hellog〜英語史ブログ

#4400. 「犬猫」と cats and dogs の順序問題[sound_symbolism][phonaesthesia][onomatopoeia][idiom][binomial][prosody][alliteration][phonetics][vowel][khelf_hel_intro_2021][clmet][coca][coha][bnc][sobokunagimon]

2021-05-14

 目下開催中の「英語史導入企画2021」より今日紹介するコンテンツは,学部生よりアップされた「犬猿ならぬ犬猫の仲!?」です.日本語ではひどく仲の悪いことを「犬猿の仲」と表現し,決して「犬猫の仲」とは言わないわけですが,英語では予想通り(?) cats and dogs だという興味深い話題です.They fight like cats and dogs. のように用いるほか,喧嘩ばかりして暮らしていることを to lead a cat-and-dog life などとも表現します.よく知られた「土砂降り」のイディオムも「#493. It's raining cats and dogs.」 ([2010-09-02-1]) の如くです.
 これはこれとして動物に関する文化の日英差としておもしろい話題ですが,気になったのは英語 cats and dogs の語順の問題です.日本語では「犬猫」だけれど,上記の英語のイディオム表現としては「猫犬」の順序になっています.これはなぜなのでしょうか.
 1つ考えられるのは,音韻上の要因です.2つの要素が結びつけられ対句として機能する場合に,音韻的に特定の順序が好まれる傾向があります.この音韻上の要因には様々なものがありますが,大雑把にいえば音節の軽いものが先に来て,重いものが後に来るというのが原則です.もう少し正確にいえば,音節の "openness and sonorousness" の低いものが先に来て,高いものが後にくるという順序です.イメージとしては,近・小・軽から遠・大・重への流れとしてとらえられます.音が喚起するイメージは,音象徴 (sound_symbolism) あるいは音感覚性 (phonaesthesia) と呼ばれますが,これが2要素の配置順序に関与していると考えられます.
 母音について考えてみましょう.典型的には高母音から低母音へという順序になります.「#1139. 2項イディオムの順序を決める音声的な条件 (2)」 ([2012-06-09-1]) で示したように flimflam, tick-tock, rick-rack, shilly-shally, mishmash, fiddle-faddle, riffraff, seesaw, knickknack などの例が挙がってきます.「#1191. Pronunciation Search」 ([2012-07-31-1]) で ^([BCDFGHJKLMNPQRSTVWXYZ]\S*) [AEIOU]\S* ([BCDFGHJKLMNPQRSTVWXYZ]\S*) \1 [AEIOU]\S* \2$ として検索してみると,ほかにも chit-chat, kit-cat, pingpong, shipshape, zigzag などが拾えます.ding-dong, ticktack も思いつきますね.擬音語・擬態語 (onomatopoeia) が多いようです.
 では,これを cats and dogs の問題に適用するとどうなるでしょうか.両者の母音は /æ/ と /ɔ/ で,いずれも低めの母音という点で大差ありません.その場合には,今度は舌の「前後」という対立が効いてくるのではないかと疑っています.前から後ろへという流れです.前母音 /æ/ を含む cats が先で,後母音 /ɔ/ を含む dogs が後というわけです.しかし,この説を支持する強い証拠は今のところ手にしていません.参考までに「#242. phonaesthesia と 遠近大小」 ([2009-12-25-1]) と「#243. phonaesthesia と 現在・過去」 ([2009-12-26-1]) をご一読ください.対句ではありませんが,動詞の現在形と過去形で catch/caught, hang/hung, stand/stood などに舌の前後の対立が窺えます.
 さて,そもそも cats and dogs の順序がデフォルトであるかのような前提で議論を進めてきましたが,これは本当なのでしょうか.先に「英語のイディオム表現としては」と述べたのですが,実は純粋に「犬と猫」を表現する場合には dogs and cats もよく使われているのです.英米の代表的なコーパス BNCwebCOCA で単純検索してみたところ,いずれのコーパスにおいても dogs and cats のほうがむしろ優勢のようです.ということは,今回の順序問題は,真の問題ではなく見せかけの問題にすぎなかったのでしょうか.
 そうでもないだろうと思っています.18--19世紀の後期近代英語のコーパス CLMET3.0 で調べてみると,cats and dogs が18例,dogs and cats が8例と出ました.もしかすると,もともと歴史的には cats and dogs が優勢だったところに,20世紀以降,最近になって dogs and cats が何らかの理由で追い上げてきたという可能性があります.実際,アメリカ英語の歴史コーパス COHA でざっと確認した限り,そのような気配が濃厚なのです.
 「犬猫」か「猫犬」か.単なる順序の問題ですが,英語史的には奥が深そうです.

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