通時的現象としての標題の術語群について理解を深めたい.いずれも,拘束形態素 (bound morpheme) と自由形態素 (free morpheme) の間の行き来に関する用語・概念である.輿石 (111--12) より引用する.
膠着 [通時現象として] (agglutination) とは,独立した語が弱化し独立性を失って他の要素に付加する接辞になる過程を指す.たとえば,英語の friendly の接尾辞 -ly の起源は独立した名詞の līc 「体,死体」であった.
一方,この逆の過程が Jespersen (1922: 284) の滲出(しんしゅつ)(secretion) であり,元来形態論的に分析されない単位が異分析 (metanalysis) の結果,形態論的な地位を得て,接辞のような要素が創造されていく.英語では,「?製のハンバーガー」を意味する -burger,「醜聞」を意味する -gate などの要素がこの過程で生まれ,それぞれ cheeseburger, baconburger 等や Koreagate, Irangate 等の新語が形成されている.
注意したいのは,「膠着」という用語は共時形態論において,とりわけ言語類型論の分類において,別の概念を表わすことだ(「#522. 形態論による言語類型」 ([2010-10-01-1]) を参照).今回取り上げるのは,通時的な現象(言語変化)に関して用いられる「膠着」である.例として挙げられている līc → -ly は,語として独立していた自由形態素が,拘束形態素化して接尾辞となったケースである.
「滲出」も「膠着」と同じ拘束形態素化の1種だが,ソースが自由形態素ではなく,もともといかなる有意味な単位でもなかったものである点に特徴がある.例に挙げられている burger は,もともと Hamburg + er である hamburger から異分析 (metanalysis) の結果「誤って」切り出されたものだが,それが拘束形態素として定着してしまった例である.もっとも,burger は hamburger の短縮形としても用いられるので,拘束形態素からさらに進んで自由形態素化した例としても挙げることができる (cf. hamburger) .
形態素に関係する共時的術語群については「#700. 語,形態素,接辞,語根,語幹,複合語,基体」 ([2011-03-28-1]) も参照されたい.また,上で膠着の例として触れた接尾辞 -ly については「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1]),「#1032. -e の衰退と -ly の発達」,「#1036. 「姿形」と -ly」 ([2012-02-27-1]) も参考までに.滲出の他の例としては,「#97. 借用接尾辞「チック」」 ([2009-08-02-1]),「#98. 「リック」や「ニック」ではなく「チック」で切り出した理由」 ([2009-08-03-1]),「#105. 日本語に入った「チック」語」 ([2009-08-10-1]),「#538. monokini と trikini」 ([2010-10-17-1]) などを参照.
・ 輿石 哲哉 「第6章 形態変化・語彙の変遷」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.106--30頁.
・ Jespersen, Otto. Language: Its Nature, Development, and Origin. 1922. London: Routledge, 2007.
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