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typology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-06-24 11:06

2017-11-18 Sat

#3127. 印欧祖語から現代英語への基本語順の推移 [word_order][syntax][typology][indo-european][germanic]

 昨日の記事「#3126. 人名語順の類型論」 ([2017-11-17-1]) で,印欧祖語の基本語順が SOV だった可能性に言及した.この問題については白熱した議論はあるものの,Lass (218) も同説を採っている.Lass は,印欧祖語のみならずゲルマン祖語においても,SOV の基本語順が存続していたと考えている.

It seems likely that PIE was basically SOV, though the daughter languages show a wide variety of orders, including SVO and VSO (the later (sic) particularly in Celtic). PGmc is usually taken as continuing this order, though there is of course considerable debate. As I remarked earlier, we can't reconstruct syntax by strict comparative method the way we do phonology or morphology; but in the case of Old English we do have at least fragments of an ancestor: the NWGmc runic corpus (third to seventh centuries AD). This corpus is small and often obscure; there are not that many inscriptions, and some are damaged, partly illegible, or uninterpretable. But it is a precious resource: it brings us as close as we can get to the foundations of Germanic, and contains the earliest pieces of Germanic syntax we have. (The oldest inscriptions predate the Gothic text corpus by some three centuries.) It is, despite its small size, rich enough to suggest reasonable ancestors for some major OE construction types, and gives us some material for constructing a syntactic history of the murky period between the two traditions. (218)


 Lass はこの後 "NWGmc runic corpus" から S, V, O の様々な語順の組み合わせを実例で示していく.NWGmc では,SOV を基準としながらも,事実上あらゆる組み合わせが見いだされるようだ.
 Lass は次に,8世紀の最初期の古英語テキストを調査し,NWGmc と同様にほぼあらゆる語順が見られることを確認する.しかし,この段階において注目すべきは,主たる語順が SOV から SVO へと移行していく過程が徐々に現われてくることだ.特に主節においてその傾向が顕著である.一方,従属節においては SOV がよく保たれている.この主節と従属節の差違は,現代のドイツ語やオランダ語の語順規則を彷彿とさせるが,これらとて PGmc の時代から受け継がれた特徴ではなく,後の発達であるとみなすべきである.いずれにせよ,9世紀後半までには古英語の主節の基本語順は SOV から SVO へと大幅に舵を切っていた (Lass 224) .
 PIE から NWGmc に至り,OE を経て ModE に至るまでの,S, V, O の語順について,大まかに要約しておこう.

PIE -- NWGmc主節・従属節ともに基本語順は SOV.他の語順もあり得た.
C8 OE主節の基本語順は SOV から SVO へ徐々に移行する兆し.他の語順もあり得た.
C9 OE主節の基本語順は SOV から SVO へ移行した.従属節の基本語順はいまだ SOV.他の語順もあり得た.
Late OE従属節でも基本語順は SVO へ移行する兆し.他の語順もあり得た.
ME主節・従属節ともに基本語順は SVO へ移行した.他の語順は少なくなってきた.
ModE主節・従属節ともに基本語順は SVO へ完全に移行した.他の語順は事実上なくなった.


 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2017-11-17 Fri

#3126. 人名語順の類型論 [word_order][syntax][typology][onomastics][personal_name][patronymy][indo-european]

 「#3124. 基本語順の類型論 (1)」 ([2017-11-15-1]) と「#3125. 基本語順の類型論 (2)」 ([2017-11-16-1]) で語順の類型論を紹介したが,コムリー他 (23) は人名における姓と名の語順についても類型論上の含意 (typological implication) があると指摘している.
 SOV の基本語順を示す日本語や朝鮮語では,「安倍晋三」「キム・ジョンウン」など,言わずとしれた「姓+名」の人名語順となる.肩書きについても平行的であり,「安倍首相」のように「姓+肩書き」となる.このような点に,類型論上の含意を認めることができそうだ.
 父称 (patronymy) においても,語順の傾向がみられるという.スコットランド語,アイルランド語,ヘブライ語などは VSO を基本語順とするが,父称においては「子供・孫」を表わす語(以下,赤字で示す)が名前そのものに先行する.それぞれ MacAlister, O'Hara, Ben-Gurion の如くである.
 一方,コーカサス地方では SOV の言語が話されているが,そこでは父称は逆の語順となる.アルメニア語の Khachaturian やグルジア語の Basilashvili の如くである.
 実は,印欧語の多くが父称に関してコーカサスの言語と同じ語順を示す.チェコ語の Gruberovà,アイスランド語の Sigurðsdottir,スウェーデン語の Andersson,そして英語の Browning などが例となる.このことは,印欧祖語の基本語順がかつて SOV であったことを示唆しているのかもしれない.
 類型論はあくまで傾向をとらえるものであり,必ずしも普遍性を強く主張するものではない.しかし,人名語順の傾向も他種の語順の傾向と相関関係を示すのであれば,人名語源研究などにも新たな光が当てられることになるだろう.
 関連して,「#2366. なぜ英語人名の順序は「名+姓」なのか」 ([2015-10-19-1]) も参照.

 ・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.

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2017-11-16 Thu

#3125. 基本語順の類型論 (2) [word_order][syntax][typology][adjective][demonstrative][numeral][world_languages]

 昨日の記事 ([2017-11-15-1]) で,基本語順の類型論について Greenberg の古典的研究に触れた.Greenberg は30の言語を対象に,数種類の語順を比較した.その結果,「(日本語のように)SOV型の言語であれば後置詞をもつ可能性が高い」などの類型論上の含意 (typological implication) が多数認められることを明らかにした.Greenberg (107--08) のまとめた比較表を以下に挙げる.

LanguageVSOPrNANDN Num
BasqueIII-xx-
BerberIxxx-
BurmeseIII-x1--2
BurushaskiIII----
ChibchaIII-x-x
FinnishII----
FulaniIIxxxx
GreekIIx---
GuaraniI-x-0
HebrewIxxx-
HindiIII----
ItalianIIxx3--
KannadaIII----
JapaneseIII----2
LoritjaIII-xxx
MalayIIxxx-2
MaoriIxx--
MasaiIxx-x
MayaIIx---2
NorwegianIIx---
NubianIII-x-x
QuechuaIII----
SerbianIIx---
SonghaiII-xxx
SwahiliIIxxxx
ThaiIIxxx-2
TurkishIII----
WelshIxx3x-
YorubaIIxxxx
ZapotecIxxx-


 1列目は S, V, O の3要素に関する語順であり,I は VSO, II は SVO, III は SOV を表わす.
 2列目は前置詞 (Pr) をもつか,あるいは後置詞 (-) をもつかを表わす.
 3列目は「名詞+形容詞」の語順 (NA) か,「形容詞+名詞」の語順 (-) かを表わす.
 4列目は「名詞+指示詞」の語順 (ND) か,「指示詞+名詞」の語順 (-) かを表わす.
 5列目は「名詞+数詞」の語順 (N Num) か,「数詞+名詞」の語順 (-) かを表わす.

 右肩に番号の付された注については,正確さのために原文より引用しよう (108) .

1. Participle of adjective-verb, however, precedes and is probably as common as adjective following.
2. Numeral classifiers following numerals in each case. The construction numeral + classifier precedes in Burmese and Maya, follows in Japanese and Thai, and either precedes or follows in Malay.
3. In Welsh and Italian a small number of adjectives usually precede.


 全体として,5種類の語順のあいだに弱からぬ相関関係があることを見て取ることができる.対象となった言語は30個にすぎないとはいえ,異なる系統や地域からの言語が選択されており,それなりに信頼することのできる調査結果として受け入れられている.
 関連して,「#2786. 世界言語構造地図 --- WALS Online」 ([2016-12-12-1]) で紹介した The World Atlas of Language Structures (WALS Online) も参照.

 ・ Greenberg, Joseph P. "Some Universals of Grammar with Particular Reference to the Order of Meaningful Elements." Chapter 5 of Universals of Language. Ed. Joseph P. Greenberg. 2nd ed. Cambridge, Mass.: M.I.T. P, 1966. 73--113.

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2017-11-15 Wed

#3124. 基本語順の類型論 (1) [word_order][syntax][typology][indo-european][world_languages]

 標題は「#137. 世界の言語の基本語順」 ([2009-09-11-1]) で触れた話題だが,改めて考えてみたい.語順の果たす役割の大きさは言語によって異なるとはいえ,語順という統語手段をまったく利用しない言語は存在しない.語順とは,情報伝達の経済という観点からみて必然的な言語装置である.
 Greenberg は言語普遍性と関連して語順の類型論 (word order typology) を提起した.それによると,世界の言語の平叙文における主語,目的語,動詞の語順は,論理的に (1) SVO, (2) SOV, (3) VSO, (4) VOS, (5) OSV, (6) OVS の6種類が可能である.複数の語順を取り得る言語も少なくないが,非常に多くの言語において相対的に優勢な語順は決まっている.つまり基本語順というものが存在する.基本語順をもつ言語のほとんどが,主語が目的語に先行するパターン,すなわち (1), (2), (3) のいずれかを取る.ほかに (4) の言語はある程度確認されるが,(5), (6) は非常に少ないことも分かっている.
 コムリー他 (19) より,それぞれの基本語順を示す言語の例を挙げよう.

基本語順言語例
(1) SVO英語,フィンランド語,中国語,スワヒリ語
(2) SOVヒンディー語/ウルドゥー語,トルコ語,日本語,朝鮮語
(3) VSO古典アラブ語,ウェールズ語,サモア語
(4) VOSマダガスカル語,ツォツィル語(中央アメリカのマヤ語)
(5) OSVカバルド語(北コの言語)ーカサス地方
(6) OVSヒシュカリヤナ語(ブラジルのカリブ語)


 主語が目的語に先行する上位3つの (1), (2), (3) に関していえば,動詞 V の位置に関して (2) SOV と (3) VSO は対極にあり,(1) SVO はその中間的な位置づけにある.実際,他の種類の語順についても,(2) と (3) の言語は反対向きの特徴を示し,(1) は中間的であるというから,類型論上の含意 (typological implication) が見られるということになる.
 現代英語やヨーロッパの主要な言語をはじめ古典ギリシア語や古典ラテン語では VO を基本とするため,印欧祖語でも VO を示していたと想像されそうだが,ヒッタイト語やヴェーダ語の証拠によれば,もともとは OV だった可能性が高い.そうだとすれば,現代英語の SVO も非常に長い歴史の過程で変化してきたということになるだろう.
 関連して,「#2786. 世界言語構造地図 --- WALS Online」 ([2016-12-12-1]) で紹介した The World Atlas of Language Structures (WALS Online) も参照.

 ・ コムリー,バーナード,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.
 ・ Greenberg, Joseph P. "Some Universals of Grammar with Particular Reference to the Order of Meaningful Elements." Chapter 5 of Universals of Language. Ed. Joseph P. Greenberg. 2nd ed. Cambridge, Mass.: M.I.T. P, 1966. 73--113.

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2017-03-02 Thu

#2866. 古人類学にみる纏めたがり屋と分けたがり屋 [world_languages][typology][family_tree][anthropology][homo_sapiens][timeline][chronology]

 連日,バーナード・ウッドの『人類の進化』を参照し,他領域からヒントを得て言語の進化について考察してきた.今回も引き続いてウッドを参照し,分類の目の粗さと細かさについての洞察を得てみたい.
 現代世界における言語の数については,研究者によって数え方の違いがあり,数千の幅がある.数え方の違いが何によって生じるかという問題は「#270. 世界の言語の数はなぜ正確に把握できないか」 ([2010-01-22-1]) や「#1060. 世界の言語の数を数えるということ」 ([2012-03-22-1]) などで論じたので繰り返さないが,原因の1つに「言語」と「方言」の区別が客観的につけられないという事情がある.互いに非常に近い関係にあるいくつかの言語変種を,1言語のもとにある諸方言と捉えるか,あるいは各々を独立した言語と捉えるかは,しばしば言語学的な基準のみで決定することができない.前者の捉え方は「纏めたがり屋」 (lumper) の研究者の立場で,後者は「分けたがり屋」 (splitter) の研究者の立場である.
 この "lumper" と "splitter" という呼称は,古人類学の分野で常用されているもののようだ.一般には人類の歴史は「猿人」「原人」「旧人」「新人」の4段階で進んできたと理解されているが,これは人類学者にとっては相当に粗い分類のようで,専門的にはもっと細かく分類されているという.しかし,「もっと細かく」にもレベルがあり,専門家の間でも,大きくまとめあげる lumper と,とことん細分化する splitter とで,タイプが分かれるらしい.究極的には人類学者が10人いれば10通りの分類があるともいえ,その状況は言語においても同じというところがおもしろい.
 参考までに,纏めたがり屋と分けたがり屋による,古人類の種名の対照表を,ウッド (99) より再現しよう.

通称纏めたがり屋の種名年代(万年前)分けたがり屋の分類に含まれる種名
初期猿人アルディピテクス・ラミダス(広義)700--450アルディピテクス・カダッパ,アルディピテクス・ラミダス,サヘラントロプス・チャデンシス,オロリン・トゥゲネンシス
猿人とホモ・ハビリスアウストラロピテクス・アファレンシス(広義)420--300アウストラロピテクス・アファレンシス,アウストラロピテクス・アナメンシス,アウストラロピテクス・バールエルガザリ,ケニアントロプス・プラティオプス
アウストラロピテクス・アフリカヌス300--240アウストラロピテクス・アフリカヌス
パラントロプス・ボイセイ(広義)250--130パラントロプス・ボイセイ,パラントロプス・エチオピクス,アウストラロピテクス・ガルヒ
パラントロプス・ロブストス200--150パラントロプス・ロブストス
原人と旧人ホモ・ハビリス(広義)240--160ホモ・ハビリス,ホモ・ルドルフェンシス
ホモ・エレクトス(広義)198--1.8ホモ・エレクトス,ホモ・エルガスター,ホモ・フロレンシエンシス
新人ホモ・サピエンス(広義)70--現在ホモ・アンテセッソル,ホモ・ハイデルベルゲンシス,ホモ・ネアンデルターレンシス,ホモ・サピエンス


 纏めたがり屋が広義で用いている「ホモ・サピエンス」には,分けたがり屋にとっての狭義での新人「ホモ・サピエンス」のみならず,通常「旧人」とされている「ホモ・ネアンデルターレンシス」も含まれることになるなど,素人にとっては実にややこしい.DNA という「物的証拠」があるにもかかわらず,客観的な線引きが難しいというのは,非常に示唆的である.実にこの難しさは,言語の分類に際してもほぼそのまま当てはまるのである.  *

 ・ バーナード・ウッド(著),馬場 悠男(訳) 『人類の進化――拡散と絶滅の歴史を探る』 丸善出版,2014年.

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2017-02-28 Tue

#2864. 分類学における系統段階 [family_tree][anthropology][homo_sapiens][diachrony][terminology][linguistic_area][typology][methodology][world_languages][evolution]

 世界の言語を分類する際の2つの基準である「系統」と「影響」は,言語どうしの関係の仕方を決定づける基準でもある.この話題については,本ブログでも以下の記事を始めとして,あちらこちらで論じてきた (see 「#369. 言語における系統影響」 ([2010-05-01-1]),「#807. 言語系統図と生物系統図の類似点と相違点」 ([2011-07-13-1]),「#371. 系統影響は必ずしも峻別できない」 ([2010-05-03-1]),「#1136. 異なる言語の間で類似した語がある場合」 ([2012-06-06-1]),「#1236. 木と波」 ([2012-09-14-1]),「#1930. 系統と影響を考慮に入れた西インドヨーロッパ語族の関係図」 ([2014-08-09-1])) .
 系統と影響は,それぞれ通時態と共時態の関係にも通じるところがある.系統とは時間軸に沿った歴史の縦軸を指し,影響とは主に地理的な隣接関係にある横軸を指す.言語における「系統」と「影響」という視点の対立は,生物分類学でいうところの「系統」と「段階」の対立に相似する.
 分岐分類学 (cladistics) では,時間軸に沿った種分化の歴史を基盤とする「系統」の視点から,種どうしの関係づけがなされる.系統としての関係が互いに近ければ,形態特徴もそれだけ似ているのは自然だろう.だが,形態特徴が似ていれば即ち系統関係が近いかといえば,必ずしもそうならない.系統としては異なるが,環境の類似性などに応じて似たような形態が発達すること(収斂進化)があり得る.このような系統とは無関係の類似を,成因的相同 (homoplasy) という.系統的な近さではなく,成因的相同に基づいて集団をくくる分類の仕方は,「段階」 (grade) による区分と呼ばれる.
 ウッド (70) を参考にして,現生高等霊長類を分類する方法を取り上げよう.「系統」の視点によれば,以下のように分類される.

ヒト族   チンパンジー族  ゴリラ族  オランウータン族
  \      /      /      /
   \    /      /      /
    \  /      /      /
     \/      /      /
      \     /      /
       \   /      /
        \ /      /
         \      /
          \    /
           \  /
            \/
             \
              \
               \

 一方,「段階」の視点によれば,以下のように「ヒト科」と「オランウータン科」の2つに分類される.

                           
ヒト科          オランウータン科
                │
      ┌─────────┼───────┐
      │                │              │
ヒト族   チンパンジー族  ゴリラ族  オランウータン族

 「段階」の区分法は,言語学でいえば,類型論 (typology) や言語圏 (linguistic_area) に基づく分類と似ているといえる.ただし,生物においても言語においても「段階」という用語とその含意には十分に気をつけておく必要がありそうだ.というのは,それは現時点における歴史的発達の「段階」によって区分するという考え方を喚起しやすいからだ.つまり,「段階」の上下や優劣という概念を生み出しやすい.「段階」の区分法は,あくまで共時的類似性あるいは成因的相同に基づく分類である,という点に留意しておきたい.

 ・ バーナード・ウッド(著),馬場 悠男(訳) 『人類の進化――拡散と絶滅の歴史を探る』 丸善出版,2014年.

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2017-02-20 Mon

#2856. 世界の諸言語における冠詞の分布 (2) [article][typology][indo-european][linguistic_area][world_languages][grammaticalisation][information_structure][demonstrative][contact][geolinguistics]

 昨日の記事で,冠詞をもつ言語はそれほど多くないことを見た.だが,興味深いのは,地理的な分布がある程度偏りを示すことである.ヨーロッパ,アフリカ,南西太平洋に冠詞をもつ言語が多い.今回の記事では,山本の論文を参照しつつ,冠詞言語の地理的な偏在に焦点を当てたい.
 英語における冠詞の発達は,「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) で取り上げたように,指示詞や数詞からの言語内的な文法化 (grammaticalisation) の結果と論じられている.冠詞をもつ他の言語でも同様の内的な発達としてとらることは可能である.しかし,上述のように地理的なまとまりが見られることから,山本 (139) は「地理的に言語連合を成して発達しやすいという側面の方が強いように思われる」と述べている.つまり,長期にわたる言語接触により形成される言語圏 (linguistic_area) の考え方が背景にある.
 ある言語圏内で共有される言語項の可能性は,発音様式から統語構造に至るまで様々だが,基本語順もその可能性の1つである.昨日の記事でも触れたように,冠詞は動詞初頭語順をもつ言語にしばしば見受けられるが,この語順は世界の諸言語のなかでは1割ほどしかみられず,しかも分布がやはり偏っているのである.例えば,島嶼ケルト語派,ヘブル語,アラビア語,オーストロネシア諸語などが動詞初頭語順をもち,かつ冠詞をもつ言語群である.
 では,この2つの言語的特徴に何らかの接点はあるのだろうか.山本 (139) は次のように論じている.

スラブ諸語や中国語等に典型的に見られるように,一般に,文頭というのは,しばしば題目ないし定の情報が占め,情報の提示において最も基本的な位置と考えられる。しかし,動詞初頭言語の場合は,この位置を名詞的要素でなく動詞が占めて,名詞の定・不定を表現するのに文頭位置を利用し難いために,名詞的要素に冠詞を付して定・不定の区別等を示す必要性が,比較的高くなっていると考えられる。


 これと関連して,動詞初頭語順をもつ言語ならずとも,語順が厳しく定まっている言語では一般的に名詞的要素の置き場所を利用して定・不定を標示するのが難しいために,冠詞という手段が採用されやすいという事情があるかもしれない.
 さらに,「象は鼻が長い」のような「題目――評言」型の「題目卓越型言語」と,「象の鼻が長い」のような「主語――述部」型の「主語卓越型言語」との類型的な区別を考えるならば,前者では定の情報は題目において表わされるので,冠詞のような,それ以外に特別な定標示の手段は不要であるが,後者では冠詞のような明示的な手段が要求されやすい,という事情もありそうだ.こうした観点から評価すると,英語は確かに (1) 主語卓越型であり,(2) 厳しい語順の制約をもつ言語であるから,冠詞という言語形式とは相性がよいことになる.
 上で述べてきたことは,冠詞をもつ言語内的な動機づけでもあり,かつ言語圏という考え方に基づいた言語外的な動機づけでもある.冠詞の分布は,おそらくこれらの言語内外の要因が互いに絡み合って,ある程度の偏りを示すのだろう.

 ・ 山本 秀樹 「言語にとって冠詞とは何か」 『『言語』セレクション』第1巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.136--41頁.(2003年10月号より再録.)

Referrer (Inside): [2019-10-23-1]

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2017-02-19 Sun

#2855. 世界の諸言語における冠詞の分布 (1) [article][typology][indo-european][linguistic_area][world_languages][word_order]

 英語学習において冠詞ほど習得の難しい項目はないと言われる.確かに,どのような場合に冠詞が必要あるいは不要かを的確に判断することは困難である.母語たる日本語に冠詞という語類がないだけに,類推が利かないという事情もある.冠詞とは何なのかという問題は英語学で盛んに考察されてきたし,冠詞の発達についても英語史でしばしば論じられてきたが,いまだに問題は残っている(「#154. 古英語の決定詞 se の屈折」 ([2009-09-28-1]),「#156. 古英語の se の品詞は何か」 ([2009-09-30-1]),「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) などの記事を参照).
 山本 (136--39) によれば,世界の諸言語を見渡すと,冠詞という言語形式はそれほど広く見られるわけでもない.まずは印欧語族を覗いてみよう.もともと印欧祖語には冠詞は見られず,紀元前の印欧諸語にも,古典ギリシア語で定冠詞が発達したのを除けば,冠詞は存在しなかった.紀元5世紀以降になるとアルメニア語やアイルランド語に冠詞が現われ,さらに後にロマンス語派,ゲルマン語派,島嶼ケルト語派,バルカン言語連合でも冠詞が発達した(バルカン言語連合では後置定冠詞が発達したことについては「#1314. 言語圏」 ([2012-12-01-1]) を参照).アジアの印欧諸語では,ベンガル語,アッサム語,オリヤ語,シンハラ語などで接尾辞化した冠詞が見られる程度である.
 印欧語族の外を見渡すと,ユーラシア大陸において,セム系のヘブル語,アラビア語,アラム語や,その他ハンガリー語,モルドビン語,バスク語,一部のコーカサス諸語にもみられるが,地理的には限定されている.一方,アフリカ大陸では,定冠詞をもつ言語ともたない言語が入り交じっているが,全体としては冠詞がよく現われる地域といえる.オセアニア地域では,オーストラリア諸語やパプア諸語には冠詞がないが,オーストロネシア諸語には,冠詞をもつ言語群が,主として動詞初頭語順が支配的な地域において確認される.台湾,フィリピン,ミクロネシア,ソロモン諸島,ニューカレドニア島,フィジー諸島,ポリネシアなどの言語だ.ほかに,やはり動詞初頭語順をもつマダガスカル島のマラガシ語にも冠詞がある.アメリカ大陸に目を向けると,冠詞をもつ言語は比較的少ないが,北太平洋沿岸のセイリッシュ諸語,中米のシエラ・ポポルカ語,マヤ諸語やオトミ諸語の一部などに見られる.
 以上のように言語名を挙げていくと,冠詞をもつ言語が多いように錯覚するかもしれないが,数千ある言語のなかでは小さな部分集合をなすにすぎない.英語や主要なヨーロッパ諸語にあるからといって,決して普遍的な言語形式ではないということ銘記しておきたい.

 ・ 山本 秀樹 「言語にとって冠詞とは何か」 『『言語』セレクション』第1巻,月刊『言語』編集部(編),大修館書店,2012年.136--41頁.(2003年10月号より再録.)

Referrer (Inside): [2019-10-23-1]

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2016-12-12 Mon

#2786. 世界言語構造地図 --- WALS Online [web_service][syntax][evolution][typology][word_order]

 The World Atlas of Language Structures (WALS Online) というサイトがある.世界中の多くの言語を様々な観点から記述したデータベースに基づき,その地理的分布を世界地図上にプロットしてくれる機能を有するツールである.進化人類学の成果物として提供されており,進化言語学や言語類型論にも貢献し得るデータベースとなっている.
 検索できる言語的素性の種類は豊富で,音韻,形態,統語,語彙と多岐にわたる.表をクリックしていくことで,簡単に分布図を表示してくれるという優れものだ.素性を組み合わせて分布図を示すこともでき,素性間の相関関係を探るのにも適している.例えば,VO/OV 語順と接置詞 (adposition) 語順の相関について,Feature 83A と 85A を組み合わせると,こちらの分布図が得られる.青と黄緑のマークが目立つが,青は日本語型の「OV語順かつ後置詞使用」を示す言語,黄緑は英語型の「VO語順かつ前置詞使用」を示す言語である.同じように VO/OV と NA/AN の素性 (Feature 83A と 87A) の組み合わせで地図を表示させることもできる(こちら).なお,この2つの例は,名古屋大学を中心とする研究者の方々により出版された『文法変化と言語理論』のなかの若山論文で参照され,論じられているものである.
 いろいろな素性を,単体で,あるいは組み合わせで試しながら遊べそうだ.WALS Online は,本ブログでは「#1887. 言語における性を考える際の4つの視点」 ([2014-06-27-1]) でも触れているので,ご参照を.

 ・ 若山 真幸 「言語変化における主要部媒介変数の働き」『文法変化と言語理論』田中 智之・中川 直志・久米 祐介・山村 崇斗(編),開拓社.294--308頁.

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2016-11-14 Mon

#2758. Ferguson による「国家の社会言語学的輪郭」 [sociolinguistics][methodology][typology][world_languages][world_languages][demography]

 昨日の記事「#2757. Ferguson による社会言語学的な「発展」の度合い」 ([2016-11-13-1]) に引き続き,Ferguson の論文に依拠しながら,言語(共同体)を類型化する方法について考える.Ferguson (25) は,言語学者は伝統的に国家という単位をあえて考慮しないという態度を取ってきたが,社会言語学の立場からは,国家を基準として考えることが必要だと主張する.

From many points of view . . . it is desirable to use the nation as the basis for general sociolinguistic descriptions: communication networks, educational systems, and language "planning" are generally on a national basis and national boundaries play at least as important a role in the delimitation of linguistic areas as any other single social barrier.


 Ferguson は,国家を基準として言語の使用状況を記述する作業が不可欠であり,すべての国家について一貫した視点で記述することにより,相互比較もできるようになるし,類型化もできるようになると主張する.このような国別の記述が,"national sociolinguistic profile" (26) である.その一貫した視点については,予備的なものとしながら,次の項目を挙げている (26).

. . . how many major languages are spoken; what is the pattern of language dominance; are there national uses of a LWC [= language of wider communication]; for each major language spoken in the country, what is the extent of written uses of the language (W0. --- W2.) and what is the extent of standardization (St0. --- St2.) and its nature (multimodal? range of variation from the norm?).


 現代までに,およそ Ferguson が提案した通りに「国家の社会言語学的輪郭」の記述が進められていき,Ethnologue のようなデータベースが作られるようになった.

 ・ Ferguson, Charles A. "The Language Factor in National Development." Anthropological Linguistics 4 (1962): 23--27.

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2016-11-13 Sun

#2757. Ferguson による社会言語学的な「発展」の度合い [standardisation][writing][sociolinguistics][methodology][typology][world_languages]

 Ferguson は,言語の "language 'development'" を計測する方法を提案している.'development' と引用符があることから示唆されるように,これは進化論的な言語観に基づいているわけではなく,社会言語学的な発展の度合いを測ろうとする試みである.Ferguson (23) が具体的に挙げているのは,「書き言葉の使用の度合い」 ("the degree of use of written language") と「標準化の性質と程度」 ("the nature and extent of standardization") の2点である.
 1つ目の指標である「書き言葉の使用の度合い」については,大雑把に W0, W1, W2, W3 の4段階が認められるという (23--24) .各段階の説明をみれば分かる通り,当面の便宜的な指標といってよいだろう.

 ・ W0. --- not used for normal written purposes
 ・ W1. --- used for normal written purposes
 ・ W2. --- original research in physical sciences regularly published
 ・ W3. --- languages in which translations and resumés of scientific work in other languages are regularly published

 2つ目の指標である「標準化の性質と程度」は,もっと込み入っている.この指標には2つの側面があり,第1のものは "the degree of difference between the standard form or forms of a language and all other varieties of it" (24) である.つまり,言語変種間の差異性・類似性の度合いに関する側面である(関連して「#1523. Abstand languageAusbau language」 ([2013-06-28-1]) や「#1522. autonomyheteronomy」 ([2013-06-27-1]) を参照されたい).
 第2の側面は "the nature of the standardization and the degree to which a standard form is accepted as such throughout the community" (24) である.Ferguson (24--25) は3段階を設定した.

 ・ St0. --- "a language in which there is no important amount of standardization" (ex. Kurdish) (24)
 ・ St1. --- a language which "requires considerable sub-classification to be of any use. Whatever scheme of classification is developed, it will have to take account in the first instance of whether the standardization is unimodal or bi- or multimodal, and in the case of more than one norm, the nature of the norms must be treated" (ex. bimodal Armenian, Greek, Serbo-Croatian, Norwegian; multimodal Hindi-Urdu) (25)
 ・ St2. --- "a language which has a single, widely-accepted norm which is felt to be appropriate with only minor modifications or variations for all purposes for which the language is used" (24)

 測定のための指標として荒削りではあるが,分かりやすさの点では優れている.
 このような測定値に基づいて,諸言語(共同体)を社会言語学的に類型化しようとする試みは,ほかにもある.「#1519. 社会言語学的類型論への道」 ([2013-06-24-1]) や「#1547. 言語の社会的属性7種」 ([2013-07-22-1]) も要参照.

 ・ Ferguson, Charles A. "The Language Factor in National Development." Anthropological Linguistics 4 (1962): 23--27.

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2016-07-06 Wed

#2627. アクセントの分類 [typology][prosody][stress][terminology]

 言語におけるアクセント(強勢)について,一般言語学的な立場から,「#926. 強勢の本来的機能」 ([2011-11-09-1]) や「#1647. 言語における韻律的特徴の種類と機能」 ([2013-10-30-1]) で概説した.関連して,斉藤 (109) がアクセントの類型論を与えているので,それを参照した以下の分類図を作成した.

Typology of Accent

 図の左から右へと見ていくと,広義の「アクセント」は,有限のいくつかのパターンから「どれ」を選ぶかという「トーン」系列と,「どこ」を卓越させるかに関する狭義のいわゆる「アクセント」系列に2分される.「トーン」系列は,パターンの適用される単位が音節単位か単語単位かによって分けられ,さらに細分化することもできるが,全体としては広い意味で「ピッチアクセント」に属する.
 一方,図の下方の「アクセント」系列は,高低を基準とする「ピッチアクセント」(狭義)と強弱を基準とする「ストレスアクセント」に分かれる.それぞれは大きな分類としては「ピッチアクセント」と「アクセント」に属する.
 用語と分類に若干ややこしいところがあるが,これをアクセントの類型論の見取り図として押さえておきたい.

 ・ 斉藤 純男 『日本語音声学入門』改訂版 三省堂,2013年.

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2016-01-10 Sun

#2449. 書字方向 (2) [writing][grammatology][medium][typology][direction_of_writing]

 昨日の記事 ([2016-01-09-1]) に引き続いて,書字方向について.世界の主たる書字方向を整理すると,次のようになる.これは西田 (242) の図を参照したものであり,書字方向の各タイプについては私が便宜上適当な呼称をあてがった.

                   I. 横書き型                                          II. 縦書き型
                         │                                                   │
     ┌─────┬───┴───┬──────┐                   ┌────┴────┐
     │          │              │            │                   │                  │

    (a)          (b)            (c)            (d)                  (a)                 (b)
  左横書き     右横書き      右左横書き     左右横書き            右縦書き            左縦書き
                             (牛耕式)     (牛耕式)
                                                                 4  3  2  1          1  2  3  4
1 ───→    ←─── 1     ←─── 1    1 ───→            │ │ │ │         │ │ │ │
2 ───→    ←─── 2    2 ───→      ←─── 2           │ │ │ │         │ │ │ │
3 ───→    ←─── 3     ←─── 3    3 ───→            │ │ │ │         │ │ │ │
4 ───→    ←─── 4    4 ───→      ←─── 4           ↓ ↓ ↓ ↓         ↓ ↓ ↓ ↓

 以下,西田 (242) に従って,各々の型の代表的な文字を列挙する.

 ・ I(a) の左横書きは,英語をはじめとするローマン・アルファベット系の文字やインド系の文字(ナーガリー文字,チベット文字)が含まれる.
 ・ I(b) の右横書きは,シリア・アラビア系の文字(アラビア文字,ヘブライ文字,ソグド文字)や突厥文字に採用されている.
 ・ I(c) の右左横書き(牛耕式)には,紀元前2500年頃の未解読のインダス文字や初期のシリア・アラビア系文字などが属する.
 ・ I(d) の左右横書き(牛耕式)は,紀元前1500年頃のヒッタイト象形文字がこの統字法をもっていたと考えられている.
 ・ II(a) の右縦書きは,漢字系文字(漢字,西夏文字,女真文字)や日本語の文字において行なわれている.
 ・ II(b) の左縦書きは,ウイグル系文字(蒙古文字,満州文字)やパスパ文字が代表でなる.

 先の記事で触れたように,複数の型をとることが可能な文字は,古今東西,珍しい.エジプト聖刻文字は縦横両方が可能だったが,日本語は現行の I(a) と II(a) のほか,歴史的には I(b) や II(b) もあった,世界の文字のなかでは特異である.日本語の書字方向の歴史については,屋名池による新書がすこぶる有益であるので,お薦めしたい.

 ・ 西田 龍雄(編) 『言語学を学ぶ人のために』 世界思想社,1986年.
 ・ 屋名池 誠 『横書き登場―日本語表記の近代』 岩波書店〈岩波新書〉,2003年.

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2015-09-27 Sun

#2344. 表意文字,表語文字,表音文字 [writing][grammatology][typology][sign]

 「#2341. 表意文字と表語文字」 ([2015-09-24-1]) で文字の類型に触れたが,表意文字 (ideogram) と表語文字 (logogram) に表音文字 (phonogram) を加えると,主要な文字種が出そろう.「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1]) では各々を簡単に解説した程度だったが,今回はこの3種の文字について,私が目下抱いているところの考え方を披露したい.それは,以下の図にまとめられる.まだ完全ではなく,どこか不満の残る図ではあるのだが,文字の類型のたたき台として示す.

Ideogram, Logogram, and Phonogram

 まず,文字の類型において対極にある2種は,表意的表記 (ideographic writing) と表音的表記 (phonetic writing) である.前者は意味を表わし,後者は音を表わす.記号論的に言い換えれば,前者は所記 (signifié) のみを表わし,後者は能記 (signifiant) のみを表わす.図でいえば,縦方向について対極にあるということである.
 しかし,表意文字と表音文字は,縦方向だけでなく横縦方向に関しても対置されている.表意文字は,通常,外界のモノ,あるいは言語外の概念を指しており,必ずしも直接に言語単位と結びついていないのに対して,表音文字は,通常,言語音を表わしている.つまり,表意文字は必ずしも言語的ではないが,表音文字は言語的である.
 両者の中間的な位置を占めるのが,表語文字である.表語文字は語という明らかに言語的な単位を指しているので,横方向では右の端に位置しているが,縦軸については中間的,あるいは共有的である.語という記号は所記と能記がセットになったものであるから,それを表わす表語文字も,当然ながら所記と能記を表わすことができる.
 歴史的には,表意文字から表語文字が発展し,さらに表音文字へと進んだ.しかし,その表音文字とて,それを複数個組み合わせて表わそうとしている言語単位は,音節や音素ではなく,語である.通時的にも共時的にも,言語における文字の役割は,表語に尽きるのではないかと考える.表語は,位置取りからしても,最もバランスのよい文字なのではないか.

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2015-09-24 Thu

#2341. 表意文字と表語文字 [writing][grammatology][typology][sign]

 文字の種類と類型について,「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1]) や「#1822. 文字の系統」 ([2014-04-23-1]) などで考えてきた.文字論の入門的な文献でも,標題に掲げた表意文字 (ideogram) と表語文字 (logogram) は必ず触れられるものの,両者の違いの説明となると,たいてい歯切れが悪い.しばしば両者が混同され同一視されることもあるように,両者のあいだにいかなる違いがあるのかを明確に理解している人は必ずしも多くない.誤解がはびこっていることは,Bloomfield (285) の次の指摘からも知られる.本来の表語文字のことを「表意文字」と理解している向きが多いようだ.

Systems of writing which use a symbol for each word of the spoken utterance, are known by the misleading name of ideographic writing. The important thing about writing is precisely this, that the characters represent not features of the practical world ("ideas"), but features of the writers' language; a better name, accordingly, would be word-writing or logographic writing.


 しかし,正真正銘の表意文字というものもあることは事実である.実際,独立した純粋な表意文字というものは珍しいが,少なくとも表意的な文字の使用はある.
 表語文字とは,音声言語における1語(それより小さい形態素の場合もあるが)に対応した文字である.語は典型的な言語記号の1つであるから,能記 (signifiant) と所記 (signifié) が結びついた単位である.この単位に対して1文字が対応しているとき,それを表語文字と考える.<木> という漢字を例にとると,これは日本語の文脈では,幹を持つ植物を表わす「木」という1語にきれいに対応しているので,表語文字といってよい.語には能記と所記の両方が含まれているので,それを表わす <木> の文字にも,/ki/ という読みと「木」の意味の両方が含まれている.同じことは,形字的により複雑な構造をもつ <松> の漢字についてもいえる.
 <松> の漢字は全体としては <木> と同じ表語文字といえるが,では,構成要素としての木偏の部分だけに注目すれば,その部分は <木> という独立した漢字の場合と同様に表語的といってよいだろうか.木偏は,それ自体は能記をもたず,既存の語にも(形態素にも)対応しないのだから,表語的というのはふさわしくない.しかし,「木に関すること,木の種類」というほどの情報は緩くもっており,その限りにおいて表意的であるといえる.木偏は独立した文字ではないので,表意文字と言い切ることはできないが,表意的な機能をもっているということはいえる (cf. 「#1197. 英語の送り仮名」 ([2012-08-06-1])).
 文字の表語性と表意性は,理論的にはこのように区別して理解しておく必要がある.だが,境目が微妙なケースも確かにある.英語におけるアラビア数字を考えてみよう.<2> という文字(数字)は,英語では two という語に対応し,典型的な表語文字と考えてよいだろう.しかし,<2nd> と表記した場合はどうだろうか.3文字からなる <2nd> という綴字全体としては,英単語 second に対応しており,表語文字と理解してよいが,1文字目の <2> だけを取り出して,これを論じる場合には何といえばよいか.この場合の <2> は,既存の何らかの英単語には対応しておらず,意味としての「2」を表わしているにとどまる.したがって,この <2> は表意文字的に用いられているというべきだろう.これは,<松> における木偏の役割ににている.ちなみに,後続の <nd> は表音文字として機能している.単体としての <2> は表語文字だが,偏のように使われている <2nd> の <2> は表意文字といえる.ここから,「<2> は表語文字である」と一般的に言い切ることはできず,<2> はその用法に応じて,表語的にも表意的にも機能するのである.この辺りが難しい.
 Edgerton (150) が,英語の文脈での <2> について,さらに興味深い分析を加えている.<222> は "two hundred twenty-two" などと読まれるが,例えば "hundred" の読みはどこから発するのだろうか,と.最初の <2> は two hundred という語(厳密には2語の組み合わせ)に対応し,2つめの <2> は twenty という語に対応し,最後の <2> は two という語に対応するというように,各々が表語文字として機能しているのだろうか.だが,この解釈には無理があるように思われる.よりすぐれた考え方は,各文字が緩く「2」に関連する意味(それぞれ2の100倍,10倍,1倍)を表わしている表意文字であるという解釈だ.そして,実際の使用に際しては,慣例として10進法と桁の概念を適用し,全体としてある数字を表わす表語文字となる.
 文字の類型を論じる際には,表語文字であるとか表意文字であるなどとカテゴリカルに論じるよりは,ある文字が使用に応じて表語的になる,あるいは表意的になるというように論じることが必要な場合も多いのではないだろうか.

 ・ Edgerton, William F. "Ideograms in English Writing." Journal of the Linguistic Society of America 17 (1941): 148--50.
 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.

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2015-02-20 Fri

#2125. エルゴン,エネルゲイア,内部言語形式 [history_of_linguistics][generative_grammar][sapir-whorf_hypothesis][typology]

 19世紀は歴史言語学が著しく発展した時代だったが,そのなかにあって必ずしも歴史言語学に拘泥せず,通時態と共時態を超越した一般言語学理論へと近づこうとしていた孤高の才能があった.Wilhelm von Humboldt (1767--1835) である.Humboldt の言語観は独特であり,sapir-whorf_hypothesis の前触れともなる 「世界観」理論 (Weltanschauung) を提唱したり,形態論的根拠に基づく古典的類型論 (cf. 「#522. 形態論による言語類型」 ([2010-10-01-1])) を提案するなどした.
 Humboldt の言語思想を特徴づけるものの1つに,言語は ergon (Werk; 作られたもの) ではなく energeia (Tätigkeit; (作る)働き) であるとする考え方がある.言語の静的な面は見かけにすぎず,実際には動的な現象であるという謂いである.では,言語がどのような動的な活動かといえば,「調音作用が思想を表現しうるために永久に繰り返される精神の活動である」(松浪ほか,p. 37).Humboldt は,調音作用と思想の連合をとりわけ強調しており,前者の有限の媒体がいかにして後者の無限の対象を表現しうるかという問題を考え続けた.
 有限から無限が生じる機構ときけば,私たちは Chomsky の生成文法を思い浮かべるだろう.実際のところ Humboldt の言語思想は,生成文法的な発想の先駆けといってよい.生成文法でいう言語能力 (competence) やソシュールのラング (langue) に相当するものを,Humboldt は内部言語形式 (innere Sprachform) と呼んだ.内部言語形式にはすべての言語にみられる普遍的な部分と言語ごとに個別にみられる部分があるとされ,この点でも Chomsky の普遍文法やパラメータの考え方と近似する.そして,この内部言語形式に具体的な音を材料として流し込むと,外化された表現形式が得られる.

Humboldt's innere Sprachform is the semantic and grammatical structure of a language, embodying elements, patterns and rules imposed on the raw material of speech. (Robins 165)


 Humboldt にとって,言語とは,文法や意味という形式に音という材料を流し込むこの一連の活動,すなわちエネルゲイアにほかならない.
 Humboldt の言語思想は同時代の言語学者にさほど影響を与えることはなかったが,後世の言語学へ大きなうねりとなって戻ってきた.普遍文法,言語相対論,類型論,言語心理学といった大きな話題の種を,19世紀初頭にすでに蒔いていたことになる.
 Humboldt の言語思想についてはイヴィッチ (31--33) も参照.

 ・ 松浪 有,池上 嘉彦,今井 邦彦(編) 『大修館英語学事典』 大修館書店,1983年.
 ・ Robins, R. H. A Short History of Linguistics. 4th ed. Longman: London and New York, 1997.
 ・ ミルカ・イヴィッチ 著,早田 輝洋・井上 史雄 訳 『言語学の流れ』 みすず書房,1974年.

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2015-02-06 Fri

#2111. 語用論における「周辺部」 [pragmatics][discourse_marker][typology][information_structure]

 ここ数年のあいだに歴史語用論のなかで育ってきた概念の1つに,「周辺部」 (periphery) がある.この周辺部は概ね統語的に理解してよいが,正確には発話の両端の部分ととらえておきたい.発話の左端は LP (left periphery),右端は RP (right periphery) と呼ばれ,語用論的にとりわけ重要な機能を果たすポジションとされる.その機能とは,具体的には,会話運営上の意図を伝える,相手へのポライトネスを含めた配慮を示す,話題転換や会話開始などの行為を示す,等々が含まれる(小野寺, p. 16).
 歴史語用論研究の主たる関心事である談話標識 (discourse_marker) は,確かに周辺部に現われることが多い.談話標識は理論的には「発話をくくる」 (bracket an utterance) 機能を有するといわれるが,周辺部に現われることは,その目的に適っていると考えられる.ただし,LP と RP の両側から挟み込むようにして「くくる」というよりは,いずれかのみが利用されることが実際には多いようである.
 では,LP ではどのような談話標識や他の表現が用いられる傾向があるのか,あるいはどのような語用論的機能が果たされることが多いのか.また,RP ではどうなのか.また,通言語的にみた場合,"form-function-periphery mapping" (小野寺,p. 17)の関係について何らかの類型論が得られるだろうか.これらの問題はまだ詳しく解明されていないが,これまでの研究で分かってきたことはいくつかある.小野寺 (17--20) より,3点を紹介しよう.

 (1) LP には,後続する主たる部分を理解させるための認知的枠組を与える形式が置かれやすい.その形式とは,談話標識,英語の if 条件説,ドイツ語の wenn 条件説,隣接応答ペアの第一ペア部分,トピック--コメント構造のトピック部分などである.話し手が,言いたいことの前に何らかの枠組を伝えておくための場所ととらえられる.
 (2) LP と RP の両方が話順取り (turn-taking) に関わっている.会話のやりとりにおいて,発話のバトンを受けた話し手は,LP において話順を取ったことを示す傾向があり,バトンを相手に渡すときには RP において話順を譲ることを示す傾向がある.
 (3) LP には,これから行われる話者の行為が何であるかを知らせる機能がある.換言すれば,LP に置かれる談話標識等の形式は,談話の行為構造 (action structure) を司る役割を果たす.ドイツ語で話者がこれから述べようとする反対意見を知らせる obwohl や,日本語で話者が会話の開始を伝える「でも」などが,ここに属する.

 (1), (2), (3) はそれぞれ趣は異なるが,いずれも「発話をくくる」という語用論的機能を果たしている.一方で,(1), (2), (3) は別個の語用論的機能というよりは,それぞれが互いに乗り入れる連続体のようにも思われる.例えば,英語の Excuse me, but . . . や日本語の「すみませんが・・・」は LP に現われ,(1) と (3) (さらに (2) も?)の機能を同時に果たしていると考えられないだろうか.「周辺部」とは,おもしろい概念が現われてきた.

 ・ 小野寺 典子 「談話標識の文法化をめぐる議論と「周辺部」という考え方」『歴史語用論の世界 文法化・待遇表現・発話行為』(金水 敏・高田 博行・椎名 美智(編)),ひつじ書房,2014年.3--27頁.

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2015-01-05 Mon

#2079. fusion と mixture [contact][borrowing][loan_word][loan_translation][bilingualism][substratum_theory][typology][register][lexical_stratification]

 「#2061. 発話における干渉と言語における干渉」 ([2014-12-18-1]) で念を押したように,語の借用 (borrowing) は過程であり,借用語 (loanword) は結果である.Weinreich は明示的にこの区別をつける論者は少なかったと述べているが,Roberts という研究者がより早くこの区別について論じている.Roberts (31--32) は,言語接触の過程を "fusion" と呼び,結果としての状態を "mixture" と呼び分けた.また,Roberts は "fusion" と "mixture" をそれぞれ細分化するとともに,そのような過程や結果の前段階にある2言語使用状況のタイプを2つに分け,全体として言語接触の類型論というべきものを提起している.以下,Roberts (32) の図式を再現しよう.

Roberts' Typography of Bilingualism and Contact


 だが,正直いうと論文を読みながら非常に理解しにくい図式だと感じた.多くの用語が立ち並んでいるが,それぞれの歴史的な事例とそれらの間の相互の関係がとらえにくいのだ.BILINGUALISM → FUSION → MIXTURE という時間的な相の提示と後者2過程の峻別は評価できるとしても,それ以外については用語が先走っている印象であり,内容どうしの関係が不明瞭だ.Roberts (31--32) にそのまま語ってもらおう.

   When a bilingual situation ends, the surviving language (that is, the language whose grammar prevails) is colored in greater or less degree by the perishing language (that is, the language whose grammar succumbs). The extent of this coloring depends upon the relationship of the two languages during the antecedent bilingualism. Subordinative bilingualism results in admixture; a portion of the weaker language is added to the stronger, which still retains both its grammatical and its lexical integrity. Co-ordinative bilingualism results in intermixture; virtually the entire vocabulary of the weaker language is swallowed up by the stronger, which thereby loses its lexical, though not its grammatical, integrity.
   The words admixture and intermixture, as here used, denote accomplished situations, the results of processes. To designate the generative processes, the terms affusion and interfusion, corresponding respectively to admixture and intermixture, are proposed. Affusion has three modalities: infusion, suffusion, and superfusion. Interfusion has three stages or temporalities: diffusion, circumfusion, and retrofusion.


 Affusion から見ていくと,Infusion は通常の語の借用に相当する.Suffusion は,基層言語影響説 (substratum_theory) の唱える基層言語からの言語的影響に相当する.Superfusion は翻訳借用 (loan_translation) に相当する.importation と substitution という対立軸と,意識的な干渉と無意識的な干渉という対立軸がごたまぜになったような分類だ.
 次に Interfusion に目を向けると,Diffusion は本来語彙と借用語彙が使用域に関して分化する過程を指している.英語語彙における語種別の三層構造などの生成にみられる過程を想像すればよいだろう.その Interfusion の段階からさらに進むと,Circumfusion の段階となる.ここでは例えば内容語はすべてフランス・ラテン借用語であっても,それらを取り巻く機能語は本来語となるような状況が生み出される.次に,Retrofusion はソース言語からの一種の「復讐」の過程であり,フランス語の語法の影響を受けて house beautiful, knights templars, sufficient likelihood, nocturnal darkness などの表現を生み出す過程に相当する.
 Roberts は2言語使用 (bilingualism) の基礎理論を打ち立てようという目的でこの論文を書いたようだが,残念ながらうまくいっているようには思えない.より説得力のある言語接触の類型論としては,「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) と「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]) で紹介した Thomason and Kaufman によるモデルが近年ではよく知られている.
 借用に関する過程と結果の区別については「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]),「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]),「#904. 借用語を共時的に同定することはできるか」 ([2011-10-18-1]),「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]),「#2009. 言語学における接触干渉2言語使用借用」 ([2014-10-27-1]) も参照.また,関連して「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) の記事とそこに張ったリンクも参照されたい.

 ・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.
 ・ Roberts, Murat H. "The Problem of the Hybrid Language". Journal of English and Germanic Philology 38 (1939): 23--41.

Referrer (Inside): [2023-05-18-1]

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2014-08-24 Sun

#1945. 古英語期以前のラテン語借用の時代別分類 [typology][loan_word][latin][oe][christianity][borrowing][statistics]

 「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1]),「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1]) に続いて,古英語のラテン借用語の話題.古英語におけるラテン借用語の数は,数え方にもよるが,数百個あるといわれる.諸研究を参照した Miller (53) は,その数を600--700個ほどと見積もっている.

Old English had some 600--700 loanwords from Latin, about 500 of which are common to Northwest Germanic . . ., and 287 of which are ultimately from Greek, seventy-nine via Christianity . . . .


 個数とともに確定しがたいのはそれぞれの借用語の借用年代である.[2013-04-03-1]の記事では,Serjeantson に従って借用年代を (i) 大陸時代,(ii) c. 450--c. 650, (iii) c. 650--c. 1100 と3分して示した.これは多くの論者によって採用されている伝統的な時代別分類である.これとほぼ重なるが,第4の借用の波を加えた以下の4分類も提案されている.

 (1) continental borrowings
 (2) insular borrowings during the settlement phase [c. 450--600]
 (3) borrowings [600+] from christianization
 (4) learned borrowings that accompanied and followed the Benedictine Reform [c10e]

 この4分類をさらに細かくした Dennis H. Green (Language and History in the Early Germanic World. Cambridge: CUP, 1998.) による区分もあり,Miller (54) が紹介している.それぞれの特徴について Miller より引用し,さらに簡単に注を付す.

 (1a) an early continental phase, when the Angles and Saxons were in Schleswig-Holstein (contact with merchants) and on the North Sea littoral as far as the mouth of the Ems (direct contact with the Romans)
  数は少なく,主として商業語が多い.ローマからの商品,器,道具など.wine が典型例.
 (1b) a later continental period, when the Angles and Saxons had penetrated to the litus Saxonicum (Flanders and Normandy)
  ライン川河口以西でローマ人との直接接触して借用されたと思われる street, tile が典型例.
 (2a) an early phase, featuring possible borrowing via Celtic
  この時期に属すると思われる例は,ガリアで話されていた俗ラテン語と音声的に一致しており,ブリテン島での借用かどうかは疑わしいともいわれる.
 (2b) a later phase, with loans from the continental Franks as part of their influence across the Channel, especially on Kent
 (3) begins "with the coming of Augustine and his 40 companions in 597, and possibly even at an earlier date, with the arrival of Bishop Liudhard in the retinue of Queen Bertha of Kent in the 560s"
  この時期の借用語は古英語期以前の音韻変化をほとんど示さない点で,他の時期のものと異なっている.多くは教会ラテン借用語である.
 (4) of a learned nature, culled from classical Latin texts, and differ little from the classical written form

 実際には,ここまで細かく枠を設定しても,ある借用語をいずれの枠にはめるべきかを確信をもって決することは難しい.continental か insular かという大雑把な分類ですら難しく,さらに曖昧に early か later くらいが精一杯ということも少なくない.

 ・ Miller, D. Gary. External Influences on English: From its Beginnings to the Renaissance. Oxford: OUP, 2012.

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2014-08-23 Sat

#1944. 語源的綴字の類型 [etymological_respelling][spelling_pronunciation][spelling_pronunciation_gap][typology]

 初期近代英語期を中心としたラテン語に基づく語源的綴字 (etymological_respelling) の例は,「#192. etymological respelling (2)」 ([2009-11-05-1]) に挙げたものにとどまらず,少なからずある.それらの語源的綴字の分類法はいくつか考えられるが,新綴字が導入された後,特に発音との関係がどうなったかという観点からは,3つの種類に分類することができる.以下,渡部 (241--43) に拠って示す.

 (1) 新綴字に合わせて発音も変わったもの(いわゆる綴字発音 (spelling_pronunciation) ;昨日の記事「#1943. Holofernes --- 語源的綴字の礼賛者」 ([2014-08-22-1]) でいう Holofernes 的なもの)

MEMod. ELatin
savaciounsalvationsalvātiō
fautefault*fallitus
saumepsalmpsalmus
fauconfalconfalcōn
caudrouncauldroncaldārium
auteralteraltāria
distraitdistracteddistractus
parfitperfectperfectus
descryvedescribedescrībere
suget, sugietsubjectsubjectus
egalequalaequālis


 (2) 新綴字に合わせて発音が変わらなかったもの(結果として綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) が生じたもの)

MEModELatin
det, dettedebtdebitum
dote, dutedoubtdubitāre
sutil, satilsubtlesubtilis
receiptreceiptrecepta


 (3) 新綴字に合わせて発音が変わらなかったために,旧綴字へ回帰したもの

 PDE deceit は ME でも <deceite> と綴られたが,ラテン語 deceptus に倣って <deceipt> と綴りなおされた.ここまでは,(2) の receipt と同じである.しかし,<deceipt> の <p> は発音されなかったために,やがて綴字から <p> が落ち,古い <deceit> へ回帰した.deceitreceipt もほぼ同じ状況だったにもかかわらず,一方は旧綴字に回帰し,他方は新綴字にとどまったのがなぜかを説明することはできない.同様に,PDE count は ME で <counte> と綴られていたが,ラテン語 computare を参照していったんは語源的綴字 <compt> へ改まった.これは広く行なわれていたが,後に再び <count> へ回帰した.
 現代英語の綴字体系という観点からみると,(1) と (3) は結果として綴字と発音が緊密な関係にあり,問題を生じさせない.そのような素直な例に混じって,予測不可能な分布で (2) の例が存在しているために,英語の綴字体系は全体として不規則にみえるのである.現代英語の綴字は,予想不可能な歴史の産物である.

 ・ 渡部 昇一 『英語の歴史』 大修館,1983年.

Referrer (Inside): [2018-03-01-1]

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