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hellog〜英語史ブログ / 2026-02

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2026-02-14 Sat

#6137. 古英語の sc の口蓋化・歯擦化 (3) [metathesis][oe][palatalisation][sound_change][phonetics][consonant][digraph][dutch][german]

 古英語で sc で表わされる音は典型的には /ʃ/ とされる.前段階の /sk/ が口蓋化 (palatalisation) と歯擦音化を起こしたものと説明されるのが一般的である.しかし,単語によってはこの音変化を経ず,/sk/ にとどまっているものもあれば,両音のあいだで揺れを示すものもある./sk/ にとどまったものは,音位転換 (metathesis) により /ks/ を示すものもあり,単語によっては複雑な異形態を示すことになる.これらの問題について,以下の記事を中心に議論してきた.

 ・ 「#60. 音位転換 ( metathesis )」 ([2009-06-27-1])
 ・ 「#1511. 古英語期の sc の口蓋化・歯擦化」 ([2013-06-16-1])
 ・ 「#5626. 古英語の sc の口蓋化・歯擦化 (2)」 ([2024-09-21-1])

 今回は,この問題について Lass (58--59) の知見を新たに加えてみたい.

   A different sort of palatalization contributes further to the new series: a change of */sk/ > /ʃ/. The mechanics are not clear, but one reasonable suggestion would be something like [sk] > [sc] > [sç], with a later 'compromise' articulation /ʃ/ emerging from the back-to-back alveolar and palatal. Or, the [k] may have weakened first to [x], as in modern Dutch, without palatalizing; in this case we could see at least three of the stages mirrored in modern Germanic, in the verbs meaning 'to write': Swedish skriva /skri:va/ representing the original, Dutch schrijven /sxrɛivə(n)/ a further development, and German schreiben /ʃraebən/ the final stage (cf. English shrive).
   The reason for this palatalization is obscure; it occurs in both front and back environments, and before consonants, so it is not obviously assimilatory like the ones discussed above. The OE spelling <sh> for instance appears to represent /ʃ/ not only in scīnan 'shine' (cf. OIc skína), sc(i)eran 'shear' (OIc skera), but also in scofl 'shovel' (OSw skofl), scanca 'shank' (Dutch skank), scūr 'shower' (Go skūra).
   There is however occasional failure in back environments, as shown by the spelling <x> = /ks/, which is due to metathesis (/sk/ > /ks/), in places where <sc> would be expected. This must have occurred while the cluster was still /sk/. Palatalized and nonpalatalized variants of one lexeme may even occur in the same text: the poem Andreas has for 'fish' (Go fisks) both gen sg fisces and dat pl fixum. Failures of palatalization (or dialectal variants: see below) also lead to doublets in later periods, even including ModE: hence ask (OE āscian, ācsian), now frequently with the nonstandard doublet ax (which was the norm in many pre-modern standard varieties). Another example is tusk (OE tūsc, pl tūscas, tūcas), where the nonpalatalized form has come down in most standard varieties, but there are so many dialects with tush.


 音位転換形という間接的証拠により,口蓋化が起こっていない形態があることを推定できるというのがおもしろい.異形態 (variants) は,多くの文献学的問題について貴重な資料である.

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2026-02-13 Fri

#6136. 2022年秋の特別展示「Homo loquens 『しゃべるヒト』ことばの不思議を科学する」のウェブ版が公開 [notice][linguistics][historical_linguistics][world_englishes][variety]

homo_loquens_website.png



 2022年の秋に大阪で開催された「コトバの祭典」というべき大規模な展示を覚えていますでしょうか? 私自身もちらっとだけ展示協力の形で関わらせていただいた国立民族学博物館(民博)の特別展「Homō loquēns 『しゃべるヒト』 --- ことばの不思議を科学する」です.本ブログでも,「#4876. 国立民族学博物館で言葉の特別展が始まっています!」 ([2022-09-02-1]) および 「#4955. 国立民族学博物館の特別展「しゃべるヒト」の開催は11月23日(水)までです」 ([2022-11-20-1]) で取り上げたことがありました.
 当時,民博に訪問できなかった方,あるいは展示の興奮をもう一度味わいたいという方に朗報です.この度,同特別展示のウェブ版が公開されました.以下よりアクセスしてみてください.

 ・ 「Homō loquēns 『しゃべるヒト』 --- ことばの不思議を科学する」ウェブサイト

 ウェブ版では,実際の展示室で紹介されていたコンテンツが,デジタルアーカイブの形で再構成されています.「コトバで伝わるしくみ」「コトバを操る身体のしくみ」「コトバを身につけるしくみ」「コトバの多様性」「コトバとヒトの関係の多様性」「コトバの研究の多様性」といった多岐にわたるテーマが網羅されており,いながらにして言語学の最前線に触れることができます.
 さて,私自身がこのプロジェクトにおいて展示協力として関わらせていただいたのは,「言語の分岐」に関するセクションでした.「英語の300年間」と題する図で,近代における英語の世界的な拡大と,それに伴う多様化(分岐)が示されています.

 ・ 「言語の分岐 英語の300年間」

 ここではイギリス諸島で話されていた英語の諸変種がベースとなって,そこからアメリカ,アジア,アフリカ,オセアニアへ拡散していき,新たな変種が派生していく様子が模式的に描かれています.言語が地理的に離れ,時間の経過とともに独自の進化を遂げていく様子は,言語のダイナミズムを感じさせます.英語史という時間軸の視点と,英語方言学という空間軸の視点が交差する様を味わうことができると思います.
 こちらのウェブサイトは,未完成の部分もありますが,今後順次公開されていくことになるとのことです.特別展での展示パネルのテキストや図表がこのように公開されることで,一過性のイベントで終わることなく,言語学や英語史の学習リソースとして永続的に活用できるようになったことは,とても有意義なことです.
 民博の展示室で圧倒されたあの日から数年が経ちましたが,こうしてウェブ版として再会してみると,改めてコトバという存在の奥深さに気づかされます.ぜひ皆さんも,このデジタル特別展に訪れてみてください.
 なお,当時,特別展を楽しんだ私の感想は,heldio 配信回としても記録されています.ご関心のある方は,「#536. 民博特別展「しゃべるヒト」に訪問中」をお聴きいただければ.

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2026-02-12 Thu

#6135. 「いのほた言語学チャンネル」で「スペリング=漢字」説をお話しました [inohota][inoueippei][notice][youtube][spelling][kanji][grammatology][mond]



 2月9日(月)に「いのほた言語学チャンネル」の最新回が公開されました.「#403. 英語話者は単語を聞いてスペリングがわからないときはどうする?」と題して,「スペリング=漢字」説をご紹介しました.
 この説を紹介することになったきっかけは,昨年末の12月28日に回答した質問・応答サービス mond でのとある問答が X(旧Twitter)で大きな反響を呼び,365万インプレッションという驚異的な注目を集めたことにあります.質問は「日本語では漢字がわからなければ仮名で書けるが,英語では正しい綴りを知らない場合,ネイティブはどうしているのか?」というものでした.文字論の観点からも,きわめておもしろいお題でした.
 私はかねてより,英語のスペリングは,その機能において漢字に近いという「スペリング=漢字」説を唱えています.英語のアルファベット文字は,表音文字であり,とりわけ1文字1音を原則とする単音文字とされますが,それが1文字以上組み合わさったスペリングという単位になると表語文字の機能を帯び始めます.例えば,doubt のスペリングは確かに単音文字の組み合わせでできていますが,b のように何の音にも対応しない文字が含まれています.doubt というスペリング全体で考えると,それは1つの視覚的な「図像」であり,その図像が「疑」を意味する英単語を表わしています.つまり,スペリング全体として表語文字的な機能を帯びているのです.
 日本語で「疑」という漢字をパーツに分解せずパターンの塊として認識するように,英語話者も doubt という5文字の並びを1つの視覚的単位として認識している.つまり,中身を顕微鏡で見ればアルファベットという表音文字の組み合わせですが,スペリングという単位になると,機能的には「漢字モード」として運用されているといってよいのです.
 では,質問にあったように,綴字がわからないときはどうするのか.ここで英語における「仮名モード」が登場します.それがフォニックスや,とりあえず音を写し取る暫定的なスペリングです.英語にも「漢字モード」と「仮名モード」という2つのモードの切り替えが存在するというのが,私の見立てです.
 動画内では,この文字論的なお話に加え,スペリングの間違いが社会的な規範のプレッシャーを強く受けるという点でも,漢字とスペリングが似ているという側面について井上逸兵さんと議論しています.ぜひご視聴ください.
 「スペリング=漢字」説については,heldio でも以下の配信回でお話していますので,ぜひ合わせてお聴きいただければ.

 ・ 「#606. 英語のスペリングは漢字である」(2023年1月27日)
 ・ 「#1689. 「スペリング=漢字」説を解説します --- 規範主義の観点から」(2026年1月12日配信)
 ・ 「#1688. 「スペリング=漢字」説を解説します --- 機能的観点から」(2026年1月13日配信)

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2026-02-11 Wed

#6134. 朝日新聞紙上での「いのほた」朝カル講座の紹介 --- 「AI 時代と言葉の未来」 [inohota][inohotanaze][asacul][notice][inoueippei][ai][sociolinguistics][historical_linguistics][linguistics]

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 本日2月11日の朝日新聞紙上にて,来たる2月21日(土)に開催される朝日カルチャーセンター新宿教室での特別対談講座「AI 時代にこそ必要な「言語学的思考」とは」が紹介されています.先日の記事 「#6113. 朝カルで井上逸兵さんと「AI時代にこそ必要な「言語学的思考」とは」 --- 「いのほたなぜ」出版記念」 ([2026-01-21-1]) でも告知しましたが,新聞という媒体を通じて改めて多くの方にこの特別対談講座のお知らせが届くことを嬉しく思います.
 新聞では,次のように紹介されています.

「AI時代」こそ言語学必要
 生成AIで言葉の壁が薄れる今,なぜ言語学や語学を学び続ける必要があるのでしょうか?井上逸兵・堀田隆一著「言語学でスッキリ解決! 英語の『なぜ?』」(ナツメ社)=写真=の出版記念講座です.慶應義塾大教授・井上逸兵さん,堀田隆一さんが語り合う「AI時代にこそ必要な『言語学的思考』とは」は21日(土)後6時30分.会員は4235円.教室・オンライン自由講座.(新宿教室)


 今回の講座は,昨年10月に刊行した井上逸兵さんとの共著 『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』の出版記念という位置づけです.しかし,単なる本の解説にとどまるつもりはありません.むしろ,本書の根底にある著者2人の言葉への視点を,現代の喫緊の課題である生成AIとの関わりにおいてアップデートする試みとなります.
 現在,私たちは生成AIの驚異的な進化を目の当たりにしています.翻訳の精度は上がり,もっともらしい文章が瞬時に生成されるようになりました.一見すると,言語の壁は技術によって克服されつつあるかのように思えます.しかし,ここで私たちは立ち止まって考える必要があります.AIがもっともらしい文字列を出力するとき,そこには人間が言葉を紡ぐときに不可欠な意味や文脈,あるいは相手への配慮といった社会的な営みが存在しているのでしょうか.
 井上さんの専門である社会言語学は,言語が社会の中でどのように機能し,人間関係を構築するかを明らかにします.一方,私の専門である英語史や歴史言語学は,言語が時間の流れの中でどのように変容し,現代の姿に至ったのかという通時的な視点を提供します.この2つの視点を交差させながら,AI時代における人間の言葉とは何なのか,という本質的な問いへのヒントが見えてくるはずです.
 今回の対談では,AI が生成するテキストが世界を埋め尽くすなかで,私たちの言語感覚がどのように変容し得るのか,そして言語学を学ぶことがいかにして人間らしさを再発見する手助けとなるのかについて,熱く,かつ楽しく議論を展開したいと思います.
 言語学的思考は,単なる知識の蓄積ではありません.当たり前だと思っている言葉の裏側にある仕組みや歴史を意識し,批判的に,かつ深く理解するための眼差しのことです.この眼差しもつことで,AI に振り回されるのではなく,AI を使いこなしつつ,より豊かなコミュニケーションを営むことが可能になると考えています.
 講座は2月21日(土)の18:30からです.井上さんは新宿の教室で,私はオンラインで登壇いたします.遠方の方も Zoom でご参加いただけますし,2週間の見逃し配信サービスもあります..詳細はこちらの申し込みページをご覧ください.
 AI時代の言葉の未来について,皆さんと一緒に考えていきたいと思っています.

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 ・ 井上 逸兵・堀田 隆一 『言語学でスッキリ解決!英語の「なぜ?」』 ナツメ社,2025年.

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2026-02-10 Tue

#6133. 日英語の「語彙の3層構造」で大喜利をしました [word_play][lexical_stratification][lexicology][japanese][twitter][loan_word][old_english][middle_english][french][latin][synonym][heldio][notice][kochushoho][kenkyusha][kochukoneta30]



 先日2月6日(金)の正午より,Voicy heldio にて「【生配信】日英語「語彙の3層構造」大喜利!皆さんからの傑作選を発表」をお届けしました.
 目下,2月25日に研究社より刊行予定の『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』を盛り上げるべく,私の X アカウント @chariderryu より,カウントダウン企画「古中英語30連発」を展開しています.その No. 11 として「英語の語彙は「3階建て」の構造」を紹介したところ,多くの反響をいただきました.
 英語の「英・仏・羅」の3層構造は,日本語の「和語・漢語・外来語」に緩く対応します.そこで,X より呼びかけて,日本語でも英語でも「きれいな3層構造」の例をお寄せくださいと募ったところ,言語センスの光る傑作が続々と寄せられました.その傑作選を声で読み上げたのが,上記の配信回です.私が独断と偏見でおもしろいと思った例(金賞・銀賞・特別賞あり)を取り上げさせていただきましたが,それを hellog にも記録として残しておきたいと思います.日本語の3層構造の事例が中心となりましたが,英語についてもいくつかお寄せいただきました.

【 概念・抽象語部門 】

 ・ ぐちゃぐちゃ・混乱・カオス
 ・ おそれ・恐怖・パニック
 ・ こい(したう)・恋愛/愛情・ラブ

【 日常生活・道具部門 】

 ・ 音入れ・録音機・レコーダー(金賞:TAKAHASHI さん)
 ・ かぎ・錠・キー
 ・ こしかけ・椅子・チェアー
 ・ かなづち・鉄槌・ハンマー
 ・ おたより・郵便・メール
 ・ まなびや・教室・クラスルーム
 ・ つれあい・配偶者・パートナ

【 身体・自然部門 】

 ・ からだ・身体・ボディー
 ・ あたま・頭部・ヘッド
 ・ 天の川・銀河・ギャラクシー
 ・ すばる・昴星・プレアデス
 ・ たから・宝物・トレジャー(銀賞:mozhi gengo さん)

【 動詞部門 】

 ・ 見張る・監視する・モニタリングする(モーラ数の配置が美しい例)
 ・ 車に乗る・運転する・ドライブする
 ・ 繰り返す・復唱する・リピートする
 ・ 打ち込む・入力する・タイプする

【 特異な三層(あるいはそれ以上)部門 】

 ・ パクチー・香菜(こうさい)・シャンツァイ・コリアンダー・コエンドロ(特別賞:川上さん)
 ・ 盲腸・虫垂炎・アッペ(俗称・学術語・ジャーゴンの重なり)

【 英語の3層構造 】

 ・ hurly-burly - confusion - chaos
 ・ fear - terror - panic/phobia
 ・ love - affection - eros/philia
 ・ grasp - seize - capture
 ・ hallow - deify - consecrate
 ・ say - mention - refer
 ・ teacher - tutor - evangelist
 ・ old - ancient - senior
 ・ wonderful - surprising - terrific
 ・ bright - sparkling - splendid
 ・ great - excellent - superb

 いかがでしょうか.「きれいな例」を探すのは意外と難しいものです.単なる言い換えではなく,下層から上層へ向かうにつれて「日常」から「公的」,そして「専門的」あるいは「モダン」へと語感が変わっていくグラデーションが感じられるかどうかがポイントになります.モーラ数・音節数の違いなども意識するとおもしろいですね.
 英語史の観点からいえば,このような語彙の層の厚みは,その言語が歩んできた歴史の厚みそのものでもあります.かつて古英語期には1階建てだった語彙の家が,中英語期にフランス語という2階部分が増築され,さらに近代英語期にかけてはラテン語(やギリシア語)の3階が積み上がってきました.
 拙著『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』の第5章でも詳しく解説していますが,中英語期はまさに1階と2階が混ざり合っていくダイナミズムを観察できる時代です.近刊書『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』を通して,ぜひその歴史の現場を追体験してみてください.

 ・ 堀田 隆一 『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』 研究社,2016年.
 ・ 市河 三喜,松浪 有 『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』 研究社,2026年.

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2026-02-09 Mon

#6132. sorami さんの『英語語源ハンドブック』クイズ第2弾 --- 中高生のための英語史 [note][hee][helkatsu][hel_education][quiz][helwa][doublet][political_correctness]


soramisan_note_quiz_20260207.png



 先週の月曜日の「#6125. heldio/helwa リスナー sorami さんによる『英語語源ハンドブック』のクイズ・シリーズが開始 --- 中高生のための英語史」 ([2026-02-02-1]) に引き続き,嬉しいお知らせです.sorami さんが,『英語語源ハンドブック』(研究社)をベースにした note 記事の第2弾を公開されました.「授業で使える!中学生向け英語語源クイズ#2」です.
 今回もラインナップが充実しています.祈願文 God be with ye! から生まれた挨拶表現や,history と対をなす2重語 (doublet) の話題など,英語史の定番であり,かつ学習者の「なぜ?」に直球で応える良質な問題が揃っています.
 「青りんご」問題も,色彩の文化差を考えさせる良問ですね.現代的な話題への目配りも欠かしません.SNS でおなじみの lol や,ポリティカル・コレクトネス (political_correctness) の文脈で語られる職業名の問題など,英語という生きた言語の背後にある歴史的・社会的変化を自然に学べるクイズのラインナップになっています.
 sorami さんは,今回も記事の結びで,「授業の小ネタ,ウォームアップなどに自由に使っていただければ幸いです」と述べられています.全国の英語教員の皆さん,ぜひこの宝の山を活用してみてください.授業の冒頭で例えば God be with ye! の小ネタを添えるだけで,生徒たちの単語に対する眼差しも変わるのではないでしょうか.
 「英語史をお茶の間に」ならぬ「英語史を教室に」.こうした活動を通じて,英語史的な視点が広がっていくことを願っています.sorami さん,第3弾も期待しております!

 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.

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2026-02-08 Sun

#6131. kangaroo の語源 --- 酒場語源の裏話 [etymology][loan_word][language_myth][folk_etymology][oed][australian_english]

 kangaroo の語源については「#3048. kangaroo の語源」 ([2017-08-31-1]) で取り上げた.1770年の Captain Cook のオーストラリア到達の際に,原住民から返された "I don't know" に相当する表現に基づくものという説が流布してきた経緯がある.今では,この説は酒場語源(解釈語源,民間語源)と考えられている.
 American Heritage Dictionary の Notes より,kangaroo の項より引用する.

Word History: A widely held belief has it that the word kangaroo comes from an Australian Aboriginal word meaning "I don't know." This is in fact untrue. The word was first recorded in 1770 by Captain James Cook, when he landed to make repairs along the northeast coast of Australia. In 1820, one Captain Phillip K. King recorded a different word for the animal, written "mee-nuah." As a result, it was assumed that Captain Cook had been mistaken, and the myth grew up that what he had heard was a word meaning "I don't know" (presumably as the answer to a question in English that had not been understood). Recent linguistic fieldwork, however, has confirmed the existence of a word gangurru in the northeast Aboriginal language of Guugu Yimidhirr, referring to a species of kangaroo. What Captain King heard may have been their word minha, meaning "edible animal."


 OEDkangaroo (n.) の Notes も読んでみよう.

Cook and Banks believed it to be the name given to the animal by the Aboriginal people at Endeavour River, Queensland, and there is later affirmation of its use elsewhere. On the other hand, there are express statements to the contrary (see quots. below), showing that the word, if ever current in this sense, was merely local, or had become obsolete. The common assertion that it really means 'I don't understand' (the supposed reply of the local to his questioner) seems to be of recent origin and lacks confirmation. (See Morris Austral English at cited word.)

   1770 The animals which I have before mentioned, called by the Natives Kangooroo or Kanguru. (J. Cook, Journal 4 August (1893) 224)
   1770 The largest [quadruped] was calld by the natives Kangooroo. (J. Banks, Journal 26 August (1962) vol. II. 116)
   1777 The Kangooroo which is found farther northward in New Holland as described in Captn Cooks Voyage without doubt also inhabits here. (W. Anderson, Journal 30 January in J. Cook, Journals (1967) vol. III. ii. 792)
   1793 The animal..called the kangaroo (but by the natives patagorong) we found in great numbers. (J. Hunter, Historical Journal 54)
   1793 The large, or grey kanguroo, to which the natives [of Port Jackson] give the name of Pat-ag-a-ran. Note, Kanguroo was a name unknown to them for any animal, until we introduced it.
   . . . .


 OED の上記引用でも要参照とされている Austral English については「#6110. Edward Ellis Morris --- オーストラリア英語辞書の父」 ([2026-01-18-1]) で触れたが,そこでも kangaroo の語源については詳しい考察と解説がなされている.I don't know 説については "This is quite possible, but at least some proof is needed . . . ." と述べられていることのみ触れておこう.

 ・ Morris, Edward Ellis, ed. Austral English: A Dictionary of Australasian Words, Phrases and Usages. London: Macmillan, 1898.

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2026-02-07 Sat

#6130. 古英語 butan の逆接の等位接続詞の用法はあったか? [but][conjunction][coordinator][subordinator][reanalysis]

 「しかし」の意味で逆接の等位接続詞として日常的に用いられる but は,古英語の接続詞 butan に遡る.しかし,古英語の butan は基本的には "except" に相当する従属接続詞として用いられるのが普通だった.A butan B のような文において,文脈によっては "A except B" のみならず "A but B" のようにも解釈できるケースがあったために,再分析 (reanalysis) により現代に連なる逆接の等位接続詞の用法が生じたのだとされる.
 OED によると,古英語での逆接の等位接続詞としての用法は稀だとしつつも,一応は存在を認めている.

III. In a compound sentence, connecting the two coordinate clauses; or introducing an independent sentence connected in sense, though not in form, with the preceding sentence.
   In a compound sentence the second clause may be contracted so as to omit constituents also occurring in the main clause, e.g. Thou hast not lied unto men, but unto God = 'Thou hast not lied unto men, but thou hast lied unto God'; John couldn't come to see me, but Mary could = 'John couldn't come to see me, but Mary could come to see me'.
   Rare in Old English; attestations are often interpreted as transitional from uses in sense C.II.7 (see further B. Mitchell Old Eng. Syntax (1985) §). In Old English coordinate clauses are usually connected by ac ac conj.


 参照されている Mitchell の OES (§3500) を訪れてみると,次のようにある.

§3500. Quirk (pp. 62--3) discusses a number of examples in which butan 'was not autonomously concessive but occasionally concessive-equivalent, combining its exception function with a concessive one'.
They include Bo 40. 8 . . . ne ic ealles forswiðe ne girnde þisses eorðlican rices, buton tola ic wilnode þeah . . . and (after a form of nytan) Bo 70. 26 ic nat humeta, buton we witon ꝥ hit unmennischlic dæd wæs and (Holthausen's 1894 text)

Pha 4 Nat ic hit be whihte, butan ic wene þus,
          þæt þær screoda wære gescyred rime
          siex hundred godra searohæbbendra,

for which J. R. R. Tolkien was wont to offer the translation 'I don't really know, but I rather guess . . .'. On such examples, see further §§3626 and 1773.


 従属接続詞 except と等位接続詞 but のいずれとも解釈し得る例があるために,"transitional" や "concessive-equivalent" という表現が用いられているのだろう.

 ・ Mitchell, Bruce. Old English Syntax. 2 vols. New York: OUP, 1985.

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2026-02-06 Fri

#6129. language の <u> と /w/ [spelling][etymological_spelling][spelling_pronunciation][emode][orthography][mond]


mond_20260127.png



 昨日の記事「#6128. 1月の mond で10件の問いに回答しました」 ([2026-02-05-1]) で触れた通り,先月の mond ではが綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) に関する話題が多く取り上げられた.そのなかに「language の gu は [gw] と発音されますが,フランス語は gu は後代のラテン語の借用語を除いて [g] です.これは often オフトンと同じタイプの綴り字発音ということですか?」という問いがあった.
 この質問に対して1月27日に回答を投稿したのだが,回答準備のためにいくつか調べたことがあるので,ここに掲載しておきたい.まず MED の当該語の見出しを確認しておこう.

langāǧe (n.) Also langag, langaige, longage, language, languege, langwache, (errors) lanquage, langegage.


 早くから異綴字として <u> や <w> を含むものもあったようだ.
 次に OED の Notes の記述より.

Both in Anglo-Norman (where they are much more frequent than in continental French) and in English, spellings with insertion of u or w after g are due to the influence of classical Latin lingua, as is the standard pronunciation of the English word. In Middle English the word was usually pronounced without /w/ ; the 16th-cent. orthoepists Hart and Bullokar still record this pronunciation as the usual one, and it survives in Scots and Irish English, as shown e.g. by the spellings langidge, langige. See further E. J. Dobson Eng. Pronunc. 1500--1700 (ed. 2, 1968) vol. II. §421 note 7.


 ここで言及されている Dobson (Vol. 2, §421, n. 7) に当たってみると,次のようにある.

Note 7: Language, being an adoption of OF langage, normally lacks [w] in ME; so Hart and Bullokar (normally). But it is early affected, in spelling and pronunciation, by Latin lingua (cf. the fourteenth-century spelling langwag recorded by OED); hence [gw] in Bullokar (as a rarer variant), Mulcaster, Gil (who actually gives u), Butler, Hodges, The English Schole-master, Strong, Young, Cooper, and Brown. Similarly banquet (OF banc + et) should have [k], as in Levins, Laneham, Hodges, Strong, and Young; but Coles gives the 'phonetic' spelling bang-quet (contrast blang-ket 'blanket'), which shows the beginning of the PresE spelling-pronunciation. Cooper says that the word is spelt either banquet or banket.


 ここでは language の類例として banquet が挙げられている.mond の回答では banquet には触れなかったが,そちらの語も歴史的な振る舞いを調べてみると興味深そうだ.

 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. 2 vols. Oxford: OUP, 1968.

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2026-02-05 Thu

#6128. 1月の mond で10件の問いに回答しました [mond][sobokunagimon][notice][spelling_pronunciation_gap][ai][corpus_linguistics]


mond_20260126.png



 先月,2026年1月は,知識共有プラットフォーム mond に寄せられてきた10の問いに回答しました.
 綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) に関する話題が5問あり,この分野への関心の高さが窺われます.そのほか,構文の意味や歴史の話題,比較言語学的な問いなど,エキサイティングなトピックが並びました.
 とりわけ反響が大きかったのは,7番目のAI時代におけるコーパス言語学の意義に関する問答です.タイムリーな論点でもあり,私としても英語史研究者・歴史言語学者の立場から,この問いに真剣に向き合ってみた次第です.専門内外の方々から多くの反応をいただき,たいへん嬉しく思います.
 鋭い質問をお寄せいただいた皆さん,ありがとうございました.以下に時間順に10の問いと,対応する mond の問答へのリンクを張ります.ぜひ未読の問答がありましたら,お読みいただければ.また,mond で回答した話題について,本ブログで補足したり掘り下げる機会もよくありますので,mond タグより訪れてみてください.

1. would you be kind enough to 不定詞 「あなたは to 不定詞するのに十分なほど親切である可能性が万が一ながらあるでしょうか?」は,相手にお前は親切かと尋ねている時点でかなり不遜な表現だと思うのですが,それは質問者が日本人だからでしょうか?

2. gaol ジェイルの変則的なつづりの由来について教えてください.この ao の o は何ですか?

3. climb や bomb など,語末に黙字を持つ場合,ing, er など(動詞の場合)や er, est など(形容詞の場合)を付してもなお読まないままのはどうしてなのでしょうか.

4. 古風な英語では船を she で受けるそうですが、これは古英語の scip (中性名詞)とは関係ない、比較的最近の慣習であると先生のブログで拝見しました。ところでラテン語では女性名詞 navis,ギリシア語でも女性名詞 ναυς です.このような古典語からの影響の可能性はどれほどあるのでしょうか?

5. salmon はつづりに l があるのに l を発音しないことからして,16--17世紀あたりのつづりと発音の混乱が影響している臭いがします.salmon の発音と表記の歴史について教えてください。

6. 英語の Rome の o は二重母音 [ou] を持っていますが,古英語の長母音oは現代語で [u:] になるはずなので,この語は古英語からロームと発音されたのではない,中英語以降の再度の借用語なのでしょうか?

7. 今後特定のジャンルごとにその様式にそった文を出力するAIが発達し,多くの人がそれを利用するようになり,文を人間が作るのでなくAIの作った文を追認するようになった時代において,言語学の一分野であるコーパス言語学というものは学問としての意味をなしうるでしょうか?

8. language の gu は [gw] と発音されますが,フランス語は gu は後代のラテン語の借用語を除いて [g] です.これは often オフトンと同じタイプの綴り字発音ということですか?

9. as ... as 構文の歴史について教えてください.

10. 英語とドイツ語は同じゲルマン系統の言葉なのに,英語には単語別の性別が無いのはどうしてですか?

 mond での質問受付についてお知らせがあります.先日の hellog 記事「#6105. mond での質問受付方式を変更します --- スーパーレター(優先パス)の導入」 ([2026-01-13-1]) でお伝えした通り,mond の「スーパーレター」(有料質問)機能を「回答の優先パス」として位置づけることにしています.数ある質問の中から,スーパーレターとしていただいたものを優先的に検討させていただきます(確約ではありませんが,回答の可能性は格段に高まります).もちろん,従来の無料での質問も引き続き歓迎いたしますので,ぜひ鋭い質問をお寄せください.

Referrer (Inside): [2026-02-06-1]

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2026-02-04 Wed

#6127. God buy you --- goodbye の語源に関する異説 [sobokunagimon][interjection][subjunctive][optative][etymology][abbreviation][folk_etymology]

 昨日の記事「#6126. goodbye の最後の e は何?」 ([2026-02-03-1]) に引き続き,goodbye に関する話題.goodbye の起源は,God be with you という祈願文が挨拶表現として高頻度で使われるうちに短縮してしまったものとされる.OED によると,語源欄に次のように記述がある.

Probably shortened partly < God be with you, and partly < God be with ye (see god n. & int. Phrases P.1c.i.ii, and the note below), with substitution of good adj. for god n. as the first element, probably by association with other greeting formulae, e.g. good day n., good day int., goodnight n., goodnight int.


 記述を読み進めていくと,16世紀後半からは2人称代名詞が you ではなく ye のケースもあり得たこと,またさらに古くは前置詞が with ではなく mid の例もあったことが触れられている.
 さらに,OED としては採用していないものの,もう1つの異説についても議論がなされている.

It has been suggested (W. Franz, 'Good-bye', in Engl. Studien (1898) vol. 24 344-6) that the phrase may have originated as a shortening of God buy you 'God redeem you' (compare buy v. I.3b, and also God save you! at save v. Phrases P.2b), and that association with God be with you is of later date. Although this suggestion would more readily explain the diphthong in the second syllable, it is not supported by the earliest forms (compare the α forms). Some of the β forms with buy do, however, appear to result from later secondary association with buy v.; this association may also have influenced the pronunciation.


 OED としては,初出年代の観点から God buy you 説を民間語源や解釈語源とみなしており,積極的には受け入れていないことになる.ただし,現在の goodbye の第2音節の2重母音を間接的に説明するものとして,部分的な関与の可能性は示唆している.

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2026-02-03 Tue

#6126. goodbye の最後の e は何? [sobokunagimon][notice][three-letter_rule][orthography][spelling][final_e]

 「#4384. goodbye と「さようなら」」 ([2021-04-28-1]) で,挨拶表現 goodbye の語源周りの話題を取り上げた.いくつかの点で問題含みの表現であることをみたが,綴字の観点からは,なぜ語末に e が付いているのかが気になる.
 Carney (153) では,e それ自体の問題というよりも ye という組み合わせに注目しつつ,次のような解説があった.

Final <-ye> occurs irregularly in a few §Basic words. Dye, lye ('soda'), rye, compared with sky, dry, wry, etc. are bulked up with <e> to three letters (the 'short word rule', p. 131). Similarly lexical bye is differentiated from the function word by. Dye and lye are differentiated from the much more common die and lie in present-day spelling, but in earlier centuries there was some free variation between the <ie> and <ye> spellings.


 Carney の見解によると,bye の語末の e 付加は,英語正書法における「#2235. 3文字規則」 ([2015-06-10-1]) で説明されるという.内容語は最低3文字で綴られなければならないというルールだ.この表現における bye は単独での語源や意味が何であろうとも,good という形容詞の後に来ている点でいかにも名詞らしい,すなわち内容語らしい.一方,同音異義語の by は前置詞であり,機能語である.この差を出すためにも,そして前者について3文字規則に抵触しないためにも,前者にダミーの e を付すのが適切な解決策となる.
 あるいは,この挨拶表現の原型とされる God be with you/ye.ye の亡霊が bye に隠れていると想像を膨らませてみたいですか? 想像するのは自由で楽しいですね!

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

Referrer (Inside): [2026-02-04-1]

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2026-02-02 Mon

#6125. heldio/helwa リスナー sorami さんによる『英語語源ハンドブック』のクイズ・シリーズが開始 --- 中高生のための英語史 [note][hee][helkatsu][hel_education][quiz][helwa]


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 1月28日,heldio/helwa リスナーの sorami さんが note 上で「授業で使える!中学生向け英語語源クイズ」と題するシリーズを開始されました.昨年6月に出版された『英語語源ハンドブック』(研究社)に基づいた英単語の語源に関するクイズです.「授業で使える!中学生向け英語語源クイズ#1~『英語語源ハンドブック』より~」をご覧ください.
 訪れてみればお分かりになると思いますが,すばらしい教材です.まず,出題のラインナップが絶妙です.animal から○○○への展開,business のなかに隠れている別の単語を探させるという発想,さらには percent, centimeter, century に共通する cent という部品への注目など,中学生が日々接している英単語が,実は深い歴史的な根っこでつながっていることを発見させる構成になっています.
 ほかに cultivate(耕す)と culture(文化)のつながりは,英語語源の定番の話題ではありますが,それを「土を耕す」から「人の心を耕す」への意味変化として提示することで,中学生の知的好奇心がおおいに刺激されることと思います.解答では日本語の「培う」の語源にも触れている点など,比較語源学的な視点も盛り込まれており,言語への感度を高める工夫が随所に凝らされています.
 私は常々,英語史という分野は英語教育との相性が抜群であると感じています.文法規則の丸暗記に疲れ果てた学習者にとって,語源的な背景を知ることは,単なる暗記の負担を軽減するだけでなく,言語そのものに対する愛着を育むきっかけとなるからです.sorami さんのこの試みは,まさにその理念を具現化した「授業で使える小ネタ」の宝庫です.
 全国の小中高のお英語教員の皆さんにも,ぜひこの記事を訪れていただければと思います.そして,記事の最後に「授業の小ネタやウォームアップなど自由に使っていただければ幸いです」とある通りですので,ぜひご活用ください.また,sorami さんのように,『英語語源ハンドブック』をもとに自らクイズを作成したり,あるいはハンドブックを片手に授業の導入を工夫したりといった,独自の試みを始めてみてはいかがでしょうか.「英単語って,実はこんなに繋がっているんだ!」という生徒の驚きは,教える側にとっても大きな喜びとなるはずです.
 sorami さんの note シリーズの今後の展開を楽しみにするとともに,読者の皆さんもぜひこの「語源で学ぶ,語源で教える」の輪に加わっていただければ.

 ・ 唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一(著),福田 一貴・小河 舜(校閲協力) 『英語語源ハンドブック』 研究社,2025年.

Referrer (Inside): [2026-02-09-1]

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2026-02-01 Sun

#6124. 「すべての文字は黙字である」 --- silent letter という用語を使うべきか [silent_letter][terminology][spelling][orthography][metaphor][conceptual_metaphor][medium][writing]

 本ブログでは doubt の <b> や sign の <g> などを話題にするときに黙字 (silent_letter) という用語を当たり前のように使ってきた.分かりやすく便利な用語である.しかし,これは不適格かつ不正確な用語であるとして,使用しない綴字論者もいる.
 この用語のどこに問題があるのかを探っていきたいと思うのだが,まずは Carney の "2.6.5 Auxiliary, inert and empty letters" と題する節の冒頭を引くところから始めたい (40) .

All letters are 'silent', but some are more silent than others

Opinions are sharply divided on whether to allow the use of 'silent letters' in a description of English orthography so as to cater for spellings such as the <b> in debt, doubt. If we are to find our way in this controversy, we clearly need to clarify our terminology. The term 'silent letters' is an extension of a metaphor commonly used in the teaching of reading, where letters are often supposed to 'speak' to the reader. When a simple vowel letter, as the <a> in latent has its long value /eɪ/, 'the vowel says its name'. A commonly-used classroom rule for reading vowel digraphs, such as <oa>, <ea>, is: 'when two vowels go walking, it's the first that does the talking' --- a comment on the greater phonetic transparency of the first element in a complex graphic unit. But, as Albrow (1972: 11) pints out, all letters are silent: 'the sounds are not written and the symbols are not sounded; the two media are presented as parallel to each other'. He suggests the term 'dummy letters' for letters with no direct phonetic counterpart but, as far as possible, tries to do without them in his analysis.


 Albrow の言い分は「文字は発声しない,ゆえにすべての文字は定義上黙字だ」ということだろう.これはある種のジョークのようにも聞こえるが,この「文字は発声する」という概念メタファーが,表音文字であるアルファベットという文字種を使う者の心に深く刻み込まれていることを理解しておくことは,実は極めて重要である.というのは,文字や綴字の議論をするに当たっては,発音と文字,話し言葉と書き言葉が,原則として異なるメディアであることを強く認識しておく必要があるからだ.両メディアは,言語使用者が様々な方法で互いに連絡させ合おうとしているのは事実だ.しかし,それは本質的に異なる2つのメディアを関わらせようという営みなのであり,常にうまく行くわけではない.むしろ,対応関係がうまく行かないのが当然だという立場からスタートしてみるほうが有益かもしれないのだ.
 silent letter という用語については,今後も考え続けていく.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
 ・ Albrow, K.H. The English Writing System: Notes toward a Description. London: Longman, 1972.

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最終更新時間: 2026-02-14 09:05

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