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verb - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-04-20 10:59

2015-05-23 Sat

#2217. 古英語強変化動詞の類型のまとめ [oe][verb][inflection][paradigm]

 古英語の強変化動詞は伝統的に7類に区分される.Mitchell and Robinson (37, 40) の表や,その前後の説明を参照して,まとめの表を2種類作ってみた.まずは大雑把な区分の表で,代表的な動詞を取り上げて活用主要形 (principal parts) を示したもの.

ClassInf.1st Pret.2nd Pret.Past Ptc.
Iscīnan 'shine'scānscinonscinen
IIcrēopan 'creep'crēapcruponcropen
brūcan 'enjoy'brēacbruconbrocen
IIIbreġdan 'pull'bræġdbrugdonbrogden
IVberan 'bear'bærbǣronboren
Vtredan 'tread'trædtrǣdontreden
VIfaran 'go'fōrfōronfaren
VII(a) healdan 'hold'hēoldhēoldonhealden
(b) hātanhēthētonhāten


 次に,語幹の母音と子音の組み合わせに応じて決まる gradation (Ablaut) のパターンを示そう.抽象的ではあるが,その分汎用性は高い.

ClassExampleConsonant StructureInf.1st Pret.2nd Pret.Past Ptc.
Iscīnanī + one cons.īāii
IIcrēopanēo + one cons.ēoēauo
brūcanū + one cons.ūēauo
IIIbreġdane + two cons.eæuo
weorpaneo + r + cons.eoeauo
feohtaneo + h + cons.eoeauo
helpane + l + cons.eeauo
ġieldanpalatal + ie + 2 cons.ieeauo
drincani + nasal + cons.iauu
IVberane + one cons. (usu. a liquid)eæǣo
Vtredane + one cons. (usu. an obstruent)eæǣe
VIfarana + one cons.aōōa
VIIhealdan V1ēoēoV1
hātan V2ēēV2


 汎用性が高いといっても,強変化動詞にはここに挙げた基本パターンから逸脱する「不規則」のものも少なくない.古英語に至るまでの段階にも多くの音変化があったし,しばしば形態的な類推も働いてきた.

 ・ Mitchell, Bruce and Fred C. Robinson. A Guide to Old English. 8th ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.

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2015-05-16 Sat

#2210. think -- thought -- thought の活用 [verb][inflection][i-mutation][oe][morphology][phonetics][compensatory_lengthening][sobokunagimon]

 標題の think の活用のみならず,bring, buy, seek, teach などの活用では,過去(分詞)形に原形とは異なる母音が現われる.異なる母音に加えて,綴字の上で ght なる子音字連続が現われ,「不規則」との印象は決定的である.しかし,歴史的には規則的な動詞であり,-ed を付して過去(分詞)形を作る大多数の動詞の仲間である.ただ,大多数のものよりも多くの音変化を歴史的に経験してきたために,結果として,不規則きわまりない見栄えのする活用を示すことになっている.
 Mitchell and Robinson (48--49) に従って,歴史的経緯を解説しよう.まず,think 型の動詞の古英語での形を表に示す.現在までに廃語となったもの,純粋な規則変化へと移行したものも含まれている.

Inf.Pret. Sg.Past Ptc.
brenġan 'bring'brōhtebrōht
bycgan 'buy'bohteboht
cwellan 'kill'cwealdecweald
reċċan 'tell'rōhterōht
sēċan 'seek'sōhtesōht
sellan 'give'sealdeseald
streċċan 'stretch'strōhtestrōht
tǣċan 'teach'tǣhte, tāhtetǣt, tāht
þenċan 'think'þōhteþōht
þynċan 'seem'þūhteþūht
wyrċan 'work'worhteworht


 これらの動詞は,古英語の分類によれば弱変化第1類に属する.このクラスの動詞の特徴は,先立つゲルマン祖語の時代に,接尾辞の前位置に前舌高半母音 j をもっていたことである.これにより語幹母音は i-mutation の作用を被り,一段前寄りあるいは高い母音へと変化した.i-mutation を引き起こした j は,その後,消失したり,母音 i として引き継がれたりした.
 弱変化第1類の大部分の動詞においては,上記 i-mutation の作用が現在,過去,過去分詞を含む屈折パラダイムの全体に見られたが,語幹末に l あるいは歴史的な軟口蓋子音をもつ,上に一覧した一部の動詞においては現在形の屈折にのみ作用した.この一部の動詞では,過去や過去分詞において i-mutation を引き起こす問題の半母音 j が欠けていたのである.結果として,古英語における現在幹と過去(分詞)幹を比較すると,後者は前者よりも一段後ろ寄りあるいは低い母音,少なくともその痕跡を示すことになった.上表で e vs oy vs u の対立を確認されたい.
 cwellann, sellan について,現在と過去(分詞)では e vs ea の対立を示すが,これは本来的には e vs æ の規則的な対立とみてよい.æ が,過去(分詞)形にのみ生じた子音結合 ld の前で割れ (breaking) を起こし,ea と変化したにすぎない.
 また,þenċċan, þynċan, brenġan に関して,過去(分詞)形で ht の子音結合を示すが,これは *nċt の結合が規則的に発達したものである.破擦音的な ċt の前で摩擦音 h へと変化し,n は消失するとともに代償延長 (compensatory_lengthening) により先行する母音を長化させた.
 bycgan, wyrċan については,予想される y vs u の対立を示さず,y vs o となっている.過去(分詞)形に o が現われるのは,本来の u が特定の音環境において下げを経たからだ.下げの生じる前に i-mutation が起こったために,現在形では予想される y が現われているが,過去(分詞)形においては下げの結果である u がみられるというわけだ.
 このように先立つ時代に様々な音変化が生じたために,古英語の共時態としては,あたかも強変化動詞のごとく母音の gradation (Ablaut) を示すようにみえるが,結果としてそのようにみえているにすぎず,起源をたどれば歯音接尾辞 (dental suffix) を付して過去(分詞)形を作る通常の弱変化動詞にすぎないといえる.
 これらの動詞の詳しい歴史については,Hogg and Fulk (273--75) も参照.seek については,「#2015. seekbeseech の語尾子音」 ([2014-11-02-1]) でも触れた.

 ・ Mitchell, Bruce and Fred C. Robinson. A Guide to Old English. 8th ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2012.
 ・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2015-05-14 Thu

#2208. 英語の動詞に未来形の屈折がないのはなぜか? [verb][conjugation][tense][auxiliary_verb][indo-european][grammaticalisation][category][language_change][causation][future][sobokunagimon]

 標題の趣旨の質問が寄せられたので,この問題について歴史的な観点から考えてみたい.現代英語の動詞には,過去の出来事を表わすのに典型的に用いられる過去形がある.同様に,現在(あるいは普遍)の習慣的出来事を表わすには,動詞は典型的に現在形で活用する.しかし,未来の出来事に関しては,動詞を未来形として屈折させるような方法は存在しない.代わりに will, shall, be going to などの(準)助動詞を用いるという統語的な方法がとられている.つまり,現代英語には統語的な未来形はあるにせよ,形態的な未来形はないといってよい.単に「未来形」という用語では,統語,形態のいずれのレベルにおける「形」かについて誤解を招く可能性があることから,現代英語の文法書ではこの用語が避けられる傾向があるのではないか.
 (準)助動詞を用いる統語的,あるいは迂言的な未来表現は,おそらく後期古英語以降に willshall などの本来的に法的な機能をもつ助動詞が,意志や義務の意味を弱め,単純に時間としての未来を表わす用法へと文法化 (grammaticalisation) したことにより生じた.それ以前の時代には,単純未来を表わすのに特化した表現は,統語的にも形態的にもなく,法的な意味を伴わずに未来を表現する手段は欠けていたといってよい.古英語では,形態的には現在形(あるいは正確には非過去形)を用いることで現在のみならず未来のことを表わすこともできたのであり,時制カテゴリーにおいて,過去や現在と区別すべき区分としての未来という発想は希薄だった.その後 will などを用いた未来表現が出現した後でも,前代からの時制カテゴリーのとらえ方が大きく変容したわけではなく,現代英語でも未来という時制区分は浮いている感がある.ただし,現代英語に未来という概念は存在しないと言い切るのは,共時的には言い過ぎのきらいがあるように思う.
 上記のように,古英語の時制カテゴリーは,形式的にいえば,過去と非過去(しばしば「現在」と呼称される)の2区分よりなっていた.ここで現代英語の観点から生じる疑問(そして実際に寄せられた疑問)は,なぜ古英語では未来時制がなかったのか,なぜ動詞に未来形の屈折が発達しなかったのかという問いである.この質問に直接答えるのはたやすくないが,間接的な角度から4点を指摘しておきたい.
 まず,この質問の前提に,過去・現在・未来の3分法という近現代的な時間の観念があると思われるが,時間のとらえ方,あるいはその言語への反映である時制カテゴリーを論じる上で,必ずしもこれを前提としてよい根拠はない.日本人を含めた多くの現代人にとって,3分法の時間感覚は極めて自然に思えるが,これが人類にとっての唯一無二の時間観であるとみなすことはできない.また,仮に件の3分法の時間観が採用されたとしても,その3分法がきれいにそのまま言語の上に,時制カテゴリーとして反映するものなのかどうかも不明である.これはサピア=ウォーフの仮説 (sapir-whorf_hypothesis) に関わる問題であり,当面未解決の問題であると述べるにとどめておく.
 2点目に,他の印欧諸語にも,そして日本語にもみられるように,未来表現は,たいてい意志や義務などの法的な機能をもつ形式が文法化することにより発生することが多い.上述の通り,これは英語史においても観察された過程であり,どうやら通言語的にみられるもののようである.過去・現在・未来の3分法では,過去と未来は等しい重みをもって両極に対置されているかのようにみえるが,もしかすると言語化する上での両者の重みは,しばしば異なるのかもしれない.少なくともいくつかの主要言語の歴史を参照する限り,未来時制は過去時制と比して後発的であり,派生的であることが多い.
 3点目に,「#182. ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]) でみたように,過去・非過去という時制の2分法は(古)英語に限らずゲルマン諸語に共通する重要な特徴の1つである.また,同じ印欧語族からは古いヒッタイト語も同じ時制の2分法をもっており,印欧祖語における時制カテゴリーを再建するに当たって難題を呈している.果たして印欧祖語に未来時制と呼びうるものがあったのか,なかったのか.あるいは,あったとして,それは本来的なものなのか,二次的に派生したものなのか.つまり,上記の質問は,古英語に対して問われるべき問題にとどまらず,印欧祖語に対しても問われるべき問題でもある.印欧祖語当初からきれいな過去・現在・未来の3分法の時制をもっていたのかどうか,諸家の間で論争がある.
 最後に,ある言語革新がなぜあるときに生じたかを説明することすらがチャレンジングな課題であるところで,ある言語革新がなぜあるときに生じなかったかを説明することは極めて難しい.その意味で,古英語においてなぜ未来形が発達しなかったのかを示すことは,絶望的な困難を伴う.ただし,言語変化の理論的立場からは,本当はこれも重要な問題ではある.「#2115. 言語維持と言語変化への抵抗」 ([2015-02-10-1]) で Milroy の言語変化論に言及しながら提起したように,なぜ変化したのかと同様になぜ変化しなかったのかという質問も,もっと問われるべきだろう.

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2015-05-13 Wed

#2207. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (3) [reflexive_pronoun][verb][personal_pronoun][passive][voice]

 「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]) と「#2206. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (2)」 ([2015-05-12-1]) に引き続いての話題.近代英語期以降,再帰代名詞を伴う動詞の表現が衰退してきている.この現象を関連表現との競合という観点から調査した研究に,秋元 (118--48) がある.秋元は,content oneself with などの「動詞+再帰代名詞+前置詞」というパターンとその関連表現に的を絞って,OED から1700年以降の用例を収集し,それぞれの分布を取った.
 content oneself with でいえば,このパターンは現代英語では減少してきており,代わって各種の競合形,とりわけ be content to V や be content with NP が増えてきているという.be contented with NP や be contented to V という競合形も低頻度ながら用いられており,全体として再帰代名詞を用いた表現は各種の競合形に抑えこまれる形で目立たなくなってきているという.content oneself with のほかにもいくつかの表現が扱われており,例えば apply oneself to もやはり着実に減少してきており,代わって自動詞用法の apply to NP や受動態の be applied to NP が増えてきているようだ.8種類の動詞について用例数を数え挙げた結果は,以下の通りである(秋元,p. 134) .時代別ではなくひっくるめた数値だが,再帰表現ではない競合形が相対的に優勢であることがよくわかる.

  reflexivepassiveintransitiveother rival forms
(1)content oneself with10830 136
(2)avail oneself of144  
(3)devote oneself to70191  
(4)apply oneself to42653548 
(5)attach oneself to93100171 
(6)address oneself to6220711 
(7)confine oneself to69592  
(8)concern oneself with/about/in69822  


 概して再帰代名詞を用いた表現は確かに頻度が低くなってきているが,その背後には受動態その他の競合形の躍進というもう一つの言語変化が関与しているということだろう.

 ・ 秋元 実治 『増補 文法化とイディオム化』 ひつじ書房,2014年.

Referrer (Inside): [2015-09-01-1]

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2015-05-12 Tue

#2206. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (2) [reflexive_pronoun][verb][personal_pronoun][voice]

 「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]) を受けて,少し調べてみたことを報告する.Jespersen に当たってみたが,前回の記事を書いたときにおぼろげに考えていたことが,Jespersen の発言に裏付けられたような気がした.-self 形の再帰代名詞の音韻形態的な重さという問題に加え,mehim などの単純形再帰代名詞の意味的な軽さ,あるいは "dative of interest" の用法 (cf. 「#980. ethical dative」 ([2012-01-02-1])) としての異分析が関与しているのではないかという説だ.少々長いが,分かりやすい説明なので引用しよう (Jespersen 325) .

     Omission of Reflexive Pronouns
16.21. In a great many cases the verb as used intransitively represents an older reflexive verb. The change of construction may have been brought about in two ways. In the older stages of the language the ordinary personal pronoun was used in a reflexive sense, but me in I rest me, originally in the accusative (he hine reste), might easily be felt as representing a 'dative of interest' (cf I buy me a hat, etc.) and thus be discarded as really superfluous. In the second place, after the self-pronouns had come to be generally used, the reflexive object in I dress myself might be taken to be the empathic pronoun in apposition to the nominative (the difference in stress not being always strictly maintained) and thus might easily appear superfluous. The tendency is towards getting rid of the cumbersome self-pronoun whenever no ambiguity is to be feared; thus a modern Englishman or American will say I wash, dress, and shave, where his ancestor would add (me, or) myself in each case. One of the reasons for this evolution is evidently the heaviness of the forms myself, ourselves, etc., while there is not the same inducement in other languages to get rid of the short me, se, mich, sich, migh, sig, sja, etc. Hence also the development of the activo-passive use . . . in many cases where other languages have either the reflexive or the passive forms that have arisen out of the reflexive (Scand. -s, Russian -sja, -s.)


 この引用の後で,Jespersen は目的語としての再帰代名詞が省略された動詞表現の用例を近代英語期から数多く挙げていくが,例を眺めていると,いかに多くの動詞が現代英語にかけて「自動詞化」してきたかを確認できる.逆にいえば,現代の感覚からは,この表現もあの表現もかつては再帰代名詞を伴っていたのかと驚くばかりだ.ランダムに再帰代名詞を用いた例を抜き出してみる.

 ・ we bowed our selves towards him (Bacon A 4.34)
 ・ may I complain my selfe (Sh R 2 I 2.42)
 ・ they drew themselves more westerly towards the Red sea (Raleigh)
 ・ I dress my selfe handsome, till thy returne (Sh H 4 B II.4.302)
 ・ I though it would make me feel myself a boy again, but . . . I never felt so old as I do to-day (Barrie T 65)
 ・ Both I do repent me and repent it (Sh)
 ・ [he] retyr'd himselfe To Italy (Sh R 2 IV 1.96)
 ・ He . . . hath solne him home to bed (Sh Ro II 1.4)
 ・ Jesus turned him about (AV Matth. 9.22)
 ・ yeeld thee, coward (Sh Mcb V 8.23)

 再帰代名詞の省略と関連して,相互代名詞 (each other, one another) の省略もパラレルな傾向としてみることができる (Jespersen 332) .現在 we meet, we kiss, we marry のように相互的な意味において自動詞として使われ得るが,元来は目的語として each other を伴っていた.embrace, greet, hug などもこの部類に入る.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part III. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1954.

Referrer (Inside): [2015-09-01-1] [2015-05-13-1]

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2015-05-06 Wed

#2200. なぜ *haves, *haved ではなく has, had なのか [phonetics][consonant][assimilation][conjugation][inflection][3sp][verb][paradigm][oe][suffix][sobokunagimon][have]

 標記のように,現代英語の have は不規則変化動詞である.しかし,has に -s があるし, had に -d もあるから,完全に不規則というよりは若干不規則という程度だ.だが,なぜ *haves や *haved ではないのだろうか.
 歴史的にみれば,現在では許容されない形態 haveshaved は存在した.古英語形態論に照らしてみると,この動詞は純粋に規則的な屈折をする動詞ではなかったが,相当程度に規則的であり,当面は事実上の規則変化動詞と考えておいて差し支えない.古英語や,とりわけ中英語では,haveshaved に相当する「規則的」な諸形態が確かに行われていたのである.
 古英語 habban (have) の屈折表は,「#74. /b/ と /v/ も間違えて当然!?」 ([2009-07-11-1]) で掲げたが,以下に異形態を含めた表を改めて掲げよう.

habban (have)Present IndicativePresent SubjunctivePreterite IndicativePreterite SubjunctiveImperative
1st sg.hæbbehæbbehæfdehæfde 
2nd sg.hæfst, hafasthafa
3rd sg.hæfþ, hafaþ 
pl.habbaþhæbbenhæfdonhæfdenhabbaþ


 Pres. Ind. 3rd Sg. の箇所をみると,古英語で has に相当する形態として,hæfþ, hafaþ の2系列があったことがわかる. のように2子音が隣接する前者の系列では,中英語期に最初の子音 f が脱落し,hath などの形態を生んだ.この hath は近代英語期まで続いた.
 3単現の語尾が -(e)th から -(e)s へ変化した経緯について「#2141. 3単現の -th → -s の変化の概要」 ([2015-03-08-1]) を始め,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]),「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]),「#2156. C16b--C17a の3単現の -th → -s の変化」 ([2015-03-23-1]) などの記事で取り上げてきたが,目下の関心である現代英語の has という形態の直接の起源は,hath の屈折語尾の置換に求めるよりは,古英語の Northumbria 方言に確認される hæfis, haefes などに求めるべきだろう.この -s 語尾をもつ古英語の諸形態は,中英語期にはさらに多くの形態を発達させたが,f が母音に挟まれた環境で脱落したり,fs のように2子音が隣接する環境で脱落するなどして,結果的に has のような形態が出力された.hathhas から唇歯音が脱落した過程は,このようにほぼ平行的に説明できる.関連して,haveof について,後続語が子音で始まるときに唇歯音が脱落することが後期中英語においてみられた.ye ha seyn (you have seen) や o þat light (of that light) などの例を参照されたい (中尾,p. 411).
 なお,過去形 had についてだが,こちらは「#1348. 13世紀以降に生じた v 削除」 ([2013-01-04-1]) で取り上げたように,多くの語に生じた v 削除の出力として説明できる.「#23. "Good evening, ladies and gentlemen!"は間違い?」 ([2009-05-21-1]) も合わせて参照されたい.
 MEDhāven (v.) の壮観な異綴字リストで,hashad に相当する諸形態を確かめてもらいたい.

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.

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2015-04-21 Tue

#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 [reflexive_pronoun][verb][personal_pronoun][voice][middle_voice]

 フランス語学習者から質問を受けた.フランス語には代名動詞というカテゴリーがあるが,英語にはないのはなぜかという疑問である.具体的には,Ma mere se lève tôt. (私の母は早く起きる)のような文における,se leve の部分が代名動詞といわれ,「再帰代名詞+動詞」という構造をなしている.英語風になおせば,My mother raises herself early. という表現である.普通の英語では riseget up などの動詞を用いるところで,フランス語では代名動詞を使うことが確かに多い.また,ドイツ語でも Du hast dich gar nicht verändert. (You haven't changed at all) のように「再帰代名詞+動詞」をよく使用し,代名動詞的な表現が発達しているといえる.
 このような表現は起源的には印欧祖語の中間態 (middle_voice) の用法に遡り,したがって印欧諸語には多かれ少なかれ対応物が存在する.実際,英語にも help oneself, behave oneself, pride oneself on など再帰代名詞と動詞が構造をなす慣用表現は多数ある.しかし,英語ではフランス語の代名動詞のように動詞の1カテゴリーとして設けるほどには発達していないというのは事実だろう.ここにあるのは,質の問題というよりも量の問題ということになる.英語で再帰代名詞を用いた動詞表現が目立たないのはなぜだろうか.
 この疑問に正確に回答しようとすれば細かく調査する必要があるが,大雑把にいえば,英語でも古くは再帰代名詞を伴う動詞表現がもっと豊富にあったということである.「他動詞+再帰代名詞」のみならず「自動詞+再帰代名詞」の構造も古くはずっと多く,後者の例は「#578. go him」 ([2010-11-26-1]) や「#1392. 与格の再帰代名詞」 ([2013-02-17-1]) で見たとおりである.このような構造をなす動詞群には現代仏独語とも比較されるものが多く,運動や姿勢を表わす動詞 (ex. go, return, run, sit, stand, turn) ,心的状態を表わす動詞 (ex. doubt, dread, fear, remember) ,獲得を表わす動詞 (buy, choose, get, make, procure, seek, seize, steal) ,その他 (bear, bethink, rest, revenge, sport, stay) があった.ところが,このような表現は近代英語期以降に徐々に廃れ,再帰代名詞を脱落させるに至った.
 現代英語でも再帰代名詞の脱落の潮流は着々と続いている.例えば,adjust (oneself) to, behave (oneself), dress (oneself), hide (oneself), identify (oneself) with, prepare (oneself) for, prove (oneself) (to be), wash (oneself), worry (oneself) などでは,再帰代名詞のない単純な構造が好まれる傾向がある.Quirk et al. (358) は,このような動詞を "semi-reflexive verb" と呼んでいる.
 以上をまとめれば,英語も近代期までは印欧祖語に由来する中間態的な形態をある程度まで保持し,発展させてきたが,以降は非再帰的な形態に置換されてきたといえるだろう.英語においてこの衰退がなぜ生じたのか,とりわけなぜ近代英語期というタイミングで生じたのかについては,さらなる調査が必要である.再帰代名詞の形態が -self を常に要求するようになり,音韻形態的に重くなったということもあるかもしれない(英語史において再帰代名詞が -self を含む固有の形態を生み出したのは中英語以降であり,それ以前もそれ以後の近代英語期でも,-self を含まない一般の人称代名詞をもって再帰代名詞の代わりに用いてきたことに注意.「#1851. 再帰代名詞 oneself の由来についての諸説」 ([2014-05-22-1]) を参照).あるいは,単体の動詞に対する統語意味論的な再分析が生じたということもあろう.複合的な視点から迫るべき問題のように思われる.

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2015-03-25 Wed

#2158. "I wonder," said John, "whether I can borrow your bicycle." (2) [syntax][word_order][verb][agreement][register]

 標題のように said John など伝達動詞が主語の前に置かれる語順について,[2015-02-25-1]の記事の続編を送る.現代英語のこの語順について,Biber et al. (922) は,Quirk et al. の記述と多く重なるが,次のような統語的条件を与えている.

   Subject-verb order is virtually the rule where one or more of the following three conditions apply:
The subject is an unstressed pronoun:
   "The safety record at Stansted is first class," he said. (NEWS)
The verb phrase is complex (containing auxiliary plus main verb):
   "Konrad Schneider is the only one who matters," Reinhold had answered. (FICT)
The verb is followed by a specification of the addressee:
   There's so much to living that I did not know before, Jackie had told her happily. (FICT)


 LGSWE Corpus での調査によると,被引用文句の後位置では SV も VS も全体的におよそ同じくらいの頻度だというが,FICTIONでは SV がやや多く,NEWSでは VS が強く好まれるなど,傾向が分かれるという.ジャンルとの関係でいえば,前回の記事で触れたように,journalistic writing やおどけた場面では被引用文句の前でも VS が起こることがあるという.この問題は使用域や文体との関連が強そうだ.
 伝達動詞であるという語彙・意味的制限,上掲の統語的条件,使用域や文体の関与,これらの要因が複雑に絡み合って said JohnJohn said が決定されるとすれば,この問題は多面的に検討しなければならないことになる.ほかにも語用論的な要因が関与している可能性もありそうだし,他の引用文句を導入する表現や手段との比較も必要だろう.通時的な観点からは,諸条件の絡み合いがいかにして生じてきたのか,また書き言葉における引用符の発達などとの関係があるかどうかなど,興味が尽きない.(後者については,「#2004. ICEHL18 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2014-10-22-1]) で紹介した ICEHL18 の学会で,引用符の発達と quoth の衰退とが関与している可能性があるという趣旨の Colette Moore 口頭発表を聴いたことがある.The ICEHL18 Book of Abstracts (PDF) の pp. 170--71 を参照.)

 ・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

Referrer (Inside): [2019-10-07-1]

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2015-03-23 Mon

#2156. C16b--C17a の3単現の -th → -s の変化 [verb][conjugation][emode][language_change][suffix][inflection][3sp][lexical_diffusion][schedule_of_language_change][speed_of_change][bible]

 初期近代英語における動詞現在人称語尾 -th → -s の変化については,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]),「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]),「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]),「#2141. 3単現の -th → -s の変化の概要」 ([2015-03-08-1]) などで取り上げてきた.今回,この問題に関連して Bambas の論文を読んだ.現在の最新の研究成果を反映しているわけではないかもしれないが,要点が非常によくまとまっている.
 英語史では,1600年辺りの状況として The Authorised Version で不自然にも3単現の -s が皆無であることがしばしば話題にされる.Bacon の The New Atlantis (1627) にも -s が見当たらないことが知られている.ここから,当時,文学的散文では -s は口語的にすぎるとして避けられるのが普通だったのではないかという推測が立つ.現に Jespersen (19) はそのような意見である.

Contemporary prose, at any rate in its higher forms, has generally -th'; the s-ending is not at all found in the A[uthorized] V[ersion], nor in Bacon A[tlantis] (though in Bacon E[ssays] there are some s'es). The conclusion with regard to Elizabethan usage as a whole seems to be that the form in s was a colloquialism and as such was allowed in poetry and especially in the drama. This s must, however, be considered a licence wherever it occurs in the higher literature of that period. (qtd in Bambas, p. 183)


 しかし,Bambas (183) によれば,エリザベス朝の散文作家のテキストを広く調査してみると,実際には1590年代までには文学的散文においても -s は容認されており,忌避されている様子はない.その後も,個人によって程度の違いは大きいものの,-s が避けられたと考える理由はないという.Jespersen の見解は,-s の過小評価であると.

The fact seems to be that by the 1590's the -s-form was fully acceptable in literary prose usage, and the varying frequency of the occurrence of the new form was thereafter a matter of the individual writer's whim or habit rather than of deliberate selection.


 さて,17世紀に入ると -th は -s に取って代わられて稀になっていったと言われる.Wyld (333--34) 曰く,

From the beginning of the seventeenth century the 3rd Singular Present nearly always ends in -s in all kinds of prose writing except in the stateliest and most lofty. Evidently the translators of the Authorized Version of the Bible regarded -s as belonging only to familiar speech, but the exclusive use of -eth here, and in every edition of the Prayer Book, may be partly due to the tradition set by the earlier biblical translations and the early editions of the Prayer Book respectively. Except in liturgical prose, then, -eth becomes more and more uncommon after the beginning of the seventeenth century; it is the survival of this and not the recurrence of -s which is henceforth noteworthy. (qtd in Bambas, p. 185)


 だが,Bambas はこれにも異議を唱える.Wyld の見解は,-eth の過小評価であると.つまるところ Bambas は,1600年を挟んだ数十年の間,-s と -th は全般的には前者が後者を置換するという流れではあるが,両者並存の時代とみるのが適切であるという意見だ.この意見を支えるのは,Bambas 自身が行った16世紀半ばから17世紀半ばにかけての散文による調査結果である.Bambas (186) の表を再現しよう.

AuthorTitleDateIncidence of -s
Ascham, RogerToxophilus15456%
Robynson, RalphMore's Utopia15510%
Knox, JohnThe First Blast of the Trumpet15580%
Ascham, RogerThe Scholmaster15700.7%
Underdowne, ThomasHeriodorus's Anaethiopean Historie15872%
Greene, RobertGroats-Worth of Witte; Repentance of Robert Greene; Blacke Bookes Messenger159250%
Nashe, ThomasPierce Penilesse159250%
Spenser, EdmundA Veue of the Present State of Ireland159618%
Meres, FrancisPoetric159813%
Dekker, ThomasThe Wonderfull Yeare 1603160384%
Dekker, ThomasThe Seuen Deadlie Sinns of London160678%
Daniel, SamuelThe Defence of Ryme160762%
Daniel, SamuelThe Collection of the History of England1612--1894%
Drummond of Hawlhornden, W.A Cypress Grove16237%
Donne, JohnDevotions162474%
Donne, JohnIvvenilia163364%
Fuller, ThomasA Historie of the Holy Warre16380.4%
Jonson, BenThe English Grammar164020%
Milton, JohnAreopagitica164485%


 これをプロットすると,以下の通りになる.

Incidence of -s in Prose between C16b and C17a by Bambas

 この期間では年間0.5789%の率で上昇していることになる.相関係数は0.49である.全体としては右肩上がりに違いないが,個々のばらつきは相当にある.このことを過小評価も過大評価もすべきではない,というのが Bambas の結論だろう.

 ・ Bambas, Rudolph C. "Verb Forms in -s and -th in Early Modern English Prose". Journal of English and Germanic Philology 46 (1947): 183--87.
 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.
 ・ Wyld, Henry Cecil. A History of Modern Colloquial English. 2nd ed. London: Fisher Unwin, 1921.

Referrer (Inside): [2017-02-21-1] [2015-05-06-1]

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2015-03-20 Fri

#2153. 外適応によるカテゴリーの組み替え [exaptation][tense][aspect][category][language_change][verb][conjugation][inflection]

 昨日の記事「#2152. Lass による外適応」 ([2015-03-19-1]) で取り上げた,印欧祖語からゲルマン祖語にかけて生じた時制と相の組み替えについて,より詳しく説明する.印欧祖語で相のカテゴリーを構成していた Present, Perfect, Aorist の区別は,ゲルマン祖語にかけて時制と数のカテゴリーの構成要因としての Present, Preterite 1, Preterite 2 の区別へと移行した.形態的な区別は保持したままに,外適応が起こったことになる.まず対応の概略を図式的に示すと,次のようになる.

(Indo-European)            (Germanic)

   PRESENT ──────── PRESENT

   PERFECT ──────── PRETERITE 1

   AORIST  ──────── PRETERITE 2

 ゲルマン諸語の弱変化動詞については,印欧祖語時代の PERFECT と AORIST は形態的に完全に融合したので,上図の示すような PRETERITE 1 と 2 の区別はつけられていない.しかし,強変化動詞はもっと保守的であり,かつての PERFECT と AORIST の形態的痕跡を残しながら,2種類の PRETERITE へと機能をシフトさせた(つまり外適応した).(2種類の PRETERITE については,「#42. 古英語には過去形の語幹が二種類あった」 ([2009-06-09-1]) を参照.)
 ところで,印欧祖語では動詞の相のカテゴリーは母音階梯 (ablaut) によって標示された.e-grade は PRESENT を,o-grade は PERFECT を,zero-grade あるいは ē-grade は AORIST を表した.一方,古英語のいくつかの強変化動詞の PRESENT, PRETERITE 1, PRETERITE 2 の形態をみると,bīt-an -- bāt -- bit-on, bēod-an -- bēad -- budon, help-an -- healp -- hulpon などとなっている.印欧祖語以降の母音変化により直接は見えにくくなっているが,古英語の3種の屈折変化に見られるそれぞれの母音の違いは,印欧祖語時代の e-grade, o-grade, zero-grade の差に対応する.つまり,3種の屈折変化は音韻形態的には地続きである.したがって,ゲルマン祖語時代にかけて本質的に変化していったのは形態ではなく機能ということになる.おそらくは印欧祖語の相の区別が不明瞭になるに及び,保持された形態的な対立が別のカテゴリー,すなわち時制と数の区別に新たに応用されたということだろう.
 Lass (87) によると,この外適応は以下の一連の過程を経て生じたと想定されている.

(i) loss of the (semantic) opposition perfect/aorist; (ii) retention of the diluted semantic content 'past' shared by both (in other words, loss of aspect but retention of distal time-deixis); (iii) retention of the morpho(phono)logical exponents of the old categories perfect and aorist, but divested of their oppositional meaning; (iv) redeployment of the now semantically evacuated exponents as markers of a secondary (concordial) category; in effect re-use of the now 'meaningless' old material to bolster an already existing concordial system, but in quite a new way.


 印欧祖語には存在しなかったカテゴリーがゲルマン祖語において新たに創発されたという意味で,この外適応はまさに "conceptual novelty" の事例といえる.

 ・ Lass, Roger. "How to Do Things with Junk: Exaptation in Language Evolution." Journal of Linguistics 26 (1990): 79--102.

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2015-03-12 Thu

#2145. 初期近代英語の3複現の -s (6) [verb][conjugation][emode][number][agreement][3pp][nptr]

 標題については 3pp の各記事で取り上げてきたが,関連する記述をもう1つ見つけたので,以下に記しておきたい.「#1301. Gramley の英語史概説書のコンパニオンサイト」 ([2012-11-18-1]) と「#2007. Gramley の英語史概説書の目次」 ([2014-10-25-1]) で紹介した Gramley (136--37) からの引用である.

Third person {-s} vs. {-(e)th} is a further inflectional point. This distinction is one of the most noticeable in this period [EModE], and it may be used as evidence of the influence of Northern on Southern English. In ME Northerners used the ending {-s} where Southerners used {-(e)th}. In each case the respective inflection could be used in both the third person singular present tense as well as in the whole of the plural . . . . While zero became normal in the plural, in the third person singular present tense there was no such move, and the two forms were in competition with each other both in colloquial London speech and in the written language.


 同英語史書のコンパニオンサイトより,6章のための補足資料 (p. 8) に,さらに詳しい解説が載っており有用である.また,そこでは Northern Subject Rule (= Northern Present Tense Rule; cf. nptr, 「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1])) にも触れられており,その関連で Lass (166, 185) と Nevalainen and Raumolin-Brunberg (283, 312) への言及もある.
 NPTR が南部において適用された結果と思われる複現の -s の例を挙げておこう.

 ・ they laugh that wins (F1--3, Q1--3; win F4) (Shakespeare, Othello 4.1.121)
 ・ whereby they make their pottage fat, and therewith driues out the rest with more content. (Deloney, Jack of Newbury 72)
 ・ For if neither they can doo that they promise & wantes greatest good (Elizabeth, Boethius 48.11)
 ・ Well know they what they speak that speaks (F1; speak Q) so wisely (Shakespeare, Troilus 3.2.145)
 ・ when sorrows comes (F1), they come not single spies. (Shakespeare, Hamlet 4.5.73)
 ・ As surely as your feet hits (F1) the ground they step on (Shakespeare, Twelfth Night 3.4.265)


 Shakespeare では版によって複現の -s が現われたり消えたりする例が見られることから,そこには文体的あるいは通時的な含意がありそうである.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.
 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.
 ・ Nevalainen, T. and H. Raumolin-Brunberg. "The Changing Role of London on the Linguistic Map of Tudor and Stuart England." The History of English in a Social Context: A Contribution to Historical Sociolinguistics. Ed. D. Kastovsky and A. Mettinger. Berlin: Mouton de Gruyter, 2000. 279--337.

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2015-03-09 Mon

#2142. 中英語における3単現および複現の語尾の方言分布 [map][laeme][lalme][me_dialect][me][3sp][3pp][verb][conjugation][nptr]

 標題の問いに手っ取り早く答えるには,次の表で事足りる(Görlach (68) による表の一部より).

 SouthMidlandNorth
Present Indicative3sg.-(e)þ-(e)þ-(e)s
pl.-(e)þ-(e)n-(e)s


 これを地図上に示すと「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1]) の通りとなるが,より詳しい分布を得たいときには LAEME (初期中英語)と eLALME (後期中英語)を参照するのが便利である (cf. 「#1622. eLALME」 ([2013-10-05-1])) .以下では,両アトラスより得られた地図の画像を貼り付けよう(クリックするとより大きく綺麗な画像が得られる).まずは,1150--1325年をカバーする LAEME より,3単現(左)と複現(右)の語尾の分布をそれぞれ示す.

LAEME: 3sp 's' and 'th' LAEME: 3pp 's', 'th', 'n', 'e', and zero
LAEME: 3sp 's' and 'th' LAEME: pp 's', 'th', 'n', 'e', and zero


 両地図で北部に集まる赤丸が -s を,南部に集まる青四角が -th を表す.右の複現の語尾では東中部その他に黒三角が散在しているが,これは -n 語尾を表す.次に,複数代名詞と接する動詞の現在形が -e またはゼロの語尾をとる "Northern Present Tense Rule" (NPTR; cf. 「#689. Northern Personal Pronoun Rule と英文法におけるケルト語の影響」 ([2011-03-17-1]),nptr) の分布図を見よう.

LAEME: NPTR pp 'e' and zero
LAEME: NPTR pp 'e' and zero


 では次に後期中英語の分布に移る.eLALME では,語尾の種類ごとに別々の地図を作成した.まずは3単現から.

eLAEME: 3sp 's' eLAEME: 3sp 'th'
eLALME: 3sp 's' eLALME: 3sp 'th'


 前時代の分布をよく受け継いでおり,左図の通り -s が北部に,右図の通り -th が中部以南に分布しているのがわかる.複現については,-s, -th, -n, -e (or zero) の4種類について各々の地図を見てみよう.

eLAEME: pp 's' eLAEME: 3pp 'th'
eLALME: pp 's' eLALME: pp 'th'
eLAEME: pp 'n' eLAEME: 3pp 'th'
eLALME: pp 'n' eLALME: pp 'e' or zero


 こちらも前時代の分布をよく受け継いでおり,北部で -s (左上図),中部以南で -th (右上図)が優勢だが,中部で -n (左下図)が前時代よりも著しく拡張していることが見て取れる.全体的に,初期中英語と後期中英語の分布間で量的な差は見られるが,質的には大きな変化はないといってよいだろう.  *

 ・ Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.

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2015-03-08 Sun

#2141. 3単現の -th → -s の変化の概要 [verb][conjugation][emode][language_change][suffix][inflection][3sp][bible][shakespeare][schedule_of_language_change]

 「#1857. 3単現の -th → -s の変化の原動力」 ([2014-05-28-1]) でみたように,17世紀中に3単現の屈折語尾が -th から -s へと置き換わっていった.今回は,その前の時代から進行していた置換の経緯を少し紹介しよう.
 古英語後期より北部方言で行なわれていた3単現の -s を別にすれば,中英語の南部で -s が初めて現われたのは14世紀のロンドンのテキストにおいてである.しかし,当時はまだ稀だった.15世紀中に徐々に頻度を増したが,爆発的に増えたのは16--17世紀にかけてである.とりわけ口語を反映しているようなテキストにおいて,生起頻度が高まっていったようだ.-s は,およそ1600年までに標準となっていたと思われるが,16世紀のテキストには相当の揺れがみられるのも事実である.古い -th は母音を伴って -eth として音節を構成したが,-s は音節を構成しなかったため,両者は韻律上の目的で使い分けられた形跡がある (ex. that hateth thee and hates us all) .例えば,Shakespeare では散文ではほとんど -s が用いられているが,韻文では -th も生起する.とはいえ,両形の相対頻度は,韻律的要因や文体的要因以上に個人または作品の性格に依存することも多く,一概に論じることはできない.ただし,dothhath など頻度の非常に高い語について,古形がしばらく優勢であり続け,-s 化が大幅に遅れたということは,全体的な特徴の1つとして銘記したい.
 Lass (162--65) は,置換のスケジュールについて次のように要約している.

In the earlier sixteenth century {-s} was probably informal, and {-th} neutral and/or elevated; by the 1580s {-s} was most likely the spoken norm, with {-eth} a metrical variant.


 宇賀治 (217--18) により作家や作品別に見てみると,The Authorised Version (1611) や Bacon の The New Atlantis (1627) には -s が見当たらないが,反対に Milton (1608--74) では dothhath を別にすれば -th が見当たらない.Shakespeare では,Julius Caesar (1599) の分布に限ってみると,-s の生起比率が dohave ではそれぞれ 11.76%, 8.11% だが,それ以外の一般の動詞では 95.65% と圧倒している.
 とりわけ16--17世紀の証拠に基づいた議論において注意すべきは,「#1856. 動詞の直説法現在形語尾 -eth は17世紀前半には -s と発音されていた」 ([2014-05-27-1]) で見たように,表記上 -th とあったとしても,それがすでに [s] と発音されていた可能性があるということである.
 置換のスケジュールについては,「#1855. アメリカ英語で先に進んでいた3単現の -th → -s」 ([2014-05-26-1]) も参照されたい.

 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.
 ・ 宇賀治 正朋 『英語史』 開拓社,2000年.

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2015-03-03 Tue

#2136. 3単現の -s の生成文法による分析 [generative_grammar][syntax][agreement][3sp][verb][inflection][agreement][conjugation]

 「#2112. なぜ3単現の -s がつくのか?」 ([2015-02-07-1]) で,生成文法による分析を批判的に取り上げた.だが,それはなぜという問いには答えられていないという批判であり,共時的な分析として批判しているわけではない.むしろ,それは主語と動詞の一致 (agreement) を動詞の屈折によって標示する言語に一般的に適用できる,共時的にすぐれた分析だろう.Time flies. という単純な文に生成文法の統語分析を加えると,以下の構文木が得られる(ただし,生成文法でも立場によって機能範疇のラベルや細部の処理が異なる可能性はある).

Syntactic Analysis for 3sp

 最上部は文全体に相当する IP (=Inflectional Phrase) であり,主要部に I (=Inflection),指定部に主語となる NP (=Noun Phrase),補部に述語動詞となる VP (=Verb Phrase) をもつ.NP の time と I の s は統率 (government) し合う関係にあるといわれ,この統率関係が上述の一致と深く関連している.NP の time には,[+ 3RD PERSON] と [+ SINGULAR] という素性が付与されており,I に内包される [+ PRESENT] と共鳴して,s という屈折辞が選ばれる.
 上の図ではそこまでしか描かれていないが,このあと接辞移動 (affix-hopping) という規則が適用されて,s が VP の fly の末尾に移動し,最後に音韻部門で音形が調えられて time flies という実現形が得られるとされる.要するに,統率関係にある NP と I のもとで,人称・数・時制の各素性の値が照合され,すべて一致すると屈折辞 s が選択されるというルールだ(実際には,3・単・現のほか,直説法であることも必須条件だが,ここでは省略する).このルールを1つ決めておくと,既存の他の統語規則も活用して,関連する応用的な文である否定文 "Time doesn't fly." や疑問文 "Does time fly?" なども正しく生成することができるようになる.
 この分析は標準現代英語の3単現の -s にまつわる統語と形態を一貫したやりかたで説明できるという利点はあるが,なぜそのような現象があるのかということは説明しない.生成文法は「何」や「どのように」の問いに答えるのは得意だが,「なぜ」の問いに答えるには,やはり歴史的な視点を採用するほかないだろう.

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2015-02-27 Fri

#2132. ら抜き言葉,ar 抜き言葉,eru 付け言葉 [japanese][lexical_diffusion][language_change][verb][conjugation][ranuki]

 現代日本語に生じている言語変化のなかで,メディアなどでも大きく取り上げられて最もよく知られているものに「ら抜き言葉」がある.ら抜き言葉について本ブログでは「#1864. ら抜き言葉と頻度効果」 ([2014-06-04-1]) で取り上げた程度だが,研究も盛んで,変化の起源や過程について多くのことが分かってきている.この問題について重要な洞察を与えてくれる読みやすい議論としては,井上に勝るものはない.
 ら抜き言葉とは,一段動詞の可能形について,伝統的な標準形である「見られる」「起きられる」から「ら」が抜け落ちて「見れる」「起きれる」となってきている現象を指す.確かに「ら」が抜けているように見えるが,そうではないという考え方もある.この変化を音素表記で記すと mirareru → mireru,okirareru → okireru となり,脱落しているのは mi(ra)reru, oki(ra)reru のように ra であるとともみなすことも確かにできるが,一方 mir(ar)eru, okir(ar)eru のように ar が脱落しているとみることもできる.実際,「ar 抜き言葉」という見方は,一段動詞以外の可能形も含めて説明するのに都合がよい.五段動詞の「読む」の標準的な可能形は,古い「読まれる」 (yomareru) に対して「読める」 (yomeru) だが,ここでは「ら」が脱落しているとは言えないものの,yom(ar)eru のように ar 抜きが起こっているとは言える.厳密な意味で可能形から「ら」が抜けるのは,一段動詞,ラ行五段動詞,カ行変格動詞のみであり,その他についてはら抜き言葉という呼称は適切ではないのである.つまり,ar 抜き言葉と呼んでおけば,一段動詞であろうが五段動詞であろうが,動詞の活用型にかかわらず,伝統的な可能形に対して現在広く使われるようになっている新しい可能形の音形を,一貫して正しく記述できることになる.
 このように,ar 抜きという分析は発展途上にある可能動詞の形態を一貫して記述することができるが,さらに単純な記述法がある.可能動詞の終止形は,もととなる動詞の語幹への eru 付けであると表現すればよい.動詞の活用型に限らず,「見る」 (mir-u) から「見れる」 (mir-eru),「起きる」 (okir-u) から「起きれる」 (okir-eru),「読む」 (yom-u) から「読める」 (yom-eru),「取る」 (tor-u) から「取れる」 (tor-eru) を一貫して導き出せる(ただし変格動詞は「来る」 (kur-u) に対して「来れる」 (kor-eru) のように語幹が交替することに注意).aru 抜きの分析は,「見られる」「起きられる」「読まれる」「取られる」「来られる」など伝統的な可能形を経由しないと新しい可能形を導き出せないが,eru 付けの分析は,非可能形のもとの動詞の終止形を基点として新しい可能形を導き出せるという利点がある(井上,pp. 22--23).
 現在進行中の言語変化にはよくあることだが,ら抜き言葉も起源は案外と古い.東京では昭和初期から記録があり,おそらく変化が開始したのは大正期だろう.東京以外に目を移せば,東海地方では明治期から用いられていた.ら抜き言葉の方言分布から伝播の経路を読み解くと,中部地方や中国地方などの周辺部で早く始まり,それが各々関東地方や近畿地方などの中心部へ流れ込んできたもののようだ.さらに長いスパンで考えると,ら抜き言葉化は一段動詞のラ行五段動詞化という潮流の一翼を担っており,それ自体は千年も続いている動詞の活用型の簡略化のなかに位置づけられる.

 ・ 井上 史雄 『日本語ウォッチング』 岩波書店〈岩波新書〉,1999年.

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2015-02-25 Wed

#2130. "I wonder," said John, "whether I can borrow your bicycle." [syntax][word_order][verb][agreement]

 主語と動詞が倒置される例に,標題のような直接引用を導く said John などの表現がある.引用される文句の後または中間に来るときに,現在形あるいは過去形の伝達動詞が主語に前置される場合である.このような位置で I said, I replied, I thought などの通常の語順を取る場合もあるが,quoth の場合には倒置されるのが規則である.細江 (163--64) から例を挙げよう.

 ・ "Can I have a light, sir?" said I.---Stevenson.
 ・ "My very dog," sighed poor Rip, "has forgotten me!"---Irving.
 ・ But where, thought I, is the crew?---Irving.
 ・ There was no getting away from these verities, thought Constance.---Bennett.
 ・ "The swine turned Normans to my comfort!" quoth Gurth.---Scott.
 ・ Quoth I: "But have you no prison at all now?"---William Morris.
 ・ "Well," quoth I, "I have always been told that a woman is as old as she looks."---ibid.


 引用される文句の後または中間の位置では quoth を除き,SVもVSもいずれも可能ということだが,主語が代名詞か名詞によっても分布は異なる.Quirk et al. (1022) によると,主語が名詞の場合の John saidsaid John はいずれも普通だが,主語が代名詞の場合は he said が普通で,said he は珍しいか古風だという.古い英語では said he などもごく普通に見られたが,現代までに分布を狭めたらしい.
 一方,引用される文句の前に置かれるときに通常倒置は起こらない.しかし,特殊な環境においては起こりうる.細江 (165fn) によると,

もっともややこっけい味を帯びた文または人の発言によって事件の推移の急であるときには,Said she, "Tom, it was middling warm in school, warn't it?"---Mark Twain; Said I: "How do you manage with politics?"---William Morris のようなものもある。すべて,上記の場合にも後に来るものに重点がある。したがって主語が名詞である場合に転置が多く,代名詞のときには常位置が多い。ゆえに代名詞の主語が動詞よりも後に来たときには,特にそれが強く示されているものと見てよい。反対に主語が名詞で,それが動詞より前にあったら,動詞に重点がおかれているものと解すべきである。Cp. "Mr. Sherlock Holms, I believe," said she.---Doyle (これはよもや知るまいと思っていた女が,ちゃんと知っていたから,she が強調された場合); Barbara looked enchanting to-day, Basil thought.---Alfred Noyes (これは Basil の思いに注意が向けられている場合).


また,journalistic writing でも,引用文句の前でときにVSとなる場合がある (ex. "Declared tall, nineteen-year-old Napier: 'The show will go on'." (Quirk et al. 1024fn)) .
 ほかに変わったところでは,くだけた会話において行儀の悪い言い返しとして,-s 語尾をつけた says yousays he などが聞かれることがある.A: I'm going to win this game., B: Says you! の如くであり,ここでBが意味しているのは "That's what you say." ほどである.
 通時的な関心としては,被引用文句の後や中間において said he のタイプが減少してきた経緯と理由が気になる.歴史統語論や歴史語用論の観点からある程度研究されているのではないかと思われるが,今後調べてみたい.
 以下に,直接引用を導く典型的な伝達動詞を一覧していおこう (Quirk et al. 1024)

add, admit, announce, answer, argue, assert, ask, beg, boast, claim, comment, conclude, confess, cry (out), declare, exclaim, explain, insist, maintain, note, object, observe, order, promise, protest, recall, remark, repeat, reply, report, say, shout (out), state, tell, think, urge, warn, whisper, wonder, write


 ・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2015-02-12 Thu

#2117. playwright [etymology][metathesis][verb][suffix]

 英語の姓に Wright さんは普通にみられるが,これは「職人」の意味である.普通名詞として単体で wright (職人)として用いられることは今はほとんどないが,様々な種類の職人を表すのに複合語の一部として用いられることはある.比較的よくみるのは playwright (劇作家)である.これは戯曲を書く (write) 人ではなく,職人的に作り出す人 (wright) である.もし write (書く)に関係しているのであれば,行為者を表す接尾辞 (agentive suffix) をつけて writer (書き手)となるはずだろう.ほかにも arkwright, boatwright, cartwright, comedywright, housewright, millwright, novelwright, ploughwright, shipwright, timberwright, waggonwright, wainwright, wheelwright, woodwright などがある.
 この wright は起源を遡ると,動詞 work に関係する.この動詞の古英語形 wyrcan は「行う;作る;生み出す」など広い意味で用いられ,その語幹に語尾が付加された wyrhta (< wyrcta) が「職人」として使われた.この語形成は他のゲルマン諸語にも見られ,起源は相応して古いものと思われる.wyrhta からは,第1母音と r とが音位転換 (metathesis) した wryhta が異形として生まれ,後に <a> で表される語末母音が水平化・消失するに及んで,現代につらなる wright の母型ができあがった.音位転換は,work の古い過去・過去分詞形 wrought にも見られる.
 MEDwrigt(e (n.(1)) によると,中英語で,この語が以下のようなあまたの綴字(そしておそらくは発音)で実現されていたことがうかがえる.

wright(e (n.(1)) Also wrigt(e, wrigth(e, wrigh, wriȝt(e, wriȝth(e, wriht(e, writ(e, writh(e, writht, wreth(e, (N) wreght, (SWM) wrouhte, whrouhte & (chiefly early) wricht(e, (early) wirhte, (chiefly SW or SWM) wruhte, wruchte, wurhte, wurhta, wurhtæ, wuruhte & (in names) wrightte, wrighthe, wrig, wri(h)tte, wrihgte, wrichgte, wrich(e, wrict(e, wricth(e, wrick, wristh, wrieth, wreghte, wreȝte, wrehte, wrechte, wrecthe, wreit, wreitche, wreut(t)e, wroghte, wrozte, wrouȝte, wrughte, wrushte, wrh(i)te, wirgh, wirchte, wiche, wergh(t)e, werhte, wereste, worght(t)e, worichte, worithte, wort, worth, whrighte, whrit, whreihte, whergte, right, rith; pl. wrightes, etc. & wriȝttis, writtis, (NEM) whrightes & (early) wrihten, wirhten, (SWM) wrohtes, wurhten, (early gen.) wurhtena, (early dat.) wurhtan & (gen. in place names) wrightin(g)-, wri(c)tin-, wrichting-, wrstinc-, uritting-.


 また,中英語では castlewright, feltwright, glasswright などに相当する現代には見られない職人名や,battlewright (戦士),Latinwright (ラテン語学者)などに相当する変わり種も見られた.複合語の人名も,現代まで伝わっているものもいくつかあるが, Basketwricte, Bordwricht, Bowwrighth, Briggwricht, Cartewrychgte, Chesewricte, Waynwryche, Wycchewrichte など幅広く存在した.
 中英語までは wright は複合語要素として生産性を保っていたようだが,その後は次第に衰えていき,現在では数えるほどしか残っていない.この衰退の原因として,中英語以降にフランス語やラテン語から新たな職業・職人名詞が流入してきたこと,-er や -ist を含む種々の行為者接尾辞による語形成が活発化してきたことが疑われるが,未調査である.

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2015-02-07 Sat

#2112. なぜ3単現の -s がつくのか? [verb][inflection][agreement][conjugation][paradigm][morphology][3sp][3pp][sobokunagimon]

 標題は,英語学習者が一度は抱くはずの素朴な疑問の代表格である.現代英語では動詞の3人称単数現在形として語幹に接尾辞 -(e)s を付すのが規則となっている.(1) 主語が3人称であり,(2) 主語が単数であり,(3) 時制が現在であるという3つの条件がすべて揃ったときにのみ接尾辞を付加するという厳しい規則なので,英語学習者にとって習得しにくい(厳密には (4) 直説法であるという条件も必要).私自身も,英語で話したり書いたりする際には,とりわけ主語と動詞が離れた場合などに,規則で要求される一致をうっかり忘れてしまう.3単現の -s とは何なのか,何のために存在するのか,と学習者が不思議に思うのは極めて自然である.
 現代英語における3単現の -s の問題は奥の深い問題だと思っている.共時的な観点からは,動詞の一致という広範な現象の一種として,種々の議論や分析がなされうる.形式主義の立場からは,例えば生成文法では InflP という機能範疇のもとで主語に相当する名詞句の素性と屈折辞との関係を記述することで,どのような場合に動詞に -s が付加されるかを形式化できる.しかし,これは条件を形式化したにすぎず,なぜ3単現のときに -s が付くのか,その理由を説明することはできない.
 一方,機能主義の立場からは,-s の有無により,(1) 主語が3人称か1・2人称かの区別,(2) 主語が単数か複数かの区別,(3) 時制が現在か非現在かの区別を形態的に明示することができる,と論じられる.例えば,主語が John 1人を he で指すか,あるいは John and Mary 2人を they で指すかのいずれかであると予想される文脈において,主語代名詞部分が聞き取れなかったとしても,(現在時制という仮定で)動詞の語尾を注意深く聞き取ることができれば,正しい主語を「復元」できる.このような復元可能性がある限りにおいて,-s の有無は機能的ということができ,したがって3単現の -s という規則も機能的であると論じることができる.
 しかし,ここでも3単現の -s の「なぜ」には答えられていない.復元可能性という機能を確保したいのであれば,特に3単現に -s をつけるという方法ではなく,他にも様々な方法が考えられるはずだ.なぜ3単現の -p とか -g ではないのか,なぜ3複現の -s ではないのか,なぜ3単過の -s ではないのか,等々.あるいは,これらの可能性をすべて組み合わせた適当な動詞のパラダイムでも,同じように用を足せそうだ.つまり,上記の機能主義的な説明は,3単現の -s をもつ現代英語のパラダイムに限らず,同じように用を足せる他のパラダイムにも通用してしまうということである.結局,機能主義的な説明は,なぜ英語がよりによって3単現の -s をもつパラダイムを有しているのかを説明しない.
 形式的であれ機能的であれ,共時的な観点からの議論は,3単現の -s に関する説明を与えようとはしているが,せいぜい説明の一部をなしているにすぎず,本質的な問いには答えられてない.だが,通時的な観点からみれば,「なぜ」への答えはずっと明瞭である.
 通時的な解説に入る前に,標題の発問の前提をもう一度整理しよう.「なぜ3単現の -s がつくのか」という疑問の前提には,「なぜ3単現というポジションでのみ余計な語尾がつかなければならないのか」という意識がある.他のポジションでは裸のままでよいのに,なぜ3単現に限って面倒なことをしなければならないのか,と.ところが,通時的な視点からの問題意識は正反対である.通時的には,3単現で -s がつくことは,ほとんど説明を要さない.コメントすべきことは多くないのである.むしろ,問うべきは「なぜ3単現以外では何もつかなくなってしまったのか」である.
 では,謎解きのとっかかりとして,古英語の動詞 lufian (to love) の直説法現在の屈折表を掲げよう.

lufian (to love)SingularPlural
1st personlufielufiaþ
2nd personlufastlufiaþ
3rd personlufaþlufiaþ


 この屈折表から分かるように,古英語では3単現に限らず,1単現,2単現,1複現,2複現,3複現でも何らかの語尾が付いていた.現代英語の観点からは,3単現のみに語尾が付くために3単現という条件を特別視してしまうが,古英語では(それ以前の時代もそうだし,中英語にも初期近代英語にも部分的にそう言えるが)それぞれの人称・数・時制の組み合わせが同程度に「特別」であり,いずれにも決められた語尾が付かなければならなかった.言い換えれば,3単現だけが現在のように浮いたポジションだったわけではない.
 しかし,古英語の「すべてのポジションが特別」ともいえるこのパラダイムは,中英語から近代英語にかけて大きく変容する.古英語末期以降,屈折語尾が置かれるような無強勢音節において,音が弱化し,ついには消失するという大きな音変化の潮流が進行した.上記の lufian の例でいえば,1単現の lufie の語尾は弱化の餌食となり,中英語では明確な語末母音をもたない love となった.不定詞 lufian 自体も,同じく語末の子音と母音が弱化・消失し,結局「原形」 love へと発展した.一方,いずれの人称でも共通の古英語の複数形 lufiaþ は,屈折語尾における母音の弱化・消失の結果,3単現 lufaþ と形態的に融合してしまったことも関係してか,とりわけ中英語の中部方言で,接続法現在のパラダイムに由来する語尾に n をとる loven という形態を採用した.ところが,この n 語尾自体が弱化・消失しやすかったため,中英語末期までにはおよそ消滅し,結局 love へと落ち着いた.2単現の lufast については,屈折語尾として消失に抵抗力のある子音を2つもっており,本来であればほぼそのままの形で現代英語まで生き残るはずだった.ところが,2単現に対応する主語代名詞 thou が,おそらく社会語用論的な要因で存在意義を失い,その立場を you へと明け渡していくに及んで,-ast の屈折語尾自体も生じる機会を失い,廃用となった.2単現の屈折語尾は,2複現に対応する you と同じ振る舞いをすることになったため,このポジションへも love が侵入した.
 残るは3単現の lufaþ である.語尾に消失しにくい子音をもっていたために,中英語まではほぼそのままに保たれた.中英語期に北部方言に由来する -s が勢力を拡げ,元来の -þ を置き換えるという変化があったものの,結果としての -s も消失しにくい安定した子音だったため,これが現代英語まで生き残った.他のポジションの屈折語尾が音声的な弱化・消失の餌食となったり,他の主要な語尾に置換されていくなどして,ついには消え去ったのに対し,3単現の -s は音声的に強固で安定していたという理由で,運良く(?)たまたま今まで生き残ったのである.3単現の -s は直説法現在の屈折パラダイムにおける最後の生き残りといえる.
 改めて述べるが,通時的な視点からの問題意識は「なぜ3単現の -s がつくのか」ではなく「なぜ3単現以外では何もつかなくなってしまったのか」である.この「なぜ」の答えの概略は上で述べてきたが,実際には個々のポジションについてもっと複雑な経緯がある.英語史では,屈折語尾の水平化 (levelling of inflection) として知られる大規模な過程の一端として,重要かつ複雑な問題である.
 3単現の -s 関連の諸問題については 3sp の各記事を,関連する3複現の -s という英語史上の問題については 3pp の各記事を参照されたい.

(後記 2017/03/15(Wed):関連して,研究社のウェブサイト上の記事として「なぜ3単現に -s を付けるのか? ――変種という視点から」を書いていますので,ご参照ください.)

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2015-01-10 Sat

#2084. drink--drank--drunkwin--won--won [verb][conjugation][inflection][vowel][oe][homorganic_lengthening][sobokunagimon]

 現代英語の不規則活用を示す動詞,特に語幹の母音交替 ( Ablaut or gradation ) により過去・過去分詞形を作る動詞の多くは,歴史的な強変化動詞に由来する.古英語では現代英語よりも多くの動詞が強変化動詞に属しており,その大半が現代までに弱変化(規則活用)へ移行するか,あるいは廃語となった.動詞のいわゆる強弱移行の歴史については,「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1]) ,「#527. 不規則変化動詞の規則化の速度は頻度指標の2乗に反比例する?」 ([2010-10-06-1]) ,「#528. 次に規則化する動詞は wed !?」 ([2010-10-07-1]),「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1]),「#1287. 動詞の強弱移行と頻度」 ([2012-11-04-1]) などの記事を参照されたい.
 さて,現代英語にまで生きながらえた強変化動詞は,活用の仕方によって標記の drink--drank--drunk のようなABC型や win--won--won のようなABB型など,いくつかの種類に区分されるが,これらは近代英語期以後の標準英語において確立したものと考えてよい.「#492. 近代英語期の強変化動詞過去形の揺れ」 ([2010-09-01-1]) でみたように,近代ではまだ過去形や過去分詞形の母音が揺れを示すものが少なくなかったし,現在でも方言を含む非標準変種では異なる母音が用いられたりする.
 drinkwin の活用タイプの違いや近代英語期に見られる揺れの起源は,古英語の強変化動詞には第1過去(「単数過去」とも)と第2過去(「複数過去」とも)の2種類が区別されていた事実にある.「#42. 古英語には過去形の語幹が二種類あった」 ([2009-06-09-1]) で述べたように,各動詞は主語の数と人称に応じて2つの異なる過去形をもっていた.drink でいえば,不定形 -- 第1過去形 -- 第2過去形 -- 過去分詞形の順に,drincan -- dranc -- druncon -- druncen のように活用し,win については winnan -- wann -- wunnon -- wunnen と活用した(これを活用主要形 (principal parts) と呼ぶ).ところが,中英語以後,屈折体系全体の簡略化の潮流に伴い,これらの動詞の過去形は2種類の形態を区別する機会を減らしていった.かつての第1過去形か第2過去形のうちいずれかが優勢となり徐々に唯一の過去形として機能していくことになったが,この過程は想像される以上に複雑であり,近代英語期までに形態が定着せず,激しい揺れを示したり方言差や個人差の著しい動詞も多かった.drink はたまたま第1過去 dranc に由来する形態が標準英語の過去形として定着することになり,win についてはたまたま第2過去 wunnan の形態(後に won と綴られ /wʌn/ と発音される)に由来する形態が採用されたということである.
 第1過去形か第2過去形のいずれが採用されることになるかを決定づける要因は特定できない.drincanwinnan の属する強変化第3類の他の動詞について調べてみると,drinkcan のように後に第1過去形が採用されたものには hringan, scrincan, sincan, singan, springan, swimman があり,winnan のように第2過去形が採られたものには clingan, spinnan, stingan, wringan がある.しかし,非標準変種では過去形に別の母音をもつ形態が用いられるケースも少なくない.例えば,sing の過去形は標準変種では sang だが,非標準変種で sung が用いられることもある.また,spin の過去形も標準変種では spun だが,それ以外の変種では span もありうる,等々(岩崎,p. 76).
 なお,bindan, findan, grindan, windan も強変化第3類の動詞で,いずれも後に第2過去形が採用されたタイプである (ex. bound, found, ground, wound) .この母音は,初期中英語で生じた同器性長化 (homorganic_lengthening) により長くなり,さらに後に大母音推移 (gvs) により2重母音化した /aʊ/ をもつに至っている点で,winnan のタイプとは少々異なる音韻的経緯を辿った.

 ・ 岩崎 春雄 『英語史』第3版,慶應義塾大学通信教育部,2013年.

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2015-01-09 Fri

#2083. She'll make a good wife. の構文 [syntax][verb]

 現代英語で半ば化石化した構文として知られているものに,標記の構文がある.この make の意味・機能は become に近く,学校文法でいえば主格補語を要求する不完全自動詞であるといわれ,その構文は5文型の枠組みいえば SVC とされる.一方,「彼にとって」の意味を加えて She'll make him a good wife. と表現することもでき,hima good wife であるから,この構文は SVOO と解釈できる.ここで両構文が関係しているものと解するならば,もとの She'll make a good wife. はむしろ SVO 構文と分析したくなる.このような事情で,標記の構文は SVC とも SVO ともつかない,両方の特性を兼ね備えた不思議な構文ということになる.解釈の仕方は,統語理論によってもまちまちである.
 この構文はときに再帰代名詞の省略と説明されることがあるが,その説明には,共時的にも通時的にも確たる裏付けがない.共時的には,She'll make herself a good wife. は文法上もちろん可能だが,標記の構文の代用として現われることはあまりない.また,通時的にも,代名詞を含む構文が原型としてあり,そこから再帰代名詞が省略されてこの構文ができたという歴史的過程を確認することはできない.むしろ,歴史的には make の「作る」という原義と目的語を要求する原用法から発展してきた構文の1つにすぎない.OED (語義24)によると,この構文で用いられる make の語義は,"Of a person: to become by development or training. Also, with object a noun modified by good, bad, or other adjective of praise or the contrary: to perform well (ill, etc.) the part or function of." と記述される.主語の表わす人が発展や訓練を経てあるものへと化ける,というほどの意味を表わし,前者に後者となるための素質が備わっていることが含意されている点で become とは異なる.素材と産物の関係とでもいおうか.この用法が,素材と産物の関係を示す make の他の用法からの派生物であることは,現代英語の次のような例から分かる.

 ・ Northern Spies make the best apple pie.
 ・ The platycodon makes a fine pot plant for a cool greenhouse.
 ・ The Morello Cherry, and other deepe coloured pleasant Cherries, no doubt would make a speciall good wine.
 ・ Hydrogen and oxygen make water.
 ・ The clothes don't make the gentleman.


 このような素材と産物を表現する make の用法は,OED の例文をみる限りおよそ中英語に起源をもつようだ.もっとも語義は連続体なので,ものによっては古英語に遡るともいえる.OED の語義24に関する限り,その初出例文は中英語末期の "a1470 Malory Morte Darthur (Winch. Coll. 13) (1990) I. 295, I undirtake he is a vylayne borne, and never woll make man." であり,案外と新しい.近現代英語からの例文をいくつか挙げておこう.

 ・ 1572 H. Middlemore in H. Ellis Orig. Lett. Eng. Hist. (1827) 2nd Ser. III. 8, I think he [sc. the Duke of Anjou] will make as rare a prince as any is in Christendome.
 ・ a1616 Shakespeare Henry VI, Pt. 1 (1623) iv. vii. 44 Doubtlesse he would haue made a noble Knight.
 ・ 1741 Pope Thoughts on Var. Subj. in Wks. II. 311 For a King to make an amiable character, he needs only to be a man of common honesty, well advised.
 ・ 1870 E. Peacock Ralf Skirlaugh III. 25 As the times then went, Mr. Earl made a very fair pastor.
 ・ 1934 H. Roth Call it Sleep i. ix. 63 My, what a tyrant you'll make when you're married!

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