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borrowing - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-06-30 20:15

2018-07-17 Tue

#3368. 「ラテン語系」語彙借用の時代と経路 [contact][latin][greek][french][borrowing][lexicology][loan_word]

 「ラテン語系」 (Latinate) 借用語とは,主としてラテン語とフランス語をソースとする借用語を指す.緩く解釈して,他のロマンス諸語からの借用語を含むこともあれば,ギリシア語もラテン語を経由して英語に取り込まれることが多かったことから,ギリシア借用語(直接借用されたものも)を含んで言われることもある.英語史上,ラテン語系の語彙借用が見られた時代と経路は,以下のように図示できる(輿石,p. 113 の図を参照した).

┌───────────────────────────────────┐
│                               Greek                                  │
└──────┬──────────────────────────┬─┘
              │                                                    │
              ↓                                                    │
        ┌─────┬────────────┬────────┐  │
        │  Latin   │ Old and Middle French  │ Modern French  │  │
        └──┬──┴─────┬──────┴────┬───┘  │
              │                │                      │          │
              │                └─────┐          └──┐    │
              │                            │                │    │
      ┌───┴─┬──────┬───────┬─────┐│    │
      │          │            │          │  │          ││    │
      │          │            │          │  │          ││    │
      ↓          ↓            ↓          ↓  ↓          ↓↓    ↓
┌────┬───────┬──────┬───────┬───────┐
笏?Germanic笏1rehistoric OE笏0ld English 笏?Middle English笏?Modern English笏?
└────┴───────┴──────┴───────┴───────┘

 図を見ると,借用元言語のレパートリーは変わっていないものの,時代によって経路を含めた英語との関わり方がそれぞれ特徴的であることが,改めてよく分かる.英語の語彙にとりわけ強い影響を及ぼしてきた言語といえば,上記の "Latinate" languages を除けば古ノルド語の名前が挙がるくらいであり,「ラテン語系」の存在感の著しさが再確認できるだろう.
 ラテン語系に限らない語彙借用の経路図としては,「#1930. 系統と影響を考慮に入れた西インドヨーロッパ語族の関係図」 ([2014-08-09-1]) も参照.

 ・ 輿石 哲哉 「第6章 形態変化・語彙の変遷」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.106--30頁.

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2018-06-11 Mon

#3332. Aitchison による借用の4つの特徴 [borrowing][contact]

 Aitchison (150--52) によれば,借用 (borrowing) には4つの重要な特徴があるという.

First, detachable elements are the most easily and commonly taken over --- that is, elements which are easily detached from the donor language and which will not affect the structure of the borrowing language. (150)


 これは,言い換えれば表面的な語彙こそが最も借りられやすい言語単位であるということになる.もちろん程度問題であり,基礎的な語彙,音韻,文法など,他の言語項の借用があり得ないというわけではない (cf. 「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1])) .

A second characteristic is that adopted items tend to be changed to fit in with the structure of the borrower's language, though the borrower is only occasionally aware of the distortion imposed. (150)


 これは,例えば英単語がカタカナ語として日本語に借用されるときに,発音,意味,形態変化などが多かれ少なかれ日本語化して取り込まれるのが普通だということに相当する.

A third characteristic is that a language tends to select for borrowing those aspects of the donor language which superficially correspond fairly closely to aspects already in its own. (151)


 ある句の借用に際して,その句内の語順が受け入れ側の言語でも許容される場合には,借用されやすくなる,といった事情のことだ.両言語でおよその対応関係があったほうが,ない場合よりも借用されやすいというのはもっともな話しだろう.類型論上の一致という観点である (cf. 「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1]),「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1])) .

A final characteristic has been called the 'minimal adjustment' tendency --- the borrowing language makes only very small adjustments to the structure of its language at any one time. In a case where one language appears to have massively affected another, we discover on close examination that the changes have come about in a series of minute steps, each of them involving a very small alteration only, in accordance with the maxim 'There are no leaps in nature.' (151)


 大量の借用によって,受け入れ側の言語が大きく変化したように見えるケースであっても,それは時間をかけて少しずつそうなったのであって,具体的な1回1回借用に際して起こっていることは僅少な変化にすぎない,という原理だ.最初の3点は,従来,言語接触 (contact) の分野でも指摘されてきたことだが,この4点目の指摘が明示的になされたことは,それほどなかったのではないかと思われる.
 関連して,借用という用語と概念を巡って「#44. 「借用」にみる言語の性質」 ([2009-06-11-1]),「#2010. 借用は言語項の複製か模倣か」 ([2014-10-28-1]),「#3008. 「借用とは参考にした上での造語である」」 ([2017-07-22-1]) で論じてきたので,参照されたい.

 ・ Aitchison, Jean. Language Change: Progress or Decay. 4th ed. Cambridge: CUP, 2013.

Referrer (Inside): [2020-10-20-1]

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2018-05-22 Tue

#3312. 言語における基層と表層 [linguistics][language_acquisition][media][writing][borrowing][terminology]

 標題は生成文法を語ろうとしているわけではない.言語を構成する諸部門を大きく2つの層に分けると,それぞれを「基層」「表層」と名付けられるだろうというほどのものだ.しかし,言語学上,この2区分の波及効果は大きい.野村 (12) の説明が明快である.

ある言語(方言で考えてもらってもよい)のさまざまな要素は,おおむねその言語の基層と表層に振り分けられる.文法や音声・音韻や基礎的な語彙は,基層に属する.文化的な(「高級な」)語彙,言い回し・表現法(広義のレトリック),文体などは,表層に属する.ある言語の使い手は,基層に属する部分を子供時代に無意識的に習得してしまう.表層に属する部分は,教育と学習によって徐々に身につける.独創ともなれば,なおさらの努力が必要である.


 基層と表層の区別が,言語習得における段階と連動していることはいうまでもない.また,この区別は,話し言葉と書き言葉の区別,あるいは書き言葉のなかでの口語体と文語体の区別とも連動することが,続く野村の文章で触れられている (12) .

書き言葉口語体は,文化語彙,言い回し・表現法,文体などの表層部分では,必ずしも話し言葉には従っていない.しかし,基層に属する文法や音声・音韻,基礎語彙などの面で,話し言葉のそれらに従っている.一方,「文語体」(古典語をもとにした文語体)は,文法,音韻,基礎語彙などの面で,古典語のそれらに従っているのである.


 基層と表層の区別はまた,他言語からの借用に対して開かれている程度にも関係するだろう.基層は他言語からの干渉を比較的受けにくいが,表層では受けやすいということはありそうだ.この問題については,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#2011. Moravcsik による借用の制約」 ([2014-10-29-1]) の記事や,「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) も参照されたい.

 ・ 野村 剛史 『話し言葉の日本史』 吉川弘文館,2011年.

Referrer (Inside): [2018-08-29-1] [2018-05-23-1]

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2018-04-03 Tue

#3263. なぜ古ノルド語からの借用語の多くが中英語期に初出するのか? [sobokunagimon][old_norse][standardisation][loan_word][borrowing][medium][oe][eme]

 「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1]) でも取り上げた話題だが,改めてこの問題について考えてみたい.
 現代英語の語彙には古ノルド語からの借用語が多数含まれている.その歴史的背景としては,9世紀後半以降に古ノルド語を母語とするヴァイキングがイングランド北部・東部に定住し,そこで英語話者と混じり合ったという経緯がある.しかし,そこで借用されたはずの多くの古ノルド語からの単語が文献上に初めて現われるのは,ヴァイキングの定住が進んだ古英語後期においてではなく,少なからぬ時間を空けた初期中英語期以降,とりわけ13世紀以降のことなのである.歴史的状況から予想される借用年代と実際に文証される年代との間にギャップがあるというこの問題は,英語史でもしばしば取り上げられるが,その理由は一般的に次のように考えられている(Blake, p. 92 より).

It is a feature of the history of the English language that there are a considerable number of Old Norse loans in the language, but the appearance of these loans in writing occurs mainly from the thirteenth century onwards and not from the pre-Conquest period which is when the Viking invasions and settlements occurred. The usual explanation for this is as follows. Most Old English literature which has survived is written in the West Saxon dialect, and the dialect represents those areas of England which were least affected by the Scandinavian invasions and settlements. Hence Scandinavian influence in these areas cannot have been very significant. Even in those areas where the Danes had settled, they continued to live in their own communities and would only gradually have become absorbed among the Anglo-Saxon population. This implies that the new settlers were for a long time regarded as foreigners and no attempt was made to assimilate them. Consequently the introduction of Old Norse words into English was delayed in the Anglian dialects, and their southward drift would be even later than that. It is hardly surprising in this view that words of Scandinavian origin are not found in English in any numbers until the thirteenth century.


 つまり,ヴァイキングは確かにイングランド北部・東部にしたが,必ずしもすぐには先住のアングロサクソン人と混じり合ったわけではなく,語彙借用を含めた言語的な融合は案外遅かったというわけだ.また,後期古英語の文献として残っているものの多くはイングランド南西部 West Saxon の方言で書かれているため,ヴァイキングの言語的影響は古英語期中には文証されにくいのだという.
 しかし,Blake (93--94) はこの一般的な見解が本当に正しいかどうかは非常に怪しいとみている.

The continuity of West Saxon as Standard Old English would have discouraged the adoption of new words from other varieties and even from other languages. The tenth-century reforms were a continuation of the policies introduced by Alfred, and it is not surprising that the attitude towards standardisation and conservatism should have become more rigid as the standard grew in importance.


 Blake の考え方はこうだ.話し言葉のレベルでは,歴史的経緯から自然に予想されるとおり,古ノルド語からの借用語の多くがすでに後期古英語期に入っていた.しかし,標準的で保守的な West Saxon 方言の書き言葉においては,口語的で略式的な響きをもつ当時の新語ともいうべき古ノルド語借用語を使用することはふさわしくないと考えられ,排除されたのではないか.つまり,人々の口からは発せられていたが,文章には反映されなかったということではないか.
 書き言葉の保守性はよく知られた事実だが,さらに標準的な書き言葉ともなればますます保守的になるということは,確かに考えられる.

 ・ Blake, N. F. A History of the English Language. Basingstoke: Macmillan, 1996.

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2018-03-30 Fri

#3259. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (2) [synonym][loan_word][borrowing][renaissance][inkhorn_term][emode][lexicology][word_formation][suffix][affixation][neologism][derivation][statistics]

 昨日の記事 ([2018-03-29-1]) の続編.昨日示した Bauer からの動詞派生名詞のリストでは,-ment や -ure の接尾辞の存在が目立っていた.17世紀の名詞を作る接尾辞にどのような種類のものがあり,それぞれがいくつの名詞を作っていたのだろうか.これについても,Bauer (185) が OED に基づいて統計をとっている.結果は以下の通り.

SuffixNumber
-y2
-ery8
-ancy10
-ency10
-ence18
-ion20
-ance49
-al56
-ure96
-ation190
-ment258


 トップ数種類の接尾辞が大半をカバーしていることから,頻度の高い「典型的な」接尾辞があることは確かにわかる.しかし,典型的な接尾辞が少数あるということで,問題が解決することにはならない.これらの典型的な接尾辞を含めた複数種類の接尾辞が,同一の基体に接続し得たということ,そして実際にそのように造語され併用されたという状況こそが,問題だったである.
 昨日の記事で触れたように,Bauer はこの問題を新語のニーズに関わる複雑さに帰しているが,それと関連して,生産的な派生に対して非生産的な派生への需要も常に存在するものだという主張を展開している.

. . . there is a constant application of unproductive morphology in order to solve problems provided by productive morphology, so that the language is continually having new words added to it which are not the forms which would be the predicted ones, as well as a number of predicted forms. That is, the processes of history add irregularities (which are available to turn into regularities if enough of them are coined). History, rather than simplifying matters (or rather than merely simplifying matters), reflects a process of building in extra complications.


 言語使用者の新語への要求は,必ずしも生産的な派生が与えてくれる手段とその結果だけでは満たされないほどに複雑で精妙なのだろう.そこで,あえて非生産的な派生の手段を用いて,不規則な派生語を作り出すこともあるのかもしれない.現代の歴史言語学者は,過去に生きた言語使用者の,そのような複雑で精妙な造語心理にどこまで迫れるのだろうか.困難ではあるがエキサイティングなテーマである.

 ・ Bauer, Laurie. "Competition in English Word Formation." Chapter 8 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 177--98.

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2018-03-29 Thu

#3258. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (1) [synonym][lexical_blocking][loan_word][borrowing][renaissance][inkhorn_term][emode][lexicology][word_formation][suffix][affixation][neologism][derivation][cognate]

 英国ルネサンス期の17世紀には,ラテン語やギリシア語を中心とする諸言語から大量の語彙が借用された.この経緯については,これまで「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]),「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]),「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) などの記事で様々な角度から取り上げてきた.この時代には,しばしば「同じ語」が異なった接尾辞を伴って誕生するという現象が見られた.例えば,すでに1586年に discovery が英語語彙に加えられていたところに,17世紀になって同義の discoverancediscoverment も現われ,短期間とはいえ競合・共存したのである(関連して,「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1]) も参照).
 以下は,Bauer (186) が OED から収集した,17世紀に初出する動詞派生名詞の組である.

abutmentabuttal 
bequeathalbequeathment 
bewitcherybewitchment 
commitmentcommittalcommittance
composalcompositure 
comprisalcomprisementcomprisure
concumbenceconcumbency 
condolementcondolence 
conducenceconducency 
contrivalcontrivance 
depositationdepositure 
deprivaldeprivement 
desistancedesistency 
discoverancediscoverment 
disfigurationdisfigurement 
disprovaldisprovement 
disquietaldisquietment 
dissentationdissentment 
disseverationdisseverment 
encompassmentencompassure 
engraftmentengrafture 
exhaustmentexhausture 
exposalexposementexposure
expugnanceexpugnancy 
expulsationexpulsure 
extendmentextendure 
impartmentimparture 
imposalimposementimposure
insistenceinsisture 
interposalinterposure 
pretendencepretendment 
promotementpromoval 
proposalproposure 
redamancyredamation 
renewalrenewance 
reposancereposure 
reservalreservancy 
resistalresistment 
retrievalretrievement 
returnalreturnment 
securancesecurement 
subdualsubduement 
supportmentsupporture 
surchargementsurchargure 


 これらの語のなかには,現在でも標準的なものもあれば,すでに廃語となっているものもある.短期間しか用いられなかったものもあれば,広く受け入れられたものもある.17世紀より前か後に作られた同義の派生名詞と競合したものもあれば,そうでないものもある.この時代の後,現代に至るまでに,これらの2重語や3重語の並存状況が整理されていったケースもあれば,そうでないケースもある.整理のされ方が lexical_blocking の原理により説明できるものもあれば,そうでないものもある.つまり,これらの組について一般化して言えることはあまりないのである.
 17世紀に限らないとはいえ,とりわけこの世紀に,互いに意味を違えない派生名詞が複数作られ,競合・共存したという事実は何を物語るのだろうか.ラテン語やギリシア語から湯水のように語を借用した結果ともいえるし,それらから抽出した名詞派生接尾辞を利用して無方針に様々な派生名詞を造語していった結果ともいえる.しかし,Bauer (197) は社会言語学的な観点から,次のように示唆している.

Individual ad hoc decisions on relevant forms may or may not be picked up widely in the community. . . . [I]t is clear from the history which the OED presents that the need of the individual for a particular word is not always matched by the need of the community for the same word, with the result that multiple coinages are possible.


 いずれにせよ,この歴史的事情が,現代英語の動詞派生名詞の形態に少なからぬ不統一と混乱をもたらし続けていることは事実である.今後,整理されてゆくとしても,おそらくそれには数世紀という長い時間がかかることだろう.

 ・ Bauer, Laurie. "Competition in English Word Formation." Chapter 8 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 177--98.

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2018-01-10 Wed

#3180. 徐々に高頻度語の仲間入りを果たしてきたフランス・ラテン借用語 [french][latin][loan_word][borrowing][frequency][statistics][lexicology][hc][bnc]

 英語史では,中英語から初期近代英語にかけて,フランス語とラテン語から大量の語彙借用がなされた.それらのうち現在常用されるものについては,おそらく借用時点からスタートして時間とともに使用頻度が増してきたものと想像される.というのは,借用された当初から高頻度で用いられたとは考えにくく,徐々に英語に同化し,日常化してきたととらえるのが自然だからだ.
 この仮説を実証するのにいくつかの方法がありそうだが,Durkin があるやり方で調査を行なっている.中英語,初期近代英語,現代英語のそれぞれにおいてコーパスに基づく最高頻度語リストを作り,そのなかにフランス・ラテン借用語がどのくらいの割合で含まれているかを調べ,その割合の通時的推移を比較するという手法だ.古い時代のコーパスでは綴字の変異という問題が関わるため,厳密に調査しようとすれば単純にはいかないが,Durkin はとりあえずの便法として,中英語と初期近代英語については Helsinki Corpus の 1150--1500年と1500--1710年のセクションを用いて,現代英語については BNC を用いて異綴字ベースで調査した.それぞれ頻度ランキングにして900--1000位ほどまでの単語(綴字)リストを作り,そのなかでフランス・ラテン語借用語が占める割合をはじき出した.
 結果は,中英語セクションでは7%ほどだったものが,初期近代英語セクションでは19%まで上昇し,さらに現代英語セクションでは38%までに至っている.粗い調査であることは認めつつも,フランス・ラテン借用語で現在頻用されているものの多くについては,歴史のなかで徐々に頻度を上げてきた結果として,現在の日常的な性格を示すことがよくわかった.
 さらにおもしろいことに,初期近代英語のセクション(1500--1710年)に関する数値について,高頻度語リストに含まれるフランス・ラテン借用語のすべてが1500年より前に借用されたものであり,しかもその2/3ほどは確実にフランス借用語であるという事実が確認される (Durkin 338--39) .
 また,中英語と初期近代英語の高頻度語リストに含まれるフランス・ラテン借用語の多くが,現代英語の高頻度語リストにも再現されている事実にも触れておこう.古い2期には現われるが現代期からは漏れている語群を眺めると,なんとも時代の変化を感じさせてくれる.例えば,honour, justice, manner, noble, parliament, pray, prince, realm, religion, supper, treason, usury, virtue である (Durkin 340) .
 時代によって最頻語リストやキーワードが異なることは当然といえば当然だが,歴史英語コーパスを用いて様々な時代を比較してみるとおもしろそうだ.例えば,初期近代英語コーパスに基づくキーワード・リストについて「#2332. EEBO のキーワードを抽出」 ([2015-09-15-1]) を参照.また,頻度と歴史の問題については「#1243. 語の頻度を考慮する通時的研究のために」 ([2012-09-21-1]) も参照されたい.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

Referrer (Inside): [2022-06-05-1] [2020-08-25-1]

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2018-01-05 Fri

#3175. group thinking と tree thinking [history_of_linguistics][family_tree][methodology][metaphor][metonymy][diachrony][causation][language_change][comparative_linguistics][linguistic_area][contact][borrowing][variation][terminology][how_and_why][abduction]

 「#3162. 古因学」 ([2017-12-23-1]) や「#3172. シュライヒャーの系統図的発想はダーウィンからではなく比較文献学から」 ([2018-01-02-1]) で参照してきた三中によれば,人間の行なう物事の分類法は「分類思考」 (group thinking) と「系統樹思考」 (tree thinking) に大別されるという.横軸の類似性をもとに分類するやり方と縦軸の系統関係をもとに分類するものだ.三中 (107) はそれぞれに基づく科学を「分類科学」と「古因科学」と呼び,両者を次のように比較対照している.

分類科学分類思考メタファー集合/要素認知カテゴリー化
古因科学系統樹思考メトニミー全体/部分比較法(アブダクション)


 上の表の最後に触れられているアブダクションについては「#784. 歴史言語学は abductive discipline」 ([2011-06-20-1]) を参照.
 三中は生物分類学の専門家だが,その分野では,たとえモデル化された図像が同じようなツリーだったとしても,観念論的に解釈された場合と系統学的に解釈された場合とではメッセージが異なりうるという.前者が分類思考に,後者が系統樹思考に対応すると思われるが,これについても上記と似たような比較対照表「観念論的な体系学とその系統学的解釈の対応関係」が著書の p. 172 に挙げられているので示そう(ただし,この表のもとになっているのは別の研究者のもの).

観念論的解釈 系統学的解釈
体系学 (Systematik)系統学 (Phylogenetik)
形態類縁性 (Formverwandtschaft)血縁関係 (Blutsverwandtschaft)
変容 (Metamorphose)系統発生 (Stammesentwicklung)
体系学的段階系列 (systematischen Stufenreihen)祖先系列 (Ahnenreihen)
型 (Typus)幹形 (Stammform)
型状態 (typischen Zuständen)原始的状態 (ursprüngliche Zuständen)
非型的状態 (atypischen Zuständen)派生的状態 (abgeänderte Zuständen)


 このような group thinking と tree thinking の対照関係を言語学にも当てはめてみれば,多くの対立する用語が並ぶことになるだろう.思いつく限り自由に挙げてみた.

分類科学古因科学
構造主義言語学 (structural linguistics)比較言語学 (comparative linguistics)
類型論 (typology)歴史言語学 (historical linguistics)
言語圏 (linguistic area)語族 (language family)
接触・借用 (contact, borrowing)系統 (inheritance)
空間 (space)時間 (time)
共時態 (synchrony)通時態 (diachrony)
範列関係 (paradigm) 連辞関係 (syntagm)
パターン (pattern)プロセス (process)
紊???? (variation)紊???? (change)
タイプ (type)トークン (token)
メタファー (metaphor)メトニミー (metonymy)
HowWhy


 最後に挙げた How と Why の対立については,三中 (238) が生物学に即して以下のように述べているところからのインスピレーションである.

進化思考をあえて看板として高く掲げるためには,私たちは分類思考に対抗する力をもつもう一つの思考枠としてアピールする必要がある.たとえば,目の前にいる生きものたちが「どのように」生きているのか(至近要因)に関する疑問は実際の生命プロセスを解明する分子生物学や生理学の問題とみなされる.これに対して,それらの生きものが「なぜ」そのような生き方をするにいたったのか(究極要因)に関する疑問は進化生物学が取り組むべき問題だろう.


 言語変化の「どのように」と「なぜ」の問題 (how_and_why) については,「#2123. 言語変化の切り口」 ([2015-02-18-1]),「#2255. 言語変化の原因を追究する価値について」 ([2015-06-30-1]),「#2642. 言語変化の種類と仕組みの峻別」 ([2016-07-21-1]),「#3133. 言語変化の "how" と "why"」 ([2017-11-24-1]) で扱ってきたが,生物学からの知見により新たな発想が得られた感がある.

 ・ 三中 信宏 『進化思考の世界 ヒトは森羅万象をどう体系化するか』 NHK出版,2010年.

Referrer (Inside): [2020-01-05-1] [2018-06-09-1]

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2017-12-26 Tue

#3165. 英製羅語としての conspicuousexternal [waseieigo][latin][borrowing][loan_word][derivation][etymology][suffix][adjective][emode][neologism][lexicology][word_formation][shakespeare]

 標題と関連する話題は,「#1493. 和製英語ならぬ英製羅語」 ([2013-05-29-1]),「#1927. 英製仏語」 ([2014-08-06-1]),「#2979. Chibanian はラテン語?」 ([2017-06-23-1]) や,waseieigo の各記事で取り上げてきた.
 Baugh and Cable (222) で,初期近代期に英語がラテン単語を取り込む際に施した適応 (adaptation) が論じられているが,次のような1文があった.

. . . the Latin ending -us in adjectives was changed to -ous (conspicu-us > conspicuous) or was replaced by -al as in external (L. externus).


 これらの英単語は,ある意味では借用された語ともいえるが,ある意味では英語が自ら形成した語ともいえる.「英製羅語」と呼ぶのがふさわしい例ではないだろうか.
 OED によれば,conspicuous は,ラテン語 conspicuus に基づき,英語側でやはりラテン語由来の形容詞を作る接尾辞 -ous を付すことによって新たに形成した語である.16世紀半ばに初出している.

1545 T. Raynald tr. E. Roesslin Byrth of Mankynde Hh vij These vaynes doo appeare more conspicuous and notable to the eyes.


 実はこの接尾辞を基体(主としてラテン語由来だが,その他の言語の場合もある)に付加して自由に新たな形容詞を作るパターンはロマンス諸語に広く見られたもので,フランス語で -eus を付したものが,14--15世紀を中心として英語にも -ous の形で大量に入ってきた.つまり,まずもって仏製羅語というべきものが作られ,それが英語にも流れ込んできたというわけだ.例として,dangerous, orgulous, adventurous, courageous, grievous, hideous, joyous, riotous, melodious, pompous, rageous, advantageous, gelatinous などが挙げられる(OED の -ous, suffix より).
 また,英語でもフランス語に習う形でこのパターンを積極的に利用し,自前で conspicuous のような英製羅語を作るようになってきた.同種の例として,guilous, noyous, beauteous, slumberous, timeous, tyrannous, blusterous, burdenous, murderous, poisonous, thunderous, adiaphorous, leguminous, delirious, felicitous, complicitous, glamorous, pulchritudinous, serendipitous などがある(OED の -ous, suffix より).
 標題のもう1つの単語 externalconspicuous とよく似たパターンを示す.この単語は,ラテン語 externus に基づき,英語側でラテン語由来の形容詞を作る接尾辞 -al を付すことによって形成した英製羅語である.初出は Shakespeare.

a1616 Shakespeare Henry VI, Pt. 1 (1623) v. vii. 3 Her vertues graced with externall gifts.
a1616 Shakespeare Antony & Cleopatra (1623) v. ii. 340 If they had swallow'd poyson, 'twould appeare By externall swelling.


 反意語の internal も同様の事情かと思いきや,こちらは一応のところ post-classical Latin として internalis が確認されるという.しかし,この語のラテン語としての使用も "14th cent. in a British source" ということなので,やはり英製の匂いはぷんぷんする.英語での初例は,15世紀の Polychronicon

?a1475 (?a1425) tr. R. Higden Polychron. (Harl. 2261) (1865) I. 53 The begynnenge of the grete see is..at the pyllers of Hercules..; after that hit is diffusede in to sees internalle [a1387 J. Trevisa tr. þe ynnere sees; L. maria interna].


 「○製△語」は決して珍しくない.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2017-12-18 Mon

#3157. 華麗なる splendid の同根類義語 [cognate][synonym][lexicology][inkhorn_term][emode][borrowing][loan_word][renaissance][thesaurus][htoed]

 「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1]) の記事で,ルネサンス期のラテン語かぶれの華美を代表する単語の1つとして splendidious を挙げた.この語は現在では廃用となっているが,その意味は現代でも普通に用いられる splendid と同じ「華麗な,豪華な」である.前者はルネサンス華やかなりし15世紀から用いられており,後者も単語としては17世紀前半には初出している(ただし,語義によって初出年代が異なる).この15--17世紀には,語根も意味も同じくする splendid 系の単語がいくつも現われては消えていったのである.HTOED より splendid の項を覗いてみると,次のようにある.

02.04.05.03 (adj.) Splendid
   þurhbeorht OE ・ geatolic OE ・ torht OE ・ torhtlic OE ・ wrætlic OE ・ orgulous/orgillous a1400 ・ splendidious 1432/50--1653 ・ splendiferous c1460--1546 ・ splendent 1509-- ・ splendant 1590-- ・ splendorous 1591-- ・ splendidous 1605--1640 ・ transplendent 1622; 1854 ・ florid 1642--1725 ・ splendious 1654 ・ splendid 1815-- ・ splendescent 1848-- ・ nifty 1868-- ・ ducky 1897-- (colloq.) ・ many-splendoured a1907--


 歴史的に splendidious, splendiferous, splendent, splendant, splendorous, splendidous, splendious, splendid, splendescent, splendoured の10語が,互いに比較的近接した時期に現われ,大概は後に消えている(ただし,手持ちの英和辞書では,splendiferous, splendent, splendorous は見出しが立てられていた).
 基体(ラテン語あるいはフランス語由来)も意味も同じくする類義語 (synonym) がこのように複数あったところで,害こそあれ利はない.それで多くの語が競合し,自滅していったのだろう.
 Kay and Allan (15) も,この語群に言及しつつ次のように述べている.

Sometimes there was a degree of experimentation over the form of a new word. In the sixteenth and seventeenth centuries, the OED records the following forms meaning 'splendid': splendant, splendicant, splendidious, splendidous, splendiferous, splendious and splendorous. Splendid itself is first recorded in 1624. Unsurprisingly, most of these forms were short-lived; no language needs quite so many similar words for the same concept.


 対応する名詞についても HTOED より抜き出すと,"splendency a1591--1607 ・ splendancy 1591 ・ splendence 1604 ・ splendour 1774-- ・ splendiferousness 1934--" とやはり豊富である.

 ・ Kay, Christian and Kathryn Allan. English Historical Semantics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.

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2017-12-15 Fri

#3154. 英語史上,色彩語が増加してきた理由 [bct][borrowing][lexicology][french][loan_word][sociolinguistics]

 「#2103. Basic Color Terms」 ([2015-01-29-1]) および昨日の記事「#3153. 英語史における基本色彩語の発展」 ([2017-12-14-1]) で,基本色彩語 (Basic Colour Terms) の普遍的発展経路の話題に触れた.英語史においても,BCTs の種類は,普遍的発展経路から予想される通りの順序で,古英語から中英語へ,そして中英語から近代英語へと着実に増加してきた.そして,BCTs のみならず non-BCTs も時代とともにその種類を増してきた.これらの色彩語の増加は何がきっかけだったのだろうか.
 Biggam (123--24) によれば,古英語から中英語にかけての増加は,ノルマン征服後のフランス借用語に帰せられるという.BCTs に関していえば,中英語で加えられたbleu は確かにフランス語由来だし,brun は古英語期から使われていたものの Anglo-French の brun により使用が強化されたという事情もあったろう.また,色合,濃淡 ,彩度,明度を混合させた古英語の BCCs 基準と異なり,中英語期にとりわけ色合を重視する BCCs 基準が現われてきたのは,ある産業技術上の進歩に起因するのではないかという指摘もある.

The dominance of hue in certain ME terms, especially in BCTs, was at least encouraged by certain cultural innovations of the later Middle Ages such as banners, livery, and the display of heraldry on coats-of-arms, all of which encouraged the development and use of strong dyes and paints. (125)


 近代英語期になると,PURPLE, ORANGE, PINK が BCCs に加わり,近現代的な11種類が出そろうことになったが,この時期にはそれ以外にもおびただしい non-BCTs が出現することになった.これも,近代期の社会や文化の変化と連動しているという.

From EModE onwards, the colour vocabulary of English increased enormously, as a glance at the HTOED colour categories reveals. Travellers to the New World discovered dyes such as logwood and some types of cochineal, while Renaissance artists experimented with pigments to introduce new effects to their paintings. Much later, synthetic dyes were introduced, beginning with so-called 'mauveine', a purple shade, in 1856. In the same century, the development of industrial processes capable of producing identical items which could only be distinguished by their colours encouraged the proliferation of colour terms to identify and market such products. The twentieth century saw the rise of the mass fashion industry with its regular announcements of 'this year's colours'. In periods like the 1960s, colour, especially vivid hues, seemed to dominate the cultural scene. All of these factors motivated the coining of new colour terms. The burgeoning of the interior décor industry, which has a never-ending supply of subtle mixes of hues and tones, also brought colour to the forefront of modern minds, resulting in a torrent of new colour words and phrases. It has been estimated that Modern British English has at least 8,000 colour terms . . . . (126)


 英語の色彩語の歴史を通じて,ちょっとした英語外面史が描けそうである.

 ・ Kay, Christian and Kathryn Allan. English Historical Semantics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015.
 ・ Biggam, C. P. "English Colour Terms: A Case Study." Chapter 7 of English Historical Semantics. Christian Kay and Kathryn Allan. Edinburgh: Edinburgh UP, 2015. 113--31.

Referrer (Inside): [2018-03-26-1]

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2017-12-07 Thu

#3146. 言語における「遺伝的関係」とは何か? (1) [terminology][comparative_linguistics][family_tree][methodology][typology][borrowing][linguistics][sobokunagimon]

 歴史言語学において,共通祖語をもつ言語間の発生・発達関係は "genetic relationship" と呼ばれる.本来生物学に属する "genetics" という用語を言語に転用することは広く行なわれ,当然のものとして受け入れられてきた.しかし,真剣に考え出すと,それが何を意味するかは,まったく自明ではない.この用語遣いの背景には様々な前提が隠されており,しかもその前提は論者によって著しく異なっている.この問題について,Noonan (48--49) が比較的詳しく論じているので,参照してみた.今回の記事では,言語における遺伝的関係とは何かというよりも,何ではないかということを明らかにしたい.
 まず力説すべきは,言語の遺伝的関係とは,その話者集団の生物学的な遺伝的関係とは無縁ということである.現代の主流派言語学では,人種などの遺伝学的,生物学的な分類と言語の分類とは無関係であることが前提とされている.個人は,どの人種のもとに生まれたとしても,いかなる言語をも習得することができる.個人の習得する言語は,その遺伝的特徴により決定されるわけではなく,あくまで生育した社会の言語環境により決定される.したがって,言語の遺伝的関係の議論に,話者の生物学的な遺伝の話題が入り込む余地はない.
 また,言語類型論 (linguistic typology) は,言語間における言語項の類似点・相違点を探り,何らかの関係を見出そうとする分野ではあるが,それはあくまで共時的な関係の追求であり,遺伝的関係について何かを述べようとしているわけではない.ある2言語のあいだの遺伝的関係が深ければ,言語が構造的に類似しているという可能性は確かにあるが,そうでないケースも多々ある.逆に,構造的に類似している2つの言語が,異なる系統に属するということはいくらでもあり得る.そもそも言語項の借用 (borrowing) は,いかなる言語間にあっても可能であり,借用を通じて共時的見栄えが類似しているにすぎないという例は,古今東西,数多く見つけることができる.
 では,言語における遺伝的関係とは,話者集団の生物学的な遺伝的関係のことではなく,言語類型論が指摘するような共時的類似性に基づく関係のことでもないとすれば,いったい何のことを指すのだろうか.この問いは,歴史言語学においてもほとんど明示的に問われたことがないのではないか.それにもかかわらず日常的にこの用語が使われ続けてきたのだとすれば,何かが暗黙のうちに前提とされてきたことになる.英語は遺伝的にはゲルマン語派に属するとか,日本語には遺伝的関係のある仲間言語がないなどと言うとき,そこにはいかなる言語学上の前提が含まれているのか.これについて,明日の記事で考えたい.

 ・ Noonan, Michael. "Genetic Classification and Language Contact." The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2010. 2013. 48--65.

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2017-11-05 Sun

#3114. 文化的優劣,政治的優劣,語彙借用 [sociolinguistics][contact][borrowing]

 昨日の記事「#3113. アングロサクソン人は本当にイングランドを素早く征服したのか?」 ([2017-11-04-1]) で,接触言語どうしの社会言語学的な関係を記述する場合に,文化軸と政治軸を分けて考えるやり方があり得ると言及した.早速,これを英語史上の主要な言語接触に当てはめてみると,およそ次のような図式が得られる.

 政治的優劣        文化・政治的同列        文化・政治的優劣      文化的優劣  
                                                   
┌─────┐                       ┌───────┐   ┌───────┐
│     │                       │       │   │ ラテン語  │
│ 英 語 │   ┌───────┬───────┐   │ フランス語 │   │   or   │
│     │   │       │       │   │       │   │ ギリシア語 │
├─────┤   │ 英   語 │ 古ノルド語 │   ├───────┤   ├───────┤
│     │   │       │       │   │       │   │       │
│ ケルト │   └───────┴───────┘   │  英 語  │   │  英 語  │
│     │                       │       │   │       │
└─────┘                       └───────┘   └───────┘

 まず,5世紀半ばの英語とケルト語の関係でいえば,英語はケルト語に対して政治的(軍事的)には優位に立っていたが,昨日の記事でも触れたように,文化的には必ずしも優位に立っていたわけではない.この言語接触については,あくまで「政治的優劣」の関係にとどまっていたとみなすことができる.
 次に,後期古英語からの英語と古ノルド語の関係についていえば,両言語の話者集団は文化的にも政治的にもおよそ同列であり,いずれかが著しく勝っていたというわけではない.確かに言語接触の背景にはヴァイキングの軍事的な成功があったが,彼我の力関係は歴然としたものではなかった.
 続いて,中英語期の英語とフランス語の接触についていえば,ノルマン征服による明確な政治的・軍事的な優劣を背景として,その後,文化的な優劣の関係も生じることになった.
 最後に,初期近代英語期の英語とラテン語・ギリシア語の接触に関しては,政治的な含みはないといってよく,関与するのはもっぱら文化軸においてである.
 このように見てくると,英語はその歴史のなかで,文化軸と政治軸の様々な組み合わせで,接触言語と関係してきたことがわかる.ある意味で,豊富な言語接触のパターンを試してきたともいえる.
 このパターンと語彙借用との相関関係について何か指摘できることがあるとすれば,文化軸が関与している言語接触(古ノルド語,フランス語,ラテン語・ギリシア語)においては英語に関して語彙借用が生じているが,政治軸のみが関与している言語接触(ケルト語)では,上位の英語のみならず下位のケルト語においても,ほとんど語彙借用が生じていないのではないか,ということだ.優劣関係それ自体よりも,文化の政治のいずれの軸での優劣関係が問題となっているのかにより,語彙借用の多寡の傾向が決まるということかもしれない.

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2017-10-12 Thu

#3090. 英語英文学は南方から滋養をとってきた [literature][borrowing][loan_word]

 福原 (33) によれば,英文学がドイツ文学から影響を受け始めたのは,Carlyle の手を経ての19世紀のことであり,それ以前にはほとんどなかった.言語上の接触についても,「#2164. 英語史であまり目立たないドイツ語からの借用」 ([2015-03-31-1]),「#2621. ドイツ語の英語への本格的貢献は19世紀から」 ([2016-06-30-1]) で触れたとおり,英語はドイツ語からの影響を比較的最近まで受けていなかった.英語の文学・言語がドイツの言語・文学と長らく接点をもたなかったことは,一般に英語英文学が,主に北方ではなく南方から滋養をとってきた歴史を反映している.福原 (33--34) は,英文学におけるこの歴史的傾向について次のように述べている.

英文學といふものは,どうも南方から滋養を取つてくるので,北方文學はあまり奮ひません.十九世紀末につてイプセンが來ます.それから,二十世紀になりまして,ロシア文學が入つて参りますけれども,どうも性に合はないらしく,トルストイもドストエフスキーも十分消化されないやうでありました.〔中略〕そんなわけで北よりも南,ことに十九世紀末は,フランスの頽廢派の文學に共鳴した友人達が輩出いたしました〔後略〕.


 英語史,とりわけ英語の語彙借用史に照らしても,概ね「南方」の言語(フランス語,ラテン語,ギリシア語など)から滋養をとってきたことは事実である.確かに古ノルド語,低地地方の言語など「北方」のゲルマン諸語からの借用語もあったが,少なくとも量的な観点からみれば明らかに「南方」過多といってよいだろう.
 文学にせよ言語にせよ,本来的に北方的な体質をもっていたところに,歴史的に南方的な滋養が入り込んで,現在あるような English ができあがってきた.これは,英文学史と英語史を大きく俯瞰する視点である.

 ・ 福原 麟太郎 『英文学入門』 河出書房,1951年.

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2017-07-22 Sat

#3008. 「借用とは参考にした上での造語である」 [borrowing][neolinguistics][terminology]

 先日大学の授業で,言語における借用 borrowing とは何かという問題について,特に借用語 (loan_word) を念頭に置きつつディスカッションしてみた.以前にも同じようなディスカッションをしたことがあり,本ブログでも「#44. 「借用」にみる言語の性質」 ([2009-06-11-1]),「#2010. 借用は言語項の複製か模倣か」 ([2014-10-28-1]) などで論じてきた.今回あらためて受講生の知恵を借りて考えたところ,新しい洞察が得られたので報告したい.
 語の借用を考えるとき,そこで起こっていることは厳密にいえば「借りる」過程ではなく,したがって「借用」という表現はふさわしくない,ということはよく知られていた.そこで,以前の記事では「複製」 (copying),「模倣」 (imitation),「再創造」 (re-creation) 等の別の概念を持ち出して,現実と用語のギャップを埋めようとした.今回のディスカッションで学生から飛び出した洞察は,これらを上手く組み合わせた「参考にした上での造語」という見解である.単純に借りるわけでも,コピーするわけでも,模倣するわけでもない.相手言語におけるモデルを参考にした上で,自言語において新たに造語する,という見方だ.これは言語使用者の主体的で積極的な言語活動を重んじる,新言語学派 (neolinguistics) の路線に沿った言語観を表わしている.
 主体性や積極性というのは,もちろん程度の問題である.それがゼロに近ければ事実上の「複製」や「模倣」とみなせるだろうし,最大限に発揮されれば「造語」や「創造」と表現すべきだろう.用語や概念は包括的なほうが便利なので「参考にした上での造語」という「借用」の定義は適切だと思うが,説明的で長いのが,若干玉に瑕である.
 いずれにせよ非常に有益なディスカッションだった.

Referrer (Inside): [2020-10-20-1] [2018-06-11-1]

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2017-07-01 Sat

#2987. ヨーロッパでそのまま通用する英語語句 [loan_word][borrowing][lexicology]

 英語は歴史を通じて様々な言語から数多くの単語を借用してきた.この事実について,最近では「#2966. 英語語彙の世界性 (2)」 ([2017-06-10-1]) で総括した.しかし,現代世界において,英語は語彙の借り入れ側というよりも,むしろ貸し出し側としての役割のほうが目立っている.近年,日本語にも無数の英単語がカタカナ語として流入しているし,世界の諸言語を見渡しても,英語から何らかの語彙的影響を被っていない言語はほぼ皆無だろう(カタカナ語問題については,「#1999. Chuo Online の記事「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」」 ([2014-10-17-1]) を参照).
 独自の標準語が安定的に確立しているヨーロッパ諸国ですら,英語の語彙的影響は著しい.以下は,ヨーロッパの多くの言語でそのまま通用する英語語句の例である (Crystal 272) .

[ Sport ]

baseball, bobsleigh, clinch, comeback, deuce, football, goalie, jockey, offside, photo-finish, semi-final, volley, walkover

[ Tourism, transport etc. ]

antifreeze, camping, hijack, hitch-hike, jeep, joy-ride, motel, parking, picnic, runway, scooter, sightseeing, stewardess, stop (sign), tanker, taxi

[ Politics, commerce ]

big business, boom, briefing, dollar, good-will, marketing, new deal, senator, sterling, top secret

[ Culture, entertainment ]

cowboy, group, happy ending, heavy metal, hi-fi, jam session, jazz, juke-box, Miss World (etc.), musical, night-club, pimp, ping-pong, pop, rock, showbiz, soul, striptease, top twenty, Western, yeah-yeah-yeah

[ People and behaviour ]

AIDS, angry young man, baby-sitter, boy friend, boy scout, callgirl, cool, cover girl, crack (drugs), crazy, dancing, gangster, hash, hold-up, jogging, mob, OK, pin-up, reporter, sex-appeal, sexy, smart, snob, snow, teenager

[ Consumer society ]

air conditioner, all rights reserved, aspirin, bar, best-seller, bulldozer, camera, chewing gum, Coca Cola, cocktail, coke, drive-in, eye-liner, film, hamburger, hoover, jumper, ketchup, kingsize, Kleenex, layout, Levis, LP, make-up, sandwich, science fiction, Scrabble, self-service, smoking, snackbar, supermarket, tape, thriller, up-to-date, WC, weekend

 これらの語句には,ヨーロッパのみならず日本語でもカタカナ語として通用しているものが多い.その意味では,世界的な語彙 (cosmopolitan vocabulary) に接近していると言えるかもしれない.

 ・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.

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2017-06-21 Wed

#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」 [notice][link][loan_word][borrowing][lexicology][french][latin][lexical_stratification][japanese][inkhorn_term][rensai][sobokunagimon]

 昨日付けで,英語史連載企画「現代英語を英語史の視点から考える」の第6回の記事「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」が公開されました.
 今回の話は,英語語彙を学ぶ際の障壁ともなっている多数の類義語セットが,いかに構造をなしており,なぜそのような構造が存在するのかという素朴な疑問に,歴史的な観点から迫ったものです.背景には,英語が特定の時代の特定の社会的文脈のなかで特定の言語と接触してきた経緯があります.また,英語語彙史をひもといていくと,興味深いことに,日本語語彙史との平行性も見えてきます.対照言語学的な日英語比較においては,両言語の違いが強調される傾向がありますが,対照歴史言語学の観点からみると,こと語彙史に関する限り,両言語はとてもよく似ています.連載記事の後半では,この点を議論しています.
 英語語彙(と日本語語彙)の3層構造の話題については,拙著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』のの5.1節「なぜ Help me! とは叫ぶが Aid me! とは叫ばないのか?」と5.2節「なぜ Assist me! とはなおさら叫ばないのか?」でも扱っていますが,本ブログでも様々に議論してきたので,そのリンクを以下に張っておきます.合わせてご覧ください.また,同様の話題について「#1999. Chuo Online の記事「カタカナ語の氾濫問題を立体的に視る」」 ([2014-10-17-1]) で紹介した拙論もこちらからご覧ください.

 ・ 「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1])
 ・ 「#1296. 三層構造の例を追加」 ([2012-11-13-1])
 ・ 「#1960. 英語語彙のピラミッド構造」 ([2014-09-08-1])
 ・ 「#2072. 英語語彙の三層構造の是非」 ([2014-12-29-1])
 ・ 「#2279. 英語語彙の逆転二層構造」 ([2015-07-24-1])
 ・ 「#2643. 英語語彙の三層構造の神話?」 ([2016-07-22-1])
 ・ 「#387. trisociationtriset」 ([2010-05-19-1])

 ・ 「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1])
 ・ 「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1])
 ・ 「#1945. 古英語期以前のラテン語借用の時代別分類」 ([2014-08-24-1])
 ・ 「#120. 意外と多かった中英語期のラテン借用語」 ([2009-08-25-1])
 ・ 「#1211. 中英語のラテン借用語の一覧」 ([2012-08-20-1])
 ・ 「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1])
 ・ 「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1])
 ・ 「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1])
 ・ 「#2162. OED によるフランス語・ラテン語からの借用語の推移」 ([2015-03-29-1])
 ・ 「#2385. OED による,古典語およびロマンス諸語からの借用語彙の統計 (2)」 ([2015-11-07-1])

 ・ 「#576. inkhorn term と英語辞書」 ([2010-11-24-1])
 ・ 「#1408. インク壺語論争」 ([2013-03-05-1])
 ・ 「#1409. 生き残ったインク壺語,消えたインク壺語」 ([2013-03-06-1])
 ・ 「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1])
 ・ 「#1615. インク壺語を統合する試み,2種」 ([2013-09-28-1])
 ・ 「#609. 難語辞書の17世紀」 ([2010-12-27-1])

 ・ 「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1])
 ・ 「#1630. インク壺語,カタカナ語,チンプン漢語」 ([2013-10-13-1])
 ・ 「#1629. 和製漢語」 ([2013-10-12-1])
 ・ 「#1067. 初期近代英語と現代日本語の語彙借用」 ([2012-03-29-1])
 ・ 「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1])
 ・ 「#1526. 英語と日本語の語彙史対照表」 ([2013-07-01-1])

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2017-06-10 Sat

#2966. 英語語彙の世界性 (2) [lexicology][loan_word][borrowing][statistics][link]

 英語語彙の世界性について,1年ほど前の記事 ([2016-06-24-1]) で様々なリンクを張ったが,その後書き足した記事もあるので,リンク等をアップデートしておきたい.記事を読み進めていけば,英語語彙史の概要が分かる.

1  数でみる英語語彙
  1.1  語彙の規模の大きさ (#898)
  1.2  語彙の種類の豊富さ (##756,309,202,429,845,1202,110,201,384)
  1.3  英語語彙史の概略 (##37,1526,126,45)
2  語彙借用とは?
  2.1  なぜ語彙を借用するのか? (##46,1794)
  2.2  借用の5W1H:いつ,どこで,何を,誰から,どのように,なぜ借りたのか? (#37)
3  英語の語彙借用の歴史 (#1526)
  3.1  大陸時代 (--449)
    3.1.1  ラテン語 (#1437)
  3.2  古英語期 (449--1100)
    3.2.1  ケルト語 (##1216,2443)
    3.2.2  ラテン語 (#32)
    3.2.3  古ノルド語 (##2625,2693,340,818)
    3.2.4  古英語本来語のその後 (##450,2556,648)
  3.3  中英語期 (1100--1500)
    3.3.1  フランス語 (##117,1210)
    3.3.2  ラテン語 (##120,1211)
    3.3.3  中英語の語彙の起源と割合 (#985)
  3.4  初期近代英語期 (1500--1700)
    3.4.1  ラテン語 (##478,114,1226)
    3.4.2  ギリシア語 (#516)
    3.4.3  ロマンス諸語 (##2385,2162,1411,1638)
  3.5  後期近代英語期 (1700--1900) と現代英語期 (1900--)
    3.5.1  語彙の爆発 (##203,616)
    3.5.2  世界の諸言語 (##874,2165,2164)
4  現代の英語語彙にみられる歴史の遺産
  4.1  フランス語とラテン語からの借用語 (#2162)
  4.2  動物と肉を表わす単語 (##331,754)
  4.3  語彙の3層構造 (##334,1296,335,1960)
  4.4  日英語の語彙の共通点 (##1645,296,1630,1067)
5  現在そして未来の英語語彙
  5.1  借用以外の新語の源泉 (##873,874,875)
  5.2  語彙は時代を映し出す (##625,631,876,889)


 英語語彙史を大づかみする上で最重要となる3点を指摘しておきたい.

  (1) 英語語彙史は,英語と他言語の交流の歴史と連動している
  (2) 語彙借用の動機づけは「必要性」のみではない
  (3) 語彙借用により類義語が積み上げられていき,結果として3層構造が生じた

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2017-03-05 Sun

#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期 [old_norse][loan_word][borrowing][oe][eme]

 ある言語の話者が別の言語から語を借用するという行為と,その語を常用するという慣習とは,別物である.前者はまさに「借りる」という行為が行なわれているという意味で動的な borrowing の話題であり,後者はそれが語彙体系に納まった後の静的な loan_word 使用の話題である.この2者の違いを証拠 (evidence) という観点から述べれば,文献上,前者の "borrowing" の過程は確認されることはほとんどあり得ず,後者の "loan word" 使用としての状況のみが反映されることになる.
 この違いを,英語史の古ノルド語の借用(語)において考えてみよう.英語が古ノルド語の語彙を借用した時期は,両言語が接触した時期であるから,その中心は後期古英語期である.場所によっては多少なりとも初期中英語期まで入り込んでいたとしても,基本は後期古英語期であることは間違いない(「#2591. 古ノルド語はいつまでイングランドで使われていたか」 ([2016-05-31-1])).
 しかし,借用という行為が後期古英語期の出来事であったとしても,そのように借用された借用語が,その時期の作とされる写本などの文献に同時代的に反映されているかどうかは別問題である.通常,借用語は社会的にある程度広く認知されるようになってから書き言葉に書き落とされるものであり,借用がなされた時期と借用語が初めて文証される時期の間にはギャップがある.とりわけ現存する後期古英語の文献のほとんどは,地理的に古ノルド語の影響が最も感じられにくい West-Saxon 方言(当時の標準的な英語)で書かれているため,古ノルド語からの借用語の証拠をほとんど示さない.一方,古ノルド語の影響が濃かったイングランド北部や東部の方言は,非標準的な方言として,もとより書き記される機会がなかったので,証拠となり得る文献そのものが残っていない.さらに,ノルマン征服以降,英語は,どの方言であれ,文献上に書き落とされる機会そのものを激減させたため,初期中英語期においてすら古ノルド語からの借用語の使用が確認できる文献資料は必ずしも多くない.したがって,多くの古ノルド語借用語が文献上に動かぬ証拠として確認されるのは,早くても初期中英語,遅ければ後期中英語以降ということになる.古ノルド語の借用(語)を論じる際に,この点はとても重要なので,銘記しておきたい.
 Crowley (101) に,この点について端的に説明している箇所があるので,引いておこう.

[T]he Scandinavian influence on English dialects, which began after c. 850 and outside the tradition of writing, does not show up in any significant way in the records of Old English. The substantial pre-1066 texts from the Danelaw areas show either the local Old English dialect without Scandinavian influence or standard Late West Saxon. So, despite the circumstantial evidence and Middle English attestation of a significant Scandinavian influence, not much can be made of it for Old English.


 ・ Crowley, Joseph P. "The Study of Old English Dialects." English Studies 67 (1986): 97--104.

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2016-08-27 Sat

#2679. Yiddish English における談話機能の借用 [pragmatics][borrowing][contact][semantic_borrowing][yiddish]

 言語接触に伴う借用 (borrowing) は,音韻,語彙,形態,統語,意味の各部門で生じており,様々に研究されてきた.しかし,「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]) で触れたように語用論的借用についてはいまだ研究が蓄積されていない.「#1989. 機能的な観点からみる借用の尺度」 ([2014-10-07-1]) で論じたように,談話標識 (discourse_marker) や態度を表わす小辞の借用などはあり得るし,むしろ生じやすくすらあるかもしれないと言われるが,具体的な研究事例は少ない.
 少ないケーススタディの1つとして,Prince の論文を読んだ.Yiddish の背景をもつ英語変種 (Yiddish English) において,目的語や補語などを文頭にもってくる 語順が標準英語における焦点化の機能とは異なる機能で利用されている事実があり,それは Yiddish において対応する語順のもつ談話機能が借用されたものではないかという.
 標準英語では,目的語や補語を頭に出す Focus-Movement は文法的である.例えば,

 (1) Let's assume there's a device which can do it --- a parser let's call it.

では,let's call it の部分が旧情報として前提とされており,情報構造の観点から新情報 a parser が文頭に移動されて,焦点を得ている.
 Yiddish English でみられる対応する移動 (Yiddish-Movement) でも,似たような前提と焦点化は確認されるが,少し様子が異なっている.例えば,Yiddish English から次のような例文を挙げてみよう.

 (2) "Look who's here,' his wife shouted at him the moment he entered the door, the day's dirt still under his fingernails. "Sol's boy." The soldier popped up from his chair and extended his hand. "How do you do, Uncle Louis?" "A Gregory Peck," Epstein's wife said, "a Montgomery Clift your brother has. He's been here only 3 hours, already he has a date."

 ここで a Montgomery Clift your brother has と移動が起こっているが,標準英語の (1) の場合と異なるところがある.両例文ともに,程度の差はあれ前提や焦点化の機能が働いていると解釈できるが,(1) では前提部分が聞き手の意識の中にある,すなわち顕著 (salient) であるのに対して,(2) では前提部分が顕著でない.したがって,標準英語の使い手にとって,(2) は語順文法として違反はしていないが,なぜ顕著でない文脈において目的語をわざわざ頭に出すのだろうと,話者の意図を理解しにくいのである.標準的な Focus-Movement と Yiddish English に特有の Yiddish-Movement では,その談話機能が若干異なっているのである.
 Yiddish-Movement の談話機能の特徴は,前提部分が salient でなくても,とにかく焦点化として用いられる点にある.では,この Yiddish-Movement の談話機能はどこから来ているのかといえば,いうまでもなく Yiddish であるという.Prince (515) 曰く,". . . Yiddish-English bilinguals presumably found English Focus-Movement to be syntactically analogous to Yiddish Focus-Movement and associated with the former the discourse function of the latter."
 このような談話機能の借用を定式化すると,次のようになるだろう (Prince 517) .

Given S1, a syntactic construction in one language, L1, and S2, a syntactic construction in another language, L2, the discourse function DF1 associated with S1 may be borrowed into L2 and associated with S2, just in case S1 and S2 can be construed as syntactically 'analogous' in terms of string order.


 これは統語・語用的な借用とでもいうべきものだが,単語における意味借用 (semantic_borrowing) と似ていなくもない.言語において後者が広く観察されるように,前者の例も少なくないのかもしれない.

 ・ Prince, E. F. "On Pragmatic Change: The Borrowing of Discourse Functions." Journal of Pragmatics 12 (1988): 505--18.

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