標記の問題について,「#5808. なぜ wind は短母音を示すのか?」 ([2025-03-22-1]) と「#5810. なぜ wind は短母音を示すのか? (2)」 ([2025-03-24-1]) で考えてきた.前者の記事で引いた OED の説明書きで Dobson が言及されていたので,そちらに当たってみた.Dobson (Vol. 2, §12) は,初期近代英語期における前舌高母音の長短の変異について,wind や関連する単語の事例を挙げながら論じている.議論の一部を引用しよう.
The variation occurs chiefly before OE lengthening groups. The most important class of word is those in -ind, which are normally recorded with ME ī; but there is some evidence of variation. Smith gives 'uīnd or uind' for wind sb. Mulcaster has ĭ in wind and bind against ī in kind, find, mind, and hind. Bullokar transcribes find with ī but rhymes it on ĭ. Coote says that some pronounce blind, find, and behind short, while others pronounce them long; Young's 'homophone' list shows variation in find. Hodges says that 'som men cal the winde, the wind'. It is clear that the variation was most common in wind, which has now come to have the short vowel; but in the sexteenth and seventeenth centuries it was more usually pronounced with ME ī given by Levins, Bullokar, Robinson, Gil, Willis, Wharton, Poole, J. Smith, Cooper, and Brown. Short ĭ (due to the separation of the n and d by the syllable-division) is apparently shown for winder by Fox and Hookes, who put it with window in their homophone list; but Bullokar has ī. (479)
16--17世紀における -ind 語には,母音の長短の揺れがあったことがわかる.とりわけ問題の wind については揺れが激しかったようだ.個々の話者によっても,また時代や使用域によっても,揺れがあったにちがいない.当時の両発音の複雑な競合が,現代標準英語では「不規則」に思われる短母音に帰結してしまったということで,言語変異・変化の不思議さを思わずにはいられない.
・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. 2 vols. Oxford: OUP, 1968.
一昨日の記事「#5808. なぜ wind は短母音を示すのか?」 ([2025-03-22-1]) で取り上げた話題の続編.
英語音韻史の専門家 Minkova (168--69) は,同器性長化 (homorganic_lengthening) について解説する文脈で,問題の wind /wɪnd/ に触れており,短母音実現の特殊性を指摘している.
The third cluster associated with Homorganic Cluster Lengthening is [-nd]. The long-term effect of this cluster is limited. It applies systematically only to the high vowels [i] and [u].
(7) OE <-ind> and <und> lengthening:
Early OE ME blind [blind] blind [bliːnd] 'blind' grindan [grindən] grind(en) [griːndən] 'grind' (be)hindan [-hindən] bihinde [-hiːnd(ə)] 'behind' grund [grund] ground [gruːnd] 'ground' hund [hund] hound [huːnd] 'hound' pund [pund] pound [puːnd] 'pound'
The pair wind, n. - wind, v. is a special case, probably best explained on the grounds of homophony avoidance. Rhyme evidence suggests that the forms were actually homophonous into the late seventeenth century. The restriction of the lengthening effect to the high vowels leaves a whole set of common OE lexemes such as band, hand, land, sand, bend, blend, end, rend, send, spend, tender, wend with short vowels in PDE.
Minkova は,同音異義衝突 (homonymic_clash) による説明を示唆しているものの,強く主張しているわけではない.しかし,高母音について体系的に作用した同器性長化の事例を多数見るにつけ,その集団から逸脱しているかのような wind /wɪnd/ の特殊性が浮き彫りになり,この解説の有意義さが改めて確認される.
高母音として i のみならず u も平行的に考えるとすると,例えば「なぜ fund は短母音を示すのか?」も同様に問われてよいことになろう.調べ始めると視野が広がってくる.
・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.
先日,ヘルメイトの ari さんが note で「#227【深掘り】-ind と -ingの発音の違い,あるいは wind の発音について」と題する記事を書かれていた.いくつかの問題が取り上げられているが,とりわけ wind (風)が /wɪnd/ と短母音で発音されるのはなぜか,という問いが興味深かった.確かに歴史的に予想される形は2重母音をもつ */waɪnd/ となりそうなものだし,実際に同綴異義語の wind (曲がりくねる)は /waɪnd/ の発音なので,不思議である.
ari さんも部分的に引用されているが,OED の wind (n1) の発音の歴史に関する注をフルで引用しよう.
Pronunciation
The phonological development of this word differs from that of nouns with a similar phonological shape in Middle English, such as hind n.1 and rind n.1, and similarly the verb wind v.1 These show the result of lengthening of the vowel before the homorganic consonant cluster -nd in Old English. The evidence of the early modern orthoepists shows that there was considerable variation in early modern English between pronunciations with a short vowel or a long vowel (or its diphthongal reflex after the operation of the Great Vowel Shift); this variation appears to have been unusually persistent in the case of the present word (compare discussion in E. J. Dobson Eng. Pronunc. 1500--1700 (ed. 2, 1968) vol. II. §12), for which the pronunciation with a short vowel is the one that became usual in later standard English. Until the 18th cent. the diphthongal pronunciation appears to have been more usual, but by the end of the century had been largely supplanted in ordinary speech by the short-vowel pronunciation. Walker (1791), while listing both, puts the pronunciation with short vowel first, and notes: 'These two modes of pronunciation have been long contending for superiority, till at last the former seems to have gained a compleat victory, except in the territories of rhyme.' The poetic convention allowing rhyming use of the diphthongal pronunciation continued well into the 19th cent. (compare e.g. quot. 1811 at Phrases P.1n.ii, quot. 1820 at spring n.1 III.17a).
The preservation of the short vowel in this particular word is difficult to account for; it may have been aided by the large number of occurrences in compounds and derivatives, in which failure of vowel lengthening would have been more likely; it may also partly reflect a functional pressure to distinguish this word from wind v.1, which would otherwise have been homophonous. Frequent collocation with winter n.1 (with short vowel) could also have played a part.
Pronunciation with a diphthong (reflecting a Middle English long vowel) survives in some regional varieties and is occasionally reflected in forms such as wine and weind at α forms.
この問題を理解するには,上記の OED の解説を正確に読み解く必要があり,そのためには英語の音韻史や語彙史の概要を知っていなければならない.とりわけ同器性長化 (Homorganic Lengthening; homorganic_lengthening),大母音推移 (Great Vowel Shift: gvs),同音異義衝突 (homonymic_clash) に関する理解が欠かせない.
OED でも明確な答えは出ていないので,このブログでももう少し調べていきたい.(ari さん,話題提供ありがとうございました.)
本ブログの姉妹版・音声版として,毎朝6時に Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」を配信しています.heldio は2021年6月2日に開始したチャンネルですが,実はその前身として「hellog-radio」という個人的な音声シリーズを前年の2020年6月23日より不定期で公開していました.その一覧はこちらのページの下部からご覧になれます.ただし,当時は特別な音声配信プラットフォームを利用しておらず,HP上に音声ファイルを直置きしていただけなので,聴かれる機会は多くありませんでした.
「hellog-radio」は62件の英語史小ネタからなる音声配信のシリーズで,選りすぐりの一軍級の「英語に関する素朴な疑問」が集まっています.そのまま寝かせておいてはもったいないと思い,2週間前の3月6日から毎朝6時前後に1つずつ,再放送の体で公開し始めています.いくつかのプラットフォームよりアクセス可能ですので,お好きなところからどうぞ.
・ YouTube 「heltube --- 英語史チャンネル」の再生リスト「【再配信】 hellog-radio --- 英語史小ネタ」
・ stand.fm 「英語史つぶやきチャンネル (heltalk)」内で配信回タイトルに「hellog-radio」がついているもの
・ 上記の Spotify (Video) Podcast 版
「hellog-radio」再放送については,heldio の一昨日の回「#1388. heldio の前身「hellog-radio」なるものを YouTube で再放送しています」でもお話ししているので,ぜひお聴きください.この配信回のインフォグラフィックも掲載しておきます.
昨日と今朝の heldio にて,「#1377. 思い出の英文法用語 --- リスナーの皆さんからお寄せいただきました(前半)」と「#1378. 思い出の英文法用語 --- リスナーの皆さんからお寄せいただきました(後半)」を配信しました.これは,2月24日にリスナー参加型企画として公開した「#1366. あなたの思い出の英文法用語を教えてください」のフォローアップ回でした.heldio リスナーの皆さんには,多くのコメントを寄せていただきましてありがとうございました.
英文法用語といってもピンからキリまであります.基本的な用語から言語学の術語というべきものまで多々あります.レベルを気にせずに,とにかく思い出の/気になる/推しの/嫌いな用語を挙げてくださいという趣旨で,コメントを募りました.その結果を読み上げたのが,上掲の2つの配信回です.
そのなかで準動詞という用語が何度か言及されていました.英語では verbal や verbid と呼ばれますが,これはいったい何のことでしょうか.『新英語学辞典』の verbal を引いてみると,(1) として「準動詞」の解説があります.
(1) (準動詞) 不定詞 (infinitive),分詞 (participle),動名詞 (gerund) の総称.verbid ともいう.また非定形 (non-finite form),不定形 (infinite form),非定形動詞 (non-finite verb) ともいう.なお,準動詞が名詞的に用いられたものを名詞的準動詞 (noun verbal) または動詞的名詞 (verbal noun) といい,形容詞的用法のものを形容詞的準動詞 (adjective verbal) または動詞的形容詞 (verbal adjective) ということがある.I'm thinking of going./I wish to go. 〔名詞的準動詞〕//melting snow 〔形容詞的準動詞〕.
言い換え表現や,さらに細かい区分の用語もあり,ややこしいですね.次に,OED の verbid (NOUN) を引いてみましょう.
Grammar. Somewhat rare.
A word, such as an infinitive, gerund, or participle, which has some characteristics of a verb but cannot form the head of a predicate on its own. Also: (with reference to certain West African languages) a bound verb with in a serial verb construction.
1914 We shall..restrict the name of verb to those forms that have the eminently verbal power of forming sentences, and..apply the name of verbid to participles and infinitives. (O. Jespersen, Modern English Grammar vol. II. 7)
. . . .
OED での初例から,これが Jespersen の造語であることを初めて知りました.「#5782. 品詞とは何か? --- 厳密に形態を基準にして分類するとどうなるか」 ([2025-02-24-1]) で紹介した Jespersen の品詞論との関連からも,興味深い事実です.
・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
たびたびお世話になっている人気 YouTube チャンネル「ゆる言語学ラジオ」の最近の回で,「説明動画で満足しちゃダメ? なぜ原典を読むべきなのか?【おたより回】#394」が配信されました.
視聴者からの質問を受けて水野さんと堀元さんがトークを繰り広げる回でしたが,その14:39辺りから,悪児戯罹(おにぎり)さんによる質問が披露されました.pronounce と pronunciation のペアで,なぜ第2音節部分の綴字が <ou> と <u> で異なるのか,という素朴な疑問でした.
悪児戯罹さんは,本ブログの「#2046. <pronunciation> vs <pronounciation>」 ([2014-12-03-1]) を見つけて読まれたようなのですが,難しくて分からなかったということで,水野さんが記事の内容をかみ砕いて説明するという構成となっていました.水野さんから,この回についてご連絡をいただきまして,私がいちばん驚きました(笑).
問題の記事の内容については,水野さんがしっかりかみ砕いて説明してくださいまいした.関連して「#2043. 英語綴字の表「形態素」性」 ([2014-11-30-1]) にも言及していただきました.結果としては pronounce/pronunciation の綴字問題は例外的な現象なのだという趣旨の解説です.
ここまでは私もリラックスしながら視聴していることができました.ところが,20:36辺りからの2人のやりとりを聞き,戦慄が走りました.
- 堀元さん:なぜその例外が生まれたんですか?
- 水野さん:ていうのの回答はここには書かれていない.
- 堀元さん:気持ち悪いなあ,教えて欲しいな・・・
まさにこの点が分からないからこそ記事では無言だったわけです.「ゆる言語学ラジオ」は痛いところを突いてきます.
こうして10年ぶりに,この問題に再び頭を悩ますことになりました.丸一日いろいろと考えをめぐらせた後,必ずしも自信があったわけではないのですが,1つの仮説を立ててみました.それを Voicy heldio で配信したのが「#1370. 「ゆる言語学ラジオ」で取り上げられた pronounce vs. pronunciation の綴字問題」です.26分ほどの配信回ですが,お時間のある方はぜひお聞きください.少なくとも言語変化の複雑さだけは分かるのではないかと思います.
この heldio の配信後,水野さんから,聴きましたとのコメントをいただきました.どうしても難しめの話しとなってしまい,悪児戯罹さんには届かないかもしれなのですが,これをまた水野さんにかみ砕いて解説していただければと(笑).
2月23日(日)に配信された YouTube 「いのほた言語学チャンネル」の回が,思いのほか多く視聴されています(本記事執筆時点で5,400回超え).「#313. 三人称代名詞の狭くて奥深い世界 --- get'em は get them の th が落ちたのではない!」です.英語の3人称代名詞の形態をめぐる,17分弱のトークとなっています.ぜひご覧ください.
今回の動画における3人称代名詞への注目点は複数ありますが,第1に「なぜ she の所有格と目的格は her で同じ形になるのですか?」という英語に関する素朴な疑問が取り上げられました.これについては,hellog その他でも取り上げてきましたので,そちらもご参照ください.
・ 「#4080. なぜ she の所有格と目的格は her で同じ形になるのですか?」 ([2020-06-28-1])
・ 「#4121. なぜ she の所有格と目的格は her で同じ形になるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-08-08-1])
次に,古英語の3人称代名詞のすべての形態が h で始まっていた点についても触れました.ところが,後の歴史でいくつかの形態において h が脱落したり別の子音に置き換えられたりしたのでした.参考までに,関連する hellog 記事を挙げておきます.
・ 「#467. 人称代名詞 it の語頭に /h/ があったか否か」 ([2010-08-07-1])
・ 「#4004. 古英語の3人称代名詞の語頭の h」 ([2020-04-13-1])
3人称女性単数代名詞の方言形についても,動画で触れました.これについては以下の記事をどうぞ.
・ 「#793. she --- 現代イングランド方言における異形の分布」 ([2011-06-29-1])
最後に,動画タイトルにある get'em については,以下の記事をお読みください.
・ 「#2331. 後期中英語における3人称複数代名詞の段階的な th- 化」 ([2015-09-14-1])
・ 「#2337. 16世紀,hem, 'em 不在の謎 (1)」 ([2015-09-20-1])
・ 「#974. 3人称代名詞の主格形に作用した異化」 ([2011-12-27-1])
・ 「#975. 3人称代名詞の斜格形ではあまり作用しなかった異化」 ([2011-12-28-1])
英語史は英語に関する素朴な疑問に答えるのが得意です.しかし,英語史の枠内にとどまっていては解決できない問いも多くあります.英語史からさらに遡ってゲルマン語史や印欧語史にも目配りする必要が,しばしば生じます.この「拡大版英語史」が何よりも魅力的ですね.
今回の動画が人気回となったので,便乗して Voicy heldio でも一昨日「#1368. 3人称代名詞に関するもう1つのナゾ --- いのほた最新回がよく視聴されています」を配信しました.こちらも合わせてお聴きいただければ.
昨年末の12月26日(木)の午後,小河舜さん(上智大学)とともに,大学生から寄せられていた質問を話題に,Voicy heldio の生配信で,何度目かになる「千本ノック」 (senbonknock) をお届けしました.そのアーカイヴ版を,一昨日配信しましたので,ご案内します.「#1315. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック --- 年末ヴァージョン with 小河舜さん(生配信)です.55分ほどの回となっています.以下に,参考のため,寄せられた質問と本編チャプター内での対応する分秒を一覧します.今回回答したのは8問のみですが,各々の話題を2人で縦に横に広げてトークしましたので,全体として充実した回となっていると思います.じっくりとお聴きいただければ.
(1) 02:35 --- 英語語彙における借用語は,ヨーロッパ起源のものが中心で,アメリカやアフリカ起源のものはあるのでしょうか?
(2) 09:15 --- 「help 人 (to) do」の構文で to が付かなかったりするのは,言語の単純化によるものなのでしょうか?
(3) 13:05 --- 日本語では「和語」「漢語」「外来語」を瞬時に弁別でき,ニュアンスの傾向も分かりますが,英語の native words と loan loanwords には,このような傾向はあるのでしょうか?また,英語話者はそれらを瞬時に弁別できるのでしょうか?
(4) 20:25 --- 文法性が存在することのメリットは何なのでしょうか? 現代英語のように性がない方がスッキリしているように感じます.また,文法性はどのように決まったのでしょうか?
(5) 28:09 --- 動詞に付く3人称「単数」現在が -s で,名詞に付く「複数」も -s ということが,英語を学び始めたときに不思議だなと思いました.
(6) 33:10 --- yes/no question は文末上げ調子になるのに対し,wh-question は通常下げ調になるのはなぜでしょうか? 現在のイントネーションになったのはいつ頃でしょうか? ([追加の投げ込み質問として]question mark はいつ頃から使われるようになったのですか?)
(7) 44:07 --- アポストロフィーは短縮形だけでなく Mary's のように所有格でも使われます。また CD の複数形として CD's の形もあると聞いたことがあります.アポストロフィの使われ方の歴史を知りたいです.
(8) 48:59 --- 現代英語は地域的にも社会的にもバリエーションが豊富にありますが,特定の表現がどの地域でどのような方々に使われているのかを検索できるようなツールはありますか?
今年もいろいろな形で「千本ノック」をやっていきたいと思います.皆さんもぜひ投げ込み用に素朴な疑問を温めておいていただけますと幸いです.
12月8日,長野県佐久平にて英語に関する素朴な疑問に回答する「千本ノック」 (senbonknock) の企画を開催しました.heldio/helwa のコアリスナーであるみーさんがホストを務めてくださり,初の地方開催での千本ノック,かつ質問者が小中学生である千本ノックが実現した次第です.15名の小中学生,およびその保護者の方々が会場に集まり,生徒さんたちに事前に考えておいてもらった16の質問を題材に,私が80分ほどお話しさせていただきました.同席されたもう1人のコアリスナー Grace さんが,後日,同イベントへの潜入ルポというべき note 記事「佐久平オフ会(千本ノック)レポ」を書かれています.
小中学生から寄せられた疑問をもとに,ぶっつけ本番で千本ノックを敢行しました.大人相手とは異なり質問の角度も鋭角ですし,回答するにも専門用語は使えず,あくまで平易な言葉で分かりやすく答えなければなりません.事前に予想はしていたものの,私にとっては予想以上に難易度の高い課題でした.しかし,非常に多くの気づきを得られたことも確かです.教育上のみならず学術的にも示唆に富んだ質問がいくつかあり,当たり前に思っていた現象を再考察する機会となりました.
今回の佐久平千本ノックの一部始終は,当日の Voicy heldio で生配信しました.後日,それを前半(小学生版)と後半(中学生版)の2回に分割して,アーカイヴとしても配信しました.収録時の問題で,ところどころ聞こえにくいところはありますが,ご容赦ください.以下に,聴取の便のため,寄せられた質問と本編チャプター内の対応する分秒を一覧します.
【前半:小学生部門(約60分) 「#1289. 佐久平千本ノック (1) --- 小中学生の皆からの素朴な疑問」】
(1) 03:12 --- なぜ1のワンは one と書くの?
(2) 08:16 --- なぜ筆記体ができたの?
(3) 12:17 --- なぜ大文字と小文字で違う形の文字があるの?
(4) 18:31 --- アルファベットの形はどんな理由で決まったの?
(5) 22:13 --- なぜ deer, sheep, fish の複数形には -s がつかないの?
(6) 27:40 --- なぜ c と k で同じ発音をするの?
(7) 32:04 --- なぜ bottle の発音は t を読まないの?
(8) 36:38 --- なぜ c は「ク」とか「キャ」と読むのですか?
(9) 41:35 --- なぜ knife の k は読まないのですか?
(10) 45:10 --- なぜ英語が世界共通語なのですか?
【後半:中学生部門(約48分) 「#1292. 佐久平千本ノック (2) --- 小中学生の皆からの素朴な疑問」】
(11) 00:55 --- be 動詞が主語に応じて is, am, are と形を変えるのはなぜですか?
(12) 08:40 --- 序数の形について,なぜ first, second, fifth は変な形なのですか?
(13) 15:32 --- 疑問文で does が出ると動詞の -s がなくなるのはなぜですか?
(14) 22:19 --- 英語やアルファベットは誰が作ったのですか?
(15) 27:14 --- なぜ接続詞の that は省略できるの?
(16) 33:12 --- なぜ be 動詞と一般動詞は一緒に使えないのですか?
佐久平千本ノックに参加した小中学生と保護者の皆さん,本当に大きなインスピレーションをいただきました.あらためて感謝申し上げます.
先日,五所万実さん(目白大学)に,同大学で開講されている社会言語学入門の授業にお招きいただきました.ありがとうございます! 事前に受講学生の皆さんより質問を募るなどの準備を整えた上で,授業本番で千本ノック (senbonknock) を敢行しました.五所さんと2人でのライヴのような千本ノックとなりましたが,数々の良問が飛び出し,80分ほどのエキサイティングなセッションとなりました.
この授業の一部始終を Voicy heldio で収録しました.全体を前半と後半に分け,各々を配信しました.以下に各質問および対応するチャプター分秒を示します.
【前半(約48分) 「#1284. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック at 目白大学 --- Part 1」】
(1) Chapter 2, 03:55 --- 発音上のアクセントが苦手なのですが,何かコツはありますか? (言語におけるアクセントの存在意義は?)
(2) Chapter 3, 04:58 --- なぜ日本語には「私」「僕」「俺」など1人称に多くの言い方があるのですか?
(3) Chapter 4, 00:03 --- 日本語にあるような役割語は英語には存在するのですか? (「周辺部」の話題へ)
(4) Chapter 4, 04:40 --- なぜ you には「あなた」と「あなた方」の両方の意味があるのですか?
(5) Chapter 5, 02:57 --- なぜ3単現の -s をつけるのですか?
(6) Chapter 5, 01:26 --- 違う語族なのに似ている言語はありますか? (言語と方言の区別,世界の言語の数の問題へ)
【後半(約35分) 「#1287. 目白大学で千本ノック with 五所先生 (2)」】
(7) Chapter 2, 00:05 --- 人類で初めて2つの言語を習得した人間は誰ですか?
(8) Chapter 2, 02:57 --- 世界の共通語を作ることは実現可能ですか?
(9) Chapter 3, 03:35 --- 最初に英語が日本に入ってきたとき,どのように翻訳できたのですか?
(10) Chapter 3, 02:51 --- 和製英語のようなものは他言語にもあるのですか?
(11) Chapter 4, 00:46 --- 日本語のバイト敬語のようなものは英語にもありますか?
(12) Chapter 5, 00:00 --- なぜ英語には say, speak, tell など「言う」を意味する単語が多いのですか?
授業というよりも,五所さんとの heldio 生配信イベントとなりました.ありがとうございました.
11月16日,表記の慶友会にて講演を行ないました.講演の概要は,先日の記事「#5684. 東京ポニークラス慶友会での講演「英語標準化の歴史」をマインドマップ化してみました」 ([2024-11-18-1]) で公開した通りです.
当日の講演後,同じ会場でそのまま,英語に関する素朴な疑問に答える「千本ノック」 (senbonknock) を音声収録しました.会場参加者およびオンライン参加者より疑問を寄せていただき,その疑問に回答しつつ,周辺に話題を広げていくというトークコーナーです.おかげさまで,9つの問題をめぐって,80分ほどの活気ある交流の時間となりました.
長尺となりましたので,全体を前半と後半に分け,各々を先週と今週で Voicy heldio より配信しました.収録環境の都合により音声がガサついているところがありますが,ご了承いただけますと幸いです.聴取の便のため,以下に各質問および対応するチャプター分秒を示します.
【前半(約50分) 「#1271. 東京ポニークラス慶友会での千本ノック (1)」】
(1) Chapter 2, 00:00 --- なぜ英語では I や you はこの形しかないのか?
(2) Chapter 2, 07:25 --- なぜ If I were you のように仮定法では were なのか?
(3) Chapter 3, 04:30 --- 英語は単純化しているのか複雑化しているのか?
(4) Chapter 5, 00:00 --- 日本語では動物の役割語として「?だワン」「?だニャン」などが聞かれますが,英語には対応するものがあるのですか?
(5) Chapter 6, 00:00 --- なぜ不規則動詞というものがあるのですか?
【後半(約40分) 「#1275. 東京ポニークラス慶友会での千本ノック (2)」】
(6) Chapter 2, 00:00 --- なぜ英語には文法上の性がないのですか?
(7) Chapter 3, 00:30 --- なぜ good の比較級は better なのですか?
(8) Chapter 4, 01:03 --- 「through Tシャツ」について,そしてなぜ昔の発音は分かるのですか?
(9) Chapter 5, 00:00 --- 例えば biz のような書き言葉における文字遊びのような略記は今後どうなっていくのでしょうか?
いかがでしたでしょうか? これからも英語史のおもしろさ,言語学の魅力を探究していきたいと思います.
先月,知識共有サービス Mond にて5件の英語に関する質問に回答しました.新しいものから遡ってリンクを張り,回答の要約も付します.
(1) なぜ数量詞は遊離できるのに,冠詞や所有格は遊離できないの?
回答:理論的には数量詞句 (QP) と限定詞句 (DP) の違いによるものと説明できそうですが,一筋縄では行きません.歴史的にいえば,古英語から現代英語に至るまで,数量詞遊離は常に存在していましたが,時代とともに制限が厳しくなってきているという事実があります.詳しくは新刊書の田中 智之・縄田 裕幸・柳 朋宏(著)『生成文法と言語変化』(開拓社,2024年)をご参照ください.
(2) have got to の got とは何なのでしょうか?
回答:have got は本来「獲得したところだ」という現在完了の意味でしたが,16世紀末から「持っている」という単純な意味に転じました.文法化 (grammaticalisation) の過程を経て,口語で have の代用として定着しています.「#5657. 迂言的 have got の発達 (1)」 ([2024-10-22-1]),「#5658. 迂言的 have got の発達 (2)」 ([2024-10-23-1]) を参照.
(3) 英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか?
回答:「1」が他の数と比べて特に基本的で重要な数であるためと考えられます.古英語には双数形もありましたが,中英語以降は単数・複数の2区分となりました.世界の言語では最大5区分まで持つものもあります.「#5660. なぜ英語には単数形と複数形の区別があるの? --- Mond での質問と回答より」 ([2024-10-25-1]) を参照.
(4) 完了形はなぜ動作の継続を表現できるのでしょうか?
回答:完了形の諸用法の共通点は「現在との関与」です.継続の意味は主に状態動詞で現われ,動作動詞では完了の意味が表出します.また「時間的不定性」も完了形の重要な特徴と考えられます.「#5651. 過去形に対する現在完了形の意味的特徴は「不定性」である」 ([2024-10-16-1]) を参照.
(5) subjunctive mood (仮定法・接続法)の現在完了について
回答:仮定法現在完了は理論上存在可能で実例も見られますが,比較的まれです.仮定法の体系は「現在・過去・過去完了」の3つ組みとして理解するのが妥当で,その中で完了相が必要な場合に現在完了形が使用される,と解釈するのはいかがでしょうか.
以上です.11月も Mond にて英語(史)に関する素朴な疑問を受け付けています.気になる問いをお寄せください.
標題は素朴な疑問だが,実は言語学的には簡単には答えられない.音節 (syllable) は音声学でも基本的な概念だが,実は一般的な定義を与えるのが難しいのだ.Bussmann の言語学用語集を読んでみよう.
syllable
Basic phonetic-phonological unit of the word or of speech that can be identified intuitively, but for which there is no uniform linguistic definition. Articulatory criteria include increased pressure in the airstream . . . , a change in the quality of individual sounds . . . , a change in the degree to which the mouth is opened. Regarding syllable structure, a distinction is drawn between the nucleus (= 'crest,' 'peak,' ie. the point of greatest volume of sound which, as a rule, is formed by vowels) and the marginal phonemes of the surrounding sounds that are known as the head (= 'onset,' i.e. the beginning of the syllable) and the coda (end of the syllable). Syllable boundaries are, in part, phonologically characterized by boundary markers. If a syllable ends in a vowel, it is an open syllable; if it ends in a consonant, a closed syllable. Sounds, or sequences of sounds that cannot be interpreted phonologically as syllabic (like [p] in supper, which is phonologically one phone, but belongs to two syllables), are known as 'interludes.'
ある個別言語の音節は母語話者にとって直感的に理解される単位だが,言語一般を念頭において客観的に定式化しようと試みても,うまくいかない.調音音声学や聴覚音声学の側からの定義,または音韻理論的な解釈などがあるものの,必ずしもきれいには定義できない.それでいて母語話者は音節という単位を「知っている」らしいというのだから,不思議だ.
音節をめぐっては,hellog でも関連する話題を取り上げてきた.以下の記事などを参照.
・ 「#347. 英単語の平均音節数はどのくらいか?」 ([2010-04-09-1])
・ 「#1440. 音節頻度ランキング」 ([2013-04-06-1])
・ 「#1513. 聞こえ度」 ([2013-06-18-1])
・ 「#1563. 音節構造」 ([2013-08-07-1])
・ 「#3715. 音節構造に Rhyme という単位を認める根拠」 ([2019-06-29-1])
・ 「#4621. モーラ --- 日本語からの一般音韻論への貢献」 ([2021-12-21-1])
・ 「#4853. 音節とモーラ」 ([2022-08-10-1])
・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.
先日,知識共有サービス Mond に上記の素朴な疑問が寄せられました.質問の全文は以下の通りです.
英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか.別の尋ね方をすると,「なぜ1だけがそのほかの数とは違う特別な扱いになるのでしょうか」.先生のブログなどでは双数形のお話がありましたし,もしかしたらもともとは単数,双数,そのほかの数(3や,「ちょっとたくさん」,「ものすごくたくさん」など?)によって区別されていたものが,言語の歴史の中で単純化されてきたということは考えられますが,それでも1の区別だけは純然と残っているのだとすると,とても不思議に感じます.
この本質的な質問に対して,私はこちらのようにに回答しました.私の X アカウント @chariderryu 上でも,この話題について少なからぬ反響がありましたので,本ブログでも改めてお知らせし,回答の要約と論点を箇条書きでまとめておきたいと思います.
1. 古今東西の言語における数のカテゴリー
・ 現代英語では単数形「1」と複数形「2以上」の2区分
・ 古英語では双数形も存在したが,中英語までに廃れた
・ 世界の言語では,最大5区分(単数形,双数形,3数形,少数形,複数形)まで確認されている
・ 日本語や中国語のように,明確な数の区分を持たない言語も存在する
・ 言語によってカテゴリー・メンバーの数は異なり,歴史的に変化する場合もある
2. なぜ「1」と「2以上」が特別なのか?
・ 「1」は他の数と比較して特殊で際立っている
・ 最も基本的,日常的,高頻度,かつ重要な数である
・ 英語コーパス (BNCweb) によれば,one の使用頻度が他の数詞より圧倒的に高い
・ 「1」を含意する表現が豊富 (ex. a(n), single, unique, only, alone)
・ 2つのカテゴリーのみを持つ言語では,通常「1」と「2以上」の区分になる
3. もっと特別なのは「0」と「1以上」かもしれない
・ 「0」と「1以上」の区別が,より根本的な可能性がある
・ 形容詞では no vs. one,副詞では not の有無(否定 vs. 肯定)に対応
・ 数詞の問題を超えて,命題の否定・肯定という意味論的・統語論的な根本問題に関わる
・ 人類言語に備わる「否定・肯定」の概念は,AI にとって難しいとされる
・ 「0」を含めた数のカテゴリーの考察が,言語の本質的な理解につながる可能性があるのではないか
数のカテゴリーの話題として始まりましたが,いつの間にか否定・肯定の議論にすり替わってしまいました.引き続き考察していきたいと思います.今回の Mond の質問,良問でした.
知識共有サービス Mond に寄せられていた「迂言的 have got」に関する素朴な疑問に,先日回答しました.こちらよりお読みください.本当はもっと詳しく調べなければならない問題で,今回はとりあえずの回答だったのですが,これを機に考え始めてみたいと思います.
最初の一歩は,いつでも OED です.迂言的 have got は,OED の get (v.) の IV の項に,完了形の特殊用法として記述があります.
IV. Specialized uses of the perfect.
In this use, the perfect and past perfect of get (have got, has got, had got) function as a present and past tense verb, which, owing to its formation, does not enter into further compound forms (perfect and past perfect, progressive, passive, or periphrastic expressions with to do), or have an imperative or infinitive.
In colloquial, regional, and nonstandard use, omission of auxiliary have is frequent in the uses at this branch (e.g. I got some, you got to): see examples in etymology section. An inflected form gots is also sometimes found in similar use (e.g. I gots some, he gots to), especially in African American usage: see further examples in etymology section.
IV.i. In senses equivalent to those of the present and past tenses of have.
Often, especially in early use, difficult to distinguish from the dynamic use 'have obtained or acquired'.
IV.i.33.a. transitive. To hold as property, be in possession of, own; to possess as a part, attribute, or characteristic; = have v. I.i
[1600 What a beard hast thou got; thou hast got more haire on thy chinne, then Dobbin my philhorse hase on his taile.
W. Shakespeare, Merchant of Venice]
1611 The care of conseruing and increasing the goods they haue got, and the feare of loosing that which they enioy.
J. Maxwell, translation of Treasure of Tranquillity xvii. 144
a1616 Fie, th'art a churle, ye'haue got a humour there Does not become a man.
W. Shakespeare, Timon of Athens (1623) i.ii.25
c1635 My lady has got a cast of her eye.
H. Glapthorne, Lady Mother (1959) ii.i.22
1670 They have got..such a peculiar Method of Text-dividing.
J. Eachard, Grounds Contempt of Clergy 113
. . . .
have got が本来の動作的な意味を表わすのか,現代風の状態的な意味を表わすのか,特に初期の例については判別しにくいケースがあると述べられてはいますが,17世紀中に頻度を高めていったことは EEBO corpus で調べた限り間違いなさそうです.なぜ,どのような経緯でこの表現が現われ,一般的になっていったのか,深掘りしていく必要があります.
少し前のことになりますが,9月25日(水)の Voicy heldio にて「#1214. 教えて khelf 会長! 天候の it って何? ー 「#英語史ライヴ2024」より」を配信しました.khelf のメンバーを中心に大いに議論が盛り上がりました.khelf や helwa の内部では,このような英語史談義は日常茶飯事であり,さして珍しくもありません.しかし,一般に公開してみましたら,多くの方々よりニッチなオタクの集団として喜んで(?)いただいたようで,喜ばしい限りです.こんな感じで,日々hel活を展開しています.
なぜ It rains. なのか,という今回の話題をめぐっては,絶対的な答えが示されているわけではありません.むしろ,この謎を題材として談義自体を楽しんでしまおうという趣旨の企画でした.コメント欄も,リスナーさんによる驚きの声で盛り上がっていますので,ぜひお読みください.
本ブログでは,関連する話題を以下の記事で取り上げてきました.
・ 「#4208. It rains. は行為者不在で「降雨がある」ほどの意」 ([2020-11-03-1])
・ 「#4210. 人称の出現は3人称に始まり,後に1,2人称へと展開した?」 ([2020-11-05-1]))
・ 「#4211. 印欧語は「出来事を描写する言語」から「行為者を確定する言語」へ」 ([2020-11-06-1])
また,収録のなかでも触れられていますが,khelf による『英語史新聞』第9号(2023年5月12日発行)の第1面下部でも「天候の it ってなんだ?」として取り上げられています.
優にあと30分は,皆で議論し続けられたと思います.おかげさまで「英語史ライヴ2024」のなかでも勢いのある番組となりました.
10月が始まりました.大学の新学期も開始しましたので,改めて「hel活」 (helkatsu) に精を出していきたいと思います.9月下旬には,知識共有サービス Mond にて10件の英語に関する質問に回答してきました.今回は,英語史に関する素朴な疑問 (sobokunagimon) にとどまらず進学相談なども寄せられました.新しいものから遡ってリンクを張り,回答の要約も付します.
(1) なぜ英語にはポジティブな形容詞は多いのにネガティヴな形容詞が少ないの?
回答:英語にはポジティヴな形容詞もネガティヴな形容詞も豊富にありますが,教育的配慮や社会的な要因により,一般的な英語学習ではポジティヴな形容詞に触れる機会が多くなる傾向がありそうです.実際の言語使用,特にスラングや口語表現では,ネガティヴな形容詞も数多く存在します.
(2) 地名と形容詞の関係について,Germany → German のように語尾を削る物がありますが?
回答:国名,民族名,言語名などの関係は複雑で,どちらが基体でどちらが派生語かは場合によって異なります.歴史的な変化や自称・他称の違いなども影響し,一般的な傾向を指摘するのは困難です.
(3) 現在完了の I have been to に対応する現在形 *I am to がないのはなぜ?
回答:have been to は18世紀に登場した比較的新しい表現で,対応する現在形は元々存在しませんでした.be 動詞の状態性と前置詞 to の動作性の不一致も理由の一つです.「現在完了」自体は文法化を通じて発展してきました.
(4) 読まない語頭以外の h についての研究史は?
回答:語中・語末の h の歴史的変遷,2重字の第2要素としてのhの役割,<wh> に対応する方言の発音,現代英語における /h/ の分布拡大など,様々な観点から研究が進められています.h の不安定さが英語の発音や綴字の発展に寄与してきた点に注目です.
(5) 言語による情報配置順序の特徴と変化について
回答:言語によって言語要素の配置順序に特有の傾向があり,これは語順,形態構造,音韻構造など様々な側面に現われます.ただし,これらの特徴は絶対的なものではなく,歴史的に変化することもあります.例えば英語やゲルマン語の基本語順は SOV から SVO へと長い時間をかけて変化してきました.
(6) なぜ come や some には "magic e" のルールが適用されないの?
回答:come,some などの単語は,"magic e" のルールとは無関係の歴史を歩んできました.これらの単語の綴字は,縦棒を減らして読みやすくするための便法から生まれたものです.英語の綴字には多数のルールが存在し,"magic e" はそのうちの1つに過ぎません.
(7) Let's にみられる us → s の省略の類例はある? また,意味が変化した理由は?
回答:us の省略形としての -'s の類例としては,shall's (shall us の約まったもの)がありました.let's は形式的には us の弱化から生まれましたが,機能的には「許可の依頼」から「勧誘」へと発展し,さらに「なだめて促す」機能を獲得しました.これは言語の主観化,間主観化の例といえます.
(8) 英語にも日本語の「拙~」のような1人称をぼかす表現はある?
回答:英語にも謙譲表現はありますが,日本語ほど体系的ではありません.例えば in my humble opinion や my modest prediction などの表現,その他の許可を求める表現,著者を指示する the present author などの表現があります.しかし,これらは特定の語句や慣用表現にとどまり,日本語のような体系的な待遇表現システムは存在しません.
(9) 英語史研究者を目指す大学4年生からの相談
回答:大学卒業後に社会経験を積んでから大学院に進学するキャリアパスは珍しくありません.教育現場での経験は研究にユニークな視点をもたらす可能性があります.研究者になれるかどうかの不安は多くの人が抱くものですが,最も重要なのは持続する関心と探究心,すなわち情熱です.研究会やセミナーへの参加を続け,学びのモチベーションを保ってください.
(10) 英語の人称代名詞における性別区分の理由と新しい代名詞の可能性は?
回答:1人称・2人称代名詞は会話の現場で性別が判断できるため共性的ですが,3人称単数代名詞は会話の現場にいない人を指すため,明示的に性別情報が付されていると便利です.現代では性の多様性への認識から,新しい共性の3人称単数代名詞が提案されていますが,広く受け入れられているのは singular they です.今後も要注目の話題です.
以上です.10月も Mond より,英語(史)に関する素朴な疑問をお寄せください.
「#5618. 早朝の素朴な疑問「千本ノック」 with 小河舜さん --- 「英語史ライヴ2024」より」 ([2024-09-13-1]) で紹介した,Voicy heldio の「早朝の素朴な疑問「千本ノック」 with 小河舜さん」にて,本編の40分30秒くらいから「study と student で <u> の部分の発音の仕方が異なるのはなぜですか?」という問いが取り上げられています.「#3295. study の <u> が短母音のわけ」 ([2018-05-05-1]) の説明では不十分ではないか,という指摘がありました.
上記「千本ノック」では手元に詳しい情報がない状態での即興の回答だったのですが,その後,詳しく調べてみると,いろいろと込み入った事情があるようです.study の第1音節母音が短母音であるのは,この単語がもともとはラテン語由来でありながら,フランス語を経由してきたという経緯が関与していそうです.
これについては,英語音韻史を書いた中尾 (339) に手がかりがあった.
F [= French] 借入語の音量:OF [= Old French] の母音は CL [= Classical Latin] の音量ではなく,VL [= Vulgar Latin] の閉音節では短く,開音節では長いという原則を受け継いだ.ME [= Middle English] の音組織は F 借入語を通してこの新しい型の音量をしばしば反映する.
ここで短母音になる具体的な音環境が3点ほど挙げられているのだが,その1つに「3音節動詞,名詞,形容詞の第1音節」がある(中尾,p. 340).動詞 study の中英語形 studien が,この項目の多数の例の1つとして挙げられている(赤字で示した).
(3) 3音節動詞,名詞,形容詞の第1音節:banisshen (=banish)/ravisshen (=ravish)/vanisshen (=vanish)/perishen (=perish)/finishen (=finish)/florisshen (=flourish)/norishen (=nourish)/publisshen (=publish)/punisshen (=punish)/travailen (=travail)/honouren (=honour)/visiten (=visit)/governen (=govern)/studien (=study)/family/salary/memory/remedy/misery/chalaundre (=calendar)/chapitre (=chapter)/sepulcre/oracle/miracle/ministre (=minister)/vinegre (=vinegar)/covenant/rethorik (=rhetoric)/bacheler (=bachelor)/charitee (=charity)/vanite (=vanity)/jolitee (=jollity)/povertee (=poverty)/libertee (=liberty)/trinitee (=trinity)/facultee (=faculty)/vavasour/amorous/casuel (=casual)/natural/general/lecherous/seculer (=secular)/diligent
動詞 study は,中英語では stud・ī・en のように3音節語でした.この場合,現代の2音節語 stu・dent とは異なり,第1音節が閉音節となるために問題の母音が短く保たれる,といった理屈となります.
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
9月8日(日)に Voicy heldio を通じて12時間ライヴ配信としてお届けした「英語史ライヴ2024」では,早朝から夕方まで様々な英語史の番組が組まれていました.早朝一番 6:30 からの番組は,標題の通りの「早朝の素朴な疑問「千本ノック」 with 小河舜さん」でした.55分間にわたり,小河舜さん(上智大学)と私が,英語に関する素朴な疑問に対し,主に英語史の観点から回答し議論しました.
「千本ノック」は heldio の人気シリーズではありますが,今回は「英語史ライヴ2024」という一大イベントを盛り上げるための火付け役の位置づけでしたので,早朝ながらもハイテンションでお届けしました.プレミアムリスナー(=ヘルメイト)3名をギャラリーとしてお迎えし,ギャラリーや生配信リスナーからの投げ込み質問にも答えるという形で,勢いのある55分間となったと思います.早朝から,のべ77名のリスナーにライヴでお聴きいただきましたが,この数には本当に驚きました.ありがとうございます.
以下,今回の千本ノックで取り上げた8件の素朴な疑問を,おおよその分秒とともに一覧します.お時間のあるときにお聴きいただければ.
(1) 09:02 --- なぜ英語の歌詞は日本語の歌詞よりも聞き心地がよいのですか?
(2) 15:20 --- cow/beef,pig/pork のように,生きている場合と食肉の場合とで違う単語が使われますが,chicken はどちらにも同じ単語を使えるのはなですか?
(3) 20:01 --- AIでは実現不可能な言語の性質ってなんでしょうか?
(4) 25:17 --- 基本的に英語では修飾語句は後ろからかかるのに、どうして1語の形容詞は前からかかるのですか?
(5) 30:20 --- 「give 人 物」という語順は「give 物 to 人」と書き換えられるとされますが,何か違いはありますか?
(6) 36:30 --- 「5W1H」について,なぜ how だけ <h> で始まるのですか?
(7) 40:30 --- study と student で <u> の部分の発音の仕方が異なるのはなぜですか?
(8) 44:22 --- 日本語の読点や英語のコンマには,付け方の決まりはあるのですか?
参考までに過去3回分の「千本ノック」のへのリンクを張っておきます.それより前の回については,senbonknock の記事をご参照ください.
・ 「#1054. 年度初めの「英語に関する素朴な疑問 千本ノック」生放送 with 小河舜さん」
・ 「#1069. 千本ノック(生放送) with 小河舜さん --- 陸奥四人旅 その2」
・ 「#1178. 千本ノック for 夏スク「英語史」」
9月が始まりました.8月14日の記事「#5588. ここ数日 Mond で5件の素朴な疑問に回答しました」 ([2024-08-14-1]) の後,8月後半に知識共有サービス Mond にて3件の素朴な疑問 (sobokunagimon) を取り上げました.最近のものから遡ってリンクを張ります.
(1) 最上級を用いた表現で「among 最上級」や「one of 最上級」がありますが,この翻訳として適切な表現をどうすべきでしょうか?
(2) disprove の dis- はどのような意味でしょうか?
(3) ヨーロッパの言語には男性名性,女性名詞などの性があります.名詞に性があることは,言語学上どのようなメリットがあるのでしょうか?
いずれも興味深い質問です.まず (1) について.日本語では「最も○○な」は原則として1つしかないと理解されるため,英語の「最も○○なものの1つ」という表現が意味不明(よくても翻訳調)です.これをどう考えればよいのか,という問いでした.私もかつて抱いたことのある話題でしたので,真正面から向き合ってみました.
(2) は接頭辞 dis- の多義性の問題です.最終的には「反対」や「否定」といっても様々ですよね,という議論なのですが,質問者の並々ならぬ問題意識が感じられ,私もタジタジしました.おもしろい視点だと思います.
(3) については,文法性 (grammatical gender) に関する話題で,Mond でもすでに何度か取り上げてきたトピックでした.しかし,今回の質問は「言語学的な機能は何か?」という踏み込んだものだったので改めて私も考えてみました.
「質問」のキモはやはり角度なのだなと,今回も実感しました.鋭い角度の「英語に関する素朴な疑問」をお待ちしています!
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