単数形 foot に対する複数形 feet のような不規則な複数形の形成法について「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]),「#2017. foot の複数はなぜ feet か (2)」 ([2014-11-04-1]),「#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-02-07-1]) で取り上げてきた.ドイツ語などでは現在でもお馴染みの複数形の形成法で「ウムラウト複数」などと呼ばれているが,ゲルマン祖語からゲルマン諸語が派生する前夜に生じた (i-mutation) という音韻変化の出力とされる.
現代の標準英語においては feet, geese, lice, men, mice, teeth, women の7語にしか,かつての音韻変化の痕跡は残っていないが,古英語の段階ではこのタイプの名詞が他にもいくつか存在した.Lass (128) によると,āc (oak), bōc (book), brōc (trousers), burg (city), cū (cow), gāt, turf (turf), furh (furrow), hnutu (nut) などがこのタイプだった.いずれも後の歴史を通じて -s 複数に呑み込まれていったが,もしそうでなければ今頃 *each/ache, *beech, *breech, *birry, *ki(e), *gate, *tirf, *firry, *nit などのウムラウト複数が受け継がれていたはずである(ここに挙げた架空の綴字は,こんな綴字になっていたかもしれないという程の例示につき,あしからず).
おもしろいのは,book の複数形としての *beech こそ生き残っていないが,語源的に関連する beech (ブナ)は存在することだ (cf. 「#632. book と beech」 ([2011-01-19-1])) .また,「ズボン」を意味した複数形 *breech は今では存在しないが,ここから新たに作られた2重複数形 (double_plural) というべき breeches (半ズボン)は現役である (cf. 「#218. 二重複数」 ([2009-12-01-1])).さらに,*ki(e) も死語となっているが,ここに n 語尾を付したやはり2重複数の kine は,古風ながらもいまだに用いられている.
・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
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