hellog〜英語史ブログ

#2524. Samuels の "linguistic evolution" (2)[terminology][evolution][language_change]

2016-03-25

 標題は「#2513. Samuels の "linguistic evolution"」 ([2016-03-14-1]) で一度取り上げた話題だが,再考してみたい.なぜ Samuels は本の題名に "linguistic change" ではなく "linguistic evolution" を用いたのか.Samuels にとって,両者の違いは何なのか.20世紀後半から,一度は地下に潜っていた言語の進化という見方が復権してきた感があるが,Samuels の用語使いを理解することは,現在の言語変化理論を考える上で役に立つだろう.先日,勉強会でこの問題について議論する機会を得て,少し理解が進んだように思うので,以下で Samuels が抱いていると思われる "linguistic evolution" のイメージをスケッチしたい.
 前の記事では,私は Samuels にとっての "linguistic evolution" を「継承形態と現在の表現上の要求という相反するものの均衡を保とうとする融通性の高い装置」であり,「言語変化に関する普遍的な方向性を示すというよりは,言語変化に働く潜在的な力学を指していう用語」とみなした.基本的なとらえ方は変わっていないが,理解しやすくするために以下のような図を描いてみた.

                         language-internal and external factors

      │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │
      │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │
      │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │
      │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │    │
      ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓

       conservatism or 'inertia'                                   the pressures that work
                  │                                           towards clearer communication
                  │                                                        │
                  │                                                        │
                  ↓                                                        ↓
┌──────────────────┐                  ┌──────────────────┐
│        the inherited forms         │                  │the expressive needs of the present │
│           (= the old)              │== equilibrium == │           (= the new)              │
└────────┬─────────┘                  └────────┬─────────┘
                  │                                                        │
                  │                                                        │
                  │             a considerable margin of tolerance         │
                  └──────────────▲─────────────┘
                                                │
                                                │
                                                □

 これは,言語の上皿てんびんと,そこに働く様々な力と機構を図示したものである.言語のてんびんの片方の皿には,古いものをそのまま残そうとする「惰性」の力の働きにより,過去から継承されたものが載せられている.もう一方の皿には,現在の環境に即応しようとする圧力の働きにより,新しく生み出されたものが載せられている.古い惰性にせよ新しい圧力にせよ,その力はより外部に位置する言語内的・外的な様々な要因から発しており,その時々によって左の皿に余計に重みをかけることになったり,逆に右の皿にかけることになったりする.てんびんは常に左に右にガタガタしており(場合によっては水平方向へも回転?),その揺れの速度も幅もその時々で異なるほど十分に,遊び,許容,選択の度合いは大きい.しかし,ある程度の時間幅を与えて全体として見れば,てんびんは常にほぼ釣り合っていると言ってよい.
 Samuels にとって重要な問題は,上の図のなかで起きる個々の出来事,個々の言語変化というよりも,それらの舞台となる上の図全体を前提とすることなのではないか.言語変化を取り巻く環境や装置,もっといえば言語変化のエコロジーのようなものを提案しているのだろうと思う.

  ・ Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.

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