昨日の記事「話し言葉と書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1]) の項目 (3) で,典型的にいって,書き言葉は話し言葉より分析的で論理的であると説明した.日本語であれ英語であれ標準的な書き言葉を身につけている者にとって,これは常識的に受け入れられるだろう.書き言葉のほうが正しく権威があるという文字文明のにおける直感は,論理的な思考を体現するとされる書籍,新聞,論文,契約書,法文書などへの信頼によっても表わされている.
文字の発明が人間の思考様式を変えたというのは結果としては事実だが,その因果関係,特に書き言葉の発展と論理的思考の発展の因果関係がどのくらい直接的であるかについては熱い議論が戦わされている.Kramsch (40--41) から引用する.
. . . as has been hotly debated in recent years, the cognitive skills associated with literacy are not intrinsic to the technology of writing. Although the written medium does have its own physical parameters, there is nothing in alphabet and script that would make them more suited, say, for logical and analytic thinking than the spoken medium. To understand why literacy has become associated with logic and analysis, one needs to understand the historical association of the invention of the Greek alphabet with Plato's philosophy, and the influence of Plato's dichotomy between ideas and language on the whole of Western thought. It is cultural and historical contingency, not technology per se, that determines the way we think, but technology serves to enhance and give power to one way of thinking over another. Technology is always linked to power, as power is linked to dominant cultures.
確かに,書き言葉のおかげで論理的思考が可能になったというのは全面的に間違いだとはいわないが,直接の因果関係を示すものではなさそうだ.書き言葉と論理的思考は互いに相性がよいことは確かだろうが,一方が必然的に他方を生み出したという関係にはないように思われる.両者のあいだに歴史的偶然のステップが何段階か入ってくる.引用にあるギリシア・アルファベットとプラトンの例で考えると,以下のようなステップが想定される.
(1) 紀元前1000年頃,ギリシア語に書き言葉(アルファベット)が伝えられた ([2010-06-24-1])
(2) 論理を重視するプラトン (427?--347?BC) の哲学がギリシアに現われた
(3) こうして偶然にギリシアで書き言葉と論理性が結びついた
(4) 両者は一旦結びつきさえすれば相性はよいので,その後はあたかも必然的な関係であるかのように見えるようになった
人類にとっての文字の発明 ([2009-06-08-1]) や,ある文化への書き言葉の導入は,歴史上常に革命的であると評価されてきた.例えば,[2010-02-17-1]の記事「外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」で取り上げたように,英語へはキリスト教伝来を背景にラテン語経由でローマン・アルファベットが,日本語へは仏教伝来を背景に中国語経由で漢字がそれぞれ導入され,両言語のその後の知的発展を方向づけた.しかし,文字の導入という技術移転そのものがその後の知的発展の直接の推進力だったわけではなく,アルファベットや漢字という文字が体現していた先行の知的文明を学び取ったことが直接の原動力だったはずである.文字はあくまで(しかし非常に強力な)媒体であり手段だったということだろう.「文字の導入はその後の知的発展にとって革命的だった」という謂いは,比喩として捉えておくのがよいのかもしれない.
このように考えると,昨日の記事の対立項 (3) の内容は,あくまで傾向を示すものであり,特定の時代や文化に依存する相対的なものであると考えるべきなのだろうか.
・ Kramsch, Clair. Language and Culture. Oxford: OUP, 1998.
私は英語でも日本語でも Netspeak を常用してはいないが,インターネットという技術革新に伴う言語の新変種の誕生と発展には関心がある.[2011-07-01-1]の記事「インターネット時代は言語変化の回転率の最も速い時代」で論じたように,人類の言語変化の歴史は,今まさに新たな段階に入ったところである.Netspeak は現時点でその最先端を走っている変種であり,英語においても日々独自の表現が増殖している.
チャット,電子メール,そしてとりわけケータイメール (texting) の書き言葉に見られる特徴として,各種の省略記法がある.多くは,句を構成する各単語の頭文字をつなぎ合わせる頭文字語 (initialism) であったり,"2" や "4" をそれぞれ "to" や "for" に対応させるような判じ絵 (rebus) であったりする.ここには遊び心も入っているだろうが,何よりもケータイのキーパッド上で打数を減らせるという実用的な効果がある.Crystal (142--43) より,主要なものを記事の末尾に挙げた.
initialism 自体は英語では新しいことではないし,rebus もクイズでお馴染みだ.このような省略を広範に用いる英語の書き言葉変種が現われたということも,特に新しいことではない.例えば中世の写本も各種の省略符合に満ちている.省略の動機づけも,Netspeak と中世の写本の書き言葉のあいだに共通点がある.いずれも入力にかかる労力を減らしたいという欲求は同じであり,コスト削減(ネット上ではパケット料金,写本では高価な紙代)という動機づけも共通する.つまり,具体的な現われこそ省略符号か initialism かで互いに異なるが,動機づけは類似しており,書き言葉の歴史のなかで繰り返し例証されているものである.
そもそも書き言葉は,表意文字を rebus 的に応用したり,ギリシア文字より前の alphabet では対応する話し言葉に当然含まれていた母音を標示しなかったりと,読み手にある程度の解読作業を要求するものとして出発し,発展してきた([2010-06-23-1]の記事「文字の種類」を参照).Netspeak の書き言葉の変種は,一見革新的に見えるが,文字の当初からの性質を多分に受け継いでいるという点で,意外と保守的と言えるのではないか.
abbreviation | original phrase |
---|---|
afaik | as far as I know |
afk | away from keyboard |
asap | as soon as possible |
a/s/l | age/sex/location |
atw | at the weekend |
bbfn | bye bye for now |
bbl | be back later |
bcnu | be seeing you |
b4 | before |
bg | big grin |
brb | be right back |
btw | by the way |
cm | call me |
cu | see you |
cul8r | see you later |
cya | see you |
dk | don't know |
eod | end of discussion |
f? | friends? |
f2f | face-to-face |
fotcl | falling off the chair laughing |
fwiw | for what it's worth |
fya | for your amusement |
fyi | for your information |
g | grin |
gal | get a life |
gd&r | grinning ducking and running |
gmta | great minds think alike |
gr8 | great |
gsoh | good sense of humour |
hhok | haha only kidding |
hth | hope this helps |
icwum | I see what you mean |
idk | I don't know |
iirc | if I remember correctly |
imho | in my humble opinion |
imi | I mean it |
imo | in my opinion |
iou | I owe you |
iow | in other words |
iri | in real life |
jam | just a minute |
j4f | just for fun |
jk | just kidding |
kc | keep cool |
khuf | know how you feel |
l8r | later |
lol | laughing out loud |
m8 | mate |
nc | no comment |
np | no problem |
oic | oh I see |
otoh | on the other hand |
pmji | pardon my jumping in |
ptmm | please tell me more |
rip | rest in peace |
rotfl | rolling on the floor laughing |
ruok | are you OK? |
sc | stay cool |
so | significant other |
sol | sooner or later |
t+ | think positive |
ta4n | that's all for now |
thx | thanks |
tia | thanks in advance |
ttfn | ta-ta for now |
tttt | to tell the truth |
t2ul | talk to you later |
ttytt | to tell you the truth |
tuvm | thank you very much |
tx | thanks |
tyvm | thank you very much |
wadr | with all due respect |
wb | welcome back |
w4u | waiting for you |
wrt | with respect to |
wu | what's up? |
X! | typical woman |
Y! | typical man |
yiu | yes I understand |
複数形ウォッチャーとして,気になる複数接尾辞がある.発音は -s の場合と同様だが,綴字が <z> となる「z 複数」である.Crystal (137) が以下のように指摘していた.
New spelling conventions have emerged, such as the replacement of plural -s by -z to refer to pirated versions of software, as in warez, tunez, gamez, serialz, pornz, downloadz, and filez. (137)
それぞれ発音の差異を伴わない完全に綴字上の異形態だが,いかがわしい効果は抜群である.このいかがわしさが何に由来するのかといえば,<z> の文字自体のもつ異様さだろう.[2010-07-17-1]の記事「しぶとく生き残ってきた <z>」で取りあげたように,<z> はきわめて影の薄い文字だが,<s> の明らかに期待されるところで <z> が前景化されるとやけに目立つ.
しかし,「海賊複数」 ( plural of piracy ) とでも呼びたくなるこの <z> 接尾辞(字)の使用は,現在では NetSpeak での隠語としての使用に限定されているようだ.COCA ( Corpus of Contemporary American English ) の検索によると,warez で4例がヒットした( warez 以外の上掲の語はヒットなし).以下はそのうちの1例で,2004年の Houston Chronicle からの記事である.
CW Shredder - www.spyware info.com/merijn/ Developed by the same author as Hijack This!, CW Shredder removes a very common piece of spyware known as the Coolwebsearch Trojan. It takes advantage of a flaw in a key component of Windows - Microsoft's version of the Java Virtual Machine - to install itself via pop-ups often found on porn and illegal software (a.k.a. "warez") sites.
他に BNCweb で "*z_NN2" として検索してみると,BOYZ が多数ヒットした.ただし,これはアメリカの人気グループ Boyz II Men やアメリカ英語 Boyz n the Hood への言及によるもので,海賊複数とは趣が異なる.とはいえ,固有名や商品名(の宣伝)に非標準的な綴字を用いることは商業広告では広く見られる現象であり(例えば Heinz 社の "Heinz Buildz Kidz" ),目立たせる効果を狙っている点では共通性が感じられる.
ちなみに,Kirg(h)iz 「キルギス人」がヒットしたが,これはロシア語の綴字に準じたもので単複同形であるにすぎない(異形として Kirg(h)izes もあり).
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
[2010-12-20-1]の記事で19世紀以降の綴字改革運動の類型を見たが,もっとも急進的な改革案の1つに,有名な Shavian Alphabet がある.作家にして綴字改革論者でもあった George Bernard Shaw (1856-1950) の遺言で1958年に開催された綴字改革コンテストにおいて,467人の候補者のなかから勝ち上がった Kingsley Read が発明したアルファベットである.母音字と子音字の区別が明確になされ,音素の声の対立が字形に反映されているなど非常に体系的だが,現行のローマ字からは字形も音化も予想できない.基本48字よりなるが,and, of, the, to に対応する省略文字などが追加される.Shaw の劇作品 Androcles and the Lion がこのアルファベットで出版されているが,現行アルファベット使用の3分の2ほどのスペースで印刷が可能だというから省スペース設計だ.
Shavian translator のページで,"This blog is concerned with anything about the history of the English language" という文を Shavian Alphabet 化してみると,次のようになる.確かに短いように思われる.
綴字改革運動つながりとしては,Shaw は Isaac Pitman (1813-1897) の1837年に発明した表音式速記法を20歳代半ばに習得し,終生利用していた.Pitman は速記法から派生したアルファベット Phonotypy をも発明している.Phonotypy にせよ Shavian Alphabet にせよ,これらの新アルファベットは綴字改革に異常な関心を示した少数の酔狂な人々による発明であり,一般にはまるで受け入れられなかった.ほとんどの英語の綴字改革は,このように一部の人々の熱狂で終わってしまうのが歴史的事実である.それにもかかわらず,現在でも複数の活動が続けられている.この状況を冷ややかに傍観していることもできるかもしれないが,文明にとって文字が所与のものではなく,守るべき貴重なものであること,常に議論し続けるべき真剣な話題であることを,英語綴字改革の歴史は物語っているように思われる.
Shavian Alphabet については以下のサイトを参照.
・ 世界の文字サイト Omniglot から Shavian Alphabet
・ Shavian alphabet - Wikipedia
昨日の記事[2010-12-01-1]で,Swift の A Proposal for Correcting, Improving and Ascertaining the English Tongue (1712) に触れた(←クリックで Google Books からの本文画像を閲覧可能).本文を眺めていて,名詞の大文字使用の他にすぐに気づくのは,小文字の long <s> の使用だろう.<f> の字形に似ているが,横線が右側にまではみだしていない.long <s> は語頭や語中に使われたのに対して,通常の <s> は語末に使われた.現代の目には読みにくいが,印刷では18世紀の終わりまで,手書きでは1850年代まで使われていたから,それほど昔の話ではない (Walker 7) .
なぜ同じ文字なのに複数の字形があったのかといぶかしく思わないでもないが,大文字と小文字,ブロック体と筆記体,<a> や <g> の書き方の個人差などを考えると,文字には variation がつきものである.かつては,ほとんどランダムに交換可能だった <þ> "thorn" と <ð> "eth" の2種類の文字があったし,<r> を表わす字形にも現代風の <r> と数字の <2> に近い形のものがあった.<u> と <v> も[2010-05-05-1], [2010-05-06-1]の記事で見たように,明確に分化するのは17世紀以降である.概念としての1つの文字に複数の字形が対応している状況は,1つの音素 ( phoneme ) に複数の異音 ( allophone ) が対応している状況と比較される.ここから音韻論 ( phonology ) と平行する書記素論 ( graphemics ) という分野を考えることができる.書記素論では,音素に対応するものを書記素 ( grapheme ) と呼び,異音に対応すものを異綴り ( allograph ) と呼ぶ.この用語でいえば,問題の long <s> は,書記素 <s> の具体的な現われである異綴りの1つとみなすことができる.
・ Walker, Julian. Evolving English Explored. London: The British Library, 2010.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003. 262
[2010-06-24-1]でアルファベットの歴史の概略を記した.今回は,最近見つけたアルファベットの歴史に関する良質なブログ記事を紹介したい.The origins of abc は紀元前4千年紀にシュメール人が用いた楔形文字 ( cuneiform ) から話しを説き起こし,それから5千年後の英語の26文字のアルファベットの使用までの歴史を,写真や図を含めて興味深くまとめている.このサイトの運営者は graphic designer で,typography に夢中な日本在住のイギリス人.現代の <A, a> の1文字ができあがるまでに長い道のりを歩んできたことが要領よく解説されている.
記事によると,アルファベットの究極の起源は,[2010-06-24-1]で述べた紀元前2千年紀前半にパレスチナやシリアで行われていた North Semitic ではなく,もう少し早い時期のエジプトの文字に遡るのではないかという.1999年にエジプトの Wadi el-Hol で 2片の碑文が発見され,そこに後の <A> の文字の起源となる牛の頭をかたどった 'aleph 「牛」の文字が刻まれていたという.(セム語で 'aleph は「牛」を意味し,「家」を表わす beta と合わせてそれぞれ第1文字,第2文字とされ,この文字体系は alphabet と呼ばれることになった.)紀元前19世紀頃にエジプトの地で発達したこの文字体系が,パレスチナやシリアに伝わり,従来アルファベットの起源とされてきた North Semitic に連なったのではないかということである.
現代のローマ字の abc という並び順は古代セム語の順番を踏襲したものだが,その意味や解釈に定説はないようである(橋本,p. 52).ふだん英語史として扱っている時代範囲はせいぜい紀元後の話しである.だが,アルファベットの歴史,文字の歴史の世界に足を踏み入れると,紀元前○千年紀という目の眩む太古の世界に誘われることになり,どうも頭が追いついていかない.同僚にシュメール語の研究者がいるが,古英語や中英語の話しをしていると自分が赤ん坊のような気分になってくることがある.人類の文化の歴史は長い.
・ 橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年.
昨日の記事[2010-07-17-1]で影の薄い文字 <z> の話題を取りあげたが,スコットランド系の人名について英語史上 <z> にまつわる興味深い話しがある ( Scragg, p. 23 ) .標題の三つの人名はいずれも <z> を含んでおり,発音はそれぞれ /ˈdælziəl/, /məˈkɛnzi/, /ˈmɛnziz/ と /z/ を伴って発音されるのだが,/z/ を伴わない伝統的な別の発音もあり得るのである.後者はそれぞれ /diˈɛl/, /məˈkɛni/ (現在ではほぼ廃用), /ˈmɪŋɪs/ と発音される.
ちょうど小川さんが「おがわ」なのか「こかわ」なのか漢字からは判別がつかないように,Menzies さんは綴字だけでは /ˈmɛnziz/ なのか /ˈmɪŋɪs/ なのか分からないという状況がある(実際にスコットランドでは学校の同じクラスに,二つの異なる発音をもつ Menzies さんがいることがあるという).
なぜこのような状況になっているかを理解するためには,中英語の綴字習慣を知る必要がある.古英語以来,"yogh" /joʊk, joʊx/ と呼ばれる文字 <ʒ> が硬口蓋摩擦音や軟口蓋摩擦音を表すのに用いられていた.具体的には [j], [x] などの音に対応し,後に音に応じて <y> や <gh> に置換されることとなった多用途の文字である.中英語では隆盛を誇った <ʒ> だが,近代英語期の印刷技術の発展に伴って衰退し,他の文字に置換されることとなった.特にスコットランドでは,発音と対応するからという理由ではなく字体が似ているからという理由で,<z> がしばしば置換候補となった.<z> の小文字の筆記体を思い浮かべれば,字体の類似は明らかだろう.人名などで <ʒ> → <z> の書き換えが起こった結果,現在の <Dalziel>, <MacKenzie>, <Menzies> という綴字が生まれた.
逆にいえばもともとは <Dalʒel>, <MacKenʒie>, <Menʒes> などと綴られていたということであり,ここで <ʒ> が表す音はそれぞれ有声硬口蓋摩擦音 [j] や有声軟口蓋摩擦音 [ɣ] に近い音だったと考えられる.この発音がそのまま現在までに発展してきたのが上記で伝統的と述べた発音であり,<z> を伴う現代的な発音は綴字が <z> に切り替わってからの綴字発音 ( spelling-pronunciation ) ということになる.
この話題については,BBC の記事 Why is Menzies pronounced Mingis? が非常におもしろい.
字体が似ているがゆえに混用が起き,その混用の名残が現在にまで残っている同様の例としては,[2009-05-11-2]の記事で取りあげた "thorn" と <y> がある.
・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.
[2010-05-05-1], [2010-05-06-1]でアルファベットの <u> と <v> について述べたが,今日は英語で最も出番の少ない存在感の薄い文字 <z> を話題にする.
<z> が最低頻度の文字であることは,[2010-03-01-1]で軽く触れた.BNC Word Frequency Lists の lemma.num による最頻6318語の単語リストから <z> を含む単語を抜き出してみると,以下の36語のみである.この文字のマイナーさがよくわかる.(順位表はこのページのHTMLソースを参照.)
size, organization, recognize, realize, magazine, citizen, prize, organize, zone, seize, gaze, freeze, emphasize, squeeze, gaze, amazing, crazy, criticize, horizon, hazard, breeze, characterize, ozone, horizontal, enzyme, bronze, jazz, bizarre, frozen, organizational, citizenship, dozen, privatization, puzzle, civilization, lazy
<z> をもつ語のうちで最頻の size ですら総合716位という低さで,上位1000位以内に入っているのはこの語だけである.健闘しているのが,<z> を二つもっている jazz や puzzle である.
<z> の分布について気づくことは,ギリシャ語由来の借用語が多いこと,-ize / -ization(al) がいくつか見られること ([2010-02-26-1], [2010-03-07-1]) ,単音節語に見られることが挙げられるだろうか.<z> が借用語,特にギリシャ語からの借用語と関連づけられているということは,この文字の固い learned なイメージを想起させる.<z> のもつ近寄りがたさや,それを含む語の頻度の低さとも関係しているだろう,一方で,今回の順位表には数例しか現れていないが,単音節語に <z> がよく出現することは craze, daze, laze, maze, doze, assize, freeze, wheeze などで例証される.心理や状態を表す語が多いようである.
<z> は古英語にもあるにはあったが,Elizabeth などの固有名詞などに限られ,やはりマイナーだった.古英語では /z/ は音素としては存在していず,/s/ の異音として存在していたに過ぎないので,対応する文字 <z> を用いる必要がなかったということが理由の一つである.中英語になり <z> を多用するフランス語から大量の借用語が流入するにつれて <z> を用いる機会が増えたが,<v> の場合と異なり,それほど一般化しなかった.それでも price と prize などの minimal pair を綴字上でも区別できるようになったのは,<z> の小さな貢献だろう.しかし,このような例はまれで,現代でも <s> が /s/ と /z/ の両音を表す文字として活躍しており,例えば名詞としての house と動詞としての house が綴字上区別をつけることができないなどという不便があるにもかかわらず,<z> が出しゃばることはない.<z> の不人気は,Shakespeare でも言及されている ( Scragg, p. 8 ).
Thou whoreson zed! thou unnecessary letter! ( Shakespeare, King Lear, Act II, Scene 2 )
Shakespeare と同時代人で綴字問題に関心を抱いた Richard Mulcaster ([2010-07-12-1]) は,<z> の不人気は字体が書きにくいことによると述べている.
Z, is a consonant much heard amongst vs, and seldom sene. I think by reason it is not so redie to the pen as s, is, which is becom lieutenant generall to z, as gase, amase, rasur, where z, is heard, but s, sene. It is not lightlie expressed in English, sauing in foren enfranchisments, as azur, treasur. ( The First Part of the Elementarie, p. 123 )
英語史を通じて,<z> が脚光を浴びたことはない.しかし,存在意義が稀薄でありながら,しぶとくアルファベットから脱落せずに生き残ってきたのが逞しい.ギリシャ語借用語,特に -ize / -ization,そして一握りの単音節語という限られたエリアに支持基盤をもつ小政党のような存在感だ.
・ Scragg, D. G. A History of English Spelling. Manchester: Manchester UP, 1974.
・ Mulcaster, Richard. The First Part of the Elementarie. Menston: Scolar Reprint 219, 1582. (downloadable here from OTA)
昨日の記事[2010-06-23-1]で文字の種類に触れた.文字数という観点からもっとも経済的なのは音素文字体系 ( alphabet ) であり,それが発明されたことは人類の文字史にとって画期的な出来事だった.さらに,古今東西のアルファベットの各変種が North Semitic と呼ばれる原初アルファベットに遡るという点,すなわち単一起源であるという点も,その発明の偉大さを物語っているように思われる.
North Semitic と呼ばれる原初のアルファベットは,紀元前1700年頃にパレスチナやシリアで行われていた北部セム諸語 ( North Semitic languages ) の話し手によって発明されたとされる.かれらが何者だったかは分かっていないが,有力な説によるとフェニキア人 ( the Phoenicians ) だったのではないかといわれる.North Semitic のアルファベットは22個の子音字からなり,母音字は含まれていなかった.この文字を読む人は,子音字の連続のなかに文法的に適宜ふさわしい母音を挿入しながら読んでいたはずである.紀元前1000年頃,ここから発展したアルファベットの変種がギリシャに伝わり,そこで初めて母音字が加えられた.この画期的な母音字込みの新生アルファベットは,ローマ人の前身としてイタリア半島に分布して繁栄していた非印欧語族系のエトルリア人 ( the Etruscans ) によって改良を加えられ,紀元前7世紀くらいまでにエトルリア文字 ( the Etruscan alphabet ) へと発展していた.
このエトルリア文字は,英語の文字史にとって二重の意味で重要である.一つは,エトルリア文字が紀元前7世紀中にローマに継承され,ローマ字 ( the Roman alphabet or the Latin alphabet ) が派生したからである.このローマ字が,ずっと後の6世紀にキリスト教の伝道の媒介としてブリテン島に持ち込まれたのである ( see [2010-02-17-1] ) .以降,現在に至るまで英語はローマ字文化圏のなかで高度な文字文化を享受し,育んできた.
もう一つ英語史上で重要なのは,紀元前1世紀くらいに同じエトルリア文字からもう一つのアルファベット,ルーン文字 ( the runic alphabet ) が派生されたことである(ただし,起源については諸説ある).一説によるとゴート人 ( the Goths ) によって発展されたルーン文字は北西ゲルマン語派にもたらされ,後の5世紀に the Angles, Saxons, and Jutes とともにイングランドへ持ち込まれた.アングロサクソン人にとって,ローマ字が導入されるまではルーン文字が唯一の文字体系であったが,ローマ字導入後は <æ> と <ƿ> の二文字がローマ字に取り込まれたほかは衰退していった.
英語の文字史における主要な二つのアルファベット ( the runic alphabet and the Roman alphabet ) がいずれもエトルリア文字に起源をもつとすると,エトルリア人の果たした文化史的な役割の大きさが感じられよう.ルーン文字については,the Runic alphabet in Omniglot を参照.
・ Brinton, Laurel J. and Leslie K. Arnovick. The English Language: A Linguistic History. Oxford: OUP, 2006. 50--52.
(後記 2010/06/28(Mon):専門家より指摘していただいたところによると,ルーン文字の生成は紀元前1世紀でなく紀元1世紀という説が多くの論者のあいだで有力とのことです.Tineke Looijenga というオランダ人学者の説によると,ルーン文字はローマン・アルファベットの影響化で生まれたとのことです.要勉強.)
文字体系を扱う分野を文字論 ( grammatology ) という.古今東西の文字体系を文字と発音との関係から大きく分類すると以下のようになる.
・ 文字が発音に対応していない文字体系 = 非表音文字 ( non-phonographic )
・ 絵文字 ( pictographic ) .絵が指し示すモノそのものに対応.鳥の輪郭であれば鳥を指すなど.もっとも原始的な形態で,世界各地で発見される.紀元前3000年頃のエジプトやメソポタミアの絵文字,紀元前1500年頃の中国の絵文字,現代の道路標識など.
・ 表意文字 ( ideographic ) .絵文字から発展した形態で,文字の輪郭はより幾何学的な形態へ移行.文字はモノそのものだけでなく慣習的に結びついた意味も表すようになる.例えば初期のシュメール文字では,星をかたどる幾何学的文字は,「夜」「暗い」「黒い」など星と慣習的に結びついた意味をも示すようになる.現代では,アイロンの絵に大きな×のついた「アイロンがけ不可」を意味する標示では,アイロンが絵文字的,×が表意文字的な役割を果たしている.純粋な表意文字体系というのは珍しく,たいてい絵文字体系などと組み合わさって存在する.
・ 表語文字 ( logographic ) .漢字が典型的な表語文字といわれる.中国の漢字は 50,000 ほどあるといわれるが,基本文字に限れば日本の漢字の場合と同様に,2,000 程度で済む.必ずしも語 ( word ) という単位でなく形態素 ( morpheme ) に対応していることもあり,厳密には表語文字と呼ぶのは適切でないかもしれない.
・ 文字が発音に対応している文字体系 = 表音文字 ( phonographic )
・ 音節文字 ( syllabic ) .日本語の仮名が典型的な音節文字といわれる.表語文字に比べて文字数はぐっと少なくなり,数十から数百の間に収まる.
・ 音素文字 ( alphabetic ) .文字と音素の対応が緊密な文字体系.非常に経済的な文字体系で,文字数は20?30くらいに収まることが多い.Greek alphabet, Roman alphabet, runes, ogham など複数のアルファベットが存在するが,いずれも起源は North Semitic と呼ばれるパレスチナやシリアなどで紀元前1700年くらいに用いられた原初アルファベットに遡る.
およそリストの上から下に向かって文字体系が進化していったことが分かる.文字は世界各地で独立して発生しているが,アルファベットについては単一起源であり,古今東西のアルファベット系文字体系の各変種はいずれもそれからの派生という点が特異である.アルファベットは人類にとってたいへん貴重な発明だったといえるだろう.
文字の歴史が浅い点については,[2009-06-08-1]を参照.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997. 199--205.
昨日の記事[2010-05-05-1]に続き,<u> と <v> の分化の話題.今回は,中英語や古英語にまで遡る.
まず指摘すべきこととして,古英語では <v> という文字は用いられなかった.というのは,古英語では /v/ は音素 ( phoneme ) として確立していず,あくまで音素 /f/ の有声化した異音 ( allophone ) としてのみ存在したからである.alphabet は原則として音素に対応する文字であるから,/v/ という音素がない以上,それに対応する文字は特に必要ではない.例えば,古英語の ofer "over" という語では,子音 [v] を表すのに <f> が用いられた.有声音に挟まれた子音は自動的に有声化するのが古英語の音韻規則なので,<f> と綴って [f] なのか [v] なのかという迷いは生じない.ここでは自動的に [v] の音となる.このように規則がしっかりしているので,<f> という一文字で用が足りる.余分な文字を設けないという意味で,エコである.(現代英語の of や of course の <f> の発音を比較.)
ところが,中英語の時代に入り状況が変わってくる.これまでは /f/ という音素の異音として存在していた日陰者の [v] が独立して自分の存在をアピールし始めた.音素 /v/ として独立した地位を獲得しだしたのである.この背景には,中英語期のフランス語の流入があった.フランス語では /f/ と /v/ はそれぞれ独立した音素として対立しており,例えば fine と vine は二つの異なる語だった.このように音素の独立を例証する単語ペアを minimal pair と呼ぶ.古英語ではこのような /f/ と /v/ の minimal pair は存在しなかったが,中英語ではフランス語の <v> をもつ語を多く借用したことで,新しく /f/ と /v/ を対立させるような minimal pair が生まれた.こうして英語で /v/ が音素化 ( phonemicisation ) すると,それに応じて <v> という文字の独立性も感じられるようになった.だが,音素化であるとか文字の必要性であるとか以前に,大量の <v> を含むフランス借用語が現実的に入ってきたことで,<v> の文字としての存在感は十分に感じられていただろう.
こうして中英語では古英語から用いられてきた <u> とフランス語に倣って新しく使い始められた <v> が並び立つことになった.だが,当初から事態は単純ではなかった.古英語では <u> は原則としてもっぱら母音字として使われており,これはこれで分布が明快だった.もし新たに取り入れられた <v> が音素 /v/ に対応する子音字として確立していれば,現代のように <u> は母音字,<v> は子音字というような明快な分布を示していただろう.ところが,<v> は英語へ取り入れられた当初から母音字として <u> の代わりとしても使われたのである.これは,もとのフランス語でそうだったからでもあるし,さらに言えばラテン語でもそうだったからである.ラテン語では <v> の音価は母音 [u] または子音 [w] であり(子音としては後に [v] へ変化した),一つの文字として扱われても非難を浴びないほどにその音価は近かったのである.
かくして,古英語では存在すらしなかった <u> と <v> の分布問題が,中英語期にフランスの綴字習慣をならったことで新たに生じてしまった.これが解決されるのに17世紀以降を待たなければならなかったことは,イギリスが中世以降ながらくフランスの影響から抜けきれなかったことを改めて思わせる.
<u> と <v> について,また phonemicisation については Smith (79-82) を参照.
・ Smith, Jeremy J. An Historical Study of English: Function, Form and Change. London: Routledge, 1996.
alphabet の歴史はそれだけで本が一冊書かれてしまうほどの深みがある.紀元前1700年から1500年の時代,フェニキア人 ( the Phoenicians ) によって発明されたとされる alphabet の登場は言語史のみならず文明史をも揺るがしたといってよい.現代に伝わるその一文字一文字には,複雑な歴史が刻まれている.
新年の記事[2010-01-01-1]で,今年はアルファベットの話題も扱おうと述べたもののまだ一つも取りあげていなかったので,今回は <u> と <v> の分化について考えてみたい.文字について語るときには,文字の名称,字形,語中での分布,対応する音価,他の文字との関係など考慮すべき様々な側面があり,説明も簡単ではない.先に関連する表記規則だけ確認しておきたい.文字そのものを表すときには <v> のように表記し,音価を表すときには /v/ (音素表記)や [v] (音声表記)のように表記することとする.
<u> と <v> は起源を一にする二つの異なる字形である.<w> や <y> も合わせて,究極的には古代ギリシャ語の母音字 <V> へと遡る.現代英語でこそ <u> は母音字,<v> は子音字という区別がつけられているが,この区別が明確になったのは17世紀以降,規則となったのは18世紀以降のことにすぎない.それまでは <u> と書こうが <v> と書こうが,母音と子音のいずれをも表すことができた.現代の感覚では不便に思われるかもしれないが,慣れてしまえばどちらの音価を表しているかで迷うことはない ( ex. ouer "over", vnkind "unkind" ) .17世紀以降に両文字の区別が広まったといってもそれ以前の伝統は根強く,辞書や単語リストでは実に19世紀まで <t> の次の文字として一つに扱われていた.<u> と <v> のアルファベットでの並び順も現在と逆のケースもあり,現在の順番にほぼ固定化したといえるのは1828年の Noah Webster の辞書 The American Dictionary of the English Language 以降である.
では,17世紀以前,機能上の区別がないにもかかわらず <u> と <v> という二つの異なる字形が存在したのはそもそもなぜか.この謎を解くには,中英語や古英語にまで遡る必要がある.
現代英語の最頻英単語は何か.この話題についてはコーパス言語学,辞書学,計算機の発展により,様々な頻度表が作られてきた.ウェブ上でも簡単に手に入るので,いくつか代表的なリストや情報源へのリンクを掲げておく.語彙研究に活用したい.
[主要な頻度表]
・ GSL ( General Service List ): 最頻2000語を掲げたリスト.出版が1953年と古いが,現在でも広く参照されているリスト.
・ AWL ( Academic Word List ): 学術テキストに限定した最頻語リスト.2000年に出版され,GSLに含まれる語と重複しないように選ばれた570語を掲載.10のサブリストに分かれている.AWL の前身となる,1984年に出版された808語のリスト UWL ( University Word List ) も参照.
・ BNC Word Frequency Lists: BNC ( The British National Corpus ) による最頻6318語のリスト.頻度表の直接ダウンロードはこちらから.
・ Top 1000 words in UK English: 18人の著者,29作品,460万語のコーパスから抽出したイギリス英語の最頻1000語リスト.
・ Brown Corpus List: Brown Corpus によるアルファベット順リスト.
・ The Longman Defining Vocabulary: LDOCE の1988年版の定義語彙リスト.2000語以上.
[他のリストへのリンク集]
・ Work/Frequency List: 様々な頻度表へのリンク集.(2010/09/10(Fri)現在リンク切れ)
・ Famous Frequency Lists: 様々な頻度表へのリンク集.
・ Basic English and Common Words: ML上の最頻語頻度表についての議論.
[アルファベットの文字の頻度表]
・ Letter Frequencies (rankings for various languages): いくつかのランキング表がある.BNCでは "etaoinsrhldcumfpgwybvkxjqz" の順とある.
(後記 2010/03/07(Sun):American National Corpus に基づいた頻度表を見つけた.Written と Spoken で分別した頻度表もあり.)
(後記 2010/04/12(Mon):COLT: The Bergen Corpus Of London Teenage Language に基づいた最頻1000語のリストを見つけた.)
(後記 2011/02/14(Mon):Corpus of Contemporary American English (COCA) に基づいた Corpus-based word frequency lists, collocates, and n-grams を見つけた.Top 5,000 lemma, Top 500,000 word forms など.)
[2009-05-30-1]の記事で,6世紀にブリテン島にもたらされたキリスト教が,アングロサクソン人と英語に多大な影響を与えたことを見た.キリスト教は,布教の媒体であったラテン語とともに英語の語彙に深く入り込んだだけでなく,英語に alphabet という文字体系をもたらしもした.6世紀のキリスト教の伝来は,英語文化史的にも最重要の事件だったとみてよい.
興味深いことに,同じ頃,ユーラシア大陸の反対側でも似たような出来事が起こっていた.6世紀半ば,大陸から日本へ仏教という外来宗教がもたらされた.仏教文化を伝える媒体は漢語(漢字)だった.日本語は,漢字という文字体系を受け入れ,仏教関連語彙として「法師(ほふし)」「香(かう)」「餓鬼(がき)」「布施(ふせ)」「檀越(だにをち)」などを受容した.『万葉集』には漢語は上記のものなど少数しか見られないが,和歌が主に大和言葉を使って歌われるものであることを考えれば,実際にはより多くの漢語が奈良時代までに日本語に入っていたと考えられる.和語接辞と漢語基体を混在させた「を(男)餓鬼」「め(女)餓鬼」などの混種語 ( hybrid ) がみられることからも,相当程度に漢語が日本語語彙に組み込まれていたことが想像される.
丁寧に比較検討すれば,英語と日本語とでは文字や語彙の受容の仕方の詳細は異なっているだろう.しかし,大陸の宗教とそれに付随する文字文化を受け入れ,純度の高いネイティブな語彙体系に外来要素を持ち込み始めたのが,両言語においてほぼ同時期であることは注目に値する.その後,両言語の歴史で外来語が次々と受け入れられてゆくという共通点を考え合わせると,ますます比較する価値がありそうだ.
また,上に挙げた「餓鬼(がき)」「布施(ふせ)」「檀越(だにをち)」などの仏教用語が究極的には梵語 ( Sanskrit ) という印欧語族の言語にさかのぼるのもおもしろい.英語に借用されたキリスト教用語もラテン語 ( Latin ) やギリシャ語 ( Greek ) という印欧語族の言語の語彙であるから,根っことしては互いに近いことになる.(もっとも,究極的にはキリスト教用語の多くは非印欧語であるヘブライ語 ( Hebrew ) にさかのぼる).偶然の符合ではあるが,英語と日本語における外来宗教の言語的影響を比べてみるといろいろと発見がありそうだ.
・山口 仲美 『日本語の歴史』 岩波書店〈岩波新書〉,2006年. 40--42頁.
昨日の記事[2010-02-05-1]の続編.英語の文字体系を漢字と同じ表語文字(正確には表形態素文字)ととらえれば,喧伝されている英語綴字の不条理について,不満が少しは静まるのではないかという話である.
日本語の不便の一つに同音異綴 ( homophony ) がある.例えば「こうし」と仮名で書いた場合,『広辞苑』によればこれは44語に対応する.
子牛・犢,工師,公子,公司,公私,公使,公試,孔子,甲子,交子,交趾・交阯,光子,合志,好士,考試,行死,行使,孝子,孝志,更始,厚志,厚紙,後肢,後翅,後嗣,皇子,皇師,皇嗣,紅脂,紅紫,郊祀,香脂,格子,貢士,貢使,高士,高志,高師,黄紙,皓歯,構思,嚆矢,講師,恋し
発音ではアクセントによって「子牛」と「講師」などは区別がつけられるが,大部分は区別不能である.文脈によって判別できるケースも多いだろうが,何よりも漢字で書けば一発で問題は解決する.これは,漢字の本質的な機能が,音を表すことではなく語(形態素)を表すことにあるからである.
英語では,同音異義はこれほど著しくはないが,やはり存在する.so, sow, sew はいずれも /səʊ/ と発音されるが,語(形態素)としては別々である.通常は文脈によって判別できるだろうが,やはり綴字の違いがありがたい.これも,英語の綴字の機能の一部として,音でなく語(形態素)を表すという役割があるからこそである.ここにも,英語の綴字と漢字の共通点があった.
日本語の文字体系において,仮名は音(音節)を表し,漢字は主に語を表す.もちろん漢字にも音は付随しているが,通常,仮名のように一対一で音に対応しているわけではない.たとえば,<言>という漢字は /い(う)/, /こと/, /げん/, /ごん/ と複数の音読の仕方がある.日本語の非母語学習者が漢字を覚えるのはさぞかし大変だろうと思うが,非英語母語話者が英語を学習する場合にも,程度の差こそあれ同じような面倒を経験している.
"alphabet" は表音文字と同義に用いられることもあるが,見方によれば,特に英語の alphabet の場合,phonetic どころか phonemic ですらない.これまでにもいくつかの記事で spelling_pronunciation_gap の話題を取り上げてきたように,英語ではある文字がただ一つの音素に対応するということはなく,文字体系は一見めちゃくちゃである.だが,英単語の約84%については綴字が対応規則により予想可能だといわれており (Pinker 187),世間で非難されるほどひどい文字体系ではないという意見もある.
ここで発想を転換して,英語の文字体系は表音文字でなく(漢字と同じ)表語文字である,と考えてみよう.より正確にいえば,語 ( word ) というよりは形態素 ( morpheme ) を表す文字であると考える.たとえば,photograph, photographic, photography という一連の語のそれぞれについて <photograph> の部分を内部分割できない一つのまとまりとして,一文字の漢字であると想像してみよう.いまや <photograph> は「写真,画」を意味する一形態素 {photograph} を表す一漢字であるから,先の3語はそれぞれたとえば <画>, <画ic>, <画y> などと書けることになる.ちょうど漢字の <画> が /か(く)/, /かく/, /が/ など複数の音連鎖に対応しているように,<photograph> が上記3語において /ˈfəʊtəgrɑ:f/, /ˌfəʊtəˈgræf/, /fəˈtɒgrəf/ という複数の音連鎖に対応しており,このこと自体は不思議ではない.音でなく形態素に対応しているがゆえに,photograph, photographic, photography の派生関係や語源的つながりは一目瞭然であり,便利であるともいえる.
このように英語の綴字と漢字には共通点があると考えると,漢字を使いこなす日本人にとって,英語の spelling-pronunciation gap などかわいいものではないだろうか.また,英語母語話者の綴り下手も,日本人の漢字力の衰えと比較すれば合点が行く.
・Pinker, Steven. The Language Instinct: How the Mind Creates Language. New York: W. Morrow, 1994. New York : HarperPerennial, 1995.
アルファベットの第21文字 <U> は /yu:/ と発音され,しばしば電子メールなどで二人称代名詞 you の省略として用いられる.だが,多くの大陸ヨーロッパ諸語を参照すればわかるとおり,本来の発音は /u:/ である.古英語でも /u:/ と発音された.それが,現代英語で /yu:/ と発音されるようになったのはなぜだろうか.
説明を始める前に,前提として押さえておきたいことが一つある.綴字と発音はそれぞれ別個の存在であり,独立して発展し得るということである.両者のあいだには確かに緩い結びつきはあるが,絶対的なものではない.綴字も発音も,時にタッグを組む相手を変えることがある.この前提を踏まえた上で,< > で表記される綴字と / / で表記される発音を区別して考えてゆく.
古英語では語の中で <u> という綴字は /u:/ という長母音を表した(本記事では話しを単純化するために短母音については触れないこととする).例えば,hus "house" や mus "mouse" と綴って /hu:s/ や /mu:s/ と発音された.ここで,対応する現代英単語をみてみると,発音は /u:/ → /aʊ/ と変化しており,綴字は <u> → <ou> と変化していることに気づく.
まずは,発音の変化をみてみよう.これは初期近代英語期を中心に起こった大母音推移 ( Great Vowel Shift ) に起因する./u:/ の発音はこの体系的な母音変化により,最終的に軒並み /aʊ/ へと二重母音化した.古英語の /hu:/ は現代の /haʊ/ "how" へ,/ku:/ は /kaʊ/ "cow" へ,/u:t/ は /aʊt/ "out" へと,それぞれ変化した.
次に,綴字の変化をみてみよう.こちらの変化は中英語期にもたらされた.古英語で /u:/ の発音は,<u> の綴字と結びつけられていたが,中英語期にフランス語の綴字習慣に影響を受けて,/u:/ の発音は <ou> の綴りと結びつけられるようになった.いわばフランスのファッションに飛びついて,/u:/ がタッグを組む相手を <u> から <ou> へと変えたのである.<u> という綴字にしてみれば,/u:/ に捨てられたわけで,いまや新しい伴侶を探す必要に迫られた.だが,この問題は,再度フランス語の綴字習慣のおかげですぐに解決された.フランス語では <u> は /y:/ の発音に対応しており,英語はこの発音を含む大量のフランス語をそのまま借用したので,フランス語の綴字習慣をそのまま受け継げばよかったのである.フランス語の /y:/ の発音は,英語に入ってから /ju:/ へと変化して現代に伝わり,huge, mute, future, cure などのフランス借用語にて確認できる.このようにして,中英語期に「<ou> = /u:/」「<u> = /y:/」という二つの新しいマッチングがフランス語の影響のもとに確立したのである.
さて,本題のアルファベットの文字としての <U> の話しに戻ろう.古英語では <u> は /u:/ とタッグを組んでいたが,上述のとおり,中英語期に /u:/ はタッグを組む相手を <ou> に変えてしまい,取り残された <u> は新しく /y:/ に対応することになった.しかし,あくまでこれは単語の中での <u> の話しであり,ひとかどのアルファベットの文字たる <U> が,フランス語の流行という理由だけで,発音すらも従来の /u:/ から /y:/ へと変えたわけではない.アルファベットの文字としての <U> の発音は,あくまで従来の /u:/ が続いていたはずである.そもそも音としての /u:/ が /aʊ/ へと変化したのは先にも述べたように初期近代英語になってからの話しで,一般に中英語では古英語の /u:/ は変わらずに残っている.
とはいえ,中英語期にフランス語の影響によってもたらされた「<ou> = /u:/」「<u> = /y:/」という新しいマッチングが根付いてくると,<U> と書いて /u:/ と読み続けることに違和感がつきまとうようになる.マッチングの変更を余儀なくされる場合,綴字は固定で発音が変化するパターンと,発音が固定で綴字が変化するパターンがあり得るが,問題になっているのは他ならぬアルファベットの文字(綴字)である.綴字を変えるという選択肢はあり得ない.よって,発音の方を変えるということになるが,その候補は,やはりフランス語から渡来した /y:/ の伝統を引く /ju:/ だった.こうして,「<U> = /ju:/」のマッチングが16世紀以降に定着し,現代に至った.
フランス語の影響がなければ,今頃 <U> は /aʊ/ と発音されていたことだろう.アルファベットの一文字にも,フランス語が英語史に落とした深い影をうかがうことができる.
古英語は,原則としてローマ字通りに音読すればよいが,現代英語に存在しない文字や音が存在したので注意を要する.以下に,要点を記す.
(1) 古英語のアルファベット
小文字: a, b, c, d, e, f, ȝ, h, i, k, l, m, n, o, p, r, s, t, u, x, y, z, þ, ð, ƿ, æ
大文字: A, B, C, D, E, F, Ȝ, H, I, K, L, M, N, O, P, R, S, T, U, X, Y, Z, Þ, Ð, Ƿ, Æ
(2) 注意を要する文字と発音
以下,綴りは<>で,発音は//で囲む.
<c>
・前舌母音が続くとき,/tʃ/: bēce "beech", cild "child"
・語末で<ic>となるとき,/tʃ/: dic "ditch", ic "I"
・それ以外は,/k/: æcer "acre", weorc "work"
<f, s, þ, ð>
・有声音に挟まれるとき,/v, z, ð/: hūsian "to house", ofer "over", sūþerne "southern"
・それ以外は,/f, s, ð/: hūs "house", of "of", þanc "thank"
<g>
・前舌母音が前後にあるとき,/j/: dæg "day", geong "young"
・<l, r>が続くとき,/j/: byrgan "bury", fylgan "follow"
・後舌母音に挟まれるとき,/ɣ/: āgan "own", fugol "fowl"
・それ以外は,/g/: glæd "glad", gōs "goose"
<h>
・語頭で,/h/: hand "hand", hlāf "loaf"
・前舌母音が前にあるとき,/ç/; cniht "knight", riht "right"
・口舌母音が続くとき,/x/: nāht "naught", seah "saw"
<y>
・/y/: lȳtel "little", yfle "evilly"
<sc>
・多くは,/ʃ/: asce "ashes", scild "shield"
・その他は,/ks/: āscaþ "(he) asks", tusc "tusk"
<cg>
・/dʒ/: bricg "bridge", secgan "say"
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