「ずさんな経営」などの用例を参照.
「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」を始めて3ヶ月ほどが経ちました.英語・言語に関して大学の講義ぽいものではなく,あくまで研究者どうしの廊下での立ち話し的な,ゆるめのおしゃべりを目指して,毎週日曜日と水曜日の18:00に10分間前後の動画をアップロードしています.多くの方々にチャンネル登録をしていただいています.ありがとうございます.今後もよろしくお願いいたします.
昨日,第25弾が公開されました.「新説! go の過去形が went な理由」です.YouTube という場を借りまして,私のトンデモ仮説!?を開陳させていただきました(笑).反証可能な仮説ではなく,あくまで私論にとどまるものではありますが,長らく抱いている考え方です.
その私論を単純化していえば,go/went に限らず英語(ひいては言語一般)に観察される数々の不規則な言語項目は,それをマスターしていない個人は英語話者集団の仲間に入れてあげないよ,という社会言語学上のリトマス試験紙として機能しているのではないかということです.「go といえば goed ではなく went」という,仲間うちのみに共有されている合い言葉を,きちんと習得しているかどうかを確かめるリトマス試験紙なのではないかと.
もちろんそのようなリトマス試験紙が,取り立てて go/went のペアである必要はありません.ほかのどんなペアでも良かったはずです.ですが,英語においては,たまたま不規則性を歴史的に体現してきた go/went が,社会言語学的なリトマス試験紙として選ばれ,利用されている,ということなのだろうと考えています.
「なぜ go の過去形が went なのか」という素朴な疑問には,2つの側面があります.1つは,なぜよりによって went という形なのですか,という問いです.こちらへの回答は英語史が得意とするところです.「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1]),「#4094. なぜ go の過去形は went になるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-07-12-1]),「#4403. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第3回「なぜ go の過去形は went になるの?」」 ([2021-05-17-1]) をご覧ください.
一方,なぜいつまでたっても go の過去形として goed が採用されないのか,という問いに対しては,異なる回答ができるように思われます.上記の社会言語学的な観点からの回答です.これについて「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1]) や,拙著『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』の p. 78 をご覧ください.
言葉にはあちこちに不規則性という罠がちりばめられているのです.
・ 堀田 隆一 『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』 研究社,2016年.
「#4349. なぜ過去分詞には不規則なものが多いのに現在分詞は -ing で規則的なのか?」 ([2021-03-24-1]) という素朴な疑問と関連して,そもそも両者の由来が大きく異なる点について,Lass の解説を引用しよう.まず過去分詞について,とりわけ強変化動詞の由来に焦点を当てる (Lass 161) .
. . . its [= past participle] descent is not always very neat. To begin with, it is historically not really 'part of' the verb paradigm: it is originally an independent thematic adjective (IE o-stem, Gmc a-stem) formed off the verbal root. The basic development would be:
IE PGmc *ROOT - o - nó- > *ROOT - α -nα-
強変化動詞に関する限り,過去分詞は動詞語根から派生したにはちがいないが,もともと動詞パラダイムに組み込まれていなかったということだ.形態的には,動詞からの独立性が強く,しかも動詞の強弱の違いにも依存した.
一方,現在分詞には,歴史的に動詞の強弱の違いに依存しないという事情があった (Lass 163) .これについてはすでに「#4345. 古英語期までの現在分詞語尾の発達」 ([2021-03-20-1]) で引用したとおりである.
「なぜ過去分詞には不規則なものが多いのに現在分詞は -ing で規則的なのか?」という疑問に向き合うに当たって,そもそも過去分詞と現在分詞の由来が大きく異なっていた点が重要となるだろう.
・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
to 不定詞の起源について,「#2502. なぜ不定詞には to 不定詞と原形不定詞の2種類があるのか?」 ([2016-03-03-1]) では次のように述べた.
「to 不定詞」のほうは,古英語の前置詞 to に,上述の本来の不定詞を与格に屈折させた -anne という語尾をもつ形態(不定詞は一種の名詞といってもよいものなので,名詞さながらに屈折した)を後続させたもの
これは,英語史の教科書などでよく見かける一般的な記述を要約し,提示したものである.ところが,これは必ずしも正確な説明ではないようだ.Los (144) に異なる解釈が提示されており,そちらのほうが比較言語学的に説得力がある.
The etymology of the to-infinitive is often given as a bare infinitive in the complement of a preposition to, but this leaves the gemination ('doubling') of the -n- in the to-infinitive unexplained. The gemination points to the presence of an earlier -j-, probably part of a nominalising suffix. This parallells (sic) the origin of the gerund . . . , and indicates that the to-infinitive is not built on the bare infinitive, which was a much earlier formation, but on a verbal stem, like any other nominalisation:
(57) to (preposition) + ber- (verbal stem) + -anja (derivational suffix) + -i (dative sg) → Common Germanic *to beranjōi, Old English: to berenne, Middle English: to beren/bere, PDE: to bear.
確かに古英語の原形不定詞 beran を普通の名詞と見立てて与格に屈折させても *berane にこそなれ berenne にはならない.母音も異なるし,子音の重ね (gemination) も考慮にいれなければならないことに,改めて気づいた.
・ Los, Bettelou. A Historical Syntax of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.
多くの言語には,時間 (time) に関連する概念を標示する機能があります.まず,日本語にも英語にもあって分かりやすいのは時制 (tense) という範疇 (category) ですね.過去,現在,未来という時間軸上のポイントを示すアレです.
もう1つ,よく聞くのが相 (aspect) です.aspect という英単語は「局面,側面,様態,視座,相」ほどを意味し,いずれで訳してもよさそうですが,最も分かりにくい「相」が定訳となっているので困ります.難しそうなほうが学術用語としてありがたがられるという目論見だったのでしょうかね.あまり感心できませんが,定着してしまったものを無視するわけにもいきませんので,今回は「相」で通します.
さて,aspect や「相」について参考書を調べてみると,様々な定義や解説が挙げられていますが,互いに主旨は大きく異なりません.
動詞に関する文法範疇の一つで,動詞の表わす動作・状態の様相のとらえ方およびそれを示す文法形式をいう.(『新英語学辞典』, p. 96)
The grammatical category (expressed in verb forms) that refers to a way of looking at the time of a situation: for example, its duration, repetition, completion. Aspect contrasts with tense, the category that refers to the time of the situation with respect to some other time: for example, the moment of speaking or writing. There are two aspects in English: the progressive aspect ('We are eating lunch') and the perfect aspect ('We have eaten lunch'). (McArthur 86)
A grammatical category concerned with the relationship between the action, state or process denoted by a verb, and various temporal meanings, such as duration and level of completion. There are two aspects in English: the progressive and the perfect. (Pearce 18)
半年ほど前のことですが,オンライン授業の最中に,学生よりズバリ「相」って何ですかという質問がチャットで寄せられました.そのときに次の即席の回答をしたことを思い出しましたので,こちらに再現します.授業中ということもあり,その場での分かりやすさを重視し,カジュアルで私的な解説にはなっていますが,かえって分かりやすいかもしれません.
相が時制とどう違うか,という内容の問題でしょうかね? そうするとけっこう難しいのですが,よく言われるのは「相」は動詞の表わす動作の内部時間の問題,「時制」は動詞の表わす動作の外部時間の問題とか言われます.
例えば jump 「跳ぶ」の外部時間は分かりやすくて「跳んだ」「跳ぶ」「跳ぶだろう」ですね.内部時間というのは,「跳ぶ」と一言でいっても,脚の筋肉を緊張させて跳び始めようかなという段階(=相)もあれば,実際跳び始めてるよという段階(=相)もあるし,跳んでいて空中にいる最中の段階(=相)もあれば,跳び終わって着時寸前の段階(=相)もあれば,跳び終わっちゃった段階(=相)もあるというように,今の例では少なくとも5段階くらいあるわけです.スローモーションの画像のどこで止めようかという話しです.この細かい段階を表わすのが「相」です.時間が関わってくる点では共通していますが,「時制」とは別次元の時間の捉え方ですよね.
言語における「相」の概念の一部のみをつかんだ取り急ぎの解説にすぎませんが,参考になれば.
もう少し本格的には「#2747. Reichenbach の時制・相の理論」 ([2016-11-03-1]) も参照.
・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
・ Pearce, Michael. The Routledge Dictionary of English Language Studies. Abingdon: Routledge, 2007.
英語史の最重要キーワードの1つである "Great Vowel Shift" (「大母音推移」; gvs)については本ブログでも多く取り上げてきたが,それにちなんで名付けられた統語論上の "Great Complement Shift" (「大補文推移」; gcs)については「#860. 現代英語の変化と変異の一覧」 ([2011-09-04-1]) でその名前に言及した程度でほとんど取り上げてきていなかった.これは,英語史上,動詞補分構造 (complementation) が大きく変化してきた現象を指す.この分野の第一人者である Rohdenburg (143) が,重要な論文の冒頭で次のように述べている.
Over the past few centuries, English has experienced a massive restructuring of its system of sentential complementation, which may be referred to as the Great Complement Shift.
一括りに補文構造の大変化といっても,実際には様々な種類の変化が含まれている.それらが互いにどのような関係をもつのかは明らかにされていないが,Rohdenburg はまとめて GCS と呼んでいる.Rohdenburg (143--45) は,次のような通時的変化(あるいはそれを示唆する共時的変異)の例を挙げている.
(1) She delighted to do it. → She delighted in doing it.
(2) She was used/accustomed to do it. → He was used/accustomed to doing it.
(3) She avoided/dreaded to go there. → She avoided/dreaded going there.
(4) He helped (to) establish this system.
(5) They gave us some advice (on/as to) how it should be done.
(6) a. He hesitated (about) whether he should do it.
b. He hesitated (about) whether to do it.
(7) a. She was at a loss (about) what she should do.
b. She was at a loss (about) what to do.
(8) a. She advised to do it in advance.
b. She advised doing it in advance.
c. She advised that it (should) be done in advance.
(9) a. He promised his friends to return immediately.
b. He promised his friends (that) he would return immediately.
統語論上これらを1つのタイプに落とし込むことは難しいが,動詞の補文として動名詞,不定詞,that 節,前置詞句などのいずれを取るのかに関して通時的変化が生じてきたこと,そして現在でもしばしば共時的変異がみられるということが,GCS の趣旨である.
・ Rohdenburg, Günter. "The Role of Functional Constraints in the Evolution of the English Complement System." Syntax, Style and Grammatical Norms: English from 1500--2000. Ed. Christiane Dalton-Puffer, Dieter Kastovsky, Nikolaus Ritt, and Herbert Schendl. Bern: Peter Lang, 2006. 143--66.
常々考えており,学生たちともよく議論していることなのだが,「他動詞」 (transitive verb) と「自動詞」 (intransitive verb) という用語は紛らわしい.
ある動詞のことを「他動詞」か「自動詞」かに分類するよりも,その動詞には「他動詞的用法」 (transitive use) があるとか,「自動詞的用法」 (intransitive use) があるとか,両用法があるとか,そのような用語使いのほうが分かりやすいのではないかと思うからだ.
確かに,通常は自動詞的用法しかもたない exist, fall, matter のような動詞を「自動詞」と呼んでおくのは一見すると分かりやすいし,同様に普通は他動詞的用法しかもたない greet, have, visit のような動詞を「他動詞」と称するのは問題ないように思われる.しかし,eat, write, move など大多数の動詞が実は両用法をもつのであり,これらの動詞を個々の具体的な文脈における用法に注目せず,所属タイプとして「他動詞」や「自動詞」と分類してしまうのは適切ではない.eat は基本的には「他動詞」だが,場合によっては目的語が省略され「自動詞」ともなり得る,というような言い方は混乱のもとである.
似たようなことは「可算名詞」 (countable noun) や「不可算名詞」 (uncountable noun or mass noun) についても言えるし,「限定形容詞」 (attributive adjective) や「叙述形容詞」 (predicative adjective) についても言えるだろう.これらの用語は,動詞,名詞,形容詞のタイプとしての「種別」を表わす用語ではなく,具体的に実現されるトークンとしての「用法」を表わす用語と解釈しておくのが妥当に思われる.
タイプ種別として A か B かに厳密にカテゴライズできないのは,言語(学用語)の常である.およそA的だがB的な要素もあるとか,状況に応じてA的にもB的にもなり得るとか,そのようなケースのほうが多い.言語事象も言語学用語もたいていプロトタイプ (prototype) の観点からみておくのがよい.
このような問題を考察したい方は,ぜひ Taylor をどうぞ.さらにこちらも「#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか」 ([2012-10-06-1]) .
・ Taylor, John R. Linguistic Categorization. 3rd ed. Oxford: OUP, 2003.
古英語期(以前)に始まり中英語期をかけてほぼ完遂した屈折語尾の衰退は,英語形態論における史上最大の出来事だったといってよい.これにより英語の言語としての類型がひっくり返ってしまったといっても過言ではない.とりわけ名詞,動詞,形容詞の形態論は大規模な再編成を余儀なくされ,各品詞と結びついていた文法カテゴリー (category) も大幅に組み替えられることになった.
名詞についていえば,古英語では性 (gender),数 (number),格 (case) の3カテゴリーの三位一体というべき形態論が機能していたが,中英語ではおよそ性と格のカテゴリーが弱化・消失にさらされ,数が優勢となって今に至る.
動詞については,古英語では人称 (person),数 (number),法 (mood),時制 (tense) が機能的だったが,屈折語尾の衰退の荒波に洗われ,時制以外のカテゴリーの効き具合が弱まった.一応すべてのカテゴリーが現代まで生き延びているとはいえ,結果的に優位を獲得したのは時制である.
Lass (161) は,近現代英語の動詞のカテゴリーを形態的な区別という観点から整理し,次のように図式化した.
TENSE ─┬─ pres. ── MOOD ─┬─ ind. ── NUM. ─┬─ sing. ── PERS. ─┬┬─ 1, 2 -0 │ │ │ ││ │ │ │ └── 3 ── -s │ │ │ │ │ │ └─ pl. ─────┬──┘ │ │ │ │ └── subj./imp. ─────────────┘ │ │ └─ past ────────────────────────────────────── -d
原則として他動詞として用いられる動詞が,目的語と伴わないケースがままある.文脈から目的語が明らかな場合が多いが,その用法がごく普通になると,もはや「原則として他動詞」というレベルを超えて「自動詞用法もあり」へ移行したととらえるほうが妥当な場合もあるだろう.この辺りは常に流動的である.
Quirk (§10.4) より,典型的に他動詞として用いられる動詞において目的語が省略される場合の4タイプを挙げよう.
(1) A specific object is recoverable from the preceding linguistic context:
A: Show me your essay. B: I'll show you later.
Let's do the dishes. I'll wash and you dry.
In such instances the verb may be analysed as genuinely transitive with ellipsis of the direct object.
(2) A specific object is understood from the situational context:
Keep off [sign on grass]
Shake well before use.
Watch!
Don't touch.
The tie doesn't fit.
(3) A specific reflexive object is understood when the verb allows such an object . . . .:
I'm shaving.
They're dressing.
Some verbs allow omission of either a reflexive or a nonreflexive object: She's washing (herself or the clothes).
(4) A nonspecific object is semantically entailed . . .:
Are you eating again?
Do you drink?
He teaches.
I don't want to catch you smoking again.
They can't spell.
I can't come now, because I'm cleaning.
I don't want to read.
The range of understood nonspecific objects is restricted with some verbs when they are used intransitively. For example, Do you drink? refers to the drinking of alcoholic drinks, I'm cleaning refers to domestic cleaning and not (say) to cleaning teeth or cleaning a pipe, and to catch you smoking again normally excludes (say) smoking fish.
このような振る舞いを示す本来的な他動詞には,きわめて日常的な語が多いことに注意したい.日常的であればこそ,「読む」といったら何を読むのが典型的なのか,「飲む」といったら何を飲むのが典型的なのかという,社会的なフレームやスクリプトが,同じ言語共同体内で自明のものとして共有されているからだろう.逆に言えば,どんな目的語が省略されているかの調査を通じて,当該社会のプロトタイプ的な行動をあぶり出せることになるかもしれない.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
形態的不規則性を示す語は高頻度語に集中している.その典型が不規則動詞である.規則的に -ed を付して過去形を作る圧倒的多数の動詞に対して,不規則動詞は数少ないが,たいてい相対的に頻度の高い動詞である.不規則中の不規則といえる go や be の過去形 went, was/were などは,補充法 (suppletion) によるものであり,暗記していないかぎり太刀打ちできない.これは,いずれも超高頻度語であることが関係している.この辺りの事情は以下の記事でも取り上げてきた.
・ 「なぜ高頻度語には不規則なことが多いのですか?」 (去る7月29日付の「英語の語源が身につくラジオ」にて音声解説)
・ 「#3859. なぜ言語には不規則な現象があるのですか?」 ([2019-11-20-1])
・ 「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1])
・ 「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1])
・ 「#3284. be 動詞の特殊性」 ([2018-04-24-1])
では,なぜ頻度の高い動詞には不規則活用を示すものが多いのだろうか.記憶 (memory) や形態の心的表象 (mental representation) に訴える説明が一般的である.Smith (1535) の解説を引用する.
The relationship between high frequency and irregularity has to do with memory in so far as those verbs that are used frequently have strong mental representations such that the irregular past forms are stored autonomously and thus accessed independently of the present stem. Such items are said to have become "entrenched" in storage . . . . On the other hand, a low frequency form does not necessarily have its past form stored autonomously and does not allow for direct access to that past form. Thus, its use in the past involves access to the present stem and rule application . . . .
頻度の高い動詞の過去形は,頻繁に使用するために,記憶のなかで直接アクセスできる引き出しにしまっておくのが便利である.go という現在形を足がかりにして went にたどり着くようでは,遅くて役に立たない.go を経由せずに,直接 went の引き出しにたどり着きたい.一方,頻度の低い動詞であれば,現在形を足がかりにして,それに -ed を付すという規則適用の計算も,たまのことにすぎないので耐えられる.つまり,引き出す頻度に応じて直接アクセスと間接アクセスの2種類に分けておくのが効率的である.
では,-ed を付して過去形を作る規則動詞は常に計算を伴う間接アクセスなのかというと,必ずしもそうではないようだ.Smith (1535) で紹介されているある研究によると,同音語である kneaded と needed を被験者に発音してもらったところ,相対的に頻度の低い前者の -ed 語尾のほうが,頻度の高い後者の語尾よりも,平均して数ミリ秒長く発音されたという.これは,needed のほうがアクセスが容易であること,おそらくより直接に記憶保存されていることを示唆する.
・ Smith, K. Aaron. "New Perspectives, Theories and Methods: Frequency and Language Change." Chapter 97 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1531--46.
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