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rhetoric - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2019-10-15 07:51

2015-06-29 Mon

#2254. 意味変化研究の歴史 [history_of_linguistics][semantic_change][semantic][rhetoric][causation][cognitive_linguistics]

 連日,Waldron に依拠して意味変化の記事を書いてきたが,同じ Waldron (115--16) を参照して,19世紀以降の意味変化研究史を振り返ってみたい.
 近代的な意味変化論は,19世紀初頭のドイツに起こった.比較言語学が出現し,音韻変化が研究され始めたのと同じ頃,言語学者は古典的なレトリックの用語により意味変化を記述できる可能性に気づいた.共時的な言葉のあや (figures of speech) と通時的な意味変化の類縁性に気がついたのである.例えば,意味変化の分類が,synechdoche, metonymy, metaphor などのレトリック用語に基づいてなされるなどした.意味変化研究史の幕開けがまさにこの関係の気づきにあったことを考えると,昨今,古典的レトリックと意味変化の関係が認知言語学の立場から再び注目を集めている状況は,非常に興味深い (cf. 「#2191. レトリックのまとめ」 ([2015-04-27-1])) .
 レトリック用語による意味変化の分類から始まり,19世紀中には論理的な分類も発達した.ある意味で現代にまで根強く続いている Extension, Restriction, Transfer の3分法である.これをより論理的に整理したのが,1894年の R. Thomas による分類で,以下のように図示できる (Waldron 115) .

I Change within the same conceptual sphere
     (a) Species pro genere
     (b) Genus pro specie
II Change through transfer to another conceptual sphere
     (a) Through subjective correspondence (metaphor)
     (b) Through objective correspondence (metonymy)


 20世紀に入ると,これまでのような意味変化の分類よりも,意味変化の原因(心理的,社会的,言語的)へと関心が移った.意味変化研究に社会や歴史の観点が取り入れられるようになり,科学技術の発展,社会道徳の変化,各種レジスターなどが意味変化に及ぼしてきた影響が論じられるようになった.
 意味変化に関する20世紀の代表的著作として Stern, Ullmann, Waldron が挙げられるが,意味変化の分類や原因を巡る議論は,およそ出尽くし,整理されたといえるかもしれない.近年は,上記のような古典的な意味変化論から脱却して,認知言語学,文法化研究,語用論などから示唆を得た,新しい意味変化研究が生まれてきつつある.
 意味論全体の研究史については,「#1686. 言語学的意味論の略史」 ([2013-12-08-1]) を参照.

 ・ Waldron, R. A. Sense and Sense Development. New York: OUP, 1967.

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2015-05-02 Sat

#2196. マグリットの絵画における metaphor と metonymy の同居 [semiotics][metaphor][metonymy][semantics][rhetoric]

 先日,国立新美術館で開催されているマグリット展に足を運んだ.13年ぶりの大回顧展という.
 René Magritte (1898--1967)はベルギーの国民的画家で,後のアートやデザインにも大きな影響を与えたシュルレアリスムの巨匠である.言葉とイメージの問題,あるいは記号論の問題にこだわり続けたという点で,マグリットの絵画は「言語学的に」鑑賞することが可能である.
 マグリットは metaphor と metonymy を意識的に多用した.多用したというよりは,それを生涯のテーマとして掲げていた.metaphor や metonymy という言葉のあやを絵画の世界に持ち込み,目に見える形で描いた.つまり,目に見える詩の芸術家である.
 意味論において metaphor は類似性 (similarity) に基づき,metonymy は隣接性 (contiguity) に基づくとされ,2つは対置されることが多い.しかし,対置される関係ではないという議論もしばしば聞かれる.マグリットも,絵画のなかで metaphor と metonymy を対立させるというよりは,しばしば同居させ,融合させることによって,この議論に参加しているかのようである.
 例えば,マグリットの絵には,一本の木が,立てられた一枚の葉の輪郭として描かれているものが何点もある.木と葉の関係は全体と部分の関係であり,典型的な metonymy の例だが,同時に両者の輪郭が類似しているという点において,その絵は metaphor ともなっている.絵を眺めていると,metonymy でもあり metaphor でもあるという不思議な感覚が生じてくるのだ.もう1つ例を挙げると,Le Viol (陵辱)という作品では,女性の胸像がそのまま女性の顔とも見えるように描かれている.体と顔とは上下に互いに隣接しており metonymy の関係をなすが,その絵においてはいずれとも見ることができるという点で metaphor でもある.Dubnick (417) によれば,マグリットは,この絵のなかで視覚的に metaphor と metonymy を表現したのみならず,同時に背後で言葉遊びもしているという.

Le Viol (The Rape, 1934) which substitutes a woman's torso for her face, is predominantly metonymic though relationships of similarity are also important. The breasts are substituted for eyes, the navel for the nose, and perhaps a risqué pun on the word labia is intended. This monstrous image is both funny and grotesque. But even though this image may convey a metaphorical and moral message about the sexual basis of a woman's identity, especially in the eyes of the rapist, the core of the painting is really the vulgar synecdoche which replaces the word "woman" with a slang term for a female's genitals. Thus, this is both a verbal and a visual pun.


 Dubnick (418) は,言語学者 Roman Jakobson を引き合いに出しながら,マグリットを次のように評価して評論を締めくくっている.

Jakobson's linguistic theories about metaphor and metonymy suggest that the phrase "visible poetry" was not an empty metaphor for Magritte, who created figures of speech with paint.


 ・ Dubnick, Randa. "Visible Poetry: Metaphor and Metonymy in the Paintings of René Magritte." Contemporary Literature 21.3 (1980): 407--19.

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2015-04-27 Mon

#2191. レトリックのまとめ [rhetoric][cognitive_linguistics]

 レトリックは,古典的には (1) 発想,(2) 配置,(3) 修辞(文体),(4) 記憶,(5) 発表の5部門に分けられてきた.狭義のレトリックは (3) の修辞(文体)を指し,そこでは様々な技法が命名され,分類されてきた.近年,古典的レトリックは認知言語学の視点から見直されてきており,単なる技術を超えて,人間の認識を反映するもの,言語の機能について再考させるものとして注目を浴びてきている.
 瀬戸の読みやすい『日本語のレトリック』では,数ある修辞的技法を30個に限定して丁寧な解説が加えられている.技法の名称,別名(英語名),説明,具体例について,瀬戸 (200--05) の「レトリック三〇早見表」を以下に再現したい.

名称別名説明
隠喩暗喩、メタファー (metaphor)類似性にもとづく比喩である。「人生」を「旅」に喩えるように、典型的には抽象的な対象を具象的なものに見立てて表現する。人生は旅だ。彼女は氷の塊だ。
直喩明喩、シミリー (simile)「〜のよう」などによって類似性を直接示す比喩。しばしばどの点で似ているのかも明示する。ヤツはスッポンのようだ。
擬人法パーソニフィケーション (personification)人間以外のものを人間に見立てて表現する比喩。隠喩の一種。ことばが人間中心に仕組まれていることを例証する。社会が病んでいる。母なる大地。
共感覚法シネスシージア (synesthesia)触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚の五感の間で表現をやりとりする表現法。表現を貸す側と借りる側との間で、一定の組み合わせがある。深い味。大きな音。暖かい色。
くびき法ジューグマ (zeugma)一本のくびきで二頭の牛をつなぐように、ひとつの表現を二つの意味で使う表現法。多義語の異なった意義を利用する。バッターも痛いがピッチャーも痛かった。
換喩メトニミー (metonymy)「赤ずきん」が「赤ずきんちゃん」を指すように、世界の中でのものとものの隣接関係にもとづいて指示を横すべりさせる表現法。鍋が煮える。春雨やものがたりゆく蓑と傘。
提喩シネクドキ (synecdoche)「天気」で「いい天気」を意味する場合があるように、類と種の間の関係にもとづいて意味範囲を伸縮させる表現法。熱がある。焼き鳥。花見に行く。
誇張法ハイパーバリー (hyperbole)事実以上に大げさな言いまわし。「猫の額」のように事実を過小に表現する場合もあるが、これも大げさな表現法の一種。一日千秋の思い。白髪三千丈。ノミの心臓。
緩叙法マイオーシス (meiosis)表現の程度をひかえることによって、かえって強い意味を示す法。ひかえめなことばを使うか、「ちょっと」などを添える。好意をもっています。ちょつとうれしい。
曲言法ライトティーズ (litotes)伝えたい意味の反対の表現を否定することによって、伝えたい意味をかえって強く表現する方法。悪くない。安い買い物ではなかった。
同語反復法トートロジー (tautology)まったく同じ表現を結びつけることによって、なおかつ意味をなす表現法。ことばの慣習的な意味を再確認させる。殺入は殺人だ。男の子は男の子だ。
撞着法対義結合、オクシモロン (oxymoron)正反対の意味を組み合わせて、なおかつ矛盾に陥らずに意味をなす表現法。「反対物の一致」を体現する。公然の秘密。暗黒の輝き。無知の知。
婉曲法ユーフェミズム (euphemism)直接言いにくいことばを婉曲的に口当たりよく表現する方法。白魔術的な善意のものと黒魔術的な悪徳のものとがある。化粧室。生命保険。政治献金。
逆言法パラレプシス (paralepsis)言わないといって実際には言う表現法。慣用的なものから滑稽なものまである。否定の逆説的な用い方。言うまでもなく。お礼の言葉もありません。
修辞的疑問法レトリカル・クエスチョン (rhetorical questions)形は疑問文で意味は平叙文という表現法。文章に変化を与えるだけでなく、読者・聞き手に訴えかけるダイアローグ的特質をもつ。いったい疑問の余地はあるのだろうか。
含意法インプリケーション (implication)伝えたい意味を直接言うのではなく、ある表現から推論される意味によって間接的に伝える方法。会話のルールの意図的な違反によって含意が生じる。袖をぬらす。ちょっとこの部屋蒸すねえ。
反復法リピティション (repetition)同じ表現を繰り返すことによって、意味の連続、リズム、強調を表す法。詩歌で用いられるものはリフレーンと呼ばれる。えんやとっと、えんやとっと。
挿入法パレンシシス (parenthesis)カッコやダッシュなどの使用によって、文章の主流とは異なることばを挿入する表現法。ときに「脱線」ともなる。文は人なり(人は文なりというべきか)。
省略法エリプシス (ellipsis)文脈から復元できる要素を省略し、簡潔で余韻のある表現を生む方法。日本語ではこの技法が発達している。これはどうも。それはそれは。
黙説法レティセンス (reticence)途中で急に話を途絶することによって、内心のためらいや感動、相手への強い働きかけを表す。はじめから沈黙することもある。「……」。「――」。
倒置法インヴァージョン (inversion)感情の起伏や力点の置き所を調整するために、通常の語順を逆転させる表現法。ふつう後置された要素に力点が置かれる。うまいねえ、このコーヒーは。
対句法アンティセシス (anthithesis)同じ構文形式のなかで意味的なコントラストを際だたせる表現法。対照的な意味が互いを照らしだす。春は曙。冬はつとめて。
声喩オノマトペ (onomatopoeia)音が表現する意味に創意工夫を凝らす表現法一般を指す。擬音語・擬態語はその例のひとつ。頭韻や脚韻もここに含まれる。かっぱらっぱかっぱらった。
漸層法クライマックス (climax)しだいに盛り上げてピークを形成する表現法。ひとつの文のなかでも、また、ひとつのテクスト全体のなかでも可能である。一度でも…、一度でも…、一度でも…。
逆説法パラドクス (paradox)一般に真実だと想定されていることの逆を述べて、そこにも真実が含まれていることを伝える表現法。アキレスは亀を追いぬくことはできない。
諷喩アレゴリー (allegory)一貫したメタファーの連続からなる文章(テクスト)。動物などを擬人化した寓話 (fable) は、その一種である。行く河の流れは絶えずして…。
反語法皮肉、アイロニー (irony)相手のことばを引用してそれとなく批判を加える表現法。また、意味を反転させて皮肉るのも反語である。〔0点に対して〕ほんといい点数ねえ。
引喩アルージョン (allusion)有名な一節を暗に引用しながら独白の意味を加えることによって、重層的な意味をかもし出す法。本歌取りはその一例。盗めども盗めどもわが暮らし楽にならざる。
パロディーもじり (parody)元の有名な文章や定型パタンを茶化しながら引用する法。内容を換骨奪胎して、批判・おかしみなどを伝える。サラダ記念日。カラダ記念日。
文体模写法パスティーシュ (pastiche)特定の作家・作者の文体をまねることによって、独.白の内容を盛り込む法。文体模写は文体のみを借用する。(例文省略)


 ・ 瀬戸 賢一 『日本語のレトリック』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2002年.

Referrer (Inside): [2015-06-29-1]

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2015-04-23 Thu

#2187. あらゆる語の意味がメタファーである [metaphor][synaesthesia][semantic_change][semantics][etymology][rhetoric][unidirectionality][terminology]

 言葉のあや (figure of speech) のなかでも,王者といえるのが比喩 (metaphor) である.動物でもないのに椅子の「あし」というとき,星でもないのに人気歌手を指して「スター」というとき,なめてみたわけではないのに「甘い」声というとき,比喩が用いられている.比喩表現があまりに言い古されて常套語句となったときには,比喩の作用がほとんど感じられなくなり,死んだメタファー (dead metaphor) と呼ばれる.日本語にも英語にも死んだメタファーがあふれており,あらゆる語の意味がメタファーであるとまで言いたくなるほどだ.
 metaphor においては,比較の基準となる source と比較が適用される target の2つが必要である.椅子の一部の例でいえば,source は人間や動物の脚であり,target は椅子の支えの部分である.かたや生き物の世界のもの,かたや家具の世界のものである点で,source と target は2つの異なるドメイン (domain) に属するといえる.この2つは互いに関係のない独立したドメインだが,「あし」すなわち「本体の下部にあって本体を支える棒状のもの」という外見上,機能上の共通項により,両ドメイン間に橋が架けられる.このように,metaphor には必ず何らかの類似性 (similarity) がある.
 「#2102. 英語史における意味の拡大と縮小の例」 ([2015-01-28-1]) で例をたくさん提供してくれた Williams は,metaphor の例も豊富に与えてくれている (184--85) .以下の語彙は,いずれも一見するところ metaphor と意識されないものばかりだが,本来の語義から比喩的に発展した語義を含んでいる.それぞれについて,何が source で何が target なのか,2つのドメインはそれぞれ何か,橋渡しとなっている共通項は何かを探ってもらいたい.死んだメタファーに近いもの,原義が忘れ去られているとおぼしきものについては,本来の語義や比喩の語義がそれぞれ何かについてヒントが与えられている(かっこ内に f. とあるものは原義を表わす)ので,参照しながら考慮されたい.

1. abstract (f. draw away from)
2. advert (f. turn to)
3. affirm (f. make firm)
4. analysis (f. separate into parts)
5. animal (You animal!)
6. bright (a bright idea)
7. bitter (sharp to the taste: He is a bitter person)
8. brow (the brow of a hill)
9. bewitch (a bewitching aroma)
10. bat (You old bat!)
11. bread (I have no bread to spend)
12. blast (We had a blast at the party)
13. blow up (He blew up in anger)
14. cold (She was cold to me)
15. cool (Cool it,man)
16. conceive (f. to catch)
17. conclude (f. to enclose)
18. concrete (f. to grow together)
19. connect (f. to tie together)
20. cut (She cut me dead)
21. crane (the derrick that resembles the bird)
22. compose (f. to put together)
23. comprehend (f. seize)
24. cat (She's a cat)
25. dig (I dig that idea)
26. deep (deep thoughts)
27. dark (I'm in the dark on that)
28. define (f. place limits on)
29. depend (f. hang from)
30. dog (You dog!)
31. dirty (a dirty mind)
32. dough (money)
33. drip (He's a drip)
34. drag (This class is a drag)
35. eye (the eye of a hurricane)
36. exist (f. stand out)
37. explain (f. make flat)
38. enthrall (f. to make a slave of)
39. foot (foot of a mountain)
40. fuzzy (I'm fuzzy headed)
41. finger (a finger of land)
42. fascinate (f. enchant by witchcraft)
43. flat (a flat note)
44. get (I don't get it)
45. grasp (I grasped the concept)
46. guts (He has a lot of guts)
47. groove (I'm in the groove)
48. gas (It was a gasser)
49. grab (How does the idea grab you?)
50. high (He got high on dope)
51. hang (He's always hung up)
52. heavy (I had a heavy time)
53. hot (a hot idea)
54. heart (the heart of the problem)
55. head (head of the line)
56. hands (hands of the clock)
57. home (drive the point home)
58. jazz (f. sexual activity)
59. jive (I don't dig this jive)
60. intelligent (f. bring together)
61. keen (f. intelligent)
62. load (a load off my mind)
63. long (a long lime)
64. loud (a loud color)
65. lip (lip of the glass)
66. lamb (She's a lamb)
67. mouth (mouth of a cave)
68. mouse (You're a mouse)
69. milk (He milked the job dry)
70. pagan (f. civilian, in distinction to Christians, who called themselves soldiers of Christ)
71. pig (You pig)
72. quiet (a quiet color)
73. rip-off (It was a big rip-off)
74. rough (a rough voice)
75. ribs (the ribs of a ship)
76. report (f. to carry back)
77. result (f. to spring back)
78. shallow (shallow ideas)
79. soft (a soft wind)
80. sharp (a sharp dresser)
81. smooth (a smooth operator)
82. solve (f. to break up)
83. spirit (f. breath)
84. snake (You snake!)
85. straight (He's a straight guy)
86. square (He's a square)
87. split (Let's split)
88. turn on (He turns me on)
89. trip (It was a bad (drug) trip)
90. thick (a voice thick with anger)
91. thin (a thin sound)
92. tongue (a tongue of land)
93. translate (f. carry across)
94. warm (a warm color)
95. wrestle (I wrestled with the problem)
96. wild (a wild idea)


 ラテン語由来の語が多く含まれているが,一般に多形態素からなるラテン借用語は,今日の英語では(古典ラテン語においてすら)原義として用いられるよりも,比喩的に発展した語義で用いられることのほうが多い.体の部位や動物を表わす語は比喩の source となることが多く,共感覚 (synaesthesia) の事例も多い.また,比喩的な語義が,俗語的な響きをもつ例も少なくない.
 このように比喩にはある種の特徴が見られ,それは通言語的にも広く観察されることから,意味変化の一般的傾向を論じることが可能となる.これについては,「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]),「#1955. 意味変化の一般的傾向と日常性」 ([2014-09-03-1]),「#2101. Williams の意味変化論」 ([2015-01-27-1]) などの記事を参照.

 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.

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2014-09-03 Wed

#1955. 意味変化の一般的傾向と日常性 [semantic_change][semantics][synaesthesia][rhetoric][grammaticalisation][prediction_of_language_change][speed_of_change][function_of_language][subjectification]

 語の意味変化が予測不可能であることは,他の言語変化と同様である.すでに起こった意味変化を研究することは重要だが,そこからわかることは意味変化の一般的な傾向であり,将来の意味変化を予測させるほどの決定力はない.「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]) で「法則」の名に値するかもしれない意味変化の例を見たが,もしそれが真実だとしても例外中の例外といえるだろう.ほとんどは,「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]) や「#1109. 意味変化の原因の分類」 ([2012-05-10-1]),「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]),「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]) で示唆されるような意味変化の一般的な傾向である.
 Brinton and Arnovick (87) は,次のような傾向を指摘している.
 
 ・ 素早く起こる.そのために辞書への登録が追いつかないこともある.ex. desultory (slow, aimlessly, despondently), peruse (to skim or read casually)
 ・ 具体的な意味から抽象的な意味へ.ex. understand
 ・ 中立的な意味から非中立的な意味へ.ex. esteem (cf. 「#1099. 記述の形容詞と評価の形容詞」 ([2012-04-30-1]),「#1100. Farsi の形容詞区分の通時的な意味合い」 ([2012-05-01-1]),「#1400. relational adjective から qualitative adjective への意味変化の原動力」 ([2013-02-25-1]))
 ・ 強い感情的な意味が弱まる傾向.ex. awful
 ・ 侮辱的な語は動物や下級の人々を表わす表現から.ex. rat, villain
 ・ 比喩的な表現は日常的な経験に基づく.ex. mouth of a river
 ・ 文法化 (grammaticalisation) の一方向性
 ・ 不規則変化は,言語外的な要因にさらされやすい名詞にとりわけ顕著である

 もう1つ,意味変化の一般的な傾向というよりは,それ自体の特質と呼ぶべきだが,言語において意味変化が何らかの形でとかく頻繁に生じるということは明言してよい事実だろう.上で参照した Brinton and Arnovick も,"Of all the components of language, lexical meaning is most susceptible to change. Semantics is not rule-governed in the same way that grammar is because the connection between sound and meaning is arbitrary and conventional." (76) と述べている.また,意味変化の日常性について,前田 (106) は以下のように述べている.

とかく口語・俗語では意味の変化が活発である.これに比べると,文法の変化はかなりまれで,おそらく一生のうちでそれと気づくものはわずかだろう.音の変化は,日本語の「ら抜きことば」のように,もう少し気づかれやすいが,それでも意味変化の豊富さに比べれば目立たない.では,なぜ意味変化 (semantic change) はこれほど頻繁に起こるのだろうか.その答えは,おそらく意味変化がディスコース (discourse) における日常的営みから直接生ずるものだからである.


 最後の文を言い換えて,前田 (130) は「意味の伝達が日常の言語活動の舞台であるディスコースにおけるコミュニケーション活動の目的と直接結びついているからである」と結論している.

 ・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.
 ・ 前田 満 「意味変化」『意味論』(中野弘三(編)) 朝倉書店,2012年,106--33頁.

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2014-08-31 Sun

#1952. 「陛下」と Your Majesty にみられる敬意 [honorific][title][address_term][politeness][euphemism][rhetoric][metonymy][personal_pronoun][bible][t/v_distinction]

 標記の日本語表現と英語表現は,それぞれ天皇と国王を指示する呼称であり至高の敬意を表わす.いずれの表現にも politenesseuphemism の戦略が複数埋め込まれており,よくぞここまで工夫したと思わせる語句となっている.
 「陛下」は元来宮殿に上る階段の下を指した.そこには取次の近臣がおり,その近臣を経由して,伝達事項が天皇の上聞に達することになっていた.本来は場所を表わす語句によりそこにいる取次を間接的に指示し,さらにその取次を指示することにより上にいる天皇を間接的に指示するのだから,2重の換喩 (metonymy) であり,ポライトネスを著しく意識した婉曲表現でもある.「敬して遠ざく」の極致だろう.また,「下」は反意語「上」を否応なしに想起させ,天皇の至上性を暗示する点で,緩叙法 (litotes) の効果をも併せもつ.表現としては中国で天子の敬称として用いていたものが日本にも伝わったものであり,古くは天皇にはむしろ類義語「殿下」の称号が付された.明治以降,皇室典範の規程により,天皇と三后には「陛下」,三后以外の皇族には「殿下」と使い分けが定められ,今に至っている.
 英語の Your Majesty も,ポライトネス戦略の点からは「陛下」に負けていない.まず,「#440. 現代に残る敬称の you」 ([2010-07-11-1]) でみたように,Your そのものが敬意を含んでいる (cf. t/v_distinction) .次に,Majesty はそれ自身の意味として至高の美徳を表わしている.加えて,その至高の美徳という抽象的な性質によって,具体的な王を間接的に指示している.ここには,換喩による間接性と婉曲性が感じられる.なお,抽象的な性質によって具体的な人や物を指す例は,She is our last hope., His latest novel is a complete failure., Our daughter is a great pride and joy to us. のような表現にも見ることができ,換喩として一般的なものである (cf. Stern 319--20) .
 なお,Majesty のこの用法の初出は,OED によると,14世紀後半である.

a1387. J. Trevisa tr. R. Higden Polychron. (St. John's Cambr.) (1872) IV. 9 (MED), Whanne Alisaundre..wente toward his owne contray, þe messangers..of Affrica, of Spayne, and of Italy come in to Babilon to ȝilde hem to his lordschipe and mageste [L. ejus ditioni].


 しかし,君主の敬称として定着したのは17世紀のことであり,それ以前には Henry III や Queen Elizabeth I が Your GraceYour Highness と呼ばれるなど,諸形が交替した.James I に捧げられた The Authorised Version (The King James Version [KJV]) では,Your HighnessYour Majesty がともに用いられている.
 「陛下」,Your Majesty,そして関連するいくつかの表現は,それぞれ異なるポライトネス・ストラテジーによってではあるが,最高度の敬意を表わすために作り出された感心するほど巧みな造語である.敬礼!

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

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2014-07-21 Mon

#1911. 黙説 [rhetoric][terminology][pragmatics][cooperative_principle]

 昨日の記事「#1910. 休止」 ([2014-07-20-1]) で触れたので,修辞学のトポスの1つとしての黙説(断絶法,頓絶法,話中頓絶,黙過;reticence, aposiopesis, silence)についれ触れておきたい.昨日は,発話における無音区間を言語学的機能という観点から取り上げたが,今日はそれを修辞的技法という観点から眺めたい.
 黙説とは,語らぬことによって語る言葉のあやだが,最初から語らないのでは話しにならない.語っている途中で突然黙ることに意味がある.続きが期待されるところで実際には続かないことにより,聞き手はサスペンス状態におかれる.聞き手は,続きを自らの力で補う立場に立たされる.いわば,いままで話し手の調子に合わせて気持ちよく波に乗っていたのに,予期せぬタイミングでバトンを渡されたという感じである.余韻や余情を感じさせられる程度で済むならばよいが,穴を埋めなければならない責任感を感じるほどにサスペンス状態に追い込まれたとすれば,聞き手はその後で主体的なメッセージ解読作業に参与していかざるをえない.こうなれば話し手にとっては,してやったりで,語らぬことにより実際に語る以上の効果を示すことができたというものである.
 以上の黙説の解説は,佐藤 (41) の秀逸な論考を拝借したものにすぎない.

すぐれた《黙説》表現は、表現の量を減少させることによって、意味の産出という仕事を半分読者に分担させる。受動的であった想像力に能動的な活動をもとめる。聞き手が謎解きに参加することによってはじめてことばの意味は活性化する……という原理は、なにも黙説のばあいだけのことではなく、そもそも言語による表現が成立するための根源的な条件であるが、レトリックの《黙説》はその原理を極端なかたちで表現しようとする冒険にほかならない。
 私たちはとかく、メッセージとは相手から受けとるものだと考えがちである。が、《黙説》は――すぐれた黙説は――、メッセージをその真の正体である「問いかけ」に変えるのだ。疑問文ばかりが問いかけなのではない。すべてのメッセージが問いかけなのである。


 黙説を含むレトリック技法の本領は,Grice の「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]) (cooperative principle) に意図的に反することにより,会話の参与者にショックを与えることである.話し手は,聞き手の期待を裏切ることによって,聞き手を,それまで常識として疑うことのなかった会話の原理・原則にまで立ち返らせるのだ.佐藤が「すべてのメッセージが問いかけなのである」と述べているとおり,発せられるすべての文の先頭には,言外に "I ask you to understand what I am going to say: " や "Tell me what you have to say to what I am going to say: " が省略されていると考えることができる.語用論では,このような前置きに相当する表現を IFID (Illocutionary Force Indicating Device) と呼んでいるが,効果的に用いられた黙説は,それだけで強力な IFID の機能を果たしているということになる.
 休止や黙説は,すぐれて話し言葉的な現象と思われるかもしれないが,むしろ書き言葉にこそ巧みに応用されている.音声上はゼロにもかかわらず,書記上に反映されることがあるのだ.日本語の「……」しかり,英語の ". . . ." しかり.休止や黙説の担うコミュニケーション上の価値が無であるとすれば,表記する必要もないはずである.しかし,あえてそれが表記されるというのは,そこに談話上の意味がある証拠だろう.

 ・ 佐藤 信夫 『レトリック認識』 講談社,1992年.

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2014-03-29 Sat

#1797. 言語に構造的写像性を求める列叙法 [iconicity][rhetoric][bible]

 昨日の記事「#1796. 言語には構造的写像性がない」 ([2014-03-28-1]) で,言語の構造的写像性の欠如に反逆するレトリックとして列叙法 (accumulation) という技巧があると述べた.これに関する佐藤 (257--58) の記述を見てみよう.

列叙法は、文章の外形を、その意味内容およびそれによって造形される現実に似せてしまおうという努力の一種である。表現することばによって、表現されるものの模型にしようとする。どうやらディジタル風にできているらしい言語を、あえてアナログ風につかってみようというこころみの一種である。たしかに、指針なしで数字だけを読みとらなければならないディジタル型の時計よりも、長針と短針の進む角度の大きさが時の流れのイメージをえがくアナログ型のダイアルのほうが、私たちの生物感覚にはしたしみやすい。角度が時間の模型になっているからである。


 列叙法とは,例えば "my faith, my hope, my love" と列挙したり,"What may we think of man, when we consider the heavy burden of his misery, the weakness of his patience, the imperfection of his understanding, the conflicts of his counsels . . . ?" (Peacham, The Garden of Eloquence) に見られるような畳みかける語法のことをいう.旧訳聖書からは Eccles. 1:4--7 の次の箇所を引用しよう(AV より).

One generation passeth away, and another generation cometh: but the earth abideth for ever. The sun also ariseth, and the sun goeth down, and hasteth to his place where he arose. The wind goeth toward the south, and turneth about unto the north; it whirleth about continually, and the wind returneth again according to his circuits. All the rivers run into the sea; yet the sea is not full; unto the place from whence the rivers come, thither they return again.


 日本語の例としては,「傲慢ナル、薄学寡聞ナル、怠惰ナル、賤劣ナル、不品行ナルハ、当時書生輩ノ常態ニテ候。」(尾崎行雄『公開演説法』)などがある.1つの物事を一言で表現しきらずに,あえて様々な角度から記述する.この引き延ばされたような冗長さが,言語本来のデジタルな機能に反するところのアナログさを感じさせるのだろう.
 人間は,言語が本来的にもっている特徴や機能にあえて抗うためにすら,言語を用いることができるというのは,驚くべきことである.レトリックとは,言語を使いこなす技というよりは,言語による呪縛から解き放たれるための手段なのかもしれない.これが,佐藤信夫のいう「レトリック感覚」である.ぜひ一読を薦めたい良書.

 ・ 佐藤 信夫 『レトリック感覚』 講談社,1992年.

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2014-03-28 Fri

#1796. 言語には構造的写像性がない [iconicity][arbitrariness][rhetoric][linguistics]

 鈴木 (12--16) は,言語の記号にソシュールの言うような恣意性という特徴があるのはその通りだが,さらに記号間の対応関係それ自体に恣意性という特徴があるということを指摘しており,後者を構造的写像性 (structural iconicity) の欠如と表現している.具体的には,次のような事実を指す.「大」「小」という記号(語)において能記と所記の関係が恣意的であることはいうまでもないが,この2つの記号間の関係もまた恣意的である.なぜならば,大きいことを意味する「大」が小さいことを意味する「小」よりも,大きな声で発音されるわけでもないし,大きな文字で書かれるわけでもないからだ.「ネズミ」と「ゾウ」では,ネズミのほうが明らかに小さいのに,音としては1モーラ分より大きい(長い)し,文字としても1文字分より大きい(長い).この事実は,記号間の関係が現実世界にある指示対象の関係と対応していないこと,構造的写像性がないことを示している.
 言語に構造的写像性がないということは,当たり前すぎてあえて指摘するのも馬鹿げているように思われるかもしれないが,これは非常に重要な言語の特徴である.数字の 1 と 10,000,000 には 1:10,000,000 もの大きな比があるのだが,言語化すれば「いち」と「いちおく」という 1:2 の比にすぎなくなる.言語に構造的写像性がないからこそこれほどの経済性を実現できるのであり,その効用は計り知れない.佐藤 (256--57) も同じ趣旨のことを述べている.

瞬間と光年というふたつの単語の外形の大きさは、いっこうにその内容の大きさの差を反映していないし、一瞬間を何ページにもわたって語る長い文章もあれば、宇宙の十億光年の距離を一行の文句で記述することもできる。それはあたりまえのはなしで、人間の言語がこれほど知性的になったのは、とりもなおさずその外形と中身のサイズの比例を断ち切ることに成功したからであった。それは人間の言語の本質的性格のひとつでもあった。


 しかし,言語において構造的写像性が完全に欠如しているかといえば,そうではない.「#113. 言語は世界を写し出す --- iconicity」 ([2009-08-18-1]) やその他の iconicity の記事で示してきたように,言語記号は時に現実世界を(部分的に)反映することがある.例えば,接辞添加や reduplication により名詞の指示対象の複数性を示したり (ex. book -- books, 「山」 -- 「山々」),程度を強調するのに語を繰り返したり,延ばしたりすること (ex. very very very happy, 「ちょーーー幸せ」) は普通にみられる.
 実際,言語は,自らの本質的な特徴である構造的写像性の欠如に対して謀反を起こすことがある.あたかも,言語があまりに知性的で文明的になってしまったことに嫌気がさしたかのように.

しかし、ときどき、文明人ではなくなりたいと、ふと思うこともないわけではない。子どもが、《こんなにたくさん……》という意味内容をあらわすために思いきり両手をひろげる、また、いい年をした男が、釣りそこなった魚のくやしい大きさを両手であらわすのを見るとき、私たちは、文明言語があまりにも抽象的になってしまったことを思い出す。そして、内容量をその体格そのものであらわしてしまうような言語を、奇妙なノスタルジーをもって思うことがある。(佐藤、p. 257)


 だが,言語には,この謀反の欲求を満足させるための方策すら用意されているのだ.レトリックでいう列叙法 (accumulation) がそれである.これについては明日の記事で.

 ・ 鈴木 孝夫 『教養としての言語学』 岩波書店,1996年.
 ・ 佐藤 信夫 『レトリック感覚』 講談社,1992年.

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2014-02-18 Tue

#1758. synaesthesia とロマン派詩人 (2) [synaesthesia][semantic_change][semantics][rhetoric][literature]

 昨日の記事「#1757. synaesthesia とロマン派詩人 (1)」 ([2014-02-17-1]) に引き続き,共感覚表現とロマン派詩人について.
 Ullmann (281) に,2人のロマン派詩人 Keats と Gautier の作品をコーパスとした synaesthesia の調査結果が掲載されている.収集した共感覚表現において,6つの感覚のいずれからいずれへの意味の転用がそれぞれ何例あるかを集計したものである.表の見方は,最初の Keats の表でいえば,Touch -> Sound の転用が39例あるという読みになる.

KeatsTouchHeatTasteScentSoundSightTotal
Touch-1-2391456
Heat2--151119
Taste11-1171636
Scent2-1-2510
Sound-----1212
Sight621-31-40
Total114249458173
GautierTouchHeatTasteScentSoundSightTotal
Touch-5-57055135
Heat----41115
Taste---411722
Scent----516
Sound21-1-1317
Sight3--134-38
Total56-1112487233


 多少のむらがあるとは言え,表の左上から右下に引いた対角線の右上部に数が集まっているということがわかるだろう.とりわけ Touch -> Sound や Touch -> Sight が多い.これは,共感覚表現を生み出す意味の転用は,主として下位感覚から上位感覚の方向に生じることが多いことを示す.生理学的には最高次の感覚は Sound ではなく Sight と考えられるので,Touch -> Sound のほうが多いのは,この傾向に反するようにもみえるが,Ullmann (283) はこの理由について以下のように述べている.

Visual terminology is incomparably richer than its auditional counterpart, and has also far more similes and images at its command. Of the two sensory domains at the top end of the scale, sound stands more in need of external support than light, form, or colour; hence the greater frequency of the intrusion of outside elements into the description of acoustic phenomena.


 さらに,Ullmann (282) は,他の作家も含めた以下の調査結果を提示している.下位感覚から上位感覚への転用を Upward,その逆を Downward として例数を数え,上述の傾向を補強している.

AuthorUpwardDownwardTotal
Byron17533208
Keats12647173
Morris27923302
Wilde33777414
'Decadents'33575410
Longfellow7826104
Leconte de Lisle14322165
Gautier19241233
Total1,6653442,009


 synaesthesia の言語的研究は,この Ullmann (266--89) の調査とそこから導き出された傾向が契機となって,研究者の関心を集めるようになった.下位感覚から上位感覚への意味の転用という仮説は,通時的にも通言語的に概ね当てはまるとされ,一種の「意味変化の法則」([2014-02-16-1]の記事「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」を参照)をなすものとして注目されている.心理学,認知科学,生理学,進化論などの立場からの知見と合わせて,学際的に扱われるべき研究領域といえよう.
 関連して,音を色や形として認識することのできる能力をもつ話者に関する研究として,Jakobson, R., G. A. Reichard, and E. Werth の論文を挙げておく.

 ・ Ullmann, Stephen. The Principles of Semantics. 2nd ed. Glasgow: Jackson, 1957.
 ・ Jakobson, R., G. A. Reichard, and E. Werth. "Language and Synaesthesia." Word 5 (1949): 224--33.

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2014-02-17 Mon

#1757. synaesthesia とロマン派詩人 (1) [synaesthesia][semantic_change][collocation][rhetoric][literature]

 synaesthesia共感覚)の話題は,多くの人々の関心を引きつける.私の大学のゼミでも,毎年のように卒論の題材に選ぶ学生が現われる.そもそも synaesthesia とは何か.まずは,Bussmann の言語学用語辞典よる説明を引用しよう.

synesthesia [Grk synaísthēsis 'joint perception']
The association of stimuli or the sense (smell, sight, hearing, taste, and touch). The stimulation of one of these senses simultaneously triggers the stimulation of one of the other senses, resulting in phenomena such as hearing colors or seeing sounds. In language, synesthesia is reflected in expressions in which one element is used in a metaphorical sense. Thus, a voice can be 'soft' (sense of touch), 'warm' (sensation of heat), or 'dark' (sense of sight).


 つまり,ある感覚を表わすのに,別の感覚に属する表現を用いてすることである.通言語的に広く観察される現象であり,昨日の議論「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]) の流れでいえば,意味に関する傾向というよりは法則と呼ぶべきものに近い.日本語でも,「柔らかい色」(触覚と視覚),「甘い香り」(味覚と嗅覚),「黄色い声援」(視覚と聴覚)など多数ある.
 英語でも上記の引用中の日常的な例のほか,より文学的な言語からは "I see a voice: now will I to the chink, To spy an I can hear my Thisby's face" (Sh., Mids. N. D. 5:1:194--95), "As they smelt music" (Sh., Tempest 4:1:178), "eyes which mutter thickly" (E. E. Cummings), "And taste the music of that vision pale" (Keats) などの表現がいくらでも見つかる.
 文学史的にいえば,予想されることだが,synaesthesia はロマン派の詩人が好んだ修辞法である.ロマン派の出現と synaesthesia は,無縁ではないどころか,堅く結びついている.Ullmann (272--73) は,18世紀後半の社会史と文学史の展開に,英語における本格的な共感覚表現使用の起源をみている.

In the latter half of the eighteenth century, a number of contributory factors prepared the ground for the romantic vogue of synaesthesia: occult influences (Swedenborg), theories about language origin (Herder), efforts to delimit the various arts (Lessing, Erasmus Darwin), Rousseau's use of sense-metaphors, and various other currents of pre-romantic literature.
   All these threads were gathered up by the Romantic Movement. There were also some factors peculiar to that generation: the cult of exoticism and the use of drugs like hashish and opium; the part played by certain synaesthetic temperaments, such as E. T. A. Hoffmann; the tightening of social contacts between writers, artists and musicians; and in a more general way, the new code of aesthetics, with its search for novel and imaginative effects, expressiveness, and evocatory power. For the first time in the history of literature synaesthetic metaphor became a fully-fledged poetic device, and its stylistic potentialities were widely exploited. The most frequent settings in which it automatically presented itself were descriptive passages with strong suggestive power, where synaesthesia, like Leibniz's monads, provided several angles from which the same sensation could be viewed; situations where the organic unity of perceptual states had to be stressed; and last but not least, vague, dreamy, or even uncanny and hallucinatory moods where the semi-pathological implications of intersensorial transfer found a congenial expression. So strong was the interest in these 'correspondences', 'harmonies', and 'transpositions', that entire poems were devoted to synaesthetic themes. (273)


 この引用は,意味論の記述であるとともに文学史上の批評ともなっており,実に興味深い.Ullmann が取り上げた作家群には,Byron, Keats, William Morris, Wilde, Dowson, Phillips, Lord Alfred Douglas, Arthur Symons; Longfellow; Leconte de Lisle, Théphile Gautier; and the Hungarian romantic poet Vörösmarty などがいた.
 では,ロマン派の詩人は具体的にどのような種類の synaesthesia 表現を用いたのだろうか.これについては,明日の記事で.

 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.
 ・ Ullmann, Stephen. The Principles of Semantics. 2nd ed. Glasgow: Jackson, 1957.

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2014-02-04 Tue

#1744. 2013年の英語流行語大賞 [lexicology][ads][woy][register][rhetoric][punctuation]

 一月前のことになるが,1月3日,American Dialect Society による 2013年の The Word of the Year が発表された.プレス・リリース (PDF) はこちら
 2013年の大賞は because である.古い語だが,新しい語法が発達してきたゆえの受賞という.

This past year, the very old word because exploded with new grammatical possibilities in informal online use. . . . No longer does because have to be followed by of or a full clause. Now one often sees tersely worded rationales like 'because science' or 'because reasons.' You might not go to a party 'because tired.' As one supporter put it, because should be Word of the Year 'because useful!'


 この新用法は,現在は "in informal online use" という register に限定されているが,上記の通り便利であるにはちがいないので,今後 register を拡げてゆく可能性がある.MOST USEFUL 部門でも受賞している.
 新用法は because が節ではなく語や句を従えることができるようになったというものだが,これには2種類が区別されるように思われる.1つは,"because tired" や "because useful" のように,統語的要素が省略されていると考えられるもの.ここでは,それぞれ "because (I am) tired" や "because (it is) useful" のように主語+ be 動詞が省略されていると解釈できる.発話されている状況などの語用論的な情報を参照せずとも,統語的に「復元」できるタイプだ.統語的に論じられるべき用法といえるだろう.
 もう1つは,"because science" や "because reasons" のタイプだ.これは "because of science" や "because of reasons" とも異なるし,一意に統語的に節へ「復元」できるわけでもない.むしろ,1語により節に相当する意味を想像させ,含蓄や余韻を与える修辞的な効果を出している.こちらは,統語的というよりは修辞的に論じられるべき用法といえる.
 さて,受賞した because のほかにも,ノミネート語句や他部門での受賞語句があり,眺めてみるとおもしろい.例えば slash は,"used as a coordinating conjunction to mean 'and/or' (e.g., 'come and visit slash stay') or 'so' ('I love that place, slash can we go there?')" と説明されており,確かに便利な語である.書き言葉に属する句読記号 (punctuation) の1つを表す語が,話し言葉で接続詞として用いられているというのがおもしろい.「以上終わり」を意味する間投詞としての Period. に類する特異な例である.

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2013-04-29 Mon

#1463. euphuism [style][literature][inkhorn_term][johnson][emode][renaissance][alliteration][rhetoric]

 「#292. aureate diction」 ([2010-02-13-1]) で,15世紀に発生したラテン借用語を駆使する華麗語法について見た.続く16世紀には,inkhorn_term と呼ばれるほどのラテン語かぶれした語彙が押し寄せた.これに伴い,エリザベス朝の文体はラテン作家を範とした技巧的なものとなった.この技巧は John Lyly (1554--1606) によって最高潮に達した.Lyly は,Euphues: the Anatomy of Wit (1578) および Euphues and His England (1580) において,後に標題にちなんで呼ばれることになった euphuism (誇飾体)という華麗な文体を用い,初期の Shakespeare など当時の文芸に大きな影響を与えた.
 euphuism の特徴としては,頭韻 (alliteration),対照法 (antithesis),奇抜な比喩 (conceit),掛けことば (paronomasia),故事来歴への言及などが挙げられる.これらの修辞法をふんだんに用いた文章は,不自然でこそあれ,人々に芸術としての散文の魅力をおおいに知らしめた.例えば,Lyly の次の文を見てみよう.

If thou perceive thyself to be enticed with their wanton glances or allured with their wicket guiles, either enchanted with their beauty or enamoured with their bravery, enter with thyself into this meditation.


 ここでは,enticed -- enchanted -- enamoured -- enter という語頭韻が用いられているが,その間に wanton glanceswicket guiles の2重頭韻が含まれており,さらに enchanted . . . beautyenamoured . . . bravery の組み合わせ頭韻もある.
 euphuism は17世紀まで見られたが,17世紀には Sir Thomas Browne (1605--82), John Donne (1572--1631), Jeremy Taylor (1613--67), John Milton (1608--74) などの堂々たる散文が現われ,世紀半ばからの革命期以降には John Dryden (1631--1700) に代表される気取りのない平明な文体が優勢となった.平明路線は18世紀へも受け継がれ,Joseph Addison (1672--1719), Sir Richard Steele (1672--1729), Chesterfield (1694--1773),また Daniel Defoe (1660--1731), Jonathan Swift (1667--1745) が続いた.だが,この平明路線は,世紀半ば,Samuel Johnson (1709--84) の荘重で威厳のある独特な文体により中断した.
 初期近代英語期の散文文体は,このように華美と平明とが繰り返されたが,その原動力がルネサンスの熱狂とそれへの反発であることは間違いない.ほぼ同時期に,大陸諸国でも euphuism に相当する誇飾体が流行したことを付け加えておこう.フランスでは préciosité,スペインでは Gongorism,イタリアでは Marinism などと呼ばれた(ホームズ,p. 118).

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
 ・ 石橋 幸太郎 編 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.
 ・ U. T. ホームズ,A. H. シュッツ 著,松原 秀一 訳 『フランス語の歴史』 大修館,1974年.

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2012-11-17 Sat

#1300. hypostasis [hypostasis][sign][function_of_language][semiotics][phrase][rhetoric]

 Bloomfield (148) の用語で,言語形式をあたかも名詞であるかのように扱うこと.実体化,hypostatization とも呼ばれる.以下に,例を挙げよう.

 ・ That is only an if.
 ・ There is always a but
 ・ The word normalcy
 ・ The name Smith
 ・ the suffix -ish in boyish[2009-09-07-1]の記事「#133. 形容詞をつくる接尾辞 -ish の拡大の経路」を参照)

 最後の -ish は,独立して Ish. 「みたいな.」のように一種の副詞として独立して用いられるようになっており,接辞の実体化の例といえるだろう.ほかにも,isms (諸諸の主義), ologies (諸学問)などの例がある.
 ほかに,成句を字義通りにとらえる realization (現実化)という種類の hypostasis もある.kick the bucket は成句で「死ぬ」の意だが,あえて字義通りに「バケツを蹴る」と解するとき,hypostasis が生じている.他者の発言を繰り返す引用 (quotation) も,機能的には hypostasis にきわめて近いと考えられる.よく知られた例としては,Lewis Carroll の Through the Looking-Glass の次の一節における nobody の実体化が挙げられる.「言葉じり」にも通ずる概念だろう.

"I see nobody on the road," said Alice. "I only wish I had such eyes," the king remarked in a fretful tone. "To be able to see Nobody! And at that distance too! Why, it's as much as I can do to see real people, by this light!"


 hypostasis はメタ言語的用法の1つととらえてよいが,これが言語学的な関心の対象となるのは,結果として生じた実詞が普通名詞なのか,形容詞になれるのか,どの性に属することになるのかなどの問題が生じるからである.また,日常のなかに豊富に例があり,意味変化や造語などの創造的な言語活動にも広く関わってくる過程として重要だ.修辞法とも関わりが深い.
 hypostasis と関連して,メタ言語の機能については,「#1075. 記号と掛詞」 ([2012-04-06-1]) で取り上げた Barthes の記号の2次使用としての meta language や,「#1071. Jakobson による言語の6つの機能」 ([2012-04-02-1]) を参照.

 ・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.
 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
 ・ 寺澤 芳雄(編)『英語学要語辞典』,研究社,2002年.298--99頁.

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2012-06-04 Mon

#1134. 協調の原理が破られるとき [pragmatics][cooperative_principle][implicature][rhetoric]

 協調の原理 (the Cooperative Principle) について,[2012-05-23-1], [2012-06-03-1]の記事で取り上げてきた.談話の参加者が暗黙のうちに遵守しているとされるルールのことであるが,あくまで原則として守られるものとしてと捉えておく必要がある.原則であるから,ときには意識的あるいは無意識的に破られることもある.例えば,Grice (30) によれば,原理 (principle) あるいは公理 (maxims) は以下のような場合に破られることがある.適当な例を加えながら解説しよう.

 (1) 相手に知られずに公理を犯す場合.結果として,聞き手の誤解を招くことが多い.嘘をつくことがその典型である.嘘は,質の公理を犯すことによって,聞き手に誤ったメッセージを信じさせる行為である.嘘に限らず,誤解を生じさせることを目的とした意地悪な物言いなども,このタイプである.
 (2) 原理や公理から意図的に身を引く場合.質問に対して「その質問には答えません」と返したり,「ところで・・・」と話しをそらすようなケース.
 (3) ある公理に従うことで他の公理を犯すことになってしまう場合.「○○さんはどこに住んでいるんだろうね?」に対して,具体的な住所は知らずに「東北地方のどこか」と答えるようなケース.量の公理によれば,質問に対して必要なだけ詳しい回答を与えることが期待されるが,質の公理によれば,知らないものは口にすべきではないということになり,後者の遵守が前者の遵守を妨げる結果となる.
 (4) 公理をあえて無視し,それにより特定の含意 (implicature) を生み出す場合.[2012-05-23-1]の記事で挙げた,"How is that hamburger?" --- "A hamburger is a hamburger." のような例.別の例を挙げよう.

A: Smith doesn't have a girlfriend these days.
B: He has been paying a lot of visits to New York lately.


このやりとりで,B の発言は額面通りに取れば A の発言に呼応しておらず,関係の公理を犯しているかのようにみえる.しかし,B が対話から身を引いているようには思われない以上,B は A の発言に有意味な発言をしているにちがいない.B はあえて関係の公理を破り,そのことを A もわかっているはずだとの前提のもとに,A に言外の意味を推測するよう駆り立てているのである.「Smith はニューヨークに新しい彼女がいる」という含意 (implicature) が生まれるのは,このためである.公理の力を利用した裏技といえるだろう.皮肉や機知や各種の修辞的技法はこのタイプである.
 原理とは,破られるときにこそ,その力がはっきりと理解されるものかもしれない.

 ・ Grice, Paul. "Logic and Conversation." Studies in the Way of Words. Cambridge, Mass.: Harvard UP, 1989. 22--40.

Referrer (Inside): [2015-04-14-1] [2013-10-31-1]

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2011-04-17 Sun

#720. レトリック的トポスとしての語源 [etymology][rhetoric][political_correctness]

 昨日の記事[2011-04-16-1]で,plagiarism の罪の重さを,語源を引き合いに出して説いた.新年度の最初にいくつかの授業で「剽窃」について語る(というか指導する)必要があったので,plagiarism の語の周辺をにわか調べした次第である.ある語の語源や語史を示し,過去と現在の意外な意味のつながりにより説得力を生み出すレトリック的話法を「語源論法」という.今回はこの語源論法で,剽窃が悪いことを説こうとしたわけだ.『レトリック』を著わしたルブール (57) によれば,「語源論法は古代以来、教養の精華として教授されてきており、現在でもなおレトリック的トポスであり続けている。」
 しかし,この語源論法というトポスの受け手になる場合には,注意しなければならない.なぜならば,「この語源論法は歴史的実態をあまり気にせず、とんでもない派生関係をでっち上げることがしばしばある」からである (56) .語源的事実を歪曲あるいは無視して,でっち上げの語源を作って議論に利用するケースがある.例えば,性差別に関する political correctness (PC) の議論でよく知られいるものとして「humanhistory は,manhis を含んでいることから男性優位社会を象徴する語であり,男女平等の観点から好ましくない」というものがある.*huperson や *herstory という語があってもよいのではないかという議論になり得るが,語源的には humanman, historyhis はまったく関係がない.他のレトリック的トポスも同じだが,語源論法も使い方次第で効果が変わる.
 実のところ,私自身が持ちだした plagiarism の語源論法と極端なPC論者の human の語源論法との間には,証明力がない点で本質的な差はない.もちろん,現代の言語学的語源学が明らかにしている意味や形態の史的発達の記述に従えば,human の議論は誤った語源情報に基づいた議論であり,一方で plagiarism の議論は(完全に正確であるとは言い切れなくとも)より正確な語源情報に依拠している.しかし,plagiarism が語源的に「誘拐犯」を意味するからといって,剽窃が悪であることを証明することはできない.ある程度の説得力はあるかもしれないが(それを期待して語源論法を用いたのだが),証明力はない.語源論法はレトリックである以上,証明力でなく説得力を狙っているにすぎない.ルブールはレトリックにおける語源論法を次のように的確に評している.

確かに、ある言語体系において、ある語は何かを「意味する」。しかし、「語源的に」何かを意味するなどということはない。語源論法を援用することで当事者には学の後光が射す。言葉の「ほんとうの」意味を掴んでいるのは彼だけであるから、ほかの人間どもは何をいっていいかわからなくなり、黙るしかない、というわけなのだ。/他の語の文彩と同じように、語源論法も詩的、示唆的、刺激的なものでありうる。しかし、証明力となると地口以上のものを持っているわけではない。語源論法はいくつもあるレトリックの一手段に過ぎず、それ以外の何物でもない〔中略〕。」 (58)


 では,ルブールは語源論法をレトリックのトポスとして低く評価しているということなのだろうか.啓蒙書シリーズで『レトリック』を著わしている本人が,レトリックの一手段である語源論法を攻撃しているとは考えにくい.著者が本書の最後 (170) で述べているとおり,「レトリックは真理の道具か。必ずしもそうではない。しかし、平和の、洞察の、文化の道具ではある。もしくはそうなりうる可能性を持っている。」
 現代の言語学において,語源学の立場が不安定で依存的であることは,[2010-08-06-1]の記事「語源学は技芸か科学か」で話題にしたとおりである.語源にレトリックとしての価値のあることは認めるとしても,それ自身が自立した体系的な学問領域になり得るかどうかは悩ましい問題である.語源学が技芸であったとしても,語源がレトリックのトポスであったとしても,語源(学)の地位を単発の雑学知識以上の何ものかに高めたい,それが私の個人的な思いである.
 関連記事として,「虹」の比較語源学 ([2009-05-10-1]) と「たそがれ」の比較語源学 ([2009-06-05-1]) を参照.

 ・ オリヴィエ・ルブール 著,佐野 泰雄 訳 『レトリック』 白水社〈文庫クセジュ〉,2000年.

Referrer (Inside): [2011-08-29-1] [2011-04-24-1]

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