英語史に関連するイングランド地図で,これほど明快な地図はないのではないか.イングランドに残る古ノルド語要素を含む地名の分布を表わす地図である( Crystal, p. 25 をもとに作成).
赤い線は,878年,攻め入るデーン人を King Alfred が Eddington で打ち負かし,ウェドモア条約 (Treaty of Wedmore) を締結したときに定まったアングロサクソン領とデーン領の境界線である.境界線の北部はデーン人の法律が適用される地域ということで,the Danelaw と呼ばれることになった.イングランドには古ノルド語要素を含む地名が1400以上あるとされるが,そのほとんどが the Danelaw 地域にきれいに限定されているのが印象的である.主要な古ノルド語要素を挙げると以下のようなものがある.
・ -by 「町」: Derby, Rugby, Whitby
・ -thorpe 「村落」: Althorp, Bishopsthorp, Gawthorpe, Linthorpe, Mablethorpe, Scunthorpe
・ -thwaite 「開墾地」: Applethwaite, Braithwaite, Rosthwaite, Stonethwaite, Storthwaite
・ -toft 「家屋敷」: Eastoft, Langtoft, Nortoft
これらのノルド語要素は複合地名の後半部分に用いられているが,前半部分は必ずしも古ノルド語起源とは限らず英語要素であることも多い.例えば,Storthwaite では前半要素 stor は古ノルド語で「大きい」を意味する語であり,前半後半両要素とも北欧系だが,Stonethwaite では前半要素は明らかに英語の stone を示しており,両言語混在型の地名である.
複合地名に両言語の要素が含まれているということは,両民族が平和に共存していた可能性を強く示唆する.もしデーン人がアングロサクソンの町村を武力で制圧しアングロサクソン系住民を駆逐したのであれば,新たな地名に英語要素を含めるということは考えにくい.両言語の要素が1つの地名に混在しているということは,両民族の血縁的な混合も同時に進んでいたことを表わしているのではないか.そして,この密な混合は,古ノルド語が英語に計り知れない影響を及ぼし得たのはなぜかという問題に解答を与えてくれるのである.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
昨日の記事[2010-12-13-1]で death と dead について話題にしたので,今日は動詞の die について.英語史ではよく知られているが,die という動詞は古英語には例証されていない.厳密にいえば古英語の最末期,12世紀前半に deȝen として初めて現われるが,事実上,中英語から現われ出した動詞といっていい.明らかに dēaþ や dēad と語源的,形態的な結びつきがあり,いやそれ以上にこれら派生語の語根ですらある動詞が,古英語期に知られていないというのは不自然に思われるのではないだろうか.
古英語で「死ぬ」という意味はどんな動詞によって表わされていたかというと,steorfan である.形態的には後に starve へと発展する語である.古英語から中英語にかけては,この語が広く「死ぬ」一般の意味を表わしていた(現代ドイツ語の sterben 「死ぬ」と比較).
広く受け入れられている説に従うと,英語は古英語後期から中英語初期にかけて,古ノルド語の動詞 deyja "die" を借用したとされている.英語で die が一般化してくると,古英語以来活躍してきた starve は徐々に「死ぬ」の意味では使われなくなり,「飢え死にする」へと意味を特殊化 ( specialisation; see [2009-09-01-1], [2010-08-13-1] ) することによって生きながらえることになった.
英語における die の出現は,一般的には上記のように語られる.しかし,このストーリーには謎が多い.上でも触れたように,古英語期から形容詞と名詞では明らかに die の派生語を使っていながら,動詞の die そのものが現われないのは妙ではないか.「死ぬ」は多くの言語で婉曲表現 ( euphemism ) の主題となる典型例であることは確かだが,もし言語的タブー ( linguistic taboo ) であるのならば,なぜ形容詞と名詞は許されたのか.また,古英語でタブーであったとしても,中英語ではなぜ「解禁」されたのか.古英語のみならず他の西ゲルマン諸語や Gothic でも動詞形は早くから(弱変化化しながら)失われていったようだが,古ノルド語ではなぜ保存されていたのか(しかも強変化動詞のままで).
話題が「死」だけに,謎めいたこと,変則的なことが多いということだろうか.古代日本語の「死ぬ」も「往ぬ」とともになにやら怪しげなナ行変格活用を示していた・・・.
「英語話者は北欧語の助けなしでは die することができない」ことについては,[2010-04-02-1]の Jespersen の引用を参照.
古英語の詩には kenning 「ケニング」と呼ばれる隠喩的な婉曲表現がある.その多くが2つの要素からなる複合語 ( compound ) で,奇抜かつ豊かな発想に基づいた要素の組み合わせにより詩的表現を作り出す.hwælweg "whale's way" 「鯨の道」と表現して比喩的に「海」を指し示す例を取り上げよう.この場合,複合語の主要部「道」と指示対象「海」とは慣習的に連想が働かないが,限定部「鯨」と「海」とは慣習的に結びついている.この限定部「鯨」を介して主要部「道」と指示対象「海」とが初めて間接的に結びつけられるという意味で,比喩的あるいは婉曲的な表現と言えるのである.このように意味論的に厳密に kenning を定義すると,kenning と呼べる表現は古英詩でもかなり限られてくる.しかし,広い意味で隠喩的な婉曲表現ととらえるのであれば,それなりの種類が確認されている.
例題として,次の kenning の指示対象が何かを答えてみてもらいたい.(伏せ字部分をクリックすると答えが現れる.)
kenning | literal sense | meaning |
---|---|---|
beaduleoma | "battle-light" | sword |
famigheals flota | "foamy-necked floater" | ship |
feorhhus | "soul-house" | body |
goldgiefa | "gold-giver" | prince, lord |
hēafodgimm | "head-gem" | eye |
merehengest | "sea-horse" | ship |
sǣwudu | "sea-wood" | ship |
swanrād | "swan-road" | sea |
sweordplega | "swordplay" | fighting |
wælstōwe | "place of slaughter" | battlefield |
woruldcandel | "world-candle" | sun |
言語変化はほとんどの場合,人為的な制御がきかない.起こるときには自然に起こってしまうものである.綴字改革や常用漢字制定など,人々が意識的に言語を統制しようとする例もあるが,必ずしもうまくいかないことが多い.しかし,Keller のいうように,個々の人間の制御は効かないとしても社会全体が見えざる手となって言語変化をもたらしていることは確かである.そして,言語変化の起こりやすさや進行速度も,社会条件によって変化すると考えられる.
英語は相当の変化を経てきた言語だと思うが,それはイギリスを中心とした英語社会が歴史的に変動の多い社会だったからだと言われる.イギリスは幾多の征服を被り,人口構成を組み替え,大陸文化を吸収し,自らも外に飛び出して世界帝国となった.多くの激しい社会変動を経た国であるから,その言語も大きく激しく様変わりするというのは理解しやすい.
それとは反対に,一般に社会変動が少ないと言語変化も少ないと考えられる.ここでは言語変化を阻害しうる要因を考えてみたい.以下は,Brinton and Arnovick (16) に挙げられている要因である.
・ geographic isolation, which protects a language from foreign influence;
・ separation from the mother tongue, which leads to conservatism on the part of speakers who are reluctant to depart from tradition;
・ political and social stability, which eliminates the need for linguistic change to meet changing social conditions;
・ attitudes of ethnic and linguistic purism, which encourage the vigilance of speakers of a language against external influences and internal change; and
・ a strong written tradition.
Brinton and Arnovick はその他に言語的統一を推奨する mass communication も言語変化を阻害する要因であるとしている.さらに,purism や written tradition とも深く関係するが,教育の普及,特に言語教育の普及も規範主義 ( prescriptivism ) を促進するため,言語変化を阻害する要因の一つと考えられるだろう.
さて,これらの要因の多くを合わせもつ社会の典型に Iceland がある.Iceland で話されている Modern Icelandic は,Old Icelandic の時代から言語的に大きく変化していない ( see [2010-04-20-1] ) .特に書き言葉に関する限り,変化は僅少である.これは,Iceland が (1) 地理的に孤立しており,(2) Scandinavia の故地から遠く隔たっていることにより保守的であり,(3) 政治社会的に安定しており,(4) 借用語使用を忌避する強い言語純粋主義をもっており,(5) 11世紀からの長い書き言葉の伝統を有していることによると考えられる.
一方で,英語が比較的短期間の間に著しく変化した古英語後期から初期中英語期のイギリス社会を考えてみよう.そこでは,(1)(2) 島国ながらも大陸との関係が深く,孤立していず ( see [2009-10-03-1] ) ,むしろ大陸のヴァイキング(ゲルマン語派の同胞)やノルマン人と激しく接触していた.また,(3) 征服による動乱の政治社会であり,(4) 民族混交によりそもそも純粋主義を掲げている場合ではなく,(5) ノルマン人のフランス語が書き言葉の標準となったために,英語の書き言葉の伝統はほぼ失われた.言語変化を阻害する要因が一切見あたらないのである.
では,現代英語はどうだろうか.globalisation や社会の可動性という側面を考えれば,現代英語では言語変化が激しく生じるだろうという可能性を予想させる.一方で,マスメディアの隆盛や教育の普及という側面を考えると,言語変化が阻害されるだろうという可能性も予想できる.言語変化の促進剤と抑制剤が今後どのように働いていくか,じっくりと見守っていきたい.
・ Keller, Rudi. On Language Change: The Invisible Hand in Language. Trans. Brigitte Nerlich. London and New York: Routledge, 1994.
・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006.
今月14日に噴火したアイスランド南部の Eyjafjallajoekull 火山がヨーロッパ中に灰を降らせ,大きな被害をもたらした.アイスランドは日本の国土面積の4分の1ほどの国だが,周辺に30以上の活火山をもつ,日本に負けず劣らずの火山国である.国際的に注目されることの少なかった最果ての島国だが,近年は,地球温暖化により北極海の新航路開発の可能性が開けてきたことで,その地勢上の重要性が注目されつつある.ヨーロッパにとっては苦々しいことだろうが,今回の噴火もアイスランドの知名度を上げることとなった.
アイスランドでは,25万人ほどの国民(末尾の後記を参照)がアイスランド語 ( Icelandic ) を話している( Ethnologue の記述を参照).話者人口としてはさして大きくない言語だが,英語史においてアイスランド語がもつ意義は深い.アイスランド語と英語の関係について,授業で使う英語史5分ネタとして Icelandic and English と題するPDFスライドを作成したので,アップしておく.スライドの目次と,関連する本ブログ内の記事へのポインタは以下の通り.
・ アイスランド語と英語の関係
・ ヨーロッパ地図
・ ゲルマン語派
・ ゲルマン語派の系統樹 [2009-10-26-1]
・ 古アイスランド文学
・ 北欧語の英語に与えた影響 [2010-04-02-1]
・ すべて北欧語単語で構成された英文
(後記 2010/04/22(Thu):本文内の25万人というアイスランド(語話者)の人口は1980年代の古いものを使っていました.[ご指摘ありがとうございます.] CIA の The World Factbook によると,2009年7月時点の推計で30万7千人ほどとのことです.)
古ノルド語の英語への影響については,いくつか過去の記事で話題にした ( see old_norse ).今回は,日本の英語学にも多大な影響を与えたデンマークの学者 Otto Jespersen (1860--1943) の評を紹介する.北欧語の英語への影響が端的かつ印象的に表現されている.
Just as it is impossible to speak or write in English about higher intellectual or emotional subjects or about fashionable mundane matters without drawing largely upon the French (and Latin) elements, in the same manner Scandinavian words will crop up together with the Anglo-Saxon ones in any conversation on the thousand nothings of daily life or on the five or six things of paramount importance to high and low alike. An Englishman cannot thrive or be ill or die without Scandinavian words; they are to the language what bread and eggs are to the daily fare. (74)
"popular passage" かどうかは微妙だが,複数の文献で引用されている記憶がある.実際,私も説明の際によく引き合いに出す.
Jespersen 自身が北欧人ということもあって,出典の Growth and Structure of the English Language では北欧語の扱いが手厚い.しかし,本書では北欧語だけでなく諸外国語が英語に与えた影響の全般について,説明が丁寧で詳しい.外面史と英語語彙という点に関心がある人には,まずはこの一冊と推薦できるほどにたいへん良質な英語史の古典である.
イギリス留学中は安くあがるトースト・エッグで朝食をすませていたこともあった.bread にせよ egg にせよ,語源は英語でなく古ノルド語にあったわけである.対応する本来語は,それぞれ古英語の形で hlāf ( > PDE loaf ) と ǣg だったが,ヴァイキングの襲来に伴う言語接触とそれ以降の長い歴史の果てに,現代標準語では古ノルド語の対応語 bread と egg が使われるようになっている.(だが,正確にいうと bread につらなる古英語の単語 brēad が「小片」の意で存在していた.「パン」の意味は対応する北欧語の brauð に由来するとされ,少なくとも意味の上での影響があったことは確からしい.)
bread については[2009-05-21-1]を,egg については[2010-03-30-1]を参照.
・ Jespersen, Otto. Growth and Structure of the English Language. 10th ed. Chicago: U of Chicago, 1982.
昨日の記事[2010-01-16-1]で取り上げた buffalo は,OED によると名詞としての初出は1588年以前となっている.ところが,動詞としての初出は1903年とずっと遅く,しかも米俗語に限定して用いられるという(The Oxford Dictionary of Slang では初出は1891年とあった).OED での定義は "To overpower, overawe, or constrain by superior force or influence; to outwit, perplex" として与えられているが,なぜ名詞 buffalo からこの動詞の意味が生じたのかが不明だった.もちろん「野牛のような力強さを武器にして脅す」という連想は働きうるが,もっと詳しく経緯を知りたかった.
そこで,複数の語源辞書をひっくり返してみたが,slang ということもあってか,名詞からの派生用法ということもあってか,まともな記述がない.唯一見つかったコメントは Barnhart の語源辞書のものである.
---v. Slang. intimidate or overawe. 1903, American English, from the noun, perhaps originally transferred from the verb cow to frighten.
先に存在した動詞 to cow からの連想ということだが,これでは問題を一段ずらしただけで何も解決していない.なぜ to cow が「脅す」の意味になるのか.そこで to cow の語源を調べてみると,よくはわからないが,古ノルド語の kúga "to cow, force, tyrannize over" に遡るのではないかという.英語の初出は1605年,Shakespeare の Macbeth 5. 8. 18 である.この語源が正しいとすると名詞の cow 「雌牛」とは本来は無関係ということになるが,後に buffalo 「野牛」と連想付けられるようになったのだから単語の歴史としてはおもしろい.
もう一つ,これは思いつきではあるが,形態と意味の類似した語からの影響があるのではないか.bluff 「こけおどしでだます;虚勢を張る」,buffle 「困らせる」,buff 「打つ,破裂させる」などが挙げられる.ちなみに,buffle は buffalo の短縮形として(現在は廃用だが)16?18世紀に使われていた事実がある.ただ,動詞の buffle は bustle の誤植であり,いんちき語だとも言われているので,類似語からの影響説を支持する強い証拠にはならないかもしれない.
それでも,生き生きとした俗語は,指示対象のもつイメージと音のもつイメージとが絶妙なマッチングを示したときに生まれるものだとすれば,この説も見込みはあるのではないか.
・The Barnhart Dictionary of Etymology. Ed. Robert K. Barnhart. New York: The H. W. Wilson, 1988.
・The Oxford Dictionary of Slang. Ed. John Ayto. Oxford: OUP, 1998.
現代英語では,guest 「客人」と host 「主人」は反義 ( antonym ),特に関係的反義 ( converse ) の関係にある.しかし,驚くことに,印欧祖語までさかのぼると両単語は同根である.同根ならば,(1) なぜ形態の違いが生じたのか,(2) なぜ意味の違いが生じたのか,が問題になる.今日は,形態の違いに注目したい.
印欧祖語での形は *ghosti- として再建される.これがゲルマン祖語では,グリムの法則 ( Grimm's Law ) に従って *gastiz へと発達した([2009-08-09-1]).ここから古英語へは,[2009-10-12-1]で取り上げた palatalisation を経て,giest として伝わった.古英語での発音は /jiest/ であるから,これが現代英語 guest /gɛst/ の直接の起源とは考えられない.むしろ,昨日の記事 [2009-10-13-1]で見た get や give の例と同様に,palatalisation を経ていない /g/ 音を保っていた古ノルド語の対応形 gestr が英語へ借用され,本来語の giest を置き換えたと考えるべきである.
一方,印欧祖語の *ghosti- は,非ゲルマン系であるラテン語へは hostis として伝わった.この hostis が古仏語 hoste を経由し,host として英語へ借用された.こうして,印欧祖語までさかのぼれば同一の語にすぎないものが,いったん二手に分かれ,のちに英語のなかで guest と host として再び合流したのである.両語ともに,嫡流の本来語を脇目に英語に入り込んだ,傍流の借用語ということになる.
昨日の記事[2009-10-12-1]で,palatalisation により,<g> は <e, i> の直前で原則として /dʒ/ 音を表すと述べたが,例外を探せばたくさんあることに気づく.たとえば,標題の get と give はこの規則に照らせばそれぞれ /dʒɛt/ と /dʒɪv/ になるはずだが,実際には語頭子音は /g/ である.これはどういうことだろうか.
まず,両単語の古英語の形態をみてみよう.それぞれ -gietan と giefan という綴りで,語頭の <g> の発音はすでに古英語期までに palatalisation を経ており,半母音 /j/ になっていた.したがって,古英語の時点での発音は /jietan/ と /jievan/ だった.これがこのまま現代英語に伝わっても,/dʒɛt/ と /dʒɪv/ にならないことは明らかである.では,この現代英語の発音はどこから来たのか.
実は,この /g/ の発音は古ノルド語 ( Old Norse ) から来たのである.古英語と古ノルド語はゲルマン語派内の親戚どうしであり([2009-06-17-1]),ほとんどの語根を共有していた.get や give といった基本語であれば,なおさら両言語に同根語 ( cognate ) が見つかるはずである.だが,親戚どうしとはいえ,別々の言語には違いなく,古英語の時期までにはそれぞれ別々の言語変化を経ていた.古英語では,すでに /k/ や /g/ に palatalisation が起こっていたが,古ノルド語では起こっていなかった.つまり,古ノルド語では <e, i> などの前舌母音の前でも /g/ 音がしっかり残っていたのである.英語は,この /g/ 音の残っていた古ノルド語の形態 geta, gefa を借用し,/j/ をもつ本来語の -gietan, giefan を置き換えたことになる.
英語は歴史のなかで数多くの言語と接触し,影響を受けてきたが,そのなかでも特に古ノルド語 ( Old Norse ) と古フランス語 ( Old French ) からのインパクトは顕著である.
古ノルド語は古英語後期から中英語初期にかけて,古フランス語は主に中英語期を中心に,英語に多大な影響を及ぼした.両言語とも現代英語に深い接触の爪痕を残した点では共通しているが,爪痕のタイプは天と地ほど違う.英語史の概説書でも両言語の影響はよく対比されるので,今回は対比ポイントをまとめておきたい.下の表は,英語史における古ノルド語と古フランス語の役割を図式的に対比させたものである.
古ノルド語 | 古フランス語 | |
---|---|---|
影響の顕著な時代 | 後期古英語から初期中英語 | 中英語 |
影響の始まった地域 | 主に北部・東部から | 主に南部から |
英語との言語的類似 | 大きい | 小さい |
英語との歴史文化的類似 | 大きい | 小さい |
書き言葉としての立場 | なし | 確立 |
影響の及ぼし手の数 | 多い | 少ない |
影響の及ぼし手の階級 | 一般階級 | 上流階級 |
英語との社会言語学的関係 | 同等 | 上位 |
相互の意思疎通 | 可能 | 不可能 |
借用語の数 | 中くらい | 多い |
借用語のタイプ | 内容語と機能語 | 主に内容語 |
借用語の難易度 | 主に基本語 | 基本語と難解語 |
借用語の頻度 | 高い | 中くらい |
借用語の文体 | 口語的 | 文語的 |
借用語の音節 | 多くは単音節 | 多くは多音節 |
地名の借用語 | 多い | 少ない |
綴り字への影響 | 少ない | 多い |
英語史における古ノルド語の意義は,およそ固まっているように思う.古くは Bradley 以来,無数の英語史の通史で語られてきたことである.要約すると次のようなことになるだろうか.
古ノルド語と古英語のあいだでは単語の語幹はほぼ共通だが,屈折語尾は大きく異なっていた.屈折語尾こそが両言語間のコミュニケーションの阻害要因だったのであり,それを簡略化することは,互いにとって利があった.古英語後期にすでに言語内的に始まっていた屈折語尾の消失傾向が中英語初期にかけて加速化したのは,他ならぬ古ノルド語との言語接触とそこで生じたコミュニケーション上の必要性ゆえである.英語史を総合的な言語から分析的な言語への移行の歴史と捉えるのであれば,英語史上に古ノルド語が果たした役割の大きさは計りしれない.
私もこの認識でいる.
英語史上の意義ということでもう一つ付け加えるのであれば,古ノルド語から1,000語近くの単語を借用したすぐ後の中英語の時代に,フランス語から10,000語近くの単語を借用したという事実を考えれば,古ノルド語との接触は,借用語から構成されているといっても過言ではない現代英語の語彙の特質が,後に顕著になっていくその前段階おいて,借用の「練習台」を提供したともいえる.もちろん「練習台」とは比喩的な言い方であり,後の歴史を予言しているかのような teleological なその響きは誤解を招くおそれがあることは承知している.しかし,英語史は歴史記述である以上,このような読み込みも一方では重要だし必要だと思っている.
英語史における古ノルド語といえば,上記の二点を常に想起していた.
ところが,先日,古ノルド語の英語への影響について授業で話しをしたときに,ある学生からこんな趣旨の反応があり,考えさせられた.
現代英語の学習者にとって学習を非常に容易にしてくれる「屈折の少なさ」が,古英語話者と古ノルド語話者のコミュニケーション上の要求の結果として,つまり共通語を確立しようとする営みの結果として生まれたことは,後に世界の共通語になってゆく英語の未来を暗示しているかのようだ.実際に,現代英語の「屈折の少なさ」はリンガ・フランカとしての英語の地位をかなり優位にしており,古ノルド語との接触に運命的なものを感じざるをえない.
現在,世界共通語の地位へ接近している英語と,約千年前に古ノルド語と融合し,両言語話者の共通語として簡略化しつつあった英語.千年の時をまたいで,英語の簡略化傾向という平行関係を指摘し,それを「運命的な」共通点であると見抜いた洞察に感銘を受けた.
この意見に問題点があることは確かだ.例えば,現代英語の「屈折の少なさ」が本当に英語のリンガ・フランカとしての地位を優位にしているのかどうかは,検証無しには受け入れられない.また,英語の言語変化を科学的に記述・説明する立場からすれば,「運命」という表現はあまりに teleological である.
しかし,先ほども述べたように,英語史という物語の語りにおいては,そこに通底する何らかのテーマを読み込むことは重要だし必要だと思う.そのテーマの一つの可能性として「異言語間コミュニケーションを可能にすべく発展してきた言語」という英語史観がありうるかもしれないなと思った.その立場を積極的に取るかどうかは別として,この学生の意見は,英語の未来が議論され始めてきた昨今にふさわしい非常に現代的な洞察だなと思った.
刺激的な意見をありがとう!
・Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.
現代英語では, -ly が形容詞から副詞を作る典型的な接尾辞であることはよく知られている.nice - nicely,quick - quickly,terrible - terribly の類である.非常に生産的であり,原則としてどの形容詞にも付きうる.
ところが,-ly は実際には名詞から形容詞を作る接尾辞として機能することもある.例えば,beastly,cowardly,fatherly,friendly,knightly,rascally,scholarly,womanly など.時間を表す,daily,hourly,weekly,yearly も同様である.副詞接辞にも形容詞接辞にもなりうるこの -ly とはいったい何なのだろうか.語源を探ってみよう.
古英語の対応する接尾辞は -līċ である.līċ は単体としては「形,体」を意味する名詞である.これは現代英語の like 「?のような,?に似た」の語源でもある.-līċ が接尾辞として他の名詞に付くと,「(名詞)の形態をした,(名詞)のような」という形容詞的意味が生じた.現代英語では,-like の付く形容詞も存在するが,成り立ちとしては -ly とまったく同じだということがわかるだろう(例:businesslike,childlike,lifelike).実際,形容詞語尾としての -like は -ly 以上に生産的であり,事実上どんな名詞にも付き得て,形容詞を作ることができる(例:doglike,jerry-like,sphinxlike).
以上で,-ly ( < OE -līċ ) がまず最初に形容詞語尾であることが分かっただろう.それでは,副詞語尾としての -ly はどこから来たのか.古英語では,形容詞は与格に屈折させると副詞機能を果たすことができた(see [2009-06-06-1]).-līċ の付く形容詞の与格形は,語尾に <e> を付加するだけの -līċe であった.ところが,中英語期にかけて起こった語尾音の消失により,与格語尾の <e> が落ち,結果的に形容詞語尾の -līċ と同形になってしまった.さらに,恐らく古ノルド語の対応する形態 -lig- の影響により,中英語後期までに -līċ の最後の子音が弱化・消失し,現在のような -ly の形に落ち着いた.
以上みてきたように,現代英語の -ly という接尾辞は,語源的には古英語の形容詞接辞 -līċ と副詞接辞 -līċe の両方に対応する形態である.中英語期にこの形態が確立してからは,形容詞接辞としてよりも副詞接辞としての役割のほうが大きくなり,大量の -ly 副詞が生まれた.そのような事情で 現代英語の -ly は典型的な副詞語尾とみなされることが多いわけだが,順序としては,まず形容詞語尾としての役割が先にあったことを押さえておく必要があるだろう.
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