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pragmatics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2025-08-20 19:10

2023-02-16 Thu

#5043. 社会的結束の力 --- 言語の中核的機能としての言語行為 [pragmatics][philosophy_of_language][history_of_language][communication][phatic_communion][terminology]

 「#5040. 英語で「ドアを閉めろ」を間接的に表現する方法19例 --- 間接発話行為を味わう」 ([2023-02-13-1]) でも話題にした通り,発話行為 (speech_act) は語用論の重要なテーマの1つである.哲学から言語学に波及してきた話題であり,哲学では言語行為という用語が一般的だ.以下では,参照する Senft の用語にも合わせる意味で「言語行為」を用いる.
 言語行為とは何か.シューレンによれば,それは「社会的結束の力」 (socially binding force) をもつものとされ,言語の中核的な役割を担っていると強調される.少々長いが,Senft (46--47) より引用する.

シューレンは,言語行為に関するこの章において「言語行為の社会的結束の力 (socially binding force) に特別に注目し」,社会的結束の原則 (PRINCIPLE OF SOCIAL BINDING) を定式化することによって彼の考え方を披瀝し始める.彼はこの原則を「人間の言語だけでなく,人間と人間以外の意識的なコミュニケーションのすべての他の体系をも,公理化し定義するものである」と考える (Seuren 2009: 140) .この原則は次のように述べられる.

すべての本気の言語的発話は…話し手側の(強さは可変の)義務の請負 (COMMITMENT) ,(強さは可変の)聞き手に発せられた要請 (APPEAL) ,[その発話]に表現された命題,あるいは呼びかけ(Hey, you over there! (「おい,そこのお前!」))の中にある呼称 (APPELATION (sic)) に関して行動規則の設定 (INSTITUTION OF A RULE OF BEHAVIOUR) のいずれかの種類の,社会的結束の関係を創出するという点で力 (FORCE) をもつ.
 言語行為がその人たちに関して有効である社会的な仲間は[発話]の力の場 (FORCE FIELD) を形成する.     (Seuren 2009: 140)

シューレンにとって,この原則は一定の権利と義務をもつ人々,すなわち責任と個人の尊厳をもつ人々を結束する.これらの人々は「…説明責任があり,すべての本気の言語行為は,いかにささいな,あるいは重要でないものであっても,話し手と聞き手の間に説明責任関係を創出する」 (Seuren 2009: 140) .社会的結束の原則を「公理的」であり,「人間の言語だけでなく記号 (sign) によるいかなる形のコミュニケーションにとっても」定義的であると特徴づけることは(Seuren 2009: 158 も参照),この学者にとって「言語は第一義的に説明責任の創出のための道具であり,情報の転送のためのものでないこと」を意味する (Seuren 2009: 140) .シューレンは,言語行為に関連してこれらの考えを発展させ,次のことを強調する.

すべての言語行為は,社会的結束の関係あるいは事態を創出するという意味で行為遂行的である…言語の基本的な機能は,世界についての情報の移動という意味 (sense) での「コミュニケーション」ではなく,社会的結束,つまり<!-- for reference -->発話あるいは言語行為によって表現される命題に関して対人間の,社会的結束の特定の関係の創出である.この種の社会的結束が,人間の社会の1つの必須条件である社会の基底機構における中心的な要素であることが明らかになるであろう.     (Seuren 2009: 147)


 シューレンにとって,言語行為は言語学史においてあまりに軽視されてきた.言語はコミュニケーションの道具であるとか思考の道具だと言われることは多かったものの,「社会的結束の力」としてまともに理解されたことはなかった,という.これは,すぐれて社会語用論の視点からの言語観といってよい.

 ・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
 ・ Seuren, Pieter A. M. Language from Within Vol. I.: Language in Cognition. Oxford: OUP, 2009.

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2023-02-13 Mon

#5040. 英語で「ドアを閉めろ」を間接的に表現する方法19例 --- 間接発話行為を味わう [speech_act][politeness][pragmatics]

 Can you run fast? のような疑問文は,典型的には「疑問」という発話行為 (speech_act) のために用いられる.しかし,Can you pass the salt? は疑問文の体をしていながら,この文を発する際に話者が行なっている発話行為は「疑問」ではなく「依頼」であることが普通だろう.一方 Pass the salt. という命令文が発された場合,そこで行なわれていることはストレートに「命令」という発話行為であるにちがいない.このような例において Pass the salt. は直接発話行為,Can you pass the salt? は間接発話行為に対応する.
 英語で「ドアを閉めろ」という命令は,文字通りには Close the door. という命令文によってなされる.しかし,現実にはこのぶっきらぼうな命令文がそのまま用いられることは稀である.ポライトネス (politeness) への配慮から.表現を何らかの方法で和らげ,依頼や懇願に近づけることが多い.
 Steven Levinson を参照した Senft (39--40) に,「ドアを閉めろ」に対応する間接発話行為の英文が19例挙げられている.もちろんこれで尽きるわけではなく,工夫次第でいくらでも増やしていくことができる.

 ・ I want you to close the door.
 ・ I'd be much obliged if you'd close the door.
 ・ Can you close the door?
 ・ Are you able by any chance to close the door?
 ・ Would you close the door?
 ・ Won't you close the door?
 ・ Would you mind closing the door?
 ・ Would you be willing closing the door?
 ・ You ought to close the door.
 ・ It might help to close the door.
 ・ Hadn't you better close the door?
 ・ May I ask you to close the door?
 ・ Would you mind awfully if I were to ask you to close the door?
 ・ I am sorry to have to tell you to please close the door.
 ・ Did you forget the door?
 ・ Do us a favour with the door, love.
 ・ How about a bit less breeze?
 ・ Now Johnny, what do big people do when they come in?
 ・ Okay, Johnny, what am I going to say next?

 最後のいくつかの表現は closethe door という表現すら使わずに,Close the door. に相当する発話内の力 (illocutionary force) を発揮しようとしている点で興味深い.ここでは,聞き手は状況と文脈を参照した上で高度な語用論的推論を行なうことが求められることになる.
 間接発話行為については以下の記事も参照.

 ・ 「#3632. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例」 ([2019-04-07-1])
 ・ 「#4707. 依頼・勧誘の Will you . . . ? はいつからある?」 ([2022-03-17-1])
 ・ 「#4714. 発話行為とは何か?」 ([2022-03-24-1])

 ・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.

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2023-02-11 Sat

#5038. 語用論の学際性 [pragmatics][linguistics][sociolinguistics][philosophy_of_language][psycholinguistics][ethnography_of_speaking][anthropology][politics][history_of_linguistics][methodology][toc]

 「#5036. 語用論の3つの柱 --- 『語用論の基礎を理解する 改訂版』より」 ([2023-02-09-1]) で紹介した Gunter Senft (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳)『語用論の基礎を理解する 改訂版』(開拓社,2022年)の序章では,語用論 (pragmatics) が学際的な分野であることが強調されている (4--5) .

 このことは,語用論が「社会言語学や何々言語学」だけでなく,言語学のその他の伝統的な下位分野にとって,ヤン=オラ・オーストマン (Jan-Ola Östman) (1988: 28) が言うところの,「包括的な」機能を果たしていることを暗に意味する.Mey (1994: 3268) が述べているように,「語用論の研究課題はもっぱら意味論,統語論,音韻論の分野に限定されるというわけではない.語用論は…厳密に境界が区切られている研究領域というよりは,互いに関係する問題の集まりを定義する」.語用論は,彼らの状況,行動,文化,社会,政治の文脈に埋め込まれた言語使用者の視点から,特定の研究課題や関心に応じて様々な種類の方法論や学際的なアプローチを使い,言語とその有意味な使用について研究する学問である.
 学際性の問題により我々は,1970年代が言語学において「語用論的転回」がなされた10年間であったという主張に戻ることになる.〔中略〕この学問分野の核となる諸領域を考えてみると,言語語用論は哲学,心理学,動物行動学,エスノグラフィー,社会学,政治学などの他の学問分野と関連を持つとともにそれらの学問分野にその先駆的形態があることに気づく.
 本書では,語用論が言語学の中における本質的に学際的な分野であるだけでなく,社会的行動への基本的な関心を共有する人文科学の中にあるかなり広範囲の様々な分野を結びつけ,それらと相互に影響し合う「分野横断的な学問」であることが示されるであろう.この関心が「語用論の根幹は社会的行動としての言語の記述である」 (Clift et al. 2009: 509) という確信を基礎とした本書のライトモチーフの1つを構成する.


 6つの隣接分野の名前が繰り返し挙げられているが,実際のところ各分野が本書の章立てに反映されている.

 ・ 第1章 語用論と哲学 --- われわれは言語を使用するとき,何を行い,実際に何を意味するのか(言語行為論と会話の含みの理論) ---
 ・ 第2章 語用論と心理学 --- 直示指示とジェスチャー ---
 ・ 第3章 語用論と人間行動学 --- コミュニケーション行動の生物学的基盤 ---
 ・ 第4章 語用論とエスノグラフィー --- 言語,文化,認知のインターフェース ---
 ・ 第5章 語用論と社会学 --- 日常における社会的相互行為 ---
 ・ 第6章 語用論と政治 --- 言語,社会階級,人種と教育,言語イデオロギー ---

 言語学的語用論をもっと狭く捉える学派もあるが,著者 Senft が目指すその射程は目が回ってしまうほどに広い.

 ・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.

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2023-02-09 Thu

#5036. 語用論の3つの柱 --- 『語用論の基礎を理解する 改訂版』より [pragmatics][review][youtube][history_of_linguistics][generative_grammar][structuralism]

 昨年,開拓社より Gunter Senft (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳)『語用論の基礎を理解する 改訂版』が出版されました.

Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.



 語用論 (pragmatics) の骨太の入門書です.本書は YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」で2回ほど井上氏が話題として取り上げ,紹介しています.第85回「Gunter Senft著・石崎雅人・野呂幾久子訳『語用論の基礎を理解する・改訂版』(開拓社,2022年)のご紹介」と第93回「指示代名詞は意外に奥深いーダイクシスの豊かな世界・語用論の展開」です.そちらもご覧ください.





 YouTube で井上氏が取り上げ,私も「ぜひ読んでみたい」という趣旨の発言をしたこともあって(と拝察していますが),訳者の石崎先生より本書をご献本いただいてしまいました(すみません,たいへん感謝しております).本書を読み始めていますが,序章の p. 5 に,本書には3つの議論の柱があるとして,重要事項が列挙されています.次の通りです.

1. 言語は社会的相互行為においてその話し手により用いられる.言語は何よりも社会的なつながりと説明責任の関係を創出する道具である.これらのつながりや関係を創出する手段は言語や文化によって様々である.
2. 発話はそれがなされる状況の文脈の一部であり,本質的に言語は語用論的な性格をもち,「意味は発話の語用論的機能に依拠する」 (Bauman 1992: 147) .
 ・ 言語話者は社会的相互行為において言語を使用するさい,慣習,規範,規則に従う.
 ・ 単語,句,文の意味は,一定の種類の状況的な文脈の中で伝えられる.
 ・ 話し手の言語使用は,これらの話者のコミュニケーション行動に内在し,そのコミュニケーション行動に資する特定の機能を実現する.
3. 語用論は言語および文化に特有の言語使用の形態を研究する分野横断的学問である.


 このような語用論の特徴,そしてこの分野が1970年代以降に盛んになってきた背景には,アメリカ構造言語学と生成文法に対する反動があったろうとも述べられています (3--4) .語用論の名の下に,言語学がいよいよ生身の言語使用を本格的に扱う段階に入ってきたのだろうと私は理解しています.

 ・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
 ・ Senft, Gunter. Understanding Pragmatics. London and New York: Routledge, 2014.

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2022-11-03 Thu

#4938. 仮定法過去は語用論的軟化剤である [cognitive_linguistics][pragmatics][preterite][tense][mood][aspect][counterfactual][conditional][semantics][pragmatics][politeness]

 昨日の記事「#4937. 仮定法過去は発話時点における反実仮想を表わす」 ([2022-11-02-1]) に引き続き,仮定法過去のもう1つの重要な用法を紹介する.語用論的軟化剤 (pragmatic softener) としての働きだ.Taylor (178) より引用する.

   The other use of the past tense that I want to consider is also restricted to a small number of contexts. This is the use of the past tense as a pragmatic softener. By choosing the past tense, a speaker can as it were cushion the effect an utterance might have on the addressee. Thus (6b) is a more tactful way of intruding on a person's privacy than (6a):

(6) a. Excuse me, I want to ask you something.
     b. Excuse me, I wanted to ask you something.

Tact can also be conveyed by the past tense in association with the progressive aspect:

(7) a. Was there anything else you were wanting?
     b. I was wondering if you could help me.

   The softening function of the past tense has been conventionalized in the meanings of the past tense modals in English. (8b) and (9b) are felt to be less direct than the (a) sentences; (10b) expresses greater uncertainty than (10a), especially with tonic stress on might; (11b) merely gives advice, while (11a) has the force of a command.

(8) a. Can you help me?
     b. Could you help me?
(9) a. Will you help me?
     b. Would you help me?
(10) a. John may know.
      b. John might know.
(11) a. You shall speak to him.
      b. You should speak to him.


 ここで述べられていないのは,なぜ(仮定法)過去が語用論的軟化剤として機能するのかということだ.「敬して遠ざく」というように,社会心理的な敬意と物理的距離とは連動すると考えられる.一種のメタファーだ.現時点からの時間的隔たり,すなわち「遠さ」を表わす過去(形)が,社会心理的な敬意に転用されるというのは,それなりに理に適ったことではないかと私は考えている.

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2022-11-03 Thu

#4938. 仮定法過去は語用論的軟化剤である [cognitive_linguistics][pragmatics][preterite][tense][mood][aspect][counterfactual][conditional][semantics][pragmatics][politeness]

 昨日の記事「#4937. 仮定法過去は発話時点における反実仮想を表わす」 ([2022-11-02-1]) に引き続き,仮定法過去のもう1つの重要な用法を紹介する.語用論的軟化剤 (pragmatic softener) としての働きだ.Taylor (178) より引用する.

   The other use of the past tense that I want to consider is also restricted to a small number of contexts. This is the use of the past tense as a pragmatic softener. By choosing the past tense, a speaker can as it were cushion the effect an utterance might have on the addressee. Thus (6b) is a more tactful way of intruding on a person's privacy than (6a):

(6) a. Excuse me, I want to ask you something.
     b. Excuse me, I wanted to ask you something.

Tact can also be conveyed by the past tense in association with the progressive aspect:

(7) a. Was there anything else you were wanting?
     b. I was wondering if you could help me.

   The softening function of the past tense has been conventionalized in the meanings of the past tense modals in English. (8b) and (9b) are felt to be less direct than the (a) sentences; (10b) expresses greater uncertainty than (10a), especially with tonic stress on might; (11b) merely gives advice, while (11a) has the force of a command.

(8) a. Can you help me?
     b. Could you help me?
(9) a. Will you help me?
     b. Would you help me?
(10) a. John may know.
      b. John might know.
(11) a. You shall speak to him.
      b. You should speak to him.


 ここで述べられていないのは,なぜ(仮定法)過去が語用論的軟化剤として機能するのかということだ.「敬して遠ざく」というように,社会心理的な敬意と物理的距離とは連動すると考えられる.一種のメタファーだ.現時点からの時間的隔たり,すなわち「遠さ」を表わす過去(形)が,社会心理的な敬意に転用されるというのは,それなりに理に適ったことではないかと私は考えている.

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2022-11-02 Wed

#4937. 仮定法過去は発話時点における反実仮想を表わす [cognitive_linguistics][subjunctive][preterite][tense][mood][counterfactual][conditional][semantics][pragmatics]

 なぜ動詞の過去形を用いると,反実仮想 (counterfactual) となるのか.英語の「仮定法過去」にまつわる意味論上の問題は,古くから議論されてきた.時制 (tense) としての過去は理解しやすい.現在からみて時間的に先行する方向に隔たっている事象を記述する場合に,過去(形)を使うということだ.一方,法 (mood) の観点からは,過去(形)を用いることによって,現実と乖離している事象,いわゆる反実仮想を記述することができる,といわれる.心的態度の距離が物理的時間の距離に喩えられているわけだ.
 時制としての過去ではなく反実仮想を表わす過去形について,Taylor (177--78) の主張に耳を傾けよう.

   The counterfactual use of the past tense is restricted to a small number of environments---if-conditionals (1), expressions of wishes and desires (2), and suppositions and suggestions (3):
   
(1) If I had enough time, . . .
(2) a. I wish I knew the answer.
     b. It would be nice if I knew the answer.
(3) a. Suppose we went to see him.
     b. It's time we went to see him.

The past tense in these sentences denotes counterfactuality at the moment of speaking, and not at some previous point in time. (1) conveys that, at the moment of speaking, the speaker does not have enough time, the sentences in (2) convey that the speaker does not know the answer, while in (3), the proposition encoded in the past tense, if it is to become true at all, will do so after the moment of speaking, that is to say, the past tense refers to a suggested future action. There are also a number of verbs whose past tense forms, under certain circumstances and with the appropriate intonation, can convey the present-time counterfactuality of a state of affairs represented in a past tense subordinate clause . . . :

(4) a. I thought John was married (. . . but he apparently isn't).
     b. I had the impression Mary knew (. . . but it seems she doesn't).

These sentences might occur in a situation in which the speaker has just received information which causes him to doubt the (present-time) factuality of the propositions "John is married", "Mary knows". That it is a present, rather than a past state of affairs, that is at issue is shown by the choice of tense in a tag question. Imagine (5) uttered in a situation in which both speaker and addressee are preparing to go to a concert:

(5) But I thought the concert began at 8, does't it?/?didn't it?

The tag doesn't it is preferential in the present tense. In (5), the speaker is questioning the apparent counterfactuality, at the time of speaking, of the proposition "The concert begins at 8".


 結論としては,現代英語において仮定法過去は発話時点における反実仮想の命題を表わす,と解釈することができる.

 ・ Taylor, John R. Linguistic Categorization. 3rd ed. Oxford: OUP, 2003.

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2022-10-24 Mon

#4928. phatic communion 再訪 [phatic_communion][youtube][sociolinguistics][pragmatics][function_of_language]

 昨晩 YouTube の第69が公開されました.「時代とメディアで変わる社交的会話(Phatic communion,交話的コミュニケーション)」です.



 今回は phatic_communion についてです.交話的(交感的,社交的,儀礼的)言語使用などと訳されますが,様々にある言語の機能 (function_of_language) の1つです.日々の挨拶からスモールトーク,井戸端会議から恋人同士の会話まで,情報交換そのものが主たる目的なのではなく,言葉を交わすことそれ自体が目的となるような言語使用というものがあります.そのような場面では,言葉の中身はさほど重要でなく,言葉を交わすという行為そのものが社会関係構築のために重要なわけです.
 McArthur の英語学用語辞典より定義と説明を引用します.

PHATIC COMMUNION [1923: from Greek phatós spoken: coined by the Polish anthropologist Bronislaw Malinowski]. Language used more for the purpose of establishing an atmosphere or maintaining social contact than for exchanging information or ideas: in speech, informal comments on the weather (Nice day again, isn't it?) or an enquiry about health at the beginning of a conversation or when passing someone in the street (How's it going? Leg better?); in writing, the conventions for opening or closing a letter (All the best, Yours faithfully), some of which are formally taught in school. . .


 言語の機能といえば情報伝達,と思い込んでいる多いと思いますが,それだけではありません.phatic communion のように,たとえ情報量がゼロに近くとも,それでも言葉を交わすというシーンは日常にあふれています.言語のこの機能に気づいておくことは,英語学習においてもとても大事です.なぜならば,大半の英語学習者は,世界の人々と情報交換するため「だけ」に英語を学んでいると信じ込んでしまっているからです.しかし,それでは言語(英語)の機能をあまりに狭く見てしまっていることになります.言葉の役割をもっと広くとらえてみませんか?
 phatic communion に関連する話題は多様です.たとえば以下の記事をご覧ください.

 ・ 「#523. 言語の機能と言語の変化」 ([2010-10-02-1])
 ・ 「#1071. Jakobson による言語の6つの機能」 ([2012-04-02-1])
 ・ 「#1559. 出会いと別れの挨拶」 ([2013-08-03-1])
 ・ 「#1564. face」 ([2013-08-08-1])
 ・ 「#1771. 言語の本質的な機能の1つとしての phatic communion」 ([2014-03-03-1])
 ・ 「#2003. アボリジニーとウォロフのおしゃべりの慣習」 ([2014-10-21-1])
 ・ 「#2700. 暗号によるコミュニケーションの特性」 ([2016-09-17-1])
 ・ 「#2818. うわさの機能」 ([2017-01-13-1])

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2022-09-23 Fri

#4897. this apple の驚くべき多義性 [polysemy][semantics][pragmatics][demonstrative][deixis]

 ある人が,果物屋でリンゴを1つ取り上げながら,I like this apple. という英文を発話している場面を想像してください.私たちはこの英文を「私はこのリンゴが好きです」と容易に和訳できますし,その意味を完全に理解できていると思い込んでいますが,本当にそうでしょうか? この文がきわめて多義的となり得ることに気づいたことがあるでしょうか? とりわけ this apple の部分が意外と難しいのです.
 まず,this apple が unit の読みか type の読みかという多義性があります.「隣のリンゴではなく,今取り上げているこのリンゴ」というつもりであれば unit の読みとなりますが,「隣の箱の別品種のリンゴではなく,今取り上げているものが代表している品種のリンゴ(例えば「ふじ」)」であれば type の読みとなります.
 しかし,本当は type の読みにも様々な可能性があります.上記ではたまたま「品種」という観点から type 分けをしたのですが,type 分けには他の観点もあり得ます.国内産か否かという観点からの区分もあり得ますし,収穫された農園ごとの区分もあり得ます.大きさ,色,成熟度,値段という観点もあり得ます.実際の文脈では,いずれの観点からの type か,聞き手が高い確率で推測できるケースがほとんどだろうとは思いますが,this apple という表現に少なくとも潜在的な多義性があることは分かってきたのではないでしょうか.
 指示詞 this のもつ直示性に由来する意味論的・語用論的多義性,および名詞 apple の指示対象である「りんご」の意味論的・語用論的多義性が合わさって,一見すると何も難しいところのなさそうな this apple という表現の意味内容が,驚くほど複雑かつ多様であり得ることが分かったかと思います.
 以上,Cruse (50) の議論を参照して執筆しました.

 ・ Cruse, D. A. Lexical Semantics. Cambridge: CUP, 1986.

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2022-08-28 Sun

#4871. but の手続き的情報 [conjunction][pragmatics][relevance_theory][discourse_marker][interjection][but]

 名詞や動詞など大多数の語句は概念的情報を有している.一方,語句のなかには手続き的情報をもつものがある.吉村 (192) によれば,後者は次のような役割を果たす.

発話の聞き手が,どのような解釈の仕方をすればいいのかを指示する情報を持つ表現がある.このような指示が発話に含まれていると,聞き手は,余計な労力を使わず,発話の意味を正しく解釈することができる.処理労力を少なくすることによって発話の関連性達成に貢献するのである.このような表現を,手続き的情報を持つ表現という.


 例として but の手続き的情報について考えてみよう.以下の2文は真理条件は同じだが,意味としては何らかの違いがあるように感じられる.

 (1) She is a linguist, but she is quite intelligent.
 (2) She is a linguist, and she is quite intelligent.

 (1) は but が使われているために,前半と後半のコントラストが意図されているが,(2) にはそのような意図はない.(1) の聞き手は,but によるコントラストが成り立つように,話し手の想定 (assumption) が "All linguists are unintelligent." であることを割り出す.もしこの想定が正しければ she について導かれる帰結は "she is unintelligent" と想定されるはずだが,実際はむしろ逆に she is quite intelligent と明言されているのだ.つまり,当初の想定が打ち消されている.
 聞き手にこのような解釈をするように指示しているのが,but の手続き的情報だと考えられる.吉村 (194) によれば「このような情報が聞き手に与えられると,余分な処理労力を使わずに話し手の意図した解釈にたどり着くことができる.手続き的情報を持つ表現は,聞き手の処理労力を減らすことによって,発話の関連性に貢献しているのである」.
 他に手続き的情報をもつ語句としては,so, therefore, nevertheless, after all などの談話標識 (discourse_marker) や,oh, well などの間投詞 (interjection) が挙げられる.いずれに関しても,関連性理論 (relevance_theory) の立場から興味深い分析が示されている.

 ・ 吉村 あき子 「第4章 統語論 機能的構文論」『日英対照 英語学の基礎』(三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)) くろしお出版,2013年.

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2022-08-26 Fri

#4869. 協調の原理と会話の含意 --- 通信スクーリング「英語学」 Day 5 [english_linguistics][pragmatics][semantics][implicature][cooperative_principle][tautology][voicy][2022_summer_schooling_english_linguistics]

 語用論 (pragmatics) は,意味論 (semantics) とともに,言葉の意味を研究する領域ですが,言葉そのものの意味というよりも話者の意味・意図に注目します.辞書的な意味ではなく,話者が言葉を使っている現場において立ち現われてくる生の意味です.会話においては,話し手と聞き手は語用論的に高度な意味作用をライヴで取り交わしているのです.
 語用論は英語学でも発展の著しい領域で話題は豊富ですが,Day 5 では「協調の原理」と「会話の含意」に絞って語用論の考え方の基本を概説します.



1. 協調の原理 (cooperative_principle)
  1.1 「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1])
  1.2 「#1133. 協調の原理の合理性」 ([2012-06-03-1])
  1.3 「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1])
  1.4 「#4851. tautology」 ([2022-08-08-1])
2. 会話の含意 (conversational implicature)
  2.1 「#1976. 会話的含意とその他の様々な含意」 ([2014-09-24-1])
  2.2 「#3402. presupposition trigger のタイプ」 ([2018-08-20-1])
  2.3 「#3403. presupposition の3つの特性」 ([2018-08-21-1])
6. 本日の復習は heldio 「#452. 協調の原理」,およびこちらの記事セットより




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2022-08-08 Mon

#4851. tautology [tautology][rhetoric][logic][semantics][pragmatics][construction_grammar]

 tautology (類語反復,トートロジー)は,まずもって修辞学 (rhetoric) の用語として発展してきた.ギリシア語の tautó (the same) + lógos (word) に起源をもち,ラテン語を経て,16世紀半ばに英語に借用された.以下『新英語学辞典』の tautology の項目に従って概説を与える.
 修辞学では冗語法 (pleonasm) や重言と同義に用いられる (cf. 「#2191. レトリックのまとめ」 ([2015-04-27-1])).例えば a philatelist who collects stamps, These words come out successively one after another., Will you repeat that again? の類いの表現だ.「#3907. 英語の重言」 ([2020-01-07-1]) に類例がたくさん挙げられているが,それほど日常的で慣用的な語法ということでもある.
 tautology の構文の典型は "A is A." という形式である.意味論にいえば,主語概念のなかにすでに述語概念が含まれてしまっているために,新情報が付されないことになり,その限りにおいて文は「無意味」となる.別の角度からいえば,この構文は意味論的に常に真となる."A is A." のほかに Philatelists collect stamps., The man who won won., Lynda loves the boy she loves. のような構文もある.これらは分析文 (analytic sentence) と呼ばれることがある.
 tautology は意味論的にいえば上記の通り「無意味」だが,語用論的には必ずしも無意味ではなく,むしろ豊かな含意が生み出されるといわれる.Philatelists collect stamps. の場合,philatelist (切手収集家)は比較的難しい単語であり,その単語の意味を説明するために,この文が発せられている可能性がある.また,The man who won won. については,相手をはぐらかす意図で発せられているのかもしれない.
 語用論では,tautology は Grice の協調の原理 (cooperative_principle) のもとで論じられることが多い.tautology の発話者が協調の原理をあえて違反しようとしているわけではないと判断されるのであれば,聞き手はその tautology に隠された意味や意図を見出そうとするだろう.こうして何らかの含意が生み出されるのである.
 tautology は意味論的には無意味であっても語用論的にはしばしば有意味となる.この不思議さこそが,tautology が語用論や認知言語学で注目される所以だろう.
 関連して「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]),「#1133. 協調の原理の合理性」 ([2012-06-03-1]),「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1]) を参照.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.

Referrer (Inside): [2024-03-18-1] [2022-08-26-1]

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2022-07-09 Sat

#4821. something of a(n) は「ちょっとした」なのか「かなりの」なのか? [pragmatics][semantics][intensifier][sobokunagimon][khelf][chiguhagu_channel]

 khelf(慶應英語史フォーラム)内で,以下のちぐはぐ案件が発生しました.

英語学習者用の文法参考書『Vintage 英文法・語法』(第2版,p. 295)には,something of a+名詞「ちょっとした〈名詞〉/かなりの〈名詞〉」と出ています.新英和中辞典にも同様なことが書いてあります.「ちょっとした」と「かなりの」は日本語的に異なりますが.なぜこのような違いがあるのでしょう.そもそも something の意味が分かっていないから違いが理解できないのでしょうか???


 日本語としては確かに「ちょっとした」と「かなりの」は意味が異なるように思われます.原義で考えれば,前者は程度が低く,後者は程度が高いものと理解されており,むしろ対義の感があります.しかし「(意外なことにも)彼はちょっとした/かなりの音楽家なんですよ」という文を考えると,その語用論的意味は近似しているようにも思われます.英語の something of a(n) も日本語の「ちょっとした」も,意味論と語用論のキワに関わる微妙な問題のようです.
 関連して quite が「完全に」「そこそこ」の両義をもつことが思い起こされます.「#4247. quite の「完全に」から「そこそこ」への意味変化」 ([2020-12-12-1]),「#4233. なぜ quite a few が「かなりの,相当数の」の意味になるのか?」 ([2020-11-28-1]),「#4235. quite a few は,下げて和らげ最後に皮肉で逆転?」 ([2020-11-30-1]) をご参照ください.広く強意語 (intensifier) の語用論に関する話題ですので,「#4236. intensifier の分類」 ([2020-12-01-1]) も参考になるかと思います.
 さて,something of a について『ジーニアス英和大辞典』では次のように記載されています.

▼ *sómething of a ...
((略式))[通例肯定文で] ちょっとした…;かなりの…?She is ~ of a musician. 彼女の音楽の才はかなりのものです《◆音楽家ではない人に用いる》/I found it ~ of a disappointment. それにはかなりがっかりしました(=I found it rather disappointing.)/Life has always been ~ of a puzzle. 人生はこれまで常に謎めいたところがあった.


 「《◆音楽家ではない人に用いる》」という指摘は,きわめて重要で示唆に富んだ注だと思います.参照した他の辞書には,このような注はありませんでした.
 次に学習者用英英辞書からいくつか例文を拾ってみましょう.

 ・ She found herself something of a (= to some degree a) celebrity.
 ・ Charlie's always been something of an expert on architecture.
 ・ The news came as something of a surprise.
 ・ The city proved to be something of a disappointment. . .
 ・ He has a reputation as something of a troublemaker.

 ここで改めて something of a(n) は「ちょっとした」なのか「かなりの」なのかという問題に戻って考えてみましょう.この表現には anything of a(n)nothing of a(n) という関連表現があります.some, any, no の3者の関係については「#679. assertion and nonassertion (1)」 ([2011-03-07-1]),「#680. assertion and nonassertion (2)」 ([2011-03-08-1]) で考察しました.
 私は no(thing) の基本義が「無」であるのに対して some(thing) の基本義は「有」であると考えています.「無」の場合にはゼロですから無いものは無いと言っておしまいですが,「有」である場合には「ちょっとした」なのか「かなりの」なのかなど程度の問題が生じます.しかし,あくまで「無」ではなく「有」なのだというのが some(thing of a(n)) の「意味論」的な原義なのではないでしょうか.その程度については「意味論」としては限定せず,あくまで「語用論」的な解釈に任せるといったところではないかと睨んでいます.
 「無」が前提とされているところに,その前提をひっくり返して「有」であることを主張するのが some(thing of a(n)) の基本的な働きだろうと考えます.結果として,程度の低い/高い意味になるのかは,文脈に依存する語用論的な判断に委ねられるのではないかと.とはいえ,一般的傾向としては,「無」に対して「有」であることをあえて主張する目的で用いられるわけですから,高めの程度が意図されているケースが多いのではないかと思われます.ただし,最終的な判断はやはり都度の文脈次第なのではないかと.
 なかなか難しそうですね.

Referrer (Inside): [2022-07-10-1]

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2022-06-06 Mon

#4788. 英語の同音異義語および付加疑問の謎 [homonymy][polysemy][sound_change][semantic_change][lexicology][youtube][tag_question][pragmatics][voicy][homophony][homography][sobokunagimon]

 本日は直近の YouTube と Voicy で取り上げた話題をそれぞれ紹介します.

 (1) 昨日,YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の第29弾が公開されました.「英語と日本語とでは同音異義語ができるカラクリがちがう!」です.



 英語にも日本語にも同音異義語 (homonymy) は多いですが,同音異義語が歴史的に生じてしまう経緯はおおよそ3パターンに分類される,という話題です.1つは,異なっていた語が音変化により発音上合一してしまったというパターン.もう1つは,同一語が意味変化により異なる語とみなされるようになったというパターン.さらにもう1つは,他言語から入ってきた借用語が既存の語と同形だったというパターンです.
 英語の同音異義語の例をもっと知りたいという方は「#2945. 間違えやすい同音異綴語のペア」 ([2017-05-20-1]),「#4533. OALD10 が注意を促している同音異綴語の一覧」 ([2021-09-24-1]) の記事がお薦めです.第2パターンの例として挙げた flowerflour については Voicy 「#2. flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」をお聴きください.
 また,対談内でも出てきた,故鈴木孝夫先生による「テレビ型言語」か「ラジオ型言語」かという著名な区別については「#1655. 耳で読むのか目で読むのか」 ([2013-11-07-1]),「#2919. 日本語の同音語の問題」 ([2017-04-24-1]),「#3023. ニホンかニッポンか」 ([2017-08-06-1]) でも触れています.
 今回の話題に関心をもたれた方は,本チャンネルへのチャンネル登録もよろしくお願いします.

 (2) 今朝,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 にて,リスナーさんからいただいた付加疑問 (tag_question) に関する質問に回答してみました.「#371. なぜ付加疑問では肯定・否定がひっくり返るのですか? --- リスナーさんからの質問」です.なかなかの難問で,当面の不完全な回答しかできていませんが,ぜひお聴きください.



 どうやら主文の表わす命題の肯定・否定を巡る単純な論理の問題ではなく,話し手の命題に関する前提と,話し手が予想する聞き手の反応との組み合わせからなる複雑な語用論の問題となっているようです.あくまで前者がベースとなっていると考えられますが,歴史的にはそこから後者が派生してきたのではないかとみています.未解決ですので,今後も考え続けていきたいと思います.なお,放送で述べていませんでしたが,今回参考にしたのは主に Quirk et al. です.
 上記の Voicy 放送はウェブ上でも聴取できますが,以下からダウンロードできるアプリ(無料)を使うとより快適に聴取できます.Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のフォローも合わせてよろしくお願いいたします! また,放送へのコメントや質問もお寄せください.

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 新しい一週間の始まりです.今週も楽しい英語史ライフを!

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2022-03-24 Thu

#4714. 発話行為とは何か? [youtube][terminology][speech_act][pragmatics][sociolinguistics][philosophy_of_language]

 井上逸兵さんとの YouTube の第8弾が公開されました.英語の大人な謝り方---でも,日本人から見るとなんだかなー【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #8 】です.前回からの続きものとなります.
 謝罪「ごめんなさい」→誓い・意志「二度としません」→意志を問う Will you . . . ? について→Will you . . . ? は本当に丁寧か,のようにアチコチに話しが飛んでいきました.まさに雑談という感じですので.肩の力を抜いて気軽にご視聴ください.



 過去数回の動画で,発話行為 (speech_act) が話題の中心となっています.発話行為とは何なのでしょうか.
 専門的な語用論 (pragmatics) の立場からいえば「話し手と聞き手のコミュニケーション上の振る舞いとの関連からみた発話の役割」ほどです.しかし,これではよく分かりませんね.
 一般には,発話行為には3種類あるとされています.1つは,話し手による発話そのもの (locutionary act;狭い意味での「発話行為」) .2つめは,話し手の意図,あるいは話し手が発話によって行なっていること (illocutionary act;「発話内行為」) .3つめは,話し手が発話を通じて聞き手に及ぼす効果 (perlocutionary act;「発話媒介行為」) です.
 いくつかの用語辞典で "speech act (theory)" を調べてみました.比較的わかりやすくて短めだった2点を引用しましょう.

speech act theory A theory associated with the work of the British philosopher J. L. Austen, in his 1962 book How to do things with words, which distinguishes between three facets of a speech act: the locutionary act, which has to do with the simple act of a speaker saying something; the illocutionary act, which has to do with the intention behind a speaker's saying something; and the perlocutionary act, which has to do with the actual effect produced by a speaker saying something. The illocutionary force of a speech act is the effect which a speech act is intended to have by the speaker. (Trudgill 125)


speech act A term derived from the work of the philosopher J. L. Austin (1911--60), and now used widely in linguistics, to refer to a theory which analyses the role of utterances in relation to the behaviour of speaker and hearer in interpersonal communication. It is not an 'act of speech' (in the sense of parole), but a communicative activity (a locutionary act), defined with reference to the intentions of speakers while speaking (the illocutionary force of their utterances) and the effects they achieve on listeners (the perlocutionary effect of their utterances). Several categories of speech act have been proposed, viz. directives (speakers try to get their listeners to do something, e.g. begging, commanding, requesting), commissives (speakers commit themselves to a future course of action, e.g. promising, guaranteeing), expressives (speakers express their feelings, e.g. apologizing, welcoming, sympathizing), declarations (the speaker's utterance brings about a new external situation, e.g. christening, marrying, resigning) and representatives (speakers convey their belief about the truth of a proposition, e.g. asserting, hypothesizing). The verbs which are used to indicate the speech act intended by the speaker are sometimes known as performative verbs. The criteria which have to be satisfied in order for a speech act to be a successful are known as felicity conditions. (Crystal 446)


 関連して本ブログより以下の記事もご参照ください.

 ・ 「#2665. 発話行為の適切性条件」 ([2016-08-13-1])
 ・ 「#2674. 明示的遂行文の3つの特徴」 ([2016-08-22-1])
 ・ 「#2831. performative hypothesis」 ([2017-01-26-1])
 ・ 「#1646. 発話行為の比較文化」 ([2013-10-29-1])

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

Referrer (Inside): [2023-02-13-1] [2023-01-01-1]

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2022-03-17 Thu

#4707. 依頼・勧誘の Will you . . . ? はいつからある? [youtube][pragmatics][historical_pragmatics][politeness][interrogative][auxiliary_verb][speech_act][sobokunagimon]

 昨晩18:00に YouTube の第6弾が公開されました.Would you...?などの間接的な依頼の仕方は英語特有--しかもわりと最近の英語の特徴【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #6 】です.今回は話題が英語のポライトネスから英語史へとダイナミックに切り替わっていきますので,知的興奮を覚える方もいらっしゃるのではないかと.



 井上逸兵(著)『英語の思考法 ー 話すための文法・文化レッスン』(筑摩書房〈ちくま新書〉,2021年)では,英語の思考法の根幹には「独立」「つながり」「対等」の3本柱があると主張されています(「#4526. 井上逸兵(著)『英語の思考法 ー 話すための文法・文化レッスン』」 ([2021-09-17-1]) を参照).
 その1つの現われとして,英語では,相手に何かを依頼・勧誘する際に,相手のプライバシーになるべく踏み込まないよう,法助動詞を用いた疑問文の形でポライトに表現するという傾向があります.動画でも取り上げられた Would you . . . ? が典型ですが,他にも Will you . . . ?, Could you . . . ?, Can you . . . ? などがありますし,Won't you . . . ? などの否定バージョンもあります.それぞれの丁寧度は異なりますし,イントネーションや文脈によっては,むしろ失礼となる場合もあるので,実はなかなか使いにくいところもあります.しかし,背景にある基本的な考え方は,相手に直接命令するのではなく,相手の意向・能力を問う疑問文の体裁をとっているということです.相手にイエスかノーかを答える自由を委ねている,相手の独立を尊重してあげている,という点に英語流のポライトネスがあるのだ,ということです.
 ただし,英語史的にみると,このような英語的なポライトネス表現がどれだけ古くからあったのかを見極めることは,必ずしも簡単ではありません.近代以降の意外と新しい表現である可能性もあるのです.
 今回は Will you . . . ? に対象を絞ってみます.それらしき例文は後期古英語から挙がってきますし,中英語でもチラホラとみられます.OED の will, v.1 の語義8bより抜粋しましょう.

 b. Expressing a request in the second person, in the interrogative or in a subordinate clause after a verb such as beg.
     Such a request is usually courteous, but when given emphasis, it is impatient.
     This construction implies a first person response: 'I beg that you will excuse this' implies 'I will excuse it'.

   . . . .
   lOE St. Margaret (Corpus Cambr.) (1994) 166 Wilt þu me get geheran and to minum gode þe gebiddan?
   ?a1300 Fox & Wolf l. 186 in G. H. McKnight Middle Eng. Humorous Tales (1913) 33 Þou hauest ben ofte min I-fere, Woltou nou mi srift I-here?
   c1390 Pistel of Swete Susan (Vernon) l. 135 Wolt þou, ladi, for loue, on vre lay lerne?
   1485 Malory's Morte Darthur (Caxton) i. vi. sig. aiiiiv Sir said Ector vnto Arthur woll ye be my good & gracious lord when ye are kyng.
   . . . .


 MEDwillen v.(1)の語義18aのもとにも,いくつかの例が挙げられています.
 このように見てくると,依頼・勧誘の Will you . . . ? は古英語や中英語のような古い時期からあったと考えられそうですが,これらの例が現代と同等の依頼・勧誘の発話行為を表わしていたかどうかは,一つひとつ文脈に戻って慎重に確かめる必要があります.純粋に相手の意志を問う疑問文ではなく,話者による依頼・勧誘の発話行為を表わす文であることを,文脈を精査して認定する必要があるのです.そして,疑問か依頼・勧誘かは語用論的にグラデーションをなしているので,一方ではなく他方だと断言することは,イントネーションなどが復元できない文献資料ベースの研究にあっては,なかなか困難なことなのです.
 このように慎重な姿勢を取るならば,現代的な依頼・勧誘の Will you . . . ? は,その種こそ中英語(あるいはさらに遡って古英語)に求められそうですが,本格的に用いられ出したのはもっと後のことであるという可能性が残ります.この問題については,すでに「#3632. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例」 ([2019-04-07-1]),「#3637. 依頼を表わす Will you . . . ? の初例 (2)」 ([2019-04-12-1]) でも論じてきましたので,そちらも参照ください.

Referrer (Inside): [2023-02-13-1]

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2022-03-10 Thu

#4700. 英語史と社会言語学 [youtube][sociolinguistics][pragmatics][history_of_linguistics][variation]

 昨日,井上逸兵さんとの YouTube の第4弾が公開されました.pleaseの使いすぎはキケン!?ーコミュニケーションの社会言語学【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #4 】と題するおしゃべりですが社会言語学 (sociolinguistics) という分野について概観してみました.



 社会言語学は井上氏と私が関心を共有する分野です.そもそも英語史研究は伝統的に,扱う時代の社会的・文化的な背景を考慮するのが一般的です.言語と社会の関係を考察する社会言語学とは本質的に相性がよいのです.20世紀後半より社会言語学が理論的に成熟してくると,英語史研究もその成果を取り込み,新たな可能性が開かれてきました.とりわけ言語項の社会的な変異の存在を前提とする "variationist" な言語観は,社会言語学から生み出されたもので,昨今の英語史研究でも一般的に採用されています.
 社会言語学の取り上げる話題は多岐にわたります.「#2545. Wardhaugh の社会言語学概説書の目次」 ([2016-04-15-1]) などを概観すると,カバーする範囲の広さが分かると思います.言語と方言,標準化,地域方言,社会方言,レジスター,リンガ・フランカ,ピジン語,クレオール語,ダイグロシア,2言語使用,多言語使用,コードスイッチング,アコモデーション,言語変化,サピア=ウォーフの仮説,プロトタイプ,タブー,婉曲表現,おしゃべり,呼称,ポライトネス,発話行為,協調の原理,ジェンダー,言語差別,言語権,言語計画など,キーワードを挙げ始めると止まりません.英語史でも,これらの各々を念頭において研究することが可能です.
 今回の YouTube では,ミクロとマクロの社会言語学に触れました.ミクロな社会言語学では,例えば典型的に2人の間の相互行為 (interaction) に注目するようなアプローチが取られます.語用論にも接近することが多いです.一方,マクロな社会言語学では,2人にとどまらず言語共同体というより大きな単位で言語と社会の関係をとらえようとします.しかし,井上氏も私も,両者は地続きだという考え方をしています.
 社会言語学のミクロとマクロについては,以下の記事も参照してください.

 ・ 「#1380. micro-sociolinguistics と macro-sociolinguistics」 ([2013-02-05-1])
 ・ 「#1623. セネガルの多言語市場 --- マクロとミクロの社会言語学」 ([2013-10-06-1])
 ・ 「#2005. 話者不在の言語(変化)論への警鐘」 ([2014-10-23-1])
 ・ 「#3204. 歴史社会言語学と歴史語用論の合流」 ([2018-02-03-1])

 社会言語学に関心をもった方は,ぜひ「#1480. (英語)社会言語学概説書の書誌」 ([2013-05-16-1]) よりいずれかの概説書を手に取ってみてください.

Referrer (Inside): [2022-04-29-1]

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2022-03-07 Mon

#4697. よくぞ言語学に戻ってきた意味研究! [history_of_linguistics][semantics][youtube][cognitive_linguistics][pragmatics]

 昨日,井上逸兵さんとの YouTube の第3弾が公開されました.今回は井上編です.いかにして若き井上青年は言語に関心をもったのか? 必殺営業トークは言語学のネタになるのか?!・「英語学への入り口(井上編)」をご覧ください.



 今回のおしゃべりのキーワードは「意味の復権」だと思っています.言語やコミュニケーションの要諦は,意味を伝え合うことのはずです.ところが,近代言語学においては意味の研究は避けられきたのです.発音や文字は耳に聞こえ目に見えるので調べようがあります.ところが,意味はどうにも捉えどころがないので,研究したいとしても方法がなく,後回しになってしまうのです.
 言語学の歴史をひもとくと,やはり意味の扱いは常に弱かったことが分かります.しかし,言語にとって本質的である「意味」の議論がなくなったら,言語学もおしまいのはずです.ですので,低調ではあれ,やはり意味の議論は続いていました.「#1686. 言語学的意味論の略史」 ([2013-12-08-1]) を読んでいただきたいのですが,低調ながらも,形に対する意味の側からの主張は抵抗は,確かに存在し続けました.
 その我慢の結果といってよいのでしょうか,アンチの台頭といってよいのでしょうか,ついに1970年代くらいから,形ではなく意味を本拠とする言語理論が次々と現われてきました.認知意味論 (cognitive_linguistics) や語用論 (pragmatics) といった,新しいタイプの意味論 (semantics) です.こうして,意味研究が復権してきました.
 「意味論」は英語で semantics と言います.複数形の -s が語尾についています.私は常々思うのですが,19世紀以来,低調ながらも様々な「意味論s」が生まれてきたわけですが,古い意味論の上に新しい意味論が乗っかって累積してきたという形での発展というよりは,古い意味論と新しい意味論が横並びになって発展してきたように思うのです.文字通りの複数形の「意味論s」です.
 こうして意味研究が言語学に(よくぞ)戻ってきたわけですが,私の趣味としては,様々な「意味論s」が併存していることが非常におもしろいなぁと思って眺めています.

Referrer (Inside): [2022-08-25-1]

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2021-12-31 Fri

#4631. Oxford Bibliographies による意味・語用変化研究の概要 [hel_education][history_of_linguistics][bibliography][semantic_change][semantics][pragmatics][oxford_bibliographies][onomasiology]

 分野別に整理された書誌を専門家が定期的にアップデートしつつ紹介してくれる Oxford Bibliographies より,"Semantic-Pragmatic Change" の項目を参照した(すべてを読むにはサブスクライブが必要).この分野の重鎮といえる Elizabeth Closs Traugott による選で,最新の更新は2020年12月8日となっている.副題に "Your Best Research Starts Here" とあり入門的書誌を予想するかもしれないが,実際には専門的な図書や論文も多く含まれている.  *
 今回はそのイントロを引用し,この分野の研究のあらましを紹介するにとどめる.

Semantic change is the subfield of historical linguistics that investigates changes in sense. In 1892, the German philosopher Gottlob Frege argued that, although they refer to the same person, Jocasta and Oedipus's mother, are not equivalent because they cannot be substituted for each other in some contexts; they have different "senses" or "values." In contemporary linguistics, most researchers agree that words do not "have" meanings. Rather, words are assigned meanings by speakers and hearers in the context of use. These contexts of use are pragmatic. Therefore, semantic change cannot be understood without reference to pragmatics. It is usually assumed that language-internal pragmatic processes are universal and do not themselves change. What changes is the extent to which the processes are activated at different times, in different contexts, in different communities, and to which they shape semantic and grammatical change. Many linguists distinguish semantic change from change in "lexis" (vocabulary development, often in cultural contexts), although there is inevitably some overlap between the two. Semantic changes occur when speakers attribute new meanings to extant expressions. Changes in lexis occur when speakers add new words to the inventory, e.g., by coinage ("affluenza," a blend of affluent and influenza), or borrowing ("sushi"). Linguists also distinguish organizing principles in research. Starting with the form of a word or phrase and charting changes in the meanings of that the word or phrase is known as ???semasiology???; this is the organizing principle for most historical dictionaries. Starting with a concept and investigating which different expressions can express it is known as "onomasiology"; this is the organizing principle for thesauruses.


 意味・語用変化の私家版の書誌としては,3ヶ月ほど前に「#4544. 英単語の意味変化と意味論を研究しようと思った際の取っ掛かり書誌(改訂版)」 ([2021-10-05-1]) を挙げたので,そちらも参照されたい.
 皆様,今年も「hellog?英語史ブログ」のお付き合い,ありがとうございました.よいお年をお迎えください.

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2021-12-18 Sat

#4618. 際立ちのためのイタリック体の起源と発達 [writing][printing][alphabet][grammatology][pragmatics][punctuation][bible][pragmatics]

 ローマン・アルファベットを用いる言語では,引用箇所や強調部分など,ある部分を特別に際立たせるためにしばしばイタリック体 (italics) が用いられる.通常のローマン体で書かれた文字列のなかで細身のイタリック体はよく目立つからである.書体の語用論的使用法といってよいだろう(cf. 「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1])).
 イタリック体は,1501年に当時の写本書体に基づく新書体としてベネチアで現われた.紙が高価だった当時,細身で経済的な書体として生み出されたのである.しかし,イタリック体は当初から際立ちを与えるために用いられたわけではない.際立ちのために使用は,16世紀後半のフランスでの新機軸という.それがイングランドにも伝わり,1611年の欽定訳聖書 (Authorised Version) において挿入文の書体として用いられるに及び,広く受け入れられるに至った.後期近代にはイタリック体の使いすぎに不満を漏らす者も現われたようで,それほどまでに使用が一般化していたということになる.
 上記は Daniels (68--69) を読んで初めて知ったことである.欽定訳聖書が英語書記におけるイタリック体使用の慣習確立に一役買っていたいう事実には,特に驚かされた.同聖書の英語史上の意義の大きさを改めて確認した次第である.

 ・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.

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