「#1600. Samuels の言語変化モデル」 ([2013-09-13-1]) で少し触れたが,Samuels は言語変化とそれを引き起こす諸要因を考える上での基本的な対立として,Intralinguistic と Extralinguistic を考えており,前者はさらに Intrasystemic と Extrasystemic に分けられる.Samuels (7) による関係図を少々改変して示すと,以下の通りである.
Intralinguistic ─────┬───── Intrasystemic
│
└───── Extrasystemic 1 (linguistic sense only)
Extralinguistic ─────────── Extrasystemic 2 (non-linguistic sense, here not used)
やや混乱を招く用語使いではあるが,ほとんどの言語変化がこれらの用語で記述されうるために,よく理解しておくことが重要である.Intrasystemic な要因とは,単一の言語体系の内部に働く要因である.この場合の言語体系とは,英語や日本語などの言語レベルのものを指すこともあれば,その下位区分の方言やさらに小さなレベルを指すこともある.Extrasystemic は要因とは,ある言語体系に対して,他の言語体系との接触の結果として影響を及ぼす外から働く要因である.この2つは直接的に言語体系に関わる要因であるから,上位レベルで Intralinguistic な要因とまとめ上げることができる.一方,言語体系に直接関わるものではないが,言語変化に間接的に関与するという意味で,言語を取り巻くその他諸々の環境について検討する必要もある.この諸要因のことを,Extralinguistic な要因と呼ぶ.厳密に論理的に考えれば,Extrasystemic は Extralinguistic を包含するものであり,したがって図の Extrasystemic 1 と Extrasystemic 2 を足した部分を覆うことになるが,Extrasystemic 2 は,すなわち Extralinguistic に等しいのであるから,その部分を指示するには用語の節約のために後者を専ら用いることにするのがよい.通常の用語としては,"Extrasystemic" とは Extrasystemic 1 を指すものと理解しておけばよいだろう.
例えば,英語史における名詞複数の -
s 語尾がイングランド南部方言において拡大した事例を,上の用語で記述してみよう (see 「#946. 名詞複数形の歴史の概要」 (
[2011-11-29-1])) .本来複数形に -
s 語尾を取らなかった名詞が -
s 語尾を取るようになってゆく過程は,類推作用 (
analogy) などの Intrasystemic な過程としてとらえられる.しかし,より早い段階に -
s 複数を一般化していたイングランド北部方言からの影響があったのではないかという観点からこの問題を眺めると,2種類の方言体系間の接触について考察する必要があり,これは Extrasystemic な話題だろう.また,当該の言語項の北部から南部への伝播を社会言語学的に考えるならば,両方の方言話者集団の移動や接触といった Extralinguistic な側面にも注意を払う必要がある.
このように考えると,あらゆる言語変化の研究は,以上の用語を参照して総合的に行うことができることがわかる.標題は,視野を限定するための用語群ではなく,むしろ視野を広げるための用語群である.
・ Samuels, M. L.
Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.
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