Can you run fast? のような疑問文は,典型的には「疑問」という発話行為 (speech_act) のために用いられる.しかし,Can you pass the salt? は疑問文の体をしていながら,この文を発する際に話者が行なっている発話行為は「疑問」ではなく「依頼」であることが普通だろう.一方 Pass the salt. という命令文が発された場合,そこで行なわれていることはストレートに「命令」という発話行為であるにちがいない.このような例において Pass the salt. は直接発話行為,Can you pass the salt? は間接発話行為に対応する.
英語で「ドアを閉めろ」という命令は,文字通りには Close the door. という命令文によってなされる.しかし,現実にはこのぶっきらぼうな命令文がそのまま用いられることは稀である.ポライトネス (politeness) への配慮から.表現を何らかの方法で和らげ,依頼や懇願に近づけることが多い.
Steven Levinson を参照した Senft (39--40) に,「ドアを閉めろ」に対応する間接発話行為の英文が19例挙げられている.もちろんこれで尽きるわけではなく,工夫次第でいくらでも増やしていくことができる.
・ I want you to close the door.
・ I'd be much obliged if you'd close the door.
・ Can you close the door?
・ Are you able by any chance to close the door?
・ Would you close the door?
・ Won't you close the door?
・ Would you mind closing the door?
・ Would you be willing closing the door?
・ You ought to close the door.
・ It might help to close the door.
・ Hadn't you better close the door?
・ May I ask you to close the door?
・ Would you mind awfully if I were to ask you to close the door?
・ I am sorry to have to tell you to please close the door.
・ Did you forget the door?
・ Do us a favour with the door, love.
・ How about a bit less breeze?
・ Now Johnny, what do big people do when they come in?
・ Okay, Johnny, what am I going to say next?
最後のいくつかの表現は close や the door という表現すら使わずに,Close the door. に相当する発話内の力 (illocutionary force) を発揮しようとしている点で興味深い.ここでは,聞き手は状況と文脈を参照した上で高度な語用論的推論を行なうことが求められることになる.
間接発話行為については以下の記事も参照.
・ 「#3632. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例」 ([2019-04-07-1])
・ 「#4707. 依頼・勧誘の Will you . . . ? はいつからある?」 ([2022-03-17-1])
・ 「#4714. 発話行為とは何か?」 ([2022-03-24-1])
・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
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