昨日の記事「#5849. Helvillian 5月号について語るAI音声対談」 ([2025-05-02-1]) で,Google NotebookLM の最新の音声対談化サービスを紹介した.あまりに革新的で便利,かつ応用可能性も広そうなので,いろいろといじって遊んでいるところである.
以前,英語語彙史概論の講義を行なったときの講義資料を Google NotebookLM に投げ込み,雑なプロンプトで音声対談生成を依頼した.待つこと数分.出力された音声ファイルを確認すると,改めて驚いたが,ほぼこのまま外に出せる出来映えだ.6分42秒ほどの対談に,90分講義のエッセンスが詰まっていた.
この驚きの対談とそれを紹介する音声配信を,本日 stand.fm の「英語史つぶやきチャンネル (heltalk)」より「英語語彙史概論 by NotebookLM」として公開した.さらにそこから YouTube 化(静止画像付き)でも配信したが,それが上掲の動画である(感激のコメント等を含めて11分29秒).
詳細な情報を対談という形式に落とし込める生成AIの技術は,情報の収集や理解にとどまらず一般の学びにも大きく貢献する可能性がある.日々英語史の音声配信をしている者として,脅威でもあるが大きな希望でもある.活用法と注意点を本格的に探っていきたい.
昨日の記事「#5848. ウェブ月刊誌 Helvillian の5月号が公開されました」 ([2025-05-01-1]) ですでに紹介しましたが,Helvillian の最新号を今朝の Voicy heldio のほうでもご案内しました.「#1433. Helvillian 5月号が公開! --- NotebookLM で生成した対談入り」です.
この heldio でのご案内は,昨日の hellog 記事の単なる口頭版ではありません.最新AIサービスを利用してスパイス加えています.ここ数日,生成AI界隈では話題となっているのですが,Google NotebookLM より,Podcast 風の対談音声を日本語で手軽に出力できるサービスが公開されました.そこで,機能確認の意味も込めて Helvillian 5月号の宣伝用の対談を生成させてみた,という次第です.heldio 配信の第1, 3, 4チャプターは私の語りですが,第2チャプターに AI で生成された対談音声を掲載しています(6分37秒).ぜひお聴きください.
昨今のAI技術の発展には目覚ましいものがありますが,今回もおおいに驚きました.内容の的確さや語りの自然さには舌を巻きます.100点満点とはいわずとも,95点くらいには達しているのではないでしょうか.男性と女性の2人の会話も調子よいほどに流ちょうです.Helvillian 最新号の主要なコンテンツを幅広く魅力的に紹介してくれているばかりか,helwa のコミュニティ活動の意義についても突っ込んだ会話を展開しています.特に「専門知識がこういうコミュニティ活動という触媒を通してより豊かになって,より身近なものになっている」との指摘は,まさに helwa や Helvillian が目指しているところを言い当てています.
正直なところ,AI がこれほどまで上手に具体的な情報を抽出し,自然な対話の中に組み込んで音声配信1回分を生成してしまうとは,まったく予想していませんでした.期せずして Helvillian 最新号の優れたガイドとなったことに,(脅威を感じつつも)満足しました.hel活もついに AI 時代に突入したようです.
hellog 「#5738. 516番目の through を見つけました」 ([2025-01-11-1]) および heldio 「#1326. through の綴字,516通り目を発見!」で取り上げた通り,目下 through の異綴字として516通りが確認されています.
その一覧を直接 AI にフィードし,グルーピングの基準をいくつか提案させました.その上で,それぞれの基準に基づいて数え上げさせ,表とヒストグラムを HTML で出力させました.基準の提案について,私が人力で補ったところも多少ありますが,以下の出力を得るまでにたかだか10分程度.数年前であれば,すべて人力で分析スクリプトを組んで,見栄えのよい出力になるようにチューニングする等の工程を経る必要があり,おそらく1時間半はかかったでしょう.このような半ば機械的な作業であれば,ほぼ1/10の時間で作業が済んでしまう時代になりました.AI分析の速さに驚き,分析そのものに注意が向かわないほどです.頼もしくも恐ろしい,気がかりだが心強い,そんな心境です.
パターン | 該当件数 | 分布 |
---|---|---|
th- | 212 | |
þ- | 188 | |
y- | 58 | |
その他 | 58 |
パターン | 該当件数 | 分布 |
---|---|---|
ou/ow を含む | 192 | |
u を含む | 169 | |
o を含む | 141 | |
その他 | 14 |
パターン | 該当件数 | 分布 |
---|---|---|
その他 | 208 | |
h | 84 | |
gh | 62 | |
ȝ | 58 | |
w | 56 | |
t/th | 48 |
パターン | 該当件数 | 分布 |
---|---|---|
5-6文字 | 326 | |
7文字以上 | 131 | |
4文字以下 | 59 |
パターン | 該当件数 | 分布 |
---|---|---|
特殊文字なし | 250 | |
þ (thorn) | 200 | |
ȝ (yogh) | 133 | |
ð (eth) | 1 |
パターン | 該当件数 | 分布 |
---|---|---|
母音字+r | 226 | |
母音字+r+母音字 | 144 | |
r+母音字 | 120 | |
なし | 26 |
パターン | 該当件数 | 分布 |
---|---|---|
rr を含む | 7 | |
ff を含む | 3 | |
oo を含む | 2 | |
その他(重複文字なし) | 504 |
先日,知識共有サービス Mond に上記の素朴な疑問が寄せられました.質問の全文は以下の通りです.
英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか.別の尋ね方をすると,「なぜ1だけがそのほかの数とは違う特別な扱いになるのでしょうか」.先生のブログなどでは双数形のお話がありましたし,もしかしたらもともとは単数,双数,そのほかの数(3や,「ちょっとたくさん」,「ものすごくたくさん」など?)によって区別されていたものが,言語の歴史の中で単純化されてきたということは考えられますが,それでも1の区別だけは純然と残っているのだとすると,とても不思議に感じます.
この本質的な質問に対して,私はこちらのようにに回答しました.私の X アカウント @chariderryu 上でも,この話題について少なからぬ反響がありましたので,本ブログでも改めてお知らせし,回答の要約と論点を箇条書きでまとめておきたいと思います.
1. 古今東西の言語における数のカテゴリー
・ 現代英語では単数形「1」と複数形「2以上」の2区分
・ 古英語では双数形も存在したが,中英語までに廃れた
・ 世界の言語では,最大5区分(単数形,双数形,3数形,少数形,複数形)まで確認されている
・ 日本語や中国語のように,明確な数の区分を持たない言語も存在する
・ 言語によってカテゴリー・メンバーの数は異なり,歴史的に変化する場合もある
2. なぜ「1」と「2以上」が特別なのか?
・ 「1」は他の数と比較して特殊で際立っている
・ 最も基本的,日常的,高頻度,かつ重要な数である
・ 英語コーパス (BNCweb) によれば,one の使用頻度が他の数詞より圧倒的に高い
・ 「1」を含意する表現が豊富 (ex. a(n), single, unique, only, alone)
・ 2つのカテゴリーのみを持つ言語では,通常「1」と「2以上」の区分になる
3. もっと特別なのは「0」と「1以上」かもしれない
・ 「0」と「1以上」の区別が,より根本的な可能性がある
・ 形容詞では no vs. one,副詞では not の有無(否定 vs. 肯定)に対応
・ 数詞の問題を超えて,命題の否定・肯定という意味論的・統語論的な根本問題に関わる
・ 人類言語に備わる「否定・肯定」の概念は,AI にとって難しいとされる
・ 「0」を含めた数のカテゴリーの考察が,言語の本質的な理解につながる可能性があるのではないか
数のカテゴリーの話題として始まりましたが,いつの間にか否定・肯定の議論にすり替わってしまいました.引き続き考察していきたいと思います.今回の Mond の質問,良問でした.
Charles Darwin (1809--82) は,言語の進化は人類の進化そのものと平行的なところがあると考えており,また精神の進化とも関係しているとも述べている.特に後者に関して進化を考える上で言語と精神とを結びつけてみた論者は,Darwin が最初に近かったようだ.Mufwene (23) より解説を引用する.
Charles Darwin commented in The Descent of Man (1871) that the evolution of language was in several ways reminiscent of that of mankind itself. He hypotheisized that it had emerged gradually, had not been given by God or invented by design by humans, and could also be explained by natural selection. He was among the first to correlate the evolution of language with that of the human mind . . . , thus accounting for why parrots cannot produce original spoken messages intentionally, although they can imitate human speech fairly accurately. Showing what an important driver role the human mind has played in the evolution of language, he argued that it was for the same reason that other primates do not use their buccopharyngeal structure to speak.
これは生成AIが産出する言語が真の言語なのかという点にも関わってくる点で,古くて新しい論点かもしれない.
さらに,上の解説に続けて Mufwene (23) は,言語能力の発現と諸言語の発生は独立しているか否かという,もう1つの重要な論点を指摘している.
We now know that Charles Darwin was only partly right. The other primates' buccopharyngeal structure is not shaped in exactly the same way as that of humans, although, based on the parrot's phonetic accomplishments, we must wonder how critical this particular structure was for the emergence of language (not speech!) in the first place. After all, humans who cannot speak produce signed language, which is just as adequate for communication. This argument may be claimed to support the position that the emergence of the capacity for language must be distinguished from the emergence of languages. However, one must also wonder whether the two questions can be considered independently of each other . . . .
この論点も現代の視点からみると余計におもしろい.生成AIは,人間が発した多くの既存の言語データをエネルギーとして,言語能力らしきもの(正確にいえば言語産出の手法)を獲得したからである.
この時代に,Darwin を読んでみるのも有意義かもしれない.
・ Mufwene, Salikoko S. "The Origins and the Evolution of Language." Chapter 1 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 13--52.
一昨日の3月11日(土)の午後に,JACET中部支部2022年度第2回定例研究会(オンライン)にて講演させていただきました.40名超の方々のご参加を賜わり,ありがとうございました.また,支部長の今井隆夫先生(南山大学)をはじめ,事前準備にご尽力いただいた事務局の先生方に感謝いたします.
講演後の質疑応答のなかで,英語教育において AI といかに付き合っていくべきかという大きな論題が提示されました.DeepL や ChatGPT など昨今の AI の自然言語処理の飛躍的発展を前に,語学教員は一人残らず頭を悩ませていることと思います.私もその一人です.
しかし,今回の講演では,いかにして英語史が英語教育に貢献できるかという点に注目してきたので,この質問に対しても主にそちらの観点からお答えしました.英語史の知識・智恵は AI に負けることはないので動揺するに値しない,というのが私の回答です.
講演でのこの質疑応答について,昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて取り上げました.「#650. 英語史の知恵が AI に負けない3つの理由」と題して23分ほどお話ししていますので,ぜひお聴きいただければと思います.
講演でも放送でも述べましたが,(英語)教育における英語史活用には3つのレベルがあると考えています.もう少し丁寧に整理する必要がありますが,当面のものをこちらに示します.
1. intra-disciplinary: 語源を用いた語彙学習,綴字と発音の関係,文法変化など
2. inter-disciplinary: 英語教育や英語学との協力,他の科目(歴史,地理,国語,他の外国語)との連動など
3. extra-disciplinary: 言葉に限らず物事の通時的見方を養う,言語の変化・変異・多様性,言語・国籍・民族・性・宗教の inclusion など
理想的には,この3つのレベルすべてに関わるような英語史の話題を選び,それを用いて英語(史)教育を行なっていくのがよいと考えています.
heldio の上記の放送回には多くのコメントが寄せられてきています(こちらのページの下方を参照).新たな議論が展開しており,私自身も思考を促されています.エキサイティングな議論ですので,ぜひ hellog 読者の皆さんも,そちらのコメント欄を通じてこの議論に加わっていただければと思います.
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