昨日の記事「#2355. フランス語の語彙以外への影響 --- 句,綴字,派生形態論,強勢」 ([2015-10-08-1]) で引いた Denison and Hogg (17) からの文章では,英語の名詞複数形の -s が中英語期に拡大した要因として,フランス語の影響が考えられるかもしれないとのことだった.この説は,諸文献でもしばしば唱えられてきており,最近では安井・久保田 (p.43 fn) でも「複数の -s 伝播にはフランス語の複数の形の影響も,ある程度,あずかっていたかもしれない」と触れられている.
しかし,この問題について調べた Hotta (268) のなかで,私はこの説に対して強く否定的な立場を取っている.Jespersen に拠りながら,次のように議論した.
For the reasons why Old French could not be relevant, refer to Jespersen (Chapters 33). To summarise the main grounds against the hypothesis of Old French influence on the English s-plural:
1. Considering that the genitive singular -s spread earlier and faster than the nominative plural -s, French should first have influenced genitive singular forms, which is however impossible because Old French had no s-ending for the genitive singular.
2. The extension of the s-plural started before the Norman Conquest, making it unnecessary to propose French influence.
3. The fact that -s prevailed earlier in the northern dialects than in the southern is against the expectation if French influence was assumed. Such French influence would have been felt first and foremost in the South.
4. The s-ending was just one of the various plural endings available in Old French, and it was usually an accusative plural ending instead of a nominative plural.
5. In English, adjectives rarely took the s-plural after the Old French model. If French influence had been at work, not only nouns but also adjectives might have been affected.
6. The English s-ending was usually preceded by a vowel typically spelled e, while in Old French such a vowel spelling never occurred. We might note that the forms -es and -s were kept distinct well into Late Middle English.
なお,重要な先行研究である Roedler も,中英語期における -s 複数の拡大に関連して,(フランス語を念頭に置きながら)言語外的な影響の可能性を "überflüssig" と切って捨てている.フランス語影響説にはほとんど妥当性がない.
関連して,「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 ([2011-11-29-1]),「#1250. 中英語はクレオール語か? (3)」 ([2012-09-28-1]) も参照.
・ Denison, David and Richard Hogg. "Overview." Chapter 1 of A History of the English Language. Ed. Richard Hogg and David Denison. Cambridge: CUP, 2006. 1--42.
・ 安井 稔・久保田 正人 『知っておきたい英語の歴史』 開拓社,2014年.
・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
・ Jespersen, Otto. Chapters on English. London: George Allen, 1918. Rpt. of Progress in Language.
・ Roedler, Eduard. "Die Ausbreitung des 's'-Plurals im Englischen." Vol. 1. PhD thesis, Christian-Albrechts University, 1911; Vol. 2. Anglia 40 (1916): 420--502.
学問名には,acoustics, aesthetics, bionomics, conics, dynamics, economics, electronics, ethics, genetics, linguistics, mathematics, metaphysics, optics, phonetics, physics, politics, statics, statistics, tectonics のように接尾辞 -ics のつくものが圧倒的に多いが,-ic で終わる arithmetic, logic, magic, music, rhetoric のような例も少数ある.近年,dialectic(s), dogmatic(s), ethic(s), metaphysic(s), physic(s), static(s) など,従来の -ics に対して,ドイツ語やフランス語の用法に影響されて -ic を用いる書き手も出てきており,ややこしい.
-ic と -ics の違いは,端的にいえば形容詞から転換した名詞の単数形と複数形の違いである.「?に関する」を意味する形容詞を名詞化して「?に関すること」とし,場合によってはさらに複数形にして「?に関する事々」として,全体として当該の知識や学問を表わすという語源だ.しかし,実際上,単数と複数のあいだに意味的な区別がつけられているわけでもないので,混乱を招きやすい.
-ic と -ics のいずれかを取るかという問題は,意味というよりは,形態の歴史に照らして考える必要がある.その淵源であるギリシア語まで遡ってみよう.ギリシア語では,学問名は technē, theōria, philosophia など女性名詞で表わされるのが普通であり,形容詞接尾辞 -ikos に由来する学問名もその女性形 -ikē を伴って表わされた.ēthikē, mousikē, optikē, rētorikē の如くである.
一方,-ikos の中性複数形 -ika は「?に関する事々」ほどの原義をもち,冠詞を伴って論文の題名として用いられることがあった (ex. ta politikē) .論文の題名は,そのまま学問名へと意味的な発展を遂げることがあったため,この中性複数形の -ika と先の女性単数形 -ikē はときに学問名を表わす同義となった (ex. physikē / physika, taktikē / taktika) .
これらの語がラテン語へ借用されたとき,さらなる混同が生じた.ギリシア語の -ika と -ikē は,ラテン語では同形の -ica として借用されたのである.中世ラテン語では,本来的にこれらの語が単数形に由来するのか複数形に由来するのか,区別がつかなくなった.後のロマンス諸語やドイツ語では,これらは一貫して単数(女性)形に由来するものと解釈され,現在に至る.
英語では,1500年以前の借用語に関しては,単数形と解釈され,フランス語に倣う形で arsmetike, economique, ethyque, logike, magike, mathematique, mechanique, musike, retorique などと綴られた.しかし,15世紀から,ギリシア語の中性複数形に遡るという解釈に基づき,その英語のなぞりとして etiques などの形が現われる.16世紀後半からは,ギリシア語でもたどった過程,すなわち論文名を経由して学問名へと発展する過程が,英語でも繰り返され,1600年以降は,-ics が学問名を表わす一般的な接尾辞として定着していく.-ics の学問名は,形態上は複数形をとるが,現代英語では統語・意味上では単数扱いとなっている.
大雑把にいえば,英語にとって古い学問は -ic,新しい学問は -ics という分布を示すことになるが,その境目が16世紀辺りという点が興味深い.これも,古典語への憧憬に特徴づけられた英国ルネサンスの言語的反映かもしれない.
標題は過去と対比して「最近,近頃」を表す日常的な語だが,形態と意味を有意義に理解するためには,その成り立ちを知る必要がある.一見するところ now + a + days という語形成にみえるが,なぜこれが「最近,近頃」を意味するのだろうか.
起源を尋ねると,now は予想通り副詞の now で間違いないが,a は不定冠詞ではなく前置詞 on の弱形に,days は複数形ではなく単数属格形に由来する (cf. 「#81. once や twice の -ce とは何か」 ([2009-07-18-1])) .単数属格形に由来する days は,古英語からみられる古い表現であり,現在でも nights (夜中に)と対比して用いられるように,単独で副詞的に「日中に」 (in the daytime) の意で用いられてきた.単独で副詞的に用いられるのであれば前置詞 on (> a) の支えは必要ないはずだが,「#723. be nihtes」 ([2011-04-20-1]) でみたように,総合的な語法と分析的な語法が混合した "on days" に相当する表現も生じた.これら全体が合わさった "now on days" に相当する表現がイディオムとして頻繁に用いられるようになると,発音や綴字の上で nowadays が複合的に1語として認識されるようになったものと思われる.OED によると,†now on days や nowadays, また †adays,さらに単数属格語尾を伴わない nowaday などの関連する諸形態が14世紀末にこぞって初出している.MED より nou-a-daies (adv.) (Also nou-daies) と nou-a-day (adv.) も参照.
したがって,nowadays の -s は起源的には単数属格語尾ということになるが,現在の母語話者の直感では複数語尾とみなされているのではないだろうか.類義表現 these days からの影響なども考慮すると,その解釈が妥当のように思われる.これに関して OED は次のように述べている.
Adverbial use and adverbial phrases.
For adverbial use of an original genitive singular form, which was later probably apprehended as a plural, see DAYS adv. In prepositional phrases of the noun which occur in adverbial use, it is not always clear to what extent variants with final -s simply show the plural of the noun and how far they reflect the influence of DAYS adv. (especially in early use); compare by days at Phrases 1b(b), on days at Phrases 1d(b), ADAYS adv., NOWADAYS adv.
Beside the regular dative, an endingless dative form also occurs in Old English, especially in adverbial use; compare e.g. forms of TODAY adv.
では,単数属格形に由来する nowadays が,なぜ "these days" の意味をもつようになったのだろうか.語源に従えば本来の意味は "now in the daytime" ほどであり,adays の部分は now (今,現在)を限定して強める働きをしていた.つまり,時間の一地点としての「まさに今」を表す表現だった.ところが,「まさに今」の厳密性が使われ続けるなかで「強意逓減の法則」の餌食となり,「今を含む前後の範囲;最近,近頃」という緩い意味を発展させたものと考えられる (cf. 「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]) や「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1])).現在の共時的な感覚としては nowadays における days の部分は these days と同列に複数として認識されているのだろうが,両表現の通時的な発展は形態的にも意味的にも異なることに注意したい.
標題は過去と対比して「最近,近頃」を表す日常的な語だが,形態と意味を有意義に理解するためには,その成り立ちを知る必要がある.一見するところ now + a + days という語形成にみえるが,なぜこれが「最近,近頃」を意味するのだろうか.
起源を尋ねると,now は予想通り副詞の now で間違いないが,a は不定冠詞ではなく前置詞 on の弱形に,days は複数形ではなく単数属格形に由来する (cf. 「#81. once や twice の -ce とは何か」 ([2009-07-18-1])) .単数属格形に由来する days は,古英語からみられる古い表現であり,現在でも nights (夜中に)と対比して用いられるように,単独で副詞的に「日中に」 (in the daytime) の意で用いられてきた.単独で副詞的に用いられるのであれば前置詞 on (> a) の支えは必要ないはずだが,「#723. be nihtes」 ([2011-04-20-1]) でみたように,総合的な語法と分析的な語法が混合した "on days" に相当する表現も生じた.これら全体が合わさった "now on days" に相当する表現がイディオムとして頻繁に用いられるようになると,発音や綴字の上で nowadays が複合的に1語として認識されるようになったものと思われる.OED によると,†now on days や nowadays, また †adays,さらに単数属格語尾を伴わない nowaday などの関連する諸形態が14世紀末にこぞって初出している.MED より nou-a-daies (adv.) (Also nou-daies) と nou-a-day (adv.) も参照.
したがって,nowadays の -s は起源的には単数属格語尾ということになるが,現在の母語話者の直感では複数語尾とみなされているのではないだろうか.類義表現 these days からの影響なども考慮すると,その解釈が妥当のように思われる.これに関して OED は次のように述べている.
Adverbial use and adverbial phrases.
For adverbial use of an original genitive singular form, which was later probably apprehended as a plural, see DAYS adv. In prepositional phrases of the noun which occur in adverbial use, it is not always clear to what extent variants with final -s simply show the plural of the noun and how far they reflect the influence of DAYS adv. (especially in early use); compare by days at Phrases 1b(b), on days at Phrases 1d(b), ADAYS adv., NOWADAYS adv.
Beside the regular dative, an endingless dative form also occurs in Old English, especially in adverbial use; compare e.g. forms of TODAY adv.
では,単数属格形に由来する nowadays が,なぜ "these days" の意味をもつようになったのだろうか.語源に従えば本来の意味は "now in the daytime" ほどであり,adays の部分は now (今,現在)を限定して強める働きをしていた.つまり,時間の一地点としての「まさに今」を表す表現だった.ところが,「まさに今」の厳密性が使われ続けるなかで「強意逓減の法則」の餌食となり,「今を含む前後の範囲;最近,近頃」という緩い意味を発展させたものと考えられる (cf. 「#992. 強意語と「限界効用逓減の法則」」 ([2012-01-14-1]) や「#1219. 強意語はなぜ種類が豊富か」 ([2012-08-28-1])).現在の共時的な感覚としては nowadays における days の部分は these days と同列に複数として認識されているのだろうが,両表現の通時的な発展は形態的にも意味的にも異なることに注意したい.
「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]) で,不規則複数形 feet の形態について,i-mutation を含む一連の音韻変化の結果として説明した.原則として同じ説明が feet に限らず他の不規則複数形 geese, lice, men, mice, teeth, women にも当てはまるが,復習すると,概略以下のような経緯だったと考えられている.
(1) ゲルマン祖語: *fōt- (sg.) / *fōt-iz- (pl.)
(2) 複数形で i-mutation が起こる: *fōt- (sg.) / *fēt-iz- (pl.)
(3) 古英語期までに *-iz が消失: fōt- (sg.) / fēt- (pl.)
しかし,この過程をより正確に理解するには,音韻変化の詳細にまで踏み込む必要がある.特に (3) の *-iz が消失するというくだりは,掘り下げる必要がある.というのは,*-iz の消失により,本来は音韻的な意義しかなかった ō と ē の対立が,形態的な役割を担うようになったからである.
語尾 *-iz の消失は,2つの音が一気に消失したのではなく,先に *z が,次に *i が消失したと考えられている.ゲルマン祖語では,foot は語幹と屈折語尾の間に母音のないことを特徴とする athematic の屈折タイプに属し,複数主格として *-iz 語尾(無強勢)を取った.末尾の *z は,印欧祖語の *s が強勢を伴わない音節の末尾で有声化した,いわゆる Verner's Law の出力である (Campbell §398.2) .この *z は,同じ弱音節の環境で後に消失した.なお,ゲルマン祖語における a-stem の男性強変化屈折における複数主格語尾は強勢をもつ *-ôs であったため,*s は失われることなく,現在に至るまで複数標示の機能を担い続けている (Campbell §571) .つまり,feet と例えば stones のたどった形態上の歴史は,複数主格語尾に強勢がなかったか,あったかの違い(究極的には,印欧祖語で属していた屈折タイプの違い)に帰せられることになる.
さて,*z が脱落すると,次は語末の *i も消失にさらされることになった.古英語以前の時期に,語末の弱音節における高母音 *i と *u は,直前に強勢のある長い音節がある環境で脱落した.いわゆる,High Vowel Deletion と呼ばれる音韻変化である.*fēti の *i はこの条件に合致していたために脱落することになった (Campbell §345) .
(3) では一言で *-iz が脱落したと述べたが,実際には条件づけられた一連の音韻変化の連鎖によって順繰りに脱落していったのである.標題のような現代英語の「素朴な疑問」に対してできる限り満足のいく回答を得るためには,どこまでも歴史を遡らなければならない.
・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
現代英語では,原則として複数形の s に対して書記上 apostrophe を前置することはない.ただし,例外はあり,規範的には dot your i's など文字そのものの複数形,1890's などの年代,PhD's などの略語の複数形の場合には apostrophe が付されことになっている([2010-11-30-1]の記事「#582. apostrophe」を参照).しかし,最近では,後者2つでは apostrophe を省いて 1890s や PhDs とすることが多くなってきている.かつては一般の名詞の複数形にも -'s の綴字が見られたが,現在ではほぼ死に絶えた正書法といっていいだろう.
しかし,規範から逸れた非標準的な場面で,複数形の -'s が使用されることがある.いや,むしろそこでは生き生きと使用されているのだ.これは "greengrocer's apostrophe" と言われる.Horobin (12) によれば,
. . . the apostrophe is used before a plural -s ending; so-called because it is thought to be particularly prevalent in greengrocers' signs advertising apple's, pear's, and orange's. As Keith Waterhouse notes in his book English our English (1991): 'Greengrocers, for some reason, are extremely generous with their apostrophes---banana's, tomatoe's (or tom's), orange's, etc. Perhaps these come over in crates of fruit, like exotic spiders' (p. 43).
言われてみれば,なるほど確かに八百屋の値札によく見かける表記だ.例えば,以下のように.
だが,この greengrocer's apostrophe が果たしている役割は何なのだろうか.単なる誤用という解釈もあるようだが,そればかりとは言い切れない.1つ考えられることとして,greengrocer's apostrophe は,八百屋(に限らないが)と結びつけられるものとして,「八百屋」的な使用域 (register) あるいは文体 (style) を表わしているのではないか.「八百屋」的とは何か的確に述べるのは難しいが,日常の食べ物を売る店として,形式的な社会的規範から離れた,庶民性や世俗性のようなものを体現しているのではないか.もっと一般化して言えば,標準的で規範的な表記法から逸脱することで,親しみやすさを演出しているということかもしれない.青物の値札には印刷ではなく手書きがよく似合うが,greengrocer's apostrophe は手書きの気取らなさを一層強める働きをしているとも考えられる.
もし仮に上記の文体的効果(あるいは社会言語学的効果と言ってもよい)があるのだとすれば,その効果は「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1]) のいずれの機能にも該当しないものであるから,punctuation の第5の機能ということになる.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
標記のような数詞と単位を含む複合形容詞においては,単位を表わす名詞は複数形を取らないのが規則とされる.a four-power agreement, a five-foot-deep river, a ten-dollar bill, a twelve-year-old boy などの如くである.
しかし,ときに複数形を取る例も散見され,a three-hours-and-a-half flight もあり得るし,a four years course もあり得る.Quirk et al. (Section 17.108) によれば,同種の表現として以下の4通りが可能である.
. . . in quantitative expressions of the following type there is possible variation . . .:
a ten day absence [singular] a ten-day absence [hyphen + singular] a ten days absence [plural] a ten days' absence [genitive plural]
同様に,「4年制課程」についても,"a four year course", "a four-year course", "a four years course", "a four years' course" のいずれもあり得ることになる.これらの変異形がいかにして生じてきたのか,使い分けの基準がありうるのかという問題は,通時的,理論的に興味深い問題だが,現段階では未調査である.
この問題と関連しうる話題として注意しておきたいのは,やはりイギリス英語において,名詞の限定形容詞用法では,その名詞が複数形としてある程度語彙化している場合に,複数形の形態のままで実現されることが多いという事実だ.例えば,Quirk et al. (Section 17.109) によると,イギリス英語限定だが,次のような例がみられるという.parks department, courses committee, examinations board, the heavy chemicals industry, Scotland Yard's Obscene Publications Squad, Chesterfield Hospitals management Committee, the British Museum Prints and Drawings Gallery, an Arts degree, soft drinks manufacturer, entertainments guide, appliances manufacturer, the Watergate tapes affair.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
言語接触に起因する現象はいくつか挙げることができるが,そのなかに借用 (borrowing) や code-switching がある.「#1627. code-switching と code-mixing」 ([2013-10-10-1]) の記事でも示唆したが,論者によってはこの2つの現象は1つの連続体の両極であるとされる.確かに,そう考えられる理由はある.例えば,A言語とB言語の code-switching において,基盤となるA言語の発話のなかにB言語から取られた単語が1つだけ用いられる場合,これを "nonce-borrowing" と呼ぶこともできそうである.そして,このような nonce-borrowing がある程度慣習化したものが "established borrowing" であり,結果として定着した語が借用語 (loanword) であると言えそうだ.このように考えると,借用と code-switching は連続体の両端だという説も説得力がある.接触言語学の第一人者である Einar Haugen も,この趣旨で code-switching を次のように定義している."the alternate use of two languages including everything from the introduction of a single, unassimilated word up to a complete sentence or more into the context of another language" (quoted from Haugen (193: 521) by Myers-Scotton (256)).
だが,その想定された連続体の真ん中辺り,借用と code-switching が互いに乗り入れるとされる付近においては,互いの特徴は自然と溶け合うのだろうか,あるいは連続体とはいえどもある程度の不連続な境界が認められるのだろうか.この問題については議論があるようだが,取っ掛かりとして Myers-Scotton (253--60) に当たってみた.
基盤のA言語にB言語から取られた単語が1つだけ用いられる場合,通常,その語はA言語で置かれるはずの統語的位置に現れるが,形態的にはA言語に特有の屈折などは取らず,裸で用いられる.また,通常その語はB言語での発音として実現される.すなわち,問題の語は基盤言語への同化の度合いが低い分,借用よりも code-switching のほうに近いということになる.一方,スワヒリ語を基盤とする英語の code-switching の実例によると,英単語がスワヒリ語の屈折を示しつつも英語風に実現されるケースがあるというので,判断が難しい.
問題となるのは,借用と code-switching の境界,あるいは同化の程度を決めるのに,音韻,形態,統語の基準のそれぞれにどの程度の重みづけを付与するのかである.Myers-Scotton (260) は必ずしも歯切れはよくないが,単体で差し挟まれる語は,どちらかというと借用よりは code-switching に近いとして,両者の区別あるいは不連続性を一応は認めている.
Let's be clear: we aren't arguing that all Embedded language single words in codeswitching data sets are bona fide instances of codeswtiching. Some singly occurring Embedded Language words could have become established borrowings. But, as we've shown above, there is good reason to treat most of these singly occurring words as codeswitched forms.
この問題と関与しそうなのが,借用元言語の形態論を反映した借用である.元言語の形態論を反映しているという意味で code-switching 的だが,音韻的,統語的には慣習化されており,借用語的であるという例だ.何を指すかは具体例を挙げれば一目瞭然だろう.現代英語における alumnus -- alumni, alga -- algae, phenomenon -- phenomena のような外来語の単複数形などである.これらは一般に借用語とみなされているが,上の議論を踏まえると,code-switching 的な特徴を部分的に残した借用語とみなしたくなる.借用と code-switching の境目はグレーではあるが,グレーであるがゆえに,外来語複数の問題に新たな洞察を与えてくれるようにも思える.
・ Myers-Scotton, Carol. Multiple Voices: An Introduction to Bilingualism. Malden, MA: Blackwell, 2006.
現代英語では,通常 fish の複数形は同形の fish である (ex. I saw a school of fish in the river) .特に種類が異なる魚であることを強調する場合には fishes とすることもあるが,その場合にも three kinds of fish などとすることが多い.また,イギリス英語では種類の異同にかかわらず fishes とすることはあるが,一般的には fish は単複同形と考えておいてよいだろう.あるいは,複数としての fish は集合的に用いられているものと考えてもよい.その点では,部分的に fruit や hair などとも用法が似ている.
単複同形といえば,ほかに sheep や deer (ただし規則的な複数形 deers もある)が思い浮かぶかもしれない.これらは両語とも古英語の中性強変化名詞 scēap, dēor に遡り,複数主格・対格が同形になることは古英語の形態規則に沿っている.したがって,現代英語の単複同形は古英語からの遺産として説明される.
ところが,fish の古英語形 fisc は,男性強変化名詞なので複数主格・対格形は fiscas である.これが後に fishes へと発展してゆくのだが,現代英語でより一般的な複数形 fish のほうは sheep, deer のように古英語の遺産としては説明できないことになる.つまり,複数形 fish は古英語より後の時代に生まれた革新形と考える必要がある.
実際に,複数形 fish は初期中英語で初出している.OED によると,fish を単数形と同形のまま集合的に用いる用法 (1b) は,a1300 の Cursor Mundi に初出する.
9395 (Cott.): Foghul and fiche, grett thing and small.
また,MED の fish (n.) (2b) によれば,fish の総称的あるいは質量的な名詞としての用法が挙げられており,初例は?a1200の作とされる Layamon's Brut からだ.
Lay. Brut (Clg A.9) 22000: Þer inne is feower kunnes fisc.
手元にある初期中英語の複数形データベースでは,40例までが複数語尾を伴う形態で,5例のみが単数形と同形である.いまだ -es 形が優勢だが,後の歴史のある段階で形勢が逆転することになったのだろう.7つのバージョンで伝わる Poema Morale では,D写本とM写本のみが語尾なしの形態を用いている.
T(83): He makeð þe fisses in þe sa þe fueles on þe lofte.
J(82): He makede fysses in þe sea. and fuweles in þe lufte.
E1(83): He makede fisses inne þe see. and fuȝeles inne þe lofte
E2(83): He makede fisces in ðe sé. {end} fuȝeles in ðe lufte.
D (159--60): he wrohte fis on þer sae / and foȝeles on þar lefte.
L (83): He makede fisses in þe se 7 fuȝeles in þe lifte.
M (77): He scuppeþ þe fish in þe seo, þe foȝel bi þe lefte.
以上は「#12. How many carp!」 ([2009-05-11-1]) でも取り上げた話題だが,現代英語における「不規則な」形態の多くが古英語からの遺産として説明できる一方,中英語以降の革新として説明される例も同じくらい多いということに注意したい.
名詞複数形の -s 語尾拡大の歴史は私の主要なテーマの1つである(拙著および[2011-11-29-1]の記事「#946. 名詞複数形の歴史の概要」を参照).とりわけ,なぜほかならぬ -s が選ばれたのかという問題にはこだわってきた.Hotta (148--49) では,いくつかの言語内的な要因を指摘したが,その1つとして,-s は他の複数形を代表する屈折語尾と比べて音声的に強固であり,失われにくいことを指摘した.
-s の音声的卓越という点について,Hickey (62) に関連する言及を見つけた.そこでは,名詞複数形の -s のみならず,動詞3単現の -th に対する -s についても議論されている.
. . . acoustic prominence can be appealed to in the history of English as well, for instance the substitution of /-θ/ by /-s/ in the third person singular or the progressive productivity of /-s/ plurals from Old English onwards and their encroaching on already established plural types --- cf. ME nasal plurals, such as eyen → eyes --- can be accounted for on the grounds of the phonetic salience of /s/ and hence its suitability as a grammatical suffix.
-s の音声的卓越は,ライバル接尾辞に対する直接的な勝因というよりは,最終的な生き残りに貢献した a conditioning factor ぐらいにとらえておくのがよいのではないかと考えるが,形態論の変化に音声的特徴が関わっている事例として注目に値する.特に [s] と [θ] の調音・音響音声学的な差異については,専門的に突っ込んだ裏取りをしたことはなかったので,Hickey (71 [fn. 5]) の次の要約はありがたい(引用中の参考文献書誌は引用者が展開したもの).
Ladefoged and Maddieson (pp. 145--72 of Ladefoged, Peter and Ian Maddieson. The Sounds of the World's Languages. Oxford: Blackwell, 1996.) suggest a division of fricatives into sibilant and non-sibilant given that with the former (/s, ʃ/ articulations in English for instance) the constriction at the alveolar ridge produces a jet of air that hits the obstacle formed by the teeth. In non-obstacle fricatives, such as /θ, ð/, the turbulence is produced at the constriction itself. Laver (pp. 260--63 of Laver, John. Principles of Phonetics. Cambridge: CUP, 1994.) discusses the auditory characteristics of fricatives as does Fry (p. 122 of Fry, Dennis Butler. The Physics of Speech. Cambridge: CUP, 1979.), who notes that the noise energy for [s] is prominent between 4000 and 8000 Hz. It is similar in frequency distribution to [θ] but has much greater energy which means it is more clearly audible (see diagrams, Fry 1979: 123). *
・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
・ Hickey, Raymond. "Salience, Stigma and Standard." The Development of Standard English, 1300--1800. Ed. Laura Wright. Cambridge: CUP, 2000. 57--72.
現代英語で news は抽象名詞で不可算として扱われる.数えるときには an item [a piece, a bit] of news のように用い,No news is good news. のように無冠詞でもよく使われる.
しかし,news の起源は語尾の s に示唆される通り,複数形である.形容詞 new が名詞化され,それが複数形となったのが news である.「新奇な事物」を意味する名詞としての最も早い例は,13世紀に現われる (see MED neue (n.)) .形容詞 new から派生した通常の名詞なので,不定冠詞もつけば,複数形にもなった.
しかし,この語は「数々の新しい事物」として複数形で用いられることが多かったので,複数形が無標の形式となっていったようだ.この傾向には,ラテン語やフランス語の関与も想定できるだろう.例えば,14世紀後半の Wycliffite Bible に現われる次の例文を見てみよう.
(a1382) WBible(1) (Bod 959) Ecclus.24.35: A king..þe whiche fulfilleþ as phison wisdam & as tigris in þe daiys of newis [WB(2): newe thingis].
of newis に対応するラテン語は複数属格の novorum である.ラテン語の複数主格 nova は,古仏語でも noveles と複数形で受け入れられ,英語の複数形 news の固定化にも貢献したのではないか.
「新しい事物」から「新しい情報」へと意味が拡大すると,現代的な「ニュース」となる.OED や MED によれば,この語義での初例は次のものとされる.
c1500(?a1437) ?Jas.I KQ (SeldArch B.24) st.179: Awak..I bring The newis glad.
この語義は,一般には16世紀以降に盛んとなった.また,16世紀後半からは,news が抽象的に単数で解される例が現われるようになる.OED によると,その初例は次の通り.
1566 Pasquine in Traunce 36, I hearde speak of it, when ye newes therof was brought to Pope Iulie the seconde.
その後,19世紀まで news の複数扱いと単数扱いの例が並び立つが,結果的に単数扱いの抽象名詞としての用法が確立して現代に至っている.
名詞の複数形が集合的あるいは抽象的に解され,単数扱いとなってゆく例は,学問名などに典型的に現われる.economics, mathematics, politics, statistics などは,学問名としては単数扱い,具体的な手段や結果を表わす場合には複数扱いとなる.
[2009-07-02-1]の記事「#65. 英語における reduplication」の最後で,pp. (= pages) のような子音字の重複 (reduplication) による特殊な複数形について触れた.書きことば限定の表現ということで,これを "graphemic reduplication" と呼んだが,他に探してみると,あまり知られていないものも含めて以下の9種が見つかった.
cc. = chapters
ff. = following pages, lines, etc.
ll. = lines
mm. = messieurs
pp. = pages
qq. = quartos or questions
ss. = sections
SS. = Saints
vv. = verbs, verses, violins, volumes
例えば pp. 100--200 のもとにあるのは,"pages 100 to 200" あるいは "page 100 to page 200" であり,ページという概念を2度想起させるので,<p> の文字を2度重ねるという発想だろう.これは,書きことばに反映された iconicity (図像性)の一種と考えられる([2009-08-18-1]の記事「#113. 言語は世界を写し出す --- iconicity」を参照).
さて,上記の表記を読み下す場合には,chapters, lines, pages などと対応する単語の複数形で発音すればよいのだろうが,ff. などは "and (the) following (pages [lines])" などと発音するのだろうか.手元の辞書では,意味は示されているが,読みは示されていない.
pp. などのようにもとの語句へ容易に展開できる場合には,その表記は略記 (abbreviation) であるとともに表語的 (logographic) であるとみなせる.しかし,ff. のようにもとの語句が必ずしも一意的に定まらない場合には,その表記は表語的というよりは表意的 (ideographic) と呼ぶほうが適切だろう.表意的な表記の特徴は,意味が最重要であり,音(読み)は付随的であるという点にあるから,対応する音(読み)は,言ってしまえばどうでもよい.文字を見て意味をとれれば,必ずしも音読する必要がないのである.[2012-03-04-1]の記事「#1042. 英語におけるの音読みと訓読み」で列挙した i.e. の類も,書きことば専用であり,読みはどうであれ意味がわかればそれでよいという点ではすぐれて表語的であった.
アルファベットは表音文字の最たるものだが (see ##422,423) ,上記のように,省略という動機づけを得て,表語的に用いられる場合もあるし,さらに表意的に用いられる場合すらあることを見た.文字史では,表意文字→表語文字→表音文字と文字体系が発展してきたと説かれるが,典型的な表音文字にあっても,表語文字や表意文字のもつ機能や価値は部分的に保たれているのである.
表語的あるいは表意的な文字体系である漢字に慣れている日本語母語話者にとって,英語の ff. のような用法は驚くに値しないだろう.「窪隆」なる漢熟語を見せられれば,「ワリュウ」とは読めなくとも,くぼんだ所ともりあがった所なのだろうなと意味は推測できるし,「堀室」を「コッシツ」と読めなくとも,地下に掘った部屋かなと想像がつく.
名詞複数形の発展(主として初期中英語期)を長らく研究しているのだが,入れ込みすぎているためか,かえってブログ記事として概要を書きづらい.しかし,概要くらいは書き留めておくとやはり便利なので,以下に教科書的な記述を与えておく.2つ引用を挙げるうち,先のものは簡易版要約として拙著論文 (Hotta, "Review") から,後のものは詳細版要約として Baugh and Cable のものからである.
The s-plural was fairly quickly generalised at the expense of other plural formations such as an n-ending, a vowel-ending, a zero-ending, and an i-mutation, first in the northern/eastern dialects of England in Late Old English (LOE). In the course of Early Middle English (EME), the trend was followed slowly but surely by the southern/western dialects. Although there long persisted older plural formations such as n- and vowel-endings and even unchanged forms, the s-form finally dominated the plural system by the end of ME, with the exception of a handful of "irregular plurals" that have survived to this day. (95)
In early Middle English only two methods of indicating the plural remained fairly distinctive: the -s or -es from the strong masculine declension and the -en (as in oxen) from the weak . . . . And for a time, at least in southern England, it would have been difficult to predict that the -s would become the almost universal sign of the plural that it has become. Until the thirteenth century the -en plural enjoyed great favor in the south, being often added to nouns which had not belonged to the weak declension in Old English. But in the rest of England the -s plural (and genitive singular) of the old first declension (masculine) was apparently felt to be so distinctive that it spread rapidly. Its extension took place most quickly in the north. Even in Old English many nouns originally of other declensions had gone over to this declension in the Northumbrian dialect. By 1200 -s was the standard plural ending in the north and north Midland areas; other forms were exceptional. Fifty years later it had conquered the rest of the Midlands, and in the course of the fourteenth century it had definitely been accepted all over England as the normal sign of the plural in English nouns. Its spread may have been helped by the early extension of -s throughout the plural in Anglo-Norman, but in general it may be considered as an example of the survival of the fittest in language. (160)
本当はこの記述のように簡単に説明しきれないからこそ突っ込んだ研究が成り立つのだが,概略としてはこの理解で間違いない.ただし,Baugh and Cable の引用の末尾に見られる,Anglo-Norman が英語の -s の発展に影響を与えた可能性があるという説は,今ではほぼ否定されており,私も否定されるべきと考える (Hotta, Development 154, 268 [Note 66]) .
・ Hotta, Ryuichi. "Review of The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English." Studies in Medieval English Language and Literature 25 (2010): 95--112.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 5th ed. London: Routledge, 2002.
・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
複数形ウォッチャーとして,気になる複数接尾辞がある.発音は -s の場合と同様だが,綴字が <z> となる「z 複数」である.Crystal (137) が以下のように指摘していた.
New spelling conventions have emerged, such as the replacement of plural -s by -z to refer to pirated versions of software, as in warez, tunez, gamez, serialz, pornz, downloadz, and filez. (137)
それぞれ発音の差異を伴わない完全に綴字上の異形態だが,いかがわしい効果は抜群である.このいかがわしさが何に由来するのかといえば,<z> の文字自体のもつ異様さだろう.[2010-07-17-1]の記事「しぶとく生き残ってきた <z>」で取りあげたように,<z> はきわめて影の薄い文字だが,<s> の明らかに期待されるところで <z> が前景化されるとやけに目立つ.
しかし,「海賊複数」 ( plural of piracy ) とでも呼びたくなるこの <z> 接尾辞(字)の使用は,現在では NetSpeak での隠語としての使用に限定されているようだ.COCA ( Corpus of Contemporary American English ) の検索によると,warez で4例がヒットした( warez 以外の上掲の語はヒットなし).以下はそのうちの1例で,2004年の Houston Chronicle からの記事である.
CW Shredder - www.spyware info.com/merijn/ Developed by the same author as Hijack This!, CW Shredder removes a very common piece of spyware known as the Coolwebsearch Trojan. It takes advantage of a flaw in a key component of Windows - Microsoft's version of the Java Virtual Machine - to install itself via pop-ups often found on porn and illegal software (a.k.a. "warez") sites.
他に BNCweb で "*z_NN2" として検索してみると,BOYZ が多数ヒットした.ただし,これはアメリカの人気グループ Boyz II Men やアメリカ英語 Boyz n the Hood への言及によるもので,海賊複数とは趣が異なる.とはいえ,固有名や商品名(の宣伝)に非標準的な綴字を用いることは商業広告では広く見られる現象であり(例えば Heinz 社の "Heinz Buildz Kidz" ),目立たせる効果を狙っている点では共通性が感じられる.
ちなみに,Kirg(h)iz 「キルギス人」がヒットしたが,これはロシア語の綴字に準じたもので単複同形であるにすぎない(異形として Kirg(h)izes もあり).
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
Biber et al. (Section 4.5.6 [pp. 291--22]) に,一般名詞の単数形と複数形の頻度に関する記述がある.現代英語における大雑把な分布ではあるが,LSWE Corpus の500万語サブコーパスを用いた信頼できる数値なので参考までにメモしておく.まず,各サブコーパスで100万語当たりの生起数に換算してのグラフの再現から(数値データは与えられていなかったのでグラフから概数を読み取っての再現).
(1) conversation transcription (CONV), fiction text (FICT), newspaper text (NEWS), academic text (ACAD) の4サブコーパス間の差が激しい.
- 原則として複数形をとらない不可算名詞も含めているとはいえ,すべてのサブコーパスで単数形が複数形よりも頻度が高い.
- 会話では単数形の頻度が比較的高い.
- 書き言葉では話し言葉よりも複数形の頻度が3--4倍も高い.
(2) 個々の名詞でみると,多くの名詞が単数形あるいは複数形のいずれかへの強い偏りを示す.
(3) 例えば,次の名詞は75%以上の割合で単数形をとる.ex. car, god, government, grandmother, head, house, theory.
(4) 例えば,次の名詞は75%以上の割合で複数形をとる.ex. grandchildren, parents, socks, circumstances, eyebrows, onlookers, employees, perks.
(1) に関して,単数形が圧倒的に多いこと自体はまったく不思議ではない.上述のように不可算名詞は原則として単数形しかあり得ない.また,ほとんどの可算名詞では単数形が lemma そのものであるし無標の形態でもある.ほかには,数の概念が中立化される場合,例えば hand in hand, from time to time などの慣用表現においては,単数形が用いられるのが普通である.
(2)--(4) に関して,名詞によって単数形か複数形への偏りを示すというのも驚くに当たらない.それぞれの語群を眺めれば,そこに "the communicative needs of the language user" (291) が反映されていることがはっきりと分かるだろう.名詞全体をならせば,「コミュニケーション上の必要性」が単数形に偏りそうだということも直感される.
では,会話で単数形の使用が多いというのは,どういうわけだろうか.Biber et al. (291--92) は次のように述べている.
In general, the high frequency of singular nouns in conversation probably follows from the concern of speakers with individuals: a person, a thing, an event. Writers of academic prose, on the other hand, are more preoccupied with generalizations that are valid more widely (for people, things, events, etc.). This same tendency applies not only to nouns, but also to determiners and pronouns (4.4.3.1, 4.12.1, 4.14.1, 4.15.2.1).
コーパス全体としては,複数形は一般名詞の2割程度しか占めないことになる.複数形の研究を専門とする(つまり複数形の例をなるべく多く集めなければならない)私にとっては,なかなか厳しい数値だなあ・・・.
・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
一般に,現代英語の動詞は過去・過去分詞形の形成法により大きく規則変化動詞と不規則変化動詞に分けられる.この区分は,単純に形態音韻論的な1点のみに注目する.過去・過去分詞形の語尾に <-ed> が付加されるか否かという点である.音韻上の現われとしては /-d, -t, -ɪd/ の3種類があり得るが,原形の基体にいずれかがそのまま付加されるか(規則変化動詞),あるいはそれ以外か(不規則変化動詞)という大雑把な区分である.後者はさらに形態音韻論的に細分化されるのが普通だが,ここでは細部には立ち入らない.これを仮に「-<ed> の有無による共時的分類法」と名付け,以下のようにまとめる.
Type | Examples |
---|---|
-ed (規則変化) | called, looked, visited |
non-ed (不規則変化) | bought, came, got, made, sent, set, went |
Type | Examples |
---|---|
弱変化 | bought, called, looked, made, sent, set, visited, went |
強変化 | came, got |
Type | Examples |
---|---|
無変異 | set |
不完全変異 | called, looked, visited; bought, came, got, made; sent |
絎????紊???? | went |
Type | Examples |
---|---|
無変異 | carp, fish, hundred, sheep |
不完全変異 | books, dogs, watches; children, oxen; feet, men; alumni, phenomena |
絎????紊???? | people (for persons) |
[2009-06-01-1]の記事で,現代英語 thumb の綴字に含まれる非語源的な reverse spelling の <b> についてOED の記述を参照して「13世紀末の添加」と記した.OED によると,1290年頃の The South English Legendary からの Strongue is þe þoumbe I-cleoped が初例となっている.他の辞書や語源辞典もこの OED の記述を踏襲しているようだが,MED, "thoume" によると,<b> を含む例は,12世紀半ばの The Peterborough Chronicle の1137年の記録に見いだすことができる.Clark 版から該当箇所を引く(赤字は引用者).
Me henged bi the þumbes other bi the hefed 7 hengen bryniges on ˈherˈ fet. (1137, l. 22)
Clark の注 (p. 94) によると,PChron よりも早い土地台帳 the Doomsday Book に,Oxfordshire の地名 Thomley を表わす語形として Tvmbeleia が用いられているという.<b> の挿入は,OED の記述よりもずっと早く,中英語の最初期にすでに見られたということである.
[2009-06-01-1]では,crumb, limb, numb と合わせて thumb の <b> は歴史上 /b/ として発音されたためしがないと述べたが,thumb についてはこの発言は訂正すべきかもしれない.11世紀や12世紀の早い時期にこの種の reverse spelling や黙字 ( silent letter ) が導入されたとは考えにくいし,上記の Tvmbeleia の例のように,/m/ に他の音が後続する環境で,わたり音 ( glide ) として破裂音 /b/ が挿入されるのは調音的に自然である.他の語についても,<b> の挿入は近代英語期にかけてのことだが,綴り字発音 ( spelling pronunciation ) が一切なかったかというと,それは確かめようがない.「歴史上 /b/ として発音されたためしがない」というのは主張としては強すぎたかもしれない.せいぜい主張できるのは,「 /b/ を含む発音が散発的にありえたとしても,主要な変種において /b/ を含まない発音に比して優勢な交替形であったことはなさそうだ」くらいのものだろう.ここに訂正したい.
なお,thumb の古英語形は þūma (男性弱変化名詞)だったので,初期中英語での予想される複数形(主格および対格)は -n 語尾をもつ形態だが,PChron の例ではすでに -s 複数化した þumbes である.私が調べた範囲では,初期中英語コーパスでこの語が複数形に -s をとる例はこれが唯一のものである.
・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. London: OUP, 1958.
何らかの基準で集めた英単語のリストを,一般的な頻度の順に並び替えたいことがある.例えば,[2011-03-22-1]で論じたように,頻度と不規則な振る舞いとの関係を調べたいときに,注目する語(群)の一般的な頻度を知る必要がある.この目的には,[2010-03-01-1]で紹介したような大規模な汎用コーパスに基づく頻度表が有用である.BNC lemma-pos list (122KB) や ANC word-tagset list (7.2MB) などで問題の語を一つひとつ検索し,頻度数や頻度順位を調べてゆけばよいが,語数が多い場合には面倒だ.そこで,上記2つの頻度表から,入力した語(群)の頻度と順位を取り出す CGI を作成した.
改行でもスペースでもカンマでもよいのだが,区切られた単語リストを以下のボックスに入力し,"Frequency Sort Go!" をクリックする.出力結果を頻度順位の高い順にソートする場合には,"sort by rank?" をオンにする(デフォルトでオン.オフにすると,入力順に出力される).例えば,現代標準英語に残る純粋に i-mutation を示す複数形は以下の7語のみである(複合語,二重複数,[2011-04-01-1]で話題にした sister(e)n は除く).これをコピーしてボックスに入力する.
foot, goose, louse, man, mouse, tooth, woman
標題の語は「(アラビア語,トルコ語,ペルシア語国の)通訳者」を意味する.OED の語義は,"An interpreter; strictly applied to a man who acts as guide and interpreter in countries where Arabic, Turkish, or Persian is spoken." である.語源はアラビア語の tarjumān 「通訳者」で,様々な言語を経由し,フランス語から中英語に drugeman として14世紀に借用された( MED を参照).初例は,たまたま最近読んでいる Kyng Alisaunder からだというので,以下に引用する.Alexander の進軍に対して,Darius のいとこ Salome がただちに軍を整えるように促す場面.(Smithers 版より.赤字は引用者.)
For Alisaunder is ypassed Achaye, And is ycome to Arabye, And is on þis half þe flum Jordan, And so me seide a drugeman. Haue we þe feld ar he, We scullen hym wynne, hym maugre.' (B 3395--400)
この語がおもしろいのは,語源的には本来語の man とは無関係にもかかわらず,man を含む複合語と誤って分析され,dragomen なる複数形が早くから現われていることだ.現代の辞書でも,複数形として dragomans に加えて dragomen が記載されている.Quirk et al. (306) でも,". . . the irregular plural can be found also in nouns that are not 'true' compounds with -man; eg: dragoman ? dragomans or dragomen." として言及されている.いわば German を *Germen, human を *humen と複数化してしまうタイプの異分析 ( metanalysis ) に基づく誤用といえるが,使用の歴史が長く,辞書に記載されるほどに一般化したということだろう.BNC の検索では,dragomans が3例,dragomen が1例あった.
通常,名詞の複数形の形成に働く類推 ( analogy ) は,大多数の -s 複数への引きつけという方向に働く.しかし,高度に不規則な i-mutation による複数形であっても,とりわけ頻度の高い men の吸引力は相当に強いと考えられる ([2011-03-22-1]) .現代英語語彙においてタイプの数として圧倒的な吸引力を誇る -s の磁場のなかで,単体の頻度として相当に高い吸引力を有する men が劣勢ながらも反抗している---そんな構図が描けるかもしれない.(ちなみに,初期中英語の名詞複数形を集めた私の研究では,全複数形20496トークンのうち2431トークンが man の複数形だった.あの収集作業のエネルギーの 11.86% が主に men に注がれていたと思うと徒労感が・・・.)
・ Smithers, G. V. ed. Kyng Alisaunder. 2 vols. EETS os 227 and 237. 1952--57.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
昨日の記事[2011-03-31-1]で,古英語の親族名詞の屈折表を見た.brethren の起源についても言及したが,これと関連して親族名詞お得意の類推 ( analogy ) の例をもう一つ挙げよう.brethren との類推で sister(e)n という複数形がある.MED の記述にあるように,中英語では -(e)n 形はごく普通であり,-s 形が一般化するのは brother の場合と同じく近代期以降である.この辺りの話題は私の専門領域なので,詳細なデータをもっている.初期中英語でもイングランドの北部や東部では -s が優勢だが,南部や西部ではこの時期の sister の複数形は原則として -n あるいは母音の語尾が圧倒していることは間違いない ( Hotta, p. 256 ) .
さて,sister(e)n は現代英語に生き残っているが,brethren と異なり,通常辞書には記載されていない.BNC ( The British National Corpus ) でもヒットしなかった.しかし,COCA ( Corpus of Contemporary American English ), COHA ( Corpus of Historical American English ) ではそれぞれ4例,15例(19世紀後半以降の例)がヒットし,もっぱらアメリカ英語で聞かれることが分かる.COCA からの例を1つ挙げる.政治討論会番組 "CNN Crossfire" からの用例である(赤字は引用者).
Well, you know, I hate to correct you, but you made the same mistake many of your liberal brethren and sisteren, have said in analyzing this dissent by Judge Stevens.
COCA, COHA 両コーパスからの計19例のうち16例までが brethren and sister(e)n として現われ,主にフィクションで用いられ,dear や my が先行する呼びかけの使い方が多い.brethren と同様に宗教的,組合的な文脈で現われているようだが,限定された語義としてのほか,文体的な効果もあるのかもしれない.関連して,OED の sister の語義5を引用しておこう."In the vocative, as a mode of address, chiefly in transferred senses. Also colloq. as a mode of address to an unrelated woman, esp. one whose name is not known."
もっぱらアメリカ英語で用いられることについては,Mencken (502) が触れている.
Sisteren or sistern, now confined to the Christians, white and black, of the Get-Right-with-God country, was common in Middle English and is just as respectable, etymologically speaking, as brethren.
sister(e)n という複数形に関する歴史的な問題は,近現代アメリカ英語での使用を,中英語期以来の継続としてとらえるべきか,あるいはアメリカ英語で改めてもたらされた刷新としてとらえるべきか,である.OED によると,sister(e)n は一般的な文章語としては16世紀半ばに廃れたとある.初期近代英語期の例やイギリス英語を含めた諸方言の例を調査しないと分からないが,(1) brethren との類推は時代を問わずありそうであること,(2) brethren と脚韻を踏むので呼びかけなど口語で特に好まれそうであること,この2点からアメリカ英語での再形成と考えるのが妥当ではないだろうか.中英語で非語源的な sister(e)n が作り出されたくらいだから,近代英語で改めて作られたとしても不思議はない.
sister(e)n は通常の辞書には載っていないくらいのレアな複数形だが,brethren, children, oxen (but see [2010-08-22-1]) と同じ,現代に残る少数派 -en 複数の仲間に入れてあげたい気がする.
・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
・ Mencken, H. L. The American Language. Abridged ed. New York: Knopf, 1963.
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