「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]),「#1972. Meillet の文法化」([2014-09-20-1]),「#1974. 文法化研究の発展と拡大 (1)」 ([2014-09-22-1]),「#1975. 文法化研究の発展と拡大 (2)」 ([2014-09-23-1]) の記事でみたように,文法化の研究が進むにつれて,文法化そのもののとらえ方も変化してきた.伝統的な「狭い」見解と,比較的新しい「広い」見解とが区別される.以下,Traugott (59--61) に従って紹介する.
「狭い」見解によれば,文法化とは縮小 (reduction) である.この見方は主として形式的な観点からのものであり,文法化とは構造と形式の縮小,作用域 (scope) の縮小,そして依存関係の増加よってに特徴づけられるとする.この見方の伝統は Meillet に遡り,ラテン語の分析的な dare habes がロマンス語の総合的な未来形へと変化した例などが典型例とされる.この伝統に則して文法化を定義するのであれば,「ある構文スキーマの一部がより強い内的依存関係を持つようになる歴史的変化」ということになる(Traugott 60) .
一方,機能的な観点,とりわけ語用論的な観点から文法化をみる視点が育ってくるにしたがって,文法化とはむしろ拡張 (extension) であるという考え方が広まってきた.3種類のコンテクスト拡張が提起されている.1つはコロケーション的拡張であり,例えば be going to (?するために行く)が未来を表す助動詞になった事例においては,文法化するにつれて後続する動詞の種類が増加したことが知られている.「行く」という原義が漂白 (bleaching) することにより,like や think などの動詞とも自由に共起することができるようになった.2つ目は形態統語的拡張である.指示詞が定冠詞へ文法化する場合,最初は主語と目的語の位置に生じるのが一般的であり,空間・時間を表す句にまで拡張されるのは文法化の過程が進んでからのことが多い.3つ目は意味・語用論的拡張である.文法化を経る言語項は,時間とともに多義・多機能になることが多い.例えば,助動詞 can は「知っている」という動詞の意味から出発したが,今では能力・許可・可能性などの多義・多機能を発達させるに至った.
上記の「狭い」文法化と「広い」文法化は,それぞれ反対の方向を向いているようでありながら,実は同じコインの表裏である.前者は形式的な観点,後者は機能的な観点に注目しているという違いにすぎない.意味の漂白 (bleaching) あるいは脱意味化 (desemanticization) についても,原義を中心に考えれば縮小 (reduction) ととらえられるが,一方で新たに獲得される抽象的でスキーマ的な意味(時制,相,格,連結性など)を中心に考えれば拡張 (extension) ととらえられる.スキーマ的な意味の獲得とは,換言すれば,「手続き型」 (procedural) の用法の獲得であり,それにより発話を解析するのに必要となる種々の推論や算定を制約することが可能となるという点で,語用論的な機能が発達することにほかならない.ここにきて,文法化と語用論化が結びつけられることになる.
近年,文法化,語用論化,主観化,間主観化などの用語や概念が林立してきたが,それぞれが互いにどのような関係にあるのかはまだ明らかにされていない.ただし,部分的に重なり合うことはわかってきており,合わせて理解していくことにより,より一般的な意味変化(あるいは言語変化)の問題の解明につながるのではないかという期待がある.
・ Traugott, Elizabeth Closs (著),福元広二(訳) 「文法化と(間)主観化」『歴史語用論入門 過去のコミュニケーションを復元する』(高田 博行・椎名 美智・小野寺 典子(編著)),大修館,2011年.59--70頁.
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