hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     前ページ 1 2 3 4 5 6 7 8 次ページ / page 6 (8)

pragmatics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-22 17:50

2015-09-03 Thu

#2320. 17世紀中の thou の衰退 [honorific][politeness][personal_pronoun][t/v_distinction][emode][pragmatics]

 英語史における thouyou の使い分け,いわゆる T/V distinction の問題については,「#1126. ヨーロッパの主要言語における T/V distinction の起源」 ([2012-05-27-1]) や「#1127. なぜ thou ではなく you が一般化したか?」 ([2012-05-28-1]),そして t/v_distinction の各記事で取り上げてきた.
 2人称複数代名詞の敬称単数としての用法の伝統は,4世紀のローマ皇帝に対する vos の使用に始まり,12世紀の Chrétien de Troyes などによるフランス語を経て,英語へはおそらく13世紀に伝わり,1600年頃には慣用として根付いていた.一方,17世紀中に親称単数の thou は衰退し始め,標準英語では18世紀に廃用となった.Johnson (261) が,上記の歴史的経緯を実に手際よくまとめているので,そのまま引用したい.

IN LATIN THE EMPEROR, representing in his person the power and glory of his predecessors, was addressed with vos in the fourth century A.D. By the fifth century, this pronoun was commonly employed to indicate respect. In French by the time of Chrétien de Troyes, vous was not only given to superiors but was also interchanged by equals. In Latin and French works of twelfth-century England, the plural pronoun had been used as a singular by, for example, Geoffrey of Monmouth, Wace, and Marie de France. The practice of using ye and you (the "you-singular") instead of thou and thee (the "thou-singular") apparently spread to English during the thirteenth century and by about 1600 had become established in polite usage. For some time thereafter, however, the thou-singular continued to appear in emotional or intimate speech and in the discourse of superiors to inferiors and of the members of the lower class to one another. Gradually decreasing in use, it became obsolete in the standard language in the eighteenth century and now appears only in poetry and the address of the deity or among Quakers and those who speak a dialect.


 Johnson は,thou の衰退する17世紀に焦点を当て,喜劇の戯曲と大衆フィクションの47作品をコーパスとして,youthou の分布と頻度を調査した.登場人物を職業別に上流,中流,下流へ分類し,以下のような統計結果を得た (Johnson 265).

1600--1649YouThouYou*Thou*
Upper Class5,8512,66464.3635.64
Middle Class2,80762981.4018.60
Lower Class2,38547083.4716.53
1650--1699    
Upper Class10,8532,35381.4018.60
Middle Class3,14557481.7718.23
Lower Class2,84931788.3211.68
* In percent.    


 17世紀前半の上流階級にあっては多少の使い分けが残っているが,他の階級,あるいは少なくとも世紀の後半には thou の使用は目立たなくなっている.この段階で使い分けがなくなったというのは性急であり,伝統的な語用論的な機微がいまだ残っている例も確かに散見されるが,一方で特別な機微の感じられない youthou の用法もあることから,両者の機能的な対立が解消しつつあったことが推測される.Johnson (266) 曰く,

The historical uses of the you-singular, as in respect or irony, and of the thou-singular, as in emotion or intimacy, to an inferior, or in the exchange of the members of the lower class, are exemplified in the various texts throughout the era. However, further demonstrating the meaninglessness of the distinction between them, you may frequently be found in circumstances where thou might be expected to occur, and, at times, thou where we should expect to find you.


 ・ Johnson, Anne Carvey. "The Pronoun of Direct Address in Seventeenth-Century English." American Speech 41 (1966): 261--69.

Referrer (Inside): [2017-10-21-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-08-27 Thu

#2313. 不定人称代名詞としての thou [personal_pronoun][pragmatics][indefinite_pronoun][pronoun][generic]

 「#2248. 不定人称代名詞としての you」 ([2015-06-23-1]) で取り上げた話題と関連して,古い2人称代単数代名詞 thou が不定の一般的な人を指示する用法を発達させたのはいつかという問題を取り上げる.先の記事でも触れたように,OED では thou についてそのような語義分類がなされておらず,確かなことは言えないが,MED では様々な例文が列挙されている.最も古い例として挙げられているのは,古英語末期といってもよい次の文である.a1150 (OE) Vsp.D.Hom. (Vsp D.14) 3/18: Þonne þu oðerne mann tæle, þonne geðænc þu þæt nan man nis lehterleas.
 ほぼ同じくらい早い例として,?a1160 Peterb. Chron. (LdMisc 636) an. 1137: Hi..brendon alle the tunes ðæt wel þu myhtes faren all a dæis fare sculdest thu neure finden man in tune sittende ne land tiled. が挙げられているが,この例文ついては,古い論文だが Koziol (173) が言及している.

Die Bedeutung des thou in Sprichwörtern und allgemeinen Regeln kommt einem »man« zumindest sehr nahe; es wendet sich nicht an einen bestimmten Menschen, sondern an jeden. Im Neuenglischen ist ja der entsprechende Gebrauch von you (oder they) sehr häufig. Daß früher thou die gleiche allgemeine Bedeutung haben konnte, geht aus Stellen wie der folgenden aus der Sachsenchronik 1137 hervor: hi . . . brendon alle the tunes, đ wel þu myhtes faren al a dæis fare, sculdest thu neure finden man in tune sittende. N. Bøgholm führt außer diesem noch ein Beispiel aus altenglischer Zeit an. Das OED verzeichnet diesen Gebrauch nicht.


 上の引用によれば,さらに古英語からの例がありそうだということだが,2人称代名詞への不定一般人称への用法上の拡張は語用論的には突飛ではなく,驚くことではないだろう.同じ拡張が歴史時代以前に起こっていたという可能性すらあり得るだろう.ただし,文献学的には,初例がいつどこで文証されたのかということは問題になる.同用法の起源・発達の問題は残るが,現在も普通に用いられる2人称代名詞の不定人称を表わす用法が,遅く見積もったとしても古英語から中英語にかけての時期にすでに確認されたという事実に,歴史の長さと語用論的な普遍性の一端をみることができる.

 ・ H. Koziol, "Die Anredeform bei Chaucer." Englische Studien 75 (1942): 170--74.

Referrer (Inside): [2023-06-24-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-08-15 Sat

#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル [pragmatics][methodology][genre][medium][writing][register]

 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1]) で,Koch and Oesterreicher の有名な「近いことば」と「遠いことば」のモデルを紹介した.これは,言語使用域 (register) に関連して,話し言葉や書き言葉などの談話の媒体 (medium) と,新聞記事,日記,説法,インタビューなどの談話の場 (field of discourse) とが互いにどのように連動しているかを示す1つのモデルである(使用域については「#839. register」 ([2011-08-14-1]) を参照).
 また,歴史語用論における証拠の問題と関連して「#2001. 歴史語用論におけるデータ」 ([2014-10-19-1]) でも,談話の媒体と場(あるいはジャンル)の関係を表わすものとして,Jucker による図を示した.
 今回はもう1つ参照用に Svartvik and Leech (200) による "A spectrum of usage linking speech with writing" を導入しよう.

'Typical speech'
       ↑                   Face-to face conversation
       │                   Telephone conversation
       │
       │                   Personal letters
       │                   Interviews
       │                   Spontaneous speeches
       │
       │                   Romantic fiction
       │                   Prepared speeches (such as lectures)
       │
       │                   Mystery and adventure fiction
       │                   Professional letters
       │                   News broadcasts
       │
       │                   Science fiction
       │                   Newspaper editorials
       │
       │                   Biographies
       │                   Newspaper reporting
       │                   Academic writing
       │
       ↓                   Official documents
'Typical writing'

 Koch and Oesterreicher の図のように2次元的でもないし,Jucker の図のように階層的でもない.あくまで単純かつフラットな連続体を表わす図にすぎないので,注意して解釈する必要があるが,参照には簡便だろう.
 Halliday 言語学において使用域を構成する談話の媒体,場,スタイルの3種の区分は,それぞれが精緻な連続体をなしており,しかもお互いが複雑に乗り入れをしている.すべてをまともに図示しようとすれば,何重ものスペクトルになるだろう.
 話し言葉と書き言葉の問題,媒体の問題については,「#748. 話し言葉書き言葉」 ([2011-05-15-1]),「#849. 話し言葉書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1]) ,「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1]),「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1]),「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1]),「#1664. CMC (computer-mediated communication)」 ([2013-11-16-1]) をはじめ,medium の各記事を参照されたい.

 ・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 144--49.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-08-03 Mon

#2289. 命令文に主語が現われない件 [imperative][syntax][pragmatics][sociolinguistics][politeness][historical_pragmatics][emode][speech_act]

 標題は,長らく気になっている疑問である.現代英語の命令文では通常,主語代名詞 you が省略される.指示対象を明確にしたり,強調のために you が補われることはあるにせよ,典型的には省略するのがルールである.これは古英語でも中英語でも同じだ.
 共時的には様々な考え方があるだろう.命令文で主語代名詞を補うと,平叙文との統語的な区別が失われるということがあるかもしれない.これは,命令形と2人称単数直説法現在形が同じ形態をもつこととも関連する(ただし古英語では2人称単数に対しては,命令形と直説法現在形は異なるのが普通であり,形態的に区別されていた).統語理論ではどのように扱われているのだろうか.残念ながら,私は寡聞にして知らない.
 語用論的な議論もあるだろう.例えば,命令する対象は2人称であることは自明であるから,命令文において主語を顕在化する必要がないという説明も可能かもしれない.社会語用論の観点からは,東 (125) は「英語は主語をふつう省略しない言語だが,命令文の時だけは省略する.この主語(そして命令された人も)を省略する文法は,ポライトネス・ストラテジーのあらわれだといえよう」と述べている.関連して,東は,命令文以外でも you ではなく一般人称代名詞 one を用いる方がはるかに丁寧であるとも述べており,命令文での主語省略を negative politeness の観点から説明するのに理論的な一貫性があることは確かである.
 しかし,ポライトネスによる説明は,現代英語の共時的な説明にとどまっているとみなすべきかもしれない.というのは,初期近代英語では,主語代名詞を添える命令文のほうがより丁寧だったという指摘があるからだ.Fennell (165) 曰く,". . . in Early Modern English constructions such as Go you, Take thou were possible and appear to have been more polite than imperatives without pronouns."
 初期近代英語の命令や依頼という言語行為に関連するポライトネス・ストラテジーとしては,I pray you, Prithee, I do require that, I do beseech you, so please your lordship, I entreat you, If you will give me leave など様々なものが存在し,現代に連なる please も17世紀に誕生した.ポライトネスの意識が様々に反映されたこの時代に,むしろ主語付き命令文がそのストラテジーの1つとして機能した可能性があるということは興味深い.上記の東による説明は,よくても現代英語の主語省略を共時的に説明するにとどまり,通時的な有効性はもたないだろう.
 この問題については,今後も考えていきたい.

 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
 ・ 東 照二 『社会言語学入門 改訂版』,研究社,2009年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-07-16 Thu

#2271. 後期中英語の macaronic な会計文書 [code-switching][me][bilingualism][latin][register][pragmatics]

 中英語期の英羅仏の混在型文書,いわゆる macaronic writing については,「#1470. macaronic lyric」 ([2013-05-06-1]),「#1625. 中英語期の書き言葉における code-switching」 ([2013-10-08-1]) で話題にし,それを応用した議論として初期近代英語期の語源的綴字について「#1941. macaronic code-switching としての語源的綴字?」 ([2014-08-20-1]) の記事を書いた.文書のなかで言語を切り替える動機づけは,ランダムなのか,あるいは社会的・談話語用的な意味合いがあるのか議論してきた.
 この分野で活発に研究している Wright (768--69) は,中英語の文書,とりわけ彼女の調査したロンドンの会計文書に現われる英羅語の code-switching には,社会的・談話語用的な動機づけがあったのではないかと論じている

I am led to suggest that macaronic writing should not be taken simply as a reflection of growing ignorance of Latin, nor be explained merely as some kind of partial bilingualism into which users naturally fell because they had been exposed to Latin in their profession. Rather I conclude that macaronic writing formed a deliberate, formal register; with systemic rules for the formation of words and sentences, which underwent temporal change as does any language structure. At this early stage of investigation, I venture to suggest that macaronic writing may be associable with a specific social group (in this case, accountants) whose professional status was defined at least in part by a facility in both languages, and whose emerging position may itself have been marked by the hybrid usage of macaronic writing as a formal register in professional contexts.


 会計文書における英羅語の混在がランダムな code-switching ではないということ,両言語をまともに解さない半言語使用 (semilingualism) に基づくものではないということについて,Wright (769fn) はピジン語と対比しながら次のように述べている.

. . . pidgins develop due to the inability of the interlocutors to understand each other's language, whereas macaronic writing appears to show the ability of the composer to understand both Latin and English. Pidgins depend upon the spoken form as a primary medium for their development, whereas there is no evidence that material so stylistically sophisticated as macaronic sermons or administrative records were first transmitted as speech.


 macaronic writing は商用文書のほかに聖歌や説教にも見られるが,いずれの使用域においても何らかの社会的・語用的な動機づけがあるのではないかという議論である.商用文書に関しては,実用を目的とする上で英羅語混在が有利な何らかの理由があったのかもしれないし,聖歌や説教では使用言語によって,聞き手の宗教心に訴えかける効果が異なっていたということなのかもしれない.いずれにせよ,code-switching に動機づけがあったとして,それが具体的に何だったのかが問題である.

 ・ Wright, Laura. "Macaronic Writing in a London Archive, 1380--1480." History of Englishes: New Methods and Interpretations in Historical Linguistics. Ed. Matti Rissanen, Ossi Ihalainen, Terttu Nevalainen, and Irma Taavitsainen. Berlin: Mouton de Gruyter, 1992. 762--71.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-04-14 Tue

#2178. 新グライス学派語用論の立場からみる意味の一般化と特殊化 [semantic_change][pragmatics][cooperative_principle][implicature][zipfs_law][information_theory][hyponymy]

 Grice の協調の原理 (cooperative_principle) と会話的含意 (implicature) について,「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1]),「#1133. 協調の原理の合理性」 ([2012-06-03-1]),「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1]),「#1976. 会話的含意とその他の様々な含意」 ([2014-09-24-1]),「#1984. 会話的含意と意味変化」 ([2014-10-02-1]) などの記事で話題にしてきた.Grice の理論は語用論に革命をもたらし,その後の研究の進展にも大きな影響を及ぼしたが,なかでも新グライス学派 (Neo-Gricean) による理論の発展は注目に値する.
 新グライス学派を牽引した Laurence R. Horn は,Grice の挙げた4つの公理 (Quality, Quantity, Relation, Manner) を2つの原理へと再編成した.Q[uantity]-principle と R[elation]-principle とである.両原理の定式化は,以下の通りである (Huang 38 より).

Horn's Q- and R-principles
a. The Q-principle
  Make your contribution sufficient;
  Say as much as you can (given the R-principle)
b. The R-principle
  Make your contribution necessary;
  Say no more than you must (given the Q-principle)


 Q-principle はより多くの情報を提供しようとする原理であり,R-principle はより少ない情報で済ませようとする原理である.この観点からは,会話の語用論とは両原理のせめぎ合いにほかならない.ここには言語使用における "most effective, least effort" の思想が反映されており,言語使用の経済的な原理であるジップの法則(Zipf's Law;cf. 「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1]))とも深く関係する.Huang (39--40) 曰く,

Viewing the Q- and R-principles as mere instantiations of Zipfian economy . . ., Horn explicitly identified the Q-principle ('a hearer-oriented economy for the maximization of informational content') with Zipf's Auditor's Economy (the Force of Diversification) and the R-principle ('a speaker-oriented economy for the minimization of linguistic form') with Zipf's Speaker's Economy (the Force of Unification).


 さて,意味変化の代表的な種類として,一般化 (generalization) と特殊化 (specialization) がある.それぞれの具体例は,「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]),「#2060. 意味論の用語集にみる意味変化の分類」 ([2014-12-17-1]),「#2102. 英語史における意味の拡大と縮小の例」 ([2015-01-28-1]) で挙げた通りであり,繰り返さない.ここでは,意味の一般化と特殊化が,新グライス学派の語用論の立場から,それぞれ R-principle と Q-principle に対応するものしてとらえることができる点に注目したい.
 ある語が意味の一般化を経ると,それが使用される文脈は多くなるが,逆説的にその語の情報量は小さくなる.つまり,意味の一般化とは情報量が小さくなることである.すると,この過程は,必要最小限の情報を与えればよいとする R-principle,すなわち話し手の側の経済によって動機づけられているに違いない.
 一方で,ある語が意味の特殊化を経ると,それが使用される文脈は少なくなるが,逆説的にその語の情報量は大きくなる.つまり,意味の特殊化とは情報量が大きくなることである.すると,この過程は,できるだけ多くの情報を与えようとする Q-principle,すなわち聞き手の側の経済によって動機づけられているに違いない (Luján 293--95) .
 このようなとらえ方は,意味変化の類型について語用論の立場から議論できる可能性を示している.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.
 ・ Luján, Eugenio R. "Semantic Change." Chapter 16 of Continuum Companion to Historical Linguistics. Ed. Silvia Luraghi and Vit Bubenik. London: Continuum International, 2010. 286--310.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-02-26 Thu

#2131. 呼称語のポライトネス座標軸 [politeness][face][pragmatics][title][address_term][honorific][term_of_endearment]

 呼称語 (address term) は,談話標識としてポライトネスの程度を調整する機能,人間関係の距離を調整する機能をもっている.呼称語は,「#1564. face」 ([2013-08-08-1]) の記事でも触れたように,相手の面子 (face) を尊重する戦略の1つでもある.
 呼称語には様々なものがあるが,大きく分けて negative face への指向強い「敬称型」 (derefential type) ,positive face への指向の強い「愛称型」 (familiar type) ,中間的な「中立型」 (neutral type) の3種がある.これらをポライトネス座標軸に並べると,Raumolin-Brunberg を参照した椎名 (80) にあるとおり,次のように図示できる.

Politeness of Address Terms

 左から右へみていくと,敬称型には Sir のような敬称 (honorific) と Mr. Smith のような肩書き+名字などがある.中立型には woman などの総称 (generic) や captain などの職名 (occupational) がある.愛称型には Smith のような名字 (surname) や John のような名前 (first name),friend のような友好語 (familiariser),uncle などの親族語 (kinship term),dear などの愛称 (endearment) がある.
 しばしば英語には敬語がないといわれるが,日本語の敬語体系に対応するものがないだけであり,「#1034. 英語における敬意を示す言語的手段」 ([2012-02-25-1]) でみたように英語なりの待遇表現は豊富に存在する.上記の英語の呼称語も,座標軸上に連続体をなしていることからもわかるとおり,選び方次第で相当に精妙な敬意や人間関係を示すことを可能にしている.英語では日本語以上に呼称語を会話の中で頻繁に織り交ぜるが,これは英語が日本語とは異なる戦略によってポライトネスを操作しているということにほかならない.
 近年,歴史語用論の立場から,英語の呼称語の分布の通時的推移などが研究されてきている.通時的な比較研究や共時的な対照研究など,将来性のあるテーマである.関連する記事としては,address_termtitle を参照.

 ・ 椎名 美智 「初期近代英語期の法廷言語の特徴」『歴史語用論の世界 文法化・待遇表現・発話行為』(金水 敏・高田 博行・椎名 美智(編)),ひつじ書房,2014年.77--104頁.

Referrer (Inside): [2022-11-08-1] [2018-12-23-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-02-21 Sat

#2126. FTA と FTA を避ける戦略 [pragmatics][politeness][face][speech_act]

 ポライトネス理論の重要な道具立てとして,「#1564. face」 ([2013-08-08-1]) という概念が重視されてきた.face work の議論では,面子を脅かす行為,face-threatening act (FTA) が注目され,様々に研究されるようになってきた.
 FTA には,(1) positive face を脅かすもの,(2) negative face を脅かすもの,(3) 両方を脅かすものがある.(1) には不賛成,非難,批判,不一致,侮蔑など,(2) には助言,命令,要求,提案,警告など,(3) には不満,中断,脅威などがある.これらは主として聞き手の面子を脅かす行為だが,話し手自らの面子を脅かすものもある.例えば,お世辞を受け入れたり,謝意を表明したり,告白するという行為は,話し手の面子に関わる行為である.
 人々は FTA を避ける,あるいはその効果を和らげるために,様々な言語的・非言語的戦略を用いて日常生活を営んでいる.Huang (117) に掲載されている "Brown and Levinson's (1987: 60) set of FTA-avoiding strategies" の図は,それらの戦略を分類したものである.少々改変した図を示そう.

FTA Avoiding Strategies
 面子を脅かす可能性が高い行為であればあるほど,それを和らげるためにより精巧で困難な戦略が要求される.上の図でいえば,下に行けば行くほど面子を脅かす度合いが高く,それを和らげるための戦略も高度になる.換言すれば,下の方にある5の戦略が最も気遣いのある手堅い戦略となり,上の方にある1の戦略が最もぶっきらぼうで戦略的効果は小さい.
 ある学生が友人に講義ノートを貸してもらいたいという状況を想定しよう.上の図の戦略1?5に対応するのは,例えば次のような文である(Huang 118) .

1. On record, without redress, baldly:
   Lend me your lecture notes.
2. On record, with positive politeness redress:
   How about letting me have a look at your lecture notes?
3. On record, with negative politeness redress:
   Could you please lend me your lecture notes?
4. Off record:
   I didn't take any notes for the last lecture.
5. Don't perform the FTA:
   [John silently looks at Mary's lecture notes.]


 1から5に向かって,相手の面子を保つ効果の高い,心遣いのある丁寧な表現・行為となっているのがわかるだろう.一般的に,間接的な表現や行為ほどFTA を和らげる効果がある.ただし,注意したいのは,戦略1が必ずしも戦略2以降と比べてポライトではないとは言い切れないことだ.仲の良い相手に頼む場合には,むしろ戦略3のような表現はよそよそしいだろうし,戦略2や,ときには戦略1ですら,ふさわしい表現となる.そのような状況では,むしりあからさまに要求するという戦略は望ましいものとなる.
 考えてみると,人と人が交流しているときには,いつでも互いにFTAを行っている,つまり面子を脅かしているといっても過言ではない.ということは,交流を円滑にするためにFTAを避ける,あるいは和らげる戦略も,常に展開しているということになる.そのような戦略はときに失敗することもあるが,多くの場合それなりに成功するものであり,それとともに交流も円滑に流れてゆく.このような人間どうしの複雑な行動が日々半ば無意識に行われているということは,驚くべきことである.「FTAを避ける戦略」という言い方はなんともネガティヴだが,「互いの face を守る努力」 (face-saving act or FSA?) ととらえれば,日々の人々の営みがポジティヴに感じられる.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

Referrer (Inside): [2021-03-21-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-02-17 Tue

#2122. コンテクストの種類 [context][pragmatics][terminology][deixis][cooperative_principle][discourse_marker][demonstrative]

 言語使用の現場において,聞き手は話し手の発した発話に伴う意味論的な意味の上に,コンテクスト (context) などを参照して得られる語用論的な意味を付加して,全体としての意味を把握すると考えられている.コンテクスト参照のほかにも協調の原則,前提,含意など種々の語用論的演算に依拠して意味全体をとらえているものと想定されるが,ここではコンテクストに的を絞って,その種類を分類しておこう.
 東森 (13--15) によれば,発話に伴うコンテクスト (context) あるいは状況 (situation) には4つが区別されるという.

 (1) 発話状況 (utterance situation) あるいは物理的状況 (physical environment) .発話が行われている時間,場所.話者の動作や目配せなどのノンバーバル・コミュニケーション.例えば,発話しているのが朝か晩かにより Good morning.Good evening. かで挨拶を代える必要があるだろうし,発話している場所に応じて herethere の指示対象も変異する.また,ある飲み物を注ぎながら I'll pour. と言うとき,物理的状況から明らかなので,動詞の目的語を省略することが可能である.
 (2) 談話状況 (discourse situation) .談話は前後する発話の連続体であり,その流れのなかで理解されるべき事項がある.前の発話を参照して代名詞の内容を復元したり,省略された語句を補うようなこと.また,談話標識 (discourse marker) は前後の談話を何らかの関係で結ぶ働きをする点で,談話状況に敏感である.
 (3) 認知状況 (cognitive environment) .「世界についての話し手,聞き手の情報,そしてその情報のどれだけの部分がお互いの間で共有されているかといったことに関する認知状況」(東森,p. 14).皮肉や推論などの高度な語用論的言語使用では,しばしば聞き手には百科事典的な知識が豊富に求められる.例えば,談話のなかで一見指示対象のなさそうな she が突然用いられた場合,それは世間で今話題をさらっている女性を指している可能性がある.
 (4) 社会的状況 (social environment) .呼称語 (address term) や敬語を含むポライトネス (politeness) 表現は,話し手と聞き手の社会的な関係がわかっていなければ,正しく理解することができない.

 発話はそれだけで意味論的に理解されて終わっているわけではなく,多様で豊富なコンテクストからの入力を参照して語用論的にも解析されている.上にも示唆したが,この語用論的解析がとりわけ直接に関与するのが直示性 (deixis) の表現だ.人称詞や指示詞が典型だが,例えば this という指示詞の内容は,発話状況,談話状況,認知状況のいずれかを参照しなければ理解できないだろうし,後期中英語の thou は,発話状況や社会的状況を考慮せずには正しく理解できないだろう.

 ・ 東森 勲 「意味のコンテキスト依存性」 『語用論』(中島信夫(編)) 朝倉書店,2012年,13--32頁.

Referrer (Inside): [2016-12-20-1] [2016-12-19-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-02-14 Sat

#2119. 社会言語学と語用論の接点 [sociolinguistics][pragmatics][honorific]

 標題の2つの言語学の分野は,20世紀後半から現在にかけて著しく成長してきた領域である.この2つは互いに関連する話題を扱うことも多く,例えば敬語や T/V distinction をはじめとするポライトネス (politeness),呼称語 (address term),発話行為 (speech act) といった問題は,社会言語学と語用論の双方の関心事である.両者が互いに乗り入れをしているこの辺りの領域を直接に指す呼称はないが,ミクロ社会言語学,相互作用の社会言語学,社会語用論などと呼ばれる分野の守備範囲と重なるところが大きい.
 リーチによると,一般語用論は語用言語学と社会語用論に分けられる.前者の語用言語学には社会的な要素が希薄だが,後者の社会語用論にはそれが濃厚であり,こちらが本記事の関心である社会言語学と語用論のインターフェースに相当する.この分類に従えば,語用論といっても,常に社会と何らかの接点があるというわけではないことになる.高田ほか (10) の与えているリーチの一般語用論の分類図を再掲する.

                                 一般語用論
                                     │
                       ┌──────┴──────┐
                       │                          │
                       │                          │
   [文法]        語用言語学                  社会語用論       [社会学]
      ↑               │                          │               ↑
      │    関係あり   │                          │    関係あり   │
      └ - - - - - - - ┘                          └ - - - - - - - ┘

 敬語の問題は,社会言語学でも語用論でも扱われる接点の最たるものだが,考え方次第で一応の境目をつけることは可能である.例えば,2人の話者の間における敬語の使用・不使用が,互いの社会的な立場に応じて自動的に決まる場合には,純粋に社会言語学的な話題となる.この場合,話者に言葉遣いを選ぶ自由がほとんどないのだから,話者の意図的・主体的な言語行動に注目する語用論の出る幕はない.一方,それまで社会的な関係に従って vous で呼び合っていた2人が,ある契機に意図的に tu で呼び合い始めた場合,意図的な言語項の選択が関与している限りにおいて,語用論の話題となる.実際には,ある程度の仲の良さが醸成された結果として,つまり社会的な距離が縮まった結果として,半ば意識的に,半ば無意識的に tu へと呼びかえることが多いと思われるので,「呼びかえ」という出来事が社会言語学的な現象なのか語用論的な現象なのかを厳密に区別することは,たいてい難しい.その意味においてこれを「社会語用論」的な現象と呼んでおくことは,表現を濁しているわけではなく,理に適った呼び方である.
 一応の区別としては,社会的慣習に従う言語使用であれば社会言語学の領域,それを破ることを含めた個人の意識的な選択に基づいた言語使用であれば語用論の領域ということになるが,人間は常に2つの種類の言語使用を巧みに使い分けて生活しているのであり,境界線はぼやけている.理論上区別しておく意味はあったとしても,現実的には明確な線引きは難しいだろう.

 ・ 高田 博行・椎名 美智・小野寺 典子(編著) 『歴史語用論入門 過去のコミュニケーションを復元する』 大修館,2011年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-02-06 Fri

#2111. 語用論における「周辺部」 [pragmatics][discourse_marker][typology][information_structure]

 ここ数年のあいだに歴史語用論のなかで育ってきた概念の1つに,「周辺部」 (periphery) がある.この周辺部は概ね統語的に理解してよいが,正確には発話の両端の部分ととらえておきたい.発話の左端は LP (left periphery),右端は RP (right periphery) と呼ばれ,語用論的にとりわけ重要な機能を果たすポジションとされる.その機能とは,具体的には,会話運営上の意図を伝える,相手へのポライトネスを含めた配慮を示す,話題転換や会話開始などの行為を示す,等々が含まれる(小野寺, p. 16).
 歴史語用論研究の主たる関心事である談話標識 (discourse_marker) は,確かに周辺部に現われることが多い.談話標識は理論的には「発話をくくる」 (bracket an utterance) 機能を有するといわれるが,周辺部に現われることは,その目的に適っていると考えられる.ただし,LP と RP の両側から挟み込むようにして「くくる」というよりは,いずれかのみが利用されることが実際には多いようである.
 では,LP ではどのような談話標識や他の表現が用いられる傾向があるのか,あるいはどのような語用論的機能が果たされることが多いのか.また,RP ではどうなのか.また,通言語的にみた場合,"form-function-periphery mapping" (小野寺,p. 17)の関係について何らかの類型論が得られるだろうか.これらの問題はまだ詳しく解明されていないが,これまでの研究で分かってきたことはいくつかある.小野寺 (17--20) より,3点を紹介しよう.

 (1) LP には,後続する主たる部分を理解させるための認知的枠組を与える形式が置かれやすい.その形式とは,談話標識,英語の if 条件説,ドイツ語の wenn 条件説,隣接応答ペアの第一ペア部分,トピック--コメント構造のトピック部分などである.話し手が,言いたいことの前に何らかの枠組を伝えておくための場所ととらえられる.
 (2) LP と RP の両方が話順取り (turn-taking) に関わっている.会話のやりとりにおいて,発話のバトンを受けた話し手は,LP において話順を取ったことを示す傾向があり,バトンを相手に渡すときには RP において話順を譲ることを示す傾向がある.
 (3) LP には,これから行われる話者の行為が何であるかを知らせる機能がある.換言すれば,LP に置かれる談話標識等の形式は,談話の行為構造 (action structure) を司る役割を果たす.ドイツ語で話者がこれから述べようとする反対意見を知らせる obwohl や,日本語で話者が会話の開始を伝える「でも」などが,ここに属する.

 (1), (2), (3) はそれぞれ趣は異なるが,いずれも「発話をくくる」という語用論的機能を果たしている.一方で,(1), (2), (3) は別個の語用論的機能というよりは,それぞれが互いに乗り入れる連続体のようにも思われる.例えば,英語の Excuse me, but . . . や日本語の「すみませんが・・・」は LP に現われ,(1) と (3) (さらに (2) も?)の機能を同時に果たしていると考えられないだろうか.「周辺部」とは,おもしろい概念が現われてきた.

 ・ 小野寺 典子 「談話標識の文法化をめぐる議論と「周辺部」という考え方」『歴史語用論の世界 文法化・待遇表現・発話行為』(金水 敏・高田 博行・椎名 美智(編)),ひつじ書房,2014年.3--27頁.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2015-02-01 Sun

#2106.「狭い」文法化と「広い」文法化 [grammaticalisation][bleaching][pragmatics][subjectification][intersubjectification]

 「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]),「#1972. Meillet の文法化」([2014-09-20-1]),「#1974. 文法化研究の発展と拡大 (1)」 ([2014-09-22-1]),「#1975. 文法化研究の発展と拡大 (2)」 ([2014-09-23-1]) の記事でみたように,文法化の研究が進むにつれて,文法化そのもののとらえ方も変化してきた.伝統的な「狭い」見解と,比較的新しい「広い」見解とが区別される.以下,Traugott (59--61) に従って紹介する.
 「狭い」見解によれば,文法化とは縮小 (reduction) である.この見方は主として形式的な観点からのものであり,文法化とは構造と形式の縮小,作用域 (scope) の縮小,そして依存関係の増加よってに特徴づけられるとする.この見方の伝統は Meillet に遡り,ラテン語の分析的な dare habes がロマンス語の総合的な未来形へと変化した例などが典型例とされる.この伝統に則して文法化を定義するのであれば,「ある構文スキーマの一部がより強い内的依存関係を持つようになる歴史的変化」ということになる(Traugott 60) .
 一方,機能的な観点,とりわけ語用論的な観点から文法化をみる視点が育ってくるにしたがって,文法化とはむしろ拡張 (extension) であるという考え方が広まってきた.3種類のコンテクスト拡張が提起されている.1つはコロケーション的拡張であり,例えば be going to (?するために行く)が未来を表す助動詞になった事例においては,文法化するにつれて後続する動詞の種類が増加したことが知られている.「行く」という原義が漂白 (bleaching) することにより,likethink などの動詞とも自由に共起することができるようになった.2つ目は形態統語的拡張である.指示詞が定冠詞へ文法化する場合,最初は主語と目的語の位置に生じるのが一般的であり,空間・時間を表す句にまで拡張されるのは文法化の過程が進んでからのことが多い.3つ目は意味・語用論的拡張である.文法化を経る言語項は,時間とともに多義・多機能になることが多い.例えば,助動詞 can は「知っている」という動詞の意味から出発したが,今では能力・許可・可能性などの多義・多機能を発達させるに至った.
 上記の「狭い」文法化と「広い」文法化は,それぞれ反対の方向を向いているようでありながら,実は同じコインの表裏である.前者は形式的な観点,後者は機能的な観点に注目しているという違いにすぎない.意味の漂白 (bleaching) あるいは脱意味化 (desemanticization) についても,原義を中心に考えれば縮小 (reduction) ととらえられるが,一方で新たに獲得される抽象的でスキーマ的な意味(時制,相,格,連結性など)を中心に考えれば拡張 (extension) ととらえられる.スキーマ的な意味の獲得とは,換言すれば,「手続き型」 (procedural) の用法の獲得であり,それにより発話を解析するのに必要となる種々の推論や算定を制約することが可能となるという点で,語用論的な機能が発達することにほかならない.ここにきて,文法化と語用論化が結びつけられることになる.
 近年,文法化,語用論化,主観化,間主観化などの用語や概念が林立してきたが,それぞれが互いにどのような関係にあるのかはまだ明らかにされていない.ただし,部分的に重なり合うことはわかってきており,合わせて理解していくことにより,より一般的な意味変化(あるいは言語変化)の問題の解明につながるのではないかという期待がある.

 ・ Traugott, Elizabeth Closs (著),福元広二(訳) 「文法化と(間)主観化」『歴史語用論入門 過去のコミュニケーションを復元する』(高田 博行・椎名 美智・小野寺 典子(編著)),大修館,2011年.59--70頁.

Referrer (Inside): [2018-04-12-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-11-28 Fri

#2041. 談話標識,間投詞,挿入詞 [pragmatics][discourse_marker][interjection][terminology][prototype]

 歴史語用論では,従来の主流派言語学からは周辺的とみなされるような話題が表舞台に立つ.談話標識 (discourse marker),間投詞 (interjection),挿入詞 (insert) と呼ばれる語句も,近年,にわかに脚光を浴びるようになった.英語史研究でも,wellpleaseum 等がようやくまともに扱われるようになった.
 これらの語句には様々な分類の仕方があり,統一した呼称もない.ためしに参考書で使われている用語を列挙してみると,"discourse marker" や "interjection" のほかにも "discourse particle", "mystery particle", "implicit anchoring device" など様々である (Jucker and Taavitsainen 55) .しかし,これらの語句を体系化しようとする試みの一つに Jucker and Taavitsainen (56) による "Inserts and pragmatic noise" の図がある.説明の都合で少々改変したものを以下に示そう.

Inserts and Pragmatic Noise

 この図には "Inserts", "Pragmatic noise", "Discourse markers", "Primary interjections", "Secondary interjections", "Words", "Vocalisations" などの用語がちりばめられており,それぞれの境目があえて曖昧に示されているが,これは Jucker and Taavitsainen がこれらの語用的な諸機能をプロトタイプ的にみているからである.
 まず,図は大きく左右に二分される.図のおよそ左側を占める Inserts は,他の品詞の機能を共有しているものが多く,実質的な意味内容を有している.対する右側の Pragmatic noise は,他の品詞の機能をもたず,実質的な意味も希薄で,もっぱら語用的,対人的な役割に特化した語句といえる.さて,左側の Inserts の内部でもよりプロトタイプ的な Inserts である左端の Discourse markers と,より周辺的な右寄りの Interjections に分けられる.その Interjections も,同音語として他の品詞にも供するか否かによって Secondary interjections と Primary interjections に分かれる.図全体として左右へのグラデーションを描く語句の集合体を表現しているのがわかるだろう.なお,右端には Ha hahe he などの Vocalisations としか言いようのない役割の限定された表現がみられる.
 さらに interjections の3分類を見ておこう.Yuk!ouch! などの感情的 (emotive) なもの,aha!, Oh!, Well! などの認知的 (cognitive) なものは合わせて表現的 (expressive) な間投詞と呼ばれる.次に,聞き手に強く働きかけ,指示したり,注意を促したり,返答を求める動能的 (conative) な間投詞として shh!, eh?, hey!, ho!, Look! がある.最後に交感的 (phatic) な間投詞として,相づちを打つための mhm!, uh-huh! などが区別される (Jucker and Taavitsainen 57--58) .
 これらは現代英語における区分ではあるが,英語歴史語用論にもおよそそのまま当てはまる汎用的な区分だろう.

 ・ Jucker, Andreas H. and Irma Taavitsainen. English Historical Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-10-18 Sat

#2000. 歴史語用論の分類と課題 [historical_pragmatics][pragmatics][history_of_linguistics][philology][onomasiology]

 「#545. 歴史語用論」 ([2010-10-24-1]),「#1991. 歴史語用論の発展の背景にある言語学の "paradigm shift"」 ([2014-10-09-1]) で,近年の歴史語用論 (historical_pragmatics) の発展を話題にした.今回は,芽生え始めている歴史語用論の枠組みについて Jucker に拠りながら略述する.まずは,Jucker (110) による歴史語用論の定義から([2010-10-24-1]に挙げた Taavitsainen and Fitzmaurice による定義も参照).

Historical pragmatics (HP) is a field of study that investigates pragmatic aspects in the history of specific languages. It studies various aspects of language use at earlier stages in the development of a language; it studies the diachronic development of language use; and it studies the pragmatic motivations for language change.


 一見すると雑多な話題,従来の主流派言語学からは「ゴミ」とすら見られてきたような話題を,歴史的に扱う分野ということになる.歴史言語学は,研究者の関心や力点の置き方にしたがって,方向性が大きく2つに分かれるとされる (Jucker 110--11) .Jacobs and Jucker の分類によれば,次の通り.

 (1) pragmaphilology
 (2) diachronic pragmatics
   a) diachronic form-to-function mapping
   b) diachronic function-to-form mapping

 まず,歴史語用論の「歴史」のとらえ方により,過去のある時代を共時的にみるか (pragmaphilology) ,あるいは時間軸に沿った発達を,つまり通時的な発展をみるか (diachronic pragmatics) に分けられる.後者はさらに,ある形態を固定してその機能の通時的な変化をみるか (diachronic form-to-function mapping),逆に機能を固定して対応する形態の通時的な変化をみるか (diachronic function-to-form mapping) に分けられる(記号論的には semasiology と onomasiology の対立に相当する).
 上記の Jacobs and Jucker の分類と名付けは,Huang が "European Continental view" あるいは "perspective view" と呼ぶ語用論のとらえ方を反映している.そこでは,語用論は,言語能力を構成する部門の1つとしてではなく,言語行動のあらゆる側面に関与するコミュニケーション機能として広く解されている.この流れを汲む歴史語用論は,文献学的な色彩が強い.
 一方,Huang が "Anglo-American view" あるいは "component view" と呼ぶ語用論のとらえ方がある.そこでは,語用論は,音声学,音韻論,形態論,統語論,意味論と同等の資格で言語能力を構成する1部門であると狭い意味に解される.この語用論の見方に基づいた歴史語用論の下位分類として,Brinton のものを挙げよう.ここでは,歴史語用論は,言語学的な色彩が強い.

 (1) historical discourse analysis proper
 (2) diachronically oriented discourse analysis
 (3) discourse oriented historical linguistics

 (1) は,過去のある時代における共時的な談話分析で,Jacobs and Jucker の pragmaphilology に近似する.(2) は,談話の経時的変化を観察する通時談話分析である.(3) は,談話という観点から意味変化や統語変化などの言語変化を説明しようとする立場である.
 上に述べてきたように,歴史語用論にも種々のレベルでスタンスの違いはあるが,全体としては統一感をもった学問分野として成長してきているようだ.逆にいえば,歴史語用論は学際的な色彩が強く,多かれ少なかれ他領域との連携が前提とされている分野ともいえる.特に European Continental view によれば,歴史語用論は伝統的な文献学とも親和性が高く,従来蓄積されてきた知見を生かしながら発展していくことができる点で魅力がある.
 しかし,発展途上の分野であるだけに,課題も少なくない.Jucker (18) は,いくつかを指摘している.

 ・ 学問分野としてまだ若く,従来の分野の方法論と競合するレベルに至っていない
 ・ 欧米の主要言語や日本語を除けば,他の言語への応用がひろがっていない
 ・ 研究の基礎となる,ある言語の歴史的な speech_act の一覧や discourse types/genres の一覧などがまだ準備されていない
 ・ 研究の基礎となる,"the larger communicative situation of earlier periods" が依然として不明であることが多い

 歴史語用論は,有望ではあるが,まだ緒に就いたばかりの分野である.
 語用論に関する European Continental view と Anglo-American view の対立については,「#377. 英語史で話題となりうる分野」 ([2010-05-09-1]),「#378. 語用論は言語理論の基本構成部門か否か」 ([2010-05-10-1]) も参照.

 ・ Jucker, Andreas H. "Historical Pragmatics." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 110--22.
 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-10-09 Thu

#1991. 歴史語用論の発展の背景にある言語学の "paradigm shift" [historical_pragmatics][pragmatics][history_of_linguistics][corpus]

 「#545. 歴史語用論」 ([2010-10-24-1]) で紹介したように,近年,歴史語用論 (historical_pragmatics) が勢いを増している.ここ数年の国際学会の発表や出版物のタイトルを見ていても,その影響力が増してきていることは疑いえない.2013年に英語歴史語用論の入門書を著わした Jucker and Taavitsainen は,この勢いを言語学の "paradigm shift" によるものと位置づけている.その "paradigm shift" は,以下の6点に要約される (5--9) .

 (1) From core areas to sociolinguistics and pragmatics
 (2) From homogeneity to heterogeneity
 (3) From internalised to externalised language
 (4) From introspection to empirical investigation
 (5) Renewed interest in diachrony
 (6) From stable to discursive features

 逆にいえば,この6つの潮流の行き着く先を眺めると,そこに歴史語用論や歴史社会言語学があるといった風の箇条書きである.歴史語用論学者の手前味噌という気味もないではないが,ここ四半世紀の言語学の潮流をよく言い表しているとは思う.この6点を強引に手短にまとめれば,近年の言語学では「外部化された言語実体の多様性,通時的な振る舞い,あるいは談話に対する社会的・語用的な関心が高まってきており,経験主義的な研究方法が重視されるようになってきた」ということになるだろう.さらに私的に短縮していえば「言語の揺らぎへの関心の高まり」である.
 上の6つの潮流は互いに密接に関係し合っており,その扇の要に位置している部品として(特に歴史的な)電子コーパスを指摘しておくことは重要だろう.コーパスを歴史語用論の研究に応用することは必ずしも容易ではないが,事例研究は着実に増えてきているし,その方法論も開発されてきている.
 この分野の発展には,おおいに期待したいところである.というのは,"English historical sociopragmatic" なる分野の興隆は,伝統的に日本の中世英語研究が目指してきた "English philology" の再発展へとつながるはずだからだ.一皮むけた英語文献学を見るべく,英語歴史語用論も学んでいく必要がある.

 ・ Jucker, Andreas H. and Irma Taavitsainen. English Historical Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

Referrer (Inside): [2019-12-28-1] [2014-10-18-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-10-08 Wed

#1990. 様々な種類の意味 [semantics][pragmatics][derivation][inflection][word_formation][idiom][suffix]

 「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]) で触れたが,Stern は様々な種類の意味を区別している.いずれも2項対立でわかりやすく,後の意味論に基礎的な視点を提供したものとして評価できる.そのなかでも論理的な基準によるとされる種々の意味の区別を下に要約しよう (Stern 68--87) .

 (1) actual vs lexical meaning. 前者は実際の発話のなかに生じる語の意味を,後者は語(や句)が文脈から独立した状態で単体としてもつ意味をさす.後者は辞書的な意味ともいえるだろう.文法書に例文としてあげられる文の意味も,文脈から独立しているという点で,lexical meaning に類する.通常,意味は実際の発話のなかにおいて現われるものであり,単体で現われるのは上記のように辞書や文法書など語学に関する場面をおいてほかにない.actual meaning は定性 (definiteness) をもつが,lexical meaning は不定 (indefinite) である.

 (2) general vs particular meaning. 例えば The dog is a domestic animal. の主語は集合的・総称的な意味をもつが,That dog is mad. の主語は個別の意味をもつ.すべての名前は,このように種を表わす総称的な用法と個体を表わす個別的な用法をもつ.名詞とは若干性質は異なるが,形容詞や動詞にも同種の区別がある.

 (3) specialised vs referential meaning. ある語の指示対象がいくつかの性質を有するとき,話者はそれらの性質の1つあるいはいくつかに焦点を当てながらその語を用いることがある.例えば He was a man, take him for all in all. という文において man は,ある種の道徳的な性質をもっているものとして理解されている.このような指示の仕方がなされるとき,用いられている語は specialised meaning を有しているとみなされる.一方,He had an army of ten thousand men. というときの men は,各々の個性がかき消されており,あくまで指示的な意味 (referential meaning) を有するにすぎない.厳密には,referential meaning は specialised meaning と対立するというよりは,その特殊な現われ方の1つととらえるべきだろう.前項の particular meaning と 本項の specialised meaning は混同しやすいが,particular meaning は語の指示対象の範囲の限定として,specialised meaning は語の意味範囲の限定としてとらえることができる.

 (4) tied vs contingent meaning. 前者は語と言語的文脈により指示対象が決定する場合の意味であり,後者はそれだけでは指示対象が決定せず話者やその他の状況をも考慮に入れなければならない場合の意味である.前者は意味論的な意味,後者は語用論的な意味といってもよい.

 (5) basic vs relational meaning. 語が「語幹+接尾辞」から成っている場合,語幹の意味は basic,接尾辞の意味は relational といわれる.例えば,ラテン語 lupi は,狼という基本的意味を有する語幹 lup- と単数属格という統語関係的意味 (syntactical relational meaning) を有する接尾辞 -i からなる.統語関係的意味は接尾辞によって表わされるとは限らず,語幹の母音交替 ( Ablaut or gradation ) によって表わされたり (ex. ring -- rang -- rung) ,語順によって表わされたり (ex. Jack beats Jill. vs Jill beats Jack.) もすれば,何によっても表わされないこともある.一方,派生関係的意味 (derivational relational meaning) は,例えば like -- liken -- likeness のシリーズにみられるような -en や -ness 接尾辞によって表わされている.大雑把にいって,統語関係的意味と派生関係的意味は,それぞれ屈折接辞と派生接辞に対応すると考えることができる.

 (6) word- vs phrase-meaning. あらゆる種類の慣用句 (idiom) や慣用的な文 (ex. How do you do?) を思い浮かべればわかるように,句の意味は,しばしばそれを構成する複数の単語の意味の和にはならない.

 (7) autosemantic vs synsemantic meaning. 聞き手にイメージを喚起させる意図で発せられる表現(典型的には文や名前)は,autosemantic meaning をもつといわれる.一方,前置詞,接続詞,形容詞,ある種の動詞の形態 (ex. goes, stands, be, doing) ,従属節,斜格の名詞,複合語の各要素は synsemantic meaning をもつといわれる.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-10-07 Tue

#1989. 機能的な観点からみる借用の尺度 [borrowing][contact][pragmatics][discourse_marker][subjectification][intersubjectification][evolution]

 言語接触の分野では,借用されやすい言語項はあるかという問題,すなわち借用尺度 (scale of adoptability, or borrowability scale) の問題を巡って議論が繰り広げられてきた.Thomason and Kaufman は借用され得ない言語項はないと明言しているが,そうだとしても借用されやすい項目とそうでない項目があることは認めている.「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) などで議論の一端をみてきたが,いずれも形式的な基準による尺度だった.およそ,語を代表とする自立性の高い形態が最も借用されやすく,次に派生形態素,屈折形態素などの拘束された形態が続くといった順序だ.そのなかに音韻,統語,意味などの借用も混じってくるが,これらは順序としては比較的後のほうである.
 自立語が最も借用されやすく統語的な文法項目が最も借用されにくいという形式的な尺度は,直感的にも受け入れやすく,個々の例外的な事例はあるにせよ,およそ同意されているといってよいだろう.ところで,形式的な基準ではなく機能的な基準による借用尺度というものはあり得るだろうか.この点について Matras (209--10) が興味深い指摘をしている.

. . . it was proposed that borrowing hierarchies are sensitive to functional properties of discourse organization and speaker-hearer interaction. Items expressing contrast and change are more likely to be borrowed than items expressing addition and continuation. Discourse markers such as tags and interjections are on the whole more likely to be borrowed than conjunctions, and categories expressing attitudes to propositions (such as focus particles, phrasal adverbs like still or already, or modals) are more likely to be borrowed than categories that are part of the propositional content itself (such as prepositions, or adverbs of time and place). Contact susceptibility is thus stronger in categories that convey a stronger link to hearer expectations, indicating that contact-related change is initiated through the convergence of communication patterns . . . . In the domain of phonology and phonetics, sentence melody, intonation and tones appear more susceptible to borrowing than segmental features. One might take this a step further and suggest that contact first affects those functions of language that are primary or, in evolutionary perspective, primitive. Reacting to external stimuli, seeking attention, and seeking common ground with a counterpart or interlocutor. Contact-induced language change thus has the potential to help illuminate the internal composition of the grammatical apparatus, and indeed even its evolution.


 付加詞や間投詞をはじめとする談話標識 (discourse_marker) や態度を表わす小辞など,聞き手を意識したコミュニケーション上の機能をもつ表現のほうが,命題的・指示的な機能をもつ表現よりも借用されやすいという指摘である.だが,談話標識はたいてい文の他の要素から独立している,あるいは完全に独立してはいなくとも,ある程度の分離可能性は保持している.つまり,この機能的な基準による尺度は,統語形態的な独立性や自由度と関連している限りにおいて,従来の形式的な基準による尺度とは矛盾しない.むしろ,従来の形式的な基準のなかに取り込まれる格好になるのではないか.
 と,そこまで考察したところで,しかし,上の引用の後半で述べられている言語音に関する借用尺度のくだりでは,分節音よりも「かぶさり音韻」である種々の韻律的要素のほうが借用されやすいとある.従来の形式的な基準では,分節音や音素の借用への言及はあったが,韻律的要素の借用はほとんど話題にされたことがないのではないか(昨日の記事「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]) の (6) を参照).韻律的要素が相対的に借用されやすいという指摘と合わせて,引用の前半部分の内容を評価すると,機能的な借用尺度の提案に一貫性が感じられる.話し手と聞き手のコミュニケーションに直接関与する言語項,言い換えれば(間)主観性を含む言語項が,そうでないものよりも借用されやすいというのは,言語の機能という観点からみて,確かに合理的だ.言語の進化 (evolution) への洞察にも及んでおり,刺激的な説である.
 このように一見なるほどと思わせる説ではあるが,借用された項目の数という点からみると,discourse marker 等の借用は,それ以外の命題的・指示的な機能をもつ表現(典型的には名詞や動詞)と比べて,圧倒的に少ないことは疑いようがない.形式的な基準と機能的な基準が相互にどのような関係で作用し,借用尺度を構成しているのか.多くの事例研究が必要になってくるだろう.

 ・ Matras, Yaron. "Language Contact." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 203--14.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-10-06 Mon

#1988. 借用語研究の to-do list (2) [loan_word][borrowing][contact][pragmatics][methodology][bilingualism][code-switching][discourse_marker]

 Treffers-Daller の借用に関する論文および Meeuwis and Östman の言語接触に関する論文を読み,「#1778. 借用語研究の to-do list」 ([2014-03-10-1]) に付け足すべき項目が多々あることを知った.以下に,いくつか整理してみる.

 (1) 借用には言語変化の過程の1つとして考察すべき諸側面があるが,従来の研究では主として言語内的な側面が注目されてきた.言語接触の話題であるにもかかわらず,言語外的な側面の考察,社会言語学的な視点が足りなかったのではないか.具体的には,借用の契機,拡散,評価の研究が遅れている.Treffers-Dalle (17--18) の以下の指摘がわかりやすい.

. . . researchers have mainly focused on what Weinreich, Herzog and Labov (1968) have called the embedding problem and the constraints problem. . . . Other questions have received less systematic attention. The actuation problem and the transition problem (how and when do borrowed features enter the borrowing language and how do they spread through the system and among different groups of borrowing language speakers) have only recently been studied. The evaluation problem (the subjective evaluation of borrowing by different speaker groups) has not been investigated in much detail, even though many researchers report that borrowing is evaluated negatively.


 (2) 借用研究のみならず言語接触のテーマ全体に関わるが,近年はインターネットをはじめとするメディアの発展により,借用の起こる物理的な場所の存在が前提とされなくなってきた.つまり,接触の質が変わってきたということであり,この変化は借用(語)の質と量にも影響を及ぼすだろう.

Due to modern advances in telecommunication and information technology and to more extensive traveling, members within such groupings, although not being physically adjacent, come into close contact with one another, and their language and communicative behaviors in general take on features from a joint pool . . . . (Meeuwis and Östman 38)


 (3) 量的な研究.「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]) で示した "scale of adoptability" (or "borrowability scale") の仮説について,2言語使用者の話し言葉コーパスを用いて検証することができるようになってきた.Ottawa-Hull のフランス語における英語借用や,フランス語とオランダ語の2言語コーパスにおける借用の傾向,スペイン語とケチュア語の2限後コーパスにおける分析などが現われ始めている.

 (4) 語用論における借用という新たなジャンルが切り開かれつつある.いまだ研究の数は少ないが,2言語使用者による談話標識 (discourse marker) や談話機能の借用の事例が報告されている.

 (5) 上記の (3) と (4) とも関係するが,2言語使用者の借用に際する心理言語学的なアプローチも比較的新しい分野である.「#1661. 借用と code-switching の狭間」 ([2013-11-13-1]) で覗いたように,code-switching との関連が問題となる.

 (6) イントネーションやリズムなど韻律的要素の借用全般.

 総じて最新の借用研究は,言語体系との関連において見るというよりは,話者個人あるいは社会との関連において見る方向へ推移してきているようだ.また,結果としての借用語 (loanword) に注目するというよりは,過程としての借用 (borrowing) に注目するという関心の変化もあるようだ.
 私個人としては,従来型の言語体系との関連においての借用の研究にしても,まだ足りないところはあると考えている.例えば,意味借用 (semantic loan) などは,多く開拓の余地が残されていると思っている.

 ・ Treffers-Daller, Jeanine. "Borrowing." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 17--35.
 ・ Meeuwis, Michael and Jan-Ola Östman. "Contact Linguistics." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 36--45.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-10-02 Thu

#1984. 会話的含意と意味変化 [semantic_change][pragmatics][implicature][polysemy][cooperative_principle][metonymy][metaphor]

 「#1976. 会話的含意とその他の様々な含意」 ([2014-09-24-1]) で,異なる種類の含意 (implicature) を整理した.このなかでも特に相互の区別が問題となるのは,Grice の particularized conversational implicature, generalized conversational implicature, conventional implicature の3種である.これらの含意は,この順序で形態との結びつきが強くなり,慣習化あるいはコード化の度合いが高くなる.
 ところで,これらの語用論的な含意と意味変化や多義化とは密接に結びついている.意味変化や多義化は,ある形態(ここでは語を例にとる)と結びつけられている既存の語義に,新しい語義が付け加わったり,古い語義が消失していく過程である.意味変化を構成する基本的な過程には2つある (Kearns 123) .

 (1) Fa > Fab: Form F with sense a acquires an additional sense b
 (2) Fab > Fb: Form F with senses a and b loses sense a

 (1) はある形態 F に結びつけられた語義 a に,新語義 b が加えられる過程,(2) はある形態 F に結びつけられた語義 ab から語義 a が失われる過程だ.(1) と (2) が継起すれば,結果として Fa から Fb へと語義が推移したことになる.特に重要なのは,新らしい語義が加わる (1) の過程である.いかにして,F と関連づけられた a の上に b が加わるのだろうか.
 ここで上記の種々の含意に参加してもらおう.particularized conversational implicature では,文字通りの意味 a をもとに,推論・計算によって含意,すなわち a とは異なる意味 b が導き出される.しかし,それは会話における単発の含意にすぎず,形態との結びつきは弱いため,定式化すれば F を伴わない「a > ab」という過程だろう.一方,conventional implicature は,形態と強く結びついた含意,もっといえば語にコード化された意味であるから,意味変化の観点からは,変化が完了した後の安定した状態,ここでは Fab という状態に対応する.では,この2つの間を取り持ち,意味変化の動的な過程,すなわち (1) で定式化された「Fa > Fab」の過程に対応するものは何だろうか.それは generalized conversational implicature である.generalized conversational implicature は,意味変化の過程の第1段階に関わる重要な種類の含意ということになる.
 会話的含意と意味変化の接点はほかにもある.例えば,意味変化の典型的なパターンである一般化 (generalisation) と特殊化 (specialisation) (cf. 「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1])) は,協調の原則 (cooperative principle) に基づく含意という観点から論じることができる.Grice を受けて協調の原則を発展させた新 Grice 派 (neo-Gricean) の Horn は,一般化は例外なく,そして特殊化も主として R[elation]-principle ("Make your contribution necessary.") によって説明されるという (Kearns 129--31) .
 Kearns は,implicature と metonymy や metaphor との関係についても論じている.そして,意味変化における implicature の役割の普遍性について,次のように締めくくっている.

. . . if implicature is construed broadly to subsume all the inferential processes available in language use, then most, perhaps all of the major types of semantic change can be attributed to implicature. Differentiating more finely, metaphor and metonymy (which are themselves not always readily distinguishable) produce the ambiguity or polysemy pattern of added meaning, in contrast to the merger pattern, which is commonly attributed to information-strengthening generalized conversational implicature . . . . On an alternative view, implicature (narrowly construed) and metonymy are grouped together in contrast to metaphor, on the grounds that the two former mechanisms are based on sense contiguity, while metaphor is based on sense comparison or analogy. (139)


 ・ Kearns, Kate. "Implicature and Language Change" Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 123--40.

Referrer (Inside): [2019-04-07-1] [2015-04-14-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2014-09-24 Wed

#1976. 会話的含意とその他の様々な含意 [pragmatics][implicature][cooperative_principle]

 語用論で話題とされる含意 (implicature) には様々なものがある.最もよく知られているのは Grice 流の会話的含意 (conversational implicature) だが,その位置づけは,他の種類の含意との関係において理解する必要がある.様々な種類の含意は,Levinson に拠った春木 (45) が以下のように整理している.

System of Implicature

 まず,発話 (utterance) は,意味論的に解釈される文字通りの意味 (what is said) と,語用論的に解釈される含意 (implicature) とに分かれる.含意は,大きく慣習的含意 (conventional implicature) とそれ以外に分かれる.Grice 以降,慣習的含意の有無については議論があるが,but のもつ対比や逆接の意味などが慣習的含意の典型とされる.John is rich but he is modest. という文における butand に置き換えても,命題の真理条件は影響を受けない.しかし,butand とでは文の意味は直感的に明らかに異なる.Grice は,but の使用によって生じる対比や逆接の意味は,but が語としてもっている(記号化している)慣習的含意によるものだと考えた.協調の原則 (cooperative principle) や会話の公準 (maxims of conversation) を経由しない,語に埋め込まれた含意である
 次に,非慣習的含意の下に,有名な会話的含意 (conversational implicature) が位置づけられるが,それと並んであまり知られていない非会話的含意 (non-conversational implicature) なるものがある.これは,Grice の協調の原則と会話の公準からは漏れるが,その他に認められる種々の公準 ("Be polite" であるとか,"aesthetic, social, or moral in character" などの特徴をもつもの)による含意のことである.
 さて,会話的含意の下には,特定の会話内で単発に生じる特殊化された会話的含意 (particularlized conversational implicature) と,より広く頻繁に観察される一般化された会話的含意 (generalized conversational implicature) が区別される.例えば,夫婦喧嘩で妻が I'm very happy to have married you. と言えば皮肉となるが,幸せな結婚10周年のお祝いでは皮肉とならない.これは,場合によって皮肉の含意が生まれるという意味で,一般化されたものではなく特殊化された会話的含意の例である.一方,I ate some of the apples on the table. などの数量表現を含む文において典型的に,一般化された会話的含意が観察される.この文は,論理的にはテーブルにあるすべてのリンゴを食べた場合にも発することができる.しかし,その場合,嘘とはいわずとも妙な感じがするのは,"some" というからには "all" ではないはずだという一般化された会話的含意が汲み取られるからである.このような数量表現に関する一般化された会話的含意は,特に尺度含意 (scalar implicature) と呼ばれる.
 上記のように位置づけられる会話的含意には,7つの興味深い特性があるといわれる.

 (1) 取り消し可能性 (cancellability) .例えば,I ate some of the apples on the table. の直後に,In fact, I ate all of them. と付け加えて,上述の尺度含意を打ち消すことができる.
 (2) 発話内容からの分離不可能性 (non-detachability) .テストで0点を取った Jack に対して,You are a genius. は皮肉となるが,同じ文脈である限りにおいて You must win a Nobel prize. などの類義の文でもやはり皮肉となる.
 (3) 計算可能性 (calculability) .会話的含意は推論・計算であるから,時間や空間を越えて適用される.状況が同じであれば,推論・計算の過程も同じはずである.
 (4) 非慣習性 (non-conventionality) .会話的含意は,語に慣習的にエンコードされているのではなく,あくまで推論によって導かれるものである.
 (5) 伝達後明示可能性 (reinforceability) .The soup is warm. は尺度含意により "not hot" を含意するが,その後に付け加えて The soup is warm, not hot. としても冗長さは感じられない.含意の内容を後から実際に発話によって示すことが許容されるのである.
 (6) 普遍性 (universality) .言語を越えて,おそらく普遍的である.
 (7) 完全特定化不可能性 (not fully determinable) .推論・計算により生まれる含意なので,一意に特定することはできない.転義表現など,聴者だけでなく話者ですら含意を特定することができないケースもありうる.

 ・ 春木 茂宏 「会話における推論」 『語用論』(中島信夫(編)) 朝倉書店,2012年,33--52頁.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow