hellog〜英語史ブログ

#1098. 情報理論が言語学に与えてくれる示唆を2点[information_theory][redundancy][corpus]

2012-04-29

 ##1089,1090,1091 の記事で,言語学が情報理論 (information theory) から得られる知見について,特に言語の余剰性 (redundancy) に注目しながら紹介した.今回は,Jakobson による "Linguistics and Communication Theory" と題する論文にしたがって,情報理論が言語学に与えてくれるヒントを考えてみたい.
 Jakobson は,彼の提示した二進法的な音素の示差的特徴 (distinctive feature) と,情報理論における基本単位である "digit" あるいは "bit" との親和性に気づき,(構造)言語学と情報理論の接点に注目した.Jakobson は両分野の共通点と相違点を洗い出し,言語学が情報言語から学べることは何か,両者の間で同一視してはいけないことは何かということを論じている.その中で特に2点が私の関心に引っかかったので,紹介したい.

 (1) 情報理論は,もっぱら物理的な情報伝達の効率や情報体系の仕組み (code) に関心があり,その発信者,受信者,文脈,意味は考慮しない.言語体系も code ではあるが,それは言語行動が必要とする諸側面の1つにすぎず,code のみに注目する態度は避けるべきである.code が1側面にすぎないことは「#1070. Jakobson による言語行動に不可欠な6つの構成要素」 ([2012-04-01-1]) で見たとおりである.

There is a similar danger when interpreting human inter-communication in terms of physical information. Attempts to construct a model of language without any relation either to the speaker or to the hearer and thus to hypostasize a code detached from actual communication threaten to make a scholastic fiction from language. (250)


 (2) 言語学が (1) の注意点を意識した上で,情報理論の手法を用いて言語体系の効率を測ろうとするとき,二項対立の体系としての理論的な効率と,言語項目の頻度を考慮した実際上の効率との両方を視野に入れておかなければならない.前者は type 的,langue 的な意味での効率,後者は token 的,parole 的な意味での効率といえばわかりやすいだろうか.Jakobson は,音素の示唆的特徴だけでなく形態カテゴリーも二項対立で記述でき,最終的には統語をも "bit" によって記述できると考えており,それにより言語Aと言語Bの文法情報の効率なども比較できるだろうとしているが,これは抽象化された言語体系としての code の効率のことを指している.一方で,言語使用の実際における情報伝達の効率を測ろうとすれば,言語項目の出現頻度を加味した情報の重みづけという作業が必要である.理論と実際のバランスが肝要ということである.

The amount of grammatical information which is potentially contained in the paradigms of a given language (statistics of the code) must be further confronted with a similar amount in the tokens, in the actual occurrences of the various grammatical forms within a corpus of messages. Any attempt to ignore this duality and to confine linguistic analysis and calculation only to the code or only to the corpus impoverishes the research. The crucial question of relationship between the patterning of the constituents of the verbal code and their relative frequency both in the code and in its use cannot be passed over. (251)


 (2) の教訓を現代の言語研究に引きつけて解釈すると,構造言語学とコーパス言語学の連携というような課題につながってくるのではないか.コーパスによって得られた統計値をもとに各言語項目に重みづけを行ない,それを対立の集合として記述された言語体系のパラメータとして含めてやる.そうすることによって,Martinet の主張する言語の経済性の原理 ([2012-03-24-1], [2012-04-21-1]) なども検証可能となるのではないか.

 ・ Jakobson, Roman. "Linguistics and Communication Theory." Structure of Language and Its Mathematical Aspects. Providence: American Mathematical Society, 1961. 245--52.

Referrer (Inside): [2018-08-11-1] [2015-06-24-1]

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