意味論の観点から,何らかの点で意味を担っている形式的な単位を意味構成素 (semantic constituent) と呼ぶ.例えば the cat sat on the mat において,the cat, sat, on the mat は各々が意味構成素であるといえる.しかし,on the mat に注目すれば,さらに on, the, mat に分割できるだろう.この各々は意味論的にはこれ以上分割できない単位であるため,最少意味構成素 (minimal semantic constituent) といわれる.
では,cranberry, bilberry, raspberry, gooseberry などについてはどう考えればよいだろうか(cf. 「#554. cranberry morpheme」 ([2010-11-02-1]),「#886. 形態素にまつわる通時的な問題」 ([2011-09-30-1])).いずれも berry の種類を指し,形態論の観点からは前半要素を構成する cran-, bil-, rasp-, goose- をそれぞれ切り出せると思われるかもしれない.しかし,意味論の観点からこの各々を意味構成素と解釈してよいのだろうか.
正解をいえば,意味構成素とは解釈できない.とりわけ cran-, bil-, rasp- は明確な意味をもっていないように感じられるからだ.しかし,それぞれの要素は,少なくとも cranberry, bilberry, raspberry という単語を互いに区別するほどの役割は担っている.「意味」というには足りない気もするが,言語的な「役割」は確かに果たしている.このような要素を意味札 (semantic tally) と呼んでおこう.goose- についてはそれ自体で「ガチョウ」の意味をもつ単語となり得るが,ここでは他と平行的に意味札と解釈しておきたい.なお,後半要素 berry は意味範疇辞 (semantic categoriser) と呼ぶことにする.
意味札には cran-, bil-, rasp-, goose- のような純粋な意味札 (pure tally) もあれば,部分的に意味を担っていると解釈できる不純な意味札 (impure tally) もあり得る.例えば blackbird (クロウタドリ)は,必ずしもすべての個体が黒いとは限らないが(実際,雌は茶色らしい),黒いことが重要な特徴となっている種類の鳥には違いない.その限りにおいて black (黒い)の意味はある程度は生きているといえる.本来は意味を担わない「札」にすぎないはずだが,ちらっと意味を表出させているという点で「不純」というわけである.
blackbird における black- のように,意味構成素とはいえないものの何らかの意味を担っていると考えられる,中途半端な振る舞いを示す要素にラベルを貼っておくと便利だろう.これを意味指標 (semantic indicator) と名付けておく.blackbird における black- を完全指標 (full indicator) とするならば,greenhouse の -house は部分指標 (partial indicator) と呼べるだろう.greenhouse は「家」らしいものではあるが「家」そのものではないという点で,意味の正確さが不十分に感じられるからだ.同様に disappoint, disgust, dismay の dis- なども,意味構成素とはいえないものの何らかの意味を担っていると考えられるので,意味指標とみなしてよいかもしれない.
最後に,擬音語・擬態語 (onomatopoeia) や音象徴 (sound_symbolism) のような要素は,明確な意味をもっているとはいえず,意味構成素とならない.しかし,不明瞭ながらもわずかに意味らしきものを担っているととらえる立場からは,ギリギリの意味論的な単位とみなして,音声的意味導出辞 (phonetic elicitor) ほどで呼んでおくことも可能だろう.
以上,Cruse (24--35) を参照して,意味論上の用語を解説した.
・ Cruse, D. A. Lexical Semantics. Cambridge: CUP, 1986.
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