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sobokunagimon - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2025-03-27 07:16

2021-06-04 Fri

#4421. 「英語の語源が身につくラジオ」をオープンしました [heldio][hellog-radio][sobokunagimon][notice][hel_education][voicy]

 一昨日,音声配信プラットフォーム Voicy にて「英語の語源が身につくラジオ」と題するチャンネルをオープンしました.本ブログとも部分的に連携しつつ,英語史に関するコンテンツを広くお届けする試みとして始めました.一昨日,昨日と,10分弱の音声コンテンツを2本配信していますので,そちらをご案内します.

 1. 「なぜ A pen なのに AN apple なの?」
 2. 「flower (花)と flour (小麦粉)は同語源!」

 チャンネル設立の趣旨は,Voicy 公式ページに掲載していますが,以下の通りです.

 英語の歴史を研究しています,慶應義塾大学の堀田隆一(ほったりゅういち)です.このチャンネルでは,英語に関する素朴な疑問を入口として,リスナーの皆さんを広く深い英語史の世界に招待します.とりわけ語源の話題が満載です.
 英語史と聞くと難しそう!と思うかもしれませんが,心配いりません.実は皆さんが英語に対して日常的に抱いているナゼに易しく答えてくれる頼もしい味方なのです.
 なぜアルファベットは26文字なの? なぜ man の複数形は men なの? なぜ3単現の s なんてあるの? なぜ go の過去形は went なの? なぜ英語はこんなに世界中で使われているの?
 英語の先生もネイティブスピーカーも辞書も教えてくれなかった数々の謎が,スルスルと解決していく快感を味わってください.ついでに,英語の豆知識を得るにとどまらず,言葉の新しい見方にも気づくことになると思います.
 本チャンネルと同じような趣旨で,毎日「hellog?英語史ブログ」を更新しています.合わせてご覧ください.なおハッシュタグの #heldio は,"The History of the English Language Radio" にちなみます.


 基本的には,これまで私が本ブログ,著書,雑誌記事,大学教育,公開講座などで一貫して行なってきた「英語史の魅力を伝える」という活動の延長です.メディア,オーディエンス,スタイルは変わるかもしれませんが,この方針は変わりません.
 チャンネル設立の背景について,もう少し述べておきたいと思います.昨年度,大学などでオンライン初年度となったことと関連して,通常の文章によるブログ記事の配信に加えて,音声版記事を「hellog ラジオ版」として配信する試みを始めました.主として英語に関する素朴な疑問に答えるという趣旨で,学期中は定期的に,学期外はやや不定期ですが継続してきました.結果として,数分から10分程度の長さの音声コンテンツが62本蓄積されました.
 学生などから様々なフィードバックをもらって分かったことは,発音に関するトピックは音声コンテンツのほうが伝わりやすいということです.当たり前といえば当たり前の話しですが,私はナルホドと深くうなずきました.私自身は英語の綴字と発音の関係に大きな関心を寄せており,音声の話題はよく取り上げるのですが,文章ブログでは発音を発音記号で表現しなければならず,実際に口で発音すればすぐに伝わるものが容易に伝わらないもどかしさを,どこかで感じていました.そのような折に,試しに音声コンテンツを作ってみたら,発音の話題と相性が良いという当たり前のことに改めて気づいた次第です.逆に音声メディアでは綴字については語りにくいという側面もあり,一長一短ではあるのですが,従来の文章ベースの本ブログと平行して,音声ベースのブログがあるとよいと考えました.
 昨年度は手弁当で「hellog ラジオ版」を作ってきましたが,昨今ウェブ上で音声配信プラットフォームが充実してきているという流れを受け,収録・配信の便を念頭に Voicy を通じて配信することに致しました.
 本「hellog?英語史ブログ」では,高度に専門的な話題から中学生も読める話題まで,日々気の向くままに様々なレベルで書いているのですが,音声コンテンツとなると「素朴な疑問」系の話題や単語の語源に関する話題が多くなるかと思います.今後具体的にどのような感じになっていくのかは私も分からないのですが,基本方針としては「英語史に関する話題を広く長く提供し続ける」趣旨で,本ブログの姉妹版のような位置づけとなっていけばよいなと思っています.通称/ハッシュタグを「#heldio」 (= "The History of the English Language Radio") としたのも,本ブログとの連携を念頭に置いた上での命名です.
 今後とも,本「hellog?英語史ブログ」と合わせて,「英語の語源が身につくラジオ」のほうもよろしくお願い申し上げます.

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2021-05-28 Fri

#4414. なぜ複数形語尾に -es を取る名詞があるのですか? [plural][number][suffix][khelf_hel_intro_2021][sobokunagimon][noun][consonant][assimilation]

 英語の名詞複数形に関する素朴な疑問といえば,foot -- feet, child -- children など不規則な複数形にまつわる話題がまず最初に思い浮かびます.foot -- feet についていえば,私自身も本ブログ内でこれでもかというほど繰り返し取り上げてきました(こちらの記事セットを参照).
 ところが,中学1年生に英語を教える教育現場より意外な情報が入ってきました.複数形に関する生徒からの質問で最も多かったのは「なぜ -o, -s, -z, -x, -ch, -sh で終わるとき,語尾に -es をつけるのか?」だったというのです.なぜ -s ではなくて -es なのか,という疑問ですね.この情報を寄せてくれたのは英語教員をしている私のゼミ卒業生なのですが,今回の「英語史導入企画2021」のために「複数形は全部 -s をつけるだけなら良いのに!」を作成してくれました.生の教育現場からの問題意識と英語史・英語学研究のコラボといってよいコンテンツです.
 名詞の語末音が歯擦音 (sibilant) の場合,具体的には [s, z, ʃ, ʒ, ʧ, ʤ] である場合には,複数形の語尾として -es [-ɪz] を付けるのが原則です.歴史的背景は上記コンテンツで説明されている通りです.もともとの複数形語尾は -s ではなく -es だったのです.したがって「なぜ名詞の語末音が非歯擦音の場合には,もともとの -es が -s になってしまったのか?」という問いを立てるほうが適切ということになります.この新しい問いに対しては,ひとまず「そのような音変化が生じたから」と答えておきます.では,なぜそのような音変化が歯擦音の後位置では生じなかったのでしょうか.これに対して,コンテンツでは次のように回答が与えられています.

中学生への回答として考えられるのは,「発音しにくいから」というものである. -s,-x,-ch,-sh で終わる語の発音は [s], [z], [ʃ], [ʒ], [ʧ], [ʤ] であり,[s] や [z] と同じ摩擦音である.また,[s] や [z] は歯茎音である一方,[ʃ] や [ʒ] は後部歯茎音で,調音位置も非常に近い.これらのよく似た子音を連続して発音するよりも,母音を挟んだ方が発音しやすいため,綴りの e が残ったと考えられる.


 「発音の便」説ですね.私自身も基本的にはこれまでこのように答えてきました.確かに英語史を通じて音素配列上避けられてきた子音連鎖であり,説明として分かりやすいからです.ただ,今回改めてこの問題を考える機会を得たので,慎重に考察してみました.

 1. 歯擦音+ [s, z] の連鎖が「発音しにくい」といっても,同連鎖は音節をまたぐ環境であれば普通に存在します (ex. this style, these zoos, dish soap, garagesale, watchstrap, page zero) .したがって,調音的な観点から絶対的に「発音しにくい」ということは主張しにくいように思われます.音素配列上,同一音節内で同連鎖が避けられることは事実なので,ある環境において相対的に「発音しにくい」ということは,まだ主張できるかもしれません.ですが,それを言うのであれば,英語として「発音し慣れていない」と表現するほうが適切のように思われます.

 2. むしろ聞き手の立場に立ち,問題の子音連鎖が「聴解しにくい」と考えたらどうでしょうか.複数語尾は,英語史を通じて名詞の数 (number) に関する情報を担う重要な形態素でした.同じ名詞のカテゴリーのなかでも,性 (gender) や格 (case) は形態的に衰退しましたが,数に関しては現在まで頑強に生き延びてきました.英語において数は何らかの意味で「重要」のようです.
 話し手の立場からすれば,数がいくら重要だと意識していても,問題の子音連鎖は放っておけば調音の同化 (assimilation) の格好の舞台となり,[s, z] が先行する歯擦音に呑み込まれて消えていくのは自然の成り行きです.結果として,数カテゴリーも存続の危機に立たされるでしょう.しかし,聞き手の立場からすれば,複数性をマークする [s, z] に関してはしっかり聴解できるよう,話し手にはしっかり発音してもらいたいということになります.
 話し手が同化を指向するのに対して,聞き手は異化 (dissimilation) を指向する,そして言語体系や言語変化は両者の綱引きの上に成り立っている,ということです.この議論でいけば,今回のケースでは,聞き手の異化の効きのほうが歴史的に強かったということになります.昨今,聞き手の役割を重視した言語変化論が存在感を増していることも指摘しておきたいと思います.こちらの記事セットもご覧ください.

 さて,今回の「複数形語尾 -es の謎」のなかで,どうひっくり返っても「発音の便」説を適用できないのは,上記コンテンツでも詳しく扱われている通り,-o で終わる名詞のケースです.名詞に応じて -s を取ったり -es を取ったり,さらに両者の間で揺れを示したりと様々です.緩い傾向として,英語への同化度の観点から,同化が進んでいればいるほど -es を取る,という指摘がなされてはことは注目に値します.関連する話題は本ブログでも「#3588. -o で終わる名詞の複数形語尾 --- pianospotatoes か?」 ([2019-02-22-1]) にて扱っていますので,そちらもどうぞ.
 いずれにせよ,実に奥の深い問題ですね.恐るべし中一生.

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2021-05-25 Tue

#4411. GermanGermanic の違い --- ややこしすぎる言語名の問題 [onomastics][khelf_hel_intro_2021][sobokunagimon][german][germanic][comparative_linguistics][terminology][language_myth]

 英語にはややこしい民族名,国民名,言語名が多々あります.民族も国民も言語もたいてい複雑な固有の歴史を背負ってきているので,それを表わす語もややこしくなってしまうのは致し方のないことかもしれません.しかし,標題の2語はそれにしても誤解を招きやすい点では最右翼に位置づけられるペアといってよいでしょう.「#4380. 英語のルーツはラテン語でもドイツ語でもない」 ([2021-04-24-1]) で触れたような誤解が生まれるのも無理からぬことです.
 言語の呼称としての German は「ドイツ語」を指します.一方,Germanic は比較言語学的に再建された「ゲルマン(祖)語」 (= Proto-Germanic) を指します.形容詞としては,後者は「ゲルマン(祖)語の」あるいは,このゲルマン(祖)語から派生した一群の言語を指して「ゲルマン語派の」ほどを意味します.
 「英語史導入企画2021」より今日紹介するコンテンツは,まさにこの2語のややこしさに焦点を当てた,院生による「A Succinct Account of German and Germanicです.英語による音声コンテンツとなっています.
 英和辞典によると German は「ドイツ人,ドイツ語;ドイツの」ほど,Germanic は「ゲルマン(祖)語;ゲルマン系の,ドイツ的な」ほどとなりますが,すでにこの時点で分かりにくいですね.学習者用英英辞典 OALD8 によると,各々およそ次の通りでした.

German
   adjective:
      from or connected with Germany
   noun:
      1 [countable] a person from Germany
      2 [uncountable] the language of Germany, Austria and parts of Switzerland

Germanic
   adjective:
      1 connected with or considered typical of Germany or its people
      2 connected with the language family that includes German, English, Dutch and Swedish among others


 形容詞としては,"connected with Germany" が共通項となっていますし,やはり分かったような分からないような区別です.
 両語の区別を理解する上で参考になるのは各語の初出年です.German の初出は,名詞としては1387年より前,形容詞としては1536年で,そこそこ古いといえますが,Germanic はまず形容詞として1539年に初出し,「ゲルマン(祖)語」を意味する名詞としてはさらに遅く1718年のことです.つまり「ゲルマン(祖)語」の語義は,言語学用語としての後付けの語義だと分かります.
 後付けであればこそ,後発の強みを活かして誤解を招かない別の用語を選んでもらいたかったところです.いや,実のところ,比較言語学では「ゲルマン祖語」を指すのに Teutonic (cf. 英語 Dutch, ドイツ語 Deutsch) という別の用語を用いる慣習も古くはあったのです.それだけに,紛らわしい Germanic が結局のところ勝利し定着してしまったことは皮肉と言わざるを得ません.
 関連して「#3744. German の指示対象の歴史的変化と語源」 ([2019-07-28-1]) と「#864. 再建された言語の名前の問題」 ([2011-09-08-1]) もご一読ください.

(後記 2021/05/26(Wed):今回紹介した音声コンテンツの文章版が「'German' と 'Germanic' についての覚書」として後日公表されましたので,こちらも案内しておきます.)

Referrer (Inside): [2021-06-30-1]

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2021-05-22 Sat

#4408. 未来のことなのに現在形で表わすケース [future][preterite][tense][khelf_hel_intro_2021][sobokunagimon]

 「英語史導入企画2021」の一環として,昨日院生よりコンテンツ「なぜ未来のことを表すための文法が will と be going to の二つ存在するのか?」がアップされました.素朴な疑問に答えるコンテンツとして,たいへん丁寧に書かれています.そもそも動詞の未来表現とは何か,現在形や過去形とどう異なるのか,時制 (tense) とは何かといった問題に関心がある方は,ぜひどうぞ.
 英語の未来表現といえば willbe going to が思い浮かびますが,実は未来を表わすのに動詞の現在形を用いることもあります.Quirk et al. (§4.94) によると,パターンは4つあります.
 1つめは,確定的な未来です.前もって起こることが確実視される物事には現在形を用います.コンテンツ内の The meeting begins at 4:30. は動かしがたい予定である場合に普通に用いられますし,The plane leaves for Ankara at eight o'clock tonight. のようなケースも同様です.さらにバカバカしいほど確定的な Tomorrow is Sunday. なども現在形です(cf. Yesterday was Friday.) .
 2つめは,学校文法でいわれる「時・条件の副詞節では未来のことにも現在形を用いる」というケースです.He'll do it if you pay him.I'll let you know as soon as I hear from her. などにおいて従属節内の動詞は現在形をとっています(ただし主節には 'll (= will) が現われています).
 3つめは,2人称代名詞を用いた指示文においては現在形が用いられます.例えば,次のような道案内の文を挙げましょう.You take the first turning on the left past the police station, then you cross a bridge, and bear right until you see the Public Library.
 4つめは,本のなかで著者が後で出てくる箇所に言及する場合,In the next chapter we examine in the light of this theory recent economic developments in the Third World. のように現在形を用います.
 「未来」のことなのに「現在形」で表わすというのはチグハグのように思われるかもしれませんね.理解しておくべき重要なことは,物理的・認識的な time (時間)と言葉の決まりとしての tense (時制)は,別の概念だということです.両者がピタッと一致することが多いのは確かですが,必ずしも一致しないこともあるということです.言語においては,time と tense をイコールで強く結びつけておかないのが吉です.
 英語の未来表現に関する話題としては,主に歴史的な観点から以下の記事もご覧ください.

 ・ 「#2317. 英語における未来時制の発達」 ([2015-08-31-1])
 ・ 「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1])
 ・ 「#2208. 英語の動詞に未来形の屈折がないのはなぜか?」 ([2015-05-14-1])
 ・ 「#3692. 英語には過去時制と非過去時制の2つしかない!?」 ([2019-06-06-1])
 ・ 「#3718. 英語に未来時制がないと考える理由」 ([2019-07-02-1])
 ・ 「#2189. 時・条件の副詞節における will の不使用」 ([2015-04-25-1])
 ・ 「#3693. 言語における時制とは何か?」 ([2019-06-07-1])

 ・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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2021-05-17 Mon

#4403. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第3回「なぜ go の過去形は went になるの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][verb][suppletion][conjugation][preterite][hellog_entry_set]

 この新年度に向けて始まったNHKラジオ講座「中高生の基礎英語 in English」のテキストに,英語のソボクな疑問に関する連載記事を寄稿しています.読者層は中高生ですが,それだけに易しくかみくだいて執筆する必要があり,私にとってなかなかの課題です.内容は英語史の超入門です.関心のある方は是非テキストを手にとってみてください.先日6月号のテキストが発刊されました.第3回となる今回の話題は,必殺の「なぜ go の過去形は went になるの?」です.

『中高生の基礎英語 in English』2021年6月号



 なぜ go の過去形が *goed ではなく went というまったく異なる形になってしまうのでしょうか.端的に答えれば,語源の異なる類義語 wend の過去形である went が,こともあろうに go の過去形の席に割り込んできたからです.連載記事では用語こそ出していませんが,専門的には補充法 (suppletion) と呼ばれる現象です.どの言語にも観察される現象で,とりわけ超高頻度語に多くみられるという共通の特徴があります.補充法は一見不思議に思われますが,実は言語において理に適っているのです.連載記事では,その辺りを易しく解説しました.
 補充法全般,とりわけ go/went の補充法については,本ブログでも様々な形で扱ってきましたので,以下にリンクを張っておきます.一気に読みたい方はこちらの記事セットからどうぞ.

 ・ 「#43. なぜ go の過去形が went になるか」 ([2009-06-10-1])
 ・ 「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1])
 ・ 「#4094. なぜ go の過去形は went になるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-07-12-1])
 ・ 「#3859. なぜ言語には不規則な現象があるのですか?」 ([2019-11-20-1])
 ・ 「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1])
 ・ 「#765. 補充法は古代人の実相的・質的・単一的な観念の表現か」 ([2011-06-01-1])
 ・ 「#3254. 高頻度がもたらす縮小効果と保存効果」 ([2018-03-25-1])
 ・ 「#694. 高頻度語と不規則複数」 ([2011-03-22-1])
 ・ 「#67. 序数詞における補充法」 ([2009-07-04-1])
 ・ 「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1])
 ・ 「#2090. 補充法だらけの人称代名詞体系」 ([2015-01-16-1])
 ・ 「#1580. 補充法研究の限界と可能性」 ([2013-08-24-1])

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2021-05-14 Fri

#4400. 「犬猫」と cats and dogs の順序問題 [sound_symbolism][phonaesthesia][onomatopoeia][idiom][binomial][prosody][alliteration][phonetics][vowel][khelf_hel_intro_2021][clmet][coca][coha][bnc][sobokunagimon]

 目下開催中の「英語史導入企画2021」より今日紹介するコンテンツは,学部生よりアップされた「犬猿ならぬ犬猫の仲!?」です.日本語ではひどく仲の悪いことを「犬猿の仲」と表現し,決して「犬猫の仲」とは言わないわけですが,英語では予想通り(?) cats and dogs だという興味深い話題です.They fight like cats and dogs. のように用いるほか,喧嘩ばかりして暮らしていることを to lead a cat-and-dog life などとも表現します.よく知られた「土砂降り」のイディオムも「#493. It's raining cats and dogs.」 ([2010-09-02-1]) の如くです.
 これはこれとして動物に関する文化の日英差としておもしろい話題ですが,気になったのは英語 cats and dogs の語順の問題です.日本語では「犬猫」だけれど,上記の英語のイディオム表現としては「猫犬」の順序になっています.これはなぜなのでしょうか.
 1つ考えられるのは,音韻上の要因です.2つの要素が結びつけられ対句として機能する場合に,音韻的に特定の順序が好まれる傾向があります.この音韻上の要因には様々なものがありますが,大雑把にいえば音節の軽いものが先に来て,重いものが後に来るというのが原則です.もう少し正確にいえば,音節の "openness and sonorousness" の低いものが先に来て,高いものが後にくるという順序です.イメージとしては,近・小・軽から遠・大・重への流れとしてとらえられます.音が喚起するイメージは,音象徴 (sound_symbolism) あるいは音感覚性 (phonaesthesia) と呼ばれますが,これが2要素の配置順序に関与していると考えられます.
 母音について考えてみましょう.典型的には高母音から低母音へという順序になります.「#1139. 2項イディオムの順序を決める音声的な条件 (2)」 ([2012-06-09-1]) で示したように flimflam, tick-tock, rick-rack, shilly-shally, mishmash, fiddle-faddle, riffraff, seesaw, knickknack などの例が挙がってきます.「#1191. Pronunciation Search」 ([2012-07-31-1]) で ^([BCDFGHJKLMNPQRSTVWXYZ]\S*) [AEIOU]\S* ([BCDFGHJKLMNPQRSTVWXYZ]\S*) \1 [AEIOU]\S* \2$ として検索してみると,ほかにも chit-chat, kit-cat, pingpong, shipshape, zigzag などが拾えます.ding-dong, ticktack も思いつきますね.擬音語・擬態語 (onomatopoeia) が多いようです.
 では,これを cats and dogs の問題に適用するとどうなるでしょうか.両者の母音は /æ/ と /ɔ/ で,いずれも低めの母音という点で大差ありません.その場合には,今度は舌の「前後」という対立が効いてくるのではないかと疑っています.前から後ろへという流れです.前母音 /æ/ を含む cats が先で,後母音 /ɔ/ を含む dogs が後というわけです.しかし,この説を支持する強い証拠は今のところ手にしていません.参考までに「#242. phonaesthesia と 遠近大小」 ([2009-12-25-1]) と「#243. phonaesthesia と 現在・過去」 ([2009-12-26-1]) をご一読ください.対句ではありませんが,動詞の現在形と過去形で catch/caught, hang/hung, stand/stood などに舌の前後の対立が窺えます.
 さて,そもそも cats and dogs の順序がデフォルトであるかのような前提で議論を進めてきましたが,これは本当なのでしょうか.先に「英語のイディオム表現としては」と述べたのですが,実は純粋に「犬と猫」を表現する場合には dogs and cats もよく使われているのです.英米の代表的なコーパス BNCwebCOCA で単純検索してみたところ,いずれのコーパスにおいても dogs and cats のほうがむしろ優勢のようです.ということは,今回の順序問題は,真の問題ではなく見せかけの問題にすぎなかったのでしょうか.
 そうでもないだろうと思っています.18--19世紀の後期近代英語のコーパス CLMET3.0 で調べてみると,cats and dogs が18例,dogs and cats が8例と出ました.もしかすると,もともと歴史的には cats and dogs が優勢だったところに,20世紀以降,最近になって dogs and cats が何らかの理由で追い上げてきたという可能性があります.実際,アメリカ英語の歴史コーパス COHA でざっと確認した限り,そのような気配が濃厚なのです.
 「犬猫」か「猫犬」か.単なる順序の問題ですが,英語史的には奥が深そうです.

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2021-05-03 Mon

#4389. 英語に関する素朴な疑問を2685件集めました [sobokunagimon][hel_education]

 年度初めに大学の「英語史」の授業にて,履修者から「英語に関する素朴な疑問」をひたすら箇条書きで挙げてもらうことを,毎年の恒例行事としています.本年度もオンライン授業でのオンライン回答だったためか,例年よりも多くの疑問が回収されました.英語史の教育,学習,研究にとって非常に貴重な疑問リストとなります.改めてたくさん寄せてくれた履修者の皆さんに感謝します.
 昨年度5月に回収した素朴な疑問は「#4045. 英語に関する素朴な疑問を1385件集めました」 ([2020-05-24-1]) で示した通り1385件を数えましたが,今回はこれに今年度4月に回収したものを加えた計2685件を公開します.以下より一覧をどうぞ.壮観です.

 ・ 英語に関する素朴な疑問の一覧(2020年度と2021年度の統合版)

 2685件といっても素朴な疑問には相当の重複がありますので,実質的には数は減ると思いますが,それにしてもよく集まりました.当初はざっと編集・整理をしようと思っていたのですが,あまりに多いので諦めました.最小限の編集しか加えていません.
 こんな質問は思いつきもしなかったと驚くものもあれば,質問の体をなしていない(?)ものもあり,実に雑多ではありますが,眺めているだけでインスピレーションが湧いてくるリストです.皆さんも,この一覧を眺め,様々に「利用」してみてください.
 日頃,本ブログでも大学の授業でも強調していることですが,英語史は難しい英文法上の問題を扱うだけではなく,むしろ英語にまつわる当たり前で,他愛もない素朴な問題を真剣に考察し議論する分野でもあります.何年も英語を学んでいると初学時に抱いていたような素朴な疑問はたいてい忘れてしまうものですが,そのような疑問を改めて思い起こし,あえて引っかかってゆき,大まじめに論じるのが英語史の魅力です.たいてい素朴な疑問であればあるほど答えるのは難しく,良問となります.英語史の世界へは,素朴な疑問から入っていくのがお薦めです.
 実際,私の学部・大学院の英語史ゼミでは,そんなことを皆で日常的に行ない,盛り上がっています.その成果物は,目下実施中の「#4362. 「英語史導入企画2021」がオープンしました」 ([2021-04-06-1]) で公開中です.直接にはこちらからどうぞ.
 「素朴な疑問」と関連して,ぜひ以下の記事もご一読を.

 ・ 「#1093. 英語に関する素朴な疑問を募集」 ([2012-04-24-1])
 ・ 「#4052. 「今日の素朴な疑問」コーナーを設けました」 ([2020-05-31-1])
 ・ 「#3677. 英語に関する「素朴な疑問」を集めてみました」 ([2019-05-22-1])
 ・ "sobokunagimon" タグの付いた記事一覧
 ・ 「#4021. なぜ英語史を学ぶか --- 私的回答」 ([2020-04-30-1])

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2021-05-01 Sat

#4387. なぜ名詞(句)が副詞的に用いられることがあるのですか? [sobokunagimon][preposition][adverbial_accusative][adverbial_genitive][adverb][case][dative][japanese][khelf_hel_intro_2021]

 次の各文の赤字の部分をみてください.いずれもその形態だけみれば名詞(句)ですが,文中での働き(統語)をみれば副詞として機能しています.前置詞 (preposition) がついていれば分かりやすい気もしますが,ついていません.形式は名詞(句)なのに機能は副詞というのは何か食い違っているように思えますが,このような例は英語では日常茶飯で枚挙にいとまがありません.

 ・ I got up at five this morning.
 ・ Every day they run ten kilometers.
 ・ He repeated the phrase twice.
 ・ She lives just three doors from a supermarket.
 ・ We cook French style.
 ・ You are all twenty years old.
 ・ They travelled first-class.

 上記のような副詞的に用いられる名詞句は,歴史的には副詞的対格 (adverbial_accusative),副詞的与格 (adverbial dative),副詞的属格 (adverbial_genitive) などと呼ばれます.本ブログでも歴史的な観点から様々に取り上げてきた話題です.
 昨日大学院生により公表された「英語史導入企画2021」のためのコンテンツ「先生,ここに前置詞いらないんですか?」は,この問題に英語史の観点から迫った,読みやすい導入的コンテンツです.古英語の事例を提示しながら,最後は「名詞が副詞の働きをするというのは,格変化が豊かであった古英語時代の用法が現代にかすかに生き残ったものなのである」と締めくくっています.
 古英語期に名詞(句)が格変化して副詞的に用いられていたものが,中英語期以降に格変化を失った後も化石的に生き残ってきたという説明は,およそその通りだと考えています.一方で,それだけではないとも思っています.とりわけ時間,空間,様態に関わる副詞が,名詞(句)から発達するということは,歴史的な格変化を念頭におかずとも,通言語的にありふれているように思われるからです.日本語の,「昨日」「今日」「明日」「先週」「来年」はもとより「短時間」「半世紀」「未来永劫」や「突然」「畢竟」「誠心誠意」も形態的には典型的な名詞句のようにみえますが,機能的には副詞で用いられることも多いでしょう.
 上記コンテンツで例示されているように,古英語には名詞が対格・与格・属格に屈折して副詞として用いられている例は多々あります.しかし,例えば hwīlum ("sometimes, once"; > PDE whilom) などは,語源・形態的には語尾の -um は複数与格を表わすとはいえ,すでに古英語の時点で語彙化していると考えられます.名詞 hwīl (> PDE while) が格屈折したものであるという意識は,古英語話者にすら稀薄だったのではないかと想像されるのです.屈折の衰退を待たずして,古英語期にも名詞由来の hwīlum がすでに副詞として認識されていた(もし仮に認識されることがあったとして)のではないかと思われます.
 中英語期以降の格変化の衰退が,現代につながる「副詞的名詞(句)」の拡大に貢献したことは認めつつも,歴史的経緯とは無関係に,時間,空間,様態などを表わす名詞(句)が副詞化する傾向は一般的にあるのではないでしょうか.

Referrer (Inside): [2023-01-01-1]

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2021-04-19 Mon

#4375. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第2回「なぜ foot の複数形は feet になるの?」 [notice][sobokunagimon][rensai][plural][number][i-mutation][vowel][phonetics]

 一ヶ月ほど前に「#4340. NHK『中高生の基礎英語 in English』の新連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」がスタートします」 ([2021-03-15-1]) で紹介した通り,新年度に向けて開講された新講座「中高生の基礎英語 in English」のテキストのなかで,英語のソボクな疑問に関する連載を始めています.中高生向けに「ミステリー仕立ての謎解き」というモチーフで執筆しており,英語史の超入門というべきものとなっていますので,関心のある方は是非どうぞ.先日5月号のテキストが発刊されましたので,ご案内します.

『中高生の基礎英語 in English』2021年5月号



 5月号の連載第2回で取り上げた話題は,不規則な複数形の代表例といえる feet についてです.なぜ *foots ではなく feet になるのでしょうか.
 本ブログでも「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1]),「#2017. foot の複数はなぜ feet か (2)」 ([2014-11-04-1]),「#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2021-02-07-1]),「#4320. 古英語にはもっとあった foot -- feet タイプの複数形」 ([2021-02-23-1]) で扱ってきた問題ですが,この語が歴史的にたどってきた複雑な変化を,「磁石」の比喩を用いて,これまで以上に分かりやすく解説しました.どうぞご一読ください.

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2021-04-18 Sun

#4374. No. 1 を "number one" と読むのは英語における「訓読み」の例である [abbreviation][latin][spelling][japanese][kanji][sobokunagimon][grammatology][khelf_hel_intro_2021]

 英語の話題を扱うのに,日本語的な「訓読み」(や「音読み」)という用語を持ち出すのは奇異な印象を与えるかもしれないが,実は英語にも音訓の区別がある.そのように理解されていないだけで,現象としては普通に存在するのだ.表記のように No. 1 という表記を,英語で "number one" と読み下すのは,れっきとした訓読みの例である.
 議論を進める前に,そもそもなぜ "number one" が No. 1 と表記されるのだろうか.多くの人が不思議に思う,この素朴な疑問については,「英語史導入企画2021」の昨日のコンテンツ「Number の略語が nu.ではなく, no.である理由」に詳しいので,ぜひ訪問を.本ブログでも「#750. number の省略表記がなぜ no. になるか」 ([2011-05-17-1]) や「#4185. なぜ number の省略表記は no. となるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-10-11-1]) で取り上げてきたので,こちらも確認していただきたい.
 さて,上記のコンテンツより,No. 1 という表記がラテン語の奪格形 numerō の省略表記に由来することが確認できたことと思う.英語にとって外国語であるラテン語の慣習的な表記が英語に持ち越されたという意味で,No. 1 は見映えとしては完全によそ者である.しかし,その意味を取って自言語である英語に引きつけ,"number one" と読み下しているのだから,この読みは「訓読み」ということになる.
 これは「昨日」「今日」「明日」という漢語(外国語である中国語の複合語)をそのまま日本語表記にも用いながらも,それぞれ「きのう」「きょう」「あした」と日本語に引きつけて読み下すのと同じである.日本語ではこれらの表記に対してフォーマルな使用域で「さくじつ」「こんにち」「みょうにち」という音読みも行なわれるが,英語では No. 1 をラテン語ばりに "numero unus" などと「音読み」することは決してない.この点においては英日語の比較が成り立たないことは認めておこう.
 しかし,原理的には No. 1 を "number one" と読むのは,「明日」を「あした」と読むのと同じことであり,要するに「訓読み」なのである.この事実を文字論の観点からみれば,No.1 も,ここでは表音文字ではなく表語文字として,つまり漢字のようなものとして機能している,と言えばよいだろうか.漢字の音訓に慣れた日本語使用者にとって,No. 1 問題はまったく驚くべき問題ではないのである.
 関連して「#1042. 英語における音読みと訓読み」 ([2012-03-04-1]) も参照.

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2021-04-14 Wed

#4370. なぜ Japan には -ese をつけるのか? [sobokunagimon][suffix][onomastics][khelf_hel_intro_2021]

 「英語史導入企画2021」も少しずつ軌道に乗ってきて好コンテンツが上がってきているが,昨日公表された学部生による「日本人はなぜ Japanese?」も,多くの英語学習者に訴えかける素朴な疑問といってよいだろう.
 国名からその国民名,国語名,形容詞を作るのに,英語にはいろいろなやり方がある.特定の接尾辞 (suffix) を付けるのが一般的だが,その接尾辞にもいろいろある.AmericaAmericanKoreaKorean があるかと思えば,SpainSpanish, DenmarkDanish があるし,New ZealandNew ZealanderIcelandIcelander もある.日本はなぜか JapanJapanese となり,この点では ChinaChinese, VietnamVietnamese, PortugalPortuguese と同類だが,なぜ国名によってこれほどバラバラなのかがよく分からない.英語を学ぶ誰しもが,日本語の「?人」のように統一的な言い方にしてくれれば楽なのに,と思ったことがあるだろう.
 本ブログでも真正面からこの話題を取り上げたことはなかったが,それは簡単に答えられる類いの問題ではないと知っていたからだ.しかし,知りたい.なぜ英語では Japan には -ese が付されるのか.なぜ *Japanian や *Japanish ではないのか(cf. ドイツ語 Japanisch).
 「日本人はなぜ Japanese?」は,この素朴でありながら難解な問いに1年間かけて挑んだゼミ学生のコンテンツである.-ese を取る国名の一覧表,その分布を示した世界地図,簡潔で軽快な文章を通じて,非常にリーダブルなコンテンツとなっている.それでいて参考文献や脚注により学術性を担保しようという姿勢も感じられる.内容については,語誌的にも歴史学的にも綿密に検証する余地はあるが,好奇心を強く誘う仮説となっている.たいへん教育的で啓発的なコンテンツ.ぜひご一読を.
 このトピックに緩く関係する本ブログからの記事として,以下を参照.

 ・ 「#4027. 接尾辞 -ese の起源」 ([2020-05-06-1])
 ・ 「#4024. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (1)」 ([2020-05-03-1])
 ・ 「#4025. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (2)」 ([2020-05-04-1])
 ・ 「#4026. なぜ JapaneseChinese などは単複同形なのですか? (3)」 ([2020-05-05-1])
 ・ 「#3023. ニホンかニッポンか」 ([2017-08-06-1])
 ・ 「#1774. Japan の語源」 ([2014-03-06-1])
 ・ 「#2979. Chibanian はラテン語?」 ([2017-06-23-1])
 ・ 「#3918. Chibanian (チバニアン,千葉時代)の接尾辞 -ian (1)」 ([2020-01-18-1])
 ・ 「#3919. Chibanian (チバニアン,千葉時代)の接尾辞 -ian (2)」 ([2020-01-19-1])
 ・ 「#3920. Chibanian (チバニアン,千葉時代)の接尾辞 -ian の直前の n とは?」 ([2020-01-20-1])

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2021-04-05 Mon

#4361. 英語史は「英語の歴史」というよりも「英語と歴史」 [hel_education][sobokunagimon]

 標題は,毎年度のように大学の「英語史」の初回授業で述べていることです.一度文章化しておこうと思います.
 「英語史」とは普通に考えると「英語の歴史」のことです.「経済史」は経済の歴史のことで,「生物史」は生物の歴史のことであるのと同じです.英語で「英語史」は "the history of English" や "the history of the English language" と言いますし,当たり前すぎる話しです.
 しかし,「英語史」という分野は,むしろ「英語と歴史」と理解したほうが真実に近いだろうと思っています.この場合の「歴史」とは,皆さんが学校で学んできたはずの「日本史」や「世界史」などを指します.それは,およそ政治史だったり文化史だったり,いわゆる日本なり世界なりがいかなる歴史を歩んできたかについて社会的な観点から過去を振り返る分野です.英語史は,英語という言語と,この直感的で常識的な意味での歴史を絡めてみようという試みにほかなりません.
 「英語史」という分野名を初めて聞くと,おそらく古い英語の文法や発音を学び,古い文学作品を読むのだろうなというイメージをもつだろうと思います.日本語の「古文」が,まさにそのような分野だから無理もありません.もちろん英語史でも古い英語の文法や発音を学び,古い文学作品を読むということは,確かに行ないます.しかし,それは英語史という分野の半分の側面にすぎません.残りの半分の側面は,まさに上記の直感的で常識的な意味での歴史と,英語という言語との関わりに注目します.
 専門的にいえば,英語という言語そのもの --- 文法,発音,綴字,語彙などの言語学的諸部門 --- の歴史的変化を考察する分野は「内面史」と呼ばれます.一方,英語という言語と,それを用いる社会(およびその周辺の他の社会)とをヒモで結びつけた1つの単位の歴史的変化を考察する分野は「外面史」と呼ばれます.
 皆さんの英語史に対する当初のイメージは「内面史」に限定されていたと思います.しかし,英語史のまるまる半分は「外面史」に当てられます.例えば,特に近現代に注目した外面史のトピックとして,以下のような疑問が挙げられます.

 ・ なぜ英語は世界語となったのか
 ・ 現代世界における英語話者の人口はどのくらいか
 ・ 英語は何カ国で使われているのか
 ・ 英文法は誰が定めたのか
 ・ なぜ日本ではアメリカ英語がイギリス英語よりも主流なのか
 ・ 英語にも方言があるのか
 ・ なぜイギリス英語とアメリカ英語では発音や語法の異なるものがあるのか
 ・ なぜ英語には敬語がないのか

 これらの疑問は,もちろん英語という言語そのものにも深く関係しますが,何よりも英語話者や英語社会の観点から問うべき問題であり,すぐれて「外面史」的な話題といえます.一方,以下のような疑問はどうでしょうか.

 ・ なぜ give up = surrender のような類義語や代替表現が多いのか
 ・ なぜ busy は <u> で綴るのに /ɪ/ で発音されるのか
 ・ なぜ one には <w> の綴字がないのに /w/ で発音するのか
 ・ なぜ動詞の3単現に -s がつくのか
 ・ なぜ will の否定形は won't なのか
 ・ なぜ you は単数と複数を区別しないのか
 ・ なぜフランス語などのように名詞に文法上の性がないのか
 ・ なぜ疑問文や否定文に do が出るのか
 ・ なぜ SVO など語順が厳しく決まっているのか

 こちらの方はいかにも英語という言語そのものに関する語学的な疑問ですので,英語史のなかでも「内面史」の観点から説明されるのだろうと思うかもしれません.しかし,実はそうでもないのです.このような一見すぐれて語学的な疑問ですら,実は「外面史」を参照しないと完全には説明できません.いずれも英語話者や英語社会がたどってきた(常識的な意味での)歴史との関係からアプローチすると,きれいに解決する類いの疑問なのです.例えば,最初の「なぜ give up = surrender のような類義語や代替表現が多いのか」という疑問についていえば,1066年のノルマン征服というイギリス史上最大の事件が大いに関与してきます.
 以上,本当の「英語史」のイメージがつかめたでしょうか.英語史は,かなりの程度まで「英語と歴史」なのです.したがって,英語と歴史の両方が好きであれば,たまらない分野となるはずです.英語は好きだけれど歴史が苦手だったという方は,むしろこれを機に歴史に近づくチャンスです.歴史は好きだけれど英語はちょっと,というタイプは,英語を異なる角度から見直すチャンスです.
 最後に,1年ほどかけて英語史概説を学んだ学生が残していったコメントをこちらの記事セットよりご一読ください.英語史が「英語と歴史」であることが伝わってくるコメントが多く見つかります.

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2021-03-30 Tue

#4355. friend の綴字と発音 [spelling][spelling_pronunciation_gap][vowel][trish][gvs][diphthong][sobokunagimon]

 基本語ながらも,綴字と発音の対応という観点からすると,とてもつもなく不規則な例である.<friend> という綴字で /frɛnd/ の発音となるのは,普通では理解できない.ほかに <ie> ≡ /ɛ/ となるのは,イギリス英語における lieutenant ≡ /lɛfˈtɛnənt/ くらいだろうか (cf. 「#4176. なぜ lieutenant の発音に /f/ が出るのか?」 ([2020-10-02-1])).
 歴史をさかのぼってみよう.古英語 frēond (味方,友)においては,問題の母音は綴字通り /eːo/ だった.対義語である fēond (敵;> PDE fiend /fiːnd/)も同様で,長2重母音 /eːo/ を示していた.この点では,両語は同一の韻をもち,その後の発達も共通となるはずだった.しかし,その後 frēondfēond は異なる道筋をたどることになった.
 frēond からみてみよう.長2重母音 /ēo/ は中英語にかけて滑化して長母音 /eː/ となった.この長母音は,派生語 frēondscipe (> PDE friendship) などにおいて3音節短化 (Trisyllabic Shortening = trish) を経て /e/ となったが,派生語の発音が類推 (analogy) の基盤となり,基体の friend そのものの母音も短化して /e/ となったらしい.これが現代の短母音をもつ /frɛnd/ の起源である.
 一方,長母音 /eː/ による発音も後世まで残ったようで,これが大母音推移 (gvs) を経て /iː/ となった.また,この短化バージョンである /i/ も現われた.つまり friend の母音は,中英語期以降 /eː/, /e/, /iː/, /i/ の4つの変異を示してきたということである.
 ここで,対義語 fēond (cf. PDE fiend /fiːnd/) に目を向けてみよう.こちらも friend とルーツはほぼ同じだが,比較的順当な音変化をたどった.長2重母音 /eːo/ の長2重母音が滑化して /eː/ となり,これが大母音推移で上げを経て /iː/ となり,現代英語の発音 /fiːnd/ に至る.
 発音の経緯は以上の通りだが,friend, fiend の綴字 <ie> についても事情は簡単ではない.詳しくは「#4082. chief, piece, believe などにみられる <ie> ≡ /i:/」 ([2020-06-30-1]) を読んでいただきたい.上記の /iː/ の段階で綴字 <ie> と結びつけられたものが,現代まで残っていると考えればよいだろう.

 ・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.

Referrer (Inside): [2021-03-31-1]

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2021-03-24 Wed

#4349. なぜ過去分詞には不規則なものが多いのに現在分詞は -ing で規則的なのか? [sobokunagimon][participle][verb][infinitive][gerund][verb][conjugation][suffix]

 1年ほど前に,大学生より英語に関する素朴な疑問をたくさん提供してもらったことがある.そのなかの1つに,標題の趣旨の疑問があった(なお,疑問の原文は「なぜ現在分詞 -ing には過去分詞のような不規則動詞が存在しないのか」).つい最近この疑問について考え始めてみたのだが,まったくもって素朴ではない疑問であることに気づいた.おもしろいと思い,目下,院生・ゼミ生を総動員(?)して議論している最中である.
 この疑問の何がおもしろいかといえば,第1に,こんな疑問は思いつきもしなかったから.英語学習者は皆,動詞の活用に悩まされてきたはず.その割には,現在分詞(動名詞も同様だが)だけはなぜか -ing で一貫している.これは嬉しい事実ではあるが,ちょっと拍子抜け.どうしてそうなのだろうか.という一連の思考回路が見事なのだと思う.-ing にも綴字については若干の不規則はあるのだが,無視してよい程度の問題である(cf. 「#3069. 連載第9回「なぜ trytried となり,diedying となるのか?」」 ([2017-09-21-1])).
 このように素晴らしい発問だと感銘を受けて挑戦し始めたのはよいが,実は難問奇問.どうにも答えが出ない.そこで,なぜこの疑問が難しいのかをメタ的に考えてみた.2点ほどコメントしたい.

(1) お題は大学生から出された素朴な疑問.「なぜ A は不規則なのに B は規則的なのか?」という疑問形式となっているが,よく考えてみると,これは「素朴な」疑問から一歩も二歩も抜け出した,むしろかなり高度な問い方ではないか.英語初学者が発するような疑問は,たいてい「なぜ B は規則的なのに A は不規則なのか?」となるのが自然である.今回のケースでいえば「なぜ現在分詞は -ing で規則的なのに過去分詞には不規則なものが多いのか?」という発問のほうが普通ではないか.後者の疑問であれば,現在分詞の -ing が規則的であることは特に説明を要さず,過去分詞に不規則なものが多い理由を答えればよい.おそらく,こちらのほうが答えるにはより易しい質問となるだろう(ただし,これとて決して易しくはない).

(2) もともと現在分詞と過去分詞の2者を対比したところに発する疑問である.確かに両者とも名前に「分詞」 (participle) を含み,自然と比較対象になりやすいわけだが,比較対象をこの2種類に限定せず,より広く non-finite verb forms とすると,もう少し視界が開けてくるのではないか.具体的にいえば,現在分詞と過去分詞に加えて,動名詞と不定詞も考慮してみるのはどうだろうか.現在分詞と動名詞は形式上は常に一致しているので,実際上は新たに考慮に加えるべきは不定詞ということになる.不定詞というのは現代英語としては原形にほかならず,それが基点というべき存在なので,不規則も何もない(ただし be 動詞は別にしたほうがよさそうである).とすると,4種類ある non-finite verb forms のなかで,3種類までが規則的で,1種類のみ,つまり過去分詞のみが不規則ということになる.共時的にみる限り,上記 (1) で示唆したことと合わせて,「なぜ過去分詞形のみが不規則なのか?」と問い直すほうが,少なくとも回答のためには有益のように考える.

 ということで,当初の発問の切れ味に感じ入って,やや目がくらまされていたところがあるが,少なくとも考察にあたっては言い換えたほうの発問を基準とするのがよいと思っている.もちろんそれにしても難しい問題で,私自身もあるアイディアは持っているが,まったく心許ないので,もっと議論や調査を深めていきたいと思っている.本ブログの読者の皆さんにも1つの話題ということで提供した次第です.
 参考までに,現在分詞に関する過去の記事として,以下を挙げておきたい.

 ・ 「#790. 中英語方言における動詞屈折語尾の分布」 ([2011-06-26-1])
 ・ 「#2421. 現在分詞と動名詞の協働的発達」 ([2015-12-13-1])
 ・ 「#2422. 初期中英語における動名詞,現在分詞,不定詞の語尾の音韻形態的混同」 ([2015-12-14-1])
 ・ 「#4345. 古英語期までの現在分詞語尾の発達」 ([2021-03-20-1])
 ・ 「#4344. -in' は -ing の省略形ではない」 ([2021-03-19-1]

Referrer (Inside): [2022-05-09-1] [2021-05-12-1]

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2021-03-15 Mon

#4340. NHK『中高生の基礎英語 in English』の新連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」がスタートします [notice][sobokunagimon][rensai][3sp]

 私としては初めての経験となるのですが,英語を学ぶ中高生に的を絞った連載「歴史で謎解き 英語のソボクな疑問」が新年度に向けてスタートします.NHKラジオで3月29日に開講する新講座「中高生の基礎英語 in English」のテキストのなかで,毎月,英語のソボクな疑問をミステリー仕立てで易しく謎解きしていきます.筆者として新連載の執筆に当たって最も心がけたいと思っていることは,おもしろく,分かりやすく解説することです.
 4月号のテキストはすでに3月14日に発刊されています.連載の初回は「第1回 なぜ3単現の s をつけるの?」です.

『中高生の基礎英語 in English』2021年4月号



 英語に関する素朴な疑問については,これまでも以下のように異なる媒体で頻繁に公にしてきました.

 ・ 本ブログの英語に関する素朴な疑問集
 ・ 本ブログの hellog ラジオ版コンテンツ
 ・ 『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』(研究社,2016年)
 ・ 『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』(中央大学出版部,2011年)
 ・ 大修館『英語教育』の連載(2019年4月号から2020年3月号までの12回)「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」
 ・ 研究社のオンライン連載(2017年1月から12月の12回)「現代英語を英語史の視点から考える」
 ・ 『CNN English Express』2019年2月号の記事「歴史を知れば納得! 英語の『あるある大疑問』」 (pp. 41--49)
 ・ 大修館『英語教育』2018年9月号の記事「素朴な疑問に答えるための英語史のツボ」 (pp. 12--13)
 ・ 「3単現の -s の問題とは何か――英語教育に寄与する英語史的視点――」『これからの英語教育――英語史研究との対話――』 (Can Knowing the History of English Help in the Teaching of English?). Studies in the History of English Language 5. 家入葉子(編),大阪洋書,2016年.105--31頁.

 実際,3単現の -s の問題も,上記の媒体で2度や3度にとどまらず繰り返し取り上げてきた話題です.その点では,話題そのものの新鮮みはあまりないかもしれません.しかし,今回は,ある程度その問題について理解している読者にとっても,なるほどと思ってもらえるような新しい知見や視点を含めるように努めました.どのレベルの読者にとっても,おもしろく読める内容に仕上がっているのではないかと思います.
 今回の試みが従来のものと決定的に異なる点は,やはり第一に中高生を対象としているという事実です.これまでも易しい解説を心がけてきたつもりではありますが,想定していた読者はたいてい大学生以上の英語学習者や英語教育関係者でした.ところが,今回は英語を学ぶ中高生を直接に意識した連載なのです.その意味で,今回の新連載は,筆者にとってもチャレンジングな機会だと思っています.
 英語史に関心をもってもらえるよう,編集者の方とも協議し,なるべく噛み砕いた記述を心がけました.また,謎解き探偵風のイラストをふんだんに入れてもらい,取っつきやすさも出ているかと思います.
 英語学習者や英語教員の皆さん,ぜひ毎月テキストを手にとってみてください.よろしくお願いします.
 なお,テキスト末尾にも掲載されていますが,NHKテキストより,英語に関する疑問やこの連載で扱って欲しいテーマを募集しています.NHKテキストのウェブサイトのアンケートよりどうぞ.

Referrer (Inside): [2021-04-19-1]

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2021-02-20 Sat

#4317. なぜ「格」が "case" なのか [terminology][case][grammar][history_of_linguistics][etymology][dionysius_thrax][sobokunagimon][latin][greek][vocative]

 本ブログでは種々の文法用語の由来について「#1257. なぜ「対格」が "accusative case" なのか」 ([2012-10-05-1]),「#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか」 ([2012-10-06-1]),「#1520. なぜ受動態の「態」が voice なのか」 ([2013-06-25-1]),「#3307. 文法用語としての participle 「分詞」」 ([2018-05-17-1]),「#3983. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (1)」 ([2020-03-23-1]),「#3984. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (2)」 ([2020-03-24-1]),「#3985. 言語学でいう法 (mood) とは何ですか? (3)」 ([2020-03-25-1]) などで取り上げてきた.今回は「格」がなぜ "case" と呼ばれるのかについて,連日参照・引用している Blake (19--20) より概要を引用する.

The term case is from Latin cāsus, which is in turn a translation of the Greek ptōsis 'fall'. The term originally referred to verbs as well as nouns and the idea seems to have been of falling away from an assumed standard form, a notion also reflected in the term 'declension' used with reference to inflectional classes. It is from dēclīnātiō, literally a 'bending down or aside'. With nouns the nominative was taken to be basic, with verbs the first person singular of the present indicative. For Aristotle the notion of ptōsis extended to adverbial derivations as well as inflections, e.g. dikaiōs 'justly' from the adjective dikaios 'just'. With the Stoics (third century BC) the term became confined to nominal inflection . . . .
   The nominative was referred to as the orthē 'straight', 'upright' or eutheia onomastikē 'nominative case'. Here ptōsis takes on the meaning of case as we know it, not just of a falling away from a standard. In other words it came to cover all cases not just the non-nominative cases, which in Ancient Greek were called collectively ptōseis plagiai 'slanting' or 'oblique cases' and for the early Greek grammarians comprised genikē 'genitive', dotikē 'dative' and aitiatikē 'accusative'. The vocative which also occurred in Ancient Greek, was not recognised until Dionysius Thrax (c. 100 BC) admitted it, which is understandable in light of the fact that it does not mark the relation of a nominal dependent to a head . . . . The received case labels are the Latin translations of the Greek ones with the addition of ablative, a case found in Latin but not Greek. The naming of this case has been attributed to Julius Caesar . . . . The label accusative is a mistranslation of the Greek aitiatikē ptōsis which refers to the patient of an action caused to happen (aitia 'cause'). Varro (116 BC--27? BC) is responsible for the term and he appears to have been influenced by the other meaning of aitia, namely 'accusation' . . . .


 この文章を読んで,いろいろと合点がいった.英語学を含む印欧言語学で基本的なタームとなっている case (格)にせよ declension (語形変化)にせよ inflection (屈折)にせよ,私はその名付けの本質がいまいち呑み込めていなかったのだ.だが,今回よく分かった.印欧語の形態変化の根底には,まずイデア的な理想形があり,それが現世的に実現するためには,理想形からそれて「落ちた」あるいは「曲がった」形態へと堕する必要がある,というネガティヴな発想があるのだ.まず最初に「正しい」形態が設定されており,現実の発話のなかで実現するのは「崩れた」形である,というのが基本的な捉え方なのだろうと思う.
 日本語の動詞についていわれる「活用」という用語は,それに比べればポジティヴ(少なくともニュートラル)である.動詞についてイデア的な原形は想定されているが,実際に文の中に現われるのは「堕落」した形ではなく,あくまでプラグマティックに「活用」した形である,という発想がある.
 この違いは,言語思想的にも非常におもしろい.洋の東西の規範文法や正書法の考え方の異同とも,もしかすると関係するかもしれない.今後考えていきたい問題である.

 ・ Blake, Barry J. Case. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2001.

Referrer (Inside): [2021-03-06-1]

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2021-02-14 Sun

#4311. 格とは何か? [case][terminology][inflection][category][noun][grammar][sobokunagimon][semantic_role]

 格 (case) は,人類言語に普遍的といってよい文法カテゴリーである.系統の異なる言語どうしの間にも,格については似たような現象や分布が繰り返し観察されることから,それは言語体系の中枢にあるものに違いない.
 学校英文法でも主格,目的格,所有格などの用語がすぐに出てくるほどで,多くの学習者になじみ深いものではあるが,そもそも格とは何なのか.これに明確に答えることは難しい.ずばり Case というタイトルの著書の冒頭で Blake (1) が与えている定義・解説を引用したい.

Case is a system of marking dependent nouns for the type of relationship they bear to their heads. Traditionally the term refers to inflectional marking, and, typically, case marks the relationship of a noun to a verb at the clause level or of a noun to a preposition, postposition or another noun at the phrase level.


 この文脈では,節の主要部は動詞ということになり,句の主要部は前置詞,後置詞,あるいは別の名詞ということになる.平たくいえば,広く文法的に支配する・されるの関係にあるとき,支配される側に立つ名詞が,格の標示を受けるという解釈になる(ただし支配する側が格の標示を受けるも稀なケースもある).
 引用中で指摘されているように,伝統的にいえば格といえば屈折による標示,つまり形態的な手段を指してきたのだが,現代の諸理論においては一致や文法関係といった統語的な手段,あるいは意味役割といった意味論的な手段を指すという見解もあり得るので,議論は簡単ではない.
 確かに普段の言語学の議論のなかで用いられる「格」という用語の指すものは,ときに体系としての格 (case system) であり,ときに格語尾などの格標示 (case marker) であり,ときに格形 (case form) だったりする.さらに,形態論というよりは統語意味論的なニュアンスを帯びて「副詞的対格」などのように用いられる場合もある.私としては,形態論を意識している場合には "case" (格)という用語を用い,統語意味論を意識している場合には "grammatical relation" (文法関係)という用語を用いるのがよいと考えている.後者は,Blake (3) の提案に従った用語である.後者には "case relation" という類似表現もあるのだが,Blake は区別している.

It is also necessary to make a further distinction between the cases and the case relations or grammatical relations they express. These terms refer to purely syntactic relations such as subject, direct object and indirect object, each of which encompasses more than one semantic role, and they also refer directly to semantic roles such as source and location, where these are not subsumed by a syntactic relation and where these are separable according to some formal criteria. Of the two competing terms, case relations and grammatical relations, the latter will be adopted in the present text as the term for the set of widely accepted relations that includes subject, object and indirect object and the term case relations will be confined to the theory-particular relations posited in certain frameworks such as Localist Case Grammar . . . and Lexicase . . . .


 ・ Blake, Barry J. Case. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2001.

Referrer (Inside): [2021-02-15-1]

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2021-02-07 Sun

#4304. なぜ foot の複数形は feet なのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hellog_entry_set][plural][number][i-mutation]

 名詞の複数形は通常は -(e)s をつければよいだけですが,なかには不規則複数形といわれるものがあります.不規則複数形にも実は多種類あるのですが,1つのタイプとして foot --feet, goose -- geese, louse -- lice, man -- men, mouse -- mice, tooth -- teeth, woman -- women が挙げられます.語幹の母音が変異するタイプですね.英語史的にいえば,これらの複数形は同一の原理によるものとして説明できます.foot -- feet を例に,音変化の機微をご覧に入れましょう.音声解説をお聴きください.



 /i/ という母音は,音声学的にいえば極端でどぎつい音です.周囲の音を自分自身の近くに引きつけ,しばしば自他ともに変質させてしまう強力なマグネットとして作用します.例えば,この効果による /ai/ → /eː/ はよくある音変化で,「やばい」 /yabai/ も口語ではしばしば「やべー」 /yabeː/ となりますね.英語でも,day はもともとは綴字が示す通りに /dai/ に近い発音でしたが,近代までに /deː/ へと変化しました.
 これと似たようなことが,英語成立に先立つゲルマン語の時代に foot の当時の発音である /foːt/ に起こったのです.複数語尾である -iz が付加された /foːtiz/ は,どぎつい /i/ の音声的影響のもとに,やがて /feːtiz/ となりました.その後,強勢のおかれない語尾に位置する /z/ や,変化を引き起こした元凶である /i/ 自体が弱まって消失していき,最終的に /feːt/ に帰着したのです.この複数形態こそが,古英語の fēt であり,現代英語の feet なのです.
 この話題については##157,2017の記事セットで本格的に扱っていますので,関心のある方は是非そちらもご覧ください.

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2021-01-30 Sat

#4296. 音素とは何か? --- Crystal の用語辞典より [sobokunagimon][phoneme][phonetics][phonology][terminology][history_of_linguistics][linguistics]

 音素 (phoneme) は,言語学の入門書でも必ず取り上げられる言語の基本的単位であるといわれながら,実は定義が様々にあり,言語学上もっとも問題含みの概念・用語の1つである.学史上も論争が絶えず,軽々に立ち入ることのできないタームである.言語学では,往々にしてこのような問題含みの議論がある.例えば,語 (word) という基本的な単位すら,言語学ではいまだ盤石な定義が与えられていない (cf. 「語の定義がなぜ難しいか」の記事セット) .
 音素の定義というのっぴきならない問題にいきなり迫るわけにもいかないので,まずは用語辞典の記述に頼ってみよう.ただ,いくつか当たってみたのだが,問題のややこしさを反映してか,どれも記述がストレートでない.そのなかでも分かりやすい方だったのが Crystal の用語辞典だったので,取っ掛かりとして長々と引用したい.ただし,これとて絶対的に分かりやすいかといえば疑問.それくらい,初心者には(実は専門家にも)取っつきにくい用語・概念.

phoneme (n.) The minimal unit in the sound SYSTEM of a LANGUAGE, according to traditional PHONOLOGICAL theories. The original motivation for the concept stemmed from the concern to establish patterns of organization within the indefinitely large range of sounds heard in languages. The PHONETIC specifications of the sounds (or PHONES) heard in speech, it was realized, contain far more detail than is needed to identify the way languages make CONTRASTS in MEANINGS. The notion of the phoneme allowed linguists to group together sets of phonetically similar phones as VARIANTS, or 'members', of the same underlying unit. The phones were said to be REALIZATIONS of the phonemes, and the variants were referred to as allophones of the phonemes . . . . Each language can be shown to operate with a relatively small number of phonemes; some languages have as few as fifteen phonemes; othes as many as eighty. An analysis in these terms will display a language's phonemic inventory/structure/system. No two languages have the same phonemic system.
   Sounds are considered to be members of the same phoneme if they are phonetically similar, and do not occur in the same ENVIRONMENT (i.e. they are in COMPLEMENTARY DISTRIBUTION) --- or, if they do, the substitution of one sound for the other does not cause a change in meaning (i.e. they are in FREE VARIATION). A sound is considered 'phonemic', on the other hand, if its substitution in a word does cause a change in meaning. In a phonemic transcription, only the phonemes are given symbols (compared with phonetic TRANSCRIPTIONS, where different degrees of allophonic detail are introduced, depending on one's purpose). Phonemic symbols are written between oblique brackets, compared with square brackets used for phonetic transcriptions; e.g. the phoneme /d/ has the allophones [d] (i.e. an ALVEOLAR VOICED variant), [d̥] (i.e. an alveolar devoiced variant), [d̪] (i.e. a DENTAL variant) in various complementary positions in English words. Putting this another way, it is not possible to find a pair of words in English which contrast in meaning solely on account of the difference between these features (though such contrasts may exist in other languages). The emphasis on transcription found in early phonemic studies is summarized in the subtitle of one book on the subject: 'a technique for reducing languages to writing'. The extent to which the relationship between the phonemes and the GRAPHEMES of a language is regular is called the 'phoneme-grapheme correspondence'.
   On this general basis, several approaches to phonemic analysis, or phonemics, have developed. The PRAGUE SCHOOL defined the phoneme as a BUNDLE of abstract DISTINCTIVE FEATURES, or OPPOSITIONS between sounds (such as VOICING, NASALITY), and approach which was developed later by Jakobson and Halle . . . , and GENERATIVE phonology. The approach of the British phonetician Daniel Jones (1881--1967) viewed the phoneme as a 'family' of related sounds, and not as oppositions. American linguists in the 1940s also emphasized the phonetic reality of phonemes, in their concern to devise PROCEDURES of analysis, paying particular attention to the DISTRIBUTION of sounds in an UTTERANCE. Apart from the question of definition, if the view is taken that all aspects of the sound system of a language can be analysed in terms of phonemes --- that is, the SUPRASEGMENTAL as well as the SEGMENTAL features --- then phonemics becomes equivalent to phonology (= phonemic phonology). This view was particularly common in later developments of the American STRUCTURALIST tradition of linguistic analysis, where linguists adopting this 'phonemic principle' were called phonemicists. Many phonologists, however (particularly in the British tradition), prefer not to analyse suprasegmental features in terms of phonemes, and have developed approaches which do without the phoneme altogether ('non-phonemic phonology', as in PROSODIC and DISTINCTIVE FEATURE theories).


 最後の段落に諸派の見解が略述されているが,いや,実に厄介.
 音声 (phone) と音素 (phoneme) との違いについて,これまでに次のような記事を書いてきたので,そちらも参照.

 ・ 「#669. 発音表記と英語史」 ([2011-02-25-1])
 ・ 「#3717. 音声学と音韻論はどう違うのですか?」 ([2019-07-01-1])
 ・ 「#4232. 音声学と音韻論は,車の構造とスタイル」 ([2020-11-27-1])

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

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2021-01-24 Sun

#4290. なぜ island の綴字には s が入っているのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hellog_entry_set][etymological_respelling][etymology][spelling_pronunciation_gap][reanalysis][silent_letter][renaissance]

 英語には,文字としては書かれるのに発音されない黙字 (silent_letter) の例が多数みられます.doubt の <b> や receipt の <p> など,枚挙にいとまがありません.そのなかには初級英語で現われる非常に重要な単語も入っています.例えば island です.<s> の文字が見えますが,発音としては実現されませんね.これは多くの英語学習者にとって不思議中の不思議なのではないでしょうか.
 しかし,これも英語史の観点からみると,きれいに解決します.驚くべき事情があったのです.音声解説をどうぞ.



 「島」を意味する古英語の単語は,もともと複合語 īegland でした.「水の(上の)陸地」ほどの意味です.中英語では,この複合語の第1要素の母音が少々変化して iland などとなりました.
 一方,同じ中英語期に古フランス語で「島」を意味する ile が借用されてきました(cf. 現代フランス語 île).これは,ラテン語の insula を語源とする語です.古フランス語の ile と中英語 iland は形は似ていますが,まったくの別語源であることに注意してください.
 しかし,確かに似ているので混同が生じました.中英語 iland が,古フランス語 ileland を継ぎ足したものとして解釈されてしまったのです.
 さて,16世紀の英国ルネサンス期になると,知識人の間にラテン語綴字への憧れが生じます.フランス語 ile を生み出したラテン語形は insulas を含んでいましたので,英語の iland にもラテン語風味を加味するために s を挿入しようという動きが起こったのです.
 現代の英語学習者にとっては迷惑なことに,当時の s を挿入しようという動きが勢力を得て,結局 island という綴字として定着してしまったのです.ルネサンス期の知識人も余計なことをしてくれました.しかし,それまで数百年の間,英語では s なしで実現されてきた発音の習慣自体は,変わるまでに至りませんでした.ということで,発音は古英語以来のオリジナルである s なしの発音で,今の今まで継続しているのですね.
 このようなルネサンス期の知識人による余計な文字の挿入は,非常に多くの英単語に確認されます.語源的綴字 (etymological_respelling) と呼ばれる現象ですが,これについては##580,579,116,192,1187の記事セットもお読みください.

Referrer (Inside): [2023-01-01-1]

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