標記の素朴な疑問について2日間の記事 ([2020-05-03-1], [2020-05-04-1]) で論じてきました.今日もその続きです.
Japanese や Chinese は本来形容詞であるから名詞として用いる場合でも複数形の -s がつかないのだという説に対して,いや初期近代英語期には Japaneses や Chineses のような通常の -s を示す複数形が普通に使われていたのだから,そのような形容詞起源に帰する説は受け入れられない,というところまで議論をみてきました.ここで問うべきは,なぜ Japaneses や Chineses という複数形が現代までに廃用になってしまったのかです.
考えられる答えの1つは,これまでの論旨と矛盾するようではありますが,やはり起源的に形容詞であるという意識が根底にあり続け,最終的にはそれが効いた,という見方です.例えば Those students over there are Japanese. と聞いたとき,この Japanese は複数名詞として「日本人たち」とも解釈できますが,形容詞として「日本(人)の」とも解釈できます.つまり両義的です.起源的にも形容詞であり,使用頻度としても形容詞として用いられることが多いとすれば,たとえ話し手が名詞のつもりでこの文を発したとしても,聞き手は形容詞として理解するかもしれません.歴とした名詞として Japaneses が聞かれた時期もあったとはいえ,長い時間の末に,やはり本来の Japanese の形容詞性が勝利した,とみなすことは不可能ではありません.
もう1つの観点は,やはり上の議論と関わってきますが,the English, the French, the Scottish, the Welsh, など,接尾辞 -ish (やその異形)をもつ形容詞に由来する「?人」が -(e)s を取らず,集合的に用いられることとの平行性があるのではないかとも疑われます(cf. 「#165. 民族形容詞と i-mutation」 ([2009-10-09-1])).
さらにもう1つの観点を示すならば,発音に関する事情もあるかもしれません.Japaneses や Chineses では語末が歯摩擦音続きの /-zɪz/ となり,発音が不可能とはいわずとも困難になります.これを避けるために複数形語尾の -s を切り落としたという可能性があります.関連して所有格の -s の事情を参照してみますと,/s/ や /z/ で終わる固有名詞の所有格は Socrates' death, Moses' prophecy, Columbus's discovery などと綴りますが,発音としては所有格に相当する部分の /-ɪz/ は実現されないのが普通です.歯摩擦音が続いて発音しにくくなるためと考えられます.Japanese, Chineses にも同じような発音上の要因が作用したのかもしれません.
音韻的な要因をもう1つ加えるならば,Japanese や Chinese の語末音 /z/ 自体が複数形の語尾を体現するものとして勘違いされたケースが,歴史的に観察されたという点も指摘しておきましょう.OED では,勘違いの結果としての単数形としての Chinee や Portugee の事例が報告されています.もちろんこのような勘違い(専門的には「異分析」 (metanalysis) といいます)が一般化したという歴史的事実はありませんが,少なくとも Japaneses のような歯摩擦音の連続が不自然であるという上記の説に間接的に関わっていく可能性を匂わす事例ではあります.
以上,仮説レベルの議論であり解決には至っていませんが,英語史・英語学の観点から標題の素朴な疑問に迫ってみました.英語史のポテンシャルと魅力に気づいてもらえれば幸いです.
昨日の記事 ([2020-05-03-1]) に引き続き,英語史の授業で寄せられた標題の素朴な疑問について.
昨日の議論では,-ese 語は起源的に形容詞であり,だからこそ名詞という品詞に特有の「複数形」などはとらないのだという説明を見ました.しかし,英語には形容詞起源の名詞はごまんとあり,それらは通例しっかり複数形の -s をとっているのです (ex. Americans, blacks, females, gays, natives) .この説明だけでは満足がいきません.
さらにこの説明にとって都合の悪いことに,初期近代英語には,なんと Japaneses という名詞複数形が用いられていたのです.OED の Japanese, adj. and n. より,該当する語義の項目と例文を挙げてみましょう.
B. n
1. A native of Japan.
Formerly as true noun with plural in -es; now only as an adjective used absolute and unchanged for plural: a Japanese, two Japanese, the Japanese.
. . . .
1655 E. Terry Voy. E.-India 129 I have taken speciall notice of divers Chinesaas, and Japanesaas there.
1693 T. P. Blount Nat. Hist. 105 The Iapponeses prepare [tea]..quite otherwise than is done in Europe.
. . . .
スペリングこそまだ現代風ではありませんが Japanesaas や Iapponeses という語形がみえます.つまり,名詞としての複数形 Americans, blacks, females, gays, natives が当たり前に用いられるのと同じように,Japaneses も当たり前のように用いられていたのです.上の1655年の例文には Chinesaas も用いられており,17世紀にはこれが一般的だったのです.実際,ピューリタン詩人ミルトンも名作『失楽園』にて "1667 J. Milton Paradise Lost iii. 438 Sericana, where Chineses drive With Sails and Wind thir canie Waggons light." のように Chineses を用いています.問題は,なぜ名詞複数形の Japaneses, Chineses が後に廃用となり,単複同形となったのかです.
引き続き,明日の記事で考えていきたいと思います.
英語史の授業で寄せられた素朴な疑問です.-ese の接尾辞 (suffix) をもつ「?人」を意味する国民名は,複数形でも -s を付けず,単複同形となります.There are one/three Japanese in the class. のように使います.なぜ複数形なのに -s を付けないのでしょうか.これは,なかなか難しいですが良問だと思います.
現代英語には sheep, hundred, fish など,少数ながらも単複同形の名詞があります.その多くは「#12. How many carp!」 ([2009-05-11-1]) でみたように古英語の屈折事情にさかのぼり,その古い慣習が現代英語まで化石的に残ったものとして歴史的には容易に説明できます.しかし,-ese は事情が異なります.この接尾辞はフランス語からの借用であり,早くとも中英語期,主として近代英語期以降に現われてくる新顔です.古英語の文法にさかのぼって単複同形を説明づけることはできないのです.
-ese の語源から考えていきましょう.-ese という接尾辞は,まずもって固有名からその形容詞を作る接尾辞です.ラテン語の形容詞を作る接尾辞 -ensis に由来し,その古フランス語における反映形 -eis が中英語に -ese として取り込まれました.つまり,起源的に Japanese, Chinese は第一義的に形容詞として「日本の」「中国の」を意味したのです.
一方,形容詞が名詞として用いられるようになるのは英語に限らず言語の日常茶飯です.Japanese が単独で「日本の言語」 "the Japanese language" や「日本の人(々)」 "(the) Japanese person/people" ほどを意味する名詞となるのも自然の成り行きでした.しかし,現在に至るまで,原点は名詞ではなく形容詞であるという意識が強いのがポイントです.複数名詞「日本人たち」として用いられるときですら原点としての形容詞の意識が強く残っており,形容詞には(単数形と区別される)複数形がないという事実も相俟って,Japanese という形態のままなのだと考えられます.要するに,Japanese が起源的には形容詞だから,名詞だけにみられる複数形の -s が付かないのだ,という説明です.
しかし,この説明には少々問題があります.起源的には形容詞でありながらも後に名詞化した単語は,英語にごまんとあります.そして,その多くは名詞化した以上,名詞としてのルールに従って複数形では -s をとるのが通例です.例えば American, black, female, gay, native は起源的には形容詞ですが,名詞としても頻用されており,その場合,複数形に -s をとります.だとすれば Japanese もこれらと同じ立ち位置にあるはずですが,なぜか -s を取らないのです.起源的な説明だけでは Japanese の単複同形の問題は満足に解決できません.
この問題については,明日の記事で続けて論じていきます.
「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1]) で挙げたリストに,Dance (1735) を参照し,いくつか項目を追加しておきたい.いずれも実証が待たれる仮説というレベルである.
(1) the marked increase in productivity of the derivational verbal affixes -n- (as in harden, deepen) and -l- (e.g. crackle, sparkle)
(2) the rise of the "phrasal verb" (verb plus adverb/preposition) at the expense of the verbal prefix, most persuasively the development of up in an aspectual (completive) function
(3) certain aspects of v2 syntax (including the development of 'CP-v2' syntax in northern Middle English)
(4) the general shift to VO order
上記 (1) については,「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1]) で関連する話題に触れているので,そちらも参照.
(2) については,関連して「#2396. フランス語からの句の借用に対する慎重論」 ([2015-11-18-1]) を参照.
(3), (4) は統語現象だが,とりわけ (4) は大きな仮説である.これについては拙著『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』(中央大学出版部,2011年)の第5章第4節でも論じている.さらに以下の記事やリンク先の話題も合わせてどうぞ.
・ 「#1170. 古ノルド語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-10-1])
・ 「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら)
・ 「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら)
・ 「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1])
最後にリストに加えるのを忘れていたもう1つの項目があった.
(5) the spread of the s-plural
これは,私自身が詳細に論じている説である.詳しくは Hotta をご覧ください.
・ Dance, Richard. "English in Contact: Norse." Chapter 110 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1724--37.
・ 堀田 隆一 『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』 中央大学出版部,2011年.
・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
標題は,英語の歴史形態論においても基本的な考え方である.現代英語で「不規則」と称される形態的な現象の多くは,かつては「規則」の1種だったということである.しばしば逆もまた真なりで,「今日の規則は昨日の不規則」ということも多い.規則 (regular) か不規則 (irregular) かという問題は,共時的には互いの分布により明らかに区別できることが多いので絶対的とはいえるが,歴史的にいえばポジションが入れ替わることも多いという点で相対的な区別である.
この原則を裏から述べているのが,次の Fortson (69--70) の引用である.比較言語学 (comparative_linguistics) の再建 (reconstruction) の手法との関連で,教訓的な謂いとなっている.
A guiding principle in historical morphology is that one should reconstruct morphology based on the irregular and exceptional forms, for these are most likely to be archaic and to preserve older patterns. Regular or predictable forms (like the Eng. 3rd singular present takes or the past tense thawed) are generated using the productive morphological rules of the language, and have no claim to being old; but irregular forms (like Eng. is, sang) must be memorized, generation after generation, and have a much greater chance of harking back to an earlier stage of a language's history. (The forms is and sang, in fact, directly continue forms in PIE itself.
英語において不規則な現象を認識したら「かつてはむしろ規則的だったのかもしれない」と問うてみるとよい.たいてい歴史的にはその通りである.逆に,普段は何の疑問も湧かない規則的な現象に思いを馳せてみてほしい.場合によっては,それはかつての不規則な現象が,どういうわけか歴史の過程で一般化し,広く受け入れられるようになっただけかもしれないと.ここに歴史言語学的発想の極意がある.もちろん,この原則は英語にも,日本語にも,他のどの言語にもよく当てはまる.
「今日の不規則は昨日の規則」の例は,枚挙にいとまがない.上でも触れた例について,英語の歴史から次の話題を参照.
・ 「不規則」な名詞の複数形 (ex. feet, geese, lice, men, mice, teeth, women) (cf. 「#3638.『英語教育』の連載第2回「なぜ不規則な複数形があるのか」」 ([2019-04-13-1]))
・ 「不規則」な動詞の活用 (ex. sing -- sang -- sung) (cf. 「#3670.『英語教育』の連載第3回「なぜ不規則な動詞活用があるのか」」 ([2019-05-15-1]))
・ 3単現の -s (cf. 英語史連載第2回「なぜ3単現に -s を付けるのか?」)
・ Fortson IV, Benjamin W. "An Approach to Semantic Change." Chapter 21 of The Handbook of Historical Linguistics. Ed. Brian D. Joseph and Richard D. Janda. Blackwell, 2003. 648--66.
先日「#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか?」 ([2019-05-01-1]) と題する素朴な疑問を取り上げた.歴史的な観点からの回答として,端的に「何も省略されていない」と答えた.共時的に想像を膨らませれば,kings という複数形に,さらに所有格の 's を付したが,綴字上,末尾が s's とうるさくなりそうなので,簡略表記したのではないか,とみることもできそうだ (cf. haplology) .実際,そのような発想のもとで近代英語期に現行の句読法 (punctuation) が定まっていた可能性は高いのではないかと思われる.もしそうだったとしたら,歴史的な事実に基づくというよりは,共時的な想像に基づく正書法の確立だったということになる.これを非難するつもりもないし,先の記事で述べたように複数形 kings,単数所有格形 king's,複数所有格形 kings' の3つが,せめて表記上は区別されることになったわけだから,結果として便利になったと考えている.ただし,歴史的にはそういうわけではなかった,ということをここでは主張しておきたい.
この辺りの問題については,Jespersen (272) がまさに取り上げている.それを引用するのが手っ取り早いだろう.
16.86. These forms [genitive plurals with -es] (in which e was still pronounced) show that the origin of the ModE gen pl is the old gen pl in -a (which in ME became e) + the ending s from the gen sg, which was added analogically for the sake of greater distinctiveness. The s' in kings' thus is not to be considered a haplological pronunciation of -ses, though some of the early grammarians look upon it as an abbreviation: Bullokar Æsop 225 writes the gen pl ravenzz and crowzz with his two z-letters, which do not denote two different sounds, but are purely grammatical signs, one for the plural and the other for the genitive.---Wallis 1653 writes "the Lord's [sic] House, the House of Lords . . pro the Lords's House", with the remark "duo s in unum coincident." Lane, Key to the Art of Lettters 1700 p. 27: "Es Possessive is often omitted for easiness of pronunciation as . . . the Horses bridles, for the Horsesses bridles."
In dialects and in vg speech the ending -ses is found: Franklin 152 (vg) before gentle folkses doors | GE M 1.10 other folks's children; thus also 1.293, 1.325, 2.7 | id A 251 gentlefolks's servants; ib 403; all in dialect | London schoolboy, in Orig. English 25: I wish my head was same as other boyses. Cf Murray D 164 the bairns's cleose, the færmers's kye, the doags's lugs; Elworthy, Somers. 155 voaksez (not other words, cf GE)
このような解説を読んでいると,標準語の「正史」としては -s's がうるさいから -s' にしたという理屈は採用できないものの,非標準語の歴史という観点からみると,それもあながち間違っているとは言い切れないのかなと思い直したりする.
・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part VI. Copenhagen: Ejnar Munksgaard, 1942.
令和時代の第1号の記事は,素朴な疑問シリーズより.鋭くも素朴な疑問です.
現代英語では表記上 kings (王たち), king's (王の),kings' (王たちの)と,意味に応じて3種類の書き方が区別されます.発音上はすべて /kɪŋz/ で同じなのですが,綴字・句読法上はしっかりと区別することになっているのです.この表記上の区別は何に由来するのでしょうか.
アポストロフィ (apostrophe) は,典型的に省略を表わすために用いられます.it's は it is の省略ですし,I'm は I am の省略,you're は you are の省略です.しかし,アポストロフィは省略のために用いられるとは限りません.「#582. apostrophe」 ([2010-11-30-1]),「#1772. greengrocer's apostrophe」 ([2014-03-04-1]) でみたように,第一義的には省略を表わすために用いられますが,その他の目的にも使われます.標題の疑問も,この観点からみる必要がありそうです.kings, king's, kings' の各々の成り立ちを紹介していきましょう.
古英語で「王たち」を表わす「王」の複数形(主格・対格)は cyningas でした.これが後の複数形 kings になるわけですが,これは古英語 cyningas → 中英語 kinges → 近代英語 kings という音変化の過程を経た結果です.語尾に注目すると,-as や -es という古い複数語尾が母音を消失させ,-s となったわけです.このように通時的には複数語尾の曖昧母音 /ə/ が「消失」したととらえますが,共時的には母音が「省略」されたようにもみえます.複数形の綴字 kings は実はこのように「省略」が絡んでいるにもかかわらず,それを示唆するアポストロフィは用いずに済ませているというわけです.
次に,「王の」を表わす単数所有格形の綴字 king's について考えましょう.古英語では,単数属格(所有格のことを古英語ではこう呼びます)形は cyninges と綴られ,これが中英語にそのまま kinges として受け継がれました.近代英語期にかけて,先の複数形の場合とパラレルに語尾の曖昧母音が消えたため,同じく kings と綴られていました.そのままでもよさそうなものでしたが,後にせめて綴字上は区別しようということなのか,単数所有格形のほうは king's と表記することになりました.今回は曖昧母音 /ə/ が「省略」されているのだから,それを標示するために king's というアポストロフィ付きの書き方になったのだ,と理屈をつけることができます.
最後に「王たちの」を表わす複数属格形の kings' ですが,これにはやや詳しい歴史的な説明が必要です.古英語では複数属格形は cyninga のように -a 語尾をもっていました.しかし,中英語にかけてこの -a が脱落し,代わって単数属格語尾 -es (後に母音消失を経て -s)が複数属格語尾としても用いられるようになったのです.つまり,king(e)s という形態で「王の」と「王たちの」(と「王たち」)を同時に表わしうる状況が出現したのです.そして,近代以降,いずれにせよ発音上は区別できないのですが,せめて書き言葉においては区別しようと,単数所有格形は king's,複数所有格は kings' という書き分けが発達したのでした.
以上をまとめれば次のようになります.複数(主格)の kings は中英語の kinges に由来し,屈折語尾の e が「省略」されたとみることができますが,その省略を表わすのにアポストロフィを付けることをしませんでした.これは理に適っていないようにみえます.一方,単数所有格形の king's は,先の複数形と同じく中英語の kinges に由来し,屈折語尾の e が「省略」された結果の形態ですので,アポストロフィを付けた綴字は理に適っているといえそうです.最後に複数所有格形の kings' は,単数所有格形と合一した形態にすぎず,その意味では問題のアポストロフィの後に何かが省略されているわけではありません.
(1) 何かが省略されているのにアポストロフィが付いていない複数形 kings
(2) 何かが省略されているから(という理由で)アポストロフィが付いている(と解せる)単数所有格形 king's
(3) 何も省略されていないのにアポストロフィが付いている複数所有格形 kings'
何だかメチャクチャという感じなのですが,せめて表記上は3者を区別したいという方針だったのでしょう,その意図は理解できます.いずれにせよ,これが英語の正書法なのです.
『英語教育』の英語史連載記事「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」が,前回の4月号より始まっています.昨日発売された5月号では,第2回の記事として「なぜ不規則な複数形があるのか」という素朴な疑問を取りあげています.是非ご一読ください.
名詞複数形の歴史は,私のズバリの専門分野です(博士論文のタイトルは The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English でした).そんなこともあり,本ブログでも複数形の話題は plural の記事で様々に取りあげてきました.今回の連載記事の内容ととりわけ関係するブログ記事へのリンクを以下に張っておきます.
・ 「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1])
・ 「#146. child の複数形が children なわけ」 ([2009-09-20-1])
・ 「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1])
・ 「#12. How many carp!」 ([2009-05-11-1])
・ 「#337. egges or eyren」 ([2010-03-30-1])
・ 「#3298. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (1)」 ([2018-05-08-1])
・ 「#3588. -o で終わる名詞の複数形語尾 --- pianos か potatoes か?」 ([2019-02-22-1])
・ 「#3586. 外来複数形」 ([2019-02-20-1])
英語の複数形の歴史というテーマについても,まだまだ研究すべきことが残っています.英語史は奥が深いです.
2017年に連載した「現代英語を英語史の視点から考える」の第1回「「ことばを通時的にみる 」とは?」でも複数形の歴史を扱いましたので,そちらも是非ご一読ください.
・ 堀田 隆一 「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ 第2回 なぜ不規則な複数形があるのか」『英語教育』2019年5月号,大修館書店,2019年4月12日.62--63頁.
-o で終わる加算名詞から規則的な複数形を作る場合に,綴字上 -s のみを付す pianos タイプと,-es とする potatoes タイプが区別される.
LGSWE (285) は,LGSWE Corpus によって両タイプの分布を調査した.両語尾の間で揺れを示すものもあるので,80%以上の生起率を基準にして,いずれかのタイプかに割り振ったリストである.別途『徹底例解ロイヤル英文法』から補った類例( * を付した)も含めつつ,以下に列挙しよう.
・ pianos タイプ: *autos, avocados, casinos, commandos, concertos, discos, *dynamos, embryos, Eskimos, *ghettos, jumbos, kilos, memos, pesos, photos, pianos, portfolios, radios, scenarios, shampoos, solos, stereos, studios, taboos, tacos, tattoos, *torsos, trios, twos, videos, weirdos, zeros, zoos
・ potatoes タイプ: buffaloes, cargoes, echoes, heroes, mangoes, mosquitoes, mottoes, negroes, potatoes, tomatoes, tornadoes, torpedoes, vetoes, volcanoes
一般論をいえば,-s のみを付す pianos タイプが原則である.特に,略語に由来する -o 語や最近の新語として加わった -o 語は -s で複数形を作るのがデフォルトである.また,語末が「母音字+ o」となる場合にも,綴字配列の都合と思われるが,-s のみを付けるのが規則である (e.g. bamboos, cameos, cuckoos, curios, folios, radios, studios, trios) .
一方,potatoes タイプはどちらかといえば「例外」の側になるわけだが,このタイプには英語化した度合いの比較的強い,日常語が含まれるので注意を要する.
また,-s と -es の間で揺れを示す名詞も少なくない.『徹底例解ロイヤル英文法』では,例として banjo(e)s, buffalo(e)s, cargo(e)s, fresco(e)s, ghetto(e)s, grotto(e)s, halo(e)s, mango(e)s, manifesto(e)s, mosquito(e)s, motto(e)s, tornado(e)s, volcano(e)s, zero(e)s が挙げられている.先に挙げたリストと重複する単語もあることから,-o 語の複数形をもっと細かく調査すれば,実際にはさらに広範な揺れが観察されるのかもしれない.
なお,この話題と関連して,単数形 potato の綴りを potatoe と誤って覚えていたアメリカ元副大統領 Dan Quayle のスキャンダル,通称「potato 事件」について,Horobin (2--3) あるいはその拙訳 (16--17) を参照.1文字のスペリング・ミス(だけではないが)で,政治生命が断たれることもあるという驚くべき事例である.pianos か potatoes かという問題は決して侮れない.
・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.
英語の不規則複数形をとる名詞には,外来複数形と呼ばれる一群がある.主として近代英語以降にラテン語,ギリシア語,フランス語,イタリア語などから借用された学術・専門語で,原語における複数形を保っているものだ.現代にかけて,英語の規則的な語尾 -(e)s を取るようになったものも少なくないが,それらも含めて代表的な単語を,『徹底例解ロイヤル英文法』に依拠して以下に示そう.
特にラテン系 -us 名詞に見られる20世紀中の規則複数化の流れについては,Hotta の拙論を参照(関連して,「#121. octopus の複数形」 ([2009-08-26-1]),「#161. rhinoceros の複数形」 ([2009-10-05-1]) も).
1. ラテン語系の名詞
1.1 -us で終わる語
a) -us [əs] → -i [aɪ]
alumnus (男子卒業生) → alumni
bacillus (バチルス菌) → bacilli
esophagus (食堂) → esophagi
locus (軌跡) → loci, loca
stimulus (刺激) → stimuli
b) 規則複数語尾 -es をつけるもの
apparatus (装置) → apparatuses
bonus (ボーナス) → bonuses
campus (校庭) → campuses
caucus (幹部会議) → caucuses
chorus (コーラス) → choruses
circus (サーカス) → circuses
impetus (起動力) → impetuses
minus (負の数,マイナス符号) → minuses
prospectus (学校などの案内) → prospectuses
sinus (洞) → sinuses
status (地位) → statuses
c) -us → -i の変化と -es の両様のもの
cactus (サボテン) → cacti, cactuses
cirrus (巻雲) → cirri, cirruses
cumulus (積雲) → cumuli, cumuluses
focus (焦点) → foci, focuses
fungus (きのこなどの菌類) → fungi, funguses
genius (守護神;天才) → genii (守護神),geniuses (天才)
nimbus (乱雲) → nimbi, nimbuses
nucleus (原子核) → nuclei, nucleuses
radius (半径) → radii, radiuses
stratus (層雲) → strati, stratuses
syllabus (教授細目) → syllabi, syllabuses
terminus (末端,終着駅) → termini, terminuses
d) その他
corpus (集大成,言語資料) → corpora, corpuses
genus (属) → genera, genuses
1.2 -a で終わる語
a) -a [ə] → -ae [iː]
alga (藻) → algae
alumna (女子卒業生) → alumnae
larva (幼虫) → larvae
b) 規則複数語尾 -s をつけるもの
area (地域) → areas
arena (闘技場) → arenas
dilemma (ジレンマ) → delemmas
diploma (学位免状) → diplomas [まれに diplomata もあり]
drama (ドラマ) → dramas
era (時代) → eras
c) -a → -ae と -s の両様のもの
antenna (触角;アンテナ) → antennae (触覚), antennas (アンテナ)
formula (公式) → formulae, formulas
nebula (星雲) → nebulae, nebulas
vertebra (脊椎) → vertebrae, vertebras
1.3 -um で終わる語
a) -um [əm] → -a [ə]
addendum (付録) → addenda
bacterium (バクテリア) → bacteria
corrigendum (ミスプリント) → corrigenda (正誤表)
datum (データ) → data
desideratum (切実な要求) → desiderata
erratum (誤植) → errata (正誤表)
ovum (卵子) → ova
b) 規則複数語尾 -s をつけるもの
album (アルバム) → albums
chrysanthemum (菊) → chrysanthemums
forum (討論会) → forums [まれに fora もあり]
museum (博物館) → museums
premium (割り増し金) → premiums
stadium (スタジアム) → stadiums [まれに stadia もあり]
c) -um → -a と -s の両様のもの
aquarium (水族館) → aquaria, aquariums
curriculum (教育課程) → curricula, curriculums
maximum (最大限) → maxima, maximums
medium (媒介物) → media, mediums [media が単数形,medias が複数形という用法もあり]
memorandum (メモ) → memoranda, memorandums
millennium (千年間) → millennia, millenniums
minimum (最小限) → minima, minimums
moratorium (支払い猶予期間) → moratoria, moratoriums
podium (指揮台,葉柄) → podia, podiums
referendum (国民投票) → referenda, referendums
spectrum (スペクトル) → spectra, spectrums
stratum (地層) → strata, stratums
symposium (シンポジウム) → symposia, symposiums
ultimatum (最後通告) → ultimata, ultimatums
1.4 -ex, -ix で終わる語
a) -ex [ɛks], -ix [ɪks] → -ices [ɪsiːz]
codex (古写本) → codices
b) -ex, -ix → -ices と -es の両様のもの
apex (頂点) → apices, apexes
appendix (付録,虫垂) → appendices, appendixes [「虫垂」の意味の複数形は appendixes]
index (指標) → indices, indexes [「索引」の意味の複数形は indexes]
matrix (母体,行列) → matrices, matrixes
vortex (渦) → vortices, vortexes
2. ギリシャ語系の名詞の複数形
2.1 -is [ɪs] で終わる語
a) 語尾は -es [iːz] になる.
analysis (分析) → analyses
axis (軸) → axes [ax(e) 「斧」の複数 (発音は [ɪz])ともなることに注意]
basis (理論的基礎) → bases [base 「基地」の複数 (発音は [ɪz])ともなることに注意]
crisis (危機) → crises
diagnosis (診断) → diagnoses
ellipsis (省略) → ellipses [ellipse 「長円」の複数 (発音は [ɪz])ともなることに注意]
hypothesis (仮説) → hypotheses
oasis (オアシス) → oases
paralysis (麻痺) → paralyses
parenthesis (丸かっこ) → parentheses
synopsis (概要) → synopses
synthesis (総合,合成) → syntheses
thesis (論文) → theses
b) 規則複数語尾 -es をつけるもの
metropolis (首都,大都会) → metropolises
2.2 -on で終わる語
a) -on [ən] → -a [ə]
criterion (判断の基準) → criteria
phenomenon (現象) → phenomena
b) 規則複数語尾 -s をつけるもの
electron (電子) → electrons
neutron (中性子) → neutrons
proton (陽子) → protons
c) -on → -a と -s の両様のもの
automaton (自動装置,ロボット) → automata, automatons
ganglion (神経節) → ganglia, ganglions
3. フランス語系の名詞の複数形
3.1 -eau, -eu → -eaux, -eux
adieu [əˈdjuː] (別れ) → adieux [əˈdjuːz] または adieus
bureau [ˈbjʊəroʊ] (事務局) → bureaux [ˈbjʊəroʊz] または bureaus
plateau [ˈplætou] (高原) → plateaux [ˈplætoʊz] または plateaus
tableau [ˈtæbloʊ] (絵) → tableaux [ˈtæbloʊz] または tableaus
3.2 単複同 (ただし複数のときのみ -s [z] を発音する)
corps (団) → corps
chassis [ˈʃæsi(ː)] (自動車の車台,シャシー) → chassis
faux pas [foʊ pɑː] (エチケットに反する失敗) → faux pas
rendezvous [ˈrɑːndəˌvuː] (約束による会合) → rendezvous
4. イタリア語系の名詞の複数形
4.1 -o → -i
libretto (脚本) → libretti [-iː] または librettos
tempo (テンポ) → tempi [-iː] または tempos
virtuoso (巨匠) → virtuosi [-iː] または virtuosos
4.2 規則複数語尾 -s をつけるもの
solo (独奏[唱]) → solos
soprano (ソプラノ) → sopranos
・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.
・ Hotta, Ryuichi. "Thesauri or Thesauruses? A Diachronic Distribution of Plural Forms for Latin-Derived Nouns Ending in -us." Journal of the Faculty of Letters: Language, Literature and Culture. 106 (2010): 117--36.
「#3300. なぜ wolf の複数形が wolves なのか? (3)」 ([2018-05-10-1]) で,/f/ で終わる名詞をいくつか挙げ,その複数形が -f か -ves かのいずれを取るか,あるいは両者の示す揺れについて簡単にまとめた.
先日 Mondorf による後期近代英語期の形態論に関する文章を読んでいて,この時期の間に「不規則形」の scarves, hooves が拡張し,「規則形」の scarfs, hoofs が相対的に減少してきているという記述に出会った.特に scarves は,18世紀には20%ほどの生起率だったが,20世紀中に80%近くまで大きく躍進した.hooves は18世紀の0%から19世紀の1桁台の比率を経て,20世紀中には30%強まで数値を延ばしてきたようだ.
語幹を変形させずに単純に -s を付すことを「規則的」と見るのであれば,これらの名詞で起こっていることは「不規則化」となるが,語幹末の -f を -v とした上で -es というパターンは「小規則」として確かに存在するともいえる.つまり,この現象は見方によっては「不規則化」とも「小規則化」とも,場合によっては「規則化」とも解しうることになる.このような視点の問題は,分析者が共時・通時のいずれの観点をとるかによっても微妙な影響を受けるので,取り扱いが難しい.
しかし,言語変化はこのような過程の繰り返しではある.1つの大規則に収められる方向で進んでいるかと思いきや,気づけば複数の小規則が林立している.ところが,だからといって言語体系が著しく無秩序になるかといえばそうもならず,むしろ互いの分布がある程度整理され,別の秩序が生み出される,等々.大規則と小規則の関係については,「#1596. 分極の仮説」 ([2013-09-09-1]) を参照されたい.
・ Mondorf, Britta. "Late Modern English: Morphology." Chapter 53 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 843--69.
3日間にわたり標題の話題を発展させてきた ([2018-05-08-1], [2018-05-09-1], [2018-05-10-1]) .今回は第4弾(最終回)として,この問題にもう一ひねりを加えたい.
wolves (および間接的に wives)の背景には,古英語の男性強変化名詞の屈折パターンにおいて,複数主格(・対格)形として -as が付加されるという事情があった.これにより古英語 wulf が wulfas となり,f は有声音に挟まれるために有声化するのだと説明してきた.wīf についても,本来は中性強変化という別のグループに属しており,自然には wives へと発達しえないが,後に wulf/wulfas タイプに影響され,類推作用 (analogy) により wives へと帰着したと説明すれば,それなりに納得がいく.
このように,-ves の複数形については説得力のある歴史的な説明が可能だが,今回は視点を変えて単数属格形に注目してみたい.機能的には現代英語の所有格の -'s に連なる屈折である.以下,単数属格形を強調しながら,古英語 wulf と wīf の屈折表をあらためて掲げよう.
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2日間の記事 ([2018-05-08-1], [2018-05-09-1]) で,標記の素朴な疑問を題材に,英語史の奥深さに迫ってきた.今回は第3弾.
古英語の wulf (nom.acc.sg.)/wulfas (nom.acc.pl) を原型とする wolf (sg.)/wolves (pl.) という単複ペアのモデルが,類推作用 (analogy) によって,歴史的には wulf と異なる屈折クラスに属する,語尾に -f をもつ他の名詞にも拡がったことを見た.leaf/leaves や life/lives はそれにより説明される.
しかし,現代英語の現実を眺めると,語尾に -f をもつ名詞のすべてが複数形において -ves を示すわけではない.例えば,roof/roofs, belief/beliefs などが思い浮かぶが,これらは完全に「規則的」な複数形を作っている.とりわけ roof などは,古英語では hrōf という形態で,まさに wulf と同じ男性強変化グループに属していたのであり,正統には古英語で実際に用いられていた hrōfas が継承され,現在は *rooves となっていて然るべきなのである.ところが,そうなっていない(しかし,rooves については以下の表も参照).
ここで起こったことは,先に挙げたのとは別種の類推作用である.wife などの場合には,類推のモデルとなったのは wolf/wolves のタイプだったのだが,今回の roof を巻き込んだ類推のモデルは,もっと一般的な,例えば stone/stones, king/kings といったタイプであり,語尾に -s をつければ済むというという至極単純なタイプだったのである.同様にフランス借用語の grief, proof なども,もともとのフランス語での複数形の形成法が単純な -s 付加だったこともあり,後者のモデルを後押し,かつ後押しされたことにより,現在その複数形は griefs, proofs となっていると理解できる.
語尾に -f をもつ名詞群が,類推モデルとして wolf/wolves タイプを採用したか,あるいは stone/stones タイプを採用したかを決める絶対的な基準はない.個々の名詞によって,振る舞いはまちまちである.歴史的に両タイプの間で揺れを示してきた名詞も少なくないし,現在でも -fs と -ves の両複数形がありうるという例もある.類推作用とは,それくらいに個々別々に作用するものであり,その意味でとらえどころのないものである.
一昨日の記事 ([2018-05-08-1]) では,wolf の複数形が wolves となる理由を聞いてスッキリしたかもしれないが,ここにきて,さほど単純な問題ではなさそうだという感覚が生じてきたのではないだろうか.現代英語の現象を英語史的に考えていくと,往々にして問題がこのように深まっていく.
以下,主として Jespersen (Modern, §§16.21--16.25 (pp. 258--621)) に基づき,語尾に -f を示すいくつかの語の,近現代における複数形を挙げ,必要に応じてコメントしよう(さらに多くの例,そしてより詳しくは,Jespersen (Linguistic, 374--75) を参照).明日は,懲りずに第4弾.
単数形 | 複数形 | コメント |
---|---|---|
beef | beefs/beeves | |
belief | beliefs | 古くは believe (sg.)/believes (pl.) .この名詞は,OE ġelēafa と関連するが,語尾の母音が脱落して,f が無声化した.16世紀頃には believe (v.) と belief (n.) が形態上区別されるようになり,名詞 -f が確立したが,これは grieve (v.)/grief (n.), prove (v.)/proof (n.) などの類推もあったかもしれない. |
bluff | bluffs | |
brief | briefs | |
calf | calves | |
chief | chiefs | |
cliff | cliffs | 古くは cleves (pl.) も. |
cuff | cuffs | |
delf | delves | 方言として delfs (pl.) も.また,標準英語で delve (sg.) も. |
elf | elves | まれに elfs (pl.) や elve (sg.) も. |
fief | fiefs | |
fife | fifes | |
gulf | gulfs | |
half | halves | 「半期(学期)」の意味では halfs (pl.) も. |
hoof | hoofs | 古くは hooves (pl.) . |
knife | knives | |
leaf | leaves | ただし,ash-leafs (pl.) "ash-leaf potatoes". |
life | lives | 古くは lyffes (pl.) など. |
loaf | loaves | |
loof | looves/loofs | loove (sg.) も. |
mastiff | mastiffs | 古くは mastives (pl.) も. |
mischief | mischiefs | 古くは mischieves (pl.) も. |
oaf | oaves/oafs | |
rebuff | rebuffs | |
reef | reefs | |
roof | roofs | イングランドやアメリカで rooves (pl.) も. |
safe | safes | |
scarf | scarfs | 18世紀始めからは scarves (pl.) も. |
self | selves | 哲学用語「自己」の意味では selfs (pl.) も. |
sheaf | sheaves | |
shelf | shelves | |
sheriff | sheriffs | 古くは sherives (pl.) も. |
staff | staves/staffs | 「棒きれ」の意味では staves (pl.) .「人々」の意味では staffs (pl.) .stave (sg.) も. |
strife | strifes | |
thief | thieves | |
turf | turfs | 古くは turves (pl.) も. |
waif | waifs | 古くは waives (pl.) も. |
wharf | warfs | 古くは wharves (pl.) も |
wife | wives | 古くは wyffes (pl.) など.housewife "hussy" でも housewifes (pl.) だが,Austen ではこの意味で huswifes も. |
wolf | wolves |
昨日の記事 ([2018-05-08-1]) で,wolf (sg.) に対して wolves (pl.) となる理由を古英語の音韻規則に照らして説明した.これにより,関連する他の -f (sg.)/ -ves (pl.) の例,すなわち calf/calves, elf/elves, half/halves, leaf/leaves, life/lives, loaf/loaves, knife/knives, self/selves, sheaf/sheaves, shelf/shelves, thief/thieves, wife/wives などもきれいに説明できると思うかもしれない.しかし,英語史はそれほどストレートで美しいものではない.言語という複雑なシステムがたどる歴史は,一癖も二癖もあるのが常である.
例えば,wife (sg.)/wives (pl.) の事例を取り上げよう.この名詞は,古英語では wīf という単数主格(見出し語)形を取っていた(当時の語義は「妻」というよりも「女性」だった).f は,左側に有声母音こそあれ右側には何もないので,「有声音に挟まれている」わけではなく,デフォルトの /f/ で発音される.そして,次に来る説明として予想されるのは,「ところが,複数主格(・対格)形では wīf に -as の屈折語尾が付くはずであり,f は有声音に挟まれることになるから,/v/ と有声音化するのだろう」ということだ.
しかし,そうは簡単にいかない.というのは,wulf の場合はたまたま男性強変化というグループに属しており,昨日の記事で掲げた屈折表に従うことになっているのだが,wīf は中性強変化というグループに属する名詞であり,古英語では異なる屈折パターンを示していたからだ.以下に,その屈折表を掲げよう.
(中性強変化名詞) | 単数 | 複数 |
---|---|---|
主格 | wīf | wīf |
対格 | wīf | wīf |
属格 | wīfes | wīfa |
与格 | wīfe | wīfum |
標題は,「#1365. 古英語における自鳴音にはさまれた無声摩擦音の有声化」 ([2013-01-21-1]) で取り上げ,「#1080. なぜ five の序数詞は fifth なのか?」 ([2012-04-11-1]) や「#2948. 連載第5回「alive の歴史言語学」」 ([2017-05-23-1]) でも具体的な例を挙げて説明した問題の,もう1つの応用例である.wolf の複数形が wolves となるなど,単数形 /-f/ が複数形 /-vz/ へと一見不規則に変化する例が,いくつかの名詞に見られる.例えば,calf/calves, elf/elves, half/halves, leaf/leaves, life/lives, loaf/loaves, knife/knives, self/selves, sheaf/sheaves, shelf/shelves, thief/thieves, wife/wives などである.これはどういった理由だろうか.
古英語では,無声摩擦音 /f, θ, s/ は,両側を有声音に挟まれると自らも有声化して [v, ð, z] となる音韻規則が確立していた.この規則は,適用される音環境の条件が変化することもあれば,方言によってもまちまちだが,中英語以降でもしばしばお目にかかるルールである.必ずしも一貫性を保って適用されてきたわけではないものの,ある意味で英語史を通じて現役活動を続けてきた根強い規則といえる.摩擦音の有声化 (fricative_voicing) などという名前も与えられている.
今回の標題に照らし,以下では /f/ の場合に説明を絞ろう.wolf (狼)は古英語では wulf という形態だった.この名詞は男性強変化というグループに属する名詞で,格と数に応じて以下のように屈折した.
(男性強変化名詞) | 単数 | 複数 |
---|---|---|
主格 | wulf | wulfas |
対格 | wulf | wulfas |
属格 | wulfes | wulfa |
与格 | wulfe | wulfum |
「#3106. なぜ -ed の付け方と -(e)s の付け方が綴字において異なるのか?」 ([2017-10-28-1]) に続いて,こちらも似ているようで完全には平行的でない,2つの屈折接辞の付け方に関する綴字問題.try について,-s は <y> を <ie> に変えた上で付加して tries とするが,-ing の付加はそのままで trying となる.そうかと思えば,die では,-s をそのまま付けて dies とするが,-ing は <ie> を <y> に変えた上で付けるので dying となる.一見不思議な,これらの反対向きの規則については,過去(分詞)の -ed と現在分詞・動名詞の -ing の話しを主としながら,「#3069. 連載第9回「なぜ try が tried となり,die が dying となるのか?」 ([2017-09-21-1]) で考えた.
Carney (73--74) は,現代英語綴字の本格的な研究書のなかで,McLead による綴字教育のための綴字規則を列挙している.そのうち -(e)s や -ing の付加と直接・間接に関与するものとして以下のものを挙げているので,引用しよう.
Rule VII --- Words ending in 'y' preceded by a vowel simply add 's'.
--- an adaptation rule, presumably to form the plural or 3rd pers. pres. sg.: boy -- boys, say -- says, employ -- employs.
. . . .
Rule IX --- If you want to add other letters to a word ending in 'y' preceded by a consonant change 'y' into 'i'.
--- an adaptation rule; it refers in effect to the corresponding <y>≡/aɪ/ (deny--denial); the restriction 'preceded by a consonant' is intended to rule out betray--betrayal, employ--employer. McLeod points out that it does not apply before <-ing> (denying)
Rule X -- 'i' before another 'i' becomes 'y'.
--- a graphotactic rule; presumably it refers in an oblique way to examples such as die--dying or carrying--carrier--carried; the recent loan-word skiing is an exception.
Rule XI --- Words ending in a hissing sound form their plural by adding 'es' instead of 's'.
--- this has the form of an adaptation rule. It is a recognition that <s>, unlike the <ed> of the past tense, does not represent all the allomorphs /s/, /z/ and /ɪz/ of the plural . . . .
上記は,-(e)s, -ed, -ing の付け方の規則を共時的に記述しているにすぎず,通時的な観点も含まれていなければ,なぜそうなのかを説明してもいない.「通時的な説明」こそが必要と思われるのだが,あまり見たことがないので,おいおい考えていきたい問題である.
・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
・ McLeod, M. E. "Rules in the Teaching of Spelling." Studies in Spelling. Publications of the Scottish Council for Research In Education XL. Ed. H. J. L. Robbie. London: ULP,1961.
動詞の過去(分詞)の接尾辞 {-ed} と,動詞の3単現あるいは名詞の複数の接尾辞 {-(e)s} とでは,綴字において付け方が異なる.およそ平行的に振る舞うかのように見えて,いろいろと細かな違いがある.Carney (18--19) が共時的な観点から,この問題に迫っているので,引用しよう.
. . . The past tense and participle morpheme {-ed} in regular verbs (ignoring forms such as spelt, spent, dreamt) has a constant <-ed> spelling in spite of the phonemic variation /ɪd/ (waited), /d/ (warned) and /t/ (watched).
There is very similar allomorphic variation in the noun plural and 3rd person present tense of the verb with its variants /ɪz/ (watches), /z/ (warns) and /s/ (waits). The two sets of phonetic variants are often cited together as equivalent examples of morphemic spelling. If we look closely at the details, however we find in fact that they are dealt with rather differently in the writing system (table 5).
Table 5 English plural and past tense inflections
{-ed} ending {-(e)s} ending 1 /-ɪd/ matted /-ɪz/ masses 2 /-ɪd/ mated /-ɪz/ maces 3 /-t/ hopped /-s/ (No *hoppes) 4 /-t/ hoped /-s/ hops, hopes 5 /-d/ planned /-z/ (No *plannes) 6 /-d/ planed /-z/ plans, planes 7 /-d/ hurried /-z/ hurries 8 /-d/ radioed /-z/ radios 9 /-d/ vetoed /-z/ vetoes, or vetos
Table 5 gives examples of each suffix in its three phonemic variants. The words provided as contexts include a preceding long vowel followed by a single consonant, a preceding short vowel followed by a single consonant, and the spelling variation found after <o>. The past tense has a constant <ed> spelling across all these contexts which is only varied by merging with a final <-e> in the long vowel words (e.g. hope -- hoped). The marking of the long vowels is also done indirectly by using <C>-doubling to mark a previous short vowel --- absence of doubling marks the long vowel. This is not done in the noun plural suffix, so there are no equivalents in rows 3 and 5 to <hopped> and <planned>, that is *<hoppes> and *<plannes>. Nor is there a variant spelling *<vetod> to spoil the uniformity of <-ed>. The <e> of <-oes> and <-ies> is best treated as a marker of the long vowel. Grammarians refer to the two inflections as the -s form and the -ed form and this is in accordance with the traditional spelling rule that one adds <-s> and <-ed> respectively to the base form.
If we try to use a consistent <-ed> morphemic spelling in chopping up words into correspondences without any overlap, this lack of symmetry becomes apparent. In scribbles we have /əl/≡<le> and in scribbled we have /əl/≡<l>; in hopes we have <e>-marking of the vowel as /əʊ/≡<o..e>, /p/≡<p>, /s/≡<s>, but in hoped we have /əʊ/≡<o>, /p/≡<p>, /t/≡<ed>, while the long vowel is marked by absence of <C>-doubling. In a process description, and indeed for any human speller, this is catered for by 'dovetailing' so that <hope>+<ed> becomes <hoped>, <eight>+<ty> becomes <eighty>, etc.
Carney は,綴字の原理は "a constant spelling for a morpheme" と "the varying pronunciation of the morpheme in different contexts" の間のバランスの上に成り立つものであり,それが個々の綴字(規則)のなかで複雑に配分されていることを示唆している.その配分の違いが,{-ed} と {-s} にも現われていると考えられる.しかし,なぜそうなのかについては,通時的な観点も含めてさらに調べる必要がある.
・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
現代英語には,標題のように数詞と単位が結ばれて複合形容詞となる表現がある.「#1766. a three-hour(s)-and-a-half flight」 ([2014-02-26-1]) でみたように,典型的には単位に相当する名詞は複数形をとらない.例外もあるが,普通には *a six-feet man や *a ten-miles drive とならない.なぜ複数形にならないのだろうか.
実は,この形は歴史的には複数属格の名残である.したがって,元来,当然ながら複数形だった.ところが,後に音韻形態変化が生じ,結果的に単数と同じ形に落ち着いてしまったというのが,事の次第である.
古英語では,このような表現において単位を表わす名詞は複数属格に屈折し,それが主要部を構成する名詞を修飾していた.fōt と mīl の場合には,このままの単数主格の形態ではなく,複数属格の形態に屈折させて fōta, mīla とした.ところが,中英語にかけて複数属格を表わす語尾 -a は /ə/ へと水平化し,さらに後には完全に消失した.結果として,形態としては何も痕跡を残すことなく立ち消えたのだが,複数属格の機能を帯びた語法そのものは型として受け継がれ,現在に至っている.現代英語で予想される複数形 *six-feet や *ten-miles になっておらず,一見すると不規則な文法にみえるが,これは古英語の文法項目の生き霊なのである.
古英語の名詞の格屈折の形態が,このように生き霊となって現代英語に残っている例は,著しく少ない.例えば,「#380. often の <t> ではなく <n> こそがおもしろい」 ([2010-05-12-1]) で触れた whilom, seldom, often の語末の「母音+鼻音」の韻に,かつての複数与格語尾 -um の変形したものを見ることができる.また,alive などには,古英語の前置詞句 on līfe に規則的にみられた単数与格語尾の -e が,少なくとも綴字上に生き残っている.ほかには,Lady Chapel や ladybird の第1要素 lady は無語尾のようにみえるが,かつては単数属格語尾 -e が付されていた.それが後に水平化・消失したために,形態的には痕跡を残していないだけである.
以上,Algeo and Pyles (105) を参考にして執筆した.
・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.
「#1600. Samuels の言語変化モデル」 ([2013-09-13-1]) で少し触れたが,Samuels は言語変化とそれを引き起こす諸要因を考える上での基本的な対立として,Intralinguistic と Extralinguistic を考えており,前者はさらに Intrasystemic と Extrasystemic に分けられる.Samuels (7) による関係図を少々改変して示すと,以下の通りである.
Intralinguistic ─────┬───── Intrasystemic │ └───── Extrasystemic 1 (linguistic sense only) Extralinguistic ─────────── Extrasystemic 2 (non-linguistic sense, here not used)
この2日間,「#2434. 形容詞弱変化屈折の -e が後期中英語まで残った理由」 ([2015-12-26-1]) と「#2435. eurhythmy あるいは "buffer hypothesis" の適用可能事例」 ([2015-12-27-1]) の記事で,Inflectional Levelling of Adjectives in Middle English (ilame) について考察した.#2434の記事で話題にしたのは,実は形容詞の「単数」の弱変化屈折として生起する -e のことであって,同じように -e 語尾が遅くまでよく保たれていた形容詞の「複数」の屈折については触れていなかった.「#532. Chaucer の形容詞の屈折」 ([2010-10-11-1]) に挙げた屈折表から分かるように,複数においては,弱変化と強変化の区別なく,原則としてあらゆる統語環境において,単音節形容詞は -e を取ったのである.#2435の記事で扱った "eurhythmy" や "buffer hypothesis" は,形容詞の用いられる統語環境の差異を前提とした仮説だったが,複数の場合には上記のように統語環境が不問となるので,なぜ複数屈折の -e がよく保持されたのかについては,別の問題として扱わなければならない.
この問題に対して,基本的には,単複を区別する数 (number) という文法範疇 (category) が英語の言語体系においてよく保守されてきたからである,と答えておきたい.名詞や代名詞においては,印欧祖語から古英語を経て現代英語に至るまで一貫して数の区別は保たれてきたし,主語と動詞の一致 (concord) においても,数という範疇は常に関与的であり続けてきた.形容詞では,結果的に近代英語期以降,数の標示をしなくなったことは事実だが,初期中英語期の激しい語尾の水平化と消失の潮流のなかを生き延び,後期中英語まで複数語尾 -e をよく保ってきたということは,英語の言語体系において数という範疇が根深く定着していたことを示すものだろう.この点で,私は以下の Minkova (329) の見解に同意する.
My analysis assumes that the status of the final -e as a grammatical marker is stable in the plural. Yet in maintaining the syntactically based strong-weak distinction in the singular, it is no longer independently viable. As a plural signal it is still salient, possibly because of the morphological stability of the category of number in all nouns, so that there is phrase-internal number concord within the adjectival NPs. Another argument supporting the survival of plural -e comes from the continuing number agreement between subject NPs and the predicate, in other words the singular-plural opposition continues to be realized across the system.
では,なぜ英語では数という文法範疇がここまで根強く残ろうとした(そして現在でも残っている)のか.これは言語における文法範疇の一般的な問題であり,究極の問題というべきである.これについての議論は,拙著の "Syntactic Agreement" と題する6.6節 (141--44) で触れているので参照されたい.
・ Minkova, Donka. "Adjectival Inflexion Relics and Speech Rhythm in Late Middle and Early Modern English." Papers from the 5th International Conference on English Historical Linguistics, Cambridge, 6--9 April 1987. Ed. Sylvia Adamson, Vivien Law, Nigel Vincent, and Susan Wright. Amsterdam: John Benjamins, 1990. 313--36.
・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
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