emplóyer (雇い主)に対して employée (雇われている人)というペアはよく知られている.appóinter/appointée, exáminer/examinée, páyer/payée, tráiner/trainée などのペアも同様で,それぞれの組で -er をもつ前者が能動的に動作主を,-ee をもつ後者が受動的に被動作主を表わす.
しかし,absentee (欠席者), escapee (脱走者), patentee (特許権所有者), refugee (避難民), standee (立見客)など,意味的に受け身とは解釈できない例も存在する.実際,standee と stander は同義ではないとしても,少なくとも類義ではある.-ee という接頭辞の働きはどのようなものだろうか.
-er は本来的な接尾辞(古英語 -ere)だが,-ee はフランス語から借用した接尾辞である.フランス語 -é(e) は動詞の過去分詞接尾辞であり,他動詞に接続すれば受け身の意味となった.これ自体はラテン語の第1活用の動詞の過去分詞接辞 -ātus に遡るので,communicatee, dedicatee, educatee, legatee, relocatee などでは同根の2つの接尾辞が付加されていることになる(-ate 接尾辞については,「#1242. -ate 動詞の強勢移行」 ([2012-09-20-1]) や「#1748. -er or -or」 ([2014-02-08-1]) を参照).
接尾辞 -ee の基本的な機能は,動詞語幹から人や有生物を表わす被動作主名詞を作ることである.他の特徴としては,接尾辞 -ee /ˈiː/ に強勢が落ちること,意志性の欠如という意味上の制約があること,法律用語として用いられる傾向が強いこと,などが挙げられる.法律という使用域 (register) についていえば,Anglo-Norman の法律用語 apelour/apelé から英語に入った appellor/appellee (上訴人/被上訴人)などのペアが嚆矢となり,後期中英語以降,基体の語源にかかわらず -or (or -er) と -ee による法律用語ペアが続々と生まれた.
被動作主とひとくくりにいっても,統語的には基体の動詞の直接目的語,間接目的語,前置詞目的語に相当するもの,さらに主語に相当するものや,動詞とは直接に関連しないものを含めて,様々な種類がある (Isozaki 5--6).examinee は "someone who one examines" で直接目的語に相当,payee は "someone to whom one pays something" で間接目的語に相当,laughee は "someone who one laughs at" で前置詞目的語に相当, standee と attendee は "someone who stands" と "someone who attends something" で主語に相当する.その他,変則的な種類として,amputee は "someone whose limb was amputated" と複雑な統語関係を示し,patentee, redundantee, biographee は名詞や形容詞を基体としてもつ.
この接尾辞について後期近代英語から現代英語へかけての通時的推移をみると,ロマンス系語幹ではなく本来語幹に接続する傾向が生じてきていること,standee のような動作主(主語)タイプが増えてきていることが指摘される.この潮流については,明日の記事で.
・ Isozaki, Satoko. "520 -ee Words in English." Lexicon 36 (2006): 3--23.
「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1]) の記事の最後の段落で,<j> (= <i>) = /ʤ/ の対応関係が生まれた背景について触れた.ラテン語から古フランス語への発展期に,有声硬口蓋接近音 [j] が有声後部歯茎破擦音 [ʤ] へ変化したという件だ.この音韻変化と「#1651. j と g」 ([2013-11-03-1]) の記事の内容に関連して,田中 (138--39) によくまとまった記述があったので,引用する(OED の記述もほぼ同じ内容).
6世紀少し前に,後期ラテン語において,上述の [j] 音はしばしば発声上圧縮され,前舌面および舌尖を [j] の位置よりさらに高めることによってその前に d 音を発生させ iūstus > d-iūstus, māior > mā-d-ior, [dj] を経て [ʤ] に assibilate された.一方 g の古い喉音は前母音の前で口蓋化して [ʤ] に変わっていたので,consonantal i と 'soft' g はロマンス諸語では同一の音価をもつようになった.
イタリア語では,consonantal i から発展した新しい音 [ʤ] は e, i の前には g,そして a, o, u の前には gi- によって書き変えられることになって,j の綴りは捨てられた.〔中略〕
しかし,フランス語では i 文字は発展した音価をもってそのまま保存され,従って consonantal i と 'soft' g は等値記号であり,その差異は語の起源によるだけである.
L OF It. ModE iūstus iuste giusto just iūdic-cem iuge giudice judge Iēsus Iesu Gesù Jesus māior maire maggiore major gesta geste gesto gest (jest)
Norman Conquest 後,consonantal i はその古代フランス語の音価 [ʤ] をもって英語に輸入された.フランス語ではその後 [ʤ] はその第一要素を失って [ʒ] に単純化されたが,英語は今日に至るまでフランス起源の語においてその原音を保存している.
加えて,アルファベット <J> の呼称 /ʤeɪ/ について,田中 (141) の記述を引用しておこう.
J は古くは jy [ʤai] と呼ばれて左どなりの同族文字 I [ai] と押韻し,そしてフランス名 ji と呼応した.この呼び名は今でもスコットランドその他において普通である.近代イギリス名(17世紀)ja あるいは jay [ʤei] は,その a [ei] を右どなりの k に負う (O. Jespersen, B. L. Ullman) .ドイツ名 jot [jɔt] は,16世紀に j が初めて i から分化した時,セム名 yōd から取られた.
・ 田中 美輝夫 『英語アルファベット発達史 ―文字と音価―』 開文社,1970年.
中英語後期の,フランス語に対する英語の復権について,本ブログでは reestablishment_of_english の各記事で話題にしてきた.同じ頃,お隣のフランスでは,ラテン語に対するフランス語の復権が起こっていた.つまり,中世末期,イングランドとフランスの両国(のみならず実際にはヨーロッパ各国)で,相手にする言語こそ異なれ,大衆の言語 (vernacular) が台頭してきたのである.
中世後期のフランスで,フランス語がいかに市民権を得てきたか,行政・司法に用いられる言語という観点から概説しよう.中世フランスでは,行政・司法の言語としてラテン語が一般的であったことは間違いないが,13世紀中からフランス語の使用も始まっていた.特に Charles IV の治世 (1322--28) において行政・司法におけるフランス語の使用は,安定したものとはならなかったものの,進展した.その後14世紀末からは,フランス王国のアイデンティティと結びついた国語として,フランス語の存在感が確かに認められるようになってゆく.そして,ついに1539年8月15日,行政・司法におけるフランス語に,決定的なお墨付きが与えられることとなった.フランス語史上に名高いヴィレ・コトレの勅令 (l'ordonnance de Villers-Cotterêts) である.「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1]) で触れたように,それまで法曹界はラテン語とフランス語の2言語制で回っていたが,フランソワ1世 (Francis I; 1494--1547) が行政・司法でのラテン語使用を廃止したのである.Perret (47) より,勅令の関係する箇所を引こう.
L'ordonnance de Villers-Cotterêts (1539) Articles 110 et 111
«Et afain qu'il n'y ait cause de douter sur l'intelligence desdits arrests, nous voulons et ordonnons qu'ils soient faits et escrits si clairement, qu'il n'y ait ne puisse avoir aucune ambiguïté ou incertitude, ne lieu à demander interprétation.
Et pour ce que de telles choses sont souvent advenues sur l'intelligence des mots latins contenus esdits arrests, ensemble toutes autres procédures, [...] soient prononcez, enregistrez et delivrez aux parties en langaige maternel françois et non autrement.»
この勅令は,ラテン語を扱えない官吏の業務負担を減らすためという実際的な目的もあったが,フランス語をフランスの国語として制定するという意味合いがあった.その後の歴史において,フランスは他言語や非標準方言を退け,標準フランス語の普及と拡大に突き進んでゆくが,その最初の決定的な一撃が1539年に与えられたことになる.実際に,17世紀中にこの勅令の内容は拡大し,フランス革命後も堅持されたことはいうまでもない.
一方,イングランドにおける英語の復権は,「#131. 英語の復権」 ([2009-09-05-1]) や「#706. 14世紀,英語の復権は徐ろに」 ([2011-04-03-1]) で示したように,あくまで徐々に進んでいった.確かに,「#324. 議会と法廷で英語使用が公認された年」 ([2010-03-17-1]) である1362年のような,英語の復権を象徴する契機はあるにはあるが,ヴィレ・コトレの勅令のような1つの決定的な出来事に相当するものはない.
近代ではイングランド,フランスともに標準語を巡る問題,規範の議論が持ち上がったが,諸問題への対処法や言語政策は両国間で大きく異なっていた.その差異の起源は,すでに中世後期における土着語の復権の仕方そのものにあったように思われる.
・ Perret, Michèle. Introduction à l'histoire de la langue française. 3rd ed. Paris: Colin, 2008.
フランス語は英語の語彙や綴字には大きな影響を及ぼしてきたが,英文法に及ぼした直接の影響はほとんどないといわれる.「#1208. フランス語の英文法への影響を評価する」 ([2012-08-17-1]) で論じたように,間接的な影響ということでいえば,「#1171. フランス語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-11-1]) で取り上げた問題はおおいに議論に値するが,統語や形態へのフランス語の影響はほとんどないといってよい.数少ない例の1つとして,「#204. 非人称構文」 ([2009-11-17-1]) の記事でみたように,中英語期中の非人称動詞および非人称構文の増加はフランス語に負っていることが指摘されるが,せいぜいそれくらいのものだろう.
しかし,もう1つ,ときにフランス語からの文法的な影響として指摘される項目がある.One should always listen to what other people say. のように用いられる,不定代名詞 one である.これが,対応するフランス語の不定代名詞 on (< L homo) の借用ではないかという議論だ.最近では,Millar (126) が,次のように指摘している.
What is noteworthy about these large-scale French-induced changes is that they are dependent upon the massive lexical borrowing. Other structural changes not connected to this are limited (and also contested), such as the origin of the Modern English impersonal pronoun one in the ancestor of Modern French on.
OED の one, adj., n., and pron. によると,フランス語影響説は必ずしも妥当ではないかもしれない旨が示唆されている.
The use as an indefinite generic pronoun (sense C. 17), which replaced ME pron.2, MEN pron. in late Middle English, may have been influenced by Anglo-Norman hom, on, un, Old French, Middle French on (12th cent.; mid 9th cent. in form om ; French on; ultimately < classical Latin homō: see HOMO n.1), though this is not regarded as a necessary influence by some scholars.
C. 17 に挙げられている初例は,MED ōn (pron) の語義2からの初例を取ったものである.
a1400 (a1325) Cursor Mundi (Vesp.) 1023 (MED), Of an [a1400 Gött. ane; a1400 Trin. Cambr. oon] qua siþen ete at þe last, he suld in eild be ai stedfast.
Mustanoja (223--24) が,後期中英語における one のこの用法の発生について,まとまった議論を展開している.やや長いが,すべて引用しよう.
'ONE.' --- The origin of the one used for the indefinite person has been the subject of some scholarly dispute. Some grammarians believe that it developed from the indefinite one (originally a numeral . . .) meaning 'a person,' just as man expressing the indefinite person developed from man meaning 'a human being.' It has also been suggested that the one used for the indefinite person is in reality French on (from Latin homo), though influenced by the native indefinite one. This view, first expressed by R. G. Latham (The English Language, Vol. II, London 1855), has been more recently advocated by G. L. Trager and H. Marchand . . . . The case of those who maintain that one is a direct loan from French is, however, somewhat weakened by the fact that in the two earliest known instances of this use one occurs as an object of the verb and as an attributive genitive ('possessive dative'); one of these is doo thus fro be to be; thus wol thai lede oon to thaire dwelliyng place (Pall. Husb. v 181). The earliest examples of one as an indefinite subject are recorded in works of the late 15th century: --- he herde a man say that one was surer in keping his tunge than in moche speking, for in moche langage one may lightly erre (Earl Rivers Dicts 57); --- every chambre was walled and closed rounde aboute, and yet myghte one goo from one to another (Caxton En. 117). It is not until the second half of the 16th century that the use of one in this sense becomes common.
From all we know about the first appearance and the subsequent development of one expressing the indefinite person it seems that this use arose as a synthesis of native one and French on. This view is further supported by the fact that in Anglo-Norman the spelling un is used not only for the numeral un but also for the indefinite person, as in the proverb un vout pendre par compaignie.
標記の問題は,いまだ決着がついていない.
・ Millar, Robert McColl. English Historical Sociolinguistics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2012.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
「#81. once や twice の -ce とは何か」 ([2009-07-18-1]) の記事で,once, twice の -<ce> は語源的には属格語尾の -s を表わすが,フランス語の綴字習慣を容れて置き換えたものであると述べた.他に hence, thence も同様だし,語源的に複数語尾の -s を表わした pence のような例もある.また,ice, mice などの本来語の語根の一部を表わす /s/ ですら,垢抜けた見栄えのするフランス語的な -<ce> で綴られるようになった.何としても /s/ を <ce> で表わしたいという思いの強さが伝わってくるような例の数々である.
だが,Horobin (88) が指摘しているように,この -<ce> は妙な分布を示している.上記の通り現代英語で複数形 mice は -<ce> を示すが,単数形 mouse では本来語的な -<se> の綴字が保持されている.louse -- lice も同様だ.単複のあいだにこの綴字習慣が共有されていないというのが気になるところである.とりわけ -<ice> という綴字連鎖が好まれるということのようだ.
それでは,-<ice> をもつ語を洗いざらい調べてみよう.OALD8 より該当する語(複合語は除く)を拾い出すと62語が得られた.上記の ice, lice, mice を除きほとんどがフランス語起源だが,このうち語源形において問題の子音が <s> で綴られていたものは以下の22語である.
advice, apprentice, choice, coppice, cowardice, device, dice, juice, lattice, liquorice, poultice, price, pumice, rejoice, rice, service, sluice, splice, suffice, surplice, vice, voice
例えば,advice はフランス語 avis に対応するので,英語側で -<is> → -<ice> が生じたことになる(advice については,「#1153. 名詞 advice,動詞 advise」 ([2012-06-23-1]) を参照).同様に,rice は古フランス語の ris (現代フランス語では riz)に対応したので,やはり英語側で -<is> → -<ice> と刷新した.現代フランス語の標準的な綴字と異なるものもあり,フランス語側での綴字変化も考慮に入れる必要はあるが,それでも英語として,いかにもフランス的な外見を示す -<ice> で定着してきたことが興味深い.
この英語側の行動は,一種の過剰修正 (hypercorrection) と呼んでいいだろう.当然ながらこの過剰修正は一貫して起こったわけではないため,英語の綴字体系にもう1つの混乱がもたらされることとなった.ただし,-<ce> は /z/ ではなく /s/ を一意に表わすことができるという点で,両音を表わしうる -<se> よりも機能的とは言える.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]) で見たとおり,英語史では,ノルマン・コンクェスト以降,フランス借用語の流入が絶えた時期はない.14世紀,16世紀を2つのピークとして近代以降は相対的に流入は少なめだが,現在に至るまでフランス借用語は英語の語彙に着実に貢献してきている.
時代ごとのフランス借用語の特徴や一覧については,「#1210. 中英語のフランス借用語の一覧」 ([2012-08-19-1]),「#1291. フランス借用語の借用時期の差」 ([2012-11-08-1]),「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]),「#1411. 初期近代英語に入った "oversea language"」 ([2013-03-08-1]),「#678. 汎ヨーロッパ的な18世紀のフランス借用語」 ([2011-03-06-1]),「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]) などで取り上げてきたが,今回は Crystal (460) に掲載されている18--20世紀のフランス借用語の抜粋を示そう.
[18th century loanwords]
bouquet, canteen, clique, connoisseur, coterie, cuisine, debut, espionage, etiquette, glacier, liqueur, migraine, nuance, protégé, roulette, salon, silhouette, souvenir, toupee, vignette
[19th century loanwords]
acrobat, baroque, beige, blouse, bonhomie, café, camaraderie, can-can, chauffeur, chef, chic, cinematography, cliché, communism, croquet, debutant, dossier, en masse, flair, foyer, genre, gourmet, impasse, lingerie, matinée, menu, morgue, mousse, nocturne, parquet, physique, pince-nez, première, raison d'être, renaissance, repertoire, restaurant, risqué, sorbet, soufflé, surveillance, vol-au-vent, volte-face
[20th century loanwords]
art deco, art nouveau, u pair, auteur, blasé, brassiere, chassis, cinéma-vérité, cinematic, coulis, courgette, crime passionnel, détente, disco, fromage frais, fuselage, garage, hangar, limousine, microfiche, montage, nouvelle cuisine, nouvelle vague, questionnaire, tranche, visagiste, voyeurism
借用語の分野としては,18世紀は社会制度・習慣,19世紀は芸術,食物,衣類,20世紀は新芸術,技術が特徴的だろうか.数だけでいえば,後期近代におけるフランス借用語のピークは19世紀にあるとみてよいだろう.
なお,21世紀のフランス借用語について OED を検索したところ,parkour, traceur の2語だけがヒットした.前者は2002年が初出で,"The discipline or activity of moving rapidly and freely over or around the obstacles presented by an (esp. urban) environment by running, jumping, climbing, etc." と定義される.後者は2003年が初出で,"A person who participates in parkour" とのこと.英語にとっては腐れ縁ともいえるフランス語からの借用は,21世紀も続いてゆく・・・.
・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
語源かぶれの綴字 (etymological_respelling) について,「#116. 語源かぶれの綴り字 --- etymological respelling」 ([2009-08-21-1]) や「#192. etymological respelling (2)」 ([2009-11-05-1]) を始めとして多くの記事で取り上げてきた.中英語後期から近代英語初期にかけて,幾多の英単語の綴字が,主としてラテン語の由緒正しい綴字の影響を受けて,手直しを加えられてきた.ラテン語への心酔にもとづくこの傾向は,しばしば英国ルネサンスの16世紀と結びつけられることが多い.確かに例を調べると16世紀に頂点を迎える感はあるが,実際には中英語期から散発的に例が見られることは注意しておくべきである.また,同じ傾向はお隣のフランスで,おそらくイングランドよりも多少早く発現していたことも銘記しておきたい.このことについては,「#653. 中英語におけるフランス借用語とラテン借用語の区別」 ([2011-02-09-1]) の記事で少し触れた.
フランスでは,13世紀後半辺りに,ラテン語の語源的綴字からの干渉を受け始めたようだが,ブリュッケル (77) によれば,そのピークはやはり16世紀だという.
フランス語の単語をそれらの語源語またはそれらの自称語源語に近づけようというこうした関心は16世紀に頂点に達する.例えば,ある数のフランス語の単語の歴史において,r の前で a と e の選択に躊躇をする一時期があり,その時期は,実際には,15世紀から17世紀にまで拡がっていることが知られている.元の母音が復元されたのは古いフランス語の形にしたがってではなく,語源語であるラテン語にしたがってであることが確認される.armes 〔武器〕はその a を arma に,semon 〔説教〕はその e を(sermo の対格である)sermonem に負っている.さらには,中世と16世紀初頭において識られている唯一の形である erres 〔担保,保証〕はカルヴァンの作品においては arres に置き代えられ,のちになって arrhes がそれにとって代わることになるが,それらの相次ぐ二つの置き代えはまさに語源語である arrha に基づいてなされた.
フランス語史と英語史とで,ラテン語にもとづく語源かぶれの綴字が流行した時期が平行していることは,それほど驚くことではないかもしれない.しかし,英語史研究で語源かぶれの綴字が問題とされる場合には,当然ながら語源語となったラテン語の綴字のほうに強い関心が引き寄せられ,フランス語での平行的な現象には注意が向けられることがない.両言語の傾向のあいだにどの程度の直接・間接の関係があるのかは未調査だが,その答えがどのようなものであれ,広い観点からアプローチすることで,この英語史上の興味深い話題がますます興味深いものになる可能性があるのではないかと考えている.
・ シャルル・ブリュッケル 著,内海 利朗 訳 『語源学』 白水社〈文庫クセジュ〉,1997年.
イギリス人の習性として,何事にも列を作るということがしばしば言われる.例えば,NTC's Dictionary of Changes in Meanings によると,George Mikes は How to Be an Alien (1946) のなかで,"Queueing is the national pastime of an otherwise dispassionate race. The English are rather shy about it, and deny that they adore it" と評している.
イギリス人のこの習性を反映し,いかにもイギリス英語的と言うべき語が上にも出た「行列(を作る)」を意味する queue である.アメリカ英語ではこの意味では line を用いるのが普通である.先日,オーストラリアに出かけていたが,そこでは予想通りイギリス的な queue が用いられている.queue がイギリス英語的であることを具体的に確認すべく,「#1730. AmE-BrE 2006 Frequency Comparer」 ([2014-01-21-1]) や「#1739. AmE-BrE Diachronic Frequency Comparer」 ([2014-01-30-1]) に,^queu(e[sd]?|ing)$ と入れて検索してみると,統計的に検定するまでもなく,明らかに分布はイギリス英語への偏りを示す.AmE-BrE 2006 Frequency Comparer による検索結果を以下に掲げておこう.
ID | WORD | FREQ | TEXTS | RANK | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
AME_2006 | BRE_2006 | AME_2006 | BRE_2006 | AME_2006 | BRE_2006 | ||
1 | queue | 2 | 19 | 2 | 12 | 26348 | 5149 |
2 | queued | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 39987 |
3 | queues | 0 | 9 | 0 | 9 | 0 | 8971 |
4 | queuing | 0 | 9 | 0 | 9 | 0 | 8972 |
「#841. yod-dropping」 ([2011-08-16-1]) 及び「#1562. 韻律音韻論からみる yod-dropping」 ([2013-08-06-1]) の記事で,/juː/ が /uː/ へ変化している音韻過程をみた.だが,この音韻過程の入力である /juː/ はいつどのように発生したのだろうか.
調べてみると,時期としては初期近代英語のことらしい./juː/ は,先立つ /ɪʊ/ が強勢推移を起こして上昇2重母音 (rising diphthong) となったものと考えらるが,この /ɪʊ/ 自体は,中英語における (1) /ɛʊ/ の第1構成素の上げに由来するものと,(2) フランス語 /yː/ を置換したものを含む /ɪʊ/ の継続によるものとに区別される.中尾 (171, 291) より,単語例を示そう.
(1) beauty, dew, deuce, ewe, ewer, few, fewter (the rest for a lance), feud, hew, lewd, mew, neuter, newt, Newton, pew, pewter, sewer, shew, strew, spew, sleuth, shrew, sew (juice), shrewd, thew (custom)
(2) allude, accuse, ague, adieu, allusion, brew, blue, blew (pt.), bruise, brute, clew, chew, cube, conclude, confuse, cruel, confusion, crew, due, drew, duke, excuse, eschew, fruit, flute, fume, funeral, fluid, fuel, grew, glue, humor, hue, humility, issue, Jew, jewel, juice, June, July, jute, knew, lunatic, lute, leeward, lieu, luminous, minute, Mathew, mutilate, new, newel, pseudonym, puny, prune, prudent, plume, rude, rule, refute, refuse, ruin, rumour, refuse (n.), rue, ruth, resolution, ModE shugar (sugar), ModE shue (sue), ModE shure (sure), sinew, ModE shute (suit), salute, solution, tulip, truce, threw, true, truth, Tuesday, tunic, tune, u, use, union, usage, usuary, usurer, view, yew, youth; ModE aventure, aventurous, creature, measure, nature, virtue, fortune, rescue, nephew, multitude, Hebrew, eschew, deluge, curfew, Andrew, absolute, ambiguous, Bartholomew
/ɪʊ/ から /juː/ への変化は,「語頭では1560年ごろから始まり1640年ごろにはかなり普通となる」(中尾,p. 290).その後も揺れは続いたが,18世紀には確立したようだ.
なお,/r/ が後続する /juːr/ は,同様に中英語の /ɪʊr/, /ɛʊr/ に由来し,次のような語を含む.cure, curate, curio, curious, curiosity, conjure, dure, endure, Europe, ewer, fury, figure, immure, jury, lure, luxurious, mature, measure, nature, natural, obscure, pure, purity, procure, plural, premature, secure, sure, surety sewer, your.
関連して「#199. <U> はなぜ /ju:/ と発音されるか」 ([2009-11-12-1]) の記事も参照.とりわけ shew の音声と綴字の発達については「#1415. shew と show (1)」 ([2013-03-12-1]) を参照.
・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
英語史における語頭の <h> を巡る問題は,それ自体が歴史をもっている.英語史において語頭の <h> は実際に発音されてきたのか,それとも発音されてこなかったのか.発音されなかったとすると,どの時代に,どの変種で発音されなかったのか.そして,いつどのようにして標準変種では <h> が発音 [h] として「復活」したのか.その音韻論的位置づけはどうなっているのか.フランス借用語などによる影響はあったのか,なかったのか.解決していない問題が山積みである.
語頭の <h> の研究史上,最も古い説は,今では「アングロ・ノルマン写字生の神話」と呼ばれている仮説である(「#1238. アングロ・ノルマン写字生の神話」 ([2012-09-16-1]) を参照).この説によれば,語頭の <h> は常に発音 [h] として実現されてきた.基本的には <h> = [h] の関係は,中英語を含む英語史の全時代にわたって維持されてきた.中英語によく見られる <h> に関する綴字の誤りは,英語を理解しないアングロ・ノルマン写字生により導入されたものにすぎず,英語史において [h] が消失したことを示す証拠とはなりえない,とする.この説に関して,Crisma (Were 51) が明快に要約しているので,引用する.
[T]he traditional view . . . is that [h]- was preserved before vowels throughout ME, though it could be dropped in words bearing weak stress, such as pronouns and forms of auxiliary have. Spelling errors involving <h>- are noted, but they are not considered sufficient evidence for [h]- loss, being dismissed by attributing them to '(Anglo-)Norman' scribes. The general validity of this treatment of errors, however, has been very convincingly questioned by Clark . . ., who labels it as a 'myth'.
現在では「アングロ・ノルマン写字生の神話」説は受け入れられていない.そこで,新しい仮説が現れた.中英語期に語頭の <h> は綴字としては旧来通りに残っていたが,発音としては消失したというものである.語頭の <h> の綴字を巡る誤りが頻繁であること,Pearl-poet などで <h> で始まる語と母音で始まる語が頭韻を踏む例があること,Chaucer などで語末の <e> の脱落に関して,後続する語頭の <h> と母音が同じ振る舞いを示すことなどから,語頭の [h] は発音としては失われていたと解釈すべきだという議論である.現在ではすでに伝統的となっている仮説だが,「#1675. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ (2)」 ([2013-11-27-1]) でも問題として取り上げたとおり,もし中英語期での消失を仮定すると,近代英語期でのほぼ完全なる「復活」をどのように説明するかという難問が生じる.Crisma (Were 52) もこの難点を指摘している.
Assuming an early and widespread loss of word-initial [h]- poses the problem of how to account for its eventual restoration. It seems dubious that this might have happened 'mainly via spelling and the influence of the schools' (Lass, 1992: 62), first because [h], if it was really generally lost at some point, was re-established without errors in all native words, which would be a spectacular success indeed.
語頭の [h] は消失したのか,しなかったのか.次いで,この問題を巡って折衷的な仮説が現れた.Milroy, J. ("On the Sociolinguistic History of /h/-Dropping in English." Current Topics in English Historical Linguistics. Ed. M. Devenport, E. Hansen, and H. -F. Nielsen. Odense: Odense UP, 1983. 37--53) は,語頭の [h] が消失した変種と消失しなかった変種があり,両変種が文体的な変異として話者個人のなかに共存していたと考えた.これによれば,近代英語期の語頭の [h] の復活も大きな問題とはならない.
現在,この折衷路線は,異なった形ではあるが,Paola Crisma や Julia Schlüter などの研究者が推進している.
・ Crisma, Paola. "Were They 'Dropping their Aitches'? A Quantitative Study of h-Loss in Middle English." English Language and Linguistics 11 (2007): 51--80.
・ Crisma, Paola. "Word-Initial h- in Middle and Early Modern English." Phonological Weakness in English: From Old to Present-Day English. Ed. Donka Minkova. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2009. 130--67.
・ Schlüter, Julia. "Consonant or 'Vowel'? A Diachronic Study of Initial <h> from Early Middle English to Nineteenth-Century English." Phonological Weakness in English: From Old to Present-Day English. Ed. Donka Minkova. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2009. 168--96.
英語史における /h/ の不安定性について h の各記事で扱ってきたが,今回は語頭の /h/ の歴史について,Crisma の論文を読んでみた.
この問題について従来唱えられてきた説の1つに次のようなものがある.語頭の /h/ は音としては中英語期に完全に消えたが,近代英語期に標準変種で復活を果たしたというものだ.だが,Crisma (136--37) は以下の3点を指摘しつつ,この説を批判している.
(1) この説によると,後の /h/ の復活は綴字発音 (spelling_pronunciation) の原理によるものということになるが,少なくともすべての本来語において復活した事実を考えれば,復活の完璧さと徹底ぶりは信じがたいほどである(「#1292. 中英語から近代英語にかけての h の位置づけ」 ([2012-11-09-1]) を参照).通常,綴字発音はここまで体系的には作用せず,単語ごとに単発で生じることが多い.
(2) 綴字発音の原理の作用と想定されている現象は,フランス借用語においては,効き始める時期が遅かった.なかには効き目が現れずに後の標準変種に残った heir, honest, honour, hour などの語も散見される.完全消失→完全復活という仮説では,フランス借用語と本来語の振る舞いの違いを説明できない.
(3) 近代英語期の /h/ の完全復活は /h/ を保っていた北部方言からの影響であると考える説もあるが,そもそもなぜ北部方言が標準変種に影響を与えうるのかが分からない.
代案として Crisma が唱えているのは,具体的な議論は込み入っているが,一言で次のようにまとめられるだろう.中英語において,語頭の /h/ は消えたわけではなく,基底に確たるものとして存在していた /h/ が,複雑に絡みあう条件のもとで,予期される [h] ではなく [φ] として実現された,ということである.Crisma は,中英語と近代英語のコーパスを駆使して,h で始まる語に先行する不定冠詞 a vs an の分布および所有形容詞 my/thy vs myn(e)/thyn(e) の分布を詳細に調査し,その調査結果を最適性理論 (Optimality Theory) で分析した.最適性理論は,淵源に生成文法の思想があり,深層(入力)と表層(出力)を区別する理論である.単純に /h/ が消失したとみるのではなく,入力には /h/ があったけれども出力としては [φ] となるものがあったと議論するのである.Crisma (158) の結論部を引用して,新説の要約としよう.
To sum up, I propose that the distribution of the different forms of the indefinite article and of the 1st and 2nd person singular possessive pronouns can be captured in its diachronic development in Middle and Early Modern English assuming that the phonetic realization of the phoneme /h/- became at some point `disliked' in the grammar of the language. This dislike results in its inability to surface in a series of contexts, which vary along time because of the slight differences in the interaction with other constraints on the well-formedness of the phonetic output. This proposal is empirically superior to theories failing to distinguish between true /h/-loss and a (sic) the coexistence of a lexical /h/-ful underlying representation with a contextually-bound [h]-less phonetic output, and therefore unable to account for the complex and apparently contradictory evidence.
・ Crisma, Paola. "Word-Initial h- in Middle and Early Modern English." Phonological Weakness in English: From Old to Present-Day English. Ed. Donka Minkova. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2009. 130--67.
昨日の記事「#1667. フランス語の影響による形容詞の後置修飾 (1)」 ([2013-11-19-1]) の続編.英語史において,形容詞の後置修飾は古英語から見られた.後置修飾は中英語では決して稀ではなかったが,初期近代英語期の間に前置修飾が優勢となった (Rissanen 209) .Fischer (214) によると,Lightfoot (205--09) は,この歴史的経緯を踏まえて Greenberg 流の語順類型論に基づく含意尺度 (implicational scale) の観点から,形容詞後置 (Noun-Adjective) の語順の衰退は,SOV (Subject-Object-Verb) の語順の衰退と連動していると論じた.つまり,SVO が定着しつつあった中英語では同時に形容詞後置も発達していたのだというのである.(SVOの語順の発達については,「#132. 古英語から中英語への語順の発達過程」 ([2009-09-06-1]) を参照.)
しかし,中英語の形容詞の語順の記述研究をみる限り,Lightfoot の論を支える事実はない.例えば,Sir Gawain and the Green Knight では,8割が形容詞前置であり,後置を示す残りの2割のうち2/3の例が韻律により説明されるという.また,予想されるとおり,散文より韻文のほうが一般的に多く後置修飾を示す.さらに,後置修飾の形容詞は,フランス語の "learned adjectives" (Fischer 214) であることが多かった (ex. oure othere goodes temporels, the service dyvyne) .つまり,修飾される名詞とあわせて,これらの表現の多くはフランス語風の慣用表現だったと考えるのが妥当のようである.
中英語におけるこの傾向は,初期近代英語にも続く.Rissanen (208) は次のように述べている.
The order of the elements of the noun phrase is freer in the sixteenth century than in late Modern English. The adjective is placed after the nominal head more readily than today . . . . This is probably largely due to French or Latin influence: most noun + adjective combinations contain a borrowed adjective and the whole expression is often a term going back to French or Latin.
この時期からの例としては,a tonge vulgare and barbarous, the next heire male, life eternall などを挙げている.初期近代英語期の間にこの語順が衰退してきたという大きな流れはいくつかの研究 (Rissanen 209 を参照)で指摘されているが,テキストタイプや個々の著者別に詳細に調査してゆく必要があるかもしれない.昨日の記事でも触れたように,フランス語が問題の語順に与えた影響は,限られた範囲においてではあるが,現代英語でも生産的である.形容詞後置の問題は,英語史上,興味深いテーマとなるのではないか.
・ Fischer, Olga. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 207--408.
・ Rissanen, Matti. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 187--331.
・ Lightfoot, D. W. Principles of Diachronic Syntax. Cambridge: CUP, 1979.
現代英語では,通常,限定用法の形容詞は名詞の前に置かれるが,名詞の後に置かれる例も意外と多くある.形容詞の後置修飾には以下のような様々な種類が認められる.
(1) 不定代名詞の -thing, -body, -one: ex. something strange, nobody else, everything possible; cf. all things English
(2) all, any, every, 最上級を伴う -able, -ible: ex. every means imaginable, the latest information available
(3) フランス語などの影響を受けた慣用的語法: ex. the sum total, from time immemorial, the devil incarnate, bloody royal
(4) 固有名詞を区別する語法: ex. Elizabeth the Second, Asia Minor, Hotel Majestic
(5) 修飾語を伴って長くなる場合: ex. a friend worthy of confidence, a meal typical of Japan
(6) 叙述用法に近い場合: ex. all the people present, the authorities concerned, the person opposite
(7) 動詞的性質をもつ分詞形容詞: ex. the people arrested, the best car going
(8) 強調・対照・リズムの関係: ex. America, past and present
(9) その他の慣用的語法: ex. on Monday next, for ten years past, me included, Poet Laureate, B flat/sharp/major/minor, Longman Group Limited/Ltd (UK), Hartcourt Brace Jovanovich, Incorporated/Inc (US)
今回注目したいのは (3) のフランス語の影響を受けた慣用的な表現である.Quirk et al. (Section 7.21) によれば,"institutionalized expressions (mostly in official designations)" として次のような例が挙げられている.
・ attorney general
・ body politic
・ court martial
・ from time immemorial
・ heir apparent
・ notary public
・ postmaster general
・ the president elect ['soon to take office']
・ vice-chancellor designate
これらの表現は慣用表現であるから,通常は分析されずに複合語のようにみなされている.とりわけ法律用語については,「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]) を参照.
英語史の観点から特に重要なのは,Quirk et al. (Section 7.21) の次の注記である.エリザベス朝で流行した語法とは興味深い指摘だが,確認と調査が必要だろう.
The postpositive adjective, as in the president elect and vice-chancellor designate, reflects a neoclassical style based on Latin participles and much in vogue in Elizabethan times.
フランス語の影響による形容詞後置としてはエリザベス朝よりもずっと新しいものと思われるが,料理の分野に特有の "postposed 'mode' qualifier" と呼ばれる種類もある (Section 17.60) .
Postposed 'mode' qualifier: Lobster Newburg
There is another French model of postposition in English that we may call postposed 'mode' qualifier, as in Lobster Newburg. Though virtually confined to cuisine (rather than mere cooking), it is moderately productive within these limits, perhaps especially in AmE. In BrE one finds veal paprika and many others, but there is some resistance to this type of postposition with other than French lexical items, as in páté maison, sole bonne femme. Nevertheless (perhaps partly because, in examples like the latter, the French and English head nouns are identical), the language has become receptive to hybrids like poached salmon mayonnaise, English scallops provencal.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
フランス語借用の爆発期は「#117. フランス借用語の年代別分布」 ([2009-08-22-1]) で見たように14世紀である.このタイミングについては,「#1205. 英語の復権期にフランス借用語が爆発したのはなぜか」 ([2012-08-14-1]) や「#1209. 1250年を境とするフランス借用語の区分」 ([2012-08-18-1]) の記事で話題にしたように,イングランドにおいて英語が復権してきた時期と重なる.それまでフランス語が担ってきた社会的な機能を英語が肩代わりすることになり,突如として大量の語彙が必要となったからとされる.フランス語を話していたイングランドの王侯貴族にとっては,英語への言語交替 (language shift) が起こっていた時期ともいえる(「#1540. 中英語期における言語交替」 ([2013-07-15-1]) を参照).
一方,ラテン語借用の爆発期は,「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]) や「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) で見たように,16世紀後半を中心とする時期である.このタイミングは,それまでラテン語が担ってきた社会的な機能,とりわけ高尚な書き物の言語にふさわしいとされてきた地位を,英語が徐々に肩代わりし始めた時期と重なる.ルネサンスによる新知識の爆発のために突如として大量の語彙が必要になり,英語は追いつけ,追い越せの目標であるラテン語からそのまま語彙を借用したのだった.このようにラテン語熱がいやましに高まったが,裏を返せば,そのときまでに人々の一般的なラテン語使用が相当落ち込んでいたことを示唆する.イングランド知識人の間に,ある意味でラテン語から英語への言語交替が起こっていたとも考えられる.
つまり,フランス語とラテン語からの大量語彙借用の最盛期は異なってはいるものの,共通項として「英語への言語交替」がくくりだせるように思える.ここでの「言語交替」は文字通りの母語の乗り換えではなく,それまで相手言語がもっていた社会言語学的な機能を,英語が肩代わりするようになったというほどの意味で用いている.この点を指摘した Fennell (148) の洞察の鋭さを評価したい.
As is often the case when use of a language ceases (as French did at the end of the Middle English period), the demise of Latin coincides with the borrowing of huge numbers of Latin words into English in order to fill perceived gaps in the language.
・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
9月12日に「素朴な疑問」コーナーで次のような質問をいただいた.「#1597. star と stella」 ([2013-09-10-1]) を受けて,同じ [r] と [l] の交替に関する質問である.
uca 2013-09-12 02:50:55
先日のトピックで羅stellaと英starの関係について触れられていましたが,さらに疑問に感じたことがあります.それは,仏titreと英titleの関係です.これにはどういう経緯があったのでしょうか.ラテン語ではtitulusなので,この変化はあくまでフランス語内での変化なのでしょうか.ご教授いただければ幸いです.
英語の title に対してフランス語は確かに titre である.語源をひもとくと,印欧祖語 *tel- (ground, floor, board) に遡る.この語根の加重形 (reduplication) をもとに印欧祖語 *titel- が再建されており,これが文証されるラテン語 titulus (inscription, label) へ発展したとされる.「平な地面や板に刻んだもの」ほどの原義だろう.ここから「銘(文),説明文,表題」などの語義が,すでにラテン語内で発達していた.このラテン語形は,古フランス語 title として発展し,これが英語へ借用された.初出は14世紀の初め頃である.ただし,古英語期に同じラテン語形を借用した titul が用いられていたことから,中英語の tītle は,この古英語形から発達したものと解釈する OED のような立場もある.いずれにせよ,英語では一貫して語源的な [l] が用いられていたことは確かである.
すると,現代フランス語 titre の [r] は,フランス語史の内部で説明されなければならないということになる.英語やフランス語の語源辞典などにいくつか当たってみたが,多くは単に [l] > [r] と記述があるのみで,それ以上の説明はなかった.ただし,唯一 Klein は,"OF. title (in French dissimilated into titre)" と異化 (dissimilation) の作用の結果であることを,明示的に述べていた.
Klein ならずとも,[r] と [l] の交替といえば,思いつく音韻過程は異化である.しかし,「#1597. star と stella」 ([2013-09-10-1]) でも説明したとおり,異化は,通常,同音が語の内部で近接している場合に生じるものであり,今回のケースを異化として説明するには抵抗がある.例えば,フランス語でも典型的な異化の例は,couroir > couloir (廊下) や murtrir > multrir (傷つける)のようなものである.しかし,同音の近接とはいわずとも,調音音声学的な動機づけは,あるにはある.[t] と [l] は舌先での調音位置が歯(茎)でほぼ一致しているので,調音位置の繰り返しを嫌ったとも考えられるかもしれない.だが,[r] とて,現代フランス語と異なり当時は調音位置は [t] や [l] とそれほど異ならなかったはずであり,やはり調音音声学的な一般的な説明はつけにくい.異化そのものが不規則で単発の音韻過程だが,title > titre は,そのなかでもとりわけ不規則で単発のケースだったと考えたくなる.
だが,類例がある.ラテン語で -tulus/-tulum の語尾をもつ語で,[l] が [r] へ交替したもう1つの例に,capitulum > chapitle > chapitre がある.共時的には,フランス語には英語風の -tle は事実上ないので,音素配列上の制約が働いているのだろう.歴史的に -tle が予想されるところに,-tre が対応しているということかもしれない.この辺りの通時的な過程および共時的な分布はフランス語(史)の話題であり,残念ながらこれ以上私には追究できない.
話題として付け加えれば,英語 title あるいはフランス語 titre の派生語における [l] と [r] の分布をみてみるとおもしろい.フランス語では,派生語 titulaire, titulariser では,ラテン語からの歴史的な [l] を保っている.もちろん,英語 titular も [l] である.化学用語の英語 titrate (滴正する), titration, titrable, titrant は,フランス語の名詞 titre から作った動詞 titrer の借用であり,[r] を表わしている.また,英語で title と同根の tittle (小点;微少)についても触れておこう.この2語は2重語であり,形態上は母音の長短の差異を示すにすぎない.スペイン語の文字 ñ の波形の記号は tilde と呼ばれるが,これはラテン語 titulus より第2子音と第3子音が音位転換 (metathesis) したスペイン語形がもとになっている.したがって,title, tittle, tilde は,形態的にも意味的にも緩やかに結びつけられる3重語といってもよいかもしれない.
・ Klein, Ernest. A Comprehensive Etymological Dictionary of the English Language, Dealing with the Origin of Words and Their Sense Development, Thus Illustrating the History of Civilization and Culture. 2 vols. Amsterdam/London/New York: Elsevier, 1966--67. Unabridged, one-volume ed. 1971.
昨日の記事「#1603. 「動物とその肉を表す英単語」を最初に指摘した人」 ([2013-09-16-1]) で,「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) エピソードの創始者が,17世紀の数学者・文法家 John Wallis だったことについて話題にした.石崎陽一先生が教えてくださった情報をヒントに Wallis の Grammatica Linguae Anglicanae の南雲堂版に当たってみたところ,この伝説は Wallis -> Scott -> Bradley と広まっていったらしい.
この解説を与えている渡部昇一先生によると,Bradley の Scott 評には一言付け加えるべきことがあるという(p. 362, note 20).
この観察を Bradley は 'acute remark' とほめているが,英語史的には正しくない.Wamba の口をかりて Scott がこれを言わせているのであるが,それは時期的には約1世紀ほど早すぎる事件を舞台にしていることになる.cf. A. C. Baugh, A History of the English Language, p. 223 (note 1).
この注が何のことを言っているか理解するためには,参照されている Baugh と,Bradley に当たる必要がある.それぞれ私の手持ちの版での対応箇所に当たってみた.
Readers of Ivanhoe will remember the acute remark which Scott puts into the mouth of Wamba the jester, that while the living animals---ox, sheep, calf, swine, deer---continued to bear their native names, the flesh of those animals as used for food was denoted by French words, beef, mutton, veal, pork, bacon, venison. The point of the thing is, of course, that 'Saxon' serf had the care of the animals when alive, but when killed they were eaten by his 'French' superiors. (Baugh and Cable 62--63)
The well-known passage in Scott's Ivanhoe in which this distinction is entertainingly introduced into a conversation between Wamba and Gurth (chap. 1) is open to criticism only because the episode occurs about a century too early. Beef is first found in English at about 1300. (Bradley 181, fn. 25)
Ivanhoe は12世紀のイングランドを舞台とする騎士物語である.厳密に語史的にいえば,12世紀にはまだ beef は英単語として記録されておらず,このエピソードは時代錯誤である,という指摘だ.確かに OED や MED によると, beef の初出は1300年頃のことであり,小説の時代設定とズレが生じている.
・ The English Grammar / Ben Jonson; with explanatory remarks by Kotaro Ishibashi, Of the Orthographie and Congruitie of the Britan Tongue / Alexander Hume; with explanatory remarks by Tokuji Kusakabe, and Grammatica Linguae Anglicanae / John Wallis; with explanatory remarks by Shoichi Watanabe. A Reprint Series of Books Relating to the English Language. Vol. 3. Tokyo: Nan'un Do, 1968.
・ Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
英語史上有名な「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) の出典について話題にした「#1583. swine vs pork の社会言語学的意義」 ([2013-08-27-1]) の記事に対して,石崎陽一先生から貴重なコメントをいただいた(ありがとうございます!).「生きている動物は古来の英語だが,料理されると征服者であるノルマン人のことばになったという説は W. Scott の Ivanhoe に引用され,また H. Bradley の The Making of English(p.88)にも言及されて有名になりましたが,初出は恐らく J. Wallis の Grammatica Linguae Anglicanae 第4版(1674年)の序文だとされているようですね.」
ということで,Wallis の1674年の版を参照してみた.Prefatio (序文)に,次の言及箇所を見つけることができた.
Nec quidem temerè contigisse puto, quod Animalia viva, nominibus Germanicæ originis vocemus, quorum tamen Carnem in cibum paratam, originis Gallicæ nominibus appellamus, putà, Bovem, Vaccam, Vitulum, Ovem, Porcum, Aprum, Feram, &c, an Ox, a Cow, a Calf, a Sheep, a Hog, a Boar, a Deer, &c; sed Carnem Bubulam, Vitulinam, Ovinam, Porcinam, Aprugnam, Ferinam; Beef, Veal, Mutton, Pork, Brawn, Venison, &c . . . . (Wallis, Grammatica Linguae Anglicanae)
宇賀治 (17) の同著の解題にも「英語史上叙述上初めての指摘で,以後現代まで広く伝承され,イギリス史上の一大事件についての,簡潔にして示唆豊かなエピソードとして有名である」とあった.また,最も重要な1699年の第5版を事実上リプリントした1765年の第6版に基づいた南雲堂版で解説を施している渡部昇一先生の解説も必読である (p. 352) .
さて,Wallis については,「#451. shall と will の使い分けに関する The Wallis Rules」 ([2010-07-22-1]) で軽く触れたにすぎないので,今回は17世紀に活躍したこの知的巨人と,彼の著わした英文法書の特徴を簡単に紹介しよう.John Wallis (1616--1703) は,16歳で Cambridge 大学に入る前にすでにラテン語,ギリシア語,ヘブライ語がよくできた.1649年には Oxford 大学の幾何学の教授となり,微積分の先駆けを生み出したり,複素数の幾何学的解釈を提起するなど,後世に多大な影響を与えた.数学以外の諸学問にもよく通じており,現代にいう調音音声学の分野を開拓したのも彼である.また,1662年に Charles II により認可された The Royal Society の創設メンバーでもあった.
Wallis の様々な分野における才能は,言語に関しては,Grammatica Linguae Anglicanae (Oxford: Leon. Lichfield, 1653) の著述として現われた.英文法史上,新しい時代の到来を告げる著作であり,1653年の初版以後,数回の改訂版が世に出ることとなった.16世紀以後,Wallis までの英文法書は,外国人に英語を教えるという目的,あるいはラテン語文法の学習の基礎としての役割が濃厚であり,発想の根幹には常にラテン語文法があった.しかし,Wallis は先見の明をもって,英文法を記述するのにラテン語文法はふさわしくないという認識をもっていた.英語の分析的性格とラテン語の総合的性格とを明確に区別していたのである.
後世の英文法に影響を与えた項目も少なくない.第1章を飾る調音の記述は,近代音声学の産声といってよい.音声と文字を明確に区別し,音声そのものの観察記述に徹する態度は,後に H. C. Wyld の高い評価を受けた.また,文法面でも,既述の shall と will の使い分けのほかにも,動詞の分類,冠詞の役割,関係代名詞の用法など品詞論に一日の長がある.現在に至るまで研究者を引きつけてやまない音象徴 (sound symbolism) に最初に取り組んだのも,Wallis だった.
近代期の著作らしくラテン語で書かれた英文法書なので原典で読むには手強いが,いずれ挑戦してみたい.
(後記 2013/10/26(Sat):Wallis の生涯について,Jean-Pierre Niceron (Mémoires pour servir a l'histoire des hommes illustres dans la république des lettres. Vol. 43. Genève: Slatkine Reprints, 1971. 247--51.) を参照.)
・ 宇賀治 正朋(編) 『文法I』 研究社英語学文献解題 第4巻.研究社.2010年.
・ The English Grammar / Ben Jonson; with explanatory remarks by Kotaro Ishibashi, Of the Orthographie and Congruitie of the Britan Tongue / Alexander Hume; with explanatory remarks by Tokuji Kusakabe, and Grammatica Linguae Anglicanae / John Wallis; with explanatory remarks by Shoichi Watanabe. A Reprint Series of Books Relating to the English Language. Vol. 3. Tokyo: Nan'un Do, 1968.
「#331. 動物とその肉を表す英単語」 ([2010-03-24-1]) の記事で,英語史で有名な calf vs veal, deer vs venison, fowl vs poultry, sheep vs mutton, swine (pig) vs pork, bacon, ox vs beef の語種の対比を見た.あまりにきれいな「英語本来語 vs フランス語借用語」の対比となっており,疑いたくなるほどだ.その疑念にある種の根拠があることは「#332. 「動物とその肉を表す英単語」の神話」 ([2010-03-25-1]) でみたとおりだが,野卑な本来語語彙と洗練されたフランス語語彙という一般的な語意階層の構図を示す例としての価値は変わらない(英語語彙の三層構造の記事を参照).
[2010-03-24-1]の記事でも触れたとおり,動物と肉の語種の対比を一躍有名にしたのは Sir Walter Scott (1771--1832) である.Scott は,1819年の歴史小説 Ivanhoe のなかで登場人物に次のように語らせている.
"The swine turned Normans to my comfort!" quoth Gurth; "expound that to me, Wamba, for my brain is too dull, and my mind too vexed, to read riddles."
"Why, how call you those grunting brutes running about on their four legs?" demanded Wamba.
"Swine, fool, swine," said the herd, "every fool knows that."
"And swine is good Saxon," said the Jester; "but how call you the sow when she is flayed, and drawn, and quartered, and hung up by the heels, like a traitor?"
"Pork," answered the swine-herd.
"I am very glad every fool knows that too," said Wamba, "and pork, I think, is good Norman-French; and so when the brute lives, and is in the charge of a Saxon slave, she goes by her Saxon name; but becomes a Norman, and is called pork, when she is carried to the Castle-hall to feast among the nobles what dost thou think of this, friend Gurth, ha?"
"It is but too true doctrine, friend Wamba, however it got into thy fool's pate."
"Nay, I can tell you more," said Wamba, in the same tone; "there is old Alderman Ox continues to hold his Saxon epithet, while he is under the charge of serfs and bondsmen such as thou, but becomes Beef, a fiery French gallant, when he arrives before the worshipful jaws that are destined to consume him. Mynheer Calf, too, becomes Monsieur de Veau in the like manner; he is Saxon when he requires tendance, and takes a Norman name when he becomes matter of enjoyment."
英仏語彙階層の問題は,英語(史)に関心のある多くの人々にアピールするが,私がこの問題に関心を寄せているのは,とりわけ社会的な diglossia と語用論的な register の関わり合いの議論においてである.「#1489. Ferguson の diglossia 論文と中世イングランドの triglossia」 ([2013-05-25-1]) 及び「#1491. diglossia と borrowing の関係」 ([2013-05-27-1]) で論じたように,中英語期の diglossia に基づく社会的な上下関係の痕跡が,語用論的な register の上下関係として話者の語彙 (lexicon) のなかに反映されている点が興味深い.社会的な,すなわち言語外的な対立が,どのようにして体系的な,すなわち言語内的な対立へ転化するのか.これは,「#1380. micro-sociolinguistics と macro-sociolinguistics」 ([2013-02-05-1]) で取り上げた,マクロ社会言語学 (macro-sociolinguistics or sociology of language) とミクロ社会言語学 (micro-sociolinguistics) の接点という問題にも通じる.社会構造と言語体系はどのように連続しているのか,あるいはどのように断絶しているのか.
Scott の指摘した swine vs pork の対立それ自体は,語用論的な差異というよりは意味論的な(指示対象の)差異の問題だが,より一般的な上記の問題に間接的に関わっている.
英語には標題のような,語頭の e の有無による2重語 (doublet) がある.類例としては special -- especial, spirit -- esprit, spouse -- espouse, spy -- espy, squire -- esquire などがあり,stable -- establish も関連する例だ.それぞれの対では発音のほか意味・用法の区別が生じているが,いずれもフランス語,さらにラテン語の同根に遡ることは間違いない.語頭の e が独立した接頭辞であれば話はわかりやすいのだが,そういうわけでもない.
また,現代英語と現代フランス語の対応語を比べても,語頭の e に関して興味深い対応が観察される.sponge (E) -- éponge (F), stage -- étage, establish -- établir などの類である.英語の2重語についても,英仏対応語についても,e と /sk, sp, st/ の子音群との関係にかかわる問題であるらしいことがわかるだろう.この関係は,歴史的に考察するとよく理解できる.
e の有無にかかわらず,これらすべての語の語頭音は,ラテン語における語頭子音群 /sk-, sp-, st-/ に遡る.俗ラテン語後期には,この語頭子音群は発音しにくかったのか,直前に i か e の母音が添加された.これは一種の音便 (euphony) であり,「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) でみた語頭音添加 (prosthesis) の典型例といえる.例えばラテン語 spiritus は,古フランス語 ispirtu(s) などへ発展した(ホームズ,p. 52).結果としてラテン語に起源をもつ古フランス語の単語では,軒並み esc-, esp-, est- などの語頭音群が一般的となったのであり,この時代に古フランス語から英語に借用された語も,同じくこの語頭音群を示した.これらは,現代英語へ estate, especial, esprit, espouse, espy, esquire, establish などとして伝わっている.一方,e をもつ古フランス語の形態と並んで,e のないラテン語の語形を参照した形態も英語に採用され,state, special, spirit, spouse, spy, squire, stable などが現代に伝わっている.
実際,中英語や近代英語では,両形態が大きな意味・用法の相違なく併用されることもこともあり,例えば establish と stablish のペアでは,中英語では後者のほうが普通だった.なお,The Authorised Version では両形態が用いられ,Shakespeare ではすでに establish が優勢となっている.このようなペアは,後に(stablish のように)片方が失われたか,あるいはそれぞれが意味・用法の区別を発達させて,2重語として生き延びたかしたのである.
さて,フランス語史の側での,esc-, esp-, est- のその後を見てみよう.古フランス語において音便の結果として生じたこれらの語頭音群では,後に,s が脱落した.後続する無声破裂音との子音連続が嫌われたためだろう.この s 脱落の痕跡は,直前の e の母音が,現代フランス語ではアクサンつきの <é> で綴られることからうかがえる (ex. éponge, étage, établir) .
もっとも,フランス語で e なしの /sk-, sp-, st-/ で始まる語がないわけではない.15世紀以前にフランス語に取り込まれたラテン単語は上述のように e を語頭添加することが多かったが,特に16世紀以降にラテン語から借用した語では,英語における多くの場合と同様に,ラテン語の本来の e なしの形態が参照され,採用された.
結論として,state -- estate にせよ,stage (E) -- étage (F) にせよ,いずれの形態も同じラテン語 /st-, sk-/ の語頭子音群に遡るものの,古フランス語での音便,その後の音発達,フランス語から英語への借用,ラテン語形の参照,英語での2重語の発展と解消といった,言語内外の種々の歴史的過程により,現在としてみれば複雑な関係となった,ということである.
・ U. T. ホームズ,A. H. シュッツ 著,松原 秀一 訳 『フランス語の歴史』 大修館,1974年.
過去3日間の記事 ([2013-05-22-1], [2013-05-23-1], [2013-05-24-1]) で,Ferguson の提唱した diglossia を取り上げてきた.diglossia という社会言語学的状況の定義と評価について多くの論争が繰り広げられてきたが,その議論は全体として,中世イングランドのダイナミックな言語状況を考える上で,数々の重要な観点を与えてくれたのではないか.
前の記事で触れた通り,Ferguson 自身はその画期的な論文で diglossia を同一言語の2変種の併用状況と狭く定義した.異なる2言語については扱わないと,以下のように明記している.
. . . no attempt is made in this paper to examine the analogous situation where two distinct (related or unrelated) languages are used side by side throughout a speech community, each with a clearly defined role. (325, fn. 2)
しかし,2言語(あるいはそれ以上の言語)の間にも "the analogous situation" は確かに見られ,Ferguson の論点の多くは当てはまる.ここで念頭に置いているのは,もちろん,中世イングランドにおける英語,フランス語,ラテン語の triglossia である.以下では,Ferguson の diglossia 論文に依拠して中世イングランドの triglossia を理解しようとする際に考慮すべき2つの点を指摘したい.1つは「#1486. diglossia に対する批判」 ([2013-05-23-1]) でも触れた diglossia の静と動を巡る問題,もう1つは,高位変種 (H) から低位変種 (L) へ流れ込む借用語の問題である.
Ferguson は,原則として diglossia を静的な,安定した状況ととらえた.
It might be supposed that diglossia is highly unstable, tending to change into a more stable language situation. This is not so. Diglossia typically persists at least several centuries, and evidence in some cases seems to show that it can last well over a thousand years. (332)
この静的な認識が後に批判のもととなったのだが,Ferguson が diglossia がどのように生じ,どのように解体されうるかという動的な側面を完全に無視していたわけではないことは指摘しておく必要がある.
Diglossia is likely to come into being when the following three conditions hold in a given speech community: (1) There is a sizable body of literature in a language closely related to (or even identical with) the natural language of the community, and this literature embodies, whether as source (e.g. divine revelation) or reinforcement, some of the fundamental values of the community. (2) Literacy in the community is limited to a small elite. (3) A suitable period of time, on the order of several centuries, passes from the establishment of (1) and (2). (338)
Diglossia seems to be accepted and not regarded as a "problem" by the community in which it is in force, until certain trends appear in the community. These include trends toward (a) more widespread literacy (whether for economic, ideological or other reasons), (b) broader communication among different regional and social segments of the community (e.g. for economic, administrative, military, or ideological reasons), (c) desire for a full-fledged standard "national" language as an attribute of autonomy or of sovereignty. (338)
. . . we must remind ourselves that the situation may remain stable for long periods of time. But if the trends mentioned above do appear and become strong, change may take place. (339)
上の第1の引用の3点は,中世イングランドにおいて,いかにラテン語やフランス語が英語より上位の変種として定着したかという triglossia の生成過程についての説明と解することができる.一方,第2の引用の3点は,中英語後期にかけて,(ラテン語は別として)英語とフランス語の diglossia が徐々に解体してゆく過程と条件に言及していると読める.
次に,中英語における借用語の問題との関連では,Ferguson 論文から示唆的な引用を2つ挙げよう.
. . . a striking feature of diglossia is the existence of many paired items, one H one L, referring to fairly common concepts frequently used in both H and L, where the range of meaning of the two items is roughly the same, and the use of one or the other immediately stamps the utterance or written sequence as H or L. (334)
. . . the formal-informal dimension in languages like English is a continuum in which the boundary between the two items in different pairs may not come at the same point, e.g. illumination, purchase, and children are not fully parallel in their formal-informal range of use. (334)
2つの引用を合わせて読むと,借用(語)に関する興味深い問題が生じる.diglossia の理論によれば,上位変種(フランス語)と下位変種(英語)は,社会的には潮の目のように明確に区別される.これは,原則として,潮の目を連続した一本の線として引くことができるということである.ところが,diglossia という社会言語学的状況が語彙借用という手段を経由して英語語彙のなかに内化されると,illumination ? light や purchase ? buy などの register における上下関係は確かに持ち越されこそするが,その潮の目の高低は個々の対立ペアによって異なる.英仏対立ペアをなす語彙の全体を横に並べたとき,register の上下関係を表わす潮の目の線は,社会的 diglossia の潮の目ほど明確に一本の線をなすわけではないだろう.このことは,diglossia が monoglossia へと解体してゆくとき,diglossia に存在した社会的な上下関係が,monoglossia の語彙の中にもっぱら比喩的に内化・残存するということを意味するのではないか.
・ Ferguson, C. A. "Diglossia." Word 15 (1959): 325--40.
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