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phonetics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-07-10 11:20

2020-08-12 Wed

#4125. なぜ women は「ウィミン」と発音するのですか? --- hellog ラジオ版 [hellog-radio][sobokunagimon][hel_education][spelling_pronunciation_gap][plural][etymology][disguised_compound][phonetics]

 hellog ラジオ版の第15回は,スペリングと発音の不一致しない事例の1つを取り上げます.women = /ˈwɪmɪn/ は,どうひっくり返っても理解できないスペリングと発音の関係です.単数形は woman = /ˈwʊmən/ となり,まだ理解できるのですが,複数形の women = /ˈwɪmɪn/ は,いったい何なのかという疑問です.以下をお聴きください.



 最後のところで英語史の教訓として述べたように,現在不規則にみえるものが歴史的には規則的であり,説明を要しないということは多々あります.むしろ,現在規則的にみえるもののほうが歴史的には問題となってくるパターンが多いのです.
 また,今回の話題のように,英語史と音声学の知識はしばしば関わり合います.本格的に英語史を学んでみたいという方は,是非とも音声学もいっしょに学んでください.英語史のおもしろさのかなりの部分は発音の変化にあります.今回取り上げた問題とその周辺については,##223,224の記事セットをどうぞ.

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2020-07-24 Fri

#4106. gaunt, aunt, lamp, danger --- 歴史的な /a(u)NC/ がたどった4つのルート [sound_change][vowel][diphthong][gvs][phonology][phonetics][anglo-norman][french][loan_word]

 歴史的に /a(u)NC/ の音連鎖をもっていた借用語は,標題に例示した通り,現代英語において4種類の発音(と揺れ)を示し得る.[ɔː ? ɑː], [ɑː ? æ(ː)], [æ(ː)], [eɪ] である.4種類間の区別は,音環境により,そしてある程度までは借用のソース方言により説明される.歴史的な /a(u)NC/ 語がたどってきた4つのルートをまとめた Minkova (241) による図表を,多少改変した形で以下に挙げよう.

SourceOutputExamples
/aNC/ (AN <-aunC>)[ɔː ? ɑː]gaunt, haunt, laundry, saunter
/aNC/ (OFr <-anC>)[ɑː ? æ(ː)]aunt, grant, slander, sample, dance
/aNC#/[æ(ː)]lamp, champ, blank, flank, bland
/aNC (palat. obstr.)/[eɪ]danger, change, range, chamber


 gaunt タイプはおよそアングロ・ノルマン語に由来し,aunt タイプは古(中央)フランス語に由来する.lamp タイプは,問題の音連鎖が語末に来る場合に観察される.danger タイプは,典型的には [ʤ] の子音が関わる語にみられ,大母音変化 (gvs) を経て長母音が2重母音変化した結果を示している(中西部から北部にかけての中英語方言の [aː] がベースとなったようだ).
 いずれのタイプについても,中英語のスペリングとしては母音部分が <a> のみならず <au> を示すことも多く,当時より母音四辺形の下部において音声実現上の揺れが様々にあったことが窺われる.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2020-06-16 Tue

#4068. 初期近代英語の -ir, -er, -ur の融合の音声学的メカニズム [rhotic][r][vowel][sound_change][emode][phonetics][centralisation][merger][assimilation]

 標記の音変化は,本ブログでもすでに扱ったように「#3507. NURSE Merger」 ([2018-12-03-1]) と呼ばれている.その音声学的メカニズムについて Minkova (277--78) の解説を聞いてみよう.

A coda /-r/ is a neutralising environment. For the short vowels neutralisation of [ɪ], [ʊ], [ɛ] results in merger into the featurally neutral schwa outcome. The phonetic rationale behind this is the coarticulation of the short vowel + /-r/ which affects both segments: it lowers and centralises the vowel, while the adjacent sonorant coda becomes more schwa-like; its further weakening can eliminate the consonantal cues, leading to complete loss of the consonantal properties of /r/. The difficulty of perceiving the distinctive features of pre-/r/ vowels is attributed to the acoustic similarity of the first two formants of [ɹ], [ɻ], and [ə ? ɨ] . . . .


 音節末 (coda) の /r/ は,直前の母音を中舌化(いわゆる曖昧母音化)させ,それにより /r/ 自身も子音的性質を減じて中舌母音に近づく.結果として,/r/ は子音性を完全に失うことになり,直前の短母音と合流して対応する長母音となる,という顛末だ.本来は固有の音声的性質を保持していた2音が,相互に同化 (assimilation) し,ついには弛緩しきった [əː] へと終結したという,何だか哀れなような,だらしないような結果だが,これが英単語の語末には溢れているのだから仕方ない.
 関連して,「#2274. heart の綴字と発音」 ([2015-07-19-1]) の記事もどうぞ.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

Referrer (Inside): [2020-08-13-1]

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2020-04-24 Fri

#4015. いかにして中英語の発音を推定するか [methodology][phonetics][phonology][comparative_linguistics][reconstruction][cognate][me][dialect][spelling][sobokunagimon]

 録音記録など直接の音声証拠が残っていない古い時代の言語音をいかにして推定するかという問いは,素朴な疑問でありながら,歴史言語学にとって本質的な課題である.英語史におけるこの課題については,これまでも一般的な観点から「#437. いかにして古音を推定するか」 ([2010-07-08-1]),「#758. いかにして古音を推定するか (2)」 ([2011-05-25-1]) などで取り上げてきた.
 しかし,推定の対象となる時代によっても,推定のために利用できる手段には違いがある.今回は Smith (40) を参照して,とりわけ中英語の発音を推定する方法に注目してみたい.5点ほど挙げられている.

a) "reconstruction", both comparative (dealing with cognate languages) and internal (dealing with paradigmatic variation);
b) analysis of "residualisms" surviving in modern accents of English;
c) analysis of the writings of spelling-reformers and phoneticians from the Early Modern English period, supplying information about usages closer to the Middle English period than now;
d) analysis of contemporary verse-practices, based on the analysis of rhyme, alliteration and meter; and
e) analysis of spellings.


 逆順にコメントを加えていきたい.e) のスペリングの分析というのは拍子抜けするくらい当たり前のことに思われるかもしれない.中英語は表音文字を標榜するローマン・アルファベットを用いて書かれている以上,単語のスペリングを参考にするのは当然である.しかし,現代英語の発音とスペリングの関係を考えてみれば分かるように,スペリングは素直に発音を表わしているわけではない.したがって,中英語においても完全に素直に発音を表わしていたわけではいだろうという懐疑的な前提がどうしても必要となる.それでも素直ではないとはいえ少なくとも間接的な形で発音を表わそうとしていることは認めてよさそうであり,どのように素直でないのか,どのくらい間接的なのかについては,当時の文字体系やスペリング体系の詳細な分析を通じてかなりの程度明らかにすることができる.
 d) は韻文の利用である.中英語の韻文は,とりわけ後期にかけて大陸から新しくもたらされた脚韻 (rhyme) が栄えた.脚韻の証拠は,とりわけ母音の質量や強勢位置に関して多くの情報を与えてくれる.一方,古英語で隆盛をきわめた頭韻 (alliteration) は中英語期には陰りをみせたものの,北西方言を中心に根強く生き残り,中英語の子音や強勢位置に関するヒントを与え続けてくれる.また,韻文からは,上記の脚韻や頭韻とも密接に関わるかたちで韻律 (meter) の種々の要素が,やはり当時の発音に示唆を与えてくれる.
 c) は,後続する近代英語期に史上初めて本格的に現われてくる音声学者たちによる,当時の発音についてのメタ・コメントに依拠する方法である.彼らのコメントはあくまで近代英語期の(主として規範的な)発音についてだが,それが正確に推定できれば,前代の発音についても大きなヒントとなろう.一般的な音変化の特徴を理解していれば,出力(近代英語期の発音)から逆算して入力(中英語期の発音)を得られる可能性が高まる.
 b) 近現代の周辺的な方言には,非常に古い形式が残存していることがある.時間軸をさかのぼるのに空間軸をもってする,という手法だ.関連して「#1000. 古語は辺境に残る」 ([2012-01-22-1]),「#2019. 地理言語学における6つの原則」 ([2014-11-06-1]) などを参照されたい.
 最後に a) は,関連する諸言語との比較 (comparative_linguistics) に基づく再建 (reconstruction) や内的再建による理論的な推定法である.再建というと,文献のない時代の言語を復元する手法と思われるかもしれないが,文献が確認される古英語,中英語,近代英語においても証拠の穴を埋めるのに十分に利用され得る.
 中英語の発音の研究は,上記のような数々の手法で進められてきており,今では相当詳しいことが明らかにされている.

 ・ Smith, Jeremy J. "Periods: Middle English." Chapter 3 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 32--48.

Referrer (Inside): [2023-11-14-1] [2021-08-21-1]

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2020-03-04 Wed

#3964. 古英語の "digraph controversy" (2) [digraph][oe][spelling][phonetics][phonology][vowel][diphthong][typography][reconstruction][minimal_pair]

 [2020-02-24-1] の記事で取り上げた論争について続編をお届けする.
 古英語で <ea>, <eo>, <ie> と綴られる3種の2重字 (digraph) は,それぞれ歴史的には短い音素と長い音素のいずれをも表わしているとされる.つまり,古英語では同じ2重字で綴られていながらも,音韻的には「短い2重母音」と「長い2重母音」(現代の文献ではしばしば第1母音字に長音記号 (macron) を付して表記される)が区別されていたということだ.素直に解釈すれば,<ea> ≡ [ɛɑ], <ēa> ≡ [ɛːɑ], <eo> ≡ [eo], <ēo> ≡ [eːo], <ie> ≡ [ie], <īe> ≡ [iːe] のような対応関係と解してよさそうだが,これが論争の的になっているのだ.それもただの論争ではない.古英語文献学において最も複雑かつ辛辣な論争である.
 実のところ,これら長短の2重母音のいずれも古英語の終わりには滑化し,2重母音ではなくなってしまう.その点では後の英語音韻史にほとんど影響を与えていないわけであり,一見するとなぜそれほど大きな論争になるのか分かりにくいだろう.しかし,これは古英語の音韻体系に関する問題にとどまらず,類型論的な意義をもつ問題であり,だからこそ論争がヒートアップしているのだ.以下,Minkova (178--79) に従って,2重母音に長短の区別があったとする説に反対する論拠を挙げてみよう.
 まず,先の記事にも述べたように,類型論的にいって2重母音に長短の区別がある言語はまれである.そのようなまれな母音体系を,古英語のために再建してもよいのかという問題がある.そのような母音体系があり得ないとまではいえないものの,非常にまれだとすれば,そもそも仮説的な再建の候補として挙げてよいものだろうか.これは,なかなか反駁しにくい反対論の論拠である.
 もう1つの議論は,上の3種の2重母音とは別の2重母音 [ej] は,特に長短の区別を示していないということに依拠する.語源的にはこの2重母音は長短の区別を示していたが,古英語では語源的には長いはずの hēȝ (hay) と短いはずの weȝ (way) が特に対立をなしていない.とすれば,問題の3種の2重母音についても長短の区別はなかったという可能性が高いのではないか.
 3つめに,後の音韻史を参照してみると,「短い2重母音」はやがて短母音と融合していくことになる.つまり,「短い2重母音」は2重字で綴られているので勘違いされやすいが,実はもともと1モーラの母音だったのではないか.そこから対比的に考えると,「長い2重母音」は実は2モーラの普通の2重母音にすぎないのではないか.
 最後に,そもそも2重母音の長短の区別を実証する最小対 (minimal_pair) が限られていることだ.限られている例を観察すると,音素として異なるとする解釈によらずとも,別の解釈により説明し得る.
 今回は一方の側の論拠を紹介したにすぎないが,両陣営が各々の論拠を立てて激しい論争を繰り広げている.たかが2重母音,されど2重母音.恐るべし.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

Referrer (Inside): [2021-06-21-1]

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2020-03-02 Mon

#3962. Early Middle English Quantity Adjustment の公式 [vowel][sound_change][phonology][phonetics][meosl][homorganic_lengthening][shocc][trish][drift][emeqa]

 連日の記事で Ritt に依拠しながら,後期古英語から初期中英語にかけて生じた一連の母音の量に関する変化に焦点を当ててきた.具体的には,母音の長化と短化に関する以下の4つの変化である.

 ・ 同器性長化 (Homorganic Lengthening; homorganic_lengthening)
 ・ 子音群前位置短化 (Shortening before Consonant Clusters; shocc)
 ・ 3音節短化 (Trisyllabic Shortening; trish)
 ・ 中英語開音節長化 (Middle English Open Syllable Lengthening; meosl)

 従来これらの母音量変化はそれぞれ独立した現象として解釈されてきたが,昨日の記事「#3961. 3音節短化の事例」 ([2020-03-01-1]) の最後でも触れた通り,実は補完的な関係にあり,1つの駆流 (drift) ととらえる視点が提出されてきている.Ritt はこれを Early Middle English Quantity Adjustment と呼んでいる.
 2つの長化については「#3958. Ritt による中英語開音節長化の公式」 ([2020-02-27-1]) で触れたように,1つの関数としてとらえることができる.改めてその公式を掲げておこう.

MEOSL Formula

 一方,2つの短化についても公式を立てることができる.短化と長化は見事に補完的であり,短化を促進させる環境では長化が抑制され,その逆もまた真である.すると,短化の公式は,上の長化の公式を逆転させればよいということになる.Ritt (95--96) の挙げている短化の公式は次の通り.

Shortening Formula

      The probability of vowel shortening was proportional to
      a. its height
      b. syllable weight
      c. the overall weight of the weak syllables in the foot

      and inversely proportional to
      a. the (degree of) stress on it
      b. its backness
      c. coda sonority


 ここまで来れば,長化と短化の公式を組み合わせて,大きな1つの Early Middle English Quantity Adjustment の公式を立てることもできるだろう (Ritt 96) .

EMEQA Formula

 Ritt の音韻論の真骨頂は,このように音環境と音変化の関係を確率の問題に落とし込んだ点,そして一見互いに独立した変化を結びつけてみせた点にある.

 ・ Ritt, Nikolaus. Quantity Adjustment: Vowel Lengthening and Shortening in Early Middle English. Cambridge: CUP, 1994.

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2020-03-01 Sun

#3961. 3音節短化の事例 [sound_change][vowel][phonology][phonetics][shortening][shocc][trish][compound][meosl][homorganic_lengthening][gvs][drift]

 昨日の記事「#3960. 子音群前位置短化の事例」 ([2020-02-29-1]) で触れた SHOCC (= Shortening before Consonant Clusters) とおよそ同時期に生じたもう1つの母音短化として,3音節短化 (Trisyllabic Shortening (= TRISH)) という音変化がある.3音節語において強勢のある第1音節の長母音が短化するというものだ.定式化すると次のようになる.

V → [-long]/__C(C)σσ


 Ritt (99--100) より,初期中英語での形態により例を挙げよう.現代英語の形態と比較できるもののみを挙げる.

heafodu PL'head'
cicenu PL'chicken'
linenes GEN'linen'
æniȝe PL'any'
ærende'errand'
æmette'ant'
suþerne'southern'
westenne DAT'waste (desert)'
deorlingas PL'darling'
feorþinȝas PL'farthing'
feowertiȝ'forty'
freondscipe'friendship'
haliȝdaȝ'holiday'
alderman'alderman'
heringes PL'herring'
stiropes PL'stirrup'
Monenday'Monday'
Thuresday'Thursday'
seliness'silliness'
redili'readily'
bretheren PL'brethren'
evere'ever'
othere ACC'other''
redeles PL'riddle'
boseme ACC'bosom'
wepenes PL'weapon'


 もともとの3音節語に対して生じたほか,複合語で3音節になったもの,名詞の複数形などの屈折語尾が付されて3音節になったものにも生じることがあった.これにより,現代英語で south, holy, moon などが2重母音・長母音をもつのに対して,複合語 southern, holiday, Monday では短母音となっている理由が説明される.他の具体例については,以下の記事も参照されたい.

 ・ 「#1751. 派生語や複合語の第1要素の音韻短縮」 ([2014-02-11-1])
 ・ 「#260. 偽装合成語」 ([2010-01-12-1])
 ・ 「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1])
 ・ 「#1750. bonfire」 ([2014-02-10-1])

 ここ数日間の記事で,中英語開音節長化 (meosl),同器性長化 (homorganic_lengthening),子音群前位置短化 (shocc) など,後期古英語から初期中英語に生じた一連の母音の量に関する変化を扱ってきたが,これらが互いに補完しあう関係にあったことは注目に値する.さらにいえば,この駆流 (drift) は次の時代の「大母音推移」 (gvs) にもつながっていくものであり,数世紀にわたる長いスパンで俯瞰すべき話題だということが分かる.

 ・ 「#2048. 同器音長化,開音節長化,閉音節短化」 ([2014-12-05-1])
 ・ 「#2052. 英語史における母音の主要な質的・量的変化」 ([2014-12-09-1])
 ・ 「#2063. 長母音に対する制限強化の歴史」 ([2014-12-20-1])
 ・ 「#1402. 英語が千年間,母音を強化し子音を弱化してきた理由」 ([2013-02-27-1])
 ・ 「#3916. 強弱音節の区別と母音変化の関係」 ([2020-01-16-1])
 ・ 「#3914. Stenbrenden 曰く「大母音推移は長期の漂流の一部にすぎない」」 ([2020-01-14-1])

(後記 2020/03/02(Mon):大名力氏より moon は長母音をもつ点を指摘いただきまして,元の「現代英語で south, holy, moon などが2重母音をもつのに対して」を「現代英語で south, holy, moon などが2重母音・長母音をもつのに対して」に修正しました.ありがとうございます.)

 ・ Ritt, Nikolaus. Quantity Adjustment: Vowel Lengthening and Shortening in Early Middle English. Cambridge: CUP, 1994.

Referrer (Inside): [2020-03-02-1]

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2020-02-29 Sat

#3960. 子音群前位置短化の事例 [sound_change][vowel][consonant][phonology][phonetics][shortening][shocc][homorganic_lengthening]

 昨日の記事「#3959. Ritt による同器性長化の事例」 ([2020-02-28-1]) に引き続き,後期古英語から初期中英語に生じたもう1つの母音の量の変化として,子音群前位置短化 (Shortening before Consonant Clusters (= SHOCC) or Pre-Cluster Shortening) の事例を,Ritt (98) より初期中英語での形態で紹介しよう.現代英語の形態と比較できるもののみを挙げる.

kepte'kept'
brohte'brought'
sohte'sought'
þuhte'thought'
demde'deemed'
mette'met'
lædde'led'
sprædde'spread (past)'
bledde'bled'
fedde'fed'
hydde'hid'
softe'soft'
fifta'fifth'
leoht'light'
hihþu'height'
dust'dust'
blæst'blast'
breost'breast'
fyst'fist'
mist'mist'
druhþ'drought'
clænsian'cleanse'
halja'holy (man), saint'
mædd'mad'
fætt'fat'
wræþþo'wrath'
cyþþo'kin'
feoll'fell'
fiftiȝ'fifty'
twentiȝ'twenty'
bledsian'bless'
wisdom'wisdom'
wifman'woman'
hlæfdiȝe'lady'
ȝosling'gosling'
ceapman'chapman'
nehhebur'neighbour'
siknesse'sickness'


 SHOCC の名称通り,2つ以上の子音群の直前にあった長母音が短化する変化である.定式化すれば次のようになる.

V → [-long]/__CCX
where CC is not a homorganic cluster


 上の一覧から分かる通り,SHOCC は kept, met, led, bled, fed など語幹が歯茎破裂音で終わる弱変化動詞の過去・過去分詞形に典型的にみられる.また,fifth の例も挙げられているが,これらについては「#1080. なぜ five の序数詞は fifth なのか?」 ([2012-04-11-1]) や「#3622. latter の形態を説明する古英語・中英語の "Pre-Cluster Shortening"」 ([2019-03-28-1]) を参照されたい.一覧にはないが,この観点から against の短母音 /ɛ/ での発音についても考察することができる(cf. 「#543. sayssaid はなぜ短母音で発音されるか (2)」 ([2010-10-22-1])).
 SHOCC は,昨日扱った同器性長化 (homorganic_lengthening) とおよそ同時代に生じており,かつ補完的な関係にある音変化であることに注意しておきたい.以下も参照.

 ・ 「#2048. 同器音長化,開音節長化,閉音節短化」 ([2014-12-05-1])
 ・ 「#2052. 英語史における母音の主要な質的・量的変化」 ([2014-12-09-1])
 ・ 「#2063. 長母音に対する制限強化の歴史」 ([2014-12-20-1])

 ・ Ritt, Nikolaus. Quantity Adjustment: Vowel Lengthening and Shortening in Early Middle English. Cambridge: CUP, 1994.

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2020-02-28 Fri

#3959. Ritt による同器性長化の事例 [homorganic_lengthening][sound_change][vowel][phonology][phonetics][monophthong]

 古英語から中英語にかけて生じたとされる,同器性長化 (homorganic_lengthening) と呼ばれる音変化がある.これについては「#2048. 同器音長化,開音節長化,閉音節短化」 ([2014-12-05-1]) で簡単に解説した通りだが,英語史的には2重母音をもつ child と短母音をもつ children の違いを説明する際に引き合いに出される重要な音変化の1つである(cf. 「#145. childchildren の母音の長さ」 ([2009-09-19-1]),「#146. child の複数形が children なわけ」 ([2009-09-20-1])).
 そうはいっても,child/children の母音の長短を間接的に説明してくれる以外に,他にどのような現代英語の語の音形について説明してくれるのかといえば,実はたいして多くの好例は挙がらない.「#2862. wilderness」 ([2017-02-26-1]) の記事で wild/wilderness の差異に触れたが,このように上手く説明される例は珍しいほうである.Ritt (82) が挙げている同器性長化を経た語の例をいくつか挙げてみよう.

 Pre-HOLPost-HOL
ld:cildcīld
 feldfēld
 goldgōld
 geldangēldan
rd:wordwōrd
 swordswōrd
mb:climbanclīmban
 cembancēmban
 dumbdūmb
mb:behindanbehīndan
 endeēnde
 hundhūnd
ng:singansīngan
 langlāng
 tungetūnge
rl:eorlēorl
rn:stiornestīorne
 georngēorn
 kornkōrn
 murnanmūrnan
rð:eorðeēorðe
 weorðewēorðe
 wyrðewȳrðe
 furðorfūrðor
rs:earsasēarsas


 確かに同器性長化は,なぜ現代英語で climbbehind が2重母音をもつのかを説明してくれる.しかし,この一覧のそれ以外の語についてはあまり啓蒙的ではない.同器性長化により長母音化したものが後の歴史で再び短母音化するなどして現代に至っているため,現代の目線からはその効果があまり感じられないからだ.とはいえ,英語史的には注目すべき母音変化ではある.

 ・ Ritt, Nikolaus. Quantity Adjustment: Vowel Lengthening and Shortening in Early Middle English. Cambridge: CUP, 1994.

Referrer (Inside): [2020-02-29-1]

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2020-02-27 Thu

#3958. Ritt による中英語開音節長化の公式 [meosl][sound_change][vowel][phonology][phonetics][sonority][neogrammarian][homorganic_lengthening]

 昨日の記事「#3957. Ritt による中英語開音節長化の事例と反例」 ([2020-02-26-1]) でみたように,中英語開音節長化 (Middle English Open Syllable Lengthening; meosl) には意外と例外が多い.音環境がほぼ同じに見えても,単語によって問題の母音の長化が起こっていたり起こっていなかったりするのだ.
 Ritt (75) は MEOSL について,母音の長化か起こるか否かは,音環境の諸条件を考慮した上での確率の問題ととらえている.そして,次のような公式を与えている (75) .

MEOSL Formula

      The probability of vowel lenghthening was proportional to
      a. the (degree of) stress on it
      b. its backness
      c. coda sonority

      and inversely proportional to
      a. its height
      b. syllable weight
      c. the overall weight of the weak syllables in the foot

   In this formula t, u, v, x, y and z are constants. Their values could be provided by the theoretical framework and/or by induction (= trying the formula out on actual data).


 これだけでは何を言っているのか分からないだろう.要点を解説すれば以下の通りである.MEOSL が生じる確率は,6つのパラメータの値(および値が未知の定数)の関数として算出される.6つのパラーメタとその効果は以下の通り.

 (1) 問題の音節に強勢があれば,その音節の母音の長化が起こりやすい
 (2) 問題の母音が後舌母音であれば,長化が起こりやすい
 (3) coda (問題の母音に後続する子音)の聞こえ度 (sonority) が高ければ,長化が起こりやすい
 (4) 問題の母音の調音点が高いと,長化が起こりにくい
 (5) 問題の音節が重いと,長化が起こりにくい
 (6) 問題の韻脚中の弱音節が重いと,長化が起こりにくい

 算出されるのはあくまで確率であるから,ほぼ同じ音環境にある語であっても,母音の長化が起こるか否かの結果は異なり得るということだ.Ritt のアプローチは,青年文法学派 (neogrammarian) 的な「音韻変化に例外なし」の原則 (Ausnahmslose Lautgesetze) とは一線を画すアプローチである.
 なお,この関数は,実は同時期に生じたもう1つの母音長化である同器性長化 (homorganic_lengthening) にもそのまま当てはまることが分かっており,汎用性が高い.同器性長化については明日の記事で.

 ・ Ritt, Nikolaus. Quantity Adjustment: Vowel Lengthening and Shortening in Early Middle English. Cambridge: CUP, 1994.

Referrer (Inside): [2020-03-02-1]

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2020-02-26 Wed

#3957. Ritt による中英語開音節長化の事例と反例 [meosl][sound_change][vowel][phonology][phonetics][final_e]

 中英語開音節長化 (Middle English Open Syllable Lengthening; meosl) は,12--13世紀にかけて生じたとされる重要な母音変化の1つである.典型的に2音節語において,強勢をもつ短母音で終わる開音節のその短母音が長母音化する変化である.「#2048. 同器音長化,開音節長化,閉音節短化」 ([2014-12-05-1]) でみたように,namanāma, beranbēran, oferōfer などの例が典型である.
 この音変化が進行していた初期中英語期での語形と現代英語での語形を並べることで,具体的な事例を確認しておこう.以下,Ritt (12) より.

EMEModE
laborlabour
basinbasin
barinbare
whalwhale
wavenwave
wadenwade
taletale
starinstare
stapelstaple
stedesteed
blerenblear
repenreap
lesenlease
efeneven
drependrepe
deriendere
denedean
-stocstoke (X-)
solesole
motemote (of dust)
motemoat
hopienhope
clokecloak
smokesmoke
brokebroke
oferover


 しかし,実のところ MEOSL には例外が多いことも知られている.Ritt (14) より,先の条件を満たすにもかかわらず長母音化が起こっていない例を掲げよう.

EMEModE
adlenaddle
aleralder
alumalum
anetanet
anisanise
aspenaspen
azürazure
baronbaron
barratbarrat
barilbarrel
bet(e)r(e)better
besantbezant
brevetbrevet
celercellar
devorendeavour
desertdesert
etheredder
edischeddish
feþerfeather
felonfelon
bodigbody
bonnetbonnet
boþembottom
broþelbrothel
closetcloset
kokercocker
cokelcockle
cofincoffin
colarcollar
colopcollop


 では,先の条件をさらに精緻化すれば MEOSL の適用の有無を予測できるのだろうか.あるいは,畢竟単語ごとの問題であり,ランダムといわざるを得ないのだろうか.この問題に本格的に取り組んだのが Ritt の研究書である.
 MEOSL は,現代英語の正書法における "magic <e>" の起源にも関わるし,「大母音推移」 (gsv) への入力も提供した英語史上非常に重要な音変化ではあるが,意外と問題点は多い.この音変化に関しては「#1402. 英語が千年間,母音を強化し子音を弱化してきた理由」 ([2013-02-27-1]),「#2052. 英語史における母音の主要な質的・量的変化」 ([2014-12-09-1]),「#2497. 古英語から中英語にかけての母音変化」 ([2016-02-27-1]) などの記事を参照.

 ・ Ritt, Nikolaus. Quantity Adjustment: Vowel Lengthening and Shortening in Early Middle English. Cambridge: CUP, 1994.

Referrer (Inside): [2020-02-27-1]

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2020-02-24 Mon

#3955. 古英語の "digraph controversy" [digraph][oe][spelling][phonetics][phonology][vowel][diphthong][typography][reconstruction]

 古英語研究の重要な論争に "digraph controversy" というものがある.2つの母音字を重ねた <ea>, <eo>, <ie> などの2重字 (digraph) がいかなる母音を表わすのかという問題である.母音の質と量を巡って様々な見解が提出されてきた.
 古英語の写本では <ea>, <eo>, <ie> などと綴られているのみだが,現代の校訂版ではしばしば <ea>, <eo>, <ie> とは別に,第1母音字に長音記号 (macron) を付した <ēa>, <ēo>, <īe> という表記もみられる.これは <ea> と綴られる音には,歴史的には「短い」ものと「長い」ものがあったことが知られているからである.しかし,長音記号のないバージョンとあるバージョンとで,実際に古英語期において母音の質と量がどのように違っていたのかを突き止めることは難しい.そこで様々な推測がなされることになる.
 最もストレートなのは,綴字そのままに「短い2重母音」と「長い2重母音」を想定する案である.<ea> ≡ [ɛɑ], <ēa> ≡ [ɛːɑ], <eo> ≡ [eo], <ēo> ≡ [eːo], <ie> ≡ [ie], <īe> ≡ [iːe] などと再建する(「#2497. 古英語から中英語にかけての母音変化」 ([2016-02-27-1]) の母音一覧表を参照).しかし,類型論的にみて,少なくともゲルマン語派には2重母音 (diphthong) で短いものと長いものが区別されるケースはないことから,疑問が呈されている.
 それに対して,長音記号のないバージョンは単母音 (monophthong) であり,あるバージョンは2重母音 (diphthong) であるという解釈がある.この説については Minkova (178--79) がいくつかの論拠を挙げているが,ここでは詳細には踏み込まない.この説に従って再建された音価を以下に示そう (Minkova 156) .

ValueExample
DigraphEarlyLate
<ēa>æʊæəstrēam 'stream'
<ea>æəæheall 'hall'
<ēo>sēon 'to see'
<eo>ɛəɛġeolu 'yellow'
<īe>iə, iː(ġe)līefan 'to believe'
<ie>ɪəɪġiefan 'to give'


 古英語を音読する際に,2重字に対してどのような発音を採用するか.フィロロジーの第一級の問題である.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

Referrer (Inside): [2021-06-21-1] [2020-03-04-1]

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2020-02-16 Sun

#3947. 子音群における l の脱落 [l][phonetics][sound_change][etymological_respelling][anglo-norman][french]

 「#2027. イングランドで拡がる miuk の発音」 ([2014-11-14-1]) でみたように,目下イングランドで母音が後続しない l の母音化という音変化が進行中である.歴史的にみれば,l がある音環境において軟口蓋化を経た後に脱落していくという変化は繰り返し生じてきており,昨今の変化も l の弱化という一般的な傾向のもう1つの例とみなすことができる.
 l の脱落に関する早い例は,初期中英語期より確認される.古英語の hwylc (= "which"), ælc (= "each"), wencel (= "wench"), mycel (= "much") のように破擦音 c が隣り合う環境で l が脱落し,中英語には hwich, ech, wenche, muche として現われている.ほかに古英語 ealswa (= "as") → 中英語 als(o)/assceolde (= "should") → shudwolde (= "would") → wud なども観察され,中英語期中に主に高頻度語において l の脱落が生じていたことがわかる.近代英語期に近づくと,folkhalfpenny など,軟口蓋音や唇音の隣りの位置においても l の脱落が起こった.
 このように l の弱化は英語史における一般的な傾向と解釈してよいが,似たような変化が隣のフランス語で早くから生じていた事実には注意しておきたい.Minkova (131) が鋭く指摘している通り,英語史上の l の脱落傾向は,一応は独立した現象とみてよいが,フランス語の同変化から推進力を得ていたという可能性がある.

An important, though often ignored contributing factor in the history of /l/-loss in English is the fact that Old French and Anglo-Norman had undergone an independent vocalisation of /l/. Vocalisation of [ɫC] clusters, similar to [rC] clusters, started in OFr in the ninth century, and although the change in AN seems to have been somewhat delayed ... , the absence of /lC/ in bilingual speakers would undermine the stability of the cluster in ME. Thus we find Pamer (personal name, 1207) < AN palmer, paumer 'palmer, pilgrim', OE palm 'palm' < Lat. palma ? OFr paume, ME sauder, sawder < OFr soud(i)er, saudier 'soldier', sauf 'safe' < Lat. salvus. The retention of the /l/ in some modern forms, as in fault, vault is an Early ModE reversal to the original Latin form, and in some cases we find interesting alternations such as Wat, Watson, Walter.


 引用の後半にあるように,フランス語で l が脱落した効果は英語が借用した多くのフランス借用語にも反映されており,それが初期近代英語期の綴字に l を復活させる語源的綴字 (etymological_respelling) の前提を用意した,という英語史上の流れにも注意したい.一連の流れは,l の子音としての不安定さを実証しているように思われる.

 ・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.

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2019-11-28 Thu

#3867. Optimality Theory --- 話し手と聞き手のニーズを考慮に入れた音韻理論 [ot][phonology][phonetics][sound_change]

 一般に言語変化の主体は話し手と考えられることが多いが,聞き手の役割も実は大きいことが主張されるようになってきた.本ブログでもこの話題についていくつかの記事を書いてきた.

 ・ 「#1932. 言語変化と monitoring (1)」 ([2014-08-11-1])
 ・ 「#1933. 言語変化と monitoring (2)」 ([2014-08-12-1])
 ・ 「#1934. audience design」 ([2014-08-13-1])
 ・ 「#1935. accommodation theory」 ([2014-08-14-1]))
 ・ 「#1936. 聞き手主体で生じる言語変化」 ([2014-08-15-1])
 ・ 「#2150. 音変化における聞き手の役割」 ([2015-03-17-1])
 ・ 「#2586. 音変化における話し手と聞き手の役割および関係」 ([2016-05-26-1])
 ・ 「#3378. 音声的偏りを生み出す4要因」 ([2018-07-27-1])

 最後の2つの記事のように,とりわけ音変化においては話し手と聞き手の双方の役割が重要視されるようになってきている.話し手は少しでも楽に調音したいという欲求をもっているが,あまりに簡略化した発音では聞き手に理解されない恐れがある.聞き手は話し手に対して間接的に,あまり簡略化してくれるな,むしろ正確に丁寧に調音してくれ,というプレッシャーをかけているのである.双方のニーズは相反しており,それがある程度釣り合っているところで言語が成り立っているといえる.音変化も,この釣り合いが大きく乱れない程度に起こるものと考えられる.
 「#3848. ランキングの理論 "Optimality Theory"」 ([2019-11-09-1]) で紹介した最適性理論 (Optimality Theory) は,上記の2つのニーズのバランスを考慮している.OT の基本的な考え方を解説した Carr and Montreuil (258--59) より,関連する解説を引こう.

The basic architecture of the model is straightforward: a set of constraints CON represents the priorities obeyed by the grammar of a language. These constraints are violable, universal and ranked in a hierarchy. A generating function GEN provides the output candidates for a given input and an evaluation function EVAL determines the relative desirability of each output; most critically it determines which of these outputs is the optimal candidate, the 'winner'.
. . . .
   OT . . . attempts to explain why outputs may differ from inputs. It does so by encoding markedness directly into the grammar. Most constraints are formulated negatively and penalize the markedness of undesirable results; they point to marked structures or articulations, and their paraphrases read like lists of what not to do; for instance 'avoid (marked) sonority differentials', 'avoid (marked) complex articulations', 'avoid (marked) labial codas'. These markedness constraints make no reference to the input, they simply evaluate the intrinsic desirability of outputs.
   Be penalising marked constructs, markedness constraints optimise language towards ease of articulation and simple structures. Assimilations and mergers usually respond to the desire to minimise effort. But this is counterbalanced by the need to keep articulations clear, words distinct and intonations contrastive. Effective communication, and language use in general, attempts to reach a satisfactory equilibrium between the drive to simplify phonetic forms and the need to be understood. In OT, this balance is achieved by pitting against each other markedness constraints and faithfulness constraints.


 この観点からすると,最適化理論が目指す「最適」とは,話し手と聞き手の相反するニーズを最大限に調整した結果としての出力を指すとも解釈できる.

 ・ Carr, Philip and Jean-Pierre Montreuil. Phonology. 2nd ed. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2013.

Referrer (Inside): [2021-08-20-1] [2020-01-10-1]

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2019-11-18 Mon

#3857. 『英語教育』の連載第9回「なぜ英語のスペリングには黙字が多いのか」 [rensai][notice][silent_letter][consonant][spelling][spelling_pronunciation_gap][sound_change][phonetics][etymological_respelling][latin][standardisation][sobokunagimon][link]

 11月14日に,『英語教育』(大修館書店)の12月号が発売されました.英語史連載「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」の第9回となる今回の話題は「なぜ英語のスペリングには黙字が多いのか」です.

『英語教育』2019年12月号



 黙字 (silent_letter) というのは,climb, night, doubt, listen, psychology, autumn などのように,スペリング上は書かれているのに,対応する発音がないものをいいます.英単語のスペリングをくまなく探すと,実に a から z までのすべての文字について黙字として用いられている例が挙げられるともいわれ,英語学習者にとっては実に身近な問題なのです.
 今回の記事では,黙字というものが最初から存在したわけではなく,あくまで歴史のなかで生じてきた現象であること,しかも個々の黙字の事例は異なる時代に異なる要因で生じてきたものであることを易しく紹介しました.
 連載記事を読んで黙字の歴史的背景の概観をつかんでおくと,本ブログで書いてきた次のような話題を,英語史のなかに正確に位置づけながら理解することができるはずです.

 ・ 「#2518. 子音字の黙字」 ([2016-03-19-1])
 ・ 「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1])
 ・ 「#34. thumb の綴りと発音」 ([2009-06-01-1])
 ・ 「#724. thumb の綴りと発音 (2)」 ([2011-04-21-1])
 ・ 「#1902. 綴字の標準化における時間上,空間上の皮肉」 ([2014-07-12-1])
 ・ 「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1])
 ・ 「#2590. <gh> を含む単語についての統計」 ([2016-05-30-1])
 ・ 「#3333. なぜ doubt の綴字には発音しない b があるのか?」 ([2018-06-12-1])
 ・ 「#116. 語源かぶれの綴り字 --- etymological respelling」 ([2009-08-21-1])
 ・ 「#1187. etymological respelling の具体例」 ([2012-07-27-1])
 ・ 「#579. aisle --- なぜこの綴字と発音か」 ([2010-11-27-1])
 ・ 「#580. island --- なぜこの綴字と発音か」 ([2010-11-28-1])
 ・ 「#1156. admiral の <d>」 ([2012-06-26-1])
 ・ 「#3492. address の <dd> について (1)」 ([2018-11-18-1])
 ・ 「#3493. address の <dd> について (2)」 ([2018-11-19-1])

 ・ 堀田 隆一 「なぜ英語のスペリングには黙字が多いのか」『英語教育』2019年12月号,大修館書店,2019年11月14日.62--63頁.

Referrer (Inside): [2019-12-10-1]

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2019-11-16 Sat

#3855. なぜ「新小岩」(しんこいわ)のローマ字表記は *Shingkoiwa とならず Shinkoiwa となるのですか? [sobokunagimon][nasal][consonant][japanese][romaji][phonetics][phonology][phoneme][allophone][spelling][orthography][digraph][phonemicisation]

 標題は,すでに「素朴な疑問」の領域を超えており,むしろ誰も問わない疑問でしょう.昨日までの3つの記事 ([2019-11-13-1], [2019-11-14-1], [2019-11-15-1]) で,なぜ「新橋」(しんばし)のローマ字表記 Shimbashi には n ではなく m が用いられるかという疑問について議論してきましたが,それを裏返しにしたような疑問となっています(なので,先の記事を是非ご一読ください).
 [ŋ] の発音を ng の文字(2文字1組の綴字)で表わすことは現代英語では一般的であり,これは音韻論的に /ŋ/ が一人前の音素として独立している事実に対応していると考えられます.同じ鼻子音であっても [n] や [m] と明確に区別されるべきものとして [ŋ] が存在し,だからこそ nm と綴られるのではなく,ng という独自の綴り方をもつのだと理解できます.とすれば,新小岩の発音は [ɕiŋkoiwa] ですから,英語(あるいはヘボン式ローマ字)で音声的に厳密な表記を目指すのであれば *Shingkoiwa がふさわしいところでしょう.同様の理由で,英語の ink, monk, sync, thank も *ingk, *mongk, *syngc, *thangk などと綴られてしかるべきところです.しかし,いずれもそうなっていません.
 その理由は,/ŋ/ については /n/ や /m/ と異なり,自立した音素としての基盤が弱い点にありそうです.歴史的にいえば,/ŋ/ が自立した音素となったのは後期中英語から初期近代英語にかけての時期にすぎません(cf. 「#1508. 英語における軟口蓋鼻音の音素化」 ([2013-06-13-1]))./n/ や /m/ が印欧祖語以来の数千年の歴史を誇る大人の音素だとすれば,/ŋ/ は赤ん坊の音素ということになります./ŋ/ は中英語期まではあくまで音素 /n/ の条件異音という位置づけであり,音韻体系上さして重要ではなく,それゆえに綴字上も特に n と区別すべきとはみなされていなかったのです.言い換えれば,[k] や [g] の前位置における [ŋ] は条件異音として古来当たり前のように実現されてきましたが,音素 /ŋ/ としては存在しなかったため,書き言葉上は単に n で綴られてきたということです.
 中英語で kingk (king), dringke (drink), thingke (think) などの綴字が散発的にみられたことも確かですが,圧倒的に普通だったのは king, drink, think タイプのほうです.近代以降,音韻論的には /ŋ/ の音素化が進行したとはいえ,綴字的には前時代からの惰性で ng, nk のまま標準化が進行することになり,現代に至ります.
 標題の疑問に戻りましょう.「新小岩」の「ん」は音声的には条件異音 [ŋ] として実現されますが,英語では条件異音 [ŋ] を綴字上 ng として表記する習慣を育んでこなかった歴史的経緯があります.そのため,英語表記,およびそれに基づいたヘボン式ローマ字では,*Shingkoiwa とならず,n を代用して Shinkoiwa で満足しているのです.

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2019-11-15 Fri

#3854. なぜ「新橋」(しんばし)のローマ字表記 Shimbashi には n ではなく m が用いられるのですか? (3) [sobokunagimon][nasal][consonant][japanese][romaji][phonetics][phonology][phoneme][allophone][assimilation][spelling][orthography][digraph]

 この2日間の記事 ([2019-11-13-1], [2019-11-14-1]) で標題の素朴な疑問について考えてきました.表面的にみると,日本語では「しんじゅく」「しんばし」という表記で「ん」を書き分けない一方,英語(あるいはヘボン式ローマ字)では ShinjukuShimbashi を書き分けているのですから,英語の表記は発音の違いに実に敏感に反応する厳密な表記なのだな,と思われるかもしれません.しかし,nm の書き分けのみを取り上げて,英語表記が音声的に厳密であると断言するのは尚早です.他の例も考察しておく必要があります.
 nm という子音の違いが重要であるのは,両言語ともに一緒です.英語で napmap の違いが重要なのと同様に,日本語で「な(名)」 na と「ま(間)」 ma の違いは重要です.ですから,日本語単語のローマ字表記において nama のように書き分けること自体は不思議でも何でもありません.ただし,問題の鼻子音が次に母音が来ない環境,つまり単独で立つ場合には日本語では鼻子音の違いが中和されるという点が,そうでない英語と比べて大きく異なるのです.
 「さん(三)」は通常は [saɴ] と発音されますが,個人によって,あるいは場合によって [san], [saɲ], [saŋ], [sam], [sã] などと実現されることもあります.いずれの発音でも,日本語の文脈では十分に「さん」として解釈されます.ところが,英語では sun [sʌn], some [sʌm], sung [sʌŋ] のように,いくつかの鼻子音は単独で立つ環境ですら明確に区別しなければなりません.英語はこのように日本語に比べて鼻子音の区別が相対的に厳しく,その厳しさが正書法にも反映されているために,ShinjukuShimbashi の書き分けが生じていると考えられます.
 しかし,話しはここで終わりません.上に挙げた sung [sʌŋ] のように,ng という綴字をもち [ŋ] で発音される単語を考えてみましょう. sing, sang, song はもちろん king, long, ring, thing, young などたくさんありますね.英語では [ŋ] を [n] や [m] と明確に区別しなければならないので,このように ng という 独自の文字(2文字1組の綴字)が用意されているわけです.とすれば,nm が常に書き分けられるのと同列に,それらと ng も常に書き分けられているかといえば,違います.例えば ink, monk, sync, thank は各々 [ɪŋk], [mʌŋk], [sɪŋk], [θæŋk] と発音され,紛れもなく [ŋ] の鼻子音をもっています.それなのに,*ingk, *mongk, *syngc, *thangk のようには綴られません.nm の場合とは事情が異なるのです.
 英語は [n], [m], [ŋ] を明確に区別すべき発音とみなしていますが,綴字上それらの違いを常に反映させているわけではありません.nm を書き分けることについては常に敏感ですが,それらと ng の違いを常に書き分けるほど敏感なわけではないのです.日本語の観点から見ると,英語表記はあるところでは確かに音声的により厳密といえますが,別のところでは必ずしも厳密ではなく,日本語表記の「ん」に近い状況といえます.もしすべての場合に厳密だったとしたら,「新小岩」(しんこいわ) [ɕiŋkoiwa] の英語表記(あるいはヘボン式ローマ字表記)は,現行の Shinkoiwa ではなく *Shingkoiwa となるはずです.
 標題の疑問に戻りましょう.なぜ「新橋」(しんばし)のローマ字表記 Shimbashi には n ではなく m が用いられるのでしょうか.この疑問に対して「英語は日本語よりも音声学的に厳密な表記を採用しているから」と単純に答えるだけでは不十分です.「新橋」の「ん」では両唇が閉じており,だからこそ m と表記するのですと調音音声学の理屈を説明するだけでは足りません.その理屈は,完全に間違っているとはいいませんが,Shinkoiwa を説明しようとする段になって破綻します.ですので,標題の疑問に対するより正確な説明は,昨日も述べたように「英語正書法が要求する程度にのみ厳密な音声表記で表わしたもの,それが Shimbashi だ」となります.もっと露骨にいってしまえば「Shimbashi と綴るのは,英語ではそう綴ることになっているから」ということになります.素朴な疑問に対する答えとしては身もふたもないように思われるかもしれませんが,共時的な観点からいろいろと考察した結果,私がぐるっと一周してたどりついた当面の結論です(通時的な観点からはまた別に議論できます).

Referrer (Inside): [2019-11-16-1]

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2019-11-14 Thu

#3853. なぜ「新橋」(しんばし)のローマ字表記 Shimbashi には n ではなく m が用いられるのですか? (2) [sobokunagimon][nasal][consonant][japanese][romaji][phonetics][phonology][phoneme][allophone][assimilation][vowel][spelling][spelling][orthography]

 昨日の記事 ([2019-11-13-1]) で,日本語の「ん」が音声環境に応じて数種類の異なる発音で実現されることに触れました.この事実について,もう少し具体的に考えてみましょう.
 佐藤 (49) によると,撥音「ん」の様々な音声的実現について,次のように説明があります.

 後続子音と同じ調音点の鼻音を一定時間引き延ばすことで生じる音である.後続子音が破裂音や鼻音のときは,[p] [b] [m] の前で [m], [t] [ts] [d] [dz] [n] の前で [n], [tɕ] [dʑ], [ɲ] の前で [ɲ], [k] [ɡ] [ŋ] の前で [ŋ] になる.
 ンでの言いきり,つまり休止の直前では,口蓋垂鼻音 [paɴ] となる.個人または場面により,[m] や [n] や [ŋ],または鼻母音になることもある.「しんい(真意)」「しんや(深夜)」のような,母音や接近音の前のンも,口蓋垂鼻音 [paɴ] となると説明されることがあるが,実際はよほど丁寧に調音しない限り閉鎖は生じず,[ɕiĩi] のように [i] の鼻母音 [ĩ] となることが多い.
 後続子音がサ行やハ行などの摩擦音のときも,破裂音と同じ原理で,同じ調音点の有声摩擦音が鼻音化したものとなるが,前母音の影響も受けるため記号化が難しい.簡略表記では概略,[h] [s] [ɸ] の前で [ɯ̃], [ɕ] [ç] の前で [ĩ] のような鼻母音となると考えておけばよい.


 日本語の「ん」はなかなか複雑なやり方で様々に発音されていることが分かるでしょう.仮名に比べれば音声的に厳密といってよい英語表記(あるいはそれに近いヘボン式ローマ字表記)でこの「ん」を書こうとするならば,1種類の書き方に収まらないのは道理です.結果として,Shinjuku だけでなく Shimbashi のような綴字が出てくるわけです.
 しかし,仮名と比較すればより厳密な音声表記ということにすぎず,英語(やローマ字表記)にしても,せいぜい nm を書き分けるくらいで,実は「厳密」などではありません.英語正書法が要求する程度にのみ厳密な音声表記で表わしたもの,それが Shimbashi だと考えておく必要があります.
 なお,言いきりの口蓋垂鼻音 [ɴ] について『日本語百科大事典』 (247) から補足すると,「これは積極的な鼻子音であるというよりは,口蓋帆が下がり,口が若干閉じられることによって生じる音」ということです.

 ・ 佐藤 武義(編著) 『展望 現代の日本語』 白帝社,1996年.
 ・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.

Referrer (Inside): [2019-11-16-1] [2019-11-15-1]

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2019-11-13 Wed

#3852. なぜ「新橋」(しんばし)のローマ字表記 Shimbashi には n ではなく m が用いられるのですか? (1) [sobokunagimon][nasal][consonant][japanese][romaji][phonetics][phonology][phoneme][allophone][assimilation][language_planning][spelling][orthography]

(後記 2021/04/29(Thu):本記事は「素朴な疑問」を扱った記事のなかでもとりわけ多く参照されているようです.これ自体はとても嬉しいことです.ただ,本記事の説明は「教科書的な回答」ではあるものの,筆者としては不十分な回答にとどまると考えています.むしろ,この回答の問題点を指摘し,続編で本格的に議論してゆくつもりで本記事を書いたという経緯があります.ですので,ぜひ続編の3記事も合わせて読んでいただければと思います.誤解を恐れずに言えば,本記事の「教科書的な回答」では不十分です.)

 取り上げる例が「新橋」かどうかは別にしても,「ん」がローマ字で m と綴られる問題はよく話題にのぼります.
 JR山手線の新橋駅の駅名表記は確かに Shimbashi となっています.日本語の表記としては「しんばし」のように「ん」であっても,英語表記(正確にいえば,JRが採用しているとおぼしきヘボン式ローマ字表記に近い表記)においては n ではなく m となります.これはいったいなぜでしょうか.この問題は,実は英語史の観点からも迫ることのできる非常にディープな話題なのですが,今回は教科書的な回答を施しておきましょう.
 まず,基本的な点ですが,ヘボン式ローマ字表記では「ん」の発音(撥音と呼ばれる音)は,b, m, p の前位置においては n ではなく m と表記することになっています.したがって,「難波」(なんば)は Namba,「本間」(ほんま)は Homma,「三瓶」(さんぺい)は Sampei となり,それと同様に新橋(しんばし)も Shimbashi となるわけです.もちろん,問題はなぜそうなのかということです.
 b, m, p の前位置において m と表記される理由を理解するためには,音声学の知識が必要です.日本語の撥音「ん」は特殊音素と呼ばれ,日本語音韻論では /ɴ/ と表記されます.理論上1つの音であり,日本語母語話者にとって紛れもなく1つの音として認識されていますが,実際上は数種類の異なる発音で実現されます.「ん」はどのような音声環境に現われるかによって,異なる発音として実現されるのです.
 「難波」「本間」「三瓶」の3単語を発音してみると,「ん」の部分はいずれも両唇を閉じた発音となっていることが分かるかと思います.これはマ行子音 m の口構えにほかなりません.日本語母語話者にとっては「ん」として n を発音しているつもりでも,上の場合には実は m を発音しているのです.これは後続する m, b, p 音がいずれも同じ両唇音であるために,その直前に来る「ん」も歯茎音 n ではなく両唇音 m に近づけておくほうが,全体としてスムーズに発音できるからです.発音しやすいように前もって口構えを準備した結果,デフォルトの n から,発音上よりスムーズな m へと調整されているというわけです.
 微妙な変化といえば確かにそうですので,日本語表記では,特に発音の調整と連動させずに「ん」の表記のままでやりすごしています(連動させるならば,候補としては「む」辺りの表記となるでしょうか).しかし,このような発音の違いに無頓着ではいられない英語の表記(および,それに近いヘボン式ローマ字表記)にあっては,上記の音声環境においては,n に代えて,より厳密な音声表記である m を用いるわけです.
 日本語母語話者にとっては「新宿」(しんじゅく)も「新橋」(しんばし)も同じ「ん」音を含むのだから,同じ「ん」 = n の表記を用いればよいではないかという理屈ですが,英語(やヘボン式ローマ字)では2つの「ん」が実は同じ発音でないという事実を重視して,前者には n の文字を,後者には m の文字を当て,区別して表記するならわしだということです.
 ローマ字で書くとはいえ,読者として日本語母語話者を念頭におくのであれば n と表記するほうが分かりやすいのはいうまでもありません.これを実現しているのが訓令式ローマ字です.それによると「新橋」は Sinbasi となります.おそらくJR(を含む鉄道各社)は,想定読者として非日本母語話者(おそらく英語表記であれば理解できるだろうと思われる多くの外国人)を設定し,訓令式ではなくヘボン式(に類似した)ローマ字表記を採用しているのではないかと考えられます.Shimbashi 問題は,日本語と英語にまつわる音声学・音韻論・綴字の問題にとどまらず,国際化を視野に入れた日本の言語政策とも関わりのある問題なのです.

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2019-11-09 Sat

#3848. ランキングの理論 "Optimality Theory" [ot][generative_grammar][phonology][phonetics][history_of_linguistics][fetishism]

 生成文法 (generative_grammar) において,複数の規則が前提とされており,それら効果がバッティングする場合,「どちらの規則が優勢か」「どちらが先に適用されるのか」という問題が生じることは不可避である.順序のランキングという発想が出ると間もなく「最適解」を求める "Optimality Theory" (最適性理論)が生じたのは必然といってよいかもしれない.かりそめにも何らかの規則を設定する分野であれば,言語にかぎらずランキングという発想が持ち込まれるのは自然のように思われる.私自身,言語に関心はあるとはいえ,決して理論派言語学者ではないが,ランキングという発想には共感を覚える.
 Crystal (342--43) によると,最適性理論 (= Optimality Theory = ot) とは次の通り.

optimality theory (OT) In phonology a theory developed in the early 1990s concerning the relationship between proposed underlying and output representations. In this approach, an input representation is associated with a class of candidate output representations, and various kinds of filter are used to evaluate these outputs and select the one which is 'optimal' (i.e. most well-formed). The selection takes place through the use of a set of well-formedness constraints, ranked in a hierarchy of relevance on a language-particular basis, so that a lower-ranked constraint may be violated in order to satisfy a higher-ranked one. The candidate representation which best satisfies the ranked constraint hierarchy is the output form. For example, in English the negative prefix in- (e.g. insufficient) has two output forms, im- before bilabials (as in impossible, immodest), and in- elsewhere (inarticulate, involuntary, etc.). The coexistence of these forms means that there is conflict between the class of faithfulness constraints (which require identity between input and output) and the class of constraints which impose restrictions on possible sequences have identical place of articulation --- which needs to be resolved by an appropriate ranking of the relevant constraints. Optimality theory thus aims to account for a wide range of phenomena by specifying the interaction of a small number of universal constraints, which apply variously across languages in producing phonological representations. A particular constraint may achieve high ranking in one language (i.e. its output accounts for many surface forms) and low ranking in another (i.e. its output accounts for only a small class of forms). Although initially developed in relation to phonology, during the later 1990s optimality theory came to be extended to morphology and syntax.


 言語理論にあまり触れたことがなければ,この説明でも相当に抽象的すぎる説明と感じるに違いない.思い切って簡略化してしまうと,英語や日本語などの個別言語が,どこまでの規則違反は許せるが,どこからは許せない,といったクセをもっているということなのだ.
 OT は主として音韻論に強みを発揮する理論ではあるが,規則の適用順序に関する一般理論であると認めるならば,規則というものが想定され得るその他のいかなる分野(形態論にせよ統語論せよ)においても適用される幅広い原理と考えられる.
 各言語がそれぞれ特有のフェチ (fetishism) をもっているという言語観とも親和性のある言語理論だといえる.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

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