語形成の生産性について,##935,936,937,938 の記事で論じてきた.今回は,生産性 (productivity) と似て非なる概念である創造性 (creativity) を考える.両者の境目は必ずしも明確ではないが,創造性は,新語を形成する力の指標としては似ているものの,生産性よりも新奇さを求める意図が強い.
例えば,形容詞から名詞を作る接尾辞 -ness と -th を考えてみよう([2009-05-12-1]の記事「#14. 抽象名詞の接尾辞-th」を参照).現代英語では後者の生産性はほぼゼロであり,生産性の最も高い接辞の1つである前者とは比較にならない.しかし,話し手があえて形容詞 cool から派生名詞 *coolth を創造して使用したらどうなるだろうか.聞き手も -th の生産性のないことを知っているのだから,話し手の発した *coolth は,誤用でないとすれば,何らかの文体的効果,語用的効果を狙った意図的な言葉遣いとして理解するだろう.coolness にはない新奇さを求めたのかもしれないし,warmth との対比を際立たせようとしたのかもしれない.いずれにせよ,「冷涼」を意味する marked な表現となっていることは確かである.
話し手が特殊な意図で *coolth を産出する背景には,(1) -th の生産性が限りなくゼロに近いが,(2) -ness と同様に名詞を派生させる力が一応はある,ということを互いに理解しており,一方で (3) *coolth が言語共同体に広く認められることはないだろうという感覚も共有されている,ということがありそうだ.つまり,*coolth は,最初から臨時語 (nonce word) ,流行語,あるいは仲間うちでのみ通用する隠語 (jargon, argot) の域を出ないだろうという想定のもとで発せられている可能性が高い.*coolth のような語形成は,表面的には新語の形成であるかのように見えるものの,生産的 (productive) とは呼べず,むしろそれとは区別するために,創造的 (creative) と呼ぶべきではないか.
Lieber (70) は形態的な創造性について,以下のように説明している.
Morphological creativity . . . is the domain of unproductive processes like suffixation of -th or marginal lexeme formation processes like blending or backformation. It occurs when speakers use such processes consciously to form new words, often to be humorous or playful or to draw attention to those words for other reasons.
生産性と創造性の区別の問題は,[2011-09-20-1]の記事「#876. 現代英語におけるかばん語の生産性は本当に高いか?」で論じた問題とも関わる.そこでの問題は,現代英語では臨時語や流行語としてのかばん語の形成は日常茶飯事だが,これを「生産性が高い」と表現してよいのかというものだった.かばん語の形成は「創造性が高い」とは言えそうだが,広く用いられる語彙として定着しない限り,それについて生産性を論じるのは不適切ではないかということだ.実際,新語ウォッチサイト Word Spy には多くのかばん語が登録されている (かばん語を検索したリストを参照)が,このなかで次世代の辞書に登録されるほどに定着しうる語は一部だろう.多くは,臨時語とは言わないまでも,時代の流行語としていずれ消え去る運命にあると考えられる.生産性か創造性かという問題は,[2011-10-30-1], [2011-10-31-1]の記事で取り上げた bouncebackability の語形成にも関わりそうだ.
生産性と創造性の区別は,上記の *coolth の例からある程度直感的に理解できるが,客観的な線引きは難しいそうだ.ましてや,創造性の客観的な測定は生産性のそれ以上に困難だろう.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
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